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逃亡者story11~

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逃亡者story11~

著者パウス


~story11~ ―救世主 小さな勇者― 


グランスと私だけのこの空間。重くて、苦しいこの状況。更にガレナが無事かどうかも確かめられないこの歯痒さ。
一刻も早くここから抜け出したい。グランスが向こうを向いている今、絶好のチャンスだったが、私にはその勇気も無かった。
あぁ、なんて自分は情けないんだろう。

振り向いたグランスの目は、私を寝床の上から動かさないように注意しているのだろうか。
例え彼がそう思っていなくても、私をここに縛り付けるには充分過ぎた。
一日中続いている緊張感が、私の神経を蝕んでいく。

「さて、もう日も傾く頃だ。」
グランスは、丸太の机の上に置いてあった小さい何かを手に取り、ゆっくりと私の方へと近づいてきた。
その顔はどこか楽しそうな顔で、自分に屈服している私を見下すのが楽しくて仕方ないらしい。
何をされるのだろうと、あらゆる場面を想像したが、グランスのニヤついた笑みですぐに分かってしまった。
「…………………きゃあ!!」
だがすでに遅かった。グランスは私を仰向けに転がし、上から身体を押さえつける。
そしてさっき手に取っていたものを、反対の手の指で摘まんで見せた。
「これがなんだか解るか?」
それは小さな白い錠剤のようなもので、自然界で出来るような代物ではないことは一目瞭然。
私が想像したのは睡眠薬かなにかで、もしかしたら私が寝ている間に何かしようとしているのかもしれない、とある意味最悪なパターンが思い浮かんだ。
「何よ……それ………」
今、私はどういう表情をしているのかが解らない。怒りで引きつっているか、或いは恐怖で涙目になっているか。
そんなことも解らないほど心に余裕が無い。

グランスはまたにやりと口の両端を吊り、瞬時にその錠剤を私の口の中に突っ込んだ。
急に口の中に手を突っ込まれた私は軽い嘔吐感を覚え、嘔吐こそしなかったものの、暫く咳が止まらなかった。
「げほっ!げほぉっ!………………………な、何を……」
「避妊薬だ。お前も知っているだろう?俺が人間とつるんでいたことを……。そいつから貰ったんだ。あいつの興味本位だったんだがな。」
グランスの腕は、がっちりと私を押さえつけて放そうとしない。必死に抵抗を試みるも、そんなものは意味を成さなかった。
「この薬は少々強く作りすぎたようでなぁ。大体四日ほど効果が持続するらしい。
なに、別に怖くなんか無い。ただ四日間、俺の捌け口となってくれればいいんだ。別にこんなものは使わなくても良かったんだが、子供が出来てしまっては後々面倒だからな…」
「ちょっと、止めてよ!冗談じゃないわ!!」
火を吹いても、余計な体力を使うだけ。私にはグランスに傷一つさえつけられないのだ。
自分の非力さを痛感し、心が折れてしまいそうだった。

「……っ、………外が…騒がしいな。誰か喧嘩でもしてるのか?」
グランスの声で私も気が付いた。
微々たるものだが、外からは活気に溢れた怒声が飛び交い、家の僅かな隙間から耳へと入り込んでくる。
何をしているのかは解らない。だが、あれほど仲の良い森の住民達が、こんな大勢で喧嘩するなど考え辛いが……。
「まぁいい、そのうち治まるだろう。」
グランスは何も気にせずに、にやりと笑いながら私をまた見下ろした。
彼の目には、私は自分の欲を晴らす道具にしか映っていないだろう。
グランスは徐々に身を屈め、顔を私の身体に近づけていく。これから私は犯されるのだ。
いざ、その事実に直面すると、抵抗せずには―――悲鳴をあげずにはいられなかった。
「やっ、止めて!いやっ、いやぁぁあぁぁあぁあぁぁああぁあぁ!!!」
これでグランスの動きが止まるはずも無く、絶望の中、半ば諦めた―――その時!

