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魚の島

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魚の島 

作:COM


この儚くも美しき世界

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13:要塞島と橋守 


 岩の島からの貨物船に乗り、次の目的地である魚の島を目指して海の上を進んでいた。
 今までチャミがやっていた交渉も無ければジャーナリストのお手伝いという名目も無い。
 それでも船に乗せてもらえたのは全てチャミの遺してくれたもののおかげだった。
 シルバ達の冒険譚にジャーナリストとしての心得は全てツチカが引き継ぎ、まだ覚束ないながらも必死に船員と交渉をしていた。
 だが当然ツチカはジャーナリストとしてはまだ認められていないため普通ならば断わられるところだが、『シルバの一団』という事で特別に許可してもらうことができた。
 石板を集め、島々の問題を解決しながら次の島へと進んでゆく姿は既に英雄として他のジャーナリスト仲間から島々に伝わっており、寧ろシルバの姿を見れば協力してくれるほどだ。
 遺してくれたものが人と人を、島と島を繋ぎ、誰もが笑顔で迎え、そして声援と共に送り出してくれる。

「シルバさん。私、チャミさんに負けないジャーナリストになりたいです」
「なれるさ。お前は賢いし、チャミの話をよく聞いていた。あいつの遺志を継いでやれ」

 そう言ってシルバは決意を新たにするツチカの頭を優しく撫でてやった。



 第十三話 要塞島と橋守



 船上では既に恒例となった新入りとの挨拶と海に興奮する様子が子供達の間で繰り広げられており、アインとヤブキはトテトテと船内を自由に散策して回っているようだ。
 アカラとツチカは船内で伝記であり英雄譚であるチャミが書いていた物語の続きを書くため、必死にチャミの書き方を勉強し、どうすればチャミのように書けるのかを話し合っているようだ。
 シルバは船内は特に問題無いだろうと考え、好き勝手に歩き回るヤブキとアインを見張っていたが、そもそもそんなに足の速くない二人では見失う心配も無いのが安心できる。
 残りの未発見の石板はあと三枚。
 その内の二枚は島へと向かうことができないため、必然的に向かう先は魚の島となったのだが、当然この島でも問題が発生していた。

「いいか? もしも本島に着いても本島の奴等と話そうとするなよ? あいつらは元々排他的だったが、竜の軍勢の侵攻が始まった時、最初に攻撃された島だったせいで竜の軍勢どころか他の島の奴等まで排除しにかかってるんだ。どうせ島は陥落しない。旅を平穏無事に続けたいなら必要な事だけやってちゃっちゃとここに戻ってくることだ」

 船乗りの一人がシルバにそう教えてきた。
 なんでも魚の島は名前の通り水と共に暮らすポケモン達が多く住む島なのだが、島の構造と生態が合わさり、ほぼ難攻不落の要塞島ともなっているため真っ先に攻撃されたのだという。
 そのため他の島からの支援を行う事も難しく、竜の軍勢の攻撃をなんとか退けた際に『誰も助けてくれなかった』と他の島の事情を一切聞かずにただでさえ閉鎖的だった島は今や完全に外界との交流を断っているのだという。

「なら何故貨物船は今も生きているんだ? 船すら止めそうなものだが」
「そりゃあ背に腹は代えられん。海産物はあれど、他の物資は無いから頼る他ないんだ。それでも受け取っているのは一部の迫害を受けている外交的な島民だけで、本島には踏み込ませてもらえないのが現状だな」

 シルバの疑問に船員はそう答えた。
 つまり、現状の魚の島は排他的はおろか、閉鎖的な島となってしまっているらしい。
 そして難攻不落と讃えられたその島の姿が見えてくると、何故すぐ横の島でありながら今の今まで陥落せずに存在し続けられるのかの理由も分かった。
 そこにあったのはまるでただの巨大な岩の塊のような島。
 島には一本の木も生えておらず、ただ剥き出しで鋭利な岩肌を見せる絶壁がそのまま島の頂点まで続いている。
 初見の感想としては巨大な山のようになった岩の島といったところだったが、着岸するために島に近寄っていったことでその差がはっきりとした。
 岩肌に一本亀裂が走っており、船はその隙間を目指して進んでいた。
 そのまま亀裂の中を進んでゆくとようやく港町が見えてきたのだ。

「なるほど、島全体が切り立った崖のような構造で、島の入り口は唯一此処だけと……籠城戦ならばもってこいだな」
「それだけじゃない。ここは"外島"って呼ばれる場所でな、"本島"から追い出された奴等しか住んでない。村のある生活圏、"本島"に入るためには海中洞窟を通らないといけないんだ」

 港で荷物の積み下ろしを行いながら島の詳細な形状について教えてもらった。
 この島は内側に広い空間が存在し、島民はその空間を生活圏にしているのだという。
 地面が隆起してできた島であると考えられているためか、その構造自体も迷路のようになっており本島へ向かうだけでも至難の業となる。
 その上道のあちこちは完全に水没しており、それこそ魚のように泳げる者でなければ彼等の生活を見ることは出来ないだろう。

「因みに何故迫害された者が外島に住んでいるんだ?」
「他の島と交流しようとした、とかそういう理由だったはずだよ。そのくせ物資には頼ってるってんだから本末転倒だ」

 荷物の受け渡しは彼等船乗りと本島から追放された魚の島の島民達で行われ、物資の輸送はそこから更に迫害された島民達が行うといった構図だ。
 彼等迫害された島民は、別に悪さをして追い出されたわけではないため寧ろ彼等船員や他の島の島民に対してとても友好的である。
 なんだかんだ言いつつ、今でも物資の輸送が続いている理由はそういう優しさがあってだろう。

「すごーい!! めちゃくちゃでかい洞窟だー!」
「なんだか岩の島に帰ってきたみたいですね」

 子供達はなかなか見る事の出来ないその巨大な洞窟とそこに築かれた港町に興味津々といった様子だ。
 洞窟内にはそこかしこに松明が立てられており、基本的にはその周りに建物が建てられている形になっている。
 それほど多くはないといえ、洞窟内に松明が燃え続けているのは色々と問題がありそうに感じていたが、海中に沢山生えている藻類が酸素を生成しているため特に問題は無いらしい。
 また、獣の島にも生えていた光るきのこを洞窟内にも自生させたため、見た目よりは暗くはなく視界も良好だ。

「さて、まずは聞き込みだな。祭事場は恐らく本島にあるだろうが、どうやって事を荒立てずに済ませようか……」
「その事なんですけれど、チャミさんが持っていたノートに魚の島の祭事場については書かれていました!」

 シルバが口にした時、ツチカが嬉しそうにノートを見せながらシルバに報告してきた。
 チャミのノートに記されていた情報では元本島の島民から聞いた情報で、本島である中央の空間の更に真ん中には深淵まで繋がると言われている"命の眠る水底"があるとされている。
 この島はそこに住むカイオーガが創り出し、ポケモン達が住める環境にしてくれたと考えられているため、今でも祭事は続いているらしいという情報だった。
 正にシルバの予想通りだったわけだが、そのせいで尚更シルバの考えている問題が深刻になる。
 島民は排他的を通り越して既に閉鎖的になっている。
 それは同時に誰が部外者なのかが一目で分かるという事だ。
 そして幻影は通常のゾロアークであればただ見た目を変えるだけであるためこういう場合は非常に重宝するのだが、シルバの場合はそうはいかない。
 現実に作用してしまう上に生物には使用できない。
 シルバだけはなんとか誤魔化すことができても子供達を置いて一人で行動しなければならなくなってしまう。
 チャミが今も生きていれば任せることができたが、いない今シルバが単独で行動するにはリスクが大きすぎる。

「どうしたものか……」
「お! お前ら見ない奴等だな!? どっから来たんだ?」

 シルバ達がどうやって村へ気付かれずに侵入しようかと考えていた時、彼等の後ろから随分と興奮した様子の少年の声が聞こえてきた。
 その声に気が付き振り返ると、そこには目をキラキラと輝かせた一人のワニノコがそわそわと体を動かしながらシルバ達の返事を待っていた。

「島の外だ」
「そんなの分かってるよ! そうじゃなくてどの島から来たんだ?」
「僕とシルバは獣の島から来たよ!」
「私は鳥の島です」
「オレは虫の島!」
「岩の島から来たぞ! ……ってこれ言っちゃってよかったのかな?」

 子供達が口々に自分の住んでいた島を教えるとそのワニノコは一瞬動きが止まり、そして弾いたバネの如く数倍のテンションで興奮し始めた。

「ヤベェェェェエ!! お前ら全員違う島から来たのか!! 頼むから他の島の事教えてくれよ!! 代わりにこの島の事教えるからさー!!」
「詳しいのか?」
「詳しいぜ!! だって元々本島に住んでたからな! でもちょっとは外の事に意識を向けるべきだーって言っただけで追い出されちゃんたんだぜ!? ありえねーだろ!!」

 どうやらそのワニノコは割と最近まで本島に住んでいたらしい。
 なんでも彼とその家族が少し外交的な話をしただけで、『奴等はスパイだ!』と一方的に決めつけられ、追放させられたのだという。
 聞いているだけでも現在の本島のピリピリとした空気感が伝わってくるが、それは更に現状が好転することのない状況であることを思い知らせるだけの情報だ。

「つまり、本島では今、竜の島への"内通者"がいるという情報が原因でかなり険悪な状態なんだな」
「険悪なんてもんじゃねーよ! 殆どどの時間でも家の外を出歩いてる奴なんていねーし、目を合わせりゃ最悪密告されるような状態だぜ!? もう誰が内通者かどうかなんて関係ねーよ! まともに生活するのも限界のレベルだ!」
「疑心暗鬼になって誰もが誰もを監視し合っているような状況か……。それは逆に都合がいいな」
「良くねーよ! 正直、多少危険でも外島の方が本島なんかより数倍も数十倍もマシだ! みんな普通に話してるし、港に来る船員から色んな話聞くのも楽しいぜ!」

 ワニノコは他にも本島の情報を教えてくれたが、その情報はシルバにとって非常に有益な情報となった。
 彼と彼の家族は追放され、今ではこの外島で暮らしているそうだが、その生活は本島に居た頃に比べるとかなり良くなったとも語っていた。
 港がすぐ近くにあるため食料も豊富で、外島に住む彼等は普通に外交的なため船員達とも交流があり非常に活気に満ちている。
 実際シルバ達の居る場所も洞窟のかなり奥の方であるため周囲はかなり暗いのだが、松明やキノコの灯りと人々の活気のお陰であまりそういう風には感じない。

「このキノコだって他の島から港が暗いからって持って来てくれたらしいし、家の建材だって木の生えてないこの島のためにわざわざ他の島から持って来てくれたんだ! 本島の奴等はそれもかなり嫌がってるから殆ど石灰で作った家ばっかりで何処もここも同じ色だぜ? 馬鹿馬鹿しい」
「外交をそこまで嫌う理由はやはり竜の軍勢が原因なのか?」
「ちげーよ! あいつら皆助けてくれなかったって言って勝手に嫌ってるだけなんだよ! 俺だって知ったのは外島に来てからだけど、この島のために一緒に戦ってくれた人達も沢山いたってずっと外島に住んでる人から教えてもらったぜ? なのに! 聞く耳すら持ちやしない!」

 シルバの質問に対してワニノコは丁寧に説明してくれるが、その語気はかなり荒かった。
 怒りの矛先は勿論元々住んでいた本島の者達へ向けられたものだが、その雰囲気はとても元々最近まで住んでいたとは思えないほどに荒く、愚痴というよりは恨み辛みの言葉のようにも聞こえる。
 他にも本島の事に関して色々と教えてもらった。
 本島へ通じる海中洞窟の数は全部で四本あるらしく、内一本は途中に空洞があるため長く潜水と遊泳が可能なポケモンならば、水中で生活していないポケモンでもギリギリ本島へ向かうことができる。
 だが当然他の島の住人が唯一本島へ向かうことのできる道であるため、この一本は厳重に警備されているとのことだった。
 それ以外の三本は道中全てが沈んでおり、とてもではないが水中で呼吸できるポケモン出なければ辿り着くことは出来ない長さだという。
 こちらに関しても多少の見張りはいるものの、そもそも外島に住むポケモン達の中で本島に戻りたがるポケモンが少なくなっている上、本島の険悪さに拍車が掛かったこともあり今は殆ど見張りもいない状態だそうだ。

「そうなるとやはり向かうならばその三本だな。問題は呼吸だが……ヤブキ、アイン。何かいいアイデアはあるか?」
「オレは分かんないや。そもそも水中なんて入っても大丈夫なのか?」
「俺も水は苦手だなぁ……。一応、じーちゃんから聞いた話だとレギュレーターっていう水中でも呼吸できるようにする空気を詰めたタンクがあるってのは教えてもらったよ!」

 シルバは早速水中を攻略する方向で作戦を固めていた。
 単純に守りが薄いということはその後の隠密行動が簡単になるという事だ。
 ただでさえ険悪な状況なのであれば見つかっただけで恐らく話し合いすらままならないだろう。
 とはいえいくらシルバでもどれほどの長さがあるのか分からない水中洞窟を泳ぐことはただの賭けになってしまうため、息継ぎを行う方法を作り出せないかと考えた。
 こういう時のひらめきはヤブキかアインだろうと考え、シルバが二人に問いかけたが、流石にヤブキは何も思いつかなかったようだ。
 逆にアインはレギュレーターという名称と、その道具の大まかな構造や仕組みは理解しているようだったため、色々と詳細を聞いてみた。
 正確には空気のボンベとレギュレーターという呼吸を行うためのパーツの名称なのだが、所謂ダイビングで使用する空気の詰まったタンクと口に咥えている部分の事だ。
 空気を圧縮してタンク内にため込み、タンク内の空気が無くならない限り水中でも呼吸を可能にする道具である。

