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You/I 13

/You/I 13

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       「You/I 13」
                  作者かまぼこ

南の島へ 

 南の青い大海原と、照り付ける暑い日差し。
前日まで嵐が近づいていて、天候も波も非常に荒れていたが、今日は雲ひとつない快晴だ。
 そんな透き通るような青空を、赤と青の2匹のポケモンが空気を切り裂いて飛行する。
「あそこです」
 先頭を進む青い流線型の体をしたポケモン、ラティオスのニニギが、
前方に見えてきた豆粒ほどの島を指して、告げた。
「く……ちょ……まってくれ……」
 それに遅れて、大きな翼を広げた巨大なポケモン、ルギアが追いつく。
 ルギアによって保護された兄妹は順調に回復し、一ヶ月もすれば飛びまわれる程になって、
ようやく彼らは、奪われた『宝』の捜索に動き出したのだった。
 ジョウト本土のほうは、ホウオウとその配下のスイクン・ライコウ・エンテイ達が、
探りまわってくれているため、ルギアたちは、盗まれた『宝』の詳細を知るべく、
一度兄妹が暮らしていたという島に向かうことにした。
 泥棒や盗賊のような輩は世の中に多くいるが、ルギアは兄妹を襲った連中のことが気になっていた。
 大勢の謎の黒服の人間達。そして、厳重に封印されていた宝を簡単に奪い去った事実。
 よくいるコソドロなどではない大規模な組織が、何かの目的で動いているのはハッキリとわかる。
 その連中が、宝を使って何をするのか。
 それを知るためには、宝がどういうものかを知る必要があり、
まずは彼らが暮らしていた島に行って、情報を集めようと考えた。
 そこになら、何らかの手がかりがあるはずだった。

「お……お前達……は、速過ぎる……」
 追いついたルギアは、息を切らせながら、ニニギ達に言った。
「あ……す、すいません。合わせていたつもりだったんですが……」
 ラティアスとラティオスの2匹は、ジェット機並のスピードで飛ぶことが出来、
その気になれば音の壁も突破することが出来る。
 しかし、ルギアはそれができないために、ニニギとサクヤは彼のスピードに合わせて
飛んでいたのだが、それでもやはり差が出てしまったようだ。
「いかんな……運動不足だ……」
 ここ数十年は平和が続き、最近は高速飛行することもあまりなかったため、
ルギアは体力の低下を痛感した。
 守り神たるものが、こんな体たらくでは、皆に笑われてしまう。
 そう思ってルギアはがっくりと頭を下げた。
 そんな彼の胴体の上には、青色の小さなポケモンが、寝転びながら悠々と木の実を齧っていた。
 マナフィ。彼もまた、海の王子と呼ばれる幻のポケモンである。彼は食べ終わり、
芯だけになったオレンの実をポイと投げ捨てた。落下したオレンの芯はルギアのはるか下の海に消える。
「おい……仮にも海の王子が、汚らしいマネをするな!」
「えーいいじゃーん。人間のつくったモノじゃないんだし、海の環境破壊にはなんないよ」
「モラルの話をしとるんだ! 海の王子たるものが、そんなでどーする!
それに人が必死で飛んでいるのに、お前はそこで快適そうに寛ぎおって! 私の苦労も考えんか!」
「ふーんだ。じゃあいいよ」
 ルギアが声を荒げると、べっと舌を出して、マナフィはルギアの体からひょいと飛び上がり、
同じ速度で隣を飛行するラティアスのサクヤの背中に飛び移った。危険極まりない行動だった。
「ちょ…マナくん! 飛べないのに、そんなことしちゃ危ないわよ?」
 こまった表情でサクヤは言うが、そんな言葉を聞いていないのか、マナフィは、
「えへへー、やっぱりサクヤねーちゃんの体は柔らかくてスキ」
 と、彼女の背中に頬ずりするようにした。
(こ、コイツまた……)
 それを見た兄のニニギが、黒いオーラを出しつつ睨みつけたが、
そんな彼にマナフィはまったく気付いていない様子だ。
「それより、そろそろ降りるから気をつけてね、マナくん」
「はーい」
 マナフィがサクヤの言葉に元気よく返事をすると、
4匹はそろって小島に向かって降下を始めた。

森の家 

 その島はほとんどが森林で、上空からはほとんど人工物らしきものは見当たらなかった。
だが、島の南側にある小さな砂浜に古い型のクルーザーボートが、一隻乗り上げるようにして停泊していた。
 ニニギに聞けば、それは彼らを育ててくれた老人が生前、本土に買い物に行くために
使っていたものなのだという。
 そこからしばらく森の上空を進むと、木々の間に小さく茶色の屋根が見えてくる。
 その家は、キキョウシティやエンジュシティにありそうな、古い瓦屋根の木造住宅であった。
森の高い木々に隠れるようにして建っているその家は、全体が茶色に塗られているおかげで、
周囲の緑と調和し、森に溶け込んでいた。
 家の右隣には小さな木の実畑があったが、森の中でほとんど日が当たらないせいなのか、
実っている木の実は僅かだった。雑草も茂っていて、しばらく手入れがされていないようだ。
「ボウじぃ!? ボウじぃ!」
 ニニギは、家に入るなり誰かの名前を呼んだので、ルギアは怪訝に思った。
 育ての親であった人間の老人は、2年前に他界したと聞いている。だから今は、
この家は無人なのだと思っていたが……他に誰かがいるのだろうか?
 そう思いながらルギアも、家の中の様子を伺った。もっとも、ルギアの体は巨大に過ぎ、
人間の建物に入ることはできないので、開かれた玄関に頭を近づけ、そこから中を覗くだけだったが。
「ふむ……」
 しばらくして、家の中を見回り終えたニニギが再び玄関に現れる。
「いた?」
「いや、姿が見えない……どこかへ行っているのかも知れない」
「行く所っていえば……あそこしかないけど」
「誰か、知り合いでもいるのか?」
 そんな兄妹の話に、ルギアが尋ねる。
「おじいさんの手持ちだったポケモンがいるんです。おじいさんが亡くなった後も、
ずっとこの家を守り続けていてくれたんです」
「いつもは家にいるはずなんですけど……いるとすれば、あとは、あそこしか……」
 そういいながら、兄妹が移動を始めると、ルギアとマナフィもそれに続いた。

 森の中は熱帯特有の背の高い草が生え、非常にジメジメとしていて、シダ類の植物やコケ等も
あちこちに生えている。そうした環境を好むタマゲタケやキノココといった野生のポケモンも
数多く見られた。
 そんな森の中を、草を掻き分けながら少し進むと、目の前に大きな建物が現れる。
 それは、体育館くらいの高さのあるドーム状の屋根をした建造物だった。
 建物全体に草が絡みついていて、上空から見ても、その存在がわからない程に
森と一体化していた。
 建物自体かなり老朽化していて、天井があちこち抜け落ちており、
その穴からさらに植物が空に向かって枝を伸ばしている。
 どうやら大昔の工場か倉庫のようで、中はかなり広く、またルギアのような
大きなポケモンでも、余裕で入れるほどの高さがあった。
 建物の中には、どこから運び込まれたものなのか、無数のコンテナや、シートが被せられた
よくわからない機械があちこちに並べられていて、左右の壁には、何かが入っていたのだろう、
妙な形をした透明のカプセルらしき物が無数に並んでいた。
 カプセルは亀裂が入り、あちこちが錆付いていて、すでにどれも機能しなくなっているようだった。
 何となく、ルギアはそれらに禍々しいものを感じた。
「一体何なのだ……? ここは……」
 そして、ニニギたちは奥の壁に設けられていた巨大な扉に近づいた。
「ここです」
 そういって、ニニギは扉の脇にあったコンソールに手を添えると、センサから照射された
赤い光がニニギの顔を赤く照らし、その両目を走査した。
『網膜パターン照合……認識。キーロック解除』
 そんな電子音声とともに、ガチャリと重たい音がして、厚い扉が左右に開いていく。
 そこに現れたのは、地下へと続く通路だった。
 緩やかなスロープになっているその通路は、高さが5メートル程度あって、
ルギアなら、翼をたたんで少し身をかがめれば問題なく通り抜けられそうだった。
 随分とハイテクな仕掛けだ。小さな南の孤島に、こんなものがあるとは――。
(彼らを育てたという老人……一体何者なのだ?)
 そう思いながら、ルギアは兄妹に案内されて、地下へと続くスロープを下りていった。


