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HEAL6,レナの能力

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 前……HEAL5,貴方と一緒がいい



 ロウエン達を村へと送り届け、自分の住処へと帰って来たナイジャは、一日中寝て疲れを癒した後、ロウエンから預かってきた大金を手に彼が住んでいた町へと出る。ナイジャもこの時ばかりは体を清めて腐葉土の匂いを落とす。
 ごく普通の一般市民として振る舞うならば、あのむせ返るような臭いは不要だ。

「あの、ニコニコ食堂のブーバーン……メラさんは貴方でよろしいでしょうか?」
 ナイジャはロウエンに頼まれた通り、ニコニコ食堂に訪れてメラを訪ねる。時間帯は、朝食と昼食の間くらい、一番客が少ない時間帯を狙ったため、咳もガラガラで世間話ができる程度のゆとりがある。ロウエンから預かった手紙を渡して読ませると、メラはため息をついていた。 
「まったく、幼い女の子を助けるためにお尋ね者になるとか、あいつは本当に馬鹿ねぇ……」
 肩を落としたメラは、がっくりとうなだれている。
「っていうか、あの人何者なんですか? あたしにこれを押し付けて、自身はどっかへ逃げちゃって……顔が怖かったですよっていうか、オシャマリ連れていなかったらあたし怖くて逃げてましたよ……」
「あぁ、あいつは……親切で人の好い奴なんだけれど……その、損得計算が出来ない奴でね。あーもー、広場の子供達みんなあいつを心配していたってのになぁ……馬鹿もほどほどにして欲しいもんだよまったく」
「あの、それとこのお金……そのガオガエンから……」
 愚痴るメラに、ナイジャはお金を手渡す。
「あぁ、ありがとう。全く、今はあいつが育てた子供達がしっかりしてきたからいいけれど、挨拶も出来ずに去っていくだなんて、馬鹿な奴だねぇ……本当に馬鹿な奴だよ。どっかで生きているといいんだけれど」
「うーん……きっと生きているんじゃないですかねぇ。裏の運び屋の当てがあるとか言っていましたし」
 心配で顔を曇らせ、火力まで落としているメラへナイジャは微笑みかける。
「だから、俺は大丈夫だからって……あたしにこのお金で飯でも食って来いって、そのガオガエンは言っていました……えっと、このお店は街で一番おいしいお店だそうですけれど、お勧めは?」
「……ふむ。あいつ、器用な嘘がつける奴じゃあないと思うけれどまぁ。捕まったっていう報告がない以上は、一応存命なんだろうねぇ。じゃ、その言葉を信じて、おすすめ料理をご馳走してあげますか、お勧めはこの辺なんだけれど、お嬢ちゃんはどれがいい?」
 しょうがない奴だねと力ない笑みを浮かべ、メラは気を取り直して接客をする。
「それじゃあ、これで」
 今のところまだ一人しか訪ねていないがロウエンがどのような人物であるかは、メラとの会話だけでもわかるようだ。ナイジャが質問すればメラはロウエンの事をいくらでも話してくれるので、そのたびにナイジャは微笑み思う。なんだ、意外と良い男じゃないかと。

 その後も、ナイジャはロウエンのことについていろいろ探ってみる。ロウエンの事を良く知るメブキジカや、ロウエンが育て上げたというダンジョニストの子供。ロウエンが支援してくれたおかげで手に職を付けた少女など、色んな奴がロウエンの事を尊敬していた。
 彼は腕っぷしが強いこと以外はさして特別な技能は何も持っていなかったが、食料を与え、その上でやる気を育てることに関しては誰よりも得意だった。聞けば聞くほど好意を持てる彼の人柄に、それを聞けただけでも収穫だとナイジャは良い気分で街を後にするのであった。



 ロウエン達が村に来てから一ヶ月が経つ。
 街を拓く苦行にも逃げ出すことなく一ヶ月耐えきったことで、ようやくロウエン達も慰労会が行われて、正式に村の一員として迎えるパーティーが行われた。
 その頃にはレナもすっかり村の住民とは仲良くなっていたので皆の祝福にもレナは怯えることなく対応していたのだが。レナはこれまでお祝い事なんてしたことがないため、みなから称賛の言葉を受けていた時は照れたような様子を見せていた。
 このころには、ロウエンと一緒に割と難易度が高めのダンジョンにも行っており、そこで取ってきた死体から毛皮を剥いで革を作ってもらい、ミツハニーが作った蜜の副産物、蜜蝋を用いたワックス加工で防水してもらったうえでテントにした。
 レナ自身、男性たちに混ざって眠るのは苦ではないのだが、匂いに敏感な男性たちからは嬉しい苦情が上がっており、そのためロウエン共々相部屋を追い出されてしまった経緯もある。その男達が向けるまなざしは、嫉妬とも祝福とも取れるもので、ロウエンとレナがどういう関係に思われているかが一目で分かるものである。
 ロウエンはレナと恋仲になるつもりはないのだが、少なくともレナはロウエンにべったりである。時には甘えて添い寝を要求するようなこともあり、全く股間に優しくないその行為には、ロウエンも不眠症を覚悟したし、村人たちはいつ祝宴を上げるのかとからかわれる始末だ。
 ロウエンに対する嫉妬は尽きないが、働き者で腕っぷしも強く、その上積極的に仕事を手伝うロウエンに勝てるだけの魅力があると断言できる者もいないため、レナを奪われたのは仕方ないという認識であった。

 一ヶ月経って変わったのは、テントの数が増えたくらいなもので、木造建築の数は変わり映えもせず、ロウエンはだんだんと退屈を覚えるようになっていた。 レナにまとわりつかれて性欲の方もそれなりに溜まってくるようになったが、その退屈や性欲を紛らわそうといわんばかりに、ドテッコツのゼントは毎日何らかの勝負を挑んでくる腕相撲の日もあれば、相撲を申し込んでくることもあるし、小さなブロックを積んでいき崩したら負けという遊びを挑まれたり、水泳を申し込んでくることもある。
 ロウエンも泳げないことはないが水泳は苦手なため、そればっかりはゼントに負けてしまう。何もない場所だけれど、そうやって勝ったり負けたりを繰り返していると退屈もまぎれるので、鬱陶しいけれどありがたかった。

