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Echoes ~ エコーズ ~

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  Echoes ~ エコーズ ~






その日、あるホエルオーは一人だった。
暗く冷たい海の底。孤独と静寂に包まれて。

――なぁに、気にすることはない。一人ぼっちはいつものことだ。

彼が海面に浮上しても、誰も彼には話しかけない。
彼の方も、黙って水底へと戻っていく。

――なぁに、それもいつものことさ。みんな、僕が大きいから怖がっちゃうんだ。

だから今日も彼は、いつものように海の底。
海中を行く飛行船のように、ただのんびりと漂って。



時々彼は、誰かに話してみたくなる。
海流の頬撫でる感覚を。深海を満たす寂寞を。海の中から見上げる、水面の太陽の眩しさを。

時々彼は、誰かに聞いてみたくなる。
風吹きわたる草原を。高くそびえる山々を。彼の知らない、陸の世界の様々を。

時々彼は、誰か友達が欲しくなる。
海の話に共感してくれる誰かを。陸の話を教えてくれる誰かを。

――でも、それは無理な話なんだよね。僕の声なんて、誰も聞こえやしないんだもの。

だから今日も彼は話相手もなく、暗く冷たい海の底。
潮の流れに乗って、ただ一人世界を一巡り。



でもその日、彼はいつもと違う何かを感じた。
何か巨大なものが軋む音を。恐ろしい出来事の前触れを。

――どうしたのかな。でもなんだか怖いな。

反射してきた声が教えてくれたのは、海の底での大きな変化。
陸へと向かう、大きな波の予兆。彼の知らない世界に迫る危険。

生まれて初めて出す程の大声で、彼は叫んだ。





(((  響き渡る警戒のEcho、深海から海面へと届く  )))





その日、あるドククラゲは海面にいた。
午後の日差しの降り注ぐ水面直下、仲間達と共にぷかぷかと浮かびながら。

――いやぁ、やっぱり晴れた日の午後はいいもんだ。

ゆらめく体を波に預け、のんびりくつろいでいた時だった。
彼は海の底から伝わる、誰かの声を聞いたのだ。

――ん?今の聞こえたか?

仲間に尋ねても、みんな首を左右に振るばかり。
気のせいだったのかと思った時、再び声が聞こえた。

――な、なんだって?



平穏は一瞬にして破られた。ありふれた日常は破壊された。
盲信的に信じてきた平和は、いともあっけなく崩壊した。

今度は仲間も聞こえたらしく、みんな血相を変えて沖の方へと逃げだしていく。
陸に打ちあげられてはかなわない。一刻も早い行動が必要だ。

しかし彼は一瞬踏みとどまった。何故そうしたのかは分からない。
本能でも理性でもない何かが、彼に一つの行動を呼び起こした。

頭についた二つの赤い珠を、思い切り光らせたのだ。
それに伴って生じた激しい音の波が、周囲一帯に広がった。



嫌われ者の毒タイプの言う事など、誰も気にも留めないかもしれない。
それでも彼は、それをせずには居られなかった。
義務でもなく。使命でもなく。善意でもなく。

――何馬鹿なことしてたんだろうな、俺は。

彼は仲間を追って泳ぎ始めた。とるに足らない、小さな自問を抱えて。
その時、海の底から恐ろしい地鳴りと振動が響いてきた。





(((  響き渡る伝達のEcho、海面から上空へと届く  )))





その日、あるココロモリは海面の上を飛んでいた。
イッシュという遠い土地から、この地まで渡って来る途中だった。

ここ数日間、何も食べていない。ここ数日間、何も飲んでいない。
あと一歩遅ければ、死んでいたかもしれない。

しかし既に彼には希望が見えていた。
遠くに見える複雑な海岸線。目的地を目の前にして高なる心音。

疲労困憊の体に鞭打って、さらなる高みへと駆け昇る。
あとほんの少し飛ぶだけで、彼は遂に辿りつくのだ。

羨望の的だった異郷の地。長い旅の終着点。
約束された祝福と共に、彼はかの地に迎え入れられるはずだった。

刹那、彼の目の前の景色が揺れた。次いで、海面から彼に音の衝撃が届いた。



――そんな……嗚呼、神よ……。

目の前の街の未来を彼は見た。目の前の森の未来を彼は見た。
彼は確かに辿りつくだろう。夢にまで見た、大洋の先の誰も知らなかった世界に。
彼は全てを見るだろう。美しい異国の地が、あと数分の後に洗い流され、消えてしまうのを。

