ポケモン小説wiki
顔のない魔法使いと嘘つきのラプラス

/顔のない魔法使いと嘘つきのラプラス

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INDEX


第一話「ゴー・オア・バック」 


1.

「よっこらせっと」

 歩き疲れて、名前の知らない公園のベンチに腰を下ろした。軽い手つきで額の汗を拭う。やっぱり気休め程度にしかならない。
 小高い丘になっているここからは、コンペキシティの旧市街地が一望できた。テントが並んだ市場、人だかりができている大きな桟橋に戻ってきた観光船。レンガ造りの古い街並み。それから、そんなダウンタウンの向こうにはいくつかの高いビルがそびえ立っている。

「ぐっ、ぎゅう」
「来たなら来たって言ってよ、もう」

 私より小さくて引き締まったお尻に押されて、私はベンチの左に寄った。その私の隣に「オボロ」が並んだ。この炎天下の中、日陰でもない場所なのに相変わらず涼しい顔をしている。つい一時間前はジムリーダー戦で勝利をもぎ取ったと思えないほどに。私はどうだろう。さっきトイレのついでにメイクを手直ししたけど、正直言ってもう怖い。これからしばらくこの街のお世話になるって決めたはずなのに、猛暑の中でも背筋が凍りそうになる。

「ぎゅう」
「うん」

 差し出されたオボロの左手から、ペットボトルのサイコソーダを受け取る。このミクス地方限定の、ミクスリーグとのコラボラベル。別にリーグに興味なんてなくて、二週間前にこの街に来る為に乗った特急電車の中の広告で覚えていただけ。街の中でも見た記憶がある。
 私が受け取ったそれは、たしか、アマイロシティのジムリーダー、「モシオ」だった。そのジムリーダーの隣には、相棒と思しきゾロアークも映っている。悪タイプのジムリーダーだったはず。もっとも、ミクスリーグはプロトレーナー規定が他よりかなり緩いから、タイプの制約なんてないに等しい。今日だって、水タイプのコンペキジムに挑戦したのに、水タイプじゃないポケモンを何体倒したか分からない。

「で、オボロ。あんた、お釣りは?」
「ぎゅう」
「ぎゅう、じゃなくて、お釣り」
「ぎゅぎゅう」
「おいお〜い」

 右手にサイコソーダを持ちながら両頬を押さえて嘆いてみるけど、もちろんこれはただのポーズ。ポケモンがお使いに来たら、細かいお釣りなんてチップとして店員の懐に入るのが常識。むしろ、歩くたびにポケットから景気のいい音なんて鳴らしたくない。
 これはあくまで、相棒とのスキンシップ。頬に手を当てたまま横目で窺うと、私の切り札であるインテレオンは慣れた手つきでペットボトルの蓋を開けた。私の事なんて一瞥もせず。

 そう分かってる。私たちはこういう関係。全員に一本ずつ買ってあげるお金の余裕がないからボールから出していないだけで、ラグラージの「カセイ」も、青いストリンダーの「ボンネビル」も、ランターンの「バーフォード」も、家電に入っていないロトムの「マル」も、私に対して結構舐めてかかっている。
 私たちが本気になるのは、お互いがお互いを信頼し合えるのは、ポケモンバトルの時だけ。それ以外は緩い関係であるように、私自身がそう育てた。なぜって、いつも神経を尖らせているのは疲れるから。お互い、休める時は休んでおきたいでしょ。
 だけど、本当はそうじゃない。蓋を開けた途端にペットボトルの中で勢いよく泡立つサイコソーダを見つめながら、私はこれまでの過去を振り返った。ほんの一瞬なのに反応が遅れただけで、私が唇をつける前に飲み口から溢れた泡がペットボトルの底に伝って、デニムの太ももに濃いシミを作った。私のこれまでは、そんな躊躇と後悔の連続だった。

 誰が悪いって話じゃないし、たぶん原因は私にあるんだと思う。もちろん、私のポケモンたちは全然悪くない。遊び半分とはいえ、私のオボロはウミユリの切り札である「メント」にもう何回だって勝っている。今日だって、コンペキジムを。

「オボロぉ、私どうしたらいいかなー?」

 そう言いながら私は、ジーンズのポケットから取り出したディープバッジを、業火の太陽に向けて掲げた。逆光のせいで、暗い青色のバッジがさらに濃く見える。私はオボロを見ていないし、オボロもたぶんそうだと思う。片手だけでペットボトルのキャップを開けて、突き上げたバッジを見つめたまま、何かを呑み込むようにサイコソーダを喉に流した。
 たった一時間ほど前の出来事、ナヌムさんと、それからジムリーダーであるサラナさんの事を思い出す。サラナさんって私より歳上って認識で合ってるのかな。全身が鎧みたいな潜水服だし、変声機で声まで変えられていたら歳も性別も分からない。
 それはともかく、あの二人の言葉は、嬉しいような気持ちにもなったし、私が今でもフリーターを続けている理由をまた強制されているような気持ちにもなった。