 当のロウエンだが、彼は最近、行商人や村に住む飛行タイプのポケモンが所用のついでに取って来たギルドの依頼を受けることでお金を稼いでいた。とはいえ、真の目的はお金そのものではなく、依頼を受けることでコネを作ったり、そのお金で村では手に入らない資材を優先的に手に入れさせてもらったりなど村の発展に役立つものを優先的に選ぶよう村長に選ばされていた。
 そして、その依頼の中にはお尋ね者退治の依頼もある。驚いたことに、その中にはナイジャの顔もあった。ナイジャは奴隷商人や奴隷を雇っていた事業主を殺して回っていた強盗殺人犯だとかで、賞金は5万ポケという目もくらむような大金が懸けられているのだ。
 もちろん、その事は村の皆には周知されていて、村長曰く『彼女はお尋ね者だからこの村に帰りたがらないのだ』そうである。しかし、ナイジャはむやみに殺すばかりではなく、酷い目にあわされていた子供達を引き取っては、大金とともにこの村や修道士が経営している孤児院に預けているのだとか。
 この村にいる子供も、七人はナイジャが拾ってきた子供だそうで、それを養うためのお金も彼女はどこからかナイジャが調達してくるそうだ。恐らく、ロウエンがむしり取られた金もそういうものなのだろう。

