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鋼の季節〜機械仕掛けの冥府〜

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コミカル

注意:流血表現があり、また、登場人物が死んでしまいます。

序章 


 その時、凄まじい轟音と共に、1本の光の矢が降ってきた。

 暗雲の立ち込める空を切り裂き、翔け、地表に突き刺さる閃光。
怒り、嘆き……そんな感情を訴えているかのような。激しく荒れ狂う樹枝状の電光を止めることはできない。
空は涙を流し続ける……。



 ただ、ただ逃げていた。自分が何をしているのか分からなくなるほど、必死に逃げていた。
降り注ぐものによって流れ出た血液は、降り注ぐものによって洗われてゆく。
銃弾は体中に傷をつくり、命を蝕もうとする。冷たかった。
雨水は傷そのものまでは洗い流してくれない。冷たかった。
私にできることは、走るという延命行為のみ――ひたすらに走った。
襲い来る銃弾。直撃すれば、全てが終わる。

 しかし、‘敵’は無慈悲にも私に的確に照準を合わせていた。

 また、光った。
もう、どうでもいい。雷なんて。落ちたければ落ちればいい。
どうせここで散る命には関係のないこと――

 その雷は。地表と平行に走っていた。そして、‘敵’を貫いていた。
通常の落雷に勝るとも劣らない炸裂音が轟く。幾度か発せられた光に眼が眩みながらも、事の起こっている方向を確認する。
‘敵だったもの’はもう、黒煙を上げるだけの鉄くずと化していた。
事態を飲み込むためには、少々の時間を要した。
私の目の前にいるのは、青と黄色の2色、立派な鬣を持ち、4足歩行のポケモン。
しかし、どこか普通と違う――身体から青白い光を放っていて――異様に感じられた。
このポケモンが、私を助けてくれた。それは紛れもない事実。

 そう考えたとき、“彼”の青白い光は薄れ、無くなり……その口から、第1声が発せられた。
「あれ? 俺……今、何を……?」



「……ありがとうございます」
生き延びれたという事実。そこから、徐々に感じられる喜び。感謝の念を素直に伝えた。
「……、何だ何だぁ……? 一体どうなって……」
「どうかしたんですか?」
しかし、何かがおかしい。先ほどの雷撃を放つ彼とは打って変わって、挙動不審な姿。やはり異質な気がした。
「え!? あ、いやぁ、何でもないんだ、はは…… そ、その、大丈夫かい?」
「……大丈夫ではないですね」
雨と涙と血と汗と。我ながら、酷い有様だと思う。その場に立っていられることさえも不思議だが、とにかく生きているのだ。それだけは――変な方だけれど――感謝しなければ。
「ごめん、見たら分かる。俺の住処においで。手当てしないと……。背中に乗って」
「申し訳ございません……助かります」
意識を落とすのは、容易いことだった。

 これが全ての始まり、ちょっとおかしな“彼”との出会いだった。





鋼の季節~機械仕掛けの冥府~ 






 


 焼け付くような暑さと眩しさで俺は目を覚ました。
金属を寄せ集めただけの住処の中には、熱がこもって仕方が無い。毎日のことと言えど、最悪の目覚めだ。
俺は、暑さから脱出するために外に出た。

 地面をコーティングしている鉄くずを踏み分けて進む。大切な4つ足が傷つかないように、慎重に進まなければならない。
さっきまでいた寝所の裏に回るだけでも、それなりの時間を要した。

 そこには、さっきまでのような鉄くずは無く、申し訳程度だが木や草が生えていた。それだけでも、無機質な――ただ熱を吸うだけの金属にはない温かみがあった。
そばにはまた別の命、2人のポケモン――
「おはよう、バロン、フラリア」

「今はもう昼だぞ……」
そう言ったのは、エンペルトのバロン。俺と同じ「生き残り」だ。
生活力のある奴で、いつも世話になっている。知識も豊富で、頼りになるやつだ。

「おはようございます、昨夜はどうもありがとう」
こちらはクチートのフラリア。
明るい笑顔の、女の子だ。
昨日の夜、彼女が無人戦車(タンク)に襲われたところを、偶然にも助けることができた……らしい。何故か、それまでの過程を覚えていないのだ。

 この辺で、俺のことも紹介しよう。
さっきまでの俺の話には、ワケの分からない点があっただろうから、そこも含めて説明する。

 俺はレイヴ。ライボルトだ。
どうしてこの世界は鉄くずまみれなのか、「生き残り」とは、無人戦車(タンク)とは……。
説明すると、こうなる。
この世界には、もともと人間はいない。さらに、今はポケモンもほとんどいない。なぜなら。
数年前に起こった悲劇――俺達は‘機械化戦争’なんて呼んでいる――が原因だ。
文明が発達に発達を重ねてしまった結果、ポケモン達は愚かな考えを芽生えさせてしまった。領土を増やしたいためだけに国同士で大規模な戦争を起こした。科学力を尽くして、お互いに殺し合い、罪の無いポケモン達までもが惨殺された。
そうして生物のほとんどは滅び、後に残ったのは地面を覆い尽くすほどの機械、兵器、スクラップというわけだ。
俺達のいた場所はジノン王国。昔は他国と比べてもかなり大きい国だったが、今では無人殺戮兵器、無人戦車(タンク)の練り歩く荒廃した世界に成り下がっている。
俺達は、そんな世界を生き延びるために必死、ということだ。
ここらで俺の話は終わりにしておこう。俺達は、今を生きなきゃならない。


「それにしても、困ったことになったな……」
「……なんかあったのか?」
「おいおい、いくらお前でも、このにおいに気付かないのか? そりゃないだろう!」
さっきから2人がしきりに顔をしかめている。言われてみれば、確かに焦げ臭い。
「あの一番大きかったカゴの木に、雷が落ちたらしい。……本当にお前、昨日は何をしていたんだ? 夜中に急に出ていったみたいで、裏に落ちた雷にまで気付かないなんて……」
「い、いや、だから言ってるだろ? フラリアのピンチを感じ取ってだな……って、マジかよ!? あの木が無くなったら、生きていけるのか?」
裏のカゴの木は、俺達にとって重要な食料源だ。これは重大問題だぞ……
「ごめんなさい、私が増えたから、もっと困ったことになるのかも……」
「気にしなくていいさ、フラリア。あいつは大袈裟に言いすぎなんだ。他に無事な木もあるし、蓄えもあるからな。 それに」
バロンはここで一旦言葉を切った。
「俺達は渋い味が好みだが、カゴの実がクチートの好みに合うとも限らんしな」



「さて、と。こんなもんか」
焼け焦げたカゴの木は処理して、代わりにクラボの実を植える。バロンが水をやり、これで完了だ。
「……はやく元気に育って、大きな実を実らせますように……」
フラリアはまだ身体に傷が残っているので休んでいて良いといったのだが、手伝うといって聞かなかったのだ。植えたばかりのクラボに、祈りを捧げている。
そんな優しさが、俺の心に響いた。
「しかし、実をつけるまでには相応の時間が掛かるだろうな……」

「でも、こんな場所でも植物は育つんですね。驚きました」
俺も最初は驚いたのを覚えている。俺達が最初に目をつけた廃屋には大量の木の実が蓄えてあったから、いくつかを植えて、残りで飢えを凌いで。立派に育ったときには本当に驚いた。
「地面をならせば、結構育ってくれるみたいだぜ!」
「お前が説明するな。ほとんど何もしてないくせに」
作業に集中していたように見えたバロンが、こちらを向いて言う。間違ってはいないが、このタイミングで言わないでほしかった。フラリアが笑っている……笑顔が可愛らしい。
「ちゃんと仕事してるだろ? ほら、灰を集めて、終わりだ」

 作業をしていると、陽が落ちるのはとても早い。
「よし、お疲れ。夕飯の用意をするぞ。フラリア、何も気にしないで、遠慮なく食べていいんだぞ? 食料はまだ余っているからな」
「おぅ、今日も頼むぜ、バロン」
「お前に話しかけたつもりじゃないんだがな……。まぁいいだろう」

 木の実を食べるとき、俺達はいつもカットして食べる。
数種類の実を切って並べるだけで、幾分見栄えがよくなる。
そして何より、それを成すバロンの翼技がすごいのだ。
彼の翼が縦横に走れば四つ切りの、往復すればスライスが完成。その切れ味抜群の翼には、どんなに硬い木の実を切ろうとも、傷がついたことはいまだかつて無い。

「わぁ、すごい、カッコいい……」
初めてそれを見たフラリアの口からは、驚愕の言葉しか連ねられなかった。
「たいした事はないがな。しかし、そういってもらえると嬉しい。ありがとう」
そういいながら、瓦礫の山から引っ張り出してきた皿――もちろん、綺麗に洗ってある――の上に並べられた木の実を運んできた。

