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記憶

/記憶

作者シデン


記憶
警告この小説には、(暴力的等)の表現があります。
展開が早すぎる、わけの分からない部分多数あり。
苦手な方は読まないで下さい。平気という方は読んで頂けると幸いです。


第一話 『夢 ~別世界の誰か~』 

 荒廃した土地で、多数いるルギアと一匹のアブソルが対峙していた。
 所構わず吹付ける風は俺の白い毛を悪戯に揺すっては消えて行く。
 熱いと言う言葉が良く似合う熱風に煽られている俺は、その熱風に負けない熱量の怒りを持っている。
 ――目の前に居るルギアの群に対して…………。

「どうしてお前達ルギア一族が俺達を襲うのだ?」

 俺は、怒りを抑えながらルギア達に聞く。なぜ、俺たちの同胞が襲われなければならない?
 幸い、適切な対処を各々が取った御陰で、死亡者は居ないが、負傷者が十数名出ている。
 全く心当たりが無い襲撃を受けて、同胞達の不安は活火山の如く活性化されて一触即発という言葉が相応しい張り詰めた雰囲気が漂っている。
 今は何とか援け合いの精神で不安に打ち勝っているが、これ以上長引けば内部分裂によってこの街はいずれ滅ぶだろう。

「……お前に話す必要は無い」

 ルギアの返答は無感情そのものだったが、それと対照的に俺の感情は爆発寸前だ。
 平和だった街も、春には新たな生命の息吹が歓喜の唄を謡う木々も、住民の穏やかな心も。何もかも台無しだ。
 それなのに、俺たちに知る権利が無いだと? ふざけるな! そんな言葉で納得できるか! 何の権限があってお前達が俺達の生活に悪影響を及ぼす?
 俺の怒りが奴等に伝わるとは思えない。ルギア達も必死になって俺達を攻撃している。民の命を奪ってまでも奴らが手に入れたい何かが街にあるのだろう。

「必要だろう! 俺達はお前達に襲われているのだから」

 精一杯の怒号を乗せてルギア達を怒鳴りつける。ここは世間一般から迫害された者達が特別に生活を保障されているエリアだ。
 この場所を正当な理由無くして襲撃した者は殺害よりも酷い処刑に遭うと言う決まりさえもある。
 だからこそ、何故襲うかが聞きたいのだ。死のリスクを冒してまでも手に入れたい物は何なのかを。
 宝物などと言う類の物なら幾らでもくれてやる。俺達は自由に生活できる空間さえあれば充分だ。
 ここでは、金などという俗世間の垢に塗れた物を使用していない。近所付き合いと自給自足で生活は充分に満ち足りる。
 ここでの人々は感謝の気持ちを糧にして物を与え、ある時は感謝の気持ちを持って、物を貰うのだ。
 そんな理想郷に近いここも、今となっては地獄と然程変わらないのではないかと思われるほどの惨状に変わり果てていた。

「仕方ない、教えてやる。村がトールと名乗る奴に襲われて、村を追い出された。
 仕方なく住処を求め、旅をすることになった我ら一族は、永い年月を彷徨い歩いた。そして、ようやく見つけたのが、この土地だった。
 だから我らはこの土地のポケモン達を殺して、この場所に我らの文明を再び創り上げようとしているのだ! 邪魔をするな!」

 ルギア達は返す言葉が見つからなかったのか、素直に話してくれた。どこまでもふざけやがって。いい加減にしろ。
 お前たちのせいで地下に拡がり続ける居住区に追い遣られて、悲しみに満ち溢れた雰囲気に中てられる奴が増えて来ている。
 雰囲気も当然汚染されて行くが、何よりも地下施設の為、酸素を供給する装置があるのだが、あれだけのポケモンが集まれば機械が追い付かずにいずれは壊れてしまう。

「ふざけんな! どうして戦おうとしない? 住み慣れた土地をそう簡単に見捨てるなッ! お前達だけで無理なら他の奴に頼れば良いだろう。
 こんな…………破壊活動を行う前に他の奴等に手を貸して貰うのが先だろう! どうしてそんな簡単なことにさえ気付かない?」

 激情に身を任せて言葉を捲くし立てる俺をルギア達はぽかんとした表情で見つめている。
 その眼差しには多少、俺の精神への疑いが混ざっている。俺は俺が考えた事をする。どうせ死ぬんだったら、少しでも希望のある方へ転べば良い。

「なに!?」

 まぁ聞き返したくなるのも無理は無いな。俺としても苦し紛れの説得だからなと内心で自分自身を毒づきながら誠心誠意を込めたフリをして熱弁をふるう。

「無実な俺とお前が争うなんておかしいだろ。だから、……協力してお前達の村を取り返そう」

 全く、襲う前に助けを求めるなりしろってんだ。言葉とは裏腹に、ルギア達へと向ける感情は冷ややかな物だ。

「いいのか? お前はハッキリ言って被害者だ。我ら加害者を助けようというのか?」

 お前ら俺達を殺しに来たんだろ。何を今更『いいのか?』だ。どうせ死ぬんだったら、多少のリスクを犯してでも、可能性のあるほうを選ぶ。

「何を言っているんだ、お前達も被害者だろ。『困っている者を見つけたら力を貸してやれ』が、俺の家の家訓なんだよ」

 出来るだけ優しく接してやろうじゃないか。被害者さんにはよ。
 ま、嘘は付いていないが、人に優しく振舞おうとするのは自分が優しくないと知っている証だと言う事を俺の両親が知っていたのかどうかは知らない。
 だが、そんな訳の分からない独り善がりの家訓を残すのだから恐らく知らないのだろう。

「随分とおめでたい家訓だな。だが、今回は、助けてもらうとしよう。よろしくたのむ」

 確かに勝手に決められたこっちとしてはいい迷惑なんだよな。だが、アブソルのイメージが不吉の象徴な分、俺達でイメージを良くして行く努力が必要なのかも知れないな。

「こちらこそ、よろしくたのむぜ」

 ルギアの群れで敵わなかった相手に勝てるとは思い難いが、ま、運がありゃ、何とかなるさ。今まで悪運だけで生き延びてきた様なものだからな。
 トールとやらが強い力を持っているのなら、俺は世界一悪運の強い男になってやる。
 俺は、ルギア達の長と思わしき奴の差し出した翼をガッチリとはいかないが、右前足を差し出して握手に近い物をする。

 ここで僕の意識は時空を超えて現実世界の何気ない平凡な、平凡でも困難な生活に引き戻される。
 出来ればこのまま夢の続きを見ていたい所だけど、必要以上に大きい雑音に意識が掻き消されて、これ以上眠りに就けなかった。

第二話 『融けて行く世界』 


 目覚まし時計が静寂を引き裂いて僕の鼓膜を震わせる。僕は布団の中で寝返りをうつ。
 しつこく鳴り響く目覚まし時計は鳴り止む気配を一向に見せない。仕方なく僕は起きて、煩い目覚まし時計を止める。

 最近よく見る不思議なあの夢、何で僕の感情じゃなくて、あの人の感情が頭に映し出されるんだろう。そしていつもあの場面で夢は終わる。あんな所を途切れ途切れの夢の中で見せられてたら、嫌でも続きが気になってしまう。
 同じ夢を何度も見る事はあっても、その夢の続きを見ることはまず無い。

「ふぁ~」

 僕はあくびをしてベッドから降りる。ふら付く足取りで伸びをする。
 退屈極まりない、新しい一日が始まる。何かが起こる気がするなんて幻想は、遠い昔に失われていった。
 僕は今日に厭きたんだ。満たせぬ日常の繰り返し、変化の無い生活の無限ループ。
 今日はたしか………。あぁ、そうだった不良に呼ばれていたんだった。行きたく無いなぁ。でも、行かないと怒られるし、嫌だよ。

 時計に目をやる。八時四十五分……大変だ、急がないと約束の時間に遅れる。約束の時間に遅れると酷い目に遭わされる。それを避けたい僕は走って家を出て、全速力で走り出す。しばらく走ると、待ち合わせ場所の公園につく。

 小さな子供達で賑わう公園が、僕の心をより一層暗くしていく。ここでは、ポケモンも人間も遊べる様なコンセプトで開発されていて、野生のポケモンがここに立ち寄る事もある。
 はぁ、何で僕だけこんなに雰囲気が暗いのさ?
 とぼとぼ歩く僕の陰鬱な雰囲気を日光が目立たせる。もしかしたら、元気出せよって励ましてくれているのかも知れないけど、正直、余計なお世話だ。
 中途半端な同情をされる程に、自分という存在が惨めになる事は無いだろう。

「遅い!」

 突然背後から怒鳴られた。軽く跳び上がってから左右を見回し、後ろを振り向く。

「うわー! な、何?」

 僕は驚きのあまり普段からかなり高めの声をさらに高くして叫んでしまった。高い声も僕のコンプレックスの一つだ。
 何と言ったが、別に状況を理解出来ていない訳ではない。突然の出来事には「何?」と叫んでしまう一種の条件反射の様なものだ。

「はははははっ、やっぱ、驚かすならアブソルに限るぜ」

 声の主は不良のゲンガーだ。(ライトという名前があるが、その名前で呼ぶと怒られる)
 思い切りだらしない格好をしている姿と青年的な少しあどけなさの残った笑い声がミスマッチしている。

「驚かさないでくださいよ」

 僕は丁寧な口調を使っているが、別にゲンガーに強要されている訳ではない。寧ろ、堅苦しい喋り方は止めろと言われている。
 それでも、この口調なのは僕なりの反抗でもあり、馴れ馴れしいと怒られない為の策だ。
 僕の言葉遣いを呆れた口調で聞き下してから、ゲンガーは悪びれた様子も無く呟いて、目を擦る。

「いいだろう、減るもんじゃないし」

 心臓の鼓動が速くなります。心臓には筋肉の伸縮させる回数に決まりがあります。よって鼓動が速くなると、寿命が縮みます。それと、僕にはちゃんとヴォルトっていう名前があるんですよ。
 一瞬の内に脳内を駆け巡った反感は、もちろん口には出さない。
 そもそも、ゲンガーと一緒に居るだけでも僕の鼓動はリズミカル且つ激しく動き続けるから寿命が倍以上の速さで減っていると言う事になる。
 ある一定の苦痛を超えてしまえば、苦痛を感じなくなってしまう。
 今の僕に起こっている現象はこれだ。寿命が減り続けるのを気にし過ぎれば、逆に気にならなくなってしまう。これを進化と言うか、退化と言うかは見る人の自由だ。

「今日の用事だが、お前に伝えないといけない事があるんだ」

 今までダラダラと話していたゲンガーが突然、姿勢を正して言った。
 僕は今日のゲンガー、凄く真面目な表情をしているな。とぼんやりとした意識のまま話に耳を傾ける。

「実は、彼女ができたんだ。だから足を洗おうと思うんだ。という訳で、アブソル、もう来ないでいいぞ。さっさとどっかに行け」

 意外な言葉だ。僕の事一生解放しないって意気揚々と言っていたのに。
 まぁ、いいか。僕としては喜ばしいことだし。さて、じゃあ帰ろうかな。
 帰り道、僕はとても愉快な気持ちだった。見慣れた街。それでも今日は違ういつもよりも輝いているように見える。今日だけは、何か特別な事が起こると言う幻想を思い出せた。

 ――もっとも、その予感は良いか悪いかはさておき当たる事になった。彼がアブソルだった事を考えると禍だったのかもしれないが、個人の思想に違いがある以上、一概に禍だとは言い難い。

