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Believable Variability

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注意:この小説は官能小説です。そういった描写を多く含みます。またその他に逆レイプ、暴力的表現、身体の一部が欠損する表現を含みます。





 レイラは壁を創るのが上手い。

 とおれは記憶している。小学校の頃の話だ。性格はおとなしく、恥ずかしがり屋。人気者とそのグループに入っていない、かといっていじめられるような理由もない、どこのクラスにもひとりはいるような、影の薄い少女だった。教室でははしゃぐどころか笑うところすら見せたことがないみたいだ。みたいだ、というのはレイラがおれよりもひとつ下で、実際に同じクラスになったことはないから。けど簡単に想像できる。同級生といつまでも馴染めなかった彼女は、いつもおれにくっついて回っておれの真似ばかりしていた。おれと一緒にいるときでさえめったに笑った顔は見せないのだから、教室の隅でひっそりとしている彼女を想像するのは難しくない。
 レイラがおれになつくようになったきっかけは覚えていない。たぶん図書委員の仕事で一緒に本を運ばされたとか、そんな些細なことなんだろう。もっともおれには仲のいい同級生がいて、そいつと遊んでいるときには決してその間に入ってこようとしなかったから、彼女について詳しく覚えていることも、きらきらした思い出のかけらのようなものもない。
 数少ない記憶の隅に引っかかること。そういえば、いつもは大人しいレイラが不思議なそぶりを見せたことがあった。

 蝉がまだ鳴きはじめていない初夏の日の昼休み、当番で図書室の受付カウンターに揃って座っていたことがあった。開け放たれた窓からは緩やかな午後の風が流れ込み、青々としたイチョウの落とす木漏れ日が数人の生徒を穏やかな眠りに誘いこんでいて、そんな彼らを起こすのも図書委員の大切な仕事のひとつだった。
 たまにやってくる生徒に本の貸し出し手続きを済ませながら、まだアサナンだったおれは瞑想にふけっていた。天井近くまで書籍の積み上げられた、古代の地層のような本棚。窓から忍び込む風に乗って漂ってくる、新緑のにおい。時間の止まってしまったような空間に響く、教会の鐘みたいに透き通ったチャイム。
 図書室はいい。瞑想をするのに最適だ。長い昼休みの間じゅう、蓮華座*1を組んで心の中を空っぽにしていた。こうしていると精神が1本の糸みたいに凝縮され、思考が学校を離れ、深いところに行きつく気がするのだ。
 授業開始5分前のチャイムが鳴り終わり、意識を呼び戻されたおれは片目をうっすらと開いた。図書室には似合わない、パステルカラーのピンクと藍色が目に入ってくる。
 構ってくれないおれがつまらないのか、返却された図書をもとの位置に戻し終えたレイラは、手持ち無沙汰に隣で本を開いていた。
「ほら、早く戻らないと5時間目が始まっちゃうぞ?」
 おれの教室は図書室から出てすぐのところにあるが、5年生の教室は別棟の3階にある。渡り廊下は1階にしかないので、ここからだと階段をひとつ降りてふたつ昇らなければならない。レイラの歩く速度を考えると、今すぐ教室に戻った方がよさそうだった。
 けど、彼女はそうはしなかった。上目遣いで肩をすくませたように小さく笑う。普段は地味で伏した目が影を引いているが、笑った顔はどこか垢ぬけた感じがする。桃色の肌にピエロのような赤い丸鼻がつるり、と光るのだ。めったにその笑顔を見ることはできないが、それがかえって奥ゆかしい雰囲気を生んでいた。
 初めはおれの真似をして苦労して座を組んでいたが、早々に飽きて手近な本を開いていた。『愛の哲学』というタイトルのそれは、レイラには少し難しすぎたようだ。ページは133、昼休みに入ってから5ページも読み進んでいない。ぷらぷら揺らされた青く短い脚の振動につられ、ソフトクリームみたいな濃藍の頭飾りの先端から垂れる白いボンボンが動いている。
「……」
「どうした?」
「あのね、まもる君。わたし、戻りたくない」
「……なんで?」
 レイラの声は少し掠れていて、普通に話していてもどことなく囁きめいた雰囲気が漂ってくる。ましてやこの時の彼女は実際に小声だったので、なんてことのない我儘もまるで内緒話のように響いた。
 からり、と小さく椅子を引く音がして、立ち上がったレイラの慎重に探るような声がそれに続く。
「信じてくれる?」
「……何を?」
「わたしもまもる君を信じるから、まもる君もわたしを信じてくれる?」
「だから何のことを言って――」
 言葉を遮るようにすっと突き出されたレイラの小さな掌は、おれと彼女との間に壁を創っていた。見えないけど確かに壁があるように思える、不思議な感覚だった。指も満足に発達していないようなピンクの丸い掌は、実際に壁に手を押し当てたときのように柔らかく潰れている。うつむいてしまっているので、表情はわからない。
 ハイタッチ? いや、そうじゃないな。これは彼女の技だ。
 信じる、何をだろう。そういえば、彼女の種族について本で読んだことがあった。確か、幼い頃は自分の力に自信が持てず、心を許したポケモンに自分の存在を認めてほしくなる時期があるんだとか。
 レイラもそうなのか。なら、おれが自信をつけさせてあげないとな。
 とりあえず、触ってみる。おれと彼女を隔てる見えない壁がそこにあると信じて、手を突き出してみる。つるつるしているんだろうか。厚さは? おそるおそる伸ばした指先が、見えない何か硬いものに触れた。
 しっかりと掌を押し出す。レイラの左手にかぶせるように着いたおれの右手は、彼女の肌に触れることなく、わずか数センチの隙間を開けたまま空中にとどまっていた。
 やはり壁だ。おれとレイラとの間に、見えない壁がくっきりと存在していた。
 これが、レイラの力? 大したものじゃないか。
 そう思った途端、ぱっと上げられたレイラの顔が、めったに見せない笑顔になった。
「信じてくれたんだね、ありがとうまもる君、大好き! またね。遅れると先生に怒られちゃうから!」
 早口でせかせかと言うと、さっと見えない壁を崩して、身を翻すように彼女は去っていってしまった。忘れていたように授業開始のチャイムが響く。本当にそれが最後だった。そのあとすぐ、彼女は引っ越してしまったのだ。たしか、親の転勤か何かだったと思う。その日の放課後を待つことなく、彼女は忽然と姿を消して、それっきりだった。

 だからおれは今、ひどく動揺している。高校2年生になったおれの目の前に、レイラという名前のバリヤードが現れたのだ。







Believable Variability
―変わる心を信じられるか―

水のミドリ


No.122
バリヤード バリヤーポケモン
高さ 1.3m
重さ 54.5kg
エスパー/フェアリー

目に 見えない ものを 身振りで そこに あると
信じ込ませる パントマイムの 達人。
信じさせた ものは 本当に 現れる。

(ポケットモンスター オメガルビー/アルファサファイア)







