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You/I 10

/You/I 10

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       「You/I 10」
                  作者かまぼこ

目的 

「く……」
 呻きながら、リジェルは廃墟街を駆け抜ける。先ほど、否定派の連中を足止めするために
坑道を崩落させた際、少しばかり傷を負ってしまったらしく、左手が痛んだ。
しかし大した傷ではなく、放っておいてもそのうち治ってしまう程度のものだ。問題はない。
そう自分に言い聞かせて、リジェルは思考を別の事に切り替える。
(それにしてもリオの奴、もう動き出したのか…)
 忌々しげに、リジェルは顔を顰める。最近のリオに関する様々な情報を集めていくうちに、
その目的や動きも僅かではあるが想像できるようになった。
そして、彼が目的を果たすためには、肯定派の存在が邪魔になるであろうことも。
(本気なのか……? リオ……)
 人間を恨むリオ達否定派。そしてその恨みの矛先は当然人間に向けられるだろう。
そうなればこの島に住むポケモン達は、みな危機に晒されることは間違いない。
 急がなければ。
 リジェルはアパートに辿り着くと自室の扉を開け、机の中にしまわれている小箱から石を取り出した。
「先代……どうか力をお貸しください」
 手に持った石に目をやりながらリジェルは呟くと、再び外へ駆け出した。


「どういう……ことですか?」
 思いがけないミヤコの言葉に皆が絶句している中、ミィカが口を開くと、
それに続いてマトリや、アズサと親しくなった肯定派のポケモン達も次々に声を上げる。
 ミヤコ自身は、肯定派の立場をとっていたが、どんなポケモンにも訳隔てなく接する優しい性格とその美貌から、
派閥を超えて多くのポケモンから好かれていた。4匹のリーダーの中でも特に人気があり、
少なくともリオ達のような過激な考え方をするポケモンではなかった。
 それが何故、リオ達否定派のポケモンと共に、そんなことを言うのだ?
まるで理解できないという様に、うろたえているミィカに、ミヤコは告げた。
「私達の計画には、彼のような人間が必要なのですよ。ミィカ……」
 そう言うミヤコの言葉は酷く冷たく、ミィカの知っているミヤコのものではなかった。
「……アズサを、どうする気ですか! 計画って何です!? 何を考えているのですか!?」
 否定派で好戦的なリオはともかく、自分達肯定派の代表でもあるミヤコが何故こんなことを口にするのか?
語気を強くして、ミィカは問うと、代わりにミヤコの傍らにいたリオが口を開いた。
「……我々の計画……それは――」
 リオは禍々しい赤い光を宿した単眼をアズサ達に向け、続けた。
「人間への復讐。人間社会への、宣戦布告だ!」