 普段は耳障りなだけの自動車の走行音でさえ、僕を祝福してくれているかのようだ。苦しみからの解放。もう僕は自由だと思うと自然とスキップになっている。

 人間の大人たちは大概、僕の存在に気が付かない。だから、これまで僕のせいで起こった騒ぎは少ししかない。でも、それは悲しい事でもあるんだよね。
 だって、いつも地面を見つめて会社と言うところに通っているんだよ? そんな悲しいことってそうそう無いよ。
 前を向いて、希望に満ち溢れた眼差しで僕は将来ヒーローになる。とか言っていた子供達が今では大人になってあの頃の少年少女と同じようなことを言っている子に水を差して夢を壊していく。
 今の大人たちは夢と言う幻想が見えなくなって、代わりに漆黒の現実と他人の汚点しか見えない目に変わってしまった。
 今ではすっかり僕達についていた迷信も廃れ、発見されても、珍しいなぐらいにしか思われない。
 地球が温暖化して行くのに対して、人々の心は不平不満と言う毒素に汚染されてどんどん氷河期が近付いてきている。
 でも、今の僕に他者は関係ない。ただ目の前に差し出された自由を貪欲に貪ろうと、大した知恵も無いままに家へと帰ろうとしていた。
 そして家に帰ってから行うであろう楽しい筈の何かに胸を馳せ、僕の歩調はスキップから半分以上ステップへと発展していく。
 ステップをつづけている僕に突然目眩(めまい)が襲ってきた。
 人々の姿が膨張して見えていたり、圧縮されて見えたり、空間が、滅茶苦茶と言う言葉だけでは間に合わないような景色を、僕の正常とは信じがたい瞳と脳が映し出す。
 世界の上下が反転し、空の上に立っている幻覚だと信じたい光景を見ている。
 体中がガクガク震える。本来、空があるべき場所を見上げるとそこには地面があり、ビルなどの建物が、垂れ下がっている様に見える。
 突然、周りの景色が、垂直に立った何かに少しずつ水を垂らした様な感じで、融けていく。
 立っているか浮いているか区別が付かない空の、僕が立っている場所に、融けた世界が粘性の強い液体の様に流れ込んでくる。
 僕の立っている場所より下に世界が落ちることは無く。どんどんと世界は水位を増していく。
 まずは踝。膝に来る。お腹全体が満遍なく浸かる、尻尾と首が、見えなくなる。何より粘りが強すぎてどれだけもがいても全く体が動かない。もはやベタベタでは無く、ガッチリの方が相応しい粘度だ。鳥黐(とりもち)なんて比にならない。
 顔が完全に埋れればまず命は無いと思い、足掻き、顔を出来るだけ上に持ち上げようとする。
 先程もがいた時と全く同じで動けない。泣きそうになりながらも必死になって顔を千切れんばかり伸ばしていたが、とうとう口が世界に飲み込まれる。鼻が塞がり完璧に外部と遮断される。息が出来ない。苦しいけど暴れる事さえも叶わない。
 全く身動きをとれずにセメント漬みたいな死に方をするのか。なんて嫌な死に方なんだと半分以上(正しくは九十五パーセント以上)諦めかけていた僕は、突然身に風を感じた。怖くて閉ざした目を恐る恐る開いてみる。
 開いた目が映し出したのは、空。僕自身の体を見てみる。強烈な風で体中の毛が上目掛けて吹き上げる。
 身に纏っていた世界は、時に何事も無かったかのようにしっかりとした固形を留めて、遥か上地面(?)で、僕を見送るように佇んでいる。
 だんだんと遠ざかっている世界を見つめて不安になった僕は、下を見る。世界の理なんてお構い無しだった。僕は“空に向かって”落ちている。
 怖くなり、目を瞑ったと同時に、僕は貧血に近い感覚に見舞われ、見事なまでに意識が飛んで行った。

「オイッ!………か? し……しろ!」

 意識が戻る。重たい瞼は開かない。僕の目を覚まそうと鼓膜を揺すり続ける低い声。
 耳の調子が悪いのか、エコーしながら頭の奥へと浸透して行く。
 死後の世界に着いたんだと勝手に思いながら、再び意識は深い闇へと呑み込まれて行く。
 まったく、やっと自由になれたと思ったらこのありさまなんて、悲劇なんてレベルじゃないよ、と考えている内に今までに感じたことの無い浮遊感に擁かれて、深い眠りに就いた。

第三話 『出逢いと出遭い』 


 意識が笑えるほどに黒く塗り潰された意識から解き放たれて、僕が覚醒を果した時、見慣れない部屋のベッドに寝かされていた。
 部屋を見回しても、愛想の良い装飾の施された調度品などは見当たらず、僕の寝かされているベッドとその脇に佇む電気スタンド以外の家具は見当たらない事が、ここの持ち主は普段、ここで生活していないだろうと言う事を告げている。
 決して、埃が積もっていると言うわけではなく、綺麗に清掃され尽くしていて逆に寂しい雰囲気が漂っている。外から隔離された様な雰囲気と言うのがピッタリくる。

 僕は、倒れていた原因を思い出して顔を顰める。
 気持ち悪いだけでは言い表せない。不思議で、気味の悪い風景。錯覚。思い出せば、再びその感覚が襲って来るのではないかと思い、慌てて意識を別方向に逸らす。
 誰かが僕を助けてくれたと言う事は、火を見るよりも明らかだ。考える。誰が僕を何の目的で助けたのかを。
 そして、ここは一体どこなのだろうか? 僕の心の中で一番大きい疑問。世界が融けていた光景を幻覚とは言え、見てしまった僕としては、元居た世界は融けて無くなってしまったのではないかと不安になってしまうのは当然の事だ。
 死後の世界にしては質素過ぎるし……僕しか居ないと言うのも可笑しな話だ。
 別に元居た世界が恋しい訳ではないけれど、いざ帰れないとなると、不思議な心境になるものだね。と考えている僕の耳に、木製の扉が軋む独特の音が飛び込んで来る。

「おっ、気がついたか。三日も目を覚まさないから、心配したぞ」

 音を頼りに扉を見つけ出し、その方向を見つめる。蝶番が音も無く滑らかに動き、扉が開く。手入れは入念に施されている様だ。
 慌てて僕はベッドから飛び起きて、入室して来るこの部屋の持ち主であろう相手に備える。
 扉を前足で器用に押して、扉を開けて入って来たのは、かなり大き目のアブソルの男だった。
 同族なので、僕が虐められる心配は無いと思って安心していると、アブソルの男は、不思議そうと言うよりは好奇心に近い表情をして話し掛けて来る。

「お前、何で倒れたんだ? 俺が通りかかったから良かったものの、あんなところで倒れていたら、裏社会の住人にさらわれて売り飛ばされるぞ」

 男は、半ば怒りながら言う。声はかなり低めだ。僕の知ってる人の誰よりも低い。
 彼が部屋に入ってくる時に気付くべきだったけど、彼が驚いていたのか、声が微妙に高く感じた。
 僕だって、好きで倒れたんじゃないのに……。と不満を覚えつつ、現在の状況を把握する事が先かと思い、目の前に居るアブソルの男に質問してみる。

「あの、ここはどこで、あなたは誰ですか?」

 このセリフに、アブソルの男は心底驚いた表情をして見せ
「本当に俺の事を知らないのか?」
と聞いて来る。
 まるで、僕がこのアブソルを知っている事が当然の様な口振りに困惑しながら、頷く。

「人違いか? お前、ヴォルトだよな?」

 僕の顔を覗き込むようにしながら、アブソルは質問に答える事無く逆に僕へ質問をする。
 僕の名前が知れ渡ってしまっているのか。と、不安になりつつも、肯定と同時に質問を変える。

「そうですけど………何で僕の名前を知っているんですか?」

 しばらくの間、アブソルの視線が宙を泳ぎ、意識が別の世界に飛んだのか、どれだけ声を掛けても呼吸運動以外の動きがなくなった。
 多分、何かを考え込んでいるんだろうけど、先に返事位しても罰は当たらないと思うよ。

「お前、記憶喪失の経験あるだろ?」

 考えた挙句、再び質問をしてくるアブソルに対して、これ以上は質問しても埒が明かないと思いつつ、質問に答えると同時に、質問を追加する。
 思えば、質問に答えているのは、僕だけではないかと不安になる。

「確かに昔の記憶は無いですけど…………どうしてあなたがそれを?」

 アブソルは、悲しげな表情と、嬉しそうな表情を同時に見せると言う器用なことをして、黙り込む。なにか、彼を悲しませてしまう様な言葉を言っただろうか。
 全く心当たりが無いものの、気を悪くされては困ると思い、謝る。

「あの、ごめんなさい」

 悲しそうな顔をしているアブソルの女と申し訳無さそうな顔をしているアブソルの少年。さきに表情が変化したのはアブソルの女の方だった。

「何で謝るんだよ? 忘れちまったものは仕方ないって、俺は(せつ)。四千年前にお前の友達だったが……この場合『初めまして』で良いのか? 取り敢えずよろしく」

 あからさまに無理をしていると分かるような引き攣った笑顔だったが、それでも、僕としては許された気分になれるし、なによりも、最後のよろしく、って言う言葉が嬉しかった。

「友達になってくれるの?」

 時間差で、疑いたくなる気持ちが現れる。いつも、ゲンガーにからかわれていたせいで、友達になってあげるよ。と優しい顔で近付いて、影でバッカじゃねぇーの! 見たいな陰口を言われたり、変な嫌がらせで僕のショックを倍増させたり、そんな不安を振り払うかのごとく、刹は大きく頷いて微笑んでくれた。

「やった! 僕、初めて、友達が出来た。次は、女の子の友達も出来るといいな」

「っ!」

 そう僕が呟いた途端に刹の柔らかな表情が一変して、複雑な表情になる。険悪な雰囲気に気圧されて、後ろに有ったベッドに座り込んでしまう。
 僕じゃなくても、刹の雰囲気は危険だと感じ取ることが出来るだろう。

「…………俺は俺だけど女だ」

 そう言いながら、刹は座り込んだ僕を覗き込むようにする。さらに怯んで、仰向けに刹を見上げる羽目になった。
 一瞬何を言っているのかが分からなかったけど、多分、俺って言っているけど俺は女だって一人称と性別の違いについて訂正したのだろう。

「ごめんっ!」

 そりゃ、怒られて当然だよね。女の子なのに、男だってずっと勘違いされていたなんて…………僕だって、性別を間違えられる辛さを知っている筈なのに。
 刹は、少しだけ悩む素振りを見せてから、「よくある事だ」って許してくれたけど、傷付けちゃったよね? どうしよう。

「…………ごめん」

 はぁ、初端からとんでもない過ちを犯してしまった…………きっと、嫌われたよね?
 吐き出した溜息の後に吸い込んだ空気は、後悔の香りがした。無闇に変な事を口走らなければ良かったのに。と、残り香が僕を責めては消えていく。

「だから、気にするなって」

 そうは言ってくれているけど、刹の顔色が先程よりも少し悪い。が、
「これ以上謝ったら、許さない」
と刹が静かに呟いたので、「ごめん」と動きかけていた口を押さえて
「分かったよ」
と答える。
 比較的マシな笑顔になってきた刹を見て、多少安心するものの、縮こまった気分が再び、期待で膨らんで来るのは、もう少し時間が掛かるだろうと思った。


 しばらくの間、この世界について、刹に教えてもらっていた。
 ここが夢の国だってことが分かった。僕の見た、街はこの世界に実在していた。救導特別区画とか言う正式名称があるけど、みんなはホームって名称で呼んでいたらしい。
 刹と僕はそこで出会ったそうだけど、これ以上、僕の過去に関る話はしてくれなかった。
 理由は、教えてくれなかったけど、彼女なりに何かの考えがあっての事だと思ったから、諦めて、語ってくれる日が来る事を期待する事に決めた。
 ただ、救導特別区画には、一般的に嫌われている種族や、事件を数多く起こして来た犯罪者の類が 収容される場所になる予定だった。が、結局、該当する者が多すぎて、計画は放棄されてしまったようだ。

「でな、お前が居なくなった後に…………」

「ねぇ、刹、外っていつも、騒がしいの?」

 刹が話している最中だと知っていながら、聞かずには居られなかった。「はやく逃げろ!」とかが、小さく聞こえていたら、尋ねざるを得ないと思う。
 刹は話が突然遮られて、顔を顰めるかと思いきや、すぐに耳を済ませて、外のやり取りに集中している。

