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Fragment -11- 影の行方  written by ウルラ

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 天井から吊るされた皿にいくつもの蝋燭が並ぶ。その火が微かに揺れているのを眺めながら、ルイスが戻ってくるのを待つ。というのも、城下町の安めの宿は今の時間は既に埋まってしまっているか、もう受け付けもされていないだろうということから、騎士団宿舎の開いている部屋を借りる事になった為だ。その部屋を借りる手続きをするためにルイスが宿舎受付へと向かったのだが、その間はずっとここでぼーっと待っている他ない。暇だからと、周りを見回す。
 昼間はカフェテリアだったここも、夜には食堂になるらしく、昼とはまた違った賑わいを見せている。ほとんどが騎士団員であることを示すスカーフをつけているのだが、中にはつけていない者もいるあたり一般客も普通に来れるのだろう。宿舎の中にあるのではなく、別館として建っているのもその為か。

「お、ルフじゃねえか」

 後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。声のする方へと顔を向けると、寸胴な体がまず目に入る。上に視線を持って行くと先ほど一緒に行動したティトだということがやっと分かる。彼の両手で持った木のプレートの上には、彼がこの店で頼んだのであろうオレンの果肉入りパンや海鮮がそこそこ入ったスープが乗せられていた。

「席空いてるよな」
「一応は」

 ティトはそう確かめてからテーブルにプレートを置くと、席にどかっと座り込んだ。その顔には少し疲れが見えた気がした。

「疲れてるのか」
「あ? そりゃそうだろ。お前の道案内をした上に地下水道の中歩いて、しまいにはあのブラッキーに襲撃されて戦闘する羽目になるしな」

 ルイスは事情を知っているからともかくとして、ティトにとってみればいきなり巻き込まれた形でしかないから不満も色々とあるのだろう。微妙に皮肉的な意味を込めて言ったのだろうとは思うが、それ以上言うつもりもないようで手元のパンに手を伸ばし始める。

「やけに少ないな」

 ティトが持ってきたのは夕食にしては意外と量が少ない。騎士団にいるわけだからもうちょっと食べるだろうし、疲れているのならなおさら食べてもいいはずだ。

「ああ。ここに来る前に同期のやつと外で食べてきたからな。これは腹の足しみたいなもんだ」

 そう言ってティトはパンを器用に指でちぎって口へと運んでいく。二足歩行で指が自由に使えるポケモンは大抵食事や色々な事で苦労する事は少ないと言われているが、四足歩行やそれ以外のポケモンでも扱えるような食器や家具が次々と作り出されている事から最近では苦労する事は少なくなってはいる。ただこうやって見ると両手が自由に使える事を羨ましく思ったりもする。
 ついついその様子をじっと見てしまったからか、彼は気まずくなったのか食べる手を一旦止めた。

「お前は何か頼まないのか」
「ああ、ルイスが戻ってくるまでは」

 食べている事自体を羨ましそうに見ていると思われていたのかティトは怪訝そうな表情を浮かべていたが、その後はしばらく会話のない時間が過ぎた。

「そういえば」

 スープをスプーンで掬う手を一旦止め、何かを思い出したように彼は話を切り出す。

「お前確か、あの後レイタスクで暮らしてなかったか。どうしてここに」

 あの後、とはきっと事情聴取を受けた後のことだろう。フラットが一夜にして崩壊した時、生き残ったのが俺ひとりだけだった為、騎士団員に事情聴取を受けた。あの時の事はよく覚えてないから本当に聴取していたのがティトだったのかは定かじゃないが、多分そうなのだろう。その後レイタスクの町長に会いに行った時に騎士団の計らいでレイタスクで暮らせるようになったと言うことを聞いた覚えがある。ということは、ティトもレイタスクで俺が暮らしていた事は知っている事になるのか。
 その経緯を話そうとした時、ふとティトの後ろから見覚えのあるガブリアスの姿が見えてくる。こちらに歩いて来ている事と、スカーフの位置と色から多分ルイスだろう。

