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行き倒れ泥棒

/行き倒れ泥棒

このお話の派生物語です。
前作を読んでないと分かりづらい部分があるのでご注意を。

行き倒れ泥棒 

writer――――カゲフミ

―1―

 気分が良かった。いつも散策している林の道筋から少し外れて奥の方まで散策してみたら、多くの果実を実らせた木をいくつも見つけたのだ。
普段歩いているコースだと見つかりやすい、あるいは採りやすい位置にある木の実はあらかた他のポケモンに採りつくされてしまっている。
背伸びやジャンプしたくらいでは届かない高い位置には残っていることもあるが、大して動きが機敏でない俺には厳しいものがあった。
そうした世知辛い環境のせいで丸一日食糧にありつけない、なんてことも珍しくはなく。いつの間にかある程度の空腹ならば体が耐えられるように。
ただ、多少空腹への耐性があるとはいえ絶食が何日も続くとさすがの俺も倒れちまう。常に食料を確保しておけるに越したことはない。
本当に今回の発見は運に恵まれていた。道を外れて進んでみる気になったのもちょっとした気まぐれ。
途中で面倒だからいいかと引き返さなかったのも偶然だった。俺の気分が今日僅かでも違っていたらあんな穴場を見つけることはなかっただろう。
実っている木の実を腹いっぱいになるまで食べた後、両腕に抱えられるだけ抱えて俺は住処に戻ろうとしていた。
腕と腹は重くとも足取りは軽い。特に笑いたいわけでもないのに自然と表情が緩んでしまう。こんなに陽気な気分になれたのは久しぶりだ。
「ん?」
 住処までもう一息の地点まで来て俺はふと、視線の先に見慣れない何かが横たわっているのに気づく。
背の低い茂みと立ち並ぶ木々、そして所々剥き出しになった地面。そのどちらにも溶け込まない派手な紫色の背中と尻尾は嫌でも目に入ってきた。
一休みするにしてもこんな道のど真ん中で寝てるってのも妙だ。何らかの理由があって倒れてると考えるのが自然だろう。
周辺に住むポケモン同士のいざござはそこまで珍しいことでもない。運悪く逃げそびれて怪我でもしたのだろうか。その割に血の匂いはしないが。
俺の進行方向にそいつが居るのは厄介だな。住処に戻るにはここを通らなきゃならないが、面倒事には関わりたくないのが本音だ。
しかし茂みを潜って迂回するのもそれはそれで手間が掛かる。せっかく集めた木の実を落としてしまいかねない。
不自然じゃない感じで横を素通りするのが無難か。倒れてる奴を見過ごすってのは気分のいいもんじゃないが、悪く思わないでくれよ。
木の実を抱えたまま俺はゆっくりと歩みを進めていく。ここはただの通過点、変に意識するほどのもんでもないさ。そう言い聞かせながら。
俺がそいつの真横に差し掛かり、僅かに通り過ぎた辺りで掠れたような声が響く。気を失ってたわけじゃないのか。
「待って」
 極力関わらないようにとは思っていたものの、向こうから俺に接触してきやがったか。まいったな。
振り返るか返らないかちょっと迷ったが、ここでこいつを無視して住処で旨い木の実が食えるほど俺の心は荒んじゃいなかったようだ。
俺が振り返ると、倒れていたレパルダスが縋るような瞳でこちらを見上げていた。ん、待てよ。こいつの顔には見覚えがあるようなないような。
「あ、あなたは……」
 俺と視線が合ったレパルダスの顔にも微かな動揺の色が見て取れた。一瞬どうして驚いたのか分からなかったが、レパルダスで思い当たる節が一つある。
こいつが何の反応も示さなかったら思い出せなかったかもしれない。結構前のことになるから危うく忘れかけていたところだが。
はっとしたこいつの様子を見る限り、同じ種族の別の雌ってことはなさそうだな。間違いねえ、あの時のレパルダスだ。
「ね、ねえ。その、木の実……分けてくれない?」
「欲しけりゃ前みたいに奪えばいいだろう」
 ふんと馬鹿にするように鼻を鳴らして俺は再び背を向けて歩き出す。まさかこんなところで再会するなんてな。
もし倒れていたのが他のレパルダスなら出来る範囲で助けていたかもしれないが。あのレパルダスとなれば話は別だ。
誰が好き好んで、一度木の実を盗られた相手に手を差し伸べようとするのだろう。
もちろん悪いのは盗った側なのだが、あの時は俺も情けなかったので思い起こすと割と恥ずかしい。
「お腹が減って……動けないの、お願い」
 以前のような快活さはなく消え入りそうなレパルダスの声。木の実が欲しいから迫真の演技をしているというわけでもねえのか。
怒り心頭だったあの時の俺なら、ざまあみろと言わんばかりに蹴りやパンチの一つはお見舞いしていたはずだ。
さすがに今となれば俺も冷静でいられる。そんなに昔のことを根に持つ性分でもねえし。
久々にレパルダスと顔を合わせても、怒りや苛立ちは湧き上がってこなかった。無様に倒れている姿を見て、哀れだと感じはしたが。
懇願されて少し心が揺らいだものの、ここで振り返ったら情やその他諸々の感情に流されてしまいそうな気がしてならなかった。
せっかく見つけた大事な木の実をこんなやつに分けてやる義理はないと、自分に何度も言い聞かせて。
「俺が知ったこっちゃないね」
 背中で突っぱねると俺はそのまま住処へと足を進めていく。せっかく気分良く帰れると思ったのに、水を差しやがって。
遠ざかる俺に向かってレパルダスが何か言っていたようだが聞こえなかった。いや、聞こうとしなかった。
木の実を他のポケモンから盗んでばかりで、いざって時に自分で採れなくて倒れたなら自業自得としか言いようがない。
自分の行いは巡り巡っていつか自分へと返ってくるってことなのかねえ。やれやれ、俺も悪いことは出来ねえな。

  ◇

 住処に戻った俺は洞窟の一番奥にある隙間に拾ってきた木の実を一つずつ詰め込んでいた。非常用の貯蓄だ。
といってもそんなに量があるわけじゃない。まあ、あんまり多すぎると嵩張った重みで潰れたりするから数は少ない方が管理はしやすい。
以前は木の実を貯めこむなんて面倒でやってなかったが、一度あまりにも木の実が見つからず目まいがするほどの空腹に見舞われてからは。
もしもの時のためにいくつか予備を置いているというわけだ。探しに出ても毎回食料にありつける保証はないしな。
すべて隙間に入れ終えると俺は近くにあった岩を押して隙間に蓋をする。なかなか重い岩で、俺でもかなり力を籠めないと動かせない。
こうしておけば相当力がある奴じゃないと開けられることはないはず。留守の間に盗まれでもしたらかなわんからな。盗難防止だ。
さあて、木の実も片付けたし。腹はいっぱいになったしで今日はもう特にすることがなくなってしまった。
まだ外は明るいがとりあえず横になるか。俺は両腕を枕にして床にごろりと仰向けで寝転がった。
地面は少し冷たいが時間が立てば体温が伝わって丁度良くなってくるだろう。俺はゆっくりと目を閉じた。
「んー」
 どれくらいの間そうしていたのだろう。寝言ととも付かない唸り声と共に体を起こした。
何度か眠りに落ちそうになって、ぎりぎりのところで現実に引き戻されてしまう。頭の中でしつこく助けを求める声が響くのだ。
満腹だったから横になっていればすぐに眠くなってくると思ってたんだが、寝付けねえ。やっぱりあのレパルダスのことが気になってるのか、俺。
動けないほど腹が減ってるってならおそらくまずい状況だ。以前空腹による目まいに襲われた俺が、もし食糧にありつけなかったらああなっていたはず。
あのまま放置されたらやっぱり死ぬのかな、あいつ。木の実を奪われたのは確かだけど、殺したいほどムカついてたわけじゃないんだよなあ。
あいつが死んだら俺が見殺したってことになるのか、それはそれでこの上なく後味が悪い。
まったく、久々に顔を合わせたと思ったら面倒な登場の仕方をしてくれたもんだぜ。
いっそのこと前と同じように木の実を求めて俺に擦り寄ってきてくれた方がまだ対処が楽だった。
仕方ねえ、こうしてても寝付けそうにないしな。ちょっくらあいつの様子を見に行って、いや。一旦駆けつけてしまったら後戻りできないような気がする。
一度は辛酸を舐めさせられた相手だぞ。これは優しさではなく甘さだ。こんなことでいいのか、俺。
だけど、行かなかったら行かなかったで後悔しそうだ。だったら俺は後悔が少ないであろう方を選ぶぜ。
俺は岩を押しのけて貯蔵庫から木の実を一つ乱暴に掴んで取り出すと、再び岩で蓋をすると住処の外へと駆け出していた。

