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Luna-7

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「広すぎるんじゃないのこれ?」
「いや、そうでもない。しかしポケモンの同伴に制限が無いというのはなかなかやるな、ホエルオーでも連れ込んでみたい所だ」
「マスター、流石に同意できません」

結局ホテルで一部屋取って、風呂も浴びてさっぱりして布団の柔らかさを堪能しぐっすりと眠っていたというのに、
今日は買物するぞ、と起こされたのが半刻前。いや、別にそれ自体は良いんだけど、眠れる時にしっかり眠っておきたいからさ。
寝ぼけ眼で郊外の大型店に脚を運んだはいいものの、広大な敷地にずらっと整列した商品の群れには少々驚いた。
幹線道路も通ってない、土地が安いだけの場所で商売を成功させるにはサービスと品揃えを充実させるしかない事は解る、でもちょっと大きすぎる。
ナツハの"買い物"がどの程度のものかは知らないけど、下手したら半日か一日ここで潰れるんじゃないか?

「金も下ろして来たし、とりあえず収納用のモンスターボールと携帯食を予算内に収めれば技マシンが買えるな。
 遠距離戦が出来るような技があればいいのだが」
「私の為に……嬉しいです」
「シャドーボール辺りかなぁ、売ってればいいんだけど」
「まずは私の用事を済ませてからな」

何でも売っている店は痒い所に手が届かないのに等しいと往々決まっている筈だけど、此処まで広ければその原則は適用されないらしく。
薄いクリーム色の磨かれた床板をかつかつと踏みしめて進むナツハを追えば、両側に堆く積まれた雑多な商品が嫌でも目に入る。
派手な色合いの衣服、子供に与えるような玩具、家具に家電に鉢植えの植物、テナントなのか本屋に薬局まで混在している。
並べられた商品はどれも目を引くように、自身を売り込む様に設計されているのだろうが、それはあいにく人間の視点から見た時の話だ。
成人男性の平均と比べれば圧倒的に背が足りない僕では商品の説明も下段に配置された物以外は見る事が出来ない。
臭いがそこまで気にならないのはポケモン用に無香の消臭剤でも使っているせいだろうけど、ちょっと背が低いポケモンには不親切な設計なのは否めない。
まぁ普通は人間が財布を――何を買うのかを決定する権利を持っているのだから仕方が無いか。
ポケモン歓迎と銘打っているのならその辺を少し考えて欲しいものだけど。

初めて訪れた店だろうに案内板も見ず、すいすいと陳列棚を避けてナツハは目当ての場所で立ち止まる。
其処にはこれでもかと並べられた旅行グッズが。大体の製品にモンスターボールの意匠が入っているのはやはりトレーナー用だからか。
しかしディスプレイされている帽子はダサい事この上ないのはどうした事だろうか。何で赤系のキャップしかないのさ。
デイバッグも服飾も登山杖さえ十二色以上の品揃えだったのに、何故に帽子だけはこんな偏った仕入れをしているのか理解に苦しむ。

「これだ」
「十二万八千円って……何これ」
「汎用モンスターボール、大抵の物体が収納できる。 12歳までのトレーナーは政令で大幅に割引されるのが憎たらしい。
 これがあると無いとでは持ち運べる物資の量がそれこそ段違いだから一人旅では物凄く重宝するのだが…………
 1200Lも要らんな、もうワンランク下のでも十分だが耐久性と……いやしかし買うからにはなぁ、いいものを買いたいしなぁ」

見上げれば普通のモンスターボールとは少々形と値段が違う球体が其処に存在した。
これがあれば手軽に軽装で旅が出来る様になる新人トレーナーには必須のアイテムらしいが、
値段が値段なので貧乏な上に記者だったナツハは今まで買うのを躊躇っていたそうで、それならなぜ今になって買うのかと問えば、
現在の登山用リュックでは流石にこのまま徒歩でシンオウを巡ると遠からず限界が来るからだとか。
今初めて聞いたけど、徒歩で各地を廻るつもりだったのかと。テンガン山も超えるつもりだとか何莫迦な事を云ってるのかと。

「――――――――ねぇ、聞いてる?」
「いや聞いてないがどうした?……特価品という手もあったな、保証は三年でいいから……」
「マスターがこうなったら梃子でも動きませんから、諦めて下さい」

半ば苦笑混じりで器用に肩を竦める仕草をするナッヘ、当たり前の事だがずっと傍に居ただけあって彼女を僕より良く理解しているらしい。
だからきっと今何を言っても無駄なのだろうなぁと思いつつも、真剣な表情のまま何事かをぶつぶつ呟いているナツハを見続けるのは退屈だ。
暇潰しに毛繕いをするにしてもこんな場所で抜け毛を撒き散らしたら営業妨害だろうし、何もする事が無いのはなかなか精神的に苦痛
なんだけど、
かといって特にしたい事もない。人間の様にウインドゥショッピングと洒落込もうとしても正直見上げ続けると首が痛くなるので、

