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Luna-1

/Luna-1

※このSSには軽度の残虐表現と重度の厨ニ要素および高ニ病保菌者の妄想成分が含まれます。



とうに夜半を過ぎて星も月も曇天に隠れ、豪雨に葉の天蓋も意味を持たず強く弱く雨粒が大地を叩くこんな天気では、
野生のポケモン達は眠りに、夜に彷徨い歩く種族達ですら不快な空模様にその殆どは塒を動かないだろう。
飼いならされた者は人の造る温もりの中で守られて眠りに落ち、或いはモンスターボールにその身を預け、
人間達も大部分は明日の為にその身体を横たえている筈の、そんな時刻そんな状況で活動するのは如何なる者か。
……捨てられた者だ。負けた者だ。あるいは意義を失った者だ。そう、僕のような存在だ。

既に毛皮は雨を弾く事を諦めて、被毛の下の表皮まで完全に水が浸透している。
冬も近いこんな時期に雨に打たれ続ければどうなるかぐらい火を見るより明らかだし、
このまま歩き続ければ24時間以内に僕は体温の低下によって昏睡状態に、その後は天国にまっしぐらだろうなぁと。
他人事のように自分の未来を了解し、そんな時でさえ種族の特性として身体が、耳が勝手に幽かな異音を捕える。
ふと気になって、本当にちょっとした好奇心から精神を聴覚に集中させる。そう、不可能では無い。
今では雨と泥水に濡れてぐしゃぐしゃに汚れて見る影もない耳。かつては手入れを欠かさなかった大きな耳。
例え豪雨が空気を乱していても、泥濘を雨粒が叩く音が周囲を覆っていても、ミミロップである僕にならば不可能では無い。
普段は垂れている耳を天に向かって伸ばして、結果耳の内側を伝って被毛で弾かれなかった水滴が鼓膜に接触する前、
数秒ほどの時間に精神を聴覚に集中させ、雑音と自分の鼓動を取り去った後に残った異音の正体は。

―――――――――――――――――――――――ぁあああああああああおおおぉぅ、と。
水底から沸き上がる振動のような、喉元で何重にもこねまわして熟成された声が、重なって。
春の猫のそれに似た、どこか粘っこく絡みつく雄の声、おそらくは複数。

―――――――――――――――――――――――しゃあああああああああああぁぁ、と。
同時に怯えた獣の、しかしそれでも矜持を失わない、精一杯の威嚇をこめた叫びが虚しく響く。
半ば諦めと混じり合った抵抗の狼煙を上げるのは、まだ若い雌だろう。

雄は3匹以上、対して雌は一匹、距離で言えば南南西に1200メートル程度、推するにレベル的に雌の方が下。
響きに籠る劣情は隠しようもなく、いわゆる強姦だろうと当たりをつけてみるも、しかしだから何だ。
野生の世界ではままあることだろう、雌が了承しなければ子供は育てられないし、快楽目的で犯されるならそれを撥ね退けられない弱さが悪いのだ。
強い者が弱い者を虐げるのは間違っている、間違っているからどうしたと言うのだ。弱肉強食の原理はどうした?
生きる事は戦う事、或いは走る事、逃げる事、騙す事。世界は優しくない。美しくなんかない。ましてや平等ではけしてない。
綺麗に輝く光もあるだろう。憧憬の眼差しを受けて真っ直ぐと進む者もいるだろう。だけどそれはやがて塵に還る。

……こんな事を考えてしまう時点で、人間に染まっているとでも言うのだろうか。
そもそも僕は野生であった事など生まれてから一度もないと言うのに。野性を語る資格など無いと言うのに。
トレーナー持ちのポケモンは違う。それは保護されている。それは生命を保証されている。それは愛されている。
あまりにも屑すぎる人間でも無い限り手持ちに対しては最低限の優しさを注いで使うのが普通だからだ。
例外は確かに存在する、存在するがしかし少なくとも「彼」は違った。「彼」は立派だった。