理由 

「なんだって……?」
 リオの言葉を聞いたアズサは呟いた。人間社会へ宣戦布告?
それが聞こえたのか、ミヤコが口を開く。
「ええ。私達は人間社会に反旗を翻し、ポケモンのための世直しをするのです。
私達のような、不幸なポケモン達を救済するために、人間と戦うのです!」
 高らかに宣言をするミヤコ。それに呼応する様に、アズサ達を取り囲んでいた否定派ポケモン達が次々に吼える。
「……そのために、アズサ、あなたという生贄が必要なのです!!」
 言うなり、ミヤコは九尾を広げて、炎のエネルギーを「大」の字に収束させた“大文字”を放った。
その炎はアズサの目の前の地面に炸裂し、大の字の焦げ後を作った。
 彼らは、人間に戦いを挑もうというのか――?
「そんな……!! どうして! あなたはそんなことを言うようなポケモンじゃないはずです!
一体、どうしてしまったんですかミヤコ様!」
 そうだ。あんなに優しい彼女がそんなことを考えるはずが無い。
きっとリオに何かをされて、こんなことを言っているのだ。
 そう確信して、ミィカはミヤコに問いかけた。しかし――
「……私はまともですよミィカ。錯乱でも洗脳でもありません。
 初めからこれが目的だったのですよ。この人間を島に連れてこさせたのも、全てこの計画のためなのです」
「……!!!」
 ミィカが驚愕の表情で、体を震わせた。
「じ……じゃあ、この子達に人間を教えるためって言うのは……」
 ミィカがおずおずと口を開くと、ミヤコはゆっくりと首を縦に振って、冷笑を浮かべた。
「ふふ……そんなものは、建前でしかありませんよ」
 バカな――
「そういう口実がなければ、あなた方は納得しなかったでしょうから。
 善人ぶって、肯定派の代表を演じるのは苦労しましたよ。悪意を隠すのは、特に骨が折れました。
でもおかげで、計画は順調に進み、望みどおりの生贄を手に出来ましたよ。
私の言葉を真に受けて動いてくれたリジェルにも、感謝しなくてはいけませんね」
 炎タイプだというのに、温かさの欠片も無い冷笑には悪意と憎悪があった。
「ククク……貴様のような、ポケモンを思いやり、優しく接する事の出来る人間こそ、
生贄には最適なのだよ。我々が殺めた貴様の屍を人間共の前に晒せば、
我々の本気さを伝えることが出来るのだからな!!」
 ミヤコの言葉に続いて、リオがぴしりとアズサを指差して、言った。
「な……!」
「人間社会にショックと混乱をもたらすには、あなたはもってこいな存在というわけです」
「そんな…」
 その言葉を聴いたミィカは、目に涙を浮かべその場に膝をついた。
マトリやウィゼといったほかの仲間達も、同じように動揺し困惑していた。
おそらくは、アズサを生贄にすることで『ポケモンに優しい人間にも容赦はしない』という意思を示し、
人間達を恐怖させようという算段なのだろう。
「そ……そんなことしたって、誰のためにもならないぞ!」
 残忍な笑みを浮かべるミヤコに、アズサは思わず声を張り上げていた。
復讐などしたって、心の傷は癒えることなどない。新たな怒りと争いを生むだけだ。
人間の歴史は、その繰り返しだったのだから。
「……人間は、バトルのためと称し、能力の高い個体を求めて沢山のポケモンを産ませます。
そして、望みの能力を有していないものは捨てられていく……。
この島のポケモン達は、殆どがそうした理由でこの世に生を受け、そして捨てらた者達です。無論、私も…」
 ミヤコはわなわなと体を震わせた。
「ポケモンを玩具のように扱い、何百何千という命が不必要とされていく……
その様にして、人間がポケモンの命を弄ぶのを、私達はこれ以上黙ってみていることは出来ません。
私達が立ち上がって、人間に対して力を振るい、ポケモンの命が軽視される人間社会に、理解させるのです!
ポケモンを道具のように扱えば、裁きが下ると!」
 ミヤコの言葉に、再び否定派の仲間達が吼えた。
「そして、人間達に私たちの受けた怒りを…捨てられたものの苦しみや悲しみを、思い知らせるのです!
これ以上、私達のようなポケモンを生み出さないために!」
 彼らの人に対する恨みは、相当に深いことがわかる。
 確かに、彼らの気持ちはわかる。この島のポケモン達は、ミヤコが言うような境遇のポケモンばかり。
厳選の末に不必要とされた者達。人間のエゴが生み出した、不幸なイキモノ。
人間に憎悪や怨嗟の念を抱くのは、至極当然の事といえた。
「私達はあなたを生贄にして宣戦布告をしてから、手始めに…ジョウトのアサギシティにある、
バトルフロンティアに攻め入る予定です。そこは、私たちが最も憎むべき人間達が集まっている場所…
そこにいる人間達を、粛清します。そうすることによって、ポケモンが本気を出せば、人間の力では敵わないと
いうことを…人間はポケモンよりも脆弱な生命体だということを理解させるのです!」
「……!」
 それを聞いて、アズサは絶句した。
 そんなことをすれば、人間社会は彼らを危険な存在と認識して排除しようとするだろう。
そうなれば否定派だけではなく、肯定派や子ポケ達も、この島のポケモンは一匹残らず駆逐される。
 確かに人間はポケモンより弱い。しかしその脆弱さを補える『化学の力』がある。
それを以ってすれば、ポケモンをねじ伏せる事など、容易いのだ。
警察やポケモンレンジャーには対ポケモン用の部隊や装備だって存在する上、
そのために鍛えられたポケモン達だっているのだ。
 自分達の仲間を危険に晒すようなことをして、どうするというのか。
 ミヤコの言葉に続けて、リオが口を開いた。
「そういうことだ。だが、計画を実行するためには、肯定派の存在は非常に邪魔なのだ。
どうせ俺達の計画を知れば、反対して止めようとするだろうからな。
そうなる前に叩き潰しておこうと考えていたが……」
 言いながら、リオは各所でポケモン同士の戦闘が起きている廃墟街に目をやった。
「こうも対応が早いとはな…やはり、感づかれていたか」
 否定派が肯定派のエリアに攻撃を仕掛けた時には、既に反撃のための肯定派ポケモン部隊が配置されていて、
思わぬ反撃を受けた。やはり、計画が漏れていたか――忌々しげに、リオは胸中で吐き捨てた。
「ナンセンスだ!そんなことしたら、レンジャーや警察が駆除に動き出す!
そうなったらこの島のポケモン達だってただじゃ済まなくなる……!
……確かに、君達は人間に捨てられて、辛い目に遭ったかもしれない。
でも、そんな人間ばかりじゃないってことは、リーダーである君達ならわかっているだろう!?」
 彼らとて、それはわかっている筈なのだ。そうでなければ、肯定派という派閥が出来たりはしまい。
「ええ、知っていますとも」
 九尾を揺らしながら、にべもなくミヤコは答えた。
「だったら……!」
 こんな無茶なマネはやめるべきだ――そう言おうとした折、
「ですが、人間は欲深で傲慢なイキモノです、痛い目を見ない限り、変わることはありません。
だから、力を示すことが必要なのです。暴力を以って、わからせる必要があるのです!」
「そん、な……」
 どうやらミヤコ達は本気らしい。
 このまま彼らが人間社会に攻め入れば、ポケモンの叛乱という過去に例の無い
未曾有のパニックが起こるだろう。
 そしてそれは、人間とポケモンの関係に深い溝をつくることにもなりかねない。
「そんなことしなくたって、他にも方法はあるはずだろ!?」
何とか止めなければならない――そんな思いに駆られ、アズサは声を大きくした。
「私達が『ポケモンを捨てるのはやめてほしい』と訴えた所で、聞き入れてくれると思いますか?
それに人間は、常にポケモンを下に見ているのですからね。話し合いなどしてもムダに終わりますよ」
「……!」
 反論は出来なかった。ミヤコの言う通り、確かに人間はポケモンを下に見ている所がある。
人間社会の中には、“ポケモンはトレーナーのいう事を聞いてこそ”という、
昔からの人間至上主義的な考え方もあって、ポケモンそのものの声は、あまり尊重されることはない。
 このあたりも、ポケモンが喋るようになってからは、何度も指摘され改善が望まれている部分でもあった。
「そんなことはない!世の中には、君達みたいなポケモンを保護したり、命の大切さを訴える人も多くいるんだ。
そういう人たちと手を組めば、こんなことしなくたって――――」
 そのとき、アズサは突然、巨大な黒い拳に捕まれた。
「ぐあっ!!?」
「くく……アズサよ、貴様は本当に理想的な人間だなぁ!」
 どうやら“シャドーパンチ”を応用した技らしく、アズサを掴んだ黒い拳はギリギリとアズサの体を締め上げた。
「だが世界はそう簡単には動かない。貴様の言うような人間は、ほんの一握り……
世の中を変えるほどの力は無いのだ。そんな者達に頼っても、何も変わらん!
だから我々が人間社会に攻め入って力を見せつけ、危機感を煽った方が手っ取り早いのだ。
だから……貴様には見せしめとして死んでもらいたいのだよ!!」
