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ZAFFIRO DEL MESE RUBINO SOLE Ⅰ

/ZAFFIRO DEL MESE RUBINO SOLE Ⅰ

  ZAFFIRO DEL MESE RUBINO SOLE Ⅰ
                                                                                                桜花


天空歴・2010年・5月15日


 妖艶な黒い体に輝ける様な金色の輪の模様を持つ生徒・ヨハン・ミネベアは、授業を受けている教室で爆睡していた。
「…であるから、この兵士が取るべき行動は…ミネベア!!!」
 壇上に居た教師が、机に伏している黒い生徒に向かって、怒声と共にチョークを投げる。

 シュ…カッ!!!

 すると投げられたチョークが、黒い生徒から投げられた紙状の物に当たり、床へと落ちた。それはトランプの♠のAであった。
「…んぅ、先生。別に僕は寝ていませんよ…ただうつ伏せになりながら、先生の授業を夢と共に聞いていただけですよ…」
 そう言って顔を起こしたブラッキー・ヨハンは、悪びれた様子を全く見せずに、教師の顔を見ながら言った…サファイアの様な青い瞳で…。
「嘘を言うなミネベア!!! 正直に寝ていた理由を言え!?」
「理由ですか?…それはですね、昨日買ったゲームと本を楽しんでいたら、気がついたら朝になっていまして、不味いと思ったのですが、別にエリソン先生の授業なら、先週予習したので大丈夫か…と思い寝ないで登校し、現在に至りまして、僕はそう説明をしました。…あれ? 作文?」
 最後の『あれ? 作文?』の所を、首を傾げながら説明を終えると、教室中から爆笑の声が上がった。
「ミネベアァァァ!!!」
 思いっ切り教壇を叩きながら、ヨハンに向かって怒声を上げる。教室は鎮まるが、当事者のヨハンは悪びれる様子は無い。ヨハンの隣の席のルカリオ・ルイズ・メタルストームが苦笑い気味に見つめている。
「何が『予習したので大丈夫』だ! だったらこの戦場の最も勝利しやすい戦術を言って見せろ!!!」
と、黒板上に貼られた戦場図を指しながら叫んだ。ヨハンはチラっと見て言った。
「…敵は森の中ですね…まず、北と南から炎ポケモン及び炎タイプの技を覚えた兵士で焼き打ちをします。すると敵兵士は東と西の何方か、あるいは両方に軍を分けて脱出を行うはず、だから…」
「そこで待ち伏せて敵を打ち取るという作戦かね? そんな事は敵だって百も承知だ! 所詮君の予習というのも、大した事はなさそうだな」
 そう言う教師であったが、ヨハンは気にせず更に述べる。
「そう考えるのが普通でしょうが、僕は違いますね」
「何!?」
「飛行ポケモン等による、高高度による上空からの超遠距離攻撃の雨を降らせます。地上からの迎撃だと思っていた敵は、上空からの攻撃により損害と混乱に陥ります。そして最後に先生の予測通り、地上からの攻撃により殲滅…これで答えになってますか?」
 得意げな表情と声で言うヨハン。
「ぐぐっ…よ、よろしいミネベア…」
 ヨハンの戦闘理論に、教師は何も反論出来なかった。

※           ※

「エリソン先生を挑発するなんて、凄い度胸だなヨハン」
 コーラの入った瓶を片手に持って、隣に座っているヨハンに呆れる様に言うルイズ。休み時間の中には、ヨハンとルイズ以外にもグラエナ、レントラー、ジュカインが居た。
「兵士になるんだから、あれくらいの度胸を持たなきゃダメでしょ?」
 ヨハンは口から瓶を離して言った。
 ヨハン達が通う学校、兵士養成学校・ガーディア・ナイト。北国・ヴェネイル王国の兵士を養成する学校である。ヨハン達はその学校の三学年の内の一学年である。
「ヨハンは成績優秀、学年トップの入学者首席だから、そんな事出来るんだよ」
 余裕のヨハンにグラエナのガイル・フランキが言った。
「この前だって、実技のハンス先生が冗談まがいで『苦手な格闘タイプで構成された、三十名の部隊を倒せたら、A+を評価にくれてやる』って言ったら、ほんとに倒してたし…しかも…無傷で…」
 そう言うのはジュカインのディル・モーゼル。彼の手にはルービック・キューブが握られていて、悪戦苦闘であった。
「ディル。それ出来ないの? 僕に貸してよ」
 ヨハンに言われて、ディルはそれをヨハンに渡す。
「…はい」
 ものの5秒でディルに返すヨハンであるが…
「何だよ。ヨハンにも出来ないじゃ…ええっ!?」
 余所見をしながら受け取ったディルだが、受け取ったルービック・キューブを見て声を上げる。何故ならたった5秒でキューブの色が全て揃っていたからだ。
「おまっ、早すぎだろ! 何があったんだよ!?」
 若干パニックになりながら、ディルはヨハンに尋ねる。それに答えたのは、ルカリオのルイズであった。
「当たり前だろ? ヨハンは以前、目隠しの状態でソレをクリアしてたろ?」
「あの時は10秒掛かったけどな」
 ルイズの説明に、ルイズが付け足す。
「もうそれ飽きちゃう程やったからね」
 そう言いながら、伸びをするヨハン。その首からは紅いロングスカーフが靡いており、Il dio ha raggioneという文字が刻まれている。
「…飽きても、あそこまで早くはならないだろ」
 レントラーのギリル・ファーマスが静かな口調で言う。
「まあ、それもそうだろうけど…それより、コレやる?」
 そう言ってスカーフから取り出したのは、ケースに入ったトランプだった。しかしその場にいた他の四人は、全員首を横に振った。
「良い。ヨハンとゲームしても、僕らの中で誰も勝てないだろ?」
 ルイズが言った。するとヨハンは小さく笑って言った。
「…それもそうだね」
 ヨハンはトランプを再びスカーフに入れた。
「次の授業は実技か…楽しみだ」
 ヨハンは次の授業の事を考えながら、スカーフから今度は本を取り出して読み始めた。

※          ※

「ヨハン・ミネベア、ユーラス・イサカ。両者バトルフィールドに出ろ!」
「はい」
「はい」
 20m程のフィールドの前で実技のハンス教師が二人の名前を呼ぶ。出て来たのはヨハンともう一方はハッサムであった。ヨハンとハッサムのユーラスは、10m程離れた状態でお互い向かい合った。
「お互いに礼!」
『宜しくお願いします』
 教師の指示に従い、両者は礼をする。
「試合開始ッッッ!!!」
「先行は貰った!」
 教師の開始の合図と共に先手を取ったのは、ユーラスであった。ユーラスの紅い鋏がヨハンを凄まじい連続攻撃で襲い掛かった。
 しかしヨハンはその攻撃をいとも簡単に体をずらす様にしながら避けた。

 スッ…トンッ!

「ぐっ!?」
 攻撃が止んだ一瞬の隙を突き、ヨハンはユーラスの肩を台にし、ユーラスの背後へと飛んだ。
 ユーラスは慌てて振り返るが、ヨハンは攻撃する素振りをみせず、ただその場に立ち止まって、ユーラスの動きを見ていた。
「くっそ!」
 再びユーラスは先程と同じ攻撃をする、しかしヨハンはまたもヒョイヒョイと避けてしまう。
 攻撃を避けているヨハンの表情は、焦りや緊張という物はなく、寧ろ楽しんでいる様な紀が、ユーラスには感じた。
「嘗めるなぁ!!!」
 ユーラスはそんなヨハンに更に攻撃を仕掛け続ける。

※          ※

「ヨハンの奴。完全に遊んでるな」
 ヨハンとユーラスの試合を見ているルイズが漏らす。
「アイツにとっては、避ける事はゲームだからな。あんなに軽々しく避けられるなんて、羨ましいぜ」
 溜息交じりにディンが呟く。

※          ※

「ハア…ハア…ハア…」
 激しい攻撃によって息を切らしているユーラス。それに対してヨハンは息を切らせている処か、疲れを見せている様子もなかった。
 それもその筈、ユーラスは最初から全力で攻撃を仕掛けていたが、ヨハンの方は最低限の動きだけで回避をし続けてきたのだ。それにより体力の消耗に差が出たのだ。
「もうそろそろ…かな…」
 小さく呟いたヨハンの言葉、それはユーラスには聞こえなかった。
「くっそぉぉぉぉ!!!」
 ユーラスは最後の勝負に出たらしく、全力でヨハンに向かってきた。

 ヒュン! ズガァ! ストッ…

「……」
 その場に居た誰もが、何が起きたか分からなかった。先程までユーラスの前方に居たヨハンは、ユーラスの後方に居て、ユーラスは動きを止めて立ち止まっていた。

 ドサッ…

 そしてユーラスは無言のまま、フィールドに伏した。
「…はっ! ユーラス・イサカ戦闘不能! ヨハン・ミネヴェアの勝利である」
 一瞬遅れて教師が、ヨハンの勝利宣言をした。ヨハンは余裕でフィールドから出ていった。
 フィールドから出たヨハン。そのヨハンに水色の水々しいポケモンが駆け寄った。
「ヨハ~ン♡」
 勢いに任せてヨハンに抱き着いた。
「こら、ミシェル!」
 ヨハンに抱き着いてきたのは、首にIl dio ha raggioneの文字が刻まれた青いロングスカーフを巻いたシャワーズ、ミシェル・ミネベアである。
「今は授業中だから」
 ミシェルを押し剥がしながら、ヨハンは言った。
「だってヨハン。カッコ良かったんだもん」
「ミシェルは何時もそう言ってるじゃないか!」
 ミシェルを窘めるヨハン。その様子を見てルイズが呆れる様に呟いた。
「やれやれ…声以外は全く似ていない、双子の兄弟だよ」

※          ※

 ヨハンとミシェルは、ヴェネイル王国の首都から少し離れた町に住んでいた、双子の兄弟である。
 二人の実家は小さな店舗を営んできたが、近年その街に大きな店舗が出来て、ヨハン達の実家の店は閑古鳥が鳴く日々が続いてしまった。
 其処で当時一五歳であったヨハンは、ヴェネイルで最も収入の良い軍に入る事にし、ガーディア・ナイトに入学を決めた。
 その際にガーディア・ナイトにおいての学費は、ヨハンが学業と兼任で稼ぐという事になったが、両親は苦労を掛けるヨハンの為にせめて学費だけは支払うと言ってきた。しかしヨハンはそれを断り自分で稼ぐことにした。
 ミシェルについては、ヨハンは普通の学生生活を送る事を望んでいたが、兄であるヨハンに付いていきたいという、強い希望をしてきた為、仕方なく同じガーディア・ナイトに進学する事にさせた。

※             ※

 チリ~ン…

「いらっしゃいませ♪」
 扉が開いた音と共に、とある喫茶店の店内に穏やかなヨハンの声が響いた。
「ご注文は何になさいますか?」
 喫茶店のカウンター越しに、今入って来たミミロップとマリルリの女性客に注文を聞くヨハン。首にはスカーフではなく、チェック柄のバンダナを付けていた。
「アイスコーヒーとチーズケーキ」
「私は、カプチーノとモモンパイ」
「かしこまりました」
 注文を聞いたヨハンは、厨房の方に顔を向ける。
「チーズケーキとモモンパイ。それぞれ一つずつ!」
「は~い」
 厨房からはミシェルの軽快な声が響いた。それを聞くとヨハンは、カウンターに置いてある珈琲豆がセットされているコーヒーメイカーを操作し始めた。
 暫くして注文された飲み物が出来上がり、それと同時にミシェルがチーズケーキとモモンパイを載せた台を押してきた。
『お待たせしました。アイスコーヒーとチーズケーキとカプチーノとモモンパイです』
 二人は一語一句ずらさずに、注文された物の名前を言いながら其れを客の前に置いた。
「わぁ凄い! 完璧にハモッてる」
「それも同じ声で! 君達が噂の双子の店員なんだ」
 二人の女性客は、ヨハンとミシェルに対して、歓喜の言葉を告げる。それに対してヨハンとミシェルは笑顔で答える。
 二人が働いている喫茶店は、ガーディア・ナイトから少し離れた所にある喫茶店である。
 学費を稼ぐ為に、ヨハンは入学前にガーディア・ナイト近隣の場所で、放課後に働ける場所を探した(ガーディア・ナイトは寮制であり、二人は寮から通っている)。最初はヨハン一人で学費を稼ぐつもりであったが、ミシェルが自分も働くと言い出し、仕方なく二人で働ける場所を探した。
 その結果見つけたのがこの喫茶店であった。双子の兄弟というのが人気が出ると店長は判断したらしく、僅か数分で採用されることになった。

※              ※

「ヨハン」
「はーい」
 店長に呼ばれてヨハンは、其方の方を向いた。五十代程のリングマの店長が一人の客を示した。
「済まないが、また何時もの様に相手をしてやってくれないか?」
「良いですよ」
 ヨハンは笑顔で応え、店長の示した客の方へと行った。其処には年老いたヨルノズクの牡性が椅子に座っており、その前にはチェス盤と並べられたチェスの駒が置かれていた。
「すまないねぇヨハン君。忙しいのにこんな老いぼれの相手なんてさせて」
 ヨルノズクが少々申し訳なさそうな声で言うが、ヨハンは笑顔で首を横に振った。
「いいえ。僕もゲームは好きですから、気になさらないで下さい」
 そう言うとヨハンは、ヨルノズクの向かいの席に座った。
「さあ、楽しみましょう」