―2―

 木の実を片手に俺は木々の間をどたどたと慣れない駆け足で進んでいく。手遅れなんてことになったら笑えねえからな。
普段大して走ることがないのでお世辞にも早いとは言えないが、急ぐに越したことはないだろう。あいつが倒れてたのどこだったか。
たびたび通る道でも行きと帰りでは雰囲気が違って見えるからな。きょろきょろと何度も辺りを見回すうちに、ちらりと視界の端に映った紫色。
いた。さっきと同じ姿勢で倒れている。慌てて駆け寄った俺の足音にも気づかない。
目を閉じてしまっているものの横腹が微かに上下しているから死んではいなさそうだ。とりあえずは間に合ったか。
「おい」
 空腹が限界に達して気を失ってしまったのだろうか。俺は横たわっているレパルダスの背中を軽く揺さぶってみる。
何度か体を揺らされるうち、この上なく気だるそうに瞼が開いた。力ないぐったりとした瞳で俺を見上げてくるレパルダス。
俺の顔を見て驚いてはいるようだが声を出す気力もないらしい。どうやら腹が減ってるのは本当で演技ってわけでもなさそうだな。
「これ、食えよ」
 俺はこいつの鼻先に持ってきた木の実を置いてやる。すると途端にレパルダスは目の色を変え、横になったままぐっと首を伸ばしてそれに噛り付く。
相当なまでに腹が減っていたのだろう。もはや反射に近い。俺が実から手を離すのが少しでも遅かったら指を噛まれていたかもしれない。
もぐもぐではなくがつがつという表現の方が合う。口元には涎や木の実の食べかすを付けてはしたないが、なりふり構っていられる状況でもないか。
気が付けば俺が持ってきた木の実はレパルダスに完食されてしまっていた。寝転がったままで食べにくかったろうに器用な奴だ。
口の周りに付いた分までぺろりと舐め取ると、レパルダスはふうと大きく息をついた。ようやく生き返った感じか。緑色の瞳にも大分光が戻ってきている。
のそりと立ち上がって俺の方に向き直る。見下ろすのではなく同じ視点で見た顔は、若干やつれてはいても以前見たレパルダスの雰囲気に近づいてきていた。
やはり何か一つでも食べ物を口に出来たというのが活力の源になっているのだろう。本調子とまではいかずとも動けるくらいにはなったらしい。
「……ありがとう、助かったわ」
 助けてやったとはいえ相手はあのレパルダス。最悪俺に何も告げずにそのまま去ったとしてもおかしくないな、くらいに考えていた。
感謝の言葉に添えられた笑顔は企みを含んだ怪しげなものではなく、おそらくは心からの笑顔。なんだ、自然な感じで笑えるんだな。
「あ、ああ」
 まさかお礼を言われるなんて思ってもいなかった俺は少し面食らってしまう。相手がどんな奴だろうとありがとうと言われて悪い気はしなかった。
体を起こしたレパルダスはそれじゃ、と俺の横を通り過ぎて足早に立ち去ろうとする。以前のこともあるし顔を合わせづらいのか。
随分とそっけない気もしたが、ちゃんと元気になったんならそれはそれで構わないと俺は思っていた。
だが今の今まで空腹で動けなくなっていた身だろ。そんないきなり動こうとして大丈夫なのか。
と、俺の数歩先でふらりとよろめくレパルダス。それ見たことか。まだ体がついていけてねえんだ。
俺は咄嗟に足を踏み出し、両手を伸ばして倒れかけたこいつの体を支えていた。珍しく機敏な動作ができた気がする。俺にしちゃあ上出来だった。
「無茶すんな」
「そう、みたいね」
 いくら気持ちがここから離れようとしていても体が動いてくれないことにはどうしようもない。息をつくレパルダスの顔には諦観の色が見て取れた。
寄り掛かっていた俺から離れて気だるそうに腰を下ろす。何とか歩けるようにはなっても、木の実一つじゃ足りなかったか。
とは言え俺が持ってきたのは一個だけだし。それにこいつにこれ以上ただで食わせてやるのは躊躇われる。俺もそこまでお人好しじゃない。
「ねえ」
「何だよ」
「助けてくれたついでにあなたの住処で少し休ませてくれない?」
 一体何がついでなんだよ。今更驚いたりはしないが図々しいやつだな。確かに俺の住処はここからすぐ近くにある。
広いからレパルダスが休むくらいどうってことない。だがこいつに俺が住んでる場所を知られるのは抵抗があった。
木の実は岩で隠しているとはいえ、留守の間のことを考えるとどうしても不安が拭い去れない。
「ちゃんと歩けるようになったらすぐにでも出ていくから……だめ?」
 出ていくのは当たり前だ、居座られたらたまったもんじゃねえ。そんな儚げに笑って見せてもだめだぞ。だめ……だぞ。
ああもう。強気で余裕たっぷりなレパルダスの印象しかなかったせいか、どうにも調子が狂って仕方がない。今のこいつなら何か助けてやりたくなる。
相変わらず綺麗な雌にはほんと弱いなと思いながらも、俺は分かったよと渋々承諾の返事を告げてしまっていた。
まあ万が一木の実の隠し場所がばれてしまったとしてもだ。華奢なレパルダスにあのでかい岩を動かせる力があるとは思えない。
大丈夫だろう、たぶん。だめだったときのことはあまり考えたくないし、もう後には引きさがれそうになかった。
「ありがと。じゃあ住処まで私を運んでくれると嬉しいな。まだちょっとふらふらするのよね……」
「調子に乗るなよおい」
「えー、いいじゃない。あなた力ありそうだし。それに私そんなに重くないわよ」
 重くないからとかそういう問題なのかこれは。確かにレパルダスはもともと細身だし、今は普段よりも軽いとは思うが。
俺は無意識のうちに腰を下ろしたレパルダスの首から下に視線を移していた。胸から腹にかけての毛は橙を少し薄くしたような濃い目の黄色。
多少乱れてはいるものの、ついさっきまで空腹で倒れていたとは思えないくらいの毛並みは保っていた。
待てよ、運んでいくってことは何の遠慮もなしにこいつの体を……いやいや俺は何を考えている。
でもなあ。倒れかけたこいつを支えたときは俺も必死でそれどころじゃなかったわけで。こうしていざレパルダスを前にしてみて、だ。
そういった感情を捨て去れってのは無理がある。性格はともかく外見だけなら文句ねえわけだし。
ふうむ。こいつばっかりいい思いをするってのは不公平だよな。俺にも少しくらい見返りを求める権利はあるか。
「仕方ねえなあ。さっさと乗れよ」
 俺より体高は低くとも、レパルダスは軽く両手で持ち上げられるような大きさでもない。
住処まで運ぶなら背中に乗ってもらった方が楽だろう。俺は前かがみになって姿勢を低くする。
ぼやくように言いながらも、気分の方は満更でもなかったかもしれない。俯き加減で表情が見えにくかったので助かった。すぐ顔に出ちまうからな。
レパルダスは別段遠慮する様子もなく俺の尻尾を跨ぐと、軽く勢いをつけて後ろ脚で立ち上がる。そして俺の両肩の辺りに前脚をついた。
ふむ、確かに自分で言うだけあって意外と重みは感じない。これくらいなら軽々と持ち上げられそうだ。
そのままレパルダスは前脚を俺の肩からさらに前へとずらして完全に寄り掛かってきた。このまま俺が立ち上がればレパルダスを背負う形の完成だ。
「頼りにしてるわ」
「……おう」
 すぐ後ろでレパルダスの声がする。丁度俺の後頭部に頭を乗せる感じで落ち着いているのだろう。喉元のふわふわした毛先がくすぐったい。
ええと、このままだと地面に付いたレパルダスの後ろ脚を引きずっちまうから空いた両手で持ち上げなきゃいけないんだよな。
他のポケモンを背負ったことなんてないからどうにも勝手が分からない。持つところは安定感を考えると、後ろ脚の付け根辺りか。
俺は恐る恐る両手を伸ばして爪を立てない程度にぎゅっとレパルダスの後ろ脚を掴む。柔らかいと言うよりは引き締まっていて手ごたえがあった。
立ち上がることでレパルダスの全体重が俺の背中へと圧し掛かってきたが、重さとしては住処まで運ぶのに問題はなかった。
支障があるのは気持ちの方。華奢な体つきのレパルダスとはいえ、お腹の毛の柔らかさや温もりはちゃんと伝わってくるわけで。
俺は俺なりに背中越しにそれなりの報酬を受け取っていた。こいつに遠慮なく触れられる機会なんてそうそうねえだろうし。
筋肉質な無駄のないこいつの後ろ脚をさりげなく揉んでみたり。背負い直すふりをしてお腹の毛の感触を楽しんだりとかな。
あんまりこんなことをやっていると怪しまれるし、うっかり下が反応してしまったら目も当てられないからやりすぎない程度に。
じわじわ湧き上がってくる邪念とそこそこに付き合いながら、心なしか遅めの足取りで俺は住処へと向かったのであった。