ゴォン、という、入口を塞いでいた木の板が打ち飛ばされる鈍重な音が、私の悲鳴の合間を縫って聞こえた。
グランスと私の注目をそっちに逸らすには充分な音で、何があったとグランスが入口を見ると、その眼は皿のように丸くなっていく。
次に私がそっちを見た時、私は思わず泪がこぼれてしまいそうになった。

光をバックに佇むそのシルエットは、私が最も良く知るシルエット。
「ネフェリンを…………返してもらうぞ!」

やっぱり来てくれた―――――――――――――私の小さな勇者様。


~story12~ ―絶対不利― 


絶体絶命のピンチの中、ガレナは来てくれた。どうしていつもナイスタイミングなのだろう。
過去に私が不良に絡まれた時も、連れて行かれそうなところで助けに来てくれた。
私がドジを踏んで坂から転げ落ちて気絶しても、気が付くとガレナが安全なところまで運んでいてくれたこともあった。
―――まるで正義の味方みたいに。

「貴様……ネフェリンから離れろ!!」
ガレナは床を強く蹴り、まだ状況が上手く理解出来ないグランスに向かって思いっきり〝体当たり″を繰り出した。
見事に腹に命中されたグランスは、全く抵抗できずに吹き飛ばされて壁に強く身体を打ち付ける。
「ガレナ………」
私は感動の涙を流そうとしたが、その前に目に入った衝撃の光景に、瞼まで出かかっていた涙が一瞬にして引いてしまった。
「呆けるな、さっさと逃げろ!こんな攻撃で倒せるほど柔な奴じゃないだろう!」
そう怒鳴るガレナの身体は傷だらけで、見ているだけで痛々しい。
まだ新しいのか、真っ赤な血が雫となって垂れていく傷口も少なくはなかった。
血が出てないとはいえ、他の傷口も決して浅くは無い。私だったら絶対に倒れてしまうほどの傷の量だ。
誰が一体こんなことを……

「聞こえなかったのか!?さっさと逃げ…………がっ!!」
せめて私だけでも逃がそうとガレナは私を怒鳴りつけるが、言い終わる前に状況が理解出来たグランスの反撃の〝体当たり″が直撃し、外に吹き飛ばされた。
「ガレナ!!」
急いで駆け寄ろうとすると、グランスはより一層冷たい目で私を睨みつける。
「よく見ていろ…。貴様を助けに来たばかりに、自らの命の火を終えるあいつをな。」
冷静を保ってはいるが、グランスは完全に頭にきていることは間違いない。
グランスはまたガレナのほうに目を向けると、立ち上がらせる間も与えずに飛び掛っていった。
それに反応したガレナは、グランスが来る前に即座に立ち上がって後ろに跳ぶ。紙一重でグランスの攻撃をかわした。

相手が例え満身創痍だろうとなんだろうとおかまいなしに、グランスは腕を振り回し続けた。
しかしそれは全て空を切り、ガレナは後ろに跳んで紙一重でかわしていく。
だが、一向にガレナの反撃は無い。何故だろうか。
「どうした、避けてばかりでは勝てないぞ!?」
相手が反撃してこないことを良い事に、グランスは余裕に笑ってみせる。
その笑みは勝利を確信したような笑みで、いくら傷だらけとはいえ、自分の攻撃を殆どかわされているのにこの余裕はなんだろうと思ったとき、全てが解けた。
「ほら、炎タイプらしい攻撃の一つでも当てれば、俺を倒せるかもしれないぞ?」
ガレナは反撃しないのではない、出来ないのだ。
グランスとガレナの体格差を考えた場合、最初のような不意をついた〝体当たり″でないと、物理攻撃の効果も微々たるものだろう。
ガレナはスピードはあるものの、力はそれほどあるほうではない。
それならば得意の炎で攻撃するしかないだろうが、それも出来ないのだ。
何故ならここは森の中。今、彼等が戦っている舞台は広場のように広がっているものの、周りにはそびえ立つ大木に、足元には雑草や花などが無数に生え広がっている。
こんなところで本気になって火でも吹けば、草木に引火して大火事になることは目に見えていた。
炎に耐性がある私やガレナは別として、森のポケモン達はまず逃げ切れないだろう。グランスも倒せるとはいえ、その代償はあまりにも大きすぎる。

