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Luna-6

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「さぁナッヘ、今こそ辛く苦しい長年の修行の成果を見せる時!」
「形容詞が一つとして当てはまってませんマスター」
「いやいや、ダブルバトルだし多分大丈夫だ、な」
「……何が大丈夫なのか解らないんだけど」

人間が211番道路と呼ぶ、それなりに整理された道の途中。
目の前には額に被さる紅の鶏冠、威圧的な鋭さを纏った目つき、全体的に黒茶色に胸毛は白を基調とした鳥ポケモンが二体。
ノーマル/飛行タイプで攻撃と速度に優れ、特性として威嚇を有するムクホークと呼ばれる存在。ムックル系統の最終進化系だ。
最低でもレベルは34以上。つまりナッヘよりも確実に上、僕が率先して動きべきなのだろうが、今回はできれば補助にまわりたい。
隣でやや緊張した顔つきで構えているナッヘに声をかける。

「基本的に攻撃を貰わないようにして、こっちからは当てれたらでいいから」
「煮え切りませんね、ガンガンいきましょうよ」
「二撃も喰らったら終わるからね。多分教えた通りにすれば勝てない訳じゃないと思うから、
 僕はあまり攻撃に回らないから頑張って全力で倒しに行ってくれると嬉しいかな」
「……矛盾してませんか」

動きを教え始めてから一週間、僅かながらも形になる片鱗が見えかけてきているのには流石に僕も驚いた。
教え方がいいのか、才能があったのか、きっと才能があった方だと思うが、回避に関しては吸い込むように考え方を吸収して使いこなし始めている。
とはいっても依然決定力が無い事に変わりは無く、おまけに僕ほどでは無くとも耐久に不安が残るのは仕方の無い事だ。
短期間でよくもまぁここまでと思うものの、実戦経験が足りないのはどうしようもない。
と、ナツハに漏らしたら何故かトレーナー戦をする事になった。しかもダブルバトル。結構何処にでもトレーナーっているもんだね。
金も手に入る上に経験も積めて死ぬ心配もほとんどない、一石三鳥じゃないかとナツハは言うけど、
ちょっとこの組み合わせは今のナッヘにとって荷が重いんじゃないかと。
機動性では勝っている自信があっても、単純な打撃攻撃力では圧倒的にあちらの方が上、攻撃を受ければ相も変わらず拙い上、
おそらく双方ともにインファイトを覚えている、つまりタイプ相性的にはノーマルと悪である此方側が非常に不利。
おまけにナッヘはレベル的にも難しいものがある。が、何故かやる気全開なのはどうした事だろうか。

「それじゃ始めるけど、その組み合わせでいいのか?俺は二匹しか持ってないが」
「私もこの仔達しかいなくてね。ま、ノハルとナッヘならなんとかなるさ」
「手加減はしないから負けても恨むなよ……サコン、ウレン、電光石火!」

奇抜な髪形の鳥使いがムクホーク達に命令を下す。なんでトレーナーって人種は大抵服装や髪形や言動がおかしいんだろう。
――――っと。流石に空を飛べる奴は早い。危なく耳を掠るところだった。
掠めて後方に流れていった二羽は瞬時に間を詰めて戻ってくる。まずは僕の方を潰しておこうと思ったのか、有難い事だ。
今のナッヘにこのスピードの相手を二匹同時に処理するのは難しいだろうから。
速度自体は僕と同じかそれより早くても、どうしても空を飛ぶ以上その動きは円を基調としなければならない。
大地というしっかりとした足場を蹴る事によって直角に近い回避行動が可能なポケモンの方がその点では有利なのだ。
もっとも二次元的な動きしかできない以上、面を攻める攻撃を空中からばら撒かれるととても困った事になるのだけれども。