 村長は『金を稼ぐにあたり、善良な一般市民には迷惑をかけていない』というナイジャの言葉を信じて、そのお金はありがたく受け取っているし、受け取ってはいるが使わずに残しているのだという。引き取った孤児たちがきちんと村のために働いてくれているので、使わないで済むうちは使わないようにやりくりしているのだとか。
 確かに、ナイジャが引き取って来たという子供達はまじめに働いている子であった。親と種族が違うため、訳アリの子供達であるというのは分かっていたが、ナイジャが連れてきた子供だというのは、それまで予想だにしていなかった。
 そんな世紀のお尋ね者であるナイジャの目のくらむような大金と比べれば、ここらに出没するお尋ね者なんて大したことのないコソ泥が多かったため、偶然見つけたら捕まえておくかぐらいに考えていたが、時には大物も現れるもので。
「連続婦女暴行犯のお尋ね者……酷い奴もいたもんだな」
 2万ポケという破格の賞金を懸けられたお尋ね者を覗いてみると、当然その値段に見合うだけの罪状が記されている。
「なんですか、それ?」
「女性ばかりを襲って、酷い殺し方をしていた奴が指名手配されているんだ。これには『酷く損壊した死体が発見された』とかしか書いていないけれど、あー……つまるところ、女をいじめるのが大好きで、殺してしまうような悪い奴ってことだ。この地域にも逃げてきたそうで、注意喚起と発見次第捕獲の要請だな」
「軽い口調で言っていますけれど、それって相当ひどいことですよね?」
「……まあな。レナは女の子だから、あんまりそういうのを聞かせたくなかったんだが……」
「そういう気遣いは大丈夫です。問題はその、そいつがどこにいるかなんですよ。そんなひどい奴がいるなら、捕まえなきゃ」
「南の方からこっちに逃亡してきているらしい。別の町に逃げる途中にここにたどり着く可能性はなくない。だが、この村は大丈夫だろう。大抵の女性は相部屋で暮らしているし。そもそも女性が少ないし……だが、夫婦で二人暮らししている奴は要注意って言ったところか。一応村長にも報告しておいたほうが良さそうだな」
「ですね。捕まえるのも大事ですけれど、そいつがやってきても大丈夫なように対策は練っておくべきですし……でも、それ以上に私たちが捕まえませんと」
「妙に張り切っているじゃねえか? まぁ、気持ちは分かるけれどよ」
「ロウエンさんはあまり乗り気じゃないんですか?」
「正直、お前を連れて行きたくない案件ではあるな。危険だし……」
「ロウエンさんと一緒なら危険じゃないです!」
「……お前は、しゃーない奴だな。うーん、今はそこまで仕事が押しているわけじゃないけれど捜索するとなったら、結構時間が必要だぞ? その間仕事が出来なくなるわけだし、ついでに探すくらいならばともかく、あんまり気が進まないんだがなぁ」
「じゃ、あれです。二日探して見つからなかったら諦めるってことで」
「ふーむ……まぁ、それならいいか。しかし、見つけるにあたって当てはあるのか? 相手はウツボット。草タイプだから野山に隠れられると結構見つからんぞ? というか、お前にとっては相性最悪な相手だし……」
「いえ、ウツボットは甘い匂いがしますその匂いをたどって行けば……見つけることも出来るはずです! ロウエンさんが」
「俺が見つけるかよ!? ってか、レナだって嗅覚悪くないはずだろ!?」
「私、植物の匂いに関してはあまり得意じゃないんです。獲物の匂いを嗅ぎ分けたりとかそういうのは出来るんですけれど……」
「俺もそんなに得意じゃねえけれど……まぁ、いいや。とりあえず、村長に許可をとって、今日から捜索に出かけよう。ついでに食料やら資材やらも集めて、証拠や痕跡を見つけたら全力で追跡。戦いになったら俺が前に出て戦う、そんな感じでいいな?」
「はい、お願いします」
 かくして、ロウエンはレナに押し切られる形でお尋ね者の捜索に向かうべく、村長に許可を貰いに行く。
「酷いな……うわさでは聞いていたが、ようやく種族が確定したか」
「今まで証拠が一切残っていなかったみたいだけれど、噛みちぎられたツルの一部が残っていたおかげで種族特定に至ったらしい。レナにはちょっときつい相手だけれど、俺が守るから、退治に行ってもいいか?」
「……いや、むしろ行って欲しい。二日と言わず何日だってかまわないよ。このままじゃウチの村民たちも不安だろうし、なくなった方が浮かばれない……そういや、生死問わずだったね。捕らえるのが難しいようだったら、無理はしないでいい。ただ、間違えて無関係の人を襲ったりしないようにだけ注意だよ」
 村長は感情的になることなく、淡々とした口調で言ってのける。仮にも悪人とはいえ、他人の命を奪う行為だというのに割と容赦のないものだ。村長は人畜無害そうな顔をしているが、昔は何かあったのだろうか?
「あ、あぁ……そりゃどうも。そういうわけだ、レナ。準備したらすぐに発つぞ」
「」
 村長の態度に引っ掛かりは覚えたものの、それを突っ込んで訪ねても村長が話してくれるとは思えず、ロウエンはレナを連れ、村長に一礼をして外へ出る。レナもロウエンに倣うようにして一礼をしてから、二人は準備を始めた。
 村を出てからは、最初こそレナは手当たり次第に探していたのだが、昼を過ぎたあたりから、彼女の様子がおかしい。
「こっちに……こっちに、います」
「いるのか? おれは何の匂いも感じないが……」
 その時の天候は激しい通り雨。せっかく匂いがあってもすべて流れてしまうような悪天候であり、捜索には不向きな天候になってしまったのだが、レナは自信満々にロウエンの先を行く。
「匂いじゃないんです。誰かが導いてくれるような……」
「おいおい、ナイジャじゃねーんだぞ? 幽霊が見えるとか言うんじゃねーだろうな?」
「幽霊は見えないんですけれど、その、何か……目を瞑っていると引き寄せられるような……もしかしたら殺された女性たちの怨念が引き寄せているんですかね……」
 レナの言葉をロウエンはとても信じられない。
「案外、ウツボットの奴がメロメロでも使っているのかもしれねーぜ? 女をメロメロでおびき寄せてからバクッと喰っちまうとか……」
「違いますよ」
 そのため、ロウエンは軽く茶化し気味にレナに言うも、レナは静かにそれを否定し、ロウエンの方を振り返りもせず、食料になる木の実が落ちていても目もくれずに泡を使って跳ね続ける。そして時折目を瞑りながら、何かに導かれるように迷わず向かって行く。そのうち、何も言わずに不思議のダンジョンの中へと入り込み、ロウエンを慌てさせた。
「レナ、お前どうしたんだ?」
「分かりません。分かりませんけれど……これだけは分かります。近い、って」
 相変わらず、雨のせいで甘い匂いも広がらない。そんな状況で何が分かるというのか、ロウエンには疑問でしかなかったがレナはまるで夢でも見たか熱に浮かされているのか。確信めいた様子で歩いている
 最初は半信半疑だったロウエンだが、注意深く見ていると折れた草の跡や、甘い香りの残りが等の痕跡を見つけると、レナの第六感にはいよいよ気味がが悪くなって来る。しかし、レナの努力や不思議な感覚を無駄にするわけにもいかないので、ロウエンはとりあえず難しいことは後にして、このチャンスを逃さないことにする。
 ちょうど雨も止んできたところだ、今からならば自分の能力を普段通り発揮することも出来る、
「はっきりと匂いがする……近いぞ! レナ、俺が抱いてやる、行くぞ」
「はい! お願いします」
 レナはロウエンの申し出を受けて、彼の胸元に飛び込んで抱かれる。ロウエンはお姫様抱っこの格好で走り、ウツボットがいると思しき場所へ。
「それよりもレナ……俺はちょっと嫌な予感がするんだが……もしかして、相手は二人いるんじゃないか?」
「いるでしょうね。協力者が一人……」
 ロウエンはウツボット以外の何者かの匂いを感じ取る。証拠を残していないところを考えると、もしかしたら浮かんでいるポケモンなのかもしれない。例えば……
「マスキッパとウツボット。協力者の正体はそいつか!?」
 どう見ても犯人と思しき種族ではあるがロウエンは一応最低限の確認はするべきと敵を睨む。
「手配中の種族と一致! こんな人里離れたところに対した荷物も持っていない奴が、今更言い訳なんて……出来ないですよね?」
 レナは二人を睨みつけ二人に大声で問う。
「賞金稼ぎか!?」
「糞ったれ! 返り討ちにしてやるぞ!」
 相手も自分が狙われていることは分かっているのだろう、言い訳されて時間をかける必要もなくなり有難い事である。
「抵抗せずに往生しろや!!」
ロウエンが前に出ようと勇んで飛び出すと……
「喰らえ!」
 彼よりも前にレナがいた。
「いぃっ!? レナ、お前……」
 彼女はアクアジェットで敵に接近すると、相手が操るツルの鞭もタネマシンガンもひょいひょいとかわして、相手に接近。マスキッパを盾にすることでウツボットからの遠距離攻撃を防ぎ、マスキッパがタネマシンガンの後隙を晒している間に冷凍ビームで顔面を氷漬けにする。
「女の敵め! その怨みを思い知れ!」
 彼女は攻撃の手を緩めることなく、顔面を氷漬けにされて視界を奪われたマスキッパの足を地面ごと氷漬けにして逃走を不可能にする。ようやくロウエンが追いついて、掴みかかって膝蹴り、転ばせて踏みつけ、その二つの動作でマスキッパは動かなくなる。
「レナ! いったいどうしたんだ!? お前らしくもない」
「だって、ロウエンさん」
「だっても何もねぇ! 草タイプの前に出る馬鹿がいるか!」
 レナは今まで一度だけ、偶然見かけたお尋ね者を退治したことがある。その時は初めての対人戦ということもあって若干戸惑いはありつつも、最終的にはセオリー通り、ロウエンの言いつけを守っての戦いであった。
 しかし、今回はレナは後、ロウエンが前という言いつけをされている。例えば相手がロウエンにとって相性の悪い炎・格闘タイプのポケモンだとかならばレナが前に出るのもありかもしれないが。
「まぁ、説教は後だ。まずはこいつをぶちのめす」
 ロウエンはウツボットから毒を投げかけられたが、大して気にしていない。元より、敵の種族が決まっていることもあって最初っからモモンの実を持ち歩いているので猛毒を喰らった程度、早めに仕留めればどうという事はない。
 相手はいかにもな草タイプで、足もないので機動力はほとんどない。ロウエンはウツボットのグラスミキサーから目を守りつつ突撃し、肉を切らせて骨を断つ形でフレアドライブを敵に当て、吹っ飛んだ敵に追撃の左ジャブ、右ストレート、左アッパー。吹っ飛んだ敵を空中でキャッチしてボディプレス、馬乗りになった相手に乱れひっかき、最後に渾身の力を込めて顔面を殴打する。
 あまりに強力な技ゆえ、反動で少し似合いで動けなくなる技ではあるが、もはや相手に反撃する力はないだろう。
「ふぅ……あぁ、レナ。毒液洗い流してくれ……」
 安全な状況になったので、ロウエンは立ち上がってレナにに水をかけてもらうよう頼む。レナがロウエンの体に水をかけて毒液を洗い流すと、ロウエンはモモンの実を
「さて……レナ。お前、一体何者だ?」
 ロウエンはレナの前で胡坐をかいて、心配そうに寄ってくるレナを見る。
「私はイ……いえ、何でもないです。私が何者か、ですか? いえ、私……前も言った通り、記憶をなくしてさまよっていたところを奴隷商に拾われて……成金一家に買われたのですが……」
「本当にそれだけかぁ? なんか、今のお前……普段と比べてもものすごくいい動きをしていたし、その……人が変わったような、そんな印象を受けたぜ? それに、ここに来るまでの道中も様子が変だった……何かお前がお前じゃないような……」
「私が私じゃないって……イデ?」
「イデ?」
「いや、何でしょうか? なんかその言葉が頭の片隅に……記憶を失う前の私の本名、とかなんですかね? わかりません」
「……記憶を失う前のお前は、もともとあんな感じだったとかか? わかんねえが、やはり草タイプの前に積極的に出るのはいただけねぇ。よほどのことがない限りは無茶をしちゃいけない」