「さぁ食べようか。レイヴ、火をつけてくれ。夜になると冷えるしな」
「おぅ、まかせろ。火を通した方がうまい木の実もあるんだぜ!」
準備を終えて、ようやく食事にありつくことができる。長時間の作業をして、胃袋が悲鳴を上げていたのだ。
火をつけるのは俺の仕事だ。落ち葉を集めて、それに火花で火をつける。いつもやっているし、容易いことのはずなのだが。
今日は、何故だか緊張してしまっている。原因は1つしかない。フラリアが見ているのだ。
そう思うだけで自然に身体に力が入ってしまって……

 次の瞬間、残ったものは焦げ臭いにおいと‘元’落ち葉だけだった。

「おい、馬鹿! 何をやってる!」
当然ながら、バロンからは罵声が飛んできた。それもそのはず、燃料となる落ち葉は限られている。今の俺達に無駄にできるものなど無い。
「わ、わりぃ……。なんか調子が悪いみたいで……」
「まぁまぁ、そんなときもありますよ。仕方ないです」
フラリアは優しくフォローしてくれるのだけど、とても恥ずかしい。顔が赤いのが自分でも分かる……。この顔から出るオーバーヒートのほうが、確実に火をつけられるかもしれない。
「仕方ないな。今日はこのまま寝るか。とにかく今は、食べよう」
「本当にわりぃな。次は気をつけるからよ……」

 葉を寄せ集めただけといえど、あるとないでは大違いだ。新しくもう1人分追加したので3つ並んでいる緑のベッドに身体を横たえる。俺達の生活に、落ち葉は必需品だった。そう思うと、やはりさっきのミスをしてしまったことが悔やまれる。
寝ている間に無人戦車(タンク)に襲われる可能性はないだろう。ヤツは動くものを探して攻撃するだけだ。それに、1度の攻撃で崩れるほど脆い家ではないだろうし、音が聞こえればすぐに目が覚めるはずだ。
「おやすみなさい。2人とも、本当にありがとう。これからもよろしくね」
「おぅ、よろしくな。じゃあ、お休み、フラリア……」
フラリアは昨日、大変な目にあっていた。その疲れがまだとれていなかったようで、すぐに寝息を立て始めた。

「……寝たみたいだな。なぁ、バロン……ちょっといいか?」
「……ん? どうしたんだ? 俺も眠いんだがな」
眠る前に、俺はバロンに声をかける。彼は上半身を起こして、こちらを見据えた。
眠いのは分かっている。今日もすごく頑張ってくれていたし。でも、言うと決めた。言いにくいし、内心すこし恥ずかしいけれど、こんなことで決心を崩すわけにはいかない。
「その、だな。結論だけ言うと……‘特訓’したいんだ。付き合ってくれねーか?」
「えらく急だな。大体、こんな世界にバトルする相手なんぞいないだろう」
「いや、バトルじゃないんだ。もちろんバトルも弱かったし、俺の技が未熟なのも知ってて諦めてた。だけど、フラリアの前であんなことやっちまって、もう恥ずかしくて……。 それに、少しはお前の役に立てるようになるかもしれないから。いきなりだし、お前に頼り続けるのはどうかと思うが、何とかしたいんだ。頼む!」

 そう、俺は昔からバトルが弱かった。得意技なはずの電気もうまく扱えていなかった。でも、火をつけるくらいなら簡単だから俺でもできる、そう思って、この世界になってから電気の扱いを諦めていたことも認める。しかし、今度も今日みたいな失態を犯してしまえば、俺の精神がもたない。
断られることも覚悟はしていたが、誠意は伝えたつもりだ。思えば、自分のことについてこんなに前向きに考えたことは初めてかもしれない。

「……お前のことだから三日坊主で終わる気がするんだがな。とにかく、その心意気は認めてやろう。だが、俺は電気使いではないし……うまくできないかもしれんぞ」
「あぁ、構わない。やってくれるのか!?」
「やれやれ。お前がそんなに真剣に考えるようになるとは思わなかったよ。とにかく、ついてこい。他でもないお前の頼みだ、付き合ってやろう」
「よっしゃ、サンキュ! 頑張るから、よろしくな!」

 いつまでも逃げていてはいけない。俺も変わってやる。この決意を忘れはしない。きっと、俺だって……甘えてばかりだった俺だって。
「さて、どこから入ればいいんだろうな……」
そういったバロンの背中の大きさには、俺はまだまだ届いていないようだった。



「そうそう、そんな感じだ。強い電気、弱い電気、その2つを使い分けられるようにする。慣れてきたら、電撃を放ちながら強さを変化させるようにもしたらいいだろう」

 頭の中で何度も反復する。普通の電気ポケモンなら当たり前にできる事なのだろうが、俺はそこからはじめるしかない。

 今は、特訓が終わった後だった。バロンと共に腰を下ろしているのは、大きな木の下である。フロルの大樹、そう呼ばれていたものだった。

 とても大きい樹、というだけにしか見えないが、ジノン王国の象徴でもあったこの樹は大いなる生命の力を秘めていると言われ、崇められていた。フロルの葉は病を癒し、フロルの雫をまいた畑はどんな害にも屈しなかった。長い歴史の中で1度も弱ることはなく、民を見守り続けた守り神だった。
しかし、残念ながらどれも過去の話でしかない。

 外見は今までと変わりない。しかし、実は細工がしてある。今までと同じフロルの樹であるようにみせかけて、中は機械化が施されてしまっているようなのだ。そして、定期的に地上に‘放電’するようになっている。地面の鉄くずを伝わりながら、広範囲に電流を届ける役割がある。こうして、手間をかけずに兵器を働かせることを考え出した。国が滅びた後にも無人戦車がうなりを上げているのは、これによってエネルギーを供給しているからなのだ。たった1つの考えが、国の守り神を失わせてしまった。もう元に戻すことは出来ないだろう。

「そういえば、次に放電されるのはいつだっけか?」
「1週間後のはずだ。さて、どうしたものかな……」
「あ、確かに……! どうすればいいんだ、ヤバくないか?」

 フロルの大樹から放たれた電気は、当然ながら俺達の住む場所まで伝わってくる。
その時、水と鋼の身体を持つバロンは電流が身体を駆け巡り、大変なことになってしまう。
それを回避するために、いつも裏のカゴの木に上っていたのだ(バロンの身体の構造では、木に上るのは大変らしいが)。
しかし、それは無惨にも焼け焦げ、なくなってしまった。このままではバロンが危ない。

「どこか安全な場所、探しに行こうぜ。できるだけ早いほうがいいだろ」
「そうだな……。しかし今日はもう遅い。戻って寝るぞ」
「おう。 ……今日はありがとな。これからは、1人で頑張るよ。付き合わせて悪かった」
「これくらいならお安い御用だ。しかし、やるからには続けろよ? すぐに投げ出したら承知しないぞ」
バロンは立ち上がって伸びをすると、歩き始めた。

 住処に戻ると、疲れが押し寄せてきた。バロンもすぐに眠ってしまったようだ。

 俺は、決心を崩さないことをフラリアの寝顔に誓った。



 暑い。むしろ熱い。
また昼まで寝てしまったか? いや大丈夫、バロンもまだ横で寝ている……と思ったら、目を覚ましたようだ。
「……暑いな。やはり、昼まで寝るのは身体によろしくないようだ」
お前も寝坊かよ、と言いかけたが、10割方俺のせいなので言うのを抑えた。

 軽く伸びをしていると、フラリアが入ってきた。散歩にでも行っていたのだろう。
「あっ! 目が覚めましたか? ちょっとこっちに来て下さい! すごいことになってるんですよ!」
予想していたのとは違い、かなり落ち着かない様子で話しかけてきた。何があったんだ……?
「どうした? とにかく行くぞ、レイヴ」

「ほら、見てください、コレ……」
その光景を見て、唖然とした。裏手の果樹園に先日の雷の跡はなく、それどころか……葉を青々と茂らせて輝く1本の大きな木。たくさんの実をつけた枝をそよがせているのは、紛れも無く昨日植えたばかりのクラボの木だった。
「うわ、すげぇ……。すげぇよ! でも一体何でだ?」
「目が覚めてちょっと様子を見にきたら、その時にはもう……こうなってたんです」
バロンもフラリアも、驚きを隠せないようだった。たった一晩で成長しきってしまうなんて。普通では有り得ないはずのことが、目の前で起こってしまっている。

「きっと、フラリアの祈りが天に通じたんだろう。神の加護だ」
「えっ、私ですか!?」
「そうだよ、もしかしたらフラリアには、不思議なチカラがあるのかもしれないぜ。ともかくこれで、バロンは大丈夫だな」
「そういえば……。よかったら、フラリアのことを教えてくれないか? 急だったから忘れていたが、俺達はまだフラリアのことをよく知らない。レイヴも訳のわからん事を言うばかりだからな……」
確かにその通りだった。最初に出会ったのは俺だけれど、傷の手当なんかで忙しなかった
せいで完全に忘れていた。今のうちに、フラリアのことをよく知っておきたい。
「分かりました。じゃあ、一旦戻りましょうか。でも、私、そんな能力に心当たりなんてありませんよ?」