右からの突進を脱力して地面を這う事で回避し、左からの打突を捩じるように跳ねる事でいなす。
翼を破るか裂ければそれでほぼ勝ちは決まるのだけど、なかなか連携は手慣れているようでそんな隙は早々見せてくれそうも無い。
となるとナッヘに隙を作って貰いたいものだが、はてさて。
二体の特性「威嚇」によって感じる圧力、びりびりと震える空気の緊張感は確実に僕の攻撃力を弱めているだろう。
なるべく一撃で戦闘能力を奪わないと攻撃後の隙で逆にこちらが大ピンチ、なんて事になりかねない。
当てれたらでいいからとは言ったものの、ナッヘは遠距離からどうこうする技を持っていない。
噛みつくか爪を当てるか……どちらにしても近づかなければ無意味。
いざとなれば手は無くも無いのだけど、あれ、ひょっとして結構まずい?

「ッチ、当たらないな。ウレン、空を飛ぶ!」

いつまでたっても打撃が当たらない事に焦れたのか、トレーナーの指示に従って片方が僕の傍を離れて上昇する。
眼で見なくても音で解る、上空からの加速でナッヘの方向に突っ込もうとしているのは間違いない。

「――――――――ナッヘ」
「わかってますッ!」

重ねた耳で後方からの翼による突撃を逸らしつつ――――幸いにして鋼の翼では無かった為に当てて弾く事が出来た――草結びを仕掛ける。
失敗。流石に加速がついた飛行タイプを捕えるのは超低空飛行でもしてくれないと難しい、か。
まぁまだ考え事が出来てナッヘに気を配れるという時点でこのムクホーク達は勝てない相手では無いという事なのだけど。
本当に強い相手と戦っている時は考える余裕なんてほぼ無い。反応では間に合わない。反射ですら間に合わない時もある。
全身を一枚の鼓膜にして世界を聴くような静かな高揚感は"自分より強い相手"との戦闘で無ければ得られない。
いや、だからと言って戦闘狂な訳じゃないからそこは勘違いしないで欲しい、単に純粋な――――いけないいけない。
こんな風に無駄な事を考える暇が無いような戦いもしないと色々と鈍るだらうが、今はナッヘの動きを見る事が第一だ。
1対1のバトルにして傍観者の位置に居た方がどう考えても集中できる気がするけど。ナツハの思考回路は僕には理解できない。

「そぉい!!」

やたらと張り切った声。
特訓の甲斐があったのか、きちんと視認したムクホークの急降下を横に跳んで避ける事が出来たらしい。
四足での跳躍は最高速が出る代償に小回りが利きにくくなりがちなものだけど、攻撃を前提としない回避なら相手から離れ過ぎても問題は無い。
見れば陽光に灰黒の毛並みはしかし色褪せる事無く煌いて……何故そこで無駄に一回転を入れるのかなナッヘ。コンテスト?コンテスト気分なの?
跳ぶ時はなるべく地面に接するように、むしろ蹴り続けるくらいの感覚でってあれほど言ったのに何茶目っ気出してるのかと。
いや待てよ、見ようによっては挑発ともとれる行動だし、うまく絡めていけば相手の注意を引いてカウンターに持って行きやすくなるか。

「おいオマエっ、本気出して無いダロっ」
「……あっ、いや別に」
「ふざけやがっテ……!」

なかば思考に埋没しつついなしているとどうやら相手を怒らせてしまったらしく、少々攻撃に苛烈さが増す。逆に単調になったとも言えるが。
だってねぇ、本当の意味での"本気"ってそんな気軽に出すものじゃないと思うんだけど。
必ず殺す、自分が死んでも相手を斃すって言うレベルの覚悟が無いと使っちゃいけないんじゃないかな。
殺す事に忌避感を抱けない僕がそういう意味での"本気"を出せばちょっと拙い事になるのは理解できる。
危ないよね、人間で言ったら夕食のカレー造るような感覚で殺された相手はたまったものじゃないとも思う。
だから例え負けそうになっても本気はちょっと出せない、全力で挑んでも負けるようなクラス――「彼」の手持ちだった頃の相手――でも無い限り。
トレーナーに迷惑がかかるから、というただそれだけの脆い理由で。
ああ、してみるとやはり一般的な見解からすると戦闘狂や殺戮によって快楽を得るような存在にカテゴライズされる訳か。

