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You/I 11

/You/I 11

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       「You/I 11」
                  作者かまぼこ

惨状 

 脱出手段が用意されているらしい島の反対側を目指して、アズサ達は、闇夜の山林を駆け抜けた。
だが、リジェルの手配してくれた肯定派の護衛部隊に囲まれてはいるものの、敵――否定派の攻撃は苛烈だった。
 草叢や木の上、そして地面から続々と出現する敵に、味方のポケモン達が応戦する。
護衛のエンペルトが、敵を蹴散らそうとハイドロポンプを放つ。
 しかし、横から出てきたソーナンスの“ミラーコート”によって反射され、
倍返しを受けたエンペルトはそのまま地面に倒れ、動かなくなる。
 敵のライチュウが“放電”攻撃を繰り出して、それを食らったマリルが悲痛な声をあげる。
 上空から急降下してきたボーマンダに火炎放射を食らって、ラフレシアが火達磨になった。
そしてそのボーマンダも、護衛部隊の“冷凍ビーム”攻撃を受けて撃墜される。
 敵味方の攻撃が入り乱れる中、一匹、また一匹とポケモン達が散っていく。
そんな様を見て、アズサは顔を顰めた。
 ポケモンバトルなどではない、本当の命のやり取りは、目を逸らしたくなる凄惨な光景の連続だった。
みんな……みんな傷ついていく。
 そんな中、ふと隣を走るミィカに目をやった。彼女の表情は、とても苦々しいものだった。
これまで信じていた者に裏切られたことに加え、こんな危機的情況の真っ只中にいることが、
彼女の精神的苦痛を一層強いものにしているのだ。
「ミィカ……」
 何と言ってあげればよいのだろう。慰めの言葉の一つでもかけてやりたかったが、
言葉が思いつかなかった。
「いたぞ!逃がすな!」
「やっちまえ!」
 そのおり声が響き、頭上から無数の鳥ポケモンがアズサを攻撃すべく襲来した。
「!!」
 アズサは驚き、思わず足を止めてしまった。
すると、そんなアズサを押しのけるようにして、護衛のゴローニャが鳥ポケモン達に向けて
“ロックブラスト”を放つ。
 オオスバメやピジョンといったポケモン達が、石で体のあちこちを撃ちぬかれて、
血と羽根を撒き散らし次々に墜とされていく。
 アズサの眼前に転がったオオスバメ達は、体を痙攣させた後、動かなくなった。
「ああ……」
 死んだ。
 死んでしまった。
 戦闘不能や瀕死などではない、本当の死を見てアズサは慄然とした。
 すると、アズサを守ったゴローニャが声を荒げた。
「何ボケッとしてんだ!走るんだよ!連中はあんたを狙ってんだぞ!?」
「あ……」
 そうゴローニャが叱咤し、呆然としているアズサの手を掴んで、走るよう促した。
「あんたに死なれちゃ、何もかも無駄になっちまうんだ! 死にたくなけりゃ、走……」
 不意にゴローニャの言葉が途切れると、彼の体は、真横から飛来した無数の水流によって
吹っ飛び、アズサの視界から消えた。
「!?」
 アズサは咄嗟に身を低くして攻撃の来た方向に目をやると、少し離れた草むらから、
多数の水ポケモン達が、こちらに向けて“水鉄砲”や“ハイドロポンプ”といった
遠距離攻撃を繰り出しているのが見えた。
 水鉄砲と聞こえはいいが、ポケモンの技だ。人間が食らえばひとたまりもない。
「ぐ……おお……!」
すると、地面に横たわっていたゴローニャが、うめきながらも起き上がった。
地面・岩タイプである彼は、弱点である水攻撃を無数に受けたせいで、岩の体のあちこちが欠損し、
穴だらけの痛々しい姿だった。通常のバトルであれば、すでに戦闘不能の瀕死状態であろう。
 そうであるにもかかわらず、ゴローニャは起き上がり、血走らせた目で敵の水ポケモン達を睨むと、
咆哮を上げ、彼らに向かって駆け出した。
 その間にも、ゴローニャは次々に水攻撃を受けて、見る見る体がボロボロになっていく。
 何をするつもりだ――!?
 そう思った刹那、ゴローニャの体が閃光を発し、続いて襲ってきた爆風と衝撃波によって、アズサの体は宙を舞った。
地面に叩きつけられてそのまま何度か転がると、近くにあった木の幹にぶつかって、ようやく停止する。
「……~~!」
 閃光で目が眩んだ上に爆音で聴覚も麻痺し音もうまく聞き取れない。
頭がくらくらして、まともに思考できるようになるまで、少しの時間を要した。
「……ズサ……アズサ! 大丈夫!?」
「……あ……なんとか」
 マトリとミィカが慌てて駆け寄ると、やっと視覚・聴覚が回復したアズサは、掠れた声で答える。
体のあちこちが痛かったが、2匹が体を支えてくれて、なんとか立ち上がることが出来た。
 地面を転がったときに、体に少し擦り傷が出来たものの、
奇跡的に破片の直撃などもなく、大怪我を負ったりはしていないようだった。
 そして、ゴローニャが突撃した方向へ目をやると、
そこには、大きなクレーターが穿たれているだけで、なにも残ってはいなかった。
 ゴローニャも、こちらを攻撃してきた敵の水ポケモン達も。
そのときになって、ようやくアズサは、ゴローニャが“自爆”したのだと理解した。
「……」
 またもポケモンが、目の前で散った……。
「何をしてる! 急げ!」
「くっ……!!」
 シュナイドの叱咤にアズサは、ポケモン達に守ってもらってばかりで何も出来ない自分に腹が立った。
トレーナーなら、手持ちのポケモンに指示を出し戦うところだが、今は手持ちのポケモン達はいない。
かといって、ポケモン相手に生身で立ち向かっても勝ち目はない。
 戦うための手段は、何一つない。
 自分には何も出来ない――。
 こうして、ポケモン達が次々に傷つき、死んでいくのを黙って見ていることしか出来ない。
しかも今は、自分の存在そのものが争いの元となって、敵も味方も関係なくポケモンを傷つけている。
まるで、自分が疫病神か死神であるかのようにも思えてくる。
 そんな自分が、心底腹立たしく、悔しかった。
(やはり僕は、ダメなヤツだ…ポケモンを傷つけることしかできないなんて)
 自己嫌悪しつつもアズサは再び駆け出すと、ミイカと子ポケ達、そして護衛のポケモン達も続いた。

