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鯉王元結

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鯉王元結(こいおうもっとい) 作:群々


 えエ、ヒトの世界には種々様々な趣味というものがございまして、ゴルフですとか麻雀ですとか、やれ会社の同僚、上司ですとか、やれ大学の同級生ですとかと寄り集まってするもんですな。それ自体が楽しいってこともありますし、何より趣味を通じて仲間が増える、情報を交換する、それでもっとのめり込むってえと誠に楽しいもんでございます。
 とはいえ、こちとらポケモンだけの世界になりますと、どうもゴルフクラブですとか、麻雀牌ですとか、そういうのはありません。まあ、ししょーやおじいがグリーンを回ってるとか、だんちょーが夜な夜な麻雀卓囲んでるとか想像するのも大変乙なものではございますが、まあそれはできない相談なんですな。
 ですが、そんなポケモンたちでもヒトと同様にのめり込む趣味ってえのがあって、それがまあ釣りってやつなんですな。その辺の池ですとか、川とか、もちろん海でもいいんでございますが、ふらっと行って釣り糸を垂らしてぼうっとして過ごすだけでいいから、まあ単純でわかりやすいもんです。釣れるか釣れないかの長い時間を、日常を忘れてのんびりと待つというのは、ヒトでもポケモンでも至福なもんではございますが、まあ、上手い方の言うことには大物を釣るにはせっかちじゃないといけないそうでございまして、釣れねえとなったら手を変え品を変え、釣竿を変え、ルアーを変えて、場所を変えてなんかして、とにかく試行錯誤なんかをして、ようやく釣り上げた時の快感なんてのは、こりゃもうたまらないというワケでございますが、まあ楽しみ方ってもんはヒトそれぞれ、ポケモンそれぞれですな。
「ちくしょう! またてめえか!」
 と釣竿を振り上げて悔しがるのは、川釣りをしていたリングマです。ちょうど近場にある川の釣り場にやってきて、こうして、朝からずっと釣竿を垂らしておるんでございますが、どうも様子がおかしい。
「おい! ちくしょう! こらっ! てめえ! とっとと離れやがれ!」
 クリムガンみたいな顔をして怒るリングマの視線の先には、見事に釣り上がった一匹のコイキングがございましたが、食いかかった釣り針に食い付いたままブラブラしてるそいつは、馬鹿にしたような目つきでリングマを睨んでおります。
「けっ! 残念だったな!」
 釣り針から外されながらも、このコイキングめは感謝するどころかずっと悪態を吐く有様でございまして、
「一昨日きやがれ!」
 なんて吐き捨てて、またすいすいと川に戻って行きます。
「なんだい、悔しいねえこんちくしょう!」
 とリングマは煮え繰り返るような思いでいたのでございますが、それと言いますのも、ここへ釣りに来てからというもの、コイキングしか釣れないからでございました。コイキングばっかり釣れるってだけなら、それもまた釣りの釣りたる所以ではあるんですけれども、コイキングはコイキングでも、おんなじコイキングしかかからないから怒っているわけでございまして、
「大将! ちょっと! ねえ、大将!」
「なんでございましょうか」
 なんてって、釣り場の主であるルンパッパが出てくる。先ほども申しました通り、ポケモンの世界でも釣りというのは大変結構な趣味でございますから、各地にこうした池やら川やらに釣り堀なんてものが作られてるのでございます。救助やら探検やら調査やらしてる連中なんかが、時間の空いた時になると竿を片手にして、ゾロアゾロアとやってくるわけですな。
「なんでじゃないやい! ここの釣り場はいったい、どうなってんだい」
「どうも何も、最近あっしがマラカスを変えたんですが」
「どうでもいいんだよそんなこと! そうじゃないんだろう! ご覧よ、あいつを! あっ! あんにゃろう、水面から顔出してベロ出してやがらぁ。大将、見ただろ? あいつだよ、あいつ! あのコイキングだよっ。さっきから俺の竿ばっかり絡んできやがって、どうにもならなねえんだよう、大将、釣っても釣ってもあいつしかかかりやがらねえ。しかもねえ、竿投げようとするってえと、あんにゃろう、もう待ち構えてやがるんだよ。ほら、あんな感じでね、悔しいねえどうも! いつにも増して挑発してきやがる」
「ありゃあ、なかなかの大物ですなあ」
「態度は大物かもしんないですけどね、コイキングは所詮コイキングですよ。釣りごたえなんか微塵もありゃしないんですから。勢いだけはあるけど、あとは指一本で釣り上がっちゃう。そのくせあんな態度でかいんですからね。逃したって、次の釣り針が飛んでくんのをもう水面で待ち構えてやがる。着水する前に跳ねて針に食いつきやがって、可愛げがねえやつだよぅ、ったく! ガーディとかロコンとかと遊んでるんじゃあないんだよ。これじゃ釣りになんかなりゃあしねえ、おい、大将、どうしてくれんだい!」
「左様でございますか。それでしたら、熊さん」
「そんな餌で釣られクマー、って馬鹿なこと言わすねいっ! 誰が熊さんだいっ、リングマだよリングマ! ちゃんとリングマって名前があるんだから、ったくどいつもこいつもやんなっちゃうよお。とにかくね、こんなんじゃ釣っててもちっとも楽しくないからね、損しかしてねえんだから、払った5ポケ、返してもらうよっ」
「畏まりました。それでしたらお詫びにあのコイキングを贈呈」
 馬鹿言うなぃ、なんてっていよいよクリムガンになって帰ってしまう。その後も何度となく同じ苦情が次から次へと大将に来るわけでございますが、原因はやはりおんなじコイキングなんでございまして、この釣り場にはコイキングしかいねえのかぁなんて言われて評判が下がるもんでございますから、流石にルンパッパの大将も困っちゃう。
「ちょいとちょいと! お前さん、お前さん! ええ、今日はどうもご苦労さまでございました。それはそれとしてね、まあまあ、ちょっとこっちに来なさい」
 なんて言って、ある時、水ん中でまだふんぞり返っているコイキングを呼びだすわけでございまして、
「けっ、何の用だいっ!」
 と、まあでかい態度をしながらすうっと大将のいる方へと泳いでくるのが、例のコイキングなんでございましたが、普通コイキングといいますと、間の抜けた目なんかをしてるもんですが、こいつと来たら、バンギラスみたいにイキリたった目をしておりまして、随分と荒っぽい。