「待たせたな。……ティトがいるのは意外だが」
「いちゃわりーか」
「いや、別に」

 ルイスのその言葉に一応の反論をしたティトだが、特に表情は怒っている様子はない。慣れたやり取りなんだろうか。椅子に座り込んだルイスは、こちらを向いた。

「宿舎の借用に関しては少し手続きがあるからここで待っててくれとの事だ」
「分かった」

 ルイスの言葉に頷く。騎士団の宿舎の一部屋を借りられるとは思ってはいなかったが、どうやら普通に事は進んでいるらしい。警備面でそれは問題がありそうな気がするが、屈強な騎士団員が沢山いる中に堂々と単騎で入り込もうとするやつはいないのかもしれない。
 ふと、ルイスはティトが既に食べ終わった後の皿を見て、向こうにある注文カウンターに爪を指して言う。

「それまで待つのも暇だな。丁度腹も空いただろう。何か食べるか?」
「あ、ああ」
「分かった。少し待っててくれ」

 ルイスは咄嗟に答えてしまったその返事を聞いて注文カウンターへと向かっていく。ここに一体何のメニューがあるのか分からないし、そもそも何を頼むつもりなのだろうか。と、思ったが様子を見ていると、カウンターに近づいて注文するわけではなく、そこよりやや手前側にあった棚の中から何やら薄めの紙を取り出して来た。

「メニューはこれだ」

 そう言われて手渡されたのは、文字と値段が書かれたもの。種類によって綺麗に分類されて書かれてはいるものの、何がどういったメニューなのか分からない。元々こういった店に足を運ぶ事自体が少なかっただけに、ほとんどが知らない料理だった。

「定番みたいなものはあったりするのか」
「定番……か。ここで勧められるもの……」

 とりあえず分からないので勧められたものを頼んでみようかとそうルイスに聞いてはみたものの、何とも歯切れの悪い言葉しか出てこない。ティトがさっき言ったように、外へと食べに行く理由が何と無く分かったような気がする。ルイスもメニューを眺めて悩んでいたが、何かに決まったのかやがて顔を上げた。

「これなんかどうだ」

 ルイスの鉤爪が指していたメニューはオボンパイ。名前からしてオボンの実をパイ生地に挟んで焼いたものなんだろう。値段はいくらだろうか……2フィルか。そこまで高くはないらしい。

「それにするよ」
「じゃあ頼んでくる」

 ルイスはメニューを持ちつつ再びカウンターの方へと向かっていき、店員に頼んで再び戻ってくる。ルイスの手には何もない事から、出来たら店員が持って来てくれるのだろう。ルイスは席に再び着くと、一息つく。ふと、椅子に深く腰掛けていたティトが何かに気づいたかのように身を乗り出して言う。

「俺の質問には答えてくれないのか?」
「ん? あ、ああ」
「なんの話だ?」

 ルイスが首を軽く傾げる。俺もティトから唐突に切り出された話の意図が掴めず、思わず同じように首を傾げてしまう。

「レイタスクからどうしてここまで来たのかを聞いてたんだが、お前が来て中断してたんだ」
「ああ、その話か」

 ティトの言葉で、レイタスクを離れた理由について話途中であったことを思い出す。理由を話すにしてもそこまで重大な事でもない。種族柄の能力で色々と散々な目に合うのはもう何回も経験している為かそこまで奇異な事とは感じられなくなってるのかもしれないが。

「レイタスクを離れたのは、鉱山の崩落事故の疑いを掛けられて街を追放された」

 追放、という言葉にルイスは眉をひそめる。

「追放? 疑いだけで追放されるような事はほとんどないはずだがな」
「鉱山責任者の奴にも嫌われてたし、元々フラットとレイタスクの住民同士仲が悪かった事もあって、その生き残りってだけで有る事無い事噂されてる状況だった。多分それで丁度いい追放理由が出来たとでも思ったんだろうな。追放の噂が流れてからずいぶんと短期間で追放決定したぞ」

 フラットは観光街というだけあって、そこに住んでいる住民は富裕層が大半だった。しかしそこから更に北にあるレイタスクは基本的に鉱山労働従事者が多く、生活も苦しい者が多い。働く所が他にない者も大抵そこへたどり着く。当然鉱山労働は多くの働き手が必要なためそこはいいのだが、王政が鉄や金などの鉱石を必要としているため、取れた鉱石のほとんどが持って行かれてしまう。その代わり騎士団が無償で街に配備されてはいるものの、当然王政の下で動いている騎士団を快く迎え入れてはいない。必要な警備の要員だけは置いてはいたが、その扱いは決していいものじゃないだろう。

「俺もあの街の管轄に配属された時は確かに居心地が悪かったな。フラットの件に関して聞き込みをしてもかなり冷たい反応だったから、そこからすればフラットの生き残りってだけでどんな扱い受けたのか俺でも想像はできる」

