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触死 ~悪食~

/触死 ~悪食~

writter is 双牙連刃

 この作品は触死の続編に当たります。設定等がそのまま引き継がれておりますので、そちらを先にお読み頂く事を推奨致します。
 尚、若干のグロテスク表現もございますので、お読み頂く際はご注意下さい。


 青い空、白い雲……は現在俺達の下にあるが、眩しい太陽が地面のそこよりは遥かに近い場所。恐らく、俺が普通に暮らしてたんじゃ来る事の無かった、雲の上の空に俺は居る。まぁ、来れないのは当然っちゃあ当然なんだが。だって俺ルガルガンだし、普通飛べないし。
 けど、今は多分地面の上より空の上に居る方が多いんだろうな。厳密に言えば、飛んでるこいつの上って言うのが正解なんだろうけど。

「んで? 知り合いが呼んでるって言ってたけどさ、俺以外に知り合いなんてほんとに居んのかよ?」
「あぁ。知り合いと言うより、私の使命を知る者、だがな」

 使命、か。この世では有り得ない死ねない命を持ち続け、逝きそびれた奴に文字通り引導を渡す看取り役。確か剪定者、とか言うのだって聞いたっけな? その役割を知ってる奴か……俺以外に居るもんなんだなぁ。
 俺が今背に乗ってるこいつ、イベルタルは本来だと破壊の化身って呼ばれる超危険なポケモンで、命の終わりである死って奴がポケモンの形になってるような奴なんだが、どうもこいつはその中でも特殊な存在で、その剪定って役目を唯一与えられたイベルタルってのらしい。まぁ、他のイベルタルを知らんからして? こいつから聞いただけの事しか俺も知らんけどさ。
 ついでに言うと、こいつは看取り以外でもう一つ使命って奴を持ってる。その死の力によって、他の命を脅かす者を淘汰する。ようは世界や命に仇成す者を排除するのも一つの役目なんだとさ。逝きそびれも、そのまま放っておけば命有る者を際限無く襲い殺しちまうらしいから、それを渡らせる延長線の仕事なんだとさ。
 んで、その役目って奴を知ってる奴が呼んでるとかでそこに向かい始めたのが今朝日が昇ってすぐ辺り。そっから飛び続けて日も大分高くなったな。目的地は一体何処なんだかな?

「ん、見えたぞ」
「んぁ? なんだよ海の上じゃ……いや、あの島か?」
「そうだ。確か……アロ、なんとかという名の島らしい」
「アロ? へぇ、なんか四つくらいでかい島があっけど、あれ全部がそのアロなんとかってのか?」
「ふん? すまん、そこまでは知らん」
「……まぁ、行ってみりゃ分かるか。けんど、このまんまじゃ目立ち過ぎるんでねぇの?」
「そうだな……ん、どうやら目的の島には人間が少なそうだ。行くぞ」

 なんでそんなん分かるん? って聞いたら、人間の命があそこには他の島より少ないって事だった。イベルタルのこの命センサーは完璧だからな、こと何処に何が居るって事を外した事は無い。ま、今回も多分大丈夫だろうさ。
 少しでも目立たないように、空の滅茶苦茶高いところを飛んで……島の上空に着いたら一気に降下する。正直乗ってる俺にすりゃしんどい以外のなんでもないんだが、目立つと色々面倒だからなぁ。まぁ、俺が乗ってるのも最近は加味してくれてるのか、よっぽど目立つような場所に降りる以外では、この急降下をしなくなった……というかする度に俺が説教するからやらなくなったんだけどさ。

「んぬぉぉぉぉ! じ、じぬぅぅぅ」
「すまんが、もう少しだ!」
 
 こんなの慣れるなんて無理だ。幾ら僅かな時間とは言え、きついもんはきつい。地面が迫って、減速の為に大きく羽ばたいて勢いを殺すんだけど、これもまた息が詰まる。ってかこんな急激な変化に耐えれる俺を誰か褒めてくれてもいいと思うんだ。俺、頑張ってるよ結構。

「ぜ、ぜは……相変わらず死ぬかと思った……」
「ん、よく頑張った」
「あのさぁ? これ夜とか待ってもっと安全に降りればよくね? 真昼間に降りようとすっから目立つんだし」
「そうだが……渡す者は待ってはくれないからな」
「あ、そっすね……」

 これまで見て分かってるが、渡らなきゃならない奴は見的必殺ってくらいに生きてる奴を襲うからな。遅れはイコールで犠牲者の増加だからして、急ぐのも分かるんだよなぁ。やれやれ、俺が慣れる方が手っ取り早そうだな。
 さて、と。どうやら無事に島への上陸は成功、イベルタルも翼を閉じて気配やオーラも最小限に抑えてるみたいだからとりあえず問題は無いだろ。で、これからどうすんのかね? その知り合いって奴を探す事にゃなるんだろうが……ん?