 スロープを下っていくと、一行の前に再び同じような扉が現れる。こちらも同様に、
網膜照合で扉のロックを解除する形になっていた。
「ここが、僕たちを育ててくれた、おじいさんの部屋です。たぶん、ここなら……」
 言いながら、ニニギは先程と同じ開錠作業をした。
「黒服の奴らは、ここには手を出していきませんでした。たぶん、地上があんな状態
だから、ここの存在に気が付かなかったんだと思います」
 電子音がして扉のロックが解除され、大きな扉が開かれていく。
「これは……」
 ルギアが声を漏らした。扉のむこうの部屋は、多くの資料らしき書類や書籍を纏めた本棚や、
薬品棚が壁一面に並び、部屋の真ん中には手術台のようなテーブルや、謎の機材が数多く設置されていて、
ここで何かしらの研究実験が行われていたことを窺わせた。
「もしかして、お前達を育てていた老人とは……その、所謂カガクシャだったのか?」
「はい。もともとは、どこか遠い地方でポケモンの研究をやっていたらしいんです」
 やはりそうか。
 伝説のポケモンに関する宝の話や、ここの設備からして、只の人間ではないと思ってはいたが。
「ここが、僕たちを育てたおじいさんの研究室……です」
「……」
 部屋を見回しながら、ルギアはこれまでの情報を整理した。
 
 遠い地方の伝説のドラゴンにまつわる物である事。
 その老人曰く、使い方を間違えれば非常に危険であること。
 同時に、選ばれた特定の存在にしかその姿を見せないこと。 
 謎の組織が狙った事実。
 そして新たに判明した、老人は研究者であったこと――。

(そうなると、奪われた『宝』とは、その老人が研究していた何かだろうか?)
 ルギアは眉をひそめた。
 ポケモン研究者であったのなら、調査研究などで伝説のポケモンに関するものを
入手する機会はあるだろう。
 そして、使い方を誤れば危険なものといえば、太古の昔にホウエン地方で暴れた、
陸と海のポケモン。それを操り、古の姿へと回帰させることのできる宝玉が思い浮かぶ。
 そしてそれは、40年ほど前、ある人間達の手によってホウエン地方で大災害が起こりかけた
原因にもなった。
(奴らが大暴れしたときは、本当に大変だった……思えば、あれがきっかけで、
アイツはマナフィを私に預けたのだよな……)
 ルギアは部屋の中をはしゃぎ回る青い小さなポケモンに目をやった。
 マナフィの保護者だったそのポケモンは、己がそんな大失態を犯したことでひどく落ち込んで、
二度と人間に操られぬように深い海の底で、今も世界を見守っている。
 その騒ぎが収束したしばらくあとに、彼はルギアのもとを訪れ、自分にマナフィを育てる
資格はないといって、まだ卵だったマナフィを半ば押し付けるようにルギアに託し、そのまま姿を消した。
 彼も、ルギアと同じ海を統べる存在だったが、そんな彼が別れ際に見せた悲しそうな表情は、
今でも脳裏に焼きついている。
 あんなことさえなければ、マナフィはその『彼』と、今でも家族でいられただろうに。
「……」
 しかし、兄妹の宝は選ばれた者でなければ真の力を発揮しないともいう。
 伝説のポケモンは人を選ぶ。己の持つ力の強大さを認識しているからだ。
 知り合いのホウオウもそうだが、自分の力は危険なものだと、理解しているからだ。
 宝がそうしたシステムなのであれば、人間達の思うがままにされてしまう可能性は少ない。
 だが人間は科学の力を持つ。それによって悪い心を持った人間が認められ、その人間の思いのままに
されてしまう事態も考えられる。
(ポケモンを洗脳する技術や道具も、あると聞くからな……)
 そうならないためにも、早く宝の詳細を知り、奪還しなければならない。
「いないわ……」
「島を離れてる様子はないから、どこかにいると思うけど……本当どこにいったんだろう」
 室内に入って、兄妹はあちこちを見回してそのポケモンを探したが、その部屋に他のポケモンの姿は見られなかった。
 ルギアも足を踏み入れ、室内を見回す。その部屋は通路と同様、天井が高く、ルギアでも問題なく入ることが出来た。
 すると、広い部屋の隅に机があるのが目に入った。
 綺麗に片付けられている机の上には、個人端末の薄型モニターが一台だけ置かれていて、
その横に、一つの写真立があった。
「ぬ……?」
 ルギアは顔を近づけ、写真を注視した。
 大分古い写真なのか色あせてはいるが、写真の中で、研究者らしい3人の白衣の男達が並んでいる。
 すると、真ん中に立つ禿頭の老人研究者の下に、マジックで小さく文字が書かれているのに気が付いた。

 Dr,Fuji

「ドクター・フジ……?」
 以前どこかで聞いたような名前であったが、ルギアはよく思い出せなかった。

アズサの思い。 

 草原の上で、青く平たい体を持つポケモンが、マトリに向けてオーラを纏った体当たり仕掛けてきた。
鋼タイプ『メタング』の“思念の頭突き”である。
「っと!」
 マトリは寸でのところで回避行動をとり、直撃を避けた。そのまま両足から土煙を上げ、
地面を滑るようにして反転し、メタングのほうを向くと、彼女はそのまま勢いよく
片腕を地面に打ち下ろした。
 そこから地面に衝撃波が走り、それはメタングの直下まで達すると、小爆発を起こした。
地面タイプの技“地震”である。
 鋼タイプのメタングには地面技は大ダメージだ。メタングはたまらずダウンした。
 すると、ダウンしたメタングはいきなり、パズルのピースがバラバラに落ちるようにして、
その場から消えうせた。
 すると『バトル終了』という文字が表示されたウィンドウが彼女の目の前に現れ、
同時に別の声が響いた。
「お疲れ、マトリ」
 その言葉の直後、突然草原が消えうせ、目の前に、彼女のトレーナーである、アズサの姿が映った。
マトリは、ため息をついてから、傍にあったトビラのスイッチを爪先で押した。

「どうだい? 『バーチャルバトルマシン』は?」
 アズサは、マシンから出てきたマトリに問うた。
「スゴイわね。まるで本当にバトルしてるみたいよ。人間の技術って、本当にすごいのね」
 関心した様子で、マトリは応えた。
 バーチャルバトルマシン……文字通り、仮想空間でバトルを行い、ポケモンを鍛える
トレーニング用の機械である。ここタマムシ大学のトレーニングルームには、かなりの数が
配置されており、多くの学生がポケモン育成のために利用している。
 過去のあらゆるポケモンの戦闘データが組みこまれ、難易度も様々に設定できる。
「これは本気をださないと、勝てないわね」
 そういうと、マトリは隣にあったもう一台のマシンに目を向けた。
 使用中のランプが点いていて、ゴウンゴウンと左右に揺れていた。
 すると、急にマシンが動きを止めた。中での戦闘が終わったのだ。
「こっちも終わったか……」
 アズサは、外側の画面に映し出された戦績を確認してから、「終了」コマンドを選ぶ。
「ふぇぇ~……」
 すると、マシンのトビラが開き、フローゼルのウィゼがクタクタになって出てきた。
「流石に疲れたか……」
「うう……電気や草は……相手できないよぉ……」
 肩で息をしながら、ウィゼはぼやいた。当然だ。苦手なタイプ相手に勝利するのは
非常に難しいことだ。このマシンの相手は基本的にランダムで出現する上、
そもそもウィゼはあまりバトル経験がないし、マシンは今回が初体験だ。
それに実戦とは勝手が違う部分もあるから、仕方のない所もある。
「まぁ、そりゃしょうがないよ。でも10戦中7勝……よく頑張ったな」
 しかしそんな中でも、ウィゼはここまで勝利を収めたのだ。賞賛に値する。
 だが……。
(こんなことをやらせて、本当にいいのだろうか……?)
 そんな思いが、アズサの頭に浮かんだ。その瞬間、アズサは頭を振って、
その思考を振り払った。
「ちょっと遅いけど、飯にしよう」
 そういって、アズサはマシンの電源を切ってから、ウィゼらと共にトレーニングルームを後にした。
 あの島での騒動から、既に5日が経っていた。


