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Fragment -12- 忘却の街 written by ウルラ

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 ルイスは宿舎のまだ明かりもついていない廊下を窓から微かに差し込む朝日を頼りに歩いていた。ドラゴンというタイプと、元々砂漠に適した体をしている種族柄か、この朝の空気の冷たさが、彼にとってはあまり好ましいものではなかった。
 それでもこんな朝早くにふらついているのは、ルシアス団長から掛けられた"誘い"に乗るかどうか、彼はまだ考えあぐねていたからだった。適当に散歩でもしていれば結論でも出るだろうと歩いているのはいいものの、一向にその答えは固まっていなかった。団長は作戦の内容に関しては参加することを決めた時点で話す、と言っていた。幸い、今日の昼までに返事を貰えればそれで良いとの事だったが、詳細を一切話されていない作戦にふたつ返事で受けるほど、ルイスは思い切りの良い性格ではなかった。それはルイスが団長を信頼していないわけではなく、果たして自身が団長の率いる精鋭たちについていけるかどうかが、結論を鈍らせる要因になっていた。
 その作戦に参加するのは総隊長全員と、大隊長クラスの中でも民からの信頼が厚い騎士達ばかり。当然、騎士内からも信頼されていて、腕も立つ。そんな面子の中に参加をしたところで、ついていけるのか。
 ふと、ドアが開く音が廊下の奥から聞こえて、ルイスはそこで考えを中断させられた。音の方へと目を向けると見慣れた白い毛並み。それがアブソルだということに気づくと、状況と部屋の場所から考えてルフらしいことが分かる。

「何してんだ……」

 誰に言うでもなくそう呟く。彼はこちらの姿に気づいていない様子だった。すぐに声を掛けようかと思ったが、どうにも様子がおかしい。何か周囲を警戒しながら宿舎の出口へと向かう様子に違和感を感じ、後をつけようとしたところでルイスは後ろから肩を叩かれる。彼が振り向くとそこにはルシアス団長がいた。

「……おはようございます。ルシアス団長」
「おはよう。ところで昨日話した件についてだが、結論は出て……いないようだな」

 ルシアスは昨日のことを挨拶がてら返事をもらおうとしたのだろう。だが、どうにもまだ煮え切らない様子のルイスを見て、その問いの言葉を自分から打ち切った。少々タイミングが悪かったかと、ルシアスはバツが悪そうな顔をして白いヒゲを器用に手でいじる。

「返事はなるべく早ければいいが、まあ急かしはせん。昼には返事を聞こう」
「はい」

 ルシアスはルイスの肩を軽く叩いて、そのまま宿舎の出口へと歩いていった。廊下に取り残されたルイスは、その答えを再び思案し始めることとなった。

「俺は……」

 日は、まだ昇り始めたばかりだった。



   ◇



「罠、でも無さそうだな」
「あんたに嘘ついてこっちに何の得があるのさ」

 王都レジスタの城下町西門外。ミシャに指定された場所に警戒をしながらも向かったが、彼女以外の気配は感じない。それどころか門の壁に寄りかかりながら退屈そうにあくびをして待っていただけだった。考えていた心配事は杞憂に終わった。ミシャの心外だ、とでも言いたげな視線が刺さるものの、以前アセシアを狙っていた事からそうせざるを得ないのだが、彼女自身なんら気にとめてはいないらしい。

「で、本当にアセシアの居場所について関係あることなんだろうな」
「おおあり。詳しい事は歩きながら話すよ」

 寄りかかっていた壁から離れて、ミシャは背の低い草の上を踏み歩く。薄っすらと土の見える部分を目で辿っていき、それが辛うじて奥に続く道になっていることに気づく。

「ここから西に歩いて行ったところに、今はもう誰もいない荒廃した街がある。そこに私のパートナーのアルスと、あんたが探してるアセシアが囚われてる」
「随分と詳細な情報だな」