「来たか、剪定者」
「ふん……久しいな、調停者」
「調停者?」
「世に争乱起こり、世界の調和崩れし時に現れる、世界の抑止力。その力により調和を乱す要因を断ずる者。名は……ジガルデ」

 な、なんかおっかない奴だな……ってか姿見せないけど声だけする。ど、何処に居やがるんだ?
 不意に、俺達の後ろの方の茂みで音がした。振り返ってみると……なんか思ってたより小さい奴が出て来た。俺より少しでかいくらいか?

「ん……? なんだ、その姿は? それに力も、一割も無い、か?」
「訳あって、今は一割弱の力と身しか無くてな。ん? そのポケモンはなんだ?」
「私の供だ、友と言ってもいい。名をルガと言う」
「ル・ガ・ル・ガ・ン、な? ったく、紹介くらいちゃんとしてくれよ」
「……だって、長い」
「イベルタルと文字数変わんねぇですよ!?」

 俺達のいつも通りのやり取りを見て、ジガルデって言うらしい四足立ちのポケモンは少し笑ってるみたいだ。まぁ、これ見て笑うなって方が無茶な注文だな。
 しかし、四足立ちか。俺が真昼の姿だったら親近感湧いてたかもな。ま、色合いが黒と緑だから全然違うっちゃあ違うけどさ。
 っと、こんなコントをしてる場合じゃないな。どうやらこいつがイベルタルの目当ての相手らしいし、呼んだ理由を聞いとかないと話が進まんか。

「んで? イベルタル曰く、あんたがこいつを呼んだって事らしいんだが?」
「そうだ。何の用だ? お前が居るのなら、私の出る幕は無かろう」
「……この地で、世界の境界が揺らぐ事象が起こった。それにより、本来この世界に属さない者がこの地、アローラに渡ってきてしまった」

 アローラ、それがこの島の名前か。って俺が言ったらジガルデに訂正された。正確にはここはアローラ地方のポニ島って名前らしい。アロなんとかってのは地方名の事だったのな。
 で、ここでなんか分かり易く言うと、違う世界とこっちの世界の境が混ざる事が起こったってのがどうやら問題で、それによって違う世界の住民がこっちの世界に紛れ込んじまってるそうだ。

「大半の者は人間と各島の守り部達によって討伐され、既にこの地を去っている。一部はどうやら、人の子と共にある事を選んだ者も居るようだが」
「ふん……? ならば私は必要無いだろう」
「ところがどっこい、があるんじゃねぇの? それに多分、あんたが一割の力しかない状態で俺達の前に出て来たのが関係してると見た」
「……賢い者のようだな。そう、ところが、だ。今なおこの世界に残り、害成す者が存在する。その目に触れるもの全てを喰らい、己が糧とし奪う者。悪食の王……他の異世界の者とは一線を画する脅威が」

 目に触れたもの全てを喰らうって……パッと思いつくのはカビゴンだが、それならわざわざイベルタルが動く程の脅威じゃないよな。抵触してたとしたらもう対処してるし。
 つまり、それよりもヤバい奴が別の世界から渡ってきちまったと。世界の抑止力なんて呼ばれる奴が脅威なんて言うんだから、相当危険な奴なんだろうな。え? 待てよ、イベルタルが呼ばれた理由を尋ねてそんな奴の話をするって事は、だ。

「……私を呼んだのは、そいつを渡せ、という事か」
「そうだ。既に奴は人間や他のポケモンに討伐させるという時限を超えている。他を喰らい己が力を増す奴の力、闇雲に仕掛けても奴の糧になるだけだろう」
「ふむ……ひょっとして、あんた自身のように、とか?」

 うわ、露骨にビクッて反応した。勘で言っただけなんだけど、ドンピシャったらしいぞこれ。

「まさか、そうなのか?」
「油断、だったのだろうな。奴に喰われかけたポケモンを庇った時に、一割程だが」
「ん、一割? それだとまだ九割は残ってる事になるけど、あんた今一割の力しか無いんだろ?」
「今は残った五割の力で奴を押し止め、三割はアローラ各所に散らせ警邏に当たっている。未だこの地方の空間には綻びが残っていて、何時また揺らぎが起こってもおかしくないのでな」
「へぇー、あんた自分の身を分けるような事出来んのか。すげぇな」
「それが出来たからこそ、喰われた時に一割の私を失うだけで済んだんだ。とは言え、奴は私の調停の力も取り込んでしまっている。争い調和を乱すものを律する力だが、奴にとっては己を襲うものを無力化する力に変じてしまっている。並の者では、相対しても奴に力を抑制され餌食になるだけだろう」

