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逆境のソル 第五話~第七話

/逆境のソル 第五話~第七話

第5話・鈍色の刺客 


written by beita





 シンオウと呼ばれるこの辺りの地方では、何よりも存在感を示すテンガン山。
そこから南側、テンガン山と比べると高さなど無いに等しいが、海面からの標高からすると低山帯と呼ばれる地帯。
その中のとある場所。地面に生い茂る草のせいで入り口の発見が非常に困難な一つの洞窟の奥から声が聞こえてくる。



「あいつの生存が確認された」
「場所までは分かっているのか?」
二匹のポケモンが話している。立場的には話しかけた方が下だろう。
「発見された場所はノモセの南側。波で運ばれたんだろうと思う。海岸で倒れたところを人間に助けられたらしい」
ノモセとは、とある街の名前だ。シンオウの南部に位置し、街から南の方角を一望すると見渡す限り海だ。
話題になっているのはその海岸のコトだろう。
「ほぉ……。よし、ならば早速グランを現地へ向かわせろ。その後の指示は任せる」
「了解」
そう言うと立場が下だと思われる方は会話相手に背を向けてそのまま真っ直ぐ歩き始めた。
だが、“指示は任せる”と言われたこいつはグランと言う奴よりは立場が上なのだろうか。
僅かに光が差し込む洞窟の中を歩いていく。足音が良く響く。
しばらく進んで行くと、楕円状の広い空間へ辿り着いた。
その空間の中央には何やら光る石のような物が置いてあり、その光を頼りに数匹のポケモンがそれぞれ何かに取り組んでいる。
その内の一匹、グラエナに話しかける。
そのグラエナは犬とハイエナを足して二で割ったような体格に、全身に黒と灰色の体毛。口からは鋭い牙が覗いている、そんな外見だ。
「グラン。また行って来てくれ」
「ん? 今度はどこへだ?」
「この前行ってもらった街から南東の海辺、ここからならほぼ真南だろうな」
「……またあいつか。俺達も相当しつこいですね」
グランと呼ばれたグラエナはやれやれと嘆息する。
話し手は“フッ”と鼻で小さく笑うと続ける。
「まぁな。“あいつの居場所を全て失くす”のが俺達の任務だからな」
それを聞くとグランは大きく伸びをする。それから気合が入ったのだろうか、若干目つきが険しくなる。
「んじゃ、行って来ます!」
それだけ言うと一目散に駆け出す。洞窟の外、その先の標的目指して。







「おはようございます」
レイシーがジグに言う。が、ジグは布団にくるまったまま動かない。
恐らくいつものコトだろう。そんなジグに特にひるむ様子も無く、布団を掴みどけようとする。
すかさずジグが布団にしがみつく。ただ、レイシーはそこで無理矢理引っ張ろうとしない。
レイシーはすぐに布団を離し、ジグの顔の両頬を触る。そして冷気を放つ。
「ひぇぇっ!」
ジグの体が寝たまま跳ねる。
「とわった。分かったっ! とりあえず手を離してくれっ」
ジグはレイシーの前脚を掴み頬からそっと降ろしジグ自身も布団から出る。
それからレイシーを見て、レイシーの向こう側を見る。少し間を置いて言う。
「ソルは起きてないのか?」
「はい。彼もまだ疲れていると思いますし、ゆっくり寝かせてあげましょうよ」
まぁ、無理も無いか。一昨日は脚が動かなくなるまで走り回り、昨日もジグ達から逃げようと無理矢理体を動かすし。
むしろ、今日は安静にしていてもらわないと命に関わってきそうだ。
と、寝起きの頭でぼんやりと思考を巡らせた。
「……そうだな。さて、なら散歩に行くか」
散歩はもはやジグとレイシーの日課となっている。一日の始まり、朝には毎日一人と一匹で散歩をしている。
昨日もこの時にソルを見つけたのだ。以前から時々海岸には何かと流れ着いていた。
破損はしていても高価そうな物、瓶に入った手紙。モンスターボールを含み球技のボール等。
ただ、ポケモンが流れてきたのは初めてだった。流石に少し戸惑うものがあった。
まぁ、そんなコト人生最初で最後だろうな。と、ジグは貴重な体験程度でしか思っていなかった。
今日も何か流れて来ないかな。
こうやって微妙に期待させるので、ジグもレイシーも毎日の散歩に別の楽しみも覚えている。
そしていつも通り、雑談を繰り広げながら海岸を歩き始めた。
家は海岸から百メートルあるか無いかって位の近所であり、散歩の距離としても非常に良い。
「今日はありませんでしたね」
海岸線をしばらく歩き、レイシーが呟いた。
「まぁ、二日連続なんてそうそう無いだろうな」
海岸で何かを見つける頻度としては平均すると週一ぐらいになるだろう。
一人と一匹はその場でUターンし、自分達が残してきた足跡を辿り始めた。







