ポケモン小説wiki
You/I 15

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            「You/I 15」
                      作者かまぼこ            

クローンポケモン 

 日が沈みかけ、闇に包まれようとしている森の中を、何かが移動していた。
 木から木へ、枝から枝へと機敏な動きで、時には長い舌を使って音もなく飛び移り、
何者にも気付かれないよう、青い体を巧みに動かし移動する。
 やがて、薄闇の中に朽ち果てつつある建物が見えてくる。
 今まさに緑に呑み込まれようとしているその建物の前に、
『彼』はすたりと地面に降り立ち、足音を立てずに中へ忍び入った。
 建物の中は、何故か地下へと降りていくスロープがあり、それは大型のポケモンが
楽々と入れるくらいの高さがあった。
「こんな場所が隠されていたとはな……」
 小声で呟くと、彼はそのスロープを注意深く下って行った。


「伝説のポケモンを……複製だと?」
「そうじゃ。黒い石と白い石のサンプルから、レシラムとゼクロムのクローンを
作り出す……それがやつらの計画じゃった」
 ルギアの呟きに、画面から目を離さずボウシュは言った。
「オリジナルのレシラムとゼクロムは、選ばれた者にしか真の姿を現さん。
しかし、人工的に作り出すとなれば話は別じゃ。好きなようにできるということでもある。
……石ではなく、はじめから一体のポケモンとして生み出してしまえば、そんな制約は
必要ないからのぉ。それに、レシラムとゼクロムはイッシュ地方を滅ぼしたことも
あるといわれておる。そんな力のあるポケモンを複製するということは、
核ミサイルを製造するようなものじゃ」
『……』
 その言葉にルギアも、兄妹も黙り込んだ。
「……それで、どうなったの……?」
 ニニギが言うと、しばしの間をおいて、ボウシュは答えた。
「結果から言えば……主人は2頭の複製に成功した。ただクローン技術は当時すでに存在しておったが、
倫理問題やら何やらで、あまり積極的には用いられんかったから、信頼性も低かったんじゃ……
じゃから本命(レシラム・ゼクロム)の複製の前に、色々なポケモンで
複製実験が行われたんじゃ」
 そういってボウシュは目を伏せた。

 老人は続けた。
『ラボでは、様々なポケモンの実験複製が何度となく行われた。ミネズミやヨーテリー、
クルミルもおったか。そうしたポケモン達の体毛やら体の一部を使って、次々とクローンポケモンを
作り出していった……』
 実験は、成功例もいくつかあったが、もちろん失敗も多かった。体がうまく生成されず、
グロテスクなものになってしまったり、うまく生成は出来ても、心臓など臓器が動かず
生命活動が出来なかったり……細かな失敗は数えだしたらきりがない。
 そうした失敗と成功を重ね、複製マシンの性能は短期間で飛躍的に向上し、
生み出されるコピーポケモン達の精度も、高くなっていった。
『そして、何度目かの複製実験の時じゃった……連中は、実験素材としてあるポケモンの
体毛を用意してきた……』
 映像の中の老人は、そういって、手にしたリモコンのボタンを押し込んだ。
 ブオン……と老人の周りに、いくつもの立体モニターが浮かび上がる。
 中には、先ほどの話に出てきたゲノセクトと呼ばれる改造ポケモンのデータらしきものもある。
 すると、その中の一つが拡大され、一同の前に示された。
「「あ……!」」
 小難しいデータの羅列の中に、よく知ったポケモンの画像があった。
 それを見て兄妹はびくりと体を震わせた。
『それは、ラティアスとラティオスの体毛だった』
 老人が発した言葉に、ルギアは眉をひそめた。
「まさか……」
「そう。その実験で生まれたのが、ニニギとサクヤじゃよ」
「「――っ!!」」
 その言葉に、ニニギとサクヤは表情を凍らせた。
『ニニギ、サクヤ。お前達は、その素材から生み出された、クローンポケモンなのだ』
 追い討ちをかけるように、老人はボウシュの言ったことを肯定する言葉を吐いた。
「私とお兄ちゃんが……?」
「僕達がクローンポケモン……?」
 そんなバカな……信じられない。愕然とした表情のまま、兄妹は呟いた。
「……」
 兄妹の反応に、ボゥシュは当然だろうなと思いつつも、彼らの心を察し、口をつぐんだ。
「そ……そんな! おじいさんは20年前、幼かった僕達を拾ったんだってずっと言ってたじゃないか!
それに僕達には、おじいさんに育てられてきた記憶しかないよ!?」
 うろたえながら、ニニギはボゥシュに問うた。
 物心ついたときから、兄妹の前にはこの老人がいて、この島で老人の愛情を受けながら
のびのびと暮らし、育ってきた。
 自分達が小さく幼かった頃のことは、鮮明に覚えている。
 サクヤがワガママっ子で困ったこと。老人とともに畑仕事をやったこと。
 スピアーに襲われ顔が腫れ、老人や妹に大笑いされたこと。
 おじいさんの誕生日には、みんなでおいしいポフレやポフィンを作ったこと。
 みんな大切な思い出だ。
 だが今、ミサキ老人が話していることは、まったく知らないことだ。
「そうよ! それに変じゃない!? この話は40年も昔のことなんでしょ? 
それが本当なら、私たちは生まれてから40年経ってるってことじゃない!」
 サクヤも、ボゥシュに問うた。
「ふむ……」
 それを聞いてルギアは、翼を組んでしばし思考し、情報を整理する。
 確かにおかしい。不自然だ。
 この兄妹がミサキ老人に拾われ、育てられ始めたのが20年前。
 だが、この映像の話では、兄妹は40年前に生み出されたという。
 だというのに、この兄妹には何故か、老人と過ごしたここ20年の記憶しかないらしい。
 老人の言うラボの記憶など覚えていない……それどころか、まったく知らなかった様子だ。
(一体どういうことだ……?)
 この兄妹が若い個体であることは、見てわかる。ここ20年間で成長してきたことは、
まず間違いあるまい。
 しかし、40年前に生み出されたのなら、20年前の時点で今と同じ体に成長していなければ
おかしいわけだ。
 生み出されてから20年間、何の成長も無かったという事は、ありえない。
 40年前の生誕――
 そして、老人と過ごした20年の記憶――。
(……となると、この兄妹には20年の空白があることになるな)
 だとすれば、おそらくこの空白の20年間に、何かがあったのだろう。
 彼らの成長を阻害するような、何かが起きていたのだ。
「ご老体……この兄妹に、何があったというのだ?」
 黙ったままのボゥシュに目をやり、ルギアは口を開いた。
 おそらくこれをハッキリさせねば、この問題は先に進まないとルギアは思った。
「どういうことなの? ねぇ!?」
 サクヤも焦って声を荒げた。
 ボウシュは何も言わなかったが、かわりに映像の老人が答えた。
『ニニギ、サクヤよ……黙っていてすまない。だがこれを説明するには、
話の続きをする必要がある』
 そういうと老人は静かに深呼吸をしてから、再び真実を語り始めた。
『ラティアス・ラティオスの複製実験は、これまでのデータの蓄積もあって、見事に成功した』

