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逆境のソル 第一話~第四話

/逆境のソル 第一話~第四話

第1話・黒色の逃亡 


written by beita







「くそ……なんで僕が……こんな目に」



 一匹のアブソルが真夜中の林の中を駆けて行く。いや、駆けて行くと言うよりは逃げて行くの方が適切であろう。
夜の闇に溶けそうな黒色の顔、尻尾、顔の左側の鋭い角、そして前後両脚の爪。
それらに対抗するような全身の、雪に溶けそうな白い体毛。特に首元から腹部にかけてはふさふさしている。
しかし、そんな真っ白な体毛も今は土や泥、さらに血によって汚れている。
息を切らしながら、体のあちこちに数箇所の怪我を負いながらも、そのアブソルはなおも逃亡を続ける。



 アブソルの後方。大勢の人間だ。
この付近の村の住民である。真夜中に一体何があったのだろうか。
村人達は片手に懐中電灯。もう片方には猟銃やら鉄パイプの様なものやら、とにかく凶器を持って追いかけている。
アブソルが見える位置に居るにもかかわらず銃を乱射しないのは恐らく生け捕りが目的なのだろう。
まれに発砲するも、狙いは脚。やはり殺すつもりは無さそうだ。
いずれにしろ、追っている理由ははっきりしない。



 アブソルはそろそろ体力の限界を感じていた。だからと言って止まるコトは脳が許してくれない。
肉体的な限界が近付いてくる中、次第に周りの木々の密度が減りつつあるのが分かった。
朝だったら前方に光でも差すんだろうが今はハッキリと分からない。だが、間もなく林を抜け切るだろう。
アブソルはその先にあるものが何か瞬時に判断した。
ここの辺りの地形がどうなっているのか、なんとなくだがアブソルは知っている。
この先、ずっと進むと待っているものは……崖。そして海。
……やるしかないか。と、ある決心をする。



 だが、林を抜けた直後、全身から急激に力が抜けていくのを感じた。
幸い、脚から崩れて地面に伏せる事態には陥らず走り続けられるが、やはり脚はもう限界だ。
途端に速度が落ちるアブソル。せいぜい駆け足程度だろうか。
崖までの数メートル。落ちた速度をそれ以上落とすコト無く脚を前に出し続ける。もはや精神力のみで走っている。
背後の村人達は次第に距離を縮めて来ている。その間隔はもう三メートルも無い。
だが、アブソルから崖の先端までは二メートルも無い。
アブソルは一瞬だけ背後を振り返った。すぐに前を向き、歯を食いしばり前後の両脚に残っている限りの力をこめる。
「一か八か……」
小さく呟く。同時に崖から全身が飛び出す。
そう、アブソルは崖から飛び降りたのだ。
すぐ後ろに居た村人たちさっきまでの勢いの良かった足を途端に止め、驚いた様子で崖の先を見ていた。
それから、後ろから遅れてやって来たものに分かるように大きな声で何があったかを言い、村人達は去っていた。







 一方、アブソルの落下中。
体力を隅から隅まで使い切ったアブソルは落下までの僅かな時間、濃霧に遭遇したかのようにぼやけた意識の中で祈った。
「どうか……死にませんように……」




第2話・朽葉色の過去 


 ある日、僕はここへ辿り着いたんだ。何故だったかな……。今は思い出せない。
前方には沢山の家が並んでいる。今僕はその手前の道路に居る。
それよりも、この空腹を何とかしないと……。
ずっと歩いていて体力も尽き、空腹のせいもありもう歩けない。
僕はその場に座り込んでしまった。



 僕はソルと言う名を与えられた一匹の幼いアブソルだ。
ケド、普通はこの歳で単独で行動するコトは無いんじゃないかぁ。
自分で言うのも変だけど、何で僕…… ひとりなんだろう。
自然界って厳しいな。あぁ……。このまま死んじゃうのかなぁ。
僕は無意識の内に目を閉じ、言うならば眠ろうという姿勢に入る。
意識せずとも色々と頭に浮かんでくる。なんか気持ち良くなってきた。
だが、突然の大声で僕の意識は現実へと帰ってきた。
「おい! アブソルが倒れているぞ!」
最初は座っていたハズだったケド、いつの間にか横に倒れていたらしい。
「可愛そうに……まだ小さい。群れとはぐれたのか」
僕の意識は現実へと引き戻されたハズなのに、体は全く動かないし目も開かない。
なんて思っているとまた意識が僕から逃げていき始めた。
待ってよ。僕の意識……。
最後に僕の体が運ばれていくのを感じた。