『やっぱりね、フリージアちゃんはここに来ちゃダメだよ。私は、今度は中央スタジアムの決勝トーナメントでフリージアちゃんと戦いたい』
『私もナヌムと同感です。あなたが望むなら、プロトレーナー試験への推薦状は私が書きます』

 それが、ジム戦を兼ねたコンペキジムトレーナー試験不合格の理由だった。別の言い方をすれば、私のオボロはサラナさんのアシレーヌ相手にハンドロポンプの撃ち合いで勝ってしまった。弟子入りのはずが、道場破りになっちゃったのだ。
 もちろん、私がバッジだけを手土産にコンペキジムを追い払われたのは、嫉妬とか、そういうみっともない感情じゃない事は理解してる。そんな器の小さな人間がやってられるほど、ミクスリーグは甘くない。
 ナヌムさんも、サラナさんも、私が強いトレーナーって事を認めてくれた。その上で、そういうトレーナーをジムに縛りつけておく事を良しとしなかった。むしろ、数年ぶりに会ったのに、ナヌムさんは私を見透かしていたと思う。本当は違うとしても、あの二つの青い瞳に見つめられるとそう思えて仕方がない。

「ぎゃう」
「あげないよー、私のだから」

 太陽に向かって伸ばした腕に、ひんやり冷たい腕が絡んできた。オボロの手から逃げるように、私は自分の左腕を下げた。こうやって、ジムバッジを軽く扱っているか大切にしているのか分からない事をしていると、自分の気持ちが分からなくなってくる。本気でプロトレーナーに憧れているのか、甘くない現実を知ろうとする自分自身を宥めているのか。
 たぶん、両方なんだと思う。そうやってどっちつかずで、だから私は今でも何者でもない。公式と非公式を合わせて、もうジムリーダーを二人も制覇しているのに。

「……」

 私はペットボトルをベンチの隅に置いて、オボロの肩に右腕を回した。私はオボロを見なかった。今の私がどんな顔をしているか、私に向けたオボロの表情で分かってしまうような気がして。きっと絶対みっともない顔だろうけど。
 オボロは何もしなかった。私の肩に腕を回し返す事もしなかったし、私の膝に手を置いて慰めてくれる事もしなかった。ただ、私の視界の外側で、いつものように「ぎゃう」と一度だけ鳴いた。

 直射日光に照らされながら、私は今日までの事を思い返した。

2.

 事の始まりは、たぶん一番最初まで遡ると、私はウミユリと同じ街で生まれたってところなのかな。そして、幼馴染として育った事だと思う。何度かリーグ決勝戦でミクスのチャンピオンに挑んだ事があるナンドシティのジムリーダーと、このコンペキで汗まみれになりながら物思いに耽ってるフリーターが、スクールではいつも隣同士の席に座っていたなんて、きっと99パーセントの人間もポケモンも信じない。
 だけど、それが揺るがない真実。そして、私とウミユリはスクールで一番と二番を争うポケモントレーナーだった。私もウミユリも水タイプのポケモンを手持ちに入れているのは、あの頃に交わした約束のせい。プロトレーナーをやってるウミユリが今でもそれを守っているところから考えるに、やっぱり最初から私よりウミユリの方が強いトレーナーだったんだと思う。
 つまるところ、スクールを出る時に、ウミユリはプロトレーナーを目指す旅に出て、私は「普通の人生」と言われたら誰もが真っ先に連想する高校進学という進路を選んだ。

『人生は一度しかないんだからね? 自分がしたい事をしてみたっていいんだよ?』
『ウミユリちゃんのようにプロトレーナーを目指したっていいんだぞ? パパは全力で応援するから』