 ティトはうんうんと頷きながらそう言う。実際、フラットの生き残りという事でレイタスクの住民から向けられる目は疑いの篭った冷たい視線しかなかったし、悪タイプで暗闇での視界が効くと言う事で鉱山採掘の仕事を半ば強制的に任せられもした。それでも一応そこに居られ続けたのは、自分を特になんとも思わずに普通に接してくる奴はいたことだろうか。レイタスクの住民の数からすればそれは微々たる数かもしれなかったが、きっと住民全てに冷めた扱いをされていたら、追放されるまでもなく自分から抜けだしていただろう。ただそのままずっとレイタスクにとどまっていたことが本当に良かった事だったのかは、追放された今となっては微妙な心境ではあるが。

「追放された後はどうしたんだ。まさかその周辺で野宿ってわけにもいかないだろう」
「勿論。ある程度の金銭は持ち合わせてたから、ミナミムで宿にしばらく泊まりながら働ける場所でも探そうとは思ってたんだが、道中でミシャに襲われてるアセシアと出くわした」
「そこを助けたのか」
「さすがに無視も出来なかったからな」

 あの時、果たして俺は無視出来ただろうか。同じ種族でも多少の違いはあるはずなのに、アセシアはフィアスに本当に似ている。あのまま無視をしてしまえばフラットの時のように後悔するかもしれないと、気づいた時には考えるよりも先に体のほうが動いていた。助けた後にいきなり警戒心むき出しで問い詰められた時はさすがに面食らったが。

「その後、王都まで護衛をしてくれと頼まれて、ミナミムからこの大陸まで船で行こうとはしたんだが……」
「船舶は運行出来ない状態だった、と。それで運び屋にミーディアまで運ぶことを頼んだのか」
「ああ。その後はルイスも知ってのとおりだと思う」

 アセシアの強さは恐らく俺と同じ位か、彼女の方が強いだろう。しかし一人で行動するよりも二人の方が身を守るためには都合がいいと考えたのか、それとも単にいざという時の囮として使うつもりだったのかは知らないが、護衛を頼まれた時は正気を疑った。当初ミナミムで終わるはずだった旅路は王都であるここレジスタまで延長され、運び屋でリュミエスの飛行訓練に付き合わされ、ミーディアへと向かう途中で警戒状態の騎士団に撃ち落とされ……その後彼女は得体の知れない奴に攫われて今のところ行方知れず。あくまで自身の種族は災いを察知するだけの能力しか無いはずではあるが、こうも色々と行く先で色々と起きていると根も葉もない噂の言うとおり、災いを呼び寄せるのだと自分自身でさえも錯覚しそうだ。
 一応ここまでの経緯は話し終えたものの、ルイスは未だに腑に落ちないのか、テーブルのどこか一点をずっと凝視したままだ。ふと何か気になったのか、顔を上げた。

「騎士団員が撃ち落とした件についてはすまなかった。しかし、どうしてそこまでしてアセシアは急いでいたのか。どうにも分からないな」
「前にも言ったとは思うが、お互い詮索しない約束で依頼を受けてたから、詳しい事は分からない。俺も気になってはいたんだけどな」

 アセシアはレジスタへ向かう目的に関して、一切それっぽいことを口にはしていない。交わす口数自体も少なかったからというのもあるのだろうが、信頼されていなかった面も大きい。だがミシャたちといい、地下水路のあの影のようなブラッキーといい、ここまで執拗に狙われているという事を考えると何か複雑な理由がありそうだ。


 ふと後ろに気配を感じて振り返ると、バリヤードの姿があった。その手にはバリアで作られたトレーの上に乗せられた、完成した料理。オボンのパイは自分が頼んだものだが、その他は全てルイスのらしい。マトマのスープや、何の木の実かは分からないがブロック状に切り取られてソテーで味付けがされたものなど、あまり見慣れないものだった。それらをテーブルにねんりきで丁寧に置くと、一礼してからそのままバリヤードは去っていった。