「まもるくーーーん!!」
 入学式の日の午後。開け放たれた2年2組の教室の前ドアから、聞き慣れない高い声がおれを呼んだ。呼んだというよりも叫んだ、といった方が近いだろう。新学期の始まった期待と倦怠感に満ちた教室のだらけた空気に、一瞬電流が走ったようだった。
 窓際一番後ろの席で旧友のシミヅと話していたおれは、稲妻のような声に思わず顔を向けた。クラス中の注意が同じようにドアへと向かう。そこには見慣れないバリヤードがひとり、大きく手を振ってこっちを見ていた。
 聞き間違えか? 確かにおれの名前だった気がするが、知り合いにあんな声で人目をはばからず怒鳴り込んでくる奴なんていない。
 どうか聞き間違えであってほしい――精いっぱいの願いは、襲いかかるように振り返ったみんなの視線にかき消されてしまった。
 いやいやいや知らないぞあんな奴!
 中空に押し出されたおれの焦点は、ふらふらとあたりを彷徨い、今にも笑い出しそうなシミヅの顔に止まった。
「おーいまもる君(・・・・)、ガールフレンドがお呼びだぜ?」
 こいつ、分かってて言ってやがるな。腕の長い体毛をひらひらさせながら、目の前のコジョンドはくっく、と喉を鳴らした。小学校からの付き合いで、こいつはおれにガールフレンドと呼べる女の仔がいないことを知っている。知っていながら「アタシがなってやろうか?」なんて冗談を飛ばしてくる。他人を小馬鹿にするときに喉を膨らませるのは、幼いころからのシミヅの癖だ。おれよりも男らしいんじゃないか? クラスのみんなもそれは分かっているようで、また騒がしい放課後の雰囲気に戻っていった。
「いい加減なこと言うなよ!」
「要件は知らんがあの仔はお前を呼んでいるみたいだぞ? それに――」
「まもる君、まだー!?」
「――これだけは言える。女の仔を待たせる奴はモテない!」
 びし、と指を突き立てて、シミヅは再度喉を鳴らした。
 モテないのはおれがいちばん分かっている。
 人並みに女の仔と付き合いたいという欲望はある。隣で男仔が「彼女とどこまでいった?」なんて話をしているとつい聞き耳を立ててしまうし、おれの携帯のネット閲覧履歴は決して他人に見せられないものになっている。ご多分に漏れず、そこらの彼女いない男仔高生と同じように、なにかもの足りない青春に悶々とした生活を送っているのだ。
「ま、モテないのは今に始まったことじゃないんだからさ。そう落ち込むなよ」
「いちいちうるさいなぁ。おれだってこれからモテるかもしれないだろ!?」
「どこにモテる要素があるっての。アンタ、女の仔のこと全然わかってないでしょ。ちょっとワタシのこと褒めてみ?」
 褒めるところなんてないだろ、と思わずこぼれるのを何とか抑えた。長い付き合いだから嫌な部分ばかり目がつくけど、ルックスは悪くない。切れ長の目、しなだれた髭、とがったマズルの下に覗く口許は神秘的で、何も知らない男ならドキッとしてしまうかもしれない。メリハリのある身体つきはいかにも男仔受けしそうで、黙ってさえいればチヤホヤされそうだ。その勝気でずぼらな性格さえどうにかできればすぐに男仔が寄ってきそうなもの。
 けれど冗談とはいえ、実際に口に出して言うのは何だかハズカシイ。まぁどうせシミヅも真面目な答えを期待しているわけでもないし。
「……ちょっと太った?」
 おれの冗談に、心の底から呆れた、という目つきでシミヅは長いため息をついた。
「お前の目は節穴か!? ってこのことだわきっと。そんなんでよく『モテるかもしれない』なんて言えたねぇ。できるものなら、あのバリヤードでも恋人にしてみなさいよ。けっこうカワイイし、衛にお似合いなんじゃない?」
 じゃ、アタシは先に部活行ってるからがんばれ、とひと通り嫌味を押し付けると、シミヅはおれの肩をバシバシ叩いて教室を出ていった。まったく何をがんばることがあるんだ。人違いでした、でお終いだろう。
 長く待たされたのが不満だったのか、かなり険しい表情になっていたバリヤードにそそくさと駆け寄る。途端に表情がパッと明るくなり、歓喜の声を漏らした。
「まもる君っ!! ひさしぶりぃ~~~!!」
「いやちょっと君、大声でひとの名前叫ばないでくれるかな!?」
 謎の感動にぴょんぴょんする彼女を止めようと、不用意に片手を出したのがまずかった。身体と腕の間にできた空間に、がばっ、と飛び込んできたのだ。
 ――は?
「まもる君大好き!! ずっとこうしたかったんだよぅ!!」
「え? ちょ、何言って――」
 脇の下から通された彼女の腕は、あっという間におれの背中に回されていた。磁力でくっついたかのように離れない。いちど顔を胸に強く押しつけると、ぱっと顔を上げて悪戯っぽく笑った。
「ちょっと何あれ……」
「え、ホントに(まもる)の彼女なのか?」
「初手大爆発安定」
 背中に突き刺さるクラス中の視線。さっきの比ではないほど沸き立ったみんなの感情に、俺は思わず背筋を震わせた。
「はぁ~っ、これがまもる君のにおい……」
「ちょちょちょ、近い、近いって!! みんな見てるから、ほら、ね? 一端外出よ?」
 胸元に顔を擦りつけてくるバリヤードを引き剥がし、手を引いて無理やり教室を出る。きょとんとしている彼女の丸い肩を掴み、胸に飛び込んでこられないように距離を取る。1年生だろうか。これは1回ガツンと言ってやらなくちゃダメだ。登校初日から赤の他人に抱きつくなんてマネ、どう考えたってやめた方がいい。思い切り息を吸いこんで、叱りつけるように叫――
 ――かわいい。
 ピンクの肌がいっそう紅くなっている頬。バリヤード特有の愛嬌ある顔の丸みは残しつつ、けれど野暮ったい印象は与えないシュッとした輪郭。口もそれに合わせたように存在を主張しすぎない、かといって不健康そうな印象を与えるでもないふくよかさ。頭の左右から飛び出ている紺色の角は先端が少し垂れ下がり、女仔高生らしい活発さと不安定さとを滲ませている。ツインテールというやつか?
 喉まで出かかった叫び声が、とんぼ返りに引っ込んでいった。
「――いったい何なんだよもう、悪いけど、おれは君のこと全然知らないぞ? 誰かと勘違いしているんじゃないか? だいたい、君みたいな仔、会ったら忘れないというか……。と、とにかく、人違いじゃないかな」
「ふふ、4年も会わなかったから、気づかないのも無理ないかもね。小学校のとき遊んでくれていたレイラだよ?」
「レイラ……? レイラって、あの、おとなしくて恥ずかしがり屋のレイラか!?」
 脳裏に映ったのはいつもおれの後ろについてきたマネネの女の仔。それにしても変わりすぎだろ……。高校生になったレイラには面影が全く残っていなかった。進化することによって性格まで変わるポケモンがいると聞いたことがあるが、ここまで変わるものなのか。
 開いた口が塞がらないおれを見て、レイラは仕方ないなぁ、というふうに笑った。純粋に可愛かった。
「本当にあのおとなしくて恥ずかしがり屋のレイラだってば! 引っ越ししてから、わたし頑張ったんだよ? まもる君に認められるように、かわいい化粧も覚えて、ほかのポケモンたちとも明るく接して……」
「見違えた、ずいぶん雰囲気変わったな……」
「へへ、でしょー? もっと褒めてくれてもいいんだよ」
 こんな女の仔と過ごしていたなんて。小学校の記憶を探ってみたが、彼女について思い出せることはあまり多くなかった。当時はきっとそれが当たり前で、いちいち思い出としてしまっておくほどでもなかったのだろう。こんな素敵な仔と一緒なら、毎日がキラキラしたものだったに違いない。
「ね、久しぶりに頭ポンポンってやってほしいな?」
「こう、だっけ?」
 そんなことたったことあったっけか。曖昧な記憶を頼りに、ぎこちなくレイラの頭に手を添える。くすぐったそうな仕草をしたあと、伸びたおれの腕を引っ張って、彼女は身体を寄せてきた。その口がおれの頬あたりに近づいてくる。
「このあとなんだけど、ちょっといい?」
「な、なんだ、おれは部活に行く予定だけど」
「あのね、新入生はどこか部活動に入らなきゃなんだけど、いろんなところを見ておきたいなって思って。案内してよ」
 まさか、き、きききききキス……!? 女の仔からされるのはこれが初めてだ。それとも、どこかの国では挨拶代わりにしていることだって聞いたことがあるけれど、これもおれは昔やっていたっていうのか!?
 レイラの唇はおれの頬を通り過ぎ――
「お礼もするからさ。ね?」
「あ、ああ。わ、わかったよ」
 耳元でそっと囁いた。なんだ、違うのか。ばくばくと脈打っていた心臓が少しずつスローダウンする。早合点で舞い上がっていた恥ずかしさと、どこから来たか分からない安堵とが混ざり合って、自分でもわかるくらい不細工に顔が歪んでいた気がする。あわてて頬を引き締める。
 教室のドアから半身を乗り出して「ひゅーひゅー」なんてはやし立てる男仔を目で威嚇して、けれど内心ドキドキが止まらないでいた。レイラの方はそれを気にすることもなく、他人の視線なんてどこ吹く風、というようにけろっとしている。
「さ、行こ? さっそく案内してよ」
 放心しているおれの腕を引っ張って、レイラは部室棟の方へずんずん進んでいった。ただの懐かしい後輩に引き連れられて歩いているだけだっていうのに、この緊張感はなんだ。誰かに見られたら勘違いされるんじゃないか?
 特にシミヅ、あいつにだけは見られちゃダメだ。そんな日にはどんな軽口を叩かれるかわかったもんじゃない。
「まもる君は、ヨガ部だもんね」
「はっ?」
「どしたの、ぼうっとして」
「あ、いや、ごめん。……なんで知ってるんだ?」
「だって、見ていればわかるよ? 毎日頑張っているもんね」
 部室棟裏口の階段前、あまり生徒の通りも多くない場所。レイラは急に立ち止まり、上目遣いでおれの瞳を覗きこんでくる。その眼は何もかもを吸い込んでしまいそうで。
 そのつややかな唇が、魔法をかけるように近づいてくる。
 こ、今度こそか……!?
 そっと絡みつく腕。すれ合う肌と肌の心地よさ。柔らかく響くレイラの鼓動。女の仔から発せられる甘い匂い。
 意識するなという方が無理だ。無意識に生唾が音を立てて喉を流れ落ちる。
「ねぇ、まもる君……」
「っハイ!?」
 瞬間、天地がひっくり返った。段差のごつごつした感触が背中に伝わってくる。優しくのしかかられ身体の自由を奪われる。
「信じて、くれてたよね」
 どこかで聞いたような気がするセリフ。ああ、そういえば小学6年生のあのとき、レイラと最後の別れ際に交わした言葉がそうだったんだっけ。
 違ったっけ? まあいいか。
「これが、わたしからのお礼だよ?」
 レイラの掌から放たれる不思議な光の輪を見つめているうちに、意識がぼんやりと薄らいでいった。






 夢を見ていた。正確には、レイラと過ごしたアサナンだった頃の記憶。
 初めて出会ったとき彼女は泣いていた。小5の夏だった。軽い熱中症で保健室に運び込まれていたおれは、廊下側のベッドに寝かせられた。ベッドは2つあり、先に来た仔から優先的に窓側の寝台を割り当てられるようになっている。肩を貸してくれたやかましいシミヅが出ていったとき、薄いカーテン越しにすすり泣く声が聞こえてきた。そのあまりにもか弱く、荒く取り扱ってしまえば途端に壊れてしまいそうな悲鳴に、心が震えるようだった。
 小学生ながら、なにか言葉にできない感情がわいてきたのだ。いてもたってもいられず、声をかけた。
「だ、大丈夫……? どうしたの?」
 話しかけられるとは思っていなかったのだろう、カーテンに映された小さい影の肩がびくり、と動く。
「……あのね、みーちゃんがね、またぶったの」
 今に消え入りそうな声でその仔は言った。みーちゃん? みーちゃんというのはいじめっ仔の名前なのだろうか。そういえば下級生のクラスでいじめが大きな問題になっていて、この前の全校集会では校長の話が長引いたんだった。まさかこんなか弱い仔がいじめの標的になっているのだろうか。
「いじめられているなら、先生に相談した方がいいよ」
 なにか気まずい空気をうめわせなくちゃ、なんて考えていたのだろう、何も役に立たないだだのアドバイスが口からこぼれていた。相談できるならわけがない。できないから掠れる声でひとり泣いているんじゃないか。
 薄桃色の小さい手が覗いて、そっとカーテンを開いた。窓から差し込む柔らかい逆光の中で、マネネの女の仔が泣きながら笑っていた。
「ううん、いじめじゃないの。みーちゃんがね、大事にしてた綺麗なビンをなくしちゃったの。それでね、みーちゃんはわたしがとったっていうの。でも、わたしはとってないの。とってないって言ったら、ぶたれちゃった。それで、もう遊んであげない、って」
「きみ、名前は? おれは衛。おれがみーちゃんから守ってあげるよ」
「……レイラ。まもる君は、信じてくれるの?」
「何を?」
「私を、信じてくれるんだよね?」
「うん、レイラはやってないって、わかってるよ。なんだったら、おれが一緒にいてあげてもいい」
「……嬉しい」
 ほろほろとこぼれてゆく涙を、おれはずっと見入っていた。なんで忘れていたんだろう。いや、あのときはまだ幼かったから分からなかったんだと思う。おれがレイラに抱いていた感情はまぎれもなく――