 ミシャ自身のパートナーであるアルスが囚われていて、アセシアもそこにいるという事で共に助けるという話ではあるが、それにしてはミシャが居場所について少し詳細に知っているのに疑問が残る。こっちはアセシアがミシャたちに攫われてからルイスたちの助力で何とか情報が手に入ったというのに、今回は地下道の中でアセシアがブラッキーに攫われてから丸一日も経ってはいない。先日のうちに情報を集めて、その夜中に俺に交渉をしてきていると考えても、時間が足りないし、早過ぎる。

「あたしだってあの後、まさか攫った張本人から通信石に連絡が来るとは思ってもみなかったさ。おまけに場所と一体誰を捕えているのかっていう情報もね」
「通信石?」
「ああっと、忘れるところだった」

 聞き慣れない通信石という単語に思わず聞き返す。ミシャは一旦立ち止まると、首にかけてある荷物入れから"じんつうりき"で淡く透き通った青色の結晶石を取り出して、こちらへと向けてきた。ほのかに明滅するそれを手に取ると、光り方が少し落ち着いたように見えた。

「これが"通信石"。離れた相手と話が出来る便利なシロモノさ。話したいときは念じればいいだけ」

 試しに通信石を耳元へと持ってくる。中からは低い波のような音が聞こえる。聞いたことのない不思議な音。

『別に耳に付けなくても体のどこにでも直接触れていれば聞こえるよ。額につけた方が話しやすい気がするけどね、あたしは』
「うおっ……頭の中に直接聞こえたぞ」

 いきなりミシャの声が頭の上で響く。どういう仕組みで会話が出来るのかは分からないが、便利な事には変わらない。そもそも通信石を持っている奴が複数いる場合はどうやって話す相手を決めるのだろうとか、話を切るときはどうすればいいのだろうとか扱い方で色々と聞きたいことはあるが、今のところはアセシアの救出の方が先だ。

「話を戻すが、さっき攫った張本人からコレに連絡が来たって言ってたよな。罠とは思わないのか」

 わざわざ相手からコンタクトを取ってくるということは、向こうも何か意図があるはず。攫っておいて何も無いわけがない。ミシャは通信石をしまいこみながら、それに淡々と答える。

「罠にしても、行ってみないことには分からないさ」
「そんな楽観的でいいのか」
「ま、そうなった時の為にも、あんたにもついてきてもらうわけだしね」
「俺は囮かよ」

 囮、という言葉にミシャは耳をぴくりと動かすと、こちらへと近づいてくる。目線がすぐ近くにきて、そのまましばらく赤い目でこちらをじっと見てくるため、少したじろいでしまう。

「な、なんだよ……」

 ふと、彼女は耳元へと口を近づけてくる。

「これでも期待してるのさ。小さな護衛騎士さんに、ね」

 そう囁くように呟かれる。少しの間があってから、ミシャは道を再び進み始める。何を言われるのか身構えていた体から、すっと力が抜けていくのを感じた。
 期待。果たしてそれが向けられるほど、俺は強い存在だろうか。たったひとりの存在すらも守れないというのに。目を閉じると、ずっと記憶の中でちらついて消えないあの光景が瞼の裏に浮かぶ。思い出すだけでも胸が締め付けられるようなあの光景が。

「何やってんのさ。ほら行くよ」

 ミシャの声で、思い出そうとしてしまった光景がかき消される。急かされて彼女に着いて行くその足取りは、妙に重く感じた。





 レジスタの西門から南に一日中歩き続けた先にその荒廃した街はあると、ミシャは歩きつつもそう説明する。休憩や野宿を挟みながら移動したとすると優に三日は掛かる。果たしてそれまでにアセシアが無事のままなのか。だが、もう一つ気になっていたのは三日掛かる距離であるのにも関わらず、ミシャに対して居場所を知らせる連絡が来たのはつい昨日の事、だということだった。

「三日掛かるんなら、なんでそいつらはアセシアをそこまで移動出来た。あの地下水道でアセシアをあのブラッキーに拐われてから、まだ一日も経ってないぞ」
「何も移動の手段は歩きだけじゃないからねぇ。あいつの仲間にテレポートを使えるやつが居たんだろ。そうじゃないとしても、あたしにそのメッセージを送った後に移動をすることも出来るだろうし。まあその線は薄いけど……」