「ねぇナッヘ、暇なんだけどどうすればいいと思う?」
「ポケモン用品売り場にでも行けばいいんじゃないですか」
「……迷いそうな気がするんだけど」
「運が悪ければマスターは一時間はこのままだと思いますが、それでも待ちますか」
「一匹で出歩いてて迷惑にならないかなぁ」
「煮え切らないんですね、もっと思い切りが良くないとモテませんよ」
「この文脈でその会話は少しおかしいよね、繋がってないよ」
「マスターとなら通じます」

仕方なく会話を楽しむ事にする。
仕方なくと言ってもそんな嫌な訳じゃないしむしろ薄く楽しくはあるのだけど、なんて表現すればいいのかな。
イライラとも違うしなぁ。

「あんな変人と一緒にしないでくれない?」
「変人じゃないです、マスターは変態なだけです」
「そこは認めるんだ」
「所謂世間一般的な"普通"とはかけ離れている事は私にもわかります」
「……体力も尋常じゃないし妙な部分で高性能だし、大体――」
「さて、次は食料か」
「おわぁッ!?」

首に感じる圧迫感。急激に持ち上がる視界。
ナツハに対する疑問をぶつけようとした瞬間に当の本人に掴みあげられたのだ、と気づいたのは奇声を発してしまった後の事。
毎度しつこいけど僕これでも30kgあるんだよ、そんな普通の三十路間近の女性がひょいっと片手で持ちあげられるものじゃない筈なんだけど。
ついでに言うと肩に乗せるような重さでも無いって言うのに聞いてる?ねぇナツハ聞いてる?

「毛が耳に擦れて鬱陶しいな」
「聞いてないよね、うん」
「いや、これからの季節耳当てにできたりマフラーに活用出来たりするのではないかと思ってな、その耳を」
「私が幾らでも温めてあげるのに……っ」
「だから話聞いてないよねってほらナツハちょっとナッヘが凄い顔で睨んでくるから下ろしてお願いだから」

幽かに話を上手くはぐらかされたような気がしたけど、いつもの事だったから大して吟味する事もせずそれは忘却の淵に沈む。
170cmオーバーのどちらかと言えば長身に分類されるナツハの肩から見下ろす世界は中々新鮮な光景で。
成程此処から見れば確かにあらゆる商品が人の目線に合わせてディスプレイされている事が良くわかる。
耳を巻きつけないと歩行の振動で肩から転げ落ちそうになる事とナッヘが下で羨ましそうな恨めしそうな気配を背中にぶつけてくる事を除けば、
意外と快適な乗り心地なのが妙に印象に残った。脚を動かさないでいいというのも楽だし。
開店直後だと言うのも相まって客は其処まで多くはないので、肩にミミロップを乗せた女がひょこひょこと商品を物色しつつ動いても邪魔にならない。
一度靴売り場で高く積まれた靴箱の山にぶつかって、危うく靴雪崩を引き起こしそうになった以外は特に問題も起きず、
ナッヘも途中でポケモン用のほねっこ――歯を清潔に保つ機能を持った嗜好品で、何故かピンク色の着色料が使用されていた――をナツハに買って貰い、
未だに少し背中にプレッシャーを感じるも概ね機嫌が良いようで一安心。度を超えた理不尽な嫉妬って怖いよね。

次にナツハが立ち止まったのは小奇麗な売り場の奥まった場所。黄色の背景に洒落た字体でカロリーなんとかと書かれた小箱を無視し、
銀色のパックに大きくウィダーなんとかと書かれた商品を黙殺して進み、
Gosta HannellsとかKallaxとか書かれた怪しげな缶詰もついでにニ三個を片手でひっつかみ、
ダンボールのまま隅に所在なさげに置かれ、徳用品とでかでかとシールが貼られたモノの前で停止して、
何処から見つけてきたのか台車の上に二箱を軽々と持ち上げて乗せ積み上げる。
腰を屈めたその動きに合わせて絡ませていた耳を解いて僕も床に滑り降る、桜色の床板が目に優しい。

「そんなに買ってどうするのさ」
「一応30日分フルセットだ、水はノハルのお陰でとりあえずは大丈夫そうだが。
 せっかく収納スペースが増えたのだから活用しないとな」
「あぐ…これ美味しいんですけど…微かにへんなにおいがす……」

ばきっ ぐりぐり ぺきゃ ばき ごっくん
どう考えても速攻で砕いて嚥下したとしか思えない鈍い音。

「そんな簡単に砕けるものだったっけ、ほねっこって」
「まぁ、歯と胃腸が丈夫になるんじゃないのか?」
「……それはそうと木の実とか使えば別に食糧なんてそんなに要らないんじゃ――?」
「お前達はそれでよくても、主食として使うには些か人間にとってあれらは難があってだな。
 それにそうそう都合よく大量に落ちている訳でも無い、何事にも備えが肝心だ。
 その上でそれを滅茶苦茶にするのが正しい紳士淑女の嗜みだ、覚えておくといい」
「だから最初と最後で文章が繋がってない気がするんだけど」
「んぐ……ですからマスターと会話するには貴方はまだ修行が足りないのです」

