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火遊びと水遊び

/火遊びと水遊び

火遊びと水遊び 

Written by March Hare
魔女先生シリーズ3作目。
注:R18表現があります
反転ネタバレ:同性愛(BL)をテーマとしたおはなしです


◇キャラクター紹介◇

○ライズ:ニンフィア
 高等部一年生。品行方正、成績優秀、容姿端麗と三拍子揃った優等生だが……?

○キャミィ:ペルシアン
 高等部三年生。学園の風紀委員長。強引な性格。

○ロッコ:コジョンド
 高等部一年生。ライズのことが好き。

○キャス:エルレイド
 中等部の頃のライズのルームメイト。


波乱の高校生活 


 あの日のロッコとの体験は、少なからずライズを変えた。
 実家に戻ると、父から縁談の話を聞かされた。相手は親戚のミルディフレイン家のセルネーゼさんで、結婚はライズが卒業後すぐになるという。彼女とはもう何年か会っていないが、小さい頃から懇意にしていたのだから悪い話ではないはずだ、と。聞けば、当のセルネーゼ本人も了承しているらしい。
 ミルディフレイン家とクレスターニ家は種族も同じということもあって、親交が深い。
 セルネーゼさんと将来は結婚することになるのか。ロッコとの行為を思い出して、彼女とセルネーゼさんを重ねてしまう。あの美しくて気高いグレイシアのお姉さんと。
 濃厚なキスをされて、全身を突き抜けた脱力感にも近い快感。気がついたらお漏らしまでしていて。ロッコさんに悪いと思いながらも、本当に気持ちが良かった。セルネーゼさんと抱き合ってキスをしている自分を想像して、ああ、そういうのも悪くはないかも、なんて――
 僕は何を考えているんだ。
「ライズ君? どうしたの?」
「あ、いえ……少し考え事をしていました」
 放課後の生徒会室。高等部に上がったライズは晴れて風紀委員の一員となり、ライズの指導を担当することなったペルシアンのキャミィ先輩と二匹で居残りをすることが多くなった。
「顔が赤いわよ」
「っ……か、からかわないでください」
「もしかして私のことだったり?」
「ちっ、違いますよ! 先輩にそんなこと……」
「ふぅん。そうよね、ライズ君って私と二匹きりでも全然緊張とかしてる風には見えないし」
 キャミィ先輩はスタイルも毛艶もいいし、美人だと思う。春休みの振る舞いから察するに恋人はいないみたいだけれど、いないのが不思議なくらい男子生徒には人気がある。彼女にも自覚はあるようで、しきりに誘惑してくるのだが、ライズは何とも思わないし、正直彼女の魅力が全くわからない。
「ライズ君ってもしかして、体は男の子だけど心は女の子とか」
「全然違います」
「ごめんごめん、怒らないでよ。冗談なんだから」
 そういう勘違いをされるのは嫌だ。他人に隠しておきながら勘違いも何もあったものではないが、ライズは男の子を好きになってしまっただけで、自分が男子であるという自覚はきちんとある。
「ライズ君。実は私もね、ライズ様を見守る会に入ってるの」
「キャミィ先輩が……ですか」
「そ。だからキミが中等部でクラスが同じだったロッコさんと仲が良いことも知ってる」
「は、はい。彼女は僕を一番理解してくれる友達ですから」
「本当に友達なのかしら?」
 キャミィ先輩が妖しげに目を細めながら、顔を近づけてくる。ライズを誘っているみたいで。
「と、友達……です、よ?」
「そう。それじゃ、少しくらいなら私と……」
 前足の肉球でぺたりと頬を撫でられたと思いきや、口を塞がれた。彼女の口で。
「先輩……っ、困ります、こんな」
「風紀委員のお仕事を教えてあげるお礼だと思って、ちょっと私にサービスしてよ。恋人もいないんでしょ?」
「それは……はわわ、んんっ」
 勢いのまま、革のソファに押し倒された。四本の足を絡め合い抱きつかれて、強引にキスをされる。
「せ、せんぱ……んん、む……!」
 貪るようなキスはロッコと比べるとずっと下手で、舌を無理やりにねじ込んでくるみたいだった。それでも、キャミィ先輩のざらつく舌を無抵抗で受け入れるのも癪で、自分の舌で必死に突き返そうとした。
 しかし、これをライズがキスに応えたと受け取ったのか、キャミィ先輩は前足で抱く力を一層強めた。
「ん、ちゅ……はふぅ……ライズ君……可愛いわぁ……」
「はぅぅ……僕、変になっちゃいますから……やめて……」
「いいのよぉ、変になって……そんなライズ君が見たいの」
 キャミィ先輩の目が本気だ。逃げようにもこうがっちりと抱きしめられていては逃げられない。
「んっ、ぁ……ん」
 またキスを再開された。
 ああ、もうなんだかどうでもよくなってきた。
 いい加減に吹っ切らなきゃ。キャスにはキャスの幸せがあるのだから。どうせ相手は女の人だ。ロッコさんにされたときと変わらない。身を任せてしまえばいい。
「は、ぁ、ぁ、んぁ、ぁぁぁ……」
「んちゅ……ぷはっ……ん……?」
 目を閉じてロッコさんとのキスを思い出していると、抱き合った体の温もりが心地良くなってきて、催した尿意を我慢する余裕もなく、そのまま失禁してしまった。
「ぇ、ライズ君……!?」
 キャミィ先輩がどんな顔をしているかはわからない。でも、嫌がって離れたりはしなかった。
「ぁぁ、ぁん……」
 ロッコさんのときほどじゃないけど、意外と気持ち良いものだった。普段は人前で絶対にしないことをする解放感。抱き合った相手に受け止めてもらうと、いつも心に抱いている孤独感が薄れるような心地もする。
「ふぁ……ごめんなさい、キャミィ先輩……」
 目を開けると、キャミィ先輩は驚きを隠せないながらも優しい表情をしていた。
「い、いいわよ気にしないで。まさかお漏らししちゃうとは思わなかったけど……ライズ君のなら嫌じゃないし。ていうか、どうしてこんなにいい匂いがするのかしら……」
 キャミィ先輩の言葉に少し戸惑ったが、そういえばロッコも言っていた。ニンフィアの体臭も異性にとってすごく魅力的で、ライズは特に気に入られているみたいだから、女性にとってはそうなのかもしれない。自分で自分の匂いはわからないから、不思議な気分だけど。
「ソファと床が大変なことになってしまったわね。後は私が片付けておくからライズ君は先に帰りなさい」
「え、でも……」
「いいから。こういうことは先輩に甘えなさい。それと、今日私がライズ君に迫ったって……誰にも言わないでよ」
「お互いさま、ですね……わかりました」
 毎日活動している生徒会室でお漏らししたなんて吹聴して回られたら、学園生活が送れなくなる。
 だんだん恥ずかしくなってきて、キャミィ先輩と目を合わせづらい。流されてしまったことを後悔しながら、教室を後にした。

         ◇

「今日は早かったね」
「ロッコさん……もしかしてずっと待ってたの?」
 高等部に上がって別のクラスになってしまったけれど、今も関係は変わらない。ライズが風紀委員になるのを見越して生徒会役員に立候補までしていた。結果的には落選してしまったが。
「ライズを守るのが私の役目だから」
「あはは……」
 キャミィ先輩が口にしていたけれど、ファンクラブでも目をつけられているらしい。ライズを守るというより、これではロッコの身の方が心配だ。
「迷惑?」
「や。僕は嬉しいんだけど……ロッコさんが大丈夫なのかなって」
「わたしは……ん。ライズ、キャミィ先輩と何かあった?」
「え」
 言葉を途中で切って、いきなりとんでもない質問を飛ばしてきた。生徒会室から校舎を出るまでの間に心を落ち着けて、いつも通りに振る舞っているはずなのに。女の勘というやつか。
「匂いがいつもと違う……」
 ロッコが側に屈み込んで顔を近づけてきた。
「あのときと同じ」
 そうしていきなり、股の下を触られた。
「ひゃぁっ!? な、何するのっ!」
 キャミィ先輩と抱き合ったまま漏らしてしまったから、周りの毛がまだ濡れていた。
「ライズ、あのひととそういう関係に……?」
「ち、違うよ。あの、絶対に秘密って言われたんだけど……無理矢理迫られて……」
 言ってしまった。十分もしないうちに約束を破ってしまうなんて、我ながら口が軽すぎやしないか。
「それで、怖くておもらししちゃった? それとも、おもらししたら逃げられると思った?」
「や」
 適当にはぐらかそうとしたが、ロッコの目が真剣でそれを許してくれない。
「両方、かな……」
 普通は引かれるだろうし。好きでもない相手に抱きつかれて、本気で拒否しようと思ったらそんな手もあるかもしれない。
「それはだめ。ライズのおしっこ……いい匂い、だから……」
 ロッコは照れ臭そうに声を潜めて、こっちが恥ずかしくなるようなことを言う。ライズを他に取られたくない気持ちがあるのは確かだ。
「言われた……キャミィ先輩にも」
「女はみんなそうだと思う。だから逆効果」
 異性を惹きつける体臭は種族柄仕方ない。多くの男子には羨まれるかもしれないが、本当に好きな相手を振り向かせることができないライズにしてみれば面倒なだけだ。
「男の子には……効かないのかな」
「ライズ……」
 ルームメイトだった頃にも、一度だっていい匂いがするなんて言われたことはなかった。記憶に残るキャスの匂いはライズにとって心地の良いものだったのに。でも、変に思われるからと本人にわざわざ言ったことはない。もしかしたら、キャスも――
 なんて、ただの願望。
 忘れるんじゃなかったのか。僕は卒業したら結婚も決まっている身だ。キャスがあんなに幸せそうなのに、僕が望んでどうする。キャスを好きだから、キャスには幸せであってほしい。
「ふふ。女の子も悪くないなって、最近は思えるようになったから、大丈夫。ロッコさんのお陰でね」
 女性が相手でも、体の欲求だけは満たされる。キャスを好きだと気づいていなかったら、ただ欲のために生きる道だってあったのだ。多くの男子と何が違うというのか。
「そう。わたしも女だから嬉しい。けど、ライズが好きになるのはわたしじゃなくてもいい。ライズの幸せが大事だから」
 ロッコには婚約者のことはまだ言っていない。でも、セルネーゼさんとなら幸せになれるのだろうか。子供の頃の憧れは、恋心だったのだろうか。今のライズにはわからない。

