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by NIHAICHI




*登場人物紹介*
 ○フィネ・ベルネット
   大家族の末っ子。現在は遠縁のエヴァの家に住まわせてもらっている。クチート。
   働き者で、あまりがっつかないタイプ。欲はあっても「叶う可能性は低いから期待しないほうがいい」とのこと。
   少々人見知りなところもあるが、家事は全部手にかけるし、何かと気が利く。
   恋人であるアンジャスに買ってもらった「しんぴのしずく」を大切に首に掛けている。
 ○エヴァ・ディアス
   フィネの遠い親戚筋で、都会に放り出されたフィネを家に住まわせているサーナイト。
   田舎からやってきたフィネを気前よく世話してやっていたが、普段だらしなく、早くもフィネに家事を先導される始末。
   しかし一応一人暮らしはしていたため家事は全般できるのだが、どうもフィネと比べるとアバウトな印象がある。
   ターコイズのはまった金色の指輪を嵌めているが、詳細は不明。
 ○アンジャス・トラン
   エヴァの親友でフィネの恋人。ちなみにフィネとは結婚を考えている間柄である。ルカリオ。
   才能があって仕事をバリバリこなすが、なんかちょっと間が抜けててドジをする。自称「不幸体質」。
   波動は読めるが空気は読めない。
   ちょっとヘタレだが愛は人一倍だ。


まだ早朝だというのに、舗装された道には数多の影が落ちている。朝独特の淡い光が故に、その影もまた、淡い。
緑の中に鳥の声が聞き取れるが、それは田舎のそれとはまったく比べ物にならないほどに小さい。
そう――ここは都会だ。宝石をちりばめたかのように煌き、夢を与え、大きな闇を背後に抱える、都市部。
数ヶ月前までは、彼女もこんな場所に住むとは思いもしなかった。
しかし、こうして生活している今、そんなことを考えてもどうにもならないし、彼女自身ここに来てよかったと思っている。
黒い房のようなもう一つの自分を背に揺らしながら、彼女はしっかりとした足取りで歩いていた。
肩には重そうな膨らんだ袋を提げ、周りに注意を払おうとちらちら紅い瞳を動かしつつも、せかせかと。
薄い灰色と濃い灰色のレンガを敷き詰められた道、急に彼女はきびすを返して左を向いた。
左にあったのは、こざっぱりとした高層のマンション。
かつんかつん、と音を響かせながら彼女は颯爽とエレベーター前まで来、上へ向かうボタンを押した。
カチッ、と軽いプラスチックの音がして、そのボタンにやわらかいオレンジの明かりが灯る。
間もなく開いたドアに踏み入れ、慣れた手つきで「4」を押す。ドアはすぐに閉まり、上昇を始めた。
何度経験しても、このふわっと上昇する瞬間だけはなれない。上を向いてため息をつく。
最上階までが遠いため、このエレベーターは早い。ものの数秒で4階までたどり着いてしまう。ドアが左右に収まり、彼女は外へ出た。
すこし背の低い彼女は塀からあたりを眺めることができないが、できたとしたら、また美しい風景を望むことができただろう。
朝もやに包まれた街はどこか白く霞み、遠くに見える山は青と紫のやわいグラデーションを持って出迎えていた。
しかし、彼女はその光景を見ることもなく、エレベーターからもっとも遠い部屋に行き着いた。
提げていたバッグの中から鈍く光る鍵を取り出し、安っぽい金属の鍵穴に差し込んだ。ひねると同時にカチャリ、と上の外れる音。
「ただいま」
ドアを開きながら、彼女は明るく中にむかって叫んだ。が、返答はない。それも気に留めることもなく、彼女は中に滑り込む。
小奇麗なフローリングが、ずっと続いていた。廊下も居間もすべて、磨き上げられている。
そこへあがって、彼女はすぐ左の曇りガラスのはめられた白木のドアを開けた。
誰もおきてきていない。ふぅ、と呆れたように息をはきながら、彼女はリビングの奥――キッチンの方へと向かう。
縦長のキッチンは冷蔵庫やら炊飯器やらで少し狭いが、そこにさらに荷物を置く。少し狭いが、気にする風もなく彼女は荷物を出す。
荷物の中身は、新鮮な魚と野菜だった。まだ生気の絶えていない、新鮮な材料たち。
彼女は緑のチェック模様のエプロンを纏い、それらを台の上に乗せていく。
まな板と包丁、鍋を下の台から取り上げ、彼女は調理を開始した。