 そんな両親のありがたい助言に、私は笑顔で首を横に振った。もちろん、本心まで笑顔だったわけじゃない。この時から、私を励ます言葉が呪いに変わっていった。
 あの頃の自分だって知っていた。プロトレーナーは甘い世界じゃない。この世界には何億人もポケモントレーナーがいて、プロリーグで活躍できるのは一握りよりもさらに少ない。誰もがベッドの上で寝る前に妄想する世界は、妄想の中でしか優しくない。毎年、数えきれないほどのトレーナーが旅に出て、数えきれないほどのトレーナーが夢を捨てて別の道を歩く。
 その険しい道のりが私に微笑んでくれるなんて、到底信じられなかった。本当に信じていなかったのは、自分自身だったのかもしれないけど。とにかく、私は身のほどを知っていた。だから高校を出て、大学に進んだ。
 だけど、それは全部言い訳だった。私が大学生の頃には、ウミユリはガラル地方のマイナーリーグでセミプロをしていた。妬みや恨みみたいな感情は不思議と湧いてこなかった。ウミユリがカントーのリーグで本当のプロトレーナーになる時も、電話ごしに心の底から祝った。ウミユリは泣いて喜んでくれた。それを携帯電話から聞きながら、私は妬みや恨みよりも恐ろしい感情と戦っていた。
 そう、私は夢を完全に諦めていなかった。しかも、私はまだ完全に覚悟が決まっていなかった。我ながら、最悪の状態だったと思う。それに加えて、私がまだウミユリより強かった事も要因の一つだった。それについては文句を言ってやりたい。私みたいな半端者に負けないでよ、プロなんだから。
 まあ、ウミユリに何も言わないでポケモンの育成を頑張ってたからなあ。明後日からテストだったという時期に、地元の社会人バトルクラブへ飛び入りで猛特訓に参加した事もあったし。
 私がそんな学生生活を送っている間に、カントーでプロ活動をしているウミユリは更に人気を集めて、ついに一流雑誌の表紙を「ありがとうウミユリ選手。次は新天地ミクスリーグへ」という言葉と一緒に飾った時に、私は卒業を数ヶ月後に控えた大学を辞めた。両親に合わせる顔も失った。さすがに何かを察した両親のおかげで、今でもウミユリとウミユリのご両親は、私が自分の家族と縁を一方的に切っている事を知らない。
 悲しい事だけど、私はそれからプロトレーナーを目指したわけじゃない。できる事なら全部消し去りたい、私の人生の暗黒期。大学を中退してから今日から数えてほんの数ヶ月前までの、生きているわけでもないし死んでいるわけでもない、人生の浪費。
 ダメ男を彼氏にしてしまって時間もお金も相当無駄にしたし、バーフォードがひどい病気にかかって貯金が大きく減ったし、どんな仕事も長続きしなかったし、たまにウミユリに会いに行ってポケモンバトルをした後にホラー映画を見ながらお尻を揉み合ったり、そのウミユリの家から当時の自宅まで帰るのが面倒でミクスに住むようになったし、私が見る時はいつも星占いの結果が悪いし、心に負担をかけ過ぎたせいで自律神経を悪くして病院に通うようになったし、たまたま飛び入りで参加したアマチュアのバトル大会で優勝してしまったし、過去を詮索されるのが大嫌いになっていったし、SNSを見ていたらウミユリの紹介で知人になっていたコンペキジム所属でプロトレーナーをしているナヌムさんのアカウントをたまたま見つけて、勢いでダイレクトメッセージを送って、儚い野望を描いて電車に乗って、行き当たりばったりに安アパートを契約して、行き当たりばったりにパートタイムの仕事をいくつか見つけて、日頃の行いが悪い方に働いて私はジムトレーナーになれなかった。
 違うのかもしれない。私が本当に望んでいたのは、ウミユリとのおフザケみたいなバトルじゃなくて、本気のプロトレーナーに勝てるのかどうか自分を試したかったのかもしれない。本気でジムトレーナーになりたかったら、当面の収入源として適当なパートタイムを始めたりしないのかもしれない。もう自分の気持ちは分からない。からまった毛糸のように、私の心の中のどこが真実なのか、自分でも分からない。

 とにかく、私は小さな頃から自分を信じる事ができなくて、夢から遠くも近くもない場所を彷徨っている。それが私の、悲しい真実。

 不意に、お尻にポケットに入れてあるスマートフォンが震えた。私のそれはスマホロトム対応だけど、私のマルをその中へ移す気にはなれない。
 ポケットに手を入れて、スマホを取り出す。目の高さまで持ち上げる。私に対して、道端に落ちているキズぐすりの空ボトルよりも興味が薄かったオボロが覗いてきた。
 それはなんて事はない、私がSNSに投稿したものに「いいね」が付いた通知だった。送り主は最近始めた仕事の一つで出会った、ショッピングモールでの清掃の同僚からだった。私と同年代なのに、既に結婚して子どももいる。これ以上は止めるけど、考えれば考えるほど自分が惨めになる。