「いや、いつも騒がしいがこれはいつもとは違う。本当に騒いでいるようだ」

 本当に騒いでいるって言うのが、どういう意味か、あまり分からなかったけど、異常事態だと言う事は分かった。種族柄、危険を把握する能力に長けているのだ。

『火事だ!』

 誰かが、大声で叫んでいる。その後は聞き取る事が不可能な、叫びや悲鳴で全ての外部音声は遮断されて、外の状況を把握する事が出来なくなってしまった。

「へぇ~、火事だってさ。大変そうだな」

 刹はなぜか他人事みたいに言っている。
 どうやら、外は火事のようだ………って、落ち着いてる場合じゃない!
 刹が嫌に落ち着いているから、僕の脳内回路で危機的状況に置かれていると判断できなかった。

「早く出ましょう。刹」

 焦りで、体が空回りしたけど、何とか立ち上がりながら言う。
 慌てていながらも、突然、大規模な火事が発生したら、誰でも動揺するよね。と、誰にも言わない言い訳を考えてしまう癖だけは、正常過ぎる位だった。

「当然だ!」

 刹は、僕の座っていたベッドを激しく揺らしながら怒鳴りつける。
 怒らないでよ、落ち着いているから、言ってあげただけなのに。と、文句を言っている時間は無いと知っていながらも、つい、文句を心の中に産み出してしまう僕が居た。
 当然、僕はまだ死にたく無いので外に出ることにした。


 街が燃えている。普段の街の面影は全く留めていないと思われる。

 必死に逃げる草タイプのポケモン達。
 水タイプの技を使えるポケモン達が、一斉に水を掛けるが、消える気配は全く無い。
 みんなは、諦めて避難することに専念したようだ。一つの塊になっていたポケモン達が散り散りに逃げて行く。
 水を掛けても、揺らぎさえしない炎を見ると、ただの火事では無いことが分る。辺り一面に満遍(まんべん)なく広がる炎。

 もはや、どこから出火したかもわからない。周囲の物を燃やした煙で赤黒く見える炎は、容赦なく僕達の皮膚を焦がそうと迫りくる。

「これは、逃げれねぇ。囲まれてるぞ!」

 気付いた時にはもう、燃えていないのは、ここだけだった。どうすれば、この状況から脱出出来るだろう。
 僕は、必死に考えるが、炎は考える暇も与えずに、どんどん迫って来ている。

 黒く唸る炎が、僕達を飲み込もうと確実に近付き、その熱量を容赦なく僕達にぶつけてくる。
 熱過ぎて、逆に一瞬、ひやりとしてしまう現象が、延々と続いていた。

 ここまで、後、百メートルぐらいだろうか? この距離でもかなりの熱を感じる。
 僕はこの距離でも火傷するのではないかと思う。それ程に、炎の温度は高い。

 突然炎は、広がる速度を速めた。…………本当に、意思を持っているみたい、と言うよりは、一つの生命体を思わせるような、滑らかな動きだった。

「うわぁ!」

 慌てて刹が炎から離れようとしたが、間に合わない。刹は炎に包まれてしまう。
 一人ずつ、嬲り殺しにする気でいるのかな、と思うと、足が竦んで動けなくなった。

「刹!」

 あの温度の炎に包まれたんだ、助かりっこないよ。
 せっかく友達ができたのに……こんなところで死ぬなんて。
 嫌だよ、なんて言っても無駄。あの熱の前には為す術も無い僕は、ここで死ぬのかもしれない。と、言うよりは、この状況で死なない方が可笑しい。僕の特性が、貰い火だったら良かったのに。と、言う現実逃避に走った時、世界は白く染まり、全てを包み込んだ。

「死なせないよ」

 どこからか声がする。この一大事に似合わない余裕が混じった声だった。
 この空間では時間さえ意味を成さないそんな気がする。どこからか聞こえる謎の声以外の音は、一切しない。
 無音の空間は、時を忘れ、時間と言う感覚を、曖昧模糊としたものに変えて行く。

 時間はあまり残されていない。時が止まっているというのは、あくまでも錯覚なのだ。時が止まっているのなら、僕がこうやって物事を考えたりする事が出来ない筈だから。

「誰?」

「そんなこと聞いてる場合? 僕は死なないから別にいいけど。君の友達が拙いんじゃない? 自分達では、長ったらしい名前を使っているけど、君達は僕らのことを、悪魔と呼んでいるよ。」

 尤も(もっとも)だと思うが、悪魔なんてお呼びじゃない! 帰ってよと心の中で叫ぶ。
 まだ、死にたくない。その心だけを頼りに平常心を保つ。

「僕は、君に力を与える。有効に使ってよ、一番高級な力なんだから」

 どうして、悪魔が僕に力をくれるんだろう。殺すなら今が一番のチャンスなのに。でも助けてくれるんだったら。ここは、素直に助けてもらったほうが良いよね。
 その後に何をされるかは分からないけど。死ぬより酷い目には遭わないよね? 一人で問い掛けても所詮は一人の心。二つの答えが出てくるなんて事は滅多に無い。

「分ったよ。どうすればいいの?」

 (わら)にすがる想いとはこのことだね。
 僕の命運が、こんな暢気な声の持ち主に握られていると思うと、少しだけ癪だ。
 だけど、余裕と言うことは、自分が助かると言う事を知っているからだ。だから、助けてあげると言った以上、助けてくれるのだろうと思い、声の主に従うことに決めた。

「念じるんだ。炎は消えると」

 取り敢えず、言われた通りに念じる。

(炎は消える)

 何も理解出来ないままに、ただ念じた。
 僕の友達になってくれた人を無情に呑み込んで行った炎に。消えて欲しいと…………。
 別に、僕自身が神々しい光を放った訳でもない。ただ、僕の中で薄い氷の様な物が砕け散る様な音がしただけ。
 多分、砕け散ったのは僕自身だけの常識だったのだろう。
 砕けた常識と引き換えに、僕をも呑み込もうとしていた炎が消えた。
 魔術の様で、とても僕自身が起こした事とは思えない。
 しばらくの間、呆然と立ち尽くし、
「どうして?」
と、開いたままの口を曖昧に動かして、無声音に近い声音でそれだけの言葉をどこかに居るであろう悪魔に問い掛ける。

「それが、僕が君にあげた力だ。念じるだけで、全てが叶う力だよ。君なら悪用しないだろうから、魔王に許可を得て来たんだ。
 でも、気をつけて。多用したら、細胞に負担を与えすぎて、細胞崩壊や、記憶障害が起こるから」

 今、僕が起こしたであろう奇跡を見ても、動揺の片鱗さえも見せずに悪魔はそう答える。口調は相変わらず暢気なままだ。
 どうしてこんなに、僕のこと信頼出来るんだろう。多用したらって、どのくらい使うと多用になるんだろう。詳しく説明してよ。
 大体、念じるだけで、何でも叶うなんて言う、都合の良すぎる力を信じられる訳が無いじゃないか。
 て、言うか、代償が怖すぎるんだけど…………細胞崩壊って何さ? 死ぬじゃないか。
 怖くなった僕はどこかで僕を見ている筈の悪魔に、
「今のは、大丈夫なんだよね? 許容範囲なんだよね?」
と半べそ状態で、問い掛ける。
 そんな僕を無視して悪魔は勝手に話を進めてしまう。

「さぁ、元の世界に戻すよ」

 神秘的な彩りを放つ光に包まれた僕は、あまりの受光量に、頭を痛くしながら、目を瞑る。

【目を開けたら元の世界に戻っているよ】

 その声を最後に、目を瞑っても眩し過ぎる位だった光が消えて、正常な目を瞑った状態になる。
 少し、目を開ける。目の前には、燃えた跡が痛々しい街があった。
 全焼してしまった家屋。無残にも灰と化してしまった木々。家を失って、呆然と立ち尽くす家族。泣きながら親を探す子供など、思わず目を瞑りたくなるような、光景だった。悪夢を具現化したような空間と化していた。
 こんなに大きな被害を巻き起こした炎から助かったんだ、僕。と、今更の様に思い出して、悪魔と名乗って僕を助けてくれたのは、一体誰だったのだろうと、悩んでいた。


「あれっ、俺生きている……のか?」

 どこからか刹の声がする。よかった。刹も生きていた。心の底から歓声を上げる。

「刹! 無事だったんですね」

 急いで刹の姿を探す。でも、どこにも姿が見えない。もしかして、幻聴? と疑い始めていた頃に、再び刹の声が聞こえてきた。

「瓦礫の下だ。悪いがどかしてくれ!」

 大変だ、すぐにどかさないと。
 僕達アブソルって防御力が貧弱だから、モタモタしていたら………そんな想像は後で好きなだけしろ、僕。今は刹を助けることが最優先だ。

 僕は瓦礫を大急ぎで退かす。四足歩行の僕には、結構キツイ作業だけど、四の五の言っている場合じゃない。

「大丈夫ですか、刹?」

 僕は心配の言葉を投げ掛ける。

 「なんとかな。でも、どうして助かったんだ?」

 立ち上がりながら呟く刹は、煤塗れだった。
 少しだけ、刹の格好に笑って見せると、
「火事の後は煤塗れなのが普通だ。それに比べて、お前ときたら、煤どころか、埃すら付いてないじゃないか」
と、少し、恥かしそうに言う。
 やっぱり、女の子なんだね。自分の姿格好を気にするなんて。と、刹の女の子らしい部分を見つけて微笑みながら、悪魔とのやり取りを話した。
 刹は、何とも言えない様な顔をして、それを聞いていたが、
「お前も悪魔と契約したのか。しかし、その力を与えられるのは、魔王か最高ランクの悪魔のはず、運が良かったな、ヴォルト」
と、吐き捨てるように言った。それは、まるで悪魔を敵視しているかのようだ。

 そうなんだ。僕最高の力を貰ったんだ。さっきの刹が浮かべた妙な表情が気になるけど、頭がフラフラしていて、これ以上の言語を脳が受け付けない。

「刹、僕疲れた。どこかで寝よう」

「そうだな。野宿になるが、贅沢は言えないよな」

 野宿の準備をする刹。手伝いたいが体が言うことを聞かない。

「馬鹿、お前は疲れているんだから休め!」

 刹が気遣ってくれた。嬉しさと、自分に対する嫌悪感が同時に込み上げる。刹だって、瓦礫に埋もれて、体力が削られている筈なのに…………と、自分に情けなくなった。

「ありがとう」

 素っ気ない言い方かも知れないが、今の僕には精一杯だ。
 しばらくの間、ぼーっとしていると刹から準備が出来たと報告を受けた。もう、限界だ。

「おやすみ、ヴォルト」

「おやすみ……なさい」

 そういって僕は、夢の世界に堕ちて行った。本来なら、睡眠時間は充分過ぎるほどだ。しかし、体力的な問題では、睡眠時間は全くと言って良いほど、足りていない。
 そんな、僕の横に、刹が寄り添う様にして寝転がる。布団とは違う温もりがあり、刹の体を通して伝わってくる鼓動が、僕の安心感を増幅させ、すぐに眠りの国へと誘うのだった。
 この温もりだけはどんなに科学技術が発達しても再現する事は出来ないだろう。

第四話 『それぞれの目的』 


 僕が目覚めた時、辺りは既にあかく染まり始めていた。近くに感じた刹の温もりも、今は感じる事が出来ない。
 街からは離れているが、まだ煙が見える。煙に誘発されてあの惨劇が再び目に浮かびあがる。
 頭を振って頭の中で再生される脳内映像(イメージ)を追い払おうとするが、一度染み付いてしまった嫌な記憶は、なかなか頭から離れてくれない。
 刹の姿を探してみる。初めて感じた温もり…………暖かいだけでは形容し切れない物が、僕の頭に染み付いて離れない。依存とも言えるのかも知れないそれを、僕は「本能」と呼ぶ事にする。
 右も左も分からないこの世界。今の僕にとって、確かな存在は刹だけだからかもしれない。たった半日の付き合いなのに、刹と言う存在がとても掛け替えの無いものに感じる。
 今は姿の見えない刹。側に居てくれないと不安だけど、勇気を奮い立たせて周囲を警戒する。近くに林があって、その脇にぽつんと茂みがある。
 燃えてしまった街は出来るだけ見ない様にする。もう、あんな光景は見たくも無い。