「う゛う……」
「それに、人間に味方する肯定派は、全て我々の敵だ!!存在自体が邪魔なのだ!
これから貴様諸共、全て葬り去ってやる!」
 黒い拳の力が強まる。今のリオ達の心にあるものは、憎しみだけだ。
「人間と解かりあうつもりは……無いのか……?」
 今のポケモンは人の言葉を話すことができ、意思の疎通は昔以上にやりやすい。
だから、話し合えば相互理解は可能なはずなのだ。
「貴様ら人間こそ、解かりあう気は無いのか?大昔と違い、今のポケモンは言葉を話せる…。
だというのに貴様ら人間は、未だ我々ポケモンを見下し、意思や主張には耳を傾けず、
下等生物扱いをする…だからその命も粗末に扱える!」
 黒い拳に、より力が込められ、ますますアズサの体を締め上げた。
アズサ達を囲んでいた否定派ポケモン達が、「そうだそうだ!!」と次々に声を上げた。
「ぐ……ぅ……」
 人間のポケモンに対する価値観が、意思疎通が出来なかった昔のままであるということも
原因の一つであろうが、そもそも人間にとってポケモンは、自分達と「全く異なる存在」である。
その「違い」が、超えられない隔たりを生み、その命の価値や重さも、
自分達人間より軽く安いものと考えてしまうのだろうか――?とアズサは思った。
 その時、ふと思い出した。
 この島に来る前、クチバシティの客船ターミナルの蕎麦屋で居合わせた、
ポケモン保護団体の代表だという男が言っていた言葉。
『人間はやがて大きな報いを受ける』
『ポケモンに対する意識を改めなければいけない時期が来ている』
それが現実のものになろうとしているというのか?
「でも……僕は……」
 しかし、彼らを止めなければならない。それに自分がこんな事の火種にされるのはゴメンだ。
何よりそんなことになれば、この島のポケモンはみんな駆逐されてしまうだろうから。
 沢山の人やポケモンが傷付くことになってしまうだろうから。
自分が初めて仲良くなった、あのポケモンのように――
 アズサの始めてのパートナーであった、あのポケモンのように――みな無残に傷つき、死んでいく。
 そんなのは、嫌だ。
 彼らの行いによって、悲しい思いをする人やポケモンも、きっと出る。
あの時のような、深い深い悲しみを、他の人やポケモンが味わうこととなる。
 だから――。
「こんなこと……させるか……!」
 苦しみながらもアズサは力強くその言葉を発した。
そうだ。こんなことをさせてはいけない――。
「……人間風情が!!」
 その言葉に激昂したリオが、空いている方の腕を振りかぶり、
シャドーパンチをアズサの顔面に見舞おうとしたときだ。
「リオッッ!!!!!」
 声が響いて、右側の廃墟の屋根上から、リジェルがリオに飛び掛った。
「チッ」
 リオが舌打ちして飛び退ると、体を締めあげていた黒い拳は消滅して、
なんとかアズサは解放される。
 同時に、アズサ達を囲んでいた否定派のポケモン数匹が、
リジェルの仲間達による攻撃を受け、次々と地に伏していく。
「お前達は今のうちに島の裏側へ逃げろ。脱出手段を用意してある」
リジェルがそういうと、部下らしい5匹のポケモンがアズサ達を守るように展開した。
「でも……」
 アズサは躊躇したが、リジェルは続けた。
「いいから行け。これは俺達の問題だ。お前がここで死んだりして、
やつらの思い通りになったら、俺達だって困るんだ。こいつらの企みは、なんとしても俺が止めてみせる」
「……」
 確かに、こんな所で死ぬわけにはいかない。
何か力になれればと思ったが、この状況ではリジェルの足を引っ張るだけだと思えた。
 リジェルのことは心配だが、ここは彼の言う通りにしようと思った。
「わかった……気をつけて」
「言われなくても……! お前こそ気をつけろ。リオの手の者が、あちこちに潜んでいる」
そういって、リジェルは左手でこちらに何かを放ったので、アズサは慌ててそれを受け取った。
「これは……」
 いつもアズサが携帯していた、見慣れたスマホ型のポケギアだった。
「僕のポケギア……いいのか?」
「ここで死ぬよりかはましだろう……それで助けを呼べ」
 そういうとリジェルは、「ミィカを頼むぞ……」と一言付け加えた。
「う……うん」
 アズサは首肯すると、数匹の子ポケを抱きかかえて、座り込んで呆然としているミィカの
手をとって立ち上がらせる。その光景はリジェルにとって何となく癪に障り、顔を顰めたが、
今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
 仲間数匹に護衛されながら、アズサ達が島の裏側へと向かい始めたのを確認すると、
リジェルは残されたリオとミヤコ、そしてその仲間達の方に向き直った。
「さて……そういうことだったのかミヤコ…肯定派代表のお前が、否定派代表のリオとつるんで、
こんなことを考えていたとはな。これまでお前を信じてきた肯定派の仲間達を裏切るつもりなのか?」
「……ええ。見損ないましたか?」
「当然だ。それに先代は、こんなやり方は望んではいなかった」
 そういいつつ、リジェルは攻撃のために『骨』を波導で形成する。
 冷笑を浮かべるミヤコからは、激しい憎悪の波導が放たれていた。
いつもの温厚な彼女とは思えない、ドス黒い波導だった。こんな彼女は今まで見たことがない。
(今までずっと憎悪の波導を隠していたというのか……?)
 ルカリオであるリジェルには、波導を感じ取る能力がある。にも拘らずこれまで感じ取れなかったという事は、
ミヤコは上手く波導を制御していたとしか考えられなかった。波導使いでもない種族が、
波導を制御できるとは……ミヤコはいつ、どうやってこんな力を身に付けたのだろう?
「……お前達、俺達を育ててくれた先代の事を忘れたのか?先代はああ見えて暴力は嫌いだった……。
力に物をいわせる組織を望んでいたわけではない。お前らがやっていることは、先代の意に反することだ!
ミヤコ……何故こんなことをするんだ!?」
「フン……こうしなければ、人間は理解出来ません!それほどに愚かで傲慢な生き物なのですよ!」
「我々が腐った人間どもに鉄槌を下さなければ、何も変わらんのだ!!」
 リオが再び拳を構え、攻撃姿勢を取った。
「丁度いい。リジェルよ、人間に味方するのなら、貴様にも消えてもらう。
それに……貴様はいつもいつも、何かと俺に口を出し、邪魔をしてきた。それも今日限りにさせてもらう!」
 その言葉とともにリオは突進してきて、“雷パンチ”を放ってくる。
「チィ……!!」
 回避行動を取りつつリジェルは舌打ちをした。わかってはいた事だが、
ミヤコは炎タイプでリオはゴーストタイプ。格闘と鋼タイプを持つ自身とは相性で不利だ。
ゴーストタイプにはそもそも格闘技は効果が無い上に2対1という状況だ。炎タイプ対策になる
“ボーンラッシュ”を覚えてはいるものの、苦戦は必至だろう。
「残念ですよリジェル…私達は、ほとんどが似たような境遇のポケモン…仲間だと思っていたのですが…」
 相変わらずの冷笑顔で、ミヤコは言う。それはこちらも同じだ。この島のポケモン達のために、
日々尽力してきたというのに、コイツは……こんなヤツだったとは!
「ミヤコ……お前はそんなに、人間が信じられないか!」
 リジェルは、声を荒げた。
「当然です!!」
 ミヤコは九尾を持ち上げ、“大文字”の発射姿勢を取る。
「人間には不必要とされ見向きもされず、野生社会では人間と共にいたポケモンと認識され、
受け入れてもらえない。捨てポケモンのいく場所は、どこにもないんです!」
「……だったら、この島で、静かに暮らしていればいいだろうに!」
 人間との接触を絶って、仲間達とだけで静かに暮らしていればいい。
こんな怨念返しなど、仲間を危険に巻き込むだけの無謀な行動だ。
「この憎しみを……人間にぶつけなければ、私達の意思を示さなければ、
世の中は何も変わらないんですよ!私達のようなポケモンは救われないんです!!」
 叫んで、ミヤコは“火炎放射”を乱射してくる。
「人間の傲慢さが取り払えないかぎり、私達のような不幸なポケモンは、
次々と生まれ続けるんです!私達は、それを止めたいだけなんです!
ですが先代の決めた方針では、それは不可能なんです!
やはり力を振るわなければ、ダメなんです!」
 ミヤコの憎悪の中に、悲しみの波導も混ざり始めたのがわかった。
決意は固く、説得はできそうもない。
 自分も捨てられたポケモンであったから、気持ちは、わかる。
だが、そんなやり方では、人間達に反感を抱かせ、
対立を深めるだけだ。なんとしても、ミヤコ達の暴走は止めなければならない。
(先代……俺は、戦います!!!)
 決意と共に、リジェルは手の中の石をぐっと握り締めた。
その時、リジェルの体は赤い光に包まれた。
「な……!!?」
 突然起きたその光景に、ミヤコは目を剥いたが、
次の瞬間には視界がブラックアウトし、彼女の意識は飛んでいた。