「――る君、まもる君てば!」
 高い声に意識を引っ張り出されて、がばっと上半身を起こした。息が荒い。
「おれは……?」
「あ、気付いた! よかった~、急に倒れたもんだからいそいで保健室に運んだんだよ」
 心配そうに覗き込んでいたレイラの顔から、緊張が抜け出していくように言葉があふれてきた。続けて2言3言喋っていたが、まるで頭に入ってこない。丸1日眠っていたときのように身体が重い。横になっていたのはふたつ並んだベッドの窓側……さっきまで見ていた夢の続きのようだった。ひとつだけ違うのは、ふたりが進化して成長しているということ。
 なんで倒れたんだっけか。横になって天井の染みを見つめる。保健室に連れてこられた記憶がない。ええと、確かレイラに手を引かれて教室を出て、部室棟に向かったはずだった。
「まもる君? やっぱりどこか打った?」
「いや、大丈夫……」
「よかった……」
 安堵に入り混じる不安そうなレイラの声。おれの左手側から泣きついてくるその顔が、心配しているというよりどこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「やっとふたりきりになれたね……」
 ひとつトーンを落として、レイラが言った。窓側に座る彼女は逆光で表情がよく見えない。大きくて白い掌がするすると伸びてきて、おれの左腕を掴む。大事な宝物をさするように撫でながら、丸っこい自分の頬におれの手をあてがう。手以上に滑らかな感触が伝わってくる。
「……ずっと、ずっとこうしていたかったんだ。だって、小学校のときは毎日手をつないでいたのに、4年もずっと触れられなかったんだよ? このざらざらした感じ、進化しても変わらないんだねぇ」
 そうだったっけか。昔のレイラの手の感触……思い出せない。丸椅子から腰を上げて、レイラはベッドに上半身をもたれかけた。自然と目と目が合う高さ。彼女の瞳が大きく見開かれ、瞳孔が小刻みに震えているように見えたのは、近いからだけではない気がした。
「わたし、一生懸命努力したんだ、可愛くなってまもる君に気に入ってもらえるように。ここに入れるように勉強もしたよ、もうこれ以上離ればなれは嫌だったから。一緒の電車に乗れなくて、同じ教科書を使えなくて、隣でお昼ご飯を食べられないのは……想像しただけでおかしくなりそう!」
「レイラ、どうしたんだ。なんか変だぞ……?」
「勉強したのは算数とか国語だけじゃないんだよ? まもる君のことも……。まもる君、ユリの匂いが好きなんでしょ?」
 レイラが自分の首筋のところを軽くたたくと、さっきから漂っていたユリの匂いがいっそう強くなった。保健室の花瓶に刺さっている本物の花なんかよりよっぽど強烈だ。
 でも、なんでおれの好きな匂いを知っているんだろう。他のポケモンに話したことはもちろん、自分で意識したこともほとんどなかったが、たしかに嫌な気はしない。
「覚えているかな? まもる君が小学校6年生のとき、美術で切り花をやる授業があったでしょ? それで、まもる君はユリを選んだんだよ。それに、中学のとき、お母さんが買ってきた花束から『好きなの選んでいいよ』って言われて選んだの、ユリだったでしょ。ちゃんとした手入れの仕方調べて、部屋の花瓶で育てたでしょ?」
「え、ちょっと待って、なんで中学のこと知って……ていうか、おれの部屋を見ているような口ぶりだけど――ングッ!?」
 突然口が動かなくなった。ぴっ、と人差し指を立てて、レイラが念力を操る。ピンポイントのサイコキネシス。それも超強力な、おれの力じゃ到底太刀打ちできないくらいの。
「それに、鍛えて強くなったんだ。まもる君、強い女の仔が好きなんでしょ? 去年告白したマクノシタの仔、格闘技の地方大会で優勝したことあるんだってね。フラれちゃって残念だけど、わたしがいるから告白なんてしなくって大丈夫だったんだよ。忘れてた?」
「――ぶハッ!! はぁ、っゲホ、それもなんで知ってるんだ!?」
「わたし、まもる君の好みの女の仔になるために頑張ったんだ。……どう? わたしだって意外に柔らかいでしょ? プクリンとかシャワーズとか、まもる君いつもぷにぷにした仔見ているよね。ここ、まもる君のこと考えながら毎日揉んでたんだぁ。心なしか柔らかくなってきたんだよ? ほら」
 なんでおれの好みを知っているんだ? ストーカーしていたのか? 口に出す前に、レイラはおれの手を滑らせ、身体の中央から飛び出ている鮮やかな桃色の半球状の丘に触れさせた。確かに柔らかい。力をこめずともよく練ったわらび餅のように指が沈み込む。癖になりそうな弾力だった。
 まて、おれはなにをやっているんだ。こんなこと、今すぐ辞めさせないと!
「あっ、どう? もうちょっと、うんッ、柔らかいほうがいいかな?」
 思惑とは裏腹に、抵抗したおれの手はレイラの柔肌をグニグニと変形させた。腕をしっかりつかまれていて、思うように動かせない。そのたびにレイラは喘ぐ。
 やばい、これは……!!
「あんっ、まもる君も、ノリ気なんだね。嬉しいっ!」
「ち、違っ!!」
 いくらなんでもこれ以上はまずい! 確かにレイラは目を奪われるほど可愛くなった。けれどそれ以上に得体の知れない何かに捕って喰われそうで、身体が危険信号を送っている。
 技を使うのも仕方ない。彼女を傷つけたくはないけど、渋っていては飲み込まれてしまいそうで。気づけばおれは自由に動かせる右の手に冷気を纏い、彼女の腹に凍結した拳を振り下ろしていた。
 柔らかい感触――は、なかった。拳は空中で止まったまま、冷気のもやを悲しく振りまいているだけだった。
「なんで……」
「だめだよぉ……。倒れたばっかりなんだから、無茶はしない方がいいよぉ?」
 にこりとも笑わないレイラの顔が、そこにあった。
 瞬間、血の気が引いた。真一文字に結ばれた口の隙間から漏れ出る言葉は呪いのようで、まるで抑揚がない。焦点の合わない瞳は獲物を見つけた猫みたいに黒目が異様に小さくなって見える。
 殺される。少なくともレイラにはそれをする力がある。
「大丈夫、まもる君にはわたしがついているから」
 ぺろり。生暖かい感触が頬を舐める。溢れて止まらない冷や汗を堪能するように、レイラは舌を小さく蠢かせた。
「れ、レイラ、やめ、やめろ……!!」
 唾液が刃物のように鋭く輝いて、おれは顎を震わせて懇願するしかなかった。
 服従したおれに満足したのか、レイラはさっきとはうってかわって明るい声で言う。
「ね、これ見て。信じてるよ?」
「な、なんだよ急に……」
 いや、思い出した。
 バリヤードは身振り手振りで目に見えないものを創りだすことができる。「信じてるよ」と言うのは、レイラが何か創り出すときの合図みたいなものだ。
 無意識におれは見てしまっていた。床から何かたるんだものを拾い上げる。もちろんその手にはなにも握られていない。長いものを巻き上げるように両手を胸の前でぐるぐる回転させる。
 ぎゅっと握り込んだ両腕は固くこわばって、あるはずのない何かを力強く掴んでいる。レイラの視線を追うと、それは遠くに延びているようだった。身体全体を使ってたぐり寄せる様子はまるで綱引きみたいで……
 ロープか。
 考えた瞬間、しまったと思った。あは、とレイラが笑う。
「せいかーい! 信じてくれたんだね、嬉しいなぁ!」
 言うが早いが見えない縄で手早くおれの左手を縛り上げ、もう片方を自分の右手に巻き付けた。お互いの脈が触れあって、とくん、とくん、と恐ろしいまでに静かなレイラの鼓動が伝わってくる。
「わたしたちはずっと繋がっているの。もうこれで大丈夫だよぉ。ぜんぶ私に任せてね?」
「痛い……! レイラお願いだ、やめてくれ!」
「やめないよぉ? まもる君は、わたしだけを見て、わたしだけに触れていればいいの。そうすれば……ホラ」
 急に立ち上がり、自由に動かせる左手を自分の股間に沿わせた。自然と目がそこに向かう。
 ま、まさか……!
 そのまさかだった。レイラは大胆にそこを指で押し広げた。沸き立つ香りがむっと鼻の奥を突く。あふれ出る粘液をわざとらしく指に絡みつかせ、あたりを湿らせた。
「お、おまえ……!?」
「わたしを好きなだけ自由にしていいんだよ? ね、ホラ、こういうの好きでしょ? もっとよく見て?」
「いいからすぐにやめ……!?」
 口では抗うものの身体は正直だ。おれの視線は吸い付くようにレイラの秘所へとむかう。指で押し広げられたそこは、桃色の配線を含んでいた。リモコンが彼女の腿に張り付けられていて、そこから曲線を描くようにコードが秘裂に吸い込まれている。それは間違いなく”大人のオモチャ”と呼ばれるピンク色のアレだ。汗で粘着力が落ちたのだろう、コードの一部はテープが剥がれていて、(たわ)んで谷になったところから透明な液体がしたたり落ちていた。
「ローター、まもる君大好きだよね? ちゃんと勉強したんだよ。始業式のあいだずっとヒヤヒヤしてたけど、まもる君にいじられること考えていたらこんなにぐしょぐしょになっちゃった。……確かそんな話のいやらしい本、持ってるよね。サイドテーブルの鍵のかかる引き出しの中、あそこは毎晩オカズにしているのだけ入れているんでしょ? それと、パソコンの中に入っているまもる君のお気に入りの画像ファイル、無理やり女の仔にやられちゃう内容のものが多かったんだけど……これであってるよね?」
 言いながら、レイラは結わえられたおれの左手を連なった右手で股に押し付ける。指先に触れる生肉のぬめりと生暖かさ。柔らかい、もっと中を覗いてみたい……!!
 ぞぞ、と陰嚢あたりに疼きが走った。
「わたし今、まもる君の理想の女の仔だよね? こんなことされちゃったら、がむしゃらに犯したくなっちゃうよね!? わたしを、わたしだけを愛したくなっちゃうよね!?」
「や、やめろ……!!」
「ひあっ、まもる君の指! おまんこ突っついてるぅ!!」
 抵抗しようとした手に力が入り、指先に弾力のある感触があった。わざとらしい嬌声を上げてレイラは身体をくねらせる。
「まもる君……まもる君も気持ちよくなりたいよね? あは、まもる君のここも、もうこんなんになってるよ? わたしで興奮してくれてるんだね、嬉しいなぁ」
 パンツ*2の上から膨らみを撫でる。やばい。激しくはないけれど直接的な刺激に肉棒が肥大し、ゆるゆるとそそり立った。股のあいだからはみ出した亀頭を、レイラが見逃すはずもない。
「まもる君のおちんちん……やっぱりおっきくて、びくびくしてる。それに、すごいにおい……。遠くから見ただけじゃ、においまではわかんないもんね」
「あっ……!! や、やめ……」
 まだ小さなハムスターをかわいがるように、指先の肉球*3で先端をもてあそんだ。触れられるたびに肉棒はおれの腹を叩き、他人にいじくられるという未知の感覚に打ち震えている。必死に隠そうとするも、自由であるはずの右手は痺れたかのように動かせない。
「まもる君って触られるとそうやって喘ぐんだ。あは、はじめて知ったかも。……もっと聞きたいなぁ。咥えられちゃったら、どんな声が出るの?」
「!! うわッ!!」
 指とはまた違った、ぷにっとした感触。張りつめた亀頭に、レイラは執拗なくらいキスを繰り返した。裏側の敏感なところに柔らかい唇が当たるたび、震える声が漏れ出てしまう。上目遣いに様子を窺うレイラの横顔は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように輝いて見えた。
「こうやると気持ちいいでしょ? ずっと木の実で練習してたんだ。それじゃ、いただきまーす!!」
 先端に唾液を落としながら、まるで大蛇が獲物を丸呑みにするみたいに、ひと思いに口に含んだ。
「くうぅっ……!!」
 何度も妄想したことがあったフェラ。でも、実際はこんなにも……!!
 手とはまた違った、ぬらぬらと細かく洗われるような感覚。レイラの舌遣いは、言うだけあって相当鍛錬されているみたいだった。先端からつけ根までじっくりと嬲るように舐めたと思うと、折り返しは射精を促すように勢いをつけてこすり上げる。唾液を亀頭のすぐ裏の窪みに流し込み、舌でかき混ぜ全体に塗り広げる。
 おれの反応が気になるのか、時折横目で顔を覗いてくる。その潤んで艶のある視線は、きっとほかの男がしてもらえるものはないんだろう。おれは今、こんな理想の女の仔に奉仕されているんだな……。
 気持ちを代弁するかのように、再び肉棒がビクン、と反応する。先端からはじき出された粘液が、レイラの唾液と混ざって怪しく輝いた。
「あは、またおっきくなったね! はうっ、これじゃお口に入りきらないよぉ……。先走りのお汁がどんどん出てくるよ? 感じてくれているんだね、嬉しいっ! もっと頑張っちゃうね!」
「おおぅっ!?」
 完全に勃起しきった肉棒に、レイラは嬉々としてむしゃぶりついた。口に含むだけでなく舌先で尿道口をつついたり、舌を全体に巻き付けたりして責め立ててくる。
 レイラはただでさえ可愛い。その彼女が完全に発情しきった顔でおれのものに頬張りついている。込み上げてくる興奮に、いつも達する直前の、つけ根あたりに感じる違和感がすぐそこまで迫っていることに気付かなかった。
「ちょ、離して……!! 射精()そう!!」
「好きなときに、好きなだけ出していいんだよ? わたしの顔にかけても、口の中にびゅっびゅってしても。ほらほらガマンしてないでさぁ、わたしもせーし作るの手伝ってあげるから」
 口で奉仕しながら空いている左手をおれのパンツに突っ込んだ。優しく包むように陰嚢を揉む。大きな手でゆるゆると刺激されると、さっき感じた違和感がより一層強くなっておれを襲ってくる。
「ふあっ、おちんちん、大きく反り返って、根元もカリもものすごく膨らんでるっ! もう射精るんだよね? ひとりでイくとき、いつもそんなカワイイ顔してるもんね?」
「あ、で、射精るうッ!! の、飲んで……!!」
「いいよ、来て、せーし、むちゅっ、まもる君のせーし、わたしの口にいっぱい射精して!?」
 果てる直前、レイラははち切れそうな肉棒を根元まで咥え込んだ。先端に彼女の歯が当たって一瞬裂けるような痛みが走ったが、それさえも射精を促す刺激にしかならない。突っ込んだ亀頭に感じる喉奥の粘膜の感触は内臓のそれのようで、彼女の下腹部にある雌の器官を想像させた。
「ぐうぅぅぅっ!!」
「――んんッ!!」
 腰を跳ね上げながら、喉の奥の方へ精を送り込んだ。後ろに倒れないように右手で身体を支える。
 苦しくないのだろうか、レイラが肉棒を吐き出そうとしないので、完全な口内射精になってしまった。大量の精液が彼女の口の中にぶちまけられる。
 何回脈動したのかはわからない。意識を保つのがやっとだった。
 かろうじて開いた眼に映ったのは、いとおしそうに肉棒を頬張るレイラの横顔。飲むのが間に合わず、口の中に溜まった粘液が唇の隙間から漏れ出てくる。それをもったいない、とばかりに左手ですくい、喉を鳴らして飲み干した後は粘ついた指を舐めとって見せた。
「えほ、げほ、くるしかったけど、美味しかったよ。まもる君の、出した直後はこんな味なんだね」
 さっきからずっと、この体験は現実のものではないような気がしていた。性に目覚めてから約5年間、ずっと妄想してきた女の仔に無理やりされるという状況が今、現実のものになっていることがどうしても信じられない。
 まるで、夢の中にいるようじゃないか。
 吐精の倦怠感も訪れずに、いまだ頭にはもやが掛かったままだ。手の甲で口許を拭っているレイラをねぎらってやろうとするが、上手くろれつが回らない。
「ぜんぶ、飲んだのか……。苦しくなかっ――うわっ!?」
 絶頂の余韻にひたっている肉棒が、新たな刺激に叩き起こされた。役目を終えて少し柔らかくなっているそれは、たちまち回復して元の硬度を取り戻した。
 口と手についた精液の処理を終えたレイラが、まだ足りないとばかりに肉棒を舐め始めていた。
「これで終わりじゃないんだよ? まもる君も分かっているでしょ?」
 射精直後で敏感になっているそこは、レイラの舌がいちど這い回るたび、熱い風呂から出たとき感じる立ちくらみのような感覚に襲われる。じれついた意識が戻るころには、肉棒はレイラの唾液で磨きあげられたみたいになっていた。
「はあ、待って、ちょっと休ませて」
「何言ってるの、おちんちんガチガチにして、まだ出したりないよ、って言っているようなものでしょ? いつもは2回とか連続でしてるから大丈夫だよね? それにわたし、なにもしてもらってないからもう我慢できないんだよ?」
 見えない縄でひと繋ぎにされた手と手をぎゅっと握って、レイラはおれの耳元で囁いた。
「わたしのあそこ、オモチャじゃなくてまもる君のでいっぱいにしてほしいな」
 そう言われて、首を横に振ることなんてできるだろうか。
 右手をレイラの身体に回し、ぐっと引き付けた。みずみずしい彼女の唇とおれの厚い唇がぶつかって潰れる。レイラの上ずった鼻息を顎のあたりに感じる。彼女が目を伏せ、おれも目を閉じた。キスに全神経を集中させた。
 レイラの唇は見た目以上に――肉棒で感じた以上に柔らかかった。レイラの全身がそういった素材でできているんじゃないかってくらいだ。
 その隙間から、唇よりももっと柔らかい舌が出てきて、おれの口の中に侵入してきた。もちろん拒むはずもない。おれも舌を突き出し、互いの舌を交差させる。舌の腹に伝わる粘膜の感触、きれいに整ったの歯並びを確認し、舌の動きを追っているうちに、もう何が何だか分からなくなってくる。ただ気持ちいい。なにか大きな波に飲み込まれそうになっている気がするけど、それを乗りこなすすべはない。ならいっそ、飲まれてしまえばいい。
「レイラ……」
「なぁに、まもる君」
 無意識に彼女の名前を呼ぶと、それに応えたレイラの声にはいっそう悦が入っている。もっとお互いの身体を密着させたい。レイラの背中に回した右腕で彼女の頭を支える。唇と唇が密着し、息をするのも苦しくなる。
 レイラも同じような気持ちだったらしく、繋がれていない左手をベッドに突いて這い上がると、そのまま左脚をおれの両腿の間に入れてきた。手が切なく何かを求めるようにおれの腰に回されて、彼女の身体とおれの身体がぴったりとくっついた。おれの腹のあたりに彼女の柔らかい半球が押し当てられ、しっとりと潰されていく。全身でキスしてるみたいだ。
 ぐり、とレイラの膝上に肉棒が押し付けられる。ぴんと張りつめた先端から新たな透明液がにじみ出て、彼女の太腿を汚す。こらえきれない笑いが身体の奥から漏れ出したように、レイラの顔がさらにほころんだ。
「大好きまもる君、大好き、大好き、大好き!」
「ああ、おれもだ」
 そのままおれたちはきつく抱きしめあった。唇同士を何度かぶつけ合って、もう満足したのだろう、レイラは膝立ちになり、おれの肩を掴んで少しだけ身体に隙間を作った。それさえも惜しいと思ってしまう。
「じゃ、続き……しよっか? わたしのなかに入っているアレ、取ってくれる?」
 アレ、というのはもちろんローターだ。おれは彼女の背中に回した右手を少しずつ下げていく。しまりのよい脇腹、腰、そしてお尻。そこを通過したときに彼女が「あっ」と喘ぐから、おれは思わずそのあたりを撫でまわしていた。
 レイラの身体を自分から触りにいくのはこれが初めてだった。おれのものと比較にならないほど艶の良いその肌は、肌理(きめ)が細かく、染みも傷も、黒子(ほくろ)ひとつなく、まるで今日おれに触ってもらうために保存されていたかのようだった。
「ふふ、まもる君、上手いよ。でも……焦らさないでね?」
 そうだった。おれはローターを引き抜いてやるんだった。足踏みしていた右手を、形の良い尻からさらに下へずらす。股の間に触れた、腫れた唇のような感触でその存在がわかった。裂け目の下からじっとりと指を食い込ませる。
「ぞくぞくする……。そう、もう少し前……あっ! そこ、そう、もうちょっと上……んああっ!!」
 背中を反らせて手助けしてくれるレイラがいじらしく喘いだ。指が陰核に当たったようだった。それが面白く、おれがわざとほかの位置に指を運んでいると彼女に恨みがましい視線を送られてしまった。早くしろ、と目で訴えてくる。
 ローターのコードを掴んで優しく引っ張ると、内部からの刺激が変化するようでくすぐったそうに声を上げる。秘所も指を咥えたまま大きく蠢いて、まるで赤ん坊に指を舐められているみたいだ。
 ここに肉棒を突っ込んだらどうなってしまうんだろう。そう思うと、股間にもういちど血液が充填され、筋肉が痙攣する。そのたびに跳ね上がった肉棒がレイラの膝を叩き、興奮を手に取るように伝えてしまうから、おれは思わず苦笑いした。
「こう、かな?」
「ひゃっ!?」
 前置きなしにレイラの下腹部を押し、震えるローターに肉壺の内壁を押し当ててやると、彼女の身体が派手に跳ねた。倒れかかってくる上半身を受け止めると、レイラの顔がおれの左肩にかぶさり、重心がずれておれの背中から柔らかいベッドに沈み込んだ。
 ユリの香りと、レイラの微かな体臭が鼻をかすめる。重なった胸から彼女の乱れた動悸が伝わってくる。たぶん、おれの心臓も激しく拍動しているだろう。
「もうダメ、おかしくなちゃう! 早く、早くまもる君のおちんぽちょうだいッ!!」
「でも、引っ張っても玩具が取れないぞ」
「わたし、初めてだから、入り口が狭いの。無理やり引っこ抜いたら裂けちゃうかも。入れるときも苦労したんだよ?」
 掻き回しても奥がわからない原因はそれだった。いわゆる処女膜というやつか。ローターを抜くとき、無理に力を加えてしまえば膜が破れてしまうかもしれない。破瓜の痛みは想像を絶するらしい。レイラもそれを意識したからか、寄りかかった彼女の肩がこわばった。
 怖い思いをしているなら、さっさと抜いて気持ちよくさせてやろう。
 奥へ奥へと潜り込もうとするローターの尻尾を指先でつまみ、何度か角度を調整しながら引っ張ってやる。突っかかりのない方向を見定めると、怖がるレイラの首元にキスをしてやった。
「抜くよ? 3,2,1……」
 勢いをつけてコードを引っ張った。
「ひあぁっ!!」
「大丈夫?」
「……うん、ちょっとびっくりしただけ」
 ひと思いに抜いたローターにつられて、彼女の全身の力も抜けてしまったようだ。上体だけ持ち上げて、そっと唇にキスをする。どうやら上手くいったみたいで、レイラの表情にも安堵のいろが見えた。
「じゃ、本番ね。手が繋がっているとやりにくいから、切っちゃうね。信じて」
 そう言われて、おれは彼女の手元を見た。ポケットから何かを取り出す仕草。それを親指と人差し指の先端にはめて、握る動きと開く動きを交互に繰り返しながら前に押し出していく。それを束ねられている手首の横に押し当てて、力をこめる。
 切っちゃうといったら……これは鋏だな。
 おれが思った瞬間、ぱちり、と軽快な音がしたような気がして彼女の左手が閉じられた。同時に今まで繋がれていたおれたちの手が解かれ、動かせるようになる。
 無意識のうちに自由になった両手でレイラをもういちど抱きしめていた。彼女もぎゅっと抱き返してくれる。
「これで準備ばっちり。さ、やろ?」
 彼女が鋏を創りだす間じゅう、一時的に夢から目覚めたように意識がはっきりしていたけれど、彼女の「やろ?」のひと言で、再び夢心地に戻されていた。
 どうしておれたちは腕を繋がれていたんだっけ? まあいいかそんな些細なこと。
 おれはローターのスイッチを切り枕元に投げ、彼女もいらなくなった鋏を捨てた。