兄妹の真実 

『生まれたラティオス達は体に大した異常も見られず、極めて健康・優良な個体じゃった。
だが、その出来のよさから、同時期に行われていたある実験に被験体として用いられることとなった』
「実験……?」
 サクヤが、ごくりと喉を鳴らすと、ボウシュは重々しく口を開いた。
「……連中が複製ポケモンと同時に行っていた計画の中に、『ポケモンの強さを引き出す』、
というものがあっての……それは、人間が機械で操るというものじゃった」
 それを聞いて、ルギアは顔を顰める。
 ポケモンを改造したり、複製したりするような連中のやることだ。おそらく、
強さを引き出すために、酷い実験をしたのだろうことは、容易に察しがついた。
 事実、その通りにラボの研究員たちは、複製体のラティアス・ラティオスを使い、
様々な実験を行った。
 機械で操るために、何か特殊な装置を作って装備させてみたり……そのほとんどは、
ポケモンに苦痛を与えるようなものばかりだった。
 果ては洗脳するようなことまでやり始めて……そのために何かを体に注射されたりして、
実験台にされた2頭は、身も心もボロボロになっていった。
 複製マシンの精度は上がっているし、素材であるオリジナルの体毛も残っているのだから、
ダメになったらまた作ればいいと、白衣男や他の研究者たちは考えていたのだろう。
「「……!」」
 話を聞いた兄弟は、さぁっと血の気が引いた顔で絶句した。
 度重なる実験で2頭は弱りきり、息は荒く体は震え、浮くことすら敵わずに地を這い、
その姿は思わず目を背けたくなるほど痛々しかったという。
『連中は、ラティアス・ラティオスを複製量産し、団員達に持たせて戦力にしようとした……
それどころか、ポケモンバイヤーに流して益を得ようとも企んでおった!』
 伝説のポケモンを量産して団員に持たせることによって、戦力を強化するだけでなく、
一般大衆には強く希少なポケモンを手にしている自分たちは只者ではない……というアピールにもなる。
 同時に、そんなポケモンを人々はこぞって欲しがり、それは結構な金にもなる。
 そこに目をつけて、研究員たちは、ラティアス・ラティオスを量産しようと考えていた。
『ラボの研究者のほとんどは、ポケモンを道具のようにしか考えていない奴ばかりだった。
まったく、思い出しても忌々しい! こんなことが許されるものか!』
 そう言って老人は、椅子のアームレストを叩いた、
『私は許せなかった……だから私はこれらの計画に強く反対した。しかし、私の言うことに
耳を貸す者は誰もおらんかった。私だけでは、どうすることも出来なんだ……』
 老人は自分の無力さを嘆き、俯く。
 ラボは、自分以外の人間はマッドサイエンティストの様な人間ばかりで、
ミサキの味方になってくれるような者は一人としていなかった。
 加えて、覆面の3人組に監視されてもいたから、下手に彼らに抵抗すれば反逆者とされ
何をされるかわからなかったから、大きな声では主張できなかった。
『そして、とうとう我々は、あの石のサンプルを使い、レシラム・ゼクロムの
複製に取り掛かった……』
 結果は、成功。コピー体は、オリジナルと寸分違わぬ能力を持って生まれた。
 今までの集大成とも言える出来であった。

コピーレシラム・コピーゼクロム 

『ンバァァアァァアアアニィィン』
『ババルリィィィィっ』
 ラボの地下に設けられた巨大なケージの中で、2頭は咆哮をあげた。
 それぞれの尻尾にある無限動力炉(ドライヴ)が動き、炎と稲光を発生させ、
ケージ内部を明るく照らす。だが、2頭は怒り狂っているという様子はなく、
観察用の小窓から見つめるミサキを、子供のように興味深く見つめていた。
 このラボに連れてこられてから、既に3ヶ月以上が経っていた。
 複製マシンの性能向上により、この2体の複製も、さしたる問題もなく成功した。
 培養機から出されてから2日もすると、2頭は炎と電撃という個々の技を出すことに成功し
ていた。
「……今のこいつらは生まれたばかり」
 2頭を見ながら、ミサキは呟いた。コピーといっても、複製できたのは体だけであって、
その記憶まではコピーできない。今の2頭は、生まれたての赤ん坊のようなものだった。
 だから、この2頭を導いてやる存在が必要だった。
 技の出し方、力の制御の仕方。ものの考え方、……そうした諸々を教える親が必要なのだ。
 誰かが導かなければ、彼らは感情のままに力を振るう、破壊神のような
存在と化すかもしれない。そうなれば、人類にとって害でしかなくなってしまう。
 こんな図体のでかい子供を育てるのは、さぞかし苦労することだろう。
 しかし、ここの連中にそんな役割が勤まるのだろうか?
 まず、不可能だろうな。と、ミサキは思った。
 ポケモンを道具としか見ていない、ポケモンに愛すら感じられないような連中だ。
 ミサキは背後に立つ白衣の男に目を向け、口を開く。
「……私の役目は終わった。そろそろ、開放してはくれんかね」
 金髪の白衣男は、ふふ…と笑みを浮かべて、
「そうですねぇ。当初の目的は達成できましたし、もう開放してもいんですが……
いざというときの保険のために、まだあなたが必要なのです」
「保険……ね」
 ミサキは目を細めた。
 おそらく彼らは、まだこの2頭に「自信」がないのだろう。
 複製には成功したが、まだまだ不明な点や不確定要素が多い伝説のポケモンを
正確に、問題なく扱うことが出来るようになるまで、自分を手放さないつもりなのだ。
「あの2頭は、ただのポケモンと同じだ。あとはお前達が手懐けてやればいいだけの事だろう」
 そういうと、白衣男はかぶりを振った。
「本来ならばそうなんでしょうが、我々には時間がありません。『王』の戴冠式が近いのでね」
 なにやら古風な言葉に、ミサキは眉根を寄せた。
 ここに連れてこられてからというもの、彼らの組織に関しすることはほとんど知らされていない。
 この研究施設内には、外部と通信する手段は一切なく、携帯機器も没収されテレビも電話もなかったから、
調べようもなかった。時々やってくるあの覆面三人組も、話しかけても黙るばかりだった。
 今、カントーで暗躍しているポケモンマフィアのように反社会的なことを行おうとしている、
ということぐらいしか、わかっていなかった。
「これを境に、我々は本格的に活動を始めることになります。なので、一から教育している時間が
ないのですよ。そこで……こういったものを用意しました」
 そういうと、白衣男はパチンと指を鳴らした。
 すると部屋のドアが開き、あの覆面3人組が台車を押しながら、中に入ってきた。
「……?」
 台車の上には、何か大きな機械が載っていた。丁度、学習机くらいの大きさの、
複雑そうなユニットらしきものだった。それからは、直径10センチはありそうな
太いケーブルが、何本も延びていた。
 覆面3人組は、そのケーブルを部屋にあるいくつかの機材に接続していく。
「なんだこれは……」
 尋ねると、白衣男は懐から小さなメモリー・チップを取り出して口を開く。
「私があるルートで手に入れた、ポケモンの力を引きだすという便利な装置ですよ。
発案者は、遠い地方の大富豪だと聞いていますが……」
 言いながら、白衣男はそのメモリー・チップを、端末に挿入した。
「それに、私なりの改良を加えたものです」
 すると、画面に見慣れぬ黒いウインドゥが立ち上がった。
“SYSTEM-D”
「何だ…?」
 何をするためのものなのかまったく検討がつかず、ミサキは眉をひそめた。
「例のミュウツー……あれは、闘争本能を強化させすぎたため、制御不能に
陥ったと聞いています。我々はそんなミスを犯さぬよう、あらかじめ対策をしておきました」
 すると、画面に『実行』のボタンが現れ、白衣男がそれを押した。
 台車に載せられていた機械が低い唸りを上げて動き出す。
 その時だった。
 2頭のいるケージ内部の壁から、ラジオアンテナのようなものが現れたかと思うと、
そのアンテナから、黒い稲光が迸った。
 黒い稲妻は、2頭に降り注ぎ、彼らは苦悶の声を上げた。
「おい! 何なんだあれは!?」
 2頭のただならぬ様子に、ミサキは白衣男の肩を掴んで怒鳴った。
「ですから、ポケモンの『力を引き出す』ためのものですよ」
 つかみ掛かられても、何が面白いのか白衣男は笑みを浮かべたまま言った。
「それより、御覧なさい」
 その言葉に、ミサキは2頭のいるケージに目をやった。
「既に効果が現れ始めたようですね」
 そういうと、白衣男は胸のポケットから、何か無線機のようなものを取り出して、
ケージ内の2頭に問いかけた。複製体のラティアス・ラティオスで実験し開発した、
ポケモンを操る機械だ。
「さあレシラム、ゼクロム。私の言うことが解りますか? そのままゆっくりと
こちらに近づいてきて……おや?」
 レシラムとゼクロムは、白衣男の声を聞いてこちらを向いた。
 しかし、様子が変だった。
 普段の2頭の目は、それぞれ青い瞳と赤い瞳であるのに、今はレシラムの瞳は赤く
ゼクロムの瞳は青とあべこべになっている。目付きも何かおかしく、あきらかに普通ではなかった。
 そのときだ。2頭は尻尾のエネルギー機関をフル稼働させたかと思うと、
こちらに向けて攻撃を放った。
 赤と青、それぞれの閃光に室内は明るく照らされて、次の瞬間部屋の半分以上を吹き飛ばしていた。
 爆発と共にガラスと機材の残骸が散乱し、やかましい警報が鳴り響いた。
「どうしたのですか!? 私の言うことを――」
 白衣男は、手持ちの機械を使って2頭に呼びかけた。しかしその瞬間、
機械はスパークを発し、子爆発を起こして完全に壊れてしまった。
 2頭は怒り狂ったように攻撃を繰り出し続け、ケージ内は破壊の嵐が渦巻いた。
「バカな……? マシーンの拘束を振り切った!?」
「おい! 一体何をやったんだ!! いますぐあいつらに施した仕掛けを解除しろ!!」
 狼狽する白衣男を見て、ミサキは声を荒げた。そうしなければ、自分達も無事ではすまない。
「そんなバカな……私の研究は完璧だったハズ……どこで間違えた……?
ラティオスや他のポケモンでは、うまく操作できていたというのに……」
 研究・作成したものが、この2頭には通用しなかったことが、よほどショックだったらしく、
白衣男は呆然と膝を突いて、ブツブツと呟いていた。
 それを見てミサキは、この男は今は使い物にならないと判断し、2頭を止めるべく、
半壊したコンソールに向かった。
 白衣男の施した処置が何なのかわからない以上、最終手段を使うしかないと思った。
 ミサキはコンソールの隅にあった緊急事態用のスイッチカバーを叩き割って、
スイッチを押し込んだ。
 するとケージ内の壁から、先程とは別のアンテナがせり出し、そこから発せられた、
白い雷光が、2頭に降り注いだ。
『ギュガァァァァアアアアアアアアアアア゛』
 2頭はおぞましい悲鳴を上げると、その体は見る見る小さくなっていった。
 やがて、2頭は小さな白と黒の石と化して、ケージの床に転がった。
 緊急時のことを考えて、ミサキは2頭を石に還元するための装置を用意しておいたのだ。
 ミサキは半壊した研究室から飛び出して、ケージ内部に入って、石と化した2頭に近寄った。
 まだ石は熱かったが、手袋をして石を拾い上げる。石はまだカタカタと動いていたが、
 一二分もしないうちにその動きも収まり、完全に動かなくなった。
 研究室に戻ると、白衣男は相変わらず何かを呟いているままだった。
 攻撃を受けた研究室の片隅では火の手が上がり、はやく逃げ出さなければ危険であった。
 もはや何を話しかけてもムダだろうと判断したミサキは、相棒のフシギソウ、ボウシュを繰り出し、
彼を運ぶように促すと、その隣室に保管されていた、クローン体のラティアス・ラティオスを
モンスターボールに入れて、脱出した。
 ラボの外には研究者達が避難していたが、その中にはさっきまでいた覆面三人組はいなかった。
 何故いないのかはわからなかったが、研究者達は突然の自体に混乱しており、逃げ出すなら
今しかないと、ミサキは考えた。
 白衣男を手近な草叢に下ろすと、ミサキはボゥシュと共に、ラボの裏の林に姿を隠した。