「話の途中だが、冷める前に食べるか」

 一旦話を終え、ルイスは料理に手をつけ始める。スープの入った皿は特殊な形になっていて、フォークやスプーンなどを使わずともいいように口に当てて注げるようになっている。俺が頼んだパイに関してはそのまま口で食べれば問題はない。そもそもそういった食べる為の道具を使うのは手や触手が自由に使える種族くらいで、四足歩行や二足歩行であっても手が物を掴むのに適した形をしていない場合はそのまま口で食べている事が多い。
 ふと、アセシアが食事をしている光景を見ていなかった事に気づく。依頼で行動を共にしていたもののリュミエスの飛行練習の件でほとんど行動が別になってしまった事もあり、一切彼女が食事をしている光景を見たことがない。もし彼女が貴族であれば庶民よりも作法に関してはより教えられているはずだから、食事の光景を見れば少し何か分かるのかもしれない。しかし、彼女は今のところどこに連れ去られたのか分からない。連れ去ったやつの目的も分からない。そもそもアセシアを元々連れ去ろうとしていたミシャたちの依頼者は、何故依頼をしておいていきなりそれを放棄したのか。何故あの地下水路にわざわざあのブラッキーは現れてアセシアを狙い、そして連れ去ったのか。
 何故、何故、何故……。
 いくら考えても答えの出そうにないものばかりが頭の中をぐるぐると回る。何度も何度も回った挙句、それを止めた。多分今は疲れてるんだと思う。そう思って考えを中断し、次にアセシアを助け出す時のために力を蓄えておこうと、目の前の食事をもう一口含んだ。なぜだか、味が薄く感じられた。



  ◇



 石畳みで作られた地下牢の中。燭台が乱雑に壁に打ち付けられ、蝋燭の火がその上で控えめに踊る。それらが点々と辺りを照らすが、全体を照らすには至らずに地下牢は不気味な薄暗さを保っていた。その中で一点だけ、淡い青色に光るものがいた。四肢にある光輪が辺りを照らし、蝋燭の明かりと混ざって奇妙な色に変わる。本来ならその光輪は月のような色をするはずではあるものの、彼の持つ光輪の色は違っていた。淡い青色の光輪は、ブラッキーでは非常に珍しいとされている。

「まさか、あそこであいつに会うとはな」

 その明かりの持ち主は誰に言うでも無く、そうひとり呟いた。その視線の先には牢の鉄柵が並ぶ光景があるが、その中には誰もいない。
 彼はその視線を目の前に戻すと、その奥にある藁を敷いた場所へと背負っていた何かをそこに慎重に下ろす。布に包まれたそれを解くと、中にはエネコロロの姿があった。降ろされたことで床の冷たさを感じたのか、温もりを体が求めて、布を手繰り寄せる。それを特に表情を変えずに見ていたブラッキーは、その横に置いてある箱から、何かを器用にも前足で取り出す。筒状の先端には細い針がついており、筒には等間隔に並んだ線が描かれている。そして箱からもう一つ白い布を取り出すと、エネコロロの後ろ脚の太腿の部分に押し当てる。
 しばらくしてから彼はその場所に筒の針をゆっくりと刺した。徐々に筒の中に赤い液体が溜まっていくのを確認した後、彼はそれをゆっくりと抜き、箱の中にある無機質な箱にそれを入れ込んだ。蓋を閉めて緑色にゆっくりと明滅を繰り返しているボタンを、深く押し込む。コイルのような鳴き声が短く響き、やがてそのまま光った状態で落ち着いた。
 ふと彼は近くの机に置いてあった石が光りだしたのを見てそれに前足を当てる。そこで、彼は独り言を言い始める。

「あんたか」

 その言葉の後、石から帰ってくる言葉を聞き取る。何を聞き取っているのか、時折彼の耳が動く。

「ああ。いるぞ。今のところは何とも言えないが、検査が終わって何もなければ問題はない。とはいえ反応が陽性だったにしても、あの場所から貰ってきたアレを投与すれば問題はないみたいだがな」

 そう会話をしながら、彼は先程のエネコロロから採った血を入れた箱の光りを眺める。やがてその視線は柵の歪んだ牢の中へと向けられる。

「ただ、少々面倒な事にはなっているがな」

 体格の割りには低めの声を響かせながら、彼は石を持ったままその牢へと近づいていく。

「いや、計画自体には影響はないだろう。例の奴だ。眠り粉を掛けておいたはずなんだが、牢を壊して何処かに逃げた。本来技を使うときに浮くはずの房が浮いていなかったあたり、やはり何かに操られてるようにしか見えんな」