 ――ガサッ! 突然、僕の背後で音がする。

 一瞬、刹が帰って来たのかとも思ったが、彼女を隠しきれる茂みは近くに無い。
 つまり、刹以外の何者かが、近くに居ると言う事だ。自分よりも小さいと言う事になるが、それでも、僕の怖さを引き立てるには充分だ。

「だっ、誰だ!」


 恐らく、茂みからはみ出てしまう様な大きさの相手なら、声すら出せなかっただろう。消え入りそうながらも、声を出せたと言うだけで、僕にとっては上出来だ。

「あれ~、バレちゃった? しっかり隠れたつもりなんだけどな~。君、神経細すぎじゃない?」

 出てきたのは、黒をベースにして、金色に輝く輪をあしらった様な模様と、赤く澄んだ瞳を持ったポケモン。
 …………ブラッキーなのかな? 随分、小さい気がするんだけど、普通のイーブイよりも、ちょっとだけ大きくなったって感じで、六十五センチメートルあるかどうかさえも疑わしい。
 思いのほか小さな訪問者に、気が抜けそうになりつつ、油断してはいけないと思い、警戒を続ける。

「いつかの悪魔だよ~。契約を実行して貰いに来たんだ。ロードっていうんだ、よろしく」

 う、こんな小さな仔が悪魔だなんて、世の中って、良く分からないね。そもそも、契約なんて初耳だよ? 確かに、思い当たる節はあるけど、なんの説明も無しにそれって……契約として成り立つのかな? と、首を傾げている僕に全く構わず、ロードは、話をさっさと進めていく。
 一瞬、せっかちなのかな? とも思ったが、あのゆったりとした緊張感の欠片もない口調を見るとせっかちだ。と、言われても頷けない。

「発表! 君には、天使と神を倒して貰うよ~」

 突然の大声にすこし驚きながらも、ロードが簡単そうに言った事を、脳内でもう一度確認する。
 聞き間違いでなければ、神を倒す。とか、物凄く不穏当な内容だった気がするけど、気のせいであって欲しい。
 常識的に考えて、犯罪なんて言う生易しいレベルの物じゃない事ぐらい、すぐに分かる。

「悪魔がどうして悪者扱いされているか知っているかい?」

 天で悪事を働いたから……じゃないのかな。と、思いながらも、悪魔を目の前にしてそれを言う度胸が無いので、黙っているとロードは話始めた。
 そもそも、こっちの世界での神と、僕の居た世界の神では、違いがあるのかも知れない。ここでの神は悪の帝王だった。見たいな感じでさ。


昔、神は二匹生まれた。だが、神は一匹しか存在してはいけなかった。一匹の神は、皆の願いを叶えるべきだと主張し た。
もう一匹の神は、生命体全てを管理するべきだと主張した。前者の神は後者の神より力がなかった。
ただそれだけの事。争いなんていうものは所詮そんなものでしょ。
だから一般に魔界と呼ばれる、荒廃大地に追放された。
神は、追放された方の神を魔王と呼んだ。
そして、全生物に魔王と魔王に従う者『悪魔』を恐ろしい存在だと教えた。
神とは傲慢な管理者。
魔王と悪魔は、支配権を交代させるために資格のあるポケモン達に力を与え神に対抗する勢力を作り上げた。それが君たちだ。


「っていうことは……、悪魔って、本当はいいポケモン達なんだね」

「そうなるな~、まぁ僕が言った事が本当だったらだけど」

 意地悪そうな含み笑いを見せながらロードは答える。
 ロードが嘘をついているとは思えない……というより、そう思わないと、つらい……かな? 
 自分のこれからやるべき事を正論化したいから。咎められた時の言い訳を無意識の内に作っていた。

「…………怖いよ」

 僕が、未だに足を震わせていると、
「悪魔と契約したってだけで、犯罪になるんだったっけ?」
と、ロードが静かに呟く。
 …………匙は投げられた。もはや退路は無いね。何でこの世界に来て早々に犯罪者にならなきゃいけないんだよ。

「分かったよ」

 どうせ契約だから行かないといけないし……。
 そう簡単に自分の人生を割り切ってしまってもいいのか、って聞かれたら、答えられる自信は無い。
 でも、もう犯罪者になっているんだったら、法律を変えるしか僕が平和に暮らせる方法は無い。

「おいっ、悪魔! 勝手に俺の親友連れ出してんじゃねぇよ!」

 凄い勢いで、刹がロードの隠れていた茂みの周辺から飛び出す。一緒に飛び散る若葉がひらりと宙を踊り、虚しく地面に落ちた。
 刹は、着地すると同時に走り出して、瞬く間に僕とロードの間に立ち塞がる。

「天使! 何故ここに?」

 刹が、天使………………なら、なぜ悪魔と契約したって話した時に止めなかったんだろう? と、考えている内にも、刹とロードとの間を繋ぐ空気が、険悪な物に変化していて、僕が口を挟むのを拒む。
 昨日の、刹から感じた優しさも、今は微塵に感じられない。まるで、鬼神にでも憑依されたように、吊り上った瞳をしてロードを睨み付ける。

「悪いけど、僕はヴォルトの了承を得たからね」

 ロードは胸を大きく張りながら得意げに言う。
 僕は、この世界に拒まれているから、生き延びる為には世界を変えなくてはいけないようだ。いくら刹に止められたって、止まらない。

「俺が許す訳無いだろう」

 低く音量を抑えて、それでも充分な迫力を保ちながら言う刹に動じる事もせずに、ロードは睨み続けている。
 何故だろう? 刹と敵対しなければいけないと思うと、胸の奥がヒリヒリするのは。
 でも、刹が天使である以上、僕と戦わなければいけないのは必然だ。こんな事なら、出逢わなければ良かったのに。と、思っている僕を他所に、ロードは戦闘態勢を取る。

「やるの? こう見えても、僕は結構強いんだよ」

 僕は犯罪者で、刹は自治を守っている。どうして、こんな事になったのかな? 僕はただ、平和な日常を過ごせれば良いだけなのに………………。
 この世界に、僕は何一つ与えていないのに、求め過ぎていたのかな。

「どうする、だんだんと、君は脆くなって行くんだよ~。この状況で動けなくなったらどうなるだろうね?」

 尻尾を振りながら、黒い眼差しで刹の移動を封じる。いやらしい戦い方だ。
 後は、相手の攻撃が届かない距離から少しずつダメージを与えていけば良い。

「卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」

 刹は動けない体で怒鳴る。
 …………僕は、刹と戦いたくないけど、犯罪者として捕まるのも嫌だ。
 捕まりたくないなら刹を倒してロードと一緒に神を倒して、世界の仕組みそのものを変えてしまえば良い。
 分かっているけど、刹もロードも僕の命の恩人だし、戦うのは嫌だし、出来る事なら刹にも協力して欲しい。

「戦いの基本は相手の動きを止める事からだ、って教わった僕だよ、卑怯なのは百も承知さ」

 ロードは、攻撃がギリギリ届かない距離まで近づいて、刹の顔目掛けて砂を掛ける。あんまり堂々と卑怯だって、公言しないでよ。
 僕は二人の間をウロウロしているだけで、未だに加勢する事が出来ないで居る。

「どうしたものか、普段の戦闘では、切り込み部隊(アタッカー)の脇に、援護部隊(サポーター)が構えていたから、
 黒い眼差しは平気だったが…………今は一人か、そんなことも忘れていたとは、俺も焼きが回ったもんだぜ」

 自嘲気味に呟く刹。
 問題の発端になった僕が、傍観者になるのは気が引けるけど、どうにも、決心がつかないんだよね。
 ロードも、別に手伝えとは言わないし…………。
 説得。出来るかな? 少なくとも、全然戦わないよりはマシだと思う。
 今まで、言葉を武器にした事が無いから、上手く出来るとは思わないけど、僕はやってみることにした。

「刹、神は悪い奴なんだよ。どうして加担するの?」

 刹は、すぐに僕の方を向いて、少しだけ悲しげな表情をした。僕は、次の反応を窺う事にする。

「神が正しいと思って従っている訳じゃない」

 俯きながら、ぶっきらぼうに呟く刹は少しだけ、僕に重なった。
 自分の中では考えているのに、他人に上手く説明する事が出来ない。言葉にしないと相手に伝わらない。そんな事は分かっていても上手くいかないもどかしさ。痛いって位良く分かる。
 こう言う時に、どんな言葉を投げ掛けて欲しいのかも…………。

「刹、もしかして、神に従っている自分が嫌なの?」

 自分の気持ちを上手く説明出来ない人は、自分の気持ちを分かって貰いたいと、より強く願う。だから、少しでも口調から相手の気持ちを汲み取らないといけない。
 僕の言葉に、小さく刹が頷いた。普段の男らしさは消えて、完全に落ち込んでいる様だ。口を真一文字に結んで開こうとせず、俯いたままだ。

「刹は、何を求めているの?」

 僕が助けられた家を見る限り、贅沢をしたいと言う感じは無かった。他に何を求めているのかは、本人に聞かなければ分からない。

「……居場所」

 ぼそりと呟く刹は、悪い事をして見つかった子供みたいだ。
 ある程度予想は出来ていたけど、やっぱりここでもアブソルは嫌われているんだ。
 刹の居場所さえ少ないのなら、犯罪者でもある僕の居場所はもっと無いのだろう。
 差別を生み出す神なんて、居ちゃいけないんだ。

「刹、神が居なければ差別は生まれない。僕達が、世界を今よりもいい物にしたら、居場所もきっと…………」

「失敗したらどうなる!」

 刹は、いきなり僕を怒鳴る。…………そうだよね。刹は僕と違って、神に従っていれば最低限の居場所は保障されるもんね。
 今度は、僕が俯く番だった。言い返す言葉が消えた。即興の言い訳の中に縺れて行く。

「失敗しなければ良い」

「どうやって?」

 もう、返す言葉が無い。絶対に失敗しない方法なんてある訳が無い。僕だって苦し紛れの言い訳だったし、すぐに聞かれることも分かっていた。

「あー、僕達は失敗しないよ」

 今まで黙っていたロードが、突然口を開き、予想外の言葉を発する。
 絶対に失敗しない方法なんてあるの? 僕ばかりでなく、刹もがロードを見つめた。
 自信に満ち溢れた表情を見ると、本当に失敗しない方法を知っている様だ。

「なんでだよ?」

 にっこりとロードが笑って、
「成功するまで挑戦し続ければ良い」
と言った。
 正直、自信たっぷりだから、もっと合理的な言葉を期待していたけど、僕が間違いだったようだ。

「一回失敗することが前程じゃねぇか!」

 刹は憮然としながら気になった事をそのまま口にしている。
 僕も、大方刹に同意だ。失敗しない方法じゃなくて、失敗しても懲りないじゃないか。

「フッフーン☆ 最終的に神を倒していれば、失敗した。じゃなくてちょっと躓いちゃったになるのさ」

 結果論って言うのかな? 確かに、その原理だと最終的に成功しているから、失敗はしていないけど…………と、少し下を向きながら考えている僕の耳に
「魔王に支配権が移れば、アブソルは迫害されないのか?」
と、刹が凄い勢いで尋ねているのが聞こえた。
 少しだけ驚いて、ロードと刹を見る。ロードが真面目な顔で頷いたのを、刹が確認してから、
「だったら、一緒に行く。アブソルの居場所の為に」
と、宣言する。
 ロードの途中過程は気にしない論に騙されたのかな? と、かなり驚きながらも、良かった。と大きく深呼吸をする。

「じゃあ、早速出発だね」

 ロードが、既に星と月が空を支配していると言うのに出発しようと言い出す。
 「今からかよ?」
と、冗談だと思っている刹が笑いながら聞く。そして、
「もちろん」
と真剣に答えるロードを見て、刹がようやくロードが冗談を言っているのではないと気づく。
 刹は、軽く息を吐くと、
「じゃ、行くか」
と星の見えない夜空を仰ぎながら呟いた。刹は体力があるからいいけど、僕はもう、眠りの国にダイブしそうだよ。と言おうとした時には、二人とも歩き出していた。