――だけど「彼」は僕を捨てた。

強いトレーナーだった。リーグに挑戦するに足る実力を持っていながら、ふらふらと町から町へ、森から森へ。
図鑑を埋める事にも意義を見出さず、辺鄙な湖で季節を過ごしたかと思えば、一日で100連戦というふざけた行動に出る。
それでもポケモンに対する愛情は本物で、皆が皆「彼」に懐いた。「彼」の事を嫌いになれる筈が無かった。
ポケモンと人の壁を越えて、愛すら誓った仲間もいた程だ。

――だけど「彼」は僕を捨てた。

増えすぎた手持ち、親からの圧力、大型ポケモンの食費、原因は色々あっただろう。
いつの頃からか「彼」は僕を優先的にバトルで使うようになった。特に僕に対して優しくなった。
元々があまり強く無い僕に、それでも力をつけさせようと、次のトレーナーを得やすいようにと。
あるいは野良ポケモンとして生きていけるようにとの配慮だったのだと気づいたのは、つい最近の事。

――だから「彼」は僕を捨てた。

せめて雄では無く雌だったなら。
あるいはもっと強かったら。主力として戦いを先導できる程に強かったなら。
育て屋に預ける事、或いは実家に送ることも出来ただろう。だけどそんな物こっちから願い下げだ。
優しく「ごめんな」と。それはつまりお前は要らないと言う事。それはお前がいなくても大丈夫という事。
馬鹿でかいバンギラスやミロカロス、「彼」の最初からのパートナーのハガネールの憐憫の目線が。
同情の目線が。その奥に見え隠れする、幽かな幽かな安心と侮蔑の目線が、どうしようもなく痛くて。
あらゆる束縛を振り切ってまでお前を連れて行く程の絆はお前との間にはないよ、と言われたような気がして。

――だから「僕」も彼を捨てた。

本当に良くしてくれて、出来る限りの強化もしてくれた「彼」には悪いけど、
卵が割れた日から「彼」と共にあった僕には「彼」無しの生き方など考えられなかった。
お辞儀をして静かに別れを告げ、飲み食いもせずただふらふらと歩きまわる。
目的なんかない。意味も無い。死ぬなら死ぬでいい。あるいは歩いている内に気が変わるかもしれないと思って。
だけど何も変わりはしない。ただ意味も無くゆっくりと死に近づいていっただけだった。

脚が勝手に動くのに任せて思考に耽るのを止め、ふと気がつけば岩場の前、微かに漂うはすえた雄の体臭と汗と暴虐に酔う獣の臭い。
雨で流されて行く筈の臭気が感じられると言う事は、この洞穴の中に先程の声の主達がいると言う事なのだろう。
鼻から空気を取り入れる、混ざる血の臭い、恐怖に染まる雌の臭いと――――人間の臭い?
どういう状態なのだろうか、少しだけ興味が沸いてくる。雄は4匹で雌は1匹、それに人間とは一体?
人がポケモンを使ってポケモンを凌辱しているのか、人を守るためにポケモンが強姦を受け入れているのか?

暫し逡巡した後に僕は中に入ってみる事に決めた。
洞穴の中は薄暗かった。だからと言って視覚に頼るポケモンでもない限り不便は殆ど無い。
多くのポケモンは暗闇でも形状の認識程度は出来るし、ましてや僕はミミロップだ。
鼻もある程度効く以上、目的の場所にたどり着けないわけがない。
静かに、密やかに、音の聞こえる方へと向かう。何故かぼんやりと明るい方へ。
砂地というか岩肌というか、地面が都合よく自らの足音を消してくれるおかげで音を聞くのは楽だった。
……聞こえてくる単語と音をひっくるめて考えると、どうやら真っ最中らしい。
……臭いが強くなり、もはや音源まで数メートルと言ったところ。都合のいい場所にある岩陰に隠れ、そっと向こうを窺うと、そこには。

