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You/I 18

/You/I 18

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       「You/I 18」
               作者かまぼこ

作戦 

「スイクン、ライコウがやられた」
「みたいだな」
 森の中を駆けながら告げるエンテイに、スイクンは短く返した。
 相手は連携攻撃にも長けているのか、戦い方が上手い。
 その上、割と素早さも高いのか、かなり機敏に動く。巨躯のポケモンと、
青い大角のポケモンが近接攻撃を仕掛けて、緑色のポケモンが、援護射撃を
行い、こちらの動きを制限してくる。
 それに比べてこちらは、普段はそれぞれジョウト各地を飛びまわっているため、
仲間と連携して戦う機会はほとんどなく、威力の高い技を覚えてはいても、
連携を前提としたそれぞれに役割のあるものではないため、集団戦には不向きであった。
 そういう意味では、三聖獣達の戦い方は『量』において優れ、聖剣士の戦い方は『質』が
優れているといえた。
「現に、こうして囲まれつつある」
 言いながら、エンテイは己の周囲に視線をめぐらせる。
 木々の間からチラチラと見え隠れする三つの影が、疾走する2頭に迫りつつあった。
 そのうち一つは、バキバキと木々をへし折り、岩を砕きながら近づいてくる。
 3頭の中でも巨躯をした、あのポケモンだった。突進力にも秀でているようだ。
「あのデカブツの攻撃力……ライコウがやられるワケだ」
「そうだな……何とかしなくちゃならんが……どうする?」
 あの攻撃力は厄介だ。早めにつぶさなければ脅威になる。それに、先行している
人間共の動きも気になる。
 こちらはライコウを倒され、戦力が減っている。ライコウが向こうの一匹を
撃破したものの、それでも2対3。状況はこちらが不利だ。
 するとエンテイは、同じく迫るコバルオンに牽制の“聖なる炎”を放ちながらも、
「私に考えがある。さっき、地下から出て行くときに見たんだが……スイクン、
これはお前にしか出来ないことかもしれん……」
 言うと、エンテイは跳躍して素早く樹上に移動し、「こっちへこい」と顎をしゃくった。
 それにしたがって、スイクンも木の上へ跳躍する。
「ついでに、ホウオウ様にも現状を報告せねばな」

侵攻 

 同じ頃、ルギアたちは、敵の襲来に備えて倉庫内で息を潜めていた。
「なるほど……向こうにもバカ犬共と似たような存在がいるみたいだな」
 開け放たれている入り口の、錆付き半ば朽ち果てたシャッターの影から外の様子を
伺いつつ、ホウオウが言う。
 たった今、戦闘中の聖獣達からテレパシー通信で、自分たちと同じような存在が敵に
与している事、そして、苦戦を強いられライコウが撃破されたことを告げられた。
「まったくあのバカめ。油断するからこんなことになる」
 実際はかなり善戦した方なのだが、そんなことを知る由もないホウオウは、不満を垂れた。
 そんな全く部下を労わらないホウオウの発言に、ルギアは僅かに顔を顰めつつも呟いた。
「それにしても伝説のポケモンに、人間共のポケモンか。これは少し厳しいかもしれんな……」
「どうして?」
 その言葉に疑問を抱いたサクヤが訊くと、かわりにフシギバナのボウシュが答えた。
「トレーナーの連れてるポケモンは、大体の場合ある程度能力を調整されて育てられておる。
しっかりと鍛え上げられている分、それなりに力があるということじゃよ。お前達だって、
それはわかったろう」
『……』
 言われて、兄妹は以前、宝を取り返すため、あの人間達と戦ったことを思い出す。
もうかなり前のことのように思えたが、結局あの時、自分たちは宝を奪い返すどころか、
返り討ちにあってしまった。
「確かに、強かったもんな……」
 ニニギがぼそりと呟く。
「バトルなんて、あんまりしたことなかったもんね……」
 しょんぼりと俯きながら、サクヤも言った。
 考えてみれば、自分たちはミサキ老人と共に、この島でのびのびと暮らしていた。
島にいるほかのポケモンたちは友好的だったし、バトルとはほぼ無縁の日々だった。
 ちゃんと体を鍛え、実戦に慣れなければ、人間の育てたポケモンに勝つことは出来ないのだと、
兄妹は痛感した。
「それに数の問題もある。そういうポケモンを何匹も相手にするとなれば苦戦は必至だろう……」
 更にルギアが続けた。敵も圧倒的な力を持って立ち向かってくるのは明らかだ。
力のある者たちに数で攻められれば、どうなるか解らない。
「だが、それでもやらねばならん」
 ここにある技術は、誰にも渡してはならない禁忌のものだ。
 ミサキ老人が、こんな誰も近づかないような島に移り住んでまで隠していたということは、
少なくともよい結果を齎すものではないということだ。
 そんなものを欲し、力尽くで奪っていった人間達。何かよからぬ事を企んでいる証拠だ。
(が……これを狙う人間達は、この技術で一体何をする気なのだ?)
 彼らの目的は、ずっと気になっていたことだ。
 ホウオウたちもジョウトで情報収集にあたってくれたが、一向に尻尾がつかめなかったし、
兄妹も、宝を奪っていった者達についてよくわからないらしく、敵の正体は不明のままだ。
 そして『宝』――伝説のポケモンのクローン体。
 本来の姿に戻すには、ある手順が必要ということらしい。その方法も、この地下にあるという。
今ここに攻めてきている連中も、それが目的である事は想像がつく。
 問題は『元の姿に戻してどうするのか』ということだ。
 もちろん、その力を欲しているであろうことはわかる。ルギア自身も昔、力を求める人間に
何度も狙われたこともあった。しかし、その力を何のために使う?
 バトルに興じるためか? 
 富や権力を誇示するため?
 あるいは、欲の突っ張った人間らしく、金儲けのためか?
 いいや、伝説のポケモンがその手に入るのだ。そんな矮小な目的であるはずがない。
 何か大きな目的があるはずだ。
 そこで、あの映像で老人が語っていた、言葉を思い返した。
 かつてのプラズマ団とやらが目的としていた――『戦力としての量産』。
(まさか……やはりそれが?)

 かつて、あちこちの地方で、謎の組織がそれぞれの理想を実現すべく蜂起し、
社会を揺るがせる事件がいくつもあった。
(あの人間達もそれが目的だというのか?)
 もし彼らの狙いがそうであるのなら、ジョウトの守護神として絶対に阻止せねばならない。
 奪われた『宝』と、クローンポケモンの技術。これらは、十分に騒乱の火種に成り得る。
 ある一部の人間達が理想思想を実現させるために、多くの人やポケモンが傷つき、
様々な恐怖と喪失を経験して悲しむようなことは、絶対にさせてはならない。

 ルギアは、奥の壁で何かをしているボウシュに目を向けた。
 彼は、地下の研究室に続くスロープの所にある操作盤で、なにやら作業をしていた。
「よし。これでOKじゃ」
 ボウシュがそういうと、大きな音を立てて複数の厚い扉が閉鎖され、地下研究室へ続く
スロープの入り口が閉じられた。
「網膜認証の設定を変更して、ワシ以外ここに立ち入ることは出来んようにした。
いかに強力なポケモンの攻撃でも、この扉は容易には破壊できん」
「そうか」
 しかしそれも、時間稼ぎにしかならないかもしれない。相手はどんな手を使ってくるか
わからないのだ。
「……ところでご老体、その宝を狙っているという連中に、何か心当たりは無いのか?」
 ルギアはボウシュに尋ねると、彼は操作盤のスイッチ類を押している蔓の動きを止めて、
口を開いた。
「……ワシもよくわからんのじゃ。じゃが、この島の存在を知っている者はごく限られた者だけ。
 それに連中はコピーレシラム・ゼクロムの存在を知っておった……となれば、
プラズマ団に拉致された時、共にクローン技術を研究していた者たちか、主人が所属していた
元・グレン研究所のスタッフの誰かじゃろう。この島はもともと、ポケモンの繁殖実験を行うために、
研究所が購入した島じゃからな。当時のスタッフの中には、ワシらの身に起きた出来事を
知っている者もいたハズじゃ」
 ミサキは、カントーに戻った時、研究所の事故の詳細と、イッシュで自分たちの
身に起こったことを知らせるために。スタッフに尋ねて回ったという。
 なら、事情を知っている者がいてもおかしくはない。 それに遠いイッシュの人間が、
半分世捨て人となった彼の足取りを掴んでいるとは考えにくい、プラズマ団の関係者という
線も薄そうだ。
「もっとも、今じゃその殆どは、この世にはおらんがの」
 言いながら、ボウシュは作業を再開する。ミサキ自身もかなり高齢であったのだし、
その関係者達だって、同じく高齢であろう。彼のことを知る者達が少なくなってしまうのは、
仕方が無いことと言えた。
「まぁ、相対すればわかることだろう。今、深く考えることはない。もうすぐわかるさ」
 考え込んでいたルギアに、ホウオウが目だけを向けて言った。
 確かにその通りだ。彼らと接触し、そこで直接聞き出したほうが早い。
 それでも口を割らなければ、多少乱暴な手段で聞き出すことも出来る。
「だな。そこで、正体も目的もすべて判れば――」
 そう言いかけたとき、ルギアとホウオウの神経がザワッと騒いだ。
 何者かの気配。それも複数の人間のものだ。いや、ポケモンの気配もかなりする。
 敵は、すぐそこまで来ている。
(来たか……!)
 明らかに、この島にいるポケモン達の気配ではない。もっと張り詰めた、敵意や緊張を
持った気配。そう思った瞬間、ひときわ大きな敵意がこちらに向けられたのを感知した。
『来るぞ!!』
 ルギアとホウオウが異口同音に叫んだとき、大きな衝撃が襲い、入り口の壁が
シャッターごと吹き飛び崩落した。
「うわぁっ!?」
「キャッ!!」
 ニニギとサクヤが悲鳴を上げる。壁が崩落したことで倉庫内にもうもうと埃が
舞い上がり、視界不良になる。これに乗じて仕掛けてくる気かもしれない。
「……だがっ!!」
 ぶわっ!
 ルギアは両方の翼で大きく羽ばたいた。すると、視界を遮っていた埃が
一瞬にして吹き飛ばされ、一気に視界が戻った。
 すると、ルギアたちは息を呑んだ。
 崩落した入り口から見える外の森の中に、無数の光が見えたからだ。
 あれは、ポケモンの目の光だ。一匹や二匹ではない。三十は超えるだろうか。
 目を凝らすと、その中に多数の白黒服を着た人間の姿も確認できた。
「まったく、ここまで侵入を許すなど、あのバカ共は何をしているんだ!?」
「苦戦をしているんだろう!? 我々でやるしかない!」
 ホウオウの悪態にそう返すと、2頭は大きく翼を広げて威嚇した。
「それ以上近づくなら、我々も容赦はしない」
「痛い目にあいたくなければ、素直に帰れ。そうすれば見逃してやる」
 2頭はそう警告すると、人間とポケモンたちはその迫力に負け皆一歩後ずさった。
 緊張感で辺りの空気が張り詰める中、突然、拍手の音が響いた。
「いやいや、なかなかのプレッシャーだ。流石伝説のポケモンだけはある」
 そういいながら、一人の黒服を身にまとった痩躯の男が、大きなポケモンと共に
前に歩み出てくる。
 男の連れているポケモンは、地面から数センチほど宙に浮いており、細長い六枚の翼を持つ、
見たことの無い黒いポケモンだった。両腕に当たる部分が、頭と同じような形をしている。
「貴様が、この連中の長か」
 ルギアは、一目見てそうだと感じた。自身が放つプレッシャーの中、こうも
動じないで冷静さを保っていられる人間など、そうはいない
「お初にお目にかかる。私はヤクモ。単刀直入に言わせて貰うが、我々はその地下室に
用がある。どうかそこをどいてはくれないか?」