※※※

何かが焼け爆ぜるジュージューという音と、手際よく何かを刻む包丁の音で、サーナイトは目覚めた。
本当はまだ寝ていたいのだが、彼女がそれを許さない。赤い目を半分瞼で覆いながら、サーナイトはのっそりと起き上がった。
薄いレースのカーテンから淡い太陽の光が漏れ射してくる。もうそんな時間なのかと半分驚き、半分うんざりした。
秋らしく、今日はなんだか寒い。
布団の重みでひっぱられる白いヴェールがサーナイトをぬくい布団の中に誘おうとするが、緑の手で無理やりひっぺがす。
睡眠欲が自分をつぶす前にこの眠気の充満した寝室を脱出しようとサーナイトはのろのろとドアのほうに向かった。
最後に名残惜しそうに一度だけ振り返り、諦めて勢いよくドアを開ける。
廊下はひんやりとした空気に満ちていて、とろけた脳に刺激を与える。意識がはっきりとしてきて、サーナイトは顔をはたいた。
あくびをしながら廊下を右に曲がり、サーナイトは顔を洗いに洗面所に向かう。
白い部屋の、これまた白い洗面器に取り付けてある水色の蛇口を捻る。蛇口からは勢いよく水が飛び出した。
それを緑の手で受け、そのまま顔に打ち付ける。水は跳ね、落ち、流れていった。
顔から滴る水を水色のタオルでふき取り、蛇口を先ほどとは反対側に捻る。水は勢いを弱め、数滴名残を残して止まった。
サーナイトは顔を上げ、改めて鏡に映る自分の体を見る。
どれだけ酷く寝返りを打ったのか、翡翠色をした髪の毛が荒れている。特に毛先のほうはバラバラの方向をむいていた。
自分の寝相の悪さに呆れながら、目の細かい櫛を取り上げる。弱い念波を込めながら梳ると、毛並みはすぐに治る。
緑の艶のあるいつもの髪の毛に戻ったことを確かめると、サーナイトは櫛をカップの中に戻した。
そのままきびすを返し、戸を開ける。
そこには、汁物の味見をしている、彼女の姿。
彼女はサーナイトの姿を認めると、にっこりと笑った。
「おはよう」
「あ~・・・・・・おはよー、フィネ」
フィネ――そう、フィネ・ベルネット。それがそのクチートの名前だった。
フィネは口から小皿を放すと、エプロンで手を拭く。コンロの上にはふつふつと煮立った味噌汁の鍋があった。
サーナイトはぼりぼりとだらしなく首の後ろを書きながら、黄色っぽいニスの椅子に崩れるようにすわり、顎をテーブルに乗せた。
その様子を呆れ笑いを浮かべながら見ると、フィネは食器棚から食器を取り出す。
背が低い彼女は、陶器を特に気にしながらコンロの横に乗せ、ふっと一息ついて鍋の中身をよそりはじめる。
サーナイトはフィネが準備をしている間ずっと自分の髪の毛をいじっていた。・・・どうやら、料理を作る気はないらしい。
結局彼女は、食事が始まる寸前までうとうとしながらテーブルに伏せていた。
ことっ、と音を立てて最後の皿が食卓に置かれる。その音に反応してサーナイトは起き上がった。
「いただきます」
フィネは質素に、サーナイトは大げさに、朝食の挨拶を行う。
早速、サーナイトはご飯に手をつける。白く艶のあるご飯を、まとめて口の中へ。
「最近起きるのが遅くなりましたね」
「いやー、最近仕事の量がハンパじゃなくてねー、疲れてるのよここんとこ」
「お疲れです」
サーナイトは口の中につめたものを一気に味噌汁で流す。息をついたかと思えば、今度は具をかっ込み始めた。
繊細な箸使いで魚の身を捕らえると、フィネは小さな口に押し込む。
どんどんと食は進んでいく。やはり、所詮は生き物だということなのか。
「あー、そうそう。今日祝日だけどどっか行くの?」
「いいえ、午後は3時ごろからアンジャスさんのところに行きますけど、午前は特に――」
「じゃあさ、電車に乗って東地区に買い物に行かない? ちょうど割引券もらったんだよー、使わないともったいないじゃん」
「え――いいんですか?」
「いいってことよ。・・・・・・じゃあ、8時45分に出発でいいね?」
サーナイトは自慢げにガッツポーズを作り、反対の手でコップをひっつかんで飲み干した。
ぷはー、と息をつくと同時に、大きなモーションで手を合わせ、ごちそうさま、と呟く。
そのまま鼻歌を歌いながら、サーナイトはキッチンの反対側の部屋に消えていく。それを見届けて、フィネも茶碗をテーブルに置いた。
小さい手のひらを合わせ、目を閉じて挨拶をする。
イスの上に立ち上がると、彼女は食器を重ね始めた。カチャカチャと陶器が擦れる音が響く。
その食器の山を端に寄せ、フィネは椅子を飛び降りた。
とん、と軽い音を立てて彼女は床に着地する。仰ぎ見た時計は、8時15分だった。一息ついたら出発だろう。
あ、と彼女はサーナイトの部屋のほうを向いて叫んだ。
「エヴァさーん、コーヒー飲みますー?」
「頼んだ」
部屋の奥のほうから、エヴァと呼ばれたサーナイトの眠そうな声が聞こえてくる。どうやら本格的に眠いらしい。
はーい、と返事をしながらぱたぱたとフィネは走っていく。その後にコーヒー豆をコーヒーミルに入れる、カラカラという音。
キッチンからフィネが次に出てきたときには、コーヒーミルのハンドルを回しているところだった。
そのままリビングのほうへ向かい、黒く柔らかいのソファに座り込む。ぼふっ、と弾力が優しく彼女を包んだ。
ガリガリという少々耳障りな豆を挽く音だけが部屋を満たす。鳥の声も閉められた窓に阻まれて聞こえなかった。
彼女は遠い目で空を見た。ビルに阻まれてここから見える空は狭い。鳥たちも少なく、何より緑が少ない。
ぽつりぽつりと見える木々は全て不自然なまでに等間隔に揃えられて植えられ、気味が悪いほどに管理されている。
それから視線をはずすと、自然と壁に貼り付けてある写真が目に入った。
さまざまな写真がはってある。が、家族の写真は少ない。主にエヴァとフィネ――そして、アンジャス。
アンジャスは、フィネの恋人だった。すでに両方の家族と対面しており、結婚も考えている相手だ。種族はルカリオ。
やさしいがすこしとぼけているところもあって、そういうところがフィネとよく合うのだろう。
部屋に、ガリガリという音が消える。そのことに気づいたフィネが中を見ると、既に豆は挽き終わった後だった。
一度弾みをつけてフィネは立ち上がる。歩きながらコーヒーミルの引き出しを開け、本体をテーブルの上に置く。
と、奥の部屋からエヴァの高鼾が聞こえてきた。ため息をつきながら、コーヒーを淹れる作業に戻った。
水を汲んでコーヒーメーカーの中に流し込み、粉をセットする。そしてオレンジ色のボタンをオンにした。
よし、と小さな声でつぶやき、彼女は反対方向、つまりエヴァの部屋まで走っていく。
どうなっているのかと思って中をのぞいてみると、案の定緑色の四角いカーペットの上でうつぶせになっていた。
とりあえず、と彼女は物置の中から紺色のタオルケットを引っ張り出して、彼女に優しくかけてあげる。
そのまま幸せそうな彼女の顔ににっこりと笑って、部屋を後にした。
早いものだ、こぽこぽと二人分のコーヒーが出来上がっている。
食器棚から二人専用のカップを取り出し、その中にあつあつのコーヒーを注いでいく。
「エヴァさーん! コーヒー入りましたよー!」
漆のお盆の上に湯気を立てた淹れたてのコーヒーのカップを二つのせ、フィネはエヴァの部屋に叫ぶ。
返答は、眠そうな呻き声。その直後に転んだのか振動が聞こえてきた。
ドアが開いて、痛そうに腕をさすりながらエヴァが現れる。それを見て呆れ笑いながら、フィネはカップを置いた。
紫色の線が2本走ったカップと、オレンジ色の太い線が一本だけ走ったカップ。オレンジのほうをエヴァに差し出して、フィネは座った。
「ありがと・・・・・・ほんと眠くってさ、いやんなるわ」
ずずず、とコーヒーを啜りながらエヴァはつぶやく。あはは、とフィネは笑う。
熱い陶器を透かして手に伝わってくる温もりが嬉しい。それを持ち上げて、コーヒーを飲んでいく。
苦いコーヒーを少しずつのみくだしていく間、会話はなかった。やはり、エヴァは眠いらしい。
空になったカップを軽く振り下ろしてテーブルに置くと、エヴァは気合を入れながら立ち上がった。
「よーし、復活! ・・・・・・と、もうこんな時間か。先に準備してるわ」
ああ、と曖昧に返事をしながらフィネは最後の一口分のコーヒーを飲み終える。カップを端に寄せて、彼女は椅子を降りた。
そしてそのまま、まっすぐキッチンと隣り合った自分の部屋に向かう。
白木のドアを潜れば、そこはもうフィネの部屋。
しかし彼女の部屋は、一般の女性のものとはまったく違い、ものが本当に少ない。
少し狭い部屋には水色のふかふかしたカーペットが敷いてあるが、それだけが贅沢した品のようだ。
その横には本棚があるが、本はあまり入っていない。どうやら、買ってみたはいいが本がない、という状況らしい。
ドアのすぐ左には戸棚が置いてあり、その中にはさまざまな用品が整理されて入っている。
机の上はスタンドライトとペン立てしかなく、机の目の前の出窓には小さな多肉植物がぽつんと白い陶器に入っているだけ。
殺風景な部屋だが彼女はそれでいいらしく、戸棚の側面に引っ掛けてあった白いバッグを取り上げて、中身を確認する。
財布と合鍵、そしてタオルが一枚畳まれて入っているだけ。それで頷いて肩に引っ掛けた。
もう一度ドアを開けると、その向こうでは黒い皮のハンドバックを肩に下げたエヴァの姿。
「準備できたー? んじゃ、行こうか!」