ミサキの思い 

『その後、プラズマ団でクローンポケモンが作り出されたという話は聞いておらん。
おそらく、ラボの事故でこれまでのデータや設備は全て失われたのだろう』
 その言葉に、一同は少し安堵しつつ、老人の話に聞き入った。
『……それから私は、身を隠しつつヒウンシティの港まで行った。幸い、組織の
関係者とも遭遇することなくたどり着け、私は何とかカントーに戻ることが出来た』
 カントーに戻ったミサキは、まず真っ先にグレン島の研究所へと向かった。
 フジ博士や同僚達のことも心配だったし、ラボから連れ出したラティオス達も
救わねばならなかったし、イッシュで起きたことを博士達に知らせる必要もあって、
ラボで得られたデータ類は、密かにコピーをとっていた。
 しかし、研究所は廃墟と化していて、同僚や博士の姿はどこにもなかった。
『その後、別の町に住んでいた同僚の家を訪ねて、ようやく事の全てを知った……。
あの白衣の男が言っていたことは、全て本当だったのだ……』
「その、『ミュウツー』とやらもか?」
 ルギアが、ボウシュに尋ねる。
「ああ。噂じゃ当時、カントーやジョウトで悪事を働いておった『ロケット団』に、
製造を強要されておったらしい……事故後に研究所は閉鎖、解散となって、フジ博士も
学会を去り、どこかへと姿を消してしまったらしくての。結局、それきり主人は博士に
会うことはなかったが、主人は、フジ博士にイッシュで起きたことを相談するつもりじゃった。
……それも不可能となり、途方にくれた主人は考え抜いた結果、この島に移り住むことにしたのじゃ。
いつか真実を語るときに備えて、データは残しておく必要があったからの」
 ラボから持ち出した、クローンレシラムとゼクロムの石。
 そして、実験台に使われ精神崩壊寸前だったクローンラティアス・ラティオス。
 そしてそれらを生み出した技術情報。これらが何者かに伝わり、悪用されるのを防ぐためには、
ミサキは人間社会から離れた場所が良いと判断した。
『だから、人が来ないこの島を選んだのじゃ。この島は、ポケモンの繁殖実験をするための
テストベースとする予定で、グレン研究所が買い取った島だったからの』
 船の航路からも離れているし、人も近寄らない無人島であった事に加え、
旧世紀時代の遺稿が残っており、何に使われていたのかは解らないが、
大きな地下室も残されていたから、研究室を設け、データを密かに保存するのにも適していた。
「そうか。だからここに……」
 ルギアの言葉に、ボウシュは無言で首肯する。