「流石に俺も聞いただけで本物は見た事無いから、詳しい構造とかまでは分かんないや」
「まあそうだろうな。だがそういうものがあるというだけでも十分な情報だ」

 そう言ってシルバはアインの頭を撫でてやったが、アインは折角の情報が役に立たなかったことが悔しかったのか角のような部分がしょんぼりと垂れていた。
 だがシルバの言った通り、水中でも呼吸を行える道具があることが分かったのは大きい。
 どういった物なのかがシルバが理解できれば、道具の生成は可能だからだ。
 そして道具として存在している以上、この島にも似た道具があると考える方が妥当だ。
 魚の島は確かに名の通り魚のポケモンが多いが、そこにいるワニノコのように水辺で生活している『水中で呼吸できないポケモン』も少なからずいる。
 いくら閉鎖的だったとはいえ、昔ならば他の島との交流もあったはずなので本島までそう言ったポケモンを送り届ける技術が必要になるはずだ。

「そういえば君の名前を教えてもらってもいいか?」
「コイズだ!」
「俺はシルバ、この子達は……」

 とりあえずこの島でまずするべきことを決めたシルバはコイズと名乗ったワニノコの少年に協力を依頼した。
 コイズも島の外から来たシルバ達に興味津々だったため、二つ返事で快諾してくれた。
 コイズの協力を得てシルバ達はまず外島の村の中を散策する事となった。
 当然目的は水中洞窟ルートを通るための道具探しと、潜水に関して詳しい水辺で暮らすポケモンである。
 シルバの記憶の中で泳いでいた記憶があるため、泳ぐこと自体は恐らく可能だろう。
 そうなれば後は潜水を行う上での正しい泳ぎ方を覚えるべきだ。
 いくら呼吸用の道具があっても、その酸素が切れるまでの間に辿り着けなければ意味が無い。
 そうして探すこと小一時間ほど、ようやく一人のフローゼルを見つけた。

「泳ぎ? そりゃあまあ俺の親父がインストラクターだったから俺も教え方は覚えさせられたけど……。まさかあんたら本島に行くつもりなのか?」
「そのつもりだ。というよりどうしても行かなければならない」

 あまり気乗りはしていない様子だったが、シルバ達が事情を説明するとチャミが流しておいた噂のお陰で話がスムーズに進んでゆく。
 だが残念ながら既に潜水道具の一式は彼の父がインストラクターを行っていた頃の道具しかない上、既に使わなくなって随分と時間が経っているため既に使い物にならないだろうとのことだった。
 更にフローゼル自身も教えることは可能だが、今まで一度もレクチャーしたことがないため確かなことは言えないとの返事だった。

「ほら、見ての通り道具はもう海風で錆びついちまってる。これじゃ流石に空気を溜めておくことは出来ない。それに親父ももう歳でな。長時間泳ぐのは無理だし、俺は教えた経験が無い」
「……いや、錆びているだけなら大丈夫だ。一つ分解しても大丈夫か?」
「いいけど……修理するつもりか? 大体どれもタンクがやられてるからどうしようもないと思うぞ?」
「タンクは生成できる。それに泳ぎの方も潜水のテクニックを教えてもらえればそれで問題無い」

 シルバは錆びついたタンクの内の一つを手に取り、各部のパーツが劣化はしているもののきちんと形状を保っていることを確認し、そのフローゼルに念のため確認した。
 泳ぎを教えてもらう前にまずはタンクが生成可能なのかを確かめてゆく。
 今までは糸や鍋など細かい部品の無い道具ばかり生成していたため特に問題は無かったが、機械となると話は変わってくる。
 ヤブキやアインに協力してもらい、その錆びたタンクの部品を丁寧に外してゆき、パーツ毎に並べてゆく。
 その間、アカラはコイズに今までのシルバと子供達の冒険について話して聞かせてやり、ツチカは単独でこの島で情報の収集を行っていた。
 単独行動は危険にも感じたが、何かあればすぐに逃げるという約束と子供達の中で一番用心深いツチカであれば大丈夫だろうというシルバの判断の元行動させることにした。
 一つのタンクを分解し、それぞれのパーツをしっかりと見ていったが、劣化していたのはタンクとレギュレーターを繋ぐチューブとタンク本体が殆どだったため、復元自体は見た目以上には難しくなさそうだ。
 各パーツの繋がりや修理などはヤブキの方が得意であり、アインはそれらの構造とどういった動きをするのかという部分を祖父に聞いていたこともありかなり理解するのが早かった。
 おかげでそう長い時間を掛けることなく、一先ず無傷の状態の空気タンクが一揃い完成した。
 だが勿論完成したのはタンクだけであり、中の酸素は空のままである。
 中に空気を入れるには同様にエアーコンプレッサーが必要となるのだが、当然こちらも稼働しなくなって随分と経つためかなり酷い状態になっている。

「ガッツは認めるけど流石にこれまでは修理できんだろ。昔だったら隣の岩の島に発注してたらしいがもう今じゃ何処にも同じ物はないよ」
「これも分解して大丈夫か?」
「……マジかよ。直すつもりなのか!? いやもう、別にただの鉄の塊になってただけだからバラすのは全然バラしてくれて構わないが、これまで修理するつもりなのか?」
「やれるだけのことはやる。ただそれだけだ。だからこれが修理出来たら今度はあんたに潜水の技術を教えてもらうぞ」
「……覚悟しておくわ」

 一つ修理が完了し、それを元に生成したエアータンクは完成したものの、まだチューブとレギュレーターの方は修理が修理は完了していない。
 だがコンプレッサーが無ければそれはただの鉄の塊に成り果てるため、より細かい作業を要するコンプレッサーの修理から手掛けることにした。
 パーツ数はエアータンクの比ではなく、完全なる一つの機械であるためパーツだけでも千を優に超える。
 フローゼルに許可を貰ってそのパーツ群を彼の家の裏の倉庫付近に風で飛ばないようにシートで包み、これから先暫く修理を行わせてもらう事を約束してもらい、その日は近くの宿で泊まる事となった。

「なー。俺はコンプレッサーの修理を見てるの楽しいからいいけど、どうしてもあれじゃなきゃダメなのか? シルバだけならササーッと本島に行けるんじゃないのか?」
「確かにそれでもいいが、その隙に竜の軍が攻めてくるのが一番まずい。本島の者達の支援はまず考えられない上に外島に住む彼等もちょくちょく竜の軍からの攻撃があると言っている以上、君達を此処に置いていく方がリスクが高い」
「難攻不落の島じゃなかったの?」
「昔はな。今は本島の方に逃げ込ませてもらえないんだ。それならここで戦うしかないだろ!」

 その日の晩、暫く続くであろうコンプレッサーの修理に若干の不安を感じたのか、アインがシルバにそう訊ねた。
 既にコイズからこの島の外島は攻撃を受けていると聞いている以上、またベインが何時攻めて来るか分からないためシルバの傍を離れるのは危険すぎる。
 とはいえ、連れて行った先でもしもシルバの存在がばれ、無理矢理外島への通路である水中洞窟へ追い込まれれば子供達では溺れてしまう。
 どちらを選んだとしても最良ではないが、それでもまだ後者の方がシルバが直接的に守ることも可能なためこちらを選ばざるを得なかった。
 一先ずその日は英気を養い、そのまま早めに眠りに就いた。
 翌日からの数日間はシルバとヤブキとアインの三人はコンプレッサーの修理に掛かりきりとなり、アカラ、ツチカ、コイズの三人はこの島の構造と様々な人の話を聞き、それらを少しずつ手記に記していった。
 錆びて擦り減ったパーツなどを逐一生成し、元のパーツと取り換えて具合を調節してゆく。
 いくら元があるとはいえ、初めて見る機械を前に三人は悪戦苦闘し、その末ようやく一週間以上かけて遂にコンプレッサーを再度稼働可能な状態に仕上げ、再生成することに成功した。
 ……のだが、当然ながら電線等も現在は放棄されている状態になっているため電源が無い。
 ここから更に錆びついた発電機の修理も行うことになるため更に数週間もの時間が掛かる事となった。
 島に到着してから一ヶ月経ち、ようやく潜水して水中ルートを通るための準備が整った。

「なあ、これ聞いていいのか分からんが、あんた達急いでるんじゃなかったのか?」
「……背に腹は代えられない。子供達と安全に行動するためだ」

 フローゼルに痛い所を突かれたものの、シルバは自分に言い聞かせるようにそう答えた。
 そうしてようやく空気を充填した状態のタンクが完成し、潜水の特訓を開始したが、これを覚えるのはシルバ一人に絞ることにした。
 子供達に教えたのは水中でのレギュレーターを介した呼吸方法のみに限定し、最悪の場合水中に逃げれるようにしたという所だ。
 シルバ自身の高い身体能力も相まって潜水遊泳はものの数時間で会得してしまったため、これにはフローゼルも舌を巻いていたが、尚更何故わざわざ水中ルートを選んだのかと問い詰められたのは言うまでもない。
 かなりの時間が掛かったものの、これでようやく本島へと行く準備が整ったため子供達を集めてから村の奥にある本島への海中洞窟が伸びている場所へ向かって進んでゆく。
 案内人はコイズが買って出たため、コイズに任せて進んでゆくと奇麗に分断された崖が現れ、そこには一つ丈夫な橋が架けられている。
 橋を渡りながら下の様子を窺ってみると、松明の明かり程度では底が見えないほど深い崖になっているようだ。
 そうしてもう少しで橋を渡りきれるといったところでシルバ達の前に一人のボーマンダが歩み出てきた。

「あいやまたれい! そこな御仁よ何処の者か!」
「誰だお前は?」

 そのボーマンダはシルバを見るなり前足を突きだしてそう言い放った。
 シルバもすぐさま子供達を庇うように立ち、ボーマンダを鋭く睨む。
 シルバの姿を見てすぐに声を掛けてきた以上、彼が竜の軍の者である可能性の方が高い。
 更に言えばもうシルバが現時点で向かうことのできる島は魚の島だけであることは竜の軍の者達にも周知の事実である以上、待ち伏せされる確率の方が高い。
 いつでも戦えるようにシルバは姿勢を低く構えるが、そのボーマンダはシルバの言葉を聞いて後ろ脚だけで立ち上がり、見事に歌舞伎のようなポーズを取ってみせる。

「我が名はベンケ! 元竜の軍守備隊長『竜の背』にして今はこの地にて橋守を仕る者也」
「やはり竜の軍の者か。みんな下がっていろ」
「待って待って! シルバもベンケさんも! 俺達本島に戻らなくちゃいけないんだ!」

 子供達に逃げるように告げ、シルバが臨戦態勢を取ろうとした時にコイズが睨み合う二人の間に割って入った。

「待ってコイズ! 危ないよ!」
「危なくないって! だってベンケさんは俺達を守ってくれてるんだから!」
「どういうことだ?」

 アカラがコイズを暴れないように捕まえていたことが仇となって二人の前に出てくるのが遅くなったものの、なんとかシルバとベンケと名乗ったボーマンダの誤解を解くことができた。
 聞く所によるとベンケは口にした通り元竜の軍の軍人だったらしい。
 竜の軍が侵攻を始めた際、専守防衛に尽くし弱きを助け強きを挫くを地で行っていたベンケはこの軍の急な方針転換に猛反発したとのことだった。
 仁義と忠義を重んずるベンケはヒドウと竜の軍を見限り、真っ先に攻撃された魚の島の侵攻隊に紛れ込んでこの橋にて向かってくる兵士を島民と共に撃退したそうだ。
 それ以来彼はここで来る者を阻む『橋守』を自負して、日々守りを固めているのだという。
 少々喋り方が古風なため、シルバもベンケが何を言っているのか上手く理解ができていなかったことを素直に謝り、シルバ達の目的をベンケに伝えた。

「成程。つまりシルバ殿はその記憶の封印されているという石板を集め、この動乱の時代を終わらせようというのですな! 感服感服」
「話が分かってもらえたのなら助かる。俺達はこのまま本島にある"命の眠る水底"まで向かい、そこにいる神から石板を譲り受けなきゃならない。だから通してもらうぞ」
「そうはゆかぬ」
「何故だ? 理由は説明しただろう?」

 石板が必要な事もそれがある場所も教えたが、何故かベンケは首を縦には振らなかった。
 既にこれまでに機械の修理等に時間を費やしているため少々焦りを覚えていたシルバは苛立ちを見せるが、それでもベンケは首を縦に振らない。

「今本島に行くのであれば童は通せぬ。とてもではないが今の本島は力無き者の立ち入れるような場所ではない。行くならばシルバ殿、貴殿のみでなければ許さぬ」
「何のためにここまで連れて来たと思っているんだ! 俺なら戦える。護るだけの力もある。子供達が安全でいられるように連れて来たというのに!」
「なればこそ、だ。貴殿の目には焦りが見える。このまま童共々行かせれば、必ず主らか島民のどちらかの血が流れる。それだけは見過ごすわけにはいかぬ故」
「だから子供達を置いて行けと? 他に護ってやれる奴はいない! 俺しかいないんだ!」
「ここに一人、守る一点に於いては長けた者が居る。某だ」
「……信用しろと? 元だろうが何だろうが竜の軍の者に子供達を信じて預けろと?」

 ようやく本島へ行けるという目前で思わぬ足止めを喰らったせいで、シルバの苛立ちは次第に募っていた。
 目に見えてシルバの表情に怒りに染まってゆき、険悪な空気が流れ始める。
 アカラ達が必死にシルバを止めようと声を掛けているが、既にシルバの耳には届いていない。

「武人は拳で語る。某を信じられぬというならば、技と力で証明してみせよう」
「怪我をしても知らんぞ?」
「ちょ、ちょっとちょっと!? 折角戦わなくていい雰囲気だったのに!」

 アカラの必死の説得も空しく、結局シルバとベンケは距離を取ってお互いに構え、もう戦うしかなくなった。
 シルバの真剣な表情がそれが脅しではない事を証明しており、流石に子供達ももう口出しができなくなっていた。
 静かな洞窟の中には何処からか吹いてくる風の音だけが響いており、異様な静けさを感じさせる。