彼はしばし空中に停止した。
恐ろしい勢いで何かがせり上がって来るのを感じた。

――神はなんと残酷な運命を用意したのだろう。
――目の前でエデンが滅亡するのを見る羽目になるとは。

自然の力を前に彼はどこまでも無力だった。
だからこそ、一度決意を決めると飛翔した。

街の滅びのさだめは変えられない。
だからこそ、彼にしか出来ない唯一の事をするしかない。

絶望と破滅が目の前を覆う。
だがしかし、彼は伝えなくてはならない。

最後の力を振り絞り、彼は空を駆けた。






(((  響き渡る到来のEcho、上空から海岸へと届く  )))






その日、あるドゴームは胸騒ぎが収まらなかった。
小さな湾の、それ少し先の、小さな森は妙な緊張に包まれて。

第六感か、野生の本能か。はたまた、年寄りのカンというものか。胸の奥で警鐘が鳴る。
そして、それがやってくるまで、そう時間はかからなかった。

初めはそれはとても静かにやってきた。枝が弱く揺れ、それから次第に大きくなり。
そして、彼は地面から突き上げられた。大地がうめき声を上げ、目の前で地面が割れた。

生まれてかつて経験したことのない揺れに、彼は膝をついて途方に暮れた。
長の歳月生きてきたが、彼にとっても全くの未知の経験だった。



揺れが収まった後の静けさの中。
彼はこの地域でしばしば恐れられていた事態が来ることを確信した。

――奴が来る。

だが賢い彼は、それとほぼ同時に悟った。

――もう、間に合わん。

どう考えても、この規模の揺れから生じる津波からは逃れられない。
付近一帯、いや沿岸数キロはことごとく洗い流されてしまうだろう。

――それに、儂ももう十分生きた。

彼は諦観にしばし目を閉じた。

――いや、まだ十分じゃあない。最後に一つ、やり残したことがあるとすれば。



年で言う事を聞かない体に無理を承知で、彼は近くの岩場の上に昇り始めた。
少しでも開けた、高い場所の方が響くだろう。

彼も若いころは、森の伝令役として働いていた過去がある。
そして、それが彼の最後の功となるのだ。

岩場の頂上につくと、迫る大波がはっきりと見えた。
そして、彼はゆっくりと波に背を向けると、内陸の方に向かって声を張り上げた。

――津波が来たぞ!

ところが、年老いてしゃがれた喉から出たのはしわがれた弱弱しい声でしかなかった。

――嗚呼……。

高まるのは近づいてくる波の轟音ばかり。

――だが。本当に最後に一つ、できることがあれば。

ほとんどの者には聞こえないかもしれない。でも、誰か聞く者がいるとすれば。
音を聞く以外の役割を持つこの耳から、生じる知らせを。

彼は最後の最期まで、ひたすらに叫び続けた。
並みの者には聞こえぬ振動覚を、ひたすらに送り続けた。





(((  響き渡る伝令のEcho、海岸から内陸へと届く  )))