 そんなのイベルタルにもどうにもならないだろ、と思ったんだが……どうやらイベルタルには思うところがあるらしい。自己完結するみたいになるほどって言って、何か思案するように目を閉じた。

「私の調停の力が及ばない例外は二つ。救済者と……剪定者」
「ん? 剪定者はこのイベルタルの事だよな? 救済者ってのは?」
「救済者は、著しく調和が乱れ世界の力が失われた際に、その力を補い癒す者。イベルタルと対を成す、ゼルネアスの一匹がそれに該当する。んだが……」

 剪定、調停、救済の三者はそれぞれに調和の乱れを事前に防ぐ、調和が乱れた際にそれを収める、乱れてしまった調和を回復させるって三様の関係にあって、それぞれには力での干渉は出来ないんだと。まぁ、干渉出来たら色々不味いんだろうな。
 んで、どうやらその救済者たるゼルネアスとやらは、何処かで力を使い過ぎて眠りに落ちてるらしいそうだ。どんなに呼び掛けても一切反応が無い者を頼る訳にはいかないわな。
 つまり、ジガルデを喰ったそいつをどうにか出来るのは、現状じゃイベルタルだけって事か。軽く絶望出来る状況じゃねぇか。どうすんだよ。

「……なるほど、お前が取り込まれたから私がその悪食の王とやらを捉えられなかったのか」
「へ? どういう……そうか、干渉出来ないって事はいつもの命センサーにも引っ掛からなくなるって事か」
「そうだ、あれも剪定者としての力だからな」
「けどそれなら、イベルタルにもその悪食の王って奴を倒せないんじゃないのか? 手出しが出来ないんだろ?」
「いや、そいつはジガルデの一部を取り込んだに過ぎない。多少の抵抗力はあるだろうが、完全に防ぐ事は出来ないだろう」
「そうだ。防げたとしても、それは一割。倒せずとも弱らせてしまえば、討つ事は難しくない」

 なるほどね、それなら勝ち目ありだな。けどイベルタルでも探せないならそいつは何処に……ってそうだった、ジガルデが五割の力で押し留めてるって言ってたな。
 どうやら今は、元々はこの地方でのジガルデの塒だったエンドケイブって所に閉じ込めてるらしい。五割の力でもその凶暴な奴を閉じ込めておけるとは、調停者ってのは凄いんだな。なんて俺が言うと、ジガルデは苦虫潰したような顔して、私だけの力ではなく多くの犠牲の上でなんとか閉じ込めているって言ってきた。どういう事かは……多分、この島のポケモンがって事なんだろうな。
 これは相当覚悟してやらなきゃならん仕事だな。正直俺は遠慮してどっかで待ってようかと思うが、聞いちまってはいさよならは寝覚めが悪いよなぁ。何が出来るか、そもそもなんか出来るかは分からんけど、とりあえずいつも通り見届け役として付いて行く事にした。イベルタルが仮にやられたら、どの道俺もヤバそうだし。



 ジガルデの案内でそのエンドケイブってとこに向かってるんだが、俺達以外のポケモンがその道中に居ない。なんでか疑問に思ってたんだが……答えは向かった先、エンドケイブって洞窟の前の花畑に着いて分かった。これから洞窟へ向かおうとするポケモン、他のポケモンの手当てをするポケモン。そして……軽傷から重傷まで、大なり小なり怪我をしたポケモン達がそこに集まってた。

「こ、こいつは……」
「この島の守り部、カプ・レヒレの声に応じて集まったこの島の腕利きのポケモン達だ。彼等が居たからこそ、今もギリギリの所で奴を抑えられている」
「……何故、こうまで被害が広がる前に私を呼ばなかった?」
「こうまで被害が広がるのに、時間が掛からな過ぎたんだ」
「そうか……ふん……」

 あー、これは過去最大に御冠だな。話に聞く限り、ここに居る奴はある意味助かった奴等なんだろ。聞いた通りなら、怪我じゃなく喰われた奴も相当数居るんだろうな……。
 見上げるようにしてイベルタルの顔を見る。見返してきたイベルタルは静かに頷いて、洞窟に歩を進める。はぁぁ、俺も覚悟を決めて行くとするか。
 洞窟の中にもポケモンが詰めてる。イベルタルの姿を見て一瞬警戒するが、イベルタルが目配せしてやると警戒を解いて深々と頭を下げる。すげぇな、イベルタルがどういう者か分かってるって事か。いや、ここが元々ジガルデの塒だったらしいから、それに近しい存在だって事に気付いたって事か? どっちにしろ、誰も敵対してくる様子は無いな。

