ポケモン小説wiki
Galaxy (story76~80)

/Galaxy (story76~80)

著者パウス


~Story76~ ―天子天雷― 


ジェードを呼び出す放送は、もちろん彼の部屋の中にも届いていた。彼がわざわざ放送で頭領の部屋にまで呼び出されることなど稀である。少なくとも、部屋に残された者達が不安感を覚えるほど妙だった。
「大丈夫かな、ジェード・・・」
その不安を最初に言葉にして漏らしたのはマリンだった。放送が流れた天井の角のスピーカーを見上げ、その先の放送を流した団員まで見透しそうなほど遠くを見るような目がその心情を物語っている。もちろんそれは彼女に限ったことではなかった。アクアは逆に下に俯いて目をつむり、メノウはその二匹を見て視線のみを下げた。
「・・・・ごめんねふたりとも・・・。僕のせいでこんなことに巻き込んで・・・」
その言葉が他の二匹の視線を集めた。その視線に目を合わせることの出来ないメノウは視線を落としたままだったが、そんなことはお構い無しにアクアは彼の頭に勢いよく前足を乗せる。それは乗せるといよりも殴るに近いかもしれないが、その衝撃は無理矢理メノウの視線を上げるのに充分だった。
「こっちだってやりたくてやってるんだよ。そんなこと気にしてる暇があったら、自分の身の安全を気にしてろ!」
「痛い痛いっ!わ、分かったよ!」
思わず声が大きくなってしまった二匹の間に入って、マリンが慌てて腕を上から下に何度も降ろした。声をもっと小さくしろ、というジェスチャーだろう。アクアとメノウは自分の口を塞ぎ、お互いに目を合わせて頷きあった。
「・・・ありがとう、ふたり共」
メノウは見ているこっちの不安を全て滅してしまいそうな眩しい笑顔を見せた。その目にうっすらと見える光るものは嬉し涙だろうか、なんとも輝かしい友情なのだろう。
彼らの様子を少し離れて見ていてとても微笑ましく思えてくる。―――だがしかしそんなことを長くは続けていられないようだ。メノウ達から少し離れたところに座っていた私の耳にふと入り込んできたのは、今この状況を全て壊してしまいそうな、とても物々しくて重みのある足音だった。その足音がこちらの部屋に近づいてくるのを感じて、私は扉の近くで耳を澄ます。足音が徐々に近寄ってきてこの扉の前で止まったとき―――私は全てを悟った。
「皆伏せてっ!!」
そう叫んだ直後、何かが叩き付けられるような轟音とともに扉が積み木のようにバラバラになって吹き飛んだ。その破片は間一髪私の頭の上を通り越し、壁に深く突き刺さった。
「こんなとこに隠れてたとは意外だったぜ!何だよ、すぐ近くにいたんじゃねえか!」
扉を叩き壊し、重量感溢れる足音をたてながら部屋に入り込んできたのはネルピスであった。本来部屋の主が招かない限り出入りが許されない幹部の部屋にこんなに強引に入り込んできたということは、ジェードが最早A・G団の幹部として、団員として見られていないということ。すなわち偵察、陽動、メノウの隠蔽―――彼がやっていたことが暴かれてしまったことを意味する。それならば呼び出されたジェードはどういう状況に陥っているのか、考えるまでもなかった。
もはや一刻の猶予もない。とにかくここからメノウを逃がさなければならない。―――ならば私の取る行動はただ一つ。
「アクア、メノウ、マリン!走って!!」
振り返る暇もなくそう叫んで、私は両腕を前に突きだした。念力を込めて木の葉状の気を作りだし、とにかくネルピスへぶつける。キルリアに変身している私がすぐに奴の気を引けそうな技は、“マジカルリーフ”と呼ばれるこの技しか思い浮かばなかったのだ。マジカルリーフは私の意志で軌道を操作することができ、彼の巨体の上にある顔を目がけるには充分な性能を誇っている。
「チィッ!」
いかに身体にドラゴンの分厚い皮膚を纏っていようと、目や口や鼻まで護ることはできない。もっと広い場所ならば飛び立って逃げることも可能だっただろうが、ここはポケモンが通ることを想定していない人間のための空間である。こんな狭い場所では、ネルピスは片翼を折り曲げて顔を覆い隠してマジカルリーフを防御するしかなかった。これがメノウ達がここの場から脱出できる隙となった。
「くそっ、逃がすか!!」
脇を通り抜けようとしたメノウに気がついたネルピスは、その巨体に似合った太い尻尾をしならせる。しかしこれまた狭い空間が邪魔をして振り切ることができず、メノウ達の進行を止めることはできなかった。自分の後ろを通り抜けて出口までの階段を駆け上がっていくメノウ達を止めようと振り返ろうとするが、またまた狭い空間のせいで振り返るのに手間取って止めることができなかった。
「ちくしょう!!待ちやがれ!!」
思うように動けずに苛立ちを隠せないネルピスは、すぐにメノウを追おうと動いた。しかしそれをさせないために私がここにいるのである。私はまた“マジカルリーフ”を飛ばすが、後ろを向かれていては顔を狙うことが難しく、かといって身体に当てようにも分厚い皮膚や鱗に守られて大したダメージを与えることもできず、彼はそのまま無視してそのまま進んでいく。そもそも戦うために鍛えられていない私では、彼を倒すことなど到底不可能であった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
この狭い場所を利用すれば少しは足止めできると思っていたのだが、それが逆に仇となって決定打を与えられなくなってしまうとは誤算である。いくら身体に葉の刃を当てようと痛くもかゆくもないのだろう。ネルピスは動きづらそうにしながらもメノウを追おうとするのを止めない。