グラエナ 

 タクヤたちを乗せた、ポケモンレンジャーのクルーザー『ヒノヤコ丸』は、
先ほどの戦闘による破損チェックもあり、その場にとどまっていた。
 グライオン達の猛攻で船体のあちこちが損傷し、赤い船体の屋根は無残に抉れ、
窓ガラスもほどんどが砕かれて見る影もなかったが、
沈没してしまうほどの深刻な損傷はなく、エンジンや舵、そしてレーダーといった航行のために
必要なものがほぼ無傷であったのが救いだった。

 そんなヒノヤコ丸の後部デッキで、タクヤは自分を危機から救ってくれた
手持ちのフライゴン『ライゴ』に、労いの言葉をかけていた。
「よくやってくれた……ありがとな。でも……あのカイリュー……」
 苦い表情で、タクヤはカイリューの返り血にまみれたライゴの腕を見た。
「問題ありません。こういうのは、野生じゃ珍しいことじゃありませんから。
それにああしなければ、マスターは死んでいました」
 冷静な表情を崩さずライゴは答える。ライゴは、タクヤがジム巡りを始める前からの手持ちで、
パーティの中でも古株の、戦いの中でも冷静さを保てる度胸の据わったポケモンだ。
 彼のおかげでピンチを乗り切れたのは、一度や二度ではない。
「珍しいことじゃないハズなんですが……やはりこういう戦いは抵抗がありますね…
長いこと人間社会に染まっていたせいなんでしょうかね……」
 言いながら、ライゴは血に染まった己の腕を見つめる。
「すまないライゴ……こんなことさせちまって」
「自分達の身を守るためには、時としてこういうこともあります。気にしないでください。
でも気持ちのいいもんじゃないですね……」
 タクヤの謝罪に、ライゴは微笑んで返したが、その表情はどこか悲しそうだった。
確かにあの時、ライゴがカイリューに止めを刺してくれなければ、
タクヤの肉体は破壊光線を浴びて蒸発し、この世から文字通り消滅していたかもしれないのだ。
それは事実なのだが、ポケモンに汚れたことをやらせてしまったという罪悪感が、心に残る。
「……」
 そんな自分は、最低なヤツなのだろうな、と思いつつ、タクヤはライゴをボールに回収すると、
暗い海を眺めた。
 あたりには、ぷっちの“波乗り”で斃した飛行ポケモン達の亡骸が、無数に漂っている。
(自分達の身を守るためには……か)
 そう胸中でつぶやくと、タクヤは屋根が抉れて半壊した操舵室に戻っていった。
仕方のないこととはいえ、意思あるものを手にかけるという行為は、やはり嫌な気分だった。


「うう……畜生……畜生……」
 タクヤが操舵室に戻ると、救助したグラエナが意識が戻らないまま呻いていた。
あのグライオンたちに受けた仕打ちは、よほどショックであったらしい。
「こいつらも可哀想に。きっとボクらを誘い出すためのエサにされたんだ……イテッ!」
 なんだか気の毒に思ったジムスが、シミズの手持ちであるペロリームのぷっちに、
治療をしてもらいながら呟いたが、ドラゴンテールを受けた部位に傷薬を吹きつけられて、軽く悲鳴を上げた。
 ポケモンレンジャーの手持ちポケモンは、ほとんどが人間用の道具の扱い方を教え込まれている。
事故や災害現場など、人間では入ることの出来ない場所での救助活動や、ポケモン単独での任務を行う
場合を想定して、各種道具や傷薬といった医薬品の扱い方を覚えなくてはならない規則があるのだ。
 そのため、傷薬を吹き付けたり包帯を巻くといった簡単な作業はお手のものだ。
「一応、『元気の欠片』を飲ませたから、死にはしない思うけど……
これじゃ……もう根城の場所はわからなくなってしまったわ」
『そんな……!』
 手持ちの端末でグラエナの状態をチェックしていたシミズが、残念そうに呟くと、
リエラとルーミが悲痛な声を上げた。
 あの飛行ポケモンたちによって、発信機を仕込んでいた解放ポケモンたちは、このグラエナを
残して全滅してしまった。グラエナも救助こそしたものの瀕死の重症で、
どうにかセンザキとシミズが応急処置を施したが、未だ意識は戻っていない。
 彼らの海上の足であったマンタインもやられて、自力で根城に戻ることは不可能だ。
海賊達の根城を突き止める手段は、今や完全に失われてしまった。
 そんな、ここまできて、助けにいくことが出来ないなんて――。
「残念だけど……これではもう……」
 なす術もない――。そう口に出そうとした時だった。
「……!! グァルアアアア!!」
 突然グラエナが意識を取り戻して飛び起き、シミズに襲い掛かろうとした。
しかし飛び掛る間もなく、ぷっちが訓練をつんだレンジャーポケモン特有の迅速な動きで、
グラエナの体を押さえ込んで、動きを封じた。
「畜生……よくも俺らを利用しやがったな! お前らのせいで俺らはみんな……ぐっ!」
 言葉の途中で、グラエナはくずおれた。まだ十分に回復していないのだ。
「やめるりむ!動いちゃダメりむ!」
「うるさいっ!!人付きの分際で命令すんじゃねぇ!!」
 グラエナは怒鳴ると、ぷっちの拘束を振りほどこうともがいた。
「お前らのせいだ!お前らさえ尾けてこなけりゃ! 俺達は死ななかったし、
仲間に見捨てられもしなかったんだ……!お前ら人間はいつもそうだ!
都合のいいようにポケモンを利用することしか考えなくて……用が済んだら躊躇いなく捨てやがる!」
 それを聞いて、シミズははっとした。
「あなた達……もしかして、人間に捨てられたポケモンなの!?」
「そうだよ! お前らのせいで、仲間も帰るところも失くしちまったんだ!
人間ってヤツは、いつもいつも俺たちから何もかもを奪いやがる! クソヤロウ! 死んじまえ!」
 悪罵を浴びせるグラエナの体に巻かれた包帯は、血がにじんでいる。傷口が開いたのだろう。
 それが本当なら、アサギシティでの尋問で皆揃って黙秘していたのも納得できる。
彼らは人間を嫌い拒んでいたのだ。そしてその原因は、ポケモンを捨てた人間達にあった。
そう思うと、自分達がやっていたことに罪悪感を感じて、シミズは口を開く。
「そうね……利用したのは事実。否定はしないわ、ごめんなさい」
「あ……?」
 唐突な謝罪の言葉にグラエナは、意外そうな表情になった。恨み憎んでいた人間が、
このような謙虚な態度をするとは、思っていなかったのだろう。
「でも、あなたの傷はとても深いの。だから今はじっとしていてほしいのよ」