回り回る欲望の中で 


 ライズも体は正常な男子だ。ロッコやキャミィ先輩との体験を通じて女性をその対象として認識しつつあった。愛と欲は別物として。愛せなくても、欲が満たされるなら。
 ライズのそんな心境の変化をよそに、キャミィ先輩のセクハラは日に日にエスカレートしてゆき、ついには個室まで連れ込まれた。
「風紀委員長の部屋は気に入った? ライズ君も来年か、その次の年にはここに住むことになるかもしれないわね」
「はあ……僕が委員長、ですか」
「仕事を覚えるのも早くて優秀だし、こんなに綺麗なんだもの。間違いないわ」
 先輩はライズをべた褒めしながら、脇腹にざらつく舌を這わせてきた。
「ベッドの寝心地も確かめてみる?」
「や、それは実際に住むときまで……」
「遠慮しないの。先輩の好意は素直に受け取りなさい」
 先にベッドに入って布団をめくりながら、寝心地だなんて。明らかにライズを誘っているし、断ることもできない。
「ほら。来なさい? ライズ君はキスされたら漏らしちゃうって学園中に言いふらしてもいいの?」
「……わかりました」
 実際のところ、彼女も欲望の解消には役に立ってくれている。
「よろしい」
 恐る恐るベッドに入ると、ぎゅっと抱きしめられて、首筋を舐められた。ロッコが男の子を演じてライズを襲ったときを思い出した。キャミィ先輩みたいに、強引なひとは雌雄にかかわらずいる。予測できていたことなので驚かずライズも応え、先輩の体に四肢を絡めた。
「あら。今日は素直ね。ん、ちゅ……」
 そのままキスをされて、口の中に舌が入ってきた。貪るような彼女のキスはあまり心地良くはないが、それでも体の力を抜いて身を任せていると、口の中から首筋へ、それから背中へと爆発するみたいな快感の波が襲ってきて、頭が真っ白になる。
「は、んぁ……ふ」
「んん……は、ふぅ……ベッドの中でおもらししちゃ、ダメよ?」
「……し、しませんよぉ……」
「絶対よ? いくらライズ君でも、さすがにベッドの中でされたら怒るからね?」
 そんなことを言われても、ベッドの中であれこれと弄られたら、我慢する自信がない。ロッコとの夜も、我慢しない方が気持ちいいよって言われたし、実際その通りだった。ライズの弱みを握っていいようにしているキャミィ先輩をちょっと困らせたい気持ちもあった。
「お、お手柔らかに……お願いします……」
「私も経験豊富ってわけじゃないのよ……練習はしたけど」
「先輩、初めて……なんですか……?」
「そうよ、悪い? ライズ君だってそうでしょ? キスだけでおもらしするなんて耐性がなさすぎるもの」
 実はロッコと関係を持ったことがあるなんて、キャミィ先輩は夢にも思っていないみたいだ。しかし彼女の言っていることはごもっともで、ちょっとキスしたり触れ合っただけでお漏らししてしまうくらいに弱いのは、なんとかしないといけない。将来結婚したときに、セルネーゼさんとうまくやっていくためにも。
「……ライズ君」
「先輩……っ?」
「もうだめ……可愛すぎる! 我慢できない!」
 ベッドの中で四肢を絡めて抱き合い、間近でお互いの顔を見ていた。こんなシチュエーションで不慣れな彼女に冷静さを保てという方が無理な話だ。
 ぎゅっと抱きしめられて、首筋や頬を舐められ、後足で脇腹を何度も撫でられた。彼女の胸に並ぶ複乳が押しつけられ、なんとも言えない柔らかさが伝わってくる。
「せ、先輩……ぁ、やんっ……」
「いい匂い……ライズ君っ……ライズ君……ああ、ライズ君がわたしのものに……」
 キャミィ先輩の暴走は止まる様子がない。めちゃくちゃに撫で回されて舐められて、無理やり犯されているに等しい。
 気持ちよくなんてなれないし、もう我慢する練習なんてやめた。先輩を困らせてやろうと思っていたのだし。
「せ、せんぱぁい……はぁん……ぁっ」
「ライズ君っ……好き……ぁあ……って、ちょっと!?」
 思いっきり甘えた声を出して油断させて、下半身の力を抜いた。
「あっ、あ……だめって言ったじゃない!」
 キャミイ先輩は我に返ってライズごとベッドの外に出ようとしたが、今度はこっちがしっかりと捕まえて離さない。
「ふぁ、ぁあ……離れたくないのぉ……」
 一度出してしまうともう止まらない。二匹の体の間から、しゃぁぁぁ、と勢いのある音が漏れている。
「まって、こら……ライズ君っ……」
 ロッコは逆効果だって言ってたけど、さすがに部屋の中でおしっこをされるのはキャミィ先輩も困るはずだ。わざわざベッドの中でしちゃダメなんて言われたら、そこでしろと言っているようなものではないか。
「あぁぁ、もう……」
「にゃ……ぁ、ふ……ご、ごめん、なさい……僕、また……」
 はぁぁ、と深い溜息をついて、キャミィ先輩は子供を叱るような目を向けてきた。
「ライズ君? ベッドの中では絶対しちゃダメって、さっき言ったわよね?」
「は、はい……本当にごめんなさい……我慢、できなくて……」
「……こうなったら、何かお詫びをしてもらわなくちゃね? ライズ君。正式に私の彼氏になってもらうわよ。皆にも公表するから」
「っ……それは」
 さすがに想定外だった。
 彼女は何でも都合よく解釈するひとだと思っていた。そうではなく、気づいていたのだ。ライズが彼女に対して気持ちがないことくらいは。その上で無理矢理体の関係を持とうとしていたのか。
「困る? 困っちゃう? でも、私も今すごく困ってるのよね」
「で、でも先輩、ファンクラブのひとたちに何て言われるか……だから、その」
 まずい。完全にキャミィ先輩のペースだ。わかってるのに、正当性を主張する勇気が出ない。
「周りのひとには……黙っていてもらえると……」
「私のベッドの中でおもらししておいて、わがままね。でも、いいわよ。ライズ君がちゃんと私の恋人になってくれるなら、それで手を打ってあげる」
 かくして、婚約者のこともロッコのことも黙ったまま。
 風紀委員長のキャミィ先輩と、お付き合いをすることになってしまったのだった。

世代交代の邂逅 


 それからニヶ月。キャミィ先輩とは一緒にご飯を食べたり、ときどき個室に誘われて愛のない欲望に乱れたり、見た目は仲の良い恋人同士、体面上は風紀委員の先輩後輩ということで、しばらくは何事もなく、ただ時間だけが過ぎていった。
 ある意味隔離された世界であるセーラリュートという学園では、街で起こっている事件なんてどこか遠い国の物語のようで。
 しかしそんなセーラリュートの中にまで波及する、国を、世界を揺るがす出来事があった。
 海の神ルギアの復活。近海の海底神殿に封印されていたルギアが、破壊神として世界に復讐するべく復活したのだという。ルギアはベール半島では信仰の対象だったし、ジルベールの貴族であるクレスターニ家でも昔から海の神としてルギアを崇めていたから、ライズにとっても衝撃的だった。
 ルギアを止めるため三神鳥まで降臨して住宅街で大立ち回りを展開し、黒塔周辺に避難住民が溢れ、その受け入れ先としてセーラリュートが選ばれた。
 最終的には一匹の騎士とその仲間が死闘の末にルギアを倒したのだという。
 そんなこんなで、一時的な避難所になったセーラリュートが多くの市民に身近な存在となった。
 そこからさらに一ヶ月後。
 学園祭には例年よりも多くの客が訪れ、ランナベールの復興を象徴するかのように盛況だった。
「どうしてメイドカフェなのに僕が……」
 一年一組の教室は装飾が施され、ヘッドドレスやフリルの衣装に身を包んだ華やかな牝のポケモンが接客を行うというコンセプトのカフェと化していた。それなのに何故かライズまで狩り出されることになったのは、クラスの女子生徒の強い推薦、というか半ば強制的に決定されたことで。
「ライズ様似合ってるからいいじゃん! カフェの雰囲気にもぴったりだし、私なんかよりずっと可愛いしさ!」
 高等部でも同じクラスになったヒヤッキーのヤンレンが、親指を立ててウィンクする。
 彼女とは中等部の頃に色々あったけれど、今では友達として良い関係を保っている。過去の出来事にはめっぽう触れないところを見ると、さすがの彼女も高等部に上がって少し大人になったということだろうか。いわゆる黒歴史として葬り去りたいのかもしれない。ライズにとっても思い出したくはない出来事だが。
「そろそろ開場の時間だよ。さ、ライズ様は中に入って、女の子のふりしてて!」
 これでもヤンレンはライズの秘めた心を知る数少ない友人の一匹だ。ロッコみたいに本気で応援してくれてはいなくても、ライズに偏見の目は向けなかった。良くも悪くも純粋に、ライズの"ファン"でいてくれる。
「わかったよ……ヤンレンさんのおかげでちょっとはやる気出てきたかな」
 少なくともキャミィ先輩と過ごす時間よりはずっと心地いい。
 こんなことになるならいっそのこと、ロッコやヤンレンと付き合っていた方が良かったかもしれない。ロッコとはもう友達では済まないような関係になってしまったわけだし。
 ――なんて、嘘。忘れられるはずもないのに。
 ああ、もしキャスがカフェに来たらどうしよう。こんな姿をキャスに見られるのは嫌だな。