「まあ、お聞きなさい、ね、お前さんにはこの釣り場ん来てもらって、ようく働いてもらってね、それは大変ありがたいことなんだけども、どうも、ちょっと最近は、ねえ、度が過ぎますよ」
「なんだいっ! 度が過ぎるったってえおめえ、魚として働いてんだから過ぎるに越したこった、ねえじゃねえかい!」
「過ぎたるは及ばざるが如しとも言うだろう、ね、ここの仕事ってのは、一日川ん中で泳ぎながら、垂れてきた釣り針に食い付いて釣ってもらって、お客さんに楽しんでもらうとこじゃあないか」
「客だってクリムガンみたいに楽しそうな顔してるじゃねえか」
「怒ってんだよお、あれは、えエ、釣りってのはねえ、釣り糸を垂らして、じっくりと針に引っかかるのを待つってえのが楽しいんですからね。お前さんのはどうだい、竿を投げたそばから食いついてちゃあ、これじゃあ釣りでもなんでもありゃしませんよ」
「客の顔は引き攣ってましたがね」
「生意気な口を利くねえ、どうも。とにかくね、こんなことばっかりやってますとね、ここの評判自体が悪くなって、誰も来なくなりますよ。そしたら、お前さんにだって払えるポケも払えなくなって、最後はお暇させてもらうかもしれないんだから。えエ、お前さんだって強がってはいるけれども、あくまでもコイキングの身の上なんだから、そのまんま、いざ野生に放り出されてご覧なさい。お前さん、生きてけるのかい?」
「なっ、なんだいっ、いきなりそんな、真面目くさいこと言いやがって、ルンパッパのくせに」
「真面目だから言ってるんだよ。大体、ついこないだまでは、ごくごく普通にやってたじゃないですか。どうしたんだい、この頃いきなりはりきりだしたのには、なんか、訳でもあるのかい」
「わ、訳なんたって、そんな訳はない」
「訳がないんだったら、なおさらですよ。私だって、そりゃあお前さんが積極的に仕事してくれてるってのは、本当ありがたいことだと思っていますよ。でもね、あんまり頑張り過ぎたって、結果はついてきませんよ。私としても、あんまり厳しいことは言いたくないんだけれどもね、こういうことがこれからも続くんだったら、お前さんを野生に返すからね、いいかい」
「いいかいもクソもあるかぃ、悪いカイなんてどこにあるんだいバッキャロー、こんにゃろうめっ!……っかああ、ったく、何かと思って聞いてみりゃあ、しょうもないことを言うねえ、どうも! こっちは一生懸命、何百回も針に食いついてやってるってえのに、褒められるどころか怒られちまって、張り合いがねえやあ!」
 なんて愚痴愚痴言いながら、水ん中へ潜っていきますと、他の釣り堀の仲間たちが少し離れた距離からコイキングを眺めております。ただでさえ、バンギラスみたいに荒っぽいってえのに、この頃は釣り場で騒ぎも起こすようになったこともありまして、どうにも近寄り難いという感じでございまして、陰の方から色々好き勝手に言われております連中を、いかくしながら泳いでいきまして、寝床の岩場んとこで不貞寝しようとした時でしたが、
「コイキングさん! コイキングさん! ねえ、コイキングさん!」
「なんでい! こっちはもう寝てえ気分だってえのに」
「ごめんよう。でも、どうしても、あんたのことが気になってね」
 と言いますのは、一匹のヒンバスでございました。つい最近、この釣り場で泳ぐようになったんですけれども、ヒンバスとは言いながらも見目麗しく、優しい目つきってえとまるでサーナイトみたいだってんで、釣り場のみんなが綺麗だ綺麗だと言いよるほどのたまなんですが、これが不思議なことに、荒々しいコイキングのやつと気が合ったようでございまして、ことあるごとにこうして二匹きりんなっておりました。
「なんだかさっき、大将に呼ばれておりましたようですけれど、どうかしたんです」
「どうしたも何も、くだらねえこったあ。最近、俺ばっかり針に食いつくせいで客が迷惑してるってさ。ったく、つまんねえ連中だよ。これ以上やったら、野生にほっぽり出すなんて脅しやがって、やだねえ、どうも!」
「まあ……だって、あんた、ちょっと口開けてごらんなさいな」
 ヒンバスが両鰭で頑固なコイキングの口を押し広げてみますと、まあ口ん中は傷だらけでございまして、みんな針がぐっと中に食い込んでできたもんですから、見てるこっちが痛くなってくるくらいのひどい有様でして、普通だったら喋ることだってたまんないもんですが、このコイキングはなぜだかべちゃくちゃべちゃくちゃ喋るわけです。
「こんなに傷だらけじゃあ、食べることだって辛いでしょうに、あんたって方は、無理をし過ぎるよう」
「けっ! こんなんで屁張ってられるかい。コイキングだからって馬鹿にするんじゃねえってんだ」
「それはようくわかりますけどね、あんまり無理ばかりして、働けなくなったら元も子もないじゃないですか。ほら、ちょっと待っていなさい」
 と言って、ヒンバスがいっぺんふわーっと水面の方に上がってしばらくすると、鰭にきずぐすりを抱えながらすうっとコイキングんとこに戻ってきて、早速そいつを口に含んで溶かしますと、ぎゅっとコイキングの奴に口移しをしてやりました。
「げっふん! げふん、げふん! ぶええええっくしゅん! なんだい、いきなり! こんなことしやがって、おめえには、そのうっ、恥じらいってもんが、ないのかいっ!」
「そうじゃないでしょう。あんたの口ん中にきずぐすりを塗ってやったんだから、ねえ、そりゃあ、あんたはあんなに針んとこに食いついて勇ましいとは思うけどねえ、どうしてあんたは、そんなに無茶なことをするんですっ」
「何でったって、わかるじゃねえか」
 不貞腐れながら、コイキングの野郎は底に沈んでる壺を鰭で指しまして、まあここで働いてる魚たちそれぞれに壺ってもんがありまして、日々の給料ですとかだいじなものですとか、そういうもんを壺に入れて大切にしてるわけでございますが、コイキングの壺ってえと、溢れるくらいにポケが入ってる。入りきらないから、もう一個壺が並んでいるくらいでして、だからケチんぼだの何だの言われたりするんですけれども、
「俺には、夢ってのがあるんだよ、えエ、この二つ目の壺ってえのがポケでいっぱいになった時にゃあ、こんなしけた釣り場なんかおさらばして、こいつを元手に探検隊を結成するんだ。この世界ってなあ、まだまだわからねえことがいっぱいあるわけだけどもな、海ってなあまだまだ手つかずの領域なんだ、先に探検してなんかを見つけ出したら、大手柄、大儲け、有名ポケってやつだぜ、えエ、こんなとこに来てからってもんは、もらったポケ全部壺ん中注ぎ込んで頑張ってきたんだ、誰がなんと言おうが、それは邪魔させるわけにゃいかねえ、邪魔するってんなら、今にギャラドスになって、この辺全部焼き討ちして」