交戦 

「逃がさねぇ!!」
 巨躯のポケモン、テラキオンは叫びながら、鼻先から伸びる剣を、エンテイに突き立てるべく
横から急接近する。
 それを、エンテイは“アイアンヘッド”で迎え撃った。
 重たい音が響き、硬質化した頭で、その剣を受け止めて見せた。
「甘い!」
「……ッ!」
 エンテイの思わぬ行動に、テラキオンは顔を顰めた。
 そのまま、技力で“聖なる剣”を押し切り、テラキオンの巨躯を弾き飛ばした。
 その体が、僅かに地面を滑る。
「ぐっ! なら……っ!」
 体勢を整えて、今度は、“ストーンエッジ”に切り替えてくる。広範囲の技となれば
防ぎきるのも、回避するのも難しいだろう。動きを制限するつもりか。
 ならば――
「コイツで!」 
 エンテイの体の周囲に、無数の鋭い岩が浮かんだ。
 その光景に、テラキオンは目を見開いた。
「同じ技だと!?」
 そして、エンテイの周囲に浮かんだ無数の岩が、テラキオンに向かって放たれる。
 双方の繰り出した“ストーンエッジ”の岩石群が、空中で次々とぶつかり合って火花を
散らせ、相殺された石はバラバラと地に落下した。
「攻撃技を防御に使いやがった……? それも同じ技を……?」
 唖然とするテラキオンのスキを見逃さず、エンテイは次の攻撃を繰り出す。
 エンテイの体が炎に包まれると、急に加速をかけ、テラキオンに体当たりを敢行した。
“ニトロチャージ”だ。
「ぐっ!」
 テラキオンが呻く。が、大したダメージではない。
(なんでこんなマネを?)
 テラキオンはその行動に疑問を抱いた。岩タイプに炎技は効果は薄く、ほぼ意味を成さない。
 それは向こうだって理解しているはずだろう。なのになぜ、そんなことをしたのだろうか?
 そう思った次の瞬間、エンテイの体が物凄い速さで、テラキオンの元から離脱していった。
 そこで初めて、エンテイの意図に気づく。
(ダメージを与えるんじゃなく、逃げるのに素早さを上げるためだったってのか)
 相手も、己の不利を悟ったのだろう。そのために急速離脱をすべく素早さを上げたのだ。
 しかし戦意を失った様子は無い。きっと体勢を立て直すためのもので、新たな力を得るか、
新たな策を講じた上で。必ず反撃に転じてくる。その前に、叩かねばならない。
「させっかよ!」
 エンテイを追ってテラキオンも駆けだすと、その眼前を、スイクンのハイドロポンプが
横切り、行く手を遮られる。
「行かせん!」
「チィっ!」
 テラキオンは舌打ちをした。
「あの赤いのは我々が追う。お前は、その青いのに集中しろ」
「わぁった、頼む!」
 コバルオンが告げると、彼はビリジオンと共に、森の中に消えたエンテイの後を追った。
 テラキオンは岩・格闘タイプで、スイクンは水タイプ。相性はこちらが不利だが、
こちらには格闘の力もある。また特殊技の耐性が高いようだが、物理技で押せば、
なんとかなるだろう。
「覚悟!!」
 テラキオンはスイクンへと標的を変えて、再度“聖なる剣”を繰り出す。
“聖なる剣”は物理技であるから、ミラーコートではじき返すことは出来ない。
 ならば――。
 スイクンは駆け出すと、すれ違い様に素早くリボン状の尻尾をテラキオンの
右前足に巻きつけると、それを強引に引っ張って、テラキオンの巨体を無様に転倒させた。
「ぐぁっ!?」
 そのスキに、スイクンはエンテイと同様、彼に背を向けて走り出した。
「逃げんな、卑怯者!!」
 逃げに転じたスイクンに、テラキオンは声を荒げたが、スイクンは無言で一方向に逃げる。
「テメェ!!」
 激昂して、テラキオンはスイクンを追いはじめる。
(来たか!)
 その様子を見てスイクンは微笑を浮かべた。怒りに心を支配されている今こそが
チャンスだ。
 2頭は風と化して、闇夜の森を駆け抜ける。逃げるスイクンと、追うテラキオン。
その様子はまるで鬼ごっこだ。
「待ちやがれっ!」
 ストーンエッジを放ってきたが、華麗に身を捻って回避する。
 しかし、素早さはテラキオンが上のようで、段々と2頭の差は縮まってくる。
(間に合うか……!?)
 僅かに焦りを感じたとき、スイクンの眼前に、目的のものが見えてくる。
 ようし、これで――