「はい、ごめんなさい」
「分かればよろしい……ってか、傷口から毒が入って痛いし苦しいし。毒が完全に抜けきるまでちっときついなぁ」
 レナも、普段は物分かりがいい子なのだ。今回ばかりは興奮して先走ってしまったが、これから先はこんなことが起こることもないだろう。ロウエンもグラスミキサーと毒々をまともに受けてしまったため、小さな切り傷がずきずき痛む。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。この怪我は別にお前のせいじゃないんだから、気に病む必要はないよ」
「私のせいじゃないのは分かっていますけれど……その。少しでも楽になって欲しくって……」
 レナは心配そうな顔で言うなり、胡坐をかいたロウエンの脚の上に乗り、六つに割れた腹筋に頭を擦りつける。この状態になると、男として色々まずいのだが、痛みのせいでそれどころではないのが助かった。
 不思議なことに、レナに抱き付いてもらったその瞬間から、痛みが嘘のように引いていく。流石に動くと少しばかり全身に嫌な痛みを覚えてしまうが、動かなければ気にならない程度でしかない。
 しばらくそうしていると、落ち着いた気分になったおかげか、変なことを考えているわけでも無いのに男として大変なことになってしまい。レナにばれないうちに、慌ててションベンに行ってくると、レナを引きずり降ろして逃げるように姿を消すしかなかった。

「レナの奴……なんというかふしぎな奴だな」
 一人で落ち付ける場所にて用を済ませ、木の葉にたまった水で手と性器を洗い、ロウエンはレナの今日の行動を振り返る。今日一日でお尋ね者を発見したレナの恐るべき探索能力。あれはどう考えてもオシャマリという種族が皆持っているものではなく、レナ特有の何かである。
「レナは記憶がないらしいけれど、一体何がどうなったらあんな能力を得られるっていうんだ……」
 そんなのは考えたってわかるわけもなく、意味もなくつぶやいた言葉である。
「ともかく、利用できるならその能力を活かさない手はないし……うん、深く考えてややこしくするよりかは、有効に使う方法を考えるか……あーでも、レナがどうやってあの能力を手に入れたかが分かれば、それはそれで他の奴に同じ能力が着けば便利ってことになるし、そう考えるとやっぱり調べたほうがいいのかなー……でも俺頭悪いし、かといって誰かに調べてもらうのを頼もうにも、その能力を悪用する奴がいるかも知れないし……」
 考えても、結局どうするべきかはわからない。ロウエンは下手に事を荒立てたりせずに、レナが何か言うまでは秘密にしておこうと決めた。

 戻ってみると、ずいぶん遅かったですねとレナに言われてしまい、ロウエンは他のも出してきたんだよと言って誤魔化す。間違いではないのだが不適切な表現ではあるだろう。
「それよりもレナ、お前ってさ。他のお尋ね者に関しては、何か感じないのか? こう、導かれてるーみたいな?」
「いえ、分からないです。ナイジャさんも強い念がない幽霊は見えないって言っていたし、私も強い思いがないと導いてくれないんじゃないですかね?」
「適当だなぁ」
「私も、自分がどうしてあんなことを出来たのか良くわからないんです。だから質問には答えようもないんですけれど……まぁ、見つかって良かったじゃあないですか」
「適当だなお前」
 レナのあっけらかんとした物言いにロウエンは苦笑する。分からない以上はどうしようもないし、これ以上は突っ込むことなく、話題にあげることは止めようと、ロウエンは心に決めるのであった。


