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Bocca della Verità

/Bocca della Verità

Writer:&fervor


差し出された手。何をしろ、と言われたわけでもなく、ただ期待に満ちた目で目の前に突き出されている。
しばらくの間硬直していたが、やがてもう一度手を軽くゆるめてから突き出してきた。どうも何かを催促しているらしい。
食べ物が載っているわけでもないし、薬を握っているわけでもない。もちろん私は何も持っていないから、何かを置くことも出来ない。
「……あのさ、トゥーレは何でも知ってるんじゃないの?」
沈黙に耐えられなくなったのか、目の前の青年は少し残念そうな様子で私に話しかけてきた。
「それなりの知識を持っているつもりではあるが、このような状況でどうするべきかは分からないな」
「ユーモア大事にしないと駄目だって、ほら、もっと笑った笑った」
笑え、と言われて私は苦笑いを浮かべてやった。そうじゃなくて、もっとこう……と五月蠅く喋り始めた目の前の人間から目線を外す。
私のような大きな身体のポケモンでも悠々と入れる宿屋。外の闇とそれを破る生活の光が窓の外には大きく広がっている。
この大きな部屋、上々の景色、整った設備。先ほど食べた食事もなかなかのもの。この部屋の値段が気になる所だ。
そういえば大きな風呂も付いていたような気がする。正直なところ私が風呂に入るのはかなりの大事なのだが、そろそろ身体は綺麗にしたい。
白く輝く自慢の毛は若干汚れが目立つようになっているし、触り心地もやや固い。散々あちこちを飛び回った所為だろう。
せっかくの機会だ、久々にあいつに洗って貰うことにしよう。大きな風呂で楽しむのも悪くはないだろうしな。

思えば数年前。たまたまリュウラセンの塔に足を運んだ時に見つけたこいつを助けたのが間違いだった気がする。
何でも道中手持ちが力尽きて、それでも最上階を強引に目指した結果辺りのポケモンに襲われて散々な目にあったらしい。
屋上に辿り着いたところで疲れ果てて気を失っていた所に私が現れていなかったら、あるいはそのまま死んでいたかもしれない。
尤も、こいつの場合は殺しても死にそうにないのだが。いやたぶん生きていた気がする。間違いない。
ともかく、こいつに情けをかけて住処まで運び、それなりの看病をしてやったのだが、去り際の一悶着で私の運命は決まってしまった。
「俺がお前を倒すか捕まえるかしたら、一緒に旅をして欲しい」と言われ、その挑戦を受けたのだが、あろう事か奴はとんでもないモノを持ち出してきた。
後で知った話だが、世界中を探しても数十個ほどしか存在しないという"マスターボール"というボールだったらしい。
いきなりボールを投げつけられ、気がつけば私はあっという間に奴の旅に付き合わされることになっていた。
しかし挑戦を受けたのは私自身の意志だ。そして奴が私を捕まえたのも真実。我が名にかけて、それを裏切る訳にはいかなかったのだ。
そうして始まった旅だったが、世界中をゆったりと回っていると、今まで見えなかったものも見えてくる。
しばしばこいつの脳天気さに呆れさせられることもあるが、それも含めて今の生活はなかなか楽しいものだ。