「っあ……やめっ……あがっ……ふぐうううううぅッ!!」
「ごめんな嬢ちゃん、ひっさしぶりだから加減がわかんなくてよォ」

じゅぷじゅぷと言うほどの水音では無く、むしろぎちぎちと表現するのが正しそうな効果音。
灰色と黒の体に黄色の眼、グラエナの雌が前後からマッスグマとウインディに押さえつけられてもがいていた。
橙と黒に白の房毛、逞しい身体のウインディはグラエナの後方から覆いかぶさり、小刻みにくいくいと腰を動かして、
その度に濁った悲鳴にもならない濁音が彼女から漏れるのは間違いなく快感からでは無い。
グラエナの頭部を掴んで股に押し付けているのは茶と肌色の毛並みのマッスグマだ。

「トレーナー付きの癖に弱かった自分自身を恨んでくれな」
「……ッ!…………………ッ!!!」

雌の頭部を優しく撫でながら、縞模様の獣は口膣を凌辱する事を止めず。
その股間を濡らすのは唾液と先走りだけでなく、おそらくは瞳から零れ落ちた涙も含まれて。
口を完全に塞がれてしまっては声を出せるはずも無く、ぬめる肉塊を味わうしか無い。
視界にはほとんどマッスグマの陰部しか映っていないだろうし、鼻から吸う空気もその体毛に濾過された物だろう。
鼻が利く種族にとってフェラチオは苦痛だと、昔聞いた覚えがある。

「しっかし弱かったなぁ」
「早く代わって下さいよ、俺もう待ちきれなくて」

そんな絡み合った毛玉の様な三匹を眺めているのはゴーリキー。
人によく似た姿、盛り上がった筋肉についた傷は彼の戦いの遍歴を表しているのだろう。
対して背に羽根持つ赤い姿、傷も少なく何処となく子供のような雰囲気を漂わせるのはハッサム。
二匹の脚元に倒れているのは人間。外傷は見当たらないにしても気絶している事は確かだ。
隣には広域ライトが横倒しになっていた。明かりの元はこれか。

……なるほど、つまりは人間に恨みを持つようなポケモン、そのうち何匹かは捨てられた――僕のような――が雨宿りの最中に、
新人トレーナーの癖にこんな時間に野営もしない――おそらくは場所を求めて此処へやって来た――人間を、
昏倒させたついでに――モンスターボールに一度入った時点で殺人忌避は刷り込まれている――たった一匹のパートナーを、
性欲処理に利用している最中だったと言うところか。おそらくは処女だったグラエナを。
口と子宮を犯されて、望まぬ子種をぶちまけられ、飲み込まされ、しかしそれに抗う術も無く、また抗ったならば主人が傷つけられかねない。

――だから何だと言うのか。
それを「非道な」「下劣な」とも思わないし、美しいとも淫靡だとも思わない。
単なる排泄行為に等しい、或いは仔を授かるのかもしれないし、機嫌が悪ければ彼女はこの後殺されてお終いになるだろう。
そうでなければ解放されるかもしれないし、トレーナーと共に再び旅に出る可能性も十分にあるし、今日の事を忘れる日さえ来るかもしれない。
――しかしだから何だと言うのか。

きっと僕の感情は「彼」に捨てられた時に凍ったままなのだろう、と。
思いながらぼんやりとその雌のグラエナを見ていた。
蛙を潰したような声しか聞こえないのは喉奥まで雄根が占有しているからだろうし、
ぽたぽたとウインディとの結合部から紅いものが滴るのはサイズが違うからだろうし、
この後もハッサムとゴーリキーが待ち受けていると言う事実、絶望するには十分な状況だろうに。
マッスグマが尾と後脚を伸ばし、一際強く腰を突き出して彼女の喉奥を小突き、そのまま食道までねじり込み。
滾りを迸らせて無理矢理流し込むと同時、強く振った首に陰茎が外れ、射精の止まらぬ雄槍がその顔を汚し。
げぽ、と白いものと胃液の混合物を吐き出す瞬間に、混じり合った視線、僕の姿を見つけたその眼は。