「ん……あぁ」
ソルが目覚めたのはジグとレイシーが散歩に出た直後だった。
家の中は驚くほど静かで、日曜日だったらいつまでも寝ていられそうだ。
家の外からは聞き覚えのある声が二つ。ジグとレイシーだ。どこに出かけて行ったのだろう……。
声の大きさからして、まだそんなに遠くまでは行っていないようだ。
ソルは家に自分しかいないコトを確認しつつ、次に考えるコトは一つ。
「今の内に……逃げよう」
そう決心し、ソルはベッドから降りようと試みる。脚はまだまだ痛むが昨日と比べると少しはマシだろうか。
やっとの思いでベッドから降り、脚を引きずりながらも家から出ようとする。
玄関の扉まで十メートル程しか無いだろうが、既に二,三分かけている。
まぁ、外出して五分やそこらの時間で帰ってくるハズは無いだろう。勝手な推測で大丈夫と判断し、外へ出る。
玄関から出た直後。外の予想外の眩しさに思わず目を瞑った。
ソルの目の前、その向こうには延々と拡がる海。海岸の砂は白くて光を良く跳ね返すせいで、まともに直視出来たものじゃない。
一時的に視力を失いつつも、海岸の反対側、後ろを向きどのような場所かを確認する。
どうやらこの家は完全に孤立しているようだ。家を中心とした円を描くように芝が程よい長さで整えられている。
あるラインを超えると草は伸び放題だし、木々も好き勝手に育っている。
この家の周辺と海岸とのハッキリと分かれた環境にとてつもない違和感を感じる。
唯一、家の海側の芝エリア先の砂浜へ続く石段がこの二つの環境をつないでいる。
と、あまりに予想外だった外の世界をある意味で満喫していると、次第に視力も戻る。
そして、ジグとレイシーの姿を確認する。
一応警戒しながら、傷ついた脚でとりあえず、家の反対側へ回ろうとし始める。
それからひたすら前進。芝のエリアを突破すれば、草は背丈近く伸びているし、木々も茂っている。身を隠すには十分だ。
ずっと海岸に背を向けていて、この行動が知られていないか気にもなったりするが、とりあえず、前へ進むコト。それだけに集中する。
何分かかったかは分からないが、無事に背丈程の草むらに身を隠すコトまでは達成できた。
痛む脚を無理矢理動かすのには痛みをこらえる精神力も必要で、精神的にもかなりの疲労となった。
ソルは草むらの中で身を縮めて一休みを始めた。
しばらく特に何を考える訳でも無くボーッとしていた。



不意に。
声、と言うか悲鳴が聞こえた。家の玄関辺りだろうか。



 ジグとレイシーが既に家へと直進している時だった。
一匹、レイシーともソルとも違う黒と灰色の体毛を持つグラエナ、グランがそこにはいた。
グランはソルとは離れた草むらの中に身を隠して一人と一匹の様子を伺っていた。
グランの隠れている位置は家よりは海側であり、玄関の前に玄関の方を向いて立っている者に対しては背後をとれるような位置である。
要するにジグとレイシーは家に入る直前にはグランに背を向けるコトになる。
「標的は……あいつらねぇ」
ウズウズしているのか体が小刻みに動いている。
黒と灰色の体をも目立たなくさせる長くて相当な量の草。ジグとレイシーは全くその存在に気付かず、家へと入ろうとする。

そこだ!