誘導 

「喰らえッ!」
 スイクンの後ろに追いついたテラキオンが、斬撃を打ち下ろすべく首を振りかぶった。
(これで、俺の勝ちだ――ッ!!)
 そう勝利を確信した瞬間、周囲の木々が消え失せて視界が開けたかと思うと、
突然、足元の感覚が無くなった。
「!?」
 何が起きたのか判断する間もなく、テラキオンはバランスを崩し、大きな水飛沫と共に
その身を水中に沈め、攻撃は不発に終わった。
 テラキオンは、スイクンに誘導され、近くにあった広めの池に落ちたのだ。
「ごは……ヤベ……泳げ……!」
 岩タイプである彼は、水が大の苦手である。
 池は結構な深さがあるのか足も着かず、テラキオンはパニックに陥り、
陸へ揚がろうともがくものの、己の自重が、それを許さなかった。
「怒りに身を任せるから、周りが見えなくなる」
 池の水面に立ったまま、スイクンは溺れるテラキオンに忠告した。
 スイクンは、水上を走ることが出来る。他のポケモンと違い、水に溺れるようなことは無い。
 テラキオンが、彼のこの能力を知らなかったのもあるが、怒りでスイクンしか眼中に無く、
そのせいで、周囲の変化に気づくのが遅れ、池に落ちた。
 冷静に周囲を気にしてさえいれば、こんな単純なワナには引っかからなかっただろう。
 少なくとも、池に落ちるようなことは避けられたハズだ。
「お前に恨みは無いが、敵だというなら水没の怖さを味わってもらおう」
 どこかへ逃げていたエンテイが木々の間から現れると、池の淵に立って告げる。
「ごぼぼ……ザケン……なよ!」
 バシャっと、もがくテラキオンの前足がようやく岸の地面を踏みしめたが、
「大人しく寝ていろ」
 そういうと、エンテイは無慈悲に“アイアンヘッド”を喰らわせる。
 弱点である鋼技を喰らったことで、テラキオンは今度こそ力尽き、その巨体を水に沈めて沈黙した。
 ダメ押しに、スイクンが“冷凍ビーム”で池の水を凍らせ、容易に脱出できないようにした。
「これで残りは2頭か」
「いや、人間共のポケモンもいる。まだ油断は出来ん。しかしよくこんな戦術を思いついたな。
エンテイ」
「なぁに、さっきホウオウ様を運んできた時のことを思い出しただけだ。それにあれだけの
図体なら、体重もかなりあるだろうと思ったのだ。岩使いなら、水も苦手だろうし、
ああいう猪突猛進タイプは、頭に血が上りやすくて、周りが見えなくなるからな」
 そう告げた直後、別の声が2頭の耳朶(じだ)を打った。
「そういうことか……なかなか小癪なマネをしてくれるな聖獣共」
 ザシ、と岸に生える草を踏みつけて、青い大角のコバルオンが現れる。
「ふふっ……相手の裏をかき罠にはめる、実に戦いらしい戦いだ」
 聖獣たちの戦いぶりを賞賛しつつ、コバルオンは無表情で告げる。
 そしてテラキオンは、その作戦にまんまと引っかかって、不利な場所におびき出され、
敗北した。これは認めざるを得ない事実であった。
「まさかテラキオンの悪いクセまで見抜き、利用してしまうとは……しかし、仲間を2頭も
倒されたのは忌々しい。それに負けっぱなしなのは、我等、聖剣士のプライドが許しません。
覚悟していただきます」
 聖剣士達は身構えた。彼らの仲間意識は非常に高いらしい。
「チッ!」
 スイクンは舌打ちをする。まだ戦いは終わりそうもない。それに、廃墟で最終防衛線を
張っているルギアとホウオウ達のことも気になる。
 彼らは強力なポケモンだ。しかし、だからこそ人間側は十分に対策をした上で、
彼らとの戦いに望むだろう。
(そうなったら、いくらルギア様やホウオウ様でも……)
 すぐにやられることはないだろうが、自分たちもはやくあちらの防衛線に
加わらなければならない。そんな考えが頭を過ぎった時、暗闇の熱帯林全体を揺るがすような、
轟音が響き渡った。
「何です!?」
「あれは……」
 にらみ合っていたビリジオンとスイクン、そしてコバルオンとエンテイが、音がした方向に
目をやった。すると、倉庫のある方向に、火柱が上がっているのが見えた。
「ホウオウ様の“聖なる炎”!?」
 廃倉庫で待機していたホウオウが、技を放ったということは……。
「くっ……人間達が倉庫まで到達したのか!」
 自分たちがこの四頭と戦っている間に、人間達は目的の場所に向かっていた。
 おそらくこの戦い自体が、人間達が自分達との直接対決を避けるための作戦だったのだろう。
 聖獣達の目を剣士達に向けておいて、その間に目的を達するために。
「お前たちは陽動というわけか……」
 スイクンは、残存の聖剣士達を睨みやって、そう呟いた。自分たちもまた、裏をかかれたのだ。
「力のある者との対決は時間を食うからな。人間共に扱われるのは業腹だが、確実かつ効率的な
判断だろう」
 コバルオンが告げたその瞬間、スイクンとエンテイは、火柱の上がる方角へと駆け出していた。
 聖剣士達との戦いを中断し、ホウオウ達の所へと向かおうとした。
 しかし、そんな彼らを聖剣士達は見逃さない。
「どこへ行く!?」
 素早くコバルオンが聖獣達の前に回りこむと、鼻面の刃を成形し、エンテイに向けて
突きを繰り出す。
 首を傾けて、エンテイは回避するが、わずかに掠める。
 同様に、ビリジオンも、その刃を展開してスイクンに斬りかかる。
「グッ!」
 硬質化させた帯状の尻尾を巧みに動かして、その白刃を受け流してみせると同時に、
反撃の“冷凍ビーム”を発射する。ビリジオンはそのまま直撃を受けるが――
「うぐ……なんのッ!!」
 ビリジオンが叫んで刃を振り、スイクンは数メートル後退をかける。
 弱点攻撃を受けてもなお、ビリジオンは倒れない。結構なタフさだ。
(なるほど。私と同じで特殊攻撃に耐性があるか――)
 戦いながらも、スイクンは相手の特徴を見抜いた。
 自分も、特殊攻撃には強いほうだ。その長所を活かして活かして反射技も使うことが出来る。
「ふぅ……先程、あの赤いお仲間を追いかけている間に、“瞑想”を何度かやらせて
頂きました。もうその“冷凍ビーム”は通用しませんよ?」
「うぐ……」
 スイクンは忌々しく呻く。自分が覚えている技は特殊攻撃しかない。
 こちらも“瞑想”を覚えている。先程もエナジーボールを反射する際に使ったが、
素早さは向こうが上。これ以上積んでいる暇は無いだろう。
 それに、こちらの反射技を警戒してか、あの草技“エナジーボール”は使ってこない。
 この草使いを倒すには、なかなかに骨が折れそうだった。

苦戦 

 エンテイはコバルオンと交戦しながらも、苦戦するスイクンに目を向けていた。
 やはり自分が相手をすべきだったか――と思いつつ、迫ってくるコバルオンを迎撃する。
「邪魔をするな!」
 エンテイはコバルオンに向けて口から“聖なる炎”を撃ち放つ。一瞬回避が遅れ、
コバルオンの右前足が炎に飲まれて、激痛に彼の顔が歪む。鋼タイプを持つコバルオンには、
効果抜群だ。
 コバルオンの体がぐらりと傾く。
「クッ……!」
「それでもう、その剣は使えまい」
 4本脚全てを使って体を支え放つであろうその技は、脚の一つでも使えなくなれば、
放ちにくくなるだろうとエンテイは踏んだ。だが――
「……そうかなッ!?」
 ブヴンッ!
 コバルオンの左後脚の蹄から、鼻先に成形されたのと同じエネルギー刃が発振され、回し蹴りの
形で一気に蹴りつける。その攻撃はエンテイの左前足を切り裂き、またしても彼は前足に傷を負った。
 さっきよりも傷が深い。エンテイは顔を顰める。
「ッ……!!」
「頭からしか放てないとでも?」
 しまった――思わぬ技の応用に、エンテイは目を見開いた。コバルオンと同じく、
体のバランスが崩れる。機動力の要である脚を奪われ、エンテイは焦燥に駆られるが、
完全に動けなくなったわけではない。相手と同じ状況になっただけだ。
 方前足を浮かせながら、弾むようにエンテイは右へ駆けだす。だがやはりスピードが
失われており、先ほどのニトロチャージによって上昇したスピードも、もはや無意味になっていた。
「遅いな!」
 コバルオンは刃をエンテイに向け、無事な3本の脚で突進をかけ、彼の脇腹を射抜こうとした。
 その時、
「くおッ!!」
 エンテイが、その場で跳躍した。片前足を負傷したため当然、全力のものではない。
しかし、コバルオンの突きを避けるには十分であった。彼の刃は、空振りに終わる。
 なかなかやるな――そう思いながらも、コバルオンは再び刃を繰り出して、今度こそ
エンテイを仕留めようと振り返えろうとした。
「何ッ!?」
 だが、エンテイは落下ついでにコバルオンの体を踏み台にして、さらに跳躍した。
 そして、彼の体が炎に包まれると、その先でスイクンと剣を交えていたビリジオンに
向かって加速をかけた。
「――!?」
 スイクンを相手にしていたため、ビリジオンは横合いから迫ってきたエンテイに反応が遅れた。
回避が間に合わず、ビリジオンは横腹にニトロチャージの直撃を受けた。
「あああああ゛ぁッ!!」
 効果は抜群だ。悲鳴を上げて、ビリジオンは吹き飛ばされ、地に倒れこむ。
「い・ま・だぁぁぁ!!」
 叫び、全力を注ぎ込んでエンテイは“聖なる炎”を放った。
 ビリジオンは、驚愕の表情のまま炎の奔流に飲み込まれ、その身が焼かれるのを感じた。
 同時に、大きな爆発が起きて、ビリジオンの意識は途切れていた。