――――その眼には。


――――その眼には、諦めと。


――――諦めてなお折れない輝きが。


――――絶望を否定する煌きが。

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

ムッとするような不快な匂いと共に、私の目の前に突きつけられたのは赤黒い先端部を残して剛毛に覆われた醜悪な肉の棒。
誰がこんなもの、と反抗しようと口を開けた瞬間にがぼりと『それ』が突きこまれる。
既に先程の戦いとも呼べない戦いで、自分の体力は限界に近く、マスターを守りつつこいつらに抗うのは無理だと知っていても、
やはり直接喉奥に抉り込まれると、流石に。

「んんっ、んんん―――ッ!」
「あー、間違っても歯を立てないでくれよな?」

お前もあの人間も殺したくはないんだから、と暗に脅しを含ませた言葉。
抱えられた頭、視界いっぱいに映るのはこいつの腰だけだけど、それでも眼の前のマッスグマがどんな表情をしているかぐらいわかる。
殺されるかもしれないという恐怖に口内に突きこまれた物を噛み千切ってやることも出来ない。
無理やり喉の奥まで捻じ込まれ、息が苦しく、喉にゴツゴツと当たる先端はその度に強い吐き気を呼び覚ます。
せめてもの反抗として舌が触れない様にひっこめようと、しかしそれすらも許されず、
舐めてやってるつもりなんてまったく無くとも、空気を求めてもがく過程でどうしてもそういう感覚を相手に与えてしまう。

「こっちがお留守だぜぇー?」

――ごる、と。
錯覚だろうが、鈍い音を立て股の間に差し込まれた雄槍が捻れる。
こいつらのリーダー格であるウインディのその体格に合った大きさのそれは、私にはいささか大きすぎ、
痛い、を通り越してもう激痛、痛みで全身がのたうつ様な刺激がウインディが腰を動かすたびに襲い掛かる。
それでも慣らしを兼ねて先程までは殆ど動かなかった結合部をゆっくりと前後させ、破瓜の血と裂傷から滴るそれを混ぜ合わせ、
ぎちぎちと音を立てながら凌辱する。酸素が足りない、何も考えられなくなる、断じて快感からでは無い、けど……
ひょっとしたら、何も考えられなくなった方がいいのではないか、と。

汚され穢されつつも、それでもマスターを守りたくて。
自分の注意不足、経験の足りなさからの現状、自分だけで無くマスターさえ危険に晒した事に対しての深い後悔。
そんな罪の意識が、あるいは本能が、「委ねてしまえば楽になるよ」と囁く。

「っあ……やめっ……あがっ……ふぐうううううぅッ!!」
「ごめんな嬢ちゃん、ひっさしぶりだから加減がわかんなくてよォ」

囁くが、しかしそれは嘘だ。
胎内で弓なりに反りかえる屹立も、口内を汚染する錐も、永遠に私を苛みはしない。
もっとも大切なのは砕けない心だと、私はマスターに教わった。
加虐心を擽ってやるだけだと分かっていても、精神を削り取るような痛みの中、しかし心だけは。
半ば諦めてはいる。後悔もしているが、それでも絶望はしない。希望など無くてもいい、嘘でいい。
折れてやる訳にはいかないのだ。例え前足の爪を悉く毟られていようとも、のしかかるウインディから嗤いが零れようとも。
みりみりと、未だ大切な場所を裂きながらの拡張は続き、最初の本気で頭が真っ白になるような灼熱の奔流、
痛覚の暴走に比べればそれでもいくらか楽になったとはいえ、いまだ小刻みに擦りつけるような腰の動きの度に
漣のように新しい痛みがお腹の中から全身に広がっていく。こんな行為に快感を覚えるような生物などいるはずがないだろうにと、
必死に、潰されてしまわないよう、塗りつぶされてしまわないように思考を保ち続ける。

