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LH12

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てるてる
ルイス・ホーカー .12


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 空は藍、雲だけが茜色の陰影を浮かべて漂い、日中の茹だるような暑さを彼方に控えさせている。
青墨の色をした鏡面のような波間に浮かぶ舷灯は、茫洋とした水平線より染み入る陽光を浴びて次第に薄れていく。
朝靄に包まれたモヘガンの町に人はまばらで、街灯だけが長い影を路面に投げかけていた。
 歩道から伸びる街路樹が海からの一陣を受けて大きく青葉の騒ぎ立てるのを背中越しに聞き取りながら、何度目か、ヘルガーのアルは顔に水を打ち付けた。
顎の先から滴り落ちる水を片手で拭うと、洗面所につかまり立ちの姿勢のまま、顔を上げて目の前の鏡を睨んだ。
今日だ、と鏡に向かって呟いた言葉は、しかし蛇口からあふれ出る水音に掻き消えてしまう。
 照明の灯っていない室内は薄暗く、部屋の四隅には夜の残滓がわだかまっている。
それらを背景に、ツノまで濡れた鏡の中の男は、眉間に薄く掛かった白髪と相まって、どこか疲労感の漂う目つきでじっとアルを見つめ返していた。
 トニーに連絡してからすでに五日、輝石の受け渡しが行われるのは今日だった。
にも関わらずルイスたちは現れない。
時間がない。
その焦りからか最近はほとんど眠れず、悶々としたままベッドの上で俯せに伏せているか、こうして起き出してきて顔を洗うかを繰り返している。
特にここ二日前からは最近は顔を洗う機会の方が増えていた、冷たい水は決して眠気を誘ってはくれない。
むしろそれはそういった眠りたいという欲求からではなく、水を浴びることで輝石のことを忘れたいからだろう。
 もうひとすくい水を被ると、蛇口を閉め、洗面台の横に掛けてある(かばん)を適当に背中に担いで洗面所から出て行く。
床を斑点状に濡らすのも構わず、首から肩に染みこんできた水の不快な感覚をあえて意識するようにしながら、ドアをくぐって廊下に出た。
 アルの居るこの建物は、ハリー・オールが提供してくれたものだった。
入り口から廊下までが直線で結ばれ、等間隔に個室へ通ずる扉があるだけの宿舎のような造作。
実際宿舎として使用される予定だったのであろう、部屋によっては壁紙が張りかけられたまま放置されていた。
この建物の持ち主はなぜ途中で作業を放棄してしまったのか、アルは今までその理由を考えないようにしている。
 喉もとを伝い落ちた水滴が板のむき出しになったままの床にふりかかる。
悶々とした気分を拭えず、戸を閉めようと気だるく振り返ったアルは、いつもそこにいる存在を完全に失念していた。
なので、それを発見したとき、思わず声を上げて目を見開いてしまった。

「ああ……。ああ、おはよう。どうした、えらく早いじゃないか」

 アルが声をかけると、ドアの陰にいたクチートのシドは興味なさげな様子でおざなりに頭を下げる。
頭が下がったとき、頭部から突き出した鋼鉄の突起がアルの位置からでも見えた。
窓からの光が舐めるようにその獰猛(どうもう)な顎を照らしているのを見つけて、胃の腑の辺りに冷たいものを感じた。
 シドは頭を下げたきり、そこで口をつぐんでしまう。
それきり会話が途絶える。
気まずい空気が流れる。
 アルは咳払いと共に四肢を踏み換えた。
話が止まってしまったことに気まずい思いを覚えながら、会話のきっかけを、となんとなく鞄に入れた片手に硬い感触を見つけた。

「煙草ですか」

 ああ、とアルは返事をしながら火の付いていない煙草を口に含む。
シドが口を開いてくれたことで、心なしか空気が柔らかくなった気がした。

「ずっと起きてたのか」

 早口になりそうな自分を堪えつつ当たり障りのない話題を投げかけると、そんなアルを知って知らずか、覗き込むようにアルを軽く睨め付けたシドはひとつ鼻で笑うと、壁にもたれ掛かる。
硬い物同士の触れる硬質に近い音が僅かに鳴る。
下に垂れた顎を見せつけるように撫でつけるシドに、言いようのない焦燥感をアルは感じた。
自然と呼吸が速くなる。
比例して、指先が震えて力が入らなくなる。