「……この先だな」
「そうみたいだな」
「覚悟は出来たか、ルガ」
「はぁ、するしかあるめぇよ。ってかこん中じゃ飛ぶのは難しいだろうが、いけるのか?」
「それこそ、やるしかない、だ」

 この先から聞こえるのは、激しい戦闘音。今も、それこそ命懸けでポケモン達が戦ってるんだな。そんじゃあ……ご対面と行きますか。
 襲い掛かってくるポケモン達を薙ぎ払い、喰らいつき、逸れた先にある岩壁すら喰らう者がポケモン達に囲まれてる。あれが、悪食の王……ははっ、やべぇってもんじゃないくらいヤバそうだ。
 大きさは、翼を広げたイベルタルと同じくらいか? けど見た目が醜悪過ぎる。バカでかい口に竜の頭みたいな触手って言えばいいのか、そんな頭が二つ生えてる。しかもその触手でも岩なんかを喰ってる。本当に、喰う事に特化したって見た目の奴だ。
 ん、前線で戦ってる黒くて緑色の奴、ジガルデと同じ……? と思ったら隣に居たジガルデが駆け出す。そして、そのまま見てた奴に飛び込んだと思ったら、なんと言うか、同化した。あれが五割の力のジガルデで間違い無いみたいだな。
 また、イベルタルが歩を進める。ここまでとは違う、ビリビリするような震え上がるような全力のダークオーラを放ちながら。多少慣れてる俺は大丈夫だけど、下手な力の無いポケモンなら傍に居るだけで殺されちまいそうだ。
 当然、奴もイベルタルの存在に気付く。……スペース的に、イベルタルは浮く事は出来る。けど、飛び回る事は難しいかな。だったら、俺がやるべき事は……。

「悪食の王、か……私の言葉、理解出来るか?」

 イベルタルは奴に問い掛ける。が、返答の代わりに返って来たのは意味を成さない咆哮とイベルタルを喰らおうと伸びる触手だった。さて、俺の全力はこいつに通じるんかな?

「うぉぉぉ、らっしゃぁぁぁ!」

 伸びる触手を標的と定めて、カウンターを準備。イベルタルの前に出て、その触手を下から突き上げるように爪を叩き込む。よしよし、相手の力を利用するカウンターなら、なんとかデカブツ相手でも技が通りそうだ。
 俺のカウンターでカチ上げられた触手は、虚しく空を切って奴の方に戻っていく。さぁて、時間稼ぎだ。

「ルガ……」
「こんな中じゃ自由自在にひーらひらとはいかんだろ? 時間は稼ぐ、だから奴を仕留めるデスウィングを早いとこ準備してくれよ」
「分かった、だが」
「無理が出来るような奴か俺は? おっかねぇから早いとこ頼むぜ?」

 俺の言葉を聞いて、頷いてイベルタルは宙に浮く。当然それに奴は襲い掛かる。それを俺が迎撃する。
 他のポケモンも俺がイベルタルを守ってみせてやるべき事は分かったのか、次々に奴を攻撃する。倒すんじゃない、少しでもイベルタルを狙わせないように。
 重い一撃は必要無い。奴の注意を分散して、確実に時間を稼ぐ。暴れてイベルタルに伸ばす触手はなんとか俺が逸らす。やらなきゃならないと思ってた陽動だけでも他のポケモンが賄ってくれるから、予想した苦労よりは楽になったかね。
 着々と練られているデスウィングの気配を感じながら、一瞬も奴から集中を切らさない。切らせない。現状正面でイベルタルの盾兼囮をしてる俺がやられたら、その一瞬でイベルタルに攻撃が及ぶ。そうなったら総崩れだ。俺自身、こんな奴の胃袋で最期を迎えるのは勘弁願いたいしな。

「攻撃を受けた者は下がれ! 無理は決してするな! 喰われれば奴の力は増すぞ!」
「時間稼ぎも楽じゃねぇな、っとぉ!?」

 時々挑発を混ぜてる所為か、俺自身を狙った触手もちょいちょい襲って来る。それを狙っちゃあいるんだが、正直狙われると寿命が縮むくらいおっかねぇ。俺は腕自慢でも選ばれし者でもないごくごく普通のルガルガンなんだよ。多分今戦ってるポケモンで実力最下位だって胸張って言えるくらいだ。そんなのが居る場所でもやる事でもねぇってこんなの。
 けどここで尻尾巻いて逃げたら、俺はもうイベルタルに会わせる顔が無くなっちまう。大して役にも立たんのに、見届けもしないんじゃ役立たずもいいとこだ。あいつが気にするなっつても俺が俺を許せんて。
 だから気張る。虚勢だろうがハッタリだろうがおちょくりだろうが使えるもんはなんでも使う。そうして時間をもう少し稼げば……こっちのもんだ。