 島より戻ってから数日の間、アズサは体調を崩し、自宅で寝込んでいた。
 ポケモンレンジャーによって島からアサギシティに戻ったアズサは、警察やレンジャーから
一連の事情を聞かれたり、マスコミから取材を受けたりで、気の休まる暇がなかった。
 そしてようやくワカバタウンの家に戻ってきたとき、アズサは高熱を出した。
数日間の疲れや、多くのポケモン達の死を目の当たりにした心労もあったのだろう。
 頭がクラクラして、体を起こせないほどだったが、3日目になってようやく熱が下がり、
快方に向かい始めた。
「熱は下がってきたみたいね」
 アズサの母、ユキナが体温計の温度を確認して呟いた。
 そんなユキナの傍らには、彼女の手持ちポケモン、ダイケンキのジュウロウが、
いつものように堂々とした存在感を放っている。
「そう」
 アズサは、ベッドに横になったまま答える。
「この調子なら明日は、大学いけそうだ」
 そういうと、ジュウロウが口を開く。
「だが、お前はまだ体が万全でない」
「そうよ……ムリはしちゃダメよ? ……はい水枕。ルーミちゃん、頼めるかしら?」
「は、はい」
 ユキナは、冷えた水枕を傍にいたルーミに渡すと、ルーミはそれまでアズサが使っていた
水枕と交換し、ぬるくなった水枕をユキナに手渡した。
「ありがとう母さん。でも……あんまり休んでられないよ……単位落したくないし」
「それはそうだろうが……体は大事にしなくちゃならんだろう。ムリをするな」
 言いながらジュウロウはアズサに頬を摺り寄せた。普段は厳しい彼の親愛表現だ。
「心配してくれてありがとう」
「別に礼などいい。それより、お前のポケモン達に礼を言え。さらわれたお前を助けるために、
奮闘してくれたそうじゃないか」
「そうよアズサ。大学の先輩さんにも、お世話になったんでしょ?
明日行くつもりなら、会ってきちんとお礼言うのよ?」
「わかってるよ……」
 タクヤには今回の件で色々と迷惑をかけてしまった。リエラ達やポケモンレンジャー達と共に
助けに来れたのも、彼のチャンピオンとしての発言力があったからだとも聞いている。
 これまで、タクヤは軽薄な男という感じがして、あまり好きな人間ではなかったが、
ここ最近で彼は彼なりにポケモンの事を想っているということを知ることが出来たし、
トレーナーとして見習わなければならない部分もあると感じていた。
「大学にいったら、ちゃんと会おうと思ってるから……」
 それをきいて、ユキナとジュウロウは交換した水枕をもって、部屋を出て行った。


 あの大殲滅の後、アズサ達は後からやってきた、シミズ達が呼んだ部隊の輸送飛行艇に乗って、
急いで島を離れた。シミズとセンザキ達によって、殲滅を免れた子ポケ達と一部の肯定派の仲間達は
レンジャーに保護されることとなり、アズサ達と同じように、輸送機に乗せられた。
 その中に、あの隻眼のルカリオ――リジェルの姿はなかった。
「リジェル……」
 あの後、無事だったポケモン達と共にすぐに島を離れたため、彼を探すことも出来なかった。
「ミィカを頼む」と自分に彼女のことを任せてくれていたのに、あのような結果になってしまった。
 今頃、彼はどうしているだろう? 
 ミィカが死んでしまった時に見せた、あの憤怒の表情……今でも脳裏に焼きついている。
 彼は、きっとこんな自分を許してはくれないだろう。そう思うと、アズサは悲しい気分になった。
 ミィカを亡くしたことで、子ポケ達や彼女と仲の良かった者達は皆涙した。
このようなことになって、彼らは今度こそ人間に失望してしまうのではないかと思えたが、
大多数のポケモン達は、アズサが直接の原因でないことを理解してくれて、彼を罵り蔑むようなものは
少なかった。
 だが、自分の至らなさがこのような結果を招いてしまったことは変わらない。
彼らにとって、悲しい出来事になってしまったのは事実なのだ。
 そしてミィカを救ってやれなかったことが、一番の心の重みになっている。
 こんなことなら、彼女の気持ちにこたえてあげるべきだったのに――何もしてやれなかった。
 そんな次々と後悔が湧き出てくる。そしてそのたびに、アズサは自分の無力さを呪った。
 その他の生き残り達は、人間に対して一定の理解があるということもあって、子ポケ達を含めて
ポケモンレンジャー側で引き取り手を捜すということになった。
 あんな惨劇を引き起こしてしまった自分達の、せめてもの償いの気持ちだったのだろう。
 だが、彼らは捨てられたポケモンであり、海賊の一味でもあったのだ。世間にとっては危険なポケモンであり、
トレーナーからは「弱い」と烙印を押された彼らの行く末は、非常に暗いといわざるを得ない。
 凶暴で手がつけられず、そのうえ弱いポケモンなど、誰もほしがらないだろうから。
生き残った彼らが凶暴でないことを、アズサはよくわかっているが、世間はそう認識している。
(いい引取り手が見つかるといいけど……)
 彼らに善良な人間が手を差し伸べてくれることを、アズサは祈らずにいられなかった。

「やっぱり僕は、ダメなやつなんだなぁ」
 ベッドに横になったまま嘆息し、天井を見つめてそんなことを独りごちた時、
机の上におかれていたボールの一つが突然開いて、彼の手持ちポケモンが姿を現す。
「まぁたそんな事を言って……」
 現れたのは、ドーブルのジムスである。相変わらずの半眼で、沈み気味のアズサをじっと見つめている。
「過ぎたことを悔やんでもどうしようもないでしょ。それにあれは、一部のレンジャーの
暴走だったって、何度もシミズさんやセンザキさんが言ってたろう。
別にキミが全て悪いわけじゃないんだからさ……生き残りのポケモン達だって、
それはわかってくれたじゃないか」
「そうだけど……」
 そう。たしかに、あの青服のレンジャー達が現れなければ、ミィカだって死なずにすんだだろうし、
あの反乱の首謀者であったヨノワールのリオとだって、もっと理解しあえたかもしれない。
「やっぱり、僕があの島にいたことで、彼らを不幸にしたことは変わらないよ」
「……キミが過去に辛い思いをしたのは知ってるし、あのミミロップを失って、辛いのはわかる。
でもさ、やっぱり立ち向かっていかないとダメだ。落ち込んでても、バトルには勝てないし、
ジム巡りだって進まないぜ?」
 いつもなら、もっと容赦なく辛辣に物を言う所だったが、
いまのアズサの気持ちも考え、少しでも前向きになれるようにジムスは言葉に気を使った。
「……」
 ジムスの言っていることは正しいが、いまのアズサは、ポケモンバトルをやりたいとは思えなかった。
 あの事件以来アズサは、バトルという行為そのものに、疑問を感じ始めていたのである。
 元々バトルはあまり好きではなかったが、あれだけ多くのポケモンの死を目の当たりにして、
バトルをすることの意味が、よりわからなくなったのだ。
 テレビなどでポケモンバトルを楽しんでいる人間のインタビューなどを見ていると、
思わず顔を顰めてしまう。
(戦うのは、あんたじゃなかろうにさ)
 以前『ポケモンバトルは、人間の戦闘欲を発散する手段である』という話を、何かの本で読んだとこが
あるのを思い出し、まさにその通りなのだな……とアズサは思った。
 ポケモンが戦うことは、本来生きていくための手段である。それを人間の娯楽にしてしまって
いるのは、ポケモンという存在を愚弄しているような気がするのだ。
 もちろん、それらを口に出したりすることはなかったが、他人がバトルをしているのを見ていると、
そのように考えるようになってしまった。
「うん……そうだね」
 アズサは抑揚のない声で答えた。
 そんな様子を見てジムスは嘆息し(こりゃ、相当心にキてるな……)と悟る。
 確かに、悲しい思いをした彼の気持ちはわかる。が、この状態が続けば、
パーティの士気も下がる。何より、こんなウジウジした彼を見るのは嫌だった。
 最悪の場合、もうバトルもジム巡りも諦めてしまうかもしれない。
手持ちの一匹としても、早く立ち直ってもらいたいものだが……。
「……ポケモンに心配かけさせんじゃないよ。全く」
 そういって、ジムスはボールに戻った。
 こちらでも何か、策を練らないといけないかもしれない。とジムスは思った。