第五話 『砂漠で』 


「おいっ! ここはどこだ!」

 刹は、現在位置の分からない苛立ちを含ませて、ロードと’’僕’’に怒鳴りつけて来る。
 普通に考えて、生活歴三日目(正しくは六日目)の僕よりも確実に刹の方が詳しい筈。という、普通な意見も非常識な二人の前では踏み潰されてしまう。
 一番怒られるべき存在である筈のロードが、一番楽しげな顔をしていて、僕だけが気まずい雰囲気の中に居ると言う理不尽な環境に堪え続けなければいけないのかと思うと、うんざりしてしまう。

「し~ら~な~いよっ♪」

 あ、また始まるよ。と、喧嘩の始まるタイミングが大体分かる様になった事を素直に喜べない。

「テメェ! 連れ出しておいてなんだ! その無責任さは?」

 ほら始まったよ。と、半日足らずで三度目の喧嘩を起こしている二人に呆れながらも、巻き込まれない様に避難する。

「君に文句を言う資格は、無いんじゃない? 僕が連れ出したのは、ヴォルト君で~。刹は連れて行ってくれって頼んでついて来たんだから」

 ロードが僕の話を振って来る。折角避難したのに意味が無いじゃないか。

「んだとっ! だったら……ヴォルト! お前が文句を言え!」

 酷い振りだ。大体、言葉をしっかり択んだらロードを批難する事だって出来るのに…………例えば、「ロードが自信満々に言うからついて来たのに、迷ったってどういう事?」とかさ。

「まぁまぁ、落ち着いてよ……ほらっ、あそこに、誰かいるから聞いてみようよ」

 ちょうど誰かがいたので誤魔化すと言う事を思いついた。
 刹ももう少し寛大な心を持ってさ、ロードはまだ子供なんだよ。見た目は。

「メンドーだな。お前行ってくれよ」

 刹が僕を見て気だるそうに言う。結構な距離があるけど…………一人で行くのか。

「分かったよ」

 どんなに距離があって疲れるとしても、この危険地帯に居続けるよりは幾分かマシだろう。
 一定のリズムを保って誰かに近付いて行くと、少しずつ微かにしか見えていなかったシルエットが、ハッキリとした形を示しだす。
 四足で、すらっとしたと言うよりも痩せこけたと言う方が相応しい体つき。弓形に曲がり、先端が鋭く尖っている角。口の周りだけ赤い体毛(地肌?)が獰猛な獣を連想させる。
 ――ヘルガーだ。
 その姿は、ロードと出遭う前の悪魔に対するイメージに近いものがある。

「こんなところでお前達何をしている?」

 振り向きもせずにヘルガーは少し低めの声*1で問い掛けて来る。
 お前達ってことは、ここから、500メートル以上離れている。二人にも、気づいているの? って言っても、隠れる物が近くに無い砂漠だから、ありえないことは無いけれど。
 それ以前に、こんな所で何をしているの? って聞きたいのは僕の方だよ。ずっと、そんな所で突っ立っているなんて絶対に可笑しい。

「あのっ、僕達は、道に迷ってしまったんです」

 正直に答える。嘘をついても仕方ないからね。
 ちょっと怖そうな人かもと思いつつ、人を選んでいられるほどの余裕が(少なくとも僕には)無いので、このまま道を尋ねることにする。

「後の二人も呼んで来い」

 遠いから呼びにいくのは疲れるんだけどな。でも、道を聞くためなら仕方ない。
 僕は、二人を呼びにいく必要性に疑問を覚えながら、ロードと刹を呼びにいく。

「道を聞きたかったら来て、二人とも」

 僕の声に二人は振り返る。ほぼ同時と言っても良い位にタイミングが揃っている。二人の反射神経が同等なのかも知れないが、とにかく息がピッタリだった。
 どうしてこんなに呼吸が揃っているのに、すぐ喧嘩に発展するのだろう?

「しゃ~ねぇ~な~。じゃあ行くか」

 刹は嫌そうにしながらも承知してくれた。僕にそんな顔をされたって……道を教えてくれるヘルガーに文句を言うしかないじゃないか。僕にどうしろって言うのさ?

「いいよ。それからさ刹、ちゃんとした言葉を使いなよ」

 ロードは、刹の言葉遣いを指摘する。
 ロードも人の事言えないと思うけどな。と、言う言葉を寸でのところで呑み込んで踵を返す。

「るっせぇ、(ハート)がありゃ通じんだよ! それからお前も語尾に変な『(波形)』とか、『(ほし)』とかつけてるだろうが」

 前半部分*2は滅茶苦茶でも、後半部分*3には大方同意するね。

「僕のは、芸術的センスが含まれているんだよ☆ ただ、乱暴でガサツなだけの刹とは違うんだから」

 ロードも負けじと言い返す。止めてよ、早く道を聞きに行こうよ。
 大体、目に見えない言葉に芸術性って何なんだろう?
 きっと、二人ともこの暑さで血圧が上がって、怒りの沸点がどんどんと低くなって来ているんだよ。そのうち、発狂するに違いない。

「んだと? テメェ、喧嘩売ってんのか?」

 刹は声を荒げながら、未だに微笑んだままのロードに顔を近づけて睨み付ける。心が狭いって、子供(見た目)と張り合ってどうするの。

 でも、怒った刹と余裕を保っているロード、このままだと、確実に言い争いに発展するね。収まるのを待とう。

「ん~? そう解釈した? 僕はやってもいいよ~」

 ロードは口調は暢気でも声が本気だ。
 言い争いじゃなくて、暴力沙汰になる危険性が出てきたし、流石に止めないと……駄目、だよね?

「二人とも、落ち着いて」

 僕は、二人の間に割って入る。
 喧嘩は嫌だよ。怪我するし、危ないし、体の傷なら治るけど、心に傷を負ったら、なかなか治らないよ。

『邪魔しないで!』『邪魔すんな!』

 二人に突き飛ばされた。喧嘩をしているとは思えないほどに息がぴったりだった。
 突き飛ばす時に打ち上げる様な動作を取っていた二人のせいで、僕の体は、斜め上に飛び、そのまま綺麗な弧を描いて僕は落下する。
 地面に叩き付けられた僕は、黄色の粉を巻き上げ、先程まで綺麗な風紋を織り成していた砂を身に被る。
 幸い、たいした痛みも無かったので、すぐに立ち上がって毛に入り込んだ砂を落とす。
 比較的サラサラしている砂は割りと簡単に落ちて行き、僕の周りに小さな山脈を作り出す。

 もう、嫌だ。こんなメンバー。しょっちゅう喧嘩が勃発するし………。
 神殺しなんて言う物騒な事をさせられる上に、酷い扱いを受けて、それに貰った力は途轍もなく怖い脅しを掛けられているし…………もう、帰りたい。

「仲間割れか? 見苦しいぞ。止めんか」

 あまりに僕が遅いのでヘルガーが様子を見に来たようだ。そうだよ、喧嘩なんて誰も得しないよ。もっと寛大な心を持って物事に当たらないと…………。

「アブソル2匹にブラッキー1匹。お前達が今回の標的(ターゲット)か。本来なら俺の仕事柄に合わんのだが……」

 聞き取れないが何かを呟きながら、若干頭を低くしてこっちに近づいて来る。僕は不思議に思って、ヘルガーの顔を覗き込む。
 その行動が僕の身を危険に曝す事になるとは思っても居なかった。後で無用心すぎたと後悔する事は無かった様な気もする。

戦闘開始(ミッションスタート)!」

 突然、ヘルガーが、襲い掛かって来た。僕はヘルガーの素早い攻撃に反応が遅れてしまったが、喉もとを噛まれるのは辛うじて防げた。

「どうして、僕達を攻撃するんですか?」

 聞いたところで襲われている事実に変わりは無い。でも、好奇心を抑えるのは結構難しいものだよ。ま、戦闘中くらい抑えろって言いたくなる気持ちは分からないでもないけどね。

「依頼だからだ」

 依頼ってことは傭兵なのかな。なんで、この世界に着てから数日しか経っていない僕が恨まれなければいけないんだよ。
 僕は誰にも嫌がらせをした覚えは無いし、そもそもこの世界に来て数日しか経っていない僕は、ロードと刹以外の住人を知らないんだけど。
 もしかして、本命はロードかな? ロードだったら、本人の知らない内に恨みを買っていそうだし……。

「誰から?」

 もし傭兵だったら聞いても答えてくれないよね。でも、物は試しって言うし………一応聞いて見る。

「死に行く者が、知ったところでどうなる」

 追撃された。姿勢を整えていない僕が避け切れるわけがない
 やっぱり答えてくれないか、って何で僕はこんなに冷静に物事を考えているの? そうか、きっと夢だと勘違いしているんだ。

 悪の波動が僕に命中する。当たり所が悪かったのか、言い様の無い激痛が体中に走る。ほらね、夢じゃなかっただろ、と僕自身に言い聞かせる。最近、思考回路が狂いっぱなしだよ。
 一体誰に責任を取って貰えばいいのだろうと言うふざけた考えも一瞬だけ浮かんだが、激痛でその思考自体が消失してしまった。



 くそっ! 一体どういう状況なんだよ? ヴォルトが居てヘルガーが居て……それでヘルガーは敵で…………わっかんねー! とにかくヘルガーがヴォルトの命を狙っている以上、止めない訳には行かない。
 ヘルガーが、体内の毒素を燃やしている隙に周囲の大気を刃に集中させる。
 目に見えない空気の流れが、角の周りに渦巻いている。
 思い切り頭を振り、角に纏わせた大気をヘルガー目掛けて飛ばす。砂塵を巻き上げて低空を滑空する巨大な鎌。
 一瞬、空気の濃度変化の影響で形を目視する事が出来た。が、砂塵のせいですぐに見えなくなる。
 砂塵が収まり視界が良好になって来た時に、先程よりも少しだけ横にずれたヘルガーが見えた。どうも、横に回避されたようだ。

「気づかないと思ったのか? 残念だったな。攻撃はともかく、回避は結構得意なんだよな

「勝ち目は無いか~、だったら、君さ~便利屋だよね~? 違約金払って上乗せするからさ~、僕達の護衛にならない?」

 能天気な口調でそんな事を言うロードを思い切り睨んでから、ヘルガーに攻撃を追加する準備をする。一発外した位で俺の負けにするんじゃねぇ!

「いいだろう。5千万で引き受けてやる」

 俺が攻撃の為にヘルガーへと接近しようと勢いを付けた時、自分の耳を疑いたくなる様な返事が聞こえて来た。
 この男、どこまでセコイ商売をやっているのだ?

「オッケー、じゃあ決まりだね。と言うことで、ヴォルト君から離れてくんない? 刹が怖いからさ~

 ロードは大して驚きもせず、ヘルガーに声を掛けながら近づいて行き、何かを耳元で囁いた。
 俺としては、無害になったヘルガーよりも倒れているヴォルトの方が心配だったので「済まない」と、言いながらヴォルトから離れるヘルガーを一瞥してから、ヴォルトの近くへ行く。
 …………穏やかな顔。とまではいかないが、腹部は一定のリズムを保ちながらせり上がり、沈み込む。と言う単調な動きを繰り返しているので大丈夫だろう。
 あれだけ至近距離から悪の波動を浴びているのに、打ち身どころか、擦り傷一つ見当らない。痛みを感じている様だが、傷が無いのなら幻痛と判断しても問題無いだろう。
 無傷に越した事は無いが、少々度を越している気がする。そもそも、アブソルは普通以上に打たれ弱い筈。訓練でどうこう出来るレベルのものではないな。
 ……考え込んでもサッパリだ。とりあえずヴォルトが大丈夫ならそれで良いだろう。
 それにしても、無防備だな。さっきまで、あんなに警戒心剥き出しだったのに。

「いいのかよ、依頼を放棄すれば、信用が無くなるぞ」

 思考を切り替えて、後ろで立っているヘルガーに、これからの仕事に支障をきたす可能性がある事を警告する。

「フン、仮面で顔を隠すような連中より、素性を知っているお前たちの方が信用できるって事だ。
 俺にとって仕事の価値とはその過程がいかに楽しめるかにある。別に殺しが好きな訳では無い。寧ろ、嫌いな依頼に分類される」

 なんだ? コイツ。訳分からねぇ。そもそも、便利屋(イコール)殺し屋と解釈しても大して相違無い時代に、殺しは嫌いでも便利屋をしているなんて。普段、どういう依頼を請けてんだ?