くるりと中空で身を翻した翼から奇妙な軌道で放たれる燕返し、単純な機動性だけでは回避する事は難しい技。
それでも当たる事を前提に力を逸らして挫いて流してやれば、ダメージはほぼ無に等しい。
空を飛ぶ関係上どうしても体重は軽くならざるを得ない為に攻撃の重さだけで押し切る事が出来ないからだ。
炎や電気、肉体で逸らせないものならともかく単純な力技なら捌き切る自信もあったので、ナッヘの方に注意を向けていたのがいけなかった。
近距離で翼を開いたムクホークは一瞬の内に軌道を直線に変更して加速し。

「……っと…………ッ」
「空中じゃ逃げ場、ナイよなァ?」

"インファイト"。
咄嗟に耳を交差させて防ぎつつ上空に自ら跳んだとはいっても、右耳に鈍い痛みが走るのは至近距離で振るわれた爪に抉られたからか。
衝撃は散逸させたとしても宙に浮いてしまっては地面を蹴って次の行動に繋げる事が出来ない。
翼を持たない者は空中ではあまりにも不自由だ、ただ重力に従って地に落ちるのを待つしかない。
大きく羽ばたいて空に留まって、嘴の隙間から見えるのは白い光、どうやら破壊光線の輝きで。
自信満々に、勝利を確信して放たれたそれは当たれば確かに僕に大きなダメージを与えるに違いなく、
空を飛ぶことの出来ないミミロップに回避する事など出来ない、と彼は考えた筈で、実際それは正しい。
――僕以外の相手だったなら。

マジックコート、と言う技がある。本来はちらちらと桃色の瞬きが身体全体を覆い、催眠術や鬼火、超音波等の一部の技を跳ね返すはずなのだが、
しかし僕が使うマジックコートはそれらの技を防御するだけだ。反射する事はない。
歪な光と全身を覆うというよりも半面を隠す程度の展開面積と相まってどうにも頼りないが、
しかしこの技の使い道はそんなところにはない。攻撃の為の技でも防御の為の技でも無いからだ。
どよんとした展開面、それはむしろマジックコートと言うよりは泡にも似て、物理的な干渉を一瞬引き起こす。
そう、一瞬引き起こすだけだ。爪で叩けば次の瞬間には割れる、炎も素通りするぼんやりした光の膜。
しかしその膜を丸めて球に、密になるように造れるとしたらどうだろうか。少なくとも板状にするより丸く造る方が簡単だ。
一瞬の抵抗は一秒に引き延ばされる、しかし面積は非常が非常に小さくなるのは明白。防げてコラッタの体当たり程度だろうし、
それ以前に少しでも面状の攻撃はほとんど防げず、戦闘時に使う意味がない。


だが、足場にはなる。


体表のすぐ近くでないと非常にコントロールが難しい技だが、しかしこの使用法にはそんな制約は無意味だ。
30kgの体重の反発を全て引受け、蹴り上げられてぱしゃんと弾ける中身の詰まった泡と引き換えに僕は空中で一段跳躍する。
地を跳ねる兎が大空を征く竜や鳥達に対抗するために編みだした技だ、というと格好いいかもしれないが、
そんな大層な物じゃない。補助技一つまともに使えない僕がせめて「彼」と「彼」の手持ちについていこうと、
試行錯誤の中で偶然見つけた結果に過ぎないのだから。単にこの技に関しては運が良かっただけ。
そしてそれで十分なのだ。