 ミシャは話の途中でふと立ち止まる。突然目の前に現れた気配に、四肢に力を込めて構える。いつでも技を出せるように。
 緑の丸い顔立ちに、猫目のように伸びた目から除く真っ黒な瞳。白に赤と黒のラインが入ったマントを羽織っているか思ったが、黄色い嘴が開いたのと同時にその"マント"が左右に別れて器用に動き出したのを見て、それが翼だと気づいた。

「こうして会うのは久方ぶりですね。ミシャ」

 すっ、と耳に入ってくる穏やかな声。その透き通る音の高さから牝性(じょせい)なのだろうことが分かる。無表情のようにも見える顔からは、控えめな笑みが見て取れた。
 とりあえず敵ではないことは分かり、体に張っていた力を徐々に抜いていく。こちらの姿に気づいたのか、そのポケモン、ネイティオはこちらに向き直り、綺麗な動作で一礼をした。

「ルマリナ・ローデリアと申します。あなたとは初めまして、ですよね」
「あ……ああ。ルフだ。ルフ・アストラル」

 唐突に自然な流れで自己紹介をされ、面を食らいつつもそれにならい、ぎこちなくもそれに返す。ミシャと交わしていた言葉から、ルマリナは彼女と知り合いだということは分かるが、ミシャの知り合いにしては礼儀作法が一般のそれとはかけ離れてはいない印象を受ける。むしろ丁寧すぎるくらいだ。いきなり気配を感じたのはテレポートでこちらに瞬間的に移動してきたんだろうか。

「相変わらずお固いことで」
「あら、初めてお会いする方にはきちんとご挨拶しませんと。ミシャは無礼すぎるんですよ」
「ああ、そうかいそうかい無礼ですとも。できればフレンドリーと言って欲しいけどさ。ま、それは置いといて……」

 どちらも一見すると相手を貶しているようだが、表情が穏やかで微かに笑みを見せていることから、ふたりにとっては軽い冗談の言い合いのつもりなのだろう。しかしそこまで時間の余裕があるわけではないと理解しているからか、すぐにミシャはルマリナの方に向き直り、本題へと持ち込む。

「ルマリナをここに呼んだ理由は他でもない……」
「私のテレポートを使うためなのでしょう?」

 ミシャがその理由をルマリナに伝える前に、彼女はそれをズバリと言い当てる。なるほど、相手がテレポートを利用したのであれば、こちらもテレポートを使うということか。確かにこちらが律儀に歩いて行く必要性はないだろう。少なくとも今はゆっくりと歩いて行くような状況じゃない。

「分かってるのなら話は早いね。エリウムに飛んで欲しい」
「エリウムですか? あの場所は確かもう廃れていた気がしますが……」
「ああ。色々と"いわくつき"な廃れ方をした街だけどね」

 エリウム。それがその荒廃した街の本当の名前らしい。いわくつきな廃れ方、というのが気にかかりはするが。

「分かりました。少し集中させてください」

 事情はともあれその街に行きたいということは汲んでくれたのか、ルマリナは街がある方角へ向き直り、意識を集中させるためか目を瞑る。二、三度だけ翼を閉じたり開いたりを繰り返し、両方の翼を閉じきった後、彼女は口を開く。

「飛びますよ」

 ルマリナが声を出した瞬間、景色が目まぐるしく変わる。それどころか自分自身が真っ直ぐ立てているのかどうかすら分からなくなってくる。目を開けたままでは耐え切れなくなり、思わず目を瞑ると、幾分かましにはなった。何とか動転しかけている頭を落ち着かせるため、深呼吸を繰り返す。足元の空気が徐々に湿った空気に変わっていくのは、気のせいだろうか。

「もう目を開けても大丈夫です」

 ルマリナの合図に目を恐る恐る開けると、その街の光景に思わず目を見開く。荒廃、とはいうもののフラットのようにある程度は片付けられた状態であると思っていた。だがそれはどうやらフラットが特別なだけだったようだ。
 石煉瓦の壁が崩れ、腐って崩れた屋根の木片の隙間から日が差し込んでいる家々。いわくつき、とそう言っていた意味の分かる、ところどころに風化した赤黒い跡が残っている。中途半端に屋内にあるからか、雨でも流されずに残っていた。考えを深く巡らせなくても分かる。紛れもなく血の跡だった。