「どうした? 拳で語るんじゃなかったのか?」
「某の貫くは専守防衛。振るう爪の恐ろしさを知るからこそ決して罪なき者には振るわぬ」
「なら後悔するなよ?」

 どっしりと構えるベンケにシルバはそう言い放ち、少し呼吸を置いたかと思うと次の瞬間にはガキンッ! と金属同士のぶつかるような鋭い音が聞こえた。
 恐らくそれは本気のシルバの攻撃を初めて受け止めた音だっただろう。
 殺す気はなかったにせよ、一撃で気絶するほどの勢いで薙いだシルバの腕を同じようにベンケの腕が捉え、そのまま地面へと受け流していた。
 シルバとしては予想外だった攻撃の相殺に一瞬驚いたが、そのまま逆の腕を振り上げる。
 しかしこれも翼を使って上手く受け流し、激しい音こそしたものの血の一滴も流れていない。
 見切られているのならばとシルバは攻撃の威力を落として手数で攻撃を撃ちこんだが、これもベンケは見事に全て受け止めるか受け流してゆく。
 数分ほどの短い戦闘だったが結局決着は付かず、その実力と言葉通りの見事な攻撃の相殺で最後までお互いに傷一つ無く戦闘が続き、最後にはシルバは攻撃することを止めた。

「それだけの力を持ちながら、何故お前は攻撃してこないんだ?」
「守るために戦う。鍛えた体も研ぎ澄ました技もそのために研鑽したものだ。道は違えど某は今でも竜の心意気まで失ったつもりはござらん」
「竜の心意気……か。ベンケ、一つ教えてほしい。昔の竜の島と竜の軍はどうだったんだ?」

 ベンケの返事を聞くとシルバは腕を下ろし、張り詰めていた表情を緩めてベンケにそう訊ねた。
 それを聞いてベンケは一つ豪快に笑う。

「全てが良きとは言い切れぬ。だが、志を皆胸に宿していた。強さをひけらかさず、弱きを嘆かず、ただ強く導ける存在となるために己を鍛えていた。例えこの身が砕けようとも心は砕けぬよ」
「そうか。すまないベンケ。お前の言う通り俺は焦っていたようだ」

 完全に冷静さを取り戻したシルバの表情は柔らかいものだった。
 今までの非礼をシルバが素直に謝るとベンケも同じようにわざと試すような事をしてすまない。と謝罪を返した。
 そこで今一度本島の現状をベンケから聞いた。
 ベンケはこの本島と外島を繋ぐ唯一の道である橋を守っているため、どちらの状況もすぐに分かるよう島民から話を聞くようにしていたのだが、今回はそれが仇となってしまったそうだ。
 外島からの情報はただ島民にから話を聞くだけでよかったのだが、本島からの情報は途中に空間のある海中洞窟のその中腹で護衛を行っている彼の元部下達から話を聞いていた。
 元魚の島出身の部下がいたためそれで今までは問題なく情報の連携を行えていたのだが、それが何処からかバレてしまい、情報が随分と悪い方に脚色されて伝わった事で居もしない"内通者"が誕生してしまったのだ。
 誤解を解こうにも本島の者は既に互いに話し合う場を設けることもない程に互いに不信感を抱いており、とてもではないが今までの経緯を話すことも不可能な状況になっているのだという。

「あまり口にしたくは無いが、本島の現状は蜘蛛の糸よりも危うい。張り詰めた空気に険悪な関係、何が原因で糸が切れ、混迷するとも分からぬ状況。最悪島民による島民の大虐殺が起きてしまうやもしれん。出来る事ならば本島の者を刺激してほしくはない。だが、現状は引き延ばされ続ける糸に同じ。何もせずともその内切れてしまう。シルバ殿!」
「みなまで言わなくても分かる。約束だ。子供達はあんたが守ってくれ。代わりに俺は本島の現状を何とかしてみよう」
「感謝……!」

 ベンケはそう言い、地面に額を付けてまで深く頭を下げた。
 シルバも当然和解するために安請け合いしたわけではなく、どうにかするべきだと考えたからこそベンケの願いを聞き入れた。
 とは言ったもののシルバが本島に辿り着き、石板を手に入れた上で彼等に話し掛けても逆効果になることは目に見えている。
 唯一可能性があるとすれば"命の眠る水底"にいるであろう神に協力を要請し、彼等に語り掛けてもらうことぐらいだ。
 今でも祭事が行われているという事は他の島とは逆に、今でも信仰心がしっかりと根付いているであろうことが予想できる。
 シルバはその一点に賭け、具体的な対策は説明せずに単身本島へと進む事に決めた。

「ここから洞窟を更に十数分。正面に光茸が生えた洞穴への道が途中に休める空間のある道だ。それ以外は明かり一つ無い深淵の道。いくらシルバ殿でも不可能だ。必ず灯りのある道を選ぶのだ。警備の中には私の部下だったカイリューがおる。事情を説明すれば潜入の手引きをしてくれるだろう」
「その点は大丈夫だ。そのための対策をわざわざしっかりと時間を掛けて準備したからな」

 そう言ってシルバはベンケと子供達から離れ、洞窟の更に奥へと進んでいった。
 そこにはベンケが言っていた通り広い空間と地底湖があり、そこから無数に水中へ続く洞窟があるのが見える。
 水中洞窟は四つだけだと思っていたため少々困惑したが、その内の三つには燃え尽きた松明が刺さっており、一つには燃え尽きた松明と他の壁に生えているキノコとは比較にならないほど密集したキノコが生えており、それがベンケの言っていた道なのだとよく分かった。
 改めてシルバはそこで潜水具の一式と水中用のライトを生成し、ゆっくりと松明が刺さっているだけの洞窟へと潜っていった。




 潜水から三十分ほど経った頃、シルバは本島へと続く洞穴の一つから周囲に音が立たないようにゆっくりと水面に顔を出した。
 そのまま静かにゆっくりと周囲を見回したが、本当に同じ島の内と外なのかと思える程そこはしんと静まり返っている。
 しかし僅かながらに光が見え、確かにそこに今でも誰かがいるのだと示している。
 ベンケとコイズの話を聞く限りだと、水棲のポケモンは本島の外周や浮島上になっている岩の下に穴を掘っており、そこを住居としているとのことだったためシルバは既にライトを消していたのだが、その状態では寧ろ松明の明かりがはっきりと分かるほどにそれ以外の明かりが無かった。
 本島と呼ばれる島の辺りにあるであろう松明と、ベンケが言っていた警備兵達が見張っている海中洞窟前の駐屯所に一つ。
 それが無ければそこは完全なる暗闇となるだろう。
 しかしそれ以上にシルバが気になっている事はその異様なまでの静けさだった。
 ベンケの話でも本島に住む島民はあまり見かけなくなったと言っていたが、それでも存在はするはずである。
 にも拘らず、松明の燃える音が一番大きな音だという現状があまりにも不自然で仕方がない。
 シルバ以外に波を立てる音が聞こえないのだ。
 静かに進んでゆき本島に上がってもその現状は変わらなかった。
 シルバが外島から本島へ来たのは朝の事。
 例え洞窟内に陽が射さなかったとしても今は昼であるため多くの島民が行動しているはずだ。
 身に付けていた装備を消し去り、毛から滴り落ちる水気を可能な限り落とすと今度は島内を探索したが、コイズの言っていた石灰製の白い建物が立ち並ぶ住宅街ですら人の気配が無い。

『どうなっている? これではまるで人が出歩いていないではなく、人がいないじゃないか』

 あまりにも人が出歩いていなかったため島の中を普通に探索することにしたが、それでも誰かと出会う事はなかった。
 建物は松明の灯りと家の色も相まって分かりやすい白の一色。
 足元はところどころ石灰で舗装されており、まだら模様となっている。
 ところどころ鍾乳石を削って作られた家も見つかるが人の気配はない。
 そのせいでまるで遠い昔に打ち捨てられた海底の遺跡のようになってしまっている。
 橋の方を覗いてみると、そこには警備の兵士が一人だけ立っており、洞窟を見張っている様子だった。
 しかし厳重な警備と言っていた割にはその一人以外には他に人影は見えず、とてもコイズが言っていたような雰囲気ではない。
 険悪どころか誰も居ない。
 誰も彼もが死に絶えてしまったのかと思える程に、静かだった。

『流石にここまで誰も居ないと不安になるな……。賭けだがあの兵士がベンケの言っていた部下であると信じて話し掛けてみるしかないだろう』

 そう考えシルバはその兵士に近付く。
 うっすらと松明で浮かび上がるシルエットは恐らくカイリューのものだろう。
 縋るような思いでその兵士に静かに、しかし視界には入るように近付いていったのだが反応が無い。
 現状が現状だからか、その兵士はどうやら壁にもたれかかったまま眠っているようだった。

「すまない。私はベンケの知り合いだ。この島の惨状を教えてもらってもいいか?」
「え? えっ!? ……もしかして、外島から助けに来てくれたのか?」

 そっと肩を揺すり、目を覚ましたその兵士にシルバはこそっと話し掛けた。
 するとそのカイリューは目を覚ますと一瞬驚いて声を出しそうになったが、小さな声でシルバを見て懇願するようにそう告げた。

14:破滅の策謀 


 そのカイリューの目はまるで救世主でも見るかのような瞳だった。
 どういうわけなのか詳しく話を聞くために場所を駐屯所へと移して話を聞いていたが、どうやら彼はベンケの部下だったカイリューではなく本島の住人だという話だ。
 彼等は外島の住人を拒絶し、自分達から隔絶した安全な空間を得ているという話だったが、彼の話を聞く限りではどうも違うようだ。
 なんでも島内の現状はベンケの話で聞いていた状況より酷かったらしく、既に住人同士ですら互いが生きているのかも把握できていないような状態だった。
 ベンケの部下のカイリューの事は彼も知っていたらしく、警備兵達は皆口裏を合わせて外島と情報のやり取りをしていたのだが、それすらも出来なくなった理由は"内通者"ではなく、その根も葉もない噂を流した者のせいで誰も自由の無い状況になっているとのことだった。



 第十四話 破滅の策謀



「何故そんな情報を流す必要がある? というより外部からの支援を断っていたのではないのか?」
「違う! 見ての通り元はこんな洞窟の中でも賑やかな場所だったんだ! 独特な地形だから来れる人は限られてるし、そのせいで外部との疎通は上手くいっていないけれども僕等だって島の外から人が来てくれるなら大歓迎だよ! ……いや、今は大歓迎だった。かな……? 全ては次の島主となる"王者"を決める祭事が原因なんだ……」

 シルバの質問に対して、そのカイリューは首を全力で横に振って否定していた。
 確かに普通のポケモンはこの本島へは来にくいかもしれないが、それでも彼等は決して拒んでいるわけではないというのは随分と矛盾している。
 そうなった理由は先程カイリューが言っていた噂を流した張本人、スキームという名のニョロトノがこの一連の騒動の元凶だとはっきりと、しかし小さな声で耳打ちするように語った。
 スキームはこの島に伝わる島主と呼ばれるその先の島の在り方を左右する事実上の王を決めるための祭事の現国王の宰相役だったのだそうだ。
 長く島主を務め、繁栄をもたらしてきたマナフィ一族の傍らで常に島内の政治を上手く取り纏めていてくれたのだが、スキームはそうではなかった。
 宰相として王を支えるのではなく自らが王になろうと、あろうことか当代の王が逝去した途端に正当な後継者であった王の息子、フィオネのレインを彼がこの空間の何処かに作り出した隠し部屋に閉じ込め、事実上の実権を彼が握ってしまったのだ。
 当然島民は反発したが、彼の命に逆らえば王子の命はないと脅され、誰も逆らう事ができなくなってしまった。
 その上で島民同士が互いにいがみ合う様にスキームは自らの息のかかった部下を島民の中に紛れ込ませて関係を悪くしてゆき、彼に対して反抗的な態度を取っていた島民を悉く外島へと追い出したのだ。
 更には外島へは本島の住民は外島の住民を嫌っているというデマを流し、情報の連携がとりにくいという地形を利用して巧みに自分にとって都合の良い世界を作り出した。
 だが国に必要なのは王と同時に国民である。
 彼が実権を握り、彼の言いなりになって動いていた者達が本島でそれなりに良い身分に取り上げられ、無法地帯と化したことで軋轢は更に加速。
 遂には殆どの住人が外島へと去ってしまい、今のようなもぬけの殻になってしまったのだという。

「なら何故逃げない? まさかまだその王子が見つかっていないのか?」
「正直な所もう生きているのかも分からない。だがもしもレイン様が生きていたのであればあの方を救わなければならない。そのために兵士達は皆忠誠を尽くしているふりをして外から来る者を待っていたが……当然ながら誰も戻ってきてはくれなかった。だからすまない! あなたが何処の誰かも私達は知らないが、それでも貴方に頼るしかないんだ! もう本島に残っている者はまやかしの王国を滅茶苦茶にしている輩しか残っていない。我々も監視されていて、とてもではないが王子を探す事などできない! このままでは復興することもままならないんだ! 頼む……! 王子が生きているのか、その安否だけでも探し出して教えてくれ!」
「状況は分かった。思っていたよりもシンプルで助かる。因みにそのスキームとそいつの部下達は何故本島のあの町にいないんだ?」
「彼等は更に奥にある島主の王宮で怠惰の限りを尽くしているだけだ。このままでは物資も底を突く。このままじゃ放置された家が崩れてしまう。私達が住んでいた場所が無くなってしまうんだ!」

 カイリューはそう言って懇願するようにシルバに思いの丈をぶちまける。
 そこでシルバは灯りの下で照らされた彼の顔が頬こけている事に気が付いた。
 状況は二転三転としているが、非常に危険な状態であることに変わりはない。
 このままでは難攻不落の島は内側から崩壊してゆくだろう。

「念のためにもう一度聞くが、この本島にスキームの一派はいないのだな?」
「普段はいないが、定期的に監視のために何人かが見回りに戻ってくる。私達兵士と王子の安否を気遣う僅かな住人だけが残っている状態で、皆見回りの時には必ず彼等の前に顔を出さなければいけない。その際に身体が濡れていれば即尋問だ」