「あっ」

 私は思わず小さく声を出してオボロを見つめた。オボロは首を傾げた後、空になったサイコソーダのボトルを私に差し出した。いらんわ、その辺のゴミ箱に捨てとけ。
 平常運転のオボロはさておき、私はその職場のロッカールームで交わした彼女との会話を思い出した。他愛のない世間話が行き着く先は、大体が地元の話になる。私のような異邦人にとって、新しく住む地域の特徴を尋ねる事は簡単で自然なコミュニケーション手段になってくれる。ステルスロックが漂っているかもしれないお互いの身の上を探るよりも安全だ。
 そういう「穏やかな会話」の中で、その同僚は言っていた。コンペキの市街地のはずれ、この公園からそう遠くない場所に面白い文房具店があるらしい。私は文房具に「使えればいい」以上の考えは持たないので詳しくは聞かなかったが、なんでも一度見たら忘れられない店員とポケモンがいるらしい。
 私とオボロたちもそう噂される事が少なからずあるけど、そんな私でも興味がないと言ったら嘘になる。火炙りみたいな直射日光に照らされた散歩にも飽きてきた頃だった。こんなに汗をかいていても文具店なんて、気取ったレストランなんかよりも入りやすいはず。それでも、最低限のケアだけはしておこう。そこに冷房があるかは分からないけど、日除けと暇潰しにはなってくれる。一度決めたら、後は行動に移すだけ。

「オボロ、決めた。ついてきて」
「ぎゃう?」

 私がそう言って立ち上がると、座ったままのオボロがまたもや空のボトルを差し出した。マジでいらんわ。
 私は無言でオボロからボトルを受け取り、勢い良く空に向かって投げた。すかさずオボロは立ち上がり、銃の形にした左右の手をボトルに向けて伸ばす。
 それからは、まさに早業だった。オボロが連射する「狙い撃ち」はボトルを空中で何度も弾き、最後には私が投げ飛ばした場所よりもかなり離れたゴミ箱の中に落下した。私の頬や腕が、悔しいけど気持ちがいい小さな水しぶきを感じる。
 私は改めて周りを見渡した。不幸にも、今の私たちの近くには見物人がいなかった。運が良ければ、小遣い稼ぎくらいにはなるのに。それはともかく、今日はコンペキジムで連戦だったのに、オボロの指先は少しも疲れを見せなかった。的当てを仕込んだのは私だけど、本当にすごいのはやっぱりオボロだと思う。

「さっすが、オボロ先生」

 私は軽く拍手しながら、棒読みの褒め言葉でオボロを称えながら歩き出す。そんな私の隣にオボロが並んだ。携帯電話を顔の前まで持ち上げて、周辺の地図を確認する。
 やはり、噂の文具店まではそう遠くない。どこかのトイレに立ち寄って、一応メイクをチェックして、それから。

「ぎゃう」

 それから、また私の服で指を拭いたこいつをボールに戻しておかないと。インテレオンなんだからそれくらい我慢してよ。

3-1

「ライアン、なに読んでるのー?」
『コンペキの地元紙の電子版だよ、ほら』

 ガラス天板の対面式ライティングデスクの上に広げた算数の問題集から、マリンは「顔のない顔」を、低年齢向けに作られたオフロードバイク用ヘルメットで隠した顔を向けた。ライアンもまた、ラプラスに許された超能力で宙に浮かべたタブレット端末から顔を上げる。
 そのラプラスの言葉に従って、タブレット端末が店の中を漂い、マリンの眼前で静止する。ライアンはマリンの母によって鍛えられたポケモンであり、念話を含めてエスパーのポケモンに匹敵するほどの超能力を操る事が可能だ。
 マリンがヘルメットに巻いていたミラー仕様のゴーグルを外して、タブレットの液晶を眺める。ライアンにとっては、かつての相棒に酷似した茶褐色の瞳が露わになる。それは正しく生き写しであり、そして忘れ形見だ。
 ライアンが眺めていたものは、この店が籍を置くコンペキシティのニュース。そして、コンペキスタジアムで催されたエキシビジョンバトルの記事であった。その文章によると、互いにプロトレーナーでありジムリーダーでもあるヤンルースとアイゼンの師弟対決であったようだ。同じく記事の中には、このコンペキシティのジムを拠点にしているプロトレーナーであるサラナやナヌムとのタッグバトルもあったと記されている。
 ゴーグルを戻したマリンは、屈託のない笑みをヘルメットで隠しながら言い放った。

「うん、ぜんぜん興味ないなー!」
『マリン……お前なあ……地元の事ぐらい頭に入れておこうよ……』
「だってライアンが読んでるんでしょー? だったら僕、読まなくていいよねー」