 その時、箱から再度甲高い音が鳴り響く。彼はその箱の方の光りを見た。その光は緑のままだった。

「朗報だ。お前の娘は感染していない」

 彼は未だ深い眠りについているエネコロロの方を見てそう言った。



  ◇



 テーブルの上に空になった皿が並ぶ。ティトは既に部屋に戻り、このテーブルには部屋を借りられたかどうかの報告を待つルイスと、彼が付いていなければこの建物の中を自由には歩けない俺が残るだけとなった。この食堂の賑やかさも段々と静まりつつあり、聞こえるのはほんの少しの話し声と、カウンターの奥から時折食器が重なる音がするくらいだ。

「もう一度聞いてくる。この様子だと忘れてるような感じだしな」

 いつまで経っても来る気配が無いことに痺れを切らして立ち上がったルイスではあったが、何かに気づいて踏み出そうとしていた足を止めた。彼の視線の先には、こちらに向かって歩いてきているダイケンキの姿があった。左の前脚には騎士団員である証の白色と青色のスカーフが結ばれてつけられている。だが、そのスカーフが単純なラインが引かれているだけではなく、騎士団のマークがその上に刺繍されているのを見ると、明らかに位が違うものだと分かる。

「お、お疲れ様です。騎士団長」

 ルイスが狼狽えながらも姿勢を正して、この目の前にいるダイケンキにそう挨拶をした。位が高いとは思ってはいたが、まさか騎士団の最高権威だとは思っていなかっただけに面を食らう。だが、並大抵のことでは動じない凛とした佇まいや、前脚についているスカーフの紋章を見ていれば、それが確かな事だと分かる。この座ったままの状態だと無礼者だと言われるのも面倒なので、取り敢えず椅子を降りようとする。が、それを彼に止められる。

「私の事は気にするな。客人はそのまま座っていればよい」

 そう言われたらそうせざるを得ないので、椅子から立ち上がろうと伸ばした足を再び戻す。

「あと、ルイス。階級名で呼ぶにしてもなるべく名前をつけてくれんか。騎士団長、騎士団長と言われるとどうにもむず痒い」
「ですが……」

 堅苦しいのは嫌いなのだろうか、それとも単にルイスと親しい仲なのだろうか。そう提案をした騎士団長の言葉にどうにも納得がいかないようなルイスは何か言いたげではあったが、相手は自分よりも上の立場だからか、それより後は何も言わなかった。

「……話は変わるが、宿舎の利用許可が出た。部屋の準備も出来てるそうだ。それを伝えに来た」
「ルシアス団長から直々に伝えに来てくださるとは、恐れ入ります」

 ルイスがやっと名前をつけて呼んだことに、ルシアスは満足気に頷く。しかし、たったそれだけのためにわざわざ騎士団最高位のダイケンキがここに来るだろうか。そんな疑問を持っている事は端から分かっていたのだろう、彼は他の騎士団員の目線がこちらに集中している事を横目で確認した。

「それとあと一つ、お前の隊のリザードンについてだが……ここで話すのは色々と面倒もあるだろう。ルフと言ったかな、君の借りる部屋に一旦案内しよう」

 そう言って歩き出したルシアスの後をついていく。丁度後ろをルイスが続く。先頭はルシアスが歩いているものだから他の騎士団員は当然のように道を譲る事になる。そして、団長と大隊長の間でとぼとぼと歩いている俺はまるでこれから牢へと連れて行かれる罪人か何かのようだった。勿論、そんな訳はないため堂々としていればいいものの、こうも体格のいいふたりに挟まれてしまっては萎縮せざるを得ない。
 数々の扉の並んだ廊下を歩いていると、やがてルシアスが止まる。ドアの横にある丸い形をしたボタンを押すと、扉の中で何かが動いた音がして、やがてゆっくりと開いた。ノブは一応あるが、どうやら上手く扱えない種族のためのものらしい。

「ここの部屋はしばらくの間自由に使っていいそうだ。細かい事は受付の者か廊下を歩いてる暇そうな奴に聞けばいい。私はルイスと話があるからここで失礼するよ。適当にくつろいでいてくれ」