グランスの鋭い爪が霜剣のように冷たく光り、ガレナの頭に影を落とす。ガレナは瞬時に足に力を込め、大幅に後ろに飛び退いた。
グランスの腕はまたも空を切り、舌打ちをしながら腕を引いた。
「ちょこまかと鬱陶しい野郎だ。せっかくその傷の痛みから解放してやろうとしたものを。」
グランスの攻撃をかわすたびに、時が経つたびに雑草はガレナの血で赤く染まっていく。一体、どれだけの苦痛がガレナを襲っているのだろう。
ガレナは自分の傷口を一瞥し、一層グランスを強く睨んだ。
「……俺がここに来るまでに襲ってきたペルシアンやこの森のポケモン達……あれも全て貴様の命じたことか!」
「ペルシアン」という言葉に、グランスは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
強く舌打ちをしながら、「あの役立たずめ」と更に不快を露にする。
「あのペルシアンは自分から好んでやったことだ。俺が命じたのはこの森のポケモン達だけ。
『力尽くでも追い返せ』とな。」
「やはりそうか……。あいつらは悪行を働くような顔じゃなかった。中には、明らかに嫌々俺に襲い掛かってきた奴もいたんだぞ!」
さっきまでの様子が一変、グランスは薄ら笑いで答えた。
「そんなこと、俺の知ったことではない。あんな猿芝居を真に受けて、俺を崇めたのはあいつらなんだからな。
馬鹿な奴らだ。自分の身が自分で守れないほど弱いからって、こんな何処の何者かも知れない俺を、こうもあっさりと守護者扱いだ。」
この森にはポケモンが多数いるにも係わらずガレナがここまで辿りつけたのは、グランスの言うとおり「自分の身が自分で守れないほど弱い」からだ。
グランスはそこに漬け込んだのだろう。少しとはいえ、こんな奴に恋心が芽生えてしまった自分はどれだけ馬鹿だったんだ。

こうして話している間も、ガレナの血は一向に治まらない。
ついには力が抜けたように、ガレナは膝を折った。
「勝負あったな小僧……。」
グランスは勝ち切ったように笑い、止めを刺そうとその巨体を走らせた。
「心配するな。貴様が守ろうとしたネフェリンも、ここの住民同様、俺の奴隷として一生こき使ってやるよ!!」
グランスは地面を強く蹴り、爪を前に突き出しながら、一直線にガレナへと飛び掛った。
最早ガレナにこれを避ける気力も体力もない。
「ガレナぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
私は叫ぶことしか出来ない。自分の無力さを痛感しながら、もう駄目だと思った―――その瞬間

「ぐぁっっ!?」
グランスの身体が真横に吹っ飛んだ。彼の痛苦の声と何かがぶつかったような音に顔を上げると、そこには必死に立ち上がろうとするガレナと――――森の住民、フォレトスが立っていた。
「グランスさん………あなたがさっき言っていたことは…………本当なんですか…?」


~story13~ ―不屈の闘志― 


「貴様……」
予想だにしなかった、眼中にさえ入っていなかった者の攻撃を受け、グランスは唖然とする。
だが、殆ど痛がっている様子がないのが堪らなく悔しい気がした。
「答えてください!あなたがさっきまで言っていたことは本当なんですか!?」
何処に口があるのかは分からないが、全身を覆っている鋼の殻の下の辺りを上下させ、フォレトスはグランスに噛み付くように言った。
森の住民達はいつの間にか、ガレナとグランスの周りを覆い囲んでおり、皆傷ついてはいるが致命傷ではない。
このフォレトスの住民全員の代表としてグランスと睨み合っている。
「最早言い逃れは出来んぞグランス……。」
そう言うと、ガレナは足を震わせながら立ち上がろうとする。が、やはり流した血の量は相当なもので、またガクンと膝を折り曲げた。