 その後もレナに抱きしめてもらいながらオレンの実を食べて傷を癒したロウエンは、お尋ね者の懸賞金を貰うため、街まで赴くこととなる。実行犯が二人いたということもあって、懸賞金は一割増しで与えられた。
「やれやれ、捕まってくれてよかったよ。残された家族やら恋人やらが不憫でたまらなかったからな」
 お尋ね者の引き渡しを担当していた保安官のキリンリキは、前の首でそう語る。
「やっぱり、残された家族は辛いよな」
 ロウエンが家族に同情して眉を顰めると、キリンリキはうんうんと頷いて見せた。
「今回の異常な懸賞金も、家族や友人からの寄付で成り立っているからな。大口は裕福な家庭からだけれど、他のところからの寄付金は決して裕福な家庭じゃないだろうに、財産をなげうってでも捕まえてほしかったらしくてなぁ……正直見てられなかったよ。
 他にも、奴らに両親を共に殺された子供が二人、路頭に迷っていたりもして、こっちも深刻な状況でしてねぇ。今は近所の人たちが世話をしてくれているみたいなんですけれど、近所の人も裕福というわけではないからねえ、困っているみたいなんです。
 しかも、仕方ないと言えば仕方ないんだけれど、両親を同時に失ってしまったもんでふさぎ込みがちで、愛想も悪くなって手を焼いているとかで……死んだ本人のみならず、周りの人達も迷惑を被っているんで、本当に助かりましたよ……はぁ」
 キリンリキの保安官はまじめに心を痛めているのだろう、尻尾まで悩ましい顔をしている。
「そっかぁ、子供がいる女性も狙われたりしたのか……どうにかしてやりたいけれど、お金を分けてあげるとかじゃどうにもならないよな……お金があれば生活は出来るかも知れないが、心の傷は癒えないし……」
「私達が犯人を捕まえたことを直接報告する……だけじゃ元気も出ないですよね。溜飲は少し下がるかもしれないけれど、それだけで立ち直れるもんじゃあないですし、やっぱりそれからもずっと付き添ってあげないと。ただ、近所の人にそれを求めるのも酷な話ですし……あの、ロウエンさん。ナイジャさんは、孤児を何人も引き取って村に預けていますよね。私もそういう事しちゃって大丈夫ですかねぇ?」
「あぁ、あいつか……あいつはなぁ……金だけよこして世話を任せるとか、ちょっと無責任なところはあるけれど、子供達もだいぶ働き者だから世話もする必要がなくって……でも、今回の例だとどうも、そううまくはいくかどうかわからんぜ?」
「ふうむ……」
 レナとロウエンは考え始める。子供が困っていると聞いて、何の相談もせずともどうするべきかを考えてしまうのは、ロウエンの気質もあるのだろうが
「えー、ちょっと虫のいい事を聞いちゃうけれど、お二人さん、まさか子供を引き取ろうとか考えていたりする? なんか、君達いきなりそんな話になっているような気がするけれど……」
「あ、そー言えば……」
 キリンリキに言われて、ロウエンは何かを言われる前に子供達を保護しようという考えに至っていることに気付く。
「私達、自然とその子達をどうするかとか考えてますね……」
 レナも同じく、無意識にそんな気分になっていることに気付いて苦笑する。
「まー、実際言っちゃうとそいつらの面倒を見たくらいじゃ、他にも困った子供も助けなきゃいけなくってキリがなくなるのが難点だよな……」
「問題はそこですか? なんていうか、親切というか人がいいと言うか……。賞金稼ぎなんて金の亡者も多いっていうのに、子供を気に掛けるだなんて珍しい人ですね」
 保安官は感心した様子でロウエン達を見る。
「ふむ、まぁ……そうだな。俺達の住んでいる村、今は開拓中でね。現在住民募集中だから、子供を引き取るっていうのも住民を増やす一つの方法だからな……けれど、勝手に引き取ること決められないぜ。俺ら世話する時間を取れるか分からないし……」
「それに、労働力にならなかったら結局は食料の分け前が減ってしまうわけですし、子供だとしてもやれる仕事があればいいんですが……」
 そんな保安官をよそに、ロウエンとレナは相談を続ける。
「あー、そこまで考えるなら、いっそ私が紹介してあげよっか? 孤児を引き取ってもらえるなら、その方がありがたいし……」
「でも、村長に相談しないといけませんよね……」
「見てから決めようぜ。俺も、親に捨てられたような子供は何人も見てるが、世話を拒否するような奴は面倒見なかったし……ともかく、不愛想らしいが、それが致命的にコミュニケーションをとれないわけじゃなかったら考えよう」
「え、場合によっては見捨てるってことですかぁ?」
「酷かもしれないが、甘えることも生き伸びるのに必要な才能だぜ? 俺だって、全部を助けられないならばえり好みもする。切り捨てる奴は好みで選ぶさ」
 割と当然のように言ってのけるロウエンに、レナは少々不満そうにロウエンを見るが、ロウエンは表情を変えない。
「まぁ、レナ。不満なのはわかるが、そういうもんだ。相手が俺を受け入れるならいい話だよ。俺はお前を助けたけれど、助けてほしくない奴を助けるほど俺もお人好しじゃねえんだ」
「……ですよね。そうなっちゃいますよね」
 レナも引っかかるところはあるようだったが、ロウエンの言うことに納得して頷いた。
「えっと、それじゃあまずは村長へ許可をとるところからですね。一旦お金を持って帰りましょう」
「おう……それで、保安官さん。子供を引き取る許可を貰ったらもう一度来てみるよ」
 結局、二人で決められる問題ではないので、二人は話をいったん預けることに決める。
「良い結果報告を待っています」
 ロウエンとレナが簡単な話し合いでそこまで決めてしまうことに保安官は苦笑しながら二人を送り出した。