グランは一気に踏み切ってレイシーに背後から襲い掛かった。




第6話・弁柄色の捜索 


「きゃあぁぁっ!」
ソルが聞いた声はレイシーの悲鳴だ。
レイシーは背後から襲いかかって来たグランに押さえつけられている。
右前脚はレイシーの肩の辺りを押さえ、左前脚の爪は首元に突きつけている。
その姿勢のまま、驚いているジグの方を睨みつける。
……いや、そこまで驚いては居なかった。
確かにジグはいきなりの出来事に多少驚いてはいたが、決してうろたえてる様では無さそうだ。
レイシーも、いきなり襲われて悲鳴をあげてしまった割には、相手の様子を伺う素振りを見せており、どこか余裕が感じられる。
幸い押さえつけられているだけなので、現段階でレイシーに外傷は見当たらない。
ただ、暴れればどうなるか、それはグランの爪が語っている。







 ソルは再び歩き始めた。それも早足で。
今、ソルの中では複雑な感情が衝突し合っていた。
ソルはグランの姿を確認はしていないが、以前、村が襲われた件と関連があるコトには感づいていた。
本当に僕って疫病神なのかな……とか考えていた。
ソルを助けたコトが原因でレイシーが危険な目に遭ってしまったのだ。
ジグがどうなってるかは分からないが、もしかしたらジグも被害者……?
僕なんかを助けたせいで……。そんな罪悪感がソルを襲い、その足取りを早めさせた。
昨日出会ったばかりのポケモンを助けに行こうと思えるほど僕はお人良しじゃないし、そもそも体がこんな状態だよ。
……そう、こんな僕が助けに行ったって何も出来るハズ無いよ。
ソルの脳内では決してレイシーを見殺しにしようとは思っていない。が、ソルの臆病な性格がソルを逃亡へと導いた。
だからこそソルは早足で、一秒でも早く、一センチでも遠くへ行きたかった。
さっきの数倍の痛みが襲うが、心の痛みと比べると気にならない。むしろ、心の痛みを和らげるためには丁度いい。
痛みを堪え、目を見開き、歯を食いしばり、ソルは歩き続けた。







 ジグはとグランが睨み合った状態で少しも動かない。
もうこの状態が一分近く続いている。レイシーはすっかり落ち着いている。
「噂は本当だったようだな」
不意にジグが呟く。グランはジグの言葉を発したコト自体には反応を示すが、意味は読み取れていない。
また、それを機にグランはジグに飛びかかろうとした。
……が、その直後にグランはつるりと脚を滑らせて転倒する。戸惑いながら地面を見ると、地面に氷が張ってある。
不様な格好を思い切りさらけ出したグランからの束縛を脱したレイシーは、すい、と立ち上がった。
「あなたがジグさんと睨み合いしている間に地面を凍らせておきました」
レイシーは言う。起き上がり、体勢を立て直しながらグランはそれに反応する。
「ちぃ……そうかい」
グランは何より相手の精神的な落ち着きに驚いている。不意に背後から襲ったのに、取り乱すコト無く、状況にふさわしい行動をとる。
だからグランは何となく察した。“こいつ、中々の出来るヤツだ”と。
とは言え、このまま引き下がれるハズも無く、どうやってレイシーに攻撃を仕掛けられるかを考え始めた。
レイシーの半径約一メートル周囲の地面には氷が張られており、走って近づくコトは困難だ。
と、なるとレイシーに攻撃するなら上からしかない。
グランは一歩、二歩と後ろに下がる。レイシーを睨みつけて。
それから一気に走り始める。氷の一歩手前で大きく跳躍した。
その直後。レイシーは瞬時にバレーボールぐらいの氷の塊を作り出し、空中のグラン目掛けて放った。
空中で助走の勢いを抑えられるハズ無く、回避などもっての他のグランは氷の塊を顔面で受け取った。
衝撃でバランスを崩し、結局グランは再び氷の上でひっくり返るコトとなった。
そこでジグはレイシーに言う。
「今から言うコト、こいつに言ってやってくれ」
それからレイシーはグランに言う。
「今から彼の言うコトを私が言いますので、聞いて下さい。起き上がると攻撃しますよ」
軽く脅しも込みでレイシーは通訳体制に入った。
それからジグは話し始める。レイシーがそれに続いて口を開く。