※            ※

「チェックメイトです」
 ヨハンの駒が、ヨルノズクのキングの前に置かれた。何処に移動しても勝ち目もない状態だった。
「やっぱり強いね。ヨハン君は」
 負けはしたものの、ヨルノズクは笑顔であった。
「そんな…貴方も結構強かったですよ」
 ヨハンもまた笑顔で答えた。

※            ※

『お疲れ様でした』
 やがて仕事が終わり、二人は寮へと帰る事になった。
「ねえヨハン」
「んっ? 何?」
 ミシェルが隣を歩いているヨハンに話しかけた。
「あのお爺さんとチェスする時、ヨハン手を抜いてあげてるの? あの人一度も勝った事ないよ」
「手なんか抜かないさ。僕は基本的にはゲームは真剣なんだ。ミシェルだってそんな事知ってるだろ?」
「そういえば、そうだけど」
「真剣だからこそゲームは楽しいんだ。それよりミシェル、さっき店長から今月の給料を貰ったよ。ミシェルにも渡してくれって」
 そう言うとヨハンは、首に巻かれたスカーフから一枚の封筒を取り出し、ミシェルに手渡した。ヨハン達の働く喫茶店の給料は、直接手渡しで給金される。
「ミシェルは先に寮に帰ってなよ。僕は学費を学校の受付に渡してくるから」
「あれ? ヨハン僕のから学費抜いたの?」
「…うん。ごめんね」
「良いよ別に…じゃあ先帰ってるね」
 ヨハンはミシェルと別れて、ガーディア・ナイトへと向かった。
 ガーディア・ナイトに辿り着くと、ヨハンは学費を払う受付へと向かった。
「すみません」
「はい。何ですか?」
 受付で声を掛けると、事務員が顔を出した。ヨハンはスカーフから自分の給料袋を取り出した。
「…ミシェル・ミネヴェアの学費を払いにきました。僕のは明日払います」

※             ※

 ヨハン・ミネベア/ミシェル・ミネベア

 ガーディア・ナイトの学生寮は、二人で一部屋である。その為二人は同じ部屋で寝起きしていた。
 寮の部屋の作りは、廊下から入って直ぐ右側に、小さめの台所とトイレと兼用の浴室があり、奥は二部屋に分かれていた。
 夕食を終えた二人は、寮長からの点呼を終えると、それぞれの部屋でのんびり過ごしていた。
「♪♪~♪」
 ヨハンはベッドの上で仰向けで寝転がりながら本を読んでおり、黒くて長い耳の根元にはイヤフォンが差し込まれており、其処から軽快なアコーディオンの音が流れていた。
 ヨハンの部屋は全体の左側にあり、入って左側にはベッドが置かれており、右側には本棚、更に奥にある窓際にはノートパソコンが置かれた机もあった。
「…コンコン」
「!」
と、突然閉められた扉を叩く音がし、ヨハンはイヤフォンを外した。
「ミシェル?」
「ヨハン。入ってもいい?」
「良いよ」
 ヨハンの許可を貰い、ミシェルが部屋に入って来た。
「どうしたのミシェル?」
 ヨハンはベッドに座り、自分の横を叩いて座るように促しながら聞いた。ミシェルはヨハンの隣に座る。
「あのねヨハン。僕さっき自分の給料袋をみたんだけど、学費引かれている割には、結構あったんだ。ヨハンほんとに僕のから取ってるの?」
「…取ってるよ。学費は其々自分で払うって決めたのは、ミシェルでしょ? さっき僕がちゃんと学費を払ってきたから、心配しないで良いよ」
「でもそれってもしかして…ヨハンの給料からなんじゃないの?」
 ミシェルが心配そうな表情で尋ねる。そんな不安気なミシェルに、ヨハンは穏やかな表情でミシェルの頭を優しく撫でる。
「そんなわけないだろ? ほんとにミシェルからのだから、心配することないよ」
「…うん」
 ミシェルはまだ不安そうながらも、ヨハンの柔らかくて優しい手の感触に安堵を感じ、納得する事にした。
「ほら、ミシェルはもう寝なよ。僕は少し勉強してから寝るから」
「ヨハン。たまに夜中まで勉強してるけど、大丈夫?」
「大丈夫だって!」
 ヨハンは笑顔で言った。
「じゃあ…お休み」
「うん。お休みミシェル」
 ミシェルは部屋から出て行った。

 二時間後

 ミシェルが来てから二時間後、ミシェルが寝ているのを気配で感じると、ヨハンは机の上のノートパソコンを起動し始めた。
「カタカタ…カタカタ…」
 起動したパソコンを操作すると、画面上にウィンドゥが現れて、何処かの塀の映像が映されていた。
 それはこの学生寮の外の監視カメラの映像であった。
「カタカタカタ…カタカタカタ…」
 ヨハンはその映像が出ると、更にキーボードを操作した。暫く操作すると、映像のウィンドゥの前に、何かのタイマーの表示が現れた。

 00・29・55

 30秒からスタートしカウントし始めたタイマーを見ると、ヨハンはパソコンを起動したまま、窓から外へと飛び出した。

 トサッ…タッタッタ…

 なるべく音を立てない様に着地すると、何処かへと走り出した。すると辿り着いたのは、先程パソコンに写っていた塀の前であった。
 ヨハンはカメラに全く気に掛ける事もなく、勢いよく塀を飛び越えて上手く着地をし、夜の街へと姿を消していった。

※             ※

 同時刻、寮のカメラの映像がある部屋での、ヨハンが飛び越えた塀の映像には、ヨハンの姿は映っていなかった。

※             ※

 賑やかな表通りから少し離れた裏通り、一六の少年がとてもうろつきそうにない通りを、ヨハンは歩いていた。辺りの怪しい雰囲気に気にすることもなく、ヨハンはある店の前で立ち止まった。其処は小さなBARであった。ヨハンは其処で首のスカーフから小さなケースを取り出し、蓋を開けた。其処に入っていたのは、紅い色のカラーコンタクトであった。ヨハンはそれを自分のサファイアブルーの瞳に装着した。それによりヨハンは、何処にでもいる紅い瞳のブラッキーへと姿を変えた。
 ヨハンは四肢用のノブに手を掛けて、店の入り口を開けた。
「おっ…来たな小僧…」
 中に入ると、野太い声がヨハンの耳に届いた。店の中は酒の匂いに満ちていたが、ヨハンはそんな事を気にする事もなく、店の奥に入って行った。
 エンペルトのバーテンが居るバーカウンターを通り過ぎた所には、三人のガラの悪そうなポケモンが、木製の丸いテーブルを囲む様に居た。
「今日も僅かな金でやるのか?」
 ガラの悪そうなポケモンの一人であるニドキングが、ヨハンに対していった。その眼は何処となく厭らしい雰囲気を纏っていた。
「ええ…」
 ヨハンは静かに答えた。
「この僅かな金で稼がなくてはいけませんから」
「へへっ! 何時もそれっぽっちじゃ、その内負けちまうぜ」
 ニドキングの隣にいたドラピオンがニドキングと同じ様な口調で言う。
「一回も勝った事のないのに…そういうのは、一度でも僕に勝ってから言って下さい」
 ヨハンが静かな口調で返すと、ドラピオンが睨みつけて来た。
「冗談ですよ…」
 小さく笑ってヨハンは言った。
「お前の容姿なら、娼館でも働けそうだけどな…お前一見すると、牝の様にも見えるからな…」
 同じくその場にいたスリーパーが、ヨハンの体を舐める様に見ながら呟いた。
「…冗談を…」
 そう言ったヨハンだが、その表情には冷笑ともいえそうな表情を浮かべていた。
「それより早く始めましょう…僕にも色々あるので…」
 ヨハンはスカーフから財布を取り出し、その中に入っていた紙幣をバーテンに手渡した。紙幣を受け取るとバーテンは、十枚のプラスチック性のチップを、トレイに乗せてヨハンの前に出した。
 ヨハンはそれを頭に器用に載せると、先程の三人が囲むテーブルまで運んだ。
「頼めば運んでやったのに」
 ニドキングが言った。
「くすねられると、僕が困りますからね」
 ヨハンは冷たくそう返した。
「さてやるとするかな…」
 ニドキングが座りながら呟いた言葉に、ヨハン、ドラピオン、スリーパーも椅子に座った。すると先程のバーテンダーが、トレイを持ってやって来た。そのトレイにはトランプが乗せられていた。
「ゲームはポーカーだ。小僧それで良いな?」
「構いません」
「掛け金は?」
「…3万ラトス」
 ニドキングの質問に対して、ヨハンは間髪入れず答える。ラトスとは北国の通貨単位である。
「良いだろう。俺も3万ラトスだ」
 ヨハンとニドキングは、其々3万ラトスずつ取り出し、バーテンの持つトレイに置いた。
「良し。バーテン! カードを配ってくれ」
 ニドキングが言うと、バーテンはカードをニドキングとヨハンに、交互に配り始めた。
 やがてヨハンとニドキング、それぞれ5枚ずつカードが配られた。
「参加料で一枚払う」
 ニドキングが自分が所持していたチップを、テーブルの真ん中に転がした。
「……」
 ヨハンも無言でチップを一枚転がす。
「……」
「……」
 二人は無言でカードを見つめた。
「…二枚チェンジ」
 ヨハンはチェンジをバーテンに申し出、チップを一枚転がして、二枚カードを捨てて、新たに二枚受け取る。
「俺も三枚チェンジだ」
 ニドキングもチェンジを申し出、カードを交換した。
「コール…」
「コール…」
 二人は其々、更に一枚ずつチップを転がした。テーブルの真ん中には、現在六枚のチップが置かれている。
「勝負だ!」
 ニドキングがそう言うと、カードをヨハンに見せた。
「10とJの2ペアだ」
 ニドキングが得意げに言う。
「…QとKの2ペア」
 ヨハンは無表情で言った。
「!!!」
「僕の勝ちですね」
 ヨハンは静かな声で言うと、真ん中のチップを自分の方に寄せた。更にバーテンも、先程の掛け金、TOTAL6万ラトスもヨハンの方に置かれる。
「…ネクストゲームだ」
 ニドキングがそう言って、チップを一枚転がした。
「分かりました…掛け金のレートは、僕が指定して良いんですよね?」
「ああ…」
「では、この6万ラトスをそのまま…」
 そう言うとヨハンは、先程得た6万ラトスを再び賭けた。ニドキングも6万ラトス取り出し賭けた。
『…ふん。何時も勝つと思うな! 今日こそお前に勝ってやるからな…』
 無表情でポーカーをするヨハンを見ながら、ニドキングは心中で呟いた。

 数時間後

「…フラッシュだ」
「フルハウスです。僕の勝ちです」
 淡々とした口調で勝利宣言をするヨハン。休憩を挟んで行われた数十回に及ぶポーカー勝負。ヨハンはその全てに勝利していた。3万から始めたポーカー勝負は、既に掛け金30万になるまでになっており、全てに勝利していたヨハンは、60万という大金を手にしていた。
「…このガキ…なんてゲームの強さだ」
 開始から勝負を見ていたドラピオンが、ヨハンとニドキングを交互に見ながら呟いた。
「……」
 全敗したニドキングは、茫然とカードを見つめていた。そんなニドキングを尻目に、ヨハンは店内の時計を見つめた。
「…僕はそろそろ帰りますね…これでも忙しい身ですから…」
 そう言うとヨハンは、獲得した60万ラトスを全て財布にしまうと、席を立って出口に向かった。
「待て…」
 帰ろうとしたヨハンを、ニドキングが呼び止めた。
「お前何者だ? イカサマしてんじゃないかと思ったが、連れの様子を見ている限り、そんな事はしてないみたいだが…」
「…ただのゲーマーですよ」
 ヨハンは小さく笑って言った。何らかの感情を含んだ笑顔で…

※          ※

 店を出たヨハンは、明け方に成りかけている街を素早い動きで動いていた。瞳に付けられていたカラーコンタクトは外されていて、元のサファイアブルーの瞳へとなっている。
 ヨハンは寮の堀の前に辿り着いた。
「さてと…」
 ヨハンはスカーフから、携帯を取りだして、何かの操作をし始めた。暫くすると液晶画面に先程ヨハンが操作していたパソコンに表示されたタイマーと、同じものが表示された。
「さて、帰って寝るかな」
 そう言うとヨハンは、後ろ肢に力を入れた。