こうなったらしがみついてでも止めようと、ネルピスに跳びかかろうとした――その瞬間私の目の前が突然弾けた。それによって弾き飛ばされた私は、再び部屋の中へと戻されてしまった。すぐに立ち上がって部屋を再び出ると、そこにはすでに階段を上がっていったネルピスの尻尾の先端と、もう一つ人影がそこに立っていた。―――いや、それは人ではなかった。
「正直言って、まだ幼い彼をこんな大掛かりに追跡するのは気が進まないよ。だけどそれが我が主君の望みだというのなら・・・・」
横に伸ばした右手の先から激しく閃光を走らせ、悠々と歩を進めるその姿は優雅であり雄々しい。その実力を裏付ける威圧感は、その麗しい姿からは想像できないようなものだった。その容姿と戦闘のスタイルから就いた異名が“天子天雷” 、「A・G団」最高位の戦闘要員である「頭領の手持」の一員、そこに立っていたのは紛れもないそのジャンクルであった。
「これは驚いた。彼を護っていたのはどんなひとかと思ったら、こんな可憐な子だったんだ」
ネルピスを足止めできなかったばかりか、更にそれより階級が上の者が出てきてしまった。最早メノウを助けるどころか、自分の身さえ護れるかどうかは絶望的でもあった。
「あら、ありがとう。これでも30歳は越えてるのよ?」
しかしそんな心情を剥き出しにするわけにもいかず、余裕の皮を被って振舞うしかなかった。メタモンという種族の特性上、虚を表に出すのは得意だった。
「うーん・・・キルリアの姿をしてるけど、なんとなく雰囲気というか・・・気の流れが違うというか・・・。その年齢に釣り合わない容姿といい、もしかしてメタモンか?」
「・・・・ご名答。敵ながら見事な洞察力ね」
一瞬で私の正体を見抜かれてしまった。変身を駆使すれば少しは抵抗できるか、あるいは逃げられるかもしれないとふんでいたのだが、どうやらそれも無理そうだ。
それでも少しでも抗いたくて、先程ネルピスには効かなかった“マジカルリーフ”を先手を取って撃ち出した。ジャンクルにはネルピスのような硬い皮膚は存在しない、それ故に当たれば傷くらいは負わせられる、私はそうふんでいた。
―――しかし次の瞬間にその考えは哀れにも崩れ去った。彼がとっさに突きだした指先から黄金の閃光が放たれ、“マジカルリーフ”は瞬く間に消え去ってしまったのだ。もはや考えるまでもなく、ただ単純に実力が違いすぎるのである。彼と私の技がぶつかり合ったその余韻の輝きの向こう側にあったジャンクルの表情は、さっきまでの威圧する顔ではなかった。負けるはずのない実力差を感じ取ったその表情―――余裕?いや、それは哀れみに近い。もはや覆りようのない決定されたこの戦いの勝敗を見通し、それでも主の命令がある限り見逃すわけにもいかない、だからこそ私を哀れんでいるのだろうか。
ジャンクルの前に突きだした右手が開き、掌が私に向けられるかたちとなった。そしてそこが不自然に光を放ったかと思えば、次の瞬間には私の一歩左の床がめくれ上がっていた。それはあまりにも一瞬で、なんらかの攻撃を繰り出したのだろうということ以外何も分からない。どれほどの実力差があるのかということを嫌というほど分からされてしまった。
その攻撃が当たっていたらと考えると、一気に冷や汗が溢れだしてきた。対してジャンクルは哀れみを含んだ表情から、徐々に冷徹な、相手の死を見通すような瞳へと変化していった。
アクアは何度もジャンクルにジェードの計画を話して協力を乞おうかどうか悩んだと言っていた。それほど普段の彼は評判がいいのだろう。しかし今私の目の前にいるのはそのジャンクルではなく、A・G団の一員としてのジャンクルである。それをビリビリと感じられる今では、結局ジェードのことを話さなかったアクアの判断は間違っていなかったと思えてくる。
「・・・・・一つだけ、聞きたいことがある」
そんなことを考えていると、ふとジャンクルの表情が少しだけ緩んだ。少しでも妙な動きをすれば即座に撃ち抜くといった様子ではあるが、殺気や敵意といった類いのものはさっきよりも柔らかい。
「少しだけ、さっきまでのネルピスと君達のやりとりを見てたよ。ハッキリ言って君と彼では力の差は大きい。・・・それでも君は、メノウを逃がそうとここに残った。生きて帰れる保証なんてないのに。
・・・僕にはそれがどうしても理解できない。自分の身を犠牲にしてまで、どうして赤の他人のために動けるのか。君とメノウの間にはそれほどの関係があるっていうのか?」
「・・・そんなもの無いわ。私とメノウ君は、ほんの少し前に知り合ったばかりよ」
「それじゃあ、なおさら理解できないよ。今の君の眼は、なんとしてでも僕を動けなくしてメノウを逃げやすくしようと決意してるような、そんな眼をしてる。諦めたような眼じゃないくて、最後まで輝こうとしているような眼を・・ね。
君はメノウと特別な関係があるわけでもなく、むしろ薄い。なのにどうして・・・」
ジャンクルの言いたいことはなんとなく分かる。確かに客観的に見てみれば特に関係も恩も何もない、ほぼ赤の他人と言えるメノウのためにどうして私がここまでしなければならないのか。
「・・・・・あなたって、つまらないひとなのね」
もはや怯えたところで何の意味もなさない。ならばせめて思ったことをハッキリと言ってしまおうと、私はゆっくり口を開いた。


感想、意見などなにかありましたら、ご自由にどうぞ。

コメントはありません。 コメント/Galaxy (story76~80) ?

お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-08-28 (火) 00:00:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.