「そうですが、なにか?」

「つらくないのか?」

 問いかけると、シドはいかにも大儀そうにため息を吐いてアルから顔を逸らした。

「ひとの勝手です」

 棘を露わにシドが言ったのに、アルはシドに出かける旨だけを伝えて早々に宿舎から退散した。
そそくさと入り口のドアを閉める。
カチリと音を立てて(かんぬき)が掛かり、シドを視界から遠ざけられたことに胸をなで下ろす。
同時に、いつまでも荒んだ態度を改めようとしないシドに落胆にも似たため息が出た。
 シドのあの他人と距離を置きたがる性格は人夫たちの間でも評判は良くなかった。
そんなシドの態度を人夫たちは気味悪がって、少なくともアルの知る限りシドは常にひとりだ。
アル自身も、いちいち相手の心中を探るようなシドの目つきは好きになれない。
特にモヘガンの町にやってきてからは一層その感情が強くなった。
それは前にも増してアルが他人をはね除けようとしているせいか、アルが透明板の見張りを買って出てくれたおかげで自然と顔を見合わせる機会が増えたせいか。
 ここまで訝しげな雰囲気を漂わせるシドだったが、アルは意外なほどシドに透明板の見張りを任せることに抵抗を感じたことがなかった。
それは当人は気付いていなかったが、人夫たちの中で唯一透明板を大切にする様子を見せたシドにアルがある種の親近感を抱いているせいである。
自分と同じく透明板を大切にする彼に無意識にアルは共感していたのだ。
無論そのことに気付いていないアルは、そもそもシドのその行為に違和感すら感じない。
 海のほうから風が通りに強く吹き上げてきた。
海のほうへ一直線に伸びる道路に並行して隙間無く肩を並べる建造物は、文字通り壁のようで、湿った海風を拡散することなく運び上げてくる。
 足下をすくうようにして染み込んできた海風が、水気で寄り合わされて束状になった彼の喉もとの体毛のあいだをかすめていく。
肌に直接空気が触れる。
体温が高いため、すでに乾きだしてはいるものの、ごわごわと湿気た体毛の感触は炎ポケモンであるアルにとってつらい。
透明板のことについての不安を払拭するために浴びただけに、一層彼の中に不快な気持ちを植え付けた。
 僅かに突き刺さるような感覚を伴って割り込んできた風を掻き出すように喉もとを撫でつける。
自然に漏れ出た嫌悪を含んだため息、そのあとに続く規則正しい呼気、そこにふと、アルは先ほど感じた奇妙な恐怖感が無くなっていることに気付いた。
とっさに宿舎のドアを振り返るアル。
ニス塗りの施されていない節くれ立った玄関ドアの向こうに、アルの部屋のまえにもたれ掛かるシドの姿を描き出すのは難しいことではなかった。
 いかく(威嚇)――あの四肢の末端から虚脱していくような感覚に連想されたのは、あの内側から肥大していく焦燥に似た恐怖感から行き着いたのは、それだった。
 しかし不思議と、アルはシドに対して怒りは覚えなかった。
挑発と取られかねない行為を日常の場に持ち込んできたシドに悪意があったのは間違いない、それを考慮に入れても、アルの中にある尺度は依然として怒りを指さない。
それよりむしろ、自分の落ち度だという感覚さえあった。
 そう、シドはクチートなのだ。
クチートはいかくといって相手をどうしようもなく畏怖させることが出来る。
加えて他のそれとは違い、恐怖対象が常に目に触れる。
今朝は透明板のことで上の空だったとはいえ、それを失念していた自分が悪いのだ。
 アルは煙草のフィルターをかみつぶす。
(そうに決まっている)
 口内にのみ呟くと、どこか悶々とした気分を払拭すべく、足裏に力を込めて路面を踏みしだいていく。
特に行く当てを決めていなかった彼は、早朝特有の静けさを連れ立った町並みを見るともなく眺めながら、背中の鞄を背負い直し、とりあえず海のほうへ向かう。
誰に言うわけでもないのに、言い訳じみた色をした自分の先ほどの呟きについて考えながら。