※※※

フィネは電車に乗るのが好きだ。しかし、東地区へは10分もあればついてしまう。
混み合った電車を降りて、新鮮な空気を吸い込む間もなく人の波に押し流される。
逸れないようにエヴァの手をしっかりと掴んで、二人は流れと同じ方向に進んでいく。
階段では足の踏み場にも困るが、それにはなんとか慣れていた。もともと小さな足なので、苦はあまりない。
そして、大きな流れははいくつかの支流になる。改札に切符を通して、漸く目的地に着いた、という思いに浸った。
東地区は西地区より古くできた場所で、緑も多く、木も自然な角度で生えている。
「・・・・・・で、何処に行くんですか?」
駅の銀色の壁に貼り付けてあった地図をチェックしながら、フィネは訊いた。人が次々と横を掠めていく。
はっとしてエヴァは黒いハンドバッグの中をあさる。いろいろ詰まっているらしく少々時間がかかったが、漸くサイフを取り出した。
綺麗な緑色をしたサイフをぱくっと開くと、そのポケットからはみ出ていたオレンジのインクの紙を引っ張り出す。
「えーっと・・・・・・このすぐ近くだよ。ああ、あのでっかい建物だ」
エヴァは右腕で視界の左にある大きなオレンジの建物を指差した。ターコイズのはまった金色の指輪が陽を反射して光る。
・・・・・・本当に、すぐ近くだ。一本道路を隔てた先に、大きなガラスのドアが待ち構えている。
鼻歌を歌いながらエヴァは吸い取られるようにオレンジのデパートのほうに向かっていく。
ここでも人ごみはあるが、駅の構内ほどではない。それでもエヴァを見失わないように手を握った。
白い筋が縦横に走った凹凸の激しいコンクリートの上を、二人は歩いていく。
そのまま自動で開くガラスのドアをくぐり、二人はいくらかの人と共にデパートの中に入った。
二人が入ったのはフードコート側のドアだ。さまざまな食べ物の匂いが、そこらじゅうに充満している。
フィネはむっと眉間を寄せた。このようなたくさんの匂いが混沌とした場所は慣れない。どうも気持ち悪くなってしまうのだ。
それを察したエヴァは上のほうに視線を泳がせる。ボードには矢印と、その方向にある店の名前とその種類が記してあった。
その名前と割引券を照らし合わせて、ぐいっとフィネの腕を引く。彼女もそれについていけるような速さで歩き始める。
右の角を曲がると、そこでフードコートは終わっていた。少し通路が続いた後は、広い空間になっている。
ひんやりとした床を踏みながらそこへ行き着いた後、もう一度看板を見て右に曲がる。そこは出口側だが、向かうのはそこではない。
出口に近い場所に、「ラッコルト」という名前の店が二スペース文を確保して作られていた。そして、エヴァもその店に入る。
ラッコルトは木の実屋だ。が、思わずフィネは感嘆の声を漏らす。
量も種類も、そんじょそこらにある店とは比べ物にならないほどのレベルだった。そう、まさに専門店。
普通の店には置いていない、少し珍しいロメの実はおろか、フィネが見たことも無いようなカラフルな彩の木の実まである。
エヴァはあちこちをきょろきょろと眺めているフィネを目に留めると、あはは、と笑った。
「都内でもこれだけすごい専門店はなかなかないよー。それなのにね、ここにある割引券は3割引なんだよ!
券くれたり店教えてくれたり、もう本当にリヒャルダに感謝だわ」
子供のように頬を高潮させて、嬉しそうに拳を握りながらエヴァは叫んだ。店員が(照れ笑いか苦笑いかは分からないが)笑っている。
フィネは興味津々であたりを見て回った。
小さなヒメリの実の袋詰めから、大きなカイスの実やベリブの実がゴロゴロしているコーナーまでをめぐる。
「気象な幸運の実・サン入荷!」と書かれたコーナー(既に売り切れだった)を曲がると、そこは加工品のコーナーだった。
さまざまな色をした液体がビンに詰められ、木の実の粉末が一さじいくらで売られている。砂糖漬けも棚いっぱいに並んでいた。
と、カートの上にカゴを乗せて、オレンの実の品定めをしていたエヴァが、フィネに向かって笑いかける。
「何か欲しいのない? 奢ってあげるよ」
きょとんとして、フィネはエヴァのほうを見た。そしてそのまま、手に持っていたウブの砂糖漬けを見た。
ラベルにつづられていた値段を見たところ、結構高価な品である。彼女はそれを棚に戻した。
それを見ていたエヴァは、深いため息をつく。
「フィネ、もうここは実家じゃないんだから、贅沢していいんだよ? いくら末っ子だからって、遠慮しなくていいの」
それだけを伝えると、エヴァは改めて自分の言ったことを、深く考え始める。
オレンを見定めていたはずの目は、いつの間にか悩むような悲しんでいるような目に変わっていた。
末。――そう、末の子なのだ、あの子は。

フィネがこの都市部にやってきたのは、一年と半年前。
それは彼女の意思でもなんでもなく、家族の都合でしかない。
彼女の家、ベルネット家は多産だ。しかし、子供を殺すという概念を軽蔑する傾向があり、故に大家族となる。
田舎の片隅にあるベルネット家は例にもまれず貧乏だった。少ない金をやりくりしようと焦り、喘ぎ、常に家族は二の次になってしまう。
何人もの子を抱えた家では、それはさんさんたる結果を生む。
幼い頃から労働に追われ、誰かに甘えることもできない。贅沢は全て禁じられてしまう。
もともとどこの家でも末の子というのは自重しがちだが、フィネはその影響で途方も無いほどに贅沢をしたがらない。
実は部屋を与えるのにも抵抗を見せ、家具も机と寝床だけで済まそうとした。
ほかの家具も買い与えれば、今度は代わりにと働く。自分の身よりもなによりも、働こうとする。
そう、働く。
彼女が働き盛りの年齢、20の少し手前というあたりで、厄介払いだとか金を稼がせるとか、そういう目論見で都会に放り出された。
そこで、遠縁であるディアス家の片割れ、つまりエヴァが彼女を引き取ることになった。
でも、こうして一年と半年が経ち、結婚も遠くないところになった今、彼女は甘えるということを知らない。
しかし、エヴァは知っていた。――生来、ラルトスという種族に生れ落ちたが故に持つ力で、彼女はフィネの心を視ることができた。
フィネは知らず知らずのうちに、初めて出会った甘える相手に、依存している、と。
ため息をつくと、エヴァはヘタの小さいオレンを選んでカゴの中に放り込んだ。
そこに遠慮がちな目をしたフィネが、小振りなゴスの実をカゴの中に入れた。エヴァは、木の実とフィネを見比べて、うん、と頷く。
「必要な木の実、カゴの中にいれといてちょうだい」
いきなりの言葉に驚きながら、こくんとフィネは頷いた、頼んだ、といいながらエヴァはきびすを返す。
エヴァは真っ白なヴェールを滑らせて、加工品のコーナーのほうに移動した。さまざまな色をした液体に満ちた瓶が、陽光にきらめく。
けっこうな間何かいろいろ考えたりつぶやいたりしたあげく、彼女はぽん、と手を叩いた。
赤い液体がなみなみと注がれたヨプの濃縮果汁の瓶を一つ取り上げて、カゴの中に入れる。
そして、パラフィンの袋を二つ取り上げ、パインの粉末とオレンの粉末をそれぞれ5杯ずつ袋の中に滑り込ませた。
決意したかのようにもう一度頷くと、エヴァはフィネのほうに戻る。そしてその途中に、大き目のソクノの実をひとつ手中に収める。
フィネは十分な量の木の実を中に入れたところだった。
「何ですか、それ?」
「えへへ、実験」
さりげなくそれらを全てカゴの中に入れると、そのままレジのほうに向かう。
ピクシーの店員が、待っていましたとでもいうように会計を始める。