闇の海 

 闇夜の空を、数匹の飛行タイプポケモンの群れが進んでいた。
それはムクホークやケンホロウといった鳥ポケモンから、
ヤンヤンマやストライクなどの虫グループ、など様々なポケモンがいた。
「……おい『テムリ』! チンタラ飛ぶんじゃない!!」
 そう怒鳴ったのは、先頭を行くポケモン『グライオン』だ。
部隊長である彼は、一匹だけ遅れて隊列から離れつつあった部下の『カイリュー』に檄を飛ばした。
 彼らは、否定派の飛行ポケモンだけで編成された哨戒部隊で、
海賊行為を行う戦闘部隊の援護や、島周辺の哨戒飛行を主な任務としていて、
今はリオの命令で、解放され戻ってくるという仲間たちの確認と、その始末に向かっていた。
「すいません!」
「まったく……」
 カイリューの『テムリ』は謝罪しつつ慌てて隊列に戻ると、グライオンは顔を顰めつつ前方に向き直った。
(動きもトロいし、よくドジはやるし……本当にこいつ、ドラゴンタイプなのか?)
 テムリはまだ部隊に加わって日も浅く、よくミスを犯すために、
部隊長グライオンにとっては、悩みのタネになっていた。
 おまけに彼は動きも遅く、訓練バトルではすぐにやられてしまったりと、
ドラゴンタイプらしい強さを発揮しているのを見たことがなかった。
 そして、今回テムリは初めての任務参加でもあった。
本当なら、まだ訓練をしてなければならないレベルなのだが、
どうしても参加し、任務を経験してみたいと申し出たので、グライオンは、
戦闘行為に加わらないことを条件に渋々許可した。
 今回の任務は、もしかしたら人間相手の実戦になる可能性もあるのだ。
もしそうなれば、そのテムリの愚鈍さがチーム全てを危険に晒すことになりかねない。
(もし、実戦でも足を引っ張るようなら、俺が打ち落としちまうぞ……!)
 胸中でつぶやきつつ、グライオンは横目でカイリューを睨みやった。


「……ここでなにか成果を挙げなきゃ、ぼくはみんなにバカにされたままだ…」
 群れの最後尾を飛びながら、カイリュー――テムリは独りごちる。
 テムリは焦っていた。
 彼は動きの鈍さからよく、仲間からドジだマヌケだと罵られ笑われ、
部隊長グライオンからはいつも怒鳴りつけられてばかりだった。
 この初任務で、いい結果を出さなければ最悪の場合お払い箱にされるだろう。
そうなってしまっては、今は亡き母に申し訳ない。
 もともとこういう事が自分に合わないのはわかっている。
テムリはこの島に来る前までは母と二人で山奥の穴倉でひっそりと暮らしていた。
母は人間に捨てられたポケモンだったが、辛く苦しい日々のなかで、幼い自分に愛情を注いでくれた。
 にもかかわらず、人間達は環境保護の名の下に、母を奪った。
許せなかった。憎かった。大好きな母を奪った人間が憎かった。
 その後、行き場をなくし彷徨っていた彼は海賊に拾われたが、
胸の中に残った人間に対する憎しみは、いつまでも消えることがなかった。
 そんな折に、リオの計画を聞きつけ、それに賛同し、この部隊に入れてもらった。
これで母を奪った人間達に復讐することができると、意気込みもした。
だというのに、よい結果を出せず、仲間達にバカにされたままなのは情けないし、悔しい。
これが汚名を雪ぐチャンスでもあると考えて、テムリは参加を申し出たのだった。
よくミスを犯しはするが、これまで訓練は重ねてきている。やれないことはないはずだ。
(今回こそ頑張ってみせる!もうだれもバカになんかさせない!)
 そう決心して、テムリは手を握り締めた時、部隊長グライオンの声が響いた。
「あれだ!」
 前方の海に、一つの光点が見えてくる。
ポケモンの“フラッシュ”によるものらしく、点滅を繰り返している。
どうやらあれが、解放された仲間達であるらしい。
「……お前ら、降りるぞ」
 そういうとグライオンは、その光点に向かって降下を始めると、
テムリを含めた部下達もそれに続いた。彼らに非情な事実を告げるために。