「なんだとっ……サコン、吹き飛ばしつつ距離を取れっ!」

ああ、その指示は遅すぎる。
避けようがなかったはずの攻撃をこうもあっさりと空中で飛び跳ねるという予想不能な行動によって回避され、
呆然としている上に破壊光線の反動で空中で一時的硬直に陥っているサコンとやらへの命令は、しかしあまりにも遅すぎる。
破壊光線の弱点たる発射後硬直のリスク軽減を狙って、翼持たぬ者が身動きできないはずの空中に誘い込んだのは評価できる。
評価できるが、しかし経験が足りなすぎる。戦いの年季が違うのだ、飛行する相手への対処法だって僕は持っているのだから。
弧を描いてすれ違う瞬間、それでも立て直して此方を吹き飛ばそうと大きく広げた右翼の先端、初列風切羽の全てを僕の爪が薙ぐ。
けして致命傷にはならないが、戦闘が不可能な程に。飛行を続けることができないように。
ぱらぱらと舞い散る羽根の一部、揚力バランスの致命的な変動によって、ムクホークは地へと堕ちた。

* * * * * * * * *

「な――――――――」

とん、と。
とても軽い音と共に地面に戻るミミロップと。
地を擦って不時着するムクホークの対比は、妙に自然で、それはとても当たり前のような。
相手はそれに気を取られてか此方から注意が逸れる。むしろ呆然としている。好機を逃す訳にはいかない。
回避を極めて重点的に特訓した、と言うよりも殆ど回避についてしか教えて貰っていないけど、
機敏さは相手を叩きのめす時にも重要な要素になるという事は習った。要するに不意打ちで急所に当てれば大抵のポケモンは倒せると。
そうしてきっと、今がその不意打ちのチャンスだ。彼の様に空中を動く事は出来ない。
失敗すれば無防備になった背中を掴まれるか裂かれるか抉られるかして終わりになるだろう。
だからといって恐れはない。こんな所で立ち止まる訳にはいかない。成功する姿だけを強く思い描いて、しっかりと目線を目標に固定する。

狩りのイメージ。小鳥程度しか獲った事が無くても、鳥は鳥に変わりは無い。
奔る。跳ぶ。言葉にすれば単純な事。どうせ牙と爪しか使えないのだから近づかなければどうしようもない。
緩やかに宙を行くムクホークに真下から跳びかかる。顎を開いて、喰らい尽くす気合いで。
傾けられた翼、ようやく気がついたのか急旋回しようとするムクホークには私の牙はぎりぎり届かない。
けど、爪なら届く。

斜めに薙いだ前肢にはあまり速度は乗っていないけど、どうやら運が良かったようで、
爪で切り裂くと言うよりむしろ踵で頭蓋を殴った様な形になったのが結果的には良かったらしく。
確かな手ごたえを感じつつ着地の衝撃を四肢で殺――しきれずちょっと痺れた。
瞬時に空を見上げれば脳震盪でも起こしたのかふらふらと空を舞うムクホーク、追撃したい所だけど私が狙うには少々位置が高すぎる。
先程の一撃で警戒されてしまったらしく、一度形勢を立て直そうとでも言うのか一向に降りてこない。
私の攻撃は全く届かない位置取り、逆にもし相手が投射系の技を覚えていれば一方的な戦闘が展開されるのだろうけど。
これはダブルバトルであってけして1v1の戦いでは無い……けど出来るだけ自分の力で倒せって言われた事だし、どうすればいいのだろう。
いや考えろ、自分に出来る事、自分に出来ない事、自分に有利な状況を造る事を私は彼から教わったのではなかったか。

「大丈夫やれば出来る。気持ちの問題だ」
「マスター!わかってますッ!」

相手が降りてこない事にはどうしようもない。
ならば相手を降ろす為に。

相手を降ろす事すらも出来ないのなら、
降りて来た時に最大限自分が有利な状況になるように。
背筋を反らして心の赴くままに吠える、吠える、長く長く続く遠吠えを放つ。
鼓舞するために。自分の血を滾らせるために。今度こそ一撃で仕留めるために。
本当なら悠長にこんな事をしている時間は無いけれど、相手は一旦引いている。
遠吠えによる一時的な攻撃力の上昇を見逃す訳も無く、間違いなく吠え終わる前にこちらを襲う筈。
いかに自分より弱そうなグラエナが相手とはいえ、先程の一撃以上の打撃はまずいと考えるに違いない。
だから、"いばる"と"とおぼえ"。

