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Galaxy (story41~45)

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Galaxy (story41~45) 


著者 パウス


~story41~ ―森林の声― 


パール達の居る部屋を出て、階段で一階へと駆け下りた。
私がいきなり駆け下りてきたせいか、受付の人は顔を驚かせてこっちを見ている。だがそんなのはどうでも良い。
すでにメノウの姿は受付前には無かった。もうすでに外に出ているようなので外に出ようとしたが、困ったことにここの出口は自動ドアではなく、手動なのだ。
四足歩行の私にはこれを開けるのに骨が折れる。まずは扉に寄りかかりながら、震える後足で何とか立ち上がった。
そして前足をドアノブに引っ掛け、右前足に力を入れてドアノブを回す。あとは体重を乗せて開けるだけ―――だが何故か開かなかった。
「えっ………?もしかして引くの!?」
押すのだったら簡単だ。立ち上がるのに苦労するが、ドアノブさえ回せば後は体重をかけるだけなのだから。
だが引くとなると、ドアノブを前足にしっかりと引っ掛けた上で後ろに下がらなければならない。
二足歩行どころか、二本の足で立ち上がることさえも不慣れな私には相当技術が必要となる。

結局駄目だった私は、受付の人間に頼んで開けてもらった。
「ありがとうございます。」
簡潔にお礼を言い、すぐさま外へと駆け出す。そういえばメノウはどうやってあの出口を開けたのだろう。私が降りてくるまでの短い時間で……。

もうそんなのはどうでも良い事だ。きっちりとしたメノウのこと、最初から誰かに開けてもらったのだろう。
それよりも、メノウはどこだろうか。見渡す限りでは姿は見当たらない。
この町は森のように並んだ木々に囲まれているので、もしかしたら木に隠れているのかもしれない。そう思ってすぐ近くの並んだ木々の間に突っ込んだ。
視界一面が緑に変わり、この中からメノウを探し出すのは難しいだろうと思った、その時。
「…………………っ」
私は思わずぴくっと耳を動かした。誰かの話し声が耳に入り、その場所を本能的に探り出す。
小声で話しているが、何となく場所は今私の居るところから近いという事は分かった。だがその声は誰のものなのか、人間なのかポケモンなのかも分からない。

気になって声の聞こえた方に向かって歩いていくと、背の高い草の間から、ちらりと大きな赤いものが見えた。
私は木の後ろに隠れ、そこから覗き込むとそれは一匹のブースターだった。
―――メノウだ。顔は見えないが、あれはメノウだと第六感が言っている。
私はやっと見つけ出したメノウに、後ろから思いっきり抱きついた。
「うぐっっ!?」
メノウらしからぬ変な声を口から漏らし、抱きつかれた勢いで前に倒れ込んだ。
その倒れた勢いで、私の全体重が思いっきり彼の体にのしかかることになる。
「ちょっ、お、重いよ!!」
「失礼ね、私はそんなに重くないって。ただ勢いがあったから重く感じただけよ!」
少し頭にきた私はメノウにのしかかった前後の足を解かず、逆にもっと強く抱きついた。―――相手が痛いと感じるほどの力で。
「いぃぃぃたたたた!!分かった、分かったって!」
彼のナイスリアクションのせいで、まだ弄ってやりたいというサディスト的な一面を抑えるのに苦労した。

「あははっ、ごめんごめん。つい………ね。」
笑いながらようやくメノウを離すと、彼は私をじっとみてニコリと笑う。
まだ告白の答えも聞いてないというのに、これはちょっとじゃれ過ぎだろうか。メノウはその表情の裏でどう思っているのかと考えると、何だか無性に怖くなる。
もし私の事を悪く思っていたらどうしよう……。
だがメノウのこの笑顔を見ていると、その恐怖感は薄れていく気がした。今日は機嫌が良いのだろうか、随分と笑顔が深い。