「隣の街で“一匹のアブソルが村を滅ぼした”ってニュースを聞いている。時期的にもソルがそのアブソルと見て間違いないだろう」
「隣の街で“一匹のアブソルが村を滅ぼした”と言うニュースを聞きました。時期的にソルくんがそのアブソルと判断しても問題無いでしょう」
「だが、一つ違った。ソルは村を滅ぼしてなどいない。……となると村を滅ぼしたのは他の誰か? 事件の大きさから複数いるだろうな」
「しかし、一つ違いました。ソルくんは村を滅ぼすようなコトをしません。つまり、村を滅ぼしたのは他の誰かと言うコトになります。それも恐らく複数です」
「で、ソルの周りの人間やらだけを狙うそのやり方。村を滅ぼした連中と関係無いとは考え難い。要するに……お前、例の事件に関与してるだろ?」
「そして、ソルくんには直接危害を加えず周りばかりを標的にするそのやり方。村を滅ぼした連中と関係があるのでしょう。……あなたは例の事件に関係ありますよね?」
「まぁ、それはどうでもいい。……答えは今後すぐにハッキリするだろうから。とにかく、これ以上すっ転ぶ様な醜態を晒したく無かったらさっさと帰れ」
「まぁ、それはどうでも良いですが。答えはこれからすぐに分かるハズです。とにかく、これ以上ひっくり返る様な醜い姿を見せたく無いのでしたら早々と退散願います」
どうやらレイシーの通訳には言葉を丸める効果もあるらしい。
グランは一通りそれを聞くと、最後に一言吐いて走り去っていった。
「覚えてろよ。この借りは高くつくぜ……」
グランの姿が見えなくなるまでボーっとその逃げる背中を見ていた。それからジグはレイシーに声をかける
「さて、家に戻ろう」
「はい」





 改めて一人と一匹は帰宅。だが、またすぐに異常に気付くコトとなった。
家中を探し回ってもソルの姿が見当たらない。
いつの間に何処へ行ったのだろうか、ジグは必死に考える。
さっきのグランの戦闘は家の前で行われていたから、タイミングとしては散歩で海岸を歩いている時だ。
その最中、またその帰宅中に一度も姿を目撃していないハズなので、ソルは家を出て、海とは反対側に進んでいった。
それに、ソルは脚を負傷していてまだそう遠くへは行っていないハズだから、まだ近くにいる。
こう考えるのが自然だろう。
ジグはすぐにレイシーに伝え、行動に移る。
「レイシー。ソルを探しに行くぞ」
「はい。分かりました」
一人と一匹は駆け足で家から飛び出した。
そして、海に対して反対側。木々が生い茂りジグの腰ぐらいの高さの草が生え渡る地帯へ飛び込んでいった。
まだ朝だと言うのに、木の葉が光を遮り辺りは薄暗い。これが夜ならばこの辺りに隠れているポケモンを探し出すコトはまず不可能だろう。
「ソルくーん。居ませんかー」
レイシーはソルの名前を呼びながら、あちこちキョロキョロと見回して動き回っている。
さらに奥の方では、ソルにジグ達が捜索に来たコトで、一つずつの安心と不安が生じた。
一つの安心はジグとレイシーが無事だったコト。
一つの不安は……わざわざ言うまでも無い。
ここで彼らに発見されるというコトは再び家に連れ戻されるコトを意味する。
しかもわざわざ隙を見て逃げ出して。見つかってからのコトを考えるとますます見つかる訳にはいかない。
とは言え、この辺りは薄暗い代わりに恐ろしく静かだ。
ソルは今、茂みの中に身を伏せているが、移動を再会すればその音で気付かれる可能性も少なくは無い。
結局ソルはその場から動くコトが出来ず、ジグとレイシーが諦めてくれるコトを願うしかなくなった。
案外この雑草地帯は広く無いのだろうか。かなりのハイペースで奥の方、ソルの近くまで捜索の手が近付いてきた。
徐々に近付いてくる足音。ソルは次第に落ち着けなくなってくる。
動きたい、でも動けない。この何も物理的支配の無い束縛感がたまらなく気持ち悪い。
レイシーの足音がすぐ真横に迫ってくる。