―3―

 住処の入り口に差し掛かった辺りで俺は背負っていたレパルダスを下ろした。姿勢を低くして、しっかり握っていた後ろ脚を離す。
地面に足を付けたレパルダスは思っていたよりも軽い足取りですたすたと洞窟の奥へと進んでいく。
あれくらい元気なら普通に歩けたんじゃねえのか。ここに来るまでの足として都合よく利用された感が否めない。
だが、俺も割と楽しんではいたから意外と不満は感じずにいた。あいつの重みがなくなった背中が少し寂しいくらいだ。
「へえ、広くていいところじゃない」
 いつの間にか真ん中辺りの広間まで足を踏み入れていたレパルダスがぐるりと辺りを見渡しながら言う。
住処の主である俺より先に奥に進んでんじゃねえっての。まあ今更あいつにそうした遠慮を求めるのは無理な相談か。
いちいち気にしていたらきりがないように思えてきて。俺はふうと諦めを含んだため息をついてから、レパルダスの元まで歩み寄る。
「お前さあ、もう結構歩けるんじゃねえの?」
「うーん、やっぱりまだちょっと目まいがするから少し休ませて」
 レパルダスは俺の方を振り返ると申し訳なさそうに小さく微笑む。お得意のおねだりか。これも今まで見てきたのとは結構違う。
だがおそらくこいつは相手や状況に応じて何パターンもの頼み方を心得ているはずだ。何となく新鮮に感じられたのは俺がレパルダスのことを知らないだけ。
俺もここまで連れてきておきながら無理やり追い出すつもりはない。住処に入られるのが嫌なら木の実だけ渡して足早に去っていた。
皮肉交じりの問いかけでこいつが自分から出て行ってくれたなら話は別だったが。それが叶うとは思っちゃいなかった。
「元気になったら出て行けよ」
「もちろん」
 レパルダスは頷くと壁際の方まで歩いていき、前脚と後ろ脚そしてお腹をぴたりと地面につけ長い尻尾までも寝そべらせる。
完全にそこで伏せって落ち着く姿勢だ。こいつの態度を見ていると本当に出ていく気があるのか疑問に思えてきた。
元気になっても居座るつもりでいるのなら叩きだしてやる。倒れかけたレパルダスに拳を振るうのは抵抗があったが、体調が戻ったなら遠慮はいらねえ。
「ほら、ここならあなたの邪魔にもならないでしょ?」
 一応レパルダスなりに俺に気を遣っているつもりなのだろうか。自分が招かれざる客だという自覚がないわけでもないらしい。
確かに隅っこにいるなら邪魔にはならないが、もともとここは広いので中央辺りに居られたとしてもそんなに邪魔には感じなかったりする。
図々しいんだか気配りが出来るんだか良く分からない奴だ。やれやれと肩をすくめると、俺も壁際まで行きどかりと腰を下ろす。
場所は木の実の隠し場所に蓋をした岩の前。さりげなくこの位置まで来られたかどうかは自信がない。まだばれてはいないと思うが念のために。
さて。お互い落ち着く所まで移動は出来たが、同じ空間にいてずっと無言ってのも何となく居心地が良くない。
俺はちらりと少し先で伏せているレパルダスに目をやり、そしてまた視線を戻す。だめだ、あいつと話すことなんて思い浮かばねえ。
そもそも俺は雌どころか雄のポケモンでさえ住処に招き入れた記憶がほとんどなかった。誰かがここにいること自体が異様なくらいに。
この周辺で暮らす他のポケモンの中に顔見知りはいても友達、と呼べる奴は思いつく限りではいないはずだ。
野生で暮らしていくのに特に必要性を感じなかったのが一番の理由だった。こんな俺の性格にも問題がありそうだが、今更考えを改められるものでもない。
まあ、俺も雄だから溜まるもんは溜まる。そんな時に雌の体を求めたくなってしまうことはたびたびあったけどな。
なんて考えていると視線がレパルダスの後ろ脚や尻の方に向かいそうになるので慌てて振り払う。さすがに今反応しちまうのはいただけない。
「ねえ」
 顔を上げたレパルダスが俺に呼び掛ける。やましい心の中を見透かされたのかとどきりとしたが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
「何だ」
「どうして、私を助けてくれたの?」
 首を傾げさも不思議そうな表情でレパルダスは尋ねてくる。当然のように俺の差し伸べた手に縋っていてもそこは気になると。
他のポケモンを利用して生きているであろうこいつからすれば、何の得にもならない俺の行動が奇妙に思えたのかもしれない。
ましてや一度騙した相手。恩があるならまだしも、恨まれていてもおかしくない相手。それなのに。こいつが聞いてきた理由としてはそんなところか。
どうしてレパルダスを助けたか、正直なところ俺自身良く分からずにいた。一時の気まぐれで片付けてしまえばそれで終わってしまう。
一度は横を素通りしたのに再び駆け戻った理由。こうやって思い返そうとしている時点でたぶんはっきりしたわけなんてないんだろうけど。
「あのままほっといたらお前が死んじまいそうな気がした。そうなったら、何か嫌だったんだ」
 曖昧な返事だ。あのまま死なれたら後味が悪くなる、ってのも間違ってはいないんだが。それも少し違う気がする。
昔苦い思いをさせられたのは事実。レパルダスが倒れていたのは身から出た錆。だけど、こいつが死んでしまうのは。
何がどう嫌なのか説明はできない。でもとにかく嫌だった。だから助け船を出した。この気持ちは嘘じゃない。
やっぱり明確な理由なんてなかった。助けたかったから助けただけ。これが一番の俺の答えになるだろう。
「そう。優しいのね」
 そんなんじゃ納得いかないからとさらに追究してくるわけでもなく。俺の返答を聞いたレパルダスはそこで言葉を切った。
合点がいくかどうかよりも、とりあえず貰えるものは貰っておこう。たぶんこいつはそういう心持ちだ。
俺の行動理念を理解したかったわけでもなく、ただ何となく聞いてみただけのように思える。
「……どうだか」
 俺はぶっきらぼうに返す。俺自身、自分のことを優しいだなんて評価したことはなかった。
もしも木の実の貯蓄が無かったら。あるいは今日、食料の散策で当たりを引いていなければ。
罪悪感を感じつつもレパルダスのことはタイミングが悪かった、仕方がなかったと見捨てていたはずだ。
自分に余裕がなかったときにも相手を気に掛けられるのが本当に優しいと言えるんじゃないだろうか。少なくとも俺はそうじゃなかった。
もっとも、常にそんな自己犠牲の精神で動いていたら野生で生きていけるかが怪しくなってくる。
時には自分が生き残るために何かを切り捨てる覚悟も必要とされるのだ。今回の場合、俺は覚悟が足りなかったことになるんだろう。
「私があなたに助けられたのは事実だからね」
 一方的に告げると、レパルダスは再び床に頭を寝かせた。遠まわしの感謝のつもりかどうかは分からない。
ただ、目を閉じたときのレパルダスの表情は何となく穏やかに笑っているような気がしたんだ。
あいつが誰かに感謝するなんて嘘くさいと言ってしまえばそれまでだが。俺が助けたことで、あいつなりに思うところがあったのかもしれない。
見た目だけで判断すればレパルダスはいい雌だ。感謝されるとやっぱりいい気分になっちまうな、っておい。
一休みじゃなくて一寝入りしていくつもりなのかよこいつは。あまりにも自然な流れだったため少し後になって気が付いた。
まあ確かに本調子じゃないなら眠って回復するのが一番手っ取り早い。結果的に住処に居座られる時間が短縮されるわけだ。
さっき会話して分かったが、やはり俺とレパルダスとでは間が持ちそうになかった。雑談って難しいんだな。
変に起きていられてもこっちが気疲れしちまうだけだろうし、この方が気楽と言えば気楽だった。
あいつが寝たんなら気を張る必要もねえし、俺もひと眠りしようかな。いや、いくらなんでも不用心かそれは。
俺はそっと立ち上がって背後の岩に両手を当ててみる。がっしりとした岩。俺でも結構力を籠めなければ動かせない。
ずれたりして隙間が出来たりもしてない、よな。岩と壁が接する面を舐めるように見回して異常がないことを確認する。
もし俺が寝ている間にレパルダスが起きてもたぶん問題はないだろう。華奢なあいつにこの岩をどかせるとは思えねえ。
遠出をしたり、住処を往復したりでいつもより疲れたし俺も休ませてもらうことにする。
普段ならここの真ん中で悠々と大の字になって寝てるが今日ばかりは勝手が違う。少々寝づらいのは我慢しよう。用心しとくに越したことはない。
貯めた大切な木の実を隠してくれている岩を守るようにもたれ掛かって。レパルダスの微かな寝息を耳で感じながら俺は目を閉じた。