「そういえばさ、さっき誰と話してたの?」
さっき話していた声は誰のものか分からなかったが、声が聞こえた方向から考えるとメノウだったということも考えられる。
「えっ?………いや、誰とも話してないけど……」
では、もっと先に居る他の誰かだったのだろうか。それならば今は別にどうだって良い。
「そうなの?……まぁ別にどうだって良いわ。」
私は出来るだけ妖艶に笑うよう努力ながら笑い、メノウは何故笑っているのか分からないという風に首を傾げた。
「せっかく私とメノウだけしか居ないんだしさ、今日も………やっちゃう?」
メノウはますます首を傾げ、その顔が「何を?」と聞いている。私はその答えを行動で示した。
「えっ!?ちょ、ちょっと!何してんの!?」
私が後ろに前足を付いて座り込み、後足をその間にある秘部を見せ付けるように開いて座ると、メノウは声を帆に上いで目を丸くした。
私は慌てて体勢を起こしてメノウの口を塞ぎ、声を殺しつつ叫ぶように言う。
「しーーっ!……声大きいよ。誰かに聞こえたらどうすんの。」

体勢を起こして秘部が隠れたからかメノウは徐々に落ち着きを取り戻し始め、完全に落ち着いてから前足を離した。
その時、さっき木々の間に突っ込んだ時のように何かが声を発しているのが耳に入った気がした。あまり聞こえなかったからあくまでも“気がした”だが。
さっきまでは例え誰かが居てもどうでも良かった。だが今の状況では居てもらっては困ったことになる。
「ねぇ、今、声が聞こえなかった?」
メノウに聞くと、メノウは少し硬直して周りを見回してから首を横に振った。
気のせいだったのか、ならいい。私はまた座り込んで足を開いた。
メノウはもともと赤い顔を更に赤く染め、躊躇いがちにじーっとそこを見る。
どうするのかと思いきや、メノウはそこから目を逸らし―――意外なことに前足で私の後足を閉じたのだった


~story42~ ―ジェードの陰謀― 


「おっ、来ちまったぜあのサンダース。どうすんだ?あいつは」
パイロープは体を前に乗り出し、目を大きく見開いた。
あの――名前を忘れてしまった――ブースターとサンダースは、今俺達がいる位置から結構遠くに位置しており、背の高い草の間から覗いているが人間の俺にはよく見えない。
その上、その草が風で揺れるものだから全く見えない時もある。
「……おい、何やら物凄く痛がってるぞ………。」
ルベライトはこっちを振り返るが、何度も言うように俺にはあいつらの姿が良く見えない。
サンダースは思いっきりブースターに抱きついたまま離さず、しかも痛みを感じるほどの力を入れているらしい。
成程、それでブースターは悲鳴を上げている訳か。

いくら耳が良かろうと、あいつらの潜めた声を聞き取るのは至難の業だ。その時とる行動で判断するしかなかった。
パイロープ、ルベライト、スイクンの三匹で見張っていれば何とか状況は判断出来るだろう。
ここはこいつらに任せ、近くに転がっていた手頃の石に腰をかけた時、パイロープは「おおっ!」と驚きながらも嬉しそうに声を弾ませた。
その目は限界まで開かれ、血管が眼球を這っている。

『せっかく私とメノウだけしか居ないんだしさ、今日も………やっちゃう?』

いきなりこんな危険なワードは耳に飛び込み、思わずあいつらを覗いてしまう。
ゆらゆらと揺れる草の間をじっと見つめ、サンダースの黄色い姿が見えた時に目に飛び込んできたのは―――
サンダースが後足を全開にして座り込んでいる姿だった。
「な、何考えてんだあの女!こんな周りから丸見えのところで―――」
「そのやかましい口をさっさと閉じろ!!そして見るな!!汚れる!!」
パイロープが興奮のあまり声を張り上げ、サンダースの姿を凝視しているところにスイクンが飛びかかった。
容赦なしに悪態を耳に詰め込まれたパイロープは、スイクンの力に成すすべも無く首を九十度曲げられて口を塞がれる。
ルベライトはちゃんと目を逸らしていた。俺は人間だからどうとも思わないが相当“くる”らしい。


肝が一瞬にして凍りついた。スイクンに首を固定されているパイロープを睨みつけ、今この場でで馬鹿野朗と思いっきり叫んでしまいたかった。
正直に言うとスイクンの声も五月蝿かったのだが、今言ったら殺されそうなので口を噤んでおく。