 ん……。
僕は目を覚ます。川の向こう側じゃ……ないよね。
前脚、後脚と順に動かしてみた。ちゃんと動く。僕、生きてるんだ。
ちょっとした安堵感を覚えた。しかし、周りを見渡すと見慣れない物ばかりだ。
これが“人間の住居”って奴かなあ、と困惑しながらキョロキョロしていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると、僕の視界には人間の姿が。
僕と目が合うと、人間は足を止めて僕の方を見続けてくる。
僕が小さいだけか人間が大きく見える。今までにも何度か人間の姿を目にするコトはあったケド、この距離では初めてだ。
それよりも……どうしよう。“人間には近付くな!”って脳が命じるんだけど。
さっき見渡した時に確認したが、周りは壁ばかり。人間が立っている向こう側が、今の時点で断定できる唯一の脱出路だ。
右から駆け抜けようか。左から駆け抜けようか。
気付くと僕は逃げるコトばかり考えていた。ケド、遅れて大事なコトを思い出した。
僕が気を失う前。……あれは人間だったのかなぁ。
仮にそうだとしたら、人間は僕を助けたってコトだよね。



………………。



 深く考えてしまっている内に人間が更に近付いて来たのに気付かなかった。
「よかったな。元気になって」
人間は嬉しそうな表情をしながら突然声をかけてくる。もちろん僕に向けて。
僕は訳が分からなかった。
“危害を加えられる”そう思っていた対象が今、僕が助かったコトを良く思い、僕に触れてきた。
人間って僕らの敵じゃないの? 危害を加えてくるんじゃないの? 近付いたらいけなかったんじゃないの?
疑おうにもこの現実が反抗する。
賢さの欠片すら持たない僕の脳には、この程度の思考もかなりの負担だった。
あぁ……。考え過ぎて疲れたかも。僕が行動を起こしても何も変わりそうも無いし、この人間に委ねてみようかな。





 僕が人間の家に住むようになって十日が過ぎた。
人間は本当に優しく接してくれた。
外を散歩すると、出会う村人がみんな声をかけてくれるし、僕を拾った人間は僕に専用の部屋まで与えてくれるし。
僕もいつの間にか人間に対して気を許していたかもしれない。
これから幸せな日々が過ごせるかな。って思ったんだけど、ちらほらと不穏な知らせが耳に入ってくる。
あまり聞き心地のいいモノじゃ無いんだケド……。
その内容は、ここ数日の間に村人が行方不明になるやら、空き巣が入るやらと良くない事件が起こっているとのコト。
僕が来るまでは転んでケガしたりしたぐらいで号外が出そうなくらい平和な村だったらしいんだけど……なんか、嫌な予感がする。
村人はそんな不穏な状況でも僕には相変わらず優しくしてくれていた。



……この時はまだ。





 一ヶ月が過ぎた。村に起こる事件の数に減少の兆しは見えない。むしろ増加傾向にある。
なんとなく予感はしていたケド、僕に対する村人達の扱いが変わってきた。
多分村人達は僕が、最近頻発する事件を呼んだ、つまり“災いを運んできた”と思ってるんだろうな。
……そんな訳無いのに。僕だって知らないよ。
今では散歩をしようと外に出るも、周りの人たちは僕を忌み嫌って避けていく。
僕を拾った人間も表面上では良く接してくれてるようだけど、やっぱり以前と比べると避けられてる感じがする。
……日ごとにに居心地が悪くなる。