コバルオンの怒り 

「ビリジオン!!?」
 焦げた大地に力なく横たわるビリジオンを見て、コバルオンは声を上げ、近寄った。
 もはや戦闘不能だ。コバルオンはエンテイの意図を察し、にらみつけた。
「そうか……特殊技では、ビリジオンは容易には倒せない。それを理解したうえで、
貴様はそちらを狙ったというわけか」
「ああ……薄々とだがな。しかし、その通りだったワケだ」
 同じくコバルオンを睨みつけて、エンテイが答える。
 テラキオンのときもそうだが、戦いながらも敵を分析しつつ、突破口を見つけた。
 やはりこの聖獣達は、一筋縄ではいかないとコバルオンは思った。
 同時に、悔しさや憎々しさが込み上げて、体をわななかせた。
 あの聖獣とやらに、聖剣士の仲間が全てやられた?
 自分たちは、日々鍛錬を欠かさずに、イッシュの平和を守り続けてきた戦士だ。
 それが、こうも追いつめられ、次々とやられていく。
「……やってくれるッ!!」
 よくも、仲間たちを――!!
 倒された者達の為にも、この者達を倒さねばならない。
 コバルオンは冷静さを欠き、その心は怒りと、勝利欲に支配された。
 聖剣士のリーダーで、普段から何事にも冷静な彼らしくないことだった。
 倒さねば、気が治まらない――!!
「貴様らは、必ず倒すッ!!」
 ポケモン達を導き、平和を守ってきた聖剣士のリーダーであるプライドもある。
 平和を守る者には、負けは許されない。聖剣士には、敗北など許されない。
 勝たなければ。
 戦わなければ。
 倒さねば――。
 コバルオンは、目の前で身構えている聖獣たちに向かって駆け出した。
 まずは、手負いの赤いほうからだ。
「覚悟ッッ!!」
「クッ!!」
 エンテイが、迎撃に“聖なる炎”を放つ。だが遅い。
 跳躍。コバルオンは3本脚でジャンプをかける。先ほど、エンテイがやったのと同じように。
それによって、炎の奔流を回避。3本脚でも、それくらいの跳躍力は出せる。
 そして、滞空しながらコバルオンは再び“聖なる剣”を成形すると、体を丸めて前転をかけ、
その身を高速回転させて、エンテイに突っ込んだ。
「なっ!?」
 刃の球と化したコバルオンは、一気にエンテイへと突撃。その身を連続で切刻み、吹き飛ばす。
「ぐあぁっ!!」
 切り刻まれ倒れこんだエンテイに、すかさず刃を突き出し突進。スキなど与えない。火傷を
負った足が痛むが、気にしない。立ち上がろうとしていたエンテイの横腹に、深々と刃を突き立てた。
「エンテイ!!」
 崩れ落ちるエンテイに、スイクンは叫んだ。だが、その声を聞きつけ、コバルオンは
撃破したエンテイから離れて、スイクンの元に突進する。
「うっ!」
 体を傾け、コバルオンの斬撃をかわす。だが、彼の攻撃は次々と容赦なく繰り出される。
 突き、薙ぎ、袈裟懸け。それらの攻撃をスイクンは回避するか、帯状の尻尾を使って
受け流し、どうにか直撃を避けているが、それでも体を掠め、少しずつダメージが蓄積されていく。
「このままでは……!」
 スイクンの素早さは、三聖獣の中では最も低い。この時点でも、コバルオンのほうが
上回っていた。いつまでもかわし切ることは難しいだろう。
 相手は近接攻撃に長けており、こちらは“ハイドロポンプ”や“冷凍ビーム”等、
遠距離攻撃ばかりで、近接戦闘に対応しきれない。反撃するヒマすらも。
「くそッ、速いッ!」
 だが、向こうはエンテイの攻撃で方前足を負傷して自由に動けない。必ず隙が出るはずだ。
 そう思いながら、何度目かの斬撃を回避した時、不意にコバルオンがバランスを崩した。
 負傷した足を酷使したせいなのか、痛みが走った。
「……ッ!!」
 今しかない!
 コバルオンは接近戦を行っていたため、当然スイクンの目の前にいた。だから、
この距離であれば、十分に命中させられる。
 スイクンは、至近距離で“ハイドロポンプ”を放った。
 スイクンの“ハイドロポンプ”はコバルオンに突き刺さり、
彼の体は高圧水流によって吹き飛ばされ地に転がった。2者の間に、距離ができる。
「……くそぉッ!!!」
 叫んで、コバルオンはガバッと起き上がって“ストーンエッジ”を放った。鋭い岩塊が、
スイクンを射抜くべく飛来する。岩技、ならばこちらは……
「押し流すっ!!」
 先程よりも、極大の“ハイドロポンプ”を噴射する。飛来する無数の岩塊を全て薙ぎ払い、
コバルオンの『飛び道具』を無力化する。
「チッ!」
 コバルオンが悔しげに舌打ちする。何としぶとい。
「いい加減に落ちろッ!!」
 体勢を立て直し、再びスイクンに向かって“アイアンヘッド”で突進し、
一気に距離をつめてくる。十分な距離があったので回避行動を余裕でとれたが、
また近接戦となれば、相手の独壇場となる。そうなればまたこちらが不利だ。
 だが、先程ビリジオンの技を反射した際に、あらかじめ瞑想を積んでいたから、
自身の技はある程度強化されている。今のハイドロポンプも、結構なダメージを
与えられたはずだ。なんとかもう一撃を与えれば、倒せるかもしれない。
「しかし……できるか?」
 スイクンは独りごつ。スイクンが今覚えている技は、“ハイドロポンプ”に“冷凍ビーム”、
そして“瞑想”に“ミラーコート”の4種類。
 対してコバルオンは、物理攻撃を得意としているために、特殊攻撃を反射する
“ミラーコート”は現状使い物にならない。そして、相手は鋼タイプも持っているらしい。
 鋼相手に氷技はほとんど効果は無い。したがって、冷凍ビームも使えない。
「“ハイドロポンプ”しか使えんか……!」
 相手に有効な技は、これしかない。スイクンは顔を顰めた。こちらの体力も残り少ない。
 さっきのようにうまくチャンスが来るとも思えないが……やってみるしかない。
 チャンスが来ないならば――作るまでッ!!
「うおおおおぉぉッ!!!
 コバルオンがまた刃を発振させ、スイクンを切り裂くべく頭を振りかぶる。
 直撃は避けられない。が、スイクンはあえて避けなかった。目を細め、呼吸を止め、
全神経を、コバルオンの動作に集中させて――

 突然の衝撃にコバルオンは驚き、目を見張った。
 振り下ろそうとした頭が、敵に届く前に止まったからだ。
「なっ……!?」
 スイクンは、攻撃を受ける寸前に片前足を繰り出して、振り下ろされるコバルオンの
顎を押さえつけ、その斬撃を防いでいた。
 スキが出来た――!!
 その瞬間、スイクンは再び“ハイドロポンプ”を撃ち放っていた。
(バカな……私には……!)
 吹き飛びながらも、コバルオンは胸中で呟く。
 聖剣士としてのプライドが、仲間たちとの絆が、そしてポケモン達の平和と幸せが
全てだった彼にとって、敗北するということは、全ての終わりに等しかった。
 敗北は何も生まないし、何も得られない。虚無と喪失だけの無意味なものだ。
 それに、戦いの場において、負けは「死」を意味する。
 仲間の為にも、ポケモン達の為にも、自分には負けは許されない。
 だから、自分は負けられない。だというのに、自分はここで倒れる――
 無力感と敗北感。その2つがコバルオンの心を支配したまま、彼の意識は闇に沈んだ。
 吹き飛ばされたコバルオンは、地面を数度転がると、それきり沈黙した。
「死にはしない……が」
 荒い息をしながらも、スイクンは倒れているエンテイの体を一瞥した。
 自分も、やられてしまったエンテイもライコウも、あの不死鳥ホウオウによって
生み出された存在だ。並の生命力ではないし、これしきで死にはしないだろう。
 そう思いながらも、スイクンは倒れた仲間を救うべく、エンテイの首根っこを
噛んで、その体を別の場所に移動させ始めた。