 ダッ! トンッ

 出る時と同じ様に、軽やかに塀を乗り越えていった。
 そしてやはり、この時の監視カメラの映像には、ヨハンの姿は映っていなかった。

※        ※

「ふぁぁ…」
 翌朝の教室にて、ヨハンは本を読みながら欠伸をした。
「ヨハン。朝方まで勉強してたの?」
「ううん。まあね…」
 目を擦りながら、心配そうにしているミシェルに答える。其処にディルがやってきた。
「別にヨハンは、勉強しなくても成績優秀なんだから、徹夜で勉強する必要ないんじゃないか?」
「兵士には学力も必要でしょ? 実技の時だって相手の動きや戦場の地形を読んだりするのは、学力も必要なんだから」
 ディルの言葉にヨハンはそう返した。
「でもお兄ちゃん。無理しないでよ。無理しすぎて体壊したら、兵士になるもならないもないもんだから」
「分かってるよ」
 そう言ってミシェルの頭を撫でる。その時…
『ピンポンパンポーン…ヨハン・ミネベア、ヨハン・ミネベア。至急校長室まで来なさい。ヨハン・ミネベア、ヨハン・ミネベア。至急校長室まで来なさい』
 ヨハンの名前が呼ばれた。
「ヨハン…呼んでるよ」
 不安気な声を漏らすミシェル。
「『…深夜の抜け出し…バレた?…いや、ハッキングは完璧のはず…』何だろうね? まあ、行ってみるよ」
 内心では不安に感じたヨハンであるが、ミシェルを心配させたくない為、平然と振舞った。
「まあ大丈夫だから待ってなよ。行ってくるね」
 そうミシェルを落ち着かせる様に言うと、ヨハンは席を立って教室を出て行った。

※           ※

 ヨハンが深夜にバーで賭けポーカー等をする様になったのは、ガーディア・ナイトに入学する少し前からだ。
 ガーディア・ナイトは入学試験においての上位十名までの成績優秀者には、ある程度の入学金が免除される規則があった。
 入学試験は、筆記・戦術構成の文書作成・実技の三つであり、ヨハンはその全てを一位で合格しており、ミシェルも筆記は二位、戦術構成は五位、実技は三位で合格しており、二人は免除されている。
 入学金は何とか払えたが、多少免除されているとはいえ、学費の方は貧乏な実家からはとても払えそうになかった。
 其処でヨハンは、入学後にバイトを見つけて、ミシェルと共に学費を稼ぐ事にした。しかしヨハンは、なるべくミシェルには学費の為に働かせたくなかったが、ミシェルが強く望む為、表向きはミシェルが自力で稼いで払っている様に見せているが、実際はヨハンが稼いでバイト代で支払っているのだ。
 ミシェルの学費は払えても、自分の学費を払えていないヨハンは、ミシェルに気付かれない様(昼間のバイトだと、ミシェルに気付かれる為)に夜な夜な学校をぬけ出して、サファイアブルーの瞳を、普通の紅い瞳に偽装して、深夜のアルバイトを探した。因みに監視カメラの映像の差し替えは、映像が電波で警備室に送られている事を突き止め、以前から鍛えていたハッキング技術を駆使し、何も映っていない映像をパソコン内に録画し、それを30秒だけ別電波(海賊放送の応用)で流して、流れている隙に抜け出しているのだ。そしてそれは携帯での遠隔操作も可能であった。
 前日のスリーパーに言われた様に、娼館等で働く事も考えたこともあった。ヨハンは幼い頃から、何故か牝の子として間違われる事があった。
 それはブラッキーになった後もあまり変わらず、街を歩いていたりすると牡性からナンパされる事などが多かった。
 自分で言うのも何だが、ヨハンは自分の美貌に自信があった為、体を売る覚悟もあった。
 そんな時見つけたのが、例のBARであった。
 賭け等が行われている、裏通りのその店において、賭けで稼いだりする事は、ゲーマーであるヨハンにはピッタリであった。
 店のバーテンは当初断ったが、前日店に居たニドキング(実はオーナーであった)が『俺に勝てたら、此処でやるのを許してやる』と冗談半分で言ってきたので、ヨハンはポーカー勝負をし、自身のゲームセンスを駆使し完全勝利をし、ニドキングに許可を貰ったのだ。
 その日以来、ヨハンは時々抜け出しては、賭けポーカー等で学費を稼いだりしたのだ。
 勿論それは正しい稼ぎとは言えなかった。ゲームに負ければ無一文になる処か、体を売る必要性が出てくるかも知れなかった。しかしそれでもヨハンは、兵士になって実家を楽にする為に、危険なゲームを行っているのだ。

※            ※

「失礼します」
 扉をノックし、校長室の扉の四肢用のノブを押し開くと、其処には立ったままヨハンを待っている、ピジョットの校長が待っていた。
「いやぁミネヴェア君。呼び出して済まないね」
「お話って何ですか?」
 内心の不安を抑えながら、ヨハンは校長に尋ねた。
「まあとりあえず、其処に座ってくれ」
 校長は応接用の椅子に座る様にヨハンに促し、ヨハンは其処に座った。テーブルを挟んで向かいの椅子に校長が座った。
「実は折り入って、君に頼みがあるんだ」
「…頼みって、何ですか?」
 ヨハンは呼ばれた要件が、自分の抜け出しがバレた事ではないと知って安心し、内容を尋ねた。
「実は今日の夕方、このヴェネイル王国のとある大学のパーティーがあるんだ」
「パーティーですか?…まさかそのパーティーに、僕が出ろなんて言うのでは?」
 冗談めいてヨハンが言うと、校長は苦笑い気味に言った。
「いやいや、君にはそのパーティーの警備をしてほしいんだ。今日その依頼があってね」
「警備ですか…わざわざ兵士(ガーディア)養成(・)学校(ナイト)に依頼があるなんて、そのパーティー、誰か大物でも出席なさるのですか?」
「察しが良いね。流石今年の入学生で最優秀の成績を取った生徒だ」
 校長はそう冷かしながら言うと、真剣な表情になって言った。
「…これは秘密だが、その大学のパーティーには、ヴェネイル王国の王女がご出席なさるんだ」
「ヴェネイル王国の王女…? では…」
「そう…我が校に警備の依頼をしたのは、このヴェネイル王国自体なのだ」
 校長はそう言ったが、ヨハンは腑に落ちない事があった。
「一つ良いですか校長先生?」
「何だね?」
「お話は分かりましたが、普通そういう王家の方がご出席なさるパーティーとかって、訓練生ではなくて、正規の軍の兵士や城やお屋敷の護衛の兵士、或いは百歩譲って一年生の僕ではなく、訓練生では最も兵士に近い三年生、最悪の場合は二年生が行うのでは?」
「確かに普通なら、君の言うとおりだ」
 ヨハンの言葉に同意して校長が言った。
「だが王家からの知らせられた情報の中に、何らかの存在が王女の命を狙われているらしい…」
「なら…」
「だが王は王女に、なるべく大学生らしく楽しんでほしいらしい…」
「…兵士が居たら、それが出来ないからですか…?」
「ああそうだ…三年生や二年生では、兵士としての気配を纏ってしまっている…そこで」
「まだ兵士としての気配を纏っていない、僕達一年が選ばれたという事ですか?」
「ああ…私は今年の入学者の中で、最も成績優秀だった君を推薦したいのだが…どうかね?」
「…それは僕一人だけですか?」
「…君を入れて五・六人程を望んでいる。あんまり大勢だと、気付かれやすいからな」
「あとのメンバーは、僕が決めていいなら、お引き受けしますが…」
「…分かった。メンバーが決まったら、放課後そのメンバーを連れて、もう一度此処に来てくれないか?」
「分かりました。失礼します」
 校長にそう告げるとヨハンは、頭を下げて校長室出て行った。

※             ※

「♪~♪♪~♪♪♪~♪♪…」
 穏やかなピアノの音が流れている広い部屋、天蓋付きのベッドやグランドピアノが置かれているその部屋には、穏やかな夕日が差し込んでいる。
 その部屋において、紫色のビロードの様な鮮やかな毛並を持つエリア・エンフィールドが、優雅にピアノの音を奏でている。
「♪~♪♪♪~♪♪~」
 楽譜を見つめるルビーの様な紅い瞳持つエーフィは、穏やかさと優しさを備えながら、何処となく高貴な雰囲気を纏っていた。

 コンコン…

 部屋の中にノックの音が飛び込んできた。エリアはピアノを弾くのを止めて、鍵盤を静かに閉じた。
「エリア様、失礼致します」
「良いわ。入って」
 扉の外から聞こえた声に、エリアは鈴を転がした様な綺麗な声で答えた。
 扉が開く音が聞こえると、ピアノを弾いていた椅子から降りて振り向いた。すると扉の近くには、コジョンドとキュウコンが立っていた。雰囲気から牝性である事が感じられる。
「そろそろパーティーのお時間ですので、お支度をさせて戴きたいのですが?」
 コジョンドが丁寧な口調で尋ねた。
「良いわ…でも支度と言っても、あのペンダントを下げるだけだけど…」
「それでも私達は、エリア様のお世話をする者…エリア様が何と言われようと、その役目を全うします…」
「…ヒルダ…貴方真面目すぎよ」
 少々呆れる様にコジョンド、ヒルダ・シュミットに対して言った。そしてエリアはキュウコンの方を見る。
「まあ良いわ…毛並も整えないと…左京、お願い出来る?」
「畏まりました!」
 口調こそ丁寧だが、何処か元気のある声でキュウコン、村田 左京が答えた。
 エリアは部屋の壁際にある化粧台の椅子に座った。鏡には紅い瞳の自分の姿が映っている。
 エリアの後ろに左京が立ち、前肢でブラシを持って丁寧にエリアの毛並を整いていく、その間ヒルダは、部屋の中のタンスから、青のロングスカーフを取り出した。
 エリアは左京に毛並を整えられながら、化粧台の引き出しを開けた。其処にある小さな赤い箱を取り出し蓋を開けた。
 それには金色の太陽のペンダントと銀色の三日月のペンダントが収められていた。
「エリア様、宜しいでしょうか?」
 ペンダントを取り出した事に気付いた左京が、エリアの毛並を整えると尋ねてきた。エリアは無言で箱を渡した。
 数秒後、首周りに冷たい感触と共に、二つのペンダントが下げられた。そして最後に首にスカーフを巻かれる。
「お美しいですよ。エリア様♪」
 左京が天真爛漫な笑顔で言った。
「左京…貴方とヒルダを足して二で割れば、丁度良いのに…」
「ええ? 何でですか?」
 首を傾げる左京に、エリアとヒルダは内心溜息をついた。
「あ、そういえばエリア様。知ってますか?」
 何かを思い出した左京。
「何?」
「今日のパーティーの警備をする方々の事なんですが?」
「左京。そんな事エリア様のお耳に入れる事では…」
 ヒルダが止めようとする。しかし…
「構わないわ。続けて左京」
 興味を持ったのか、エリアがヒルダを制して聞いてきた。
「ハイ。実は今日警備をなさるのは、ガーディア・ナイトの生徒さんなんですよ」
「ガーディア・ナイト…王立の兵士養成学校ね…でもどうして? 普通なら兵士が警備をするはずだけど?」
「王のご判断です」
 エリアの質問に答えたのは、ヒルダであった。
「エリア様はヴェネイル王国の王女ですが、そのパーティーにおいては一人の大学生…だから普通の大学生と同じ様に過ごしてほしく、兵士の様な王女を護る存在を置かない様に王が配慮なされたのです。訓練生ならまだ兵士の気配を持っていない者も多いので」
「父上が?」
「ハイ。でもご安心なさって下さい。幾ら訓練生とはいえ、兵士の基礎技術を学んでいる者達です。それに私と左京はエリア様のお傍にいますし、近衛兵も数人配備します。危険は全くありません」
「そう…なら安心出来るわ」
 エリアが安堵の言葉を告げる。
「ではエリア様。パーティーのご会場に参りましょう」
 左京が明るい声で言った。

※             ※

「いきなりヨハンが呼び出されて、戻ってきたと思ったら、王女様がご出席のパーティー警備を行うなんて…」
 ルイズが呆れる様に言った。
「校長からの依頼だからね。それに此処に居るって事は、僕が信頼している証拠だよ」
 ヨハンがその場に居る全員の顔を見ながら言った。
 ヨハンが警備を行うパーティー会場の裏には、ヨハン、ミシェル、ルイズ、ガイル、ディル、ギリルの六人が集まっていた。
「しっかし…まだ訓練生の俺らが警備とはね…」
 ディルが会場の建物を見ながら呟いた。
「さっき出席者を少しだけみたが、参加する大学生は皆、貴族やら大手企業の御曹司ばかりだったぞ」
「そんな所の警備なんて…僕らに出来るの?」
 ミシェルが不安気に言った。
「大丈夫だって、本業の人も少しは居るみたいだから」
 ヨハンが言った。すると其処に、左目の所に片眼鏡型の機械を付けた一人のバシャーモがやって来た。
「君達が、ガーディア・ナイトから派遣された訓練生か?」
 牡性であるバシャーモは、ヨハン達を見てすぐにガーディア・ナイトの生徒達だと気付いた。
「はい、そうです」
 ヨハンが答えた。
「そうか。俺はリグル・スイザ。護衛部隊の隊長を務めている。念の為に連絡が来ている名前と同じが確認させてくれ」
 バシャーモことリグルは、そうヨハン達に自己紹介をした。
「ヨハン・ミネベアです」
「ミシェル・ミネベアです」
「ルイズ・メタルストームです」
「ガイル・フランキです」
「ディル・モーゼルです」
「ギリル・ファーマスです」
 ヨハン達は其々、自分達の名前を言った。
「よし連絡が来ていた6人だな。では此処の裏口から入ってくれ。俺は表で招待客の警備を行うが、中に入って少し進むと、アブソルの青年が居る。彼も俺と同じ護衛部隊の隊員だ。細かい指示は彼から貰ってくれ。それじゃ」
 そう伝えるとリグルは、会場の入口の方へと向かっていった。
「…彼もヨハンっていうのか…アイツと同じだな…」
 そう小さく言ったリグルの声は、ヨハン達には聞こえなかった。
「じゃあ入ろうか」
 ヨハンがミシェル達を見回して言った。