 グラエナは訝った。
 なんで人間が、自分みたいなポケモンのことを心配してくれるんだ?
いや、きっと裏がある。まだオレを利用しようとしているんだ――。
「人間の言うことなんて信じられるか! 人間はポケモンのことなんて、何とも思っちゃいないんだろ!?」
 そうだ。自分を捨てた人間のように、使うだけ使って、裏切るんだ。こいつらもきっとそうだ――。
「何とも思ってなかったら、あなたを助けはしないわ。あなたに死んでしくないから助けたの。
死にかけているポケモンが目の前にいるのに、放っておくなんて、できないわよ」
「な……?」
 なんなんだ? この人間達は? 何でこんなに、自分のことを心配してくれるのだ? わけがわからない。
「意外だったみたいりむね?」
 グラエナが困惑していると、背後で自分を押さえつけていた見知らぬポケモンが、口を開いた。
「あなたは、知らないだけりむ。確かにポケモンを捨てたりするような悪い人間も多いりむ……。
でも、ポケモンのことをちゃんと考えてくれる人間だって、いっぱいいるりむ。
あなた達の思っているような人間ばかりじゃないりむよ」
「……」
 そのポケモンの言葉と、目の前の人間の様子に、グラエナはもがくのをやめた。
自分の知っている人間は、みなバトルに勝つことばかりを考えていて、傲慢で横柄で、
ポケモンに対して気遣うようなことはしない、身勝手なヤツばかりだった。
 やさしくなんて、してくれなかった。
 そう思うと、何だか自分が惨めになってきて、グラエナは顔を俯けた。
「……オレを、どうするつもりだ」
 敵意は感じないし、確かに自分の知っている人間とは違うようだ。
彼らの目的だけでも、知っておこうと思って、グラエナは聞いた。
「この間あなたたちが連れ去った人間を、助けに行きたいの。
そのためにあなた達が根城にしているところまで案内してほしかったの。
でも、こんなことになるなんて思ってもいなかったわ……ごめんなさい」
 そういって人間の雌がもう一度謝罪をしたのを見て、グラエナは黙考した。
「……」
 この人間達のせいで、仲間達は全滅してしまったのだ。許すことは出来ない。
だが、自分達が憎んでいるような人間ではないことはわかった。
 こんなポケモンに対して優しさと謙虚さを持つ人間は、初めてだ。
助けてもらった借りもあるし、今の自分は、仲間達から見捨てられたのだ。
島に戻ったところで敵を連れてきたとして、特にあのリーダー……リオ達に譴責を受けるのは確実だ。
 最悪の場合、裏切り者とされて処分されるかもしれない。事実、先ほどそれに近い目に遭ったばかりだ。
 島にはもう戻れない。いくところもない。
(ちっ……)
 胸中で舌打ちしてから、グラエナは告げた。
「……このまま、南へ真っ直ぐ進め。俺らの根城は……そこだ」
まだ油断は出来ないし、彼らに対して忌々しさはあるものの、グラエナは少しだけ
この人間達のことを信じてみたくなった。彼らがどんなものか、もう少し見てみたくなった。
「教えてくれるの!?」
目の前にいる人間の雌の顔は、ぱぁっと明るくなった。
「でも、完全に信用したわけじゃねぇぞ…ある程度なら教えてやるが、全部に手はかさないぜ。
人間を助けんのは、お前らだけで何とかしな」
「わかったわ……ありがとうグラエナ」
 答えると人間の雌はグラエナの頭を優しくなでてくれた。
馴れ馴れしいのは好きじゃなかったが、なんとなく嬉しかった。
 人間の雌――シミズは操舵士にこのまま南を目指すように命じると、船のエンジンが再始動し、
船内はまた騒音に包まれた。

 

