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蜥蜴のお手々は回りく兎い

/蜥蜴のお手々は回りく兎い

Lem

蜥蜴のお手々は回りく兎い 


 人間の知識は日常における在り方を示唆するひとつのバイブルとして非常に有意義な物である。
 蜥蜴が今の姿に成れたのもひとえに人の知識による物が大きく、故にだろうか。
 所々で人間臭い所作を挟む蜥蜴を仲間達は変わり者だと認識していた。
 その中には幼馴染みである子兎も含まれ、奇異の目を向けることはあれど心の奥で嫌う程のものではない。
 それが蜥蜴なりの流儀でもあり、軸である以上あれこれと詮索をするだけ野暮である。
 問題があるとすれば、蜥蜴と時折つるむ子兎も同様の目で見られている位のものだが、そんな視線を気にすることもなく子兎は今日も蜥蜴の人語りに付き合っていた。

「はい、これ」
 つっけんどんに手渡された箱へ訝しむ蜥蜴を子兎が更に一歩踏み出す。
 包装紙に赤色のリボンがやや乱暴に結ばれた小箱。
 対する子兎は何故か目を背けて反対側を向き、片手を定位置に隠したまま微動だにしない。
 意図が分からず考えあぐねた蜥蜴が首を傾げながら訊く。
「前に言ってたでしょ。バラ……バランス……バランスタイン」
「バレンタイン?」
「それ」
 子兎の挙動不審とおかしな態度へ腑に落ちた蜥蜴が一人頷く。
「覚えててくれてたんだ?」
「毎回毎回人間の文化についてあれこれ聞かされたら嫌でも覚えるでしょ。ほら早く受けとる」
「ふふっ、ありがとう」
 自由になった手を引く子兎を蜥蜴が掴む。
 視線を外していた為に唐突な対応に面食らう子兎が蜥蜴と相対する。
 そのまま掴む手ごと体を引き寄せられ、流れに抱かれる子兎が絶句する折で蜥蜴が垂れた耳元に口先をそっと忍ばせる。
 掛かる吐息と小声ながらも空気を振動させる感触がこそばゆく、思わず漏れ出た声の艶かしさに子兎自身が驚いた。
「……急に何するのよ」
「できるだけ近くで感謝の言葉を伝えたくて、ね」
「……あんたのそういうとこ、嫌い」
「ふふっ、突然だったからね。お返しさ」
 見悶える子兎に構わず続ける蜥蜴へ子兎が抵抗の意を示すべく片手を抜き出し、蜥蜴の顔を押し退ける。
 その流れには逆らわなかったが、視界に入る子兎の手指を見るや態度を急変させ、先まで掴んでいた手を離して別の手を掴む。
「……ラビ、この手は?」
「……」
「ラビ」
「大したことないってば。初めての作業だったし、ちょっと指切っちゃっただけだし」
 子兎に限らず殆どのポケモンは人間の道具を扱えない。
 蜥蜴の手ならば、人と同じ形をしている手ならばそれも可能ではあっただろう。
 だが子兎の手はそうではない。そもそも彼女の種族は手を用いる所作の全てが器用ではないのだ。
 それでも何かを残したいという思いが子兎にはあり、その為の代償ならば易いものだった。
「こんなの怪我に入らないし。もういいでしょ? ほら、離してってば」
 そうして軽く手を引くも蜥蜴の拘束は緩まない。
 険しい表情と興奮からかやや濃い色調に模様が変わりつつある蜥蜴は何を思ったのか、子兎の手の甲へと口付ける。
 空白が慰む傍ら、口付けは徐々に下へと何度も口付かれ、滲む被毛の柔肌へ寄り添った。
 突き刺す様な鋭い痛みの後に続く熱が無性に熱いのは蜥蜴の熱によるものなのか、子兎自身の発熱なのかは測りかねる。
 這わす口先が薄紅に濡れ、その情景に子兎は心を奪われたまま、蜥蜴の一縷な慰みを受けている。
 波打つ熱が別の熱に変じた時には子兎の手指は蜥蜴の口腔に飲み込まれ、熱く滑る感触と漏れ出る吐息が閉じた耳の隙間から忍び寄ってくる。
 羞恥に堪えきれず子兎が垂れた耳を自ら食み噛んだ所で場面が転調する事もなく、各々が秘めたる気持ちを吐露する侭、永久にも均しい瞬間を共有し終えても尚熱は燻り続け、二人揃って夢から覚めるのを待ち焦がれながら座していた。
 程無く蜥蜴の口から先の唐突な対応について謝罪の声が掛けられるが、目線を重ねず蜥蜴の胸元に身を寄せる子兎の反応は最初と変わらず無愛想に応ずるまま、先と同じ答えを繰り返す。
「あんたのそういうとこ、嫌い」
「ごめんね」
「……別に。本当にこんなの、大したことないんだから」
 頷きとともに子兎の頭にそっと口付ける。
「だからそういうとこ……」
「――けていい?」
「……どうぞ」
 お決まりの文句を遮られても気にせず子兎が譲ると蜥蜴はやや潰れてくしゃくしゃになった包装紙を手解き、箱の中身を品定めしていく。
「ふふっ、これ一番ラビらしい形だね」
「どうせボクのハートは歪んでますよーだ」
 不貞腐れて舌を突き出す悪態をつこうとする子兎を蜥蜴の指が塞ぐ。
 流れるように舌の上に乗せられたそれを口腔内に運ぶ。
 熱で融けて広がる味に蜥蜴の長舌が絡み付いているのを、子兎は直ぐに知覚できずにいた。
 狭間の中で揺らめく心が融解するのを。
 ただただ知覚するだけの、永久があった。



 後書

 バレンタインですので即日即興で仕上げました。
 人物名で察した方もいると思いますが手は口ほどに物を云うと同じ子。

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Last-modified: 2020-02-14 (金) 23:14:59
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