舌先で牙の手入れをし終えたナッハが何故か満足そうに胸を張って言い放つ。
何故かちょっとだけイラッと来たけど、こんな事で機嫌が悪くなるのも大人げない。
人間で言えばもう僕も三十に差し掛かろうという……あ、そんな年に見えないってのは有難く褒め言葉として受け取っておくから。
とにかくナッヘよりは年上な訳で、こうなんていうの?熟成されたオトナの貫録とか余裕?をアピールすべきだと思うんだよね。
……そんな所が既に(こども)っぽいって?これが僕の性格なんだから仕方がないじゃないか。

「さてと、技マシンを選びに行くぞ二匹とも」
「随分と急いでるみたいだけど、何か予定でもあるの?」
「今日中に此処を出発したいからな。今週中にはカンナギを超えてトバリに辿りつきたい」
「そう言えばコンテストって言うのがあるんですよね、出てみたいです」
「ミナモシティのはともかく、各地のちっちゃいのならなんとかなるんじゃないか」

手際よく雑多な商品を台車に突っ込んで動かしつつ、ノハルとナッヘのコンビでなと続けるナツハ。
うーん、コンテストの内容次第ではあるけれど、魅せる事に特化したポケモン達にそうそう簡単に競り合えるようじゃ彼等も浮かばれないだろう。
戦闘もコンテストも本当の意味でこなせるのは才能のあるポケモン達だけだ。とはいえ、ある程度は僕だって出来る。
要するに人の眼を惹きつける動きと美しい技、この二点を追求すればいいのだから。僕だけならね。
なんか割と本気でナッヘがコンテスト出るようなノリになってるけど、どうせ僕が指導しなければいけないんだろうなぁ。
とするとそういう方面にも活用できそうな技マシンにした方がいいんだろうか。
唯でさえ遠距離技に乏しい以上……ああでも遠吠えと威張るがあるし、歌は割と上手だったから、
毛並みも悪くないしきちんと組み合わせを考えて訓練すればメインの見せ場には使えるとして、それを引き立たせるためには――。
と、いつの間にか技マシンコーナーに到着していた。何でもそうだけど、物事は計画を立てている時が一番楽しいと思う。
まぁそれはそうとして。

「ああ、僕が決めても?」
「ナッヘ次第だろう、私は何も言わん」
「別に私はどれでもいいです、きっと最適な物を選んでくれると思っているので」
「……普通そういうのはトレーナーに言うもんじゃないの」
「マスターはもっと別格なんです、貴方とは違うんです」

凄い真面目な顔で返されても困るんだけど。
なんだろうねこれ。べったべたのラブラブ?信頼し切ってるのとはまた違うみたいだし、入れない間柄を垣間見たようで少々妬ましい。
ああでも技選択を僕に任せるくらいには僕も信用してくれてるって事か、単に面倒臭いだけな可能性も否めないけど。
ディスク型にシンプルな箱型、モンスターボールの意匠を取り入れた球形に過剰包装に包まれた贈答用のものまで。
割と数と量が揃ってる。ああ、技マシンって言っても種類が結構細かくてね?
例えば防御系の基本「リフレクター」の技マシン。それこそ本当に瞬間的に覚えられて副作用もなくて最初からある程度体に馴染む様な最高級品から、
ロードに時間がかかる上に眩暈や吐き気に悩まされておまけに低確率で定着に失敗するような粗雑な品――大抵は違法品――までピンキリであって。
あるいはその性質上製造から長期間が経過した技マシンは性能が低下するんだけど、そういう品物を廃棄するよりは安値で売ったりとか。
勿論なるべく安くするように、とのナツハのお達しがあるからあんまり高いのは選べない。破壊光線とか浪漫なんだけどなぁ。
実際よっぽどうまく立ち回らないと当てにくいし反動が大きいとはいえ、やっぱり最大級の破壊力は魅力的と言うか痺れるっていうか。
まぁその種類の技は根本的にミミロップには向いてないんだけどね。……何でそんなに詳しいかって?
ほら、人間にも登山用具とかを狂ったように収集するのに実際には使わない中年がいるよね、アレとおんなじ感じ。
何であれカタログに載ってるそういう商品を見たり知ったりするのが楽しいのは(おとこ)として生まれたからには仕方のない事だと思う。
だから別にそういったポケモン用の道具の型番とか売れ筋製品とかに詳しくてもいいじゃない、実用的だし。趣味の範疇だよ。

……まぁ、うん。ナツハとナッヘのじっとりした眼から生暖かい視線が物凄い勢い放射されてるからこの辺で切り上げて。
六千円以内でなるべく安い遠距離攻撃が出来る技マシンでなおかつグラエナが覚える事が出来る物。やっぱりシャドーボール辺りが妥当かなぁ。
めざめるパワー、とかも変則的な手としては選択肢にあるんだけど威力が安定しないし。
はかいこうせんは値段的に論外。ついでに今のナッヘには扱えない。だと言うのにどうして"30"とナンバリングされた棚は空なのか。
何でも売っている店は痒い所に手が届かないのに等しいと思ったがそんな事は無かったぜ!と考えていたちょっと前の自分が腹立たしい。
其処まで人気商品と言う訳でも無いだろうにどうしてまぁ売り切れているのか、おまけに丁寧に在庫無しとラベルが貼られている。単に運が悪かったのかどうかは知らないけれど、
要するに今は手に入らないって事だよね。もう他には悪の波動くらいしか丁度良さそうな技が無いんだけど、シャドーボールが無くて悪の波動があるなんて事は――