ガレナがすぐそばで動けないでいる。こんなまたとないチャンスだというのに、グランスは逆に追い詰められていた。
普段なら押されるはずもないフォレトスの迫力に、グランスは遂に自分の悪行を認めるときが来てしまう。
「……あぁ、全部本当だ。侵入者を追い出す演技をしたというのも、そこのマグマラシを追い返すために、お前らを利用したというのもな!」
グランスは言い終えるとほぼ同時に、目の前で睨みを効かせているフォレトスを強引に殴り飛ばした。
全身が鋼の殻に包まれているから大したダメージは負わなかったものの、それを殴ってもなんら反動も受けていないグランスも凄い。
一方、ガレナはまだ立ち上がれないでいる。

「今度こそ終わりだっ!!」
動けないガレナは絶好の的。止めを刺そうと、グランスが再び爪を光らせた。
―――だが、またもやその冷たい光はガレナには届かない。
さっきまで固唾を呑んで見ていた住民達が、一斉にグランスへと突進して来たのだ。
「ぐあっ!………貴様らぁ!!」
やはり大したダメージを負っていないグランスは、まず始めに一番近くにいたジグザグマを殴り飛ばすと、まるで猪の如く邪魔な者へ突進していく。
無論、戦闘の能力に乏しい住民達は避けることも出来ず、一気に数匹が吹き飛ばされた。
邪魔者を蹴散らし、再びガレナの方を向くが、さっきのフォレトスの真正面からの突撃で再び打ち飛ばされる。
「さっきはすまなかった。俺達が不甲斐ないせいで………」
フォレトスはガレナの方を向き、頭を下げる。
その瞳には少しの曇りもなく、邪心がないのいいことにグランスに利用されてきたのだと解った。
ガレナもそのことに気付いた―――いや、すでに気付いていたようで、苦痛に顔を歪ませながらも小さく笑った。
「俺達の弱さを、戦ったあんたなら解ってるだろ?俺達じゃ、あの悪魔を倒せない。
こんなこと、言える立場じゃない、自分勝手だっていうことも充分承知の上であんたに頼む!お願いだ!グランスを………倒してくれ!!」

自分達が弱いから、自分じゃ倒せないから、かつて倒そうとした者に言える台詞ではなかった。
フォレトスの言うとおり一見自分勝手な頼みだったが、それがガレナに力を与える。
何かを守らなければならない時、そしてその対象が多いほど、彼に加わる力は大きく、強靭になっていった。
そして遂に――――

「穿き違えるなグランス!貴様の相手は…この俺だ!!」
ガレナは力強く立ち上がった。
もう血は流れていない。彼の身体から溢れているのは、葉を焼き切ってしまいそうなほどの気迫と迫力、そして闘志。
勝利を確信し、群がる住民を次々となぎ倒していたグランスにとって、ガレナの復活は最も予想外なことだろう。
ガレナの小さな背中が、今日は何倍にも大きくなって見える。

「素直に寝ていればいいものを!最早楽には死ねんぞ小僧!!」
「貴様の野望をここで絶つ!守るべきもの……俺はそれを守り通してみせる!!」
この森で最強の実力を持つ二匹が、遂に正面衝突する。
何十匹もの運命を左右する決戦が今、私の目の前で繰り広げられようとしていた。


~story14~ ―力と力の衝突 ガレナVSグランス― 


ネフェリンの使っていた洞窟で暫くの休憩をとっていたペルシアンは、どこからか騒がしい声が聞こえてきたことに気がついた。
叫び声、怒声、そして何かがぶつかりあうような音を、ペルシアンの耳は全て捕らえていた。
「……ふふふ、そろそろ始ったみたいね。」
薄ら笑いを浮かべながらペルシアンは外の木に登り始める。
そして少し高い場所の枝へ飛び移り、また隣の枝に飛び移り―――まるで大きな階段を上るように、ペルシアンは上へ上へと昇って行った。