※          ※

 やや薄暗い通路を6人はひたすら進んでいく。暫くすると賑やかな声が聞こえて来た。
「あっ…」
 すると前方の、一人のアブソルが待っていた。先程のバシャーモと同じ様に、左目に片眼鏡型の機械を付けている。アブソルはヨハン達を見ると、此方にやって来た。
「お前らが呼ばれた訓練生か? まだガキじゃないか」
 ヨハン達を見るなり、アブソルはそう言い放った。それに対してヨハンが冷静な声で言った。
「失礼ですけど、貴方も僕らとあまり変わらないのでは?」
「何っ!? 俺は此れでも一九歳だぞ。お前らより年上だぞ!」
 アブソルがムッと言い返した。
「たった三歳違いじゃないですか」
「何なんだお前は! エレナと同じ様な瞳をしているくせに生意気だな…ってかアイツに少し似てるか?」
「誰ですかエレナって…知らない人と比較されても困りますよ」
 ヨハンもアブソルも一歩も引かない会話に、ミシェルが間に入った。
「もう止めなよヨハン」
「…何でお前、俺の名前知ってるんだ?」
 アブソルが不思議そうな顔でミシェルに尋ねた。
「? 別に貴方の名前は言っていませんが?」
 ミシェルが怪訝そうに返した。
「言ったろ、ヨハンって」
「えっ!?」
 アブソル以外の全員が、その言葉に反応した。
「俺はヨハン・ヴィンセント。護衛部隊の隊員だ」
 アブソル・ことヨハンはそう言った。
「はぁ!? アンタ、ヨハンって名前なのか!?」
 ディルが激しく反応した。
「だからそう言ってるだろ。お前ら俺の名前を知ってて、ヨハンって言ったんだろ?」
「僕が言ったヨハンは、このブラッキーの兄の事ですよ」
 ミシェルが、ブラッキーのヨハンを示しながら言った。
「なっ!? お前ヨハンって名前なのか!?」
 先程のディルと同じ様に、アブソルのヨハンは反応した。
「ええ…僕の名前は、ヨハン・ミネベアです」
 ヨハンはそうアブソルのヨハンに自己紹介をした。
「マジかよ…かなりややこしいな…」
 怪訝そうにアブソルのヨハンが言うと、ブラッキーのヨハンがこう提案した。
「じゃあ僕らは、貴方の事を苗字で呼びますから、貴方も僕の事は苗字で呼んで下さい」
「…分かった。そうする」
 アブソルのヨハン、ヴィンセントは承諾した。

※          ※

 その後、ヴィンセントの指示で、ヨハン達は会場内の警備を行う事になった。ヴィンセントはヨハン達と別れる際、連絡用にインカム通信機を6人に渡した。二足・四足のポケモンでも使用出来る通信機だ。
「しっかし、凄いご馳走だな」
 ガイルが会場に用意されている料理を見て呟いた。
「王族や貴族、果ては企業の御曹司が参加する、大学のパーティーだからね。一流のシェフが作ってるんだろうね」
 ヨハンが言った。
「あのケーキ…美味しそうだな…」
 ミシェルがテーブルにあるケーキを見て、目を輝かせながら呟く。
「あとで買ってあげるから。此処のケーキ程、高級じゃないけど」
 ミシェルを宥めながらヨハンが言った。
『無駄口叩いてないで、ちゃんと警備しろよ! もうすぐ招待客がやって来るからな』
 装着されたインカムから、ヴィンセントの声が響いた。どうやら今の会話が聞こえていた様だ。
「ヴィンセントさん。一つ質問は良いですか?」
 ヨハンが無線越しに尋ねた。
『何だ?』
「今日のパーティーには、王女様もご出席なさるのですが、其方の方も警戒した方が宜しいですよね?」
『それは心配ない』
 ヨハンの質問を、ヴィンセントは即答した。
『王女には仕女の護衛が付いている。王から認められた実力あるポケモンだ。お前達は怪しい奴が居ないか警戒していれば良い』
「警戒だけ? 見つけた場合、交戦等は行わなくて良いのですか?」
『それは俺達、護衛部隊が行う。お前らでは相手にならないだろうからな』
と、何処となく得意げに言うヴィンセント。
「…いちいち、ムカつく言い方する野郎だ…」
 ガイルが無線機のマイクを抑えながら呟いた。
「そういえばヨハン。ヴィンセントさん達護衛部隊の人が着けてた、片眼鏡型の機械って何だろ?」
 ミシェルがマイクを抑えながらヨハンに尋ねた。
「あれはデュエルスコープ。この北国のある兵器開発企業が作った機械さ。味方の兵力数、敵の兵力数、戦闘能力、レーダー、無線機、妨害(ジャミ)電波(ング) (認識機能有り)等の機能が付いているんだ。西国にあるファレム王国の兵士にも配備されているらしいよ」
「そんな機械、授業で習ったっけ?」
 ルイズは今までの授業で、デュエルスコープという機械を聞いた事がなかったので、ヨハンに尋ねてきた。
「いやまだだよ。これから習うんだろうけどね」
「…じゃあ何で知ってるんだ?」
 今まで会話に参加をしていなかったギリルが尋ねた。
「…さあ?」
と、あからさまに含みのある笑みを浮かべながら首を傾げるヨハン。
「…小悪魔め」
 ルイズがヨハンの反応に呆れる。
 すると会場入り口が騒がしくなった。しばらくすると大勢の招待客によって、会場は満たされた。

※            ※

「もうパーティーは始まってるわね」
 首から下げられたペンダントを揺らしながらエリアは言う。その後ろをヒルダと左京が横に並んで付いていく。
「ヒルダが神経質で、ゆっくり行くことになったからですよ」
「左京が道を間違えた性でもあると思うが?」
 左京が言った事にヒルダが冷静な口調で言い返した。
 パーティーの会場入り口に着くと、其処に居たバシャーモ・リグルが駆け寄ってお辞儀をした。
「これはエリア様。ようこそ御出で下さいました」
 丁寧な口調でエリアを出迎えるリグル。
「ええ。少し遅れてしまった様だけれど、まだ大丈夫かしら?」
「勿論ございます。ではご案内致します」
「いいわ。子供じゃないんだから、自分で行けるわ。貴方は此処の警備をなさって」
「畏まりました」
 エリアに言われてリグルは、警備の仕事に戻る。
 会場には入ると、想像通り既にパーティーは始まっており、様々な大学生のポケモンが賑やかに楽しんでいた。
「わおっ! 結構イケメンが大勢居る♪」
 左京が愉快な声を上げる。
「左京。私達は…」
「分かってるって。エリア様の身辺警護が仕事…でしょ?」
と、何処まで本気か冗談か分からない左京に、ヒルダは溜息をつく。
「まぁ良い…エリア様。彼方の席がエリア様の専用のお席にございます」
 そう言いながらヒルダが示した方は、会場の奥にある赤い絨毯が敷かれたアンティ―ク製の赤い椅子が置いてある場所であった。
「行きましょう」
 エリアはその椅子の方にヒルダと左京を従って歩みを進めた。

※             ※

「思ったより簡単な仕事だね…」
 何事も無く警備をしているヨハン。今隣に居るのはミシェルだけであり、他の仲間は会場に分散する形で警備を行っている。
 何も無い事は警備を行う物や招待客にも良い事なのだが、ヨハンは少々つまらなさ感じていた。
 そう感じていた時、突然会場が賑やかになった。
 何かと思って其方の方を見ると、会場奥にある豪華な椅子に、一人のエーフィがコジョンドとキュウコンを従えて座っていた。
『姫様が参られた。より一層警備を厳重にしろ』
と、ヴィンセントから無線連絡が入った。
「ねえヨハン」
「んっ?」
 同じく無線連絡を受けたミシェルが、ヨハンに話しかけてきた。
「王女様の瞳って…ヨハンと同じ様に色が普通とは違うんだね」
「んっ…」
 ミシェルに言われてヨハンはエーフィ・王女の瞳の違いに気付いた。
「確かに…普通ならエーフィ種は紫色の瞳をしているけど、王女様の瞳は赤い色をしているな…まあ僕も人の事を言えないけどね…」
 ヨハンは自分の青色の瞳であるである事で、あまり王女の瞳の事に違和感を感じなかった。
「あっ、王女様がこっち見てる」
「!」
 ミシェルに言われて気付くと、確かに王女はヨハンの方を見ていた。
「ジッと見てると怪しまれるから、あっちに行こう」
 ヨハンはそう言って別の所を警備する為移動し、ミシェルもそれに従って移動した。

※           ※

「んっ…あれは…」
 エリアは自分が居る所から自分を見ている、ブラッキーとシャワーズの存在に気付いた。
「大学では見たことが無いわね…護衛部隊でも見たことがないし…」
 エリアがじっと見ていると、ブラッキーとシャワーズは怪しまれると思ったのか、その場から移動し始めた。
「ヒルダ」
「はい」
 ヒルダを呼ぶと、ヒルダはエリアの傍に寄って来た。
「何でしょうか、エリア様」
「あのブラッキーとシャワーズは? 見た事が無い者達だけど…」
 ヒルダはエリアに示されたブラッキーとシャワーズ見た。
「…先程、左京が言っていたガーディア・ナイトの訓練生ですね。今回警備を行う事になっている」
「そう…」
「会場には兵士の気配を持たない彼らしか居ませんが、会場の外には護衛部隊も居ますのでご安心を」
「分かったわ…」
 エリアはそう答えたが、何故か先程のブラッキーが頭から離れなかった。

 数時間後

 それからも特に問題は起きず、警備を行っているヨハンも内心の退屈を隠して務めてゆき、王女であるエリアも、料理や飲み物を戴きながら自分に挨拶をしてくる者を相手にしていた。
 やがて、パーティーも終わりに近づいてきた。
「特に何もなさそうだね」
「そうだね…」
 ミシェルの安心した声を聴きながらも、ヨハンは警備を続けていた。その時…

 ガラガラガラ…

 ソムリエらしき格好をしたオノンドが、ワインを乗せたワゴンを押しながら王女の方へと向かって行った。
 その様子をヨハンはジッと見つめていた。
「どうしたのヨハン」
「うん…ちょっとね…」
 ミシェルに適当に返しながら、ヨハンはスカーフの中に手を差し込んだ。

※         ※

「姫様。新しいワインが届きましたよ」
 ワインを乗せたワゴンを押してきたオノンドを見て、左京が言った。
「そう…ヒルダ悪いけど、持ってきて下さる?」
と、明らかなに退屈そうな声でエリアはヒルダに言った。
「分かりました」
 それに気づきながらもヒルダは、その様子を見せずにワインを受け取りに行った。
 エリアは正直、このパーティーに退屈をしていた。
 自分に話しかけて来る大学生はみな、自分が持つ王族としての立場を欲している者ばかりであった。そんな人達にエリアは飽き飽きしていた。
 エリアは、自分という一人の存在を求めてる人物が現れないかと、日々願っているのであった。
 そう考えている内に、ヒルダがソムリエの前まで行き、ワインを受け取ろうとした。

 ヒュン! ガッ!!!

と、突然小さな黒い何かが飛んできて、ワインを持つソムリエの手に当たり、ワインを落とし掛けた。
「!?」
 エリアは飛んできた何かを見た。それは黒い二つのサイコロであった。そしてそれが飛んできた方を見ると、其処には先程のブラッキーが、驚いた表情のシャワーズと共に、強気な笑みを浮かべながら立っていた。

※           ※

「オイ! どういうつもりだ!?」
 騒ぎを聞きつけてやって来たヴィンセントが、騒ぎを起こしたヨハンに詰め寄った。
「答えろ! 何故姫様に献上するワインを破壊しようとした!?」
 怒気を含んで叫ぶヴィンセント。ヨハンは冷静に答える。
「僕に罰を与える前に、まずあのソムリエにそのワインを飲んでもらって下さい」
「何!?」
 ヨハンの発言に、会場の人達はどよめきを表した。
「だってあのワインかワイングラス…恐らく毒が入ってますよ」
「ど、毒!?」
 ヴィンセントが驚いた声を上げる。
「何を根拠にそんな事を言う!? 何故毒を入れる必要がある!?」
「毒を入れるのは王女を暗殺する為ですね…そして根拠は…あのオノンドから、場違いの殺気が感じられたんですよ。僅かに…」
「さっ、殺気!?」
 ヴィンセントは驚いて、オノンドの方を見た。するとオノンドは明らかにバツの悪そうな表情をしていた。そして…

 バッ!!!