 そのカイリューに色々と尋ね、この島の現状を詳しく聞き、その結果シルバは一つ名案を思い付いた。

「身体が濡れていたらいけない。ということは王子とやらも幽閉されているのは水中だ。でなければそれだけを判断材料にしない。それに恐らく王子は生きている。人質として利用している以上、死んでしまえばカードとして使えない。つまり、王子がいる場所は一般人が近寄れず、且つ水に浸からなければいけない場所で、幽閉と生命の維持が可能な場所。答えは簡単だ。今も王宮側にいる」
「王宮に!? そんなはずはありません! 兵士である私達は王子を真っ先に探したのは王宮側の空洞です。水中も王宮内もくまなく探しました!」
「この洞窟の暗さ、元々はどれぐらい明るかったんだ?」
「えっ? 元々は……松明の明かりと機械式のランプというものがあったので、町はかなり明るかったですよ。今は見ての通り空気を燃やし過ぎれば酸欠になってしまいますので二本立てているだけです」
「水中は?」

 シルバはそう言ってそのカイリューにレインが幽閉されているであろう場所を予想しつつ、自分の推理が正しいか確かめた。
 濡れているかどうかで尋問するかが決まるという時点で、逃げられること"以上"の困る何かがあるとシルバは予想した。
 本島から逃亡され、外島に行った所で誰も彼の話を聞かないだろうし、最悪の場合は王子が殺されると脅されている以上、今残っている島民は下手な抵抗はしない。
 故にそちらに関してはスキームとしてもどうとでもなると予想しているからこその現状の見張り体制なのだ。
 ならばそれ以上の何かとなればもう答えは一つしかない。

「水中? 照らす必要があるんですか?」
「だと思ったよ。ということはほぼ間違いなく王宮に続く海中洞窟の何処かに隠し部屋が作られている。俺も初めて暗い水中を泳いだが、ここまで視界が悪くなるとは思いもしなかった。あれなら多少岩肌が変わった程度では気付かない」

 シルバにとって潜水は初めての経験だ。
 だからこそその漆黒の空間での遊泳が及ぼす恐ろしいほどの恐怖感はシルバでさえ覚えるほどだった。
 天井や床に向かって光を当てておかなければ、今自分が何処にいるのかも何処へ向かって泳いでいるのかも分からなくなるその空間への恐怖は慣れている彼等にとっては何ともない。
 その感覚の差がシルバにその答えを導き出させた。

「だとしたら今すぐ全員で……!」
「駄目だ。それこそもしも居場所がバレたと気取られれば終わりだ。本当に殺しかねない。今は先に折角袋小路に自分達から集まっている状態になってくれているんだ。そこを一網打尽にする。そのためにあんた達には協力してもらいたい」

 カイリューが今にも立ち上がりそうになっていたためシルバはそう言い、思い付いた名案を彼にも教えた。
 といってもやることは単純で、ただ彼等には今まで通りに振る舞ってもらうだけだ。
 そして次の見回りのタイミングをカイリューから事前に聞き、シルバは石灰の壁を生成してその中に隠れ、見回りのスキーム一派が去ってゆくのを確認し行動を開始した。
 シルバが本島へとやってきた方向と反対側の壁面に一本の海中洞窟があり、そこへ入っていったのを確認するとシルバは潜水道具を今一度生成し、静かに潜水した。

「ほ、本当に協力しなくて大丈夫なのか? 水中なら私達の方が得意だ」
「気持ちは有り難いが大人数で動くとバレる可能性の方が大きい。もしも俺の当てが外れていた場合、王子が殺されることになる。それに最悪俺一人ならさっきみたいに壁のふりをしてやり過ごせる。だから今は信じて待っていてくれ。多分後で力を借りることになるからな」

 島民達にそう告げ、シルバは今一度くらい海中へと戻った。
 念のため前方へ意識を集中し、水中ライトを使いながら壁面をくまなく調べてゆく。
 当然エアータンクには限りがあるため時間との勝負となる。
 くまなく調べると言っても長い水中洞窟の全体を調べるわけにはいかない。
 隠し部屋を作り、そこに幽閉したというシルバの予想が正しければ、その部屋は必ず通路の中腹に作られているはずだ。
 そして発見されては困る代物である以上、そこは間違いなく目立ちにくい窪地や曲がり角の内側などになるだろう。
 目星を付けて海中を探索すること数十分。

『見つけた……恐らくこれだ』

 大きく隆起した岩の裏に人一人通るのがギリギリの小さな、しかしえらく人工的な穴が開いていた。
 願うようにその穴の中へと潜ってゆき、突き当たりを目指して進んでゆくが、残念ながらそこにはただの小さな空間があっただけだった。

『予想が外れたか……。そうなるとまずいな』
『おじさんは……誰?』

 シルバが予想が外れたと思い、反転して引き返そうとした瞬間、何者かの声がシルバの頭の中へと響いた。

『誰だ? この島の護り神か?』
『護り神? カイオーガ様のこと?』

 その語り掛けてきた声は以前から何度か聞いた事のある島の護り神として讃えられているポケモン達と同じ感覚だったため、シルバは心の中で念じた。
 しかしその語り掛けてきた声に言葉を返すと、どうやらそうではないらしい。

『お前がカイオーガではないのか。ならば誰だ?』
『僕はレイン。おじさんは?』
『レイン? 私はシルバだ。君を助けに来た。何処にいる?』

 その言葉を返していたのは正に探しているレイン本人だった。
 酸素に限りがある以上、レインの方から語り掛けてきてくれたのはシルバとしても有難かったため、レインの居場所を尋ね返した。

『上だよ。少し後ろの方』

 そう教えられ、シルバが後ろの方を振り返ると、岩の小さな窪みの中にフィオネの姿があった。
 その位置はその穴の中でも上手い具合に死角になっており、くまなく探さなければ見つからなかっただろう。

『やはりここに閉じ込められていたのか。もう大丈夫だ。島の皆が君のことを心配していた』
『そうなの? 危ないからここに隠れていなさいってスキームさんに言われたけれど……』
『成程……心に直接語り掛けられる以上、幽閉するにも信用を得る必要があるからな。そうやって騙していたのか』
『騙されてなんかいないよ! 本当にスキームさんが助けてくれなかったら危ない所だったんだよ!』
『事情は分かった。一先ず外島まで非難するんだ。このままでは君の命が危ない』

 小さな窪みの中に納まっていたレインはゆっくりと出てきてシルバの前を泳ぎ回りながらそう答えた。
 つまり彼は幽閉されていたのではなく、嘘を信じ込まされて自分からここに隠れているように仕向けられたのだ。
 相手は子供であるため恐らくスキームは自分の部下を使って王子が命を狙われていたかのような状況を演じ、そこをスキームが助けて言いつけを守らせたのだろう。
 レインの健康状態は良く、明らかにきちんと食事を与えられているところを見ると、レインは完全にスキームのその自作自演を信じ、ここで危機が去るまでじっと待っていたのだろう。
 シルバはスキームの嘘、そして今この島で起きている本当の危機を教え、レインの身の安全を何とか確保しようとしたが、レインからすれば嘘を吐いているのはシルバであるためかなりシルバの言葉に反発していた。

『違うもん! スキームさんはそんな人じゃないもん! あなたはやっぱり僕を騙そうとする悪い人なんだ!』
『俺が悪い人でもなんでも構わん。とにかく島民達が君のことを心配しているのは本当だ! 自分の目で確かめてから批判でもなんでもしてくれ!』
『確かめる……ってどうやって?』
『見た所君は自由に泳ぎ回れる。ならば今の本島の状況を自分の目で見るんだ。誰が嘘を吐いているのか。それはこんな所でじっと助けが来るまで待っていても分からない事だ。君もいつかはこの島を率いる島主となる存在なんだろう? だったら待っているだけでは駄目だ!』
『……分かった!』

 シルバの言葉を聞いてレインは少しだけ考えた後、元気に返事をして洞窟から外へ出ていった。
 その後をシルバも追いかけてゆくが、水中での移動速度は圧倒的なまでにレインの方が早い。
 見失わないように必死に泳いでゆき、本島の水面へ静かに顔を出し、今一度周囲の安全を確認してから本島へ上陸した。
 そして桶を一つ生成し、そこにレインと周辺の海水を掬い入れてそのまま島の中央へと連れて行く。
 本来ならば誰も居ないはずの本島の広場にはそわそわした様子の兵士達が何人も待っており、いつでも動けるように準備をしていたのだろう。

「レイン様! ああよかった! よくぞ御無事で!!」
「シルバさん。ありがとうございます! 感謝してもしきれません」
「いや、まだだ。この子はまだスキームの事を信じている。何が真実なのかはっきりさせない限りこの問題は解決しない」

 連れて行ったレインを見るなり兵士達は何度も頭を下げてシルバに感謝し、レインの無事を心から安堵していた。
 スキームの嘘を信じていたレインは何故兵士達がこんなにも狼狽しているのかも意味が分かっていなかったため、不安そうに周囲を見渡している。
 恐らくこのままスキームを一方的に責め立ててもレインには納得ができないだろう。
 そういったシルバの配慮を口にし、シルバは今一度潜水具を生成して海水へ潜る。
 次の目的は当然スキーム一派の確保だ。
 レインの安全が確保できた以上、スキーム一派が全員王宮にいる状況は非常に好ましいものに変わる。
 シルバは穴全体の直径をライトでしっかりと測り、そこに壁面を生成していった。
 王宮の先には洞窟が無いため、これ以上何処にも逃げられないと聞いていたため、入り口を塞ぐだけで全員が確保できるのだ。

「これで一先ず復讐される心配はない。後の事は外島の人達ともしっかりと情報の連携ができてから行おう。だがその前に一つ頼みがある」
「ええ、なんでも構いません。貴方は私達魚の島の救世主ですから」
「俺の名はシルバ。この島にまでその名と俺の旅の目的が伝わっているかは分からないが、訳あって神々が居ると伝えられている聖なる場所、この島でなら"命の眠る水底"へ行かなければならない。場所を教えてくれ」
「"命の眠る水底"!? それは絶対に駄目です!」

 一先ずはこの島の問題に決着が付いたため、シルバは改めて祭事場となっている"命の眠る水底"の場所を聞いたが、それだけは駄目だと全力で断られた。
 シルバとしても、今でも神事が続いていると聞いていたためこの反応は予想ができた。

「分かっている。神聖なる土地だということは重々承知だ。それでも行かなければならない。世界に平穏を取り戻すためなんだ」
「いえ、神事で数名は入るため入る事自体は構いません。ですが奥へ行く事だけは神聖だとかそういう理由ではなく、危険だから行ってはならないのです」

 ところが帰ってきた言葉は意外なものだった。
 "命の眠る水底"の名前の通り、そこには海を統べる神々が眠っているとされている。
 この島もその内の一神、カイオーガが海底の岩を押し上げて作り上げた神秘の島だとされているほどだ。
 以前はその真偽を確かめるために調査を行った事もあったそうなのだが、必ずある深度を越えると急に誰も彼もが意識を失ったのだという。

「"命の眠る水底"の名の由来は神の眠る場所としてではなく、名前の通り多くの命が帰らずに今もその深い穴の底で眠っているからなのです。恩人をみすみす死なせるわけにはいきません。どうかご理解を!」
「……恐らく大丈夫だ。今までもそうやって島々の神域に踏み込んで意識を失った事があるが、暫くすればすぐに目を覚ました。その神とやらとどうあっても話さなければならないからな。お前達の懸念も分かるが足止めを食うわけにはいかない」

 シルバがそう言うと、覚悟を宿した瞳を前に諦めたのか、島民達はシルバを"命の眠る水底"へと案内してくれた。
 島の中央から少し離れた場所にある開けた場所へ移動し、そこにある火が消えていた松明に火を灯してゆくと、そこにぽっかりと開いた穴のように小さな池があった。
 周囲を松明で煌々と照らしているにも拘らず、その池だけは恐ろしい程に暗く、まるで何もかもを飲み込んでいるかのように見える。
 シルバは今一度潜水具を生成して装備し、静かにその水底をライトで照らしながら意識を集中させる。

『カイオーガ。聞こえているのなら答えてくれ。今から俺はあんたのいる場所へ降りてゆく』

 返事は無い。
 ライトの明かりは何処までも続く墨塗りの水中を写すばかりで底など窺えない。
 光すらも届かないその池の中へ不安そうな周囲の人々に見守られながら、シルバは意を決して沈んでいった。
 松明の明かりが遠く水面を写しており、その光すらも次第に小さくなってゆく。
 沈んでゆく感覚はあるものの、本当に沈んでいるのか止まっているのかも分からないような錯覚に陥るほど、小さな池とは思えないその空間の中でシルバは意識を集中させ続けていた。
 遂に照らす明かりが手元にあるライトだけになり、自分の吐き出す息の出す音だけが聞こえるようになる。

『遂にここまで来たのね……シルバ』

 そんな声が聞こえたかと思った時には、手元にあったはずの明かりは消え失せていた。
 吐き出す息の音すらも聴き取れなくなり、深淵の中に放り出されたかのような感覚に囚われ、生きているのか死んでいるのかさえ分からなくなる。

「ようこそシルバ。あなたの旅ももうすぐ終わる……。そしてこの旅の果てに真実を知ることになるわ。もうそろそろ、あなたももう、覚悟を決めなさい。あなた自身のために……」

 黒一色だったはずの視界はまるで光に包まれたかのように白くなってゆき、その空間に確かに声が響いた。



――沢山の人々の笑い声が聞こえる。
 そこは今までの景色とは違い、妙に懐かしさのある森の中だった。

「もう! いつまで寝てるの! 一緒に遊ぼう!」
「だめ! 次は私と一緒に遊ぶの!」

 起き上がった身体には今までの記憶とは違いきちんと感覚がある。
 それは記憶のはずなのに目の前にいる沢山の色んな種類のポケモンの子供達が楽しそうに笑いながらシルバに寄り添って眠っている。