 タクヤ達を乗せたポケモンレンジャーの赤いクルーザー、
『ヒノヤコ丸』は、泳がせた海賊を追って、夜の海を進む。
「アサギシティを出てからもう3時間か……」
 暗い船内でポケギアのデジタル時計を見つめながら、タクヤは呟いた。
 ヒノヤコ丸は、海賊達に追跡を気取られぬよう、彼らと数キロの間を空けつつ、
全照明が消された状態で海上を進んでいた。海上では遮るものが何も無いために、
光を放っていようものならすぐに気付かれてしまう可能性があるからだ。
そのためにヒノヤコ丸の操舵室内は、闇に包まれており、
各種モニタや操舵系のランプ類といったものだけが、淡い光を放っていた。
また、この辺りの海域は岩が多く、夜間なためによく見えないが、
目を凝らせば、あちこちに大きな岩が海面に突き出ているうえ、
岩礁も多いので一歩間違えれば事故を起こしかねない危険な場所だった。
ライトも使えないため、操舵手はしきりにレーダーモニターに目をやって岩の位置を把握しつつ舵を切っている。
「長いですね……いつになったら着くんでしょうか」
 隣に座っていた手持ちのキノガッサ、ララが言う。
「さあな。根城の場所次第だ。もしかしたら、イッシュ地方とかカロス地方とか、
そういう遠い所かもしれないしな」
そういってタクヤが小さくため息をつくと、対面に座っていた女性レンジャー、シミズの声が言った
「それはないと思うわ」
 彼女は、手元の端末で何らかの作業を行っていた。
「ここ最近の海賊たちが起こした事件は、カントーにジョウト、ホウエン、シンオウと、
主にこの4地方の海で起きているわ。イッシュやカロスでも事件が起きているという
話は、全然聞かないもの。向こうでも同じような事件があれば、レンジャーネットにもそういう情報が
流れるはずよ。
それに、海賊のポケモン達は種族も様々。そんな彼らが、水ポケモンに乗っただけで、
海を越えた遠い遠い所にあるイッシュやカロスまでいけると思う?」
「いえ……」
 タクヤは否定した。
 カントーとジョウトからは、イッシュ地方やカロス地方はあまりにも遠すぎる。
水ポケモンが自力で移動できる距離ではないのだ。
 それに海の上では、飲み水や食料などの問題もあるし、
水ポケモン以外にとっては、とても厳しい航程になるだろう。
人間が、充分な準備もせずイカダで海を渡ろうとするようなものだ。
 すると、ジムスが口を挟んだ。
「ってことは、あんな方法でも辿り着ける範囲に、海賊の本拠地があるってことかな?」
「そう考えるのが妥当ね。それにこのあたりの海域は、ナナシマ列島も近くて、無人島も幾つか点在しているし、
彼らが根城を設けるにはもってこいの場所だわ。だから、そう遠くないうちに、彼らの根城に辿り着けるはず――」
 そういったとき、急にクルーザーのエンジンが停止し、喧しいエンジン音がやんで、操舵室内は静寂が訪れる。
「どうしたの?」
 シミズが、操舵手の傍らに立って、電子望遠鏡で前方を監視していた男性レンジャー、センザキに尋ねる。
「連中の動きが止まった」
 その言葉に、シミズは海賊達の位置を示している端末を見やった。
確かに、海賊達は動きを止めてその場に留まっているようだ。
「それで、どうなの?」
 すると、センザキは持っていた電子望遠鏡を差し出してきたので、シミズはそれを受け取り、
同じように前方を見やった。
この望遠鏡はポケモンレンジャーのみに配られる特別製で、最大望遠にすれば10キロ先まで正確に
見渡せるほか、熱感知センサーも内蔵している便利なものだ。
「……?」
 よく見ると海賊たちは、どこからか飛んできたらしい無数のポケモン達と揉めているようだ。
声は遠すぎて聞こえないものの、先頭にいるニューラとグラエナが、険しい形相で怒鳴っていた。

テムリ 

「戻ってくるなってどういうことだよ!」
「そうだそうだ!」
「島に帰らせろよ!」
 マンタインの背に乗ったニューラが声を荒げると、それに続いて他のポケモンたちからも抗議の声が上がる。
「リオ様の命令だ。仕方ねぇだろう」
 飛行部隊のオニドリルがそう言ったが、それだけでは誰も納得しそうになかった。
「理由はなんだ?何で戻っちゃいかんのだ!?」
「連絡は行っているハズだぞ!?」
「俺達ゃやっとの思いで帰ってきたのに!」
「そーだ説明しろ説明!」
 オニドリルが五月蝿く怒鳴る彼らの対応に困っていると、
部隊長のグライオンが前に出て、口を開いた。
「まぁ落ち着けや。リオ様が言うには、お前らは人間共に尾けられてる可能性があるらしいんだ」
 それを聞いたニューラたちは、一瞬静まり返ったが、また口々に言葉を発した。
「は……はぁ? 俺ら、特に何もされなかったぜ!?」
「発信機らしいものは付けられなかったし…」
「俺、後ろをちょくちょく確認してたけど、それらしいヤツは見えなかったぜ?」
 心当たりが無いことを主張する彼らに、グライオンは告げた。
「何もされなかったってことはないはずだろ? 人間に治療だってされたろうし、
食い物だって与えられたはずだ。それに発信機の類は、何も体外に取り付けられるとは限らねぇ。
体の中ってことも充分にありえる。たとえば、食べ物にこっそり仕込んであったりとかな。
それに発信機があれば、人間は何処にいたって、その居場所がわかるんだ。
人間の姿が見えなかったからって、追われていないと考えるのは甘ぇよ」
 思い当たる部分を指摘されて、彼らの間にどよめきが起きる。
「そういえば……俺らは尋問をうけたけど……それ以外には特に何もされなかったな……」
「出されたメシも何回か食ったし……」
「……まさか俺達……泳がされてたってのか……?」
 彼らの顔が見る見る青ざめていく。
「だ……だけどよ!? 今から他の所へ行けったって、俺らをここまで乗せてきたマンタイン共は
もう体力が限界なんだ。おまけに食い物だって、ろくに持ってねぇ!! 頼むから島に戻らせてくれよ!」
 いくら海を自由に泳げる水ポケモンとはいえ、長距離を泳ぐには体力が必要だし、複数のポケモンを
背中に乗せてきたのだ。体力の消耗も半端ではない。
 真摯に訴えるニューラに、グライオンは渋面を作って言った。
「うーん……島に戻すと根城がバレるかもしれねぇ、かといってこのまま
漂流させとくのも可哀相だし……仕方ねぇな」
 グライオンの言葉に、ニューラたちの表情がぱぁっと明るくなった。
 だが――
「なら、お前らには“エサ”になってもらう」
 そういって、グライオンはニューラに“ギガインパクト”を放つと、
部下達も一斉に攻撃を開始した。


 その様子は、数キロ離れたヒノヤコ丸からも肉眼で見ることが出来た。
火球が次々に発生し、辺りを明るく照らしていく。
望遠鏡で様子を見ていたシミズは、驚愕に目を剥いた。
 同時に、海賊達の位置を示していたシミズの端末に、信号途絶のサインが次々と表示される。
発信機は海賊達の腹の中。それが機能を停止したという事は…
「そんな……海賊達が!!」
「……? 連中が引き上げていくぞ」
 シミズが悲痛な声をあげると、センザキはシミズから望遠鏡をひったくるようにして、
自分も前方の様子を眺める。するとニューラ達を攻撃した飛行ポケモンの集団は、
次々にどこかへと飛び去ろうとしていた。
「仲間割れか……?!」
「わからないけど、まだ生きているポケモンがいるみたいよ!とにかく行ってみましょう」
 タクヤの問いに、シミズが端末を見せながら言った。
ほとんどの発信機は信号途絶状態だったが、まだ無事な表示も残っており、
生存者がいるらしかった。