 突然オノンドは王女の方へと飛び上がった。その手の鋭い爪には力が宿っていた。コジョンドとキュウコンは、王女を護る為に戦闘態勢を執った。

 ヒュン…ドォォォンンンン!!!

 いきなりオノンドが、勢いよく地面へと叩き付けられた。
「なっ!?…がぁ!…」
 いくら動こうとも、オノンドは指一本動かせる様子はなかった。何かと思いヴィンセントが辺りを見回すと、ヨハンの瞳が光っていた。ESPを活用した念(サイコ)動力(キネシス)である。
「王女様は大丈夫みたいですね」
 ヨハンは何事も無い様に言うが、ヴィンセントから見ても、相当の力で抑え込んでいるのが分かった。
「キャアアアアア!!!」
 会場に女性の悲鳴が上がった。その場にいた人達が、声のした方を見ると、ソムリエやらボーイの格好をした、明らかに危険な雰囲気を纏ったポケモンが、二十名程居た。
「さて、楽しくなりそうだね」
 オノンドをESPで倒したヨハンが、現れたポケモンを見て呟いた。
「何が楽しく…」
 ヨハンの発言を批判しようとしたヴィンセント。だがその声は悲鳴と騒ぎによって掻き消される。
 身の危険を感じた客達が、一斉に逃げようと出口に殺到した。それを見てヨハンがデュエルスコープの無線で連絡をする。
「緊急連絡! 緊急連絡! 会場内に数十名の危険分子が現れ、会場はパニックに! 至急応援と来場客の非難を!」
 そう無線で連絡するヴィンセント。そのヴィンセントにヤルキモノが襲い掛かってきた。
「くっ!?」
 無線の連絡により、反応が遅れた。

 ビュゥゥゥン…ダダダンンン!!!

 ヴィンセントを襲おうとしたそのヤルキモノに、黒い波動の様な物が当たった。波動が当たったヤルキモノは、衝撃で吹き飛ばされて、料理が載ったテーブルへと落下し、料理を散乱させた。
「油断しないで下さい!」
 戦闘態勢を執ったヨハンがヴィンセントに言った。今のはヨハンが攻撃をしたのだ。
「ヴィンセントさんは、王女様達を安全な所まで避難させて下さい。僕達訓練生が此処を何とかしますので」
「バカ言うな! お前らだけに任せられるか!」
 ヨハンの意見をヴィンセントは否認する。
「僕らだって兵士になるんです。これくらいでは殺れません! 行こうミシェル」
 ヨハンが止めるのも聞かずに、ヨハンはミシェルと共に敵を戦う為に行ってしまった。
「…くっそ」
 ヴィンセントは止む終えず、ヨハンの指示通りに王女を避難させる事にした。

※          ※

「……」
 エリアはヴィンセントに指示を出し、シャワーズと共に敵を倒しにいってしまったブラッキーを見つめていた。
「エリア様!」
 其処にヴィンセントがやって来る。
「此処は危険です。安全な所まで私が誘導します」
 ヴィンセントが切羽詰った声で言った。ヒルダと左京も同意見の様だ。しかし…
「…いいえ。私は此処から逃げません」
「なっ!?」
 ヒルダ、左京は勿論の事、ヴィンセントもエリアの言葉に驚いた。
「何を言っているのですか!? 此処に居る敵はエリア様の命を狙っているのですよ!?」
 ヴィンセントは叫ぶ様に言った。
「…私より若い者達が戦っているのに、王女だからといって逃げるなんて、私には出来ません!」
「しかしエリア様…」
「ヒルダ」
 ヒルダが苦言を言おうとすると、エリアがヒルダを制する。
「貴方と左京は、父上から私を護る様に指示を貰った時、何と言われました?」
「それは…」
 ヒルダが答えるを戸惑っていると左京が…
「エリア様が御所望された事には、全力で尽くせ…ですよね?」
 何時もと変わらない口調で左京が言うと、ヒルダは少し考えた後に言った。
「分かりました。エリア様。エリア様の身は、このヒルダ・シュミットと…」
「村田 左京がお守りします」
 二人はお辞儀をしながら言った。
「ヒルダ、左京。ありがとう…」
 エリアは穏やかな表情で礼を言った。
「…私も…お守りします」
 ヴィンセントもエリアの考えに同意した。

※            ※

 ドンッ! ドンッ ドンッ!

 目の前で対峙していたゴルダックを、ヨハンはESPで床に叩き付けていく。その後ろからサンドパンがヨハンに襲い掛かろうとしている。ヨハンは其れに気付いているが振り向かない。

 バシャァァァァ!!!

 ミシェルが放つ、凄まじい量の熱湯が命中するからだ。
「アヂャアァァァァ!!!」
 熱湯を浴びたサンドパンは、効果抜群と熱さに床を転がる。
「ナイス、ミシェル」
 ミシェルの顔を見ないで感謝する。
「もう少し苦戦するかと思ったけど…対して強くないな」
 そう口では言っていたものの、ミシェルには兄が本心では楽しんでいる事が感じられた。
「他の皆も、善戦しているみたいだ」
 そう言いながらヨハンは辺りを見回した。
 ルイズは遠距離の相手には波動弾を叩き込み、近距離の相手にはインファイトを何発も叩き込んでいた。
 ディルは接近戦しか行っていないが、まるで踊る様に相手にリーフブレードを叩き込んでいく。
 ガイルとギリルは二人で組んで、ガイルは接近戦を行い、ギリルは電撃を放って遠距離の相手を倒していく。
 気が付けば立っている相手は、ヨハンとミシェル以外が相手をしている敵だけであった。
「もう終わりそうだ…」
 辺りを見回していたヨハンが言葉を止めた。何故なら…王女の真上から王女を狙うストライクの姿を見つけたからだ。しかも其れには護衛のポケモンも気付いていない。
「…ごめんミシェル…僕はもう少し楽しむよ」
「えっ!?」
 ヨハンはミシェルにそう言うと、一瞬で姿を消した。

※           ※

「死ねぇぇぇぇ!!!!」
「!!!」
 突然上から響いた声に、エリアは驚いて顔を上げる。其処には刃を自分に振り落とそうとしているストライクの姿があった。
「なっ!?」
「くそっ!?」
 ヒルダも左京も、突然の襲撃に対処が追い付かない。
「っっ!!!」
 エリアは覚悟を決めた。その時…自分とストライクの間に黒い影が飛び込んできた。
「よっこい…SHOW TIME!!」
 軽快な声と共にストライクは、その影に蹴り飛ばされて、遥か彼方離れた天井まで飛んでいった。
 エリアはその黒い影の正体を見た。それはあのブラッキーだった。ブラッキーは優しげな青い瞳をエリアに向けると、ストライクを追っていった。
「……」
 エリアは呆然とブラッキーの事を見つめた。

※           ※

「きっ、貴様ぁぁぁ!!!」
 殺気を纏ったストライクが、殺意に満ちた目でヨハンを睨みつけた。他の奴らより頑丈なのか、上手く受け身を取ったのか、ストライクはまだ動ける様子であった。
「王女様を護るのが、僕らの仕事だからね」
 ヨハンは余裕を持った様子で言った。
「嘗めるなぁぁぁ!!!」
 ストライクは鋭い刃で切り掛かってきた。しかしヨハンはその場から逃げて避けようとしなかった。

 シャシャシャシャシャ!!!

 素早い動きで刃を振り回すストライク。しかしその刃はヨハンには当たらなかった。
 ヨハンは相手の攻撃を全て避けていたのだ。しかもそれはその場から動かず、首を横にずらしたり、軽く飛び上がったりして避けているのだ。
「くそくそくそ!!! 何で当たらない!!!」
 ストライクは更にスピードを上げて攻撃を続ける。しかしそれでもヨハンは、軽々とそれを避け続ける。

※           ※

「何だアイツ…何であの距離であんなにも簡単に避けられるんだ…」
 ブラッキーの回避運動能力を見て、ヴィンセントが茫然と呟いた。
「彼は本当に…訓練生なのか…兵士になって余程訓練した兵士でも、あそこまでの反射神経等、会得するのは不可能だ」
 冷静なヒルダでさえも、ブラッキーの動きに驚きを隠せない。
「……」
 動揺するヴィンセントやヒルダと対照的に、エリアは何も発言しなかった。いや…発言出来なかったのだ。
 エリアは胸にときめきの様な物を感じていた。あのブラッキーに心を惹かれていたのだ。今までどんな牡性にも感じなかった感情が、あのブラッキーには感じられたのだ。
「…誰か…あのブラッキーの名前を知っている者は…」
 自然と出たその言葉に、ヴィンセントが反応した。
「…ヨハン・ミネベア…ガーディア・ナイトの一年の訓練生です」
「…ヨハン…ミネベア…」
 ヴィンセントから教えられたその名前を、まるで遊ぶ様に戦うブラッキー・ヨハンを見つめながら、エリアは愛しむ様に呟いた。

※         ※

ヨハンは楽しんでいた。死ぬかも知れないギリギリの状況を、ヨハンは心底で楽しんでいるのだ。
「どうしたんですか? もう終わりですか?」
ヨハンは穏やかな口調で、疲弊しているストライクに尋ねた。
「クソガキがぁぁぁ!!!」
ストライクは絶叫と共に離れ、両手の刃に力を溜めて無数に解き放たれ、ヨハンへと向かって行った。
「はっは! どうだぁ! 此れなら避けられまい!」
ストライクの言う通り、前方あらゆる角度から襲い掛かってくる真空の刃は、普通なら絶対に回避不可能だ。そう…普通なら…
「フフッ…」
ヨハンは何処か妖艶な笑みを浮かべた。そして…真空の刃を飛び上がって、ギリギリの所で体や首や肢をずらしながら…全てを回避した。
「なっ…」
絶対躱せない…そういう確信で攻撃をしたストライクは絶句するしかなかった。
一方のヨハンは、体と心が快感に満ちていた。命を懸けたギリギリの戦い…ゲーマーであるヨハンには、この上ない快楽であった。
「…終わり」

ダァン! ダァン! ダァン!

その言葉と破裂音の様な音と共に、黒い球体状のエネルギーが、ストライクの頭部に一発、腹部に二発命中し、ストライクは吹き飛んだ。
「ギャアアアア!!!!」
絶叫と共にストライクは吹き飛んでいき、会場の柱へと激突した。
ストライクにシャドーボールを撃ち込んだヨハンは、満足そうな顔をした。

※            ※

 会場の全ての敵を倒したヨハン達は、壊れた机や散らばった料理等の処理を行っていた。
「しっかし。思ったよりも弱かったな」
 テーブルクロスを纏めながらディルが言った。
「多分何者かに雇われた傭兵被れの賊か何かだろうね。でなきゃ訓練生の僕らが、犠牲者も出ずに生き残れるわけがない」
 ESPで割れた皿と料理を分けながら、ヨハンが言った。
「ってかヨハン。お前遊んでたろ」
「んっ? 何のこと…かな?」
 照れ隠しの様に笑いながら、ヨハンは聞いてきたガイルに答える。
「可愛らしく笑うな! お前似合いすぎだ! ってそんな事より、お前のあの動き、訓練時と全く同じだったぞ」
「それは訓練したんだから当然…」
「そういう意味じゃない」
 答えようとした所をディルが会話に入る。
「相手の攻撃を、神がかった反射神経で回避する…ヨハンにしてみれば、ゲーム感覚で避けているんだろ? 何時も訓練でヨハンがしている事を言っているんだよ」
「…さぁ? どうかな? 実戦だったし、どうだかよく分からないよ」
と、恍けた様子で答えるヨハンだが、実際にゲーム感覚で戦っていた。それは内心否定はしなかった。
「あのなぁ…実戦なんだぞ!? 下手したらお前死んでたぞ! それでも良いのかよ!?」
 ディルが説教をする様に言うが、ヨハンは飄々とした態度で言った。
「その時はその時さ。死んだら僕は、その程度の奴って事だよ」
「ヨハン…自分の命…かなり軽視していないか?」
 ルイズが冷めながらも心配そうな声で尋ねる。ヨハンは其れに答えず、散らばったゴミ等の片付けを続けた。
 其処にバシャーモのリグルがやって来た。
「すまないな、君達」
 話しかけてきたリグルに、ヨハンが応じる。
「いいえ大丈夫です。それより王女様はご無事ですか?」
 自分が気にする様な事ではないと理解しつつも、何時の間にか姿を消していた為、ヨハンはリグルに尋ねた。
「ああ大丈夫だ。君がストライクを蹴り飛ばしてくれたお蔭で、王女に怪我は無い」
「そうですか…この様子ではパーティーは中止ですか?」
 滅茶苦茶になった会場を見渡しながらヨハンは尋ねた。
「そうだな…この様子では再開出来そうにないな…まぁ、元々終わりに近付いていたから、殆ど影響はないから、君達が気にする必要はない。君達が敵を引き付けてくれたお蔭で、避難が上手くいったから」
 そう言うリグルだが、ヨハンは会場にある舞台に目を止めた。
「…リグルさん。招待客を会場に戻してくれますか?」
「えっ!?」
 ヨハンの言葉に驚くリグル。
「お、オイ。ヨハン」
 ルイズが声を掛けるが、ヨハンは其れを制してミシェルに何か耳打ちをした。
 ヨハンに何かを言われたミシェルは、最初は驚いた表情をしていたが、ヨハンの言葉に同意した様であった。そしてヨハンはリグルを笑顔で見ながら言った。
「僕とミシェルに任せて下さい。先程のトラブルを無かった事に出来る程の、最高のショーをお見せします」