「ウレン、電光石火から翼で撃つ攻撃!」

少し決断の後押しをさせる程度の混乱の代償として、怒り狂った相手の攻撃は今まで以上に強力で危険に。
遠吠えで高揚させた感情に任せた一撃は確かに相手を斃せるかもしれない、けどこっちだって当たればそれまでで。
頭上、太陽にその身を重ねて上昇するムクホークは電光石火に更に速度を乗せる為の準備動作。
次は無い。これで決めなきゃいけない。見切る自信が無いのなら、半分だけ当たって喰らいつけばいい。

  ――機動性が大切なのは理解したので、そろそろ攻撃と防御……いえ、偏向についても教えて下さいよ
  ――――前脚は添えるだけ……じゃなくて、まだ一週間も経ってないでしょ?
  ――――何事も繰り返してこそだし、それに噛みついたり体当たりだったりだけじゃ確かに拙いけど、
  ――――レベル的に覚えられるような技はそれこそ技マシンでも使わないと無いんじゃないかな
  ――技の種類は多い方がいいと言ったのは貴方です
  ――――確かに行動の幅は広がるけどさ、相手を斃すってだけならそんなに技は要らないんだ

無傷で勝つなんて器用な真似が出来ると思ってはならない。
元よりそこまでの技量が無い事は自覚している。
ただ最後に立っているのが私であればいい。マスターと共に在れればそれでいい。
……かくん、と空から翼が堕ちてくると思った瞬間には、もう目の前にムクホークが。

  ――――脆さと剛さを併せ持つのが生命だから、いや臭い台詞だけど本当にそうなんだって
  ――?
  ――――弱点、急所、なんでもいいけどそういう部分。完璧な存在はありえないんだから
  ――――ポケモンバトルで言えば、んー……パルシェンだって、きちんと当てれば引っ掻くだけで倒せるとか
  ――――僕にも出来ないけど、外側から殻の隙間を薙いで内側をどうこう……
  ――――まぁ……要するによく見てよく当てる事に繋がるから、動きを疎かにしたらいけないって事
  ――上手く騙されたような気もそこはかとなくしてきましたが
  ――つまりは一撃必殺!な勢いできちんと当てればそれでいいという事ですね
  
想像以上の衝撃。翼で叩かれた?爪で切り裂かれた?嘴で抉られた?
何処が痛みの発生源なのかもわからない。悲鳴すら出ない。ただ息が漏れる。
それでも咄嗟に地面に喰い込ませた爪で吹き飛ばされるのを防いで、
揺れる視界の中心に白と黒の羽毛を捕えて、空に戻ろうとするその背中にとびかかる。

  ――――肉を切らせて骨を断つのはありがちだけど有用な方法でね
  ――話の流れが見えませんが
  ――――誰でも勝ったと思った時が一番油断してるっていうか 攻撃された瞬間が一番攻撃のチャンスなんだ
  ――――"無傷で"勝てないと思っても 何かを犠牲にすれば勝てる時もあるってことさ もちろんどうしても勝ちたい時に限るけど
  ――……私の技量が足りないので、最初から怪我覚悟で叩けと言う事ですか?
  ――――自分より強い相手と戦う時は初めからそういう心構えをしてると違ってくるんだよ