 対面するように座りなおすと、確認のために軽いキスをする。ああ、おれはこれから童貞を捨て、彼女も処女を捨てるんだ。小学校からずっと愛し合ったふたりがお互いに純潔を捧げる。これが正しい愛の形なんだ。
 体重を掛けると、やっ、と短い吐息を漏らして、くすぐったそうにレイラはシーツに倒れてくれた。彼女の細い太腿に手を添えて腰を割り込ませようとすると、察してくれたように股を開いた。その中心部に自分のものの先端をあてがい、慎重に力をかけ始める。
「わたし、まもる君に初めてをもらって欲しくて、今日の日を、このときをずっと楽しみにしていたんだよ? 辛いときも悲しいときも、この瞬間のためにわたしは生きてきたんだもん。それが、やっと叶うんだ……!」
「おれも、こうなることをずっと待ち望んでいたよ……」
 腹を引くと、散々焦らされたレイラの秘所が、彼女の指の肉球で引っ張られ蠢き、おれの肉棒を求めているのがわかる。彼女の呼吸に合わせて脈動するそこに、先端が少しずつ飲み込まれていく。
 緊張からか、レイラの肉は凝り固まってそれ以上の侵入を阻んでいた。引き抜いた玩具よりもひと回り太い肉棒は、やすやすと食い込ませることができないみたいだった。
「レイラ、力を抜いて」
「ひいいっ、あ、ちょっと痛い……。身体がふたつに裂けそうだよ……?」
 挿入する角度を変えて押し付けてみても、肉棒はそれ以上進まず、レイラも痛みが大きくなっているようで、眉間に皺を寄せ身をのけぞらせている。瞳にうっすらと溜まった雫は、嬉し涙ではないみたいだ。
 レイラの表情がだんだんと恐怖に侵食されていく。このまま躊躇っていれば、彼女の痛みが長引くだけだ。レイラを幸せにするのが、恋人であるおれの責任なんだ!
「ちょっとだけ、我慢しててくれ……!!」
 片手は彼女の腰をしっかりとつかんだまま、もう片方の手でレイラの球体の肩を押さえつける。重心を頭の方に傾け、勢いをつけて腰を跳ね出した。
「あひゃううっ!」
「ごめん、痛かったよな……」
「すっごく硬いのがお腹に刺さってちょっとだけ痛いけど、まもる君のだって思ったら我慢できる。……その顔、そっちはもう我慢できないんでしょ。動いて大丈夫だよ?」
「じゃあ、少しずつ……!!」
「うん、うっ……んあっ!」
 初めて体感する女の仔の膣に、もちろん気を使ってあげられるような余裕なんてなかった。きっと処女を喪ったばかりなせいで締め付けが強いのだろうけど、その分(ひだ)状の膣肉が妖しく蠢いている感覚がありありと肉棒に伝わってくる。
 くるまれているだけで脳が痺れるほどの快感なのだ、ひとたび腰を動かしてしまったら何も考えられなくなる。雌の体内に精を残したいという動物的な欲求のおもむくまま、発情した獣みたいに肉壺を貪る。
「ふぅっ、ふぅっ、ふぅっ!!」
「あっ、はっ、ねぇ、まもる君も気持ちいいよね? わたしだから気持ちよくなってるんだよね? そうだよね、ねっ?」
 レイラの肩を両手で鷲掴みにし、ベッドに押し付けるように肉棒を穿(うが)ちこむ。自然と跳ね上がった顎の下から大粒の脂汗がしたたり落ちる。溺れたポケモンが水面から顔を出して呼吸するように、うわの空で荒い息を繰り返す。
 もうすぐだ、もうすぐでイきそうだ。今までに味わったことのない途方もない快楽が、すぐそこに待っている。でもまだだ、まだ我慢できる。付け根に走る射精感が極限に上り詰めたところで引き抜けば問題ない。限界まで余すことなく膣肉を味わい尽くしたい。
 制御しきれない筋肉の痙攣がすぐそこまで来ていた。とどめというところで腰を大きく突き出す――ことはできなかった。
「ふーっ、イく、イっ……?」
 下半身がピクリとも動かない。下を向けば、顔を覆っているレイラの大きな掌の指の隙間から、雨の中置き去りにされた仔犬みたいな双眼が覗いていた。片手の指をぴんと立て、そこから強力な念力が発せられている。達する直前のところで手が届かないもどかしさが募り、なんで、とおれは口に出しそうになった。
「ひどいよまもる君、自分だけ気持ちよくなろうとするなんて。ちゃんとわたしを見て? わたしを信じて?」
「あっ……ごめん、つい夢中になった」
「それだけわたしの膣内(なか)が気持ちよかったってことだよね? うん、今回は許してあげるから、次は一緒に気持ちよくなろ? まもる君のこといっぱい勉強してきたから、その成果を見させてほしいな」
 レイラの切なそうに訴えてくる視線に射すくめられ、おれの爆発寸前まで昇りつめた肉棒はちょっとだけ理性を取り戻した。彼女の背中に腕を回し、抱き上げるように持ち上げる。互いに見つめあうように座る姿勢になる。肉棒に与えられる刺激が変化するのに気を取られていると、それに気づいたレイラは悪戯っぽく笑い、キスをしながら体重を預け押し倒してきた。
 彼女が馬乗りの体勢になって、しばらく口づけを続ける。これならおれがひとり先走ることもない。
「じゃ、いくよ……?」
 熱のこもった吐息を合図にレイラは腰を振り始めた。自分で動いているときには感じられない、極上のマッサージを受けているような感覚。この上なく可愛い理想の女の仔に気持ちよくしてもらっているという最高のシチュエーション。力の入れ方すらわからない、崖から足を滑らせたようなどうしようもない浮遊感。
「ちょちょちょ、ちょっと待って! これ、良すぎてすぐに射精ちゃいそうだ!!」
「わたしは膣内に射精してくれた方が嬉しいんだけどな?」
「それは流石にまずいって!」
「じゃあ……もう1回だけ信じてね?」
 硬直しきった肉棒を下腹部から名残惜しそうに吐き出すと、レイラは懐からまた何かを取り出す仕草を見せた。5センチ四方ほどの薄いなにか。それを指で軽く弾き、端らしい部分をつまみ丁寧に破く。中からよく伸縮するものを――
 なるほど、そういうことか。
 もはや分かってるよね? とでも言いたげに、レイラは勃ち上がる肉棒の先端にコンドームを押し付けた。
 肉棒を薄い皮が覆っているはずなのに、その感覚がまるでない。最新の科学技術をもってしても、この薄さは再現できないだろう。なんせ目に見えないほどなんだから。
「大丈夫、まもる君が『着いてる』って信じていれば――わたしをちゃんと信じていれば、せーしが飛び出しちゃうことはないんだよ?」
 分かっているよ、というふうに目で頷くと、レイラも同じように微笑み返してくれた。根元まで指でしっかりとなぞりつけると、肉棒を離さないままおれの上に覆いかぶさり、先端と膣口を重ね合わせた。
 さっきまではベッドに膝をついて下半身を揺り動かすように乱れていたけれど、今度はシーツにしっかりと足を立たせ、腰を落としてくる。構造上柔らかい股関節は大胆に開かれ、結合部が丸見えになっている。レイラの不規則な呼吸が身体全体と連動し、焦らすような快感を送り続けながら蠢く膣の形がよくわかる。
 再び迎え入れられたレイラの肉壺は、ゴムを付けたはずなのに伝わってくる感覚が鈍麻することもなく、むしろ敏感になっているような気さえする。これで心置きなく射精できると分かっているからか?
 なんにせよ、もうこれでおれの中に残る障壁(バリア)はなくなったのだ。あとはこのまま最後まで突き進めばいい。
「これならいつイっても問題ないね。わたしも我慢できないし、激しくするよ?」
 レイラももうすっかり快感で頭を埋め尽くすことしか考えられないみたいだ。だらしなく吊り上がった口の端から可愛らしい舌がのぞく。締まりきらない唇のあいだから唾液が流れ、口許を汚している。緩んだ頬はたおやかに膨れ、とろとろになった瞳もあいまって嬉し泣きをしているような表情に見える。おれも同じくらい呆けた顔をしているだろう。
 じゅぶっ、と音が沸き立つほど勢いをつけて腰を上下に振る。スクワットのような負荷の大きい運動。おれの腹の横に着いた細い腕のあいだから、肉棒がレイラの腹の中を行ったり来たりするのが見える。カリが現れ外れそうになる寸前のところで引っ込み、厚ぼったい肉筒が根元まで覆い隠す。肉壁の荒々しい快感とともにまた引き上げる。その繰り返し。
 花の蜜を吸い取る卑しい虫のように、レイラの肉壺は蠕動(ぜんどう)していた。気持ちよさを上乗せするように、片手でぷっくりと膨らんだ陰核をこね回す。指に付着していた愛液が肉芽に塗りつけられ、妖しく輝いて見えた。
 腰が勝手に浮かび上がる。もうすぐそこまで限界が来ていた。
「うお、すごい……ッ!! 締め付け、がッ……!!」
「まもる君の、すご、しゅごいぃっ!! いちばん奥、つっついて来るのぉッ!!」
「あっ、おれ、そろそろ……!!」
「んあひっ、わたしも、あっ、わたしもイっちゃう、イっちゃうよぉ……!!」



