ポケモン小説wiki
LH6

/LH6

てるてる
ルイス・ホーカー .6


前回の更新分へ戻る

・登場人物の紹介はこちら



 透き通るような一対の青を分かつ水平線に浮かぶのは、光り輝く太陽としなやかなに広がる日差しのみだった。
淡い日差しは、これから到来するであろう夏の存在を携えて白みを帯び、遮る物のない海洋と港町に降り注いでいる。
ここ東海岸の一部であるモヘガンの原色に近い青を基本とした町並みは、波間に揺れ動く陽光と共に鏡のような役割に徹し、初夏に真夏の色合いを投げかけていた。
 至る所から照りつける力強い日差しが横断するひとけのない大通りを見つめて、口に硬貨を咥えたヘルガーのアルは辟易に息をついた。
大通りのアスファルト同様、黒を基調とするヘルガーの体色は嫌でも熱を拾ってしまう。
生え替わりの季節も過ぎて、幾分か風通りは良くなったとはいえ、肌に直接差し込む日光への対処法を失ったことには変わりない。
高架鉄道の橋脚の影に佇んだアルは顎に流れた汗を拭うと、頭だけを日差しの中に晒した。
 全てにおいて青が優先された配色に、眩しさのあまり片手をかざして目元を影で覆う。
手持ちぶさたになった尻尾が、陽光のもとに振れ動かされる。
 建物の壁や歩道に至るまで、ことさらのように誇張された青色は、この町が港によって栄え、発展してきたことを表している。
 やがて目が慣れ、少しずつ視界が鮮明になってくると、アルのいる位置から橋脚を三つ挟んだところに公衆電話のボックスが見えてきた。
今しがたのアルがトニーと連絡を取ったときに使用していたものだ。
用件の詳細を説明しようとした矢先に水を差した人夫はすでにいない。
 そのことを視認したアルは、瞳に感じる眩しさに目を細めて、それでもまぶたを貫いてやってくる陽光をうつむくことで避けながら、ボックスへと進んだ。
歩を進めるごとに後ろへと流れていく歩道のタイルとタイルのあいだの目地を眺めながら、アルは自分が再び電話を掛けようとしていることを実感した。
 トニーに説明した内容はほとんどまとまりを欠いていた。
それを改めて詳らかにする必要があることはもちろんアルもわかっているつもりだったが、ボックスから伸びる影に自身の黒い前足がとけ込んだ途端に感じた強い忌避感に、それが張り子同然に脆いものだということを内心に噛みしめた。
顔を上げ、背中に太陽を抱え込んで真っ黒に染まったボックスを睨め付ける。
透明なガラスが四面を覆う、中の電話機の輪郭は嫌と言うほどに目立っていた。
そこに感じる強い不快感の原因は、単なる視覚的なものではなく、これから受話器を取って会話をする相手を想像したことだった。
 口の中でもてあそんでいた硬貨を歩道に吐き出すと、一方の前肢でそれを持ち上げる。
濡れた表面に陽光が当たって光彩を放っている。
これをボックスの中の電話機に入れ、友人にさらなることの詳細を伝える、簡単なことだと何度も自分自身に言い聞かせれども、四肢はタイルに張り付いてしまったように動いてくれない。
 その理由は考古品に対してアル・ドドの持つ人一倍負けず嫌いな性分にあった。
電話越しで相手の表情が見えなかったこともあるが、先ほどの電話で途中、不確かながらも自分を否定されたことが、彼の中に強い反発をこしらえていた。
トニーにしてみれば、それが常識的見解から出した返答だったのかもしれない。
しかし、これ以上ないほどに重要な古代の遺産をからかうような口ぶりで無下にしたこともまた事実だ。
たとえ親友だとしても、許せる範囲を超えている。
それを思うとどうしてもこれ以上電話に近づくことが出来なかった。
 どこを見やるでもなくボックスの向こうの虚空を眺めるアル。
無駄とも思えるくらいに何度も耳と鼻を駆使して辺りに人の気配がないかどうか確認するのはアルの無意識の部分がそうさせているからだった。
それは少しでも受話器を取るのを遅らせ、トニーと再び会話するのを避けるためというくだらない理由のためだ。