 研究所も解体され、知る者がほぼいなくなったこの島に居を構えたミサキは、
まずラボから連れ出したラティアス・ラティオスの治療にとりかかった。
 ポケモンセンターに連れて行こうとも考えたが、こんな状態の2頭を見れば、
自分が疑われてしまうから、ここで2頭を回復させるしかなかった。
 そのため研究所時代のツテで手に入れた治療・回復マシンと、幾つかの研究機材を島に持ち込み、
この場で2頭の治療が出来るようになった。
 しかし回復には時間がかかった。
 特に弱りきっていた体の内臓器官や脳神経の回復には、当時最新だったナノマシンによる治療で、
時間をかけて行うしかなかった。
 そして、彼らの心の問題もあった。
 実験台にされたときのトラウマが残り、突然叫びだし体を震わせたり、
何もしていないのに混乱状態に陥ったりすることがあった。
『……私は、そんな2頭を見ていられなかった。あまりにも、かわいそうだと思った……。
ラボでの辛い記憶を覚えていたら、お前達の今後にも、大きな影響を及ぼすと思った。
それに、これ以上お前達を無用なトラブルに巻き込むのは避けたかったからな……。
だから、私はお前達を特殊なナノマシン治療カプセルに入れ、同時に記憶の全てを消したのだ』
 それをきいて、誰もが言葉を失った。
『お前達が、20年間成長していなかったのは、治療カプセルで回復のために眠っていたからじゃ。
そして、20年近い時が過ぎ、完全に回復し、全てを忘れ心身ともに健康となった
お前達を目覚めさせた……』
 老人は、俯いたまま黙り込んだ。

敵の気配 

「私達は……本当に……クローン……なの?」
「僕達は、つくりもの……?」
 そう呟くとサクヤはすすり泣き出し、ニニギは体をわななかせて、頭を抱えた。
「じゃあ、私って何……なの」
 クローン技術によって作り出され、生みの親と呼べるものも存在しない。
 自然に生み出された存在ではなく、自然の摂理に反する存在。
 普通のポケモンとは違う自分。自然じゃない。普通じゃない。
 兄妹の心に、ぽっかりと深い漆黒の大穴が穿たれ、まるでこの広い世界に独りになって
しまったような、そんな気持ちになる。
 兄妹はうなだれ、やり場の無い感情に打ちのめされる。
「……」
 兄妹の真実を知ったルギアは、いまの彼らに、どう言葉をかけて良いものか、わからなかった。
 だが、いくつかはっきりしたことがある。
 このミサキ老人は、40年前のプラズマ団という組織が行っていたポケモン複製計画に
関わっていて、伝説の2頭のドラゴンと、この兄妹を生み出した。
 その後、複製したドラゴンと兄妹を連れ帰り、誰かに悪用されるのを防ぐために、
ずっとこの島で暮らし、秘密を守り続けてきたということだ。
 そして、兄妹に新たな人生を歩ませるために、その記憶を消したことも。
(しかし……)
 気になるのは、持ち去られた『宝』――2頭のドラゴンの石だ。
 話では、ラボで何らかの手を加えられ、その結果暴走したらしい。
「その2頭は一体、何をされたと――」
 そう呟いたとき、突然ルギアは何かの気配を感じ、言葉を止めた。 
 その時だ。ヒュイン! と風を切る鋭い音がしたかと思うと、同時に、ルギアのすぐ横を何かが掠める。
 次の瞬間、老人のビデオメッセージを映していた映写装置に何かが突き刺さり、
スパークを起こした。
『2……は、ガガ……ダ……モン処……カイリ、りょゥ……型……』
 機械が破損したことにより耳障りなノイズが発生し、老人の言葉が乱れて聞こえなくなり、
立体モニターは完全に消え失せる。
「何だ!?」
 一同は、それが飛んできた方向に目を向けたが、そこには何もいなかった。
 おかしい。そう思った時、ルギアはまた気配を感じた。
「!」
 先程よりも強い、明確な敵意。
「そこだ!」
 叫んで、ルギアが迎撃のために口から高圧縮した空気の塊を打ち出す専用技、
“エアロブラスト”を放つのと、冷気ビームが飛んできたのはほぼ同時だった。
 ばぼぉぉぉぉん!!
 研究室の中で空気の塊が炸裂し、物凄い轟音が響きわたる。
 部屋に散らばっていた書籍や書類が、大量の埃と共に一気に宙に舞い上がり、
ガラス棚のガラスが砕けて中のフラスコやビーカーといった道具が床に落ちて割れた。
他にも、床や壁にしっかり固定されていないものは例外なく舞い散るか倒れた。
「やったか!?」
 もうもうと舞い上がる埃が、侵入者の姿を隠していたが、段々と晴れていき、
その姿が露わとなる。
 それは見たことのないポケモンだった。
 青い細身の体に、長いマフラーのようなものを首に巻きつけている。
「何者だ!」
「ちっ……」
 ルギアが誰何(すいか)の声を発すると、そのポケモンは不利を悟ったのか、
舌打ちしてから素早い身のこなしで開けっ放しになっていた入り口から、外へ出て行こうとした。
「逃がさん!」
 ルギアは叫ぶと翼を広げて、素早く追いかけようとした。
 研究室から出てスロープを抜け、地上の廃倉庫から外に出て周囲を見回したが、
あたりはすっかり深い闇に包まれており、あのポケモンの姿は見つけられなかった。
「やられたな……」
 ここであの侵入者を捕獲し、口を割らせることが出来れば、敵の尻尾を掴むことが
出来るかと思ったが、そうそう甘くはないようだ。

 ルギアは再びスロープをくだり、地下研究室に戻ると、ショックを受けて
すすり泣いているサクヤを、兄のニニギが傍で慰めてやっていた。
 その横で、ボウシュが、何か床に散乱しているものを見ながら、
ため息をついていた。
「ん……?」
 ルギアもつられて、落ちているものを注視した。よく見れば、紙やガラス片に混じって、
細切れになった何か緑色の物体が散乱していた。
「……“身代わり”か!」
 ルギアは毒ついた。身代わりは、自分の体力を削り、己のダミーを作り出す技である。
長くはもたないが、その間はこれを盾にできるので自分自身はダメージを受けずに済む。
「どうりで……ヤツは、私の技を受ける直前に“身代わり”を展開していたのか」
 エアロブラストは、かなり威力の高い技だ。アレを受ければ、相性の悪い相手でなければ
大概の相手には大タメージとなる。普通なら無事でいられるハズがない。
 やはり敵は一筋縄ではいかない相手だと、ルギアは感じた。
「ううむ……こりゃダメじゃな……」
 ボウシュは、蔓を伸ばして破壊された機械の状態を確認しつつ、
近寄ってきたルギアに向けて口を開いた。
「……それにしてもさっきのヤツ、この映像を破壊しに来たわけではなさそうじゃな」
「そのようだな……さっきの攻撃は、私を狙ったものだろうな」
 そういって、ルギアは翼を組んだ。ルギアはジョウトの海を統べる存在であり、
伝説のポケモンである。その辺のポケモンとは比較にならない力を持っている。
 そういう存在が自分達に仇なす存在になっていると知れば、排除すべきと考える。
 二度も執拗に狙ってきたところを見ると、ルギアが真実を知る前に、そして本格的に
敵対することになる前に斃してしまおうという魂胆だったのだろう。
「それにしても、さっきのポケモンは何なのだ? ジョウトでは見たことないポケモンだが」
「あれは『ゲッコウガ』。遠いカロス地方のポケモンじゃよ。身軽な動きで
トリッキーな戦い方をするので有名じゃ」
 流石、ポケモン研究者の手持ちらしく、ポケモンに関する知識は頭に入っているようだった。
「にしても、連中も始まりの場所に戻ってきたか……おそらく奴等は、
奪っていったドラゴンの石に関する情報を探りに来たのかもしれん……。
ここには、主人がラボから持ち出してきた複製ポケモンのデータも揃っているからの」
 そういうと、ボウシュはゆっくりと体を動かし、ルギアのほうへと向きなおった。
 それしか、考えられなかった。
「黒服の連中が最初この島に来たときは、この研究室のことは知らなかったようじゃし……
やっぱり、持って行った『宝』に関するデータが必要になったということじゃろう。
真の姿に戻すのにも手順が要るからの」
「とすると、連中は複製体をまだ真の姿にできていないということか」
「じゃろうな……それで大方ここの資料を漁りにきたという所じゃろう」
 ボウシュはビデオデータの入ったチップを破損した投影機から抜き出しつつ、
予想を述べた。
「おそらく奴等はここのデータを欲して何度も来るぞい。戦闘になることも考えられる。
ワシらも気を引き締めんとな」
 その言葉に、部屋の空気はズンと重くなった気がした。


