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手は口ほどに物を云う

/手は口ほどに物を云う

Lem

手は口ほどに物を云う 


 知識は一見しただけでは真に身に付いたとは言えず、何かしらの活用法を見出だすか反芻する等、実を結ぶ事で始めて知識となる。
 生まれてから何に対しても臆病な、小さな蜥蜴が強くなりたいと目標を立てた時から、それは彼の自負と成り、軸に足るものと認識してからの成長速度は凄まじいものがあった。
 同じスタートラインを切ったであろう三匹の中で、残る二匹が未だ中間進化の所を彼だけが先の姿へと到達していた。
 だがそれだけで慢心することはなく、彼は今日も知識欲を満たすべく主人の私物であろう本をこっそりと持ち出しては手頃な読書スポットを探している。
 あまり離れすぎると主人が心配して探しにくる事も考慮した上で、程よい距離感の途上に生えている木立の影に腰掛け、主人や他の仲間達の姿を確認する。
 こちらに気づいた者から掛かる声やリアクションへ手振りを返し、簡易的な意思疏通を図り終えると蜥蜴は手元の知識へ読み耽る準備に入った。
 頬杖を立て、脚を組み、物憂げそうな半目の中に、眼光だけが鋭く文字の羅列を追う。
 その様は彼の苦手とする属性の色を双眸に宿している風にも見受けられ、相反するロジカルな姿をやや離れた所から子兎が観察していた。
 垂れた耳を片方のみ僅かに掲げ、ちらりちらりと流し見る姿は端から見ていて微笑ましい。
 挙動不審を繰り返す子兎を同じく横目で観察していた蜥蜴が「この辺にするとしましょうか」等と実にわざとらしくひとりごちた。
 閉じた本を傍らに置き、視線を向ける子兎に被せた上で五指を器用に靡かせる。
 慌てて目を反らす子兎だったが、差し出された蜥蜴の手はそのままで、暫くしていると又も五指を靡かせた。
 観念したのかせめてもの抵抗として口許を隠しつつ子兎が蜥蜴の下に寄る。
「こんにちは、ラビ」
 蜥蜴の挨拶へ対する子兎は未だに不機嫌そうで、体が触れ合う至近距離まで差し掛かった所でくるりと半回転して背中を蜥蜴の胸に埋め、挨拶の代わりに後頭部を打ち据える。
 周囲を見渡せばいつの間にかテントが一つ増えており、辺りの喧騒も賑やかしいものに変じていた。
 見れば主人も見知った知人と会話を楽しんでいる。
 お互いにそれぞれの主人を眺めつつ一言も発さないまま、揺蕩う時の中を共有していると子兎が殻から出てきた。
「……しばらくぶり……イン」
「うん、しばらくぶりだね。ラビ。少し、大きくなった?」
「……大きくなったのはそっち……」
 口許に指を添えて上品に微笑を溢す蜥蜴の仕草に子兎はややもむくれた表情を貼り付ける。
「なんだか不機嫌そうだね」
 他意は無いと子兎も分かってはいるものの、貼り付いた表情が崩れることはなかった。
「最後に会った時はじめじめしてて根暗なオーラ巻き散らかしてた奴が、急にイメチェンしたら誰だって戸惑う」
「イメチェンしたつもりは無いんだけどねぇ。まぁでも言いたいことは分かるよ。僕もラビと同じ立場なら戸惑う事は確実にあるだろうね」
 共感を求めた訳では無いものの、内心では嬉しいのか座椅子から伸ばした片足が空を掻く。
 その反応に子兎が気付かない辺り無意識的なものだろう。
 特に指摘するでもなく、続く子兎の話に蜥蜴は耳を傾ける。
 どうも子兎を差し置いて一番乗りでゴールインしたことが得心行かない理由らしい。
 何か秘訣があるのだろう、特別な訓練をやったのだろう等と問い詰める子兎の姿はまるでかつての自分を見ている様でもあった。
 だからだろう。濁すでもなく、嘘を被せるでもない、本心からの本音が蜥蜴の口から漏れた。
「僕は何も特別な事はしていないよ。嘘じゃない。ただひとつだけ、確実にこれだと言える物なら心当たりはある」
 そこで一旦会話が途切れた。
 続く言葉をまだかと子兎が首を捻ると、蜥蜴の双眸は閉じられていた。
 否、完全に閉じられてはおらず、黒い瞬膜が双眸を覆っている。
 薄い膜の奥で子兎を見つめる眼差しには何処か臆病な色を帯びており、今にも泣き出しそうな、昔の面影がちらついた。
 見た目は変わっても中身は昔のまま変わらない幼馴染みの姿がそこにあり、自然と子兎は手を伸ばして蜥蜴の頬に触れる。
 膜越しに視線が重なり、次いで手指が重なり、鼓動が一つに重なる空白が凪いだ。
 大空は蜥蜴の体と同じく澄んでいる。
 柔らかな陽射しが雲に隠れ、入れ替わるように蜥蜴の双眸が開かれた。
 告げる言葉は熱を帯び、触れ合う子兎へと伝播する。