翼の付け根に牙を這わせるように、思いきり閉じた顎は確かに相手の羽根に食らいついて。
増えた重みに耐えかねて、私ごと相手は地面に墜ちる。そうなればもうやる事は一つ。
大地に縫い付けたまま叩く、裂く、逃げられない状況での我慢比べ、空に届かない翼は重い飾りに過ぎない。
地上での理は此方にある。いくら暴れられても離すつもりは毛頭ない。
此処で仕留めなければもう勝つ事なんてできないと解っているから。
狩猟本能なんてものが都市で育った私に眠っていたとは驚きだけど、身体を突き動かす興奮のままに牙と爪を振るうのは確かに快感で。
そうして、戻れの声と共にムクホークが赤い粒子となって
トレーナーの手元に戻った時に、少しだけ。
――少しだけ、ほんの少しだけ物足りない気がした。

* * * * * * * * *

「強いなぁあんた、なんか余裕で勝たれたみたいで……いや、俺の修練が甘かったか」
「マグレに決まってルだロ!次は負けねェからナ!」
「油断したゼ……サコンが負けてるのに気を取られタ」
「大体空中で跳ねるなんテ反則ダロ!翼もネーのにヨ!」

ぎゃいぎゃいと騒がしい、が同時にとても楽しそうで微笑ましい。
賞金の受け渡しに続く少しの雑談はバトルの後のトレーナーの嗜みでもある。

「そんな事言われても使えるんだから仕方ないと思うけど」
「……凄い疲れました。まだ頭がふらふらします」
「しかしナッヘも強くなったなぁ、久しぶりに夜はラーメンでも作るか」
「何故そこでラーメン……?」
「祝い事と言ったらラーメンだろう」

…………やっぱり常識が通用しないようだ。
暫しの会話と事後処理(軽度の裂傷や傷薬えを使うまでも無い諸々の打撲等を消毒したりとか、そんな感じ)を終えて、鳥使いと別れた後にもまた歩く。
このまま連戦するのかと思っていたがそうでも無く、ごく普通に人通りの少ない、つまりトレーナーの少ない道を往く。
近くに村と言うよりはむしろ街があるという事で、今日はそこに泊まるらしい。ついでに原稿も一気に清書して送信するとかなんとか。
道中を微妙に脚色しながらレポート感覚での旅行記という新ジャンル、なかなかに受けているらしくこれでも前より給料が増えたらしい。
ちょこちょことメモ帳に何かを書きつけていたのはその為だったのかと、今更ながらに納得する。
良く考えてみるとあんまり過去の事というか、ナツハの事もナッヘの事もよく知らないんだよね。
逆に僕の事もあんまり話してないし、詮索されたくはないからお互い様なんだろうけど。

「遠吠えと威張るのを組み合わせたのは良かったと思うけど、やっぱり遠距離と空の相手には対応できないか」
「そんな技覚えられないような気がしますが、工夫でどうにかなるものでしょうか」
「私が口出しする事じゃないな。ノハルがトレーナーの役割を果たしてくれると楽でいい。
 いやーしかしナッヘよくやったぞーえらいぞー」

背中から灰黒の毛皮に抱きついて顔を埋めるナツハ。これでもう少し年が若いか顔が綺麗だったら絵になるのだけど。
ぐりぐりと頬を押し付ける姿は正直あまり……うん。ここ一応野外だしね、人通り少ないけどちょっと怪しい光景だからね、自重しろと。
ナッヘもまんざらでもなさそうな表情なのが手に負えない。ていうか紅潮してるしね、灰色の毛皮を通して解るくらいに。
半開きに開けた顎からだらしなく零れたピンクの舌先が、ナツハがわしゃわしゃと毛並みを混ぜくりかえす度にぴくんと反応するのがちょっとエロい。