 


「私はフラリア。あなた達と同じ、戦争の生き残りです。身寄りは皆、亡くなりました。戦争が終わるまで、1人でずっと隠れていたの。でも、もうそこにもいられなくなって……外に出たら、無人戦車(タンク)に襲われてしまいました。私も死を覚悟したんですが、あなた達のおかげで助かったんです。本当にありがとう」
「そうか、辛かったんだな……。大丈夫だぜ、これからは俺達がフラリアの家族だからよ」
「その通りだ。俺も仲間が増えてうれしい。 ……1つ訊いていいか? フラリアが隠れていた場所、っていうのは何処のことだ? 辛いことなら話さなくても構わないが、この近くに身を隠せるような安全な場所があったか……」

 3人で寄り集まって話す。少しだけ、重い空気が流れていた。
バロンの疑問は最もだ。身を隠せるような場所があったなら俺達もそこにいてもおかしくないはず。しかし俺達は
ただひたすら逃げ惑っていた。1箇所にとどまったことは無かったが……。

「お城の中です。……今は完全に廃墟ですけど、もともとはジノン王のいた城ですよ」
「城……!? 俺達、城の中に匿ってもらえないかと思って頼みに行ったけどいれてもらえなかったぜ」
「戦争が近くなってからは、全く人を寄せ付けなくなったな。流石に全ての人民を収容することはできないから仕方が無いのだろうが」
「教えてくれよ。どうしてフラリアは城の中に身を潜めることができたんだ?」

 フラリアはさっきから笑いをこらえているような表情だったが、耐え切れなくなったようだ。その時の笑顔には、俺を放心の状態異常にすることは容易だった。
「えへへ。ジノン王こそが私の父上。コレでも私、お姫様だったんですよ?」

「なっ……! 姫! 今までの無礼、どうかお許しを!」
ようやく俺は現実に引き戻される。が、何か様子が違う。ヤバい、話を聞きそびれた……!
「あれー、レイヴさん、あんまり驚いてくれなかったなぁ……。どんな反応するのか、気になってたんですけど……」

「え!? あ、いや、その……驚きのあまり、っていうやつかな……はは……」
俺の身体は、凍り付いてしまった。この世のものとは思えない殺気が……横から来る……。
「話、聞いてなかったんだろ……? なぁ……? ちゃんと聞いてたんなら、そんなクチの聞き方は無いはずだよな……?」

「あっ、あ、もういいんですよ、バロンさん。ジノン王国はもう残っていないから、私は姫でもなんでもないですし……それに、2人とも私の命の恩人なんですからね。敬語とかやめてくださいよ?」
「いや、しかし……。それは、ジノン王国に住まわせていただいていた私の心が許しませぬ……」

「もぉ、気にしないでくださいってば……。 私、昔から姫、姫としか呼ばれなくて……外の世界にも滅多に出ることなく……‘友達’っていうのにあこがれてたんです。そんな私を、初めて名前で呼んでくれた人達だから、本当に嬉しかった。ずっとこうでいたいなって……、それは、わがままですか? 姫ではなくて、1人のクチートとして接してもらうことは……」
こんなに真剣で、切実な想いを打ち明けられるなんて。バロンも口ごもってしまっている。フラリア自身も、口をついて出てきた言葉に少し驚いているようだ。
「あっ、ごめんなさい、急に変なこと言っちゃって……」

「だってよ、バロン君……? 俺はフラリアの望みどおりにしてやる方がいいと思うぜ……。 あっ、そうだ、俺ちょっとやらなきゃいけないことがあるんだよな。じゃ、失礼……」
話を聞きそびれるという失態こそあったものの、結局今までどおりで良いことが分かった。なら気にすることはないだろう、バロンに何か言われないうちに特訓に行ってしまうのが吉とみた。

「あ、行っちゃった。じゃあ、あれが本当に私の力なのか確かめるためにも、もっと木を植えてみます。原因は分からないけれど……お役に立てるのなら、私も嬉しいですから。手伝ってもらえますか?」
「……分かった。しかし、どうにも……やりにくいな」



 目が覚めた。今日は朝に起きることができたらしい。むしろ、いつもよりかなり早い時間のようで、2種類の寝息が聞こえる。
起こしてしまわないように、俺は外に出てみた。

「……わお」
裏の果樹園の様子は、予想を遥かに超えていた。
昨日よりもたくさんの木が植えられ、どれも例外なく育ち……実を実らせていた。普通こんなに密集して植物が生えてしまうと、養分が十分に行き渡らずに枯れてしまうはず。ましてやここは鉄に覆われた土地なのだ。
……フラリア、お前の力はホンモノだぜ。

 フラリア。優しくて、明るくて、俺達の‘仲間’――。
いつも笑顔を向けてくれる、クチートの女の子。
どうしてだろう。こんなに悲しくて冷たい世界なのに、温かさを感じることができる。
キミだった。キミがいるからだった。
俺の心に温かさをくれる。キミがいるから、頑張ろうと思える。
自分の気持ちに嘘はつけない。認めざるを得ない。
俺は。キミのことが。

 ――好きだ。

 俺は、ダメな奴だ。確かに、昨日は無事に火をつけることができた。でもそれは、当然のこと。電気が使える俺が、みんなのために火をつけることなんて、当然だ。
俺は? ろくに働くこともできず、甘えてばかりで……。昨日は何だ? 話を聞かず、あんな失礼なことを平気で発言した。俺は……、俺は……!
俺は必ず変わると誓った。その決心は崩すつもりは無い。だが、俺は。その誓いにさえも甘えてしまっているのではないか? 
変わる。必ず。でも、変わっちゃいない。そう、まだなんだ。俺は変われていない。今、何もしないでどうする……!

 いつも特訓の場所にしている荒野に向かって走った。ひたすらに走った。
途中に、俺達の住処の前を通った。もう2人とも起きていて、何か話している様子が目の前を通り過ぎた。
目が覚めて、俺がいなくても気にならないのか……? 2人で楽しくおしゃべり? 俺はぬきで?
いつの間にこんな心がうまれたのだろう。分からない、苦しい……!
くそっ、くそっ……! 俺はっ……! 畜生、畜生……ちくしょぉぉおおお!



 それからも、俺の特訓の日々は続いた。気がつけば、最初の日から1週間が経っていた。
正直、3日目からはあまり覚えていない。何かとても強い、大きな力に揺り動かされているような……勝手に身体が動いているような感じだったからだ。

 誰かが入ってきた音がした。

「あぁ、フラリアか」
「こんにちは、レイヴ」
フラリアはこちらに来ると、俺の隣に腰を下ろした。
顔を見るだけで、胸が締まる感じがする。それは、日に日に強くなっているようだった。

 本当は出会うことさえ無かったのかもしれない。
俺はただの一般人。彼女は国の王女様。接点は全くないはずだった。
しかし、俺達は出会った。そして親しくなった。気兼ねなく話し、笑い合えるほどにまで……。
フラリアも、いつしか敬語を使わなくなった。俺達3人は、本当の友になれた。

 それだけで、十分すぎるのに。

 ‘以上’を求む自分がいた。自分を苦しめているのは自分でしかなかった。

「ねぇ、レイヴ」
「どうかしたか?」
また、考えすぎて意識がもどらなくなってしまっては困る。早めに、思考の世界からは抜け出すことにした。
「私、レイヴが努力してるの、知ってるよ。毎日技の練習しているコト」
「……はは。情けないよな、もう子供じゃないのによ」
やはり知られていたか。嫌な予感は当たるものだ。ダメな奴だと思われているんだろうな。
「そんなことないよ。そういう、努力できるっていうのがすごいと思うの。簡単にできる事じゃないよ。初めは、失敗もあったけど……それを超えて、今ではとても‘変わった’よ」
本当に、そうなのか……? 俺は、変わってなんかいないと思っていた……。
全部、知られていたんだ。俺が思っている以上に、バロンもフラリアも、俺を気にかけていてくれたのかもしれない。

「ねぇ、レイヴ……。私、レイヴとバロンに出会えてとても良かった」
「俺も、フラリアと出会えて嬉しいぜ。バロンもきっとそう思ってるはずだ。どうしたんだ? 急にさ」
宙を見つめている彼女の顔は、言葉とは裏腹に少し悲しそうだった。

「私たち、普通の世界では出会うことが出来なかったのかな? こんなに冷たくて悲しくて、寂しい世界でしか知り合えなかったのかな? 出会えた事は嬉しいけど、私、この世界には素直に感謝できないの。たくさんの命が失われたこの世界では、みんなと楽しく過ごせないよ……」
フラリアの目から、小さな真珠が零れ落ちる。やめてくれ、お前に泣き顔は似合わないぜ……!
ずっと笑っていてほしい。しかし、無理な願いだった。優しいフラリアは、ここでは心から笑うことはできないだろう。どうにかしたい。俺は、みんなと普通の世界で過ごしたい……!