※※※

たくさんの買い物袋を抱えて、ガラス細工売り場のような場所からエヴァが現れた。その後ろから、心配そうな顔でフィネが顔を出す。
「大丈夫ですか? 持ちますよ?」
「あはは、フィネちゃんは聞いたことなかったっけ? あたしはサイコパワーで体支えてるから重力感じなくなってんのよ。だからどんな重いものも平気。――あ、でもバランスは考えなきゃだめだからね」
ニッ、と笑ってそのことを伝え終えるが、フィネはそれでも心配し続けている。・・・・・・まぁ、無理はないが。
証明させるためエヴァは両手に下げていた袋をぴんと伸ばした右手に移し始める。最後の大きな一つを移しても、腕はびくともしない。
エヴァの華奢な腕とたくさんの袋を見比べ、フィネは納得した。なるほど、彼女の話が本当でないわけは無い。
彼女が頷いたのを認め、エヴァは右腕にかけた袋の半分を左腕に提げ戻し、歩き始める。
十分にたくさんの店を回ってきた。ラッコルトの後から、あやふやな記憶をたどって見れば少なくとも10以上は覗いている。
これだけ回ったのだから、今日はもう帰ろうかとエヴァは考えていた。
ふと、彼女は左腕を振り上げる。暗い赤をした革で固定された銀色の時計が光を反射して光った。
金色の針は、1時の一歩手前を指している。こんな時間になっているのにも驚いたが、何より自分の腹が減っていることに気づく。
「ねぇ、そろそろ昼ご飯食べようか。買ってきてあげるからさ」
「ああ・・・・・・もうそんな時間でしたか。そうしましょう」
フィネは笑顔を見せると、エヴァに小さな手を振って下に下りるエスカレーターのほうに向かった。
この三階と二階、二階と一階を結ぶエスカレーターがある場所はガラス張りになっていて、二階であるここから一階の様子が望める。
その付近には滑らかな木材を組んで作られたベンチが設けてあり、そこにフィネは座る。
それを確認し、エヴァは壁にあるガラスに銀色で描かれた地図をなぞった。ここからフードコートは近い。
方角を確認して、エヴァはその方向に歩き始めた。こつ、こつ、と石質の床に足跡が響く。
一つ角を曲がると、上から赤いポップ体で「Food court」と書かれた看板がぶら下がっていた。
そこから先は、もう混沌だ。ざわざわと声がさざめき、大小さまざまな影で溢れかえっている。座るところも少ない。
ちょっと並びそうだな、と思いながらエヴァは雑踏に足を踏み入れた。
さまざまな料理が並んでいるが、フードコート外から出て食べることを考えると、選べるものは少ない。
どうしようかな、と考えていると彼女の目に「ポフィン」という目が飛び込んできた。
ポフィン・・・・・・昔は菓子として食べられていたが、現在ではサイズを大きくして売り出すことで、立派な食事として普及している。
さらに、珍しく味の濃い実を使わねば無理だと言われたまろやかポフィンも、職人が安い木の実でも作ることができるようになった。
ちょうどこの店は類まれな職人が経営している店らしく、金色のポフィンが描かれた看板が掲げられている。
ここにしよう、とエヴァは6,7人の列の最後尾に並ぶ。人々の合間から職人が慣れた手つきで中身を撹拌している様子が見て取れた。
時計回りに回したと思えば、反時計回りに。固まってきたそれを黒い金属でできた型に流し込んだところで、エヴァの番が巡る。
ライチュウの店員が、小さなメニューを差し出す。「一種類の味」「二種類の味」「三種類の味」と種類別に分けられていた。
だが所詮は5種類の味の組み合わせだ。迷う必要はあまり無い。
エヴァは甘いものには目が無いし、フィネはいつも苦さにちょっとだけ甘みの加わったポフィンをいつも頼む。
迷わずに一種類の味と二種類の味を指差すと、
「甘いポフィンと苦甘ポフィンを一つずつください」
「はい。両方とも大きいサイズで?」
「ええ」
「12スタン1レミルです」
黒いハンドバッグを肩からはずし、紺色の財布を中から取り上げた。開いた中、硬貨入れに指を入れる。
大きな銀貨と小さな銅貨、そして9つの溝を持つ黒っぽいもっとも小さな硬貨を取り出し、ライチュウの手のひらに落とした。
淡々とやり取りをすませば、あとは待つだけだ。ライチュウが店の奥に消え、紙を破く音が二回。
しばらくして、両手に茶色っぽい色をした紙袋を抱えたライチュウが再び現れた。
それを受け取ると、ありがとうございました、というライチュウに一瞥を与えてエヴァはその場を後にする。
人ごみの間を縫うようにして、彼女はフードコートの看板を潜った。角を曲がると、それに気づいたフィネが手を振ってくる。
「ただいまー、と・・・・・・あ、トイレいってくるわ。先に食べてて」
ほかほかと紙を通して暖かいポフィンを彼女の腕に手渡す。
いってらっしゃい、といいながらエヴァを見送った彼女は、すぐに顔を落として紙袋を見る。
その紙袋の折り返されたところを開き、その袋を開く。ほわ、と蒸気が顔を直撃して、一度フィネは目をつぶった。
中に入っていたのは、これまで3度しか食べたことに無いまろやかポフィン。うわぁ、と呟いて彼女は緑の粒が乗ったほうを取り上げる。
フィネは嬉々としてそれをほおばり始めた。
――その彼女には、まったく分からなかった。知る由も無かった。
トイレに行くと席を立ったエヴァが、トイレに向かう角で姿を消したことなど――

※※※

「ふぅー、ただいまー」
たくさんの袋を一度床に下ろしながら、エヴァは深く息を吐く。が、もう一度持ち上げて、フローリングに足を乗せた。
白いドアを押し開け、電気の灯っていない薄暗いリビングに出る。フィネはドアの横の白い壁に手を触れ、電灯のスイッチを押した。
柔らかい白の光が全体を明るくした。ありがと、とつぶやきながらエヴァはキッチンに荷物を全て下ろす。
「ああ、片付けは私がやりますよ」
「あ、ありがとう。ちょっとやりたいことがあるから助かるわ」
エヴァは木の実をあしらったきれいな色文字で『Raccolto』という印刷がなされた袋の中に手を入れる。
袋の中から取り出したのは、水をはじくようにコーティングされた白っぽい紙袋二つ、そして瓶と、大き目のソクノの実。
それらを全てキッチンの台の上に乗せ、下の戸棚からまな板と包丁を取り出す。
真っ白なまな板の上にソクノの黄色く細長い実を置くと、エヴァはひっくり返すようにへたの部分を剥いた。
ソクノの色はヘタに向かうにつれて白っぽくなり、端っこは既に真っ白だ。この白い部分は硬く、味もないため、躊躇なく切り落とす。
そのまま、彼女はソクノの実を淡々と切っていった。厚すぎず、薄すぎず。等間隔で黄色い実は刻まれていく。
6等分されたそれを見て、エヴァは少し考えた。だがすぐに食器棚のほうに向かい、コップとガラスの器、小さな皿を取り出す。
コップの上で、ソクノの黄色い実を少し力をこめて絞った。白濁した果汁が滴り、ガラスの底を打つ。
六等分した実のそれぞれから少しずつ果汁を搾り取っていく。
とても柔らかいこの実は、その分多量の果汁を採取することができる。小ぶりなコップはすぐに白濁した液で満ち満ちた。
残ったソクノの果肉を、迷うことなく器に移した。その上から砂糖をかけて、水と、近くにあった調理用のワインを少し垂らす。
ソクノの実が浮いてこないように小さい皿で蓋をし、冷蔵庫の中にしまいこんだ。
と、彼女のすぐ下で木の実を冷蔵庫に片付けていたフィネが、ふとそれを見る。
「それ、何ですか?」
「え、ああ、これ? 余ったから砂糖漬けにしようかなーってさ」
急に質問をされて、エヴァは少し口ごもりながら伝えた。しかし心配は必要なく、フィネは頷いてまた作業にかかる。
深入りしなくてよかったな、と思いつつ、エヴァはパラフィン紙の袋を開く。
白くさらさらした、まるで粉雪のようなそれは、独特の虹色の光沢を帯びている。
少々高価なパインの粉末をこぼさぬように注意しながら、少々大きめのパラフィン紙の袋を開き、袋から一枚の紙に直した。
その上に、もう一つの袋から違う種類の粉を出した。
特殊な製法で作られているため、ざらざらと手触りは悪く、少々黄色っぽい粉の中には転々と紺色の粒が混ざっている。
だがそれを気にする様子もなく、エヴァはパインの粉末とオレンの粉末を混ぜ合わせ始めた。
紙の端を持ち上げて二種類の粉を真ん中に寄せ、山にしたかと思えば、それを外側から円を描くように混ぜ込んでいく。
最後に指ですり合わせるように混ぜたあと、満足したような笑顔を見せてエヴァはソクノの果汁の入ったコップを持ち上げた。
ソクノの果汁を、一滴一滴粉の上に垂らしていく。と、ぱちっ、と一瞬だけ光が閃いた。
ソクノの実は、落ちる雷の力を吸収して育つ。そのため電気の力を帯びていて、衝撃が走るとその力を発散する。
しかしその力はあまり強くはなく、最初こそ粉の上で液体ははじかれてしまったものの、だんだんとなじんでいく。
粉に果汁が加わり、それは半固体の「生地」のようなものに姿を変える。
その「生地」をエヴァは千切っては丸め、つぶして平たいタブレット状にしていく。
最後の一つの形を整え終えると、彼女は満足そうな笑みを浮かべてよし、とつぶやいた。
しかし赤いさらさらした液体で満ちた小さな瓶を見てはっとする。
小さな瓶のコルクを取り外して、タブレットの一つに二滴振り落とした。赤い染みはじわじわ広がり、やがて全体をうっすらと赤く染める。
そのタブレットが乗ったパラフィン紙を持ち上げて振り向くと、フィネのほうも作業が終わったらしく、こちらを見ていた。
エヴァは冷凍庫にそれを入れ、冷気があふれる前にあわててドアを閉めた。
「・・・・・・それは?」
「薬っていうのかな? うーん・・・・・・サプリメント? まぁその類だね。えーっと・・・・・・確か回復とかなんとかに効果があるとか違うとか。あ、早速使ってみようか。まだ固まってないけど溶かして飲めるし。――あ、」
コップに水を入れかけたエヴァは、何かに気づいて手でシンクを軽く叩く。
そのままくるっと振り返ってフィネの顔を見た。が、フィネは状況がよく飲み込めず首をかしげる。
「辛いのは大丈夫だろうけどさ、・・・・・・確か、酸っぱいの全般にダメじゃなかったっけか?」
「あ、はい」
「そっか。じゃあ水じゃダメだな。とりあえず紅茶入れるわ。カップ持ってきてちょうだい」
「え? でも紅茶と一緒に飲んでも大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。何かと一緒に飲んだりしてヤバいとかそういう成分は入ってないからね」
そのあとエヴァは材料がどうとかこうとか言い始めたため、フィネはカップを取りにテーブルのほうに向かう。
カップは朝コーヒーを飲んだままで、少々黒い澱が残っている。それだけを確認すると、彼女は両手に一つずつカップを持った。
ぱたぱたと音を立てて、水を入れたミルクパンを今まさに火にかけようとしているエヴァのほうに向かう。
カタン、とミルクパンがコンロの上に置かれた。エヴァはすぐにコンロの火を強火にする。
「あ、カップね」
「・・・・・・そのまま入れちゃだめですよ。洗ってください」
そのままお湯を入れることを見透かして、フィネは釘をさす。はいはい、と返事をしてエヴァはシンクにカップを置いた。
銀色の蛇口を上に押し上げた。透明でまろい流れの水が飛び出て、すぐ下に置かれたカップに勢いよく飛び込み、跳ね散った。
わりかしアバウトに、青色のスポンジでカップを洗っていく。泡が大量にカップからあふれるが、そんなこと気にはしない。
二つのカップを水で洗い流したときには、大分強い火をかけていた鍋の中で、水は沸騰寸前まで温められていた。
タオルでカップの周りの水分をふき取ってから、コンロの横、奥のほうにある茶色い箱から紅茶のティーバッグを二つ取る。
それを一つずつカップの中に入れて、その上から砂糖を配分した。エヴァのほうには多く、フィネのほうには少なめに。
そこにお湯を入れれば透明なお湯はあっという間に赤茶色に染まる。それをマドラーでかき回し、エヴァは冷凍庫のほうに向かった。
ひんやりと冷気が漏れ出る。白いそれを掻き分けて、エヴァはタブレットを二つつまみあげる。
――赤いものと、白いものと、一つずつ。
ぱたん、と冷凍庫を閉めて、カップの上でタブレットを細かく割り砕く。
赤いほうを紫の線が入ったカップに、白いほうをオレンジの模様のカップに入れる。そして、固形ではなくなるまでマドラーで混ぜた。
それとなくわくわくしているフィネは、エヴァより一足早く椅子についていた。
紫の線の入ったカップを、フィネのほうに差出し、エヴァはオレンジのカップを持って自分の席に着いた。
フィネは、すぐにそれを飲み干し始めた。その顔は、本当に楽しそうだ。
だが、それを見ていたエヴァの顔は、どことなく企みを含んでいる。そう・・・・・・計画は既に始まっていた。