 誰かを護りたい。
 その為に必要な強さが欲しい。
 それだけが蜥蜴の願いだった。

 相槌を打つ子兎は意図を汲み取れていないのか頚をやや傾げていたが、続く言葉が君の事だとはっきり述べられた時点でようやく理解に至る。
 想定していた内容とは全く異なる突然の告白に面食らってか、蜥蜴の頬に置いたままの手を引き抜こうとするが、その上に被せたままの蜥蜴の手がそれを許さない。
 仕方無く開いた方の手で口許を隠す仕草を蜥蜴がどの様に感じたかは筆舌に尽くし難いものがあった。
 場の雰囲気に堪えられなくなったのか、体位ごと視線を反らす子兎へ絡み付いた手が追走していく。
 頬から離れても子兎の手は解放されず、そのまま包み込むように蜥蜴の腕が子兎を潜り、抱き寄せられる事で更に密着度が増す。
 沈黙が流れる度に互いの鼓動が正常を異なるものと主張の声が姦しい。
「……イン……」
「……もう少しだけ」
「……別にいいけど……何か話して。話し続けて」
「ん……さっきの話」
「うん」
「焦らなくてもいいよ。僕は君が追い付くまでそこで待ってる」
「……うん」
「その時になったら聞かせて。君の……声を」
「……やだ。追い越した上で今度はこっちがやり返す」
 如何にも君らしいと微笑を溢す蜥蜴を他所に、子兎は話題の切り替えで思い出したのか、傍らに置かれたそれを持って目前で広げた。
 そこに開かれた世界は両者の空気を凍りつかせるには充分すぎる傑物が立ち並んでおり、子兎が視線を向けると同時に蜥蜴も視線を反らしていく。
「イン、これ何?」
「……絵本かな」
 しどろもどろになる蜥蜴へ子兎は追撃を緩めずに畳み掛ける。
「そっかー。御年頃だもんね。仕方無いよね。男の子だもんね」
「……ッ……!」
 羞恥心で泣き出しそうになるのを瞬膜が再び覆い隠すが、溢れ出る感情の歯止めに一役買うとは言い難く、子兎から見えない側の頬では雫の残滓が陽光を浴びていた。
「……ボクにもそういう下心があったんだ?」
「……ある」
「メソメソ、ジメジメ、次は何て呼んだらいいのか悩んでたんだけどさ」
「……ゥォ」
 邪悪が貼り付いた笑顔を蜥蜴は直視できない。
 見たが最後、何をされるか分かったものではないという本能的な恐怖感が蜥蜴を萎縮させていた。
「婬々のイン……ぷふっ」
「……ォン」
 堪えきれず手で顔を覆い隠す蜥蜴と、ひとりでツボに嵌まっては口許を押さえて笑みを堪えようとする子兎の、何とも対照的な二匹であったが、それぞれを繋ぐ手々は未だ堅く結ばれていた。
 一頻り波が過ぎた所で子兎が更に意地悪く問う。
 頁を捲る度に蜥蜴の悲痛な声が最早密着していないと声の振動すらも分からない衰弱ぶりに満足したのか、閉じた本を元の配置に戻すついでに蜥蜴に訊く。
 それは先程までのやりとりは軽い火遊びであり、これからが本番の、花火に点火を促す問い掛けでもあった。
「インはこういう本で何を学んだの?」
 言葉が詰まる質疑で応答を挟むのに暫しの時を有した。
 その間も子兎の質問が止むことはなく、一つ一つ頭の中で整理をしつつ言葉を選んでいくが、そのどれもが子兎の得心に繋がるとは思えなかった。
 子兎は言葉よりも実際に体験することでの説明を得手としているのを、長い付き合いである蜥蜴は熟知しているからだ。
 然しながら蜥蜴が望んでいるそれは今の子兎には荷が重く、負担やエゴを強いるものでしかない事情もよく理解している。
 熟慮の末、相手に最も伝わりやすい媒体を例にすることで蜥蜴は解説を始めた。
 五指の隙間からちらりと顔を覗かせる子兎の手へ、別の手指が表面をなぞる。
 突如に芽生えた指先の感覚に驚く子兎が視線を前へ戻していくも、蜥蜴の動きは止まらないばかりか耳元で囁く感覚も加わり、弛緩しきっていた体が痙攣を繰り返す。
「僕のしたい事はね、今の君には不平等で対等じゃないからしてあげられない。したくないんだ」
 なぞり立てる指が子兎の指間を押し広げていく。
 上から下へ、何度も執拗に蠕動を繰りては奏でるその情景を子兎がどう受け止めたかは、表情の色を見れば一目瞭然であった。
「……スケベ、ヘンタイ、婬手蜥蜴」
「……否定はしない」
 形を覚えてしまったのか、指間の毛並みは奥へと圧し潰れ、一つの虚が出来ている。
 隔たりが湿り気を帯びているのは途中から蜥蜴が指先に雫を馴染ませたからだろう。
 その為か蠕動の度に水滴の擦れる音が二匹にだけ聴こえていた。
「……ちょっと凝りすぎじゃない?」
「……ごめん」
 流石にこれ以上の解説は蛇足だろうと退き時を指先に込めるが、強い圧迫感が引き抜きを留まらせた。
「……ラビ?」
 怒気を孕んだ口調で子兎が手々を自らの下腹部へと招き入れる。
 濡羽色の中は木漏れ日を吸ってかじんわりと温かく、手指から先が自分の物ではない錯覚と共に広がっていく。
「……紳士ぶるならさぁ……先ずこうするべきじゃないの」
「……確かに配慮が足りていなかったね」
 解説の為にも分かりやすさを重点的に置いたつもりが、後々考えれば乙女心の不理解さを露にしただけの一方的なものになっていた事実へ面目無い表情を隠しつつ蜥蜴は詫びた。
 暫しの沈黙が流れるも繋ぎは解かれぬまま、二匹は同じ景色を眺めながら空を見上げる。
 不意に指先を挟まれる感覚が蜥蜴に手指の有無を訴えた。
 視線を下ろすも子兎の視線はある一点を凝視したまま動かない。
 釣られて見ると幾重にも重なり合う葉の中で一部のみ空間が開けており、親枝の先から二本の小枝が陽光の影を象っている。
 それはちょうど子兎の下腹部へと伸び、埋もれた手々の上で揺らめいていた。
 その情景は神秘的でありながら一方で蠱惑的な意味をも孕んでおり、それに気付いた蜥蜴が生唾を嚥下する。
 その音を子兎が聞き逃すはずもなく、振り向く側面に貼り付いた妖艶さが蜥蜴の背筋を毛羽立たせた。
 言葉を失う蜥蜴を視線で嬲り立てながら子兎が問う。
「次に来る時はさ」
 喉元を、頬を、視線が突き立てる。
「ボクに、届いているかもね」
 ひとつひとつの挙動や言葉に魅入られてか、手々が崩れても尚、蜥蜴の全身は硬直したままであった。
 その反応を楽しみつつ突き出された指先を子兎が咥える。
 舌先が触れる。絡み付く。吸い尽くす。
 それだけで蜥蜴の思考回路を焼き切るには十分であっただろうに、甘露を絞り出そうと歯を突き立てる子兎のそれらは猛毒にも等しかった。
 朦朧とする思考の奥でふと記憶の欠片が煌めいた。