「トレーナー付きの癖に弱かった自分自身を恨んでくれな」
「……ッ!…………………ッ!!!」

臭い。咽るような、放置した生肉の、酸味混じりの、おそらくは洗った事など無いのだろうその臭い。
口の粘膜と混ざり合うそれが嫌で嫌でたまらないが、しかし私にマッスグマから逃れる術は無い。
汚辱感で視界が歪む、涙が零れて溢れ出す。暴力的な臭気の塊を今まさに飲み込まされている事に対しての、
細胞の一つ一つが腐っていくかのような、すえた穢れの臭いが舌と食道を凌辱していく。嫌だ。
嫌だどうしてこんな目にいやだいやだ熱い臭い汚い嫌い嫌い痛い痛い痛いもういやだ止めてくれどうか――

「しっかし弱かったなぁ」
「早く代わって下さいよ、俺もう待ちきれなくて」

外野のハッサムとゴーリキーの声が聞こえ、形を取り戻した思考の中でくじけそうになった自分に恐怖する。
彼等の脚元にはマスターがいるはずだ。大丈夫、マスターは死んではいない、今はまだ。
大丈夫、私の心は折れていない。今はまだ。耐えられるはずだ。耐えてみせる。
例えウインディとマッスグマが満足したところでハッサムとゴーリキーの相手もしなければならないだろう。
耐えられるのか? 疑問に思ってはだめだ、耐えてみせる、耐えなければ、耐えれるはずだ、必ず。
順序立てて思考を纏めるのが難しい。いけない、考え続けなくては、抵抗し続けなくては意味が無い。

――だけど、眼前のマッスグマが小さな呻きをあげて、腰がぴくりと痙攣すると共に引き攣る口中の肉塊、
ぐわっと一際大きく震え、放たれるのは汚濁の白。塩味に混じる苦みはむしろ根元に付着する澱みのせいで、
味自体はそんなに濃いものでも無く、しかし「汚された」と言う認識が瞬時に脳内を満たし。
無理矢理流し込まれた滾り、胃に感じる重さに耐えきれず、首を強く振れば緩まった拘束に肉塊が外れ、顔に白濁が降り注ぐ。
それでも私は諦めない、と強がるために振り返り、マッスグマを睨みつけてやろうとして、視界の端に映った幽かな茶色。
濃厚な雄の臭いに掻き消されて気がつかなかったけど、いつの間にか此処にいるのは5匹と一人では無く、6匹と一人に。

――――――――どうしてこんな所にミミロップが?


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


視線の交差は一瞬。
だがしかしその一瞬で、その瞳に浮かんでいるモノを理解する。
それは僕に足りなかった強さであり、同時にこのまま放っておけば確実に瓦解する物でもある。
自分でもよく分からない感情に突き動かされ、僕はふらりと岩陰から出て姿を現した。
笑いが零れる、薄ら笑いは噛み殺した笑いに、そして高笑いに、そうして気の狂ったような甲高い笑い声に。
おかしくてたまらない。が、何がおかしくてたまらないのかは分からない。
分からない事がおかしくてたまらないのかもしれない。こんな簡単な事に気づかなかったなんて僕はどうかしている。
「彼」無しの生き方など想像できない?意味など無い?何を下らない事を考えていたのだろうか。
意味が無ければ創ればいいのだ。自分の手で。なんでもいい、自分の手で作り上げる事こそが大事なのだ、と。
「彼」に甘えていた自分がおかしくてたまらない。「彼」に依存していた自分がおかしくてたまらない。
彼女の視線の何が僕にこの高揚感をもたらしたのかは分からない。分からないけれど、しかし彼女のおかげで確かに生きる気力が沸いた。
そう言い切ってもいい程だ。ああ、本当に気分がいい。