「あそこだ!」
 先頭を進んでいたエルレイドのシュナイドが叫び、前方の大きな坑道を指差すと、
アズサたちは全速力でそこへ飛び込んだ。
 全員が入ったのを確認すると、シュナイドは、“リーフブレード”で入り口付近の壁面を
切り刻み、坑道を崩落させて入り口をふさいだ。
 そして、シュナイドに先導されつつ、いくつかの分岐路や階段を進むと、前方に出口が見えてくる。
そこからは、月の光に照らされて輝く海が見えた。
「ここは……」
 アズサは息を切らせながらつぶやく。
 坑道を抜けたそこは、左右を山に囲まれた入り江になっていた。
 その入り江はかつてもう一つの港だったらしく、老朽化し半壊した船着場があり、
物資の積み込みに使っていたであろう大きなクレーンが、幾つもそびえていた。
そしてその入り江に、大きなポケモンが一匹、浮かんでいるのが見える。
 10メートルを超える青い巨体に、背中にある噴気孔。ポケモンの中でも最大級の大きさである、
ホエルコの進化系、『ホエルオー』だ。
「ホエルオー?」
「そうだ。お前達はあれに乗って脱出しろ。あの大きさなら、狭いが全員乗れるはず――」
 そこで突然シュナイドの言葉は途切れる。
「ど……どうしたんだ?」
 アズサが尋ねると、彼は急に駆け出して、入り江に浮くホエルオーに近寄り、しばしその巨体を注視すると、
彼は顔をしかめつつ、かぶりを振って告げた。
「だめだ……やられている」
「え……!?」
 その言葉に、アズサは再びホエルオーに目を向けた。
よく見れば、ホエルオーの体はピクリとも動かず、寄せる波に揺れているだけだ。
 そして、その巨体には、電気タイプの技を受けたと思われる無数の焦げ後があった。
おそらくは、敵――否定派達の攻撃によるものであろう。
 ということは――
「……じゃあ……まさか!」
「そのまさか、なんだよねぇ」
 不意に、頭上から知らない声が響いた。
見上げると、錆びたクレーンのリブの先端部分に、一匹のポケモンが立っていた。
白い人型の体で、頭からは炎が立ち昇っている。
 シンオウ地方の御三家、『ヒコザル』の最終進化型、『ゴウカザル』。
そのゴウカザルが、アズサ達の前にすたりと降り立つと同時に、あちこちに放置されていた、
錆びたコンテナやドラム缶、腐った木箱といった物陰から、無数のポケモン達が出現した。
その中にはライボルトにエレブー、レアコイルといった電気ポケモンもいる。
おそらく、このホエルオーを手にかけたのは、彼らだろう。
 敵はみな、勝ち誇った顔をしている。リオの計画を完遂するのがうれしいのか、
それとも単に人をいたぶるのがうれしいだけなのかはわからないが、この場合は両方であろう。
「へへ……ダンナの予測通りだな」
 薄ら笑いを浮かべて、そのゴウカザル――ゴウンは言う。
 その間に敵のポケモンたちが展開したことで、アズサ達はすっかり包囲される。
異様に殺気立っている敵ポケモンたちに、子ポケ達はすっかり怯えて、泣き出してしまいそうだ。
「罠か……ゴウン、やはりリオの差し金か?」
 攻撃の構えを取りつつも、シュナイドはゴウンに向け問うた。
「ああ。その人間だけは計画に必要だから、何としても逃がすなってよ。それに、
もし脱出させるとしたら、ここしか考えられないから、先に脱出経路を押さえとけってさぁ。
残念だったな、シュナイドさんよ」
 ゴウンはそういうと、アズサへと顔を向けて、続けた。
「さて、その人間をこっちに渡してもらおうか。ま、もっともそいつは俺らが殺して、
人間共の前に晒すだけだから、別に生死は問わないんだがな……ホラ、こっち来なぁ」
 ケケッと嫌な笑い方をして、ゴウンはアズサに向けて手招きをする。
そんなゴウンの動きは、ひどく異様で恐ろしいものに見える。
「……嫌だといったら?」
「そんときゃ……こうするさ」
 シュナイドの問いに、ゴウンは右手でなにかを放った。
どさりと重たげな音を立てて、古びたコンクリートの地面に転がったそれは、何かの黒い塊だった。
「……!!!」
 恐る恐るその物体を覗き込むと、アズサは目を剥いた。同時にミイカもそれを見て「ひっ」と悲鳴を上げる。
よく見ればその黒い塊は、ポケモンだった。それも、仲良くなった小屋の子ポケの一匹の、ムチュールだった。
 その体は一目では何だかわからないくらいに無残に焼け焦げていた。
きっと、絶命する瞬間まで、酷い苦しみを味わったことだろう。
「そ……んな……」
 胸の鼓動が早くなり、滝のような冷や汗が流れ出て、胃の奥底から嫌なものが込み上げて来る。
 なんてことだ。また目の前で、ポケモンが死んだ。
それも、少しの間とはいえ自分と親しくなったポケモンが。
間接的とはいえ、これでは自分がムチュールを殺めてしまったようなものだ。
 自分と関わったから、このムチュールは敵の手にかかった。
自分のせいで……。
 罪悪感が心を支配する。足元がふらつき、よろめく。立っているのが精一杯だった。
『アズサ!!』
 その様子を見てミィカとマトリとウィゼの三匹が、アズサに駆け寄った。
「へっへへへへへ!効果は抜群ってか。どうだぁ?大切なモンが傷つけられる気分はよぅ、ん?」
まずは精神的に痛めつけようという魂胆なのだろう。ゴウンは、そんなアズサを見て下卑た笑い声を上げた。
「貴様ぁ!!」
 シュナイドが激高して声を荒げると、右肘から伸びる刀を逆方向の前腕方向へと伸長させ、
ゴウンへ向けて“サイコカッター”の光波を射出した。
「ぅおっとぉ?」
 しかし、ゴウンはそれを難なく跳躍して回避し、数メートル離れた場所に着地してみせると、
そのままダッシュをかけて、アズサの近くにいたミィカに組み付いて、ねじ伏せた。
「キャッ!!」
「ミィカ!?」
 ミミロップの強力な耳を自由に使えないよう、掴んで押さえ込み、空いているほうの手で
顔を硬いコンクリートの地面に押さえつけて、その背中に馬乗りになって身動きを取れないようにする。
そして顔を押さえつけていた手を、今度はその細い首に移して、締め上げた。
「う゛ッ……」
「へへへ……コイツをやられたくなきゃ……大人しくこっちにきな!」
「く……卑怯だぞ!!」
 人質……もといポケ質をとるという卑劣なやり方に、アズサは怒鳴ると、ゴウンは顔をしかめた。
「ハッ! 人間の理屈なんだよ。んなモンは」
「あ……?」
「『卑怯』だなんてのは、人間の理屈だって言ってんのさ。所詮お前ら人間は、
自分達の基準でしか物を語らねぇ……!」
 ゴウンは声を荒げた。
「俺達はな……卑怯だろうがなんだろうが、生きていくには何でもしなきゃならなかった…
お前らは知ってんのかよ?捨てられた俺らが、どんなに辛くキツく生きてきたか」
 目を細めて、ゴウンはアズサを睨みつける。
 野生では生きるか死ぬかだ。そこでは人の倫理など通用しない。
そんな厳しい状況下で生きていくためには己自身の持つ力と、冷静で狡猾な考え方が必要になる。
「野生じゃ人間の理屈なんて何の意味もねぇ! 何もしらねぇクセして、自分達の基準を当てはめて、
わかったような事いいやがって! そういうところが、ムカつくんだよ!」
「が……あ……」
 ミィカの首を絞めるゴウンの手に力が込められ、ミィカは苦しげな声を上げた。
「所詮人間なんか、自分のことしか頭にない勝手な連中なんだ。俺らポケモンのことなんて、
考えもしねぇ…。俺らを道具としか思ってねぇ! だから、簡単にポケモン捨てられんだよ!」
 ゴウンは人間に対する憎しみの感情全てを、アズサにぶつけるようにした。
「人間なんざゴミ同然だ!そんな奴らに味方する肯定派の連中も、みんな憎くて仕方ねぇ……!
人間も、その肩を持つやつも、みんな敵だ!みんな八つ裂きにして、消し炭にしてやんだ!
そうすりゃあ、人間なんかいない、ポケモンだけの暮らしやすい世界の出来上がりってモンよ」
 目を血走らせて、ゴウンは笑みを浮かべる。憎悪のこもった危険な笑みだった。
「く……!」
 人のエゴで捨てられ、厳しい生き方を強いられた彼らの気持ちはわかる――。
だがアズサは、直後に自らその思いを否定する。
(いや……僕がわかった気でいるだけなんだろうか……?)
 アズサ自身は、彼らと同じ辛さを味わったわけではない。きっと想像を絶するものだったの
だろうが、その辛さを体験していない自分には、漠然としか想像することは出来ないのだ。
 何も知らねぇクセして――ゴウンの言葉が、脳裏でリピートされた。
 何も言い返せなかった。確かに自分は何も知らない。
今の自分には、彼らを責める資格はないのかもしれない。
(でも……だとしても……)
 これ以上目の前でポケモンが死んでいくのを、見たくはなかった。
 ミィカを助けたい。
 今また自分の目の前で死の危機に直面しているポケモンがいる。
それも、親しくなった大切な存在が。
 しかし、今の自分には戦う手段がない。どうあがいても、今の自分は無力なのだ。
助けたいのに、助けられない。そんな自分が情けなさ過ぎて、涙が出そうだ。
(僕には何も出来ないのか?何かないのか…!?)
俯きながら、アズサはこの状況を覆す方法を考える。
何か……何かいい方法はないのか? 何か――
 そう思って、拳を握り締めたとき、手首についた見慣れたものが目に入った。
「あ……」
 先程リジェルから返還してもらった、自分のポケギアだ。
 この島に連れて来られるまでいつも身に着けていた、トレーナーには必須のアイテム。
没収されたときのままなのか、電池切れ寸前ではあるのの、まだ電源が入っていて、
ポケモンのステータス画面が表示されていた。
(……おかしい。手持ちポケモンは、今はいないはずなのに)
 妙に思いながら、アズサは画面を注視した。すると、画面に表示されていたのは、
自分の手持ちではない。まったく別のポケモンであった、
(これは……『ガバイト』?)
 アズサは、はっとした。もしや――そう思って、アズサは急いで設定画面を開いて確かめる。
(やっぱり……)
 サーチ機能が、オンになっている。
 この機能は、内蔵されているポケモン図鑑アプリと連動したもので、
近くにいるポケモンを感知し、攻撃力や覚えている技など、その個体の詳細なデータを表示するものだ。
最近のポケギアには標準装備されており、この機能によって、ポケモンを捕獲することなく
個体情報を知ることが出来る。おそらく没収された時、誰かが誤って作動させてしまったのだろう。
(だとすれば……)
 アズサはすぐ右横にいるマトリに目をやった。
 今、近くにいるポケモンの中でガバイトなのは、マトリしかいない。
表示されてるガバイトの情報は、やはりマトリのものなのだ。
 アズサは、画面を戻して、マトリのデータに素早く目を通した。
 体力・攻撃・防御・特殊攻撃・特殊防御・素早さ。そして特性、覚えている技――
(これは……)
 そして、今度は反対側にいるブイゼルのウィゼにポケギアを向け、同様にステータスをチェックする。
(もしかしたら……)
 アズサは、周囲を見渡してみる。すると、先ほどゴウンが立っていたクレーンが目に入った。
老朽化と塩害で、あちこち部品が脱落しているそれは、ちょっとした攻撃で壊れてしまいそうだ。
 もしかしたら、なんとかなるかもしれない――。
 そう思って、アズサは俯いたまま、左右にいる2匹に、ゴウンに聞こえないよう静かに告げた。
「ウィゼ、マトリ。静かにして聞いてくれ…」
『!!?』
 その声に気づいてくれた2匹は、アズサに顔を寄せた。
「頼みがある……僕に力を貸してくれ……ミィカを助けたいんだ」
すると、2匹は小声で答える。
「……でも、どうするの? こんな状況じゃ……」
「あたしじゃ無理だよう……」
 心配げな表情の2匹に、アズサは告げた。
「君達にしか、出来ないことなんだ。お願いだ」