感付いたのにこっちに来ないとなると、あいつが何とか白を切ってくれたようだ。内心で深くため息をつき、もう一度パイロープを睨みつける。
もう一度あいつらを覗きこむと、薄っすらとだがブースターがサンダースのあられもない全開させた後足を閉じていたのが見えた。

『ごめん……、ちょっと今日は………』

そう言うとブースターはサンダースを立ち上がらせ、俺達の位置とは逆方面へと走っていく。
サンダース一度こっちを向いて首をかしげ、不本意そうにブースターの後を追っていった。

張り詰めた緊張感が一瞬にして解け、全身の力が吸われたように体の力が抜けていく。
目の前に居る馬鹿野朗のせいで見つかるところだったが、とりあえずは難を逃れただろう。
空を見上げると、綺麗な星が無数に散らばっているのが葉の間から見えた。もう大半が欠けてしまっている月が金色の光を反射し、真上から降り注ぐ。
もう夜は随分と深けていた。

「偉いなあいつ……。よくあの誘惑に勝ったものだ。」
ルベライトは両腕の鎌が体に当たらないように腕を組み、うんうんと頷く。ようやくスイクンから開放されたパイロープは、思い出したようにニヤニヤと笑った。
「俺なら絶対に飛び込むね、あの足の間に。」
究極の阿呆発言を聞いた俺とルベライトとスイクンは、ほぼ同時にため息をついた。一体いつからこんな阿呆になったのだろう。
「貴様のその底の無い欲は一体どこから湧き出ているのだ?呆れた奴だ……」
「だってよぉ、俺の周り男ばっかじゃん。」
――――暫くの沈黙。
ルベライトは腕を組んだまま目を剥き、俺は思わず失笑してしまう。パイロープ自身は、自分のとんでもない失言に気付いていないようだ。

「ほぉう……、貴様の眼は飾りか?それとも節穴か?どちらにしても貴様に眼は必要ないようだな……」
かなり憤った様子がひしひしと伝わってくるのに、見事にフラットにコントロールされた声がパイロープの後ろから降りかかった。
パイロープのへらへらとした顔は一瞬にして凍りつき、自分の失言に気が付いたように口を塞ぐ。
そのまま後ろにゆっくりと顔を向けると、そこにはポケモンの技である〝怖い顔″よりも怖く、〝睨みつける″よりも迫力満点のスイクンの顔があった。

頭の中にこの後の展開を予想するのには、全く苦労しなかった。―――まずい。このままではパイロープの絶命は絶対だ。
なんとかスイクンの怒りを納めようと、俺は間に入って無理矢理話題を逸らした。
「それじゃあよ、もうここには用はないだろ。……行くぞ。」
これは話題を逸らすというより、気持ちを入れ替えられる言葉だった。
元々真面目なルベライトは別として、怒りに顔を引きつらせていたスイクンの表情が変わり、パイロープでさえも顔つきが真剣になる。
「そうか。…………だったら乗れ。」
スイクンは俺の体の下に首をもぐりこませ、そのまま首を上に向けて俺の体を押し上げた。
ふわりと乗せられたそこは、以外にもスイクンの背中。あまり人間を信頼していなかったあのスイクンが、まさか俺を背中に乗せるなんて。
「貴様が動いている理由が分かったからには、協力せねばならぬだろう。徒歩で行くよりは断然こっちの方が早い。」
スイクンは首を曲げてこっちを見ると、今まで見せたことのないような柔らかい笑みを見せてくれた。

今度はルベライトとパイロープの方を向くと、あごで自分の背中を指した。
「さぁ、乗れ。」
俺たちまで乗せてってくれるのか、と半分驚きながら、ルベライトは跳躍して背中に座り込む。
次にパイロープが乗ろうとした時、スイクンの顔がまた引きつった。
「……貴様は乗るな。私の背中が汚れる。」
スイクンはまだ根に持っているらしく、頑なにパイロープを乗せるのを拒む。
このせいで、元々長く続かないパイロープの緊張が解けてしまった。
「な、何だよ!俺があんたを雌と思ってなかったのは謝るけど、何もそこまで―――」
「もういい、お前はここに入ってろ。」
ここでパイロープがスイクンに絡むと厄介なことになるのは目に見えている。
スイクンが生身のまま乗せようとしないならば、モンスターボールの中に入っておいてもらおう。
俺は久々にボールを取り出し、それから発した赤い光をパイロープに当てた。パイロープの体全体が光を同じ色になり、吸い込まれるようにボールの中に入っていく。