その日、あるチリーンはいつものようにあちこちを跳ねまわっていた。
海から数キロのところの小さな町で、少年と追いかけっこを演じながら。

彼女は少年が嫌いだった。
いつもちょっかいばかりかけて来る、小学1年生の相手などご免だった。

彼女はわかっていた。この年齢の子供には、よくあることだと。
我慢せねばいけないこともわかっていた。子供の好奇心を、鬱陶しがってはいけない。

それでも彼女は少年が嫌いだった。
だからいつも、少年が好奇の手を伸ばして来る度、逃げなくてはいけなかった。

――当然よ。あんながさつな手で握られたら、繊細な体が砕けちゃうわ。

だから今日も彼女は、厄介なお荷物相手に大立ち回りを演じていた。
彼女が逃げ、少年が追う。延々と続く、日常の延長。



地震が二人を襲ったのは、そんな昼過ぎのことだった。
立っていられない程の衝撃が、三分近く続いた。

ブロック塀が崩れ、割れたガラスが降り注ぐ。
そして揺れが収まった時、海岸から他を圧して響いてきたのは一つの声だった。

すぐさま彼女は近くの高台へと走った。
怯える少年の手をひいて、山へと続く急な坂を昇り始める。

必死に急な崖を駆けのぼる二人の後ろから、轟音が迫っていた。
見慣れた町が、黒い波に浸食されていく。家も、人も、車も、木も。



ところが、あと少しのところで二人は昇れなくなってしまった。
切り立った岩場が、頂上への道を阻んでいた。昇る手掛かりも、足掛かりも見当たらない。

――このままでは、二人とも助からない。

しかしその時、彼女ははっきりと、そして静かに自覚したのだ。
答えは一つ。少年を救わなくてはいけない。
理屈ではないもっと別の次元で、答えは導き出された。

――早く……行きなさい!

渾身の念力で少年を崖の上に押し上げたとき、轟々と鳴り響く濁流が、崖下の彼女をさらった。
少年の目の前で彼女は波に飲まれ、そして、それきり見えなくなった。

――さよな……





(((  響き渡る別れのEcho、途切れて、消えた  )))





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その日、あるズバットは夕暮れの街を飛んでいた。
何もかも洗い流されてしまった廃墟の上を、低く、低く。

彼は何も見なかった。そもそも、彼は眼を持たなかった。
そう、彼は何も見ることはできなかった。

それでも、彼はわかっていた。何が起き、何が失われてしまったのかを。
反射してきた声は、いつもより幾分平らな世界を示していた。

彼は何も見なかった。
波打ち際に打ち上げられたドククラゲの、バラバラになった触手を。
力尽きて瓦礫の上にくしゃくしゃになった、まだ小さなココロモリの姿も。
ドゴームの暮らした森が、なぎ倒されてその形を留めていないのを。
高台へと続く崖の下、少年が必死に何かを探しているのを。

――世界はどうなってしまうんだろう。

薄闇は次第に濃さを増していく。
翳りが、夜の帳が、何も残っていない街に降りようとしていた。



その時、彼は聞いたのだ。
遥か遠くの海原から響く、大きな轟きを。

廃墟の上を、彼は飛んだ。声のする方向へ、ただひたすらに。
そして最初の星が瞬き始めるころになって、ようやく海へと辿り着いた。

そこに、一匹の大きな鯨がいた。
巨大な青と白の体を夜の海に浮かべながら、波間を漂っていた。

鯨は歌っていた。
並みの者には誰にも聞こえぬ音域で、静かな声で。

しかしズバットにははっきりと聞こえていた。
そこに歌われる、嘆きと悲しみを。憐れみと祈りを。

静かに響く悲哀の調べは、夜の街へしんしんと響く。
誰にも聞かれず。ただ、しんしんと。





(((  響き渡る哀悼のEcho、夜の街に届く  )))





  ― おしまい ―  



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あとがき

Echo=超音波 ということで、図鑑説明からひっぱってきました
ドククラゲとか意外だねぇ。でも図鑑にはそうやって書いてあるんですよ。
他にもビブラーバとかもいたけれど、舞台が砂漠っぽくないので却下。

というだけの、荒削りなやっつけ短編。詩でもないし、小説でもないし、何と呼ぶべきなのか。
いやはや、もう地震は御免ですよ。もうそろそろ復帰したいなぁ、なんて思ってた矢先にorz

最新の7件を表示しています。 コメントページを参照

  • テスト
    ―― 2011-04-09 (土) 16:02:12
  • こんばんは。

    流れていくような文章で読みやすかったです。
    対句が使われていて詩のような美しさでした。

    超音波を使える者たちが、危機を伝えて繋がっていくというのが素敵でした。
    今起こっている地震の恐ろしさがよく伝わってきました。
    海も陸も全て破壊されてしまうのです……。
    チリーンの話は、涙が出そうになりました。

    執筆お疲れ様でした。作者様も、余震などには気を付けてくださいね。
    では。
    ――コミカル 2011-04-10 (日) 21:23:41
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Last-modified: 2011-04-09 (土) 00:00:00
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