ルギアとホウオウ 

「貴様らッ、嘗めるなよ!?」
 ヤクモたちに向けて、“聖なる炎”の威嚇攻撃を加えたホウオウが声を荒げた。
「まぁ、落ち着けホウオウよ」
 そんな彼を、翼で制しつつ、ルギアが言った。
「お前たちは何が目的だ……ここの技術を用いて、何をする気だ?」
 問われて、しばしの沈黙のあと、黒服の長――ヤクモが、口を開いた。
「……ポケモンと人が、住みよい世の中を作るために。ヒトとポケモンの、
よりよい関係を築くために」
 それを聞いて、ホウオウが片目を吊り上げて、
「ほぉ? 随分とご立派な目標だな。しかし、そういう人間に限って、
腹に一物を抱えているものだ……本音を言え! 何をする気なのだ!?」
「……」
 ヤクモはそれ以上答えない。
「いいえ。この方の言っている事は、偽らざる本音よ」
 すると、その近くにいた赤い髪の女が、ヤクモの傍らに立って告げた。
「ヒトの言うことは信用できんな」
「そう、じゃあこれでもかしら」
 そういうと、赤い髪の女はその場で跳躍し、くるりと宙返りをしてみせた。
 するとその身は、一瞬にして黒い体毛を持ったポケモンの姿へと変貌を遂げる。
「お前は……ポケモンだったのか」
「ええ。姿を変える力があるわ。もっとも、見た目だけだけど」
 そういうと、ゾロアークのカレンは、すっと背筋を伸ばしてから続ける。
「あなた方も知っていると思うけど、人間はよくポケモンを道具のように扱い、
虐げることがあるわ。特にバトルにおいて、それはよく起きる……」
「知っている。特に最近は、厳選だ捨てポケモンだといい話を聞かないからな」
 ルギアの言葉にヤクモが首肯した。カレンも、頷く。
 ルギアも、人間が強いポケモンを求め、それによって引き起こされる様々な問題は
よく耳にしていた。
 中でも、人間による厳選行為は酷いものだった。
 バトルに勝つための強いポケモンを手に入れるためには、何千何百というタマゴを生ませて
厳選を繰り返し、その過程で必要の無くなった個体を野に放って捨てていく行動は、
時として環境破壊にも繋がる厄介なことだ。
 海のポケモン達も、時折そうした問題をルギアに相談しに来たりして、
そのたびにルギアは頭を悩ませていた。
 すると、ヤクモが口を開く。
「それだけじゃない。高い能力を持つポケモンや、珍しい種類のポケモンは、
裏の世界で高値で売買されることがもはや当たり前になってしまっている。
 40年前の『フロンティア・ショック』で、本来ポケモンを守るべき法が
機能しなくなり、このような不幸なポケモンが生み出される時代となった。
 命あるポケモンが、こうも虐げられ、道具のように扱われる……
そんなポケモンへの信頼と愛情を失っている社会が、私たちは許せない」
 ヤクモは、拳を握り締める。
「つまりは、世直しか」
 気持ちは、わからなくもない。現状、人間にとってポケモンは道具でしかない
部分もあるが、それに異を唱える人間もいる。この人間たちは、そうした者達なのだろう。
「だが人間よ、お前はここにあるものが何なのか、わかっているのか?」
「……亡きミサキ博士が残した、旧プラズマ団のクローン技術。そして、
そこで開発された、レシラム・ゼクロムのクローン体……その封印を解く方法もそこにある」
 やはり、とルギアは思った。あの映像で老人が語っていたことを、全て知っている。
 しかし、これらの技術が、本当に社会やポケモンたちの役に立つとは思えない。
 自然の摂理に反する禁忌の術に、正しい使い道があるようには、思えないのだ。
「だが、それをどう使う気だ? お前達の目的に、このような技術が必要とは思えんな」
 人間の行いを止めたいなら、説得なり何なり人間らしい解決方法があるはずだ。
「……力が」
 男、ヤクモが呟いた。その表情は、どことなく悲しげだった。
「力が、必要になった」
「……ポケモンを救うのに、か」
 ルギアが問うと、ヤクモが首肯する。ヤクモは俯いたまま言葉を続けた。
「痛い目を見ないと、人間は変わらない。悲しいが、それが事実なんだ。
だから、そこにある技術が……伝説のポケモンの力が必要なんだ」
 ポケモンを救うために、力が要る。それの意味するところは……
「それは、伝説のポケモンの強大な力を人間達に向けて使う……ということか」
「そう受け取ってもらって結構だ。今の人間達は、ポケモンを道具として使うことが
当たり前になっている。だから、生まれたポケモンを何の躊躇もなく捨てたり、
体が壊れるまで酷使したりすることが出来るんだ。己の欲の為に、な」
 すると、ルギアが問うた。
「だが、お前達がやろうとしている事だって、ポケモンを道具にする
ことになるのではないか?」
 ある目的の為に、クローンのポケモンを生み出す。
 それは、ポケモンの厳選となんら変わらないのではないか。自然の摂理に反している分、
もっと性質が悪いかもしれない。
「我々だって、本当ならこんな技術を使いたくは無かった。だが、使わねばならなくなった。
我々の力を世に示し、ポケモン達を救うには、どうしても必要だった……」
 ヤクモは体をわななかせた。吹き上がる切なる想いが、体を揺らしているのが伝わってきた。
「無論、平和的な方法も考えた。だが、それではムリなのだ。それだけでは、
大衆には伝わらない。力を示して、人々の目を覚まさせてやる必要があるのだよ」
「そのために、人やポケモンの血が流れることになっても構わない、と?」
「ああ。悲しいが人類は、まだ愚かしさを捨てきれない。慣れてしまうと、それが
過ちであるということにも、気付けなくなる。だから――」
 ふわ……と、ヤクモから鋭い殺気が発せられ、ルギアたちは身構える。
「気付かせる!!」
「!!」
 その言葉と共に、ヤクモの背後から、見慣れぬポケモンが姿を現す。
 細長い逆三角形の体に、まるで髪の毛を思わせるような触手が頭部から無数に
伸びている。そして、顔には鳥ポケモンのような小さな嘴。
 カントーやジョウトに生息している種族ではない。
 そのポケモンは、浮きながら真っ直ぐにホウオウに向かうと、襟元から伸びる
槍のような触手を丸めて拳を作り、ホウオウの腹に叩き込んだ。
「……!! しかしなッ!」
 格闘技だったのか大したダメージではなかった。ホウオウは聖なる炎を吐いて反撃するが、
謎のポケモンはするりと身をくねらせ避けてしまう。
「ンフフフ……やりますねぇ」
 そのポケモンが言った。声の質からして雄のようだったが、酷く不気味だった。
「見たことが無い相手だが……わかっているのか? 私には格闘など通じんぞ?」
 ホウオウは飛行タイプ。格闘技は効果が薄い。どういうつもりか?
「おっとそれは失礼。ワタクシはカラマネロの『ネルス』と申します。
以後お見知りおき……をッッ!!!」
 自己紹介しつつ、そのカラマネロ――ネルスは、2撃目を腹に打ち込んできた。
「……!!」
 その一撃に、ホウオウは僅かに顔を顰める。さっきの一撃よりも威力が増している。
 急所にでも当たったのだろうか? いや、同じ所を打たれたから、それはない。
「まさか……!?」
 一つの結論に達して、ホウオウは目を見開く。
「攻撃の度に威力が上がって……!?」
『ご名答』
 ヤクモとネルスが、異口同音に答えた。
「ネルスの特性は「天邪鬼」。能力変化が逆転する」
「そういうことです。本来は使うと能力が下がるこの“馬鹿力”も、ワタクシが使えば、
逆に能力が上昇する……というわけですな。ンッフフフフ……」
「なんと……!!」
 思いがけないことに、ホウオウは戸惑った。そのスキを見計らったかのように、
森の中に潜んでいた敵のポケモン達が一斉にホウオウに踊りかかる。
 ライボルトやデデンネ、エレブーなど、弱点である電気タイプが多い。
 しかし、好きにさせるわけにはいかない。
「覇ァァァァッ!!!」
 裂帛の気合と共に、ホウオウは天を仰ぐように両翼を広げた。
 すると、地面に無数の衝撃波が走り、敵ポケモン達の足元で炸裂した。
“地震”攻撃である。
 これによって、飛びかかってきたポケモンの大半が戦闘不能に陥った。
 そして当然、ネルスにも衝撃波が襲った。バゴッと衝撃波が地面から体に直接叩き込まれ、
ネルスの体は吹き飛ぶ。
 しかし直後、サイコパワーで空中に静止、体勢を整えてから、
「ンフフフフフ、これは意外。飛行タイプだというのに、地面技も使えるとは、
流石伝説のポケモンですね。しかもタイプ不一致とはいえ結構な威力だ……」
 言いながら、ネルスは隠し持っていたオボンの実を齧って、体力を回復させた。
 相変わらず、不気味に笑うネルス。その表情にはいささかも動揺を感じられない。
「まぁ、茶番はこれくらいで良いでしょう。ねぇヤクモ様?」
「そうだな。お前の力を、見せてやれ」
「御意……では!」
 言葉と共に、ネルスは急加速をかけ、ホウオウに向かって吶喊する。
「バカめ! 突っ込むだけで!」
 また馬鹿力を仕掛けてくる。そう思って、“聖なる炎”の発射体制に入る。
 一直線に向かってくるネルス。攻撃態勢に入っているというのに避けようともしない。
 ならば丁度いい。このまま返り討ちにしてくれる。
 ホウオウは、“聖なる炎”を発射する。だがその瞬間、ネルスは急に動きを変えた。
「なにッ!?」
 ネルスは大きく弧を描いてカーブすると、ホウオウの横にいる存在に狙いを変更した。
 そのまま素早くルギアに接近すると、腕に当たる触手に黒いエネルギーを纏わせ、
刃として切りかかった。
「“辻斬り”」
 ドゥッ、と、ルギアの胸を真一文字に切り裂き、彼の体は大きくのけぞった。
「ぐは……!?」
 ルギアはエスパータイプ。悪技は効果抜群だ。それも、天邪鬼によって攻撃力を
強化されているおかげで、破壊力は非常に高くなっていた。
「ぐっ……!!」
 だがルギアは倒れかけた体を踏ん張り、どうにか耐え切る。
 そして体勢を立て直すと、全身から力を抜いた。すると、腹に刻まれた傷が、見る見る消えていく。
「なるほど“羽休め”ですか。便利ですよネェ、回復技は。
 でもね……もっと見せてほしいんですよ。もっと抵抗して、足掻いてみせて下さい。
イカに伝説のポケモンといえど、万能ではないということを、見せてほしいんですよ」
 そういうネルスの表情は、悦楽に歪んでいた。天を仰ぎながら、ネルスは呟き続ける。
「ンフフフ……伝説伝説、伝説。そんな存在を、私は超越することが出来る。
ポケモンとして、これ以上の悦びがありましょうか?」
「ぐ……今度はこちらの番だ!」
 荒い息をしながらも、ルギアは反撃をするべく上昇をかけた。
 これだけ距離をとれば、そうすぐに接近することは出来ないだろう。
 そう考えて、眼下のネルスへ向けてエアロブラストを放つ。
 ゴバァン!!
 直撃を受け、爆発と共に旋風が巻き上がる。渾身の一撃だ。
「やったか――!?」
 淡い期待と共に、ルギアは呟いてみた。これを受けたら大抵のポケモンは
無事ではすまない。
 だが。
「ンフフフフフフッ、やりますねやりますねぇ、いいですねぇッ!」
 爆煙を切り裂いて、ネルスが姿を現した。
「なにッ!?」
 ルギアは驚き、目を見開く。信じられない。あの一撃を耐え切った――?
 そう思った瞬間、ネルスの目の前に、うっすらと黄色く透明なブロック状の『壁』が
光っているのが見えた。
「“光の壁”!? いつの間にっ!?」
「先程、ヤクモ様と話していた間に、展開させて貰いました」
“光の壁”は特殊攻撃を半減することが出来る技だ。
 ネルスの体には無数の傷がついているものの、大ダメージを負わせるまでには
到らなかったようだ。なんということか。相手は既に対策済みだった――
「くそっ!」
 そう吐き捨てると、ルギアの両翼の先端から、激しい稲光が迸った。“雷”だ。
 相手は見た感じ、水タイプのようにも思えた。ルギアはそれに賭けて電気技を放った。
 しかし、ルギアの“雷”は目標のネルスを反れて、森の中に立っていた仲直り団員の、
サイドンの角に吸い込まれていった。
 サイドンの特性『避雷針』。電気技を全て吸収してしまう特性だ。
「これならっ!」
 声と共にルギアも双眸が紫に光る。“サイコキネシス”、ルギアのもう一つの得意技だ。
 放たれたサイコパワーの力場が、ネルスの体を圧壊すべく殺到する。
 だが、その顔はまったく苦悶に歪む事は無い。まったく平然としている。
「ムダですよ。ワタクシ、悪タイプですから」
「な……」
「ですが、光の壁を張っていたとはいえ、さっきの“エアロブラスト”は効きましたよ。
やはりお強いですねぇ……しかぁぁしッ!!」
 そういうとネルスは、ルギアに向かって加速した。
「ッ!!」
「それゆえ,判りやすいッ!!!」
 その叫びと同時に、ルギアはその左翼に“辻斬り”を喰らっていた。
 効果は抜群だ。飛行の要に攻撃を受けたことで、ルギアは体のバランスを
大きく崩した。負傷した左翼が使えなくなる。
「ぐわっ……!」
 だがルギアはエスパータイプ。サイコパワーを用いれば、飛行補助は可能だ。
「おのれっ!!」
 エアロブラストを乱射する。同時にホウオウも“聖なる炎”で援護射をしてくれたが、
ネルスはその弾幕をするりと潜り抜けていく。
「ンフフフ。いい弾幕です。しかし……」
 流石に回避しきれなかったのか、ネルスの眼前に、空気の弾が迫った。
 しかし、ネルスは腕に当たる触手にエネルギーを纏わせると、それを振るって
空気弾を切断し、打ち消して見せた。“サイコカッター”だ。
「こういう防ぎ方もあるのですよ……?」
 そう言った次の瞬間には、ネルスはルギアに接近し、“辻斬り”を、
ルギアの脳天に見舞っていた。
「がっ……」
「悪技は効くでしょう?」
 弱点を突いたその一撃に、ルギアは力尽きる。
 エスパーの力が失われ、ルギアの体は地面に落下し、大きな土煙を上げた。
「ルギアッ!!!」
『ルギアさんっ!!』
 ホウオウが、そして兄妹が叫んで、地に落ちたルギアに駆け寄った。
「ルギア、しっかりしろ!」
 翼を腕のように使って、その体を抱え上げてみる。死んではいないが、
その体からは、急速に力が失われていくのがわかった。
 同じ守護神として、ポケモンたちの上に立ってきた友が、こうも簡単に
人間に敗れてしまうなどとは。
「く……お前たちは、奥に隠れていろ!」
「でも……」
「この敵の数、お前達ではムリだ。あの爺さんを守っていろ!」
「は…はい!」
 ホウオウは、兄妹に隠れるように促すと、兄妹は言われたとおりに、倉庫に戻っていった。
 守護神と呼ばれる自分たちをここまで窮地に追い込むとは、なかなかの手練だ。
(ルギアの予想が当たったな……くそっ!)
 ホウオウは、悔しげに胸中で呟いた。
「あらまぁ……もう少し粘ってくれるとおもったのですが……」
「貴様ぁ……!」
 ネルスの言葉に、ホウオウは怒りの表情を向ける。相変わらず、その顔からは
憎らしい笑みが消えていない。神と呼ばれるルギアを倒して、悦に入っているのだ。
「やはり伝説のポケモンといえど弱点を突かれれば脆いということですね」
「貴様、嘗めるな!!?」
 声を荒げると、ホウオウは“聖なる炎”を放つが、ネルスはそれをひょいとかわす。
「おっと危ない。流石に物理技までは補えませんからね」
 そういって相変わらずの不気味な笑みを向けると、ヤクモが告げた。
「これ以上時間をかけるのも勿体無い。お前たち、そろそろ片付けるぞ」
「了解」
「御意……もっと楽しみたかったんですがねぇ」
 ミカゲが返答し、ネルスが名残惜しみつつも、返答をすると、
ゾロアークのカレンと、サザンドラのアリネが口々に告げた。
「早くアレを稼動状態にする必要もありますし、あの失敗作……『ビギニング』の
替わりも用意しないといけません」
「もうお腹減ったわ。コレ終わったらまたお蕎麦食べに行きましょう、ヤクモぉ」
「そうだな。だから共に今の目的を達成しようじゃないか」
 そのヤクモの言葉に4匹が首肯すると、ホウオウが叫んだ。
「黙らんかぁッ!!」
 ホウオウは飛翔して“地震”を放とうとする。が、それよりも早く、ミカゲの
“水手裏剣”が、ホウオウの七色の翼を射抜いていた。効果は抜群だ。
 ルギア同様、体のバランスを崩す。
「うおっ……!?」
 さらにそこへサザンドラのアリネが“悪の波動”で追い討ちをかける。
悪意の奔流に呑まれ、ホウオウは苦悶の叫びを上げた。
「ぐ……くそぉぉぉッ!!」
 倒れるものか――! ホウオウは目を見開き耐え抜くと、極大の“聖なる炎”を
放射して、敵を薙ぎ払おうとした。
 しかし、目標である痩躯の男とそのポケモン達は、目の前から姿を消していた。
 森に隠れていた部下と、そのポケモン達も同様に、元からいなかったかのように。
 しかし気配だけはする。どこかに隠れているのはわかる。
(どこだ――!?)
 そう思って周囲に首をめぐらせていると、突然、眼前の空間が『割れた』。
 いきなり目の前の空間に裂け目が出来、そこからあの触手をもつ
ポケモン――ネルスが、姿を現した
「何ィ!?」
 ありえない事態に、ホウオウは思わず叫んだ。空間を操作するなど、並のポケモンに
出来ることではない。
「ありえん……!」
「ンフフフ、それが……有り得るんですよっ!」
 そういうと、ネルスはホウオウの腹部に、数度に渡る馬鹿力によって強化された、
“サイコカッター”を打ち込んでいた。
「ぬ……がぁ」
 力尽きたホウオウが落下し、その体を地面に打ち付けた。
 同時に、周囲の風景が変化して、ヤクモ達や部下達の姿が現れる。
「こうやって、ゾロアークの幻影を用いれば、ね」
 地に落ちて微動だにしないホウオウに真実を告げると、ネルスは右腕の触手を挙げて、
幻影を展開してくれたゾロアークのカレンに感謝の意を表すと、ヤクモの元に戻る。
「さて、これで脅威は大方去りました。あとはデータだけですな」
「あのラティオス達も、さしたる脅威ではありません。我々なら、返り討ちに出来ます」
「うむ……総員、倉庫内に進め」
 ネルスとカレンが、ヤクモに告げ、彼は部下に命令をすると、部下達も
ポケモンを伴って動き出した。
 すると、胸ポケットに入れていたポケギアが振動した。Y・Kからであった。
「私だ」
『こちらY・K。残念なお知らせです……聖剣士達が全て……』
「何……? 全滅したのか」
『はい。ジョウトの三聖獣たちの一部を撃破したようですが、全てを倒すには至らなかった
ようです。三聖獣たちも、姿を消していました』
 やはり、伝説のポケモンだけはある。実力も高い聖剣士達を退けてしまうとは。
 しかし、こちらもルギアとホウオウを倒すことに成功し、一番の懸念は何とかなった。
 姿を消した聖獣たちも、聖剣士達との戦闘で、体力を消耗しているに違いない。これも大した
脅威ではないだろう。
 あとは、地下へと続くこの分厚い扉だけだ。
「こちらは、ルギアとホウオウを倒すことに成功した。しかし、例の倉庫の
厚い扉が厄介そうだ。セキュリティも独自のものを使っているようだし、
何よりポケモンの技では簡単に破壊できそうも無い。君のドリュウズ……『アカダケ』が
必要になるかも知れん」
『わかりました。では、すぐにそちらに伺います』
「頼む」
 それだけ言うと、ヤクモは電話を切った。そして、部下達の後に続いて、
倉庫へと足を踏み入れた。