ついに森を囲む崖の上へと飛び移ったペルシアンは、すぐさまグランスの住処のところまで歩を進めた。
暫く崖沿いに歩いて行くと、急に三、四倍ほど背を伸ばした、まるで天を穿つ柱のような崖まですぐに辿り着いた。
その横で崖の下を覗くようにして見てみると―――
「………あらら、ついにバレちゃったのねグランス……」
森のポケモン達が円型に展開し、その中央にはガレナが傷だらけで立っている。彼が睨むその先にはグランスが呆然と立ちすくしていた。
グランスの住処の木の中にはネフェリンが、ガレナの勝利を願っているようだった。
住民達もガレナもネフェリンもグランスも、誰も傷ついていない者は居ない。
「……………うふふふ、楽しい事になってるじゃなぁい?」
ペルシアンは妖艶に笑い、その場にゆっくりと腰を下ろした。


「はあああああああっ!!」
ガレナに蹴られた地面は震え、木の葉を舞いあげる。と同時に、ガレナはグランスへと突っ込んでいった。
放たれた漆黒の矢は、グランスの腹の模様である輪の中心をとらえた。
しかし、それだけではグランスの体が僅かによろめくだけ。ガレナは地面に着地すると同時にもう一度地面を蹴り、今度はグランスの顎に下から打撃を加えた。
「がふ……っ!」
流石に顎は効いたか、グランスは大きくよろめく。その隙にガレナは更に攻撃を加えようとするが、やはりグランスも強者であった。
「図に…乗るなぁ!!」
ぐらついた体が倒れる前に踏ん張り、鋭い爪でガレナをなぎ払う。
その時丁度跳躍したガレナはなす術もなく、グランスの反撃を体に受け入れてしまった。
声をあげる間もなく打ち飛ばされたガレナだったが運良くも急所は外れており、出血も微量ですんだ。
守るべきものを得て劇的な進化をとげたガレナに、グランスが明らかに動揺したのが幸いだったのだ。

打ち飛ばされたガレナは、空中で体を回転させ、地面に着地した。
「貴様にここに資格はない!他者の信頼を踏みにじり、裏切っても気にも止めはしない。そんな奴に、生きる資格もあろうはずもない!!」
「ここにいる奴らの殆どが自分の身が自分で守れない。だから強者に依存する。
………自業自得だと思わないか?自分の身は自分で守れるくらいの力があれば、俺にだまされることもなかったはずだ。」
「弱い者がいて何が悪い!力の乏しい者がいるからこそ、それより力の上の者が存在出来るのではないのか!
貴様もここの住民達が居なければ、強者として認められなかったはずだ!」
ガレナの叫んでいることには、一言一言に説得力があった。
グランスは私達、森のポケモン達にいくら束でかかられようとも、それを撥ね退けるほどの力を持っていることは、ガレナが倒れている時に嫌というほど見せつけられた。
だが、それが可能だったのは、相手が私達だったからかもしれない。実際、私達全員がガレナほどの力を持っていれば、グランスもそれほど強くは映らなかっただろう。
正直言って、私達は弱い。
自分の身は自分で守れない。自分の住処も守れない。―――そんな私達が相手だったからこそ、グランスは強者でいられたのだ。