「大丈夫。僕は逃げないよ。みんなで遊ぼう」

 『これは一体どうなっているんだ?』とシルバは口にしたつもりだった。
 今まではただ記憶を見ていただけのはずだったのに、今は確かにそれは記憶の中の風景だと分かっているはずなのに、同時に今の自分の意識がはっきりとしている。
 まるで今そこで体験しているかのような感覚がシルバを包んでいる。

「今日も変わりないようだな。シルバ」
「あっ! クロム様! おはようございます!」

 その声はシルバの後ろから聞こえてきた。
 何処かで聞いた事のあるとても懐かしい声にクロムという名前。



 振り返ろうとした瞬間、クロムと呼ばれていた者の姿がちらりと視界の端に映ったような気もしたが、既に目の前は深淵の世界に戻っていた。
 そして振り返ったシルバを迎えるように闇の中から赤い光の線が浮かび上がり、目の前に一人の巨大なポケモンが現れた。

「今あなたが見た記憶はあなたの原初の記憶。残す石板は後二つ……。それを全て取り戻した時、貴方は全てを思い出す鍵を手に入れることになるわ。でも重要なのは記憶ではない。鍵を集めなさい……」

 闇の中に浮かぶその光は最後にそれを告げると静かに消えてゆき、消えていた筈のライトの明かりが先程まで何かが居たはずの空間を壁として照らしていた。
 手には既に石板の破片を握っており、それが間違いなくシルバの取り戻した記憶と感情であることを告げる。

『考えている場合ではないな。まだやり残している事がある。すぐに皆の元に戻ろう』

 それはあまりにも今までとは違う光景だった。
 記憶と呼ぶにはあまりにも現実味があり、風が髪を撫でた感覚すらまだ覚えている。
 だが、それについて考えるには今は良い状況であるとは言えない。
 この島の問題が解決してからでも先程の記憶をしっかりと思い出して見ればいいと考え、シルバはすぐに浮上を始めた。
 感覚では随分と沈んでいた筈だったが、ものの数分も掛からぬ内に水面が見えるほどしか沈んでおらず、下を照らしても何処にもあの空間は存在しない。
 不可思議な体験に対する懸念を振り払うため、シルバは眼前のすべきことに集中した。

「も、戻ってきた! シルバさんが戻ってきたぞ!」

 誰も戻ってきた事の無い場所から帰ってきたシルバを見て、島民達は口々に驚愕の声を漏らしていた。
 それが更にシルバへの英雄視に拍車を掛けたのか、既に本島に残っていた人々はシルバの事を完全に信頼するようになっていた。

「俺が戻ってくるまでにどれ位の時間が掛かった?」
「流石に詳細には分かりませんが、一時間も掛かっていませんよ」
「想定していたよりは早かったな。ならすぐに行動しよう」
「任せて下さい! レイン王子さえ無事ならばもう怖いものはありません! この島の平和を取り戻しましょう!」

 水から上がったシルバは潜水具を消して髪束が貯めこんだ水を絞りながら周りの人々に訊ねた。
 浮上に掛かった時間が明らかに沈んだ時間よりも早かったこともあり、それほど時間は経っていなかったことを確認するとシルバはまずレインと島民の安全を確保しようと考えていたのだが、島民達は闘志の宿った目で武器を持ち、シルバの号令を心待ちにしているように見えた。

「まさか島民同士で戦うつもりか? 仮にもずっと一緒に居た仲間だろうに」
「奴等は裏切りものですよ!? きっと前王が逝去されたのもあいつらが何かをしたに違いない!」
「だからといってわざわざ血を流す必要なんてないだろうに。悪事が暴かれたのならばもう余計なことは出来なくなる。今の優先すべきことはまだ幼いレインをしっかりと支えられるように島民全員の意識を統一することだろう?」
「あいつ等は罪を犯し過ぎた。もう島民でも仲間でもない! 殺してしまわねば平和は訪れません!」
「……なら俺はこれ以上協力しない」

 だがシルバはそう答えた。
 島民達の意識は一つになっていた。
 王子を取り戻し、敵に後ろ盾が無くなった今、叩かなければならない……と。
 だからこそシルバは必ず号令を出してくれると信じていたのだろう。

「何故ですか!? 今あいつらを潰さなければ!」
「お前達の怒りも憎しみも分かる。だが、間違いを犯した者を排除してゆけばいずれこの島は滅ぶ。罪を裁くのは剣ではなく法であり、罪を贖うのは命ではなく傷付けた者達への誠意だ。殺し殺され、恨み恨まれを続けてゆけば果てにあるのは真の絶望でしかない。この島の国としての機能を回復し、然るべき処罰を与える。それを約束できないのであれば俺はこれ以上協力しない」
「何故です!? あいつ等は散々贅を尽くした! 散々他人を蔑めた! なのに許せというのですか!!」
「許せなどとは言っていない。怒りの感情のままに行動したのなら過ちを犯したスキーム達と同じになるというだけだ。やられた分をやり返すというのなら国という物を作る必要などない。憎しみの連鎖はすぐに断ち切る。それだけは分かってくれ」
「なら泣き寝入りをしろと!? 今までずっとこんな仕打ちを受け続けてきたというのに!! あいつ等はのうのうと生きることを許せと!?」
「だったら何故お前達は外島の者達に助けを求めなかった!? 他の島に助けを求めなかった!? とうの昔にお前達は憎しみに支配されている事が何故分からない!? 早々に諦め、外島に行った者達を嫉み、助けを求めることを止めていつか復讐すると誓って耐えることを何故選んだ!! 今お前達が復讐を果たせば、次にスキームのようになるのはお前達だ。外島の者達を下に見て、耐え続けた自分達は報酬を得ることを当然だと主張し、自分達が権力を握り正義を振りかざすようになる。そうなった時点で……正義という信念を誰かに向けた時点で、お前達は悪に成り果てる。それを理解しろ」

 シルバは初めて怒りを見せ、大声で言い放った。
 真っ向から自分達の大義を否定されたため、島民達はやはり納得していない表情だったが、それでも多くの者はシルバの言葉の意味を分かってくれた。
 武器を下ろし、その目から怒りが消えてゆく。

「ならどうすればいいんですか? 例え私達が攻撃しなくてもあいつらは絶対に攻撃を止めてはくれない。それでも耐えるしかないと?」
「憎しみに支配されるなとは言ったが力を振るうなとは言っていない。話し合う気概を持たない者には力をもって制圧し、自分の罪を認めさせろ。もしも奴等に悪意があって行動していないのなら、今度は話し合え。本当に正しいものは何かを対等にぶつけ合え。そうすれば答えが見つかる」
「僕も……そう思う」

 シルバの言葉を聞いていたレインは静かにそう言葉を続けた。
 桶の中で震えながらもそう発した小さな王子に、誰もが驚いていただろう。

「スキームさん達は……ずっと言ってた。『自分達が楽をするために俺達にばかり仕事を押し付けた』って。『何をしても誰も礼の一つも言ってくれやしない』って……。僕に優しくしてくれたのは、多分嘘じゃないんだと思う。だからってスキームさん達が間違っていないとは思わないけれど、でもせめて僕達がきちんとスキームさん達と話し合っていたら……こんな事にはならなかったんだと思うから……。僕も話し合いたい」
「レイン王子……」

 初めは小さなボタンの掛け違いだったのだろう。
 それが積み重なってゆき、遂にはこれほどの大事になってしまう程の恨みとなってしまった。
 レインもそう感じたからこそ口にしたのだが、まだ幼いレインのその言葉は誰よりも島民達の心に響いていた。

「強いな。レイン」
「ううん。僕は強くなんかないよ。ずっとみんなのお世話になりっぱなしだもん」

 シルバの言葉にレインは首を横に振ったが、それを見てシルバは軽く笑ってみせる。
 レインの言葉を聞いてからはもう、島民達が殺気立つことは無くなっていた。
 全員が気持ちを入れ直し、しっかりとした自分の意志で武器を手に取る。

「まずは外島へレインを避難させるべきだろう。あそこならベンケがいるしここにもベンケの部下がいるはずだ。二人が起点になって話せば全島民が力を合わせることができるはずだ。敵の数が分からない以上、戦える力を持つ者は俺と共にここで戦ってほしい。今はただ隔離しているだけだ。だからまずは降伏させて、その後ちゃんとした話し合いの場を設けろ。これに関しては俺は介入するつもりは無い。島民であるお前達でなければ分からない問題だからな。だからこの制圧戦までは協力する。それが終われば俺はこの島を発つ。いいな?」
「はい!」

 島民達からの返事は威勢が良く、今度こそ曇りのないはっきりとした言葉が帰ってきた。
 そこからの行動は早く、シルバと戦うと決めた者達はそのままその場に残り、シルバが作り出した壁が突き破られないか見張り、それ以外の者達は急いで外島へ向けて泳いでいった。
 シルバは彼等にはついてゆかず、見張りで残った者達と共にその場に残った。
 敵がいつ攻めて来るのかが分からないからではなく、単純に体力の限界が近かったからだ。
 慣れない長時間の潜水で想像以上に体力と神経を消耗している上、日の差し込まない海水の冷たさは本来そこで暮らしていないシルバにとってはすさまじい勢いで体温を奪ってゆく。
 復讐に囚われそうになっていた島民達の手前、弱っている様子を見せるわけにはいかなかったため我慢していたが、一先ず一致団結できたため松明で暖を取らせてもらう事を優先していた。




 シルバが外島から本島へ向かってから数時間が経った頃、ベンケと子供達はお互いの事情を話し合っていた。
 子供達は皆、なにかしらの迫害や戦争被害を受けていたため、竜の軍というものにあまり良い印象を抱いていなかったこともあり、チャミやアギトのように話す事の出来る竜の軍の者との交流の機会は大切だった。

「ベンケさんって今は竜の軍の人じゃないの?」
「そうなるな。辞めるとは伝えなんだが、今某は此処にあってこの島を守っている。一つだけ違うとすれば、今も昔も某は弱き者を守るために戦っている。ただそれだけだ」
「じゃあ昔は竜の軍も違ったんだ」
「うむ。ヒドウが軍の指揮権を握った頃から今のアカラ達の知る竜の軍になった。『全ては強き竜の支配下に置かれるべき』あやつはそんな信念を掲げ、暴力による秩序をもたらさんとしている。それは一つの秩序であり理想であるとは分かるが某は納得ができない。特にそのやり口だ」

 ベンケが語るには、竜の軍は元々いざこざの絶えなかった竜の島の治安を維持するために生まれた組織だったそうだ。
 竜の島も他の島々同様、最も多く住むのはドラゴンタイプのポケモンなのだが、当然それ以外の種族のポケモンも多く住んでいる。
 ドラゴンタイプは種族全体を通して強いため、それ以外の島民との間でよく難癖のように喧嘩が勃発し、次第にドラゴン、非ドラゴンの対立が頻発するようになりだしたのだ。
 それを避けるため、幾つかあった村の長達がそれぞれ話し合い、同じ島民同士で無駄な争いを避けるために作り上げられたのがドラゴンも非ドラゴンも所属する中立の組織、竜の軍だった。
 公平な立場から暴徒の鎮圧と正しい裁きを与えていた竜の軍は、正に平和の象徴だったのだ。
 しかしその平和の象徴も長くは持たなかった。
 一部の力を誇示するドラゴン達が組織内でも横暴な振る舞いをするようになり、組織内部では直接的な対立は発生しないものの、ドラゴンによる戦闘部隊と非ドラゴンによる諜報、工作部隊に別れていたせいもあり冷戦状態となってしまったのだ。
 組織内での力関係を解消するために配置換え等も試みられたがあまり効果はなく、上層部は法の番人が無秩序になり始めていることに頭を悩ませていた時、ついに反乱が起きたのだという。
 ヒドウがその先頭に立ち、初めは圧倒的なカリスマで多くのドラゴン達を魅了してゆき、軍上層部を制圧。
 そしてヒドウを頭目とした新たな竜の軍が完成してしまった。
 武力による鎮圧部隊となった竜の軍はその力を誇示するかのように島内の反発する者達を制圧し、事実上島の支配権を手に入れた。
 ここまでならばまだ良かったのだが、そこでヒドウの元に就いていたドラゴン達が一斉に蜂起、ヒドウを支配者の座から引き摺り降ろそうとしたのである。
 辛くもこれを制したヒドウの圧政はここからヒートアップしてゆき、遂には島民全てをヒドウの手中に収めてしまった。

「歯向かう者達の家族を人質に取り、ヒドウと彼の従順な部下しか入る事の出来ない地下に幽閉されている。某の知る限りでは私と志を同じくしたドラゴはそうだったはずだ」
「だからドラゴさんは何度も僕達を助けてくれたんだ!」
「ドラゴの様子が今も変わりないようで安心した。何れは奴とも戦わねばならないかと考えていたが、杞憂で済みそうだな」

 アカラからドラゴの現状を聞いてベンケは少しだけ嬉しそうに微笑んでいたが、同時に悲しそうな表情も見せた。
 それはつまり今もドラゴの家族は人質に取られたままだということを意味しているからだろう。
 そうしてヒドウは島民の中で戦う力を持たない者を幽閉し、戦いたいと思っている者、人質に取られた強いポケモン達を全て竜の軍の隊員とし、今では島全体が一つの大きな軍隊として完成してしまったのだという。

「ベンケはいつ辞めちゃったの?」
「早かったぞ。ヒドウが頭目となってすぐの頃だ。あやつは秩序など求めていない。己の強さを、その支配力を誇示しているだけだ。そんな志持たぬ者に付き従う謂われはない」
「あれ? ならどうやってその後の軍の情報を知り得たんですか?」
「話に出ただろう? ドラゴとは近況のやり取りを行っていた。そんなドラゴともここ最近は連絡が取れていない。大事無いといいが……」