 湾のような体裁をした港を一通り巡ったころには、すでに()は洋上に昇っていた。
次第に横逸(おういつ)しだした熱気は早くも路面をあぶり初め、陽炎の中に気温と比例してまばらに増えだした人影を曖昧にして漂わせている。
 脇に見える広大なコンテナヤードに並ぶ色とりどりのコンテナの照り返しに目を細めながら、すれ違う人々にぼんやりと目を向けていたヘルガーのアルは、ふと違和感を感じて足を止めた。
 海岸線に沿って真っ直ぐに伸びる道路。
それに並行して立ち並ぶ建物は壁のようで、潮風を受けてどこか古色蒼然とした面持ちを浮かべて、道路より下を埋め立てて作られたコンテナヤードを見下ろしている。
 いつもと変わりない光景だ。
噛みつぶしたフィルターから漏れた煙草の味を(もてあそ)びながら、違和感の所在を探すように目を眇めながらアルは結論づけたものの、しかしながら釈然としない自分の気分に首を捻り、もう一度周囲を注意深く見回す。
 前方にばかり気が回っていたアルは、うしろから近づいてくる足音に気がつかなかった。
そのため、おはようございます、と快活な男の声を背中に聞いて飛び上がってしまった。

「あの……早いですね」

 慌てて振り返ってきたアルに、男は苦笑いを浮かべる。
ややずんぐりとした体躯、黄色い体毛の内側にうっすら汗を浮かべ、しきりに長い耳を動かすピカチュウのライトは、アルがなにも言ってこないのを気分を害させたと勘違いしたらしく、気まずげに目を伏せた。

「すいません、姿が見えたものだから、つい。邪魔でしたら、これで」

 素早く頭を下げると、ライトはそのまま足早に立ち去ろうとした。
それをアルは呼び止める。

「迷惑なんかじゃないさ。さっきのは、あれだ、こんな朝っぱらから声をかけられるなんて思わなかったから、ついつい身構えちまったんだよ」

 アルが言うとライトは、そうですか、と明らかに安堵した様子でため息を吐いた。
返答を早合点してしまったのが面映ゆいのか、破顔させながら頬を掻いている。
 その様子にアルもつられて微笑したのは、単にライトにつられたからと言うよりも、普段感情に乏しいシドを見ているからだろう。
 笑った拍子に、アルは煙草を口から落としてしまう。
煙草を目で追ったライトは、ふと首をかしげる。

「そういえば。それ、いつも火が付いてませんよね」

 アルは煙草を拾い上げる。
これか、と尋ね、頷いたライトにアルは苦笑する。

「もう吸わんと決めたんだけどな。習慣になっちまったのか知らんが、口が寂しくなるとついつい口に入れちまうんだよ」

「禁煙?」

「昔は吸ってたんだけどな。さすがにおれも歳だし、手遅れかもしれんが、そろそろ健康にも注意しようと思ってな。おまえさんは吸わんのかい?」

「ぼくですか? 実を言うと、ぼくも昔はやってたんですよ」

 へえ、とアルは煙草を咥え直す。

「昔は、ってことはおまえさんも?」

「ええ。結婚する前までは、やめられるなんて思いもしませんでしたが、実際に結婚して子供ができてみると、おもしろいくらいに吸いたい気持ちがなくなってしまいました」

「良いことじゃないかい」

 ですよね、とおどけて言うライトに、アルもまた笑う。

「そうだ。おまえさん、手のほうはどうなった?」

 そう問いかけたのは、発掘現場で見たライトの手に出来た痛々しい肉刺を思い出したからだ。
 ああ、とライトは両手を上にしてアルに差し出す。
毛を擦り切って下の皮膚を破って覗いていた傷は既に治癒し、そうと言われなければわからないほどに跡形もなく消えていた。

「すっかり良くなりましたよ。もちろん他のみんなも」

 それは良かった、とアルは僅かに相好を崩す。

「ところで、おまえさんはいつもこの時間に起きてるのかい」

 再び歩道を歩き出しながらアルが言うと、遅れてライトもついて行く。

「普段はもっと日が昇ってから起きますよ。今日もその予定だったんですが、この暑さじゃ、眠ってもいないのにベッドに上には居られませんからね」

 言うほど暑いだろうか、と聞き返しかけたアルは、振り返って見たライトの額から目鼻に沿って汗の筋が出来ているのを見つけた。
 炎タイプ以外の大抵の種族にとって夏はつらい。
風が汗を乾かしてくれれば多少は涼しく感じられるのだろうが、モヘガンに吹くのは海からの湿った風だけで、乾燥の能率が悪い。
だからさらに汗をかく、そして余計に熱を体内に籠もらせてしまう、その悪循環を繰り返す。
 炎ポケモンであるアルは蒸し暑さによる苦痛と縁がない。
そんな者に励まされても嬉しくは思わないだろう、そう判断したアルはライトの言に相づちを打つだけに留めた。