「ちょっと、ちょっと! あんた、そんなこと言っちゃあダメですよお。みんなだって、一生懸命働いてるんですからね。そりゃあ、あんたの気持ちはよくわかります。それに、お金のためにあんな痛い針に自分から食いついていくんですから、肝っ玉があるのもよくわかりますよ、でもねえ、やっぱり、時には他の仕事仲間ですとか、お客さまの気持ちだって考えないといけないじゃあないですか。私、他の方から聞きましたけれども、つい最近まではごくごく普通にやっていたそうじゃあありませんか。なのに、突然そんなにはりきりだすようになって、それにねえ」
 ヒンバスはちょっと口をつぐみまして、
「あんた、私が針にかかろうとすると必ず横取りするじゃあないの、どうしてなんです」
「けっ! おめえが針ん前でグズグズしてんのが悪いんだい!」
「だって、私はそういう風に大将から教えられたんですよ。お前さんはヒンバスっていう一等珍かな種族だから、そう頻繁に竿にかかってはいけない、針が近寄ってきてもすぐには食い付かずに焦らしなさい、とそう学んだんですから」
「にしたっておめえ、針に食いつこうとするって口をパクッと開けといて、ためらってやがるじゃねえか、まあ情けねえたらありゃしねえ。おめえ、それでも魚かい! へんっ! 珍かな魚ってのは、まあ楽なもんだい。んなことしてっから、俺が先に食いついちゃって、度が過ぎるなんて言われるんだ、おめえのせいだよう、ったく!」
 と言って砂に顔突っ込んであっという間に寝てしまう。いびきったってデカイもんでして、ランターンの光みてえに川の至る所で聞こえるもんですから、周りの仲間だっていつも迷惑しているような夜でございまして、それからというもの、あんなに横柄な振る舞いをしているとはいっても、さすがに大将に言われたこともありまして、大柄な態度こそ変わりませんが、針なんかが水ん中に垂れてきても、グッと堪えて涎なんか垂らして我慢するようになって、見た感じが泡吹いてみるみたいだってんで、あだ名がコイキングラーなんて言われたりしますし、時には針に食いつきたくてたまらないといったようにデカイ口を細く窄めて突き出したりなんかしておりますと、今度はあだ名がコイキングドラになって、さらには遠目の針に突っ込んだ勢いで、同僚のシェルダーなんかを巻き込んで、そいつがちょうど頭にかぶりつく形になったもんなので、コイヤドキングなんて呼ばれたり、まあ好き勝手呼ばれるわけでございますが、
「おい! おい! てめえ! このっ!」
「なんでぇ! 自分から釣っといててめぇったあ、どういうつもりだい!」
「どういうつもりも何も、またてめえがかかってきやがったからじゃねえか」
「かかるも何も、今日はまだ二回目じゃねえか。旦那ねえ、せっかちにも程があるよ、えエ、釣りってなあ、そんなに簡単なもんじゃねえんだから」
「魚に言われちまっちゃしょうがねえや。おい、でもな、俺ぁ、せっかくあと少しのところでね、そこで泳いでたヒンバスがかかるとこだったってえのに、そこにてめえが邪魔してきやがって、悔しいったらありゃしないよ、ったく、つくづくてめえに振り回されるね、どうも!」
「それが釣りってもんだからねえ、熊さん」
「そんなエサに釣られクマーって、何度も言わせるんじゃねえやい! リングマだいリングマ!」
 なんてことも時々はあったんですけれども、たいそう真面目な働きぶりをしたわけでありまして、そのうちここじゃあヒンバスが釣れるぜえなんて噂がばあっと広がって、釣り場は大変繁盛しまして、魚たちにもたくさんポケが入ってくる。コイキングの野郎が溜め込んだ壺もいよいよポケでいっぱいになって参りました。
「コイキングさん! コイキングさん! ねえ! ねえ!」
「ふああああ、あああっ! なんだいいきなり、夜中にでっけえ声出して」
「あんたのいびきの方がデカイよう。そんなことよりもね、私、大将と話してるところを聞いてしまったんです。あんた、明日ここを出てくって話じゃないですか。どうして、どうして私にそのことを話してくれなかったんです!」
「何かと思ってみりゃあそんなことかい! けっ! そりゃあ、ポケが十分溜まったからってだけの話じゃねえか。おんなじとこで働いてたってだけで、どうしてわざわざ、そんなことおめえに言わなきゃなんないんだいっ!」
「そんなこと言わないでくださいよう、私、まだここへ来て短いですけれど、あんたにどれだけ助けられたかわかりません。本当に、感謝しているんです。それだのに、突然、何にも言わず消えてしまおうなんて、そんなヒドイことは、ないじゃあありませんかあっ!」
「おいおいおい! おい! 泣くな、泣くな! ったく、しょうがねえヤツだねえ、どうも! ヒンバスってなあ、なよなよしくていけないよおっ!」
「だって、だって、そんなことを言ったって、あんたはよく私を守ってくれたじゃあないですか。私の方に釣り針が飛んできて、ああ、これは私が食わなければいけないなと思った瞬間、そろうっとそばにやって来て、さりげなく食い付いてくれるなんてこと、何度もしてくれたこと、私は決して忘れていません」
「へっ、なんだいっ、そんな畏まったようなことを言って。グラードン様が暴れ出すんじゃないかいっ」
「冗談を言ったって、私にはわかります。目つきは険しくても、あんたは心根が優しく、情のあるお方です。私がヘマをした時だって、あんたはさりげなく何度も庇ってくれました。言い方は乱暴でも、けして私を責めるようなことはしませんでした」
「なんだぃ、褒めたって、なんも出てきやしねえやいっ」
「生まれてからこの方、これだけ優しくしてもらったことはありませんのに、それが突然、明日で終わってしまうだなんて、私、一体どうすればっ」
「おいおい! こらっ! だから泣くなってんだあ! わかった! わかったようっ、弱っちゃったよ、どうも、しょうがねえやつだねえっ!」
「しょうがないもんだってことは、私が一番よくわかっています。ですが、あんたがここを離れてしまう前に、どうしても、伝えたいことがあったんです」
 と言いますと、ヒンバスは鰭を擦り合わせて、ちょいとためらう色を見せますと、その麗しい瞳できっとコイキングを見つめますと、きずぐすりを口移ししました時のように、そっと口づけをしたわけでありまして、途端にコイキングのやつ、ただでさえ真っ赤な鱗が火照ってオクタンみたようになりまして景色ばんで、