……と、その時。

 レイシーはずっと周りを見渡しながら走っていて、ソルの隠れているすぐ真横の位置で。
足元に注意が行き届かなかったのか、段差があるコトに気付かず、ずるっと足を滑らせてしまい、バランスを崩して大きく転倒してしまった。
また運の悪いコトにレイシーの倒れた位置には中途半端な大きさのとがった石が転がっていたようで、頬を切ってしまった。
水色の体毛が血や泥で汚れてしまう。その原因は、と思うとソルは申し訳無い気持ちで一杯になった。
「勝手に……僕を探してるんだ。僕は……何も悪くないよ」
自分にすら聞こえないぐらい。もはや口パク同然ながらソルは発声する。
レイシーはすぐに起き上がり、座った姿勢で切ってしまった頬を前脚で抑える。
そして前脚に付着した血の量から傷の深さを推測してみる。血を確認し、大したケガでは無さそう、と判断し再び奥へ走り始めた。
僕を見つけるまで、ずっとあんなコトを続けるのかなぁ……。僕は何もしていないハズ。僕は悪くない。
そんなコトを嫌と言う程自分に言い聞かせているソルが今一番苦しんでいる。





「ソルくん……」
しばらく経ち、ソルは奥の方からとぼとぼと歩いて戻って来るレイシーの姿を草の切れ間から目撃した。
レイシーは今にも泣き出しそうな顔をしている。最初の勢いのある声は現役引退してしまったのか、今のレイシーの声は今まで聞いたどんな声よりもか弱い声。
流石に耐え切れなくなったソルがついに茂みの中からレイシーの前に現れる。
もはや脚の痛みなんか気にならない。完全に茂みから出て、ソルは重い口を開いた。
「……ごめん。逃げ出して……」
ソルにはとてもレイシーの顔を見る勇気が無かった。ただひたすらひたすら下を向いている。
どんなレイシーの反論にも耐える覚悟をしていた。茂みから出てからだが、背後にジグが近付いているコトにも気付いた。何をされる覚悟もできていた。……ケド。