「ねぇ、名前も知らないグラエナさん」

  ――――お礼をするべきだろう。
  どうせ死ぬまでの暇潰し、彷徨って死ぬのも此処で死ぬのも同じだと思っていたが。
  あるいは彼女を助けるために此処に呼ばれたのかもしれない、と運命論者の如き馬鹿馬鹿しい考えを振り払って、しかしそれを否定しきれず。
  体は既に連日の放浪と酷使でズタボロ、腹は減りすぎて逆に何も感じない、濡れに濡れたせいで身体が重い上に熱い。
  こんな状況で四体の大型ポケモンを相手にして勝てる程僕は能力に恵まれてはいない。

「僕が助けてあげるよ」

  ――恵まれてはいなかったが、しかし人間の知恵と科学は偉大だ。
  例えばモンスターボール。物質を自在に縮小拡大する技術。中のポケモンを停滞場に留める技術。
  例えば傷薬。どんな怪我であってもある程度の応急処置を可能とする物を携帯可能にする技術。
  例えば技マシン。金を払えば手軽に新しい技をポケモンに書き込む事の出来る技術。
  そして「彼」は、無意味な事をするのが大好きだった。

「なんだァてめぇ?」
「邪魔するってのかよ、いい所なのによぉ」

子種を放出し終わったマッスグマと、未だグラエナと繋がったままのウインディが僕に目を向ける。
先程までは全く何も感じなかったその痴態、雄と雌の絡まり合う姿にほんの少しの興奮を覚えながら、
しかしそれよりも戦闘の鼓動の方が僕を昂らせる事に変わりはない。
耳を中空に軽く持ち上げ、自分以外の5匹と1人の脈を知覚しながら、4匹全員を相手にするのは不可能だろうと、
まずゴーリキーとハッサムを相手取る事に決め、笑いながら彼等の方を振り向く。
10秒以内に2匹を戦闘不能に追い込めば、吐精の影響で動きが鈍ったマッスグマと未だ繋がっているウインディは倒せない事も無いだろう。

「ごめん、心にもない事だけど謝っておく」
「ああ?お前一体なn「あぎゃああああああああッ!!!?」おいてめッ……ぐッ!」

接近しつつ影分身からの耳を使っての大質量での殴打。
瞬間怯んだハッサムの露出した右眼に爪を楔に見立てて腕を伸ばしきって打ち込む。
体高にして二倍、しかし穴を掘る為に土を掻きだす後脚は。飛び跳ねるために鍛えられた後脚は。
地面をしっかりと踏みしめての跳躍、高々2メートル程度に到達しない道理は何処にもない。
鋼の鎧を纏っていようとも、しかし生物、守られていない場所はいくらでも存在し、そのような部位であれば破壊にそれほど力は必要ない。
故にずちゃり、と嫌な水音と共に、30kgを超えるミミロップの全体重を乗せた打突は柔らかな眼球を貫いた。
ぽふぽふした柔らかい毛皮、身体の末端部の柔毛が血と何か別のどろりとした熱いものに濡れる感覚。
冷たい雨が染み込む時とはまた違った感触に背筋が震えるのを感じつつ、さらに腕ごと捩じって爪でつかんだ何かを引きずり出す。
脳髄の切れ端だろうか、綺麗な色だ。これでハッサムは無力化出来たはずだ。
唖然としていたゴーリキーの瞳に理解の色が浮かび、怒りとなって結実する、が行動を起こす暇は与えない。
おいて、と言おうとした時点で僕は既に爪に付着した肉片を振り払い終え、めえ、と続ける前に腹部に開いた掌を叩きこむ。
鋼のような筋肉を持っていようと、しかしそれは皮膚であり筋肉であり、衝撃を伝える事に変わりはない。
内臓を揺さぶられてほんの数瞬だけゴーリキーの動きが止まる、そしてそれで十分だ。