「すみませーん、先生いますかー?」



 おれとレイラの激しい動きが、荒い呼吸が、その場でぴたり、と固まった。相手の息を飲む音が聞こえてくるようだった。さっきまでひっきりなしに流れていた汗の上に、違った種類の脂汗がどっと噴き出してくる。
 夢から無理やりたたき起こされたみたいだ。機能していなかった脳みそに急速に血液が循環していく。
 まずい。
 こういうとき、案外冷静に頭脳が動くもんだ。けれど、それが冷静な行動に繋がるとは限らない。誰かに見られるのが運命であるとばかりに、身体が固まって動かせない。
 ここが保健室だということを忘れて喘いでいたのだ。思えば今まで誰も入ってこなかった方が不思議なのかもしれない。ともかく、この状況を見られちゃまずい。高校生が学校でことに及ぶなんて、深夜のワイドショーでも取り上げられないくらい過激だ。バレたら退学程度じゃ済まないかもしれない。



「あのー?」



 保健室の入り口からもういちど声が響いた。引き戸の乾いた音がして、それから滑るような足音が続く。
 入ってきた……!!
 反射的に助けを求めてレイラを見ると、彼女も同じように頭が真っ白になっているようだった。みるみるうちに萎んでいくおれの肉棒を下に咥えたまま、馬乗りの状態で動けないでいる。
 それでも何か閃いてくれたらしく、おれに伝えようと震える口をぱくぱくさせた。

 信じて。

 それだけで十分だった。俺が頷き返したのを確認すると、レイラは音を立てないようさっと身体を退け、ベッドのふちに向かって手を突き出した。
 何度も見たことがあるからすぐにわかる。レイラの得意な(パントマイム)だ。
 みるみるうちに四方に透明な壁が現れる。最後に天井に蓋をして、彼女はベッドの上に密室を創りあげた。
「……これで大丈夫」
「ッ!!」
 レイラがいきなり声を出すもんだから、おれは慌てて彼女に飛びつき、後ろから口をふさごうと手を回した。
 きゃ、と短い嬌声を挙げて、レイラはおれの右手に手を添える。
「ちゃんとわたしを信じてよ? わたしの特性、忘れちゃった?」
 バリヤードの特性は……テクニシャン。と、防音。なるほど壁で音までも防いだってことか。なかなかにテクニカルだ。
「でも、壁はスケスケだから、カーテンをめくられちゃったらバレちゃうね」
 カーテンを取り払われない限り醜態が露呈することはないらしい。それでもおれは姿の見えないそいつに見透かされているようで、まったく落ち着かなかった。
 どうかすぐ出ていってくれ……!!
 そわそわするおれを振り向いて、レイラがくすくす笑った。
「なんだか昔、まもる君と秘密基地で遊んでいたときを思い出すね」
「そう、だね」
 いや、そんなことを言っている場合じゃない! とにかくさっさと用事を済ませて奴が立ち去ってくれるのを願い、息を殺して待つしかない。