「ななななななな、なんだいっ! なんだいっ! どういうつもりだいっ! いっ、いいいいきなりっ、んなことしてっ! なんだってんだようっ! 俺は、今から、怒るぜっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! でもっ、よく聞いてください。私は、あんたのことを考えているとね、心がドキドキしてくるんです。こんなことを考えてはいけないと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、ダメなんです、余計にあんたのことを考えちまって、どうしようもないんです。どうにかして、我慢しよう我慢しようとしてきたけれど、あんたが明日でいなくなるって知って、どうしてこの気持ちを、打ち明けないでいられましょうかっ!」
「へっ?! ってことは、じゃあなんだいっ、おめえってやつは、もしかして、もしかして、俺のことがっ」
「好きなんだようっ! 嫌いなら、いっそそう言っておくれっ!」
「いや、そりゃ、まあっ、おめえのこったあ、嫌いってわけじゃねえけどようっ、つったって、いきなり好きって言われたって、俺ぁ、そんなこと言われたってえ、一体どうすりゃいいんだい……」
「いいんです、ただ、あんたは私の気持ちだけを受け取ってくれればいいんです。私は、それさえできれば幸せなんですからっ」
「幸せっつったって、おめえ、好きな相手にただ好きっつって、それだけで満足するんだったら、恋なんて要らねえじゃねえか、そんなことくらい、コイキングの俺だって知ってらあ。大体ねえっ、おめえのそのメッソンみてえな態度が気に食わねえや。そもそもおめえみてえなヒンバスが、どうしたって、こんなしけた釣り場に流れ着いたんだい」
「それを話すと長くなるんですけれども、私の両親というのは父母ともミロカロスでございましたが、私がたまごから生まれてすぐに父親が亡くなりまして、それからというもの母一匹のもとに育てられて参りました。しかし、その母もまた病に倒れてしまい、寄る辺のない身となりました私は、厄介者として親戚から親戚へとたらい回しにされた挙句、とうとうこの釣り場へと売り飛ばされたんでございます。ですが、ルンパッパの大将さんはとても情に深いお方で、私のことを気遣ってようく面倒を見てくださりますし、それにコイキングさん、あんたのような方と会えたんですから、私はちっともこの身の上を恨んではおりません。あなたが釣り針へ、馬鹿みたいに食いつく姿を見てどれだけ元気付けられたことでしょう」
「馬鹿は余計だよっ!……しかし、まあっ、そうかいっ……おめえさんってのはっ、なあっ、うんっ、ああっ、そうかい、そう……そんな、酷えことが、世の中にあるなんてなぁ……かあああっ、たまんねえや、ったく! でもよお、おめえさん、こんなとこで働くっつったって、辛えじゃねえか」
「それは勿論、私の本意で働いているわけではありませんから辛くないと言えば嘘になりますけれども、これもまた私の運命ですから、やはり受け入れまして私は、自分の道を生きていこうと思っているのです」
「けっ! 運命、運命なんて弱音を吐いてるから不幸になるんだいっ、じゃあ、おめえさん、いってえいつまでここにいるつもりだい」
「私もコイキングさんのように、これからも一生懸命に働きまして、自分の壺のポケが溜まりましたら、ルンパッパの大将様にお暇を申し出まして、この川より遥か上流にあるという、名にし聞く賑やかな街へ行って、救助隊の方に奉公に入って、いずれは私のような弱いものたちを助けようと思うのです」
「ふうん、そうかい、おめえさんにも俺みてえな夢ってのがあるんだなあ。大丈夫、大丈夫だよお、おめえみてえなヤツなら、立派な救助隊になれる、ま、それまではここで色々経験ってのを積んでおくってのも悪くはねえ、釣りしてる連中のナマケロみてえな顔を見るってえと、学べることはたくさんあるからなあ、んなことしてるってえと、勝手に俺のな、この壺みてえに、ジャラランガとポケが貯まっていくんだから」
「ありがとうございます。コイキングさん、やはりあんたは私が感じた通り、大変心の優しいお方でございました。きっとこれから、あんたは勇敢な探検家になることでしょうし、これでお別れになったとしても、心からあんたのことをお慕いしております。私も一所懸命に釣り針に食いついて、みんなのために努力をいたします。これ以上、一緒にいるとなりますと、私も耐えられない気持ちになってしまいますから、ここで私は失礼します。コイキングさん、さようなら!」
「ちょいちょいちょいちょいちょいちょい! ちょいっ!」
「どうしたんです!」
「いや、そのよう、なんというか、そのう、さようならなんて言われっと、なんだかおめえさんがこれから死ぬみてえに聞こえっからよう、もうっ、大丈夫かなあっってさあ」
「さっき大丈夫だって言ってくれたのはあんたじゃあないですかっ、私はまだしばらくはここに残るけれども、コイキングさんの夢が叶うようにお祈りをしていますから、別れるのは寂しいことですけれど、どうか、お元気で、さようなら!」
「ちょいちょいちょいちょい! ちょっ! ちょん! どうして、こうヒンバスってのはなよなよするもんなのかねっ、そんな目に涙溜めて出ていかれたら、俺がおめえに酷えことしたみてえに見えちまうじゃねえか、えエ、こう、もっと元気発剌、勇気凛々、意気揚々みたいな感じで、パアッと別れられないのかいっ」
「ごめんなさい、だけれどもどうしてもあんたとこれでお別れしないといけなくなると思うと、辛くて辛くてたまらないんです、それに、そんなあんたを好きになってしまって、私、辛くって……でもあんたにはあんたの夢がある。私の身勝手な気持ちで、それを妨げるようなことがあってはいけない、ですから、見苦しいことではありますけれども、どうか、私のことはお気になさらず、夢を追いかけてください、それでは、さようなら、さようなら」
「ちょちょちょちょちょいちょいちょいちょい! だからおめえよう、そんな未練タラタラでさよならされんのが一番イヤなんだいっ! 大体、なんで二回言うんだいっ。そういうことをされちゃあ、後味が悪いってんだよ」
「だって……」
「だっても何もねえやい! そんなにメッソンメッソンしてんだったら、このっ、このポケ、持っていきやがれ!」
「でっ、でも、いきなり、そんなっ!」
「黙って受け取りなっ、こんだけありゃあ、救助隊に滑り込むにゃあ十分だろうよ」
「そんな、コイキングさん、ダメですよそんなことしちゃあ、これはあんたが自分のために貯めたポケじゃあないかっ!」