「はっ――――――――?」

小さな爪。
しかし明確な意思を持って、皮膚に対して直角に撃ちこまれたそれは、腕の筋肉に無視できないダメージを与える代わりに、
例え岩であろうと鋼であろうと、罅を入れるに足りる破壊力を局所的に持ち得る、だからそれで十分だ。
地面にへばりつくように姿勢を低く、強靭な後脚でもって大地を蹴り、ゴーリキーの喉元に右腕を、ずん、と。
あやまたず正確に動脈を貫いたその爪先と腕を、噴き出す赤黒い血潮が濡らす。信じられない物でも見たかのように、
顔に驚愕の表情をへばりつかせてゆっくりと倒れていくゴーリキー。これでゴーリキーも処理し終えた。
地面に流れ出る命そのものを踏みしめて、くるりと片足で華麗にターンを決める。ああ、楽しい。

「ねぇ名前も知らないウインディとジグザグマ、心にもない事だけど謝っておくよ」

不意打ち無しで2体を同時に相手取るのは今の体調では難し過ぎるだろう。
だからこそ、有利に戦うために心理的な駆け引きが重要になる。
そして生物の最も基本的な感情とは、

「運が悪かったと思って死んでくれないかな?」

恐怖だ。

  ――「彼」は、無意味な事をするのが大好きだった。
  ミミロップと言う種族が「覚える事が不可能な」トライアタックと呼ばれる技を基盤に。
  忍耐と研鑽、実らぬ努力、それでも「彼」の思いつきを実現するためにその原理を覚え、その感覚を想像し、
  個体の努力では辿り着けぬ場所なれど、それ自体を使用できずとも概要は掴み。
  ミミロップと言う種族が「覚える事が不可能では無い」三色パンチと呼ばれる炎と雷と氷の拳を参考に、
  それ自身を覚える事は出来なくとも、しかしその原理は「彼」に教えて貰い、かつその技を実際に「彼」のポケモンに見せて貰い。
  生来の性質にて生まれてから抗うのは無意味であっても、しかしそれでも拳に「なにか」を纏わせることには成功し。
  巨大な耳を使った戦い方を覚え、連続で拳を繰り出す事を学び、相手の力を奪う拳も学び、渾身の力を込めて突き出す拳も学び。
  あらゆる拳、使えそうな技を習い、人の知識を学び、その原理を学び、その思考方法を学んだ。
  しかし不器用故にその内の唯一つとして極めるには至らない。使えるはずの技すら満足に発動しない。
  鍛えても鍛えてもつかない筋肉に使えない技、それでも続ける練習、中途半端な技術、だけどそれを突き詰めて、手に入れた力がある。

自分の生命力を注ぎこみ、渦巻く力に確固たる形を与える。
耳の先端部に灯る仄かな光、周囲に舞う燐光は僕自身の命そのものだ。
教えられた技のどれ一つとしてうまく扱えない以上、出来ない部分を他の技で補うしかない。
炎でも氷でも雷でも無く、エスパータイプのポケモン達の技に似てなお異なるその力を束ねて練り上げる。
精神の、心の、あるいは魂とか言われるような力でもってそれを一つのビジョンに纏め上げる。
薄笑いを絶やさずに。視線だけで2匹の雄を威圧しながら。

「うわ……うわぁぁぁあぁぁぁああ!!」

恐慌状態に陥ってただこちらに突進してくる縞模様の獣を睥睨し、脚元の小石を蹴りあげて拳を叩きつける。
瞬間的に加速されたそれは十分に避ける事の出来るはずの速度だったにもかかわらずマッスグマの右前脚に命中し、
ぶざまとしか言いようがないほどあっけなくバランスを崩して倒れこむ。転がった故に柔らかな腹部が露出し、
起き上がればいいのに近づく僕を見つめるだけで何もしようとしない、いや、パニック状態に陥っているのだろうか。
ああ、楽しいなぁ。滑らかな毛皮を僕の黒い爪が綺麗に裂く。まろびでたはらわたは鮮やかなピンクと黄色、原色の赤で彩られて、
ぴくぴくと痙攣し口から泡を吐くマッスグマももう動く事は出来ないだろう、残るのは1匹だけだ。