最後の手段 

 人間たちはポケモンと共に続々と茂みから抜け出し、崩落した倉庫の入り口から進入してくる。
 その光景に、倉庫の奥でボウシュを守るようにしていた兄弟は怖気づいてしまう。
「そんな……ホウオウさんまで!」
「怖いよぉっ!」
 半狂乱になったサクヤとマナフィが、涙目をニニギとボウシュに向ける。
「とても僕達だけじゃ……」
 苦しげにニニギが呻く。残ったのはもう自分たちだけ。たったこれだけで、どうすれば
いいというのだ。
「焦るでないっ!」
 そんな兄妹をボウシュは一喝し、兄妹はびくりと体を震わせた。
「まだ手は残っておる……」
 そういうと、ボウシュは蔓を使い背中の花弁の裏側から、何かを取り出した。
 それは不思議な模様をした3つの丸い石だった。ボウシュはそれぞれ兄妹に渡す。
「これは……?」
「いいから、こいつを持って祈るんじゃ! 我等が主、ミサキに」
「はぁ!?」
 詳細を尋ねたニニギが、予想外の返答に素っ頓狂な声を出した。こんな状況下に、
亡き人間に祈れなどと、何を言っているのか。焦りで、おかしくなっているのか?
「いいから祈れッ! 強くなッ!」
「ええい、もう!」
 もうヤケクソになって、ニニギは言われたとおりにする。石を両手で包み込むようにして、
瞑目し、亡き老人に祈る。サクヤも、それに習って祈り始める。
(おじいさん……助けて!)
(皆が、危ないの!)
「もっと、もっとじゃあ!!」
 ボウシュが叫ぶ。その通りに、兄妹は目を硬く瞑り、老人のことを想った。
 楽しかった記憶、辛かったこと――様々な思い出が、脳裏を流れていった。その瞬間、
『!!?』
 兄妹が握っていた石が、眩い光を放った。同時に、兄弟の体は、変貌を始める。
 前腕部分が大きく膨れ上がり、より鋭く空気を裂く形状の翼が生える。
 そして、短かった脚も腹部寄りに移動し、腕の翼と同形状のものとなって、
体の各部が次々に変化していく。
 そして、変化の光が収まると、兄妹の体は2匹ともに同じ姿になっていた。
いや、サクヤの方が若干体が小さめだったが、体色も同じで、一見するとどちらが
ニニギでどちらがサクヤなのか、見分けがつかない。
「お兄ちゃん……なにその格好!?」
「サクヤ……? お前なんだその姿……な、何だコレ!?」
 変貌を遂げた自分たちの体を互いに見やって、兄妹は驚く。
「……『メガシンカ』じゃ。そして……ワシ自身もッ!」
 ボウシュが、簡単に説明を終えると、彼の体もまた、眩い光に包まれ、変貌を始める。
 背中の枯れかけていた花の幹が上に高く伸び、葉も大きく広がり、その額には一輪の
花が咲き誇る。
「フゥゥゥ……ワシもお前達も、メガシンカによって、能力は格段に上がっておる。
これなら、そうそうやられはせんハズじゃ……そしてぇッ!!」
 叫ぶと、ボウシュは扉の操作盤の隅にあった、プラスチックカバーで覆われている一つの
ボタンを、自身の蔓を繰り出してカバーを砕き、押し込んだ。
『非常警報が発令されました。防衛システムを起動します。防衛システムを起動します』
 不気味な警報音と共に、アナウンスが流れた。
 するとどうだろう。倉庫内に放置されていたコンテナや、それらを覆っていたカバーシートが
弾け飛び、それらの中から、異形の物体が姿を現す。その数は10体以上。
 人型に近いが、それは酷く歪で、細長い手足とその背にある突起物が特徴的だった。
「あれって……まさか」
 赤い瞳のニニギが呟いた。地下で見たミサキのビデオメッセージの中にあった、
ゲノセクトと呼ばれる改造ポケモンだ。
「ゆけィゲノセクト達よ! 侵入者共を追い払うのじゃあぁぁ!!!」
 ブュイィィン! 赤い目を不気味に発光させて、無数のゲノセクトたちは動き出す。
 一体のゲノセクトが、敵のアズマオウにシザークロスを打ち込む。そこへ別のゲノセクトが
背中の突起から何かのエネルギー光線を吐き出して、止めを刺す。
 同じように更に別のゲノセクトが、背中の砲を放ち、ドゴームを戦闘不能にさせる。
 ゲノセクトたちは、次々と仲直り団のポケモン達を撃破していく。
 その中に、一体だけ存在した赤い個体は、敵のエアームドに近接すると、脚から炎を
噴出して蹴り付ける。効果は抜群。炎タイプの物理技、“ブレイズキック”である。
炎攻撃を喰らい、エアームドは目を回して倒れた。
 いつの間にか、敵ポケモンの数は半分近くまで減っていた。