「くそ……まさかあんな奴が味方についているとはな」
 そう呟きつつ侵入者のゲッコウガは、闇夜の森を進んでいた。
 そして、左手首に巻かれているリストバンドを口に近づける。
「こちら『ミカゲ』。予想外の抵抗にあった。一時撤退の必要性あり」
 ややあって、リストバンドの通信機から男の声がした。
『私だ……ミカゲ、何があった?」
「敵の抵抗にあいました……撃墜したと思われたあのラティオス達ですが、生きていました」
『ほう?』
「さらに彼らは、あの伝説のポケモン、ルギアを味方につけています……我々の障害になると
判断して、暗殺を試みましたが、失敗しました……“身代わり”がなければ、やられていました』
『そうか。伝説のポケモンが相手では分が悪い……なら一時撤退は止むをえんか。
こちらも、対策を練り直す必要があるな』
「は……」
 ミカゲがそういうと、通信機の向こうにいる男はしばしの間をおいて、口を開いた。
『……なら、奴等をぶつけて見るか』
「彼らをですか? Y・Kが勧誘に成功したという……」
『ああ。奴等なら戦力になる。すぐ向かわせるから、お前は戻れ』
「了解です。わが主ヤクモ……」
 そういうと、通信は切れた。ミカゲは迎えが来るまで身を隠すべく、
森の奥深くへと姿を消した。

タンバシティ 

 夕方の便でアサギシティを発ってから1時間後、アズサ達は、目的地であるタンバシティに辿り着いた。 
 タンバシティは、40年ほど前から再開発が進み、温泉が掘られてリゾート施設も数多く立ち並び、
イッシュ地方のセイガイハシティにも匹敵する一大観光都市『タンバリゾート』となっていて、
昔の小さな漁村だった頃と比べ、かなり様変わりしていた。
 砂浜には、あちこちにビーチパラソルが並び、多くの水着姿の男女やポケモン達であふれ、
スイカ割りに興じる者達や、サーファーも多く見かけ、なかなか開放感のある町だった。
 とはいえ、既に夕方で海水浴客もほぼ引き上げつつあったから、海辺はすっかり人が
少なくなっていた。
「はぁぁ……」
 港に接岸した高速船から降るるなり、アズサはため息をついた。
 なぜかというと、先ほどアサギジムでジム戦をやったことで、精神的に疲れたのだ。
ポケモンバトルは戦略が勝敗を左右する。そうであるから、トレーナーは頭を使うし、
緊張もするから、アズサのような慎重な人間ほど神経をすり減らすのだ。
 早く今夜の宿に行って、ベッドにその身を横たえたかった。
「とりあえず、宿に行こう。もうへとへとだよ……」
「お疲れ様です。ご主人」
「ゆっくり休んでください」
 リエラとルーミが口々に、労いの言葉をかけてきてくれたので、
アズサの心は少しだけ元気を取り戻す。
「お前達も、ありがとうな」
 アズサも言葉を返す。
 さっきのジム戦は、苦戦したが何とか勝利を収めることが出来た。
 それも、メガシンカポケモンを相手に、よくやってくれたと思う。
 いまはボールの中だが、一番活躍してくれたマトリには、感謝しても足りない。
 あとでおいしいものをいっぱい食べさせてあげよう――。
 そんなことを考えつつ、アズサは乗船時に貰ったタンバシティのマップを片手に、
宿へと足を進めた。
 マップによると、タンバシティでは『タンバリゾート開業20周年記念イベント』を
昨日と今日で行っているらしく、あちこちに出店やイベントステージが設けられているようで、
たった今アズサが乗ってきた高速船もそうした観光客がほとんどであった。
 今夜の宿、リゾートホテル『双竜閣』は、メインストリートを進んだ先にある、
町の中でも一番高い建物で、港の桟橋からでも、その姿ははっきりと確認できた。
 海に沈む夕日が見れるビュースポットとして有名な浜辺沿いのメインストリートは、
街路樹にヤシの木が並んだ、いかにも南国というつくりであった。
 イベントのため、メインストリートにも多くの出店が出ていたが、
夕方で観光客が帰るか宿に引き上げたため、あちこちで店閉めの作業をしていた。
 暫く道を進むと、夕日で赤く染まった海を眺めながら歩いていたルーミが声を出した。
「あら……?」
「どうした?」
 尋ねると、ルーミは、メインストリート横の砂浜の一点を凝視して、
「何か、光ってるんです」
「どこ? なにが」
 そう訊くと、ルーミは近くにあった階段を使って砂浜へ下り、その場所へアズサを案内した。
「ほら、ここです」 
 そういって、ルーミは足元を指した。
「ん……?」
 注視してみると、確かに、何か光るものが埋まっていた。
 軽く掘り返して拾い上げてみると、それは手のひらサイズくらいの、黒っぽい石だった。
その小さな割れ目から、淡い光が漏れていた。
「よく見えないな……何だろ、ジュエルかな?」
「そうなんですか? 知っている光のような気がするんですが……」
 それをきいて、アズサはピンときた。
 電気タイプのルーミが反応した光、ということは、電気エネルギーを含有している
何かであろうと、アズサは予測した。
「だとしたら、『雷の石』か、『電気のジュエル』のどれかだな。石の間に挟まったやつが、
ここに埋まってたんだ……大きさからしてジュエルかもね。とりあえず、とっておこうか」
 そういってアズサはその石をバッグにしまった。
 各種ジュエルは、先日海賊の島の小川で手に入れたものが大量にあったが、
これらは消耗品であるため、なるべく数を持っている方がよい。
 あとで石材店にでも持っていけば、削りだして使えるようにしてもらえるから、
アズサは少し得した気分になる。
「じゃあ、行こうか」
 そういって、再び宿へと歩き始める。

福引き 

 ポケモンセンター近くまで来ると、突然声をかけられた。
「おにーさん、おにーさん! ちょっとよっていかないかい?」
 そう声をかけてきたのは、近くにあった福引の露店の店主だった。
 丁度店じまい作業をしていた店主の腕章には、『ポケモン大好きクラブ』の文字があった。
「俺たちはポケモン大好きクラブ。今日はタンバシティのイベントで、見ての通り福引店を
やってんだ。おにいさん、結構ポケモンと仲良さげだねぇ。サービスするから、
ちょっと引いていかないかい?」
「え、でも……」
 福引券など持っていない、と言おうとしたとき、店主が言った。
「そのマップに券が3枚ついてるだろ」
 促されて見てみると、確かにマップの端のほうにキリトリ線があって、3つほど切り離せる
ようになっていて、それらには『福引券』の文字があった。
「本当は3枚で一回なんだが、お兄さんのポケモンはかなり懐いてていい感じみたいだから、
特別サービスで1枚1回! どうだ、やってかないかい?」
「じゃあ、少し……」
 ふだんあまり運のないアズサだが、試しにやってみるのも一興だろうと、アズサは
マップからチケットを切り離して主人に渡してから、壁に貼ってある
賞品の一覧に目を通した。