 現場に辿り着くと、その状況は酷いものだった。ポケモン達が血を流し、力なく波に揺れていた。
ほとんどのポケモンはピクリともせずこと切れている。その中にはあのニューラの姿もあった。
「ひどい……」
 様子を見ていたリエラが、思わずそう漏らした。リエラにとってこんな陰惨な光景は、初めてのものだった。
 と、その時ルーミが声を上げた。
「見て!あそこ!」
 そういって、ルーミが指した先には、一匹の黒いポケモンが漂っていた。
 それは、ニューラと共にマンタインに乗って先頭を進んでいたグラエナだった。
呻き声を上げており、まだ息があることがわかる。
「まだ生きてる!船を寄せて!もっと右に――」
 そう叫んだシミズの声は、何者かの声によって途切れた。
「思ったとおりだな」
 その声と同時に、先ほど去っていったと思われていた飛行ポケモン達が、
あちこちにある岩のかげから次々と姿を現す。
 声の主は、リーダー格のグライオンだった。
グライオンは堂々とした姿で、こちらを見下ろしながら嘲笑を浮かべていた。
「エサに釣られて、まんまと姿を現しやがった。やっぱり尾けてやがったか」
 全員が、絶句した。
「やっぱ人間は油断できねぇな…姑息で汚ぇ、最悪の連中だぜ」
 そのグライオンの言葉を聴いて、リエラが声を荒げた。
「な、何がよ!仲間を殺めるアンタの方が、よっぽど姑息で卑怯じゃないの!」
 彼らは捕らえられていても、仲間のためを思って決して口を割らなかった。
そんな彼らを裏切るような仕打ちをしたグライオン達に、リエラは激昂した。
「キミツホジってやつさ。俺だってこんな事したかない。こうしなきゃ、
俺らの根城がバレてしまうし、そうすればほかの仲間も危険になる。
現に、お前らはこうして尾けてきていたわけだしな。やむを得ない犠牲なんだよ」
 グライオンは気楽な様子で言ってのける。
 ウソだ。とリエラは思った。本当に仲間の事を気の毒に考えているのなら、こうも軽々しい態度でいられる
ハズがない。このグライオンの本心には、相手を見下しているような部分がある。
 その予想は、次の言葉で明らかとなった。
「まぁでも、あいつらは人間に捕まるようなヘマをやらかした上に、
根城の場所までバレそうになっているんだから、こうなって当然なんだよ」
 その言葉に、リエラはカッとなった。それが、仲間にかける言葉か――!
「アンタぁ!」
「なぁに怒ってんだぁ? ミスを犯したヤツは罰せられる。当たり前の事じゃねーか」
 だからといって、殺すことは無いだろうに。お前達は、仲間ではないのか――!?
 リエラは歯を食いしばった。
「ま、どうにかここまで来れた様だけど、残念だな。
お前らは、大方あの人間を助けるのが目的なんだろうが、もう遅ぇ。
あの人間は、俺らの計画の生贄になるんだからな」
『!!』
 あの人間――間違いない。連れ去られたアズサのことだ。
「あなた……アズサさんを知ってるの!? どこにいるの!?」
船の舳先に飛び出して、ルーミが声を大にして尋ねるが、
 グライオンは鬱陶しそうに顔を顰め、蔑むような目線をルーミに向けた。
「まったく、これだから人付きのポケモンってのは……!」
 そういうとグライオンは、おもむろに右手の鋏で、ギガインパクトをルーミへ向けて放とうとした。
「え……?」
 開かれた鋏に破壊のエネルギーが収束していき、ルーミを粉々にせんとする。
「ミリィ!“シザークロス”!」
 タクヤの指示が飛び、ザングースのミリィが舳先の手摺を蹴って高々と飛び上がると、
グライオンの顔面に×字を描き、グライオンはよろめいた。
 どうにか攻撃を阻止することに成功し、ルーミが粉々になることは避けられた。
「う……」
 攻撃を受けたグライオンは、片手で顔を抑えつつ、憤怒の形相となる。
人間が……人付き風情がこの自分に手を上げ、傷を付けるなど、断じて許せない。
「やれよッッ!!」
 吼えてから、グライオンは部下達に攻撃指示を出した。
指示を受けた複数の部下が、船の舳先のタクヤ達を狙い、次々に技を放った。
ピジョットが“エアスラッシュ”を飛ばし、ムクホークが“ブレイブバード”で突っ込み、
牡のケンホロウが“エアカッター”を放つ。
 次々に攻撃が小型の船に襲いかかる、その貧弱な船体はそれだけで切り刻まれ海の藻屑となるだろう。
「フン……」
 その光景を見て、グライオンは鼻を鳴らす。
ここでこの人間どもを始末してしまえば、島の秘密は守られて、リオを筆頭とした計画は、
人間どもに漏れることなく進めることができる。
 ざまぁみろ――悦に入ったグライオンが、口の端を吊り上げた時だった。
「……あ?」
 突然発生した水の壁が、大きな波となってグライオン達を飲み込み、押し流していった。

レンジャーポケモン 

 突然、グライオン達を押し流した大波に、リエラ達は驚きを隠せなかった。
「な、何が起こったの!?」
「今のは“波乗り”? いったい誰が……」
 そう呟きつつ、タクヤはあたりを見回していると、見慣れないポケモンが一匹、
瀕死状態のグラエナを抱えて近くの岩の上に立っているのが目に入った。
そのポケモンは、人間やポケモンが食べるお菓子、『ポフレ』にも似ていて、
非常に可愛らしい外見をしていた。
「あれは確か……『ペロリーム』?」
 資料で見たことがあった。確かカロス地方に生息していて、
その優れた嗅覚で料理人などのサポートを行っているというフェアリータイプのポケモンだ。
すると、タクヤの背後から声がした。
「ふぅ……どうにか間に合ったようね」
 その声の主は、シミズであった。彼女は“ハイパーボール”を手に、
すぐに控えのポケモンを繰り出せるように構えを取っていた。
「あれ……シミズさんのポケモンなんですか?」
「そうよ。私のパーティのエース『ぷっち』よ」
 シミズがそういうと、岩の上にいたペロリーム――ぷっちは、グラエナを抱えたまま、
船の上に飛び移ってくると、
「どうも。『ぷっち』ですりむ」
 と、何やら変な語尾がついた言葉で、タクヤたちに向けて軽くお辞儀をした。
「でも……敵はまだ残っているわ!!」
 そういうとシミズは、唯一攻撃から逃れて残っているカイリューをにらみやった。