「だからって弱い者は弱いままでいいと言うのか貴様は。そんな訳ないだろう!?」
そう言い終える、とほぼ同時にグランスはその巨体を走らせた。
一瞬にしてガレナとの距離を失くし、爪牙を光らせる。だがその鈍い輝きがガレナを捉えることはなかった。
グランスの爪が振り下ろされる寸前に上に飛び上がり、ちょうど上にあった木の枝の上に乗る。
小柄なガレナだからこそ乗れるのであって、大きな体を持つグランスでは、とてもじゃないが乗ることは出来ないだろう。
このことはガレナに多かれ少なかれ有利に働く。森の中だから炎は吐けないものの、別の面で森はガレナに味方した。
「そんなことは言っていない!ただ自分の大切な者、失いたくない者を守るだけの力があればいい。まずはそれを見つけることの方が、ずっと大切なのだ!!」
グランスはガレナの声を振り払うかのように、腕を上に振り上げた。それによってガレナの乗っていた枝は折れてしまったが、ここは森の中、枝などいくらでもある。
枝が完全に折れてしまう前に、ガレナは次の枝へと跳躍した。
だが、これこそがグランスの作戦だった。木の枝を足場にするということは、自分の行動範囲を狭くしているようなもの。
よく見れば、次にどこに飛び移ろうとしているのかがわかるのだ。
「甘い!!」
ガレナが次の枝に着地する前に、グランスの毒爪が唸りをあげる。―――だが、またもやそれはガレナには届かない。
枝に着地するかと思いきや、ガレナはその枝を蹴り飛ばし、三角跳びの要領でグランスの腹に突っ込んだ。
「ぐは………っ!!」
グランスほどの巨体を倒すにはこれだけでは足りないようだった。グランスはよろめいただけで、すぐにまた臨戦態勢に戻る。
だがガレナは、その臨戦態勢に戻る一瞬の隙を利用し、更に己の体の小ささを駆使してグランスの足の間に滑り込んだ。
その勢いでグランスの背後に回り込み、後頭部に強烈な打撃を加えた。
パワーで押しつぶすようなスタイルのグランスに対し、ガレナは機敏性で勝負する。そしてそれは、脆い一点を突くことで力不足を補っていた。

「いくら貴様でも、頭に喰らえば相当な苦痛だろう。これ以上痛めつけられたくなかったら、降参するんだな。」
グランスは後頭部を押さえながら後ろを振り返り、ガレナを見下ろす。その眼は苦痛に満ちていながらも、怒りで燃え上がっていった。
「…降参……だと……?」
わなわなと体を震わせ、徐々にうつむいて行くグランス。怒りか、はたまた悔しさか、その震えは大きくなっていった。

「……………………クククッ…………」
次にグランスの口から漏れたのは、何かを堪えるように笑う声。こんな追い詰められた状況で笑うグランスがあまりに以上で、ガレナは顔を歪めた。
「ハァーーッハッハッハッハッハ!!」
唖然とするガレナをよそに、グランスは堪えきれずに大声で笑い出す。
何故彼が笑っているのか。それは私にも森の住民達も誰も解らない。だが、その答えは驚くべき結果で理解することになった。

「きゃあああああっっ!!」
私の悲鳴に、ガレナは瞬時に振り向いた。そして目が転がり落ちそうなほど目を見開き、額からは滝のような汗が流れおちていく。
私は後ろ首を誰かにつかまれ、そのまま上に持ち上げられて身動きがとれない状況になっていたのだ。
「降参するのはお前の方だ、小僧。」
ガレナの後ろで、グランスは勝ち誇ったような笑いを浮かべていた。
私を持ち上げているのはユキノオー。まるで大きな雪男のような体格をした、樹氷ポケモンと呼ばれている種類である。
後ろ側の首をつかまれているので苦しくはないが、この雰囲気と視線とガレナとグランスの表情から推測するに――――
―――――――――私、人質ってことぉ!!?