 金 特等:キーストーン。
 銀 1等:チイラ、ヤタピ、カムラの実セット。
 赤 2等:フエン温泉2泊3日豪華食事つき宿泊券。
 青 3等:ポケモン用通信機『ポケカム』
 黄 4等:パワーアンクル・パワーリスト・パワーレンズ3点セット。
 緑 5等:強制ギプス。
 桃 6等:技マシン10点セット。
 黒 7等:何でも治し。
 白 8等:モンスターボール

 結構いい賞品が揃っている。しかし特等のキーストーンは魅力的だが、そんなものはそうそう
当たる訳がない。普段クジ運もないし、どうせ8等だ。良くても7等がいいところだろう。
 そう思って、アズサは期待しないでおいた。
「さあ、どうぞ!」
 言われて、アズサは回転式抽選機のレバーに手をかけ回す。すると出てきたのは、白い玉。8等だ。
「ざんねーん! モンスターボールでした」
 やっぱりな……うまくいくわけがない。どうせ次も8等だろう。そう思って、2回目を回すと――
 コロン、と出てきたのは、青い玉。これは――
「おめでとう! 3等ポケカムご当選!」
 言いながら、カランカランと店主はベルを鳴らした。
 ポケカムとは、その名の通りポケモン用のインカムである。親機をトレーナーが持ち、
子機をポケモンに持たせることによって、離れた所からもポケモンに指示を出せるという道具だ。
 ポケギアに付属のアプリをインストールすれば、ポケギアを親機としても使える。
 ポケモンが喋る様になった現在、非常に重宝されており、警察やポケモンレンジャーなども、
これを用いてポケモンを動かしていることが多い。
「お……!?」
 思いがけない幸運に、アズサはそんな声をあげた。ポケカムは店で買うとなると
非常に高価な機材でもあるし、かなりいいものを引いたと思えた。
「いやーラッキーだねお兄さん。さぁ、ラスト一回! 頑張れ!」
 すべて運なのに何を頑張れというのだろう……と思いつつも、アズサは最後の回にトライする。
 まぁ、これ以上幸運は続くまい。今度こそまたモンスターボールだろう。そう思って、
転がり出てきた玉を見た。
 玉は……金色だった。特等だ。
「へ……?」
 信じられず、思わず声が裏返った。
「ぅうをめでとおお! 特等キーストーンだ! アンタついてるなぁ!」
「ええええええ!?」
 思わず、声を上げてしまった。普段からクジ運など全くない自分が、何故!?
 驚き困惑するアズサに、店主は紙袋に入れた当選賞品を差し出した。
「はい。モンスターボール一個にポケカムと、キーストーンね」
「よかったですねご主人。レアアイテムばかりですよ」
 様子を見ていたリエラが、微笑んで言った。
「うん。でもなんかこう……すべての運を使い果たしたような気分が……」
 この後は、悪いことが続くのではなかろうか。そんな気分になる。
「大丈夫ですよ。運なんて、わからないもんでしょう? 気にしすぎですよ」
「あ、ああ……そうだね」
 言われて、アズサはネガティブな思考を振り払った。そうだ、彼女達もいることだし、
今日は元気でいなければ。
 しかし、キーストーンは手に入ったが、メガシンカに必要なメガストーンは持っていない。
これらは別に探す必要がある。
「問題はこっちだなぁ」
 紙袋の中で黄色く輝くキーストーンを眺めながら、アズサは呟いた。
 今アズサの手持ちの中でメガシンカが可能なのは、デンリュウのルーミと、
ガブリアスに進化したマトリの2匹。メガストーンは2種類が必要だ。
 キーストーンもメガストーンも非常に貴重なもので、以前、インターネットオークションに
出されていたものを見たことがあったが、かなりの高値がつけられていたのを覚えている。
 メガシンカをしたポケモンの能力は非常に高くなる。パワーアップはさせてみたいが、
メガストーンを手に入れるのは至難の業だ。
「その辺に転がってるわけでもないもんな……おっと」
 またネガティブになっている。今日は、心身を休めに来たのに、またこれだ。
 しっかりしろ自分――アズサは頭を勢いよくかぶりを振った。
 その後、福引屋台を後にしてから、宿にチェックインして部屋に入ると
アズサはどさりベッドに倒れこんだ。
 スイートルームであるために部屋は広く、ベッドは天蓋つきの豪奢で大きいものだ。
「疲れた……」
 呟きながら、アズサはベッドに顔を埋めた。高級ホテルのスイートであるためか、シーツや
毛布の肌触りがとてもよく、すぐに意識を手放してしまった。