※             ※

 それから一時間後、会場には再び大勢の招待客が集まっていた。舞台には赤い幕が下ろされている。
「…ヨハン・ミネヴェア…一体何をするつもりかしら…」
 先程と同じ椅子に座っているエリアが呟いた。その言葉には期待を感じさせる語気が感じられた。
「先程まで開かれていた幕が降りている…あそこで何かするのでは?」
 幕が降りている事に気付いたヒルダが言った。
「あの仔なら、何か面白い事でもやるんじゃないかな?」
 ヒルダの隣に居る左京がヒルダに言った。
「…そうね…」
 エリアも同意見で頷いた。
「あっ、幕が…」
 降ろされていた幕が上に上がり始めた。同時に会場の明かりも落ちていく。
 幕が上がった舞台の上に居たのは、青い瞳のブラッキー、ヨハン・ミネヴェア。そしてその舞台にあるピアノの椅子に座っているのは、ヨハンと共に居たシャワーズ、ミシェル・ミネヴェアであった(ミシェルの名前は、避難している時にリグルから聞いた)。
 幕が上がりきると、ヨハンは会場に居る招待客にお辞儀をした。そして会場のスピーカーと繋がっている通信機で挨拶をする(通信機の接続は、ヨハンが独自で行った)。
『皆様! 先程は危険なトラブルがあり、この賑やかなパーティーは、一旦はお開きになってしまいました。
 ですから僕は、そのトラブルを忘れられる様に、皆様に歌を捧げます! どうぞお聴き下さい』
 ヨハンは挨拶を言い終えると、一歩下がってピアノの椅子に座っているミシェルに目を配らせる。
 ヨハンの合図を貰ったミシェルは、ピアノの鍵盤を開いて、静かに奏で始めた。それはとても穏やかな音楽であった。


 あて…もなく…彷徨っていた…

 手がかりもなく…探し…続けた…

 あな…たがく…れた…思い出を…

 心を…癒す…歌に…して…

 とても穏やかな声で歌うヨハン、その歌声に観客の誰もがヨハンに釘付けになる。

 やく…そくも…することもなく…

 交わす…言葉も…決め…たりもせず…

 抱き…しめ…そして確かめた…

 日々は…二度と…帰らぬ…

 まるで歌手の様に歌うヨハン。そのヨハンにエリアは心を奪われていた。
「何て綺麗な歌声…」
 会場に居る全ての者を癒すが如く歌声に、エリアは感動する。

 記憶の中の…手を振る貴方は…

 私の…名を呼ぶ事が…出来るの…

「アイツ…あんな声出せるんだ…」
 曲を聴いていたディルが、茫然とした口調で呟いた。
「ヨハンって確か…何時も音楽の授業の時は、寝てるよな…」
 ルイズも茫然と呟いた。
 ガーディア・ナイトにおいての音楽の授業(何で兵士に音楽が必要なんだという質問が、最初の授業においてあったが、兵士にとって、敵か味方かの音を確認する聴覚が必要という答えが返って来た)で、ヨハンは何時も机に伏して寝ており、教師からは注意を受けていたが、ヨハンは教師が近くまで来た時、何やら甘い言葉を囁いて回避していた。(授業においての成績は、出席とレポートで成り立たせている)。
 その為、仲の良いルイズ達でもヨハンの音楽の実力は不明であった。
「アイツてっきり、音痴だから歌わないのかと思ってた」
 ガイルが呟いた。
 そんな会話も知らずに、ヨハンはミシェルの演奏に合わせて歌い続ける。

 あ…ふれる…その涙を…

 輝く勇気に変えて…

 命は…続く…

 夜を超え…

 疑う事のない…明日へと続く…

 それからもヨハンの歌は会場を響かせ続け…歌い終わった時、会場は拍手の音が響き渡った。

※             ※

「…リア様! エリア様!」
「はっ!?」
 何時の間にかエリアは、ヨハンの歌声に聞き惚れてしまっていた。気が付くと既に舞台にはヨハンの姿は無く、スタッフが会場の片付けを行っていた。
「…ヒルダ。訓練生達は何処に?」
「はっ?…恐らく控え室の方だと思います。先程リグルが其処に行く様に、指示を出しているのを見ましたから…」
「…行きましょう」
「はい…えっ!?」
 反射的に返してしまったヒルダ、改めて反応した時には、エリアは既に移動していた。
「エ、エリア様!?」
 ヒルダと左京は、慌ててエリアの後を追った。

※             ※

 一方その頃、丁度ヨハンが小さな箱をESPで浮かせながら、控え室へと入っていた。控え室には既に、ミシェル達も集まっていた。
「ヨハン。何処に行ってたの?」
 椅子に腰を掛けていたミシェルが尋ねた。
「ちょっとミシェルにお土産をね…リグルさんから貰ってきたんだ」
 ヨハンは笑顔で言うと、ESPで浮かせた箱を机の上に置いた。置かれた箱をミシェルが開けてみた。
「わぁ、ケーキだぁ!」
 子供の様な声を上げるミシェル。箱の中には先程のパーティーで見た、高級なケーキが6個入っていた。
「ミシェル食べたがってただろ? だから今、僕が貰って来たんだ」
「ヨハン。ありがとう♪」
「♪」
 ミシェルの礼の言葉を聞きながら、ヨハンは控え室にある給湯室に入った。其処でマグカップにコーヒーを注いで盆に乗せ、ESPで運びながら戻ると、既にミシェルや仲間達はケーキを食べ終えていた。
「食べるの速いね…じゃあ僕も…」
 そう言って盆を机に乗せて、ケーキの箱を覗いた。しかし…
「……」
 箱の中には何も無かった。
「…おーい。僕の分も食べたのは誰?」
と、スマイルで他の五人に話しかけるヨハン。元々食べる気は無く、ミシェルにあげるつもりであったが、あげる前に食べられると、流石に腹立だしかった。
「『まあ、ミシェルなら許すけど…犯人の目星はついている…』…ガイル。口の両端にそれぞれ違う種類のケーキが付いてるよ」
「えっ!? ウソだろ!? ちゃんと確認した…あっ!?」
 其処まで言った時、ガイルはカマをかけられた事に気付いた。何故ならヨハンの顔がニヤついているからだ。しかし目は少しも笑っていない。
「前もガイル、寮の食堂で僕が席を外している間に、僕のおかず盗んだよね?」
 そういう前科が在った為、ヨハンは犯人がすぐにガイルだと分かった。
「は、はは…」
 苦笑い気味にゆっくりと後退るガイル。それを笑顔でゆっくりと追いかけるヨハン。
「…逃げる!」
 ガイルは一目散に控え室から逃亡した。
「逃がすかバカ!」
 その後をヨハンが追いかけて飛び出してく。
「……はぁ」
 残された四人は、只々溜息を吐くしかなかった。

※           ※

「何処に逃げた? ガイル」
 逃げ出したガイルを追いかけたヨハンは、ガイルの姿を見失っていた。
『僕のパソコンがあれば、監視カメラにハッキングして、居場所を探すのに…ルイズに頼むか?…』
 ヨハンがそう考えていた時であった。
「!」
 何者かの足音が聞こえた。音のした方を見ると、通路の角を曲がった方から、誰かが歩いてくる影が見えた。
「そこだぁ!」
 足音と影の正体はガイルだと思い、ヨハンは大声と共に飛び出した。しかし…其処に居たのはガイルではなかった。
「!……」
 其処に居たのは、悠然とした佇まいでいる王女と、彼女を護ろうと自分とエリアの前に立ち塞がっている、先程も居た仕女らしきコジョンドとキュウコンであった。二人はヨハンに対して警戒をしている
「…下がりなさい」
 穏やかな口調で王女が言うと、コジョンドとキュウコンは、ヨハンに対して警戒を解いた。
『…何で…王女様が…?』
 内心疑問に思いながらも、決して表に出さないヨハン。そんなヨハンを知ってか知らずか、王女はヨハンの前に来ると、穏やか笑みでお辞儀をした。
「…ヨハン…ミネヴェアさんですね?」
『!!! 僕の事を知っている? ヴィンセントさんから聞いたのか?…』ええ…そうですが」
 自分の名前を知っていた事に驚きながらも、ヨハンはその素振りを見せずに、冷静(クール)に答えた。
「私はエリア・エンフィールド。ヴェネイル王国の王女です」
 王女・エリアはヨハンに自分の素性を明かした。勿論ヨハンはそれを知っているが…。
「此方のコジョンドが、ヒルダ・シュミット。そしてキュウコンが、村田 左京。いずれも私の仕女兼護衛の者です。どうかお見知りおきを…」
 エリアが紹介すると、コジョンドとキュウコン・ヒルダと左京はヨハンにお辞儀をした。
「…それで…王女様は僕に何を?」
 一国の王女が訓練生である自分に、わざわざ挨拶に来たのだから、何か重要な事かと思い、ヨハンは冷静に尋ねた。
「…先程の歌…お見事でした…」
 エリアは先程のヨハンの歌に感動し、それを高く評価した。
「『…それだけ?…たったそれだけで、王女様は僕に会いに?…まさか…』…お褒めを戴き光栄です…」
 ヨハンは内心疑問に思いながらも、エリアの言葉を礼儀作法でお礼を言った。
「それに先程、私の事を助けていだたき、ありがとうございます」
「『そういえばあの時、調子に乗って、SHOW TIMEなんて言っちゃったな…』いえ、僕もいずれはこの国を守る兵士になるんですから」
「それは頼もしいですわ…」
 小さく笑いながら言うエリア、そんなエリアに対してもヨハンは予断を崩さなかった。そしてエリアはヨハンの瞳を見て言った。
「実は近々、私のお屋敷にてお礼のパーティーを開こうと思っています。よろしかったらヨハンさん。そのパーティーにご出席なさっていただけませんか?」
「パーティーですか…?」
 エリアの言葉を聞いていたヨハンだが、その時エリアの仕女であるヒルダと左京が、驚いた表情をしているのに気付いた。
『パーティーの話は嘘? いや、あれは二人も今知った考えなんだろうね…』…ご都合が合いましたら、是非ご参加します」
「ありがとうございます」
 エリアはヨハンの承諾に、笑顔で礼を言った。すると首に巻かれた青色のスカーフの中に前肢を入れて、何かを取り出した。
「此れは今日、私を護って下さった事と、素敵な歌を歌って下さったお礼です。どうかお納め下さい」
 そう言ってエリアが差し出したのは、金色の懐中時計であった。
「…ありがたき幸せ…」
 ヨハンは両前肢で受け取りながら、先程と同じ様な礼儀作法で答えた。
「それではヨハンさん…御機嫌よう…」
 エリアは踵を反して歩いていき、仕女のヒルダと左京も、その後に続いていった。
「……」
 エリア達が去った後、ヨハンは暫くエリアから貰った懐中時計を見つめていた。

※          ※

 控え室に戻ると、まだガイルは戻っていなかった。
「ヨハン。ガイルはどうしたの?」
「見失った…その代わり、別な人と会ってた」
 そう言いながらヨハンは椅子に座り、首のスカーフから先程貰った時計を取り出した。
「誰に?」
「王女様」
「へぇー…ええっ!?」
 ヨハンが何気に言った為、ミシェルは一瞬遅れて驚いた。
「お、お、お、王女様と会ったの!?」
 驚いた口調で尋ねながら、ミシェルはヨハンに詰め寄る。
「まあね」
「いやまあねって…何でヨハンはそんなに落ち着いてられるの?」
 戸惑うミシェルに、ヨハンは苦笑気味に言う。
「王女様と会ったくらいで動揺してたら、立派な兵士になれないよ? 兵士になれば王族とは言わないけど、貴族や他国に人と会う事もあるでしょ?」
「それは…そうだけど…」
 ミシェルが引き下がると、今度はルイズが出て来た。
「ところでヨハン。その懐中時計は?」
「ああこれ? 王女様に貰ったんだ」
「王女様から!? ちょっと見せてくれないかな?」
 ルイズに頼まれて、ヨハンは時計をルイズに手渡した。
「…此れ純金だ…かなり高価な代物だよ」
 呆然と呟く様に言うルイズ。それに対してヨハンは、大して驚いた様子も見せずに答える。
「ふぅん…貴族のルイズが言うんだから、本当みたいだね…」
 そしてヨハンは、ルイズから時計を受け取る。
「…ヨハンって…僕の兄ながら…凄いね…」
 王族に会っても冷静で居られるヨハンに、ミシェルは感心する。
 尚、その直後にガイルが戻ってきたが、その直後にヨハンに椅子を叩きこまれた事は、あえて省略する。