どうしよう。



 数日後、事件が起きた。それも今までとは比にならない大事件だ。
時刻は真夜中。日付が変わった直後ぐらいだろうか。
突然の轟音に村中が目を覚ます。そして何事か、と慌て出す。
僕も当然ながら何が起こったのか全く理解できてなく、恐怖に怯えながらも人間達と家の外に出る。
村の三分の一程の家が大なり小なり何かしらの損傷を負っていた。
全壊している家、壁がはがれた家、燃え始めている家など、様々だ。
地面には衝撃を受けたらしき跡もある。どうやらさっきの轟音は明らかなこの村への爆撃だろう。ケド一体誰が、何故?
「これは……酷いな……」
集まった村人達が惨劇を見て、そのようなコトを口にしている。
確かにこの現状。……酷い、とかしか考えられなかった。
直後、再び背後から轟音が。
音の場所からはかなり距離はあったハズだけど、爆風で家の一部の破片のようなものが飛んできたりして、もっと怖くなった。
後で振り返ってみると、僕が居てた家もその攻撃で半壊状態だ。
その光景を見た僕は、居ても立っても居られなくなり、思わず走り出した。
意識はハッキリしていたケド、思考力はほぼ無くなっていた。
とにかく遠く、何が何でもこの村から離れよう。他の全てを遠ざけてしまおう。
今思えば、この行動の理由が分からない。
恐怖か何なのか良く分からないケド、混乱していた、って言えばそこまでだろうケド……。
村人達は前々から疑ってたんだし、そりゃ逃げた僕を追うだろうね。



……村に災いをもたらした“厄病神”として。



 でも、本当は途中で気付いてた……。逃げるべきじゃ無いって。
いつの間にか僕と村人達の壮大なる鬼ごっこが始まった。
……そして、しばらくの逃亡の後、崖に追い詰められて……。





……!?



 その後は……今から始まる……ハズだよね。
一応確認しないと……。今まで回想していたのはアブソルの“ソル()”だよね。
つまり、今僕は……生きてるってコト!?
そこで目を覚ます。そして思わず呟いた。
「……僕、生きてた」




第3話・錆色の救援 


 ソルは目覚めた。辺りに広がるのは一面の砂浜。雲で半分程隠れた太陽だが、その光が真っ白い砂に跳ね返り眩しい。
すぐ横からは波の音が聞こえる。体毛はうっすらと湿り気を帯びている。
が、その瞬間にまた以前の記憶が蘇った。
それは……村人に拾われた時の記憶。
加えて、目の前には人間、人間を近くで見るコトに慣れたせいかその人間は以前程大きくは感じなかった。
その人間は十代の少年で短い黒髪をしており、身長はソルよりは遥かに高いようだ。



 ソルは先日の一件で人間に対する信用を全く失っている。まぁ、無理も無いだろうが。
前回最大の失敗はここで人間に自分を委ねたコトだ。
ソルは同じ失敗は二度はしまい、と行動を起こそうとする。
が、体が動かない。辛うじて前脚は動くものの、後脚は感覚そのものが感じられない。
ソルは振り向いて後脚を確認する。なにやら白い布のような物が後脚をグルグルに巻かれている。
一部は赤く滲んでいるがこれは血だろう。
ソルは自分がしたコトを思い出す。……崖から飛び降りたコトを。
しまった、ソルは思った。
聞きたくなかった人間の声が聞こえる。
「あ、意識が戻ったみたいだな」
この時目線をふとその人間、少年の方へ向けた。
すると少し離れた位置に一匹のポケモンが視界に入った。
ソルはそのポケモンがそこに居る理由を全く理解していなく、ただ叫んだ。
「逃げて!」
そのポケモンは声を聞くも、首をかしげてむしろ近付いてくる。
同時に少年も“んー”と唸り、自分より一歩前まで来たそのポケモンに言う。
「……駄目だ。レイシー、通訳頼む」
レイシーと呼ばれたポケモン、グレイシアは少年の顔を見て言った。
「分かりました」
この光景にソルは若干の違和感を感じた。
……人間とポケモンが会話している?
ソルには人間の言ったコトが理解できないが、レイシーと呼ばれるグレイシアは人間の声に対して“分かりました”と言った。
当然ながらレイシーの言ったコトはソルは理解できる。
レイシーは返事した後にすぐ話しかけてきた。
「……どうして“逃げて”……と言ったんですか?」
さっきまでは人間に意識が一杯であり、この時初めてソルはレイシーの姿をちゃんと見た。
日光に照らされ非常に綺麗な水色の体毛を全身に纏い、水晶の様に透き通った青い瞳。華奢な体躯。
さっきまで気付かなかったのがおかしいと感じてしまう程“可愛い”容姿をしている。
ソルは思わず見惚れてしまいそうになるが、ふと我に帰る。
「えっ……当然じゃないの? 人間から逃げるのって」
ソルがそう言葉を発すると、レイシーは振り返って少年にソルの言ったコトを適当に要約して話した。
やっぱりこのグレイシア、人間と話せるんだ。そうソルは確信した。
すると、レイシーから次の言葉が放たれる。
「……あなたに拒否権はありませんケド、私達についてきて下さい」
この言葉にソルは強烈な反感を抱いた。
「絶対っ……嫌だ!」