「足首捻っちゃって、湿布貰いに来ました。って誰もいないのか? 失礼しますよ……っと」



「向こうの声は聞こえるけど、本当にバレてないんだろうな?」
「そういうふうにしてあるから、大丈夫。 あっちにわたしたちの声は届かないよ?」
「本当か……?」
 レイラの力を疑うわけではないけど、やっぱりもどかしい。カーテンの向こうに感じる気配を探ろうと意識を集中させると、声がより鮮明に聞こえてきた。
「勝手に探していきますよ……?」
 その男勝りな声色には聞き覚えがあって。思わずポロリと言っていた。
「……シミヅ?」
 間違いない。コジョフーだった頃から毎日のように聞いていた、シミヅの声。進化したときに「さらに男っぽくなったね」なんて茶化したら、かなり本気めのローキックを叩き込まれたことがあった。それから何日かは口を利いてもらえなかったから、「進化して大人びたんじゃない?」とか当たり障りのないことを言って機嫌を取ったんだった。
 どうしてか、すぐそこにいるのがシミヅだと分かった途端、くすぶっていた背徳感が腹の底から突沸し、思わず息を詰まらせた。
「シミヅって?」
 すぐ隣から、抑揚を潰したレイラの声がした。
「シミヅって、だれ? みーちゃんのこと?」
「……どうした?」
 みーちゃん、とは懐かしい響きだ。思い出した、彼女は小学校の時までそう呼ばれていたが、中学に上がってからは本人が恥ずかしがるようになり、周囲も自然と名前で呼ぶようになったんだ。もともとおれは名前を呼び捨てにしていたのだが、みんながシミヅシミヅと言うようになってなんだか寂しかったのを覚えている。
 けど、どこでそれをレイラが知ったんだろう。学年がひとつ違って、彼女との接点なんてなかったはずなのに。
「ともかくここから抜け出そう。シミヅに見つかったら、明日にはクラスのみんなが知るところに――ひッ!」
 レイラが、おれの肉棒を愛撫していた。ひょっこりと現れたシミヅに連れられて現実に帰ってきたおれを、レイラは強引に夢の世界へと引きずり戻した。
「わたしとセックスしてたんでしょ? 続き、しよ?」
「今はそれどころじゃ……!!」
「でも、壁創っちゃったから、出られないよ? 出ようとすれば物音で気づかれそうだし。それよりこの状況、ドキドキするね? 一緒に行った修学旅行の夜、布団にもぐっておしゃべりしたこと思い出さない!?」
「……っ!」
 覆っているはずのゴムをぱっと脱がせ、萎えきった肉棒に悪戯っぽく笑うレイラの唇が押し当てられる。現金なそれは、徐々に硬さを取り戻しつつあった。
 気兼ねしなくてもいいと思ったのか、レイラは必要以上に音を立てて(なぶ)った。それがまた脊椎を揺さぶられるほど気持ちよく、いつ隣にいるシミヅに知られてしまうかわからないという緊張感が、さらに肉棒を硬化させた。べちゅ、と歪んだ水音に混じり、タイルを擦るシミヅの足音が近づいてくる。
「レイラ、まずい、見つかるって……!!」
 快楽と理性の摩擦で焼き切れそうな声で訴えたが、レイラは搾り取るような動きを止めようとせず、むしろ責め立てるように激しく擦る。見つかっても別にいいんだよ、なんて顔をして、舌をちろっと出して見せた。
「ッ~~~!!」
 せめておしゃぶりをやめてくれ、なんて思いは言葉にならず。
 おれの危機を知る由もないシミヅは、カーテンに手をかけ――
 しゃっ。
 それをめくってしまった。おれの醜態はシミヅに見つかってしまう――こともなく。どうやら彼女は隣のカーテンを開けたようだった。廊下側のベッドの枕元には薬棚があって、そこの薬瓶がかちゃかちゃぶつかる音が聞こえた。
「どうしたのまもる君、わたしが舐めてるのに柔らかくなってきたよ? もしかして緊張してる?」
 肉棒に響く刺激は弱まる様子を見せないが、意識が別の方向を向いているからか達することができず、飼い殺しにされているようだ。いったん隆盛となったおれの理性が、シミヅの言葉をしっかりと耳に捕らえていた。
「にしても衛はおそいなぁ。今頃あのバリヤードとイチャイチャ……なんてね。あの鈍感な衛に限ってそれはないか」
 諦めるようにつぶやくと、シミヅはベッドに腰掛けたようだった。穏やかなスプリングの軋む音が響いてくる。小さな溜息、そして沈黙。微かな布擦れの音。
「……んあっ……」
 ……!?
 まさか!
 レイラのものでもおれのものでもない、押し殺したかすれ声。直感的に、それが何を示しているのか分かった。分かってしまった。
 シミヅが、隣のベッドで自慰を始めたに違いない。おれの予想は、すぐそのあとから聞こえてきた彼女の押し殺した喘ぎで確信に変わった。
「……衛? だ、ダメだよこんなところで……んあっ、ちょっと衛ってばっ……!!」
 求めるようにシミヅが叫ぶのは、おれの、名前。取りもどした理性で中途半端に柔らかくなっていた肉棒は、シミヅのあられもないうめき声だけで見る間に肥大していった。ごくり、と無意識につばを飲み込む。
 え、なんで、そんなことあるわけない!? いつもおれをおちょくってばかりで、女らしい仕草なんて微塵も見せたことのないシミヅが、なんでおれの名前を叫んで喘いでいるんだ!?
「まもる君」
 すぐそばで、シミヅの熱を帯びた嬌声とは真反対の、聞いた者の生気を奪ってしまいそうな冷徹な声がした。レイラだった。さっきまでしゃぶらせていたというのに、おれは何だか急に恥ずかしくなって、シミヅの声だけではちきれそうになった肉棒を手で隠す。
「ねぇ」
 おれの肉棒を離し膝立ちになったレイラは見えない壁に両手をついたまま固まって、カーテンの奥で身を丸めて悶えているだろうシミヅの方向を見つめていた。その後ろ姿はまるで木の枝に張り付いた虫の抜け殻のようで、指で強く押してみればぱりぱりと音を立てて崩れ落ちてしまいそうだった。
「ねぇ」
 うわ言のように繰り返す言葉は、さっきよりも数段語気が強まった気がした。ぐちゃぐちゃになった思考の中で、鐘を打つようにレイラの声が脳に響く。
「……なに」
「ねえ」
 こっちは振り向かずに、またおれの声が聞こえないみたいに、レイラは壁に向かって「ねぇ」と囁き続けていた。その表情がどうなっているのか気がかりで彼女の肩に手をかけようとすると、こっちを向かずに、
「まもる君はみーちゃんのことどう思ってるの、みーちゃんとどういう関係?」
 と、ひと息に言った。
 カーテンの奥から、「衛、待って、ワタシのことどう思ってるか……ちゃんと聞かせて?」と呟くシミヅの声が聞こえる。
 シミヅをどう思っているかだって?
 そんなの小学校からの腐れ縁だ。家が近いから毎日一緒に帰って、たまにお邪魔して一緒に遊んで。同じ中学に上がって、クラスが違うのに毎日弁当を一緒に食べて、いじめで泣かされた彼女の仇を討って。おれが遠くの高校に行くと打ち明けたら、それまでそんなそぶりはなかったのに暇だから受験勉強するとか言いだして、苦手なのに必死に勉強して、なんだかおれのせいで頑張らせているみたいで申し訳ないから手伝ってやって。入学したらなぜだかおれと一緒のヨガ部に入って、毎日休み時間になると隅の席で駄弁って、購買にパン買いに行って、笑いあって、たまにケンカして。
 あれ?
 おれ、いつもシミヅと一緒にいるな。
 思えば、高1のときに無理やり好きな仔を作って、告白して、それをシミヅに報告させられてふたりで笑いあっていたのも、もしかしたらシミヅの心を確かめるためだったのかもしれない。
 おれのシミヅへの想いが変わらないのと同じように、シミヅの気持ちも変わらないでいるってことを。
 おれは、シミヅのことが好きだ。
「ありがとう、やっと、気づいてくれたんだね……」
 すぐ隣から聞こえるシミヅの声。
 自分の気持ちを認めてしまえば、わだかまった感情すべてがするするとほどけていくような気がした。いつからシミヅの存在がおれの中で大きくなっていたんだろうか、それはわからない。時間が経つにつれ、シミヅへの強烈な想いは、いちどもシミヅに告げられることなく、といって胸に秘め続けられたわけでもなく、花瓶に差したユリの花のようになんとなくそのままにされていた。シミヅを強く思い続けるということが自分のアイデンティティになっていくにつれて、その気持ちのありようについて考えることをサボって、ただなんとなく満たされているような気になって、ずっとこれからもこうであるんだな、なんてぼんやり考えていた。それが周りの目線とか、シミヅの態度とかに対してあまりにも心地よい距離感で収まってくれたのにあやかって、おれは何もしてこなかった。
 つまり、怖かったんだ。シミヅへの告白が成功するにせよ失敗するにせよ、彼女との関係が変わってしまうことが。
「嬉しい……。ワタシ、衛がこうしてくれるのをずっと待ってたんだよ……」
 思いのたけを告白する機会は何度もあった。友達がみんな帰ってしまったあとの夕暮れの公園で、ふたりでブランコに揺られていたこともあった。一途な恋模様を描いた映画をふたりで見に行ったこともあった。クリスマスの夜、恋人がいない者同士「慰めあい」と称してふたりで手をつないで大きなツリーの下を歩いたこともあった。「こうしていると、ワタシたちも恋人同士みたいに見えるのかなあ」なんてシミヅが寂しそうに微笑んだときなんて、絶好のチャンスだったのに。それでもおれはへらへら笑って、「うん」とか「そうだね」とか「雪が降ってきたな」とか間抜けな答えを返して、自分を衛っていた。自分の心地よい距離感を衛っていた。
「お願い衛、名前で呼んで。『好き』、って、ちゃんと言って?」。
 今なら言える。ごめんな、こんなに待たせてしまって。
「おれ、シミヅのことが大好――」

 ばちん!