「ま、信用が無くなった所で、5千万あれば、一生暮らして行けるんだから、問題ないな」

 嘘だろ? 五千万ごときで一生生活していく心算なのか? 生活費だけでもアウトだろ。

「なぁ、お前、普段どんな生活をしているんだ。普通、五千万あったって、一生は無理だな」

 極力感情を込めずに夢見るような顔のヘルガーに言い放つ。確かに大金であることに変わりは無いが、寿命の長さとかを考えると普通に無理だ。
 もっとも、コイツが普段どんな生活をしているか知らない以上、確実に不可能かどうかは分からない。普段道端で寝食を行い、野草を食うならば普通に生活可能だ。

「一体、いくらあれば人生を楽に出来ると言うのだ?」

 ヘルガーは項垂れながら、悲しげな口調で呟き続ける。見た目だけで言うならば、まるで、自分の存在意義を否定されてしまった主人公のようだが、そんな高級な物ではなく、鼻息一つで吹き飛んでしまう様な悲しみだ。

「知るかよ、ちなみに、今までの俺の食費は、最低限に抑えても、一月3万4千ちょいだから、一日辺り1,134ぐらいとして、一年で41万3910だな。
 5千万だと、120年とちょっとだけしか生きられないな。食費以外の出費も合わせると、一月、10万は超えるから、一年で120万。
 5千万だと、41年ちょいしか生きられねぇ。
 でもって、俺達アブソル以外の平均寿命は大体、3,800年だから、食費だけでも、15億7285万8千だから、お前の提示額の32倍弱必要だ。
 全ての出費になると、45億6千万になるから、お前の提示額の91倍弱必要な計算だ。
 つまり、五千万の依頼を、91回は受けないとな。
 ちなみに、俺の生活は、飯一日一回の節約コースだから、贅沢したければもっと金がかかるぞ」

 単純だが面倒臭い計算をわざわざ行ってまで言うべき事だったのか? と言ってから悩んだが、ヴォルトに攻撃した罰という事にしておこう。
 そして、ロードの、『僕は一月に60万は使うから~、7年も生きれないね~』という空気を読まない言葉には、俺も驚かされた。
 60万って、天使の月給約四倍だぞ? 一月に使い切れる様な額じゃないだろ?
 確かに天使の給料は異様に低い事で有名だが、月六十万以上使っても破産しないのが所謂一般家庭の月給なのか?

「仕方無い、どうせ一回でそんな大金を必要とする場面もあるまい」

 ふら付く足取りで、立ち上がりながら、そんなセリフを吐くが、強がりだという事は、心を読まなくても分かる。

 足取りを多少安定させたヘルガーは、ヴォルトに歩み寄りながら、
「護衛対象の安否を確認しておかなければな」
と呟く。
 依頼を裏切っての契約でなければ、物凄く仕事熱心なセリフだが、一回依頼を破棄してしまっているのを見ているロードと刹には、金の為としか映らない。
 今となっては金への執着心よりも、この男の生い立ちに対する同情の方が強い。

 ヴォルトは、先程よりも穏やかな表情で寝息を立てている。これなら、次に目覚めた時は大した痛みも感じない筈だ。

「頑丈な奴だな、殺す気で攻撃したのに気絶で済むとは……アブソルは防御力が高い種族だったか?」

「殺す気でだと? テメェ、よくもやってくれたな」

 殺す気で発言についてはかなりの怒りを覚えるが、頑丈な奴という意見には賛成だ。
 今回気絶しているのも恐らく幻痛によるショック現象だし…………。

「すまない。だがな、俺だって依頼を受けて来たんだ、仕方ないだろ? ところで、誰が報酬を渡すのだ?」

 この状況で金の話をするヘルガー。ある意味関心だ。

「勿論、今気絶しているヴォルト君だよ~」

 ロードが無邪気に答える。お前月に六十万も使える財力があるなら、ヴォルトの代わりに払ってやれよと思うのだが、これはヴォルトに対する依怙贔屓に値するのだろうか?
 無邪気な口調の割に、言ってる事は邪気だらけと言うか、黒いんだよな。

「お前………本当に悪魔だな」

「全くだ。取り敢えず依頼主を運ぶぞ」

 ヘルガーは、行動の事で同意しているのか、ロードの正体を知っての同意かは分からないが、頷いて進み出す。

 ヘルガーがヴォルトを背負おうとするので
「俺が背負う!」
と、思い切り叫んでしまった。
 ロードが意外そうな顔をして俺の事を見つめて来るが、ヘルガーは何とも思わなかったのか、
「では、頼むぞ」
と、あっさり引き下がった。
 ヴォルトを助けた時もそうだったけど、緊張するな。
 慎重にヴォルトを背負い上げ、極力揺れないよう歩く。
 時折俺の首筋にヴォルトの息が掛かる。これでヴォルトが「刹、大好きだよ」みたいなことを耳元で囁いてくれたらな。
 これでリセット。と言う訳には行かないけど、俺の自信に繋がって行けたらいいな。
 何も言わずに穏やかな呼吸を俺の背中で繰り返しているヴォルトは、俺よりも年下だと言っても絶対に通じるだろう。なんて事を考えている間にも、ヘルガーとロードは後ろを全く気にせず、或は俺を引き離そうとしているかのように素早く歩いていた。
 ヴォルトを揺らさないように、そして素早く歩く。この二つを同時に要求された俺は、ヴォルト優先でそれらをなんとかこなし、町の近郊まで辿り着いた。

第六話 『変な男』 


 一面の暗黒世界を僕は、ひたすら歩く何処へ、何の為に分からない。
 暗闇の淵は僕の心を、どんどん闇に染めていく気がする。

 このまま、何時までも歩き続けなければならないのだろうか?

 どこまで歩いただろう。不意に、僕の目に光が差した。

 とても、僅かな光。それでいて、暖かい何かを持っている。

 僕は、暗闇を光だけを頼りに走り出す。

 光のある場所に着いた。光に手を伸ばし、触ってみる。

 刹那、僕の目の前で、光が大きくなっていく。

 眩しい。目を閉じる。しかし、それでも光を感じる。

 光は、徐々に薄れていった。



 僕が寝ていたのは、広大な草原の上。だと思う。体中を草が包み込み、爽やかな風が辺りを吹き抜ける感覚が、草原に似ていたからだ。
 目を開ける。目の前に黒い影が見える。途端に、何故寝ていたかを思い出す。

「依頼主が目を覚ましたようだぞ」

 目の前にいるのは……、ヘルガー。何でここにいるんだ。
 状況がサッパリ理解出来ない。僕は殺されかけて、生きていて、ヘルガーが僕を見ていて、依頼主って呼んで…………。
 整理が追いつかない。

「ヴォルトーっ、目を覚ましたんだな! 心配したぞ! こいつが『殺す気で』とか言うから」

 そう言いながら、ヘルガーを小突く(せつ)
 それに、反応して体を動かすヘルガーを見ると何故だか、ヘルガーが憎くなった。

 ロードもちゃんといる。黒と緑のコントラストは何とも言えない感じだった。
 ロードの性格からして、草原っていう場所は、似合っているんだけどね。

「おはよう。ヴォルト君」

 ロードは僕に近づいて何かを囁く。

刹が、ずっと看病してくれてたんだ~。ずっと泣いていたんだよ刹

 そんなに、僕の事を心配してくれていたなんて、いままでそんなこと誰にもされたことがない。

「刹、心配してくれてありがとう」

 涙が出そうになるのを堪え(こらえ)ながら、お礼を言う。
 僕は、これ以上喋ると確実に泣くだろう。
 優しさに気付けなかっただけかもしれないけど、初めて優しさを感じられる人にあった。

「ロード! テメェ、告げ口したな! ゆるさねぇ!」

 刹の顔が真っ赤になる。
 そんなに怒る必要も無いんじゃないかな。
 僕は素直に嬉しかったんだからさ、それに、感謝されて悪い気なんてしないと思うけど。

「うわぁ、ヴォルト君それはないでしょ~。こっそり言った意味が無いじゃないか」

 刹が逃げるロードを追いかける。そういえば、ロードもこっそり言う必要はなかったんじゃないかな。
 口止めでもされていたなら、話は別だけど。

「コホン、済まないが俺のことを、護衛対象に、紹介してくれ」

 この一言がロードの逃亡生活に終止符(ピリオド)を打った。…………かなり大袈裟な表現だったね。

 ヘルガーが口を挟む。忘れてた……。何でここにヘルガーがいて僕たちは生きていて…………考えても分からない事は聞けば良い。

「OK~! 任せて! この人は、便利屋で、依頼を受けたら何でもやってくれる職業のことだよ~」

ロードが、説明する。でも、この人の紹介じゃなくて、便利屋の説明だよ、それじゃあ。

「名前は、なんて言うの?」

 僕は本当に聞きたかったことを自分で聞き出す。
 ロードに説明させたら、便利屋の内容を長々と説明されてから、『この人は×××××だよ』だけで終わってしまう気がしたからだ。

「知らない」 「知らねぇ」

ロードと刹が同時に答える。二人とも何で名前すら知らない人と、一緒に行動できるんだろう。
 僕だったら、名前を知ることから付き合いが始まるものなんだけど。
 刹達に常識が無いのか、僕に常識が無いのかは、分からないけど。

「俺は、ゼロと名乗っている。本名は、無い」

『何で、本名が無いの?』

 僕とロードが、同時に聞く。
 そりゃ、そんな言い方をされたら身の上話を聞きたくなるじゃないか。

「依頼内容に、自分の身の上話は、含まれていない。気が向いたら話してやるが、今は、ゼロで、十分だろ?
 それよりお前達には、護身術を体得してもらうぞ。三人もいると手が回らんからな」

 なんだよ、聞いて欲しげな言い方をしたくせに…………。と思う間も無く、予想外の言葉が耳に入る。

『エ~~~~~~!』

 三人が同時に反応する。そもそも、僕達の護衛がゼロの目的なのに、どうして自分で身を守らなきゃいけないのさ?

「息を合わすな、鬱陶しい」

 別に合わせるつもりは無かったんだけどな。
 それに、口が悪いよ。もっと上品に、ってそんな事を求めても無駄だね。

「こんなか弱い女の俺に、護身術だと!」

 刹は、誰よりも大きな身振り手振りで、ゼロに抗議する。
 口が裂けてもそんな事は言えないけど、絶対に僕の方が、刹よりもか弱いよね。

「か弱いだと? 俺の目にはお前が一番強そうにみえるが……。それにお前男じゃなかったのか? 結構毛も短いし……ハンサムな顔立ちをしているぞ」

 刹が一番強そうに見えるについては、同意だね。
 でも、最後の一言は非常に拙い。清々しい位に拙い。……ちょっと混乱してきた。

「それは、禁句だ……よ?」

 見る見るうちに、刹の顔が真っ赤になる。鼻息も荒くなる。
 ほら、拙いよ。避難準備をしなくちゃね。
 僕は、ゆっくりと刹から離れる。『触らぬ刹に祟り無し』だね。

「今何つった! テメェ! 俺は、正真正銘どっからどう見ても女だろうがーっ!」

 あぁ、手遅れだ。気の毒に……。刹、キミは正真正銘の男だよ、見た目は。
 そこ等辺の男の人よりも、数倍以上男らしい。

「お前が女? ヴォルトなら納得できるが……」

 心外だな、僕だって、男らしいじゃないか………少しは。ほんのちょっぴりだけど………刹が近くに居るから目立たないだけで……悲しい。
 それにしても、あの剣幕で迫られても意外と冷静なゼロ。実力に相当自信があるのか、緊迫感が無いのか、どっちだろうね。