上陸作戦 

「あの島ね」
 双眼鏡で目の前に見えてきた島を眺めながら、シミズの言葉が言った。
 タクヤたちは、救助したグラエナの案内で海賊達の根拠地になっているであろう島の
近くまでたどり着くことに成功していた。
 ヒノヤコ丸は現在、島から役5キロほど離れたところに突き出ている岩礁の影に、
身を潜めるようにして、島の様子を伺っていた。
 海賊が根城にしている島の詳細も判明した。レンジャーネットにアクセスして得た情報によると、
旧ホウエン鉱業が所有していた『マナダ島』という炭鉱島で、最盛期はシンオウのクロガネ炭鉱と
並ぶ産出量を誇り、『コクエンシティ』と呼ばれた炭鉱町が作られ、カントーやジョウトはもちろん、
イッシュやカロスといった海の向こうからも労働者とそのポケモンが集まり、栄えていたという。
60年前に廃鉱になると、島そのものが閉鎖され労働者をはじめとする住民は全て出て行き、
以来完全な無人島となっていたらしい。
「ああ。だが……ありゃあいったい、何だ!?」
 島の光景を目にしたグラエナは、驚き声を大きくした。根城となっている島のあちこちから、
炎と煙が上がっているのだ。それに加えて、技の撃ち合いと思える爆発の火球も無数に見える。
「戦闘しているりむ……?グ ラエナさん、これはいったいどういうことりむ?」
「こっちが聞きてぇ! 俺はあんなドンパチするなんて話、聞いてねぇぞ!?」
 グラエナは困惑気味に声を荒げた。どうやら、彼も何が起きているのか、
わからないらしい。すると、シミズが口を開いた。
「でも、もしかしたら……この混乱に乗じてうまく上陸できるかもだわ。作戦通りにいけば……」
 グライオン達を退けた後、ここまで来るまでの間に、タクヤ達は根城に上陸するための作戦を練っていた。
これまでの海賊達の襲撃事件で、海賊達の規模もある程度予想は付いていたことに加え、
グラエナの証言によって、島の状況も僅かだが把握することが出来た。
それによれば、島の周辺には飛行タイプと水タイプの哨戒・警備隊が多数配置されているらしい。
あのグライオンたちも、その一部なのだそうだ。
 その情報を踏まえて、シミズとセンザキ、そしてタクヤの3人で、上陸作戦が立案された。
まずは二手に分かれて、シミズとセンザキ達が囮としてヒノヤコ丸で警備隊の注意をひきつけ、
その隙にタクヤ達が捜索部隊として島に乗り込み、アズサを探すというものだ。
本来こうしたことは、レンジャーであるシミズ達の役目なのだが、タクヤは一般人であり、
囮などと言う危険なことをさせるわけにはいかず、比較的安全な上陸部隊に抜擢された。
 だが、問題も多かった。上陸するほうも、上陸後に海賊との戦闘が想定されるために、
安全とは言いがたいものである上、さらにシミズとセンザキ2人の手持ちを合わせても、
戦力は敵のほうが上だ。レンジャーポケモンは一般トレーナーのポケモンよりも鍛え上げられているが、
一騎当千の強者というほどではない。これだけの戦力で乗り込むのは、不安が残る。
 そのため、レンジャー本部に連絡を入れて増援を待つ…という意見も出たが、
捕らわれているアズサのことも考慮すると、増援を待つ時間的余裕はなく、
チャンピオンであるタクヤ達も戦力として加えることになったのだ。