「……異界の凶食者よ、お前に私はなんの興味も抱かない。ただ、お前はやり過ぎる。この世界にとってお前は、脅威だ」

 大体準備は出来たのか、イベルタルがいつもの送る時と同じように言葉を紡ぎ始めた。多分こいつにゃ意味無いだろうに、律儀なこった。こっちとしては早急にデスウィングを撃ってもらいたいんだけどな!

「恨むなと言うつもりは無い。だが、お前にも受けてもらう。お前が喰らい失われた命達の、報いを」

 言い切り口元にデスウィングの光を蓄えたイベルタルに、奴の両の触手が伸びる。それを片方はジガルデが、もう片方を俺が弾き飛ばす。お膳立てはこれで十分だろ、決めてくれよ、イベルタル!
 真っ直ぐに、奴目掛けて黒い閃光が奔る。看取りで使う加減をしたデスウィングじゃない、本気の上に十二分に溜めた一撃だ。これを受けたら一溜まりも無い……と思ったら、あ、あれ? 直撃してんのに動いてる!? 撃ってるイベルタルも驚いたのか、目ぇ引ん剥いてるぞ。

「そうか、奴は既に数十匹のポケモンを喰らってる。それだけ蓄積された生命力も膨大になってるのか!」
「それであれを受けながら動けるってのか?! うっそだろ!? なんつうポケモン、ってか生物だよ!」

 他の命を食って自分の命を繋ぐ。それはどんな動物でもやる事だ。けどこいつは、それが行き過ぎてる。看取りが必要な奴等が可愛げがあるくらいだ。止めないと、こいつは死ぬまで……いや、他の命を喰らい尽くすまで止まらない。
 それがイベルタルにも分かってるらしく、緩める事無くデスウィングを当て続けてる。どうやら効果自体は間違い無くあるみてぇだ。さっきまでと打って変わって、明らかに苦しみもがいてるように暴れ始めたからな。

「ちっくしょー! こうなりゃ根競べ! 野郎が果てるまで粘りきってやらぁ!」
「ここが勝負所! 絶対に仕留めるぞ!」

 俺とジガルデの啖呵で、駄目だって言う諦めと絶望感を振り払う。そうだ、まだ諦めるには早いし、諦めてなんかいる場合じゃない。ここで仕留める、ジガルデが言う通りここで終わらせるんだ。もしここから出せば、被害は更に増える。そして被害が増えるだけこいつの力は増す。そうなりゃそれこそ最後、もうこいつを誰にも止められやしないだろう。
 さっきまでも燃やしてた、なけなしの勇気をありったけ奮い起こす。俺の戦いは、イベルタルのデスウィングを切らさないように邪魔をさせない事。デスウィングで生命力が吸われてる所為か、何も無しで暴れてた時より動きの正確さは欠いてる気がすんな。
 が、やたらめったら暴れるから予想外の動きで攻撃を受けちまう奴等が出始めた。なんとかお互いにフォローしあって倒れた奴を喰われないようにはしてるが、そう長くは保てそうにねぇな。無理も無い、俺達が来るまでにもうやってたんだから皆疲労してんだろう。
 かく言う俺も、一撃一撃常に全力を込めてるから奴の触手を殴る度に腕が軋んできた。だから俺はただのルガルガンなんだから無茶は出来んのだって。

『ア……ガ……ガアァァァァァ!』
「ふぃぃ、やっこさん大分弱ってるってのが見えてきたんでねぇの!?」
「いける、後一押し……!」
「ぬっ、う……」

 不意の呻き声に俺が振り返ると、明らかに苦悶の表情のイベルタルがそこに居た。ま、まさか……。

「不味い、剪定者の内の力が吸収出来る力の許容量を超えている。これ以上吸収すれば剪定者の身が保たん!」
「なんとぉ!?」

 自分でもそれは分かってるんだろうが、それでもイベルタルはデスウィングを止めない。くそっ、まだ倒せるまで弱ってねぇってのかよ!