「それでは………行くぞ。」
スイクンの想像を絶するスピードは、振り落とされないようにするのが精一杯だった。


~story43~ ―捜索― 


何度も頭を振りながら、マリンとの行為の跡を見られてしまったことを何とか忘れようとしていた。
誰にも見られないように注意を払いながら部屋を出て、人工的に作られた川で体を洗う。
マリンはといえば、まだ顔を真っ赤にして部屋から出てこなかった。
下手に声を掛けても動いてくれそうにないので、仕方なくマリンを部屋に残して行った。

すでに『中庭』にいるポケモン達は入口近くに集まっていた。
皆入口をじっと見つめ、『A・G団』頭領の登場を今か今かと待っている。いや、中には来ないで、といった顔をしている者もいた。
僕だってそうだ。来ないで欲しい。召集は間違いであって欲しい。ポケモン達全員を集めて話をするなんて、一つも良い予感がしない。

そんな願いも悲しく、入口の扉が動き始めてしまう。
ガタンッという鋭い音に、ギギギッという鈍い音。聞きなれた音なのに、硬い物を爪で引っかくような嫌な音のように感じた。
ゆっくりと『中庭』に足を踏み入れたのは勿論頭領だった。黒い短髪はなびきもせず、漆黒の瞳は見るものを見下す。
更にその後ろに二匹のポケモンが――――ジャンクルと同じく、頭領直属のポケモン達だ。
「んっ?おいジャンクル、そんなとこに居たのかよ。」
とジャンクルにタメ口で話すこのポケモンの名前はアンハイド。
真っ白な体毛の中に赤いギザギザ模様があり、鋭い爪と鋭い目を持つザングースだった。
「結構探したよぉ?せめて何か声かけてから行ってよねぇ。」
この語尾が伸び、言葉にゆらりとした印象を与える彼女はレミオル。
耳の片方が大きな赤色をしていて、体は黒が中心。こちらも鋭い爪が特徴の種族、ニューラだ。
「あっははは、ごめんごめん。」
この二匹を前に、余裕の笑みを見せられるのはジャンクルくらいだろう。
他の皆は顔を凍りつかせ、恐れるような眼で見つめている。あのネルピスやエバトイルまでもが…。
無論僕だってそうだ。正直この二匹の放つオーラは恐怖の根源以外の何でもない。

「もういいか?……よく聞け同志達!」
頭領が発する言葉で、一瞬にして皆の視線が集まった。少し演技過剰な気もするがとりあえずどうでも良い。
何が同志だ。無理矢理ここに僕達をぶち込んでおいて………
「つい数日前まで数名の団員とポケモン達がホウエン地方へ行っていた。
三年前にホウエンで俺達から逃げ出したあるポケモンの捜索をするためだった……」
ホウエン地方とは、シンオウ地方の隣に位置する地方のこと。
逃げ出した?三年前…………ホウエン地方で―――――――

『僕さぁ、ここから早く逃げようと思うんだ』
『今度何の目的か知らないんだけど、銀河団の何人かがホウエンに行くらしいよ。僕もそこに付いていって、それから……』

多少ノイズがかかるが、頭の中に三年前の映像が記憶の海から浮かび上がってきた。三年前、ホウエンで脱走した者は、僕の記憶が正しければ一匹しかいない。
それは僕の良く知っているポケモン、お互いに信頼し合っていた親友――――

「ここ何ヶ月か、そのポケモンの捜索の舞台をホウエン地方にしていた。……だがいくら探しても見つからない。」
頭領は額に手を当て、残念そうにため息をつく。
「奴はもしかしたらなんらかの方法でホウエンから抜け出したのかもしれない。そこでだ…」
頭領は一旦そこで言葉を切った。
その一瞬の無言が皆の視線を集め、全員の驚きを誘うには充分に効果を発揮した。