「ありましたよ技マシン79番、しかも疵有り特価品1980円、保証は三ヶ月だそうです」
「安いな、これでいいかナッヘ」
「なんで本当に売れ残ってるんだよ……」

――いたって淡々と事実だけを報告するナッヘ。
希少価値もそれなりにある人気商品の筈だと思ってたがそんな事は無かったようだ。
ちょっと外れたワゴンに盛られた包装が微妙に簡素な技マシンの数々。輸送途中に事故に遭って酷い衝撃が加わりでもしたのだろうか。
そんないかにも訳有りな商品を買うよりは高くても信頼性のあるきちんとした物をって、ナツハー、聞いてる?

「ほんっとうに話を聞かないよね」
「褒めてくれてどうもありがとう」
「何か不都合があっても私が被害を受けるだけですから」
「技マシンって一応脳を弄る道具だから、店に並んでいるって事は大丈夫だとは思うけどさ、リスクとかもう少し考えた方がいいと思うよ」
「死ななければ別にいいです」

がらがらがらがら、台車は進む。薄いクリーム色の床板に桜色が混じり、証明を温かく照り返してちょっと眩しい。
支払いの為にレジに向かう最中、ふとよく籠の中身を観察してみれば何時の間に入れたのか見た覚えの無い小瓶やら小箱やらが隙間に突っ込んであるのだけど、
思うにナツハが貧乏なのはこういう所で無意味に金を使うからじゃないのだろうか。
倹約し節約しているつもりでも肝心な所から小銭がぼろぼろと零れて、そうして塵が積もって山となるように。きっとそうだ、そうに違いない。
ほらレジ前でも歯に良い成分配合って書いてあるガムをどさっと追加するし。キシリトールは虫歯を治さないって僕でも知ってるのに。
そう尋ねたら純粋に味が好きだから、とか。少しはその金を健康的な生活を送る為に貯めたりとか、ポケモンの為の資金に回したりしてもいいだろうに、まったく。
昼過ぎの混雑を我慢してナツハが支払いを終えるのを待ち、彼女が複雑な操作で買い込んだ品物を新品のモンスターボールにしまい込むのを眺め、
畜生あり得ない程便利だなどと呟きつつそのままテナントの飲食店に向かうのについて行く。だからそういう無駄遣いが駄目なんじゃないの?

「ふむ、君の言う事にも一理あるが私が稼いだ金の使い道は私が決める」
「……だからそういう事じゃなくてさぁ」
「この『早い・安い・大満足 どっしりJFC(ポケモン用)』美味しそうですねマスター」

流石に人間主体のテーブル配置と椅子の形状ではあるものの、ミミロップである僕は人間で言う正座に近い体勢をとれば普通に椅子に座れる。
問題はナツハの隣の椅子にちょこんと乗ったナッヘがぶんぶん尻尾を振っている事。グラエナがそんな事したら毛が飛ぶ可能性があるってば。
そんなにナツハと外食するのが嬉しいのかな、とは思うものの、ここ最近の毎日がサバイバルな日常を思い出すに無理のない事かも知れない。
確かに草叢や荒地――想像ではあるものの、体験レポートと称して色々ちょこちょことやってはいたらしいのであながち間違いでは無いはず――や、
そういった自然環境の中食べる野性味溢れた食事……全然野性味溢れてないな、栄養が調整された旨くはあっても味気ないそれよりも、
小奇麗な硝子とプラスチック、人工物に覆われながらも窓から太陽の光も程良く差しこむこんな場所で食べるジャンクフードの方を好んでも仕方ない事だろう。
ああ、JFCはジャンクフードカスタムの略らしいよ。メニューにジャンクって書くのもどうかとは思うけど。
ナツハは『珈琲・おはようマイマザー一番星くんグレートセット』を頼んでいた。店員さんが結構引き攣った笑い顔だったのがなんとも言えない。
僕は『オボンのサラダモーモーチーズ和え(ポケモン用)』と単品で麦粥、あんまりお腹も空いていないから別に食べなくてもいいんだけどね。
一人と一匹が和気藹々と食事をしているのに自分だけ何も口にしないのはなんか嫌だからさ。

「で、いや、サラダは美味しいし、ナッヘが微妙に行儀悪い食べ方なのも置いておくけど、一ついいかな」
「何だ?」
「それ、何?」
「何って『珈琲・おはようマイマザー一番星くんグレートセット』だがどうかしたのか?」
「メインの肉と付け合わせの野菜とスープとパンはともかく、その黒い泥は何なの?」
「珈琲だが?この系列のチェーン店の目玉だぞ、色々と凄まじい味だがこれでなかなかどうして癖になる」
「すぐ慣れますよ、私もマスターに出会った頃は驚愕の連続でしたから」
「慣れたくない……」