―4―

 気が付くと目が覚めていた。洞窟の入り口から吹き込んでくる風が心なしか冷たい。強い光が差し込んでくる様子もないし外は暗くなっていそうだ。
どれくらい眠っていたんだろうか。こんな姿勢だとやはり寝にくかったらしく、何だか中途半端に目が覚めてしまった。
もたれ掛かるのはやめて仰向けになったり、横向きに寝転がったりしてみてもなかなか眠気は来てくれない。
そんな俺とは裏腹にレパルダスはよく眠れているらしく、すうすうという気持ちよさそうな寝息がここまで聞こえてくる。
住処の主である俺より熟睡してるなんてどこまでも面の皮が厚い奴だ。
あいつが普段どこで寝てるのかは分からんが良く知りもしない相手、しかも雄の住処でよく堂々と寝られるな。
変なところで感心してしまいそうになる。まあ雄に慣れてるであろうレパルダスからすれば別に珍しいことでもねえのか。
正直なところ俺は慣れてない。誰かが俺の住処で一晩明かしていくなんて今までにないことだ。
レパルダスが雌だから変に意識して緊張してるのとは違う気がする。普段との環境の違いに落ち着かなさを感じていると言った方がいいか。
もし住処で寝ていたのがあいつでなく別のポケモンで雄だったとしても、俺は同じように浅い眠りで目を覚ましていたことだろう。
無理やり眠ろうとしても寝付けそうにない感じだ。どうしたものか。ふと俺は仰向けになったまま、少し先で眠っているレパルダスを見やる。
華奢な背中が微かに上下している。ぐっすりと眠っているのだろう。そうだな、この際だからあいつの寝顔を眺めるくらいはしてもいいかもしれない。
目が冴えて眠れずにいたしせっかくの機会だ。この位置からだと背中しか見えない。近づかないと無理か。
俺は体を起こしてゆっくりと立ち上がった。変な体勢で寝たせいか背中と尻尾の付け根辺りが少し痛い。寝るときは大の字が一番だな。
レパルダスとの距離はだいたい五、六歩分くらいか。俺は足跡を立てないようにそっと一歩ずつ距離を縮めていく。
ん、これだと何だか俺が悪いことをしてるみたいだな。別に変なことするわけじゃない。寝顔を見るだけ……見るだけだ。
頭の中で呪文のように繰り返しながらレパルダスのすぐ傍まで足を進める。もう手を伸ばせば触れられる位置に。
寝転がっているレパルダスの背中を乗り越えるように身を乗り出して、眠っているこいつの顔をじっと観察してみる。
相変わらず静かな寝息を立てて寝てる、よな。時折耳や髭がぴくぴくと微かに動いているような気もしたがおそらくは寝ている間の生理現象だろう。
だらしなく口を開けていたりいびきをかいていたりすることもなく、寝ている姿もレパルダスの優雅さは損なわれていなかった。
容姿に関しては文句ねえんだがな。こいつが一筋縄じゃいかない曲者だってことは一度騙された身として心に刻んである。
ただ、何もせずにそこにいるだけならば俺の視線を引き付けてしまう魅力がレパルダスにはあったのだ。
すらりと伸びた四肢に無駄な肉付きはほとんどなさそうだった。程よい柔らかさを期待して持ち上げた後ろ脚も案外筋肉質だったし。
尻は、どうだろうな。背負ってた時にどさくさに紛れて触れる余裕は残念ながらなかった。
確認するチャンスはすぐ目の前にあるにはある。だがいくらなんでも触ったら起こしちまいそうだ。この状況でばれたら言い逃れ出来ねえ。
せっかくレパルダスがすぐ近くにいるのに少々名残惜しいが、観察するのはここまでにしておくのが無難な判断だな。
「ねえ。何しようとしてたの」
 俺がくるりと向きを変えて岩の前まで戻ろうと二、三歩前に進んだときだった。背後からあいつの声が聞こえてきたのは。
血の気が引くというのはこういうことを言うのだろうか。夜の寒さじゃない。
もっと嫌な背中に張り付くような寒気ですっと体温が下がっていくのを俺は感じていた。
嘘だろ、こいつ起きてやがったのか。い、いつからだ。もしかしてさっきの行動は全部筒抜けだったのかよ。
頭の中が真っ白になって、俺は金縛りにでもあったかのように振り返ることも前に踏み出すこともできなかった。
そんな俺を小馬鹿にしたような軽やかな足取りで、後ろからあいつが近づいてきているのが分かる。
すっかり硬直してしまった俺の顔を隣から覗き込んでくるレパルダス。残念ながら今の俺にはこいつを直視することが出来ずにいた。
やめろそんな目で俺を見ないでくれ、と首を横に向けて目を合わせないようにするのがやっとだった。
「鼻息が荒かったわね。そんなに私が気になる?」
 ああ、俺が顔を近づけてた時もこいつは当然起きてたんだよな。自分でも気づかないうちに息遣いが荒くなっていた可能性はあった。
気になっていなければわざわざ寝てる相手に近寄りはしない。俺の答えを分かったうえでレパルダスは問いかけている。
こいつが自分の魅力を自覚してないはずがねえし。悪タイプの名に恥じない意地悪な奴だよ、本当に。
「いや、その」
 もう少しましな受け答えができないものかと我ながら思う。気になるかならないかなんて、火を見るより明らかな答えだってのに。
きっと俺は認めてしまうのが悔しかったんだ。助けておきながら、こいつの色気に惑わされて手を出してしまいそうになったその事実を。
「私を助けてくれたのって、やっぱり下心があったから?」
「全部じゃねえぞ。全部じゃねえ、す、少しは」
 控えめな表現だった。確かにレパルダスを助けに走ったときは俺も必死で心の中はきれいだったかもしれない。
おそらく今は半分くらいは煩悩が占めてしまっているだろう。魅力的な体を目の前で曝されると途端に心がざわついてしまう。
前回みたいに初めて会った雌というわけでもなく、レパルダスがどんな奴なのか多少なりとも知っていてこれだからな。
「いいのよ、別に。私も完全な善意だとは思ってなかったし」
 覗き込んでいた顔を離して俺の隣に腰を下ろしたレパルダス。もっと見下したような、あるいは馬鹿にしたような態度を取られると思っていた。
だが意外にもこいつの表情や仕草は至って冷静だった。あれか、ひょっとしてこういう状況は今までに何度もあったからなのか。俺には想像もつかないが。
「誰かを助けた側って自分には何の得にならないと承知しながらも、心のどこかでは見返りを求めてるものだからね」
 レパルダスに言われると何だか説得力があるように思える。こいつの場合はほとんどが助けられる側だったはずだ。
これまでに多くのポケモンから施しを受けてきて、その中で何らかの答えに行きついたのだろうか。
助けたレパルダスが俺に何らかの報酬をくれるなんて期待はしていなかった。まあ、何かあったらいいなあくらいには考えていたかもしれない。
「私の脚の手触りはどうだった? 運んでくれたとき、手の動きが不自然だったわよ」
「なんだ……ばれてたのか」
 俺としちゃあさり気なくやってるつもりだったんだがねえ。そこまでお見通しなら返す言葉もない。降参だよと言わんばかりに俺は苦笑した。
レパルダスに対して、ちょっとは俺の方もいい思いをしてやろうと目論んだこと自体が間違いだったようだ。こいつの方が俺よりも数枚上手ってわけか。
「でも、寝てた私に手を出さなかったのは褒めてあげるわ。それともそんな度胸なかった?」
「う、うるせえ。仕方ねえだろ。雌がこんなに近くにいるのは慣れてねえんだよ」
 途中で理性が働いたのもあるし度胸がなかったのもある。そっちの処理はこまめにしているつもりだ。
ただ、もし溜まっていたとしら思わず手を出してしまっていた可能性は大いにあった。
そして軽くかわされて、レパルダスに笑われるのがありありと浮かぶ。理性の方が勝って本当に良かった。
自慢にも何にもならねえが、寝てる間に襲ったりしなかったのはレパルダスに言い返せた数少ない場面だった。
「でもまあ、あなたに恩があるのは事実だし。ちょっとくらいはお返ししてもいいけど、ね」
「へっ、どの口が言って――――」
 お返しつってもお前何も持ってねえじゃねえか。今更何寝ぼけたこと言ってるんだ、と。鼻で笑おうとした矢先。
正面に回ったレパルダスが後ろ脚で立ち上がり俺の肩に前脚を掛けてきたかと思うと。
どの口、じゃなくてこいつの口が近づいてきて。ほんのりとレパルダスの匂いと、味がしたような気がした。