「乳繰り合うのはその辺にして、遠くに微妙に人工物が見えるけど、あれ?」
「んー?……ああ、あれだ。この分なら日が沈むまでに辿りつけるか」

毎度の事ながら切り替えが早い。
物足りなさそうなナッヘをひょいと放して進行方向を確認し、首を鳴らしてナツハは再び歩み始める。
黄昏を孕んだ明るさは、夜と言う決定的な終末を前にした最後の太陽の足掻きの様で、雲が紅に染まるのはいつ見ても美しい。
反対側の澄んだ青から水色に、黄色にほんの少しの緑、そうして赤と白を混じらせた夕焼けに程近い空の色。
天に絵具をぶちまけた様な、ではない。絵具がこの色合いのグラデーションに似ているのだ。
見上げればすぐそこに、こんなにも綺麗なモノが誰に対しても開かれている事に、どれだけの人間とポケモンが気がついているのだろう。
などとちょっと哲学の紛い事らしき思索に耽っていれば、果たして言うとおり日が沈む前には寂れた街に到着していた。
脚だけを動かし続けて自由に思考を飛ばすのにはちょっとしたコツがいるけど、この一週間で随分と上達したと思う。
たまに会話があったり、野生ポケモンとの邂逅があったりする程度で、ほとんど歩くかモンスターボールの中に居るかだったから。
例外はナッヘの訓練や木の実の採集や食事時くらいのものだ。

「さて、丁度ラーメン屋台がお誂え向きに前方に存在するな」
「宿はどうするのさ」
「そんなもの後で考えればいい、最終的にはテントもある」
「マスター、私熱いものはあまり……」
「冷ましてやるから大丈夫。親父、塩と味噌と醤油だ。醤油は少し冷ましてやってくれ」
「構いませんが、ポケモン用の椅子なんてありませんよ」
「抱くから大丈夫だ」
「ちょっ――」

流れるような動作で屋台に近づき、流れるような動作で注文したナツハは、流れる様に僕の体を引き上げて自身の膝の上に乗せた。
一応30kgある筈なんだけど片手で掴まれて動かされたのは何かの冗談だと思いたい。いやそれより問題はこの状況。
子供扱いだとか無い胸が背中に当たってるとか、そういう部分はもうどうでもいい。
問題は、横で今にも襲いかかって来そうな眼で此方を睨んでいるグラエナ。
いややばいって、なんでこの程度でそんな本気で羨ましそうな恨めしそうな眼で僕を見つめるのかなナッヘ。
不可抗力だよ?僕が望んだ訳でもないし今だって出来れば代わってあげたいんだけど四足と二足の違いと言うか、
そもそも文句があるなら僕じゃなくてナツハに言えと。

「あいよ味噌と塩と醤油お待ち」
「む、これでは食えんな。ほらノハル、口を開けろ。
 味噌ラーメンを食べさせてやる」
「いやちょっ、ナッヘが凄い目でこっちを見てくるからやめッ、鼻に!鼻に入るから!」
「あーん」
「ちょっと本気で止めっ、熱ッ!?自分で食べるから大丈夫、ナッヘに食べさせてあげっ、ぶッ」
「それもそうか。ナッヘ、乗れるか」
「はい!」

嬉しそうにラーメンを食べさせて貰っているナッヘを尻目に、気管に入った汁を咳きこんで吐き出し、
中腰で台の上に顔と腕を出してラーメンをちゃんと頂く。味は悪くない。
なんというか、ナツハは鈍感というか高性能というか性格が悪いし、ナッヘは独占欲が強いというか少々あれだし、
ああもう選択間違えたかなー。でも楽しいといえば楽しいしなぁ。
はふはふ言いつつ器用に麺を啜っているナッヘにの特訓に付き合うのも、うまく表現できないナツハの奇抜な行動に振り回されるのも別に嫌いじゃない。
こういうのをかけがえの無い日常と言ったりするんじゃないのかなぁと思ってみるけど、爺臭い考え方だ。
まだまだ若いつもりなんだけど、今の状態はいわば余生の様な感じでもあるし案外正鵠を射ているのかもしれない。
嫌いじゃない、が積み重なって好きという言葉に結晶化するのなら、きっとその道の途中に僕は居る。
気紛れと偶然が織りなした出会いだったけど、ひょっとしたら運命だった可能性もある、と。
……ラーメンを食べつつ考える事じゃ無かったね、うん。