 そしてその次の日から、アズサは大学へ行った。
 これ以上休めば単位にも影響があるし、大学側にも心配をかけたくはなかったから、
まだだるさが残る重い体を動かし、大学へ向かった。
 あの事件の報道で、アズサは有名になっていたため、キャンパス内に足を踏み入れるや否や、
学生達の好奇の目線がアズサに突き刺さり、あまりいい気分ではなかった。
 アズサの事情は大学側もわかっていたので、島にいる間休んでしまった分は、
特別に補講を開いてくれることになった。
 何とか単位を落さずに済みそうだと、アズサは安心すると共に、自分ひとりのために貴重な
時間を割いてくれた教師陣に心で感謝した。
 だがそれでも、心身ともに消耗しているアズサの顔はここ数日曇りっぱなしだった。
 ミィカを救えなかったことと、バトルに対する疑問が頭の中で渦巻き、
アズサの気分は晴れなかった。

ライバル増加? 

「ネェん、アズサぁ……食事の次はどこへ行くのぉ?」
 人の少ない昼間の学食で、ガバイトのマトリは甘ったるい声を出しながら、
アズサに寄りかかるようにした。
 当然アズサはバランスを崩しかけ、よろけた。あやうく箸で口に運んでいた米を床に落しそうになる。
 あの後、島で知り合ったポケモンのうち、マトリとウィゼがアズサの手持ちに加わることになった。
 最終的にあのような不幸な結果になってしまったものの、アズサが優しい人間であることは
理解していたから、彼女達はアズサから離れようとはしなかった。
 助けに来てくれたタクヤ達の助言もあって、そんな彼女達をアズサは受け入れることにした。
「つ……次の講義だよ」
 僅かに鬱陶しさを感じつつ、アズサはあらためて米を口に運ぶ。
「まだベンキョーなのぉ?」
「僕は学生だもの。しかたないさ。学生は学ぶのが仕事だからね」
 うんざりした様子のマトリに、アズサはそう答える。
「そうなの……人間は大変なのね」
 マトリはつまらなさそうに言ってから、アズサの横顔に己の顔をピタリと密着させた。
 彼女の息が直接吹きかかって、アズサは顔を顰めた。食事中にこんなことをされては、
非常に邪魔である。
 マトリは、島で知り合った肯定派の一匹で、非常にアズサを気に入っている。
 彼女が言うには、アズサのような人間は「好み」なのだそうだが、詳しい理由は未だ不明である。
 ガバイトやガブリアスは厳つい顔で目付きも鋭いポケモンだ。マトリも当然そうした顔つきなのだが、
よく見れば、雌特有……とでも言うのだろうか。丸っこいふくよかな顔をしているのだ。
特に頬の辺りに、それがしっかりと現れていて、どことなく愛嬌さえ感じさせる。
 そのせいか、厳つさや凶暴さはあまり感じられない。正直「かわいらしい」と表現しても良い。
 アズサは食べ終えたお椀をテーブルに置いて、お茶の入った湯飲みを手に取り、
口に流し込んで一息ついてから、
(人の少ない時間帯で、助かった……)
 と、胸中で呟いた。今は昼を少し過ぎた時間帯で、丁度5限目の講義の時間である。
そのため、食堂の中に学生の姿は少ない。
 こんな所を大勢の学生たちに目撃されていたら、どんな噂が立つかわかったものではない。
 ポケモンに纏わりつかれるのは、よく懐いている証拠であるといえる。しかしマトリのは、
そういうのとは少し違った。
 雌らしさを全開にして、こちらを誘惑してこようとするのである。
 手持ちに加えてからというもの、マトリはほとんどアズサにベッタリだった。
 熱を出して寝込んでいる間は控えていたが、動けるようになってからは片時も離れようと
しなかった。
 今もこうして、好みの雄であるアズサにアタックをしている。やたら体に触れてくるし、
その腕(ガバイトの場合、爪だが)で、愛撫のようなこともしてくる。
 好かれることに悪い気はしないが、少し度が過ぎる。
 それにまだ、『大問題』が解決をしていない今、このようなことをされたら――
「……」
 そんなアズサとマトリの対面で、食事を取っていた手持ちのベイリーフ、リエラと、
デンリュウのルーミが、険のある顔でこちらを睨みつけていた。
 彼女達は、騒動の直前にアズサに愛を告げた。しかしそのおかげで、2匹の仲は
非常に悪くなっていた。そこへ新たにアズサを愛するマトリが加わったから、
事態はより悪くなりかけていた。
 2匹は体を震わせ、歯を食いしばって怒りを抑えているのがわかる。
 その様子を見て、これ以上はマズかろうと思い、アズサは告げる。
「ちょ……マトリ。今は」
 やめてもらいたいな。そう言おうとしたときに、とうとう声が飛んだ
「ちょっと! あまりご主人にベタベタしないで!」
 声の主は、ベイリーフのリエラだ。アズサの一番最初の手持ちで、
トレーナーに不人気で研究所に居残っていた自分を引き取ってくれたアズサに、好意を抱いている。
「そうよ。アズサさんが困っているわ」
 リエラに続いて、同じくアズサに好意を抱くデンリュウのルーミが声を上げた。
 リエラとは対照的に、落ち着いた声だったが、これ以上纏わりつくなら、容赦はしない――
といわんばかりに、怒りを燃え滾らせている。
 新たな恋のライバルの出現に、リエラたちは嫉妬し、同時に危機感を感じて焦っていた。
 このままでは、アズサがこの雌に奪われてしまう――と。
「あらどおして? 手持ちのポケモンがトレーナーの傍にいちゃ――」
 いけないのかしら――? そうリエラ達に言いきるまえに、言葉は途切れた。
「ああ……なるほど。フフ……」
 そして、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ頷いた。彼女達の事情を、察したのだ。
 リエラとルーミも、自分と同じようにアズサを好いていることを。
 ただ主人としてではない、種を超えた恋愛の情を抱いていることを。
「でもまぁ、ライバルは多いほうが、より熱く燃え上がるってものよね」
『!!』
 その言葉に、リエラとルーミはガタタン! と勢いよく立ち上がり、マトリを睨みつける。
「アンタ……それどういう意味よ?」
「まさか、アズサさんを……!」
 彼女らの問いに、マトリはフフンと挑戦的な目を向けてから、アズサの首に腕を回した。
「ええ。アタシはアズサのことが好きよ? 雌としてね」
 そういうとマトリはアズサに顔を近づけると、その耳を甘噛みした。
「!!」
 そわっと電気が体中を駆け巡る。それを見た2匹はいきり立つ。
「あ…アンタねぇ……新入りのクセに!」
「アズサさんをモノにしようとするなんて……!」
「あら、新入りだからって、雄に恋しちゃいけない決まりはないでしょ?
それとも何? あなたたちはアズサのカノジョってやつなの?」
『……!!』
 それを言われて、2匹は黙るしかない。以前告白はしたが、まだ決められないと
言われた。だから自分達はアズサの雌である、と胸を張って言うことはできない。
 黙り込む二匹を見て、大体の状況を察したマトリは続ける。
「……てことはアタシ達にだって、アズサの雌になる権利はあるってことよね」
「く……」
 リエラが歯噛みすると、ルーミが声を出す。
「でも、私達はあなた達よりもアズサさんを知っているわ」
「それがなぁに? そんなのは、後からでも何とでもなるわ。ねぇウィゼちゃん?」
 そういって、マトリは反対側に座ってポケモン用の栄養強化ドリンクを啜っていた
フローゼルのウィゼに話を振った。
 ウィゼも、マトリと同様に島で仲良くなったポケモンだ。当初は
未進化のブイゼルで、人間に捨てられたせいでアズサを怖がっていた上、
よく物に躓いたりと、いわゆるドジ目な感じのする彼女だったが、
否定派との戦いの中で、フローゼルに進化を遂げた。
 これがきっかけで、自分はアズサと共にいることで、今までと違う生き方ができると確信して、
手持ちに加わった。
「え? そ、それは、その……」
 困惑しているウィゼに、マトリは告げる。
「ウィゼちゃんだって、アズサのこと好きなんでしょ? 雌として」
「ぶッ!」
 その瞬間ウィゼはドリンクを噴出し、紙パックを床に落した。
「そ、そそそそそそそんな、あのあのあの……アズサは、その……」
 赤面し、しどろもどろになって、ウィゼは混乱する。
その態度で彼女のアズサに対する想いは決定的なものとなった。
「判り安……」
 その隣で、ベーグルサンドを租借していた、ドーブルのジムスがぼそりと呟いた。
この中で唯一の雄ポケモンであるジムスだが、特に興味はなさげである。
「そりゃ、好きよ……? アズサはやさしいし、こないだは……特に格好良かったし」
 それを聞いて、リエラとルーミは、ギロリとウィゼに鋭い視線を向けた。
 ウィゼはひっと悲鳴を上げると、申し訳なさそうに俯いた。 
「こらこら。お前達もあまり怖がらせるなよ」
 すると2匹はしゅんとしたが、ウィゼは続けた。 
「でも、こういう話をすると、アズサが困っちゃうんじゃないかな……」
「……」
 ウィゼの答えに、マトリの顔から笑顔が消え、黙り込んだ。
 アズサのことを考えれば、あまり揉め事は起こさないほうがいいという、
ウィゼなりの判断なのだろう。
 しばしの間をおいて、マトリが口を開いた。
「……そうね。確かにアタシ、アズサに対してちょっとシツコかったかもしれないわね……
アズサの手持ちになったからって、一匹で舞い上がってたわ。ごめんなさいアズサ」
 マトリは非礼を認めて、反省した。
 ウイゼはマトリと同じく島にいたポケモンで、元々は人間に捨てられてしまった
ポケモンである。同じ境遇の者同士、通じ合うものがあるのだろう。
 マトリだって、アズサを困らせたくないのは同じだ。
「わかってくれれば、いいけど……」
 アズサがそういうと、マトリはアズサから体を離し、椅子に座りなおすと、
真面目な顔をアズサに向ける。
「でも、アタシはアズサがスキよ。それだけは変わらないわ……だから――」
 さっとマトリは両腕の爪でアズサの右手を取って告げた。
「アタシ、アズサのために頑張るわ。この中で誰よりも活躍して、かならずアナタの
ハートをゲットしてみせるわ!」
『なっ何ィィィ!!!!?』
 それを聞いて、対面のリエラ達が再び立ち上がる。
「そっそれだったら、私だって頑張りますよ! メガニウムにだってすぐに進化してみせます!」
「私だって、新技を覚えたんだから、今まで以上にやれますよ!」
「あ……その、あたしも……頑張るよ?」
 遠慮気味にウィゼも宣言したが、その目は真剣だった。
 その瞬間、四匹の目線が交錯し、熱く激しい火花が散ったのを、アズサは確かに見た。
 彼女達の関係が改善する気配はなさそうだった。一歩間違えば、また修羅場になりかねない。
(これはマズイな……)
 アズサは頭を抱え、呟いた。
 そして、改めてあの人に相談をしようと決めた。 
「大変だねェ……モテモテで」
 そんな彼に、ジムスは他人事のように言うだけだった。