―5―

 ええと、俺がレパルダスに何か言おうとして、そしたらこいつがいきなり顔を近づけてきて、それから。
口元には微かに匂いと感触が残っている。ほんの数秒の出来事だったはずなのにしばらくは何が起こったのか理解できなかった。
俺が呆然と立ち尽くして目をぱちぱちさせていると、すぐ傍で聞こえてきたレパルダスの声で我に返る。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
 いつの間にかレパルダスは俺から前脚を離して静かにこちらを見つめていた。戸惑っている俺を小馬鹿にするでもなく、ただ静かに。
笑っていたなら俺をからかうつもりなのだと容易に判断がつく。しかし至って真面目な顔つきをしているレパルダスを前に、俺は意図が掴めずにいた。
「なっ、何のつもりだよ」
「さっき言ったでしょ、お返し。木の実の借りもあるしね。私はこんなことくらいしか出来ないけど……」
 言いながらレパルダスは俺にぴたりと密着すると、自分の首筋や脇腹を俺の腹に擦りつけながら横切っていく。
自信がある己の体を俺に見せつけているのかこれは。あざといなと思いながらも、こいつのしなやかな背中から俺は目が離せない。
声すら出せずに硬直していても、こいつの毛並みの柔らかさと仄かな雌の香りは俺にも伝わっていた。
レパルダスの体毛が擦り付けられる感覚が不思議と気持ちよかった。皮膚の表面が硬い鱗に覆われた俺にはないものだからなのか。
そして極めつけにと言わんばかりに細長い尻尾の先で俺の喉元を優しく撫でながら静かに囁いた。
「きっとあなたを満足させられると思うわ」
 気を緩めると漂う色気にくらくらしてしまいそうになる。しかし相手はレパルダス。必死で冷静さを保ちつつ俺はこの先どう出るかを思案する。
何となくこの状況には覚えがあった。そうだ、レパルダスと初めて出くわしたときも確かこんな感じで擦り寄ってきて。
甘い言葉にまんまと乗せられて木の実を奪われちまったんだよな。だけど今回は。隙を見せたら盗られてしまいそうなものは手元にはない。
仮にレパルダスにその気がなくて思わせぶりな態度を取っていただけだとしてもだ。
このままこいつの甘言に乗ってしまっても、精神的なものを省けば俺が損をする要素は見当たらないんじゃないか。
「そこまで言うなら木の実と、ここで休ませてやった分を返してもらおうじゃねえか」
 ここはあえて恩を売るような言い方をしてみた。心の中ではそりゃもうぜひお願いしますと頭を下げたいところではあったが。
レパルダスに頼むような態度を取ってしまうと、完全に自分の欲望とこいつの誘惑に負けてしまったような気がするからだ。
まあ、体でお礼すると言っているようなレパルダスの提案に乗ってしまう俺も、こいつと大差ないのかもしれないな。
信用ならないから断るという選択肢は最初からないものとして扱われていたに等しい。こんなにも近くで雌を主張されたら見過ごせない。
いくら表面上で冷静に振る舞っていてもひとたび何かきっかけを与えられれば、求めてしまいたくなる。雄としての本能が疼きだす。
余裕ぶった振る舞いをしているつもりではいたが、レパルダスがこれから何をしてくれるのか俺は堪らなくわくわくしていたんだ。

  ◇

「じゃあ、どうしよっか?」
 俺が返事をしてからも、レパルダスの振る舞いは大して変わらなかった。無表情とまではいかないが落ち着いた微笑みを浮かべている。
こいつの一挙一動にそわそわしている俺とは対照的だ。こんな状況でじっとしてろってのが無理だろう、慣れてないんだし。
どうするってもなあ。こういう場合どうしたもんか俺には判断しかねるし。手馴れてるレパルダスに任せるのが間違いなさそうだ。
「お前に任せる」
「そう。なら、まずは仰向けになってくれる?」
 言われるがまま俺は地面にごろりと寝転がる。両手両足もだらりと投げ出して、普段ここで寝るときの体勢を取った。
とてもじゃないが今はリラックスできる環境じゃない。レパルダスから見れば随分とぎこちない動きだったことだろう。
体を横たえた俺の尻尾とお腹をひょいと乗り越えて、レパルダスは俺を跨いだ姿勢になる。
体格の違いでいつも見下ろしてばかりだったこいつの顔。下から見上げるのは何だか新鮮だった。
「後脚で立つのって結構疲れるのよね。これならすぐに顔が届くでしょ」
 レパルダスはそう言って膝を曲げて俺の上に圧し掛かってくる。この重みは背中で感じていたものと同じはずなのに。
昼間こいつを背負った時よりもずっと重く感じていた。レパルダスの喉元やお腹の短い毛が俺の腹に擦れて少しくすぐったい。
こいつが程よい重さだからなのか、腹の上に乗られても息苦しさはそれほど感じなかった。むしろ、伝わってくる温もりが心地よいくらいだ。
もうレパルダスの顔は俺の目と鼻の先にある。お互いの息が触れ合えるくらいに近かった。
至近距離で俺を前にしても、相変わらず表情に揺らぎがないレパルダス。落ち着いた経験者の顔だった。
無意識で目を反らそうとしてしまう自分が情けなく思えてきた。目くらいは見るように努力してみるか。何か照れくさいけど。
てっきりそのまま口を近づけてくるんだろうと思って待っていたのに、なかなかレパルダスは動こうとしない。
「今度はあなたから来て。ほら、両手が退屈そうにしてる」
 一瞬何のことを言ってるのか分からなかったが、少し考えてレパルダスの指しているであろう答えにたどり着く。
これはつまり、俺の方から抱き寄せてほしい。ってことで問題ないのか。自分が動いてばかりじゃレパルダスも面白くないらしい。
確かに両手は床に寝っぱなしで手持無沙汰だった。だけど雌を抱きしめて口づけ、なんて洒落た真似が俺に出来ると思ってんのかよ。
「……分かったよ」
 ただここで無理だなんて絶対に答えたくない。不慣れなら不慣れなりにやってやろうじゃねえかと、俺は渋々レパルダスの条件を呑んでいた。
眠っていた両腕を叩き起こして、爪を立ててしまわないよう慎重にこいつの背中に両手を回す。腕の長さが余ってしまうくらいに細い背中。
元々の体格差もあって、レパルダスの体は俺の腕の中にすっぽり納まってしまうくらいだった。
もしかしたら手が震えていたかもしれないが、細かいことを気にしていたら次へ進めそうにないからな。
そのまま腕に軽く力を込めて、レパルダスの頭を自分の方へ抱き寄せる。口と口との照準がずれていたであろう分はレパルダスが補正してくれたのだろう。
さっきは一瞬のことで確認できなかったこいつの顔がすぐそこにあった。レパルダスの細い舌が俺の分厚い舌に絡み付いてくるのが分かる。
舌の表から裏側まで。念入りに打診されているような感覚だった。くすぐったさにも似た何とも言えない感触。
抱き寄せた腕から力が抜けてしまわないように踏ん張るのでやっとだ。レパルダスの口内を舐め回すチャンスだったってのに勿体ねえな。
一通り俺の口と気持ちを掻き回し終えるとレパルダスは頭を離す。その拍子に背中に回した俺の両腕が解けて再び地面に。
「準備運動はこれくらいで十分かな」
 口の周りに付いた唾液をぺろりと舐め上げて、レパルダスはふふと小さく笑った。俺は少し荒くなった息を整えながらこいつを見上げているだけ。
これが準備運動にあたるなら、俺は今の段階で一杯一杯になってるんだがこの先大丈夫なんだろうか。
レパルダスのお礼にもちろん興味はあったし、受け入れたことを後悔はしていない。だけどいざ自分の体で感じてみると。
今のところ楽しむよりも消耗している部分の方が多いような気がして。この先どうなるか不安と期待が半分ずつと言ったところか。
「割と元気になってくれたみたいだしね」
 レパルダスがひらりと体を横に退けると、俺の下腹部のスリットから赤い先端部分が僅かに顔を出していた。
濃厚なレパルダスの口づけは俺には刺激が強すぎて、気持ちの方はそれほどでもないように思っていたが。体はやっぱり正直だな。
雌と体を重ねていれば意識せずとも自然に反応してくる。まだ完全じゃないにしても、レパルダスの次の目標地点は定まったはずだ。
次はどんなふうにやってくれるのか心待ちにしている反面、良いように振り回されてかえって気疲れしないだろうかという気持ちが入り混じっている。
とりあえず今の俺にはこいつの出方を伺うしかできない。ちょこんと顔を覗かせた俺の雄を見て、レパルダスがにやりと笑ったような気がしたのだ。