まぁ。

「少し飲んでみるか?」
「本気で勘弁してくれない?」
「意外といけるんですよ、苦くて苦くて苦くて」
「ポケモンは度胸。何でも試してみるものさ」
「ちょっと要らないって言ってるんだから無理に飲ませようとしなくても黒い!黒過ぎるから!飲み物じゃないからそれ!」

そんな感じで。

「――コーヒーシュガーが無ければ即死だった」
「店の中で暴れるなんてノハルさんにしては行儀が悪いですね」
「口元を拭いた方がいいぞ、真黒だ」
「誰のせいだと……ああ、五袋も口の中に直接ぶち込んだのにまだ苦い」
「眼が醒めるだろ?」

ちょっと他の客の皆様に迷惑そうな顔をされながらも。

「ふぅ、御馳走様」
「私も満腹です」
「舌が痺れて千切れるような苦さという貴重な体験をありがとうナツハ」
「ありがとうノハル、この経験を是非次に生かしてくれ」
「皮肉通じないんですかそうですか、いや解っていた事ではあるけどさ」

とりあえずは昼御飯は何事もなく、と言うと語弊があるけれど食べ終える事が出来た訳で。
勘定を済ませホームセンター自体からも出て、だだっ広い駐車場を抜ければ程良い空き地、更に進んで来た道を戻る。まずは宿に戻って後始末らしい。
荷物が入ったリュックが置いてあるし、何よりもまだ眠いからちょっと休憩も挟んでくれるのはありがたいんだけど。
むしろボールの中に入れてくれれば寝る事も楽なのにね。なんでこの女はわざわざ出しっぱなしにして歩かせるかなぁ。
街中で特に危険な事なんて無い筈だし、単に自分だけ疲れるのが気に食わない、ってだけの理由でそうしているような気がしてならない。
聞いたら案の定その通りだって言われた。出したい時には出して、そうでない時はしまっておけるモンスターボールは技マシンより酷いんじゃないかなと唐突に思った。
要するに道具扱いだよね。それがどれだけ便利でポケモンにとっても心地いいものだとしても、でもそういう根本的な部分で道具扱いだよね。
別に"彼"の事を悪く思ってる訳でもナツハに対して文句がある訳でもないけどさ。

「言ってるじゃないか」
「……口に出て出てるとは思わなかったんだよ、何処から聞いてたのかな」
「要するに道具扱い、からだな。別に否定しない。
 人間がどう言葉を取り繕おうとそれは変わりない。例え一方的に友人と断じようとも。
 冷静に見てみればいい、この欺瞞に満ちあふれた世界を。
 奴隷で家畜、酷い時には資源や動力、機械扱い、都合のいい時だけ自分勝手に親愛を押し付けるばかりだというのに。
 人とポケモンは対等じゃない。ポケモン側から見たなら暴動や反乱が起こってもいい位と正直思う。私は人間だから今の状況に不満は無いが。 
 だからと言って人間が汚い、なんてと言うつもりはないよ、それはある意味では圧倒的に正しい事だからな。
 ただトレーナーとして一つの生命の全てを握るにはやっぱりそれなりの覚悟がいるものだろう?そんな責任は背負いたくないからポケモントレーナーに私はならない。
 ナッヘ一匹に対するそれですら私には重すぎるのに」
「私は別にそれでもいいと何度も……赤信号ですよマスター。話しながら歩くのはともかく前を見て下さい」
「それ、ポケモンにする話じゃないよね。ついでに言うと煙草を切らしたからって棒付きキャンディーを舐めながらする話でもない」
「知性あるものなんだろう?人とは違ってはいても心あるものなんだろう?言葉で意思を伝えられるんだろう?
 だったら自分の立ち位置を伝えておくべきだろう。少なくとも友達面するよりは分かっている上での付き合いの方がマシだろ?
 別に待遇がどうとか言う問題ではなくて、あくまでも私の考え方の話だから気にしないならしないでそれでいい」
「……良いのか悪いのかよく分からない人だね、ナツハは。それは僕の考え方にも近いかもしれない」
「マスターは悪い人じゃないんです。ただちょっとねじ曲がってるだけなんです」
「360度回転すれば元に戻るって何度も言ってるだろう?……こっちから行った方が早いか」
「なんだかなぁ」
「あ、何か飛んでますね。アレはなんですかマスター」
「ん?」
「あれはグライガーだね、昨日も見たけど……テンガン山のこっち側に生息してたっけか」
「ノハルさん、私はマスターに聞いたんであって貴方に聞いた訳ではないのですよ」
「一々そんな神経を逆撫でするような言い方をしなくてもいいとは思わないかなナッヘ」
「喧嘩は構わないが私に迷惑がかからない程度にするように。ほら、もうそろそろ着くぞ。あの道を曲がって正解だった」
「行きと大してかかった時間変わってないと思うんだけど」