完璧な笑顔を造ってウインディを見る、ここに至ってようやくウインディは結合を解いた。
ぐぽりと水音を立てグラエナから引き抜かれた生殖器、ウインディのそれは湯気を上げながらいきり立ち、
しかし本体たるウインディは若干の恐怖と怯えを含んだ目でこちらを凝視しつつ唸る。
殺さなければ殺される、と悟ったのかどうだか知らないが、姿勢を低く取ったかと思うと、
キィン、と音を立て掻き消すようにウインディがいなくなる。が、

「神速ってどういう原理だと思う?」
「なっ!?」

僕には効かない。
あらゆる音を捕えるミミロップの耳に、マッハに到達しない攻撃を、おまけになんのてらいも無く放たれたそれを予測し回避できないはずなど無い。
故に体勢の立て直しの為に生じたタイムラグ、ウインディにとっては致命的な1秒程度、余裕をもって会話が出来る。
ふわりと地面の上を滑空するように走り、暖かそうな体毛に包まれたウインディの首に抱きつくように。
あわてて振り返ろうとするウインディの力を利用して、自由落下する肉体、長い耳をウインディの首に巻きつかせ。
宿る煌き、自身の命の力を使っての強化された筋力は大型獣の頸椎を外し折るに足る。
――ごきん、と鳴ってはならない音が鳴り、かくして幕は降ろされる。

「――――ははは」

――なんて、楽しいんだろうか。
自分が強者の位置にある事は。呼吸をするように相手の命を奪えるという事は。
本当はそうではなくても、一撃でも喰らえばそれでもう倒れるほど体力がぎりぎりだったとしても、
しかし死んでいった彼等にはその事を知る術がない。僕は完璧に演じ切ったのだ。
どうしてこんな楽しい事を忘れていたんだろうか。どうしてこんなに面白い事を忘れていたんだろうか。
精液と汗の臭いに塗れていたはずの岩場の中は既に血漿と臓物の香りで満たされて。
そうして呆然としているグラエナに向かい合うと同時、楽しさが急に消えると共に、どっと虚しさと疲れが。
ただでさえ肉体の損耗が激しいというのにこんな立ち回りを演じたのだから、仕方のないこととは言えるが、
しかしそれにしてもこれは不味い、今にも意識が途切れそうな程の疲労が僕を捕まえて離そうとしない。
此処で倒れこんでしまえば十中八九次に目覚めるときはあの世だろう、せっかく何かが掴めかけたというのに此処で死ぬのはもったいないなと。

「――――ねぇ」
「……っえ、あ、あ?」

崩れそうになる身体を繋ぎとめ、ブラックアウトしそうになる意識を纏め上げ、
未だだらしなく涎と精液を口から垂れ流しているグラエナに話しかける。
人間は未だに気絶したまんまなのか、いっこうに起きてくる気配が見えない。

「――一応助けてあげた訳だし、お願いを聞いてもらえると嬉しいな」
「あっ、え、なんです……か…………?」
「君のマスターにお願いして、モンスターボールに入れて欲しいんだけど」
「…………えっ?」
「このままだと僕多分死ぬから、ポケモンセンターに連れていってくれると嬉しいな」
「いやっ……あの……え?」

ああ、そう言えば名前も聞いてないなぁなんて思いながら。
ぐるんと視界が横転し、自分が横倒しになったことを理解すると同時に。
暗闇がちらちらと目の前を覆い隠していき、すぅっと僕の意識は途切れた。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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