―6―

 少しだけ露わになったそれにレパルダスはそっと前脚で触れる。足先の短い毛のちくちくした感触と、柔らかい肉球の感触。
体の中でも敏感な個所だから手に取るように伝わってきた。まだ状態は完全ではないが、レパルダスならそんなことは分かっているはずだ。
そして、どうすれば俺のそれを万全の状態に持って行けるかも。ただ、今のところ積極的に動いてはこない。まずは様子見、と言ったところか。
何やら俺のスリットを前脚でこじ開けるようにしてまじまじと眺めている。なんだよ、じろじろ見て。お前からすればそんなに珍しいもんでもないだろ。
「ふうん、こうなってるんだ」
「何が」
「スリットになってる雄を見るのは初めてなの。若干形は違うみたいだけど……」
 そりゃ意外だな。でもまあ言われてみれば、この辺りだと俺みたいな硬い表皮をした奴はあんまり見かけない気がする。
あんまり他のポケモンのことなんて意識したことがなかったが、確かにこの辺はレパルダスみたいに体毛を生やした奴がほとんどだった。
逆に言えばスリットの形状をしていない雄なら見てきたってことになる。さぞかし手馴れてるんだろなと、俺が呆れにも近いため息をつこうとしたところに。
突如、肉棒の先に生暖かいものを感じた。下半身から全身に、ぞわりとした感覚が広がっていく。背中が強張ってしまっていたかもしれない。
レパルダスがぺろりと一舐めしていたと気が付いたのは少し後になってから。ほんの一瞬のことなのに、俺の肉棒に熱が集まり始めたのを感じる。
「ふふ、根本的なところは同じみたいね」
 怪しげな笑みを浮かべ、再びレパルダスは舌を這わせ始める。こいつが舌を動かすたびに舐めることが出来る面積がどんどん広がっていくのが分かった。
スリットだろうがそうでなかろうが雄なら同じ。興奮したり刺激を与えられたりすればむくむくと元気になってくる。
こんな綺麗な雌にぺろぺろされて滾らない雄はいないんじゃないかって思うくらい、俺の肉棒に舌を絡めてくるレパルダスは艶めかしい。
俺が少し顔を上げればちょうどこいつの表情が確認できるってのも、気分を高めるのに一役買っている。
ついさっきまで申し訳程度に顔を出していた一物が完全にスリットの外に出てしまうのはあっという間だった。
俺はこんなに感じやすかったんだろうかと自分でも驚いているくらいだ。その場の雰囲気は大事なんだなと思わずにはいられない。
さすがに先走りの汁までは出てきていないが、それもたぶん時間の問題だろう。このまま舐められ続ければ危険を伴う。
しかしレパルダスは舌の動きを止める気配は見せず。あろうことか前脚まで肉棒に添えてきた。
舌のねっとり感とさわさわした前脚が絡み合って、堪らなかった。知らず知らずのうちに俺は声を漏らしてしまっていたらしい。
「どうしたの。何か気に入らなかった?」
 一旦舌と前脚の動きを止めてレパルダスが俺に尋ねてくる。いやいや、気に入らないなんて笑えない冗談だ。
後先を考えないならもっと続けて欲しいところではあった。だがこれ以上愛撫されると間違いなく俺は我慢できずに達してしまう。
舌も良かったのはもちろんだが、本音を言うならレパルダスの体を直接味わっておきたかったのだ。
一度果ててしまえばそんな余裕はきっと無くなってしまう。堪能するのが口と前脚だけってのも勿体ない。
「あ、もしかして。こっちの方がいい?」
 レパルダスは自身の後脚の方へ視線を送る。そうそうそっちだ。何も言わずとも俺が考えてることはお見通しなんだろう。
俺が触った限りでは引き締まった後脚だった。経験豊富とはいえ、中の締め付けも案外悪くなさそうな感じだ。
ここは縋るように頷くだけだ。ただ、元々の体格が違うからな。レパルダスの細い体にちゃんと入るかどうか。
「んー、まだ病み上がりだからなあ……。そうね、木の実をあと三つくれるならいいわ」
「三つって、そもそもここに木の実は……」
「あるでしょ。あそこの岩の奥、とか」
 俺は目を見開いて顔を上げ、レパルダスの方を見てしまっていた。今までの興奮がすべて吹き飛んでしまいそうになる。
いったいどこで嗅ぎつけたんだよまったく。驚きというよりは呆れて口が塞がらない。レパルダスという種族はそんなに鼻が利くのだろうか。
「地面とか壁に岩を動かした跡が残ってるし、あなたが寝にくそうにしながらわざわざ岩の前で寝てたしね。これは何かあるなあって」
 壁や地面に残った跡なんて気に留めたことすらなかった。念を押すつもりで岩の前で寝たのもかえって不自然だったらしい。
細かいところまで気が付くのはさすがとしか言いようがない。これも多くの雄の住処を渡り歩いてきた賜物なのだろうか。
木の実の隠すのにありがちな場所は大抵抑えているのかもしれない。知れば知るほど恐ろしい奴だ。
「まさかそこまでばれてるとはな」
「私の前で木の実を隠し通すのは難しいわよ」
 ふふん、と自信ありげに笑うレパルダス。お前には降参だよ、立ち向かえる気が全くしない。
俺がこいつに胸を張れるのは、腕力と自然に成っている木の実の探索能力くらいだろうか。
「で、どうする? 三つくれればもっといいことしてあげてもいいけど」
 ふむ、話を戻すと木の実三つでサービスが追加されるわけか。確かに舐めるのと違ってちょっとは体力使うだろうしな。
栄養補給という意味合いでは理に叶った提案だ。俺もレパルダスの中、というか雌自体がどんな感触なのかは非常に興味がある。
これを機会に俺も経験済みの雄になっておくのも一つの選択肢か。ひょっとすると、このチャンスを逃したら二度とねえかもしれないし。
三つ渡すだけでいいなら、と誘惑に傾いてしまいそうな心を支えてくれたのは。一度空腹で倒れそうになった時の記憶。
体がとんでもなく重くなって、足がふらついて、立っていられなくなる。自分の体なのに全く言うことを聞いてくれなかったのがひどく恐ろしかった。
渡しちまって本当にいいのかこれで、いや良くない。貯蓄はそこそこあるにはあるが、今後も今日のように木の実が豊作とは限らない。
せっかく見つけた穴場だってもしかしたら他の誰かが見つけて、もう採りつくされてしまっている可能性だってある。
たかが三つ、されど三つ。いざという時は木の実一つでも重い。現にレパルダスは動けない状態から木の実一つでここまで体力を回復したんだし。
木の実の隠し場所を言い当てられて肝が冷えたせいか、思っていたよりも冷静に判断を下せているような気がする。
さっきのようにレパルダスに肉棒を愛撫されながら聞かれていたら俺は迷うことなく三つの木の実を手放していたことだろう。
俺が頭を冷やすきっかけを作ってくれたレパルダスに今回ばかりは感謝しなくては。
「三つは……無理だ」
「そ、ならいいわ。じゃあこのまま続けるよ」
 レパルダスは少し残念そうに俯くと、三度俺の股間に顔を近づけた。俺が驚いたり考えたりしていたせいで若干勢いを失いつつある。
いい具合に高まってきたところへ水を差されたようなもんだったからな。まあ、さっきと同じ調子でやってくれればすぐに元通りになるとは思う。
「手を抜いたりはしないから安心してね」
「おいおい、頼むぜ」
 中途半端に気持ちよくさせられたところではいここまで、なんてやられたら堪ったもんじゃない。
ただ、木の実を断ったからレパルダスが気を悪くしてないかと内心不安だったところもある。それを聞いてほっとした。
今や頭を垂れた状態にある俺の雄。レパルダスの生暖かな吐息がかかって少しむず痒い。なかなか舐めてくれないなと思っていると。
いきなりレパルダスが先端部分を咥えこんで、そのまま根元に向かって顔を進めていく。舌で舐めるのではなく、直接口に含んでの愛撫に切り替えたようだ。
半勃ちでも俺のを全部口に入れるのは苦しかったらしく、口内に入っているのは大体半分よりちょっと多いくらいか。
それでも舌や前脚に比べるとずっと伝わってくる刺激は大きい。予想してなかったアプローチに対応しきれず、最初は俺も狼狽えているだけだったが。
次第に体が順応してきたらしく言葉に出来ない心地よさに、緩み切った表情で息を荒げるくらいは出来るようになった。
レパルダスが頭を上下させるたびに生暖かくて湿った感触が肉棒を撫で上げる。迷いが生んだ萎縮はもっと強い快楽で塗りつぶすだけ。
そう言わんばかりのレパルダスの舌を交えた激しいリズミカルな口の動き。俺の雄にむしゃぶりつくこいつの目は、本気だ。
手加減だなんてとんでもない。一度は脱力しかけていた下半身に、再びぐんぐんと力が籠っていくのを俺は痛感せずにはいられなかった。