「旦那みたいに暑さに強ければ良いんですけどね。――実を言うと旦那からも結構、熱気が来てるんですよね」

「すまんな」

 アルが謝ると、ライトは笑いながら首を横に振る。

「そんな、謝らないでくださいよ。本当に嫌ならこうやってついて行きませんよ。それはそうと――」

 ふと、ライトは不自然に言葉を切り、足を止めた。
なにごとかとアルは継いで立ち止まり顔を上げると、ライトは遠く道の向こうに視線を貼り付けたまま佇んでいる。
視線を追おうにも人の姿がまばらな上、通りに面した商店は軒並みシャッターを下ろしているため、どこを見ているのか判別できない。
 いつもと変わらない海沿いの通り。
目を凝らしていると、先ほどの違和感のようなものが蘇ってくるのを感じた。

「そういえば、すいぶんと人が減りましたよね」

 つぶやくようにしてライトは言った。
違和感のよぎった矢先だったので、アルははっとライトを振り返った。
 これだ、とアルは思った。
陽炎の中のまばらな人影、客商売である店は通常朝が早い、にも関わらずシャッターの下ろされた商店。
本来あるべき定位置から逸脱したこの光景、にも関わらず取り上げて奇妙とは言えないごく自然な変化、曖昧模糊としたそれこそが違和感の所在だったのだ。

「おまえさんもそう思うか」

 言いながら、自分の声が緊張を忍ばせて低くなっているのに気付いた。

「人が減ったと……」

 ライトは視線を遠影(えんえい)から剥がすと、自分を見つめてくるアルに頷き返す。
海に近い側に立ったライトは逆光のせいか、ことさらに険しい表情に見えた。

「仲間の中にも居るんです。この町は変だ、なにかがおかしい、て言う奴が」

 東海岸に位置するモヘガンの町はちょうど中心都市に隣り合っており、典型的な地方都市の(てい)をしている。
背の高い峰がいびつな半円を描くようにして海に突き出た岬の突端を境とした内湾を正面に構えるモヘガンは、水によって栄え、惜しげなくその庇護を一身に浴びてきた。
それらを象徴するのは、海岸沿いに敷延(ふえん)されたコンテナヤードと、茫洋(ぼうよう)とした大海に点在する漁船――漁船といっても、そのほとんどは水ポケモンの所有する船で、捕った獲物をまとめて運ぶための(はしけ)のようなもの――である。
あらゆるものが水に関わるモヘガンの町、それはつまり水ポケモンにとってこれ以上にない土地だ。
 しかし、それは同時に水を苦手とする者にとっては過酷な環境であり、生活するためにはモヘガンの地を離れるか、外部に職を求めるしかなく、結果として昼間から夕方にかけての時間帯に町から人が居なくなる――というのか常のはずだった。
 アルはライト越しに町並みを見やる。
陽が昇りきっていない早朝に比べれば人は増えたほうだが、それでもまだ少ない。
ひと気の乏しい町並みに、陽光だけが皮肉なほど降り注いでいた。
 不思議なことに、最近は朝と夜にも人が居なくなる。
町自体の人口そのものが減少していた。
あとに残るのは空疎な港町という体裁だけ。
消波ブロックにぶつかる波の音だけが、日差しに炙られながら人けの途絶えた町を闊歩(かっぽ)する。