「……じゃあ、さ」
そうだよ、俺達ならできるじゃないか。
「戻そうぜ、世界。もとの命ある世界によ」



「おっ、準備が終わったのか?」
俺達が裏に出ると、頭上から声がした。バロンが木の上から声をかけてきたのだ。
今日は電流が放たれる日なので、それに備えて避難しているのだ。辺りはもう暗くなり始めている。
「あぁ、大丈夫だぜ。そっちはどうなんだ?」
「……枝が折れないようにだけ祈っておいてくれ。しかし登るときは随分楽だった。助かったぞ、レイヴ」
木の上でバロンは首をすくめる。太く丈夫そうな枝だが、バロンはお世辞にも軽いポケモンとは言えない。警戒は必須だ。
木の根元には、階段状に積み上げられた鉄くずが置かれている。バロンが少しでも登りやすいように、特訓の一環として俺が作ったものだった。幾分形が歪だが、少しでも役に立ちたかったのだ。
「恐らくもうすぐだろう。2人共、戻っていていいぞ。今日は良く寝て、明日出発だ」

 そう。俺達は、明日、‘出発’する。
旅に出るのだ。ほとんどの生命が絶え果て、金属に覆われた冷たい世界にもう一度生命を取り戻すために。
フラリアの持つ力を利用すれば、それは可能だった。本人も望んだ力の使い方だった。
世界を回り、植物を育てて回る。元の世界に戻すために、俺達は旅立つことを決めた。
夕刻、飯のときに打ち明けた俺の‘考え’に、バロンも頷いてくれたのだ。

「分かった、俺達は戻ってるぜ。落ちないように気をつけろよ」

 住処に戻ったが、俺もフラリアも大切な仲間をおいて先に寝ることは出来なかった。
しばらく無言のまま時間が過ぎた。
「……もうすぐ、かな」
俺が静寂を破って言った言葉に、返事はなかった。
「フラリア……?」
不思議に思ってフラリアのほうを向いてみる。

 彼女は脂汗を流し、小さな頭を抱えていたのだ。大きなツノも、力なく垂れ下がっていた。

「……っ!? フラリア! どうした、大丈夫か!?」
「なんでもないのっ、大丈夫だから、気にしないで……」
苦しそうな表情の口から、搾り出すように発されたか細い声。見ているだけで痛々しい。
「嘘をつかないくていい! 痛いのか? 落ち着いてくれ、俺はここにいるから……」
「……ありがとう……」

 その時、住処の外の世界が激しい光に包まれた。不意の出来事に対応することが出来ず、眼が眩んでしまう。視界が真っ白に染まり、続いて腹をえぐるような爆音が轟いた。
やがて、外は再び闇に戻る。しかし、頭に響き続ける音。聴覚をやられてしまったかもしれない。
……フラリアは? 苦痛に苛まれていた彼女には、今のは拷問以外の何でもない。フラリアは、何処だ……?

 ――俺の前脚(うで)の中にいた。

 大樹の放電に驚いたときに、反射的に抱きしめてしまったらしい。一気に恥ずかしさがこみ上げるが、急に離してしまっては危険だろう。木の葉のベッドに、フラリアを静かに横たわらせる。
「大丈夫か……?」
顔を覗き込んで様子を見てみる。先程までよりは、息は荒いものの表情は穏やかだった。
「うん……ありがとう。いつもこうなるの。外で大きな音がした時に、決まって頭がしめつけられるの……。もう落ち着いたから、大丈夫」
そういって、優しく微笑んでくれた。いつもより、少しだけぎこちないように感じられた。毎回あんなに辛い目に遭っていたなんて。襲い来る苦しみに抵抗できず、耐えていたなんて。できることなら代わってやりたい。こんなに純粋で、優しい女の子が苦しみ続けるのは俺も耐えられないだろう。

「せめてバロンには、心配をかけさせたくないの。本当にもう大丈夫だから、今はまだ内緒にしてて……」
「……それを望むなら黙っておくけれど。でも、何でだよ……俺達には遠慮なんかいらないんだぜ。俺もバロンも、フラリアが傷つくことが自分が傷つくこと以上に辛いんだよ。無理しないで、辛いときはすぐに言ってくれ。俺達にはどんなに甘えてくれたっていいんだから」
「……私は、もう十分すぎるくらい甘えさせてもらってるよ。こんなに心配してくれるんだから……。だから、これくらいの強がりは許してくれる? レイヴだって、たくさん辛い思いをしているはずだよ。だけど、それを少しも見せようとしない。私だけが、辛いからって2人にすがるのは嫌だから……。ごめんね、わがままなこと言って」


「俺は、今どうしようもなく辛いぜ……、押し潰されそうなくらいに。大切な人が考えていることを少しも理解することができなかった。フラリアはこんなに強い心を持っているのに、俺はいつまでも弱いまま。それが、辛くて辛くて仕方がない」
「そんなことない。レイヴは強いし、優しくて……大好きだよ。 ……少しだけ甘えていい……? さっきみたいに、抱きしめてほしいな……」
「フラリア……俺も、大好きだ……。」

 俺は、フラリアの身体を引き寄せ……ぎゅっと抱きしめた。
愛おしい。離れたくない。ずっとこうしていたい……!
身体が火照る。息が荒くなる。フラリアも、おなじようだった。





「レイヴ……。嬉しいよ……。 でも、私、頑張るから……、元通りの世界に戻ってからにしたい、な」



 


 もう1度、発砲音が聞こえた。中で、金属同士がぶつかる音が木霊した。
「おかしいぞ……。奴ら、俺達の居場所が分かってるみたいだ……」
「しかし、威嚇射撃をするような、そんな知能は持っていないはずだ。一体何が……?」
フラリアは言葉を発しなかったが、不安そうな顔をしていた。眠ることができなかった疲れもあるのかもしれない。

 俺達が目を覚ました時、まだ辺りが闇に包まれていた。バロンが戻ってきてから、ほとんど時間がたっていなかったのだ。突然の発砲音に3人同時に意識を引き戻され、状況の認識には時間を要した。

 ――俺達の住処は、10数台の無人戦車(タンク)に包囲されていたのだ。

 断続的に放たれる銃弾。なぜ俺達の存在が分かり、また一斉射撃をしてこないかは分からないが、この様子では壁に穴があくのも時間の問題だった。
「襲う気はないのか……? しかしこんな状態じゃ眠るわけにもいかない。……レイヴ、行こう……奴らを全部潰してしまおう。それが最良の選択だと思う。手伝ってくれ……」
「でも、そんな……危険だよ」
バロンがゆっくりと立ち上がった。倣って、俺も立ち上がる。フラリアが心配そうな視線を投げかけてくるが、このまま留まっていても死を待つだけだ。やはり、こちらから仕掛けるべきだろう。
久しぶりに、戦いに力を使うことになってしまった。ろくに電気を扱えない俺が。しかし、竦んではいけない。不安だけれど……努力した。みんなの役に立てるようになると誓った。今戦わなくてどうする……!

「……心配すんな。簡単にはやられねぇよ。ここで隠れて待っててくれ。もし襲われそうになったら、大声をだすんだ。すぐに助けに行くから」
フラリアは戸惑っていたようだったが、再び響いた金属音でやっと頷いてくれた。

「レイヴ、一気にいくぞ!」
俺とバロンは同時に外へ飛び出した。背中合わせになる。途端に向こうからの攻撃が活発化した。数が多すぎる、このままではまずい。
急いで、且つ的確に狙いを定める。立て続けに3発放った電撃波で、3本の黒煙が上がった。

 ……何かがおかしい。
砲撃を浴びせてくる戦車たち。普段にはない、青白い光を放ちながら……。
しかし、そんなことを気にしているヒマはない。はやく他のものを潰さないと。

 ……違う、そこじゃない。何かがおかしい。
そうだ。やはり変だ。おかしい、一体なぜ……?

 ――こいつら、俺を狙っていない――

 その時、俺の頭の中で何かが閃いた。
「バロン! 戻れ! 住処の中に戻るんだ、早く!」
反射的に声を出していた。自分でも驚くほどのスピードだった。
「何を言ってる! 1人じゃ無理だろう!」
「いいから早く! やれば分かる、信じろ! 戻ったら、ベッドの上に立っていてくれ! フラリアもそうさせるんだ!」
ねらいは2つ。成功するかどうかは危険な賭けだが、やるしかない……!