※※※

時計は2時半。本を読みながら、フィネはアンジャスと会った後どうするかを少し考えていた。
・・・・・・アンジャスと彼女が出会ったのは、彼女がここにやってきてから一ヶ月が過ぎた冬だった。
フィネの働いている会社にクライアントとして訪れたのが、アンジャス。
最初はフィネはアンジャスのことなど考えもしていなかった。・・・・・・そう、惚れてしまったのは当のアンジャスのほうだったのだから。
ある日に街でフィネはアンジャスと会う。そのままだったらきっとすれ違ったままだったろうが、アンジャスはルカリオという種族だった。
ルカリオ。生まれつき波動を読むことができる。波動はこの世の全てのものが持つ「個性」のようなものだ。
フィネの波動を覚えていた彼は、人ごみの中にその波動があることを感じ取り、そして、二人は知り合うこととなる。
最初はフィネは友人として関係を保っていて、急にアンジャスが告白をしてきたときには驚いた。
しかし、彼のことはよく知っていたつもりではあったため、彼女はその申し出を受け入れた。
と、ここでフィネはくすっと笑う。
アンジャスは仕事もまじめに取り組んでその実力も認められて年齢の割には高い地位についている。ついているのだが。
――一言で言うと、ドジだ。
どことなく気が抜けていて、よくものに躓き、茶と酒を間違え、しまいにはカーテンを踏んで破いてしまう始末。
だが、その間抜けなアンジャスが、フィネはとても好きだった。
と、彼女は悪寒を感じた。ぶるっ、と体を震わせて、自分の手を額に乗せた。
・・・・・・案の定、暑い。いや、体が急に熱くなってきていた。体中が火照っている。
体の様子がおかしいことに気づき、席を立とうとするが、力があまり入らない。ふらふらと立ちくらみながら、何とか椅子から降りた。
フィネはキッチンの手前にある台の上、時計の横から体温計を取り出した。
それを脇の下に挟んだあと、十秒の間を待って、その数値を見る。・・・・・・思ったとおりだ。結構な熱。
しかし、薬を飲もうにも、確か救急箱はエヴァの部屋にあったはずだ。しかし、この体から急激に力が抜け、動くのが関の山だ。
それでもなんとかエヴァの部屋のドアノブを握ると、それを回しながら倒れこんだ。比較的軽い彼女の体が、ぺたっと床にへたりこむ。
「どうしたの?」
倒れたというのに、冷静というか、ただ単に冷めているというか、エヴァはゆっくりとフィネの元に近づき、しゃがんだ。
いや――声の抑揚が、いつものものとは全く違う。どこか艶かしい、大人の女性の声――。
しかし、自分の体で精一杯のフィネには、それを聞き分けるのも難しかった。いや、気づいていても自分の熱の性だと思ったろう。
「あの・・・・・・急に熱が上がってしまって・・・・・・薬を持ってるのはエヴァさんだから・・・・・・」
「体が火照ってるって?」
エヴァは、フィネの顔を覗き込んだ。いつもなら心配して覗き込んでいるものだろう。
だが、その顔を見た瞬間に、フィネの体は凍りついた。背筋をなぞられた様に、冷たいものが走る。
心配している顔ではない――そこに浮かんでいたのは、冷たい、いや、楽しんでいるような笑顔。
「それでいいの」
遊ぶようにフィネの顔を上げてよく見つめる。フィネは、彼女がおかしいことに気づいた。
エヴァの目と、胸にある逆三角形の突起が淡い紫色に光った。これが術を使うときに現れるものだということは、フィネにも分かる。
フィネは身を案じて、今残っている力の全てを持って、唯一の武器である大顎を彼女に嗾けた。
しかし、エヴァの術のほうが早かった。フィネの体が、まったく動かなくなる。エヴァは嘲笑うように彼女の体を舐めるように見つめた。
「金縛り」。この技はいつか解けるはずだが、その頃にはきっと体の力は抜けきっている筈。
と、エヴァは黒いハンドバッグを逆さにした。フィネにはその行動が分からなかったが、――中から出てくるものを見て、息を呑む。
本来なら財布だとかハンカチだとか、そんなものが出てくるはずだった。
だが、エヴァのバッグから出てきたのは、色とりどりの機械。そして、一本の縄。
「動けないでしょうけど、念のため、ね・・・・・・」
その縄をもって、エヴァは床に倒れたフィネを縛っていく。後ろ手に組まれた腕を縛られた後は、彼女のもう一つの大顎を縛る。
唯一の武器を失い、フィネはこれから何をされるのかという恐怖に晒された。
エヴァはきつく彼女を縛った縄を結ぶと、カーペットの上に出されたさまざまな「玩具」の一つを取り上げ、フィネの目の前に差し出す。
「これを見て、これから何が起きるのか分かるでしょう?」
フィネは確信する。エヴァが豹変――そう、まさに取り憑かれたようになったことを、そしてこれから何が起こるのかを。
この呪縛から逃れようと、フィネは首を振った。だが、エヴァは許そうとはせずに、機械のスイッチを入れた。
「嘘ついても駄ぁ目。あなたの心の中はお見通し・・・・・・」
ヴーン、と低く小さな音を立てて、その細長い機械は振動する。エヴァはスイッチを切り替えて強さを変えてそれを弄る。
フィネは、金縛りの解けた体をじたばたさせようとするが、それも時遅く、すでに体から力は抜けてしまっていた。
彼女ははっとする。気づいたのだ。あの時飲んだあの「薬」は、そもそもこのために作られたのだと。
そのことに気づいたフィネの心を読み取り、エヴァは辛辣な笑い声を上げる。
「知ってるかしら? パイルの実の中身を磨り潰したものは、薬になる・・・・・・薬は毒にもなるわ。ええ、あなたに与えたのは毒じゃない。――強い媚薬よ。体力を回復させる力を持つオレンの力を凝縮した粉末と、雷の力を帯びたソクノの果汁――」
媚薬、という言葉をフィネは聴いたことが無く、意味は分からない。だが、それの禍々しいものであることは感じる。
エヴァはそれに気づいたふうも無く、演説を続ける。
「この二つは、単体では何の意味もないわ。オレンの実には少し媚薬の効果があるって聞いたけど、イアにさえ遠く及ばないもの・・・・・・。でも、この二つを混ぜ合わせて、パイルの実に加えれば、チイラの実と同じ、いえ、もしかしたらそれ以上の媚薬になるの。まぁ、フィネの飲んだほうには、体の火照りと脱力を促すヨプの濃縮果汁もいれたけどね・・・・・・」
「媚薬って・・・・・・なんなの? 何か・・・・・・」
それ以上続けることもなく、フィネは口をつぐむ。エヴァは再びフィネの顔を覗き込み、顎に指を這わせた。
その顔はますます近づき、フィネの顔と接触する。肌と肌が、そして唇同士が重なり合う。
突然のことに戸惑ってしまい、彼女は口を硬く閉じるのを忘れた。一瞬の隙で、エヴァはフィネの中に滑り込む。
エヴァの舌はフィネの舌の上に重なり合い、そのまま柔らかく、別の生き物のように舌を撫ぜた。
「んぅっ・・・・・・!」
かなり感じやすくなってしまった彼女の体は、舌と舌が触れ合うだけで快楽を覚える。
それを楽しむようにして、エヴァはますます深くフィネの口を吸った。二人の口の間から溢れた唾液が、光を浴びて艶かしく光った。
エヴァは最初こそ舌を絡めて弄んでいたものの、すぐに口腔内を嘗め回し始める。
妙に暖かい口の中を、舌がなぞっていく。この感覚に身を打ち震わせ、フィネは快楽に溺れる外なかった。
漸く唇を離した時、フィネはとろんとした目つきでエヴァを見つめるほどになってしまっていた。
その様子を見て微笑をたたえつつ、エヴァはフィネの耳元に口を持っていく。
「体で教えてあげるわ・・・・・・」
エヴァの指は、そのまま体の線をなぞっていく。神経の集まりを通るたびに、フィネはびくっと体を跳ねさせた。
指は体を下って、フィネの足の方に向かう。と、緑の指がフィネの足の間に消える。
その一瞬の間に起きたことが理解できないまま、フィネは背中を反らせた。
「ひあっ!」
エヴァはふふ、と微笑みながら指を股間から離す。その指と股間の間には糸が引いていた。
指はとろりとした液で濡れていて、それが光に当たってテラテラと不気味に光る。それをそのまま、エヴァは口に持っていった。
妖艶な表情で、濡れた指をエヴァはしゃぶった。数回なめたかと思えば、すぐに口から指を離した。
と、彼女は手をフィネの足に掛け、ゆっくりとこじ開けた。フィネも抵抗しようとは思ったが、すぐさま体がそれを拒む。
フィネの秘裂が、エヴァの目に晒された。綺麗な桃色をしたそれは、ぬるぬるした汁にまみれている。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
「たったこれだけなのに濡れてるのね。・・・・・・弄って欲しいでしょう?」
フィネは、咄嗟に頷き返そうとしている自分がいることに気付く。目の前の、どこか狂気も垣間見える彼女に、服従しようとする自分が。
そう、たったこれだけ。たったこれだけの前戯に自分は墜ちようとしているのだ。
それを拒もうと、フィネは必死で首を振る。その必死な様子を見て、エヴァは楽しそうに笑った。
「正直じゃないのね。いいわ、順番にやってあげたほうがいいものね」
エヴァはフィネの体の上に四つんばいになり、フィネの顔を覗き込む。その妖艶な輝きに、フィネはどきっとした。
しかしそれも束の間、エヴァはフィネの胸の上にある突起に触れた。ぴくん、とフィネの足が動くが、それだけで止まる。