 村に帰り、村長に相談すると、村長はロウエンの話を黙って聞いて、ひと段落したところで問う。
「まぁ、構わないとは思うけれど……その子供達ってのはどんな種族だい?」
「ゴマゾウとビッパですよ。今はちょっと人間不信というか、親を失ってふさぎ込んでいるみたいですけれど、元は愛想のいい可愛らしい子だったとか」
「ふむぅ……この村もゆくゆくは畑を耕して食い物を生産しないといけなくなるだろうからね。地面タイプや将来の水タイプだし、そういう意味では役に立ちそうだ。うーん、だけれど、年齢が七歳と五歳か。田舎じゃもう仕事の手伝いはさせられる年齢だが、少し頼りないね。
 勉強させながら、育ててあげられる奴がいればいいんだけれど……」
「あの、女性同士のカップル……フワライドとガブリアスのお二人さんが子供を欲しがっていると聞きましたが、どうでしょうかね?」
「好み次第だね。結局は、世話を出来なかったらその子達もまともに育つわけがないんだ。だから、その二人以外に当てがないんだったら……その二人が世話を拒否するというか、気に食わなかった場合は諦めるんだね」
「ふむぅ……村長さんも結構ドライなんですね」
「現状、私達も余裕があるわけではないからね。人を助けたい、優しい人でありたい。そんな熱意だけじゃどうにもならないこともある。そして、その熱意のために、目の前の小さなことに構っていられないこともある。理想は、全部助けてあげるべきなんだろうけれどね」
「レナ。村長の言うことは正しいぜ。何もかも救うなんてのは途方もなく難しいことなんだ。俺達は、俺達に出来る最善のことをやろう」
「分かりました……じゃあ、彼女達へ話を持ちかけるのは私がやります。子供を助けてもらえるようになんとか頼んでみます」
「そうかい。いい結果を期待しているよ」
「はい、頑張ります」
 レナが村長と会話を終えて村長の家を出て行くと、レナはどう話したものかとため息をつく。ロウエンは、何がどうであろうと結局正直に話すしかないのだと、出たとこ勝負を進めた。
「何にせよ、笑顔を絶やさないことだな。難しい顔をしていると不安になる。とはいっても、両親を失った子供にニコニコしてるのもそれはそれで変な話だし……まぁ、そこは臨機応変に、だな」
「難しいですね」
「難しくてもやるしかないんだ。人を一人助けるってそう言うことだぜ?」
「ロウエンさんは、街にいた頃はたくさんの子供を助けていたんですよね……どうやっていたんですか?」
「どうも何も、あいつらは一応落ちぶれながらも一人で生きていくことは出来ていたからな……だから、今回の子供達もぶっちゃけいえば飯の世話をするだけなら可能なんだ。ただ、飯の世話をするだけじゃ、子供を育ててるって言えないからなぁ。
 でも、ある程度大人なら、俺達がいない時間を二人で過ごさせて、帰って来た時だけ構うとか、そんなんでもありっちゃありだな」
「それはそれでかわいそうじゃないですかぁ? また私たちがいなくなっちゃうんじゃないかと言って泣かれちゃうかもしれません」
「しかし、俺もその頃は母親に邪険にされていてあまり家にも寄りつけなかったし……いや、誰もがみんな同じわけじゃないしな。何にせよ、そこは要相談という事さ。全員が百パーセント納得する方法なんてありえないからな」
「はい……」
 ロウエンの冷静な言葉にレナは頷き、覚悟する。そうして、女同士のカップルであるガブリアスとフワライドの二人に話してみると、種族の方は特に問題なく、子供達を受け入れても構わないといったふうである。
 しかしながら、それも相手次第だ。あまりにも懐かれないようではお互いにつらいだけだ。相手がこちらと家族になるつもりがあるかどうか、で決めたいと二人は言う。元は愛想がよくとも、今が、そしてこれからがどうなのかはわからない。
 数日後に面会を決行することになり、緊張は否応なしに高まっていた。

 キリンリキの保安官に連れられて会いに行ってみると、例の二人は元気こそ無いようだったが、お世話になっている近所の大人たちの庭の草むしりをしたり、掃除をしたりなど積極的に仕事を行っている。まだ悲しみから立ち直ったわけではないものの、何かをしなければお世話そしてもらえないかもしれないとか、捨てられてしまうとか、そういうことは本能的に理解しているようだ。
 保安官はその二人にロウエンとレナのことを犯人を捕まえてくれた人達だと紹介し、今後のことで大事な話があるのだと告げた。

 レナはもしよければうちの村に来ないかと持ちかけ、里親候補の二人を紹介した。子供を紹介してくれた保安官も、全く違う種族同士で、しかも女同士という異色の組み合わせに驚いていた。
 子供ができない組み合わせなので、良ければ家族にならないかと持ちかけられると、保安官はもちろん、子供二人も大いに戸惑った。あるいはその戸惑いに性別など関係なく、単純に里親になるという事への驚きなのかもしれないが。
 しかしながら、いつまでも近所の人にお世話になり続けることは出来ないとどこかで理解しているのか、二人は考える。ロウエンは、お金が必要なら援助することも出来るだとか、村に行けば勉強だって教えてあげられるとか、そんな甘い誘い文句で二人を説得するも、二人が見ていたのはフワライドとガブリアスの里親候補の目であった。
 小さな子供達に合わせるように膝をつく二人に、それを見上げるゴマゾウとビッパの二人。二人についていったからと言って母親が生き返るわけではないけれど、かといって今の状態が長く続くわけもないため早めに状況を打開したほうがいい。
 そんな賢い打算を頭でしたわけではないが、ここ数日の間にもう無邪気ではいられないことを悟っていたゴマゾウの兄は、妹を守るためにもロウエンの申し出に頷くのであった。
 小さなビッパは、『ねえ、お母さんは?』と涙目で尋ねるが、ゴマゾウは首を横に振って、お母さんもお父さんももういないと告げるしかない。そして、あの人達が新しいお母さんだと涙をこらえて説明しているが、理解していないのかしたくないのか、妹の反応は良くなかった。
 その光景を見ていたロウエンは、『それじゃあ俺達は少し離れます。当事者同士でどうぞ』と声を掛けてその場を退散した。