 右の頬を、平手で思い切り打ち抜かれた。
 ……は? 脳を揺さぶる衝撃を理解する前に白い両手が伸びてきて、おれの頭を押さえこんだ。間髪入れずに伏した顔が迫ってきて、その距離がゼロになった。
 果実を押し潰すような激しいキス。べしょべしょになるのも気にならないくらい唇同士を押し付けて、厚ぼったい舌を絡ませてくる。じゅるじゅるとわざとらしく音を立てておれの唾液を吸い上げる。はぁ、と荒い鼻息が首元にかかる。むせ返るようなにおいが脳髄をぐずぐずに蕩けさせる。
 反射的に引き離そうとすると、意志を持った磁石のようにくっつく力が強くなって、身体と身体がさらに密着した。
「待ってくれレイラ、おれは本当は――うがっ!!」
 レイラの右手が、好きなひとを想い最大限に勃起した肉棒を激しく擦った。おれの身体がびくん、と跳ねる。愛撫なんて言葉の似つかわしくない、ただただ精を搾り取るような、荒々しい手の動作。
「好き、はあ、大好き、まもる君大好きだよ、っはああっ、好き好きスキスキスキッ!!」
「――――ッ!!」
 上と下を同時に激しく責め立てられ、限界を訴える隙もなく、散々責め立てられてきた肉棒は熱い手にくるまれてあっけなく果てた。レイラの掌に猛りの奔流が打ちつけられ、指と指の隙間から押し出されたそれがどろり、と垂れ落ちる。
「まもる君のせーし!! わたしの、わたしだけの、みーちゃんなんかには絶対に渡さない、わたしのためだけのまもる君のせーし!!」
「レイ、ら……?」
 付着した精液を貪るレイラの姿を、おれはどこか遠いところから眺めていた。
「ね、して!? 今すぐここで、わたしの膣内に出して!! わたしだけを愛して!!!!」
 膝立ちのまま左手を見えない壁について身体を支えながら、レイラは汚れた右手で自分の尻の肉を持ち上げ、おあずけを食らった最奥をさらけ出した。舐め損ねた白液が肉壁に染み出して、ぬめり、と妖しく光る。完全に上気した顔で振り向いて、とろとろになった眼でおれを誘う。
 戻りかけた理性なんて、それですべて吹っ飛んでしまった。
 乱暴にレイラの腰を掴むと、勃ち直ったばかりの肉棒をがむしゃらに突っ込んだ。ぶじゅ、と溜まった愛液が飛び散り、乾きかけたシーツの染みをまた広げていった。
「うう゛っ……!!」
「あっ、来たあッ! わたしだけの専用おちんぽ、ナカに入ってきたァッ!!」
 バックで結合したからか、張りつめた肉棒はあっけなくレイラの秘裂の最深部にまで突き刺さった。鍵が鍵穴に収まるようにぴったりと合致し、引き抜こうとするとロックがかかったようにとてつもない抵抗がかかる。無理に抜去しようとすると肉棒全体が肉壁に鷲掴みにされ、さっき結合したときよりも(ほとばし)る快感が段違いだ。
「んあっ、いいッ、そこ、まもる君の、さっきよりも、ひッ! 奥に、奥に来てるの!! お願い、もっと激しく、あッ!! 激しくキてぇぇぇッ!!」
 反り返るレイラの腰に腹を乗せ、小刻みに奥を責め立てる。あっあっあっ、とちぎれたように喘ぐ表情が気になって、おれはさらに身体を押し付けた。右手で腰をつかんだまま、もう片手を彼女の顔のすぐ横の壁に着き、ずり上がってきたレイラの身体を壁とおれの胸でサンドイッチする。体重を支えていた彼女の右手が、壁に額をつけたおれの顔の下に通され、外側から頭を包み込んでくる。左に向けたおれの眼と、左頬を壁に潰されたレイラの眼とが濃密に絡み合う。頭に添えられた右手に力が入り、近づいた顔でさらにキスを交わす。
 口と口から引いた唾液が腰の振動で大きく揺れ、電線のようにおれたちの間の壁に張り付き、垂れ下がった。
「はあっ、あのカーテンのむこうに、小学校からずっと一緒だった女が、んあッ、まもる君のことを想って、オナニー、しているんだよ? ねっ、アッ、見せつけてあげようか? わたしとまもる君がラブラブで、こんなことしてて、きもちイっ、あの女の付け入るスキなんかないってこと、っは、はっきり思い知らせてあげよっかッ!?」
 もう、レイラが何を言っているか半分も理解できていなかった。本能に突き動かされるまま腰を振る。
「衛、いきなりするの……?」また、カーテンの奥から熱のこもった声が聞こえる。「いいよ……。は、初めてだから、優しくしてね……?」
 おれたちとシミヅの視線を隔てるものは薄いカーテン1枚しかない。そこには淡く、しかしくっきりと影が映っていた。壁に張り付いたバリヤードの手と角、すぐ隣にはチャーレムの頭飾り。それらがスクリーンの上で陰影となって、共鳴して淫らに躍動している。
「あっ、あっ、あっ! すごい、激しッ! まもる君のおちんぽ、子宮のいちばん奥でじゅぼじゅぼいってるよッ!!」
 もしシミヅがなにかの拍子に気づいてカーテンを開けてしまったら? 目の前に現れるのはうしろから激しく責め立てられ、透明な壁に押しつぶされ乱れるレイラと一心不乱に腰を打ち付けるおれ。それを見た時のシミヅの表情は、いったいどうなるんだ。
「あっ、衛、お願い、ちょっとずつ……、んあっ!! だめ、いきなりそんな、ああッ……!!」
 好きな男を盗られたことで絶望の色に染まるのか、俗悪な行為に(さげす)んだ視線を送るのか。自慰を聞かれていたことにぱっと顔を赤らめるのか、それとも発情して交じわろうとしてくるのか。赤くなったり青くなったり、様々な顔色のシミヅがおれの脳裏に浮かんでは消えた。おれの知らない表情でおれを見るシミヅを想像するたび、肉棒の抽送運動がいっそう激しさを増す。
「んはあっ、はぁ、あ゛ーッ!! まもる君、イく、イく、おまんこ弾けちゃうよおっ!! まもるく、ああ゛ッ、まもる君のせーし、いっぱいわたしの膣内に、子宮に直接注ぎ込んでえッ!!」
「衛、激し、そんなことされたらワタシ、あっ、トんじゃうよお……!! ま、衛ぅ、大好き、お願い、一緒に、んひぁッ……!!」
 レイラとシミヅの嬌声が同調して、まるで同時にふたりの女の仔を抱いているようだった。おれが激しく突き上げれば、それに応えるように淫靡な響きは大きくなる。大好きだ、と耳元で囁いてやれば、全身をびくびく痙攣させて何度もおれの名前を絞り出す。それに声を重ねるように、おれも最後のうなり声をあげた。
「おれ、もうダメだ!! 射精る!! ぐあぁぁっ……」
「ひゃあああッ、衛ぅ!!」
 最奥に押し付けられたおれの肉棒は、引き絞る膣の圧力に(あらが)い、しなるように爆発した。口を重ねて唾液を送り込むように、子宮口に亀頭の先端をぴったりと嵌め込んで、胎内にありったけの精液を流し出す。
「――――ッ!!」
 白いマグマの噴出は間欠的に10回以上なされ、そのたびに肉棒だけでなく全身を搾り取られているかのような快感にうめき声が漏れてしまう。性器だけでなく、身体全体で彼女に愛を注ぎ込む。
「はーっ、はーっ……。すごい、衛の、気持ちよかったよ……」
「ああ、おれも、気持ちよかった……」
 腹の奥をおれの精液で満たされた彼女は、壁に手をついたままずるずると崩れ落ちてしまった。お尻を突き上げたまま、ベッドについた胸を大きく上下させている。長く息を吐くたびぽっかりと空いた膣が収縮し、中に取り残された白濁がこぼれた。すでに水たまりになっている精の上に落ち、ぱたぱたと粘っこい音を立てる。
 きっとおれと同じように、あまりの快感から彼女も虚脱状態になってしまったのだろう。連続した放出に耐えられず、おれの肉棒もさすがに委縮してしまっている。
 後ろに倒れ込む身体を肘で支えて、口からまだ冷めやらぬ熱気を吐き出す。初めてなのに激しくしてしまった。彼女は大丈夫だろうか。
 浅い呼吸のままこちらを振り返った彼女と同時に目が合う。見つめあっているうちに、ふたり同時に口の端が吊り上がってしまう。快感だけではないだろう。今まで長い間燻らせていた想いをお互いにぶつけあい、愛を確かめあいながらのセックスだ。精神的なつながりの方が、身体の結合よりも何倍も心地よかった。
 だからだろう。その満ち足りた笑顔が、いつも何気なく見ている彼女のそれに重なって。

「大好きだよ、シミヅ」

 がたん、とブレーカーが落ちたような音が、頭の中でした、気がした。
 しまった、と思ったときにはもうすでに遅く。
 おれを振り返っていたレイラの笑顔が、一瞬にして黒に塗りつぶされた。
 目の前が真っ暗になる、という表現は比喩なんかじゃない。レイラの顔にぽっかりと穴が開いて、そこから闇が漏れ出しているみたいに、その表情が確認できない。それをすることをおれの脳が拒否している。
 あまりの痛みに身体が拒絶反応を起こし、気絶してしまうのと同じだ。レイラの顔を見ることをおれの身体が受け付けないでいる。まるでそれを目にしてしまえば、おれがどうなってしまうか分かっているみたいに。
「まもる君」
 ピクリとも動かずに発せられたそれは、呪詛(じゅそ)の言葉だった。名前を呼ばれただけなのに、金縛りにあったようにはっ、はっ、と浅い呼吸を繰り返すことしかできない。自分の体温が高いのか低いのかすら分からず、制御を失った代謝が脂汗をどっと溢れ出させる。恐ろしく細い針を何本も何本も心臓に突き刺されているようだった。
「あっ……ぅあっ……」
「まもる君、信じてたのに」
 のそり、と黒い影が動いた。這いつくばったまま近づき、黒い大きな手が伸びてくる。本を閉じるようにあっけなく、おれはベッドに押さえつけられた。
「わたしは、まもる君のことずっと信じてたんだよ? 小学4年生のときに出会ったあの日からずっと。いとこのみーちゃんにぶたれて泣いていたとき、まもる君、初対面なのにずっと一緒にいてくれるって約束したんだよ? 中学校で離れ離れになっても、また会ったときにちゃんと信じてもらえるように一生懸命頑張ってかわいい女の仔になって。わたしにはまもる君がいたから、ほかの男の仔とはいっさい遊ばなかった。ませた友達がどんどん男の仔と親しくなっていくのなんて全然気にならなかった。まもる君の好きなことはぜんぶ調べて、できることはぜんぶやった。何度かまもる君の部屋に入ったり、携帯の中をチェックしたことがあるけど、気にならないよね? だってまもる君のためにしたことなんだもん。すべてはまもる君のため。まもる君とわたしがお互いを信じあって、見つめあって幸せになるために必要なことだもんね? なのに、なのになんでまもる君は……!!」
 顔に空いた穴がじわじわと広がっていって、もはやレイラの全身が墨のように黒く濁って見える。視界だけでなく意識までも朦朧とし始めた。
「……まもる君がほかの女の仔を見ちゃうからいけないんだ。うん、まもる君かっこいいもん。わたし以外の女の仔が寄ってきたって不思議じゃいないよね。まもる君をたぶらかす悪い虫は、わたしが追い払ってあげないといけなかったんだ。もしそんな奴がいたら、サイコキネシスで目の玉をほじくり出しちゃうね? だってそうすれば、まもる君がこんな思いをすることもなくなるから……」
 真っ暗闇の中で、レイラの口許が薄く吊り上がったのがわかった。黒い手が迫ってくる。
「そうだ、まもる君も、わたしを信じていなきゃ、何も見えない身体にしてあげるね? 今日は許してあげるから、これからはわたしのことずっと、()()()()()()()()?」
「!? ……ゃ、やめっ……!!」
 見てはいけない、信じてはいけない。また、レイラがなにかを創る。それは決してこの修羅場を切り抜けられるものではないことを、おれは分かっている。
 けれど。その黒いまなざしで射すくめられると、どうしても目をそらすことができなかった。
 枕元を探る彼女の左手が、なにか固いものに当たる。
 さっき落とした、はさ……、み……?
 瞬間、彼女の口が、ゲンガーのようにぱっくりと裂けて笑ったように見えた。
「ひぃっ、ごめ、シミ、う、助け……!!」
「ほら、またそうやって、わたしを信じない」
「うああああああああ!!」
 鈍麻した身体を突き動かされたようによじる。重ねた瓦をも割れるような力を込めた腕が壁に当たった。びしり、とひび割れが走り、はかない音を立てて密室の壁は光の粒子に還元されていった。
「なに!? 誰かいるの!?」
 遠くでシミヅの慌てた声。……おれはここだ、助けてくれ!!
「ねぇ、()()()()
 カーテンが勢いよくめくられた。
 意識がぶつ切りにされる直前、最後に見えたのはほとんど無機質に鋏を突き立てるレイラと、その光景を視界に捕らえただろうまさにその瞬間のシミヅの顔だった。