 しかし今の状況を見るに、敵のほうも混乱しているらしい。乗り込むには今しかない。
「何が起きてるのかはわからないけど、これは千載一遇のチャンスよ。みんな『作戦』どおりにね?」
 電子双眼鏡で島を眺めつつ言ったシミズの言葉に、全員が一斉に返事をすると、『作戦』の準備にかかる。
「みんな、頼むぞ!」
 センザキが舳先に出て3つのボールを取り出し、一気にポケモンを繰り出した。
 一匹は、頭に骨を被った、地面タイプの『ガラガラ』、もう一匹は、
カイリューに似た体型をしているが、その背に翼はなく、体全体から粘液を分泌し、
てらてらとしているドラゴンタイプの『ヌメルゴン』。
 そしてもう一匹は、赤い体の炎タイプの鳥ポケモン、烈火ポケモン『ファイアロー』。
「『フラップ』は前衛、『メララ』は舳先に立って援護、『クロス』は左舷だ!」
 センザキのその指示通りに、ポケモン達は配置に付く。
 フラップと呼ばれたファイアローが船の前に出て、ヌメルゴンが手摺に掴まり舳先に立ち、
ガラガラが、屋根の上に立って左側から来る敵に備える。
「みんな出ておいで!」
 センザキに続いて、シミズも、2つのボールからポケモンを繰り出す。
一匹は、黒い体に頭の大きな耳が特徴の飛行・ドラゴンタイプの音波ポケモン『オンバーン』と、
とげの付いた甲羅が特徴の草タイプのトゲ鎧ポケモン『ブリガロン』を繰り出す。
「『とげっち』は右側、『バットん』はフラップと一緒に前を守って! ぷっちは後ろよ……!
タクヤ君達は、フライゴンを出して上陸の準備をして!」
「でも、大丈夫なんですか?2人で6匹だけで囮役なんて……」
 タクヤが心配そうに言った。海賊ポケモン達は、かなりの数だ。
それを二人合わせて6匹……これだけの戦力で対応しきれるのだろうか?
「大丈夫よ。私達はポケモンレンジャーよ?手持ちだってそこらのトレーナーより
しっかりと鍛えてあるんだから!それに、いくら相手が沢山いるといっても、
逃げ回りながらなら十分戦えるわよ。あなたこそ、上陸してからは十分に注意するのよ?」
「は……はい」
「わかったわね? 作戦開始は五分後よ。早く上陸する準備をなさい」
 それだけ言うと、シミズは操舵室内に引っ込んで、操舵士と話し合いをはじめた。
その様子を見て、タクヤは少し緊張をした。
(こんなの、久しぶりだ)
 こんなビリビリとした緊張感に包まれたのは、そしてホウエンリーグでチャンピオンと戦ったとき以来だ。
「マスター、大丈夫ですか?」
 キノガッサのララが、そんなタクヤの様子を見て声をかけてくれた。
「ああ、大丈夫だ」
「タク、アズサもきっと無事だよ」
ミリィも、声をかけてくれた。大切な存在が傍にいてくれていると思えて、僅かだが緊張がほぐれた。
「さあ、アズサ君を助けに行こうか」
 そして、現在は一番緊張しているであろうリエラ達にも声をかけると、彼らは力強く頷き、
タクヤに付いて後部デッキに出ると、ボールから出したライゴの背に乗り始めた。
 タクヤも、その背にまたがる。
「悪いライゴ……また汚れさせちまうかもしれないが……俺はお前らになるべく殺しはさせないつもりだ」
 タクヤの言葉に、ライゴは苦笑しつつ答える。
「まぁもっともこれだけ背中に乗られていれば、戦闘なんて出来ないでしょうがね……
わかりました。自分もなるべく殺めないよう努力します。任せてくださいマスター」
 そういうと、ライゴはこくんと頷いた。その目には、信頼が宿っている。
(わかってる……大切な連中を、これ以上汚させやしないさ……!)
 そう決意して、タクヤはライゴの体にしっかりと掴まった。

作戦開始 

「カウント開始よ! 全速力!」
 その言葉と同時にエンジンが唸り、ヒノヤコ丸は岩礁から飛び出すと、一気に島に向かって加速する。
前方に見える目的地のマナダ島が、見る見る近づいてくる。
 デジタル時計を睨みながら、シミズがカウントを続ける。
 シミズとセンザキのポケモン達は、振り落とされないように手摺にしっかりと掴まる。
タクヤたちを乗せたライゴも、しっかりと手摺を握って発進時間を待った。カウントが進む。
「10…9…8・7・6・5・4・3・2・1…」
 タクヤたちの緊張が高まる。いよいよ――
「出発!!」
 シミズのカウント終了と共に、ライゴは後部デッキを蹴ってばっと飛翔した。
同時にヒノヤコ丸は大きくカーブし、囮となるためにタクヤ達とは別方向へと移動をはじめる。
 すると、戦闘が続く島の上空から、無数の飛行ポケモンがこちらへと来るのが見えた。
「きたきた……フラップ、迎撃頼むぞ!?」
「任せな!」
 返事をすると、ファイアローは接近してきたムクバードにすれ違いざま“燕返し”を叩き込んでやる。
「おわぁぁあああああ……?」
 翼をやられて、悲鳴とともにムクバードは落ちていく。特性『疾風の翼』によって、
フラップは誰よりも先に飛行技を繰り出すことが出来る。
「へ、どうでェ!」
「安心するな! 右下だ!」
 センザキの叫びに、フラップはその方向に目をやると、オニドリルが“ドリル嘴”を命中させようと
回転しながら突っ込んできていた。やばい……とおもったその時、真下から発せられた“冷凍ビーム”によって、
オニドリルは凍りつく。
「まぁた調子に乗って!! やられても知らないんだから! そういう癖、いい加減直しなさい!」
 舳先に立っていたヌメルゴンのメララが険しい表情でフラップに言った。
「ワリ……助かった」
 苦笑しつつ感謝の言葉を言ったとき、魚影探知機のモニターを見ていたシミズが叫ぶ。
「海中からも来るわ! ランターン5匹!」
「なら……クロス! “ホネブーメラン”!!」
 ガラガラのクロスが大きく振りかぶり、持っていた骨を投擲すると、
骨は弧を描いて海中に没し、接近していたランターンに見事に命中させた。
 効果抜群の攻撃を受けて、ランターンはぷかりと浮かび上がった。
「バットんは“爆音波”! ぷっちは“マジカルシャイン”とげっちは“ミサイル針”で迎撃よ!」
 指示通りポケモン達は動いてくれて、襲い来る海賊ポケモンたちを次々に倒していく。
「どうにか、やれそうね」
 つぶやくと、シミズはまたポケモンに指示を出した。