 どこから力が湧いたのか、ソルは声を発すると同時に立ち上がる。
突然の大声と重傷にも関わらず立ち上がるその行為にレイシーも少年も目の前で爆発でも起こったかのように驚いている。
少年も今回ばかりはソルが何を言いたかったのか理解できた様だ。
ソルは走り出せるハズの無い体で走り出す。もちろん、レイシーや少年に対して反対方向に。
予想外であろう出来事にもレイシーは特に慌てる様子も無く、少年に聞いた。
「追いましょうか……?」
「いや、すぐに力尽きるだろうから必要無い」
少年がそんなコトを言ってると前方では既にソルは倒れていた。
動かない四肢を無視して、歯を食いしばり這ってでも進もうとする。
その様子を見ていた少年は不満そうに言葉を放ち、歩き始めた。
「マズイな……あの体で動き続けられたら命に関わる。……止めるか」



 少年の歩みに合わせてレイシーも歩き出す。
どんどんと距離を縮めていき、少年があと少しでソルに触れるところまで近付いた所で急にソルは振り向き、角を向けてきた。
「……来ないで……」
全身には恐らく激痛が走っているのだろう。その上体力の消耗している体だ。小さな声だったが、相当搾り出したに違いない。
襲われる。そんなハズは無かろうが、万が一のコトもありうる。少年は一歩だけ退()がって話しかけた。
「傷の手当をちゃんとしたい、……来てくれ」
レイシーを介してこの言葉はソルに伝わる。
同じヘマは二度踏まない。ソルの脳にはそればっかりが流れていた。
「……手当てなんか、いらない。……むしろ……殺して、欲しいよ」
言葉を短く切ってなんとか言い切った。意識が飛んだらそれこそ終わりだ。
ソルは意識を保つコトばかりに集中し始める。だが、次第にかすれていきそうになる。
レイシーは少年へソルの返事を返す。
だがソルは、これで殺してもらえる、もしくは諦めてもらえる、そんな希望を持ったはずも無い。
最初にレイシーが“拒否権は無い”と言っていた。恐らく無駄とは分かっているのだろう。
だが、薄れた意識の中にも思考力は生存しており、今、一つの考えが浮かびつつあった。
だがそれは単純なもので、一度は少年へ着いて行き、その後適当なタイミングで逃亡を試みようというもの。
まぁ、この状況ではこれが精一杯だろう。
これを実行しようと思った瞬間、途端にソルは弱気になる。
全身の痛みや疲労の恐ろしさとでも言うのか。今更になって死ぬのが怖くなったようだ。
さっきまでとは心境が逆転したソル目掛けて、最後の質問が掲げられる。
「本当に……良いのですか?」
レイシーの声。……のハズ。
意識はギリギリ。そのギリギリの意識は意識を保つために全部使ってしまい、聴覚がまともに作動しているのかもはや怪しい状態。
声も出せるか分からない。さっき無理矢理動いたのが来てるのか、今非常に辛い。
ソルは最後に、届くコトすら保証出来ないような声で言った。
「助……け、て」
聞こえたか聞こえなかったは置いといて、ソルはそれだけ言い切って気を失った。