 目が覚めた。見上げる天井の規則的な正方形のタイルに、ひさしの影が長く延びている。
 重い身体をゆっくりと起こす。保健室でかなりの時間寝ていたようで、窓からはのっぺりとした西陽が差し込んでいた。取り替えられたばかりのようにふわふわのシーツが、焼けつくような朱色に染められている。ぶうん、と空調が低く唸っている。
「ん~~~……」
 ひとつ大きく伸びをすると、関節が軋んだ。鼻から吸い込んだ空気にかすかな消毒液の清潔さを捕らえ、意識がじわじわと覚醒してくる。なんだか長い夢を見ていたようだった。
 確か、レイラを部室棟で案内するときに階段で足を滑らせて……それから先は覚えていない。ずっと気を失っていたんだろう。それにしても倦怠感がすごい。身体を動かさないと、すぐに鈍ってしまう。明日からはちゃんと部活に復帰しよう。
 そういえば、シミヅは先に帰ってしまっただろうか。こういうときはいつも決まって待っていてくれていた。流行り風邪をこじらせたことがあって、そのときはわざわざ家まで見舞いに来て「たまたま今日中に読んでおきたい本があったんだって」と本を片手にずっと枕元で看病してくれたこともあった。
 ――どうしてだろう。今日もそんな感じでシミヅが待っていてくれたら、「好きだ」って告白してしまいそうな気がする。
 隣を見ても誰もいない。保健の教員も出払っているようだった。日が暮れる保健室にひとり取り残されるのは、どうしてかいてもたってもいられず、すぐにシミヅに会いたくなった。
「とりあえず、顔を洗うか……」
 独りごちたおれの言葉に返事はない。校舎の外に出れば、知り合いでなくとも誰かに出会うだろう。重い身体を引きずりながらベッドから這い出る。
 ……そうだ、教室にバッグを置きっぱなしだった。いったん戻らないといけない。ついでに合気道場に寄ってレイラがいるか確かめていこう。転ばないよう慎重に、階段に足をかける。
「おーい、誰かいないかー?」
 始業式だから新人生への紹介ぐらいで今日の部活動は終わったんだろう、だだっ広い部屋におれの声が空しく木霊した。保健室よりも奥まったところにある合気道場には西陽はうっすらとしか届かず、闇が渦巻いていた。シミヅどころか部員は誰もいない。
 まだうまく働かない頭で、更衣室に備え付けられている洗面台の蛇口をひねる。ぬるい水が顔を覆い、まだ重いまぶたが少しずつ開いてくる。
「おはよう」
 予想だにしなかった呼びかけに、電流を当てられたかのように過剰に身体がびくっ、と反応した。冷や汗まで出たみたいだ。シミヅ――じゃない。これは、レイラの声。
「はいタオル」
 顔にしたたる水滴を拭い落とそうとして固まった手に、ふわっと柔らかい感触があった。ありがとう、と言いながらそれを受け取り、顔をこする。
「保健室に連れて行ってくれたんだろ? おかげで助かったよ。それに、こんな時間まで待っててくれたのか。でも、どうしてヨガ部の活動場所にいるんだ?」
「ううん、わたしのせいで倒れちゃったようなものだし、待っているのは当然だよ? ここにいたのは、下見のため。わたし、ヨガ部に入ることにしたんだ! 人数が減ったら、部が廃止になっちゃうかもなんでしょ? わたしが入れば、欠けた奴の分も補えるかなぁって。いろんな部活を回ってたらこんな遅くなっちゃったけど、まもる君に会えてよかったよ! わたしと一緒じゃないと、まもる君帰れないでしょ」
「おいおい、今日の昼みたいなのはもう止めにしてくれよ?」
 顔を上げると、すぐ隣に笑顔のレイラがいた。しかしその眼は笑っていなかった。信頼と愛情と色っぽさと、それに何かわからない深いものを漂わせ、爛々と輝いていた。おれもういちど礼を言ってタオルを返し、目をそらすようになんとなく正面の鏡を見た。
 鏡に映る自分の顔を見た。

 真っ黒な穴が開いていた。ちょうど目の部分にふたつ、それくらいの大きさのものが。
「…………は?」
 思わず手が伸びる。まぶたの上から圧をかければ、眼球を押された鈍い痛みがはっきりと残る。
 鏡を見る。髑髏(どくろ)のようなどす黒い窪みと視線が合う。とっさに目を背け、再び手で確かめる。
 ある。存在している、けどない。見える、けど見えない。おれの眼窩(がんか)には、水晶体の代わりに見えない何かが嵌っている。
「……は? え、なにこれ、あれ、っえ……?」
「まもる君、焦らなくても大丈夫だよ? そこにはわたしの愛を詰めておいたから。まもる君がわたしを信じている限り、目が見えなくなることはないんだよ? これからはずっと、ずっとずっとわたしだけを見ていればいいんだよ?」
 とっさに鏡の中のレイラを見る。いとおしそうに微笑み自分の下腹部を撫でる彼女の、もう片方のその手には。
「信じて……くれるよね?」
 レイラが大事そうに持っている透明な薬瓶の中で、大きさの異なるふた組の眼球どうしが、まるで恋人みたいに仲睦ましく見つめあっていた。




 





 あとがき


 バリヤードちゃんって、全ポケモンの中でも屈指の可愛さだと思うんですよ。
 大きな掌。ふくよかな頬のライン。ちょっとおどおどした動き。角なのか触角なのかわからない頭のアレもいいし、どことなくぱっとしない表情もほかのポケモンとは一味違った雰囲気を醸し出しています。同タイプのサーナイトなんかより……と言ったら出しゃばりすぎでしょうか。あと球体関節いいですよね。体のパーツがばらばらに動き出しそうな不気味さも可愛さのアクセント。そんな多面性を文章で表現したかった。
 顔がウザいだとか動きが癪に触るだとかで嫌われがちなバリヤードが、実はこんなに可愛い子だったなんて! って思ってもらおうと書いた作品なんです。
 けれどその結果けも要素もドラゴン要素も、というかポケモン要素のうっすい作品が出来上がってしまったのですが。さらにヤンデレなので苦手な人にはいい印象など皆無だったワケですね。
 官能小説大会に出す作品、ということでエロで勝負したつもりなんですが、どうも効果はいまひとつだったようで。エロゲみたいな馬鹿丸出しのセリフは書いてて楽しかったですが(参考資料として買ったのは後悔しています)、これがはまらなかったからでしょうか。もしくはチャーレムへの愛が足りなかったか。それともご都合主義のプレイ内容はヤンデレとはミスマッチだったか。書きたかったことが「何が起こるかわからない」怖さというよりも「不気味なものがだんだん表れる」怖さだったため、パントマイムで何かを創りだす展開は現実味がなさ過ぎて面白味が増してしまい、恐怖心が半減してしまったようです。まさにBelievabilityというやつですかね。世界観を崩さずに読者様を納得させられるかどうか。
 書きたかったことはバリヤードの可愛さと彼女はどんなプレイができるかな、程度だったのでストーリー性なんて皆無なんですが、いかんせん私の過去作『新月の夜に肉を喰らう』と展開があまりにも似すぎている。官能なんて物語は二の次だとは言うけれど、これはあまりにも……、って感じでした。自分のストーリー構築力のなさにはため息ばかりが出ます。次は少なくとも記憶喪失は無いようにしないと。



 とまあ、つもる話はこの程度にしておきます。以下大会時にいただいたコメントに返信します。

・オチにゾクッとしました。ヤンデレ怖い…でもそれがいい… (2015/11/29(日) 08:14)

 書いていて気づいたことですが、小説でヤンデレを表現するのってなかなか難しいんです。絵だとグラデーションで塗りつぶされた目や、目を見開いた表情がもはや記号化されつつありますが、小説だとヤンデレと銘打っているものでもなかなか病んでいなかったり。
 なのでだんだんと狂っていってもらいました。読むのに時間のかかる小説ならではの表現なのではないでしょうか。気に入っていただきありがとうございます。
 何があったかを想像してもらうようなオチはまあ、3万字程度の短編なら許されるかなと。もっとグロ描写もしたかったのですが、ダレることが予想されたのでカットしました。また別の機会に欠損系の話はがっつり書きたいですね。


・レイラの狂ってしまった感じが心にきました。 (2015/12/02(水) 14:21)

 愛しいひとが自分のことを振り向いてくれない。これって相当ショックだと思うんですよ。壊しちゃっても仕方ない仕方ない。
 着想は題目の下に記した図鑑説明がすべてでした。もともと魅力的なキャラクターを作るのが苦手だったので、イチからではなく既存の設定を借りてキャラ作りしてしまえ、ということでorasの図鑑を開くとあのような文章が。信じてもらうという承認欲求を満たすバリ病ードが出来上がったのです。私自身もなかなかお気に入りの仔を生み出せました。
 レイラの想いが伝わってよかったです、ありがとうございます。名無し様もヤンデレには気を付けてくださいね? 少しでも気を許すと、絡めとられてしまいますから……。


 コメントして投票してくださったお二方、読んでくださった読者の皆様、ありがとうございました。キャラ押しだけでなくストーリーのしっかりしたものも書きたいですね、できれば、いつか。



コメント残してくれるって……信じてるよ?

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*1 ヨガのポーズのひとつ。座った状態で両足を深く組み合わせ、つま先を両腿の上に乗せる、ヨガと聞いたら一般的に想像する姿勢。ちなみにサンスクリット語ではpadma asanaといい、asanaは「姿勢」を意味する言葉でアサナンの語源でもある。
*2 ここでは衛の種族が履いているように見えるハーレムパンツのような部分を指す。実際は腿の筋肉が発達したもので着脱不可であると考える。陰茎が勃起していない状態ならパンツの陰に隠れて見えない。
*3 レイラの種族は指先の肉球で空気の振動を停止させ光の壁やリフレクターを展開する。各バージョンの図鑑説明から。

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Last-modified: 2015-12-11 (金) 23:57:37
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