「いいんだよ、持ってけと言ったら持ってきな、俺はおめえの身の上を聞いて思ったよ、おめえみたいなのは、このままこんなとこで燻ってちゃいけねえよ。釣り針食いついて努力していきますっつったって、おめえがここを出られるのはいつになるかわからねえ、それによう、ああいう釣り針ってのに何度も何度もパクついたら、おめえもようくわかってんだろうが、口ん中傷だらけになっちまう、俺ぁコイキングだから別に構わねえけど、その、おめえみてえなベッピンがこんなこと、しちゃいけねえ」
「お気持ちは勿論ありがたいですが、でも、あたいはそんなもの受け取るわけにはいきませんよっ」
「なんでだいっ!」
「だって、あたいだってヒンバスですけどねっ、自尊心ってのはあるんですからねっ、自分のためのポケなら、自分だって稼げますからっ」
「うるせぇ! このっ! ヒンバスのくせに生意気なこと言いやがってっ、受け取れっつったら受け取れってんだいっ、えエ、俺がくれてやるっつってんだから、大人しく受け取ればいいんだいっ、そんなにおめえが強情ばるっつんなら、俺ぁ、こいつを水に流してやるよっ!」
「ちょいとちょいと! やめておくれようっ、あんた、そんなことはよしておくれっ、自分で自分の将来、水の泡にして、どうするつもりだいっ」
「だったら、とっととこのポケ受け取りやがれいっ! 俺はもう知らんっ!」
「ど、どうしてあんたはっ、私のために、そんなことができるんですっ!」
「知らんっ!」
「知らない知らないって、理由もなくそんなポケ受け取ることなんてできやしないじゃないですかっ」
「ありがとうございますって頭下げるってだけのことが、どうしてできねえんだいっ」
「できないも何もないんですっ! あんたが要らない、私も要らないってんなら、こんなポケ、どっかへ行っちまえばいいんですっ」
「ちょいちょいちょいちょい! 待ちな! 待ちな! こんちくしょうっ、何しやがるっ」
「何ですっ! 水に流すって言ったのは、コイキングさん、あんたじゃあないのっ」
「このっ! 馬鹿なことするんじゃねえやいっ! 俺ぁ、おめえにこいつを受け取ってほしいから言ったんだいっ、コイキングってなあ、一度決めた道は真っ直ぐ泳いでいくしかできねえんだから、おめえが何と言おうと、このポケはおめえのもんだよっ、それでも水に流すってんなら、俺ぁ、これからピジョットんとこに食われに行くっ」
「ちょいとちょいと! 行かないでおくれようっ! なんで私のためにそこまで意地を張るのさっ」
「だったら、そいつを黙って受け取りな、おめえが受けとんねえっつうんなら、俺ぁこれから死ぬっ」
「わかりました! わかりましたよっ! ああ、もう何と申し上げればよいのかわかりません、本意ではありませんけれど、このポケ、しっかりと受け取りますから! どうか、無茶な真似だけはなさらないで」
「けっ! おめえさんね、それを早く言ってくれりゃあ良かったんだいっ」
「ですけどコイキングさん、一つだけちゃあんと教えてください。どうして、私にこんなにしてくれるんです、この釣り場には、私のような身の上のものが多いと聞いていますのに、どうして私だけひいきしようとするんですっ」
「理由なんかありゃしねえやい」
「理由なんてないことがありますか」
「ねえもんはねえっ」
「ないなんてことはありませんよっ」
「うるさいったらないねえ、どうも! ポケ受けとんのにそんなに理由が必要かいっ、だったら、しょうがねえや、教えてやらねえこともねえ……俺はなぁ、おめえの……なぁ……おめえのことをようっ……そうだねえっ……うんっ……ったく、んだねえ、どうも……俺はおめえが……うん……」
「どうしたんですっ、いきなり歯切れ悪くなって」
「いや……うんっ……じゃあ、こうしねえかい、おめえがつつがなく救助隊になって、いつかどっかでまた俺と会った時に、教えてやろうじゃねえか」
「そんなこと言ったって、会える保証なんかないじゃあないですかっ!」
「うるせえっ、聞き分けの悪いヒンバスだねえ、そんなにゴネるんだったら俺ぁタベラレルんとこ行ってオオスバメの餌になりに行くよっ! このっ、受け取れったら受け取るってんだいっ!」
 なんてことを言いまして、コイキングのヤツは無理やりに貯めに貯めたポケをヒンバスに全部くれてしまいました。渋々とではございましたが、それで本当に鳥の餌になられては困るってんで、それをもってヒンバスは釣り場を後にいたしまして、川をつうっと上った先にあるポケモン広場ってえとこへ参りました。時は経ちまして、まあ、そこで色々と励みんで参りましたところ、やがて救助隊の一員になることができたのでございますな。その頃となりますと、ヒンバスの姿もまた進化を致しましてミロカロスになったわけでございますが、これがまあ大層美しい姿でございまして、ハクリューやらジャローダやらに比肩する評判だとか、ましてやレシラム様なんかも嫉妬するなんてえ広場の連中の間で言われるくらいでございました。それに心根も、外見に劣らぬくらい清らかでございましたし、何より救助隊として腕があったわけですから、誰もがミロカロスのことを尊敬するわけでございました。
 救助隊として名が知れるようになりますと、ミロカロスは依頼を受けてあちこちを訪ねるようになりましたが、そんな中でもあのコイキングのことは常に忘れておりませんでして、行く先々であの勝ち気なコイキングのことを尋ねてみたんですが、なんにも手がかりはないまま、時が過ぎて行きます。
「おう! ミロカロスのいる救助隊ってのは、ここかい」
「はい、こちらでございますが」
「そうかいっ、おう、こいつぁあすげえや、ミロカロスさんの評判は聞いてましたがね、いやぁ、話で聞いていた以上に美しいお方ですねえ、いやあ、遠路はるばるやって来た甲斐があるってもんですなあ、へっへっへ」
「と申しますと、何か救助のご依頼でしょうか」
「ええ、そうなんですよっ、って言いますのもね、ええ、俺んとこの集落の近くの水場にねえ、どうも妙なヤツが住み着いちまって困ってんですよう、住み着くだけならいいんですが、威張りやがってそいつめ、広ぇ水場を独り占めしやがって、俺らを寄せ付けなくなっちまいましてねえ、これじゃあ水飲んだり釣りしたりってえのができねえとなりまして、地元の連中と相談して何度もヤツを追っ払おうとしたんですけど、強えのなんので、毎度返り討ちにあっちまって、どうしようもないんです」
「まあ、それは大変なことでございました」