そもそもラーメンなんて一部の人型ポケモン以外には食べにくくて仕方ないと思うんだけどね。
確かに身体は温まるし、濃厚な出汁が麺に絡んで食感を増幅させている、僕は割と美味しいと感じるけど。
ミミロップが美味しいと感じる味の幅と人が美味しいと感じる味の幅は違う。当然グラエナとも違う。
重なっている部分はあってもけして完全な合一を果たす事は無いのは生物としての種が違うから当然の事だ、個体差よりも大きな溝がある。
ポケモン全般に渡って一定した美味しさの基準などそれこそほとんど存在しない。せいぜい"きのみ"くらいだろう。
この前の酒の件にしても原因はそれ、トレーナーじゃ無いにしてもせめて基本的な生物としての差異位は把握してほしい。

「水ありますか?」
「あいよっ」

持ちにくい蓮華をなんとか上手く操って、最後のひと掬いまでたいらげる。
後は水で流しこめば食事はお終い。ジト目もすっかり鳴りを潜めたナッヘと、既にワンカップ開けているナツハが食べ終わるのを待つだけだ。
掌の内側にごく軽く意思を集中する、既に水はあるのだから冷やす程度で充分役に立つし、殆ど体力も使わない。
敵を打ち倒す為ではないといってもやっている事は吹雪と一緒、だと言うのにこの違いはなんだろう。
残った水を適度に冷やしてから飲み込んで、喉の内側に籠る味噌の味と熱を灌ぐ。
氷になる一歩手前まで冷却された水の清冽さが染み渡って意識を覚醒させる。満腹になると眠くなるのは大抵の生物の本能だから仕方が無いけど、
流石にこんな所で寝てしまうのは少々恥ずかしい。というよりも絶対からかわれるだろう。
もっとこうクールビューティーかつロンリーな性格の筈なんだけどなぁ、何処で何を僕は間違えたのやら。

「勘定を」
「あいよっ……ありがとうございやしたー!」
「お腹一杯で眠いですよマスター」
「此処には大きなホームセンターがあるらしいからな……丁度カードの再発行ももう済んでいる筈だし窓口で……
 いい加減収納用のモンスターボールも……いやしかし高いしなぁ、どちらにせよ明日は……」
「……ナツハー?」
「ん?ああ、たまには風呂付のホテルにでも泊まるか」
「会話が繋がってない気がするんだけど」

アスファルトを脚裏で踏みしめてナツハの後を追う。あー、ポケモン用の靴を真面目に造ってくれる会社どっかに無いかな。
絶対売れると思うんだけどね、お洒落方面じゃなくて実用系なら。靴下的な何かとセットにしてさ。
都会ほど臭くも煩くも無いけど路面だけはどうしようもなく硬いんだよ、草葉と土を踏むように出来てる僕の脚には少し辛い。
鋼タイプでも無ければ大抵のポケモンにとって舗装された地面は硬過ぎるし、密集し過ぎた人間の生活臭は匂いすぎる。
ポケモンに優しくとかポケモンと仲良くとか言ってる割にはその辺が抜けてるのはやっぱ人間が中心となっているからか。
自在に聴覚の入力を制御できるようになるまでは周囲の騒音に悩まされたものだ、今でも大音量は苦手だけど。

「ようやくきちんと身体が洗えますね」
「タオルだけではお前達はともかく花も恥じらう乙女の私はストレスで倒れそうになっていたからな」
「三十路間近な上に乙女って顔でもないよね」
「女心は永遠に17歳という諺を知らないのか?」

取るに足らない会話。何の変哲もない会話。だけどどこか楽しい会話。
ふと空を見上げると、紫の影がビルの間に消えて行くのが見えた気がして、あれ?
グライガーだと思ったけど、生息地ってテンガン山のこっち側にあったっけ。……まぁいいか。
別にグライガーだった所で僕には関係の無い話だ。

――関係無いどころの話でなくなるのは、次の日の事。

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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