※          ※

 その日の深夜、ヨハンはBAWに行く為、仕掛けを作動した後寮を抜き出して、再び夜の街へと姿を消した…エリアの侍女のコジョンド、ヒルダ・シュミットが見張っているとは知らずに…。
「……」
 ヒルダは表情も変えずに、ヨハンの後を尾行し始めた。

 数時間前…

「調査…ですか?」
 エリアに部屋に呼び出されたヒルダは、そう尋ね返す。
「そう。ヨハン・ミネヴェアの素性調査をしてほしいの」
 ソファーに腰を掛けているエリアがそう告げる。
「…分かりました…どのような調査をすれば宜しいでしょうか?」
「あの仔の身元や経歴は左京に調べてもらっているから、ヒルダは今現在の事を調べてほしいの。あの仔の日常生活や学校生活、アルバイト先や…夜はどうしてるか?」
「畏まりました…」
 ヒルダは部屋から出ようとするが、その前に一つ尋ねた。
「あの、エリア様…一つ宜しいでしょうか?」
「ん? 何?」
「何故、あのブラッキーに興味を抱かれるのですか?」
 ヒルダに尋ねられると、エリアは赤色の瞳を閉じて、少し考えて答えた。
「…欲しい…から…かな?」
「…分かりました」
 エリアの意味深な答えを聞いて、エリアは部屋を出て行った。

※           ※

 調査の為に監視をしていたヒルダであったが、ヨハンの寮の抜け出しには内心驚いていた。
「確か学生寮には、監視システムが敷かれているはず。なのに何故抜け出せる? そしてこんな夜中に彼は何処に…」
 一定の距離を保ちながらヨハンを尾行するヒルダ。普通ならば気づくはずだが、ヒルダの尾行をヨハンは気付かなかった…その時…
「!」
 突然ヨハンがヒルダの方を振り向いた。ヒルダは一瞬早く身を隠した。
「……」
 背後を無言で見つめ続けるヨハン。
『気付いた?…馬鹿な…私の尾行に気付くはずが…』
 様子を伺いながら戸惑うヒルダ。
 ヒルダはかつて、ファレム王国という国の軍隊の第6軍の軍団長をしていた。その6軍は、奇襲・暗殺等を得意とする部隊でもあった。
 その軍団長であったヒルダは気配を消す事など簡単な話であったが、そのヒルダの存在にヨハンは気付いた様であった。
「…気のせいか?…まぁ良いや…そろそろコンタクト付けるか…」
 そう呟くとヨハンは、首のスカーフからコンタクトを取り出して、それを装着して、普通の赤い瞳のブラッキーへとなった。そして再び夜の街を疾走する。
 ヨハンがその場から走り出すと、ヒルダは再び追跡を開始する。
「…あんな変装までして…一体何処に…」
 不審に思いながらも、ヨハンを追跡するヒルダであった。

※           ※

「聞いたかよ。今日姫様の大学のパーティで、反王国組織の奴らが暴れたらしいぜ」
「…そうですか」
 ニドキングが話しかけるが、ヨハンはカードを見ながら素っ気なく返した。
「そうですかって…もう少し驚かないのかよ?」
「別に…貴方がボロ負けしているからって、そんな作戦で僕を攪乱出来ると思っているのですか?」
 冷たくそう答えるヨハン。前日と同じ様にヨハンはニドキング達から既に、かなりの大金を巻き上げていた。
「別にそんなつもりはねぇよ…そういえば、その会場、ガーディア・ナイトの生徒が警備していたらしいが、その内の一人がブラッキーで、そいつが大暴れした結果、鎮圧出来たみたいだな」
「…そうですか」
 ニドキングの言うブラッキーは、自分の事であったが、ヨハンは全く関係ないという感じで振舞った。

※           ※

「じゃあ、また明日も来ますから?」
「へっ! この泥棒野郎!」
 ニドキングの皮肉を聞きながら、儲けた金を持って、ヨハンは夜明けが近い街中を走り抜けていく…その様子を、店から離れた建物の屋根から、ヒルダが見ていた。

 翌朝…

 ヨハンはまた、何事も無かった様に学生生活を送っていた。
 エリアの事は、僅かだが頭にあったが、一国の姫が自分の為にパーティーを開くとは思ってはいなかった。
『まっ…向こうも一日経てば、僕の事なんて忘れるでしょ…』
 微睡を感じながら聞いている、既に予習済みの戦術構成の授業を受けながら思うヨハンであった。
 そんな日の授業も終わり、ヨハンはミシェルと共にアルバイト先に向かう為、帰り支度をしていた。その時、校内放送のアナウンスが入った。
『ヨハン・ミネベア、ミシェル・ミネベア、ルイズ・メタルストーム、ガイル・フランキ、ディル・モーゼル、ギリル・ファーマス。至急、校長室へ来て下さい?』
「!? またお呼ばれ?」
 荷物を背負ったヨハンが、訝しげに呟いた。
「そうみたいだね。しかもメンバーは、昨日の護衛メンバーだよ」
 ミシェルが呟いた。その傍らでヨハンはというと、何故か背負ったカバンを机に置いて、中から携帯を弄りはじめた。
「ってヨハン。何で携帯弄ってるの!? 校長に呼ばれたのに?」
「どうせ昨日事でしょ? 僕はある確認をしたら行くから、先に行ってて。昨日ので責任の話になったら、僕に押し付けて良いから」
 ヨハンが言うと、ミシェルは他の四人方を向いた。ルイズが肩を竦めている。
「じゃあ先に行ってるね」
 ヨハンを残した五人は、校長室に行く為に教室を出た。

※          ※

「いきなり呼び出して済まないね…って、ヨハン・ミネベア君は?」
 待っていた校長は、ヨハンが居ない事を指摘してきた。仕方なくミシェルが説明する。
「ヨハン…兄は少ししたら来ると…」
「…まあ良い。とりあえず、話を進めよう」
 校長は話を進める。
「昨日君達五人とヨハン君は、王女の大学のパーティーの護衛をしてもらった」
「ええ」
「実は王女であるエリア様が、君達をお礼のパーティに招待したいと言っているんだが、どうかね?」
 王女様からのパーティーのお誘い…それを聞いた五人は賑やかになる。
「今日の夜の八時頃から深夜までなんだが…明日は幸いにも休校だから、深夜まで行われても、授業には問題はないだろう」
「すみません。遅れました」
とその時、遅れてヨハンがやって来た。ミシェルが慌てて駆け寄る。
「ヨハン、ヨハン。今日の夜八時からパーティーだって! 王女様からパーティーのお誘いが来たんだよ」
「『パーティー?…王女様、あれ本気だったんだ…』へぇ? そうなんだ」
 内心では驚きながらも、ヨハンは冷静を装った。
「ねえ、ヨハンも行くでしょ?」
「パス」
「…えっ?」
 当然、『行く』と答えるかと思われたヨハンの返事は、まさかの不参加であった。
「え、ヨハン。行かないの?」
「うん。だって今日は、数日前から楽しみにしていた小説の発売日だから、今日の夜はそれを見るんだ…『まあ、本だけじゃないけどね…』」
 賭けの事も理由であったが、流石に話せるわけもなく、その事は言わない事にした。するとルイズが呆れた様子で話しかける。
「ヨハン本気か? 王女様のパーティーだぞ? 折角招待されたのに行かないんじゃ、王女様に失礼だろ?」
「だってウチ貧乏だから、そんな事言われたって、どうすれば分からないからさ…まあミシェルはルイズがサポートしてやってよ」
 ルイズに言うと、ヨハンは校長の方を向いた。
「じゃあ校長。用件はそれだけですか?」
「え、あ、まあ…」
 ヨハンの不参加に、校長は茫然としていた様であった。
「じゃあ僕とミシェルはもう行きますね。バイトもあるんで…あ、でもミシェルはパーティーの仕度があるか…どうするミシェル? 店長には休むって伝えようか?」
「あ、いいよ。終わる時間からパーティーまで時間あるし」
「そっか…じゃあ校長。さようなら」
 ヨハンはそう言うと、ミシェルを連れて校長室を出て行った。
「…なんというか…怖い物知らずの奴だ…」
 頭を抱えながら校長が呟く。

※         ※

「ほら、これでカッコ良くなったでしょ?」
 ミシェルの首にオレンジ色のスカーフを巻きながら、ヨハンが言った。
 バイトを終えた二人は書店に寄ってから寮に戻り、ヨハンはミシェルのオシャレをしてあげた。
「う、うん…ねえヨハン? ほんとに行かないの?」
「僕はパーティー好きじゃないし、僕の事なんて気にしないで、楽しんできなよ」
「でも…」
「可愛いメイドさんとかも居るかもよ? ミシェルもお年頃だから」
「も、もう! ヨハン!」
 ヨハンの冗談か本気かも分からない発言に、ミシェルは赤くする。
「ほらほら…そろそろ時間だよ。行っておいで」
「う、うん…じゃあ行ってくるね」
 ミシェルは申し訳なさそうに出かけて行った。
「さてと…時間まで本でも読むか」
 ヨハンは自分のベッドにダイブして、置いてあった本を手に取り、仰向けになって読み始めた。

※           ※

 そしてその頃、エリアはパーティーの為の準備を、自室で左京にして貰っていた。
「エリア様。彼来ますかね?」
 ブラシでエリアの薄紫の毛を梳いている左京は、ニコニコとした表情で尋ねた。
「そうね…来てなかったら、ヒルダにでも連れて来て貰うかしら?」
「ヒルダにですか?…殺されませんよね?」
「それはヒルダ? それとも彼?」
「…彼です」
「その時は…ヒルダに覚悟を決めてもらうしかないわ」
「……ですよね」
 口調は穏やかながらも、危険な香りを感じさせたエリアに、左京はそう答えるしか出来なかった。
「ではエリア様。最後にペンダントを…」
 左京がエリアの首からペンダントを下げようとした時、扉がノックされた。
「誰?」
「ヒルダです」
 エリアの問いに、扉の向こうのヒルダが答える。
「招待したガ―ディア・ナイトの生徒達が到着しました。これからお迎えしたと思いますが…」
「ああソレ! 私がやります」
 先程のエリアの言葉からか、左京が申し出た。
「…じゃあ左京に任せるわ。ヒルダは私の護衛に付いて」
「畏まりました。失礼します」
 ヒルダが入ってくると、左京はエリアに会釈をして、ヒルダの元に駆け寄る。
「じゃあヒルダ。後は任せて」
 そして大急ぎで走っていった。
 ヒルダは何故焦った様な動きをした同僚に不審がりながらも、与えられた任務に尽くす事にした。

※             ※

「…でっかいお屋敷だね」
 巨大な屋敷の門の前で立つミシェルが呟いた。
「この北国・ヴェネイル王国の王女が住むお屋敷だからね。僕の実家より遥かに大きいよ」
 貴族出身であるルイズも、驚きを隠せずに呟いた。
「あ、見ろよ。昨日姫様の所に居たキュウコンが来るぞ」
 ガイルが示す屋敷の方から、キュウコン・左京が走ってきた。
「昨日のキュウコンさん…」
 何故か顔を赤くして呟くミシェル。そんな事も知らずに、左京は門を開けて五人を出迎える。
「ようこそいらっしゃいませ…ってアレ? 昨日の青い瞳のブラッキー君は…?」
 左京はどうやらヨハンの事を言っている様だ。ミシェルが前に出て説明する。
「あの、そのブラッキー僕の双子の兄なんですが、兄は不参加という事なんで…」
「ええっ!? いやマジどうしよう…」
 取り乱す左京に、ミシェル達は戸惑う。そんな五人に気付いた左京。
「いやゴメン。こっちの事だから…とりあえず、此方へ…」
 動揺を抑えながら、左京はミシェル達を屋敷の中へと案内する。

※             ※

 仕度を終えたエリアは、ヒルダと共に会場へと向かっていた。すると其処に、左京が慌てた様子でやって来た。
「どうしたの、左京」
「えっとその…実は…」
 穏やかな口調で尋ねるエリアとは対照的に、愛想笑いを浮かべながら口ごもる左京。その左京にヒルダが言った。
「左京。もしや例の彼が来ていないのでは?」
「ヒルダァァァ!!!!!」
 ヒルダに言われて、取り乱す左京。そんな中、エリアは静かに言った。
「ヒルダ…お願いできる?」
「畏まりました」
 エリアの言葉を聞くや否や、ヒルダは素早い身のこなしで、何処かへと走り去っていった。そのヒルダを見送って、左京はエリアに尋ねた。
「あの…エリア様…まさか本当に…」
「……会場に行きましょう」
 左京の質問には答えず、パーティー会場へと肢を進めるエリアであった。
「…はぁ…」
 不安に溜息を吐きながら、エリアの護衛を務める左京であった。