研究室へ 

 この日すべての講義を終えた夕刻。アズサはゼミ教諭であるマナムラの研究室へ足を運んだ。
 島から戻って以来顔を見せていなかったから、とりあえず、無事で戻れたことを報告して、
連れ去られていた数日間、心配をかけてしまったことを詫びておこうと思ったからだ。
「アズサです。よろしいでしょうか?」
「はい。どうぞ」
 研究室の扉をノックすると。マナムラの声がしたので、アズサは扉を開く。
 すると――
「おっアズサ君じゃないか」
 研究室の中には、タクヤがいた。
 いつもの軽薄そうな顔で、こちらに向けて手を振った。
 アズサと学年は違うが、彼は同じマナムラのゼミに所属している。
「こんばんはアズサ君。今、タクヤ君から先日のことを聞いていたところなんですよ」
 マナムラがそういうと、足元にいたエーフィのサニヤが、サイコキネシスを使って、
ポットを操作し、紙コップにお茶を注いでくれた。お茶の入った紙コップが、宙を漂い
アズサの目の前でピタリと静止した。
 それを受け取ってから、アズサは口を開いた。
「その、心配おかけしてすみませんでした……」
「いえいえ……あなたが連れ去られたというニュースが流れたときには肝が冷えましたが、
無事に戻って何よりです。どうぞかけてください」
 マナムラは、空いているパイプイスに椅子に掛けるよう促した。
「ところで、あのドーブル……ジムスはどうしていますか?」
 アズサが座ったのを確認すると、マナムラは口を開いた。
「え……ああ、最初は言うこと聞かなくて、大変でしたけど……今は――」
 アズサがそう言いかけた所で、腰のボールが勝手に開き、その本人が姿を現す。
「いやいや、確かに成長してはいるけどね。まだまだ詰めが甘いよ」
 アズサの話をさえぎって、ジムスが話し始めた。
「それに“絶対零度”はレベルの高い相手には効かないって、今まで教えてくれなかったし」
 そういって、ジムスはジロリとアズサを睨んだ。
「そ、それは……わるかったよ」
 アズサは気恥ずかしそうにして、小さく謝罪の言葉を述べた。
 事実、その効果に関しては、完全に失念していた。
昔、そう教わっていたが、命中率が極端に低いが、一撃で倒せる、というイメージが
先行し過ぎて、あまり頭に入っていなかったのかもしれない。
 すると、マナムラは申しわけなさそうにして口を開いた。
「いやぁ……それは、私にも責任がありますね。ジムスにこれらの技を覚えさせたのは、
私ですから。ビデオを見せて覚えさせたとき、その詳細を説明しないまま、
アズサ君に譲ってしまいましたから……」
 そういってマナムラは苦笑した。
「もう! しっかりしてよ二人とも!」
 そんな様子に、ジムスが声を荒げると、マナムラはジムスに話しかけた。
「まぁともかく、久しぶりですね。アズサ君のところはどうですか?」
「……まぁ、最初はポケモンに対して甘い所もあったけど、バッジも4つ集まってるし、
少しは良くなってるかな。少しは、ね」
 少し、という言葉を強調してから、ジムスは目を伏せた。
 その言い方が何となく癪に障ったが、事実であるし、反論するのも面倒だったのでアズサは口をつぐんだ。
「でも、あんなことに巻き込まれて、ボクらが来るまでちゃんと生き延びられたのは、
トレーナーの力が身についてきたからこそ……だよね」
 そういうと、ジムスはポムッと軽くアズサの肩を叩いた。
 ジムスが珍しく自分を評価してくれたことを意外に思いつつ、アズサは続けた。
「……ええ。おかげさまで、ジム戦でも活躍してくれてます。ジムスの“絶対零度”には、
何度も助けられてますし、僕に勝利を与えてくれました」
 ジムスの技は強力だし、ジムバトルで最後のポケモンを倒すのはいつも彼の役目だった。
彼のおかげでピンチを乗り越えられたのも一度や二度ではない。
 その感謝とお礼もかねて、アズサはジムスを高く評価して言った。
「なるほど。やはり、あの技を覚えさせておいて正解だったようですね」 
 そういうと、マナムラは頷いた。
「まさにジムバトルのスペシャリスト……その(ニックネーム)通りの活躍ですね」
「へ……?」 
 アズサは間の抜けた声を出した。ジムスという名前は、その略称だったのか――?
「ジムスの名前って……そういう意味だったんですか?」
 アズサが尋ねると、マナムラは苦笑しながら続けた。
「まぁ、彼の絶対零度の構え方は狙撃姿勢にも見えるので、ジムバトルの狙撃手(スナイパー)という
意味もあるんですけれど……本当は、私が保護したときにあのままセンターに引き取ってもらう予定でした。
ですが、アズサ君が近々トレーナーデビューするというので、そのサポート役にできればと思って、
ああいう技の構成にしておいたんですよ……うまくいってるみたいですね」
 お互いに腹を割って話をしたおかげで、ジムスも最近は言うことを聞かないようなことはなくなったし、
今ではパーティ内で一番レベルが高いポケモンとなっている。
 そのすべては、彼を譲ってくれたマナムラのおかげというわけだ。
「あ……有難うございます先生。僕のためにそこまでしていただいて……」
 アズサは深々と頭を下げた。そんな姿に、マナムラは困惑しつつも、
「いいんですよ……教え子が一人前になれるよう導くのが、教師の役目ですから。
彼と一緒に、これからも頑張って下さいね」
 そういって、マナムラはジムスに顔を向けて、
「あなたも、アズサ君の力になってあげてくださいね?」
 ジムスは、やれやれといったふうにかぶりを振ってから、
「……怪我してたボクを助けてくれたし、センセイの頼みなら、しょうがないかな。
最近は、あまり不満な所も少なくなってるし、バトルも楽しいしね。
それにボクがいなけりゃ、この人はまたウジウジ落ち込むだろうから……。
ボクがつっついてやらないと、本当どーしよーもないんだから」
 そういうと、言いたいことをすべて言い終わったジムスはどかっと床に座り込んだ。
「仲良くなれたみたいですね。最初は仲良くなれるか少し心配でしたけれど、
君を認めてくれているようで安心しました……それにしても、今回は大変でしたね」
 マナムラはここで、ようやく本題に入った。すると、アズサはやはり俯いてしまった。
 無理もないな……と思いながらも、マナムラはアズサと話を続けた。