取るに足りない会話に混じって、なんとなく重要な話。
ただそれは殆ど僕の人間とポケモンの関係に対する考察と同じで、だから別に否定する気も起きない。
乾いていると言われればそうかもしれないが、所詮そんなものだ。それに共に過ごした時間で学んだ"ナツハ"と言う人間が言いそうな言葉でもあったし違和感はない。
これで酷い待遇だったらまた考えを改めなければならないのかもしれないが、実際は僕もナッヘも彼女に従っている。
それはナッヘの場合はまた別に理由があるのかもしれない。けれど基本的な部分では彼女と居る事が嫌いではないからそうしているのだと思う。
つまりはポケモンは道具だと断じながらも、いや人間にとってのそういう存在だと認識しているからこその優しさや相互理解やら何やらがナツハにはあるのではないだろうか。
人の都合で動かされるポケモンの、人の都合で戦わされるポケモンの命に責任が持てないからこそ指示すら殆どせずに戦わせ、
人の都合で操られるポケモンの、人の都合で弄ばれるポケモンの心に責任が持てないからこそ出来るだけ干渉しない。
逆に責任を放棄しているように見えるが、きっとそれがナツハなりの最大限の譲歩であり、ひいては道具としてのポケモンの自主性の尊重であるのだ、と。
勝手に考えてみたけど全然違ってたら物凄く恥ずかしいよね。とても答え合わせする気力が起きない。
今度はうっかり口に出してもいないから質問される心配もないし。

あまり広くない宿の入口を通り、あまり広くない部屋の扉を開き、当然あまり質のいい物では無い家具に囲まれたベッドにナツハが倒れこむ。
床もナツハとナッヘが踏んだ一部がぎしぎし言う辺りあまり強度がいいものじゃない。重量級のポケモンを何匹か出したら抜けるんじゃないかな。
こんな場所に泊まるのもナツハが正式にはポケモントレーナーではないからで、ポケモンセンターの一部機能が使えないからだとか。
子供と大人でそうなるための難易度が格段に違うといつもぼやいているので、きっと10歳の誕生日にナツハはポケモンを受け取るのを拒絶したんだろうなぁ。
その辺の制度については僕もよく知らないけど。

「さて、今の内に技マシンを使おうか。ちょっとこっちに来なさい」

包装紙を破り捨て、そのまま説明書も読まずに小さな箱型のそれを指先で弄り、ちょいちょいと片手でナッヘを呼ぶナツハ。それは寝ころんだまま適当に操作するものじゃないって。
素直に近づいて――と言うよりも寄り添うように寝ころんで頬ずりをしながら――その動作を受け入れる灰色と黒の毛皮の獣。
ベッドの上に飛び乗る動き、そこから倒れ込みつつの軌道修正。遠すぎず、かと言って体重を自身のトレーナーにぶつけない為に近すぎもしない絶妙に計算された挙動だった。
正直バトルでもあんな感じで動いてくれれば凄く楽なんだけど、無い物ねだりをしても仕方ないか。まだ特訓始めて二週間くらいだし。
……話をもどそうか。二つに分割された小箱はナッヘの頭蓋を挿むような形を取って、内側に蓄えられていたモノを吐きだす準備を始めている。
ナツハの指の動きに連動してぱちぱちと淡い光が弾けて黒い毛皮に染み込んでいくのは技マシンが正常に稼働している証拠。
脳への転送が一瞬で終わるような高級品であるはずもなく、暫くの間はヴゥンと微かな機械の作動音と薄い条光の瞬きが続く。
若干むずがゆそうな顔でナツハの隣に寝ころびそれを受け入れるナッヘ。うん、別にこれと言って異常は無い。ごく普通だ。
だと言うのにこの背筋を絹で擦られるような僅かな違和感と不安はなんだろうか。
やがて光が消え、動作中である事を表す音も途絶え、役目を果たし唯の空容器となったその小箱がベッドに落ちてもその感触は消えない。
野生の勘、だなんて生まれてから一度も本当の意味でそうであったことが無い僕に存在するとは思えないが、確かに何か嫌な予感がするのだ。

「終わったか」
「なんだかむずむずします、主に喉元と背中とお腹と脚と尻尾が」
「それ殆ど全身だよね」
「少し身体を休ませたら出発する。その時に技の調子も見るからそのつもりでいるように」
「微妙に吐き気も……うげっ」
「…………本格的に拙いような」
「問題無い」

うん。
やっぱりなんか問題があったっぽいんだけど。一時的なものならいいけど、永続的な副作用とかあったらヤバすぎるよね。
というか隣でグラエナがゲロ吐きそうになりながら唸ってるというこの状況でどうやって体を休めろって言うのかなナツハ。ただでさえ此処狭いのに。
そもそも人間とグラエナが寄り添ってるベッドの上だと僕は入れないんですが。何これイジメ?床で寝ろって?
時間を潰す為の道具なんて持ってないのにどうしろって言うんだよ、まったく。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