「……分かったが、死ぬなよ! 呼べばすぐに行く!」
バロンは水流の攻撃を止め、住処の中へ走って行った。
バロンがすぐに信じてくれるかが何よりの問題だったが、その第1関門はうまくいった。
さぁ、どうだ! 俺の読みが正しければ、次だって……!

 発砲音がピタリと止んだ。爆音に包まれていた戦場は一気に静まり返る。
成功した。やはり、奴らは俺を撃とうとしない。何か理由があるのだろうか。

 無人戦車(タンク)たちは砲撃をしないまま、方向を変えて俺達の住処へ向かいだした。
考えるのは後だ。今はこの場をなんとかすることに集中しろ。
バロンを逃がした2つ目の狙い。それは……広範囲に攻撃できるこの技に巻き込まないためだった。出せる限りの力で、俺は辺り一帯に‘放電’した!

 いくつもの破裂音が周りで発生した。辺りが静まり返る。全て破壊できたのだろうか。
俺の放電程度の威力なら、伝わってきた電気を木の葉のベッドが遮断してくれるだろう。
住処に戻ろうか……。

 いや、待て。まだ油断は出来ない。
もしかしたら、残党がいるかもしれない。気を抜くな、まだ安全と決まったわけではないのだ。自分のために、仲間のために、神経を研ぎ澄ませ……!

 ――ザッ――
俺の聴覚が、1つの情報を捉えた。
左、後方だ! 
振り返ると同時に、電撃を放った。残る‘敵’も全て破壊してやる!

「きゃぁっ!」
声……? しまった、フラリアの足音だったのか!
俺は急いで電流を止めた。その場に膝をついたフラリアに駆け寄る。
様子を見に来てくれたのであろうフラリアを、攻撃してしまった……。知覚過敏になりすぎていたことを後悔しても、もう遅かった。

「ごめん、フラリア! 大丈夫か!?」
「……うん。 へ、い……き……?」
俺の視界から、フラリアが消えた。力が抜け、くず折れたフラリアの腕は人形のように垂れ下がり、眼は虚ろだった。
麻痺させてしまったのかもしれない。とにかく、住処に運ぼう。恐らくもう無人戦車(タンク)はいないはずだ。

 背中に乗せようとしたとき。……彼女は立ち上がった。
「大丈夫なのか……? フラリア……?」
しかし、返事はない。足はしっかりとしているが、虚ろな瞳はそのままだった。青白い光をぼんやりと発していて……。
「バロン、バロン! 来てくれ!」

「あぁ……、あ……」
何かをしようとして、ゆっくりと手を上げるフラリア。しかし、すぐにまた力が抜けてしまい、倒れそうになる。俺はフラリアを支え、やさしく横たわらせ顔を覗き込んでみた。
瞼は閉じられてい、青白い光が徐々に消えていく。
その時、俺には見えた。フラリアの身体から抜け出して空中に出て行く薄紫の光が……!
「そこに何かいるのか!」
フラリアの身体を奪っていたモノ。俺は、それを‘敵’とみなした。空に放った電撃には、手ごたえがあった。

「……電力をありがとう。でも、いきなり攻撃するなんてタチが悪いよ」
虚空から聞こえてきた無機質な声。それは頭の中で不気味に響いた。
「お前は誰だっ! 姿を現せ!」
「言いなりになるつもりはないけど。でも、お互いの姿が見えてないとお喋りしにくいよね。今見せますよーっ、と」
その声を合図に、空間の一部が歪んだ。青紫に光を放つその空間から現れたのは……オレンジ色の身体に青白い電流を纏ったポケモン。頭には突起が存在し、電流の一部を器用に動かしている。
「こんにちは。ボクはずっと見てたけど、キミらにとってははじめましてかな? キミらみたいに固有の名前は持ってないから、ロトムってよんでよね」
そういうと、ロトムはケラケラと笑い声を上げた。

「お前は何が目当てなんだ? どこにそんな力があるのかは知らないが、戦車を操ったりしやがって……!」
「だぁかぁらぁ、お前じゃなくてロトムだよ。まったく、ケモノってやつは物分りが悪くて嫌いだよ」
ロトムは電流を激しくさせ、大きな音をたてた。

「……目的を教えてもらおうか。俺達を襲い、身体を乗っ取ろうとしたことのな」
さっき呼んだバロンは、もう駆けつけてきてくれていたようだ。かがみこんでフラリアを介抱している。
ロトムは、また高く無機質な声で笑った。
「あはは。結論だけ簡潔に言うよ。……ボクは、キミ達を消すつもりなのさ」

「消す……!? 一体何がしたいんだ、言ってみやがれ!」
「へへ、簡単に自分達の秘密をバラしちゃうのは、お話の中の‘バカな悪役’だけだよ。だから、その質問には答えない。でも……あえて1つだけ教えてあげるとするなら。――今日のはまだ甘いほう
「甘いほう……だと……? 何をするつもりなんだ……!」
「1つだけって言ったもんね。もう教えない。じゃあまた明日、生きてたらね?」
また高笑いが響く。電流の形を変えて‘バイバイ’の合図を出したロトムは、身体を闇に溶け込ませるようにして消えていった。
「……! 待ちやがれっ!」
俺はロトムに飛びつこうとしたが、もう遅かった。完全に姿が見えなくなってしまったロトムの居場所を知る術は持ち合わせていない。

「あいつ……一体何なんだよ……。 何がしたいんだよ……?」
「俺達を消す……。明日、生きてたら……。奴は間違いなく黒幕だ。俺達も覚悟しなければならないな。とにかくフラリアを運んで、休もう。お前は頑張った。俺が見張りをするから、後はゆっくり休んでくれ。 ……成長したな、レイヴ」

 バロンの言葉も、あまり耳に入っていなかった。
俺達を消す……。確かに、奴は無人戦車をけしかけてきた。なら何故俺は狙われなかったんだ?
訳のわからないことだらけだった。正常に考えることが出来ない……。
しかし、その頭の中で1つだけ考えられたことがあった。

――俺は、フラリアを護る、と。



 朝が、来た。
いつもと変わらない朝。しかし無惨に転がる大量のスクラップが、昨日の出来事が全て本当だったことを物語っている。

「……なぁ、どうする? 予定通りにするか?」
「不用意に歩き回るのは危険だ。奴が何を仕掛けてくるか分からない、様子を見よう。……無駄に体力を使わないためにも、な」
バロンが身じろぎもせずに応えた。俺と同じ事を考えていたらしく、返事は早かった。

 夜になるのを、ただひたすら待った。仲間と一言も話さず、無為な時間を過ごした。何をしていたかもあまり覚えていない。しかし、思っていたほど、苦痛ではなかった。
来るべき戦いのことを考えることのほうが、もっと苦痛だった。
ずっと悲しい表情をしているフラリアを見るほうが、もっと苦痛だった。

 夜が、来た。



「さぁ……来いよ……。俺は、負けねぇ。この世界を再生するまでは……!」
住処の壁に背をつけ、背後をとられないようにする。バロンも隣に並んだ。
俺はいつ、どこからくるかも分からない攻撃に備え、視覚と聴覚を研ぎ澄ませた。

 空を切る音が微かに聞こえた。正面から、1つの物体が近づいてくる。‘それ’は瞬く間にこちらに接近してきた。
「バロン、避けろ! かなり速いから、気をつけろ!」
猛烈な勢いを味方につけて、‘それ’は突進してくる。考えている隙もないうちに目の前に迫ってきていた‘それ’に対し、俺は横っ飛びで身をかわした。
高らかな金属音が響き、‘それ’は住処の鉄壁に突き刺さる。パチパチと音を立て、少し遅れて焦げ臭いにおいが漂った。

「ウソ……だろ……?」
壁に突き刺さったもの――俺達の命を奪うべくして飛来してきた‘それ’は、金属性の鋭利な刃を持っていた。
ナイフ。……簡単に俺達の命を奪っていくことができる、‘凶器’だ。
「おい……何だよ、これ! シャレになんねぇよ!」
「落ち着け、レイヴ! 危険なものなら、尚更集中するんだ! ……さぁ、まだ敵の数は多いぞ……」
見ると、第一機が放たれてきた方向には、怪しい光を放つ‘凶器’が無数に浮遊している。
全弾、こちらに照準を合わせていた。
「スピアーの大群よりも性質が悪いな……。レイヴ、少し下がれ。全て洗い流す」
「待て、さっきの‘弾’は、電気を帯びていた! 下手したら、電流が身体に流れ込んじまうぞ!」
「そんなことを恐れている場合ではないと判断した!」
バロンが‘敵’の方向を見据える。彼の翼が空を横切るように走ったとき、大地が唸りをあげ、次の瞬間……バロンの足元には荒れ狂う波が現れていた。