 ライアンが大きくため息を吐いた。何度も説得しているが、今の相棒はポケモンバトルに対して関心を抱かない。激しい感情の起伏が少なく、大きく取り乱す事が滅多にないマリンはまさにポケモンバトルに向いた気性なのだが、それが災いしてか、ラプラスでも押し流す事ができないほどの頑固を貫いている。
 揺るぎない信念に基づいたものなら納得もできるが、それはマリンの我儘に拠るところが大きい。この子の祖父が普段から言っているように、そしてかつての相棒が病床で遺した言葉のように、マリンはただの奇抜な格好のニンゲンとして終わってはいけない。
 本人は「もっと大きくなったら、魔法使いかムウマージになりたい!」と夢を語り、今この時さえヘルメットの上に絵本の中の魔法使いが被るようなとんがり帽子を、それもどこで買ったのか分からない傘と見間違うほど鍔が広いそれを身に纏っているが、ライアンはマリンがその夢よりも偉大な者になれると確信している。だからこそ、説教が止まらない。

『あのな……スクールに行かないんだったら、自分からもっと勉強しなきゃいけないんだよ……その問題集、ジイさんが買ってきてもう何週間も手付かずだったか……それにな、マリン。お前の』
「あっ! ライアンまた次にー! いらっしゃいませー!」

 ライアンの言葉を遮り、マリンが椅子から立ち上がった。扉を締め直そうとする者に向かって、帽子の位置を直しながら「待って待ってー! 変なお店じゃないよー!」と小さく叫ぶ。そして、その者に代わって扉を開けたマリンを尻目に、店内の片隅に座るライアンは目を伏せた。

「ようこそー! 文具店『シルバー・バレット』へ!」


(続く)

キャラクター紹介 


⭐︎マリン

「ガラスペンや万年筆って魔法使いのつえみたいだよねー。鉛筆もそうー。うん、振り回したりしないよー。前にそうやって◯ンブランの2ケタを落としちゃってこわしちゃって、おじいちゃんにすっごくおこられたしー」

種族:人間
年齢:11歳
一人称:「僕」
性別:本人曰く「おちんちんはついてるけど、べつになくてもいいねー」
身長:134センチ
好きなもの:透明なもの(特にガラス)
あまり好きではないもの:勝敗があるもの(特にポケモンバトル)
宝物:フォッ◯スレーシング×シュ◯リーム×ホ◯ダのトリプルコラボオフロードバイクヘルメット

 本作一人目の主人公。夢は「魔法使いかムウマージになる事」であり、普段はカジュアルな洋服の上に鍔が広いとんがり帽子とゆったりとしたローブを羽織っている。帽子とローブの色はネイビー。また、「顔を見られるのは恥ずかしい」と語り、人前では(キッズ用の)オフロードバイクのヘルメットとミラータイプのゴーグルも着用している。「魔法使いの格好をした覆面の少年」という奇妙な格好だが、彼の地元であるコンペキシティの者にとっては既に見慣れた存在である。
 コンペキの中心街外れに位置する文具店「シルバーバレット」の店主と同居している実の孫であり、普段はその店員として生活している。スクールにはテスト期間のみ登校している。
 文具店の店員としての知識量は平均以上であり、比較的簡単な構造のものなら分解や整備もこなす。ただし、本人の字はお世辞にも上手いとは言えないレベルである。
 性格は、一言で表すなら「マイペース」。感情の起伏は穏やかだが、喜怒哀楽の反応が若干緩い。口調もそのような性格に似て、語尾を伸ばす癖がある。しかし、本人の性格と能力は無関係であり、特に咄嗟の分析・計算能力などは大人と比べても遜色がないほどの鋭さを見せる。ポケモンバトルのような明確な勝敗があるものは避けているが、生業の仕入れ相談や、楽しむ事を主題としたパーティゲーム等ではその才能を発揮している。


⭐︎ライアン

『マリン……しっかりしてくれ……ほら、注文伝票……』

種族:ラプラス
年齢:不明
一人称:「俺」
性別:雄
身長:平均程度
好きなもの:歌う事
あまり好きではないもの:音痴である自分
宝物:マリンと過ごす日々

 本作ふたり目の主人公。


⭐︎フリージア

「まあ、仕事で使うし、そんなに高くなくて、万年筆じゃなくボールペンだったら買ってあげてもいいよ。おい、それさっき純銀製って言ってたじゃん」

種族:人間
年齢:24歳
一人称:「私」
性別:女性
身長:167センチ
好きなもの:美味しいもの(特に味が濃いもの)
あまり素直になれないもの:ポケモンバトル
宝物:

 本作三人目の主人公。コンペキジムでジムトレーナーをしているナヌムを頼ってコンペキシティを訪れたが、出来が良すぎる故にジムトレーナー試験に不合格を言い渡され、現在はパートタイムの仕事をかけ持ちして生計を立てている。
 プロトレーナー志望の道へ進む事に躊躇しながらも、フリーターしての日々に満足感を得られないまま日々を過ごしている。そんな中、職場の同僚から「シルバーバレット」の噂を聞き、興味本位で訪れる。
 煮え切らない本心に苛立ちを覚えている自分と異なり、良くも悪くもマイペースなマリンと、ポケモンとは思えないほど良い話相手になってくれるライアンと意気投合し、半ば常連客のような存在となる。
 ポケモントレーナーとして、手持ちはラグラージ・ランターン・フォルムチェンジなしのロトム・ローの姿のストリンダー・切り札を務めるインテレオンと、水タイプと電気タイプで固めている。彼女自身は決して自慢しないが、プロトレーナーでありナンドシティのジムリーダーであり彼女の旧友でもあるウミユリに、非公式の試合で何度も土をつけている。


⭐︎オボロ

「ぎゃう」

種族:インテレオン
年齢:
一人称:
性別:雄
身長:平均程度
好きなもの:買い食い、外食
嫌いなもの:フリージアの手料理
宝物:

 フリージアの切り札であるインテレオン。


⭐︎ヤンルース

種族:人間
年齢:42歳
一人称:「俺」
性別:男性
身長:181センチ
好きな言葉:「シュトゥルム・ウント・ドラング(感情と行動の優先)」
あまり好きにはなれないもの:速度が遅い乗り物
宝物:「神速(ブリッツ)のヤンルース」という異名


⭐︎アイゼン

種族:人間
年齢:28歳
一人称:公の場では「私」、プライベートでは「僕」
性別:男性
身長:175センチ
心がけているもの:鍛錬の継続、礼節の徹底、禁煙
つい心が緩むもの:食後の喫煙欲
宝物:とある人物からプレゼントとして受け取ったカ◯ティエのライター


⭐︎サラナ

「今年こそ……ヒメちゃんに認めてもらう為にリーグ優勝を……!」

種族:人間
年齢:21歳
一人称:「私」
性別:女性(トランスジェンダー)
身長:165センチ
得意なもの:リフティング(最高122回)
得意ではないもの:自身の性別に関する話題
宝物:自身の切り札である「ヒメ」

 コンペキジムのジムリーダー。専門は水タイプであるが、ミクスリーグのプロトレーナー規定が地方よりも緩慢である為、ダダリンやドラミドロといった水タイプ以外のポケモンも手持ちに加えている。
 幼少期はストリートチルドレンとして路上生活をしていたが、先代のジムリーダーに保護され、プロトレーナーになる為の教育を受けた過去を持つ。幼い頃から自身の性別に疑問を抱き、現在は(トランスジェンダーの)女性として生活している。
 また、ジムの関係者や一部の人間を除き、ミクスリーグのプロトレーナーの中で唯一素顔と性別を公開していない。ポケモンバトルの際は、大気圧潜水服(甲冑のように全身を金属素材で覆った潜水服)を模した衣装を着用し、音声は内蔵マイクから無線スピーカーへ転送する間に加工を施している。
 ミクスリーグにおける愛称は「コンペキの海の亡霊」。リーグ優勝経験こそないが、ポケモンへの的確な指示と手堅い戦略で知られている。しかし、一度劣勢に陥ると、取り乱す事はないが巻き返すのが間に合わず惜敗が多いと、ミクスリーグ専門誌で何度か指摘されている。
 ガラル地方でジムリーダーをしているルリナから、アシレーヌの「ヒメ」を譲り受け、以後自身の切り札としている。しかし、トレーナーの力量を快く思っていないヒメから日常的に暴力を振るわれ、ジムリーダー・サラナの下に隠した内気で臆病な性格である故にそれを周囲に打ち明けられず、一人で抱え込んでいる。
 そして、その根底にあるものは、相手の暴力すらも許せてしまう歪な愛情である。それを是正できるかが、プロトレーナーとして、一人の人間として成長できるか否かに繋がるだろう。

彼女の物語はこちらからどうぞ。
泡沫のガールフレンド
敵意の水面に虹を架ける・前編
敵意の水面に虹を架ける・後編


⭐︎ウミユリ

「ああっ!! 今日こそフリに勝てると思ったのに!! あっ、でもすっごく楽しかった!!」

種族:人間
年齢:24歳
一人称:「ウチ」
性別:女性
身長:177センチ
好きなもの:ホラー映画
苦手なもの:ホラー映画
宝物:自分の手持ちのポケモンたち、親友のフリージア、「あの人」から教わった事