――何もされない覚悟は全くして無かった――



 訪れたのは永遠かと思うような沈黙。これならすぐに怒鳴られたり殴られたりした方がまだ精神的には楽だったかもしれない。
永遠の後、レイシーはようやく口を開いた。
「ソルくん……無事だったん……ですね。……心配、しましたよ」
レイシーの眼が潤んでいる。今にも雫がこぼれそうなくらいに。
真下だけを見つめているソルにはそれを確認するコトは出来なかったが、声からその表情を読み取るのは難しくない。
この言葉。今のソルには一番心に響く言葉だった。
昨日会ったばっかりの奴を何でここまで捜して、泥だらけになってケガまでして、更にさっき変な奴に襲われてたってのに……
何で僕の心配してるんだよ……。
と、死にたくなるような申し訳無さが込み上げてくる。
不意に、ポンっとソルの頭に手を置かれる。……ジグだ。
「お前に何も無かって良かった。さ、帰ろう。脚、痛いだろ?」
ソルはジグの言葉は理解できずとも、ジグの気持ちは伝わった。
ジグも何よりも僕の無事を喜んでいる、と。
この時ソルは前の村の人間との違いに気付く。
前の村の人達はここまでになってまで僕のコトを心配してたコトは無かった。
僕を可愛がるような行為は見せても気持ちがこもってなかった、と。
でも、ジグは何か違う。頭に手を置かれただけなのに、ソルを大切に思う気持ちが伝わった。
ジグに抱えられて家へ向かってる途中、ソルはジグを見て一言呟いた。
「まだ……信用した訳じゃ無いからね……」




第7話・若葉色の出発 


 翌日。ソルがまた少し元気になった所で、ジグとレイシーとソルが輪になって座っている。
だが、どうやら今回はソルから“話があるんだけど”と呼び出したようだ。
「ソル君。話とはなんでしょうか?」
いわゆる通訳を担当する、双方の言葉が理解できる重要な存在、レイシーが尋ねた。
「うん……昨日の件についてなんだけど」
昨日の件。グラエナのグランが突然レイシーとジグに襲い掛かってきた。と言うあの件だろう。
ちょっと躊躇いつつも、ソルは言葉を続ける。
「あれ……僕のせいなんだ……」
レイシーは一瞬驚いたように見えたが、すぐにジグに伝える。
すると、ジグは少しも驚いた様子は見せず瞬時に返してくる。
「あぁ。知ってる」
その言葉をレイシーから受け取ったソルは数倍返しの驚きに襲われた。
と、言うかこの一言で片付けてしまうと誤解を生むだけだろう。
そんなソルに返事の隙を与えないぐらいジグは続ける。
「“一匹のアブソルが村に災いを呼び込み、村は崩壊した”って。隣の隣ぐらいの村だからそんな情報くらいすぐに伝わる。だから最初海辺で発見した時はまさかと思った」
ソルはそれを聞くと少し間を空けて、冷たい声で言った。
「……で、それを知ってた上で何で助けたの?」
いつもの弱気とはまた違う。機嫌の悪い、それが今のソルの態度にはピッタリ当てはまるのだろう。
初めてみるそのようなソルの態度にジグには若干の戸惑いが生じる。
ソルの反撃は始まった。


「中途半端な気持ちで助けたんなら、本当に許さないよ。……出来れば誰も巻き込みたく無かった。
意味分からないよ!? 自分達が危険な目に遭ってまで、もともと縁の欠片も無かった様な奴を助ける、なんて。
……僕を助けたせいで、命を狙われるコトになるかもしれないんだよ!?」
言っちゃった。ソルは言ってから少し後悔する。
だが、これで良かったハズ、とすぐに自分に言い聞かせ納得させようとしている。
レイシーはソルの言葉にかなりの動揺を見せつつも、ジグに内容を告げる。
ジグはそれから少し考えてからソルに言い返した。
「ソルが災いをもたらしたと俺が思い込んで居れば、発見した時点で全てのアブソルは始末するだろうな。
そうで無いコトも分かっていたら、例の事件に何らかの怖い組織が絡んでいるコトは容易に想像がつく。
その件に大いに関係しているソルを助けるコトってのは、そもそも中途半端な覚悟でできないぞ。
……言っとくが俺は目先の状況だけを丸飲みする程馬鹿じゃない。こういうコトになるコトも想定していた。巻き込まれるのは想定の上だ」
「そんな頭のいい人だったらなおさら信用できないよ……裏では何考えてるか分からないから」
返答の速さから多分ジグの説明があまり理解できなかったのだろう。さっきの勢いは失われ、いつもの弱気なソルが現れた。
そりゃそうだろうな、とジグは小さく嘆息し、ソルに一つの提案をする。
「ソル、今はケガしてるが、完治したら相当速く走れるんじゃないのか? ……ケガさえ治ればいつでも俺達から逃げられるだろう?」
そう聞いてソルは少し考える。