「明日から奴の………メノウの捜索の場をシンオウに切り替える!!」


~story44~ ―華花― 


外の空気も、風も、花の香りも何も感じないまま眠気が抜けていく。
当たり前だ。俺は今は魂だけの状態、言うなれば意識だけそこに存在しているようなものなのだから。
いつまでこんな状態が続くんだろう。自分の身体を失って他の身体に無理矢理突っ込まれて……。アメシストにも迷惑を掛けてしまっている。自分の内に見ず知らずの魂が七つも蠢いているのだから。
だからあまりアメシストの身体の中に皆居たがらない。彼女の心の中はまだ暗いままだ。
だがアメシストの中に居ないと入れ替わることも出来ないので、そこは彼女に我慢してもらうしかないのだ。
パール達と旅をすることに不安の色は感じなくなったようだが、それでもほんの少し明るくなっただけ。
訳の分からない運命を甘受してしまうことに不安を覚えているようだ。

重い瞼のシャッターを開くと、得体の知れない物体が目の前に置かれていた。
額の金色の輪と、頭の方に生えた長い耳、これを見てようやくそれが何か理解出来た。目を瞑っているリチアの顔は、傍から見ると黒い塊に等しい。
閉じた目の線と、やわらかく閉じた口の位置を確かめながら顔全体を見回すと、やっぱりこいつは雌なんだなぁ、と今更ながら納得した。
口の減らない鬱陶しい奴だが、こうして見ると以外と可愛いことに凄まじく驚いた。
「…………おい……さっきから何オレの顔をじっと見つめてるんだ………」
「うおぉぉぉおぃっっ!!」
目は閉じたままなのに、いきなり口のほうから動いたのにもっと驚いた。―――普通逆だろ。

目元の線は赤く変わり、ゆっくりとリチアはその赤い眼を開いた。
その瞳に俺の姿をはっきり映し、瞳の中の俺の身体はその赤色に溶け込んでしまっている。
「……まさか貴様、…………変なことしようとしたわけじゃないよな?」
こいつの悪態にはつくづくため息が出そうだ。
「ち、違ぇよ!いきなり何言ってんだてめぇは!!」
ここは冷静に違うと言えばいいものを、逆に焦ってしまうところがリチアには面白いらしい。
「ふふふふふふふふっ……………お前、本当に面白いな。」
嘲るように――というか実際嘲っているのだが――リチアは声を押し殺して笑う。
この野郎、俺より年下のくせに―――と自分がリチアを批判する要素がこれしかないというのがかなり悔しい。しかも、年下と言ってもたかが一つだけだ。
一瞬でも可愛いと思ってしまった俺が馬鹿だった。

暫く俺が動揺するのを堪能した後に、リチアはようやくその嘲り笑いに歯止めを掛けて立ち上がった。
その後を追うように俺も立ち上がると、皆狭い部屋の中にごちゃごちゃと広がって熟睡しており、
自分が魂ではなかったらとても動けない状態だ。
その中に一つだけ何か足りない気がしないでもない。いや、する。
ジェオードの白い毛、コーラルの淡い水色の身体、それとカーネリアの黄色い毛―――オレンジ色がない。
メノウだ、と脳裏にメノウの姿が浮かんでは消える。昨日の夜はカーネリアの横で眠っていたはずだった。

もう外に出たのかと思い、首から上だけ壁を突き抜けさせる。魂だと何でもすり抜けられるから楽だ。
実は床からは、目に見えないほどだが浮いているらしく、床をすり抜けたりはしない。だが頭を突っ込めばすり抜けてしまう。

少し外を見回すと、オレンジ色の身体がすぐそこに座っているのが見えた。
そいつは向こうを向いて俯いたまま、ごそごそと何か前足を動かしている。あれがメノウなのだろうか?
俺は体勢を低くし、足に徐々に力を込めていく。そしてその力を一気に解放し、壁をすり抜けて外に飛び出していった。
「おい、待てクォーツ!」
後ろからリチアも追いかけてきた。
二階から落ちていったにも係わらず、着地しても何も痛くない。それどころか振動さえも感じなかった。