 港町の一角、ほのかに香る磯の芳香に波の砕ける響きが交わり漂う。
先ほどまで――少なくともアルが電話をしていたとき――行き交っていた喧噪は静寂に取って代わられ、ただ無気配として認識されるのみだ。
アルは素早く辺りを見回して、ひとけのない通りに意識を這わす。
 人夫たちとともにモヘガンに到着したその日、アルがまず最初に気がついたのがこの奇妙なほど劇的なまでに増減する人口だった。
朝と夜にのみ増える人口、日中は文字通りエアポケットのように人の往来が絶たれる。
歩道のタイルは歩いてくれる人を待つようにじりじりと灼け白んでいた。
増減する人口、かといって特別過疎化しているわけではない。
病院などの必要なものは揃っているし、寂れた大通りも夜になれば活気が溢れ、家々の門灯にも明かりが灯るからだ。
ではなぜ日中は無人と言って良いほどに閑散としてしまうのか。
その原因はこの町にあるのではなく、ここからさらに内陸のほうへ行ったところにある地域での、五年前から始まった都市の開発事業がきっかけとなっていた。
すでに完成された他の都市と比べれば小規模なものだったが、大陸の端にあるモヘガンでは大きいほうの部類に入るであろう。
広大な土地を開拓して一から作られていく都市、土木から輸送まであらゆる作業を同時進行させるためには当然、大勢でしかも多種族の働き手が必要になる。
 労働者の誘致には周辺の町が選考の対象となった。
モヘガンもその町の一つだ。
漁業を中心として栄える、海の色が町のシンボルカラーになるほど水と深い関わり合いを持つこの港町、いってみれば水を苦手とするポケモンには厳しい環境である。
海洋関係の仕事は山ほどあるが、陸上での職を斡旋してくれる働き口となると数える程もない。
そんな町には当然のことながら仕事にあぶれる者が大勢いる、彼らにとって都市開発の事業は空谷の跫音と思えただろう。
 頭上の架かる鉄道高架を貨物列車が通り過ぎていくのに、アルはもう一度辺りを見回した。
貨物列車の牽引する大量の貨物が落とした影がアルをなぞる。
レールの上を走る車輪の立てる騒音にも地鳴りにも似た振動を橋脚が地面へと伝え降ろす、かすかに歩道のタイルがこすれ合う音もする。
しかし、この大通りでそれを感じ取っているのは少なくとも自分だけであろう、とアルが思ったのは、うっすら陽炎の立ち上るひとけのない道の先に目を細めてからだった。
 水を追われた者は陸の方へ働き口を求めた。
逆に水で働く者は従来どおり海での勤労にいそしんでいる。
これが日中にのみ起る過疎の原因だった。
町の住居数そのものが減っているのではなく、ただ人口に浮き沈みが現れる。
わずかに残った変わらない者といえば仕事を引退して余生を過ごす老人くらいだった。
 住居数などの数字の上に現れることのない過疎、特殊な環境は町全体を覆っている。
 まるで昼間のあいだだけ、アルたちを周囲の目から孤立させるかのように。
 それがアルにはどうしても作為的なものに思えてならなかった。
町に垂れる不気味な雰囲気、これが何十年も続いているのだとしたらアルもそうは思わなかっただろう。
モヘガンに過疎が現れた原因は内陸のほうで進められている都市開発だ。
工事の着工は五年前から始まった。
そして五年前といえば、アルが富豪に発掘を以来されたのと同時期だ。
発掘を開始した直後、富豪は出土品の受け渡し場所を指定してきた。
それがここ、モヘガンだった。
都市開発による局所的な過疎を起こした――正確には起こす直前の――この町を受け渡し場所に選んだ富豪、二つの事柄は偶然とは思えないほど絡まり合っている。
 だとしたら、とアルは視線を目の前に立ち尽くすボックスに合わせた。
いつの間にか過ぎ去っていった列車の残した石炭の独特なにおいが辺りに漂っている。
 もしこれが富豪の計略だとしたら、なおさらアルはトニーに連絡を取る必要があった。
裏に張り巡らされた大きな策謀を曖昧ながらも示す状況は、生命に直結する重大なことだ。
それも古くからの親友であるトニー・チーチとその弟子たちの。