 目の前に大波が出来ようと、進路を変えることもせずにただ突っ込んでくる‘弾’。知性の無い鉄の塊は、バロンの波乗りに飲み込まれ、再び鉄くずと化した。役目を終えた大水は消滅していく。
かなりの量の弾を打ち落とすことができたが、俺達への攻撃は止まらなかった。
「まだ残ってるのかよ!? 一体、どれだけのナイフがあるんだ!?」
「あれは恐らく、家庭で使われていたようなナイフだ。残骸の山から出てきたものだろう。だとすれば……まだ1万分の1にも達していない程度だろう……」
……俺も、バロンと同じくらい冷静な精神力が欲しい。とにかく、俺も応戦しなければ。

 襲ってくるナイフを、一部は避け一部は打ち落とす。しかし、数は減るどころか増えているようだった。電撃を放つことになるため、バロンとは距離をとっている。

 やはり、この‘敵’たちは俺を殺す気はないように感じられる。狙ってくるナイフは、全て俺の四肢を目掛けている。手負いにしたいだけのようだ。一体何故だ……、その雑念が頭をよぎってしまった時。1本の閃光が俺の後脚をかすめた。
「いっ……! つ、つ……」
焼け付くような痛みが走る。直撃ではなかったものの、かなりの機動力を奪われてしまった。たった1つの傷がこれほどまでに体力を奪うとは。

 そう。俺は、今度は別の雑念に囚われてしまっていたのだ。

 顔を上げたときにはもう遅かった。俺の前脚の付け根を狙って飛来してきたナイフに対処が遅れてしまった。
身ごなしの要である前脚を失ってしまっては、あとはエサになるだけ。俺はここまでか――全てを諦めて、目を閉じた。

 カァン。
俺の頭に届いたその音。いつまでたっても、来るはずの痛みがこない。俺は、もう一度視覚を蘇らせた。

 ――フラリアだった。
拳をかたく握り締め、俺の前に立っていた。その顔からは涙がこぼれていて――。
「私だって、戦えるもん……。私だけ待ってるのなんて、嫌だよ! レイヴが倒れるのなんて、見たくない……!」
フラリアは、自分目掛けて向かってきた‘弾’を、頭のツノで叩き落す。さっきと全く同じ音が響いた。

 彼女は自分達の未来のために戦っている。
――俺は、なんて事を。
フラリアを護ると決めたのに。必ずこの世界をもとの美しい世界に戻すと決めたのに。
たとえ短い間であろうとも、諦めてしまった。フラリアとの約束を。自分自身との約束を……!
まだ戦える! 諦めるな、レイヴ!

「フラリア、ありがとう! もう大丈夫だ、少し下がっていてくれ」
きっと、打開策がある。バロンのように冷静に探せば、見つかるはずだ。
次に飛来してくる‘弾’を観察する。もっとよく見ろ……。
その‘弾’の群れのなかに、一際異彩を放つものがあった。青白い光に包まれ、怪しく輝いている。それは、昨日までに見てきたものと同じ光だった。
あいつだ……!

 狙いの‘弾’がある群れは、こちらに向かっている。打ち落とすのはあの1つだけでいい。ならば……!
「フラリア、悪いが、少しの間だけ身を護ってくれ! うぉぉぉおおお!」
俺はまだ痛みの消えない後脚に鞭打ち、襲い来る無数の‘弾’の中に突貫した。

 俺を目掛けていた‘弾’は、俺の予想外の行動に対応できず、勢いを失っていった。いくつかは急降下して攻撃を浴びせかけてくるが、それにも怯まず一心不乱に走り続けた。
狙いのものが近づいてくる。それさえもが俺を止めようと切りかかってきた。俺は地面に転がっているナイフの1本をつかみ、投げつける。

 大きな音が響く。青白い光を放つそれは、一瞬動きを止めた。俺はそれを見逃さない。すかさず、最大出力の電撃を打ち込んだ。
高電圧に耐え切れず、そのナイフのまわりに爆発が起こった。
それによって、他の全ての‘弾’の動きが止まった。

「はぁ、はぁ……」
重力によって落下したナイフが音を立てる。その響きがなくなると、俺の荒い息遣いだけが鮮明に聞こえるようになった。

「……でてこいよ。いるんだろ?」
俺は虚空に向かって言った。またあの時と同じように、空間が捻じ曲がる。そして、見覚えのある姿が眼に映った。
「ちぇっ、しぶといやつ。やっぱりこの程度じゃダメだったかなぁ」
電流の形を変えて、バチバチと音をさせている。怒りの感情が見えた。
一番怒っているのは誰だか分かっているのか……!

「教えろ。お前……お前、俺を殺す気がないみたいだな? なら、何がしたいんだよ? ただの戦争ごっこだとは言わせねぇぞ」
「だから言ったじゃん、君たちを消すって。……まぁ確かに、キミの思っている通り――ボクはキミだけは生かしておくつもりでいるんだ。大切な‘協力者’だからね。真に消したいのはただ1人、……そこのクチートだから」
「誰も渡させねぇぞ……。先に俺を倒さないと、な。ふざけやがって……!」

「1つ聞く。答えろ。レイヴとフラリアが初めて出会った日――10日ほど前だ。その時、レイヴは青白い光を放ち、記憶がないという。 ……お前の仕業だろう? なぜ、その時フラリアを助けるような真似をした? お前の目的はフラリアを消す、といったはずだ」
バロンは大きな翼を広げてフラリアの前に仁王立ちしている。フラリアは渡さない――俺と同じ強い思いが滲み出ていた。
「ご名答。あの場にいなかったのに、よくボクがやったって分かったね。なんだか嬉しいから、教えてあげようかな」
ロトムは、耳障りな音をたてながらケラケラと笑った。

「最初の時には、……レイヴ、キミの力が弱すぎた。使い物にならなかったんだ。それに、まだ必要な電力がなかった。フラリアを生かしておくしかなかったんだよ。
そして昨日は、ハプニングなんだろうけど、フラリアに電気がとおった……。もう条件は揃っていた。いけると思ったんだけどな。今度はキミが強くなりすぎていた。もっと電気の扱いが下手なものだとみていたのに。あんなに早く電力を調整できるようになってたとは、驚いたね。結局、ダメだった。不都合の塊だよ、キミは」
怪しい笑みを消すことなく、ロトムは話し続けた。
まだ必要な電力がなかった? フラリアを生かしておくしかなかった?
俺の頭は、打ち明けられる事実についていくことが困難だった。
「フラリアが生きていることと、電力……。一体何が関係してるって言うんだよ」

 ロトムは、今までで最も高く大きな声を上げて笑った。
「キミたち、ほんっとに何も知らないんだね。いつもいろんな話を闇の中で聞いていたボクが知りすぎているのかもしれないけど。あぁ、おかしい」
しばらくの間、ロトムは空中で笑い転げていた。息を1つ大きく吐いて、また話を始めた。
「……フラリアは、生命をすぐに成長させる力を持っているね。そして、フロルの大樹は生命をすぐに成長させる力を失っている。フラリアとフロル……名前だけ見ても、何か関係があると思わないかい?」
「……何が言いたい?」

「有り得ないんだよ。ここにあった国の王は、フロルの大樹を機械化させた。生命を発達させる大きな力を、電気を送り出すことに利用したんだ。でも、もしそうだとしたら元々あった能力は何処に行ったんだい? 能力がなくなっているなら、あの大樹は枯れてしまっていてもおかしくない。どうしてこんなことが起こってしまっていると思う? ……今も、その能力の源――フロルの(コア)がどこかで生きているからさ」

ロトムはここでまた笑い声をあげた。
俺の頭が真っ白に染まってゆく。まさか……そんな、バカな……! 