―7―

 レパルダスが何度か頭を上下させている間に俺の雄は少し痛いくらいにまで張り詰めてしまっていた。何だかあっという間だった気がする。
少し前まで頭を垂れてしまいかねないくらいに力をなくしつつあったってのに現金なもんだ。
口に含んで動かすってのはただ舐めるよりもずっと効果があるらしい。おそらく触れている面積が大きい分、伝わってくる刺激もそれに比例するんだろう。
もう準備運動の段階でないのは直接触れてるレパルダスなら分かりきってることのはずなのに、こいつはなかなか口を離そうとしない。
ねっとりと絡み付くような動きで俺の肉棒を弄んでいる。それでも俺が簡単に果ててしまわないように加減はしているらしく、動作は大人しめなのが分かる。
なんせ、俺がこうやって落ち着いて感想を述べられるくらいなんだからな。レパルダスが本気を出せば、俺はおそらく数分も持たないだろう。
今も気持ちいいことには気持ちいいが、いくら俺でもこれくらいの刺激でダウンしちまうほど早漏じゃねえし。
まあ、定期的に処理してなくて溜まってる状態だったら危なかったかもしれないが。先走りの汁がにじむ感覚こそあれど、今のところは大丈夫だった。
俺のをしゃぶるレパルダスを良い光景だなと思いながらぼうっと見つめていると、ふいに顔を肉棒から離していた。
レパルダスの開かれた口からだらしなく垂れ下がった舌と、つやつやと光る俺の一物の先端とで細長い橋が架かる。扇情的だった。
「もう一息、ね」
 意味ありげに笑うと、レパルダスは何を思ったのか自分の尻尾を顔の前に持ってきてぺろぺろと舐めはじめたのだ。
先端のふさふさした毛が自身の唾液でじんわりと濡れそぼっていく。こんな状況で毛繕いをしてるってわけでもないだろうし、どういう了見なんだか。
「何やってんだ?」
「ふふ、仕上げに移るからね。その準備」
 言いながら無心に尻尾の先を舐め続けているレパルダス。余すところなく自分の唾液が行きわたるよう念入りに。
こいつが何かを舐めてるところを見るとそれだけであらぬ方向へ考えが変換されてしまうくらいに俺も昂ぶってはいたが。肝心の意図が掴めない。
「こんなもんかな」
 じっとりと湿った尻尾の先をくいくいと軽く動かして、レパルダスは確かめるように頷く。そしてそのまま尻尾を伸ばして俺の肉棒に巻きつけてきやがった。
どうやら尻尾だけでも細かい動きが出来るようになっていて、竿の表面が僅かに凹むくらいの力が込められているのが分かった。
興奮しきってる状態でも多少の弾力はあるからな。濡れた尻尾が根元にぴたりと密着する感覚は何とも言えないものがある。
ここまで来ればこいつが何をしようとしていたのか、そしてこれから何をするつもりなのかは察しが付く。
「尻尾はね、こんな風にも使えるのよ」
 そう言うとレパルダスは俺の肉棒に二重三重に絡ませた尻尾を軽く上下に擦ってきた。
元々俺の表面は湿ってたし、さらにはこいつの尻尾も準備と称してたっぷり水気を含んでいたから滑りは抜群で。
舌に口の中に尻尾に。今日だけで様々な刺激を体感しすぎてもう何が何やら分からなくなって来つつあるが。一つだけ確かなことはこれもいい、ということ。
「お……うおぉ」 
 尻尾の先の毛の一本一本が俺の敏感な部分を逐一突いてくるようで、それでいて弱すぎず強すぎず絶妙な力加減で。
どこをどうすれば気持ちよくなるかを知り尽くしてないとこんな芸当は出来そうにない。やっぱり手馴れてんなあ。
大して尻尾の動きは早くないと思っていたのに俺の肉棒からは先走りがとろりと再び流れ出ていた。
それがレパルダスの尻尾に染み込み、ますます滑りが良くなっていく。俺の先走りを吸う度に尻尾の動きは徐々に早くなっていくような気がした。
自分が手を動かさなくても勝手にどんどん気持ちよくなれるってのはやべえな。本当に何も考えられなくなりそうだぜ、ああ……。
俺が尻尾の巧みな技に蕩けているとレパルダスはおもむろに肉棒の先端を咥えこんで、さらに愛撫を続行させてきた。もちろん尻尾は動かしながら、だ。
尻尾にばかり集中し過ぎていてこいつの口がまだ残っていたことを忘れていた。巻きつけた尻尾にぎゅっと力が込められたのを微かに感じ取る。
間違いなく止めを刺すつもりだ。レパルダスの匙加減で随分と生かさず殺さずの生殺しを続けられてきたが、とうとうか。
口と尻尾とでどちらも抜かりがない。ぬめっとした口内とさわさわとした尻尾。二種類の刺激が興奮しきった俺の肉棒に吸い付いてくる。
この情事が終わってしまう少し残念な気持ちと、ようやく楽になれるのかというほっとした気持ちが入り混じって不思議な感覚だった。
「ああぁっ……!」
 背中と下半身をきゅっと硬直させ、情けない喘ぎとともに俺は何の躊躇いもなくレパルダスの口へと精をぶちまけていた。
尻尾だけでも事足りてたところに口を付けてきたのはお前の方なんだし、遠慮はしない。というか出来る状況でもなかった。
股間から次々と襲い掛かってくる快楽に俺は静かに身を委ねる。腕や背中、尻尾の先まですべての力がレパルダスに吸われてしまったかのよう。
残っていたのはじんわりと広がってくる心地よさだけ。うかうかしていると意識を手放してしまいそうになる。
これはレパルダスが上手だったってのもあるんだろうけど、やっぱり自分で処理するのとはわけが違うな。
虚ろな瞳で口元を釣り上げた締まらない表情のまま俺がぼんやりと天井を見上げていたところ、覗き込んできたレパルダスの顔が映る。
「うふふ、お疲れ様」
 いつの間にか俺の股間から口と尻尾を離していたらしく、前脚で口元を拭いつつ自分の尻尾の先を丁寧に舐めていた。
そういや俺が口に出しちまった分は全部こいつが片付けてしまったのか。俺の腹や肉棒の周りにも飛び散った気配もないし。
貯めこんでたつもりはないから量はそこそこだったとは思うが、それでもあんなのを抵抗なく飲み込んじまえる奴の気が知れねえな。
俺ならいくら腹が減っていても、栄養価が高いと言われてもあのどろっとした感触を飲むのは遠慮したいところだ。
自分が出しておきながらこんなこと考えるのもあれか。まあレパルダスは慣れてるんだろうし、その辺の後始末はお手の物なんだろう。
「どうだったって、聞くまでもないかな」
 自分のテクニックに絶対の自信があるからこその台詞。勝ち誇ったように微笑むレパルダスの表情が俺に降りそそいでくる。
そんなの俺の反応を見てりゃ分かるだろう嫌味な奴だな、と突っぱねる元気は今はなかった。思いっきり喘いじまったし変な意地を張るのも今更だ。
「うるせえ。……ああ、でも。良かった、ぜ」
 素直に述べた俺の感想を聞いて、それなら良かったとレパルダスは笑う。そして唐突に俺の隣に寝そべってきたのだ。
地面に投げ出した腕がレパルダスの腹の下に敷かれて少し重い。が、そんなのは気にならないくらいの柔らかさと温もりがそこにあった。
普段なら目の色を変えて戸惑っているであろう俺も、扱いてもらった直後だから幾分か冷静だった。腑に落ちない様子ですぐ近くにあるこいつの顔と視線を合わせる。
「あなたには世話になったからね」
「へえ、いいサービスだな」
 わざわざ添い寝までしてくれるなんて気が利くじゃねえか。俺はもう十分満足してたから、別にこれ以上望むことなんて特にはなかったのだが。
でもまあレパルダスが隣で寝てくれるとなれば全くもって悪い気はしなかった。断る理由もないしこれはこれでありがたく頂戴する。
今は気分も落ち着いてるし、毛の感触とか匂いとかを変に意識することなく素直に楽しめそうではある。
俺がちらりと顔を向けるとレパルダスは静かな眼差しでにっこりとほほ笑んでくれた。その笑顔がどこまで本物か、なんて考えるのは野暮だな。
間近で拝めるレパルダスのきれいな笑顔、かわいい笑顔として純粋に受け取っておくことにした。
出来るだけ長くレパルダスと身を寄せ合っていたいと思っていたのだが、果てた直後の疲労感には逆らえなかったらしい。
隣にいるレパルダスの顔がぼやけてくる。次第に瞼が重くなっていき、俺はいつの間にか眠りに落ちてしまっていた。