 ツチカがどうやって情報を手に入れたのかを聞くと、ベンケは憂いを帯びた視線で遠く何処かを見つめながら話した。
 ベンケの元へドラゴが訪れなくなったのはシルバ達の冒険の物語が島の中でもまことしやかに噂されるようになってからだった。
 外島ではシルバの話は伝わっていたため、悪しき竜の軍を成敗するシルバという者の噂を聞き、ドラゴが倒されたのかと思っていたがどうもドラゴ達はシルバ達とも良い関係を築けていたことを聞き、少しだけ安心はできただろう。
 その時だった。
 本島の方から複数の足音が洞窟内に響き渡り、ベンケの表情は一瞬で険しいものに変わった。

「よもや本島の者が攻め込んできたのか……? そこまでだ! 止まれい!」
「ベンケさん! 俺です! リュウドウです!」
「リュウドウ!? 何故お主がこちらへ来たのだ? 本島は今どうなっている!」
「すみません! 訳あって今まで本当の事を話せませんでした。ですが今なら、シルバさんが作り出してくれたこの好機、決して無駄にするわけにはいきません!」

 大きく身体を構え、向かってくる足音へベンケが言い放つとその足音の内の一人がそのまま前へと駆け出してきた。
 リュウドウと呼ばれたベンケの部下だったカイリューが息を切らしながらベンケの元へ駆け寄り、先にこれまでの非礼を謝る。
 そして本島で起きていた真実を話し、シルバの指示の下、最後の追い込みを行っていることを伝えて外島の人々にも協力を要請したい旨を伝えた。

「やったあ! 流石シルバ!」
「天晴よ。まさか本当に成し遂げてくれるとは……」
「一先ずシルバさんからの指示もあったので、レイン王子を託します!」

 そう言ってリュウドウは桶に入った状態のレインをベンケに渡した。

「おお! レイン王子殿、ご無事で何よりだ!」
「お久し振りです、ベンケさん」

 ベンケの表情は一瞬で晴れ、深く頭を下げてからレイン王子の入っている桶を受け取った。
 既にレインとベンケはこの島に来てすぐ頃に会っていたため、久し振りであり感動の再会でもある。

「レイン王子殿には一度、某が使わせてもらっている小屋に避難して頂きましょう。不肖ベンケ、此度の戦が終わるまでこの命に代えてでも御守りしてみせましょうぞ!」
「駄目ですよ! 絶対に死なないで下さい!」
「ハッハッハッ! 承知しておりますとも。今のはあくまで心意気。死ぬつもりなど毛頭もござらんのでご安心なされよ」

 レインと出会った事でベンケの士気は目に見えて上がっていた。
 再会の挨拶はそこまでにし、ベンケはレインとアカラ達を小屋の方へ避難させてすぐさまその場にいた兵士や本島の者達に指示を出し、本島からの襲撃を見張る者達とこの事実を伝えに行く伝令部隊に別れた。
 ベンケとリュウドウは当然伝令部隊として動き、島中の人達にこの吉報を知らせて回り、事の真相と外島と本島の蟠りの原因の真実を話して回った。

15:指導者の器 


 初めの内はベンケやリュウドウの言葉を信じる者は少なかった。
 しかし何人かを無理矢理連れて行き、レインの姿を見せた事で外島の人々も信じたようだ。
 外島の人々も港を守る部隊と本島へと戻る部隊に別れ、バラバラだった島の人々はレインを中心にしてまた一つの存在に戻ろうとしていた。
 レインの影響力も凄まじいものだが、それ以上に本当はこの島に住む誰もがこの現状に嫌気が差していたのだろう。
 ベンケと他の戦える者が何人かここに残り、それ以外の者達は次々と水へと飛び込んでゆき本島を目指して進んでゆく。
 魚の島の内戦。
 その最終決戦の時は近い。



 第十五話 指導者の器



「シルバさん大丈夫ですか?」
「正直に言うと大分きつい。何より体の震えが止まらん」

 外島からの支援が到着するのを待っている間、シルバは"命の眠る水底"を照らすために点けられた松明で暖を取り続けていたが、体力の消耗は予想以上だった。
 ようやく少しは気を抜くことができる状況になったという事もあってか、冷え切った身体の震えが止まらず、体中がかじかんで上手く動かなくなっている事が分かった。
 このままでは戦闘になったとしてもシルバは通常の半分も実力が引き出せるか怪しい所だ。
 士気を上げなければならないこの状況でこの事実を伝えるわけにはいかず、シルバはただ必死に体が温まるのを待つしかなかった。

「シルバさん。よければこのスープを飲んでください」
「いいのか? お前達の食料は僅かなんだろう?」
「はい。この戦いが終わればまた今までのように生活ができる……。そうすればもうギリギリの生活を続ける必要もありません。勝手だとは分かっていますが、どうかこの島の未来を取り戻してください」
「分かった」

 震えるシルバに本島から移動する体力も残っていなかった老人達が、温かいスープを持ってシルバの元へやって来てくれた。
 そのスープには具はほとんど入っておらず、彼等の生活がどれほど限界が近かったのかが窺える。
 だからこそシルバは一度、そのスープを受け取ることを躊躇った。
 本当にそれが必要なのは彼等であり、今の自分ではない。
 そう思ったが島民達はシルバの勝利と平和を望んでいると知り、覚悟を決めるという意味でもそのスープを受け取り、ゆっくりと飲み干していった。

「お返しになるとは思えんが……俺が過去に食べたスープだ。皆もこれを食べてくれ」

 スープのお陰で身体の震えも幾分か治まった事を見て、シルバは虫の島で食べたあの大鍋のスープをその場に生成した。
 自分自身の身体の震えを抑えることも当然目的にはあったが、それ以上に彼等の衰えた身体を見ると何かをしてあげたくて仕方がなかったのだ。

「これは……一体どうやって?」
「俺の能力みたいなものだ。元は幻影を作り出す能力なんだが、これは本当に食べられるし腹も膨れる。お前達がスープを分けてくれたから俺も思い出すことができたんだ。貰ってくれ」

 そう言ってシルバは残っていた島民達に暖かい具沢山のスープを振る舞い、全員で暖を取った。
 涙を流しながら美味しそうにスープを食べてゆく島民達の姿を見ていると、シルバは思わず笑みが零れた。
 暫くするとランターンを先頭にして水棲のポケモン達がいの一番に駆け付け、シルバ達と合流した。

「駆け付けましたよシルバさん! ……ってなんでこんな時に食事を?」
「そりゃあみんなが腹を空かせてたからな。まだスキームの一派に動きは無い。今の内にお前達も英気を養っておけ」

 そう言ってシルバは満面の笑みで駆けつけてくれたポケモン達を出迎えた。
 想像していなかったであろう事態に駆け付けたポケモン達は少しばかり唖然としていたが、腹が空いているのも事実。
 彼等にも様々な食事を振る舞ったことで本島には久し振りに笑顔の光が灯っていた。
 その後も次々と外島のポケモン達が駆け付けてゆき、何故か皆で鍋を囲むことになり次第に本島の様子はさながら宴会場のようになってゆく。
 沢山の笑顔がその空間を満たしてゆく中、遂に水中に一つドシン! と大きな音と振動が響いた。
 賑やかだった本島は一瞬で緊迫した雰囲気になり、戦えない者を避難させて残りの者達で水中にも地上にも防衛線を張り巡らせる。
 響く音と振動は次第に数を増してゆき、そして遂に急ごしらえの壁にヒビが入った。

「来るぞ! 全員で奴等を取り押さえろ!」

 水中にいたポケモン達がそう言い放ち、その瞬間を待ち続ける。
 そして三度音が鳴り響き、遂に大きな水柱と共に壁が打ち破られ、戦いの火蓋が切って落とされた。

「てめぇら! 舐めた真似しやがって!!」
「迎え撃つぞ! 一人も逃すな!」

 水中から勢いよく飛び出したガマゲロゲが腕を振り下ろしながら叫ぶ。
 シルバの号令を聞いたポケモン達はすぐさま散開し、シルバ自身はその攻撃を受け流してそのままガマゲロゲの腕を掴み、しっかりと拘束した。

「あいててててて!! なんだお前!? この島のポケモンじゃないのか!?」
「残念ながらその通りだ。だが一人残らず俺が捕まえてやろう!」

 そう言うとガマゲロゲの周囲に電流が走り、その電流があっという間にワイヤーロープへと姿を変えてゆく。
 腕と脚にしっかりと巻き付いて縛り上げ、全身に絡みつくと一本のロープとして繋がってガッチリと拘束した。

「なんだこれ!? どうなってやがる!?」
「そりゃあ見たままロープだ。ワイヤーとかいう金属で編まれた物だからちょっとやそっとじゃ引きちぎれんがな。まあそのまま大人しくしてろ。きっちり全員縛り上げてやるから」

 そう言ってシルバはすぐさまそのガマゲロゲを無力化すると、次々と飛び出してくるスキーム一派のポケモン達と交戦している他のポケモン達に加勢しに行った。
 シルバが戦闘前に生成していたのは当然食事だけではない。
 それぞれの体格にあった鎧を元々あった物を元に生成し、戦う者達全員に行き届くようにしていた。
 そしてシルバ自身も新しい武器としてそのワイヤーロープを使用していた。
 機械の修理の際に様々な精密部品を修理したりしていたおかげでシルバ自身も生成する幻影の精度や作れるものの幅が大幅に広がっていたため、今回はその中から最も拘束に適していたワイヤーロープを選択したのだ。
 水棲ポケモン達には予め、作れないかと頼まれていた捕縛用のネットを生成して渡していたためシルバが心配するまでもなく上手い具合にスキーム一派を捕えてゆく。
 スキーム一派にとってこれは大きな誤算であり、最大の脅威だろう。
 無尽蔵に作り出せる武器や防具で強化されているだけではなく、不足していた筈の食料まで手に入った事で疲弊していた筈の兵士達が全員元気になっているのだから。
 その慢心と戦いに懸ける意気込みの差から次第にシルバ達の方がスキーム一派を圧倒してゆき、遂には一人の死者も出さずに全員の捕縛が完了した。

「よくやった! これで俺達の完全勝利だ!!」
「うおぉぉお!!」

 洞窟内に響き渡る鬨の声がシルバ達にもう一度笑顔を届けた。
 網やロープで縛り上げられたポケモン達を全員一か所に纏め、気絶させていただけのポケモン達も全員ロープで縛り上げ直す。
 そうして今一度全員を一か所に固めた事で、一人の兵士が違和感に気が付いた。

「スキームがいない! 誰かスキームを捕まえたか!?」
「そういえば見かけていないぞ? 一体何処に……?」
「外島へは抜けられていないはずだ。見張りのポケモン達は全員持ち場を離れていない」

 完全勝利の余韻に浸る間もなく、その勝利に陰りが見え始めた。
 誰もスキームと戦っていないどころかスキームの姿すら見ていないのである。
 一瞬で場は騒然とし、すぐさま周囲の様子を確認したが、間違いなくスキーム派のポケモンはそこに捉えられており、岩陰に隠れているようなポケモンもいない。
 外島へ抜けられることだけは避けなければならなかったため、各通路全てに最低でも二人の兵士が立っていた筈だったのだが、彼等は誰一人として戦闘もしていないという。

「仕方がない……。もしも外島に抜けられていたらレインが危ない。二手に分かれて探そう。スキームは戦闘能力は高いのか?」
「いえ、宰相をしていただけなのでそれほど高くは無いはずです。ただ頭はかなりキレます」
「だろうな。そうでなければここまで見事に島の内情を操作することは出来んだろう。リュウドウ達兵士を筆頭にして半分は王宮の方を調べてくれ。俺は外島の方へ向かう」

 シルバは全員にそう言い放つとすぐさま二手に分かれて本島を離れた。 
 この混乱の首謀者であり、非常に頭の切れるスキームは何としてでも取り押さえる必要があった。
 既に彼等にもレインが救出された後であることがバレている以上、今度はもう人質の命を保証するとは思えない。
 最悪の場合、レインの命を奪ってでも手に入れた偽りの玉座を守り続けるだろう。
 そうなってしまった場合、もうこの島が元通りの平和を取り戻すことは出来なくなる。
 それだけは避けるためにシルバは潜水具を一式装備し直し、他の水棲ポケモンに牽引されて急いで外島へと戻る事となった。
 だが、早く動いたのは間違いだった。
 兵士の一人が言っていた通り、スキームは非常に頭の切れる人物だった。
 その証拠とでも言わんばかりに、もぬけの殻となった本島にひょっこりとスキームは姿を現したのだ。

「やれやれ……手酷くやられたなお前達。今解放するぞ」
「スキームさん! 流石ですが、一体何処に隠れていたんですか?」
「そりゃあ一つあるだろう? 誰も入りたがらない絶好の隠れ場所が」

 そう言ってスキームは"命の眠る水底"の入り口を指差してみせる。
 乱戦の最中、スキームは他の隊員達が派手に飛び出してゆく中端の方から静かに島に上がり、そのまま"命の眠る水底"へ潜って静かになるのをずっと待っていた。
 スキームの作戦は初めから戦力が分散するのを待ってから動く事だった。
 故に元々彼等も大きな損害を与えるつもりは無く、寧ろ同じように怪我をさせない事で完全勝利に酔いしれ、同時にスキームがいない事に気付いて戦力を分散させるであろうことまで予想の範囲内だった。
 "命の眠る水底"の入り口からおおよそ十数メートルまでの深度であれば気を失う事はない。
 それはこれまでの調査の結果誰もが知っていた事だったが、既に『入れば死ぬ水路』という認識だったこの場所を調べる者はいなかった。
 全てはスキームの手の中でまだ動いており、戦局を読む力だけならばシルバよりも格段に上だろう。

「なんです? このロープ。いくらなんでも固すぎやしませんか?」
「ワイヤー何とかって呼んでました。なんでも金属のロープだとかで」
「厄介ですねぇ。流石にこれは予想外だ」