 伝えなくてはならない、と心奥でうるさいほどに響く強い義務の念、しかしそれを打ち消す反抗の念もまた心奥でうずいていた。
せめぎ合う二つの葛藤、地に張り付いたまま動いてくれない自身の四肢を感じながらアルは、やはり自分が心のどこかで仕返しをしたがっているのるのだということを実感した。
 まるで蚊帳の外の出来事のような扱いをしたことを後悔させてやりたい。
トニーが遺産を無下にしたという事実は、アルの中で根強くこびりついていた。
 この、アルが考古品に対して異常なほどの執着を示すのは今に始まったことではない。
昔、少年だった彼が透明板の伝説を知り、そのことで家族に笑いものにされたのが始まりだった。
幼いながらも、嘲笑の対象が自分と透明板――輝石の表現も使われていた――に向いていたことは理解できた。
理解できたからこそ、彼はここにいるのだ――トレジャーハンターとしてのアル・ドドが。
しかし、理解したといってもまだ年端のいかない子供のか弱い意識のうちでだ。
当然完璧であるはずがない、にもかかわらず少年の中でそれは完成された理解として扱われ、人格の一部として組み込まれた。
完成された貧弱な理解。
アルが成長するにつれ――人格を構成する意識が成長するにつれ――いつまでも幼いその不完全な理解は欠点となった。
普段、それはアルの考古に一途な性格を表すが、ひとたび牙を剥けばどこまでも頑是無い子供のような執着を示す。
盲信といっても過言でない執着は、ひとたび信仰対象である考古を傷つけられたと気付くや否や強い忌避感を伴ってアルを席巻する。
 これこそが、彼が電話を掛けられない理由だった。
陰湿な復讐心と、あまつさえ電話を掛けることで再び否定されるかもしれない可能性を恐れて。
 その後も彼はしばらく電話ボックスの前でたたずんでいた、自身に受話器を取る勇気が降りることを祈りながらだった。
しかしそれは徒労に終わった、アルを悩ませる厄介な主題を無意識に関係のない別の場所にスライドさせる時間を与えただけだったからだ。
しだいに彼の中で、電話を掛けられないという事実は電話を掛ける必要がないという見当違いな方向へ滑っていく。
 すべては五日後にわかることだ。
それが最終的にアルの出した結論だった。
すべては五日後にわかること、だから電話を掛ける必要はない。
 必要がない、その見当違いな結論が納められた途端、ふっと彼は自身の肩に乗った重荷が降りたような気がした。
 人は二者択一の困難な選択に遭遇したとき、得てして三つ目のありもしない気楽な解答をねつ造することで苦境に立たされた自らを甘言に乗せて逃がそうとする。
この場合、電話を掛けるか掛けないかが二つの選択で、電話を掛ける必要がないという歪曲したものが三つ目の気楽な解答である。
なんの解決策にもなっていない、ただアルの性格のみを納得させるだけのくだらない解答。
 電話ボックスに背を向け、ひたすらに無音の歩道を引き返していくアル。
しかし、虚空を貫く日差しや建物のしらじらしいほどに染め上げられた青、陽光にかすむ鉄道高架とその下に横たわる黒くたぎったアスファルトから立ち上る陽炎にすら罪悪感を感じるのは、この結論に対して彼が罪悪感を感じているからだろう。
 そのためふと立ち止まったアルがボックスに向かって硬貨を投げつけたのも、直後に駆け出してボックスから遠ざかろうとしたのも、いってみれば当たり前だったのかもしれない。
陽炎へと消えていく黒い体躯は、青い歩道にうち捨てられた硬貨の立てた硬質の音にも振り返ることなく、裏通りへ続く角を曲がっていった。


次へ


なかがき

電話したら負けかなと思っている。byアル


コメントはありません。 Comments/LH6 ?

お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2010-05-09 (日) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.