         ◇

 懸念は杞憂に終わった。キャスは来なかった。もうライズのことを忘れてしまったのか、ただクラスの出し物が忙しかっただけなのか。どちらにしても、見られなくて良かった、と思う。
「あ、風紀委員長さん!」
 当然のように、キャミィ先輩はやってきたけれど。
「ライズ君がメイドをやってるって聞いて見に来たんだけど、いる?」
 廊下の外でヤンレンと会話しているのが聞こえる。
「もう噂になってるんですか?」
「それはもう。ライズ君ったら私に一言も言わないんだから……入るわよ」
「一名様ごあんなーい!」
 キャミィ先輩は入店もそこそこにライズに歩み寄ってきて、全身を舐めるように見られ、頭を撫でられた。
「ライズ君、やっぱり可愛いわぁ。それで、言ってくれるんでしょ? メイドカフェといえば」
 さすがにクラスメイトも驚いていたが、風紀委員長キャミィ自身もファンクラブがあるほどの人気者だし、誰も咎める者はいない。
「お、お帰りなさいませ、キャミィお嬢様……」
「もう、恥ずかしがっちゃって。でもいいわね、ライズ君のそういう姿も」
 意味深な発言でクラスメイトに彼女との関係が発覚しないだろうか。
「ライズ様、風紀委員長の接客は任せたわ」
 そんな不安をよそに、隣にいたブルンゲルのカーリーが耳元で囁いた。言われなくても、女子に目もくれないキャミィの接客を他に任せたりなんかしたら後で何をされるかわからない。
「ご案内いたします」
「ふふ。来た甲斐があったわ……」
 席についたキャミィはケーキと紅茶のセットを注文した。一度席を離れ、衝立(ついたて)の後ろに作った簡易キッチンで準備をしている間も、ずっと彼女の視線を感じる。
「随分とライズ様にお熱なのね、風紀委員長さん……嫌だったら嫌って言っていいのよ?」
 カーリーに心配されたが、無理矢理キスをされて、部屋に連れ込まれて、挙句弱みを握られて交際することになってしまったなんて。事実を公表するわけにもいかない。
 仮にも風紀委員長なのだからそこまで非常識な女性ではない、と適当にはぐらかしたが、ライズがワゴンに乗せてケーキと紅茶を運んでゆくと、キャミィはまた無茶な要求をしてきた。
「お待たせしました、お嬢様」
「ありがと。ケーキ、食べさせてくれたりするのかしら?」
「えっ……と、それは……」
 クラスメイトの視線が気まずい。というか、彼女はライズが困らせて楽しんでいるようにも見える。
「……そういうことは二匹きりのときにしませんか?」
 耳元に近づいて、周りに聞こえないように囁いた。
「仕方ないわね。今は許しておいてあげるわよ」
 どうして許されなければならないのか。非があるのは僕じゃないのに。
「冗談よ、冗談! ライズ君にそんなことさせるわけないじゃない」
 キャミィの一言で、どうにか皆の不審感を拭うことはできたみたいだ。
 でも、この息苦しさは何なのだろう。キャミィ先輩の存在があるだけで、クラスメイト達との会話まで楽しくなくなってしまう。あんなことになってしまって、仕方ないと思っていたけど、この人とは一緒にいたくない。そんな自分の気持ちに気づいてしまった。
 しばらくしてキャミィ先輩が退店したあと、入れ替わりにロッコがやってきたときは、ほっとした。素直に嬉しかった。
 ロッコは紅茶一杯で長時間居座って、客が混んでくるとさすがに席を空けて会計を済ませたが、一組の教室から離れようとしない。
「ライズ、体触られたり、変なことされてない?」
 でも、迷惑にも思える彼女の態度は嫌じゃない。彼女がいると安心感があって、心地良くて。
「だ、大丈夫だよ……そういうの禁止って、ちゃんと書いてあるし」
 キャミィ先輩が帰った後で良かった。ロッコがいたら、感づかれていただろう。
 そのとき、教室の外が騒がしくなった。
 並んでいた客の列が乱れて、女子生徒の中には黄色い声を上げる者までいた。
 何が起こったのかわからない。廊下に出て様子を見てみることにした。
「騒がしいみたいだけどどうしたの?」
 そこにいたのは、綺麗な琥珀色の目をしたエーフィと、(たてがみ)を長く伸ばしたエネコロロだった。エーフィは一見すると性別不明、でも、美しさの奥に滲み出る凛々しさから、男のひとだということはわかる。エネコロロの方はこれまた美人なのだが、なんというか、物語の中のお姫様みたいで、近づき難い雰囲気をまとっている。
「あのシオン様が来るなんて……!」
「ほほほ、私は中等部の頃にお話したこともあるのよ!」
「どうせ挨拶程度でしょーが」
 喧騒から拾った会話によると、彼の名はシオン。ライズは中等部二年からの編入生だから会うのは初めてだが、名前だけは聞いたことがある。三代前に絶大な人気を誇った風紀委員長として有名で、最も人気のある美しい生徒が風紀委員長になる、という風習の発端になったとも聞く。
「わお。キミが噂の……!」
 目立つ二匹に気を取られていたら、彼らの後ろにいたミミロップの女性がいきなり接近してきた。動作はゆっくりだったのに、何故か反応できなくて――
「お触りは禁止。大人なんだからちゃんとルールは読んで?」
 ――身の危険を感じたとき、ロッコが間に割って入った。
「わかったよ……怖い彼女さんだねえ」
「わ、わたしとライズはそんな関係じゃ……」
 ミミロップは反省の色も見せず、ロッコをからかっている。
 しかしロッコは本当に怒っていたみたいだし、それに全く気圧されないあたり只者じゃないと思う。
「ほんと姉さんよりたちの悪い……申し訳ありません、ニンフィアさん」
 ミミロップの尻尾を引っ張って下がらせたキルリアの少女がライズに謝った。キルリアにしては体格が大きいし、落ち着いた言動からは少女らしさは感じない。
 少女、ではないのかもしれない。稀にある進化障害だろうか。
「いえ……気にしないでください」
 彼女を見ていると、ふと、キャスが可愛かったあの頃のまま大人になっていたら、なんて想像してしまう。
「ロッコってばいつまでここにいるの?」
「わたしはライズをこういう不貞の輩から守るためにいる」
「それは私たちに任せてくれればいいの!」
「今、わたしがいなければ守れていなかった」
「私だって止めようとしてたもん! ロッコが飛び出してきたから――」
 ヤンレンとロッコが口論を始めたのに辟易して苦笑いしていると、シオンが話しかけてきた。
「ライズくん……でいいかな。なんだかきみ、すごく僕と似てる気がする」
 男とも女ともつかない、不思議な声をしていた。澄んだテノールのような、深みのあるアルトのような。
「シオンさんに似ているだなんて言われて、光栄ですけど……学園の伝説に残る貴方と比べたら、僕なんて」
 僕がシオンに似ている? まさか。彼はきっと僕なんかよりずっと強い。自分の言いたいことも言えず、一時の感情に流されるような僕とは比べるべくもない。
「またまた。僕よりもずっと女の子に人気があるみたいじゃない? 品行方正、成績優秀、容姿端麗、絵に描いたような優等生だよね。でも、きっと大きな悩みを抱えてる。だからみんな、きみに不思議な魅力を感じてるんだと思う」
 しかし次の言葉は、まるで全てを見透かしたみたいで。
「でも、今を精一杯楽しむことも忘れちゃダメだよ。僕は当時のクラスメイトのおかげで気づくことができた。今の幸せに繋げることができた。だから、そんな斜に構えていないでさ。もっと素直に泣いて笑って、青春を謳歌しなよ?」
 一体彼はライズの何を知っているというのか。
 もしかすると学生時代のシオンもまた、華やかな伝説の影で、ライズのように自己嫌悪に陥って悩んでいたのかもしれない。
「……不思議な方ですね。初対面なのにまるで僕のことを昔から知っているみたいに」
「当たってた? 昔の自分を見てるみたいだったから、つい勝手なこと言っちゃったけど」
 昔の自分を。
 やっぱり、そうなんだ。
 それが今はこんなに強くて明るくて、自信に満ち溢れていて。
 僕もシオンみたいな大人になれるだろうか。僕には無理かもしれないけど、彼のようになりたい。
「僕も……おこがましいかもしれませんが、未来の自分をあなたに重ねて……僕もあなたのようになりたいと、思ってしまいました」
 本当に僕とシオンが似ているなら、なれるかもしれない。
 自分の気持ちに正直に。
 素直になることができれば。