 そう言って、ルイスとルシアスはそのまま廊下をまっすぐに進んでいった。空いたドアの中を見ると、ひとり分の部屋でこの大きさなのかと一瞬思うほどの広さではあったが、ベッドが二つある事に気づく。どうやら共有の部屋らしい。部屋の両端にベッドが鏡写しのように置かれていて、そのサイズはひとりで寝るには少し大きい。床にはしっかりとした厚い絨毯が敷かれ、天井から下がっているいくつかのランタンの蝋燭には既に火が付けられていた。今まで住んでいた家や泊まった宿よりかは格段にいい環境だった。しかし一つだけ困った事があった。

(暇だ)

 今のところ、特にやることがない。もうすっかり日も落ちているので出来る事も無いが、目が冴えてしまっていて寝るような状態でも無かった。そんな手持ち無沙汰な状態の中で、仕方なくベッドの上に転がり込む。適度な弾力で体全体が押し返され、やがてそれも落ち着く。こうしていると今日までの出来事が遠い過去の日の出来事のように思えてくる。だが、レイタスクから追放された事も、アセシアに頼まれてフリジッドからミーディアの大陸まで渡った事も、そして今もなおアセシアは囚われている事も、全てつい最近の出来事だということに変わりはない。そして何一つ、解決してはいない。

「騎士団の宿舎にいるからって、無防備はよくないね」

 それは一瞬の出来事だった。頭を上から足で抑えつけられ、体の上に何者かが重くのしかかる。何者かとはいえ頭の後ろから聞こえた声でもうそれは分かっているも同然ではあるが、確認しようと後ろに向こうと体をよじっても更に抑えつける力が強くなるだけだった。

「わざわざ俺に何の用があるんだ。お前らがアセシアを狙う理由はもう無くなったはずだ。それに、アセシアがここにいないことくらいわかってるだろう」

 その言葉を聞いてそいつは鼻で笑う。

「その件は確かに終わった事さ。でも、ちょっとこっちにも入り組んだ事情があってね」
「何が望みなんだ」

 依然として抑えつけられた状態のままで、相手の声色だけでの判断ではあるが、恐らく何かしらを要求するために来ている。そんな気がした。そうでなければこうやって俺に対して力を見せつけるようなことはしないはずだ。問いかけてからしばらくの間の後、そいつは答えた。

「単刀直入に言うよ。あんたに協力して欲しい事がある」
「俺に協力? 誘拐とか強盗の類か」

 後ろでため息が聞こえる。何に呆れたのか知らないが、そいつがここまでやってきたことを考えればそうとしか言いようがない。少しだけ抑えつける力が弱くなった気がした。

「あんたにとっても悪い話じゃないさ。アセシアに関係してくる話だからね」

 そいつの言葉を信用するか否か。単純にアセシアという単語をチラつかせて話に乗らせようとしているのか。それとも本当にアセシアに関する情報を掴んだとでもいうのだろうか。アセシアを受け渡す時は警戒はしていたが、特に何も仕掛けては来なかった。しかしあの地下水路で襲ってきたブラッキーが仲間ではないとも言い切れない。それに、特に力のない俺に協力を仰いで何になるというのだろうか。
 ふと、頭に掛けられていた足の重みが消える。それと同時に体に掛かっていた重みも退いた。ベッドから降りた音が聞こえて、そちらの方へと視線を向けるとやはりあのキュウコンの姿。声やしゃべり方の特徴で分かってはいたが。

「ま、今夜中に悩めばいいさ。協力するんなら明朝、城下町西門の外に来な。あんただけでね」

 俺だけなのは何故なのか。そんなに他の奴と行動されるのが問題なのか。聞こうとしたところで、それは彼女自身の口から語られた。

「ルイスってやつはどうにも私は信用ならないからね。ま、騎士団員だからってのもあるけどさ」

 どの口が言うのかと思ったが、それは言葉にはしなかった。

「じゃ、また」

 彼女はそう言って、いつの間にか開いていた窓から外へと飛び出していった。
 行くべきか。それともルイスに相談をして罠かどうかを確かめるべきか。ベッドに抑えつけられた格好をそのままにしつつ、考える。
 元々アセシアに護衛を頼まれたのは俺自身だ。今ではルイスや騎士団のティトやグレンに協力はしてもらったが、本来であれば俺だけで解決をするべき問題だ。これ以上頼ってばかりでいいのだろうか。そう考える自分がいた。
 しかし色々と考えてはいるが、答えなどとっくに出ていた。

「城下町西門、か」

 徐々にまどろみ始めた意識の中、確かめるようにそう呟いた。






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Last-modified: 2014-03-09 (日) 12:47:00
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