「くっそ……本当にろくなもんじゃねえな……新しい家族が誕生するって言ったら感動ものかと思ったが、死んだ両親の事を思いだして子供が泣きだすとか、見てられねーよ……」
 見ていて悲しくなる光景に、ロウエンは毒づき地団駄を踏む。
「私も、なんだか悔しいです。時間を戻ってあの犯人に釘を刺しておきたいくらいで」
「こんな小さいことくらいじゃ、時間の神様も力を貸しちゃくれないだろうし、そんなのは無理だろうけれどな。はぁ……あとはもう、あの子たちが乗り越えてくれるのを祈るっきゃねーな……俺達も責任もって出来る限り頑張らなきゃいけねーや。」
「時間かければ出来る……と、いいんですけれど」
「見守るっきゃねーよな。話がまとまるといいけれど」
「どうも、兄の方はお世話になるのを決めているみたいですけれど」
「甘えるため、じゃなくって生きるためにあの二人に頼ることを決めているっぽいのがまた、心苦しいんだ。あいつ、賢いけれど……」
 あー、畜生と毒づきながらロウエンは地面にどっかりと腰を落ち着ける。レナもため息をつきながらバルーンのクッションを作り
「ガブリアスとフワライドの姉ちゃんたち、一ヶ月同じ村に暮らしていて分かったけれど本当に仲がいいんだな。愛想もいいし、単体で見れば思わず惚れちまいそうなくらいに。愛し合ったのが女同士じゃなかったら、仲睦まじい夫婦から……いずれは親子になっていただろうに。
 その分、余った愛情をあの子達にあげられるのかどうか」
「子供達次第でしょう。たとえ今、あのゴマゾウのお兄さんが偽りの愛情でも、ビッパの妹が新しい家族を受け入れなくとも……時間がそれを良い方向に変えてくれることを祈るしかありません」
 レナとロウエンは肩を並べてため息をついた。

 そうして待っていると、四人は話がついたようで、妹のビッパはまだ納得していない様子ではあるがゴマゾウの兄は里親を申し出ていた二人にきちんと懐いているように見えた。あの子は年の割に打算的なところがあるように見えるから、それは演技なのかもしれないが。しばらくは問題も起こらず過ごすことも出来るだろうか。
 結局、里親二人は子供達の家に二日間滞在して、その上で子供達を引き取ることに決意を固めた。妹の方は二日ですこしばかり適応したように見えたが、まだ表情は暗い。フワライドの女性と手を繋いでいるとも取れるが、見方によっては縋りついているとか、しがみついているとか、そんな表現の方が正しいかもしれない。
 すぐに一件落着とは言えないが、とりあえず幼い子供達が野垂れ死ぬような悲劇は避けられただろう。