反撃 

「ひ……!」
 テムリは恐怖し、体を震わせた。
 そんな…あれだけの数のポケモンを、波乗り一発で一掃してしまうなんて。
 彼は、群れの後方にいたために、間一髪で波乗り攻撃を受けずに済んだが、
仲間を全て一掃され、いつも自分を怒鳴りつけていた隊長グライオンは、瀕死状態で海面に浮かんでいる。
 自分ひとりになってしまった。
 しかも相手には、大の苦手なフェアリータイプがいる。
 勝てない。
 勝てるわけがない。
「あ……あ……」
 怖い。逃げ出したかった。
「……!!!」
 そうだ。隊長は戦闘に参加しないことを条件に同行を許してくれたのだ。
それに、帰還組みを始末できた段階で、人間たちは根城を突き止める術を失ったのだ。
ここは戦わず逃げ帰れば、助かることができるではないか。
そう考えて、テムリは逃げ出そうとしたが――
 いや、ダメだ。
今ここで自分が島に逃げ帰れば、この人間たちは自分の後を追ってくるに決まっている。
それに、ここで尻尾を巻いて逃げ出せば、自分はまたバカにされ、非難されるだろう。
 もう、戦うしかないのだ。
 仲間は全員戦闘不能。怖いが、ここで自分がこの人間たちを斃すしかないのだ。
 自分が、やるしかないのだ。
そう考えて、テムリは体を震わせつつも小船の上にいる敵たち睨む。
「……!」
 その時、船の上にいる赤い服の人間に気付いたテムリは、目を剥いた。
その服の人間は、見たことがあった。
 忘れるはずもない。
 環境保護の名の下に、自分の愛する母を奪った、赤い服の人間(ポケモンレンジャー)達――。
「ゆるせない……」
 あいつらだ――あいつらがママを!! 大好きだった、やさしいママを、無慈悲にも!
「グオァアアアアアアアアアアアア゛」
 今こそ復讐の時。咆哮とともに、テムリは目の前の小船に突進した。


「何だ!!?」
「みんな中に隠れて!!」
 タクヤとシミズが同時に叫ぶ。
逃げ腰だったカイリューが急に襲い掛かってきて、リエラ達は大慌てで船内に逃げ込む。
その直後、振り下ろされたカイリューの“ドラゴンクロー”が、ヒノヤコ丸の天井の一部を抉り取った。
「うわ!」
「キャッ!」
 左舷側の窓ガラスが残らず砕け散り、リエラたちの悲鳴が上げる。
「くそっ!このままじゃあ……」
 そういうと、ジムスが抉れた天井の裂け目から身を乗り出していたので、リエラが尋ねる。
「何をする気!?」
「ボクも戦う! ボクの一撃技なら……!」
「無茶よ! こんな状況じゃ……」
「こんな状況だから、やるんだよ!!」
 静止しようとしたが、ジムスはそれだけいうと、屋根の上に上がっていった。

「ぷっち!“マジカルシャイン”!」
「了解りむ!!」
 シミズの指示に、ぷっちは身構えると、短い腕の先から眩い光を放った。
「ぐぁあああ!!」
 回避行動をとる間もなく、テムリはその光に肌を焼かれる。
 負けるか。こんな連中に負けてたまるか!
その思いが、テムリの心を奮い立たせ、弱点技の痛みも多少は我慢できた。
 ここで、この人間どもを斃すことができれば、みんな自分を見返すし、死んでしまった母も喜ぶ。
だから、ここは絶対に負けられない!!
「うおおお!!!」
 叫んで、テムリは船上にいる赤い服の人間を押しつぶそうと、尻尾を振り、叩き付けようとしたときだった。
身も凍りつきそうな水色の光線が、テムリの顔を掠め、頬を僅かに凍りつかせた。
(こ……氷技……!)
 これは自分が最も苦手とする、氷タイプの技だ。テムリは戦慄して、体を震わせた。
ヒノヤコ丸に目をやると、壊れかけた屋根上に、一匹のドーブルが、膝撃ち姿勢で尻尾を
こちらに向けて構えていた。その右目には、赤いマーカーが表示され、
こちらを“ロックオン”しているのがわかる。
「……おっと、迂闊なことはしないほうがいいよ?こいつは一撃で戦闘不能になる技だからね。
できればおとなしく、君たちの根城に案内してほしいんだけど。カチンコチンになりたくないでしょ……?」
 不敵な笑みを浮かべて、ドーブル――ジムスは告げた。
「こ、この――!」
 このドーブルは……こいつは……なめているのか? この自分を?
弱点の技で、しかも必中状態になっているにもかかわらず、わざと狙いを外していた。
 許せない。バカにしやがって――!!
「なめるなぁあああああああああああ!!」
 激情に駆られ、テムリは屋根上のジムスに“ドラゴンクロー”を仕掛けようと接近した。
しかしそれより素早く、ジムスは屋根を蹴って高々とテムリに向けて跳躍した。尻尾の先端に冷気を収束させ、
よく使う“零度剣”を形成し、一気に突きおろそうとする。
「……! ぅあぁぁああ!!!」
 苦手なタイプの、しかも強力無比な技に、テムリは思わず涙を浮かべて絶叫した。
恐怖のために反撃どころか体を動かすことも出来なかった。
 が、しかし……その冷気の刃が、テムリの体を凍りつかせることはなかった。
僅かに冷たかっただけで、ジムスはテムリの体にどん、とぶつかって弾かれ、海面へと落下を始める。
「……え?」
 “絶対零度”が効かない――?ジムスは間の抜けた声を出した。
驚きの表情のまま、ジムスは引力に身を任せて落ちていく。
「この……バカにするなぁあああああああ!!」
 涙目で叫んで、テムリは落下するジムスの背中に“ドラゴンテール”を叩き込んだ。

激昂 

 勢いよく海面に落ちていくジムスだったが、横から飛来した別のポケモンに救われた。
緑色の体で、目の周りには特徴的な赤い防塵レンズを持つ『フライゴン』。
タクヤの手持ちの『ライゴ』だ。
「ナイスだライゴ! よくやった」
 タクヤの声が響くと、ライゴは船にジムスを下ろした。
「なんで……? どうして……?」
 何故効かなかったのか理解できず、呟き続けるジムスにタクヤは告げる。
「多分、あのカイリューはお前よりレベルが高いんだ。
絶対零度とかの一撃必殺技は、相手よりレベルが低かったり、
相手の特性が“頑丈”だったりすると、そもそも効果がないんだ」
「えぇ!? そうなの!?」
「知らなかったのか?」
 ジムスの驚きぶりを見るに、どうやら本当に知らなかったようだ。
(アズサ君は、ちゃんと説明していなかったのかな……?)
 そう思いつつも、タクヤは宙に浮かんで体を震わせるカイリューに目をやった。