高鳴り 

「ん……しまった!」
 目を覚ましたアズサは、がばりと身を起こした。既に日は完全に落ち、窓の外は真っ暗。
部屋の時計に目をやると、既に午後8時を回っている。
 いけない。夕食は9時までなのに――そう思って、アズサは焦ってベッドから降りようとしたとき、
左手に何かが触れた。
 目をやると、アズサのすぐ横に、マトリがその身を横たえて寝息を立てていた。
アズサの左手は、丁度マトリの腹部に触れるような形になっていて、思わず手を離した。
 寝る前までボールに入っていたはずだが、いつの間にか出てきていたようだ。
「……」
 結構柔らかいのだな……と思いつつも、マトリの寝姿に目をやった。
 進化前は丸くふっくらしていた頬は、進化後も変わることなく雌らしい丸っこさを
保っていて、なかなかに可愛らしい。胸板は雌らしく少し膨らんでいるほか、
太股や尻尾の曲線が、変な色気を醸し出している。
 そして今触れた太股の感触が、アズサの中でそれらを一層引き立てて、少し心が動いた。
「……とにかく、夕食食べにいかなきゃ」
 いかんいかん……気を取り直して、アズサは今度は反対側から降りようとすると――
またしてもなにかに触れた。ふわっとして、それでいて柔らかい感触。
「ん……」
 同時に甘い声。見ると、右側にはウィゼが横たわっており、マトリ同様にアズサの横で
寝息を立てていた。そんなウィゼの胸部にある丘の一つに、アズサの右手が触れていた。
「!!」
 思わず、びくりと身を震わせた。短い毛並みに包まれたその感触は、
なんとも形容しがたい新感覚だった。普段は体の左右にある浮き袋に隠れていて
解らないが、よく見ればちゃんと存在しており、サイズもなかなか。
「わわっ」
 寝顔も可愛く、さっき以上にアズサのハートは大きく高鳴った。
(……なんでこんなにドキドキしてるんだ僕は? いや、かわいいけれど!)
 自問自答してから、呼吸を整えつつ心を落ち着かせていると、リエラとルーミも、
アズサの足元で寝入っているのがわかった。
 みんなして、自分に付き合って眠ったのだろう。
 唯一、ジムスだけは壁を隔てた反対側の部屋で、テレビを見ていた。
 そこでふと、アズサは保留したままになっていた、彼女たちとの問題を思い返す。
 最初は、リエラとルーミが自分に好意を抱いたことで、2匹の間に軋轢が生じたことに
始まる。そこへ新たに自分に好意を持つマトリとウィゼが加わったことで、更に事態が
悪化しかけているのが現状である。
「……」
 リエラとルーミは最初に仲間になって、こんな自分を好いてもくれるし、
自分の期待にこたえようと全力で頑張ってくれる。
 そんな彼女たちは自分も好きだ。だから彼女たちはとても大切だ。
 一方で、マトリとウィゼは、元々捨てられたポケモンであるし、もっと優しくして
やりたい。これまで愛されなかった分、愛してやりたいという感情もある。
 皆それぞれにいいところがあり、魅力がある。だから正直、この中で誰が好きかなんて
選べない。ハッキリ言えば、みんな好きなのだ。
 だがやはり自分は人間で、彼女たちはポケモン。その違いがアズサを悩ませ続けていた。
 今の関係が壊れるのも怖いし、この本心を告げるべきかどうか、迷う。
 こんなことを言っては、彼女たちは納得しないだろうし、傷つくだろう。
お茶を濁したと思われてしまうし、彼女たちはますます自分を巡って争うだろう。場合によっては
愛想をつかされることも考えられる。
 タクヤ達のように、手持ち達が互いを認め合ってうまく行く可能性は、限りなく低い。
(困ったなぁ……)
 アズサは片手で頭を支えた。そのおり――
 左手首のポケギアが、急に振動した。
「電話……?」
 誰だろうと画面を見ると、それはタクヤからだった。アズサは急いで電話に出る。
 先日、学校でお礼を言った際に、電話番号を登録したのだ。
「もしもし、先輩ですか……?」
『おお、アズサ君。どーだい調子は?』
「あ、はい。とりあえず今日、アサギジムに挑戦して、勝ちました」
『おースゴイじゃんか……それで? そっちの調子は、どうかな?』
 笑いを含んだ声で、タクヤは言ってきた。電話からは、タクヤの声のほかに、
ガヤガヤと他の声も聞こえてくる。
「先輩は今どこにいるんです? 何か声がしますけど」
『サイユウシティのポケモンリーグさ。コーチ候補のトレーナーとポケモンが
集まって、懇親会の最中だよ……で、どうなのさ?』
 アズサ達のことが気になるのか、説明を簡潔に終えると、再び話に戻った。
「……やっぱり、どうしたらいいのかわからないんですよ。先輩の所みたいに、
うまく纏まるとは思えませんし」
『……キミ自身は、どう思ってるんだい? あの子たちのこと』
 そういわれて、アズサは言葉に詰まったが、しばしの間をおいて、口を開いた。
「そりゃあ……みんな好きです。みんなそれぞれ良い所がありますから。
それにこないだ仲間になった2匹は……ああいう過去があるから、大切にしてあげたいし、
誰が良いかなんて……」
『うん。選べないか』
「やっぱり、これってマズいですよね……」
 しかし、タクヤは相変わらず明るい声で答えた。
『まぁ……迷うのは誰だってそうさ。俺の所も最初はそうだったし。
でも、みんなスキってその気持ちだけは、伝えておいた方がいいよ……。
まぁあの子たちなら、きっと解ってくれるよ。君があの子達を好きなのは、
本当なんだろう? 君が好きなら、それでいいんだよ』
「……」
『なんとかなるって。じゃ、健闘を祈るぜ』
 そういうと、ぶつりと電話が切れた。
(好きならいい、か……)
 タクヤの言葉を反芻していると、ベッド上の雌たちが、のそのそと起き始めた。

 その後、アズサ達は食堂に下りて、バイキング形式の夕食をとった。 
 高級ホテルだけあって、夕食はとても豪勢なものだった。とにかく種類が豊富で、
普段食べられないような高価なものも並んでいたし、他の宿泊客も金持ちのセレブな者達が多く、
アズサは自分がここにいるのは場違いな感じがして、少しばかり居心地が悪かった。
 しかしそれでも、これまでのジム攻略と、今日までの奮闘を祝い、手持ち達には
おいしいものをたくさん食べさせた。
 特に木の実の料理は、ミクルの実やヤタピの実など普段店に並んでいないような
高級なものもあって、彼女たちはがっついて食事をした。
 特に捨てポケモンだったマトリとウィゼは、今まで食べたことのない料理に感動して
貪り食い、その様子が他の客達の目を引いて、アズサはより肩身の狭い思いをするはめになった。