勇気を出さなきゃ 


 キャミィ先輩との交際が始まってから三ヶ月。決心がついた。このままじゃいけない。せめて自分の気持ちには正直になろう。シオンにも言われた。素直になれって。
 学園祭の反省会が終わったあと、キャミィとライズは皆が帰るまで生徒会室に残っていた。二匹が最後に残るのは、もはや恒例となっていた。生徒会メンバーのほとんどは二匹の関係に気づいていて、配慮している風でもあった。
「貴方が望むと望まずとに関わらず、公認のカップルになっちゃったわね」
 嬉しそうに笑っているけれど、このひとの笑顔はざらついている。好きになろうと努力したけど、やっぱりダメだった。自分に嘘をつけるはずはなかったのだ。
「キャミィ先輩。もうやめにしましょう」
「……は?」
「僕がいくら口先であなたを好きだと言っても、僕の中に気持ちがないことには変わりがないじゃないですか。先輩はそんな僕と付き合っていて、本当に楽しいですか?」
 突然のことに混乱しながらも、キャミィ先輩はキャミィ先輩だった。
 強引に首に前足を回してきて、ライズの耳元で囁いた。
「いいのよ、皆にバラしても。君が見せてくれた恥ずかしいところも、生徒会室でお漏らししたことも、全部」
「……もう勝手にしてください!」
 また恐怖に負けそうになったが、勇気を出して、彼女をはね退けた。
「僕には好きな人がいます……中等部の頃から、ずっと、片想いの相手ですけど……でも、これ以上あなたと体だけの関係を続けていたら、僕は……その気持ちにさえ、素直に向き合えなくなりそうで」
 込み上げてくる涙を抑えられない。キャス。疎遠になる一方で、最近は話もしていない。エルレイドに進化したきみは随分と男らしくなって、それでも遠目に見たとき、やっぱり綺麗だった。欲望と恐怖に負けて流されるような僕とは違う、いつまでも純粋な心は、僕の中でずっと眩しく輝いている。
「だから何よ。貴方に拒否権なんてないのよ」
 キャミィが前足から尖った爪を突き出させた。ギラリと光る殺意に、怖がってはいけないとわかっているのに、身がすくんだ。
 いくら飛び級で上の学年の戦闘訓練を受けているとは言っても、さすがに本当の三年生には及ばない。タイプ相性の差もないし、彼女は曲がりなりにも風紀委員長に選ばれるほどの優等生だ。力でねじ伏せられたら勝てっこない。
「貴方は一度私の物になったんだから。絶対に離さないわ」
 爪を首に突きつけられて、言葉が出せなくなる。
 キャミィはそのままライズの脇腹に舌を這わせてきた。
「こんなに綺麗でいい匂いで……麻薬みたい。もうライズ君がいないと生きていけないわ」
「そ――」
 ここで勇気を出さなきゃ。このまま彼女の奴隷でいるわけにはいかないんだ。
「――それなら、僕を殺せませんよね? あなたの大好きな僕の体を、その爪で傷つけられるんですか?」
「……生意気言ってると、本当に切り裂くわよ?」
 怖い。突き付けられた爪が、暴力的な彼女の感情が。
 でも、僕だって素直になりたい。シオンに言われたように、自分の気持ちに正直になりたい。後悔はしたくない。
「やれるものなら――」
「ライズ!」
 そのとき、生徒会室の窓ガラスを破って、廊下から飛び込んできた影があった。
「ぎゃっ――!」
 キャミィは跳び蹴りを食らって、ソファから転げ落ち、勢いのまま本棚に激突した。
「あんまり遅いから様子を見に来たら……ライズ、怪我はない?」
「……ロッコさん」
 恐怖と緊張から解放されたところへ彼女の毛足の長い前足で包み込まれて、その温かさに泣きそうになった。
「怖かった……怖かったよぉ……」
「ラ、ライズ……っ!?」
 衝動を抑えられず、ロッコに抱きついてしまった。格好がつかないけど、今はただ縋るものがほしかった。
「痛いじゃないの……! って貴女、私のライズに何をしているの?」
「わたしは何も……ライズが、勝手に抱きついてきた……」
「くっ……噂には聞いていたけど、貴女がライズの親友を自称しているロッコね。随分といいご身分じゃない?」
「最近ライズの様子がおかしいとは思っていた。今、おまえのせいだと確信した」
 身を低くして構えたロッコの目は、怒りに燃えていた。今までに見たことがないくらい。
「ライズはわたしが守る」
「ま、待ちなさいよ。私は風紀委員長よ? 校内での技の使用は禁止……さっきの跳び蹴りは見逃してあげるから、やめておきましょう?」
 強気に出ていたキャミィも一転、この気迫には押されていた。ロッコは錬成部の学生にも引けを取らないくらいの実力があるし、ペルシアンとコジョンドでは、相性の上でも不利だ。喧嘩を挑んで勝てる相手ではないと悟ったのだろう。
「……ライズ、どうする」
 いつもとまるで違うドスの利いた低い声だった。それでも理性はどうにか保っていて、ちゃんとライズの意思を確かめてくれる余裕はあった。
「わたしはあの女が許せない。でも、ライズが望まないなら不用意に傷つけることはしない」
「先輩は僕を風紀委員に誘ってくれて、いろいろ教えてくれて……感謝は、してるんだ。だから……」
「そう」
 ロッコは構えを解いてキャミィを睨みつけた。
「わたしはおまえを絶対に許さない。でもライズがこう言っているから。感謝して」
「……わかったわよ。ライズ君とは別れてあげる。どうせ、貴女も彼が欲しいんでしょう?」
 ロッコは否定しなかった。無言でキャミィに背を向けて、頭を撫でてくれた。
「話はいつでも聞くから。ひとりで抱えていないで、わたしを頼って。友達でしょ?」
「ロッコさん……っ」
 もう抑えられなかった。ライズはロッコの胸に飛び込んだ。甘えちゃいけないのに、彼女を苦しめるだけなのに、溢れる涙を止められなかった。彼女に対して友情以上の感情を抱けないことがこれほど申し訳ないと思ったことはなかった。
 でも、自分の気持ちに正直になろうって決心したんだ。
 過去の関係が壊れることになったって構わない。ロッコに比べればほんのちっぽけな勇気じゃないか。
 ちゃんとキャスに告白しよう。この気持ち、受け取ってもらえないとわかっていても。

言えない気持ちを抱いて 


 翌日、昼休みにキャスのいる三組の教室を訪れると、教室前でワタッコのセリリと鉢合わせた。
「あ、セリリさん」
「ライズ君じゃない。最近キャスが寂しがってるよ?」
 セリリは悪戯っぽい微笑みをライズに向けた。
「ずっと話もしてないでしょ。何かあるとライズ君の名前ばっかり口にして……あたしよりライズ君の方が好きなのかなって、妬けちゃうくらい」
「あはは、まさか……」
「なんて、冗談だよ」
 セリリはライズが本当にそれを望んでいるなんて、夢にも思っていないだろう。ライズの心を知るのはロッコとヤンレンとミツ、それから学園を去ってしまったマチルダ先生だけ。
「お待たせ、セリリ……って、ライズ? 珍しいね」
 話しているうちに、キャスが教室から出てきた。エルレイドに進化した今も流線型の細身の体がどことなく中性的に感じられる。キルリアだった頃にまるで少女のような少年だと言われていた面影が残っていた。
「えっと……その」
 本人を前にすると緊張してうまく話せない。昔は大人しいキャスの方が遠慮がちだったのに、いつからか立場が逆転してしまった。
「あれ、もしかしてボクに用事だったりする?」
「そ、そう。久しぶりにお昼でも一緒に……って思ったんだけど、キャスにはセリリさんがいるんだよね……忘れてた……」
「何言ってるの。三人で一緒に食べればいいじゃない。ね、セリリ。いいでしょ?」
「やっぱり、キャスはあたしよりライズ君が好きなんだ」
 冗談だとわかりきった言葉にさえどきりとして、キャスの表情を伺ってしまう。
「ライズが困ってるから、からかうのはやめてあげてよ」
「ちぇっ。ライズ君には負けるな……」
 そんなやり取りもそこそこに、三匹でカフェテリアへ。
 カフェテリアへ向かう途中の会話は、最近どうしてるとか、学園祭は自分のクラスの出し物が忙しくて見に行けなかったとか、当たり障りのない雑談ばかりだった。
 食堂の席について、いつ話を切り出そうかと悩んでいると、セリリが恋の話題を持ちだした。
「ところでライズ君、あれからロッコさんとどうなの? 付き合ってるんでしょ?」
「や。どうっていうか、僕とロッコさんは付き合ってないよ?」
「嘘!? あれだけいつも一緒にいるのに?」
 ロッコはライズにとって親友だけど、ロッコにとってのライズは好意の対象なわけで。皆にそう見えているのも無理はない。
「うーん。変だと思ってたんだよね。ボクの目から見てもロッコさんがライズにゾッコンなのはわかりやすいけど、ライズはそうでもなさそうだなって」
 しかし、ルームメイトとして長く過ごしたキャスは、今でもライズのことをわかってくれている。
「ライズ、昔から女の子に興味なかったもんね」
「へー。ライズ君、奥手なんだ……キャスもそうだったよね?」
「ボク、虐められてたから……女の人って怖くて」
「ごめん。あたしもその一匹なのよね」
「そのことはもう忘れていいって、何度も言ってるじゃない」
 セリリを気遣うキャスのまなざしには、深い愛情を感じた。
 この二匹の間に入るなんてできない。キャスの幸せを壊したくない。
 キャスにとってはライズの気持ちを知らないままの方が、幸せなんじゃないだろうか。
 頭のなかでこれまで何度もループした思考が浮かんで、足を止めてしまう。
 ダメだ。自分に素直にならなきゃ。
 僕の知っているキャスは、それくらいで変わったりしない。
 セリリとはこれまで通り上手くやってゆくだろう。
 だから。
「あ、あのさ。実はキャスに大事な話があって……」
 言い出してしまった。もう、あとには引けない。
「……今日の放課後、二匹で話がしたいんだ」
「うん、わかった。セリリ、今日は先に帰ってて」
「男の子同士の秘密のお話? ってことなら、仕方ないかなぁ。いいよ。今日はライズ君にあたしのキャスを貸してあげる」
 キャスは何も聞かずに了承してくれた。
 それだけライズを信用してくれている。
 ライズが気持ちを伝えたら、驚くかもしれない。
 友達でいられなくなって、今度こそ二度と、話すこともなくなるかもしれない。
 それでも、抱えたまま後悔したくないから。