「いい加減に……しろってんだ!」

 しつこ過ぎてあったま来た! どんだけのポケモン貪り食いやがったんだこいつは! どんだけのポケモンの未来を奪って踏ん反り返ってんだ! 何が悪食の王だ、強けりゃなんでも奪っていいってのか!? 冗談じゃねぇぞこの野郎!
 伸ばしてきた触手にカウンターをぶち込んで、怯んだ隙に飛び乗る。もう我慢ならねぇ、あのどでかい口の上にちっぽけに乗ってる頭みたいなとこ、思いっきりぶん殴ってやる!

「うぉらぁぁぁぁぁ!」
「な、何!?」
「こんのぉぉぉぉ、クソッタレがぁぁぁ!」

 爪に岩の力をありったけ込めて放つ、技としての名前はストーンエッジ。それを飛び掛かって、脳天……だと思うとこにぶち込んだ。
 途端に、ビクンて震えたかと思ったら動きが、止まった。あ、あんれぇ?

「と……止ま、った?」
「……うそぉん」

 まさかこいつの急所って……ここ!? この頭っぽいとこだったのか!? マジかよ!?
 い、いや、よぉく考えてみりゃ一番やられたらやべぇとこは隠すか近付けないようにするもんだよな。あの大口があんだからここに近付くのは至難の技だし、まさか狙われると思ってなかったからこいつ的にも手薄なとこだった、ってとこか?
 あ、さっきまで光ってた目みたいな奴からも光が消えてる。ま、マジでか。

「うっ、ぐっ……」
「! イベルタル!」

 とうとう耐えられなくなったのか、イベルタルのデスウィングが止んでそのまま落ちて倒れた。おいおい最悪の事態とかは勘弁だぞ? せっかくこいつも倒せたっぽいのに。
 慌てて降りて近付くと、気持ち悪そうにしてるが息はあるみてぇだ。多分、吸った生命力を放出させれば大事にはならんかな。

「ル、ガ……」
「おう、大丈夫か?」
「まだ、だ! 奴は、まだ!」

 へ? って思った瞬間に、体に強い衝撃を受けた。いや、衝撃じゃないな、これは……。

「がはっ……」

 口に上ってきた鉄の味のする液体が、なんなのかに気付くのにそう時間は掛からない。吐き出してみりゃ、それが血だって事は嫌でも分かるからな。
 少し視点を下げると、左の肩口から袈裟懸けに見た事のある大顎が俺の腹に牙を突き立ててた。
 大して硬くも無い腹は簡単に破られて、中も引き裂かれてる。あぁ、これはあれだな。致命傷って奴だ。噛み千切られてないのが、まぁまだ意識がある理由だろうな。
 やっぱり、慣れない事はするもんじゃない、か。俺みたいな普通が、大それた化け物なんて倒せる訳無いんだよ。仮に倒せても、対価は支払わないとな。あーぁ、油断しなきゃよかった。
 多分、俺の一撃は確かに奴を行動不能には出来たんだろうさ。けど、それは完璧じゃなかった。なんとか意識を戻した奴は、当然回復の為に何か喰おうとする。そこに無防備な背中晒してる俺だ、狙わない訳無いわな。
 けど、その抵抗もここまでみたいだな。体に刺さった顎から力が抜けて、どさりと床に横たわった。当然、その支えを失った俺も倒れる。
 血と一緒に、体から力が抜けていく。あっけないもんだな、俺の命。

「嘘、だ……ルガ、ルガ!」
「……聞こえてっよ。大声出すなって」

 幸い、喉はやられなかったから喋る分には問題無さそうだ。最後の力を振り絞って、横向きに寝そべるとこから胡坐の姿勢に体を起こす。おー、こらまた綺麗に穴が出来たもんだ。出血からして、残されてんのは後、二言三言喋る時間かね。

「んで? 振り返るだけの力も無いんだけんど、奴は?」
「ジガルデが止めを刺した……もう、消滅を始めてる」

 ふぅん、どうやら異世界からこっちに来た奴は、こっちで死ぬと体は消えてなくなるそうだ。元の世界に戻ってるのか本当に消えようとしてるのかは分からんけど、決着はしたんだな。
 改めて見たイベルタルの目には涙が滲んでる。ま、命って奴そのものを探知出来るんだ、俺がどうなるかはもう分かってるんだろ。

「悪いな、分かってっと思うけど、ここが俺の終点みたいだわ」
「喋るな、弱気になるな。……死ぬな」
「ははっ、無茶言うねぇ。残念だけんど、俺の体は特別製でもなんでもねぇんだ。怪我すりゃ痛ぇし、こんだけ穴開きゃ命も抜け出すってもんだ」