それでも未だに私にはこいつの思考回路がよく分からない。いつものことではあるが、今回は特に意味不明だ。
「……ったく、仕方ないなあ教えてやるとするかー。ほら、この前行ったとこにあっただろ、真実の口ってやつ」
そういえば、この前回った地方には、何やら不思議な言い伝えのある彫刻があった。
何でも、ぽっかりと空いた口の部分に手を突っ込むと、偽りの心がある者は手が抜けなくなる、らしい。
残念なことに実際に手を突っ込むには申し込みがいるだのなんだので実践は出来なかったのだが、こいつが手を突っ込んだらどうなっていただろうか。
私の見解では、恐らくこいつは偽りの心なぞ持っていないだろう。こいつは嘘をつけるほど賢くないからな。
それに、旅をしていて思ったのだが、なかなかどうしてこいつは私のパートナーに相応しい「真実」を持っている。
あくまで私の勝手な想像だが、なかなか的を射ているんじゃないだろうか。伊達に一緒に旅をしてきたわけではない。
「で、あの時は出来なかったから、代わりにやりたいなーってふと思ったから。ほら早く口開けてくれよ」
だが、そんな私でもこいつの言うことは時々理解できない。バカ正直、という言葉があるが、こいつの場合バカと正直は紙一重、だ。
「真実」を司るポケモン、レシラム。たったそれだけの繋がりで、私をあの謎の彫刻代わりに使おうとしているらしい。
ただここで断るとこいつはたぶん拗ねるだろう。実際年齢的にもまだ子どもの領域らしいが、子どもっぽい所が過ぎる。
拗ねると後々面倒なことも知っているので、私はとりあえず素直に口を開けることにした。
「そうそう。あ、ガノードもやるよな、じゃあガノードから」
うつらうつらしながら柔らかなベッドの上で丸まっていた紫色がゆっくりと起き上がってきた。手、と言うより翼と鉤爪なのだが敢えて突っ込まない。
どすどすと近づいてきて、めんどくさいなあといった顔で私と顔を見合わせる。お互い苦労してきた仲間だ、顔を見れば言いたいことも大体分かる。
流石にこの体格差では口に届かないので、私はぐぐっと屈んで顔を下げる。そして大きく口を開けると、その中に鉤爪がすっと入れられた。
私よりも前からこいつと旅をしてきたガノードも、立派な誠実さ、「真実」を持ち合わせている。
最初は私を妬んでいたりもしたらしいが、旅を続けていく内に打ち解けてしまった。今ではルスト同様かけがえのない仲間だ。
暫くこうして変な体勢のまま待っていた私たちだが、ルストはどうも不満そうな様子で私たちを眺めている。
「こういうときはさ、やっぱお約束として入れたらがぶっ、っていって欲しかったなー……」
「それじゃあオレは嘘つきかよ……」
はあ、とがっくり項垂れるガノードの肩をぽんと叩いてやる。大丈夫だ、ルストは何も考えてないだけだから。
「じゃあ次、俺の番だな。俺はなんてったってトゥーレのパートナーなんだから大丈ばぁったああああっ!」
せっかくなので血が滲まない程度に甘噛みしておいた。抜こうにも抜けずに藻掻いているルストの様子にガノードは後ろで爆笑している。
絶妙な力加減がそろそろキープできなくなってきたところでルストを解放してやる。そして堪えていた分まで盛大に笑う。
「な、こ、この……俺じゃなくて、ガノードにやれよ! 本当に腕千切れるかと思った……」
その場でへにゃへにゃになっているこいつの顔を一舐めしてから、私は元の体勢に戻る。
ずっとあの体勢でいるのはそれなりにしんどい。首を突き出すような格好だと、どうもバランスが取りにくいのだ。
「まあいいや、満足したし。さーてさっさと風呂入って寝よう」
「何を言っているんだ? 私はまだ満足していないぞ。真実の口、せっかくだから最後まで楽しんで貰おうじゃないか」
我ながら上手いこと言ったものだ、と独り満足していたのだが、ガノードにもルストにも全く伝わっていないらしい。全く鈍い雄共だ。
「分からないなら分からないでいいさ。さて、風呂に行くぞ、ガノード、ルスト」
ぽかーんと口を開けたままのガノードとルストを背にして、私は一足先に風呂場へと向かう。ドアから何から電動なのは、大きすぎて人力では動かせないからだろう。
やがて追いかけて来たルストだが、ガノードはまだその場に佇んでいる。そんなガノードを私は手招きした。
「え、お、オレも?」
「ルストだけだと大変だろう? 私の身体は大きいからな」
身体が大きい分、ルストだけでは正直なところ力不足。ガノードならそれなりの大きさもしているし、ルストよりは頑張ってくれる。
とはいえ身体を洗うだけでもへとへとになっていた気がするが。まあいい、せいぜい頑張ってもらうとするか。
「……久々に、お前達の真実が見られるな。楽しみにしているぞ」
まるで、ルストとガノードの頭にはてなが浮かんで見えるかのよう。まあ、風呂に入って身体を洗っていれば直に思い出すだろう。

――結局、彼らがようやくその意味を理解したのは、私が「真実の口」を見せた時だったのだが、な。



最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 真実の口…そういうことか……。
    全く、なんとけしからん。自分も混ぜr(
    ガブリアスもレシラムもえろいなぁ。混ざりt(
    ――ドラゴン信者 ? 2012-01-06 (金) 07:04:19
  • おはようございます。Bocca della Verità読ませていただきました。&fervorさんが今年最初に投稿した作品ということでワクワクしながら読みましたが、まさかの下ネタですか(笑)
    直接的な表現は見当たらないので官能小説に入るかと言われるとそうではないかと思いますが、思わずにやりとしてしまうものがありますね(笑)真実の口…見てみたいなと思ったり(蹴
    たまにはこんなふうにさくっと読める本当に短いお話もいいですね。気楽に手に取ることができましたし、あえて重要な部分を想像に委ねる点も「続編を書いてほしい!」と読者が言いたくなるような加減のよい締めくくりになっていたと思います。こういう後味の良さは&fervorさんの大きな魅力の一つだと思ってます。さすがですね!

    余談ではありますが、&fervorさんのパソコンはずいぶんと開発されているようで(笑)タイトルを見た時最初何という意味なのか分かりませんでしたが、イタリア語で真実の口ですか。本家の場所を考慮してイタリア語になさったのでしょうね。
    辰年ということで、新年早々良いものを読ませていただきありがとうございました!(笑)これからも執筆頑張ってください。応援しております!
    ――クロス 2012-01-06 (金) 09:20:12
  • 真実の口の意味を知ってしまった瞬間、クロス様と同じく見てみたいと思ってしまった。
    何? お前の想像しているのとは違う?
    直接表現が無いにせよ、どうしてもそういう想像になってしまうんだから仕方nうわなにをするやmry
    ―― 2012-01-06 (金) 22:29:00
  • >>ドラゴン信者さん
    そういうことです。けしからんです。いや本当にry
    たまにはこういうえろい仔も良いと思うんです。

    >>クロスさん
    どうしてこうなった……と思わず自分で言いそうになるほどぶっ飛んでました。思いつきを書き殴るとこんな感じです。
    あくまでも非官能です。ええ非官能です。誰が何をどう言おうと非官能です。此の後の続きを書いたら官能まっしぐらですがw
    ひたすら真実の口って言わせたかっただけなんです。下ネタじゃねーかという突っ込み待ちでしたw
    タイトルは真実の口そのままじゃ分かっちゃってつまんないのであえてこうしました。読んだ後でああなるほど、と思って貰えれば。
    さくっと楽しんで頂けたなら何よりですw

    >>↑の名無しさん
    自分も是非見たいです。見たいと思ったから書いたので当然ですけどry
    続きはご想像にお任せします。たぶんこってり絞られたんでしょうけど(

    皆さんお返事が遅れて申し訳なかったです。コメントどうもありがとうございました。
    ――&fervor 2012-02-18 (土) 02:01:04
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Last-modified: 2012-01-05 (木) 00:00:00
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