~story15~ ―三つの失敗― 


ネフェリンを人質を取られてしまった。これではガレナも下手に手だし出来ない。
俺達、ここの森に住むポケモン達全員が戦いの場を囲んでいたにも関わらず、ユキノオーの接近に気がつかなかったのは最大の失態だ。
ユキノオーはネフェリンを片手で持ち上げたまま、悠々とガレナの横を通りグランスの横に並んだ。
「遅いぞリビアル。全く、危ないところだった……」
ユキノオーの名前はリビアルというらしい。
リビアルはネフェリンの背中を自分の目線の高さまで持ち上げ、なめまわすように見ながら口おを開いた。
「やられそうだったのかよ!?お前らしくねぇな。
 また一芝居うとうとここに来たけど、お前がいねぇから何やってんだと探してたんだよ。そしたらこんな状況になっててな……………って、俺今『一芝居』とか言っちまったけど、もうバレてんだよ……な?」
「あぁ、俺としたことがな……。………まさかこんな早くばれるとは思ってもなかった。」
人質は、グランス達に余裕をもたらした。すぐ前にガレナがいるというのに、気にせずリビアルと会話を続けるグランス。
ガレナは足を震わせながら、頭と背中の炎を消し、顔を俯かせた。。それが怒りを意味するのか、絶望を意味するのか、彼自身にしかわからない。

「それにしてもこいつ、そのマグマラシの女か?ガキのくせにいい女連れてんじゃねぇか。」
これまで背中をじっくりとみられたネフェリンは、リビアルの手首がひねられることで今度は真正面から体全体を見回される。ネフェリンがそれを嫌がっていることは言うまでもない。恐怖で声に出来ない悲鳴が、聞こえずとも脳内に響くようだった。
「あぁ、そいつの女だ。………まぁ、これからすぐにそいつは俺の女になるんだ。傷つけるなよ?」
「わかってるって。だけど、後で俺にもやらせてくれよな?」
「……かまわん。だがその前に、こいつを始末するのが先だ。」
グランスは一本の爪でガレナを指した。リビアルはその爪の先を見て笑い、一通り見終わったネフェリンの位置を下げた。
「人質を取った上に二対一だ。こんなの勝負はついたも同然―――――」
「…………グランス……」
今までのガレナからは想像もつかないような低く、殺気の混じった声。子供のように小さいガレナが、一瞬大きく見えた。
「……気づいてるか………?」
意味不明でもあり意味深長でもあるその一言に、グランスとリビアルは眉間にしわを寄せる。ガレナは顔を上げ、影になっていた表情が露になった。
鋭く、木の葉程度なら焼き切ってしまいそうな殺気を放っているにも関わらず、その顔はいたって冷静。だがそれは誰が見ても分かる、上っ面だけの表情。
「……貴様らは三つ……ミスを犯した…。」
「……………何……!?」
挑発ともとれる言葉は、グランスの動揺を誘った。だがこれがもしハッタリだとしたら、あまりにも危険すぎる賭け。なにしろ、一番に守ろうとしたネフェリンが人質にされているのだから―――

「……ククククッ、何を言い出すかと思えば……。そんなハッタリに騙されるとでも思ったのか?」
完全に勝ち誇った笑いを浮かべるグランスとリビアル。それとは裏腹に、俺達は更に重い空気を背負わされた。
これでもし、本当にガレナの言葉がハッタリだったりしたならば―――――それは敗北を意味する。
だが、ガレナの表情は一変せず、寧ろさっきよりも冷静さを感じられた。
「…………一つ、貴様らの後ろがどうなっているか分かるか?」
どうやらハッタリではなさそうと判断したらしく、グランスはリビアルにガレナを見張らせて後ろを見た。―――後ろは大きな崖の壁になっていた。日に熱された黄土色の土と岩の壁には、雑草ひとつ生えていない。
これが何を意味するか解る前に、ガレナは更に続けた。
「二つ………それは人質と……………」
ガレナの頭と腰からまた火が噴き出した。それは急激に勢いを増し、巻きつくようにガレナに絡みついて、包み込んでいく。
この時、グランスは一つ目にガレナが言った言葉の意味と、二つ目にガレナが言おうとしていることが全てわかってしまった。