想いのままに 


 午後の授業は全く頭に入ってこなかった。実技演習がなかったのは幸いだった。戦闘訓練中にキャスのことばかり考えていたら怪我をしていたかもしれない。
 日の傾いた放課後、訓練場の倉庫付近には誰もいない。ここに来ると嫌な記憶が蘇るが、誰にも見られない場所というと、あのときヤンレンに教えてもらったここしか思いつかなかった。
 待っていたのは十分か、二十分か。きっとそのくらいの時間だったけれど、一時間にも二時間にも感じた。
「ごめん、六限目の授業が遅くなっちゃって……」
 肩掛け鞄を下げたキャスが、小走りにやってくる。斜陽に浮かび上がるエルレイドの姿に、思わず見惚れてしまう。
「いいよ……僕もそんなに待ってないし」
 この時がついに来てしまった。
 二匹の距離をこれ以上離したくないからって、ずっと逃げ続けてきた。
 そんな臆病者の自分に、別れを告げるとき。
「ライズ。大事な話って、何?」
 キャスはあの頃のままの、無邪気な少年の目をライズに向けた。
 ライズはごくりと唾を飲み込んだ。心臓の鼓動が高鳴って、まるで耳元で鳴っているみたいだ。風の音も、遠くから聞こえる学生達の声も、何も聞こえなくなる。
「あのね、僕……」
「うん」
「ずっと前から、きみと……ルームメイトだった頃から……」
 キャスは優しい微笑みを浮かべたまま、倉庫の壁にもたれかかってライズの言葉を待っている。
「……キャス。僕は、きみのことが好きなんだ」
 言ってしまった。
 キャスの反応を伺う前から、胸の中心に鉛が落ち込んできた。
 自分の声が何度も頭の中で反響して、時が止まったかのような錯覚に陥る。
「気のせいじゃ、なかったんだ」
 キャスは目を閉じて、胸の角に手を当てている。彼の声が、ライズの五感を現実に引き戻した。
「知ってた……の? 僕の気持ち……」
「なんとなく、だけどね。ボクも人並みに恋をして、そういうことにも少しは敏感になった。おまけに感情を受信できるもんだから、ライズの感情は恋なのかもしれない……少し前からそう思ってたんだ」
 キャスは膝を折って、ライズに視線を合わせた。
「ボクがセリリといい感じになってからライズが変になっちゃったのって、セリリに嫉妬してたんだよね。寮の部屋を出て行くって聞いたときは、びっくりしたけど」
「……そのときなんだ。僕が自分の気持ちに気づいたのは。だから、もう一緒にいられないって思って」
 一度伝えてしまうと、そこからは溢れる想いを止められなかった。
「同じ部屋で一緒にいたら、募る想いを抑えられなくなりそうで……でも、会わなきゃ寂しくなるばかりで……いつもキャスのことばかり考えてた。ずっとずっと。男同士なのにさ。気持ち悪い……よね。こんなの」
「そんなこと、ないよ」
 僕は卑怯者だ。キャスに否定してほしかったがための自虐なんて。
 キャスの答えを聞くのが怖かったから。
「ライズに依存してて、女の子に嫉妬されて虐められてた……そんなボクが、ライズを気持ち悪いだなんて言えるわけないじゃない」
「きみがあの頃のままいてくれたらって、何度願ったことかわからない。僕はきみに笑ってほしくて、二度と虐められることのないようにって、他の女の子たちとも仲良くして……でも、その間にきみは僕から離れてしまった。きみにとって僕は必要な存在だったのに、僕がいなくても生きていけるようになった。本当の恋を知ったきみの中にはもう、僕の居場所なんてない。聞かなくても、わかってる。一方通行の想いなんだって」
 キャスは何も答えない。
「それでも伝えなきゃ、前に進めないから……このまま一生後悔したくなかったから。自分勝手な告白でごめん。こんな僕を、もしも許してくれるなら……明日から、前みたいにさ。僕と友達でいてくれないかな?」
 沈黙が気まずくて、早口でまくし立ててしまった。キャスの心がわからない。全く読めなくて、怖い。
「ライズ……ありがとう」
「ふぇ……ぇっ?」
 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
 硬質の肌触りなのに温かい、不思議な感覚。
 ――キャスに抱きしめられていた。
「ライズはボクにとって、今でも憧れの存在なんだ。そんなライズがボクを好きだって言ってくれて、嬉しい。あの頃のボクだったら、きっとライズの気持ちに応えていたと思う」
 ライズを抱いたままのキャスの顔は見えない。
「本当に、ごめんね。ライズ。勇気を出して告白してくれたのに……今のボクにはもう、大切なひとがいる。だからライズとは友達でしかいられない。でも、嬉しい気持ちは嘘じゃないよ。ライズを嫌いになったりとか、気持ち悪いとか思ったりなんてしない。ライズがボクの憧れだってことはこの先ずっとずっと変わらない。ボクの方こそ……いや。お願いしなきゃいけないのはボクの方だ。ライズの望むものを返してあげられないボクが、ライズの友達でいてもいいなら、友達でいさせてほしい」
 ロッコの気持ちが痛いほどわかる。
 叶わない恋と知ってなお側にいることは辛いかもしれない。
 それでも側にいたい。会えないよりはずっといい。友達以上になれなくたっていい。
 キャスが僕の気持ちを知った上で、受け入れてくれるなら。
「ぅぁ……キャスぅ……ひぐっ……ふぇ、ぇ……」
 お礼を言いたかったのに、言葉にならなかった。
 キャスの体を抱き返して、感情のままに、想うままに思いっきり泣いた。
 もう何も、隠すことなんてないんだ。
 あの頃は、弱々しかったキャスをライズが支える側だった。だから今だけは、いいよね。
 キャスはもう、僕の弱さを知っている。いまさら強がったって仕方ない。
 ああ。自分の弱さが嫌になる。
 ロッコにも甘えてばかりで、今度はキャスの優しさに抱かれて泣いて。
 何が優等生だ。何が学園のアイドルだ。
 僕はこんなにもちっぽけで、皆に助けられてばかりの、頼りない少年に過ぎない。
 強くならなきゃ。
 シオンさんみたいに。
 今までの僕は、自分の弱さから目を背け続けて、強がっていただけ。
 ありのままの自分の姿と向き合ったこの瞬間から、ようやく前に進むことができる。
 悩み続けた全てを、燻り続けた想いを、儚く散った恋の花を、いつか自分の糧として。

三角四角 


「ロッコさん、おはよ!」
「ライズ……?」
 翌朝、校門の前で待ち合わせたロッコに挨拶したら、目を丸くされた。
「どうかした?」
「ライズ、そんなに明るい男の子だっけ」
 もう自分を飾るのはやめようって決めたんだけど。
 さすがにいきなり変わったら不自然だったかな。
「今までも笑顔でいるようにしてたつもりなんだけど?」
「知ってる。でも、心の底から笑っていなかった。今は違う」
 こんなにあっさりと見抜かれるなんて。
 やっぱり、ロッコには勝てないな。
「昨日、キャスに告白したんだ」
「え。まさか……」
「や、キャスにはセリリさんがいるからね? 気持ちは受け取ってもらえなかったけど……でも、友達でいてくれるって」
「……本当にそれでいいの?」
 子供を心配する母親のような目だった。
「ロッコさんならわかってくれるでしょ?」
「ライズにわたしと同じ気持ちは味わってほしくない」
 自分は相手に恋愛感情を持っていて。
 相手は自分を友達としてしか見ていなくて。
 ロッコだって、どうにか折り合いをつけているだけで、苦しくないわけがないんだ。
「わたしは……春休み……に、満足させてもらったから……まだ……いいけど……」
 そうだった。
 目を逸らして頬を赤らめたロッコとは、一夜のこととはいえ友達以上の関係になったわけで。
「あはは……やっぱり、ロッコさんとちゃんと付き合う方が良かったかな……」
「ばっ……馬鹿、何を言い出すのっ……」
「や。キャミィ先輩と付き合ってた三ヶ月のことを思うと、ほんと僕って何やってんだろって」
「ライズを無理矢理に自分の物にして、三ヶ月も? 許せない。また腹が立ってきた」
「僕も流されちゃったところがあるから……火遊びに手を出してしまって、気がついたら炎が大きくなって手に負えなくなって……子供みたいだよね」
「ライズはお人好しすぎるだけ。ライズは悪くない」
 ロッコはライズの前に立ち止まって、強く訴えかけてきた。
 校舎のすぐそこまで来てこんなことをしていてはさすがに目立つ。登校中の生徒たちの視線が集まっているし。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……」
 わざとらしく周りを見回すと、ロッコも周囲の目に気づき、また歩き出した。
「……続きは昼休みに」

         ◇

 三、四限目の実技演習では、監督教師の指導の下、一対一での模擬戦闘訓練が行われた。
 模擬戦闘演習(上級)の配当は高等部三年生だが、ちらほら二年生の姿や、一年生のロッコ、ライズも受講している。
 この日はたまたま、戦闘訓練の相手がライズになった。中等部の頃には何度か手合わせしたこともあるが、高等部に上がってからは初めてだ。
「今度こそ勝たせてもらうよ!」
 ライズの体から溢れる波導が巻き起こす上昇気流に、リボンの触角が舞い上げられている。
 コジョンドのロッコにとっては相性の悪い相手だ。戦闘態勢に入って妖精(フェアリー)の波導を身に纏ったニンフィアには、ロッコの格闘(わざ)の威力も半減してしまう。その上、ニンフィアはこう見えて強力な攻撃力を持つ種族だ。ライズほどのレベルになれば、あらゆる攻撃が致命傷になり得る。
「始め!」
 監督官のルージュラ、バナヘーア先生の号令と共に、ライズが跳躍した。
 ライズの纏ったピンク色の光が、額の前に集まって強く輝きを増した。
 マジカルシャイン。広範囲に光を放つフェアリータイプの大技の一つだ。
 開幕から強気に大技をぶっ放していくというのも格上相手には悪くない選択だ。いつもは相手の動きをじっくりと見て的確に隙を突く、そんな性格のライズだからなおさら、ロッコも驚いた。
 ――が、まだまだ遅い。低くダッシュしてライズの下を駆け抜けて死角に入り込み、どうにか後足と尻尾に掠っただけで済んだ。
「速っ――!」
 背後を取られたライズは反撃を恐れ、着地してすぐに後ろに飛び下がった。
「はぁぁぁ……」
 下がるのは読んでいたが、敢えて手は出さない。
 体に纏った波導を、全身の筋肉に染み込ませるように高めていく。
「ビルドアップ……! させるかっ!」
 ロッコの狙いに気づいたライズが、イーブイ属お得意のスピードスターを放ってきた。
 他の進化系なら甘んじて受けても構わないが、ニンフィアはノーマルタイプの技に妖精(フェアリー)の波導を上乗せすることができる厄介な能力を持っている。星形の光弾の嵐は躱すことは困難だ。全てを見切り、打ち払うしかない。
 避けられる弾は避けながら、前足で、後足で、尻尾で、次々と光弾を打ち払う。かなりの集中力を求められるので長くは継続できないが、どうにかやり過ごすことができた。
 マジカルシャイン、スピードスターと立て続けに放った直後のライズが次の大技を準備するまでには時間が必要だ。ニンフィアには俊敏さはないので、無論当たらなければどうということはない。が、今が攻勢に出るチャンスであるのは間違いない。
「ライズ、覚悟」
 とはいっても真正面から突っ込んだりはしない。
 姿勢を低くしてライズへと踏み込んだ。ライズは距離を取りつつ軸をずらして、斜め右後方へ跳び下がる。
 ――見えた。
 ロッコは踏み込みの勢いを乗せたままライズに背を向け、バック宙した。飛行の波導の力を乗せて跳躍力を高め、下がったライズの更に背後、空中から襲い掛かる。
 ライズの背中が見えたとき、違和感があった。ロッコの予測していた位置よりも遠い。
 ライズが後方へ跳び下がった距離が短い――?
 ――残念、今回は僕の勝ちだね!
 そんなライズの心の声が聞こえた。
 アクロバットを外し、ライズのすぐ目の前で大きな着地隙を晒してしまう。
 リボンの触角がするりと巻き付いて、体が引き寄せられる。
 ライズの顔が、間近に――
「勝負あり!」
 その瞬間、二匹の体はサイコキネシスの青い光に包まれて、引き離された。
「ライズ君の勝ち、と。さすがのロッコさんもフェアリータイプが相手では辛そうね」
 バナヘーア先生がノートに記録をつけながら、ロッコにフォローの一言を掛けた。
「やったぁ!」
 ライズは無邪気に喜んでいるが、ロッコはまだ心臓がドキドキしていた。
「喜ぶのはいいけどね、ライズ君。最後のドレインキッスはちょっと甘いかもしれないわね。アクロバットを読んで絶妙に間合いを調整したところは素晴らしかったけど、並行して波導を高めていればムーンフォースで決められたんじゃないかしら?」
 ドレインキッス。相手の生命力を奪い取るれっきとしたフェアリータイプの技だが、ライズにキス系統の技を使われると技の威力以上に、精神的ダメージが大きい。
「それからロッコさん。アクロバットのジャンプが少し早かったわね。相手の動きをよく見ていれば外すことはなかったはずよ。慢心があったのではないかしら……って、聞いてる?」
「は、はい」
 先生に不審感を持たれてしまった。こんなことで動揺している場合じゃないのに。
 ライズ本人はロッコの胸の内などどこ吹く風といった様子で、まだ勝利の余韻に浸っている。
 今日の演習はロッコ達が最後だった。自分の試合を振り返るだけでなく他人の試合を見て学んだことも次に活かすように、とバナヘーア先生が講じているが、今日の試合内容なんて忘れてしまいそうだ。