 ナンドシティのジムリーダー。ミクスのジムリーダーの中では中堅と扱われる事が多いが、本人は普段から「次期チャンピオン」と豪語している。しかし、何度かリーグ決勝戦には進出しているが、その念願を果たせずにいる。それでも、彼女から笑みが消える事はない。
 性格はとにかく明るい。誰にでも笑顔で接するが、時折がさつな面が表れる。だが、悪意は全く存在しない為、大きなトラブルまで発展する事は少ない。その小気味良い性格と専門タイプから、「生命の泉(ルトピア・デラ・ヴィータ)」という異名で呼ばれている。
 プロトレーナー・ジムリーダーとしての専門タイプは水と岩。切り札を務める相棒は、珍しい化石ポケモンであるウオチルドンの「メント」である。他地方で既にプロトレーナーをしていた経歴もあり、ミクスリーグのAAバトルにもすぐ順応した。メントの腹部に取り付けられる範囲型AAは特に攻撃が派手であり、彼女自身のトレーナースタイルも相まって、プロバトルに華やかさを求めるファンを多く惹きつける。
 フリージアとは同郷の幼馴染であり、現在でも交友関係は続いている。しかし、彼女から向けられる複雑な感情が入り混じった視線には気づいていないようだ。


⭐︎モシオ

「ジルコニア! イリュージョンで隠れて! もっと早く! いつものぼくみたいに!」

種族:人間
年齢:13歳
一人称:「ぼく」
性別:男性
身長:150センチ
得意なもの:かくれんぼ
苦手なもの:サラナ
宝物:これまで培ってきたジルコニアたちとの思い出

 アマイロジムのジムリーダー。去年のミクス第二リーグにおいて北部及び総合優勝を飾っており、今年からは本リーグのジムリーダーとして抜擢された。プロトレーナーとしての専門タイプは悪であり、ゾロアークの「ジルコニア」を一番の相棒としている。
 悪タイプの専門トレーナーであるが、物怖じしやすく引っ込み思案な性格である。特に、プロトレーナーとしては素顔を隠しているサラナを本物の亡霊のように怖れている。
 しかし、ポケモンバトルとなると去年の第二リーグ優勝経験者として相応しいトレーナーに変貌する。戦術誘導やフェイントなどを多用し、時には力押しを選ぶなど、本人の気性からは感じられない「悪タイプ」らしい戦い方を見せつける。
 理由は公表していないが、半年前から「AAの常時不使用」を個人的な誓いとして掲げており、たとえ格上相手でもAAに頼らないバトルを行なっている。それ故に、AAに関する戦法を得意としているヤンルースやアイゼンに戦績で遅れを取り始めている。


⭐︎ナヌム

「サラナちゃん、今日も頑張ったね。何か飲む?」

種族:人間
年齢:35歳
一人称:「私」
性別:女性
身長:172センチ
得意なもの:型にはまらない事
隠しているもの:生涯のパートナーとして考えている恋人
宝物:恋人、手持ちのポケモンたち、これまで出会った人やポケモンたちとの縁

 コンペキジムに所属するジムトレーナー。ジムトレーナーでありながらプロトレーナーの資格を有しており、スポンサーからの収入も得ている。ジムリーダーであるサラナと同じくミクスリーグの強豪トレーナーの一人であり、彼女の一番のライバルでもある。専門タイプは、ジムやジムリーダーのそれと同じく水タイプ。
 性格はとても人当たりが良く、自身のジムリーダーの助言者も引き受けている。バイセクシャルである自分のセクシャリティを明かしており、ポケモンバトルのみならず社会福祉の場にも呼ばれる事が多々ある。手持ちのポケモンにも分け隔てなく接しているが、それでも一番の切り札はエンペルトの「ハイペリオン」である。
 穏やかな気性とは裏腹に、トレーナーとしてはまさに破天荒としか表現しようがない逸話を多く有している。それ故に付けられた異名は「掟破りのナヌム」。
 「素行が悪い男子大学生トレーナー五人を相手に、人間同士の喧嘩で勝負を挑んだ」、「決勝トーナメント中に生まれた数時間の空き時間で隣接する地方まで赴き、そこでゲットした初陣のガブリアスを手持ちに加えてサラナに勝った」、「ヤンルースとはかつて将来を誓い合った恋人同士で、6年前の決勝トーナメントにおけるAAバトルで彼に勝ってしまったから婚約を破棄した」など、真偽が確かなものから不確かなものまで、主に彼女のファンやコンペキジムの関係者が語り継いでいる。