ぐらぐらする。
ぐるぐるする。
吐き気を抑える為に横になってるけど、ちょっとこれは流石に。
脳裏に断面的に浮かぶ力の使い方――これがきちんと纏まったものが多分"あくのはどう"なのだろうけど、いまいち意味が掴めない。
眠いようなそうでないような。全身から何かが噴き出そうでいて落ち込んでいくような。これが技マシンを使う事の代償であるというのなら、私は二度とそんな事をしたくない。
隣でマスターが背中をさり気なく撫でてくれているからまだ落ち着いているものの、正直確実に彼が言ったように問題はあると思う。
吐きそう。本当に吐きそう。でもこんな所でぶちまけたらマスターに迷惑がかかるし、何より私が恥ずかしい。
ああでも本当にこれは――――

「おぶっ」
「「うわっ」」

口から漏れ出てシーツに広がったのは、昼食べたお肉でも無ければ消化途中のぐちゃぐちゃした流動体でも無くて。
見るからにマズそうなちょっと酸っぱい臭いがする黒い粘性のある塊だった。なにこれ。
見る間に薄く広がって消えていくそれはそこに存在した、と言う証を一つも残す事無く掻き消えた。
……なにこれ。

「なんて都合のいいゲロ……うぶっ」
「汚っ……くもない、それ本当にゲロなのかな」
「ゲロにしては固形物が混じってないし、何よりも吐瀉物はこんな超絶な速度で蒸発したりしない」
「どうでもいいですからマスター少し飲み物を私に、ぐえぇっ」
「なんて見事な嘔吐シーン……これは間違いなくゴールデンタイムでは流せないな」
「とりあえず風呂場から洗面器持って来たからこれに出してねナッヘ。後は――」
「スポーツ飲料でいいのか?鞄に閉まってある筈だが……」
「ありがとうございますマスター、ノハルさんも、うっぶ、ぐ」

視界の端に映るのは起きあがったマスターが荷物を漁る姿。片手にはペットボトルが握られているのが見て取れる。
シーツの上で唸る私にいつの間に用意したのか洗面器が差し出され。割と面倒見がいい彼に礼を言おうとして頭を持ち上げた途端に胸が苦しくなる。
ぐるぐるする。けして恋愛的な意味で無い事だけは断言するが、何かが逆流する感覚と一緒に全身が一層むず痒くなってこらえられない。
其処で私は思いついた。今まで抑えよう抑えようと思って事実そうしてきたこの衝動を解放したらどうなるかと、そう思ってしまった。
半開きだった顎をしっかりと開き牙を剥く。横倒しになった体に力を入れる。お腹から沸き上がる熱い何かを抑えずにそのまま自然に流れるように、
丁度私を覗きこむように見ている目の前のミミロップがそれに気がつくよりも早く――――

「げぶふぁっ」
「おわぁぁぁぁぁっ、熱、違っ、痛――――――――!!??」

――――――――私はそれをぶちかました。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

ゲロ浴びせられました。
はい。

もう一度言います。
ゲロ浴びせられました。

もう本当にどうしたらいいのか分からなかったね。
普通のポケモンならブチ切れててもおかしくない暴行だよ?ナツハは笑い転げるしナッヘはすっきりした顔でまた横になるし、おまけに当たった部分が熱くて痛いんだよね。
どうもゲロじゃなくてそれが悪の波動だったみたいで、ぶっかけられた全身が今でも痺れて痛痒いという有様。でも形式的にはゲロだよね、ふざけるな。
眼を瞑って耳を閉じて無かったら真面目に危なかったというのに反省の色が殆ど見られないのには愕然とした。多分僕以外のどんなポケモンだってそう思うだろう。
おまけに投げ捨てられてた説明書を拾い読みして更に呆然とした。高レベル個体以外への使用は非推奨?常識的に考えてそういうのは外装に明記しておくべきじゃないの?
非常に製造元にクレームをつけたかったが元はと言えばナツハが流し読みすらせずに技マシンを起動したのが悪いのだ、この行き場のない怒りをどうしろと言うのか。

べっちゃりと"ゲロ"をひっかぶった身体を綺麗にするのに10分程。"ゲロ"自体は比較的すぐ掻き消えたのだけど、やはりそのままだと生理的に気持ち悪い。
臭いが取れないし何より精神的な落ち着きを取り戻す為にも何らかの処置は必須だと思ったので即実行。風呂場へ直行。
やっぱり体形的にヒト用に作られた器具が使いやすいっていうのは利点だよね、四足だと色々と自身では出来ない動作が多くて困るんじゃないかな、などと考えつつ、
無香料というこのレベルの宿泊施設にしてはポケモンに気の利いたボディソープとやらで全身をくまなく洗浄。そのままぬるめのシャワーで濡れ兎。
軽く水を飛ばしてから乾いたタオルで全身を擦る。ひたすら擦る。荒いし毛も痛むけど手早く普段通りに近い毛並みに戻すにはこれが一番いい。
炎タイプのポケモンだったら発熱で水気を完全になくして風呂上がりですらふんわりもこもこ、らしいが無い物ねだりをしても仕方が無いというもの。
自分に出せる限りの眼光を一人と一匹に突き刺しながらより細かい毛繕いに入る。大分楽になったらしいナッヘとナツハが雑談を楽しむのを尻目に無言の圧力を放つ。
うん、こうかはいまひとつって感じ。せめて謝罪の言葉の一つや二つあってもいいんじゃないかな、特に其処でけろりとしているグラエナさん?