 喋りながら、段々視界が暗くなっていく。おいおい焦んなよ、もう少し、もう少しだけでいいから、こいつと話させてくれって。

「けどまぁ、最期の最期で大立ち回りしてとんでもない化けもんに一撃くれてやったんだ、普通よりは箔が付いたろうさ。なぁ?」
「だからもう喋るな! 手当をすれば、まだ!」
「いいから聞けったらさ。多分、お宅は頼んでも俺の看取りはしてくれんだろうし」

 あーぁ、ついにボロ泣きを始めちまった。ったく、泣かす気なんか無かったんだけどな。けど、泣いてくれる程度にゃ俺の事を思ってくれてんなら悪い気はしねぇよ。

「そうさな……ま、あんまり無茶はしなさんな。俺が居なくなったら、あんたに説教する奴も当面は居なくなるだろうからな」
「居なくなるなんて……言うな……」
「それから、看取りは続けてやってくれ。最期の想いってのはどういう形であれ、少しでも残してやってくれ」
「最期なんて……言わないでくれ……」
「それと……」

 っと、意識が途切れやがる。待て待て、これが最後、本当に最後の一言だ。これだけは言わせてくれよ。

「あんたと一緒に居て、まぁなんだ……俺は、楽しかったぞ。背中の上で見る空も気に入ったし。だから、これも気にしなさんな。俺は結局、俺自身が好きであんたに付き合ったんだからさ」
「ルガ……!」
「んじゃま……そういう……事で……」

 じゃあな、なんて言ったらさ……最期に笑えそうにないから、これで許してくれや。はは……最期に見たのが涙に濡れて光るイベルタルの、空色の瞳だったんだってのは、向こうでの自慢話の一つにしてやるかな……。





 なんてやり取りをしたのが一週間前。現在俺は死んで霊体になってる……なんて事も無く、体にはしっかり脈があって、五体満足食欲旺盛活力マシマシ元気いっぱい、だったりする。

「はぁ……俺ってば超健康。どうしてこうなった」

 俺が生きてる理由を語るとだ、確かに俺は死んだ。というか完全に一度意識は失ったんだ。そしてそれはそのままになる筈だった。……俺の目の前で泣きじゃくってたあれがとんでもない事をしでかさなければな。
 これは後から10パーセントジガルデから聞いたんだが、俺が完全に活動停止した途端に、イベルタルは渾身の力で再浮遊。んでその場である事を始めたんだ。
 デスウィングの反転発動。命を吸い取るデスウィングの反転だからして、つまりは命の放出。悪食の王、奴から奪った力を開放してその場でばら撒いたんだ。
 ライブウィング、前からたまに看取りをして力が溜まり過ぎたらその力を大地に還すとか出来るのは知ってたけど、その時のライブウィングは力の量が桁違いだった。ま、何十にもなるポケモンの命の力だからな、桁違いなのも当然だ。普段なら十匹も吸い取れば使ってたくらいだし。
 その力は、奴との戦闘で傷付いたポケモンや大地を癒すのには十分過ぎる程だった。淡い緑色の輝きに触れたポケモン達はたちどころに癒されて、奴に腕や脚を喰われて持っていかれた奴等なんか、その部分が再生までしたみたいだからな。まぁ、流石に丸飲みされて体が完全に無くなっちまった奴を蘇らせるような真似は無理だったんだがな。
 で、その生命の濃縮エネルギーをだ、周囲への放出でポケモン達が癒されたのを見計らって放射に切り替えた。散らばしてたのを一点に集めたんだな。んで、その放射先に居たのは、まぁ……俺な訳でして。
 莫大なエネルギーを更に一点に集中させたものを浴びればどうなるか? 答えが、今の俺って訳だ。んなもん受けたら死んでたもんも息を吹き返すわな、そりゃ。
 お陰で俺はこうして復活した訳で、あの最期の告白が無事に俺の黒歴史として刻まれた訳ですよ。くっそぉー……。
 現在、それをやらかした当事者は気の緩み切ったアホ面で俺の横で寝てる。あぁ、別にその後から寝っ放しって訳じゃない。けど、やっぱり相当体に負荷が掛かったらしいから、大事を取ってこの島で一週間休ませてもらった訳だ。
 生き返ってからは大変だったぞ? 俺とイベルタルのやり取り見てた奴等からはもみくちゃにされるし、ジガルデは俺を巻き込んで一度は死なせたって本気で落ち込むし、それのフォロー入れたりでめっちゃ忙しかった。なんとか一週間で落ち着きは取り戻したけどさ。
 で、体の調子も整ったしそろそろサボってないでお役目に戻るかって話したのが昨日の夜。夜も明けて日も昇り始めたし、そろそろイベルタルを起こすかな。