エヴァは分かっていた。彼女が自分を抑制しているのだと。しかし、面白がってエヴァはフィネの乳首を指で弄んだ。
強い媚薬によって感じやすくなっているフィネは、数秒で挫けてしまった。すぐに足を伸ばして快感を全身で浴びる体制になる。
それを見て満足したのか、エヴァは床に手を突き、自分の口をフィネの胸に近づける。
「うああっ!!」
エヴァはフィネの小さな乳首を口に含み、舌で転がした。声を上げるのは当然だ、今彼女の乳首は陰核と同等の感度なのだから。
柔らかいそれを、片方は口淫し、片方は指の腹で転がす。強い衝撃が走らずとも、エヴァを興奮させるのには十分だった。
喘ぎながらも弱い嬌声を上げ、フィネは動かない体を快感に任せるほか無い。
エヴァは最後に乳首を甘噛みし、フィネの乳首から口を離す。同時に、指を離した。
「へぁ・・・・・・」
急に快楽を取り上げられ、フィネはだらしない声を出した。焦点の合わない目でエヴァを追った。
エヴァは含み笑いをして、その様子をずっと眺めていた。フィネはすぐにでも続きをして欲しいほどだったが、ただ彼女を見つめる。
彼女は何も行動を開始せず、フィネを見るだけ。フィネはぼうっとするおぼつかない頭で理由を考えるが、それといったことはない。
と、そんなことを考えていた時、急にエヴァがフィネに顔を近づけた。
「うふふ・・・・・・続き、やって欲しいの?」
前回同じ質問をされたときは、必死でそれを拒んだ。だが、もう既にフィネは墜ちてしまい、欲望に打ち勝つ力なぞ微塵もなかった。
勢いよく頭を立てにふり、フィネははっきりしない目で彼女を見つめて続きを待つ。
「今度は正直ねぇ。でもそれなら先にやってもらうことがあるの」
フィネは相槌を打つ。が、数秒後に話していた内容を理解すると、早くしてほしいと思いながらエヴァを見る。
エヴァはそんなフィネを焦らすように、ゆっくりとフィネの顔のほうに移動した。
なにをされるのかと思いきや、エヴァの顔はフィネの頭の上を通り過ぎ、足がだんだんと近づいてくる。
ヴェールが顔を撫ぜ、フィネはヴェールの内側を見ることに気付いた。そして、ヴェールの下にあるものを・・・・・・。
純白の華奢な足がすらりと伸びたその間には、濡れた秘所が見え隠れしていた。そして、その秘所はだんだんと顔に近づいてくる。
「舐めて」
ついにエヴァはフィネの胸に腰を下ろした。フィネの目の前にあるのはまさに彼女の割れ目。
舐めろといわれはしたが、彼女はそれに戸惑いを一瞬感じた。が、快楽が欲しいという欲望に勝てずに、エヴァの秘所に舌を伸ばす。
ピチャ、とフィネの舌が秘所に触れる水音がした。そのまま彼女はスジに沿って上に舌を動かしていく。
なかなか反応しないため心配になりつつも動かしていた舌が、ついにエヴァの秘豆に触れた。びくん、とエヴァの腰が浮く。
ここだと分かった以上、そこ以外を舐める気はしなかった。ピチャピチャと卑猥な音を立てながら、エヴァの秘豆を攻め立てる。
「いいわぁ・・・・・・はぅあっ・・・・・・もっと激しく・・・・・・」
喘ぎ喘ぎエヴァはそういうと、これからの快楽に耐えるために床に頬をつけてカーペットを握った。
フィネは秘豆を舌先でなぞっては舐め上げ、吸う。その度にエヴァは可愛らしい嬌声を上げた。
そうしているうちに、エヴァは腰をフィネの口から離す。ヴェールで覆われていた視界も晴れ、最後に高潮した面持ちのエヴァの顔。
エヴァは手探りで『玩具』の山を探し、その中から何かを掴んだ。そして、フィネに顔を近づける。
「よかったわぁ、ご褒美に玩具を使ってあげる・・・・・・」
そういうや否や、エヴァはすばやい手つきでフィネの体勢を変えた。仰向けの格好から、今度は、尻を突き上げるような格好に。
前か横しか見えない体勢となってしまったためにフィネはどきどきしていたが、急に尻に柔らかい感覚を覚えた。
「ひゃうっ?!」
どうやら、エヴァが尻を撫ぜているらしい。そのぞわぞわとした感覚に、フィネは体を振るわせた。
と、急にその感覚が無くなり、一瞬不安になるが、心配はいらなかった。菊門に、柔らかい舌の感覚を覚える。
エヴァは口で菊門を解していた。独特の快感が、フィネを襲う。
「もうそろそろいいかしらね」
エヴァはそういうと口を離した。と、すぐに尻に硬いモノが触れる。それは丸いカーブを移動して、そう、先ほどの菊門へ。
「きゃうん!」
菊門を広げて、何かが内部に入り込んだ。何か・・・・・・見えても、フィネには分からなかっただろう。
透明な球が5つ連結したそれの端を、エヴァは持っていた。それの二個目を、今まさにフィネのアナルに入れようとしている。
アナルビーズ。まだまだ小さいほうだが、もち手に近づくにつれて大きくなっている。
エヴァは二個目をフィネのアナルに押し込む。一度透明な球からアナルの内側が見えたが、すぐに菊門は球を飲み込んだ。
「ふわあっ!!」
「二個目・・・・・・うふふ、あと三個よ」
フィネの体はかくかくと震えていた。無理もない、ここに異物を入れるのは初めてだろう、快感と同時に辛いものもあるはずだ。
しかしまったく躊躇せずに、エヴァは三個目をアナルに入れる。
「三個目」
「はああん! ・・・・・・出して・・・・・・出してよぅ・・・・・・」
「駄目よ、全部引きずり出すときが楽しいんだからぁ・・・・・・さぁ、次で四個目」
断られた以上、フィネは耐えるほか無かった。涙を流して懇願するフィネを面白そうな目で見つめる。
息を荒くしてはいるが、少し苦しそうだ。だがそれも彼女の意志を覆すことはできず、彼女はアナルビーズに指を添える。
その指に力をこめ、彼女は押した。
「うがぁっ! ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
「うふふ、もうそろそろ叫ぶ体力もなくなってきたのかしら? でも大丈夫、これで最後よ」
早く済ませてあげようと、エヴァは五個目を手にした。このビーズの中では一番大きなものだ。
今度は両手で、彼女の中に押し込んだ。
「うああ・・・・・・!!」
「よくがんばったわねぇ・・・・・・最後に遊んであげるわ・・・・・・」
エヴァは白く細長い機械――バイブを取り上げ、尻尾のようにちょろりと出ている持ち手を一瞥してフィネの体勢を変える。
仰向けにした後、エヴァは彼女の小さな足をまた広げた。そして、濡れに濡れた秘所にバイブの先をつける。
そのままスイッチをつけ、最弱のまま彼女の膣にバイブを差し込んでいく。
「ひゃあああああああっ!!」
もはやその叫び声は、体を反らせて感じている様は、獣のそれと同じだった。快感の波は押し寄せては引き、引いては溢れる。
肉壁を掻き分けてバイブは進んでいく。少しでも動くたびに、フィネはがくがくと痙攣をした。
エヴァは彼女の喘ぎ声を楽しみながら、バイブで一突きする。と、どうやらそこが一番奥だったらしく、固い感触があった。
どうしようか、と考えた挙句、エヴァはにやりと笑ってバイブのスイッチを取り上げた。
そして、「最弱」となっているそれを一気に「最強」まで引き上げる。
「きゃあああぁぁぁ!!!」
甲高い声が部屋を満たした。しかしそれにひるむことも無く、エヴァはバイブをひっつかむ。
そのまま円を描くようにバイブを回した。くちゃくちゃと膣内がかき回される卑猥な音がエヴァの耳にも届く。
「ひゃあぅ! ・・・・・・イく! イっちゃうぅっ! やめてえええ!!」
「やめると思うかしら? ・・・・・・さぁ、イきなさい」
エヴァは菊門から出ていた丸い金属の持ち手を思い切りひっぱった。連結していた球が、一気に彼女のアナルから飛び出す。
その摩擦によって生まれた快感は、彼女が達するのには十分だった。
「!!! あああぁぁぁぁああああ!!!」
フィネは絶頂に達し、びくびくと痙攣を始めた。それをみて満足したらしく、エヴァは彼女の膣から無理やりバイブを引き抜く。
びくんっ、と体が跳ね上がり、そこで絶頂が終わった。その後のフィネの体には怠惰感だけが残る。
と、エヴァは立ち上がって疲れきったフィネに近づき、催眠術を掛けた。目と赤い突起が光り、念波がフィネの体に当たる。
ぼんやりと開いていた目はすぐに閉じ、暖かい寝息を立てて彼女は眠り始めた。
フィネの体に巻かれていた縄を、自分の机の上においてあった鋏で切り取り、解いてやる。
エヴァは疲れた体を引きずり、キッチン・・・・・・冷蔵庫のほうに向かった。冷蔵庫を勢いよく開き、中からオボンの実を取り出す。
すこし固めのそれにかぶりつきながら、彼女はクリーム色の電話を取り上げる。そのまま慣れた手つきで電話番号を押した。
受話器を耳に当てながら、体力が戻ったことを実感して腕を回し始める。と、ちょうど電話の相手が出た。
「あ、アンジャスさんですか? ええ、ええ、エヴァですよー。フィネのことで話したいことがあるんですが、えーっと・・・・・・そうそう、『フェリシタ』に来てもらえます? そうです、あの駅前の喫茶店。大丈夫ですか? あ、フィネにはいっておいてありますよ。ええ。では、十五分後に待ってます」
ただそれだけを話し終えた後、彼女は受話器を電話の本体の上に置く。そして、深く息をついた。
「これで大丈夫なはずだけどな・・・・・・あとはフィネ次第だなぁ」