反撃 [#2az0BMd] 

「ゲノセクト……プラスマ団が作り上げた改造生命体。やはりミサキ博士も
持っていたのか。カレン、“火炎放射”だ。ヤツには炎が効く」
 呟きながらも、ヤクモはポケモン達に指示を出すと、ゾロアークのカレンは
口から炎を吐いて、ゲノセクトを業火で炙って行く。火達磨となったゲノセクトは落下し、
それを倉庫内に進入してきたゴルーグが太い足で踏みつけて粉砕した。
「う……」
 サクヤは目を逸らした。ゲノセクトは人口ポケモンといえど、自分と同じように
作られた存在。その命が失われていく様は、自分の末路のように思えて、
吐き気を催すほどに不快だった。
 だが、それでもゲノセクトたちは、ヤクモたちを相手に戦っていた。
「ホゥ……まだこんな隠し玉を残しているなんて。ミサキ博士というヒトは、
本当に油断なりませんネェ」
 ネルスが、赤いゲノセクトと切り結びながら、呟いた。赤ゲノセクトはシザークロスで、
ネルスは辻斬りで防御するが、やはり技の相性もあり、ネルスが押し負けた。
 その身を、シザークロスでドッと切り裂かれる。
「おおぅ……いいですねぇ。いいですねぇ……これぞ戦いですよ。敗北もまた、戦いです……よ」
 呟くと、ネルスはどさりと地面に転がって、戦闘不能になる。一度木の実で回復したとはいえ、
ルギアとホウオウを相手に戦ったことで、体力を大きく消耗していたのだ。
「ネルス、よくやった。戻れ」
 ヤクモがネルスをボールに回収する。ゲノセクトは虫タイプも有しているから、
悪タイプ主体の彼にとって圧倒的に状況が不利だ。素早く動き回り、数も多く乱戦状態だ。
「う……くっ……」
 カレンの体を“シザークロス”が掠め、彼女は苦悶の声を上げた。
 ゴルーグも、体を高機動形態に変形させたゲノセクトらに苦戦している。
「今じゃ! “花吹雪”ィィィィッ!!」
 その瞬間、ボウシュの体から放たれた花弁の嵐が、倉庫内に吹き荒れた。
 それらは的確に、ヤクモの手持ちや、その部下の手持ち達を襲った。
 その攻撃で、ミカゲがダウンした。
「お前達も手伝えっ! 一気に畳み掛けるぞぃ!」
 その言葉に、呆然としていた兄妹も我に返る。兄妹は頷きあってから、各々両腕を振り上げた。
 やるなら今だ。ドラゴンタイプ最強の攻撃力を誇る大技を。狙うは敵のボスの手持ち。
 両の手にエネルギーが収束して球体を作り上げると、兄妹はそれを同時に撃ち放った。
『“流星群”ッ!!』
 倉庫内に舞い上がった2つのエネルギー塊は、無数に分裂すると、ヤクモたちに降り注いだ。
回避行動をとったが、その数を避けきることは難しく、体が大きく鈍重なゴルーグが直撃を喰らい、
大きな音を立てて倒れこんだ。そして、サクヤが放ったもう一発の流星群も、同じく動きが遅めな
サザンドラのアリネの翼に命中し、彼女は悲鳴を上げた。効果は抜群だ。
「アリネ、こちらも“流星群”だ!」
「わかったわ!」
 ヤクモの指示を受けて、反撃すべくアリネが両腕を振り上げた。だが、それより早く、
兄妹が彼女に体当たりをかけた。
 彼らは流星群を使ってしまったため、特殊攻撃力がダウンしてしまっている。
 もはや強力な攻撃は望めなかったため、彼らは捨て身で技を防ごうとアリネに組み付き、
その両腕をしっかりと押さえつけて、流星群を放てないようにした。
「ボウじぃッ、今よ!?」
「アレを使って!!」
「応ぅッ!」
 兄妹が叫ぶ。その瞬間、ボウシュは上体を持ち上げ、一気に両前足を地面に叩き付けた。
 すると、突然地面のコンクリートを突き破って巨大な植物の蔓が姿を現し、
本流となってアリネに押し寄せた。その直前に、兄妹は離脱する。
「キャ……」
 悲鳴を上げる間もなく、アリネは蔓の奔流に飲み込まれて力尽きた。
「ハァ、ハァ……どうじゃ……ワシの“ハードプラント”の威力は……」
 技を放ったボウシュは、荒い息をつきながら呟くと、ボウシュはその場に
倒れこんだ。メガシンカが解け、もとのフシギバナの体に戻る。
「ボウじぃ! 大丈夫!?」
「大丈夫じゃ……ちと、疲れただけじゃい……」
 そんな彼を見て、兄妹は心配になって駆け寄った。彼は高齢のポケモンだ。
 当然、バトルなどすれば体力の消耗も激しい。
「じゃが……メガシンカとゲノセクトで……ヤツらの大半は倒せた……」
 言いながら、ボウシュはヤクモに目を向けた。部下の手持ち達はほとんどが
ゲノセクト達によって倒され、彼の手持ちもあのゾロアークのみ。
 それに、地下研究室への扉はかなり強固に出来ている。自分が鍵を握っている
ことを知られぬ限り、あの扉を開ける方法は無い。 
「なるほど、まさか主とキーストーンもなしでメガシンカするとはな。
なかなかに興味深い現象を見せてもらったよ」
 軽く拍手を送りながら、ヤクモが口を開く。
「おかげで、私も手持ちが一匹のみになってしまったよ。これだけの戦力を
そろえたというのに、あと一歩のところでやられてしまうとはね。
これではもう、作戦継続は無理そうだ。総員、一時撤退だ」
 言いながら、ヤクモは戦闘不能となったアリネをボールに回収する。
「ちょ……どういうこと? 私はまだやれるわ!?」
 まさかの判断に、ゾロアークのカレンが声を大きくして、ヤクモに詰め寄った。
「ヤツらは……特にラティアスは、メガシンカしたことで防御面がかなり強化されている。
たとえ弱点をついても、特殊攻撃が主体のお前では突破できない。
 それに、これ以上お前達や部下を傷つけるわけにも行くまい。これ以上の戦力喪失は、
後々にも響く。それにあの奥の扉も、ちょっとやそっとじゃ開けられん。だから対策を練る必要もある」
「でも……!」
 まだ何かを言おうとしたカレンの眼前に、ヤクモは左手を出して制した。
 すると、小声でヤクモが告げた。
「心配するな……まだ手段はあるさ。まだ、な。」
 その言葉を聞いて、カレンは笑みを浮かべた。
「……わかったわ。ここは退きましょう」
 そういうと、跳躍を繰り返してボウシュと兄弟の前から去っていった。
 団員達も、ヤクモの命令に従って倉庫から出て行った。

敗北 [#6vrZ679] 

