記憶Ⅲ
警告この小説には(暴力的、死、官能表現など)の表現があります。
苦手な方は読まないで下さい。平気という方は読んで頂けると幸いです。
「ちょろいものね」
無意識の内に呟いていた言葉に気付いた私は慌てて口を噤み、周囲を見回してみる。幸い、パーティに夢中で誰一人として私の言葉を聞いていなかった様だ。ホッと安堵の息を吐きながら私は人気の無い柱の陰に避難する。
聞こえて来るのは馬鹿を騒ぎする三人組とクロノスとカオスの口喧嘩、ロードとゼロの談笑。彼等が私を何歳だと思っているのかは知らないが、その方が都合が良い。任務続行。彼の最終調整は彼女に任せて置いたので任務続行と言った物の、する事が無い様ね。適当に時間を潰しましょう。
私――レオナはパルスに囚われた力無き少女。それは表向きの事実。裏には本当の私が居る。
それにしても、酔いが廻らない様に工夫した甲斐があったわね、最終調整を行う手間が省けたわ。偽る事が私の使命。辛くなんて無いわ。どこまでも偽り抜く決意は出来ている。詐欺師とでも何とでも言えば良い。
「レオナー。どうしてそんな所で寂しく佇んでいるのさ? こっちに来てみんなで盛り上がろうよー♪」
ちっ、邪魔が入ったか。今彼女らに私の素顔がばれるのは拙いわ。軽く舌打ちをしてロード達のもとへ向かう。任務遂行まであと一日、思えば長かったわね。会計班主任兼
それだけの思考を張り巡らせるのと『ごめんなさい。ちょっとトイレに行っていたの』と言うのを同時にこなしてパーティ会場へと戻る。ロードは一瞬だけ不思議な顔をしていたが、すぐにファヌエルがロードと私を呼び戻しに来た為に意識はそちらに持って行かれた様子ね。
今は遥か彼方から訪れる敵の存在も忘れて任務達成の祝いを行いましょう。仮面を剥がれない為にも………………。
「…………以上。諜報班主任オファニエルより」
私は山の様に置かれた書類を一つ一つ音読して行きそれなりの企画には判を押し、下らない物には却下とメモをして
「総帥、職務お疲れ様です」
そういって私に労いの言葉を掛けて来るのは、軍人としての自信と自覚を立派に持ち合わせている引き締まった顔立ちのダークライ――ヒュプノスだ。
「ご苦労だった、少しばかり付き合え」
私が言っているのはパルス博士の開発した仮想空間戦闘訓練装置――シミュレーターによる戦闘訓練の事だ。『ハッ!』と凛とした口調で返答をし、私の為に扉を開けて私を待つ。部下としては、非の打ち様の無い彼なのだが、私が話し相手を求めている時に相手になってくれないと言うのが唯一の欠点だろう。ヘルメスを追放して――数万年、私は他人とのコミュニティーに飢えているのだ。
私が私室を後にするとヒュプノスは扉を丁寧に閉めてから私の数歩分後ろを歩き出す。私的には隣を歩んで貰いたい物なのだが、彼は緊張して喋れなくなってしまうので渋々諦めている。無機質に連なる廊下。私室からまっすぐと続く廊下の両脇に部屋は無く、見方を変えれば私の部屋と本部を遮断する通路と取る事も出来る。
私室と向かい合って存在する本部へと続く扉をヒュプノスが素早く私の前に出て開ける。普通に会話を出来れば本当に申し分の無い奴なのだが。などと考えながらも『ご苦労』と一声ヒュプノスに掛けてから扉をくぐる。
再び奥深い連なりを見せる廊下に半ばうんざりしながらも歩き続け、訓練施設の扉前に着く。扉を開けようと手を伸ばす前にヒュプノスが扉を開いてくれる。その事に感謝をしつつ少々不満に思っている。私の事を上官として慕っての行動なのだろうが、私は上官としてよりも普通の態度で接して欲しいのだ。
訓練施設に入る。部屋に入ると同時にセンサーが作動してバーチャル空間が作成される。この仮想空間内でどれだけ暴れても外部には一切影響を与えない。
――目の前が眩い光に包まれて脳波を読み取られる。この感覚はあまり好ましい物ではないが、起動させる前の環境設定などに大きな影響を与えるので遮る事は出来ない。
脳波のデータを基にして仮想空間の環境が設定される。環境は荒野…………苦手な作戦区域を指定されてしまったが、地形に左右される様では私の敵に打ち勝つ事は出来ない。