「噂には聞いてたけど……薄気味悪いね」

 ミシャはそう言って辺りをざっと見回す。心なしか彼女の九本の尻尾の広がりが、城門前で見た時よりも閉じている気がする。ミシャの仕事柄、血を見そうなものだが……それでも彼女の口から薄気味悪いという言葉が出るほどに、この惨状は彼女が見てきたものよりも酷いものなのだろうか。ルマリナはあまり見たくなさそうに、街とは別の方向へと目を向けている。

「ルマリナ、辛いとは思うけど、広場の真ん中でふたりの気配を感知してくれるかい?」
「分かりました……。見るのが辛いだけですので、大丈夫です」

 ルマリナはそう言って街の丁度広くなっている中心に立ち止まり、目を瞑って意識を集中し始める。もしここにいなかったら、などと悲観的な考えが頭に浮かぶが、その時はその時でまた情報を集めていくしか無いだろう。今は彼女が何かを感知するか、もしくは何もないか、それを待つのみだった。
 やがて、ルマリナは顔を上げた。ほんの少しだけの時間ではあったが、待つ間は非常に長く感じるというのはこの事なのだろうか。ネイティオという種族柄だろうか、ルマリナの表情は特に変わる様子はない。彼女はゆっくりと街の奥へと振り返って、翼をそちらの方向へと向けた。

「あちらの方向に気配をひとつ、感じます」
「ふたつ、じゃないのかい……」

 気配がひとつしかないということは、アセシアかアルスのどちらかがここにはいないということになる。もしくはそのふたりのどちらでもない何者かがいるということもあり得る。ミシャの念を押すような言葉に、ルマリナは首を横に振った。

「ええ。他の気配は特に何も……。あと奇妙なことにその気配、少し下にある気がするんです」
「下? 地下室ってことかい」
「恐らく、そうだと思います」

 家の地下室にいるということか。街が廃墟の状態になっていて屋根もほぼ無いに等しい状態だからか、地下室くらいしか選択肢は無かったのだろう。とにかくそこにいると分かっているのなら、ここで立ち止まっていても仕方がない。

「罠かどうかは分からないが、とにかく行ってみよう」
「ルフの言うとおりだね。ここで止まってても仕方ないだろうしさ」

 ミシャは頷いて、ルマリナが差した方向からこちらへと向き直る。

「ルマリナはついてくるかい。きついようならここで待機しても構わないよ」

 ミシャにそう言われたルマリナは、首を左右に思い切り振った。

「ここにひとりだけで取り残されるのはごめんですよ。私も着いていきます」

 ひとりでこの不気味な街に取り残されるのは確かに遠慮したい。それに何が仕組まれているか分からない状況下で、ここにひとりで残る事自体がそもそも得策じゃない。罠の可能性があれば尚更の事。ミシャはルマリナのその返事が分かっていたのか、「いくよ」とだけ言って歩き始める。





 まずはルマリナが差した方向の付近の家に、地下室への出入口が無いかを探していく。崩れた屋根が部屋の中に入り込んでいる為に非常に探しにくいが、少なくともあのブラッキーがここにアセシアやアルスを連れてきていたのであれば、どこかにその跡があるはず。邪魔な瓦礫を退かしながら、丁度廊下の突き当たりにある扉に近づいていく。取っ手に手を掛けて手前に引くと、下に続く薄暗い階段が見えた。

「どうやらそこみたいだね」

 急に後ろから声を掛けられて、そのまま下に転げ落ちそうになったが何とか堪える。後ろに振り向くと鬼火を出して照明を用意し始めたミシャがいた。他の部屋を探索していたルマリナもミシャと共に来たのか、そのすぐ後ろについていた。鬼火で照らされてしまったからか、逆に奥の方が暗く見える。先ほど薄暗く見えていた時はさほど長くはなさそうな階段ではあったが、一段一段が高い。レイタスクを出てすぐに泊まった"旅人の樹"の宿の、あの急な階段を思い出す。
 先にこの入口を見つけたからか、俺、ミシャ、ルマリナの順で階段を慎重に降りて行く。俺が先頭にはなっているが、鬼火を後ろから照らしてくれていたほうが奥を見渡せて楽だ。階段を降り切るまではこのままでいいだろう。