「そうでしたか……彼らは人間達を……」
 お茶をすすってから、マナムラは口を開いた。
「彼らは捨てられたポケモンの集まりでしたから、人を恨む理由もわかりますけど……
結局分かり合うことは出来ませんでした……。ポケモンレンジャーの特殊部隊がやってきて、
みんな……。僕は、大勢のポケモン達を傷つけてしまったんです」
 島で起きた出来事を アズサは沈鬱な表情でマナムラに語った。
「でも、君の活躍で仲良くなったポケモン達は少しでも救うことが出来たんでしょう?」
「たまたまですよ……運がよかっただけです」
 アズサはかぶりを振って答えた。
「それに、短期間とはいえそれだけ沢山のポケモンと仲良くなれたなんて、
すごいことですよ。もしかしたらキミには、
ポケモンと仲良くなれる素質みたいなのがあるのかもしれませんね」
「まさか。そんなはずないですよ」
 そう。そんなハズはない。
 肯定派の者達は人間に対して理解があって、もともと友好的だったのだ。
 それに自分は2度も大切なポケモンを失うミスを犯したのだ。
 そんなダメな人間に、そんな素質などあるわけがない。ジムスによく言われたように、
自分は優しいだけの甘ちゃんだ。
 すると、タクヤが口を挟んだ。
「君のリエラとルーミだって、よく懐いてるじゃないか。それに君がこれまでジムを
勝ち抜いてこれたのは、手持ち達が君の希望に全力で応えようとしたって
ことでもある……そして、島で仲良くなった何匹かは、君についてこようとしたんだ。
それだけ、君はポケモンにとって、優しくて魅力的な人間ってことさ」
「優しくて魅力的……」
 そういえば、リジェルたちは、優しい人間だから自分を連れてきたと言っていた。
 そして、仲良くなったガバイトのマトリは、自分を「好み」だと言っていた。
そしてウィゼは、元々人間が苦手で、顔を向けると身を隠してしまう位だったが、
自分と触れ合ううちに怖くないと言うようになった。
 そして島での戦いでは、2匹ともまだ自分の手持ちでなかったにもかかわらず、
指示もちゃんと聞いてくれて、戦ってくれた。
 ――本当に、自分にそんな素質があるのだろうか?
「その素質は、これからもきっと役に立つと思いますよ?」
 そういって、マナムラはまた笑顔を作った。