  ◇

 目を覚ますと洞窟の入り口からはもう明るい陽射しが差し込んできていた。どれくらいの間眠っていたんだろう。
俺は体を起こして小さく伸びをする。ん、そういやレパルダスの姿が見当たらねえな。寝る前は確かに俺の隣にいたのに。
添い寝は俺が寝るまでで、その後はどこか別の場所で寝てるのかとも思い住処をぐるりと一周見回してみたが、いない。
ここには隠れられるようなところもないし、さては俺が寝たら仕事終了と言わんばかりにさっさとどっか行っちまったのか。
レパルダスらしい行動ではあったが、昨日まで誰かいたところに朝起きて誰もいないってのは案外寂しいもの。
俺はおもむろに左腕を顔に近づけて匂いを嗅ぐ。僅かに残ったあいつの残り香。昨日の出来事が夢じゃなかったと確認するには十分だった。
それは朝なのに元気でない俺の股間から判断した方が早かったのだが、それじゃあこのセンチメンタルな雰囲気が台無しになるような気がしてだな。
しかしまあ、レパルダスには木の実一つでなかなかいい思いをさせてもらった。以前盗られた一つを含めたら実質は二つか。
さすがに朝っぱらから抜く気力は残っていなかったが、しばらくはおかずに事欠かない日々が続きそうだ。
さて、頭をすっきりさせながら今日もまた木の実探しに出かけるか、と立ち上がった俺は木の実を隠している岩に何やら変な傷が出来ていることに気付く。
細くて尖ったもので引っ掻いたような跡。少なくとも昨日まではこんな傷はなかった。俺の爪よりだいぶ細い、となるともう考えられる理由は一つしか思い当たらない。
おそらくレパルダスは俺が眠った後、この岩を動かせないかどうか試したんだろう。首尾よく動かせたなら木の実を盗んでいくつもりで。
寝る前の笑顔に完全に騙されちまっていたが、やっぱりどこまでも油断ならねえ奴だ。蓋をするのに重い岩を選んでいて本当に良かった。
確かに木の実一つにしちゃサービスが良いような気はしていたが、だからって盗んでいい理由にはならねえ。
もし今後再びレパルダスが訪ねてくるようなことがあったら、寝るときは背中が痛くなろうとも岩を背もたれにして眠ろうと俺は心に決めたのであった。

 END



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最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • ポケモン小説さん>
    個体差はありそうですが、一応基準サイズの大きさを超えない範囲での体格差は考えるようにしています。

    7名無しさん>
    1.6mですからそこまで大きくないですね。怪獣系ポケモンは思ったより小さい子が多い気がします。

    お二方、レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2012-12-31 (月) 20:40:02
  • 一筋縄ではいかないレパルダス 油断も隙もありませんね
    執筆頑張ってください
    ――ポケモン小説 ? 2013-01-29 (火) 23:03:17
  • レパルダスがここまで生き残ってきたのは様々な処世術があってこそでしょうからねー。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-02-08 (金) 00:09:54
  • 前作と合わせ、ロリとお姉さん。どちらもお腹一杯です、ごちそうさまでした♪

    それにしてもレパルダスさん、ぜひともお招きしたいほど可愛くて手慣れてますね。
    木のみをどっさり貢ぎたいです♪
    ――チャボ 2013-02-28 (木) 23:05:14
  • 前作と今作で相手こそ違いますがどっちもクリムガンがそれなりにおいしい思いをしたのは変わりませんねw
    レパルダスはそれで木の実をつないでるようなもんなんで手馴れてないと話にならないんでしょうたぶん。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-03-05 (火) 17:52:21
  • 前作と相も変わらず木の実泥棒な安定のレパルダスでしたね(

    生命の危機というか限界な状態であるレパルダスは果たして演技だったのか、本当に力尽きていたのかは定かではないですが、
    今回の件は若干の恩義を感じたのかもしれませんね。
    とはいえ最後はやっぱりコソ泥でしたが(

    これからもずっと誰かを上手くだまし続けて暮らしていくんでしょうね。
    そのうちこのクリムガンが暮らす周辺では警戒されきってまた別の土地へ。
    もしくは物好きが木の実を餌に逆に誘い込んだりしたりして……?
    まあ物語後の妄想はこの辺にしておきます((

    成り行きで助けたとはいえ、色々と美味しい思いをしたクリムガンでしたが、
    この後のかかあ天下状態を考えると……(-人-)ナム かもしれませんね。

    色々と楽しめました。ごちそうさまです。
    ――ウルラ 2013-03-06 (水) 05:33:52
  • レパルダスは相変わらずというか軸がぶれないというか、今回も前回と同じく木の実泥棒でした。
    空腹で倒れかけてたのはおそらく演技ではなかったと思ってます。その後のクリムガンに対する感謝は多少演技が混じってたかもしれませんが、少なからず感謝していた部分もあったんでしょう。
    処理係としてレパルダスが他のポケモンに飼われる未来ってのもありですね。性格と特徴から妄想がしやすいキャラではありますw

    今後クリムガンのことを考えるとまあ、自業自得っちゃあ自業自得なんですけどね。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-03-08 (金) 16:58:00
  • やっぱり尻尾コキはありだと再認させられました。
    レパルダスの体格とか悪タイプというのがえろいイメージがあったので、性格がすごく納得できました。
    体格差でも小さい方が勝つのは美味しいかったです。
    お疲れ様でしたー
    ――GALD 2013-03-08 (金) 22:22:49
  •  カゲフミさん、こんばんは。行き倒れ泥棒読ませて頂きました。
     感想の前に、誤字と言いますか、若干入力ミスっぽいものが見受けられたので報告しますね。

    •••••
    レパルダスのお礼にもちろん興味はあったし、受け入れたことを後悔はしていない。だけどいざ自分の体で感じてみると。
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    逆に言えばスリットの形状をしていない雄なら見てきたってことになる。さぞかし手馴れてるんだろなと、俺が呆れにも近いため息をつこうとしたところに。
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    この二つの部分の最後に。がついていますが、ここに。がつくのに違和感を感じたので、もし入力ミスであれば訂正に役立ててください。
     意図的でしたらすみません。

     で、本題の感想ですが、今回のお話もじわじわと迫りくるようなエロさがありましたね(笑)
     レパルダスの艶際立つ描写をクリムガン視点で繊細に描かれていて、読んでいてこちらもクリムガンのようにじわりじわりと煽られました(
     じっくりと前戯を行い、その後は尻尾と口でトドメを刺してくるレパルダスはどうしようもなく煽情的で、クリムガンを羨ましく思ってしまうあたりカゲフミさんの想定通りに弄ばれてる感じもありましたが、なのに我慢できないほどそそられて・・・っと、これくらいにしておきましょうか(

     と、そういうお話なので散々エロエロとやってくれるわけですが、種族に対して持つ一般的イメージを上手く活かした、ある意味王道とも言うべき魅力がとってもよかったです。
     ここはカゲフミさんらしさだと思いますが、そういうシーンに入るまでの描写も大事にされてますし、コソ泥レパルダスもエロい部分を抜いてもどこか憎めないキャラクターにされてますね。
     ウルラさんも仰ってますが、どこか恩義を感じていたような振舞いがとても印象的でした。
     そこにカゲフミさんのポケモンへの愛を感じますし、後味のよいカゲフミさん作ならではの良さがあるように思います。

     今回もとても楽しませて頂きました。ありがとうございます。カゲフミさん、これからも執筆頑張ってくださいね。
     最後に一言。
     ゲームで考えると、木の実3つでしてくれるならちょろいもんだぜ(
    ――クロス 2013-03-09 (土) 18:27:09
  • GALDさん>
    ただぺろぺろさせるだけじゃ何か味気ない気がしたので、変化球的なものとして尻尾を入れてみました。
    レパルダスの細長い尻尾だしたぶんできなくはないだろうなーとw
    体格が自分より小さい相手に振り回されるのって絵的に好きなのです。
    レスありがとうございました。

    クロスさん>
    その二か所は一文を短くするためとしてあえて句点で区切ってます。
    私の文章でそうやって表現しているのはたぶん今まで書いてきた小説でもあったと思います。
    今回はレパルダスの色気をクリムガン視点でじっくり描写していった部分があったのでその辺りは書いていて非常に楽しかったです。
    クリムガンはまあともかく、レパルダスの雌は泥棒猫として個人的にですが本当に無難なイメージでしたね。
    登場させるからには好きなポケモンでもあるので完全な憎まれ役にしたくないという私の願望ですw
    ゲーム基準だと木の実は取り放題ですからねえ(
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2013-03-16 (土) 20:54:11
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Last-modified: 2013-02-28 (木) 00:00:00
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