アズサの作戦 

「どーした?早くしねぇと、このメスが死んじまうぜ?」
 両手を地面についたまま俯いているアズサを、ゴウンは焦らせるために、
ミィカの首を締める手に力をこめる。
「うぐ……」
 ミィカの手足がピクピクと痙攣し、これ以上は本当に危険な状態だ。
「へへ……やっぱ人間はポケモンがいねーと何にもできねぇな。
こんな弱っちくて無能な生き物に、どーしてついて行きたがるのかねぇ。肯定派共の気が知れねーよ」
 俯くアズサに群がったポケモン達を見て、ゴウンは挑発し続ける。
すると、アズサが重い声音で告げた。
「わかった……いまそっちにいく……だからミィカを放してくれ」
 そういうと、アズサはゴウンの元へと歩み始める。
「へへへ……」
 そうだよ。そうすりゃあいいんだ。これで、このメスも傷物にすることなく、自分のものにすることが出来る。
二度と人間に靡かない様に調教して、俺のメスにしてやる。ああ、早くこの柔肌を撫で回し、この手に抱きたい――。
 そんなことを考えながら、アズサがこちらに来るのを待った。
 その刹那、アズサの声があたりに響き渡った。
「今だッ!!!」
 そしてゴウンの視界から、一瞬アズサの姿が消えた。
「あッ!?」
 いや、消えていなかった。アズサはその場で片膝をついて身を低くしたのだ。
なんのつもりだ――?と胸中で呟いた時、アズサの背後にいた一匹のポケモン、ブイゼルが、
水の幕に包まれながら、こちらに向けて突っ込んできたのだ。
 水タイプの先制技“アクアジェット”。その思いがけない攻撃にゴウンは対応することができず、
まともに受けて吹っ飛ばされた。それによって、ミィカが苦痛から開放される。
「ぐああああああ!!」
 攻撃を受けたゴウンは悶絶し、地面を転げ回った。
 炎・格闘タイプの彼にとって、最大の弱点である水属性の攻撃だった。そして、
水浴びをしたときに手に入れた、水のジュエルを再びウィゼに持たせておいたおかげで、
技の威力を増大させることができた。
 彼の身を案じた否定派の仲間達が何匹かゴウンに駆け寄る。
そのスキに、アズサは咳き込むミィカに駆け寄って助け起こすと、彼女を抱き上げるようにして、
後方に駆け戻ると、再び声を上げた。
「マトリ!」
 その声に、ガバイトのマトリが、クレーンに向かって猛ダッシュを始める。
クレーンの直下にたどり着くと、マトリはクレーンの脚の鉄骨を次々に蹴って跳躍し、
すばやく上っていく。そして、クレーンのリブの所までたどり着くと、その接合部に
“アイアンヘッド”を叩き込んだ。
 もともと老朽化していたことと、マトリにもたせておいた『鋼のジュエル』により
威力が増大したおかげで、クレーンの接合部は、いとも簡単に破壊できた。
耳障りな異音をたてて、クレーンのリブはゆっくりと軋んで斜めになって脱落する。
「お……!」
 痛みに耐えつつ、その様子を見ていたゴウンは、度肝を抜かれた表情をした。
 クレーンが、こちらに向かって落ちてくるのだ。
どうにか避けるべく身を起こしたが間に合わず、結果、轟音と共にクレーンのリブは
ゴウン達を巻き込んで落下し、もうもうと土埃をたてた。


 ヒノヤコ丸と別れたタクヤ達は、上陸できるポイントを探すために、島の裏側へと回り込んだ。
だが、やはり全てのポケモンの目をシミズ達に向けることは出来ず、何匹かの飛行ポケモンが、
タクヤ達へと襲いかかってきた。
 やはり戦闘は避けられないか――そう思って、タクヤはポリゴンZのフィースを繰り出した。
「頼むぜ……“悪巧み”」
『了解。“悪巧み”発動』
 そう告げたフィースの目にクエスチョンマークが表示されると、それはすぐに人差し指を立てた
手のマークに切り替わる。
『チャージ完了。発射シーケンスに移行…完了。いつでも発射可能です』
 それを聞いて、タクヤは声を大にして叫んだ。
「よぉぉし……フィース! “破壊光線”だ!!!」
 前方に突き出したフィースの両腕の間にエネルギーが収束していき、次の瞬間には、
それが極太のビーム光線として放出される。
 放たれた光線は、襲ってくるポケモン達を次々になぎ払う。それがポケモンに命中するたびに、
火球が生まれて、闇夜の空を明るく照らした。攻撃を受けた敵ポケモンは煙を引いて落ちていく。
その威力に恐れをなしたのか、他の飛行ポケモン達はタクヤ達に接近するのをためらい、
近寄ってこようとしない。
「そうだよ……そうしてくれれば、こっちとしても助かるぜ」
 ライゴは、タクヤだけでなくリエラ達3匹も乗せている。彼らはボールにしまうことが
できないため、一人と3匹でかなりの重さになる。
 そのため、ライゴは動きをかなり制限されてしまっている。そこを狙われたら非常にマズい。
「お前達は、船で待っていてもよかったんだぜ?」
 背後で、ライゴの背にしっかりと掴まっている3匹に声をかける。
アズサの3匹は参加させないつもりだった。しかし、3匹は頑なに自分達も行くと主張した。
その気持ちはわかる。主人が近くにいるというのに、じっとなんかしていられないだろう。
「ご主人がいるんです! このまま待ってなんかいられません!」
「アズサさんは……私の大切な人なんです! 会いたいんです!」
「あの人、なんだか危なっかしいんだよね。ボクらがついてないと、また
自分はどうなってもいいとかヤケッパチな考えをするかもしれないから。
それに、あの人のおかげでボクは強くなってきたわけだし、そんな人に死なれるのはイヤだ」
 そう3匹が口々に言ったとき、フィースが合成音声で告げた。
『2時方向に、巨大な土煙を確認!』
「!?」
 その言葉に、タクヤはその方向に目をやると、確かに大きな土煙があがっているのが見えた。
ポケモンの技によるものだろうか?タクヤは気になった。
「近くまで、行ってみよう! ライゴ、頼むぜ?」
「了解」
 そう返事をすると、ライゴはスピードを上げた。