タクヤの過去 

 数十分後、アズサとタクヤは研究室を後にした。
 通学バス乗り場へと向かう道中、アズサはタクヤに先日の礼を言った。
「いいって……こまった人を助けるのも、チャンピオンとしての仕事だからね。
それに俺も補講を受けることになったし。単位は大丈夫だ。
……それより、俺に聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「あ……」
「海賊に襲われる少し前、俺に聞いてきただろ? やっぱり、あの2匹とのことかい?」
 覚えていてくれたのはうれしかったが、内容が内容なだけに少し気恥ずかしかった。
 だが、アズサは羞恥心を振り払って、告げた。
「はい……」
 手持ちに愛を告げられ、どうすればいいかわからず、答えを保留にしたこと。
 そして、2匹の仲が険悪になってしまったこと。
 加えて、新たに加入したポケモン達も自分を好いていて、このままでは大事になりそうなこと。
「なるほどね。そういうことなら……出て来いお前達!」
 叫んで、タクヤは2つのボールを放り、ポケモンを繰り出した。
 中から現れたのは、キノガッサのララと、ザングースのミリィ。どちらもタクヤの手持ちで
尚且つ彼に恋をしている雌たちだ。
「こいつらにも聞いたほうが、参考になると思うぜ?」
「ふふふ……話は聞かせてもらったわ」
「やっぱアズサも、アタイ達と同じになったねぇ……」
 2匹は妖艶な笑みを浮かべて、タクヤの左右に付くと、タクヤが告げた。
「……まぁ、あれよ。受け入れちゃってもいいと思うわ?」
「ええ!?」
 ララの答えに、アズサは困惑した。
「受け入れろったって……相手はポケモンだし……」
「でも、あの子達はあなたのために頑張ってくれてるのよ?」
「それにアズサ、人間の彼女とか、いないんでしょぉ?」
 2匹は口々に茶化すようにして言った。
「……」
 彼女達の言葉に、アズサは二の句が継げなくなった。
 アズサは地味目で、今風の……所謂「チャラい」ファッションもしないし、趣味も音楽やスポーツなどではなく、
読書や工作などといったインドアなものが多い。それに幼少期の失敗から、ネガティブ思考に陥りがちで
悪く言えば暗い人間だ。彼女など出来ようハズもない。
 確かに、リエラとルーミは、元気で自分のために頑張ってくれているし、バトルで活躍してくれている。
どちらも自分のことも気遣ってくれるし、彼女達が人間であれば、受け入れていただろう。
 だが、アズサと彼女らの間には、種族という厚く高い壁がある。
タクヤのように軽く超えることが出来ず、どうしてもためらってしまう。
「でも……受け入れるにしたって、このせいでパーティの雰囲気が悪くなるのは、困りますよ」
 仮に、手持ちの中で誰か一匹を選んで受け入れるにしても、選ばれなかったその他の
手持ち達と自分との関係は冷え込むハズだ。そうなれば言う事だって聞いてはくれまい。
 すると、ララが口を開いた。
「そりゃあ、そうよね……でも、方法はあるわ」
「……?」
 そして今度は、ミリィが口を開いた。
「どうして、アタイ達がタクを巡ってケンカしないか、わかる?」
 問われて、アズサははっとした。
 今まで考えたこともなかったが、確かに、タクヤはララとミリィの2匹に好かれている。
そうなれば必ず雄を――この場合はタクヤを巡って諍いが起きるはずである。
「ねぇタク。この際だから、あのこと教えてもいい?」
「いいさ。ただ、他の人には内緒だぜ? アズサ君」
 そういってタクヤはアズサを見て笑った。その笑顔は、どこか悲しげだった。
「アタイ達もね、最初の頃はもう大喧嘩したさ。お互いに大好きだったからね……今もだけど♪」
 そういうとミリィは赤面して体をくねらせた。
「私達のパーティに……ポリゴンZの『フィース』、いるでしょ……?
実は、フィースはカントー(こっち)に来てから入ったのよ。その前までは、別のポケモンがいたの」
 それは初耳だ――。アズサは、無言のまま話に聞き入った。
「名前は『ネーシュ』……サーナイトだった」
 2匹の話によれば、そのサーナイト……ネーシュも、今の2匹同様タクヤの事が好きで、
事実上3匹でタクヤを巡って争っており、パーティ内の空気は非常に重苦しいものだったという。
 ネーシュはパーティ内の古株でありエースで一番レベルも高く、ホウエンリーグで
四天王とチャンピオンに勝てたのは、彼女の活躍があったからだった。
 タクヤ自身も、この当時はまだ種族の壁を越えることに躊躇いを感じていたが、
だんだんと、自分のために最も力を尽くしてくれる3匹のことが好きになっていった。
 しかし、事件が起きた。
 あるとき、その関係がマスコミにバレそうになったのだ。まだ一線を越えるような仲には
なっていなかったが、このままでは、タクヤが世間から孤立してしまう。
そう思ったネーシュは、崖から海へ身を投げてしまったのだという。
 自分の存在がなくなれば、タクヤは救われると信じて。
 経緯こそまったく異なるが、タクヤもポケモンを失ったことがあったのだ。
「……その件で俺はさんざんマスコミに「違う」と言ったけれど、
結果的に俺はアイツを止められなかった……あんなことになったのは、俺のせいなんだ」
 気にすることはないと、タクヤはネーシュに何度も言っていたのだが、
タクヤの心を読み、彼の気苦労をしった彼女は、責任を感じてしまったのだ。
「素直だったけど、責任感も一番強いコだったからね。タクのことを、深く深く考えてた」
 言ってから、ミリィは瞑目した。
 それから半年あまりの間、タクヤは塞ぎ込んだ。もうバトルはやらないとまで決心して。
 そんなタクヤを見るのがイヤだった2匹は何とかタクヤを元気付けようとした。
 さまざまな手を凝らし、半年ほどかかって、タクヤはようやく立ち直った。
「それで、色々やっているうちに思ったの。私もミリィも……お互いにマスターが好きで、
支えていこうとしてるって……だから、マスターには私とミリィ、どっちも必要なんだって」
「だから、お互い喧嘩をしなくなった……?」
 アズサの問いに、2匹は瞑目して頷いた。
 ララとミリィはライバルだったが、元気をなくした主人のために一致団結して、支えていこうとした。
「最初は、抵抗はあったけどね。一緒に立ち直らせる方法を考えたりしてるうちにわかったんだ。
ララも必死でタクの事を想っているんだって。それでアタイは、ララこそタクにふさわしい
雌なんだって思うようになったのさ」
「私も同じ。ミリィこそマスターにふさわしいって思ったわ。ずっとずっとそばにいて、
マスターを支え続けていたから」
 タクヤが口を開いた。
「そして俺も、本気で俺のことを心配してくれるコイツらのことが、たまらなく愛しくなった」
 そういうタクヤの顔は少しばかり赤くなっていた。
「それに、ネーシュのように、もう大切な存在を失いたくなかったから……」
「だから……ララとミリィの両方を」
 受け入れたんですか――と言い終わる前に、一人と2匹は首肯した。
「だから、どちらかなんて選べない……選べなかったんだ。
他の手持ちもそのことは解ってくれた」
「だから、アズサの所も、きっと大丈夫だと思うよ? リエラちゃんとルーミちゃんも、
アズサのために頑張っているんだから。そのうち自分達は『アズサを支える存在なんだ』って
理解しあえると思うよ」
 そういってミリィは微笑んだ。
 タクヤにそのような過去があったことも意外だったが、それによって彼女達が和解する
ことが出来たという話は驚いた。主人のために同じ目的を持って奮闘した2匹は、
結果として相互理解をし、そこへタクヤが彼女達の想いを受け入れた結果が、今の彼らなのだ。
 その時、以前タクヤが言った言葉を思い出した。
『一緒にいてくれるヤツがいるのは、いいことだ』
『ポケモンと素敵な時間を過ごせ』
 タクヤの話を聞いて、その言葉がずしりと重く感じられた。彼もまた、自分と同じくポケモンを失い、
深く悲しんだ者だったのだ。だが彼は、ポケモン達によって、悲しみを乗り越えられた。
 ポケモンを失ってから、長い間ずっと立ち直れないでいた自分とは大違いだと、感じた。
「で、でもな……」
 ララとミリィはそういう形で和解できたが、リエラとルーミはどうだろうか?
 それに現状は、新メンバーのマトリ達とも、仲が悪くなりかけている。
 ララとミリィのように、互いに認め合い和解することが出来るのだろうか?
 参考にはなったが、疑問はかなり残る。
「とにかく、君の手持ち達は君のために頑張っているんだってことを、忘れないでくれ。
それさえ忘れなければ、きっと解決すると思う」
「……」
 未だ半信半疑だったが、タクヤの言うことを信じてみようと思えた。

 あれこれ話しているうち、バス乗り場に着いたアズサとタクヤは同じバスに乗り込んだ。
タクヤはヤマブキシティにアパートを借りているので、ヤマブキシティのリニアの駅までは一緒だった。
「おっと、そうだ。これ、やるよ」
 そういうと、タクヤはおもむろに、カバンの中から一枚の紙を取り出した。
「……?」
 差し出されたそれは、一枚のチケットであった。
『タンバシティロイヤルホテル“双竜閣”オープン20周年記念特別ご招待券』とある。
「先輩これは……」
 チケットを眺めつつ、アズサは尋ねた。
 “双竜閣”とは、タンバシティにある高級ホテルだ。建物も地上30階と高く、
風呂も温泉を引いているし、マッサージといったサービスも充実している。
多くの旅行雑誌や旅番組でも紹介された、町一番のホテルである。
 タクヤが手にしているのは、その宿泊チケットだった。
「ど、どうしたんですかコレ!」
 すると、タクヤは不適に微笑んで、
「ふふふ……こないだヤマブキシティで福引をやったら、当たってね。
でもあいにく、当日はサイユウシティでまた実習があって、ホウエンに戻らなきゃならないんだ。
行かないのは勿体無いから、君にあげるよ」
 アズサは、チケットを手に取り、目を通した。すると、宿泊日を見て、アズサは目を剥いた。
「こ、これ、明日じゃないですか!?」
「その通り。だから今日もしアズサ君が来なかったら、このチケットは無駄になっていたわけだ」
 そういって、タクヤはニヤリと笑った。
「え……僕に渡すつもりだったんですか?」
「ああ。本当は手に入れたのは先月なんだけど、ずっととっておいたんだ。
必要になる時がくると思ってね」
 アズサは、改めてチケットを眺めた。チケットの有効期限は、一泊二日で今週末。
すなわち明日、明後日だ。奇跡的に補講とも被っていないし、いける事はいける。
しかし……
「でも、こんな高価なホテル……」
 渋るアズサに、タクヤは続けた。
「こないだの事件のとき、君はタンバシティのジムに挑戦しに行くつもりだったんだろ?
丁度いいじゃないか。それに、ポケモン達と一緒に泊まって、絆を深めるチャンスだぜ?
リエラやルーミと、ラブラブな一時を満喫して来いって」
 とたん、またアズサの顔は紅潮した。
「な……また何を……!」
 タクヤはハハと笑ってから、急に真面目な顔つきになった。
「……キミを、試したいのさ」
「試す?」
 まったく意味がわからず、アズサは声を出した。
「ああ。君が立ち直れるかどうか、ね」
「……」
 そのタクヤの言葉に、アズサは動揺し硬直した。
「今回の事件で、君は心が大きく傷ついた。あのミミロップを失ったことでね」
「う……」
「ほらな。いまは平静を装っているけど、その心は責任と喪失感で押しつぶされそうになっている。
正直、バトルをやるのもキツイだろ……? それどころか、バトルそのものを嫌悪してる。違うかい?」
 タクヤの言うことは、すべて当たっていた。まるで心を見透かされているようだった。
「そりゃ……そうですよ。でも、それでも冷静でいなくちゃいけないのが、大人ですから」
 アズサはおずおずと口を開く。
「だが、そんな状態じゃ……言っちゃ悪いが、勝てないと思う」
「……」
 アズサは何もいえなかった。たしかに、あのミミロップ、ミィカを失い、
多くのポケモンの死を目の当たりにして、その心は疲れきっていたし、
バトルそのものに疑問を感じ、ジムバトルなどやりたい心境ではない。
 タクヤは、そんなアズサに顔を向け、続けた。
「でもな、こんな時だからこそ、手持ちと触れ合って絆を深めるべきだと俺は思うんだよ」
 揺れる車内で、しっかりとアズサの目を見つめながら、タクヤは続けた。
「さっきも話したけど、俺はララとミリィのおかげで立ち直れた。
ポケモンが俺を癒してくれたんだ。だから君もポケモンに癒してもらうんだ」
「癒してもらう……」
 アズサは僅かに浮かんだ涙を指で拭いながら、つぶやいた。
「ああ。君の問題も悩みも、きっと何とかなる。だから行って来いって」
 そういうと、タクヤは微笑んだ。