第4話・水色の対談 


 ソルは目を覚ました。やっぱり見たことの無い風景。
以前の出来事を再現するかのようで、嫌で仕方が無かった。
人間が普段眠る際に使っているであろうベッドの中にソルは居た。
やっぱり四肢は動きそうも無い。ソルはベッドの中でしばらく天井を眺めていた。
隣の部屋からは物音が聞こえる。あの少年かレイシーが居るのだろう。
ぼんやりとしながらさっきの人間とレイシーとの会話の内容を思い返す。
「これで……良かったかなぁ……」
弱気に声を漏らす。
自分の今後が気になるのも無理は無い。以前のシナリオを辿るとなれば……。
考えたく無い、でも考えてしまう。ダメだダメだ! とソルは他のコトを考えようと首を横に振り、思考をリセットしようとする。
「あの……どうかしました?」
「わっ!」
ソルは突然の声に驚いて情けない声を上げてしまう。
さっきのソルの呟きが聞こえたのだろうか、隣の部屋から様子を見に来たようだ。
続いて少年がソルの居る部屋へ来る。
「……意識が戻ったようですし、私達の紹介でもしましょうか」
少年がすぐ後ろまで来たのを確認してレイシーは言った。そして続ける。
「私はグレイシアのレイシーです。……雌です。そして、こっちが私のトレーナーのジグさんです……これからよろしくお願いします」
少し照れくさそうだったが、ちゃんと言い終えた。
「僕は……アブソルのソル。雄だよ。……よろしく」
ソルも自己紹介をし、少しの間沈黙が生まれる。
「そういえば、角が左側についてるなんて珍しいな」
レイシーのトレーナーの少年、ジグはそう呟いた。
「そうなのですか……?」
横でレイシーがジグに聞いた。
「ああ。アブソルは普通は頭の右側に角が生えてるものだ」
ふーん、とレイシーはソルの角を見ながら頷いた。
また沈黙が起こりそうになったが、ジグがレイシーに向けて口を開いた。
「ソルにはもう少しゆっくりしていてもらおうか」
そう言うと、レイシーはソルに通訳する。
「……ソルくん、多分、まだ体が辛いと思いますので、もう少し休んでいて下さい。私は隣の部屋に居ますので、何かあれば……」
「うん。なんかありがとう……」
ソルの返事を聞き、部屋の照明を切り、レイシーとジグは隣の部屋へと引き返していく。
その後も何やら色々考えていたハズだが、気付けば再び眠りについていた。





「……っ私だけでですか?」
ソルから隣の部屋……のもう一つ隣の部屋。声がもれないように戸も閉めている。
「あぁ。俺が居たらソルは嫌がるだろうから」
「でも……私一匹でそんな……」
何かに対してレイシーが拒んでいる様だ。ジグはひるまずに話を進める。
「ちょっと色々聞きたいだけだからさ、頼むよ。……それにレイシーも、他のポケモンと話すコトに慣れておかないと」
「…………はい。……私も、少し話してみたかったので……」
レイシーは渋々了解した。
「よし。じゃっ、今から俺が言う通りに話題を切り出し、話してくるんだぞ」
「はい」
レイシーは頷く。それからジグの指導を長々と受けた。