「こんなにいきなり人が減ったりするもんなんでしょうか」

「おれに聞かれてもわからん。だが現に目の前で起こってるんだ。そういうこともあるんだろう」

 はあ、明らかに納得していない風に頭を頷かせるライト。

「旦那がそう言うのでしたら……。けど、どうも変な感じがするんです。なんて言うんでしょうか、なにか良くな
いことが起こってるような、そんな気がするんですよね」

「気のせいだろう」

「しかし」

「人が減ったからと言って、なにか起こるわけじゃない」

「それはそうですけど……けど――」

 さらになにか言おうとするライトを、アルは半ば無視するような形で歩道を歩むことで黙らせる。
仕方なく横に並ぶライト。
ちらちらとアルを窺う姿は、いかにも浮き足立っている。
 実際ライトは不安だった。
だんだんと周囲から人が消えていく。
次第に世界と切り離されていくような孤立感。
モヘガンに来て以来、なんとなく感じていたそれらが、ここ数日のあいだに一気に増大したような、そんな感覚。
なにか良くないことが起ころうとしている、という漠然とした不安に行き着くのは当然のことだった。
 しかしライトはその不安感を誰とも共有出来ないでいる。
(……気のせいなもんか)
先ほどのアルの言葉へ、口内のみに呟き返す。
すでにライトは仲間の人夫たちにも同じ事をそれとなく訴えかけていた。
しかし彼らもアルと同じで、そんなことはない、と鼻から聞こうともしなかった。
それにも関わらず口々に不安を訴える、この町は変だ、と不平を露わにする。
不安の所在は明らかなのに誰もが口の端に上ることを望まない。
そうした上で、旅行や仕事など、あくまで自分たちに無関係なものを引っ張ってきて、それを人の消えた理由として擁立(ようりつ)しようとする。
それはまるで、不安の原因とそれがもたらす不安感が、あたかも別の立場で作用しているのだ、と寄って集って故意に取り違えようとしているようだった。
 不安は不安だ。
それを口にしてなにが悪い。
むしろ、周囲に合わせるがあまり自分の気持ちを抑え込んでしまうことのほうが不適当なはずだ。
なのにどうして。
 やり切れない思いを抱えたまま足を運んでいると、建物の陰に鉄道高架が見えた。
支柱によって地上から離れた場所に敷設された鉄道の線路は、波打つ陽炎の具合も加わって不思議な印象がある。
 なだらかな丘の連なる内陸を西側から分け入って伸びる線路は、途中で車道と合流し、モヘガンの町に高架になって進入してくる。
ライトの位置から見えているのは、町に進入してきた線路がちょうど海岸近くで海沿いに向かって折れ曲がる部分だった。
 レールに波打つ熱波と、それを支える鉄骨の枠組み。
支柱を軸にして、陽を浴びて横様に伸びる大小様々な直角の影は歩道をまたいで隣り合う建物のシャッターに落ちている。
人の希薄な道路に被さる高架は、ことさらに存在感を振りまいていた。
 頭上へと差し掛かりかけた高架を見上げるライト。
次第に狭まっていく歩幅。
無意識の内、彼はその場に立ち止まっていた。
 列車の居ない線路は、まるで何か重要なものが欠如したような、そんな風に見える。
ふとライトは故郷に残してきた家族の面影をそこに感じた。
重要なものが欠如しているのは鉄道だけではない。
家族を故郷に置いてきて、名前すら聞いたことのない土地にやってきて、報酬のために、吐き出す場所のない不安を相手に毎日を過ごすライトだってそうだ。
 今の自分は、家族という要素が欠けてしまっている。
列車の線路を見るたびに、その思いがどこからともなく浮かんでくる。
 陸や丘や、その上に横たわる道路よりも、高架に伸びる鉄道の線路は印象に残りやすく、外部に繋がっているというのを実感しやすかった。
 出来ることなら、今すぐにでも不気味なモヘガンの町を逃れて家族の待つ故郷に帰りたい。
 そもそもライトはこうして遠方へ働きに出ることに反対だった。
毎日食べていくだけでやっとというような貧しい生活をさせている家族に楽をさせたいという思いは常にあったが、こうして離ればなれになってしまうことまでもが本望というわけではない。
友人のロジャーに説得されて不承不承(ふしょうぶしょう)に付いてきただけだった。
(こんなところ、来るんじゃなかった……)
 逃げ出せればどんなに楽になれるだろうか、と後悔を口内のみに吐き出す。
不気味な町。
気付きたがらない仲間。
故郷の家族。
許容を越えた不快感に、思わず知らずそう思うことがあるライトだったが、不思議と、彼はモヘガンに訪れてから今まで町の外へ出たことはなかった。
それは自分の身勝手で故郷で待つ家族を落胆させたくない、自分のためを思って行動に出てくれた友人を裏切るような真似だけはしたくない。
なにより今まで時間を共有してきた仲間を失望させたくない、それらの思いがライトをこの土地に繋ぎ止めているせいなのかもしれない。
 ふと、ライトは我に返って視線を前方に戻す。
数歩分の距離を置いたところで佇むアル。
横様に差し掛かる陽光のせいもあってか、その表情はどこか陰鬱(いんうつ)とした色をしているように見えた。


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なかがき

 舞台は前回から打って変わってモヘガン港へ!
舞台は変わっても、相変わらず山場らしい山場もなく冗長した文章であるのには変わりないような…。
 見張りを買って出たシド。そのシドを怪しんではいるものの、どうしても拒絶できないアル。奇妙な様子の町に不安を感じながらも、家族や友達のため我慢を科せられているライト。
うーん。なんだか主人公よりも脇役のほうが目立ってきているような気も…w

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Last-modified: 2011-04-05 (火) 00:00:00
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