 スキームは捕まっていた兵士達を縛っているロープを外そうとしたが、そのロープのあまりの硬さに疑問を抱いた。
 ロープで縛り上げられるであろうことまではスキームも予想していたが、ここでシルバがワイヤーロープを使うことまでは予想することは出来なかった。
 おかげで彼の計画も狂うことになるが、それでもスキームは決して焦らない。
 長く島主の元に仕え、統治について日々思考を巡らせていたスキームはその経験からどんな状況でも焦らない事を覚えていた。
 最初に本島への道が塞がれていると兵士が気が付き、報告に戻った時もスキームはすぐに行動に移す事はなかった。
 通路途中の隠していたレインの状況の確認と、そのいきなり現れた壁についても自身の目で一度確認してから作戦を練ったほど彼は常に冷静沈着で抜かりが無い。

「金属ではあなた達の毒でもなかなか腐食しませんからね。胃液ならばと言いたいところですが、これほどしっかりと身体に縛り付けられているのであれば溶けるのはロープよりも先にあなた達の身体の方になってしまう……万事休すですかね」

 口では諦めたような事を言っているスキームだったが、実際は思考を可能な限り巡らせ、何とかしてロープを解く方法を考えていた。
 このまま一人で外島へ向かってゆき、レインの身柄を再度確保したところでスキームには勝機が無い事が分かりきっているため、なんとか元通りの作戦に戻れないかと考える。
 本来ならばここで全ての兵士のロープを解き、外島側へ全員で侵攻し、再度乱戦となっている間にレインを確保して戦局を元に戻すことが狙いだからだ。
 どちらにとっても切り札は前島主の子供であるレインだけだ。
 スキームがレインを殺さない理由は上手くレインの思考を誘導してゆき、最終的には自分の意志でレインから島主となる権利を正式に譲り受けるためにだ。
 そうすれば後から誰が文句を言おうとも揺らぐことは無くなる。
 そのために彼に賛同するよう欲に忠実な兵士達を扇動し、彼の手下となるようにしてきたため、スキーム一派の方もただの烏合の衆ではなくスキームの意志の元に統一された正に軍隊である。
 だからこそこのような囮作戦にも文句一つ言わずに従ってくれたのだ。
 スキームの一派はカエル系のポケモンが多い。
 水棲でありながら肺呼吸であるため、長く水を離れられない種族がほとんどだ。
 そんな中途半端な彼等は彼らなりに努力を続け、ようやくどちらにも負けない存在になったのだが、受けた評価は然程無い。
 今までの努力がそれぞれのポケモンにとっては普通だというその評価が納得ができなかった。
 だからこそスキームは同志を募って反旗を翻し、自分達の望む国へと作り替えようとしていた。

「お前の考えは実に興味深い……このままでは面白くないな。あいつのためにもならん」
「誰ですか!?」
「俺は誰でもない。だが誰かが俺の名を呼ぶ時、必ず俺を"影"と呼ぶ。まあ、そう不安そうな顔をするな。ちょいとお前達の協力をしてやるというだけだ」

 考え込んでいたスキームの後ろからカゲの声が聞こえてきた。
 いつから居たのか分からないほどいきなり現れ、スキームに協力を提案した。

「協力していただけるのはありがたいところですが……その見返りは何です?」
「見返りなど要らない。お前の思想と行動は必ず奴を揺れ動かさせる。そろそろ揺れる心もあるはずだ。ならフェアに行くのならば俺は奴の敵に回らなければつまらない。ただそれだけだ」
「あいつというのが誰を指しているかは分かりませんが、見返りを求めない者は基本的に信用しない質ですのでお引き取り願えますか?」
「お前がどう思おうと俺は知らん。それにもう手は貸した。じゃあな、せいぜい頑張れ」

 カゲを警戒して視線を全く逸らさないようにしていたスキームだったが、そんなことは意に介さないとばかりにカゲも好きなように話し、行動する。
 スキームの後ろからバチバチッと音が聞こえ、思わず視線をそちらに向けると、いつの間にか彼等を縛っていたワイヤーがきれいさっぱり消えてなくなっている。
 『何をした』そう言おうと振り返ったが、既にそこにカゲの姿はなく、初めからなにもいなかったかのように立ち消えていた。

「スキームさん! 何したんすか!? 全員これで戦えますよ!」
「え、ええ……。ちょっとしたトリックですよ」

 拘束が解かれたことでスキームの部下達は元気に立ち上がったが、スキームは動揺が隠せなかった。
 カゲの存在を知らない彼にとって目の前で起きた事が全く理解できない上、どうにも先程の存在は自分にしか見えていないようだったため理解が追いつかなくなったのだろう。
 とはいえ部下にその動揺を悟られるわけにはいかず、すぐにいつもの調子で話し始めた。

「予定より少々遅れてしまいました。ですが彼等は私達が追撃するとは夢にも思っていません。叩くなら今です。そして今度こそレイン王子から直々に島主の譲渡をさせましょう。もう回りくどいやり方ではなく脅してでも直接譲り受けるのです。そして私が島主となった暁には、貴方方の地位を保証しますよ」
「うおー!! 流石スキームさん! 格が違うぜ!」

 レインの奪取により島民達の士気が上がったようにスキームも彼等の報酬である地位を常にちらつかせることでその従順さと士気を保ち続けていた。
 当然建前ではなく、形は変われど彼等を取り立てる気ではあったのがスキームの少々違う所だろう。
 手駒として使うために少々欲に忠実な者達を集めはしたものの、彼も決してその日陰者達を利用して切り捨てるつもりは無かったからだ。
 自分自身が同じ陰鬱とした感情を持っていたからこそ、切り捨てる事だけは出来なかったのだろう。
 そしてスキーム達はシルバ達の後を追うように途中に空間のある通路を通ってシルバ達の後を追った。




 その頃、シルバ達は外島と本島を繋げる水中洞窟から丁度出てきたところだった。
 いくら普通より早く移動できるとはいえ、シルバは水棲ポケモンではないため必要以上の速度で泳ぐことは出来ない。
 同時に例え牽かれていたとしてもシルバがその速度には耐えられないため、想定していたよりも到着するのが遅れたのである。

「どうしたんだ? もしかして終わったのか?」
「いや、まだだ。スキームの部下は全員拘束したがスキーム自身がまだ見つかっていない。こちらに誰かが抜けては来なかったか?」
「誰も来てないぞ。見張り始めてからならシルバさん達が初だ」
「そうか……ならいい……」
「シルバさん、大丈夫ですか? えらく辛そうですけど」
「大丈夫だ。問題無い。ただチョイとなれない事をして疲れているだけだ」

 水から上がったシルバはいくら水で身体が濡れたとはいえ恐ろしい疲れ方だった。
 明らかにそれは不慣れが故に起きたような疲弊ではなく、立ち上がれなくなるほどの病的な疲れ方だ。

「まさか、潜水病か? シルバさん、今きついのはどんな風にですか? 可能な限り教えてください」
「潜水病……? 分からんが、身体の節々が痛む。それに少し息苦しい」
「間違いない、潜水病だ。シルバさん、もしも出来るのであれば酸素吸入器を生成できますか?」
「酸素吸入器? 少し前に聞いた気がする。それがあれば治るのか?」
「応急処置的には緩和できますが、後できちんと処置する必要があります」

 潜水の知識があるわけではないシルバは当然減圧などしていなかった。
 その結果潜水病を発症し、とてもではないが今すぐに戦えるような状況ではなくなっていた。
 しかしその治療に必要な酸素吸入器も既に無くなっているため、シルバがダイビングの基礎知識として教えてもらった知識から生成するしかない。
 聞いただけの酸素吸入器を生成し、それを使ってすぐに酸素の吸入を開始したが、当分の間は動く事さえままならないだろう。

「まずいぞ、シルバさんが動けないのならベンケさんにも手伝ってもらわないと」
「だがそれなら誰がレイン王子を守るんだ? 他にも強い人はいくらかいるが、あの二人ほどの強さとなると……」

 シルバの不調により折角高まっていた士気が下がり始めていた。
 仕方のない事ではあるが、このまま不安だけが募ってゆけばもしもの際にどうしようもなくなってしまう。

「俺をベンケの所へ連れて行け。もしもが起きる時までには動けるようになっておく。だから指揮をベンケに仰げ」

 シルバは不安そうな兵士達の一人に手を伸ばしてそう言った。
 肩を借りてシルバはベンケの元まで移動し、ベンケに事情を説明した。

「潜水病? ちょっとやそっとで治るようなものではないぞ!」
「分かっている。だからこそ今この戦況を乱すわけにはいかない。あんたにしか頼れないんだ」
「仕った。ベンケ、此処で今一度漢を見せようぞ!」

 苦しそうなシルバをベンケは子供達のいる小屋へと連れて行き、代わりにベンケが戦場へと戻った。

「シルバ大丈夫!?」
「ああ、一時的なものだ。こうしていれば治る」

 子供達は皆見た事も無いような状態のシルバを見て心配そうにしていたが、シルバも心配させまいと言葉を返していた。
 とはいえまだまともに動ける状況ではない。
 心配させまいと嘘を吐いたものの、この状況で攻め込まれればいくらシルバと言えどひとたまりもない。
 何も起きない事を願っていたが、状況はシルバ達にとって悪い方向へと進み続けていた。

「来たぞ! 迎え撃て!」

 ものの数分もしない内にベンケの号令の下、やってきたスキーム一派との戦闘が遂に始まっていた。
 ベンケが戻りはしたものの、既にシルバが兵士達に与えていた影響力は非常に大きいものになっていた。
 そんなシルバが動けないとなれば嫌でも最悪の状況を想定してしまう。

「狼狽えるな! 全てここで押し留めれば我らの勝利ぞ!」

 兵士達の士気が思うように回復していないのを見てベンケは皆に激を飛ばしたが、それでも明らかに劣勢になっていた。
 四方八方から次々に現れるスキーム一派は大きく動いて陽動し、少しでも本当の目的であるスキームの突撃がバレないようにするために纏まった動きができているのに対し、ベンケと外島の兵士達は誰か一人でも通らせれば負けだと考えているため、次第に数の利を失ってゆく。
 そして遂に指揮をしていたベンケにも複数の兵士が取りつき、指示よりも戦闘を優先せねばならなくなった時、大きく飛びあがるようにしてスキームが遂に戦場に姿を現した。

「お久し振りですねベンケ! そしてさようならです!」
「来たか! やれるものならやってみせよ!」

 飛び上がったスキームはベンケ目掛けて下りながらそう彼に言い放つ。
 それに気付いてベンケも周囲の兵士を薙ぎ払ってスキームの攻撃を警戒して攻撃を構え直した。
 だが薙ぎ倒されたスキーム一派の兵士もまだ諦めてはおらず、すぐさま横から飛び掛かり構えた腕へと掴みかかりベンケの集中力を乱した。

『まずい……! 防御を……』

 体勢が崩れたことでベンケは大きく構えていた腕を顔の前に構え直し、攻撃を防ごうとした。
 その腕にスキームの身体が触れたと思った瞬間、その重量は勢いを増して一瞬にして軽くなった。

「まさか……! 某を踏み台にしたぁ!?」

 防御をさせる事すらもスキームの狙い通りであり、構えられたベンケの屈強な腕を踏み台にしてそのままスキームは更に後方へと跳んで行く。

「行かせるな! 奴等の狙いはスキームをレイン王子殿のところへ行かせることだ!」

 ベンケがスキーム達の狙いに気が付いた時には時既に遅し。
 スキームは八艘跳びでもするかのように奇麗に兵士達の上を駆け抜けてゆき、遂に兵士が一人も居ない地上へ降り立った。
 大胆にして華麗なその作戦は見事スキーム達が勝利を収め、初めから戦闘を想定していたベンケ達は駆け抜けてゆくスキームの後を追う事すら間に合わなかった。
 洞窟を駆け抜けて橋へと差し掛かった時、バタン!という勢い良く扉を閉める音が響き渡った。
 外の様子が心配になったアカラが扉を開けて外を眺めていた時、丁度目の前をスキームが通るのを見てしまったのだ。
 だがこれがまずかった。
 スキームはこの場所に小屋があることを知らなかったため、寧ろこの音は彼をおびき寄せてしまうことになってしまう。

「まずいよシルバ! さっき敵が目の前を駆け抜けて行ってた! ベンケさん達がこのままじゃ!」
「彼等なら元気ですよ。それよりも案内ご苦労様ですお坊ちゃん」
「お坊ちゃんじゃない! ……ってさっきの!?」

 シルバに危機を伝えようとしていたアカラ達の背後、扉の前には既にスキームの姿があった。
 ほんの一瞬の気の緩み、ほんの一瞬の本能的な危機回避の行動をスキームは決して見逃さずにここまで辿り着いた。

「見つけましたよレイン王子。計画は変わってしまいましたが観念していただきましょう。これからは私の時代です」
「させないぞこんにゃろ!」

 にじり寄るようにスキームは一歩踏み出す。
 しかし扉の横に隠れていたコイズがその足に思いっきり噛み付いた。

「あいたたたた!? 何が!?」
「今だ! やれー!!」

 一瞬怯んだその隙に子供達は号令をかけて全員でスキームに突っ込んでいった。
 アカラの体当たりで体勢を崩し、倒れたところへツチカが砂をかけて目潰しをし、ヤブキが糸を吐いて拘束し、更にアインがギャリギャリと何処から出しているのか嫌な音を立てて鼓膜へ直接攻撃を行う。

「こんにゃろ! こんにゃろ!!」
「参ったか! 僕達を甘く見るな!」

 もがくスキームをアカラ達はぽこぽこと叩いて攻撃し、なんともシュールな光景を生み出す。

「えぇい!! 鬱陶しい! あなた達に用はないんですよ! 噛むのは本当に痛いんで止めなさい!」

 子供達を必死に振り払おうとしながらスキームはそう叫んでいたが、元々それほど力のないスキームでは一人引き剥がす間に他の子供がまた取り付いての堂々巡りとなっていた。
 何とも滑稽な姿だが、当の本人達は至って真面目な攻防戦を行っている。
 だからこそ、今までの全てが思わず笑えてしまった。