         ◇

「で」
 昼休みはそのまま、ロッコを誘ってカフェテリアへ。
「朝の続きだけど……」
 ロッコは定番メニューのオムライスを、ライズはコーヒーとサンドウィッチを注文して、席についた。
「朝……? そんな話をしていた気もする、けど……」
 が、演習が終わってからロッコの様子がおかしい。ずっとライズから目をそらしているし、変に無口だし。
「ロッコさん? 体調でも悪いの? さっきの演習で何かあったなら、ちゃんと治療してもらわないと……」
「確かに、演習のことだけど。治療は……できない」
「へ?」
「ライズ。ドレインキッスって……あ、あんな風に抱き寄せてキスするもの?」
 何が言いたいのかわからない。ドレインキッスは相手にほぼ密着しないと使えない技だから、必然的にそうなる。でも、ロッコの表現だとまるで。
「……べつに他意はないよ」
「わかってる。わかってるけど……ライズにされたことないから……抱き寄せてキス、なんて」
「あ、あのさ。模擬戦闘訓練だからね? あんな近距離の間合いで咄嗟に攻撃する技があれしかなくて」
「まだドキドキしてる」
「そんなこと言われても……」
 中等部のときにも去年の春休みにも色々あったのだから、今更ドレインキッスくらいで変に意識されるなんて予想だにしていなかった。でも、言われてみるとロッコに自分から迫ったことなんて一度もなかった。
 しかしこれでは朝の話の続きなんて切り出せない。というか、続きは昼休みにしようと言ったのはロッコだし、ライズが促す話でもないのだが。
「ライズ!」
 気まずい空気を振り払ってくれたのは、セリリを連れて現れたキャスだった。
「キャス……」
 これはこれで、別の意味で気まずい。
「お昼誘おうと思ったのに」
「ごめん。演習だったから教室には戻ってなかったんだ」
「そっか、ライズとロッコさんはもう上級受けてるんだよね……席、一緒してもいい?」
「も、もちろん」
 キャスがライズの隣に、セリリがロッコの隣に座って、雌雄で向かい合う格好になった。キャスとまた一緒にお昼を食べられるのは嬉しいけど、どうにも居心地が悪い。
「三年六組集合! ってかんじ?」
 ライズとキャスの事情を知らないセリリは少し懐かしむようにロッコとライズを見た。
「そ、そだね……」
 隣にキャスが座っているだけで自分の体温が上がっているのがわかる。昨日抱きしめられたことを思い出して、ろくにキャスの顔を見ることができない。ロッコもこんな気持ちなんだろうか。
「ライズ君、やっぱり昨日キャスと何かあったんでしょ。何か変だよ」
 席につくなりセリリが核心を突いてきて、どきりとした。キャスと交際しているセリリが気づかないはずがない。
 どうにも後ろめたくて、セリリの目をまっすぐに見られない。かといって正面に座っているロッコはキャスとライズをじっと観察しているし、ああもうどこを見ればいいのやら。
「べ、べつに何も……ね、ねえキャス?」
 仕方なく隣のキャスを見たら、キャスは目を閉じて何かに集中していた。
「キャス?」
「……あ、ごめん。ちょっと感情の受信に集中してて……エルレイドに進化してからだいぶ感覚が変わっちゃってさ」
 大きな二本の角が脳に直結しているキルリアが最も感情を受信する力が強く、頭から離れて胸の中心に貫通する一本しか角を持たないエルレイドやサーナイトは、その力が弱まってしまうらしい。
「やっぱり、ロッコさんは知ってるんだね」
 びくりとした。急に何を言い出すのかと思ったら、ロッコの心情を読んでいたのか。
「ライズのことは中等部の頃から知ってる。昨日のことも聞いた」
「そうなんだ……知っててライズと付き合ってたの?」
「つ、付き合ってはいない、けど」
「あ、そういう意味じゃなくて」
「ちょっとキャス。さっきから何の話? 私だけ置いてけぼりだよ」
 セリリが話に割り込んだ。この流れなら当然そうなる。セリリに知られたら、キャスとセリリの関係が悪化しかねないのに。
「うん、そのことなんだけど……」
 キャスはセリリに答える代わりにライズの方に顔を向けた。
「セリリにも本当のことを伝えたほうがいいと思うんだ」
「えっ!?」
 大声を出してしまって、周囲の生徒の注目を集めてしまった。
 セリリに伝える、だって?
 ライズとセリリは中等部の頃からほとんど交流もないし、正直なところを言うと気心の知れた親しい相手以外には知られたくない。
「私ってライズ君に信用されてない?」
「や、そんなことは……」
 三匹で共有している秘密をセリリには知られたくないと意思表示しておきながら、今更否定しても仕方がない。
「ライズが嫌なら無理にとは言わないけど、ボクはセリリに知ってもらったほうがいいと思うんだ」
 キャスの眼差しは真剣そのものだった。
 セリリはキャスが選んだ相手なのだ。キャスが本気で好きになった相手を信用できないなんてことがあろうか。もしロッコがキャスを信用してくれなかったら。キャスがロッコを信用してくれなかったら。そう考えると、今の自分の態度こそがキャスを傷つけているんだということに気づいて、はっとした。
「そう……だね」
「うん。ありがとう、ライズ」
 それから、キャスは事の顛末をセリリに説明した。
 セリリは最初は驚いて息を呑んでいたけれど、キャスの話が終わると、ライズとキャスの二匹を見てにっこりと微笑んでくれた。
「ライズ君が恋のライバルだったなんて。でも、納得しちゃったかも。ライズ君と話してるとあんまり男の子って感じしないし」
「あはは……今更キャスを取ろうなんて考えてないから安心して」
 まさかキャスの彼女を相手にこんな話をする日がやってくるとは。
 でも本心では、心の底では、思ってる。奪えるものなら――
「……略奪愛もまた愛の形」
「ちょっとロッコさん!?」
「それは私が許さないからね? キャス、ライズ君と浮気したらそのときは――」
「しないって! ライズはボクと友達でいてくれるって言ったんだから」
「本当? 寮が一緒なのをいいことにこっそり密会とかしない?」
「セリリさんのためじゃないけど、中等部のときに僕がキャスと別の部屋にしてもらったのって変な気を起こさないためっていうか……僕がキャスの気持ちを無視して無理にそんなことするように見える?」
 キャスが言った通り、セリリはライズの気持ちを知っても差別的な目を向けはしなかった。
 男の子同士で変だとか言ったり、ライズの心を否定したりせずに、ただ自分の恋のライバルとして見てくれるのは少し嬉しい。
「キャスもライズのことを好き。わたしにはそう見えるけど? たぶん、セリリの次くらいには」
「へぇ。キャス、そうなんだ?」
 いやいやいや。ロッコさん空気読んで。セリリさんもさすがに怒りそうになってるし。
「ご、誤解だよ……セリリとライズは別っていうか……全然違う『好き』だから」
「それでも好きは好き……ライズとキャス、お似合いなのに」
「そういうロッコさんもライズ君とお似合いだよ? ライズ君だってロッコさんのこと、『好きは好き』なんじゃないの」
 セリリが一転攻勢に出た。これにはロッコも黙ってしまった。実際セリリの言うとおりで、一度は身を許したこともあって。
「まあね……僕とロッコさんがそういう関係だって勘違いしてるひとも多いくらいだし」
「ロッコさんはライズ君が大好きで、ライズ君はキャスが好き……あれ、これって三角関係? っていうか四角関係?」
「や。キャスとセリリさんは両想いなんだから、三角にも四角にもならないよ……」
 話はそれ以上こじれることはなかったが、ロッコがライズとキャスをどうにかして近づけようとしてくれていることは伝わった。ロッコだって辛いはずなのに。
 でも、そばにいる方が辛いと思っていたけど、離れている方がずっと寂しい。キャスに勇気を出して告白して良かった。またこうして友達でいられるだけでも、隠し続けているよりはいい。
 婚約者がいるってことは、まだロッコにもキャスにも言えていないのだけれど。
 誰と誰が結ばれるかなんて、とっくに運命が決めているのかもしれない。
 それでも、一時の関係でしかなくても、僕はキャスが欲しい。
 知ってしまったから。愛のないキャミィとの行為でさえ、薬みたいな快楽だけは得られた。ロッコに対して恋愛感情ではなくとも、好意に近いものは持っていた。あの夜は満たされる感覚があった。
 本当に好きな人と、溢れるほどの感情を抱いて、愛し合えたなら。
 一度でいいから。
 キャスさえ幸せならそれでいいって思ってたのに、僕は――