真実へ 

 ルギアたちは、手がかりを見つけるべく、主のいなくなった研究室の中を探し回っていた。
「むぅ……『ポケモンと進化の道筋』……これも違うな」
 ルギアは、“サイコキネシス”で本棚から書籍や資料、そして研究レポートなどを片っ端から
引っ張り出し、目を通していた。しかし、兄妹の『宝』に関する手がかりに繋がりそうなものは
一向に見当たらない。
 ルギアは呟くと、本を床に積み上げた。研究室の床にはレポート用紙や書籍が散乱し、
足の踏み場もない状態になっていた。
「こっちは『たのしいポケモン』……」
 本棚の中には、研究資料だけでなく、ポケモンに関係のない古い週刊誌や
漫画、そして新聞なども混ざっていた。
「……『ダイキンセツホールディングス倒産。一部事業はデボンコーポレーションが吸収へ』か。
もう80年近く前の記事だな」
 古新聞に目を通しながら、ルギアは机の上の写真を一瞥した。これら古新聞の存在からして、
ニニギたちを育てた老人は、かなりの高齢だったことが伺えた。
 すると、ルギアの目線に気付いたニニギが、口を開いた。
「ああ……その右側にいる人が、僕らを育ててくれたお爺さんの『ミサキ博士』です。
もっとも、その写真はまだ若い頃の物らしいんですけど……」
「この、『フジ』という老人は?」
 ルギアが尋ねると、今度はサクヤが告げた。
「お爺さんの昔の上司だった人みたいです……でも、お爺さんは前から
昔のことはあまり話してくれなかったから、それ以上のことはよくわからなくて……」
「むぅ……」
 しかしこのフジという名前、昔、聞いたことがある。
(確か……ポケモン研究の……)
 そのとき、部屋の中に別の声が響き渡った。
「『フジ博士』……昔、私の主人と共にポケモン研究を行っていた男じゃよ」
 ルギアは入り口のほうを振り返ると、そこには、緑色の体をした4つ足のポケモンが立っていた。
その背中には、大きな一輪の花が咲いている。草タイプ『フシギダネ』の最終進化型『フシギバナ』だ。
 そのフシギバナは、ゆっくりとした足取りで、ルギアたちに近づいてきた。
 背中に開いている花は、所々が茶色くなって枯れかけており、かなり高齢の個体であることがわかる。
「ボゥじい!!」
 サクヤは叫ぶと、そのフィシギバナに勢いよく近寄って、涙を浮かべた顔を摺り寄せた。
「ゴメンなさい……私達……」
「結局……僕らは後一歩のところで返り討ちにあって、逃げられてしまった」
 顔を顰めて、兄妹はフシギバナに事の顛末を報告した。
「ほっほっほ……わかっておる……お前達はよく頑張った」
 どうやら、このフシギバナが兄妹の探していたポケモン――今は亡き老人、ミサキ博士の
手持ちであったポケモンのようだ。
「あなたが、この兄妹の保護者か?」
 ルギアが、老フシギバナに尋ねると、フシギバナは目をこちらに向けて、
「まぁ、主人亡き今は、そういうことになるんじゃろうな……。
ワシは『ボゥシュ』。こいつらからは、ボゥじいなんて呼ばれとるがのぉ」
 そういうと、フシギバナ――ボゥシュは、軽く頭を下げて一礼した。
「私はルギア。ジョウト地方の海の守り神をしている者だ。
早速で失礼だが、あなたにお伺いしたい。兄妹が……あなた方が奪われたという『宝』とは、
一体何なのだ?」
「……」
 ルギアの問いに、ボゥシュは沈黙で返答した。やはりこちらを警戒しているのだろう。
「ボゥじい……ルギアさんは信用できる方よ? やられた私達を助けてくれたんだもの。
それに、ルギアさんの知り合いも、協力してくれるって」
「……そうかい」
 サクヤが、ルギアに敵意がないことを伝えると、ボゥシュは口を開いた。
「宝を奪った人間は、組織的な行動をしているようだ。そんな連中を相手に、兄妹とあなたの3匹のみでは、
荷が重過ぎる。それに探すにしても、情報も足りない。
奪われた『宝』は、平和を脅かすものらしいが、そんなものが悪い人間達の手に渡ったとなれば一大事だ。
……あなたが秘密にしたい気持ちはわかるが、どうか、教えてくださらないか」
「……ふぅ」
 ボゥシュは深く嘆息すると、真剣な眼差しをルギアに向けた。
「……ニニギ達を助けてくれた礼もある。それに、あなたのような伝説のポケモンの力を借りられるのは、
心強い。わかった、すべてをお話ししよう」
 そういうと、ボゥシュは傍の本棚に蔓を伸ばし、一冊の本を取り出して開いた。
 その本は、本ではなかった。本の形をしているが、中は空洞となっており、そこには赤いスイッチが一つだけ
あった。
 ボゥシュは、蔓先で赤いスイッチを押すと、突如、部屋の照明全てが消え、真っ暗になった。
 すると、暗い部屋の中心に、ぼんやりと光を放つ立体スクリーンが浮かび上がった。
 スクリーンの中には、老人が一人椅子に座ってこちらを見つめていた。
「おじいさん!?」
 ニニギが、驚きの声を上げた。
「では、あの老人が……」
「そう。彼がミサキ博士じゃよ」
 ボゥシュの言葉に、ルギアは再びスクリーンを見やった。
『……ニニギ、サクヤ、そして親愛なる相棒、ボゥシュよ』
 老人は、掠れかけた声で、呼びかけた。
『この映像を見ているということは、何者かが『宝』を奪おうとしているのだろう。
あれは、決して表に出してはならん、危険な道具……私の負の遺産なのだ』
 やはり、危険なものであるらしい。そう思いつつルギアは、黙って老人の言葉に耳を傾けた。
『ニニギにサクヤ……お前達には今まで黙っていたことだが、今こそ教えよう。
私が守ってきた『宝』の、禁断の秘密を』
                 ――続く――


非常に遅くなりましたが、ようやく続きです。
 前回が若干の鬱エンドだったので、今回は気楽な話にしようと思っていたのですが、
あんまり気楽ではないですね……;
作品も中盤に差し掛かり、広げてきた伏線も少しずつ回収し尚且つORASの新設定も取り入れつつ、
新章に入っていく予定です。

指摘や感想などありましたらお願いします。↓

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2015-02-06 (金) 20:20:25
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