彼女が登場する物語はこちらからどうぞ。
敵意の水面に虹を架ける・前編
敵意の水面に虹を架ける・後編


⭐︎ヨシツネ

「セーレン、ありがとう、お疲れさま。やってみなきゃ分かんないと思ったけど、やっぱり俺じゃポケモンバトルは無理だね」

種族:人間
年齢:13歳
一人称:「俺」
性別:男性
身長:161センチ
得意なもの:セーレンに乗る事、矢を射る事
あまり得意ではないもの:ポケモンバトル
宝物:セーレン、ヒザマル

 ゼンネ地方で盛んに行われている、ポケモンの騎乗術と弓術が融合したスポーツであるポケモンヤブサメ(略称「ポケサメ」)の若年クラス現ランク一位。遠い親戚の家庭に養子として迎えられた過去があり、同じようにエーテル財団で保護されていたパッチラゴンの「声練(セーレン)」を唯一の相棒としている。
 ポケサメの際は伝統的な狩装束を模したウェアを着用した上で、武具ではなくスポーツ道具として設計された弓と矢筒を携えている。ポケサメは騎乗ポケモンの膂力や体力によってハンデが設けられ、通常は鞍などに重りが仕込まれるが、それに加えてセーレンは「王者の余裕」として「ヒザマル」と呼ばれる刀を鞘ごと咥えて試合に挑んでいる。(ヒザマルは電子ロックによって抜刀できない作りになっており、暗証番号はポケサメ実行委員会が管理している)
 「別競技の王者」として今期のミクス本リーグに特別枠として招聘されたが、この数年はポケサメに専念していた為、戦績は散々である。本人も「ゼンネに留まって今年もポケサメをしていた方がよかった」と内心で後悔している。

彼の物語はこちらからどうぞ。
人魚の背鰭
・竜剣謳歌声練雷斬雷牙


⭐︎マリティマ

「ポケモンバトルは、勝たなきゃ意味がない」

種族:人間
年齢:11歳
一人称:「僕」
性別:男性
身長:
好きなもの:ポケモンバトルに勝つ事
嫌いなもの:ポケモンバトルに負ける事
宝物:

 ミクスリーグに現れた有力チャレンジャートレーナー。既にジムバッジを全て所持しており、現在はAAバトルが行われる決勝トーナメントに向けて、プロトレーナーの仮ライセンス取得講習を受講中である。

設定・用語集 


⭐︎ミクス地方

 とある大陸の西端に位置する、海に面した縦長の地方。それぞれの主要港街が大陸の文化に影響されており、同じ地方でも街ごとに文化が異なる。
 古くから流通や工業が発展していた地方であり、現在は「ポケモンやテクノロジーとの共生を目指す地方」をコピーとして掲げている。


⭐︎文具店「シルバーバレット」

 コンペキシティ市街地から僅かに外れた場所に構える文具店。店内からはコンペキの砂浜と海が見える。店外の階段の先なる二階はマリンと彼の祖父の居住スペースがある。内装は漆喰の壁やフローリングの床とオーセンティックな作りである。
 文具店としては幅広い製品を取り扱っており、スクール学生の小遣いでも購入できるものから、鍵付きのガラス棚には一本数万円から数十万円の万年筆も陳列している。客層においても、寄り道のスクール学生からコンペキ屈指の名士と幅広い。
 店内はマリンの好みによりガラス製品の取り扱いが多く、特にもガラスペンの取り扱いはミクス地方一の文具雑誌の取材を受けるほどである。ガラス天板の試筆台兼マリンの作業スペースも鎮座している。また、ライアンが普段過ごす為の、あえて何も置いていないスペースもある。


⭐︎プトレマイオス・テクノロジー社

 ミクスリーグの運営母体の一つであり、ミクス地方を代表する工業系大企業である。通称「PT社」。
 アサルト・アンプリファイア(AA)の開発元であり、管理や運用も行なっている。軍事転用を防ぐ為、AAを厳重に管理しており、かつては「AA技術を独占している」と批判される事が少なからずあった。しかし、ガラル地方のマクロコスモスにおける一件以来、「高い倫理観を持った企業」という好意的な意見が増してきている。


⭐︎アサルト・アンプリファイア

 ポケモンに装備させる電子機械的装置であり、「ポケモンの生体エネルギーを増幅・変換させる事で特殊フィールドを作り出し、それを(ポケモンバトルにおいて)攻撃や防御に用いる」技術である。通称「AA」。
 ポケモン及びAAの軍事転用を防止する為、装置の使用は厳しく管理されており、ミクス地方以外への持ち出しは許可されていない。ミクス地方内部においては、プロトレーナー同士の公式バトル及びリーグ決勝トーナメント戦時にのみ許可されている。

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Last-modified: 2022-03-27 (日) 10:56:41
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