「大変なんです本当に、ええ、なんてったって俺以外みんなコンガリ焼けちまいましてね、俺だけですよ、ここまで歩いて来られたのはっ、ええ、どうか、ミロカロスさん、力をお貸し下さい!」
「勿論ですよ、困っているお方がいたら、私に関係のないことは何一つとしてないのですから、必ずやあなたたちのお力になりましょう、ところで、その水場を乗っ取っているものは、一体何者なのでしょう」
「ええ、そいつがね、まあ厄介なもんでしてね、随分と荒っぽいギャラドスなんですよお、バンギラスか何かじゃねえかってくれえの目つきでね、口も悪いし、タチも悪いし、埒が開かないんですな、いってえぜんてえ、どんな育ちしたらあんなんなるかわかりませんや」
「ギャラドス……今、ギャラドスとおっしゃいましたか」
「ええ、ギャラドスですよ、そりゃもうとびっきり愛想の悪いギャラドスですよ、ったくもう、どうかミロカロスさん、お尋ねものかどうかまでは知りゃしませんが、あの野郎を懲らしめてやってくださいよ」
「ええっご依頼承りました今すぐそこへ参りましょう、熊さん」
「そんなエサに釣られっ、げっふんげふん! そうじゃねえんですよ! 俺ぁリングマですよリングマぁ!」
 とまあ、依頼したリングマに着いて行きますってえと、ポケモンたちが寄り集まって暮らしてる村のそばに大きな池がございまして、その真ん中のあたりを見てみますと、何やら大きな影が佇んでおりまして、ミロカロスはにゅるりと近づいていきまして、声をかけてみますと、その大きな影が振り向いてミロカロスのことをねめつけたかと思いますと、間髪入れずに口からはかいこうせんを放ってきましたので、ミロカロスは俊敏にそいつを躱しまして、相手の動きが鈍くなったところへすかさずれいとうビームを撃ちますと、そいつが見事に命中したんですけれども、今度はしぶとく相手は水上であばれ始めまして、ミロカロスを苦しめます。それでも激しい攻撃を堪えながら、ミロカロスがじいっと反撃の機会を窺っておりますと、突然、そのでっかいヤツの頭の上にピヨピヨとアチャモが回りまして、右も左もわかんないような体で、何もないとこに尾を降ったり、水ん中に向かって噛み付いたりしてもうメチャクチャでしたが、隙を見てミロカロスは思い切りたいあたりをかましまして、そのまま相手の上にのしかかりまして、じいっとうつらうつらした顔を見つめていますと、
「ちょいと、ちょいと! あんた、あんたなんだねっ」
「うああ…… むうん……ふにゃあ……んぬっ」
「ちょいと! ボケッとしてないで目ぇ覚ましておくれよお」
 と言いまして、長い尾っぽで数発めざましビンタをかましますと、さすがに相手も正気に返りましたが、その姿はひときわ目つきの悪いギャラドスなのでございました。
「なんでい! いきなり襲いかかってきたくせ、面まで張りやがって、どういうつもりだいっ」
「襲いかかってきたのはあんたの方じゃありませんか、それにどうもこうもありませんよ、ねえ、私のこと、覚えていらっしゃいます」
「へっ? なんだい。覚えてるかってなあ、んん、おめえさんのこと? 俺が?……いやっ、おめえのことなんか見たこともありゃしねえや」
「そんなことはないでしょう、私はあんたのことをようく覚えているんです」
「おめえが俺を覚えてるからっつったって、俺が覚えてるわけじゃねえじゃねえか、困ったねえ、ったく、気味の悪いことを言いやがって」
「いえ、あんたは私のことをきちんと覚えてるはずですよ、あんたのことを、私はずっと信じて精進してきたんですよっ、ね、昔あんたが釣り場で働いてた頃に、ヒンバスがいたでしょ、そしてあんたはそのヒンバスになけなしのポケを全部くれてやったじゃあないか、覚えてないなんて、言わせないよっ」
「だからって、それがどうしたいっ」
「私はね、ほらっ、あんたに世話になったあのヒンバスですよっ、ええ、私はあんたのことを忘れないで今まで生きてきて、ずっとあんたを探していた。そしたら、この池に随分と目つきの悪い、まるでバンギラスみたいなギャラドスが居座っているなんて話を聞きつけて、ああ、これは間違いない、あの時によくしてくれたコイキングだと確信して、ここへやって来たんですよ」
「おめえ、ネイティオ様みたいな決めつけを言うんだねえ、そんなに言うんだったら、なあ、何か証拠ってのは、あんのかい」
 なんてまだ強がってるギャラドスの口に、ミロカロスはいきなり首を突っ込みまして、そん中を見ますってえと、針の刺さったような傷跡が至るところに痛々しく刻み込まれておりまして、ギャラドスが唖然としておりますと、今度はミロカロスが自分の口を開けまして、やはり釣り針の傷のついた口ん中を見せつけたのでございます。
「もう、いくら否定したってダメですよ。私は全部覚えているんだから、こんなに釣り針の傷のあるギャラドスなんて、どこ探したってあんたしかいないよっ! お願いだよう、私はどうしたってあんたに会いたかったんだからっ」
「……けっ、随分と物覚えのいいヤツだね、参った参った、タチが悪いねえどうも、おめえなんざ、とっくに忘れたもんだと思ってたよっ」
「そんなこと言わないでおくれよっ、私はねっ、どうしてもあんたに会って、色々と伝えないといけないことがあったのです、ほらっ、あんたのくれたポケのおかげで、私、立派な救助隊になることができたんですよっ」
「ほう、そうかい、そうかい、それはよかったこったい」
「でも、あんただけが気がかりだったんです。だってあんた、自分が探検隊になるためって貯めてきたポケを全部私にくれちまって、その後どうしてしまったのか一向にわからなかったんですから。救助隊としてあちこちを巡れるようになって、私、一度あの釣り場のところを訪ねましたら、そこにはもう何も残っていなくて、誰に聞いたって、ここにいた目つきの悪いコイキングのことを覚えてるもんはありませんでした。いったいあんたはどうなっちまったのか、それを知らずには私も随分と後ろめたい思いがしたもので、毎日一生懸命ジラーチ様にお祈りしていたんですよ」
「で、たまたまジラーチ様が腹の目ん玉ひん剥いてくれたわけかい。ったく、余計なことをするもんだねえっ、あの野郎っ! ぶちのめして、デスカーン中に閉まってやらあいいんだいっ」
「そんな物騒なこと言わないでおくれよお、とにかく私はねっ、あんたが無事に生きてくれていたおかげで、これまでの自分が救われたような気持ちなんですからね」