※            ※

 パタン…

 今日発売された新刊の小説を閉じて、ヨハンはベッドから起き上がった。そしてエリアから貰った懐中時計を取り出し開いた。
「そろそろ…だね」
 何時もの時間が迫り、ヨハンは何時もの様にパソコンを操作し、監視カメラにダミーの映像を流して、窓から飛び出して、寮の塀に向かって走り出した…屋根からコジョンドが監視し尾行しているとは知らずに…。
 ヨハンは寮を抜け出して、何時もの様に店の近くまで来ると、ヨハンはコンタクトレンズを取り出して、特徴的なサファイアブルーの瞳を赤い瞳に偽装させて、店へと向かった。そして何時もの様に店に入った…其処からがいつもと違かった。
「!?」
 店に入ったヨハンは驚いた。店内は所々が壊れており、見たところ戦闘の跡の様だった。負傷している店員や何時もの対戦相手が、床や壁の壊れた場所を修理していた。
「どうしたんですか? 客とやり合ったのですか?」
 何食わぬ口調で尋ねると、ニドキングがヨハンを睨みながら言った。
「お前…もう、此処に来るな…」
「…?」
 ヨハンは何を言われているのか、一瞬分からなかった。
「…何で開口一番に、そんな事言われなきゃいけないのですか? 僕に負けるのが嫌だからって、出入り禁止にするのはマナー違反でしょう」
と、嫌味交じりにヨハンが言うと、ニドキングはヨハンの方に歩いて来て言った。
「そういうんじゃねぇよ! お前が此処に出入りしていると、あのコジョンドの姉ちゃんが、『また来て、今度は店も潰す』って脅されたんだよ。
 ニドキングの『コジョンドの姉ちゃん』というのが、ヨハンは引っ掛かり思い当たった。しかしその考えは、強制的に終わらされる。何故ならニドキングがヨハンの首根っこを掴んで持ち上げたからだ。
「だから二度と此処には来るな!」
「きゃ!?」
 言葉と共にヨハンは外に投げ出され、牝の子の様な声を上げながら、尻もち着いた。すぐに店の方を振り返るが、無情にも店の扉は閉じられていった。
「…はぁ~…折角の稼ぎ場だったのに」
 ヨハンは体の土埃を払いながら、溜息交じりに呟いて立ち上がった。
「ニドキングの言っていたコジョンドは気になるけど、それより次の稼ぎ場所を見つけないと……やっぱり……娼館かな…」
 ヨハンが仕方なさそうに呟いた時であった。

 ガッ!!!

「!?」
 突然背後から、何者かがヨハンを抱え上げた。
「ッッ!!!」
 咄嗟的にヨハンは、念動力(サイコキネシス)を使った戦術を駆使して交戦を行おうとした。

 トンッ…

「ッ!?……」
 しかし後頭部に衝撃を受け、ヨハンの意識は暗転してしまった。

※          ※

「ハア…ハア…」
 ヒルダは監視対象であるブラッキーを抱えながら、息を切らしていた。
「…危なかった…この仔は今、自分ごと(……)サイコキネシスを発動させようとしていた…一瞬私の当身の方が早かったが…彼の力の収束力は訓練生のモノとは思えない…」
 意識を失っているブラッキー・ヨハンを、ヒルダは恐ろしい物を見る様な目で見ていた。
「…エリア様も…とんでもない仔を目につけたものだ…」
 苦笑気味に呟いたヒルダは、ヨハンを両手で抱えると、闇の中へと姿を消していった。

※            ※

 一方その頃、パーティー会場は賑わいを見せていた。
「こんな美味しい料理なら、ヨハンも来ればよかったのに…」
 兄の今の現状を知らないミシェルは、皿に盛られた料理を堪能しながら呟いた。
「ヨハンも怖いモノ知らずだな。僕なら普通、王女からのお誘いを断らないぞ」
と、隣に居たルイズが呟いた。
「先程、エリア様が挨拶に来てくれたけど、あの後すぐに姿を消して、あの左京ってキュウコンの人だけだな…」
 そう言うルイズの視線の先には、会場の端で待機している左京の姿があった。
「あの人、綺麗な人だよね」
と、左京に見惚れながら、ミシェルは呟いた。そんなミシェルにルイズは言った。
「そういう所も、ミシェルはヨハンと違うな。ヨハンは結構モテるのに、誰の事も好きだとは言わないんだよな」
「…ヨハンは昔からそうなんだ」
 ポツリとミシェルが言った。
「えっ?」
「小さい頃から、ヨハンはどこか変わっていたんだ。凄く可愛い仔が居ても、僕は凄くきになったりするけど、ヨハンは興味も持たなくて、僕と遊んだり、お母さんの凄く難しい本を読んだりしてたんだ。ある日僕は聞いたんだ。『どうして、ヨハンは女の子を好きになったりしないの』って、そしたらヨハンは言ったんだ、『僕は誰かと恋をするより、本を読んで戦術を覚えたりしたり、ミシェルと一緒にいる方が楽しいんだ』って…僕は嬉しかった」
「…ヨハンらしい」
 苦笑気味にルイズが言った。そしてバルコニーの方へと肢を進めた。
「ちょっと疲れたから、夜風に当たってくる」
 ルイズの言葉を、ミシェルは無言で頷いた。
 開放されたバルコニーに出たルイズ。空を見上げると、夜空には月が浮かんでいた。
「ヨハンの話をしていた性か、月が綺麗に見えるな…」
 月に見惚れている時であった。
「!?」
 妙な波動を感知し、ルイズは波動を感じた方を向いた。すると其方には、何かを抱えたコジョンドが、素早い身のこなしで屋敷の庭を駆けて行く姿があった。
 ルイズはコジョンドの抱えている物に視線を集中させた。
「あれは…ヨハン?…」
 コジョンドの抱えている物が、ブラッキーであると気づき、尚且つそれが友人のヨハンであると分かった。
 コジョンドは素早く屋敷の中(ルイズ達が居る場所から離れた所)へと、侵入したのを見て、ルイズはコジョンドの後を追う事にした。騒ぎにならない様に一人で…。

※               ※

『…痛ぅ…当身を食らったみたいだ…』
 意識を取り戻したヨハンは、ヒルダの当身の受けた頭部に痛みを感じていた。目を閉じたまま、心の中で状況を整理する。
『普段なら、あれくらいの距離、簡単に気付くのに…思いの外BARへの出禁が効いていたみたいだね…意識を失う寸前に、相手の腕に長い体毛が見えた…それにニドキングの『コジョンドの姉ちゃん』…あのヒルダっていう、王女様の侍女だな…僕に対しての嫌がらせか…まあ、それは兎も角…此処は何処だ?』
 痛みが引いてきたヨハンは、背中に柔らかいクッションの様な感触を感じた。
『これは…ベッドか?…でも誰の…匂いや感触からは…結構高級な様だけど…んっ?…ピアノの音楽?…』
 状況整理に集中していて気付かなかったが、どうやらヨハンが今居る所に、ピアノの音楽が流れていた。
『この曲は確か…『さらばピアノよ』か?…確か授業で習ったけど…誰が弾いているんだ? 凄く上手いけど…よし』
 ヨハンは色々と確認する為、目を開ける事にした。
「……?」
 目を開けたヨハンの視界に、最初に入った物は…レースのカーテンの様な物が吊らされた屋根であった。
どうやらヨハンが寝ていた場所は、天蓋付きのベッドらしく、その大きさはキングサイズ程であった。
「……」
 とりあえず上半身を起こして、ピアノの音がする方を見た。
「……」
 月明かりのみが明かりとしてある豪華な部屋で、グランドピアノを優雅に弾いている、ヴェネイル王国の王女、エリア・エンフィールドの姿があった。
 エリアはヨハンが目を覚ましたのに気付いたのか、ピアノを弾くのを止めて、ピアノの鍵盤の蓋を閉めて、ヨハンの方を振り返った。首からは金色の太陽のペンダントと銀色の月のペンダントが下がっており、振り返った時、ペンダントも揺れた。
「こんばんは…ヨハンさん」
 穏やかな口調で、挨拶をするエリア。
「こ、こんばんは…王女様」
 相手が王族というのと、折角の招待を無下にしてしまったという負い目で、ヨハンは戸惑いながら挨拶をする。
 そんなヨハンを、エリアはヨハンの居るベッドに近付きながら、静かに笑う。
「そんなに畏まらずに、私の事はエリアと呼んで下さい。様も必要ありません」
「…ではエリアさん。どうして僕を連れて来たのですか? パーティに参加しなかったからですか?」
 そう尋ねると、エリアは申し訳なさそうに答える。
「すみません。ヒルダが行なった事は、私が後で注意しておきますので…」
「あ、いや別に責めている訳ではないのです…ただ、一国の王女がどうして僕を連れてくる様な事を、侍女の方にやらせたのか…」
 ヨハンが尋ねると、エリアは何も答えず、天蓋のカーテンを開けて、ベッドの上に飛び乗った。
 ヨハンは身を固くしたが、エリアは構わずに、ヨハンの目の前に来た。
『どうしたんだろ僕は…前日はこんなにドキドキしなかったのに…』
 実はヨハンは、先程エリアがヨハンの覚醒に気付いた時から、胸の高鳴りを感じていたのだった。そしてそれは、エリアが目の前に来た時、鼓動の速さは更に速まった。それこそ、エリアに聞こえてしまうのではないかと思う程…しかしそれでも、ヨハンは平然を保ち続ける。
 エリアはルビーの様な赤い瞳で、ヨハンのサファイアの様な青い瞳を見つめた。
「貴方が…欲しいから…かしら?」
「……えっ……」
 穏やかで切ない声で、エリアは呟いた。
「戦う貴方を見て…穏やかな歌を歌う貴方を見て…私は貴方を自分の手元に置きたくなったのです…」
 それはもう殆ど、愛の告白とも表現しても良い言葉だった。流石のヨハンも、一国の王女の言葉に動揺した。
「ちょ…ちょっと待って下さい…僕はその…エリアさんの様に高貴な家の者ではない、ただの兵士志望の一般人です…とてもエリアさんとは釣り合う様な存在ではありません…それに僕は…色々と問題もあって」
「賭け事を…している事ですか?」
 ヨハンの言葉を遮る様に、エリアが言った。
「貴方が夜な夜な、何らかの方法で寮を抜け出していて、とある店で賭け事をしている事は、ヒルダの調査で知っています」
「…何のことでしょうか?」
 ヨハンは冷静に答えた。
「自慢じゃないですが、僕はガ―ディア・ナイトでは成績優秀な生徒…そんな僕が、自分の首を絞める様な真似をするはずがないでしょう?」
 冷静で尚且つ余裕の状態でヨハンは述べる。だが内心は動揺していた。
『何の証拠も無しじゃ、いくら王女様でも無理だろう…僕を手に入れたって言ってたけど…まさかね…生憎僕はまだ、誰かに仕えるつもりは無いし…』
 そう心の中で呟いていたヨハン。するとエリアは、数枚の写真をヨハンの前に置いた。それには…あのBARに入っていくヨハン、中で賭けをするヨハン、勝手掛け金をせしめるヨハン、店から出てコンタクトを外しているヨハン、寮の塀を飛び越えて戻るヨハン…が写っていた。
「!!!……」
 ヨハンは動揺した。二か月近く誰にもバレなかった自分の秘密が、あっさりと見抜かれてしまったからだ。
 そんなヨハンに対して、エリアは穏やかに微笑んでいた。

※            ※

 その頃ルイズは、ヨハンを抱えていたコジョンドの波動を、探知しながら慎重に進んでいた。すると…
「…!」
 廊下の角を曲がった所にある、豪華な作りの扉の前に、あのコジョンド‐ヒルダ‐が立っていた。
 角の陰から伺っていたルイズは、一旦引っ込み壁に寄り掛かって思案する。
『恐らくヨハンは、あの部屋の中だな…なぜヨハンを? 欠席しただけで拉致するか? それとも別の意味が…』
 ルイズはもう一度ヒルダを伺った…誰も居なかった。
「!?」
 その瞬間、ルイズは背後に気配を感じ、波動弾を撃ち込む為に構えようとした。
「動かないで下さい…」
 背後から冷たい声が響いた。

※            ※

「勘違いしないで…貴方を脅そうというわけじゃないの…」
 エリアの穏やかな声が部屋に響いたが、ヨハンにとっては動揺を更に高める要素にしかならなかった。
「この事はヒルダに貴方の事を調べさせていたら、偶然知ってしまった事なの…私はただ…」
 エリアは其処で言葉を途切れさせ、ヨハンの瞳を見つめた。
「!?…」
 エリアの赤い瞳に見つめられ、ヨハンの動揺は先程とは別の感情に変わり、胸の高鳴りを更に上げた。
 エリアは優しくヨハンの肩を押し、ヨハンはそのままベッドの上に倒れ込み、その上からエリアが覆い被さる様に見つめてきた。ペンダントが重力と共に、ヨハンの上に釣り下がる。
「ヨハン…貴方が欲しい…」
 ただ純粋に…そして切なそうに、ヨハンの青い瞳を見つめながら想いを告げたエリアであった。
 ヨハンはエリアの瞳から、目を逸らす事は出来なかった。
『何だ…吸い込まれそうだ…僕は…彼女に…心を…奪わ…れ…そう…だ…』
 エリアの瞳を魅了され…ヨハンは自分の意識が遠のく感じがした。

               Cоntinua 次回に続く

 ZAFFIRO DEL MESE RUBINO SOLE Ⅱ







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Last-modified: 2020-07-07 (火) 00:14:46
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