※※※

・・・・・・フィネが目を覚ましたのは、それから一時間後だった。
既に性の興奮から冷め、残っているのは多大な疲労感のみ。
生臭い、というよりは愛液独特のあの甘ったるい女の匂いが充満している。それだけで、この疲れの理由をありありと思い出した。
と、彼女は足を動かす。どうやら薬の効果が切れたらしい。その上、縄も切れていて、体が自由に動くようになっていた。
しかし、体は疲れきっていて、動くのがとても面倒だ。その状況を打開するため、フィネは立ち上がってよろよろとキッチンに向かう。
一時間前にエヴァがやったのと同じように、フィネも冷蔵庫を開く。しかし彼女が取り上げたのは、エヴァの好物のミックスオレだった。
甘いミックスオレの缶をあけ、彼女は一気に飲み干す。飲み干した後にふうー、と深い息をついて缶をシンクの中に置く。
彼女のあの豹変振りは何だったのだろう? と、フィネはふと思う。普段のエヴァとはまったく違う、彼女。
しかし、フィネはそれよりもあのときの快楽の波のほうが気になって仕方が無かった。
あの、甘く、高ぶる興奮。あれを忘れられない。深く思い出すほどに彼女は股間がうずくのを感じた。
誘惑に駆られ、フィネは床に横になる。そして、自らの秘裂に手を伸ばす。
秘豆に触れると、もうそこから彼女は戻ることができず、秘豆を擦るように揉みしだきはじめた。
最初はゆっくりと罪悪感のようなものを感じていたが、そのうちそれも無くなり、手の動きも加速していく。
息が荒くなっていく中、彼女はまだ物足りなさを感じていた。
もっと、もっと激しく・・・・・・
彼女はもう片方の手を秘裂の中にもぐらせ、膣口から指を膣内に滑り込ませた。肉壁が柔らかく指を包む。
指で肉壁を押し広げるように膣内をかき回し、同時に秘豆も擦る。これだけのことをしているのに、まだ物足りない。
性の興奮に対して貪欲になった彼女は、ついに自分の武器である大顎を使うことを試みた。
大顎の中に忍んでいる大きな舌で、彼女は自らの秘所を貪った。舌は彼女の思い通りに、スジを上下する。
甘い嬌声を上げながら自慰に及ぶ彼女は、まるで虫のように床を這いずり、欲を晴らそうとしていた。
――が、その彼女にも聞こえるほどの大きな金属音。その後に続いて、ドアの開く音。
彼女は咄嗟に行為をやめ、立ち上がった。
アンジャスか? それとも、エヴァ・・・・・・?
エヴァのことを考えたとき、また甘い欲望が頭をもたげる。
彼女に頼んで、もう一度自分を快楽の海に突き落として欲しい・・・・・・と。
フィネはその誘惑が首筋をなぞる感覚に、背筋を伸ばす。そしてそれを否定することもできずに、ドアの開いた音がした。
はっとして見つめた先には、白磁の色をしたヴェールと緑の腕、翡翠の髪に真紅の瞳。
その姿は、まぎれもなくエヴァのものだった。
「あのっ――」
「分かってる。フィネ、椅子に座って」
表情の見えない声でエヴァはそれだけ言った。と、その言葉にフィネは戸惑いを覚える。
分かっている? 分かっているのなら、何故、あの時と同じように自分を弄ばないのか? フィネはただ、椅子に座る。
エヴァも、椅子に静かに座っていた。フィネは、その表情をみて、息を呑む。
が、その瞬間に、視界が激しくぶれ、飛ぶ。何が起きたのか分からなかった。
しかし、後から現れた頬の痛みと、エヴァの表情、そして空中に投げ出された彼女の腕で、何が起きたかを悟る。
・・・・・・平手打ち。
「えっ――?」
わけが分からずに、フィネは思わず頬を押さえた。困惑した瞳の前にいるエヴァは、怒りではなく、決意の表情を浮かべていた。
そう、普段の陽気なエヴァでも、あのときの妖艶なエヴァでもない、本当のエヴァ・ディアス――
「・・・・・・そっか。私が間違えてたんだ。方法を選択したときから――」
エヴァは、そのルビーのような目に涙を光らせて、そう呟く。だが、それはフィネをさらに困惑させるだけだった。
それを察知したらしく、エヴァは語り始めた。どこから何が始まったのか、どういう意味なのかを。
「私はさっきまで出かけてた。そう、アンジャスのところに」