火遊びと水遊び 


 キャミィとはあれから気まずい関係が続いている。風紀委員会の仕事の事務的なやりとりしかしなくなってしまったものだから、周りにもバレバレだった。
「ライズ、委員長と別れたのか?」
 二年生のギャロップ、マルスが耳打ちしてきた。屈強な美丈夫といった出で立ちで、来年の委員長候補だ。
「ええ、まあ……」
「ほお。その様子だとお前がフったんだろ。最近委員長の機嫌が悪くて敵わねえよ。何とかしてくれよ」
「無理ですよ……僕だって話しかけるのが怖くて」
「俺は怖がってなんかねーよ」
「ちょっとマルス君ライズ君聞いてる? 今大事な話してるんだけど」
 怒気を孕んだ声がひそひそ話をしていた二匹に降りかかった。
「す、すいませんっ」
「申し訳ありません」
 怖くないと言いながらマルスの方が明らかにビビっている。まあ、別れる前も後も、キャミィは相変わらずライズに甘いので少し安心しているところはある。未だに諦めていないのは正直迷惑だけれど。
「そろそろ春休みが近づいてきたわ。我が校の悪しき伝統を断ち切るため、私たち風紀委員で有志を募って寮の見回りをするのよ。ライズ君は初めてだったわね」
 昨年の春休み、ロッコの部屋に行くところを危うく見つかりそうになったのでよく覚えている。
「長期休暇になると警備員が減るのをいいことに男子寮に侵入する女子、女子寮に侵入する男子が後を絶たないの。とくに春休みは季節のせいかしら、他の長期休暇よりやけに数が多くて……学園の風紀を守る立場としてはこれは看過できないわけ」
 マルスが憮然とした表情でライズとキャミィを見た。キャミィはライズを個室に連れ込んでいたのは周知の事実とは言わないまでも、皆二匹の関係が深いところまで発展していたことは察している。
「その目は何かしら、マルス君」
「いえっ、何でもありません!」
 居心地が悪い。彼女の誘いを断れずにずるずると肉体的な快楽に埋没してしまったライズも、その一点ではキャミィを非難できないわけで。
「とにかく、男子寮はあなたたちに任せるしかないの。嫉妬に燃えるポケモンなんて大勢いるから、募集すればそれなりに数は集まってくれるわ」
 嫉妬、か。自分が恵まれているのだということはわかっている。他のポケモンが望むものが最初から目の前に転がっていて、僕はそれを拾うか捨て置くか選ぶだけ。でも、僕はそんなもの望んじゃいない。
 ロッコはキャミィを許さないと怒っていたけど、ライズとてキャミィを利用していたようなものだから一概に彼女が悪いなんて糾弾できない。本当に望むものが手に入らないからって、快楽に逃げていたんだから。
 誰でもいいから恋人がほしいと言うポケモンの気持ちも今なら理解できなくはない。あれは危険だ。生物が本能的に求める快楽に体は反発できない。
 でも、何も得られなかった。何も残らなかった。
 僕だって、思い出に残るような体験がしたいよ。

         ◇

 委員会が終わって校舎を出ると、いつも通りロッコが待っていた。
 ライズの護衛を自称しているロッコは、一緒にいるだけで安心感をくれる。
「ちょっとカフェにでも行く?」
 時刻は五時半を回っていた。中等部の頃と違って寮の門限も遅くなっていているから、この時間からでもまだ余裕はある。
「わたしもゆっくり話がしたかったところ」
 昼休みはキャスとセリリが入って有耶無耶になってしまったが、朝の話が途中で終わったままだ。
 誰かに話すより自分の気持ちを整理することに徹したいというのがライズの本音だが、ロッコはまだ言いたいことがあるらしい。
 二匹は錬成部の学生や教師がよく利用する『World Between』に向かうことにした。少し値段が高かったり遅くまで開いていたりお酒を置いていたりするので、大人向けだ。あまり高等部や中等部の生徒がいることは少ない。ライズも去年マチルダ先生に連れて行ってもらったのが最初で最後だったりする。
 高等部の校舎から離れたところにあるWorld Betweenまで薄暗いホールを歩く間は、二匹とも無言だった。
 扉をくぐると店員がきちんと席に案内してくれるのも食堂とは違う。
 席についてライズが迷わずコーヒーを注文すると、ロッコも同じ物を注文した。
「珍しいね。ロッコさんがコーヒーなんて」
「ライズがいつも飲んでるから」
 ジルベールの実家では紅茶ばかりだったが、たまにセルネーゼさんのいるミルディフレイン家に遊びに行ったときに振る舞われるミルクコーヒーが忘れられなくて、こっちに来てからはコーヒーばかり飲んでいる。今ではブラックでも飲めるようになったし、美味しさがわかるようになった――なんて言うと大人ぶってるみたいだけれど。
「話があるんでしょ、ロッコさん」
 朝はまだ何か言いたげだったし、昼休みも少し様子がおかしかった。キャスをけしかけるようなことばかり言って。
「昼は本人がいたから言えなかった」
「キャスのこと?」
「そう。わたしはこのまま終わってほしくないと思ってる」
「……僕はキャスにちゃんと気持ちを伝えたんだ。これ以上どうしようも……」
「気持ちを伝えただけで満足してる?」
 ロッコは少し身を乗り出してきた。ロッコがこんなに必死になるのも珍しい。
 キャスにこれ以上を望んでるかって? それは、当然――
「き、気持ちを伝える、といえば……」
 ――正直に言えるわけない。体が燃えるようなあの感覚を覚えてしまったばかりに、今度はキャスが欲しいだなんて。
「僕、ロッコさんにちゃんと告白されてないような?」
 咄嗟に誤魔化そうとして、弱いところを突くなんて。僕は卑怯だ。親友のロッコにすら隠そうとして。言わなくたってきっと見え見えなのに。
「えっ……そ、そうだったかな……そう、かも……しれない……」
 こんなこと言って何になる。二匹とも了解の上で"親友"として関係を保っているのに。戸惑うロッコを前に、余計なことを言ったと後悔しながら、コーヒーを口にした。ここのコーヒーは苦みとコクが強い。ミルクと砂糖を少し入れたほうがいいかな。なんて現実から目を逸らそうとして。
「ライズ」
「は、はい」
 ロッコが真面目な口調でライズの名を呼んだので、しぶしぶカップから口を離す。
「わたしはライズが好き。好きだからずっと一緒にいたい。わたしの夢はライズの側近になって、一番近くでライズを守ること。これでいい?」
 や、そこまで言わなくても。ていうか側近って何。実家のことは少し触れたこともあるけど、ジルベールの騎士の家だってことは明言していない。家督を継ぐ立場のライズには側近の一匹や二匹は必要になることは、間違いないのだが。
「……うん。知ってた」
「話を逸らそうとしてもだめ」
「はい……本当にごめんなさい……」
「話、戻すけど。ライズはキャスに友達以上を望んでる。わたしと同じ……だから、キャスを誘ってみたらどうかなって」
 友達以上。昨年の春休みのことが思い出される。あのときは流れのままにロッコに抱かれてしまったけど、誘ったのはライズだ。
 あれ? 僕って実は積極的だったりするのかな。
「今年の春休みに?」
「そう」
 ロッコは迷わずコクリと頷いた。
「や」
 待って。
「む、無理でしょ! キャスには恋人がいるんだよ?」
「ライズだってわたしに身を許してくれたのだから、今度はライズが望んでもバチは当たらないと思う」
「でも……結局、誰が相手でもそういうことしちゃうんだ。僕なんて。ただ意志が弱いだけだよ」
「あいつとのことは、火遊びに手を出してしまったって言ってたけど……わたしの部屋に来たのも、火遊びだったの?」
 それは違う。ロッコのことは親友として、一匹のポケモンとして好きだから。そういうことをしてもいいかなって思えるくらいには。でも、そこだけ否定するなんて都合が良すぎて、はっきりと答えられない。
 危険な香りと背徳感に塗れて、熱い欲望に乱れたキャミィとの関係は、後に何も残らなかった。
 ロッコとの一夜はただ心地良くて、綺麗なままこの胸に残っている。
「火遊びじゃなくて、水遊びなら……誰にも怒られないし、危なくない。でも、そこには非日常があって、純粋な思い出になって……わたしはあの夜のこと、そんな風に思ってる」
「水遊び……かぁ」
 今までにない饒舌なロッコは、詩人みたいだった。普段の無口でクールな様子とのギャップがまた魅力的で、本当に自分にはもったいない女性だ。片想いの関係も、普通なら逆でもおかしくない。
「ライズはもしかしたら三年生になる前に卒業してしまうかもしれない。そうしたら今年が最後の春休みになる。だから、思い出を作るなら今しかない」
 確かに、このペースでいけば来年中には卒業試験の合格水準に達するだろう。これが最後のチャンス。
 そう思ったら、ここで引く手はない。そんな気持ちになってしまう。
「でも、僕……」
 春休み。実は両親からの手紙で、この春休みに婚約者のセルネーゼと会う手筈になっていることを知らされた。当人の気持ちを考えていないといえば勝手な話だが、ライズとしては幼少の頃懇意にしていた又従姉との数年ぶりの再会は楽しみでもある。
 婚約者と顔を合わせる前にそんな不貞をしていいのか。
「ライズ?」
「……ううん。今更、だよね」
 ロッコとキャミィと、二匹の女性とすでに関係を持ってしまったのだから。
「ありがとう。キャスには今度こそ絶交されちゃうかもしれないけど……友達以上になれるように、努力はするよ」
「大丈夫。キャスはライズのことが好き。わたしにはわかる」
 何の根拠があって言っているのかはわからない。それでも、ロッコの言葉は心強かった。
 自分の気持ちに正直に。一度乗り越えた壁だ。当たって砕ければいい。もう一度、この想いを。