まだ朝早くということもあって、この町はまだ眠ったままだった。
これなら誰かに見られる心配もない。安心してメノウに声を掛けられる。
「メノウ、何やってんだこんなところで?」
やはりメノウだったそのブースターは、驚きながら首をぐりんと回した。グキッ、という痛々しい音がこっちまで届き、メノウは軽く悲鳴を上げる。
最早痛快と言うべきほどのその鈍い音が、どれほど痛かったかを物語っていた。
「あいっっったたたたた!!………なんだ、驚かさないでよ。」
無理矢理回した首を押さえながら、メノウはほっと息をつく。
その姿があまりにも可笑しくて、俺とリチアは同時に失笑した。
メノウは恐る恐る痛みが抜けたかどうか確かめるため、首を軽く押すが、そこが見事に圧痛点だったらしく、メノウはまた悲鳴を上げる。
若干涙目になっているその姿が女々しいったらありゃしない。

ようやくメノウが落ち着きを取り戻したころ、俺達の部屋が何か騒がしいことに気が付いた。
「おいっ!メノウはどこだ!!」
「クォーツとリチアも居ないわ!!」
「まさか奴らに………?畜生っ!」
―――なにやらとんでもない勘違いをされているみたいだ。

「……おい、戻らないとやばいんじゃないか?」
リチアもその声が聞こえたらしく、頬に冷や汗を這わせ、その量が時間と共に増していく。
「あぁ………。だけどよぉ………戻りづれぇよ、この状況…………」
「何言ってんの!早く戻らないと大混乱になるよ!」
もともと俺達が『A・G団』に狙われているとあって、パール達が神経質になっているのは当然の事実だ。
このままだと勘違いされ続け、戻るに戻れなくなってしまう。
メノウはそのことが良く分かっているようで、一番先に宿の入口に向かって駆け始めた。
俺たちはこのまま入口から入るわけにもいかないので、パール達の部屋に直接突っ込むしかなかい。

ふと、またメノウに眼を向けると、入口の扉を開けるのに随分と苦労していた。
その身体がやたら華奢に見えたのは何故だろう。あまりメノウの戦っている姿を見たことがないせいだろうか。
「おい、何ぼーっと突っ立ってるんだ!早く戻るぞ!」
「お、おう。」
また振り返ると、メノウは既に扉を開けて中に入っている。
半ばリチアに急かされながら、俺は急いで二階まで跳躍した。


~story45~ ―命令― 


スイクンのおかげで、『A・G団』の基地まであと僅かというところまで、たった一晩で来ることが出来た。
スイクンに振り落とされないようにするには結構な力が必要で、今の休憩時間は俺のためにある。
パイロープ、ルベライトはまたバトルの特訓だ。どうやら、あの融合イーブイに完膚なきまでに叩きのめされたことで火がついたようだ。
勿論その相手をしているのはスイクンな訳だが、こいつが思った以上にスパルタでいつも倒れるまでやっているのだ。

ルベライトの両鎌が輝き、それを振ると、大きな風の刃が目に見えるほどまでに圧縮され、スイクンまで一直線に突撃していく。
スイクンがそれを片前足でなぎ払ったところを、いつの間にか死角に回り込んでいたパイロープがから拳を突き出した。
身体に突き刺さるんじゃないかというくらい勢いのあるパンチだったが、スイクンの鋼の肉体にはめり込みもしない。
スイクンが全身に力を込め、思いっきり吠えると、何処からとも無く大規模な爆風が襲ってきた。
遠くにいたルベライトはそれを何とか堪えたが、今まさにスイクンの身体に触れていたパイロープの体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。
「痛ってぇぇ!!もっと加減しろって、スイクン!」
「甘えるな!それに、今のは本の4割程度の力だ。」
スイクンの喝に、パイロープは立ち上がったそばから尻餅をついた。
「い、今ので4割って……お前どんだけ力あんだよ!やっぱお前を女と認めることが出来ねぇ!」
―――自然界では男も女も力の差はないと思うが……
驚いてるのか怖がっているのか、まるで子供のように呆然と見上げるパイロープを上から見下ろしながら、スイクンはにやりと笑う。
「我が本気の一撃、喰らってみるか?」
その一言だけで、パイロープの顔色は深い海のように真っ青になった。