「助太刀の…………人選ミスだっっ!!」
ガレナを包み込む炎の勢いが更に増した。一つ目にガレナが言った言葉―――後ろが崖ならば引火する心配もない、それならばガレナの専売特許である炎を、存分に使用することが出来る。
「しまった……っ!リビアル!伏せろ!!」
グランスがリビアルに言う前に、すでにガレナは地面を蹴っていた。当然リビアルが反応出来るわけもなく、ガレナの〝火炎車″が直撃した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
激突の衝撃を与えると共に、劫火がリビアルの体を包み込む。いくら振り払おうと離れるわけもなく、近くに水気もなくて消す術もなく、リビアルは次第に暴れることも出来なくなってその場に倒れた。
黒こげになったその体に、生気は感じられなかった。
ガレナの言った二つ目の言葉―――ネフェリンの種族は「キュウコン」。その身に宿す特性は〝貰い火″と呼称され、文字通り他者の炎を吸収し、一時的に自分の力に出来てしまうというものだ。
さっきの〝火炎車″の炎がネフェリンにあたってしまったとしても、ネフェリンは無傷で済む。それにガレナとリビアルの体格の差は大きく、突撃するのにネフェリンを巻き込まないようにするのは容易だったのだ。
そして助太刀にも問題はあった。リビアルの種族、「ユキノオー」は樹氷ポケモンと言われるだけあって、属性は「氷」と「草」。氷は熱で溶け、「草」は炎で簡単に焼き払える。つまり、「ユキノオー」にとって、炎はあまりにも相性が悪すぎたのだ。

当然無傷で済んだネフェリンはリビアルの手から解放され、地面に尻もちをついた。その前に見事に着地したガレナの殺気だらけの視線の先には、すっかり怯えさったグランスが居た。
「三つめ………貴様は俺を怒らせ過ぎた……」
ガレナはじりじりとグランスに近寄っていく。グランスはその迫力に後退する始末だ。
「………貴様の 汚れきったその心………最後はせめて潔く………!!」
ガレナの炎は、またガレナ自身に絡みついていく。グランスはその場から動くこともできず、死を目の前にただただおびえるだけであった。
――――だが、例え悪者であっても、それの死を望まない者がいた。
「駄目っ!ガレナ!そいつがどんな悪い奴でも殺すなんて………絶対駄目よ!!」
ネフェリンは震えながら必死に訴える。確かにグランスはどうしようもない、殺されても文句ない悪者であるが、心優しいネフェリンはそれを見るのを望んでいなかった。
しかし、ガレナは振り向いて一度ネフェリンに視線を合わせるだけで、火の勢いを弱めようとしない。それどころかネフェリンさえも更に怯えさせてしまった。

ガレナにネフェリンの声は届かなかった。ついにガレナは地面を蹴り、グランスを強襲した。
「潔く……………咲き誇れっ!!」
「駄目ぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーー!!」
死者を出したくなかった、という気持ちもあるだろう。
だが、ただネフェリンは自分の愛する者―――ガレナに他者を殺めることなどしてほしくなかったのだ。
ネフェリンの声もむなしく、ガレナはただ遠ざかっていくばかり。その光景が涙でゆがんで見えなくなっていく。

そしてネフェリンの目の前で、轟音と共に凄まじい砂煙が舞い上がった。ネフェリンはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……………………………」
ただ沈黙を守ったまま、ポロリ、またポロリと涙を垂らしていく。―――誰もかける言葉がなかった。
ガレナは死んだわけではない。だが、ネフェリンにとっては今までのガレナが失われてしまったような気がして、止め処ない悲しみが込み上げてくる。
轟音の後は、不気味なくらい静かだった。砂煙はじょじょに晴れていき、中に日の光が差し込み始めた。
―――――その時、俺達の眼に映ったものは…………
唖然とするグランスと、炎が消えて頭を抑えつけられ、地面に強制的に伏せられているガレナと――――ガレナの頭を抑えて冷徹に見下すペルシアンだった。


感想など、あったらどうぞ。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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