 敵の撤退によって、ゲノセクトたちも待機状態で静止し、倉庫内に静けさが戻った。
「逃げた……?」
「私達、勝った……の?」
「ああ。勝ったんじゃ」
 ボウシュの言葉に、兄妹は互いに飛びついて、驚喜した。
 するとメガシンカも解け、それぞれいつもの赤と青の体に戻った。
「あ……戻った?」
「ホントだ……戻っちゃった? なんで?」
 その様子を見たマナフィが、不思議そうに首を傾げる。兄妹もまた怪訝顔だ。
 そんな彼らに、ボウシュは苦笑しつつ、告げた。
「メガシンカできるのは戦闘のときだけじゃ。エネルギーも喰うし、
常時しっぱなしというわけにはイカンのじゃよ」
「でも、この石って……」
 ニニギが、渡された螺旋模様の石を見せながら、訊いた。
「それは主人が生前手に入れたモノじゃ。いつかこういうときが来るんじゃ
ないかと、用意したんだそうじゃ」
「そっか……おじいさんからの、贈り物なのね……」
 感慨深げに、サクヤが言った。
「うむ……メガシンカのメカニズムはまだ未知の部分があるが、絆の力によって発生すると
言われておる。ワシらの亡き主への強い想いが、それを引き起こしたのじゃ」
 メガシンカには、∞エナジーと呼ばれるポケモンの持つ生体エネルギーによって起きている
ことと、トレーナーとの強く硬い絆が必要であるということ以外、まだまだ謎が多い現象だ。
 一説には、∞エナジーに精神を具現化する力が備わっているのではないかともいわれているが、
仮説の域を出ておらず、全てが解明されるにはまだまだ時間が必要だろう。
「さぁ、まずはルギアとホウオウを助けんとな」
 ボウシュと兄妹は、倉庫内に持ち込んでおいた木の実や傷薬をもって外で倒れている
2頭を助けるべく、外に出ようとしたとき、ズゥン! と大きな衝撃音とともに、
大地が揺れた。
「な、何!?」
「外からだ!」
 3匹が慌てて外へ出ると、倉庫の脇で土煙が上がっていた。更に断続的に、
衝撃音が響き、地面が揺れた。ホウオウとルギアは倒れたままで、彼らがやったことでは
なさそうだった。
 衝撃音が響くたびに、地面が揺れ、そこから土煙と共に大量の土砂が舞い上がっている。
 何が起きているのかと兄妹が近づこうとすると、突然彼らに岩の雨が降り注いだ。
「うわっ、何!?」
「“岩雪崩”!? 誰じゃ!!」
 誰何した瞬間、土煙の中から太く尖った何かが高速で飛来し、サクヤの体に激突した。
弾き飛ばされたサクヤは、浮力を失って地面を滑ると、そのまま力尽き沈黙した。
「サクヤッ!?」
「サクヤねーちゃん!!」
 ニニギとマナフィが叫んだが、サクヤは既に意識を失っていた。
 サクヤを倒した物体は、そのまま錐揉み回転しながら地面に潜って行く。
「一撃必殺技じゃ! 気をつけろお前達!」
 ボウシュが叫んだ瞬間、彼らの数メートル先の地面から、その「敵」は飛び出した。
 尖った物体は、先端から割れるように裂け、姿を変えていく。
 それは一匹のポケモンだった。長い鋼の爪を持つ両腕に、細長いマズルを持つ頭部。
 それを覆うように、頭頂部から前方にかけて大きな鋼の突起が突き出ていた。
「『ドリュウズ』かっ!!」
 ボウシュの声に沈黙で答えると、そのドリュウズは地面に爪を突き立て、
衝撃波をボウシュ達に向けて走らせた。“地震”攻撃。地面タイプによるタイプ一致の大技だ。
同時に衝撃波が襲い、3匹は吹き飛ばされる。
「ぬぁ……っ!!」
「ぐわぁっ!」
「わぁぁ!!」
 弱点を突かれていないとはいえ、結構な威力だった。しかも、特性『浮遊』によって
地面技を受けないはずのニニギにさえも、その攻撃が命中した。マナフィは、この一撃に
よって体力を全て奪われ、地に伏した。
「ぐ……『型破り』か……?」
 ボウシュが呻く。型破りとは、相手の特性を無視して攻撃を命中させることが出来る
特性だ。今の場合は、ニニギの浮遊特性が無視され、本来当たらない攻撃が命中したのだろう。
 ドリュウズの特性は『砂掻き』か『砂の力』のどちらかが多いが、ごく稀にこの『型破り』を
持つものが存在する。このドリュウズも、その個体なのだろう。レベルも高いのか、一発の威力が
かなり大きい。
「くそ……逃げたと思ったら、こんな……」
 そんなニニギの言葉は、ドリュウズが放った2発目の“地震”によって、最後まで
続くことはなく、ニニギとボウシュは力尽きて地面に転がった。
「ぐぁ……く……」
 体を走る激痛に顔を歪ませながらも、ボウシュは相手のドリュウズを見やった。
 よく見ると、ドリュウズの片目には、何か細長い望遠鏡のようなものがついていた。
 そしてその傍らには、いつの間にか2人の人間が立っていた。
 一人は、先程倉庫内で戦った、敵のボスである痩躯の男と、もう一人は黒い服を着た
人間の女だった。
「この『スコープ』、使えるな……」
 ドリュウズが、男女のほうへ向き直ると、口を開いた。物静かそうな落ち着いた口調だった。
「もちろんだとも。我々が開発した、攻撃を必ず命中させる道具だ。さっき“角ドリル”が
ラティアスに当てられたのも、そのおかげだよ。やがては全ての団員に行き渡らせるつもりだ。
さて、続きを頼むよ」
「わかりました」
 女が返事をすると、ドリュウズは土煙が上がっていた場所に戻ると、再び地面に爪を突きたて、
衝撃波を断続的に同じ場所に与え続け、地面を掘削していった。
「まさか……」
 何をしようとしているのかを察して、ボウシュは目を見開いた。
「直接地面を掘って、地下室へ入ろうというのか!?」
 地下室の入り口はボウシュが閉鎖した上でセキュリティを変更し、簡単には開かない。
 敵はそれを悟ったのだろう。
 正攻法で入ることが難しいなら、別のやり方で――そう考えたのか、新たに入り口を
築こうとしている。
(しまった……盲点じゃった……!)
 ボウシュは止めるべく立ち上がろうとしたが、もはや限界で、体が言うことをきかない。
 このまま成すすべもなく、敵の手にデータが渡ってしまうのか……。
 そう考えたとき、横で倒れていたニニギに体が、ふわりと浮きがった。
「ニニギ……?」
 その名を呼んだ瞬間には、彼は傷だらけの体を敵に向かって加速させていた。
「おおおおおぉ!!!」
 叫びと共に、ニニギの体が光を発し、再びメガシンカを遂げた。
 おじいさんと、ボウじいと、妹との大事な思い出の残るこの場所に
土足で踏み入り、好き勝手を働く連中は断じて許せない。
(このまま“サイコショック”で吹き飛ばしてやる――!)
 しかしニニギが腕にエネルギーを溜め始めた時には、ゾロアークのカレンが
“ナイトバースト”を見舞っていた。
「無駄なことを……」
 カレンは、そのまま地面を滑って力尽きたニニギに、蔑むような目を向けた。
 誰であろうと、自分たちの理想を止めることはできない。止めさせる事など、させない。
 それが、全てのポケモン達のためなのだから。それが、ヤクモのためなのだから。
 確かに、正しい技術ではないことは解っている。しかし、それが自分たちの
ためにもなることを知らないで、こいつらはヤクモに楯突こうとする。
 ヤクモの理想を理解しない者が、酷く醜く見えた。
「ああ……」
 ボウシュが絶望的な声で呻くと、ゾロアークが近づいてきて彼の体に掴みかかり、
その真紅の爪をボウシュの喉元に突きつけた。
 外での騒ぎに気がついたのか、ゲノセクトたちが再び動き出して、外へと出てくる。
「おっと、このフシギバナがどうなってもいいの?」
 突きつけた爪を見せ付けて、カレンが告げる。人質……もといポケ質を取られ、
ゲノセクト達の動きが止まる。
 なかなかに優秀な防衛システムだと思っていると、大きな振動が響いた。
 ドリュウズ……『アカダケ』が、地下室へと到達したのだ。
「では、いくぞ。カレンはそのまま、ゲノセクトたちを抑えておいてくれ」
「わかりました」
 カレンの返事を聞いてから、ヤクモとY・Kは、地下室へと下りていった。


 空けられた穴から中に入り込むと、中はルギアがミカゲを迎え撃った時のまま、
さまざまな物が散乱していたが、ヤクモたちは気にすることなく、中央部分に
配置されていたコンピュータに向かっていった。
 コンソールを操作して起動させると、収められているデータを呼び出す。
 すると……あった。クローンポケモンの製造方法、培養液の種類、遺伝子構造、
求めていた様々なデータが、画面に並んでいる。そして――
「見つけた……これだ」
 とうとう見つけた。あの白と黒の石の封印を解く方法。
「『遺伝子の楔』……これさえ作れれば、あの石の封印が解ける」
 ヤクモの目は輝いていた。長年の夢が叶った時のような、心底嬉しそうな笑みだった。
「旧式のコンピュータですが、データ自体は現在のものと互換性があります。
問題なく吸い出せます」
 Y・Kは言いながら、ポケットから取り出した記憶媒体をスロットに挿入し、
データの吸い出しとコピーを始める。
「とうとうだ……とうとう我々の理想が……」
 ヤクモは、人生最高の高揚感を味わっていた。


 目を覚ましたエンテイの前に、スイクンとライコウの顔があった。
「エンテイ……大丈夫か?」
「スイクン……ライコウ? うおェ! げっほげっほッ!」
 声をかけてきたスイクンに答えようと口を開くと、エンテイの口の中に
酷く苦い味が広がり、彼は思いっきり咳き込んだ。
「お、オマエら……『復活草』使っただろうッ!!?」
 エンテイが涙目になりながら、怒鳴った。
「仕方が無いだろう。これしか用意がなかったんだ」
「贅沢言うなよ。俺だって、あのクッソ苦いの我慢して食ったんだから」
「む……」
 納得したのか、エンテイはこれ以上何も言ってはこなかった。
「それで……あの剣使いはどうなった?」
「何とか、最後の青いヤツを倒すことが出来た。お前がヤツの足に傷を負わせ、
あの緑のを倒してくれていなかったら、やられていたかもしれない。助かった、礼を言う」
「そうか……」
 どうにか自分たちが勝利を収められたことを知って、エンテイは胸をなでおろした。
「だがまだ安心できない。ホウオウ様たちが……」
 
 復活を遂げた三聖獣たちは、急いで倉庫へと戻った。しかし、そこで倒れている
ルギアとホウオウを見て、聖獣達は戦慄した。
「ホウオウ様……ルギア様!!?」
 急いで、2頭のそばに駆け寄り、様子を確認する。息はあるが、どちらも傷が深い。
「こっちにはあの連中も倒れてるぞ……オイ、あそこに穴が……」
 無残に撃破された兄弟達を見つけて、ライコウが声を上げると、ドリュウズによって開けられた
穴に入り込むと、地下室を見回した。
 中には誰もおらず、敵の気配も感じ取れなかった。
「クソッ!」
 既に全部が終わった後だった。
 悪態をつきながら、ライコウが穴から出たとき、彼らの頭上を大型のヘリコプターが
通過していった。
 三聖獣達は、悔しげにそれを見送ることしか出来なかった。
                            ――続く――


 やっと完成いたしました。話が大きく動き出し、主人公勢ともやがては
対立していく予定です。

アドバイスや「ココが変」などの指摘、感想などお待ちしております。↓

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  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2016-03-19 (土) 21:27:49
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