スイクンのスパルタ特訓にようやく休憩が取られたころ。パイロープ達は死にそうなまでに行き絶え絶えとなっていた。
一方のスイクンは疲れの色一つ見せない。
「……大丈夫なのか?あいつに任せても………」
明らかにさっきとは違う、いつもより真剣な声は俺に向けられたものだ。
「あぁ、どうせ時間稼ぎだ。俺たちが基地に戻るまでの間、ただばれなきゃいい。それにもうこんなにあいつらから離れたんだ。例え、今ばれたとしても問題ないだろ?」
「それはそうだが………私は嫌な予感がするのだ。」
スイクンな真剣な顔のまま、ぐったりと倒れているパイロープ達の方を向いて座り込んだ。
「あいつらはどう思う?」
俺がパイロープの方を指差すと、スイクンは視線を逸らさないまま小さく笑う。
「まだまだだな。私の傷一つ附けられないようじゃあ、この先どうなることやら………」
相変わらず厳しいスイクンだが、「だが、まだ伸びる余地はあるな。」と珍しくほめ言葉ともとれる言葉を吐いたのに、俺は無性に嬉しくなった。

『ジッ……おい……ザザッ…ジェード………聞こえるか?』
すぐ脇に置いていた無線が突然雑音を漏らし、その後に誰かの声を通信し始めた。
『お前……今どこにいるんだ。』
この声はシェルだった。少し不機嫌気味の様子に、やべっと顔を顰める。
すぐに無線を手に取り、口を寄せて応答した。
「あぁ、すまんすまん。今そっちに向かってるところだ。もうすぐ着く……はず。」
シェルは暫くなにも言わない間をつくり、それから深くため息をついた。
『お前が何故……ザザッ…俺と同じ幹部なのかが解らんな。連れてくポケモン達も役立たずばかりで……』
この言葉には腹が立たずにはいられなかった。
俺が幹部にふさわしくないのはいいとして―――パイロープ達が役立たずだと!?
「ふざ―――」
「なんだとてめぇ!!もう一度いってみろやぁぁぁ!!」
我慢できない怒りに任せて怒鳴ろうとした俺を押し退け、パイロープが代わりに無線に怒鳴りつける。
無論ルベライトも納得のいかないような表情だったが、それよりも今パイロープがしている行動に驚いているようだった。

「てめぇみてぇに踏ん反り返った奴なんかより、ジェードの数倍も―――」
「やめろ!………すまん、今のは聞かなかったことにしてくれ。」
慌てて無線を取り返し、煮えたぎる憤りを抑えながら気にしてないように振る舞った。
自分を抑えられたのは、パイロープが何を言おうとしていたが解ってしまったからだ。
ありがとうな。そう内心で深く感謝しながら、シェルに続きを請う。
『………随分にぎやかなこ…ザザッ…だな。まぁ…ザッ…いい。
 ……お前には戻ってきてもらう前に……ザザッやってもらいたい仕事がある。』
急にノイズが増した通信は、シェルを更に不機嫌にした声の代わりなのかもしれない。

奴が本気で怒れば、俺達なんか一瞬で消せてしまう。
ネルピスやらエバトイルやらを使って俺達を殺し、スイクンはなんとしてでも捕らえようとするだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
「……なんだ?」
益々不機嫌になったシェルを怒らせないためにも、ここは黙ってこれから言われるであろうことを遂行するしかなかった。
『例の融合体のことなんだが……ザザッ…ザッ……どうも戻って来る気配がなくてな。この前は負けたらしいが…………またお前がなんとか…ザッ…て捕らえて来い。』
その命令は、実行したくないものだった。
今は奴らのもとに戻ったらどうなってしまうことやら。奴らが俺を恨む材料はこの前のクロガネゲートでの一戦の他にもあるのだ。それも超大なものが―――。

「分かった………すぐに奴らのもとに向かう。」
そう静かに言い放って通信を切り、力が抜けたようにその手を下げた。
何が起こったかと回りに集まるパイロープ達に、シェルからの命令の内容を教える。
「今から……あの融合体のところへと…………戻る。」
全員が驚き、息を呑む。そして、その視線が一点に集中した。
その先にあるさっきまで俺が座っていた岩の上に、一個のモンスターボールが転がっていた。


コメント等、あればどうぞ




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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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