「おいっ、ヴォルト、良かったな! 報酬、払わないでいいぞ。今からゼロは、旅に出るそうだから」

 殺す気なの、刹。って言うか、どうして僕が報酬を払うの。

「ゲホッゲホッ、前言撤回だ。刹お前は十分女らしい。そして護身術は必要ない

 刹は、まだ怒っている。と言うよりは、さっきよりも怒っているよ。
 ま、無理も無いね。さっきの言葉だって、お世辞だと一瞬で分かるもん。

 ゼロはマウントポジションをとった刹に一方的に殴られている。

 叫びながらゼロを殴りまくっている刹には、今までに起こってきたどんな事件よりも恐怖を覚えた。
 そもそも、関節の構造上、ああやって前足で殴るなんて動作を、造作も無く行える事自体が不自然だ。

「オラァ! 誰が、男だって? あぁ? もう一度言ってみろ」

 ゼロの声は届いていない。反撃しようと思えば、出来ると思うんだけどな。
 ほら、今隙が出来た。しかし、ゼロは動こうとしない。
 嗚呼、勿体無い。今だったら抜け出せた。

「刹! ゼロが死んじゃうよ!」

 僕は、ゼロの身を案じて叫ぶ。
 なんだか、違和感があるんだよね。確かに、ゼロは不利な状況ではあるけど、抜け出そうとしたらいけると思う。

「構わねぇ! ()ってやるよ」

 こうなったら…………もう止められないね、潔く諦めよう。って、そんな簡単に人の命を諦めては駄目だね。

 そういえば、ロードの姿が無い。何処にいったんだろう。と、僕は現実逃避を始める。
 今いたら、確実に状況は悪化するから、助かるんだけどね。

「ちょっと、待て! 幾らなんでもやり過ぎだろ! 危ない。今掠った」

 剣呑な言葉が聞こえているけど、僕にはどうしようも無い。
 えっ、掠った。何が掠ったんだ。
 『掠った』が気になって、僕はゼロの方を見る。
 何とか、マウントポジションからの脱出を果たしたゼロは、刹の角の攻撃を必死にかわしていた。

「刹、それは危ないって、しかも、サイコカッターを使っているじゃないか!」

 状況を理解した僕が、刹を止めようと叫ぶ。
 刹の角に纏わせている念とは逆方向に、僕の念を流す。
 サイコカッターは、僕と刹。二人の念の対消滅現象によって消滅した。
 サイコカッターが消滅した事を不思議に思ってか、刹がゼロを追いかけるのを、一時的に止める。

 僕は、ゼロに逃げるように体中を使って伝える。
 通じたのかどうかは、分からないけど、ゼロは逃走を止めない。

「フン、構わねぇ、そのままでも、多少の切れ味はあるからな。三途の川を見せてやるよぉ!」

 物騒な言葉を吐き棄てて、刹はゼロの追跡を再開する。
 セリフの一つ一つが怖いよ、刹。

「最後に一つ聞かせてもらおうか? なぜ、抵抗しなかった」

 目を離していた瞬間に刹はゼロを捕まえていたらしい。
 質問の意図が読めないけど、意図的に反撃のチャンスを与えていたような口ぶりだ。

「フン、折角の商品に傷をつけてはいけないからな」

 もし、それが本音だったとしてもさ、今くらいは、『女に傷をつけるなんて事はしない』とか、言って置けば良かったのに。

「サイテーだな。救う価値すらねぇ」

 刹は、冷たく言い放つと、角を振り下ろす。
 ゼロは逃げようともせずに、そのまま攻撃を受け容れる。
 肉を刃が引き裂く音がする、それは大きな音ではないけど、耳に痛い。

「急所は外してある。さっさと、病院に連れて行くぞ! 死なれたら、俺にお前たちについて行く権利が無くなっちまうからな」

 刹の体は血を浴びて赤く染まっている。

 血って、すぐに固まって取れなくなるからね、速く洗い落とさないと大変だよ、刹。
 じゃなくて、結構傷は浅いみたいだから、すぐに死にはしないと思うけど。
 でも、無くて。駄目だ、血を見たショックで頭が正常に稼動していない。
 言ったら悪いけど、気持ち悪い。
 赤く染まった体から覗くピンクの肉が、吐き気を誘う。
 刹は、病院に連れて行くと言い出した。そんな事を言い出すくらいなら、踏み止まったら良かったのに……。
 それに、ロードが戻ってこないから、今は動けないし。

 などと考えていたら、ロードが帰ってくるのが遠目に見えた。
 ふらふらと、漂う様に動くロードは、見ていてとても歯痒い。
 でも、ロードは少しずつながらも、確実に近づいてくる。速く来い、と心の中で何度も呟く。
 近づいてくるに連れて、ロードが鼻歌を歌っている事が分かった。
 独特なメロディーで、お世辞にも上手とは言えないけど、和むリズムだった。
 今は和んでいる場合じゃ無いんだけどな、と苦笑しながら僕はロードを待つ。

「~~~~~~♪ うわぁ、ゼロ酷い傷だよ! どうしたのさ?
 僕がゼロを運ぶから、ヴォルト、ロープみたいなので僕とゼロを固定して。
 刹、キミは体を洗って来て、そんな血塗れで街に入ったら、集団混乱(パニック)が起こるから。急いで!」

 惨状を目撃したロードが、僕達に指示を出す。ロードの頭の回転は、非常時に特化している様だ。
 物凄い状況の判断だと思う。
 少なくとも、僕だったら、ロープで固定の所まではいけるかも知れないけど、
 パニックを見越して、刹に体を洗ってきてなんて、周囲の反応を想定した指示は出せない。

「わ、分かった、急いで血を落としてくる!」

 刹は、ドタバタと、草原の坂道を駆け下りていく。
 どこで体を洗ってくる心算なんだろうね。

 …………僕って、健全じゃないのかな。
 『普通、女の子が体を洗うって聞いたら、覗きたくなるのが普通だ』って、言われた事があるけど、全然覗きたくならないや。

『オラーッ!』

 刹が力強く叫んでいる、意外と近い位置で体を洗っているようだ。
 それにしても、体を洗うにしては、激しすぎないかな。様子を見てみたい気がする。
 そっか、女の子は、体を洗う時に叫び声を上げるから、覗いて見たくなるんだね、納得だよ。
 激しい割には、水の音が全くしないと言う、謎の事態になっているけど、…………どういうことだろう。

 坂道を登って現れた刹は、綺麗になっているどころか、泥に塗れている。
 何がどうなったら、水浴びで泥塗れになれるんだよ。

「血は落ちたな。さて、行くか」

 ねぇ、その前にどこで体を洗ってきたかを教えてよ。
 僕の想像を遥かに絶する事がそこで起こったに違いない。

 僕は刹に泥塗れになってしまった理由を聞く。
 寧ろ、急に知り合いが泥塗れになったって、気にならない、って言う人が居たら会って見たい。

「そりゃ、そこら辺を転がり回ったら泥が体にくっついてだな」

 そっか、体を洗うって言っても、水で洗うとは限らないんだね。一つ新しい教訓を得たよ。
 それは、『一般的な概念に固執するな』だ。
 違う。刹は『洗ってくる』じゃなくて、『血を落としてくる』って言っていたから、洗い流す事を尊重せずに、血が落ちればOK、って発想なんだね。
 と、僕は自分自身を無理矢理納得させてみる。なにせ、考えている時間が無いからね。

「よし、はしれ~! ここから病院まで三百キロは離れているよ! 時間はあんまり無いから、全力で駆け抜けろ~」

 三百キロも離れた場所にしか病院が無いって、可笑しくないか。
 急患が出たらどうするのさ。
 せめて、一つの街に一つは、病院を建てようよ。そもそも、広すぎるでしょ、この世界。

 そして、この世界に一体、幾つの病院が存在しているのだろうか。

第七話 『全力疾走』 


 僕たちは走っている。
 先頭を走っているのは、ゼロを負ぶっているロードだ。

 何であんなに早く走れるんだ?

「はぁ…ちょっと……待ってよ」

 息が限界だ。
 でも、止まることは許されない。

 はぁ、もっと体力があったらいいのに。そんな事考えていても仕方ないよね、さぁ、頑張ろう。

「頑張れヴォルト! 後百キロぐらいだ」

 (せつ)が振り向いて、声をかける。まだまだ、平気そうだ。
 まだ、百キロもあるのか、でも、二百キロも走れたんだ、僕。

 走れ、走れ、ひたすら走れ。
 苦しい、でも走る。
 生死に関ることだから。
 二度と走れなくなったとしても、今は、走り切らなければならない。
 後何キロ走るんだろう。

 病院ぐらい全部の町に造っといてよ、非常事態にどう対処するんだよ。

「街が見えて来たよ~」

 かなり遠くから、ロードの声が聞こえる。
 良かった。やっと休める。あと一キロぐらいだ。頑張った……よね、僕。
 街に着いた僕たちは、急いで病院に向かった。

「急患です、急いで治療して下さい」

 僕が叫ぶ。

 医者の、グレッグルが出てきた。

「どれどれ……ほぅ、コイツはここら一帯で、一番質の悪いと言われているヘルガーじゃないか
 一体誰がこれほどの傷を負わせたのじゃろうな?」

 この医者の第一印象は、胡散臭いの一言だ。

 不気味な人だ、常に相手を寄せ付けないバリアを放っている様な雰囲気が怖い。
 出来れば、知り合いにはなりたくないタイプの人種だ。

「とっ、とにかく、治療を急いでくれ!」

 刹が慌てて言う。
 グレッグルは刹をチラッと見てまた、ゼロに視線を戻す。

「それもそうじゃのぅ。じゃあ治療室に運ぶとするかの」

 ようやく治療が開始された。

第八話 『狂科学者(マッドサイエンティスト) 


 暫くして治療室の扉が開いた。あれだけの傷を塞ぐことを考えると、かなり早い。
 それにしても、この病院はこの人以外に誰か居ないのかな。

「先生、ゼロはどうなった」

 (せつ)が急いで聞く。

 するとグレッグルは、暗い顔をしてこういった。

「残念ながら治療は……成功しました

 そうか、あれだけ頑張ったのに成功か………えっ成功なの。

「何で残念なんだよ!?」

 刹が聞いてくれた。僕はこの人とは話したくない。
 グレッグルは、クネクネと奇妙な動きをしながら、話し出した。

「それはぁ、僕の専門分野が検死だからさぁ、生きているのに解剖するわけにはいかないし……
 正直失敗すると思ったんだけどなぁ、治療するのは、初めてだし。まぁ、これも才能かな」

「ふざけるな! 生物の命を何だと思ってんだ!」

 刹がグレッグルに殴りかかる。
 それを彼は軽々と受け止めて、話し始める。
 一瞬だけど、ハッキリと禍々しい気配を感じた。どこか、違う次元に居る。そんな気がして仕方ない。

「君が言うのかね、君だろ、彼をこういう状態にしたのはさぁ?」

 何で分ったんだ。だいたい、どこを見て話しているのさ、そこには蛍光灯ぐらいしかないけど…………。

「なんで、そんな根拠もないことを言えるんだ?」

 明らかに動揺してるよ、刹。
 聞かれたグレッグルは、呆れながら答える。

「そりゃあ君から血の臭いがするからさ。気付いてないの?」

 血の臭いなんて、別にしないけど……。
 嗅覚がおかしいのかもしれないと、疑ったが、刹も気が付いていないところを見ると、違うようだ。


「大方、男みたいって言われてキレたんだろぅ」

 凄い完璧に見透かされてる。
 鋭いというよりは心を読まれている、という感じだ。

「おっ、そこのキミィ~御名答~♪ 僕も過去に悪魔と契約しているんだ。
 まぁ、契約不履行なんだけどね。
 ところでヘルガーの彼を負ぶってきたの、悪魔だろ? 何考えてるか分からないからね」

 へぇ、悪魔の心は読めないんだ、不便だね。

【テレパシーみたいなのも使えるんだよ。まぁ、エスパータイプだったら誰でも出来るけど。それと、関心を持つところ間違ってないかい?】

 頭の中に直接声が入ってくる。そういわれると便利な気もしてきた。

【つまり、キミが僕のことを滅茶苦茶に思っていたことも全て知っているよ♪】

 嫌だ、近づかないで。僕は急いで刹の後ろに隠れる。
 刹は驚いた顔をしたけど、そのまま僕を匿ってくれた。
 女の子に庇って貰うって言うのは、情けないけど、怖いものは仕方がない。

【若いねぇ~、羨ましい】

 恐怖の理由は、その妙な口調と鼻を突く薬品の臭いだとわかった。
 お医者さんの、白衣にこびり付いた薬品の臭いで、注射を連想させるようなもの。

「へぇ、君も契約者か~。
 そしたら、契約不履行は、目を瞑るからさ~治療費チャラにしてくんない?」

 ロードが聞く、ちゃっかりしてるな。

「別に、タダでいいよ、趣味でやってる仕事だし。
 契約不履行っていっても、契約先が突然失踪してしまったからだよ。
 今は生きているのかさえ分からない」

 自分で逃げたわけじゃないんだ。羨ましいな、ロードが失踪なんてあり得ないし。

【ほら、君、契約したんだったらちゃんと実行して上げなよ】
 
 心読まれてるのって調子狂うな
 ゼロはもう大丈夫なんですか?