再開 

 突然の出来事に、運よく巻き込まれなかった否定派のポケモン達は動揺した。
シュナイドは敵のそんな様子を見逃さなかった。
「……今だ! 一気に畳み掛けろ!」
 司令塔でもあるゴウンを失い、敵は浮き足立っている。
今がチャンス。そう判断して、シュナイドは護衛部隊に指示を出した。
 それによって、残存の護衛ポケモン達は次々に敵に襲い掛かる。
 カモネギが“居合い斬り”でウツドンを撃破し、クチートが頭の大顎でエレブーを“噛み砕く”。
ワカシャモが“二度蹴り”でズガイトスを打ち倒し、とどめにオドシシが“踏みつけ”る。
 彼らの活躍によって、残った否定派達はあっという間に制圧される。
その様子を見ながら、アズサは助け出したミィカに声をかけた。
「大丈夫か? しっかり……」
「ア……ズサ」
 ミィカは掠れた声で答えた。首を絞められたせいか、まだ息も切れていて、顔も少し青かったが、
大きなダメージもなさそうで、アズサは胸を撫で下ろした。
 これ以上の犠牲者を増やすことなく、彼女をなんとか救い出すことが出来た。
これも、リジェルがポケギアを返してくれたおかげだった。ポケギアがなければ、
あの状況を覆すことは出来なかっただろう。
(ありがとう、リジェル……)
アズサは胸中で、リジェルに礼を言った時だった。ミィカが、掠れ声で叫んだ。
「アズサ、う……しろ!」
「……!?」
 その声に、アズサは振り向く。
 すると、倒壊に巻き込まれたはずのゴウンが、土煙の中から勢いよく飛び出して、こちらに突進してくる。
「バカが!あれしきのことで、この俺がやられるものかよォ!!」
 そのまま、ゴウンはアズサに向けて“マッハパンチ”を放とうとしていた。
(やられる――!)
 超音速の拳。人間の反射速度では、よけられるはずもない。思わず目を硬く閉じた。

 だがアズサは、何の衝撃も痛みも感じることはなかった。
「……?」
 恐る恐る目を開けると、ゴウンはアズサの目の前で、拳を繰り出した姿勢のまま、氷漬けになっていた。
 拳は、アズサの顔面から約2センチの所で停止していた。
誰かが、冷凍ビームを放って、止めてくれたのだろうか?否、違う。
炎タイプでもあるゴウカザルには、氷技などほとんど効かないハズだ。
にもかかわらず、戦闘不能にしたこの技――間違いない。“絶対零度”だ。
 いったい誰がやったんだ――?そう思って辺りを見回すと、アズサの頭上を、黒い影が通過した。
「みぃつけた!」
 若干間の抜けた声が聞こえたかと思うと、その黒い影から、何かがひらりと飛び降りた。
それは、コンクリートの地面に見事すたりと降り立つと、ゆっくりとアズサの前に歩み寄った。
「何やってんのさ。こんな所で」
 聞き知った声。白い体に、筆の形をした尻尾を持つ人型ポケモン、ドーブル。
その表情は、アズサがよく見知った半眼。
「……ジムス……!?」
 アズサは、目を剥いた。ジムスがなぜここに?どうやってここを?
困惑しているアズサに構うことなく、ジムスはアズサの手をとった。
 ミィカやマトリたちも、ぽかんとしている。
 すると、ジムスを運んできた影が、ふわりと目の前に舞い降りた。
タクヤの手持ちの一匹、フライゴンのライゴだ。
 すると――
「ごしゅじぃぃぃぃん!!」
「アズサさぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
 ライゴの背から、これまた見知った2匹のポケモンと一人の人間が降りた。
「先輩……? リエラ……ルーミまで!?」
 2匹はアズサに駆け寄ると、力いっぱい抱きついてきて、顔をこすり付けてきた。
彼女達の体の温かさと感触。たった数日間離れていただけなのに、ずいぶんと懐かしい気がした。
 2匹はアズサに抱きついて、わんわんと泣いていた。
「探したよ、アズサ君」
「先輩……どうやってここが!?」
「ポケモンレンジャーの力を借りたんだ。それに、こないだの襲撃で捕らわれていた海賊のポケモンにも、
協力してもらった。まぁ、いろいろあって、来るのがだいぶ遅れちゃったけどな」
 驚きながらも聞いてきたアズサにタクヤは答える。
「……知り合いなのか?」
「こ、この人は、大丈夫だよ。敵じゃない」
 突如現れた別の人間にシュナイドは身構えつつ聞いてきたので、アズサはそう答えると、
シュナイドは警戒しつつも構えを解いてくれた。
「それより、この騒ぎは一体どういうことなんだい?ただ事じゃなさそうだけれど――」
 その時、大音響と共に山肌の一部に大穴が開いた。そして巨大な物体が3つ、その穴から現れる。
「な……!!」
「これは……!?」
アズサも、タクヤもシュナイド達も、突如入り込んできた3つの異形の物体に驚愕した。
『ヴ……ィィィヴ』
『ディ……ディ……』
『グュゥィイム』
 どれも歪な人型をしているが、一つは、体がごつごつとしていて表面が岩で構成されているのがわかる。
二つ目は、丸い体に、長い腕が特徴的な、鋼鉄の体をしている。
そして3つ目は、水色の半透明な体で、あちこちが角ばっている氷の体をしている。
「なんだ!!? この機械人形!」
 シュナイドは知らないようだったが、アズサは、それを資料映像で見たことがあった。
「違う……これはポケモンだ! 伝説の古代ポケモン『レジロック』と『レジスチル』に『レジアイス』!」
「伝説のポケモンだと……!? なんでそんなものがこの島に?」
 アズサの答えに、シュナイドたちは狼狽したが、すぐに、別の声が入り江に響き渡った。
「6番坑道の崩落したところに出た遺跡に、眠っていたのだよ」
 その声の主は、レジロックの背後から姿を現した。
 太めな体に大きな腕を持つ単眼のポケモン。
「ヨノワール……? あいつは……」
 タクヤが呟く。彼は海賊たちのことをよくは知らない。
「リオ……そうか、出土した遺跡にあった像は、ポケモンだったというわけか」
「ああ。こんなに簡単に伝説のポケモンを仲間に出来るとはな……幸運だったぜ?」
 そういってリオはすっと手を上げると、3体のポケモン――レジシリーズは、
一斉にアズサ達のほうへと体を向ける。
「さぁて……リジェルを完全に絶望させてやるために、まずは貴様を葬ってやる。
伝説のポケモンの力を以てしてな」
                            ――続く――


最後のほうが少し急ぎ足になってしまいましたが、なんとか投稿することが出来ました。
やっとこさ合流です。そして主人公もようやくトレーナーらしい活躍をさせてやることが出来ました。
次回からは、もっとバトル描写に力を入れたいと思います。

指摘やアドバイス、感想などをいただけると嬉しいです。↓

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  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2014-05-30 (金) 20:09:33
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