「意外と広いな」

 段差を全て降り切ると、荒い四角形に切りだされた石の壁や床が見える。奥まで続いてはいるようだが、上の家の広さと同じか、それ以上ありそうだった。ところどころに天井や壁が崩れないように組まれた丸太が見える。レイタスクでも金鉱内に崩れないように支柱用の木を交差させていたが、それと同じようなものだろうか。だが、その奥に異質な光の照り返しが見えて、胸がざわつく。

「牢屋? なんで民家の地下室なんかに……」
「上はただの一般的な家のように見えましたが……」

 ミシャも、ルマリナも、それ以降話を続けようとはしなかった。地下の湿り気でところどころに錆びのついた鉄格子。崩れているから定かではないが、入ってきた民家は恐らく内装から見てもごく普通の家。それがどうしてその地下室にこんな鉄格子、しかも相当頑丈そうなものがここにあるのだろうか。奥を見ると、壁に固定された金具から伸びる鎖と、その先についている枷が見える。よく見ると、その枷の内側には鋭い突起がついている。まさかこの牢屋のどれかにアセシアがいるのだろうか。フィアスの最期の姿がふと頭の中を過ぎる。自分の鼓動が、鬼火の音よりも大きく聞こえてくる。
 左、右と、通路を歩きながら鉄格子の奥を見ていく。その度に、胸を強く叩くように鼓動が鳴った。根拠などない。だが最悪の事態を想像して、その様子が頭の中を去来する。フィアスとアセシアの姿が重なって、倒れこんで息のないエネコロロが浮かぶ。その度にそれを頭から無理矢理に振り払った。
 ふと暗闇の中に淡く光を返す何かが目に入る。目を見開いた。確かに、そこにいた。

「いた。ここだ」

 そう静かに言うと、後ろから明かりが近づく。その光が奥を照らすと、そこにアセシアの姿があった。
 すぐに扉に手をかけると、開いていた。鍵が掛かっていない。何があるのか警戒もせず、すぐにそばへと駆け寄った。前も後ろの足にも、先ほど見た枷が付けられていた。つけている足から血は出ていない。この枷は棘がついていない。錆びもなく比較的新しいようだった。しかも、鍵が掛かっていない。あのブラッキーがここを去る際にすべて鍵を外して行ったのだろうか。
 そっと、彼女の首元に手を添える。返ってくる温もりを、手に通して感じた。思わず口から大きく息が漏れた。今まで息をしていなかったかのように、吸い込んだ空気が肺を満たしていく感覚があった。

「どうやら無事だったようだね」

 すぐ後ろで見ていたミシャの声色も、安堵したような穏やかなものだった。だが、その表情はあまり明るくはない。

「アルスは……いないみたいだけどね」

 アセシアのいた牢屋よりも奥の通路はもう無い。今までの通路と同じような壁があるだけだった。後ろの牢屋の中にも、誰かがいるような気配はない。今まで見てきた牢屋の中にはいなかった。そして地下室の入り口からここまでは一本道。逃げたのか、それとも何処か別の場所に移動されたのか。

「ルマリナ。他に気配は感じなかったんだろう?」
「はい……他には、特に」

 ミシャはそれを聞いて少しだけ俯くが、すぐにアセシアの元へと歩き出す。不意に"じんつうりき"でアセシアを持ち上げる。じゃらじゃらと鍵のかかっていない枷がアセシアの足から外れていき、そのまま自分の背の上で離された。ずん、と急に重みが掛かったせいで思わず倒れ込みそうになるが、落とすまいとなんとか耐えた。いきなり何をするんだと、目でミシャに訴えるが、彼女は暗い表情のまま、くるりと身を反転させると、元来た通路を歩き始めた。

「戻るよ。さっさと帰ろう」

 ミシャから返ってきたのは、王都の城下町で聞いた、強気な声だった。






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Last-modified: 2015-02-27 (金) 22:12:05
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