――毒性を持つものは須く甘い――

 正しく身をもって知る事で、あやふやな知識は確かな知識として刻まれた。
 体内を駆け巡る毒は熱を伴い、やがて喀血に至るのでは無いかと危惧したところで子兎がするりと離れる。
 澄んだ色は暮れなずむ空より早く染まり、元の属性が何であったのか分からない変わり様であった。
「……続きはまた今度、ね?」
 妖しく微笑んでは口許を拭い、帯びた湿り気を更に舌先で掬い取る。
 何でもない動作の全てが蜥蜴に刺さり、身動きを封じていく。
 それは宛ら宣戦布告であり、勝ち逃げは許さないからとその場へ拘束する縛めであった。
 それまでの秘め事を隠す様に手を自らの羽毛に収納するとウィンクを飛ばして主人の下へと帰っていく。
 もっともウィンクが出来ていなかったのだが、現状の蜥蜴には片目だろうが両目だろうが関係のない事であった。
 小さくなる影を名残惜しげに見送りながら、色と共に冷えゆく思考が第一に弾き出した答えは実に情けなく。
「……勃った……」
 あまりの不甲斐なさに伸ばした膝を立て、我が身を抱く矮小な姿は子兎と変わらない年相応の姿が残されていた。
 子兎の瞳を凝視し過ぎたからか、閉じた瞼の裏では影が焼き付いている。
 その一点を凝視しようとすると影はするりと脇へ逸れていき、追えばまた逃げていく。
「……君には本当に敵わないよ」
 影にすら弄ばれる苦悩に思わず嘆声が漏れる。
 いつか本人に同じ言葉を吐く時が来るだろうか。
 その時が訪れるまでにはもう少し自分も強く在らねばならない。腐らず精進しよう。
 特に乙女心については要リサーチである。
 でも今はもう少しだけ休んでいこうと自分に言い聞かせる。
 子兎が残した火傷の傷みに浸りながら。



 後書

 健全えっちはいいぞ。

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Last-modified: 2020-01-07 (火) 19:22:53
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