敵もバーチャルなのだが、リアルに痛みなどが再現されるので下手をすれば手痛い目に遭う事になる。実際に死ぬ事や怪我をする事は無いが、ショックで気絶する輩が続出するなど、限りなく実戦に近い物がある。私の場合は娯楽としての使用が主だ。こうしてヒュプノスに付き合って貰って、日々募る鬱憤をぶつけるのだ。
「総帥、バックアップは任せて好きに暴れて下さい。タイミングはこちらで合わせます」
ヒュプノスが静かな口調で話し掛ける。実に頼もしいセリフだ。では、思う存分暴れさせて貰おうか。だが、一人でバーチャルの敵を殲滅するつもりで掛からないとゲームオーバーだ。
出現する敵のタイプは………………巨大な翼を持つ異形の者*1が数体、私の苦手な奴らだな。
地面に強力な思念を送り込み、局所的な重力崩壊を起こさせる。地面に吸い寄せられる様にして異形の者は空中飛行を封じられ、地上戦が可能になる。私の八方を塞ぐ異形の者たちに、私の持つ全ての怒りをぶつける。ただ怒りをぶつけるのではない。私の倒すべき敵を異形の者に重ねて攻撃をするのだ。
「貴様らが、貴様らがこの世界に存在しているから…………私は戦わねばならんのだ。出て行けぇぇーっ!」
全てを怒りに任せ、心のままに異形の者たちを引き裂いて行く。『グチャ、メリッ、バキッ』などと言うグロテスクな音を立てながら肉の塊に変化していく異形の者たちは、最早異形の物と化していた。それでも私の怒りは収まらず、暴れ周囲の地形に攻撃をぶちまける。そして………………見つけた。そこに佇み私を見上げている黒い影を。
何かが私の頭の中で引っ掛かっているが、最早そんなもの関係ない。殺し、引き裂き、虚無の絶望を味あわせてやるのだ。私の中で怒りが最高潮に達した瞬間、バーチャル空間が赤い光に包まれけたたましい警報音と共に緊急事態を説明するシステムが作動する。
『精神負荷領域限界値を突破。戦闘パターンを削除の後に空間転送による強制排除を実行します』
空間がグラグラと地震の様に揺れ動き、全てを呑み込む亀裂が走る。私の微かに残った理性が脳内で再構築されるがもう遅い。だが、慌てる必要は無い。今から我らが向かう――正確には転送される場所はG社付近の一帯。第四ポイントだ。私が過去に転送先をそこに設定したので確かだ。
明るく激しい閃光が私の目を貫き脳へと伝わっていく。ほんの一瞬の事で瞬きをする間さえないがしばらくの間、脳に光が焼き付けられる。その光がだんだん薄れていき、代わりに巨大な岩が目の前に広がって行く。無事、排除されてしまった様だと苦笑しながらヒュプノスを探す。すぐ後ろで冷静さを保ちながら何事も無かったかのように直立不動の姿勢を保っている。流石と言うべきか呆れるべきかどちらともつかない気分になりながらも、私は『戻るぞ』と声を掛け、歩き出す。彼は『了解』と一言返事をしてから私の後に続く。
だからもう少し会話をしてくれ。と言う悲願はどれだけ願っても成就されないのだろうなと思いながら無言で歩を進める。
『ガサッ』と近くにある茂みが揺れるので、別の道を探すべく私は道を変えることに決めた。今は誰にも会いたくない気分なのだ。
「もうすぐ、目的地に着くぞ」
僕は刹に導かれるままに林を歩いている。ずっしりと空全体を埋め尽くす様に広がった黒くて厚い雲のせいで、唯一の頼りとなる月明かりも僅かにしか差し込まない。
「っ! 隠れろ」
刹が何かを発見して近くの木陰に姿を隠す。急いで別の木陰を見つけて隠れようとするけど、その前に刹が僕を引っ張って、同じ木陰に引き込む。
ちょっと痛かったけど、声を上げてはならない状態だと言う事は咄嗟に理解出来たので、黙って姿勢を直す。
しばらく周囲を警戒していた刹は、しばらくするとホッと息を吐いて「…………もう大丈夫」と、普通よりも少しだけ抑えた声で言う
「本当は、広い場所で始めたかったけど……事情が変わった。ここで始める」
僕に言っていると言うよりは、自分自身に言い聞かせるような語調で呟いてから、透き通った紅いガラス玉の様な瞳を僕に向けて、少し潤んだ瞳で微笑みかける。
瞳の中、微かに漏れ出た月明かりが揺れている。
「俺さ、お前が記憶喪失だって分かった時、少し悲しかった」
昔から親しい仲の相手に存在を忘れられていたのだから無理も無い。
「でも、嬉しかったんだ」
悲しさと嬉しさは一つの出来事に共存していて良いのだろうか?