「ごめんなさい?」
「どうして棒読みなのか、その理由と何故わざわざ僕に向かってぶちまけたのか小一時間問い詰めたいんだけど、割と真面目に」
「ええと、申し訳ないのですが本能の様な何かの声を感じまして、ぶちまけさせていただきましたごめんなさいノハルさん。これでいいですか」
「最後の一文が要らないよね、しかも意味が分からないよね」
「突っ込みに力が無いぞノハル。疲れているようだがもうそろそろ出発の時間だ」
「誰のせいで――――はぁ、まぁいいけどさ。なんか真面目に怒るのが馬鹿らしくなる」

調子を狂わされるというよりは主導権を握られているというか、絶妙な間の取り方というかなんというか。
単に言ったとおり怒る気力もなくなるほど馬鹿馬鹿しいだけなのかもしれない。結果的には昂った怒りを巧妙に逸らされた事になるのだろうが。
溜息ばっかり上手になっていく気がする。自己分析ではクールかつドライでロンリーな性格の筈なんだけどなぁ、何処で何を僕は間違えたのやら。
身体を休めるどころか余計に疲れただけだし。ナッヘはもうすっかり良くなったようで普通に動き回ってるし。
まぁ、悪の波動は無事に……うん、比較的無事に習得できたっぽいし。でも直接ひっかぶったにしては威力が弱いんだよね。
その辺の練習も今日から特訓に組み込む事にするとしても、射程と操作性がどうなってるのかをまず確かめないといけないかなー、速射性とかどうなってるんだろう。
身体全体から発せられる波動である程度の確率で恐怖心によって相手を怯ませる技だった筈で、口腔から吐き出すものじゃなかったと思うのだけれども。
やっぱりなんか失敗したとか変に偏って習得したとかそういうの?実戦で使えるのかが微妙だよね、これで劣悪な性能だったら金出した意味がないよねナツハ?
気がつけば至極当たり前のようにナッヘ用の遠距離戦トレーニング方法を頭の中で組み立てているというこの状況、お人好し以外の何物でもない。
もう怒ってはいないけどさ、其処は汲み取って少しはなんというか感謝の念とかあってもいいんじゃないかなって、そう願うのは別に高望みじゃないと僕は考えるんだけど。

「と言う訳で別に街中じゃなくてもいいけど一応正確な威力とかその辺りを知りたいので少し時間を」
「ぶらぶらしながら丁度いい場所でも見つければいいんだな?特訓関係はノハルに丸投げするから」
「ところでマスター、アレはやっぱり悪の波ど「ゲロ」……ノハルさん、貴方に聞いている訳では「あれはゲロだった」……」
「ふむ、ゲロ――いや、ゲロの波動?ゲローボール?なんか格好良い名前をつけてやらないとな」
「……あの、マスター?」
「所謂一つの意趣返し、と。もろに眼前でぶちまけてくれたお返しだよ」
「ゲロを略してG……Gキャノン?Gインパクト?なかなかいいのが……」
「ああっ、マスターの致命的なセンスの無いネーミングが発動している!」

ぶつぶつ呟き始めるナツハの脚元で慌てるナッヘ。怒ってはいない、怒ってはいないけどこれくらいの小さな"やり返した感"は味わってもいいだろう。
むしろこれだけで済んで有難いと思ってしかるべきじゃないだろうか。うん。
妙な名前を考えこみながらも至極普通に手を動かしてきっちり荷造りをこなしているナツハをちょっとだけ手伝って、
部屋を出て受付で手続きを済ませて大通りを進む。なんかもう今日は凄い疲れた気がするんだけどまだ昼間なんだよね。
見上げれば晴天に月。薄く儚く輝いているそれは雲の無い空に落とされた白い絵の具の染みの様でもあった。病めるは昼の月って歌った詩人は誰だったか?
相も変わらぬ枯草色のロングコートを纏うナツハの三歩分後ろを歩きながら、そんな取り留めのない事を考える。

「……おいっ!そこの!」

突然の声。
見上げれば比較的小型の、――――まだ若いグライガーが今まさに僕達の目の前に降り立とうと滑空してくる所。
野生のグライガーはテンガン山のこちら側に居ない筈。しかしトレーナーの姿は近くに見当たらない。
なんでまぁこんな所に居るのかと、そもそも市街地を少しは外れたとはいえまだまだ草叢とも言えないこんな場所でわざわざ人間に話しかけるのだろう。
本当に野生なら有無を言わさず後ろからでも襲いかかってくるとは思うんだけど。
予想外の出来事に首を傾げている僕とナッヘには目もくれず、紫色の鋏をびしっと効果音が付きそうな程綺麗にナツハに向けて、

「人間!おいらと闘ってもらうぞ!」

意味不明な言葉を放ちながら飛びかかった。



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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