 この間にジグはさらに説得を続ける。
「それに……信用したから裏切られたんだろ? なら今度は俺達を信用なんかしなくていい。道具同等の扱いをすればいい。
それで“こいつら駄目だ”と思うようなコトがあったら、その速く走れる脚で俺達から逃げ出せばいいだろう?
確かに、“信用しろ”って言葉だけで俺達を信用できるハズが無いと思う。……だから行動で示したい。いつでも逃げられるなら、まずは試してほしい」
もはや完全に下手に出ている。ここまでしてソルと行動を共にしようとする理由は何なのだろうか。
つまりは、不要になったらいつでも捨ててしまって構わないから、とりあえず居ろよ。
とのコトだろう。
ソルはまたしてもここでかつての人間との違いを感じた。
こう言われると……なんと言うか、断り難い。やっぱりジグの発言は心の底からの正直なのだろうか。
試して欲しい、と言ったし、試してみようかな……。
ソルの頭の中で爆発でも起こしてしまいそうな葛藤が始まった。
一度は絶対信用しないと決めた人間を再び信用して身を預けるコトに対して。
そこで同時に、ジグの言った“信用するから裏切られる”の言葉についても考え始めた。
葛藤しつつも少しずつジグの言葉と今の状況を整理していく上で、ソルはようやく今までの勘違いに気付いた。

信じる≠身を預ける

 ソルの表情が変わる。突破口を見つけた表情。完全に塞がれた空間から抜け出す術を思いついたかのような。
ジグは壮絶な言葉の乱打でソルが対応してくれるか心配だったが、ソルの次の言葉で不安は解消された。
「試す……だよね? 仕方無いケド、お言葉に甘えて試すコトにするよ。……脚も痛いしね」
当然、ソルはジグを信用しきった訳では無い。ケガさえ治れば逃げようかな、などと考えている。
ソルの内心を知るハズの無いジグはふぅ、と大きく安心したため息をついて表情を明るくして言う。
「よく言ってくれた。……これから命にかけてもお前をこないだの奴とその集団から守るからな」
力強い口調で言い切った。ジグの言葉には説得力があるなぁ、とソルはこの言葉に感銘を受けた程だ。







 数日後、この間は誰も襲って来るコトも無く、ソルの脚は走り回れる程まで良くなった。
ジグが外でソルとレイシーと競争させるが、ソルの方が圧倒的に速かった。
その後、そのまま逃げ出すコトは無く、すぐジグの所に戻ってきた。
「もうすっかり調子はいいようだな」
ジグが話しかけてくる。横にはやっぱりレイシーが居てソルに通訳している。
「まぁ……ね」
と、言葉が一往復したところで、ジグは家に戻っていった。
レイシーとソルもそれに続いて家の中に入っていった。
それからジグの指示で先日同様に輪になって座る体系をとった。



 一息ついてから、ジグが話し始める。
「さて、ソルも元気になってきた所で、こっちから色々仕掛けて行こうか……」
「もしかして。……ついに“旅”ですか?」
わくわくした様子でレイシーがジグに聞く。
「あぁ、そうだ。……そう言えばレイシーは前から旅のような遠出がしたいって言ってたか」
レイシーみたいなおとなしそうな子が旅好き、と違和感がありそうな感じだが、理由を探れば納得が行く。
レイシーは雪の降る極寒地帯で育ち、親から突き放されたあとはジグの家でずっと育って来たのだ。
そんな箱入り娘の様な彼女がもっと外の世界を望むのは何も可笑しいコトでは無い。
どんどんテンションの上がるレイシーとそのレイシーの変化ぶりに唖然としているソルを相手にジグは話を進めていく。
「とりあえず、この現状をトバリという街で働いてる親に直接伝えに行こうと思う。何かしら手助けしてもらえるかもしれないしな。
まず、俺達はここからヨスガシティという結構大きい街を経由してズイタウンという村へ行く。
そして、そこから北東へしばらく進み、そのトバリという街を目指す」
と、説明しようが、レイシーもソルもこの周辺の地理はまったく分からない。ふーん、程度に聞き流している。
「では、早速行きましょう」
抑えきれないのか、レイシーはすっと立ち上がり首を玄関の方へくいっとする。
「本当に嬉しそうだな」
あまりのレイシーの嬉しそうな表情にジグも薄い笑みを浮かべて立ち上がる。