 既に夜も半分を越えた頃。
レイシーはジグから教わったマニュアルを頭に叩き込み、ソルが寝ているであろう部屋へ向かう。
途中で何度も後ろを振り返りジグの方を見る。その度にジグは“大丈夫だって!”と口を動かし、奥を指差す。
恐る恐るレイシーはソルが寝ているベッドへ近付く。
そして、ひょいとベッドに飛び乗ると、ソルを踏んづけてしまわないように隙間を探してそこに座り込んだ。
「ん?」
「ひゃっ!」
さっきとは逆の状態。突然のソルの声にレイシーが声をあげてしまった。
「……どうしたの?」
ソルは尋ねる。レイシーは動揺を隠しつつ、答える。
「あっ……起こしてしまったなら申し訳ありません……」
あくまでもジグに教わった通りに。
「あ、それは別にいいよ、さっきから起きてたから。……でも、どうして?」
「……ちょっと、話がしたいのです。……よろしいでしょうか?」
自分から起こしたハズの行動なのに、この消極的な態度。ソルは多少違和感を覚えたが、特に気にするコトも無く答える。
「うん。僕も退屈だしね……中々眠れなくて」
なんとかここまではほぼマニュアル通りに進んだ。レイシーは次第に落ち着きを取り戻す。
だが、ここからが問題だ。
会話に入ってしまうと、相手の返答は予測出来ない。その状況でいかにマニュアルに従うか。
「……えーと。っソルくんのコト、聞いても……いいですか?」
言葉が詰まりそうになる。レイシーは照れ隠しも何もそういったふるまいが出来ず、表情がモロに出た顔をソルに向けていた。
「ん、うん」
レイシーの顔を見ているとこっちまで動揺しそうになる。ソル自身も他のポケモンと話すコトにはそれほど慣れていない。
「あの……ソルくんは、何故……あの時、あそこに倒れていたんでしょうか?」
あの時、とは最初に出会った時のコトだろう。
ソルは思い出したく無い記憶を蘇らせる。
「……実は……」
話を始めた途端、表情が暗くなりつい下を向いてしまう。
「あ……もしかして、……“聞いてはいけないコトだった”パターンですか? ……っあ!」
パターン。……多分、これもマニュアルの一部だろう。レイシーはジグから聞いたコトをそのままソルに言ってしまった。
「えっ!?」
“パターン”と言う単語は置いといて、“聞いてはいけない”にソルは反応する。
「ぃえ! ……聞いてしまって、申し訳……ありませんでしたっ……」
明らかにテンパって謝っている。
ソルはそんなレイシーを見て、つい笑みがこぼれてしまう。
「そんなに焦らなくてもいいのに……」
「でもっ……」
「……僕は大丈夫、話すよ?」
ソルは自分が大概弱気な性格なコトをうっすら自覚していたが、自分を明らかに上回る弱気な女の子を前にして、何とかしようと少し上に出た。
「……はい……ホントに申し訳ありません」
そして、ソルは以前の村で起こった昨日の事件のコトを話した。
レイシーもソルの話をずっと聞いている内に次第に緊張も解けてきた。
「……それはとても大変だったんですね」
とは言え、返事はまだ固い。
「ん……まぁ、ねぇ……」
本当は言葉で表せない程大変だったハズだが、レイシーを前にソルはその言葉を肯定するしか無かった。



 沈黙が生まれた。レイシーはマニュアルの内容を思い出し、次の発言に移った。
「ソ……ソルくんは、私に……何か尋ねないのですか?」
いざ、喋り出そうとなると再び緊張が蘇る。
「んー……。じゃあ、今度はレイシーの過去についてかなぁ?」
……マニュアル通り。レイシーは思った。ここまで思い通りに話が進むマニュアルを指導してくれるジグは凄いなぁ、とも思った。
「分かりました」
ここからが正念場だ。レイシーは自分に言い聞かせる。
レイシーの過去の内容なんかマニュアルには無い。全部、自分の言葉で話さなければいけない。
でも、実際あったコトを正直に話すだけだから……。
「私、どうやら親に“捨てられた”みたいなのです」
いきなり衝撃の告白。ソルは驚きを最小限にとどめ、話を進めるよう促す。
「……私の親は、私をリーフィアとして育てたかったようなのです。私は、成長すると姿が次第に変わっていくと言うコトは知っていましたが、
その原因については考えもしませんでした。そして、ご覧の通り、私はグレイシアへ成長したのです。
親は私をひどく叱りつけました。……とは言え、仕方は無いと思うのです。
私の住処は年中雪が降る極寒地帯でしたので……。
けれど、それを言い訳に出来なかったのは、私の家族構成のせいなんです。両親はブラッキー、エーフィ。兄はサンダース……です。
更に、私がグレイシアになりかかっていた頃、弟はリーフィアへ成長し始めたのです。
完全にその変化が終わるまで結構月日がかかりますので、私は弟の成長を最後まで見れない内に親から突き放されました。
次に気付いた時には、私はハクタイの森という所で倒れていました。……その時です。初めてジグさんに会ったのは」
「へぇ……酷い話だね……親の思い通りに子が育たなかったら突き放すのかよ……」
この時、ソルの脳裏に“何か”が蘇りそうになる。
何かが……思い出せない。……恐らく、この話題が関係してるのだろうケド……。
ソルは表情に出さない様に心がけ、レイシーの返答に集中する。
「……はい。……でも、今の私にはジグさんが居るので、少しも辛くありません」
似た様な過去だなぁ……。と思って聞いていたソルが、ここでレイシーとの大きな違いに気付いた。