「けっ、おめえさんはつつがねえようで良かったよっ、俺ぁね、おめえがあの釣り場を出て行った後も、釣り針食いついて稼いでいたわけだがよ、あのルンパッパの大将め、何を考えたんだか突然店畳むって言い出してね、ろくに稼げもしないまんま放り出されちまったんだい、えエ、それでも何とかなると思って、ほうぼうで働きはしてたけどね、みいんな客やら大将と喧嘩ばかりして長続きしない、そのうちバンギラスみてねえコイキングがどうのこうのって悪い評判が立って雇ってももらえなくなって困ったもんだから、まあ、こんな風にあちこちの水場転々として、その場を凌いでたところでい」
「でもそんなことをしていたら、そのうちあんた、お尋ねものになって、末は檻に入れられちゃうじゃないかっ、でも、そんなことをさせたのはもともと私のためだったんですから、本当に悪いことをさせてしまったねえっ、ごめんよおっ」
「けっ、安い同情なんか要らねえよっ、俺ぁ、こんなんだって別に悔やんだことなんかありゃしねえんだいっ、おめえなんかにそうすまねえなんて言われちゃあ、情けなくって死んじまうねっ」
「そんなこと言わないでおくれっ、でもあんたってのはあ、本当に、なんてお方ですっ、自分の夢も打っちゃって、そんで平然としていられて、どれだけ向こうみずなんですっ」
「けっ、相変わらずメッソンメッソンしやがって、進化して少しはインテレオンになったかってえとちっともそうじゃねえやい、困ったもんだねえ、どうも! 俺はねっ、心が強えかどうかは知らねえけどね、これでもそのうち何とかなるって思ってっから、こうしてんだいっ、おめえにいちいち心配される筋合いなんてありゃしねえんだっ、えエ、まあ、おめえがちゃあんと出世したようで良かったい、俺もおめえもなんだかんだ無事に生きてる、な、これでもういいだろっ、ねっ、俺はもう行くよっ、ま、おめえも元気になっ、うん、じゃ、俺はっこれでっ」
「ちょいとちょいと! 待っておくれ! せっかくまた会えたというのに、そんなすぐに行かないでおくれよっ、ひどいじゃあないかっ、大体あんた、まだ私との約束を守っていないじゃあないかっ!」
「……なんだい、約束ってなあ」
「ほら、別れ際にあんた、私がつつがなく救助隊になって、また会うことができたときには、どうして私にポケをくれたのか教えてやるって言ったじゃあありませんか」
「かあああっ! そんなことまでいちいち覚えてやがんのかいっ、おめえさんってなあ、馬鹿げた書物の読み過ぎだよっ、たまったもんじゃないねぇ、どうもっ!」
「いいじゃありませんか、私はそれが聞きたくて、あんたを探してきたようなもんなんですから、で、どうなんです、教えていただけますか」
「けっ、そんなにワケ聞きたかったら、無え耳ん穴かっぽじってようく聞きな、ね、一回しか言わねえからねっ……ごほん、ごほん……げふん、げっふん……はあ……ふう……えエ、俺ぁおめえのことがよう……おめえが……俺ぁ……おいっ、聞いてんのかっ!」
「ちゃんと聞いてますよっ! 聞いてますから、躊躇ってないで早く言っておくれっ」
「けっ、そうかい、そうかい!……随分とひたむきなもんだねえっ、ったく………………………………好き」
「へえっ! なに、なに? 今、何て言いました?」
「聞こえてるくせに聞き返すんじゃねえやいっ! 都合のいいヤツだねえおめえは! 俺ぁ、おめえのことが好きだってんだよっ、なんだってんだよっ、悪いか、悪いなら俺ぁ今からディアルガんとこに殴り込みに行くっ」
「悪くなんてありませんよっ、本当に!……ああ、私はとても幸せもんです、私を救ってくれたあんたとこうして両想いになれたなんて」
「ああ、そうかいそうかい、それは良かったけどよう、おめえさん、念のために聞くが、本当に俺のことが好きなのかい」
「勿論ですよ、だってあの夜、私はあんたに口付けをしたじゃありませんか」
「それはそうだけどよう、いやあ、お淑やかなくせに、随分と積極的じゃねえかと思ってよう、おい、でもよう、本当に、これでいいのかいっ」
「何を言ってるんですっ、当たり前じゃあないですか、私はあんたのことを心からお慕いしてるんですから」
「まあ、そりゃいいかもしんねえけどようっ……これからどうすんだいっ、広場ん行って、そのっ、なんだいっ、プクリンの前で夫婦の誓いを立てるっつたって、おめえさん」
「何をグズグズ言ってるんですっ、どうして困ることがあるんですっ」
「困るも何も、だって、おめえ…………女じゃねえかい」
「女ですって!…………ふふっ!」
「なんだい、どうして笑うんだいっ! 俺ぁおかしなことを言ったかいっ!」
「やっぱり、あんたは素直な方でした、ですが、もっと言えば素朴ですねえ」
「ちょいちょいちょい! 何が言いたいんだいっ! 何を言いたいんだいっ!」
「私はね、女なんかじゃありませんよ、こう見えて立派な男なんですから」
「男ぉ、へぇ?!……何がどうなってんだかさっぱりだいっ、おめえ男かいっ、ミロカロスで、そのナリで」
「ナリでとは失礼じゃあ、ありませんかっ、サーナイトにだって男はいるんですからね」
「いや、あのっ、男だったら、なんだいっ、じゃあおめえ、もしかしてあれかいっ、男色好みってやつなのかいっ」
「何を言っておられるんです、私はちゃあんと知っているんですよ、言葉が荒っぽくたって、目つきがバンギラスみたいだからと言ったって、見た目に騙されはしません、だって、ヒゲの色を見たらすぐにわかるじゃありませんか!」
「何ぃ! じゃあ、おめえさん、俺が女だってことにも気付いてたのかいっ! ったく、やられたねえどうも! おめえさんが男だって知ってたら、こんなポケ渡すこともなかったんだいっ! どうもおかしいと思ってたんだいっ、俺ぁね、確かに釣り場にいた時からおめえのことが好きになってたよ、でもよっ、女子が女子を愛するなんてのは、どうも決まりが悪いと思ってずっと黙ってたんだい。そしたら、あの夜いきなりおめえさんが接吻をしてくるわ、俺のことが好きだとか言うもんだから、頭がぽうっとなっちまって、あわよくばこのまんまおめえと一緒に駆け落ちでもしてやろうとさえ思ったのをぐっと堪えた勢いでポケなんて渡しちまったんだいっ、ったくもう、一体全体どうしてくれんだいっ! ややこしいにも程があるよっ!」
「そうは言ったって、あんた、ヤヤコマみたいに体が火照って、嬉しそうじゃありませんか!」
 なんてことがありまして、無事再会を果たして結ばれましたギャラドスとミロカロスは一緒になって、新たな救助隊を結成しまして、二匹の絆を記念いたしましてチーム名は「鯉王元結」と名付けましたところ、これがポケモンの世界で広く名を轟かせることとなったわけでございます。鯉王元結のお話でございました。