告白 

 食後、部屋に戻ってゆっくりしてから、アズサは風呂に入る準備をする。
 こういうホテルや旅館の風呂は、かなり広くて種類も充実しているので、
ゆっくりと浸かりたかったし、手持ち達の体も洗ってやりたかったので、
アズサは人の少なくなる夜11時過ぎあたりを狙って行くことにした。
 そして11時。男性用の浴場を訪れると予想通り入浴客はなく、脱衣所の籠には
誰の衣服も無かった。
 ちなみに、こうしたホテルや旅館の大浴場は、男女の区別はあるものの、
ポケモンの性別は特に区別されておらず、一緒に入れる所が多い。
 腰にタオルを巻いてから手持ちを連れて浴場内に足を踏み入れる。
 まずは彼らの体を洗ってやるため、まずは専用の洗い場で、お湯のシャワーで体をぬらして
から、それぞれの体を、石鹸をつけたタオルで擦ってやった。
「ほら、今度は反対側」
「……わかったよ」
 いつもの半眼で、ジムスは言うとおりにして顔を横に向けると、アズサはタオルで
彼の顔を擦ってやった。今は塗料の分泌を止めているのか、尻尾の筆は無色になっている。
シャワーで泡を流してから、ジムスを解放すると、彼は浴場内の一番広い浴槽に身を沈め、
先に体を洗い終えていた4匹の雌達と共に、湯の暖かさを堪能する。
「はぁ……」
 アズサも体を洗い終えると、湯に体を沈めて、疲れた体を癒した。
 思わず、年寄りのようなため息が出る。
(こんな大きなお風呂に、ポケモンと入るのって初めてだな)
 これまで住んでいたトキワシティの家も、今住んでいるワカバタウンの家も、
風呂は人一人が入れるくらいの小さなものだ。それにポケモン達は、たまに
一匹ずつ洗ってあげる程度だったし、たまに寄るポケモンセンターには、
シャワールームしかないから、こうしてポケモン達と一緒に入るのも、初めてのことだった。
(ああ……)
 湯の温かさに、アズサはウトウトし始める。眠ってしまいそうだ。
 と、その時、アズサの体は、横からずんと何かに寄りかかられ、湯船に沈みそうになった。
「ぶっ!?」
 顔が半分ほど沈んだ所で、アズサは身を起こした。
 マトリがアズサの隣にきて、その身を寄せてきたのだ。
「ねぇ~どおしたのお? 一緒に気持ちよくなりましょお?」
 何か別の意味にもとれる言葉を言いながら、マトリはアズサに体を摺り寄せた。
「う……?」
 見た目に反して割と柔らかな体の感触に、アズサはまた心を乱し、慌てた。
 おまけに水に濡れているおかげで、ますます艶かしくみえる。
「ちょっと、困ってるじゃないの、よしなさいよ!」
「また懲りずにアズサさんに近寄って!」
 その行動にいきり立って、リエラ達が声をあげてバシャバシャと近寄ってくる。
 彼女らも、体に付着した水滴が、その魅力を引き立てている。
「ちょ……」
 アズサは顔を赤くして、言葉に詰まる。
 すると、潜水して水中から音も無く泳ぎ寄ってきたウィゼが、アズサの目の前に姿を現した。
トラブルを止めようと来てくれたのだろう。
「ね、アズサを困らせないであげて?」
 困り顔で上目ずかいにこちらを見てくるウィゼは、もうなんと言ったら良いのか。
 大抵の雄ポケモンなら即陥落すると思えるくらい可愛らしい。
 体毛が濡れているおかげで体の形もしっかりとわかり、これでは人間でも――。
「え……? あぁ……?」
 アズサはドキドキして取り乱し、言葉が出てこない。もう何て言って良いのか。
 彼女たちの魅力に頭がおかしくなりそうだった。しかもいつの間にか己の分身が、
素直に彼女達への感想を述べていて、アズサは慌ててタオルを湯船に沈めた。
 もはやエチケット違反を気にしている余裕は無かった。
(ちょ、黙ってろよバカッ!)
 分身に胸中で罵り、アズサはしっかりと押さえた。
 しかし、そのウィゼの言葉に、浴場内はしんと静まった。
 先日、大学でも揉め出した彼女たちを止めたのはウィゼの言葉だった。
 アズサを困らせたくないという想いは、全員同じだし、マトリは先日困らせないと
誓ったばかりだから、素直に静かになった。
「ごめんなさいアズサ。このくらいなら、大丈夫かなって思ったんだけど……迷惑だったわね」
 しゅんとして、マトリは数歩後ずさって俯いた。
「ま、まぁ、悪気があったわけじゃないなら、いいんだ。
それにマトリは今日、たくさん活躍してくれたし、それくらいなら……」
 こちらも、何となく悪い気がしてそういったとき、マトリが口を開いた。
「ねぇ……アズサって、この中で誰が好きなの?」
「!!」
 それをきいて、アズサは身を硬直させた。来るべきときが来たのだ、と思えた。
「……私も、聞きたいです。ご主人」
「そろそろ、ハッキリさせとくべきだと思います。アズサさん」
 リエラとルーミは、互いににらみ合ってから、険相をアズサに向けた。
「そ、それは……」
 そう。もうここで、彼女たちへの思いを述べるしかない。
 そう考えて、アズサは俯き黙り込んだ。恥ずかしさと恐ろしさが、同時にアズサを襲う。
 しばしの沈黙のあと、アズサはおずおずと口を開いた。
「僕は……その……ええい!」
 決心して、アズサはがばっと顔を上げ、はっきり、堂々と述べた。
「僕は……はっきり言うと、お前達みんなが好きなんだ」
 彼女たちは、びくりと驚いたような顔をした。
「お前たちは僕の力になってくれるし……バトルも、が……頑張ってくれるし、
こんなダメな僕を好きでいてくれて……そんなお前達が好きなんだ。
それに、みんなそれぞれ良い所があるし……誰がいいかなんて、決められないよっ!」
 その言葉に、彼女たちは揃って俯いた。マトリやウィゼなど、体を震わせている者もいる。
(しまった! まずかったか!!?)
 地雷を踏んでしまったのか――? アズサは、絶望的な表情になる。
「そう……アズサは、そう思っているのね」
 ゆらりと、マトリは顔を上げる。その鋭い瞳は赤く光り――怒りを湛えていた。
(こっこれは――まさか!)
 マトリの覚えている、3つ目の攻撃技。
 ドラゴンタイプ技の中でも最高威力の技――“逆鱗”。
(怒らせてしまったあぁぁぁぁぁあ!!!)
 胸中で、アズサは絶叫した。そんな技を人間が喰らえば、ひとたまりもない。
 その表情は、非情に恐ろしい。今は亡きミィカが生前に言っていた「怒らせると怖い」という
言葉が、今になってよくわかった。
 ゆっくりと近づくマトリ。死が迫ってくるのを感じ、アズサは思わず目を硬く閉じた。
 しかし、アズサの体には何の変化も訪れなかった。
(……?)
 どうしたのかと、ゆっくりと片目を開けたとき、アズサの体は優しく包まれた。
 マトリが、両腕で優しくアズサを抱きしめたのだ。
「あ……え……?」
「やっぱり、そう言うんじゃないかと思ったわ」
 そういってマトリは、大きな口をアズサの耳元に近づけ、囁いた。
 マトリの目からは、赤い光が消え、いつもの顔に戻っていた。
 ショックなことを言われたはずなのに、微笑んですらいる。
 それは、他の3匹も同様であった。少し悲しげではあるが、涙を浮かべて微笑んでいる。
「お……怒ってないのか? 僕はお前達を――」
「まぁ、怒ってないといえばウソになるけど……」
 びくりと、アズサは体を震わせた。
「でもね、アタシなんとなくわかってたわ。だってアナタはトレーナーなんですものね。
仕方ないって、感じるところもあるから」
 少し悲しげに、マトリは告げた。
「ご主人はトレーナーとして、みんなを好きでいる必要がありますもの」
「それに、私達のことが好きなんだっていう、アズサさんの本心もわかりましたから……」
「アズサはあたし達のことが好き……つまりあたしも好きなんだよね……」
 3匹は口々に言うと、赤面し体をもじもじとさせる。
(ええぇぇぇ!?)
 声には出さなかったが、おもわず口から出そうになる。
 予想外の展開だ。皆が好きだなんていったら、全員激怒するか、こんな情けない自分に、
失望するかと思っていたのに。
「そんな……僕は、ヒドイことを言ったのに?」
 すると、狼狽するアズサにルーミが答えた。
「私たちは、アズサさんが好きです。でもよく考えたらそれは、私達だけの都合なんです。
アズサさんのことを考えないで、好きだ何だってパーティの仲間同士で喧嘩してても、
困らせるだけだって思ってたんです。こないだ大学で揉めた後、夜中にこっそり起きて、
手持ちみんなで話し合ったんです」
「え……?」
「……ま、実際は、ボクがこの子らに勧めた話なんだけどさ」
 すると、湯船に浸かったまま、ジムスが呟くようにして付け加えた。
「え?」
「あの島から戻ってから、キミはずっと元気が無かった。そんなときに、
更に別のトラブルが起きれば、キミはますます頭を悩ますだろうと思っていたから、
ボクらの方でも、何とかしなきゃとは思ってたんだ。
それで、こないだタクヤさんと会ったときに、こっそり相談したんだよ。
『これ以上悩みの種を増やさないようにするのは、どうすればいいか』ってね。
それで色々アドバイスして貰ったあと、みんなを集めて話し合ったんだ」
「あ……」
 そんなことをやっていたのか――自分の見ていないところで、彼女たちは、
自分のことをしっかり考えていてくれていたのだ。
 タクヤ達が言っていた「なんとかなる」という言葉が、ようやく理解できた。
「アズサはトレーナーだし、誰か一匹だけには構ってられない。それもわかるし、
アズサを悩ませたくないのは、アタシも同じ……でも、ありがと。アズサはアタシ達のこと、
好きなのね?」
 マトリは微笑んで、改めてアズサに訊いた。その目には、うっすらと涙が浮かぶ。
 本当なら、彼女らはアズサを自分だけのものにしたいハズである。
 しかし彼女たちは、それを我慢しトレーナーである自分のことを考えてくれた上で、
解り合ってくれたのだ。
 自分も、そんな彼女たちのために覚悟をしなければならないと、思った。
「ああ……それは本当だよ。お前達が、大好きだよ」
 そう告げると、4匹の雌達は、アズサに擦り寄って、『うれしい……』と、
4匹は異口同音に告げた。
「あーあ、ここは空気が悪いねぇ……」
 そんな様子を見ながら、湯に浸かっていたジムスが興味なさそうに呟いた。

                            ――続く――


 というわけで今回は息抜き回でした。主人公ハーレム化してしまいました(笑)
そして順調に一部の手持ちも強化されていきます。次回以降は、敵サイドと
ルギアサイドの描写が多くなっていく予定です。

↓何かありましたら。

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  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2015-07-01 (水) 21:13:28
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