――今の僕には……誰もいない――


 急に落ち込みそうになった。視線を下にやり、また正面に戻す時、レイシーと目が合った。
目が合うと、レイシーは言う。自分の長い過去話をするコトで話すコトに多少慣れたのか、緊張はしていなさそうだ。
「ソルくん……。ソルくんには私もジグさんも居ますので、……すぐに頼って下さいね」
そう言い、笑顔を作る。
この台詞と動作もマニュアルに従った台詞なのだろうか。どこまでがレイシーの本心か分からないのが惜しい。
「うん……ありがとう」
そう言った時、不意に質問が閃いたので、それを聞くことにした。
「レイシーは、人間、怖くない?」
ソルの今一番恐れているもの、それが人間だ。そのコトについてレイシーの意見を伺おうと考えた。
「私は、人間と言ってもジグさんしか知りませんので……。ちなみにジグさんは凄い良い方ですよ。とても信頼してます」
「そっか……」
「ソルくんは昨日のコトがありますので、そうなるのも仕方ないと思います。……でも、ジグさんだけは嫌わないで欲しいです」
「分かってるよ……。僕を助けてくれたしね」
口先ではこう言うが、ソルのジグに対する疑いは全く晴れていない。
ここで話題は途絶える。マニュアルの範囲を超えたのかレイシーも何も話し出さない。
「では……おやすみなさい」
気まずい空気になりつつあったので、レイシーは、そう言うとベッドからぴょんと飛び降りる。
そして、そのまま逃げ出すように隣の部屋へ早足で歩いていった。
「おやすみ……」
ソルは返事をすると、再び眠りにつこうと目を閉じた。





逆境のソル2ヘ(第五話~第七話)



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  • ぜひ続きを…
    期待しています
    ――moltty ? 2009-08-26 (水) 22:58:58
  • はい! 期待していただけるとは非常に光栄です!
    頑張りますので、よろしくお願いします。 ありがとうございました!
    ――beita 2009-08-30 (日) 08:50:09
  • どうもこんばんは。コミカルです。
    この間は、僕の駄文に応援メッセージをくださってありがとうございました。

    1話、2話と読ませていただきましたが、1話は逃げるアブソルの緊迫感がよく伝わってきました。地の文での描写がお上手ですね! 僕なんて全然及ばないレベルです。
    2話は最初、別のアブソルかとも思いましたが、全部読んで同じアブソルだと判明した時、生きてて良かったなと思いました。村でアブソルという種族なだけで厄病神扱いされ、追われるソル君がかわいそうです……。
    ちょっと思ったのが、1ページあたりの話が少ない気がしました。1話ずつがこれくらいの長さなら、3、4話くらいで1ページとしてもいいような気がします。
    もし何か理由があっての事でしたらすいません。

    これから、続きを読ませていただきます。ソル君が何をするのか、楽しみです。
    お互い、頑張りましょう。よろしくお願いします。
    ――コミカル 2009-09-29 (火) 01:09:59
  • こんばんは。

    地の文での描写がお上手、なんて;
    第一話で緊迫感が伝わったのでしたら、俺としても嬉しい限りです。


    やはり、1ページが短いと思いましたか。
    一応、話の区切りのいい所で分けようかなぁ、みたいには思っていたんですがね……。

    とりあえず、検討してみます。


    今後の展開に楽しんでもらえると幸いです。
    こちらこそ、これからよろしくお願いします。
    コメントありがとうございました。
    ――beita 2009-09-29 (火) 21:20:40
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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