※※※

開いていた本を閉じて、彼は耳を立てた。目を閉じ、顔の後ろに下がった房に力をこめる。
まるでヴァーチャルの世界のように、彼は波動を感じ取る。たくさんの青い線の塊の中に、知っている波動が一つ。
それだけを確認すると、本を茶色い革のバッグの中にしまいこんだ。
と、同時にドアの上にぶら下げてあったウィンドウチャイムが住んだ音を立て、客が入ったことを知らせる。
そのドアの方向に、彼は手を振った。と、相手のほうもあいずを返す。
純白と緑を基調とした華奢な体を持つサーナイトは、真っ直ぐ彼のテーブルに向かってきた。
『こんにちはー、エヴァ』
『アンジャスも元気で何よりだわ』
『なんか飲む? それとも食べる?』
『じゃあコーヒーとショートケーキ頼むわ。全部あんたの驕りね』
エヴァはアンジャスと呼ばれたルカリオにそういうと、ルカリオは悪い顔一つせずに店員を呼んだ。
・・・・・・この二人は、結構気安い間柄だ。
エヴァの遠い親戚で、いま家に置いているフィネがアンジャスの恋人だというだけでなく、エヴァと彼は実は幼馴染だからでもある。
カメールの店員がクリップボードを携えてやってきて、注文をとる。
『コーヒー二つとショートケーキ一つ、追加で』
『はい。コーヒーとショートケーキを一つずつですね。畏まりましたー』
店員は店の奥に消えていくが、一瞥しただけでアンジャスはエヴァのほうを見る。
彼はエヴァの真剣な表情を見るが、アンジャスは首をかしげてエヴァの顔を覗き込む。
『・・・・・・どうかした?』
『あーもー、やっぱり心配して正解だったわ!』
エヴァはむっとした顔をしてテーブルを軽く拳で叩く。と、アンジャスは怯んで手を前に出した。
彼女は落ち着いて座りなおすが、アンジャスを軽く睨む。しかし、当のアンジャスは気にせずにいるようで、エヴァの顔を見ている。
『あんたねぇ、空気が読めないというか、人の心が読めなさすぎだってば! まったく子供の頃からそこの部分は変わらないんだなぁ』
『あー、ごめんごめん。謝るって。・・・・・・で、フィネについての話って何?』
本題に触れて、エヴァは真剣な表情に戻る。と、すぐにその表情を少し崩した。今度は悲しそうというか、悩んでいる顔。
その横からカメールがコーヒーとショートケーキを差し出し、この場にいずらそうにしてすぐに撤退した。
淹れたてのコーヒーを取り上げ、それを一気に飲む。と、半分ほど飲んだところでテーブルの上にカップを置いた。
『フィネはね・・・・・・かなり控えめっていうかね、自重しすぎなのよ。甘えようとまったくしないから、あんたのことを心配してたの。それに・・・・・・』
ここで一言間をおいて、エヴァはコーヒーを少し啜る。ショートケーキの皿を少し寄せて、セロファンをはがす。
金色の細いフォークでショートケーキを刺し、口に持っていった。それにあわせてアンジャスもコーヒーを飲む。
『それに?』
『心配なのよ。自立ができないかもしれないっていうか、うん。あたしの能力で分かるんだけどね、フィネはあたしに半分依存してるみたいな感じなの。だから、このままあんたと結婚したら、具体的には分からないけどあの子はまずいことになると思う』
苺をスプーンで刺しながら、彼女はうつむく。何度も何度も苺をスプーンで刺してから、彼女は不意に苺を口に含む。
自分のことのように彼女のことを思っているエヴァを見て、アンジャスは不思議な感慨を覚えた。
フィネのことを愛しているアンジャスならともかく、何故彼女があそこまでフィネを心配するのか・・・・・・――
と、ここまで考えてようやく彼は思い出した。彼女の特性は――シンクロ。
彼はエヴァの肩に手を掛けると、彼女に向かって笑いかける。
『大丈夫だよ。結婚するまでに、エヴァにかかった依存の分は俺に対する気持ちになるようにするからさ。ベタだけど、フィネを不幸せにするつもりはない! ってことだよ』
片方の手で拳を握って、しかし迫力も無く独特の頼りない声を持つアンジャスはどことなくひょうきんで、おもわずエヴァは微笑む。
エヴァは一度鼻を啜ると、アンジャスに向かって笑い、小さく頷いた。

※※※

「そう。あなたは自分でも気付かないうちにあたしに依存してた。だからあなたを強姦して、あたしとの関係を絶とうとした――」
エヴァはフィネにそこまでを語ると、あはは、と声を立てて笑う。
「でもフィネは欲望にだけとらわれちゃったみたいねー。でもね、それもいいことだと思うんだ。これからはこういうふうにアンジャスに甘えなさいよ」
頬を打たれたときと今と、まったく彼女の表情が違うのを見てフィネは驚くが、彼女の言葉が心に沁みて笑う。
いろいろと自分のことを考えてくれたエヴァに感謝の言葉を――
と、いうときに、チャイムの音が三度ほど連続して玄関に響く。あいつ、と呆れてエヴァは立ち上がる。
「アンジャスね、下で待たせておいたんだよー。でもあいつのことだから玄関にきちゃったんだなー」
フィネは驚くと同時に嬉しくなった。先ほどまでの貪欲な気分は消えて、それはそのまま感謝にすりかえられている。
彼女は椅子にひっかけたままの白いハンドバッグを肩に下げ、急き立って玄関に向かった。
エヴァはその様子をにこにこしながら見ていたが、彼女がドアに手を掛けたところで待ったをかける。
「ちょっとまってて!」
彼女はきびすを返してキッチンに走って冷蔵庫をあけ、中からソクノの砂糖漬けを取り出した。
と、ふと冷凍庫が目に入る。彼女は冷凍庫も開いて、一番最初に目に入ったタブレットを何の気もなしに割りいれ、指でかき回す。
何の痕跡も残らなかったことを確認して、彼女は棚からタッパーを取り上げる。
タッパーの中にソクノの砂糖漬けとシロップを入れてしっかりとふたをして、彼女は走って玄関まで行った。
「はい、これ。ソクノの砂糖漬け。いやー、作ったはいいけど酸っぱいもの嫌いだからさ、アンジャスと一緒にデザートに食べて」
「え、あ、はい!」
笑顔でそれを受け取り、フィネは重いドアを開く。そのむこう側には、彼女の伴侶となる人が待っているから。


 -Fine-



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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