「プッ……。アッハハハハ!! なんだこれ? 島の命運を賭けた一戦じゃなかったのか?」
「えっ!? シルバが……笑った?」

 これまでの島民達の苦しみが、スキーム達の想いが籠った最後の攻防戦の決着が付こうというその直前。
 まるでおふざけのようなその光景がどうしても耐え切れずにシルバは肩を震わせて笑った。
 そう……シルバが心の底から笑ったのだ。

「何がおかしいんです!! こっちは必死なんですよ!!」
「だろうな。だからこそ悪いが恨み恨まれの戦いはこれで終いだ」

 スキームが少々切れ気味にシルバに言い放つと、シルバもスッと手を前に出してそう答えた。
 次の瞬間スキームの身体の周りに一瞬電流が走り、その跡がワイヤーロープへと変わってゆく。
 あっという間にそれはスキームの身体を縛り上げると一本のガッチリと結ばれたロープに変わり、遂にスキームを捕らえた。

「なっ!? これはまさか!!」
「覚えがあるだろ? あんたの部下を拘束したロープだ。自力で解くことは出来ない。降参しな。大将のあんたが捕らえられたんだ。この戦いもこれで終わり。後は全員で腹を割って話す段階だ。当然、あんたがうんと言えば、だがな」
「あなたのような部外者に……っ!! 私達の何が分かるというのですか!?」
「部外者だからこそ分かることもある。とにかくお前達はしっかりと話し合え。そうすりゃ納得のいく結果が得られるはずだ」

 スキームは歯軋りして恨めしそうにシルバを見つめたが、シルバもそう長くは離せそうになかったため、すぐに酸素吸入器を口に押し当てていた。
 どちらにしろもうスキームに抵抗する力はなく、もう敗北を認めるしかなかったため彼が何と言おうと勝敗は決している。
 こうして魚の島の激戦は終結した。




 スキーム一派とベンケ達の交戦もスキームが捕らえられたことを宣言したことで諦めたのか、全員武器を置いた。
 その後はスキーム一派を念のためシルバが作り出した檻に拘束し、シルバとベンケの立会いの下、スキームとレインでの話し合いの場が設けられることとなった。

「私達の目的は変わりませんよ。レイン王子には島主の座を正式に私に譲渡してもらう。これ以外に私達が折れる条件はありません」
「負けたくせにえらく強気だな。まあ言わんとすることは分かるがな」
「その事についてなのですが……。スキームさん。私はまだ島主として、王としては力不足だと感じています。なのであなたに島主となる権利を、次の祭りの時にお譲りします」

 スキームとレインの話し合いは意外にも早く進んでいった。
 スキーム側の言い分は一つで、虐げられてきた者達に正当な権利を与えることを要求した。
 対してレインはその事について謝罪し、ほぼ全てスキームの要求を呑む形で承諾。
 大戦の結果とその条件の交渉はまるで正反対だった。

「何をお考えですか? レイン王子。憐みのつもりならばあなたは必ず後悔しますよ」
「……既に僕は後悔しています。昔からずっとスキームさんは僕の事を大切にしてくれていたのに、僕はスキームさんや他の人達の想いに気付いてあげられませんでした。父上のような立派な島主には程遠いです」
「その立派な父上に、私が無碍に扱われていたのですよ……。全く、レイン王子はお優し過ぎる……」
「良いのか? レイン王子殿。 彼奴の言う通り、全ての意見を呑めばこの島の者達が全力で守ろうとしたものが全て水泡に帰す。其方もそれが分からんわけではないだろう」
「分かっています。でも……スキームさんは僕よりも頭が良いですし、弱い人達の事を真剣に考えていたんです。それに、僕の事も本当ならいくらでもどうにでもできたはずなのに、戦いまでしてでも最後には話し合いを望んでいました。出来る事ならばスキームさんだって戦いたくなかったのは……何となく分かりますから」

 それを聞いて溜め息を吐いたのは意外にもスキームだった。
 頭を抱えるように手で覆い、何度か自分の頭を指でトントンと叩いた後、まっすぐレインの方を向き直した。

「卑怯ですよレイン王子。これでは貴方の方が寛大で聡明な人だと言っているようなものだ。貴方はその齢で前王よりも既に思慮深く他者を重んじる考えを持っている。私は(はかりごと)には頭は切れますが、貴方のように無私の考えを持つことは出来ない。結局のところ、今のままの方が全てが丸く収まる。私がただ、貴方様に進言していれば済んだ話だ」
「ん? 結局どうするんだ?」
「どうもこうもありませんよ。許してもらえるとは思いませんが、これからも不肖スキームはレイン王子、いえレイン王に尽くしましょう」
「でもそれではスキームさん達の……」
「貴方は人を裁けない人だ。だからこそ私達は自らの過ちを行動で償いますよ。奇麗事だけを語っていてください。その無茶に答えるのが宰相というものです」
「結局元の鞘に収まる、ってことか」

 レインとスキームの話し合いはそうして呆気ない終幕を迎えた。
 島民全員への通達はレイン自身とベンケから行い、何故スキーム達がこのような蛮行に及んだのかを角が立たないように伝えた。
 当然スキーム達が何の処罰も無く無罪放免となることに異を唱える者も多かったが、案外これを容認してくれたのは本島に居た者達だった。
 同じような境遇を味わい、シルバから叱られたこともあってスキーム達の言い分が分かったのだろう。
 完全に納得できる結果とはなってはいないものの、ベンケやシルバ、レインの言葉もあってなんとか行動次第と全員の意見を一致させることができた。
 誤った情報の誤解を解き、島民全員がようやく元の一つの島民に戻ったのは、数日後。
 奇しくも次の島主を決める祭事の当日だった。
 こうして正式にレインが島主として王位を継ぎ、皆を導く立場として島民達に久し振りの安らぎと笑顔を与えただろう。
 なんだかんだ祭りも終わり、今まで外島と本島で滞っていた物流の見直しも進み、中継地点のある水中洞窟を地上がある部分を繋げて行き、誰でも楽に本島まで行けるようにしようと決まった。
 この計画の実動隊は大半が元スキーム派の者達で構成されており、二度とこのような事が起こらないようにするためにも尽力したいと心を入れ替えたようだ。
 大規模な工事が行われることも決まって、島内が慌ただしくなることも確定したため、シルバ達はようやく島を発つことにした。

「シルバさん。僕達の島の事を本気で考えて、救ってくれてありがとうございました」
「気にするな。どうせ最終的には世界救おうって旅なんだ。島の一つや二つ救う事なんざわけない」
「今はまだ慌ただしいですが、本島までの道が開通した折には是非いらして下さい。今度は戦争ではなく観光案内でもして差し上げましょう」

 そうしてシルバはレインとスキームに見送られて港へと戻ってきた。
 何処となく港にも活気が戻っており、空気が軽くなっているような気がする。

「ねえねえシルバ。笑ってみせて!」
「ん? どうしたんだいきなり」
「いいから! にって笑って! にって」

 ニコニコと微笑んでいるアカラがシルバにそう言った。
 言葉の意味がよく分からなかったもののシルバは言われた通り、にっこりと微笑んで見せる。
 そうするとアカラも更に嬉しそうに笑ってみせた。

「やっぱり笑ってる方がシルバ様らしいよ」
「ああ、そうだったな。アカラは昔の俺を知っているんだったな」

 今のシルバはとても表情が豊かになった。
 相手を思いやっての表情だけだったものが、今では確かに心の底から笑ったり怒ったりしている。
 今回の事件もシルバが心の底から怒ったからこそ、皆の心に響いたという部分もあるだろう。
 そしてあからにとって一番嬉しかったのは、シルバがようやく心の底から笑うようになってくれた事だった。
 アカラの知るシルバは常に笑顔を絶やさない人物だった。
 シルバの笑顔が周囲にいる人達をも幸せにする。
 そんな人だったのだとアカラは嬉しそうに語っていた。

「今だってそう。皆あんなに荒んだ眼をしていたのに、今ではみんなすごく生き生きしてるし楽しそう」
「本当はずっとこんな島だったんだって。とーちゃんとかーちゃんが言ってた」
「コイズか。よかったな。両親と本島に戻れるんだろ?」

 アカラの言葉に同調するようにシルバの足元からコイズの声が聞こえてきた。
 コイズは嬉しそうにシルバの言葉に頷いて答えたが、そのまま言葉を続けた。

「とーちゃんとかーちゃんのところには戻れるけど、俺はシルバとアカラ達について行きたい」
「そう言うだろうと思ったよ」

 分かっていたとでも言わんばかりにシルバが苦笑いを見せるが、その答えはシルバではなく他の子供達の表情からすぐに察せた。
 示しでも合わせてたのかという程皆嬉しそうに喜び、すぐにアカラ達の一団に加わっていた。

「両親には伝えたか?」
「もちろん! シルバさんに迷惑掛けないようにだって!」
「そういう意味だと連れて行けないなぁ」
「ああ! 酷い! 俺だって活躍したのに!」
「分かってる分かってる。冗談だ。これからもよろしくな、コイズ」

 そう言ってシルバはコイズを少しだけ茶化してみせつつ、その小さな手をしっかりと取って握手した。

「おや、よく回避しましたね」
「それだけの殺気を放っていれば嫌でも気が付く」

 神速という言葉が相応しかっただろう。
 後ほんの数秒シルバの反応が遅れていればコイズがどうなっていたのかも予想ができない。
 シルバがコイズの手を取った次の瞬間、そこへ目掛けてベインの鋭い一撃が降り注いでいた。
 危機一髪のところでシルバはコイズを捕まえて腕の中に収め、攻撃を躱していたためなんとかなったが、その言葉通りベインから放たれていた殺気は尋常なものではない。
 既に子供達はその殺気に竦み上がっており、とてもではないが動けるような様子はない。

「残念ながらあなたの役目はここまでですよ。石板だけ寄越して後は私達にお任せください」
「え、誰あれ……もしかして竜の軍……?」
「近付くな!! こいつが用があるのは俺だけだ!!」

 単身飛び込んできたベインは初めてその姿を大勢の前に晒していた。
 小柄なフライゴンという容姿は魚の島ではシルバ達同様とても目立つためすぐに島民ではない事が分かり、周囲が騒然としたがそれで矛先が島民へ向きでもすれば流石にシルバでも全員を庇うことは難しい。

「良くお分かりではないですか。あなたが素直に従っていただければ私も疲れないで済みますので……。では、石板を」
「こいつだ」

 不敵に微笑むベインの差し出した手へシルバは手に入れた石板を投げ渡す。
 それをしっかりと受け取ってから確認するともう一度シルバの方を見直した。

「成程確かに受け取りました。ですがあと一枚持っているはずでしょう。それもお渡しください」
「いや、手に入れたのはその一枚だけだ。用が済んだのならさっさと帰りな」
「誰がこの島で、などと言いましたか? 獣の島で手に入れた一枚は恐らくずっとあなたが持ったままでしょう? まだ白を切るのなら……誰にしましょうかねぇ」
「クソッ……! 持っていきやがれ」

 ベインが品定めでもするように島中の騒動に気付いて出てきた人々を眺めだしたため、最後の切り札でもあった獣の島で手に入れた石板をベインに投げた。
 それを手に取り、しっかりと確認するとベインはにっこりと微笑んだ。

「素晴らしい。では最後に私が欲しいものも渡していただけますね?」
「何をだ? これ以上は何も持っていない」
「言ったでしょう? あなたはもう用無しだと。竜の島の石板は既に確保しています。物分かりの良い神がヒドウ様にお譲りくださったのです。残る一枚も不帰の島の塔の頂にあるとの情報を得ていますので……。つまりあなたはもうお払い箱という事です」

 そう言うとベインは嬉しそうに微笑む。

「さようなら」

 つい先程まで岩の上にいたベインはシルバの懐に飛び込んでおり、殺気に満ちた瞳でシルバを見つめながらその鋭い爪を槍のように突き出していた。
 しかしギャリン! という音と共にベインの攻撃は固いものに防がれて火花を散らすだけとなる。

「暫く見らん内に随分と出世したようだな。ベイン」
「おやおや、誰かと思えば裏切り者のベンケですか。よくこの攻撃を防ぎましたね」
「貴様の殺気は読みやすい。それに貴様がそんなふざけたことをぬかさなければシルバとて容易に防いでおるわ」
「御託は結構。防げなかったことが事実です。……とはいえ、流石にあなたまで出てくるのは私としても計算外ですね。面倒なのでここらで撤退します」
「逃がさん! 奪った物を置いていけい!」
「はやいはやい。老人にしてはかなり早いですよ。それではまたお会いいたしましょう」

 大口を叩くだけはあり、ベインはシルバとも対等に渡り合ったベインの追撃を難なく躱し、既に追撃しても間に合わない距離まで離れていた。
 結局石板二枚は奪い取られ、これでシルバの元に残った石板は一枚も無くなってしまった。
 石板という最大の切り札を奪い取られたことはシルバとしてもかなりの痛手だったが、それ以上に子供達や島民に被害が及ばなかったことが一番シルバとしては安心できることだった。

「すまないシルバ殿。某も気を抜き過ぎていた」
「いや。これは俺のミスだ。もっと早くからあいつの殺気に気が付いておけばこうはならなかった」

 二人は口々に謝っていたが、シルバの心境ははっきり言って焦っていた。
 残り二枚が実体化しているというベインの話が本当なのであれば猶予はない。
 良くも悪くも、旅の終わりの時が刻一刻と迫っていた。



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • はじめまして。とても面白いです!
    ところでアカラの種族は何でしょうか?
    ―― 2015-01-13 (火) 19:25:54
  • >>名無しさん

    コメント返信遅れました。
    申し訳ありません!アカラの種族名のことについて書いているつもりになっていました。
    ご指摘ありがとうございます。&楽しんでくれてありがとうございます!
    ――COM 2015-01-18 (日) 14:12:22
  • 長編過ぎて読んでて楽しかったです! --
  • >>ななしさん
    いやほんと恐ろしい程の長編ですよね…
    読んでくださりありがとうございます! -- COM
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Last-modified: 2020-01-26 (日) 00:50:26
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