例えば、そして腹が立った。ならまだ理解出来るんだけどね。悲しかったと嬉しかったは、対極で、最も掛け離れている感情じゃないか。
そんな事を考えている内に刹は大きく頭を振って、何かを振り切るような仕草を見せた。
「いや、この際俺の感情なんて関係ない。この戦いさっさと終わらせようぜ。そしたら、今言おうとした事を話す」
僕としては次にどのような話が行われるかが気になっていたが、刹が戦いが終わったら話すといった以上、この場で問い詰めるのは良くないだろう。
「レオナにさ、絶対に神を倒して欲しいって頼まれたんだ。多分、自分の人生を滅茶苦茶にされた復讐だと思う」
お前も、覚悟を決めろと最後に付け足して刹は暗い闇の中、微かに差し込んだ月明かりが泳いでいる瞳を細める。
復讐、か。良い言葉じゃないね。復讐は人を変えるよ。憑依されると言った方が正しいのかも知れない。とにかく、性格を捻じ曲げる要因となる事に間違いはないね。
捻じ曲げると言えばロード達悪魔だ。本来の目的と行動が捻じ曲がっている。
「そういえば、神を倒すってロードは断言していたけどさ、矛盾じゃないかな?」
僕が言いたいのはロード達の掲げる理想と行動だ。刹もそれを察してくれたのか「確かにな」と、あまり興味が無さそうな返事をして、大きく欠伸をする。
「でもさ、ロード達の矛盾よりも俺らが神からの攻撃を受ける事無く、ここまで来られた事の方がよっぽど不思議じゃないか?」
そういえば、現役の天使にはカオスさんとクロノスさんにしか会っていない。しかも、カオスさんはレオを助ける為に僕に接触して、クロノスさんは……よく分からないけど、どちらも僕達の事は管轄外だと言った。
……反逆者だって言うのに、天使一人派遣して来ないのは確かに可笑しい事だ。
別の話題なら、不思議さを競い合っている訳じゃないと言っただろうけど、確かに引っ掛かるものがあったので話に乗る。
「忙しいんじゃないの?」
僕が自分で妥当だと思ったことを刹がそれは無いな。と、一言で否定して、根拠を話し始める。
「普段なら神は反逆者が出れば真っ先に消そうとする。だが、俺達には行動が見受けられない。ならば、どこかでもっと大規模な反逆者が居るんじゃないか?
思うに、何かしらの形で俺達は誘導されているのではないか」
僕達を手の平の上で踊らせようとしている。と考えると神らしいかな? と思ってしまう。生命の運命を弄んでいる気がして好感は持てないけど。
「じゃあ、僕達を何に誘導させようとしていて、何の為に誘導するの?」
聞いても無駄だと思うけど、聞かずに入られない。
「未来を変えられるのは、未来を知っている者だけだ。未来を知らなければ未来を変える事は出来ない。常人には出来ない事なのだ。だが、私は未来を変えて見せよう」
演劇の中でのセリフかと思うような仰々しい動作をしながら、刹はそう言った。そして、神の口癖だ。と説明を入れて、その先を考えて見ろと言わんばかりに角で何かを放り投げる様な動作をする。
未来を知らない者に未来は変えられないと言ってから、私は未来を変えて見せると言っているのなら、そこから導き出される結論は唯一つ。神は何らかの方法で未来を予測している。
「…………神は未来を知っている?」
一語一語を確かめる様にしながら尋ねた僕に満足げな表情をして肯定の意を表す頷きを行う。
「俺達を駒みたいに扱って、未来を変えようとしているんだろう」
フンと鼻を鳴らしながら気に入らねぇなと言うと、いきなり僕の顔を覗き込むようにして「俺達を利用しようとした事を後悔させてやるぞ」と詰め寄って来た。
「でもさ、この先に待っている未来が地獄でさ、それを変え様としているのなら協力するべきじゃないかな?」
「確かにな」と呟きながら少しだけ考えてから「なら、目的を確認して単純に歴史を捻じ曲げ様としているだけなら倒すって事でどうだ?」と、聞いてくる。
どうだって聞かれても、ロードと話し合う必要性もあるし、何よりも僕達の話に神が耳を傾けてくれるかどうかさえも不明だ。
「未来を変えることは出来ずとも、より良いと思う方向に向かうことは出来る」
刹は再び仰々しく天を仰ぎながら誰にとも無く言う。
「それも、神のセリフ?」と僕が聞くと、大きく首を横に振って「これは昔のお前が神の演説を見に行った日の後に言ったセリフだ」と、言う。
…………刹の話では、僕の昔の人物像を把握する事は出来そうに無い。
ただ、負けず嫌いだったのかも知れない事だけは推測出来た。
「戻って、ロードとも話を付けよう」
僕は、刹を促して先にG社へと戻ろうと前足を踏み出す。
少しだけ間を置いてから刹は「もう少しの間だけ二人で居たい」と、呟いて僕を再び木陰へと引き戻す。
「神が例え未来を変える事が出来ても、二人でこうやって感じ合える確かな
そう言って静かに僕を抱き寄せて強く抱き締める。
五感を擽る不思議な感覚にはいつまで経っても慣れる事が出来なさそうだ。
今更だけど、話をするだけで景色を楽しんだ訳でもないから、わざわざ場所を変える必要は無かった様な気がする。ああ、カオスさん達の問題があるからどこでも良いって訳じゃないね。
「有り難う。じゃ、みんなの所へ戻ろうか」
そう言って刹は僕から離れ、僕に歩き出す様に促す。刹が先頭を歩こうとしないなんて珍しいね。と、思いつつ促されるままにG社へと向かって着々と歩を進める。
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また、方言を使用していないキャラもところどころ方言になっている可能性がありますので、そちらも指摘の方よろしくお願いします。
方言関係のミスを自分で気付く事は無いと思います。
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