「おーい、そろそろ起きれー。今日からまたお役目に戻るんだろー?」
「ん、んん……朝、か」
「おう。おはようさん」
「あぁ、お早う。……ふふ」
「なんだよ、急に笑って?」
「いや、良いものだと思っただけだ。こうしてまた、お前と話が出来るのは」

 上機嫌だけど、本来一匹のポケモンに生命の力を注ぎ込むなんて危険過ぎるってジガルデに散々説教されたんだぜこれ? なんでも、下手すりゃ俺はその力が暴走してルガルガンじゃない、というかポケモンじゃない別な異形に変化してもおかしくなかったらしい。マジ俺ルガルガンのまま蘇生出来て良かった……。
 体を起こして、海から昇る朝日に目を細めるイベルタルと並ぶ。朝飯、何食おうかね。

「よし……行くか」
「あいよ」

 ジガルデやこの島の守り部? とか言うカプ・レヒレに挨拶しなくていいのかとも思ったけど、昨日散々話はしたからいいだろうって事にした。
 イベルタルの背に乗って、空を仰ぐ。うん、快晴快晴。出発の朝には絶好の日だな。
 地面を蹴って、ふわりと体が浮く。羽ばたいて、また空に近付いていく。

「あ、そういや碌に調べなかったけど良かったんかね?」
「ん? 何をだ?」
「いや、俺の事だよ。ジガルデが言ってたろ? 姿は変わってないけど、ひょっとしたら体に何か変化が起きてるかもしれないとかなんとか」

 昨日話してる間に出て来た話題だったんだけど、ジガルデがすげぇ気にしてたから本当はその辺調べた方が良かったんじゃねぇかなと思った訳だわ。

「ふん……確かに、何かあるかもしれんな」
「おいおい……それならもう一日くらい居た方が良かったんじゃないか?」
「ならば聞くが、調べられたかったか?」

 そう聞かれると、首を傾げちまうな。もしこれで調べてなんかあったりしたら嫌だし……ま、今特になんともないからいっか。

「ま、なんかあったらそん時ゃそん時考えっか」
「あぁ。まぁ、正直に言ってしまえば、恐らく今ルガは渡す者に近い存在なのだと思うが……」
「……よし、聞かなかった事にしとくわ」
「うむ、私も考えなかった事にしよう」

 考えてみりゃそうだわな。一度死んで、生命力強制的にぶち込まれて息を吹き返してんだから。……一抹の不安は今のでがっつりするが、とりあえず俺、誰かを襲おうとかなんとかは思わないから大丈夫だろ。多分、きっと……。
 仮になんかあったとしても、傍に居るのがこいつだからな。なんかあってもなんとかしてくれるだろ。
 起こしてた体を仰向けに転がして、今日も空の青さを楽しむ。うん、良い風だ。

「そんで、今日は何処まで?」
「何処に行くにしても海越えだ。ま、気楽に行くとしよう」
「そらそうだ。ま、暇しない程度に駄弁りながら行くとすっか」
「無論だな」

 見渡す限りの青の中を進みながら、今日も俺とイベルタルは他愛の無い話をする。俺が死んでたら出来なくなってた、ありふれた時間。それがもうしばらくは続くようになったんだし、どうせなら楽しまないと損だよな。


~後書き~

 ここまでお読み下さりありがとうございます! 唐突ですが簡単なキャラ紹介をば一つ

・ルガルガン
 イベルタルに川で溺れていたのを助けられて以来、傍で看取りや剪定を見届けている。当事者は自己評価を普通のポケモンとしてるが、戦闘能力としてはかなりの実力を有している。常識も持ち合わせているので、世間知らずなところがあるイベルタルの説教役や相談役としても優秀。

・イベルタル
 破壊ポケモンと呼ばれる種の通り、他の生命を吸収する能力を持つ。が、このイベルタルは剪定という役目を与えられており、無暗に他の生命を奪う事はしない。(役目の任命者は現状不明)
 生来、種として他者に恐れられる存在である為、他者との交流は殆ど無かった。その為一般常識に疎いところがあり、ルガルガンを供にしてから少しづつ学んでいる。説教をされると素直に聞き、以後その行動は慎む。

 ……と、簡単にですが前作である触死からメインを演じてもらっている二匹でございました。世界中を飛び回る二匹ですから、何処かでまた出してみたいなーと思っていたりしますw
 お楽しみ頂けましたでしょうか? もし頂けたのなら何より。もしいかなければ……まだまだ精進不足ですね、頑張ります……。
 それでは、ここまでお読み頂きありがとうございました! また次の作品を投稿出来るよう、これからも頑張らせて頂きます!

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Last-modified: 2018-05-01 (火) 09:09:56
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