 すべてを終えて村へと帰り、村長に報告すると、村長は安心したような表情を見せる。
「もし子供達がこのまま親無しだったら、どこかの家で雇われていたかもしれないね。それを防いだのはいいことだよ。こっちの大陸じゃ、メイドやお手伝いさんとして雇われた子供の待遇は悲惨だからね」
「そういうもんなのか? 俺の故郷じゃ、奴隷の方がよっぽど幸福に生きられるなんて言われていたけれど。奴隷は育てて有用に使う事こそが美徳であって、激務の主人よりも先に死ぬことはあってはならず、主人をみとってこそ奴隷とまで言われているくらいなんだが……」
「ふふ、それはいいことだね。だけど、貴方達はナイジャに出会っているんだろう? ナイジャが連続強盗殺人をした理由は……この国、この大陸じゃ雇われた者達の扱いが悲惨だからだよ。ご主人の前で休んだからと言って殴られ、食事が冷めていると言って殴られ、掃除が不完全と言って殴り。風邪を引いたら伝染すなと言って殴り、目つきが気に入らないから殴られる」
「あー、私、身に覚えがあります」
 村長が語る奴隷の扱いに、レナは共感して一人頷いた。
「俺の生まれ故郷でそんなことをする馬鹿がいるって信じたくねーな」
「こっちじゃ日常茶飯事さ。貧富の差が激しい街では、一般人でも一人や二人くらい使用人を雇う。ナイジャは、そんな使用人の立場にあり、虐待が絶えない子供を見かけたら、その主人や妻を殺していたのさ。種族がばれてからも変装して殺し続け、そうして殺した数は分かっているだけでも五〇〇を超えている。
 そのおかげで、奴隷にひどい扱いをしている者はジュナイパーが殺しにくるぞって噂が立ったものさ。けれど、ナイジャがいなくなってからはだんだんと昔の状態に逆戻りしてきた感じでねぇ……また、奴隷にされたら辛い運命が待っているところだった……かもしれないのさ。
 そういう運命をたどる可能性があるって子供たちが知っていたのか知らなかったのかは定かではないけれど、きちんと愛してくれる親が出来てくれたのならばいい事だよ」
 そういって村長は微笑む。
「まー、いいたかないけれどこれからどうなるかはわからないけれどな。あの二人だけに投げっぱなしは良くない、俺達も協力しないといけねえな」
「えぇ、そうですね……ところで、村長さん」
「うん、なんだいレナ?」
 レナはロウエンの言葉に頷きつつ、村長へと尋ねる。
「今回の犯人、近いうちに公開処刑されるそうです」
「そうだね、あれだけのことをやらかしたらそうなるだろう」
「子供が救われると喜ぶけれど、そっちに関してはあまり憂う様子がないし……ナイジャに殺された人のことも、簡単に流しているなって」
「本当は、悪い人も救える状況が理想なんだけれどね……私に、そこまでの熱意がないのさ。だから、無茶は言わないでくれ」
「いえ、それは別にいいんです。私も、同じく流していますから」
「ふむぅ……それじゃあレナはなんでそんなこと聞くんだよ?」
「自分の感情に整理をつけるというか……あー、私は、私自身のその矛盾が少し気にかかったのです。村長を責めたいとか、ロウエンさんを責めたいとか、そういう事じゃないんですよ」
「ふむ……なるほど」
 レナの言葉に村長な納得して頷き、続ける。
「さっきも言ったように、悪い奴もいい奴に出来るのならばそれが理想なんだけれど……私にはそれが出来そうにない。我々ポケモンは誰しも、他人が幸せになることをうれしく感じるものだ。けれどその反面で、他人が不幸になることに喜びを感じることもある。多かれ少なかれ、誰もが持っている性質だ。
 そのバランスが、正常に保たれているのならば……犯罪者でもやり直せる。でも、バランスがおかしい奴はいるもんで、その犯人たちがその筆頭だね。
 人生ってのは戦いだ。女を勝ち取るのも、名誉を得るのも誰かを踏み台にしなければならない、見下ろす立場にならなきゃいけないのさ。それにいちいち罪悪感を感じちゃいけない。だから、優れた遺伝子を残すためには、少なからず誰かを虐げることに喜びを感じる者の方がふさわしい」
 かといって、あまりにその性質が強すぎても、周囲から目の敵にされるし、場合によっては他人を虐げることそのものが目的になって……犯罪者の仲間入りさ。だから、他人の幸福を喜ぶことでバランスをとる」
「そう言われりゃそうだな……俺も、誰かの食事を奪い取った時、罪悪感もあったけれど、言いようのない嬉しさのようなものがあったし」 
 ロウエンは村長の言葉に思うところがあり、自分を振り返りながら納得する。
「そのバランスはね、教育や育ってきた環境である程度矯正はできるものだけれど、どうやってもどうにもならないものはいるし、大人になると今更治すことが難しくなる。それを治すために労力を使うくらいなら、さっさと殺して他の事に当たったほうが結果的にはいいことが多い。
 子供がひどい目に合うのと、酷い大人がひどい目に合う事で反応が違うのは、それを心の中で理解しているんじゃないかな? 言葉にしてみると長くなっちゃうけれど、なんとなく理解しているんじゃないのかい、レナちゃんも?」
「うーん……そう、なのかなぁ」
「レナちゃん。正しさと優しさは、同じことじゃあないよ。正しくあることも優しくあることも大事だけれど、時にはどちらかを選ばなければいけないこともある。今回の場合は、悪い奴を救うことは優しいかもしれないけれど、悪い奴がいなくなることが正しいのさ」
「それが、誰かを守るのに一番都合がいい、のか……」
「だろうね。正しく、そして優しくを両立するのは難しいよ。だから、別々のところで適切に発揮すればいいのさ。悪い奴を捕まえたり懲らしめたりするのは正しさで、その被害に遭った子供を捕まえるのは優しさで。そうやって別々のところで発揮しなさい。
 私は、そうやって生きるのが一番適切だと思っているよ。レナちゃんがそう生きるのを強制はしないけれどね」
 村長は少し長くなってしまった話を締める。レナは彼女の話を聞きながらかすかに頷き、納得していたようであった。
「うーむ……そうですね。私も色々考えながら生きてみることにします……」
「レナ、大丈夫か? あんまり難しいことを考えると腹が減るくらいならいいが、夜眠れなくなるぞ?」
「心配しないでくださいロウエンさん。心に折り合いをつけることくらい、私にだって出来ますから」
 ただ、村長の話は聞いて終わりというものではなく彼女自身思うところはたくさんある。ロウエンの危惧した通り、レナはその日寝るのが遅くなるのだが、三日後にはほとんど今までの生活ペースに戻るのであった。


 次……HEAL7,盗賊退治

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  • メロエッタの歌の歌詞はなんか聞いたことあるなと思って考えてみたらそういえば中の人同じでしたねw

    確かにポケダンってどう考えても「はい」という選択肢しかないのにあえて「いいえ」も選択できる場面って多いですよね
    まぁ、寧ろ「いいえ」選んだ方が相手の可愛い反応見れて非常に眼福なんですけどねw(特に超ダン) -- ナス ?
  • 例の歌は、ケルディオの中の人も歌っていたため個人的にはネタ度も高い曲でしたw メロエッタの歌ならあれくらいのことは出来ると思いまして……

    ポケダンのお約束については、それらをふんだんに取り込んで作品を完成させたいと思っています。可愛い反応も含めて、自分が表現出来る限りのも絵を詰め込めるよう頑張ります。
    コメントありがとうございました -- リング
  • アローラの新ポケをいたるところで登場させる、SM発売を記念したような心意気あふれる長編でした。立ちはだかる困難に対して自分たちなりに考え抜き常に成長を続ける主人公サイドを描き切ったのは、ひとえにアローラ御三家への愛情がなせる業でしょうか。ポケダンの世界を踏襲した設定や小ネタも嬉しいところですね。
     ただオシャマリ救出後、開拓村以降のストーリーは中だるみ感が否めません。レナを救ったことでロウエンに対立するキャラが失せ具体的目標も見えなくなり、それからはレナに関する秘密をのろのろと解き明かしていくだけで緊張感が足りなかったように思います。ネッコアラやルナアーラ戦など、印象に残るシーンがもっと欲しかった。敵側に擁護できないレベルの悪役を登場させるなり主人公サイドで仲違いさせるなり、読み手を飽きさせない工夫があると読み進めやすかったのかな、と。 -- 水のミドリ

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Last-modified: 2017-01-03 (火) 11:15:23
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