 ソルだけがこの空気に乗れずに居た。やはり例の連中のコトが気がかりなのだろう。
ジグが荷物をまとめ、それを担ぐと玄関を開けて外に出た。レイシーがすぐ後ろについて行った。
唯一重い足取りのソルはゆっくりと立ち上がり、のっそりと玄関へ歩みを進めた。
その様子を見たレイシーが、体が半分だけ外に出てる位置で振り返りソルに声をかけた。
「ホラ。早く行きましょうよ。……せっかくの旅ですよ? 楽しみましょうよ」
確かに、とソルは思った。
せっかく旅に出るんだ。それに変な連中に出遭っても守ってくれるって言ってくれたハズだし……。
……出来る限り楽しもうかな。
レイシーの声から数秒。ソルは顔をレイシーの方へ向けて、脚を早めて言い返した。
「分かってる。そのつもりだよ」
ソルは楽しもうと思うだけで、それを口にするだけで、なんか楽しい気分になれた。
その脚でレイシーの横までスタスタと進み、ジグは家に鍵をかけると、ソルに問いかけた。
「んじゃ、行こうか?」
「うん!」
レイシーを介しなくても言いたいコトは分かった。ソルは力強く返事をして歩き始める。



雲一つ見当たらない晴天と、朝の柔らかな日差しがこれからの旅へと快く送り出してくれた。





逆境のソル3へ(第八話~第十一話)



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ぜひ続きを…
    期待しています
    ――moltty ? 2009-08-26 (水) 22:58:58
  • はい! 期待していただけるとは非常に光栄です!
    頑張りますので、よろしくお願いします。 ありがとうございました!
    ――beita 2009-08-30 (日) 08:50:09
  • どうもこんばんは。コミカルです。
    この間は、僕の駄文に応援メッセージをくださってありがとうございました。

    1話、2話と読ませていただきましたが、1話は逃げるアブソルの緊迫感がよく伝わってきました。地の文での描写がお上手ですね! 僕なんて全然及ばないレベルです。
    2話は最初、別のアブソルかとも思いましたが、全部読んで同じアブソルだと判明した時、生きてて良かったなと思いました。村でアブソルという種族なだけで厄病神扱いされ、追われるソル君がかわいそうです……。
    ちょっと思ったのが、1ページあたりの話が少ない気がしました。1話ずつがこれくらいの長さなら、3、4話くらいで1ページとしてもいいような気がします。
    もし何か理由があっての事でしたらすいません。

    これから、続きを読ませていただきます。ソル君が何をするのか、楽しみです。
    お互い、頑張りましょう。よろしくお願いします。
    ――コミカル 2009-09-29 (火) 01:09:59
  • こんばんは。

    地の文での描写がお上手、なんて;
    第一話で緊迫感が伝わったのでしたら、俺としても嬉しい限りです。


    やはり、1ページが短いと思いましたか。
    一応、話の区切りのいい所で分けようかなぁ、みたいには思っていたんですがね……。

    とりあえず、検討してみます。


    今後の展開に楽しんでもらえると幸いです。
    こちらこそ、これからよろしくお願いします。
    コメントありがとうございました。
    ――beita 2009-09-29 (火) 21:20:40
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