「殺さずに、(コア)だけをすり替えた。生命のための力なんかではない、人を殺すために使われる電気を放出するようにね! ……まだ(コア)は生きている。もちろん能力は消えていないままにね。さぁ、それは何処にあるんでしょう?」

 フラリアが崩れ落ちた。表情からは生気が抜けてしまっていた。
俺達は誰1人、身動きができなかった。

「もうみんな分かったよね! そうだよ、フロルの(コア)は、フラリアの中さ! (コア)を抜き取り、代わりに機械を埋め込んだんだ。 大樹が放電する度に、頭が痛まなかったかい? それが、フロルの(コア)が力を使おうとしている証拠さ! 戦争のためだけに、自分の娘を改造ポケモンにしたんだよ、ジノン国の王様はね! 愛すべき存在であるはずの娘さえも道具にしか見えていなかったんだ。ケモノっていうのは、愚かだと思わないかい? 生命を護る神の樹が存在しているのにも関わらず、命を何ともおもっちゃいない。挙句の果てに戦争を起こして自分達の身を滅ぼすんだから。やっぱり機械が一番だね。生命の力は邪魔そのもの。鋼の物質は扱いやすいよ。ちょっと電気与えてやれば意のままになるんだから。従順な部下だよ……。それに比べて、ケモノは扱いづらくて仕方がないよ。レイヴ、キミだって、さっき言ったみたいな不都合を起こすんだから」

 俺達の表情を見て、ロトムは優越感に浸っているようだった。

「まぁ、今更ケモノの話なんてどうでもいいさ。フロルの大樹が、生命の力を失った。さらには、ボクらの味方である電気を放つようになった。世界には機械や鉄くずが増え、ボクが天下の世界が到来したんだ! 唯一の支障は、キミ達がフラリアに授けられた生命の力の存在に気付いてしまったこと。あろうことか世界を元に戻そうとしたキミ達は、ボクの‘敵’なんだよ。 フロルの(コア)――フラリアが生きている限り、大樹は電気を放つ。だからしばらくの間フラリアを生かしておいたけれど、ついこの間の放電で十分な電気が手に入った。もう不要なんだよ。キミ達がボクの目的の妨げになる前に、消しておくんだ」

 勢いまかせに全てを語ったロトムは、無機質な声をますますかすれさせてしまい、咳のような音をたてた。

「……少し喋りすぎたね。ボクは、お話の世界だけの‘バカな悪役’になっちゃったかも……。なら、キミたちの努力も願いも決心も、全てお話の世界にしてあげるよ。語られることはないけどね! 明日で終わらせるさ、全てを、きっと……」

 ロトムは最後に高笑いを残し、闇の中に消えていく。俺達は、その姿が消えてからも、身体を動かすことができなかった。

 気がつくと、雨が身体を濡らしていた。
生命への恵みの雨。今の俺達はそう認識することができなかった。



 住処の中の空気は最悪だった。夜毎に襲い来る脅威によって連日眠れぬ日が続き、3人は完全に疲弊しきっていた。真実を全て知らされ、まだ心の整理がついていないこともあり、精神のほうも疲れきってしまっている。
まだ太陽が昇ってこそいないが、もうすぐ眠れないまま夜が明けようとしている。
――明日で、終わらせる――
その言葉だけが、それぞれの記憶の中に残っていた。

 その時、とうとうフラリアは今まで溜めていたものが爆発してしまった。
「もう……いや……、嫌だよ……! もう耐えられない! どうしてこんな目に遭うの!?」
「フラリア……」
「こんな世界、もうたくさん! 無理だよ……、私たち、死んじゃう……。どうして、どうして……」
嗚咽をもらし、何度もむせ返りながらも必死に叫ぶ。なんとか息を吸い、次の言葉を発した。

「――みんなが巻き込まれるの!?」
「えっ……? フラリア……?」
「ロトム、いるんでしょ!? 出てきてよ! 邪魔なのは私だけなんでしょ、フロルの力を持つ私が! だったら、私だけを殺して! 2人は関係ない! 関係ないよ! お願い、だから……どうか、レイヴとバロンだけは……」
「フラリア、そんなことを言わないでくれ! 頼む、フラリア……やめてくれ……。どうして、そんなことを言うんだよ……。」
嘆き、叫び、泣き崩れたフラリア。レイヴとバロンは、彼女のそばに駆け寄った。

「来ないで! もう、いいの……。私だけが死ねば、きっと平和に、なるから。だから、2人、だけでも、生きて……」
「やめろ! それ以上言うな! 何でだよ、どうしてだよ! 俺達、きっと世界を元に戻すって誓ったじゃないかよ……。みんな一緒に、美しい世界で過ごすって誓ったじゃないかよ! 昨日それを思い出させてくれたのはフラリアなんだ! そのおかげで、俺は頑張れた! どうして、フラリアがそんなこと言うんだよ……。また、笑顔を見せてくれよ……。俺、頑張るから……」
「フラリア……辛いのはよく分かる。俺も、フラリアやレイヴがいなかったなら、今日までこれていなかったかもしれない。3人いるからこそ、俺達は頑張れる。フラリアが俺達のことを大切に想ってくれているのと同じくらい、俺もレイヴも、お前のことが大切なんだ。だからどうか、自分を犠牲にするようなことは言わないでくれ……」

 3人の眼からは、涙が止め処なく溢れていた。お互いに声をかけ、励ましあう。それでも、フラリアの心の傷は大きすぎた。
「でも……、私、耐え切れないの……。みんなが傷つくのを見るのが、とても辛いの……。この世界はもうダメ。私たちが傷つくことしかないから……。ボロボロになってしまってる。戻しようがないんだよ……」
絶望の淵に追いやられてしまったフラリアは、どんな言葉も聞き入れられないくらいに弱っている。言葉は通じない。そこで……レイヴが動いた。

 ――フラリアを抱きしめた。力一杯、か細い身体を抱きしめた。
「3人なら……悲しみは3分の1にできるだろ……? 1人で背負い込まなくていいんだ。俺達はいつも一緒だから……。ずっと一緒にいてやるから……」
すすり泣きの声だけが残る。フラリアは、レイヴの胸の中で泣き続けていた。
レイヴも、自分自身の涙を止められずに、泣き続けた。

「……確かに、この世界はボロボロかもしれない。でも……それでも、まだ」
バロンが静かに口を開いた。雨は降り続けているが、外は徐々に明るみ始めている。

「――朝陽は、昇るんだ」

 


 再び夜が訪れた。
未だ止まぬ豪雨。その中に3人は立っていた。
雨がふる。風も吹く。太陽が昇り、月も昇る。この世界は、まだ生命が生きる星としての機能を失ってはいない。まだ、可能性はある。
レイヴ、バロン、フラリア。お互いを励ましあい、気持ちを奮い立たせてきた。
負けない。絶対にこの世界を変える。その想いを3人で共有していた。
幾度も挫けそうになった。しかし、それを支えあってきた。それぞれは、破ることの出来ないかたい絆で結ばれていた。

「おい、出てきやがれ! 俺が相手だ、姿を現せぇっ!」
ライボルトが叫ぶ。
「貴様の好きにはさせん! 必ず、止めてみせる!」
エンペルトが叫ぶ。
「この力は私に授けられた……。それが私の運命なら、この世界を救うことも運命だったの! あなたには負けない!」
クチートが叫ぶ。

 時間は、唐突に訪れた。
光は、現れると同時に――レイヴの身体の中に吸い込まれるようにして入っていった。
「なっ……!?」
「レイヴ!」
レイヴの身体からは、青白い光が放たれるようになる。間違いなく、フラリアが初めて会った時のレイヴの姿だった。

 身体を奪われたレイヴは、バロンとフラリアの方に向き直り、電気の力を集め始めた。
「てめぇ、このやろう、何を……!」
レイヴは残っている理性で必死に抵抗した。その時レイヴの頭の中で、いつもの無機質な声が響いた。

(昨日、言ったろ? キミは‘協力者’だって。キミのお仲間、鋼の身体を持つ2人には、ただ武器を操って攻撃するだけじゃ通らない。だけどね、キミの力なら可能なんだ。しかもいいことに、ボクは電気を帯びたものには入り込めるんだよ。無人戦車(タンク)もそう、電気タイプならケモノだってね。……キミの事だよ、キミ。
はじめて操ったときは、キミの電力があまりに弱かったから果たせなかったことが、いまならできる。バロンには致死のダメージ、フラリアには電流を浴びせた後の身体に入り込んで、谷底にでも落として脱出すればいいかな。あ、キミは生かしておいてあげてもいいよ? フラリアが死んで放電しなくなる役立たずの代わりに電力を供給してもらえるしね。
ということで身体、借りるよ。……みんなで頑張ったみたいだけど、これで終わり。じゃあねっ)

「フラリア、まずい! 隠れろ!」
レイヴはバロンとフラリアに向けて、電撃を放つ。
バロンはフラリアを護るために立ち、目を閉じて死を覚悟した。

「ま、待てよ……糞野郎がぁぁああーーっ!」
レイヴは向きを変え、電撃をあらぬ方向へ放った。
「何……!? 精神を支配しきれないだって!?」
「てめぇの、好きなようには、させねぇ……。世界のために……!」
「いつの間にこれほどの人格になったんだ、こいつは!」
レイヴは、ロトムに乗り移られるのを必死で阻止した。フラリアのため、バロンのため。その想う力に、ロトムは打ち勝てなかった。

「くそっ、思う様に動けない! 一旦抜ける!」
ロトムはこのままではうまくいかないと考え、一度レイヴの身体から抜け出そうと試みた。
しかし、その時……ロトムの身体は何かに抑えつけられ、失敗に終わる。
「何故だ!? 出られない! どういうことだ!」
「放すかぁ……!」
レイヴの精神力だった。理性を奪われないうちに、自分の身体の中から出られないように、必死に抑えつける。