後書き

えエ、ギャラドスとミロカロスってえ組み合わせと言いますと、まあ何かと境遇も似た者同士でございますから、ほうぼうでよく見かけるものでございまして、バズりなんかもよくございますってんで、するってえと普通に書いちゃあ面白くないなんと言い出して、バカな字書きってのは捻くれた頭をいっそう捻るもんなんでございますな。それで思いついたのが、落語調ならぬ落語風というわけでして、まあ、実際の寄席へかけるってえと、少々座りの悪いところはありますけれども、
「おう、なんだい、こんなありもしねえ話をひり出しやがって、野郎っ」
「いえいえ、ありもしないわけがないじゃあありませんか」
「何を言ってんだいっ、ねえことをあるだなんて嘘つくなんていけないよっ、あの紫式部とかいう野郎だって、光源氏なんてデタラメでっち上げたせいで地獄へ堕とされたってえじゃねえか」
「そんなことはありませんよ、ありもしないだなんて、とんでもない」
「とんでもねえって、おめえ、どうしてそんなことが言えるんだいっ」
「だってあったんですから。あったものが、ないわけがないじゃないですか、えエ、あったんだから。それはなんだろうがあったんですよ、デカルトという人はですねえっ……」
なんて、なんだかわけがわからない。えエ、とにもかくにも、そういう話を仕立てようなんて致しますってえと、当然ながら産みの苦しみなんてものが生じるわけでございますが、何を考えたのかこの字書きというのは、大会のエントリー期限ギリギリになりまして、一方がろくに完成していないってえのに、エントリーしやがりまして。おかげで、ひどい年末年始を過ごすことになったそうでございます、あまり使いたくない言い回しではございますが、これを自業自得と言うんですな。
結果として、投稿期限より1週間遅れで、まあ参加することに意義があらぁなんて、どこぞの男爵のようなことを抜かすんですけれども、幸か不幸か6票をいただきまして、順位の上では8位ではありますが、実質2位だから万々歳と、字書きのヤツめはオタクの遠吠えのようなことを抜かしているわけでございます。
書き始めたのは投稿期限後の1月3日だってんですから、面の皮が厚い野郎でして……テメエのをかいてる暇があったらみんなのためにかけ、ってえことでございます。



以下、コメ返信

軽妙な落語の語り口にリズミカルな会話。作者の方は相当落語に造詣が深い方だとお見受けしました。


造詣が深いかどうかあまり自信は持てないのですが、落語自体はちょくちょく聞いていました。まあ、寄席には行ったことはないので全部CD通してですが……語り口は、あまりにも不遜ではあるのですが、かの3代目古今亭志ん朝のものをイメージしていました。当然ですが、今作は本物とは全く似ておりません!

軽妙な落語ノリが誠に楽しゅうございました


落語風で書くというのは大変ですが楽しいものでした。語りを基調にしているから、キャラや筋はあまり複雑過ぎてはいけないと、思い切ってシンプルにしています。ただ、シンプルが過ぎると今度は小説として面白みがないということになり、落とし所を考えていたわけなのですが……

調べたら文七元結っていう江戸っ子が主人公の落語があるんですね。なるほど…って思いました。読んでいて楽しかったので一票。


その通りです。タイトルの元ネタは『文七元結』という人情ものです。無論、志ん朝を通じて聞いています。本来は内容も元ネタに忠実に、ヒンバスの方にもポケが必要な切実な動機を設定する必要はあったのでしょうが、そこは期限ある大会作品の限界でしたね……

講談調で綴られるノリの良い恋物語が心地よい。性別逆のオチも刺さりました。


落語としても、小説としても欲しい落とし所、つまりサゲというのがコイキングとヒンバス、双方の性別をイメージとは逆にすることでした。江戸っ子だけど実はメスのコイキング、女性的な喋り方をするけどオスのヒンバス。さらに、そこに捻りを加えて、「コイキングはヒンバスがオスだということに気づいていない」「逆にヒンバスはコイキングのヒゲの色から相手がメスだということに気づいていた」という設定を加えて、それで生じるおかしみを狙ったわけでした。これが刺さると、書いた側としてはとても気持ちいいものがあります……!

マクラからサゲまで、噺としてとても面白かったです。是非寄席で聞いてみたい……。


自分の脳内ではずっと志ん朝ボイスで再生されていましたね、不敬すぎる! しかしこのような噺に生気を吹き込むのが噺家の技と考えると、ちょっと聞いてみたさはありますね(

語り手口調で読みやすかった。


しかし「大会に期限内に投稿する」という点からすれば、落語調の有無に関わらず語り口を砕けたものにする必要があるわけでした。慣れれば書きやすいかもしれない?



 というわけで、キョダイチコクながら6票いただきありがとうございました。新年らしく、めで「たい」お話でございました。あっ、コイキングは「タイ」じゃないか。
 ……ありがとうございます、ありがとうございます、お気をつけてお帰りになってください、ありがとうございます、ありがとうございます……

作品の感想やご指摘はこちらかツイ垢

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Last-modified: 2021-01-17 (日) 16:48:24
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