【僕の力をうまく利用しようといても無駄だよ。まぁ、今からでも旅は再開できるよ。これも僕に才能があるおかげだね】

 これって意思疎通なのかな、一方的な気もするけど。

「ではでは~、ヘルガー君の入場~」

 テンション間違ってるよ、この先生……。
技術があるからマシだけど、もしこの人に技術が無かったら、ただのアブナイ人だよね。

【僕には、パルスって言う名前があるんだけど】

 無視しよう。
 この人と話していると、脳細胞が異常な進化を遂げてしまいそうだ。
 えっ、別に進化ならいいじゃないかって、殺しやら、血に過剰反応しそうな進化でも、同じ事が言えるのかな。

【随分酷い扱いだね、僕】

 扉が開いて中からゼロが普通に出てきた。
 傷一つない状態だ。変な先生だけど腕は確かなようだ。
 一体、どういう技術で治療したんだろう。

「心配かけて済まなかった。放って置かれてたら、確実に死んでいたな。出発するぞ」

 他のみんなも先生のことは無視することに決めたようだ。

 刹はゼロのほうを見ようともしない。罪悪感からだろうか。

「いいサンプルが手に入ったよ」

「うん、行こう。」

 空気が悪いので、取り敢えず、返事をして、僕たちは出発した。
 ゼロの参加は、喧嘩が少なくなるなら良いかなとも思ったけど、逆効果だったようだね。

第九話 『ギルド』 


「ところでお前達、金はちゃんと持っているか?」

 ゼロが聞く。どこまでも、お金にこだわる人なんだね。

「いえ、今のところ無一文です」

 僕がみんなを代表して、素直に答える。ロードに任せたら長話を延々としそうだし、刹は刹で、『知らない』の一言で片付けそうだったからだ。

「そうか、だったら、街にあるギルドというところで、金を稼ぐと良い」

「でも、ギルドって怖いところじゃないの」

 血の気盛んな人たちが、集まって金を稼ぐ。僕のギルドに対するイメージはこんな感じだ。

「そんなことは無い、俺みたいな便利屋の情報局みたいなところでな、依頼が集まってくるんだ。怖いところではない」

 依頼が集まるって言っても殺しとかでしょ。
 やっぱり怖いところじゃないか。それに、血腥いところになんて行きたくないよ。

「う~ん、僕たちお金ないし~、行ってみようかな」

 ロードが言う。
 冗談じゃないよ。僕は絶対に嫌だ。大体、ロードは仕事の内容を大して考えていないんじゃないのかな。

「そうだな、金がねぇと飯食えねぇしな」

 (せつ)が同意する。
 ああ、この二人が同意した時点で行くこと決定だね…………。
 ご飯だったら、そこら辺の木の実を取って食べればいいじゃないか。

「決まりだな。行くぞ」

 ほら、やっぱり。いつも僕の意見は、いつも無視なんだから。
 もっと、僕の意見も尊重してよ。
 自己主張しないことに非があるのは事実だけどさ、言ったって聞いてくれないじゃないか。



 ギルドは、一種の酒場みたいなところだった。
 本当だ、恐くないや、気さくそうなポケモンたちばかりだ。

「新規登録したいのだが」

 ゼロが受付にいるジュプトルに声を掛けると、ダルそうに顔を上げた。かなり、ガラの悪そうな顔立ちをしている。ちょっと怖いかな。

「ゼロか、新規登録だと? お前はもう、便利屋『悠々自適』で登録済みだろ」

 ジュプトルは、尋ねる。やはりダルそうだ。

「ああ、メンバーがふえたのでな、こいつらが新しく俺のチームに加わったんだ。これで、4人構成になった」

 ジュプトルは、納得したようだ。
 紙に面倒臭そうに書き足していく。顔に似合わずかなりの達筆だ。
 僕が紙を覗こうとすると邪険に扱われた。
 ゼロが言うには、作業途中の物を見られるのが何よりも嫌いなそうだ。
 名前を確認していない所を見ると、種族名と人数だけを書いている物の様だ。

「しっかし、ひ弱そうな奴等だな、大丈夫なのか?」

 質問するジュプトル。
 刹を見なよ。あんなに強そうな人は滅多に居ないと思うよ。元軍人さんだしさ。

「その点は問題ない。あそこに、女のアブソルがいるだろ、あいつに殺されかけたんだ」

 小声で会話するゼロ。
 成る程、あの事件についてを話しているんだね。
 確かに殺されかけたって言葉には嘘偽りも誇張も無いけど…………、
 その言い方だと、ゼロに悪いところは無くて、一方的に刹が悪いと勘違いされる気がするんだけどな。

「へぇ、あんたを……それはスゲェな。
 しかしな、そのアブソルだが、話の内容分ってるようだぞ」

 えっ、刹が話に気付いてるの。ずっとロードとふざけてるのに。
 それに、なんだかあのジュプトル、こっちを見てる気がする。

「何!」

 ゼロが、間抜けな声で叫ぶ。例の件があるから、細心の注意を払う事を決めたようだね。
 賢明な判断だよ。

「ほら、見てみろ、ずっとこっち見てるぞ」

 ああ、やっぱり僕の事だと思ってるんだ。僕は男なんだけどな……。
 苦笑いをしている僕を見て、ゼロが安心した顔をする。
 よっぽど後悔しているんだね。

「ああ、あいつは、男だぞ、今回の依頼主(クライアント)だ」

 それを、この人に言ったらまずくないかな。契約放棄したら違約金とかさ。

「じゃあ、あの、男みたいな方がっ、何するんだゼロ!」

 ゼロが話の途中でジュプトルの口を塞ぐ。幸い、刹はこの会話に興味が無いようだ。

あいつの男らしさの話をするな、殺されるかもしれないぞ

「禁句なんだな」

 ジュプトルが周囲を見回しながら、小さく確認を取る。当然、刹を警戒しての事だろう。
 僕が、告げ口をしたら二人とも終わるよね。言わないけどね。

「そういうことだ、早速今日の依頼を見せてくれ」

 ジュプトルは、ゼロに依頼リストを渡す。*4

 僕も気になったので、覗くことにした。

ある奴が嫌いだから始末してくれ
我が社のセレモニーの護衛をしてくれ
ある物を運んでもらいたい
道に迷っている。助けてくれ

 など様々だった。

 報酬は殺しの依頼が一番良いみたいだね。やりたくないけど。
 一番下の奴が良いなけど、無理だよね。

「よし、お前達、どの依頼にする?」

『一番報酬のいいやつ』

 依頼内容を確認していない二人が答える。嫌だって、それだけは絶対に嫌だ。

「だったら、ある企業の社員全員抹殺だな。この依頼、便利屋が引き受けた」

 ジュプトルに告げるゼロ。殺しだが良いのか、とか聞いてよ。

「OK、難易度も高いぞ」

「ちょっと待て、殺しだと?」

 刹がようやく気付いてくれた。全力で止めさせてよ。

「ああ、そうだ」

「解約には1億掛かるからな」

 一億だって、そんなお金持ってないよ。止めれない。

「仕方ねぇ、じゃあ()るか」

 そんなに簡単に割り切らないでよ、もっと抵抗の意思を…………。

「健闘を祈る。それから、えっと、お前……ヴォルトだったか?
 あとでチョイと残ってくれないか?」

 ジュプトルが応援してくれた。あんまり嬉しくないよ。僕に残れ、ってなんの用だろう?

「では、我々は先にここから出ておくぞ」

 ゼロは、皆を連れてさっさと行ってしまった。

「えっと、何か用ですか?」

 僕が聞く。そりゃ、これを聞かないと話が進まないでしょ。

「あの、男女(おとこおんな)*5お前の彼女か?」

 ジュプトルが聞く。
 おとこおんなって……それに彼女だって。 ……そりゃ僕だって彼女は欲しいし、刹は可愛いし……態度や口調に慣れて来ればだけど。
 でも、僕なんかを刹が好きになってくれる訳ないよ…………。


「でっ、どうなんだ? なぁ?」

 ジュプトルが急かす。正直、刹が良いのなら、付き合って欲しい。

「違います!」

 顔が赤くなっているのが自分でも分る。好きだから余計に。

「何だ、違うのか、つまらねぇ。話は、それだけだ」

 まったく、そんな事を聞く為だけに僕を呼ばないでよ。
 白けた顔をしたジュプトルが、あっちに行けと言わんばかりに手を振る。

 二人に誰かに、会話を盗み聞きされているのに気付く余地もなかった。

第十話 『依頼内容(ミッション・コンテンツ) 


 僕は、(せつ)達と合流した。さっきのやり取りを思い出すと、刹の顔を直視出来ない。

「遅かったな。何を話してたんだ? こっちはとっくに依頼内容を聞いてきたぜ」

 刹が聞いてくる。正直に言える訳が無い。依頼内容って殺しでしょ。僕だって知っているよ。

 質問には、答えようが無いから誤魔化してみる。

「男同士の内緒話だよ」

 男尊女卑な訳じゃなけど、女の人に聞かれたら拙いことに違いは無い。

「俺は、呼ばれなかったが」

 ゼロが突っ込む。
 しまった。今まで、性別不明のロードと女の刹しかいなかったから忘れてた。

「へぇ、やるじゃねぇかアイツ、俺を女と見抜くとは、人を見る目があるじゃねぇか、どこかの便利屋とは違って」

 刹が嫌味を混ぜて言う。よかった刹が話題を変えてくれた。
 安心しながらこれからのゼロの立ち回りに期待しつつ、話に耳を傾ける。

「俺のプライド的には、真実を告げたいところだが、あいつの命に関るからな。今回は黙っておこう」

 刹の嫌味に反応して、何かを呟いているゼロ。
 僕は、ハッキリとその言葉の意味を理解して、笑いを噛み殺すのに必死になる。

「ヴォルト、アイツとの話は、不問にしてやる。だから、あの件は内密に頼む。どうだろうか?」

 ゼロが僕に耳打ちする。
 優しいね、ゼロ。そしてちゃんと交渉の仕方を知っているね。
 僕が頷くと、ゼロは安堵の顔を浮かべた。

「ああ、アイツの人間観察眼は、確かだからな」

 嘘をつくゼロ。羨ましいほどに嘘が上手だ。感心できた事じゃないけど。

「気に入った! たいしたやつだ」

 刹は納得したようだ。ちょっと、単純すぎないかな。

「でさ~今回の依頼は殺しだよね?」

 ロードが珍しくまともな事を言う。どうしたんだろう、元気が無いんだけど。

「そうだ。今回の任務は、G社の社員全員抹殺だ。
 運が良かったな。簡単極まりない任務だ」

 やっぱりゼロは、殺しなれているんだね。ところで、何で社員を強調するんだろう。
 社員を強調する意味を考えてみる。

「さあ、行くぞ! 社員殺しに」

 だから何で、社員を強調するのさ。
 殺しは、嫌だからさ、出来れば一人で行ってきてよ。
 僕の心を読める人は今ここにはいない。
 居たとしても、親切に対応してくれる人は知らない。

 僕の疑問はともかく僕達は、G社に向かった。


記憶Ⅱへ 

To Be Continue     記憶Ⅱに進む。



*1 刹の方が低い
*2 (ハート)が~通じんだよ!
*3 語尾に~つけてるだろうが
*4 個人情報保護の為に一般公開されません。
*5 男みたいな女の事

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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