「このまま放してたまるかよ……! お前を……道連れだっ……!」
「……何だって! くっ、出せ、出せっ!」
レイヴは出せる力を全て使い、ロトムを封じ込める。そして、ゆっくりと前脚(うで)を動かし、1本のナイフを掴み取った。

「……レイヴ! お前……まさか!」
バロンは事態を察し、叫んだ。それでも、レイヴの前脚(うで)の動きは止まらない。
決死の思いで持ち上げた手を、自分自身に振り下ろした!
「きゃぁぁっ! レイヴ!」
フラリアは反射的に叫んだ。レイヴが死ぬはずはない、……そう思っていても、声を出さないわけにはいかなかった。
「やめろっ、ボクを出せっ!」

 一瞬の沈黙。……レイヴの腕は、身体の上、空中で静止していた。
「……くそっ、ちくしょう……。俺、嫌だよ……。まだ死にたくない……。みんなと一緒にいたい……。死にたくねぇよ……!」
レイヴは静かに言った。零れ落ちる涙は雨に流され、分からなくなる。
頭の中を巡る記憶たち。それが、レイヴの行動に歯止めをかけてしまう。……レイヴは、自分が死ぬことを受け止めるにはまだ幼すぎた。

「……ハッ、なんだ、やっぱりまだ精神は成長しきっていなかったんだな! 今ならいける、今度こそ身体をよこせ!」
レイヴの魂は弱ってしまった。隙のできた心を再び奪おうと、ロトムは力を出す。
「ぐっ……! う、あぁぁ……!」
「なかなかにしぶとかったけど、もう終わらせるよ。キミはよく頑張ったけど……ね……?」
しかし。またしても、ロトムの企みは失敗してしまう。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 俺はっ、必ず世界を変えると誓った! 俺は約束を果たす! フラリアと、バロンと、そして俺自身と結んだ約束を! だから、俺は……バロンとフラリアを護る! 命に代えてでも! 俺は……今までの弱い俺とは違う! 変わったんだ! 俺を……なめるなぁぁああ!」
萎えかけてしまっていた闘志。しかし、護るべきもののために、レイヴは今一度立ち上がったのだ。
強靭な精神力を呼び戻し、また……前脚(うで)を持ち上げた。

「2人共、あとは任せたぜ……。必ず、世界を変えてくれよ……」
レイヴは、高々と前脚(うで)を上げる。そこには、銀光りするナイフがしっかと握られていた。

 ナイフの刃先を自らの首に向け――勢いよく突き立てた。

 肉を切り裂き、貫いた音が、雨音に混じって聞こえた。
レイヴの身体を形容し難いほどの激痛が襲う。首筋からは鮮やかな赤をした液体が噴出しているのがわかった。止め処なく流れ出る命の水は、激しい雨に流されていく。
呼吸が出来ない。意識が急激に薄れていくが、それでもレイヴは必死にロトムを抑えつけた。自分の中で、もう1つの命が苦しんでいるのが伝わってきた。寄生している身体に危機が迫れば、本体も深手を負う。だから、必死にロトムを逃がさないようにした。

目の前が緋色に染まる。身体が動かせない。痛みも分からなくなってきた。意識が落ちる直前に、レイヴは最後の力で呟いた。

――フラリア、愛してる――



「くっ……、くそっ……!」
無残に倒れたレイヴの身体。血流は弱まりただ雨で流されるだけで、表情には生気が感じられなくなってしまった。もう、結果は明らかだった。
バロンは、咄嗟にフラリアの目を翼で覆い隠した。それが、2人の友を想うエンペルトのできる最善だった。

 その時、足元から弱った声が聞こえた。
「ギギ……ま、まだ……。雷が、ここに落ちれば……力が、戻る……」
母体が息絶えてしまったため、大きなダメージを受けたロトムだった。死の直前に抜け出したらしく、命だけは助かっていた。
体の電流はもうほとんどなくなってしまっており、姿が薄い。体を動かすことができず、ただ横たわっている。
「残る力で……あの雷を、ここに呼ぶ……。ボ、ボクに、力を……」

 空が唸りをあげている。溜まりに溜まった力を地上に放とうと、巨大な雲が渦を巻いていた。それはロトムの方へ少しづつ、少しづつ吸い寄せられているようだった。雷を落とすまで、もうほとんど時間が残されていない。

 その時、バロンが動いた!
「わが相棒、レイヴが託したものを無駄にはしない! 貴様の思い通りにさせてたまるものか!」
バロンは、フロルの大樹の放電を避けるために上った木に再び上る。そして、自らのツノを上空に突き出した。豪雨が身に打ち付けられ、暗雲が渦巻く闇の中では、黄金の輝きを見せることはできない、しかし、まだ使い道は残されていた。

「神よ、大空よ! 荒れ狂うその力、私が受け止めよう! この寂れた世界への不満を、全て放ちたまえ!」
バロンは出せる限りの大声で天に叫び、高々とツノを突き出す。そして1呼吸置いてから、今度は地に向かって叫んだ。

「フラリア、後は任せた! 辛いだろうが……生きろ! 俺達の分まで! 必ず生きて……俺達の望みを叶えてくれ!」


 その時、凄まじい轟音と共に、1本の光の矢が降ってきた。

終章 


 風で、木の葉がさらさらとそよぐ。優しい光が漏れ、私の体を包んだ。
目の前に広がっているのは、命の輝きを放つ樹木達。そう、ここは大自然に溢れていた。

 鉄くずは、見つける度に運び集めた。世界再生のために、様々な場所を回る。金属は1箇所に山をなし、たたずんでいる。私の体がするには重労働だが、私は1人ではない。
歩みを進めると、目指す場所が近づいてきた。

 鉄の積まれた景色は消え、再び緑のアーチが私を歓迎してくれる場所にたどり着く。私がみんなと過ごしていた場所だった。私は、そこの裏手に回る。

 2つならんだ、小さな十字架が立てられている。木の枝を利用しただけの小さなものだが、ここだけは何であろうとも犯させたくはない。墓標に刻まれた文字は間違いなく自分のもの。
――世界を救うために命を捧げた2人の英雄の墓だった。

 2人の最期は、私の目に焼きついていた。焼き付けたのだ。例え私を傷つけないために目を覆おうとした存在があっても、私は最期を見届けねばならなかった。
身を切り裂いてまで魔の手を打ち砕こうとした者。
体を避雷針にしてまで魔の手の暴走を止めたもの。
どちらも、かけがえのないものだった。だから、私はその意志を継がねばならない。

 気付けば、涙が零れ落ちていた。私、頑張るから。今だけは、1人の女の子でいさせて――

 もう、しばらくここに戻ることは出来ない。世界を蘇らせるためには、遠方へも赴かないといけないから。
2人の魂は、いつまでも一緒。だから、私は負けない。
小鳥のさえずりは聞こえないけれど。――風と木の葉の音がする。
活動する生命は見当たらないけれど。――太陽と月は、姿を現す。
いつか、それらの生物も蘇ることを祈りながら、私は世界を回る。惨劇の舞台となってしまった鋼の季節が、真の終わりを告げるまで。

 どうか、力を貸して。

 心の中に宿るフロルに一礼をして、思い出の場所を離れる。
私は、託された大きなもののために1歩を踏み出した。


 風が、1つの体を優しくなでていった。

Fin



~後書き~

 かなりギリギリになってしまいましたが、何とか終了です。拝読いただき、ありがとうございました。

 自分でも、書いている途中に困りました。薄っぺらい描写しかできず、他の表現もできないまま話が進行してしまうことが多々あったことにです。
地味に悩まされたのは、漢数字と算用数字の使い分け。一応、他の数字に置き換えても普通に成り立つ言葉は算用……という風に使い分けましたが、やはり間違っているところがありそうで心配です。

 現在は体力の問題もあるので、内容についての語りは後日ということにさせていただきます……。

 他の大会参加作品と比べると明らかに駄文ですが、精一杯頑張りましたので、よければ清き1票をお願いいたします。


 さて、ダメ作者コミカルの仮面が剥がれたわけですが。
もともと書いてた小説の執筆を蹴ってまで書き上げたのがこの程度のもの……。
何はともあれ、2票も頂けたことが本当に驚きです。ありがとうございました。
この場で、投票コメントに返事をさせていただきます。

 かなり深いですね・・・ (2010/03/22(月) 19:04)
ありがとうございます。僕の表現自体はかなり浅いものなので、嬉しい限りです。

 悲しい…しかし、何があっても崩れない三人の愛に感動しました。(2010/04/04(日) 20:02)
ありがとうございます。暗い世界観の分、絆や愛には出来るだけ重点を置いて少しでも希望が見えるように努めたので、評価していただけて嬉しいです。

 票を投じてくださったお二方、ありがとうございました。


コメントはありません。 Comments/鋼の季節〜機械仕掛けの冥府〜 ?

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Last-modified: 2010-04-05 (月) 00:00:00
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