 人間のポケモンの前で、仲間を全滅させられ、こんな情けない姿を晒され、プライドもぐしゃぐしゃにされた。
なめやがって。人間め! 人付きめ――! 絶対に生かしてはおかない!
「うああああああああああ!!」
 テムリは怒りと羞恥心に身を任せ、“ドラゴンダイブ”でヒノヤコ丸に襲い掛かった。
それと同時にタクヤは、ボールからポリゴンZのフィースを繰り出し、間髪いれず指示を出した。
「フィース!“サイコキネシス”!!」
『了解』
 合成音声の返事と共に、フィースの目が光ると、テムリはまるで空中に磔にされたかのように動きを止めた。
「ぐ……!?」
 テムリは手足を動かそうとしたが、まったく動かすことが出来ない。
高威力の念動力で、その動きを封じているのだ。
「動きは封じた。大人しく根城に案内してくれるのなら、これ以上の危害は加えない」
 タクヤが、動けないテムリに向かって言い放った。
このままでは負けてしまう。恥をかかされた上に敗北するなど、冗談じゃない。
こいつらは母を奪ったのだ。そんな連中には、絶対に負けられない。負けたくない。
人間なんかに、負けるものか――。
「うおおおおおおお!!」
 テムリは気合いと共に、全身に力を込めて、念動力の拘束を解く。
「何!!?」
 タクヤは驚き、思わず声を出した。
フィース――ポリゴンZの特殊攻撃力はかなり高い方である。
ダメージを与えないようにしていたとはいえ、強いサイコ・パワーの拘束を破るとは!?
「消えて無くなれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
 絶叫して、テムリはタクヤめがけてドラゴンダイブで突っ込んでくる。
人間がポケモンの技をまともに受けたら、ただでは済まない。
「フィース! “サイコ……」
 咄嗟に攻撃を指示したが、カイリュー…テムリはもう眼前に迫っていた。
間に合わない。タクヤが反射的に、両手で防御体制を取った時――
 強烈な光が奔り、今まさにタクヤに襲いかかろうとしていたテムリを飲み込んだ。
シミズのペロリーム、『ぷっち』が放った“マジカルシャイン”だった。
 フルパワーで照射された光はテムリを吹き飛ばすと同時に、その体を満遍なく焼き、
翼の皮膜をも焼失させて、彼の飛行能力を完全に奪った。
「ぅあ゛……」
 あとは、引力に身を任せて落ちるだけだ。
このままでは人間に負けてしまう。嫌だ。
「うあああああああ!!!」
 大ダメージを負いながらも、テムリは血走った目をタクヤたちに向け、
口をあけて“破壊光線”を放とうとした。
 絶対に、ここで斃す!それが出来なくとも、せめて一矢報いてやる。
そう思った時、先ほどドーブルを救ったあのフライゴンが眼前に現れ、その短い右腕をテムリに振るった。


 主の危険を感じてテムリに接近したライゴは、“ドラゴンクロー”を放った。
 その爪は、テムリの左肩から右脇腹までを深々と抉り、テムリは致命傷を負った。
内蔵にまでダメージを負ったらしく、夥しい量の吐血が、彼の視界を埋めた。
「人間に……負けちゃう」
 頭を下にして落下しながら、テムリは呟いた。
死ぬのは怖い。死にたく無い。が、それ以上に、悔しくて仕方がなかった。
出血もそうだが、涙も止まらなかった。
「ママ……悔しいよ……頑張ったのに……死んじゃうよ……嫌だよ……こんなの……」
 こんなことじゃ、ママは喜ばない。きっと悲しむに決まっている。
血にまみれた震える手を、空に浮ぶ大きな月に伸ばす。
 すると、輝く月に、亡き母であるハクリューの顔が浮んだ。
その顔は、満足げに微笑んでいるように 見 え た。
「マ・マ……」
 もうすぐ、ママの所にいけるんだ――
 テムリは、愛する母を呼びながら海に没して、その命を終えた。

覚醒 

「く……」
 リオは、傷ついた体で、6番坑道の遺跡へとやってきた。
まさか、リジェルにあんな秘めた力があろうとは。
リジェルのあんな姿は初めて見た。
 確か、カロス地方では、戦闘時にのみ姿を変えるポケモンがいると聞いていたが、
それがよもや、リジェル…ルカリオだったとは。
 並みの力では、通用しそうにない。
「仕方があるまい……」
 ここは、切り札を使ってでもやつを倒さねばならない。
そう思って、リオは、目の前に佇む3体の石像に目をやった。
「……目覚めよ石像達!目覚めるのだ」
 大仰に、リオは石像に向けて両腕を広げた。
すると、石像の『顔』と思われる点の部分に光が点り――
「…じ じ ぜ じ ぞ…」
「…ざ ざ ざり ざ…」
「じゃきーーーーー!!」
 鳴き声とも、ノイズとも思える音が遺跡内に響き渡り、
3体の石像――否、3匹のポケモン達が、覚醒した。
                         ―続く―


前回から数ヶ月…久しぶりの続きになります。
今回はXY発売と、新タイプやメガシンカの追加もあり、それにあわせてシナリオを大幅に
書き変えざるを得ず、途中登場するカイリューのキャラ付けも、かなり変更せねばならず、
「ああでもないこうでもない」と、考えているうちにまたかなりの時間がかかってしまいました。
また、新ポケモンとフェアリータイプを使ってみたく、今回気に入った新ポケモンのペロリームを
登場させてみました。ヌメルゴンあたりも出したかったのですが、それはまた次回以降になりそうです;

何かありましたら↓

最新の5件を表示しています。 コメントページを参照

  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  • 助けてくれた人に試すような行為をし、寝不足疲れを与えるのがセレビィの恩返しなのかね……?伏線は回収されたものの結局何がしたかったんだよ……ジムスにもやっと春がきたんですね!よかった。するとあのリーフィアが6体目の可能性もあるのかな?やっぱパーティにイーブイ系一匹はいて欲しいものだと思いますから。 --
  •  セレビィは幻のポケモンなため色んな人間に狙われるので人間を信じられないため、
    仰るとおり主人公を試しただけで、その過程でガブリアスに関することが「偶然」判明したため、
    最後にああ言った……というわけなのです。
     ジムス君にもやっと恋の相手が出来ましたが、6匹目は果たしてどうなるのか……?
     コメントありがとうございました。これからも頑張ります。 -- かまぼこ
  • リエラアアアアアアアアアアどうしても死なないといけなかったんですか……なんかめちゃくちゃで先が読めない。なにがなんだか…… -- ?
  • 御三家キャラは重要で本来退場すべきキャラではないのですが、それだけ大事な者を
    失うという展開を入れることでインパクトを持たせつつ、この展開が後の展開に繋がる
    重要な出来事になるよう退場となりました。先が見えない展開になってしまいましたが、
    よかったらこの先も見てくれると嬉しいです。コメントありがとうございました。 -- かまぼこ
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Last-modified: 2014-02-13 (木) 12:15:00
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