憧れの先に 


 月日の流れるのは早いもので。寒さが少し和らいできて、あっという間に春休みを迎えていた。
 終業式の翌日の夕食のときには、もう全体の三分の一くらいの生徒は帰省してしまったらしく、寮の食堂の空間にも少し余裕があった。
「キャスのルームメイトは今日帰っちゃったんだ?」
 その日は角の席でキャスと二匹、向かい合っていた。
「うん。ボクは今年は少しだけ残ろうかなって。ライズは?」
「ランナベールで親戚と会う約束があってね……だからもう少し先になるかな」
 婚約者だとはまだ言い出せなかった。親戚というのも嘘はついていない。
 キャスはセリリを部屋に呼んだりするのだろうか。
「そっか。それじゃもう少し一緒にいられるね」
 そう言って微笑んだキャスはライズの目にすごく魅力的に映って、思わず見つめてしまう。
「あ、あの、キャス」
 今しかない。
「ん?」
 ロッコさん。僕、ちゃんとこの先に進むよ。
 誰のためでもない、自分のために。
「今晩……キャスの部屋に遊びに行ってもいい……?」
「えっ?」
 想いを告白したときに比べれば、臆することなく言葉は出てきた。
 解釈のしようはいくらでもあるし、キャスがどう受け止めるかはわからない。もしセリリを呼ぶつもりなら断るはずだ。
「きみとは中等部の頃はルームメイトだったしさ……あの頃に戻りたい気持ちっていうか……」
「うん、いいよ。今日は特に用事ないしね。ボクもちょうど同じ気持ちになってたところ」
 やった。こんなにすんなりと了承してくれるなんて。
 キャスの部屋に入ってさえしまえば、あとは雰囲気でいけるところまで。
 あの頃に戻りたいなんて嘘だ。昔と今とは違う。
 でも、もし良い雰囲気になっても、拒否されたらそれまで。無理に迫ったりはしない。それではキャミィ先輩と同じだから。キャスの心を信じて、ロッコの言うように、少しでも好意を持ってくれていることを祈って。
 それから高鳴る胸の鼓動を抑えるのに必死で、食事も手につかなかった。
 半分くらい残してしまってキャスに心配されたが、間食のせいだと適当に誤魔化しておいた。感情を受信されてバレてるかもしれないけど。
 消灯時間までは、寮内で互いの部屋を行き来することは制限されていないし、仲の良い友人が集まることも珍しくない。一度自分の部屋に戻って、心を落ち着けてから、キャスの部屋へと向かった。

         ◇

 遊びに来てもいいよ、って言っただけであんなに喜ぶなんて。
 ライズの様子は少し変だったけど、自分に好意を持ってくれていることは素直に嬉しく思う。
 キャスだってずっとライズには憧れていた。その対象から自分が好意を向けられているなんて、あの頃の自分からすると夢みたいだ。もしもセリリと出会っていなかったら、あのとき告白されていなかったら――
 コンコン、と扉をノックする音がした。
「ライズ? 入って」
 扉越しに声をかけると、ライズがすごく控えめに、もっと言ってしまえばおずおずといった様子で部屋に入ってきた。
「お、お邪魔します……」
「そんなに緊張しないでよ。ルームメイトだったんだから」
「そ、そうだよね! キャスの部屋に入るんだって思ったらつい……」
 エルレイドに進化してから半年。感覚の違いにも慣れ、キルリアの間に積み重ねた経験もあって、集中すれば感情を読み取れるようにはなっていた。
 ライズはすごく緊張している。想いを打ち明けてくれたあのときに似ていた。
「その辺に座って待ってて。紅茶でも淹れよっか?」
「あ、うん……ありがと」
 ライズは部屋を見回しながら、ベッドの前に腰を下ろした。
 寮の部屋は入り口から見て正面に大きな窓があり、真ん中には仕切りとして衝立はあるが取り払うこともできる。左右にベッドが一つずつ、それからそれぞれの机と椅子、物入れ棚があって、あまり広いとはいえない。トイレとバスルームは寮全体で共同だし、お茶を淹れるのも食堂の横にある共同のスペースを使うことになる。炎タイプの寮生がときどき横着をして部屋でお湯を沸かしたりしていたりするけど、火事になっては大変なので当然バレたら厳重処分だ。
 棚から茶葉を手に取って部屋を出て、食堂の方へと向かう途中で、可愛らしい容姿のニャオニクス――クラスメイトのフォールに出くわした。
「よ、キャス! なんか嬉しそーだな?」
 二年連続同じクラスということもあって、それなりに仲良くしてもらっている友人の一匹だ。
「ポットと紅茶を手に食堂へ……さてはセリリが部屋に来てるんだな?」
「ち、違うよ。今日はライズが遊びに来てて……」
「ほー。セリリがいながら……ってオレが言えたことじゃねーけど。お前も隅に置けねえなぁ」
「隅に置けないって……その言い方おかしくない?」
 フォールは今も、寮でたまに一緒にご飯を食べる程度にはライズと交流があるらしい。ライズが話すことはないだろうけど、何かを察しているのか。
「ここだけの話、男子の中でもライズと本気で付き合いたいって思ってる奴もいるんだぜ。お前もそういうタチなんじゃーねーの? 中等部の頃はいつもライズライズって――」
「あ、あのねっ。ボクとライズは友達なの! それ以上でもそれ以下でもないから!」
 心の中でライズに謝りながら、きっぱりと否定した。勘づかれると困る。
 ――困る? いや、ボクはライズのこと、友達だと思ってるし。正直に答えただけだ。
 なのにどうしてこんなに気まずいのだろう。
「そっかー。それならいいけど、オレは別にお前らがどういう関係でも、変な目で見たりしないぜ?」
「それを変な目で見てるって言うの! もう……」
 フォールと別れてキッチンスペースでお茶を淹れている間も、変にライズを意識してしまう自分がいた。
 ライズが告白してくれたときのことを思い出す。
 ただ嬉しかった。憧れのライズに好きだと言ってもらえて。気がついたらライズを抱きしめていた。
 それからずっと、友達としてうまくやっている。
 本当に? キャスにとってはそうかもしれないが、ライズは違う。今日だって、部屋に入るだけであんなに緊張して。
 恋をしたからライズの気持ちがわかるなんて、嘘だ。初めはセリリが怖かった。彼女が必死になって、キャスに近づいてきてくれた。本当はいい子だったんだって思えるようになったとき、自然に彼女を好きだと思えるようになった。
 片想いの辛さなんて、何もわかっちゃいない。
「はぁ……」
 部屋に戻ったら、ライズになんて声を掛けよう。
「これじゃまるでボクの方が……」
 キッチンスペースには誰もいなかったので、つい独り言が漏れてしまう。
 元はといえばフォールがあんなことを言うから。
 明日はセリリが来る約束になっている。今日は友達とお喋りするだけ。なのに、明日のことより今日ライズと過ごす時間を思うと、胸の奥がむず痒くなる。
「……何を考えてるんだボクは」
 茶葉を入れたポットにお湯を注いで蒸らし、茶漉しを使って手際よくティーセットを用意する。ライズとルームメイトだった頃に美味しい紅茶の淹れ方を教えてもらった。ライズは皆には言わないけど、実は良いところの出なんだとか。もしかしたら実家はジルベールの騎士だったりするのかもしれない。
 昨年の途中まで過ごしたライズとの日々を思い出しながら、キャスは部屋に戻った。
「ごめん、遅くなって……ってライズ、何して……」
 トレイに乗せたティーセットを倒さないようにそろりそろりと歩いてきて、ノックもせずにドアを開けたのはまずかったかもしれない。
「えっ、あっ、きゃ、キャス? や、べつに、変なことは考えてないよ!?」
 ライズはキャスのベッドに寝転がって、それだけなら別にどうということはないのだが、枕をぎゅっと抱えて頬を寄せていた。
「ああ、うん……そうだよね……枕を抱えたくなることってあるし」
「そ、そう! ただ横に枕があったからなんとなく……ね! あはははは!」
 お互いに何を言っているのか。
 収拾がつかなくなる前に、キャスは黙ってティーセットを机の上に置いた。
「とりあえずお茶にしよっか?」

禁断の果実 


 見られてしまった。キャスが遅いから、ついベッドに入りたくなって。
 キャスの匂いがして心地よくなって、枕を抱いて――
「ライズ?」
「あ……ごめん」
 さっきの出来事が恥ずかしくて、紅茶に口もつけずにぼーっとしていた。
「ライズってコーヒーの方が好きだっけ」
「え? 紅茶も好きだよ! キャスが淹れてくれたし尚更」
 つい口をついて本音が出てしまう。でもここには二匹しかいない。せっかく部屋に来たのだから本音で語り合いたい。
「そ、そんなこと言われたら照れるよ……」
 しかし、キャスの様子が部屋を出る前と違う。あんな姿を見られたせいか。それとも何かあったのか。
「ねえ、キャス」
「な、何?」
 緊張しているのは自分だけだと思っていた。もしかして、キャスも?
『大丈夫。キャスはライズのことが好き。わたしにはわかる』
 あのときのロッコの言葉が頭の中で再生される。
 ただ僕を友達として見ているだけじゃない。キャスだって本当はきっと。
「ちょっとそっち行っていいかな」
 ライズはベッドに腰掛けているキャスの隣に座って、リボンの触角を彼の肩に巻いた。
 エルレイドは硬質の体をしているとはいっても、硬いのは肘から先や頭くらいのもので、体の全部じゃない。
 まだ成長期の、発展途上の筋肉は弾力があって、肩や背中を抱く分には柔らかくも感じた。
「ライズ……ち、近くない?」
「嫌なら離れるけど……」
 キャスの反応はまるで、ライズに憧れる女の子みたいで。こんな手は効かないと思っていた。でも、キャスはライズを意識してくれている。
「そ、そうじゃなくて、さ」
 胸の高鳴りが抑えられない。今すぐにでも破裂しそうなくらい。
 今、ライズはキャスを誘惑している。全く通じないなんて、思い込みだった。
「嫌じゃないんだ? 嬉しいな」
「っ……」
 キャスは赤くなった顔を隠すように、紅茶のカップに口をつけた。
 そんな横顔も可愛くて、胸がきゅっと締め付けられる。もっとくっつきたい。抱き合いたい。このまま二匹でベッドに倒れ込みたい。
「キャスっ」
 キャスがカップをテーブルに置いたのも束の間。
 リボンの触角を絡めるだけでは我慢できなくなって、体全体で抱きついた。
「わわ、ライズ……? ちょっと待っ――」
 キャスはバランスを崩して、そのまま仰向けに倒れた。
 狙ったわけではないけど、ベッドに押し倒す格好となってしまった。
 吐息が聞こえるくらい、体温を感じられるくらい近くて。
 今この瞬間、抱き合っているだけでも、胸がいっぱいに満たされた。でも、僕はわがままで、貪欲だった。
 しばらく無言で見つめ合ったあと、目を閉じてキスをした。
 ぽふっ。
「ぽふ?」
 そこにキャスの唇はなかった。キャスは咄嗟に枕でガードしていた。
「あ、ああああのね、ボクとライズはととと、友達なんだからさ? き、キスとかそういうのは……」
 キャスは狼狽えながらも体を起こし、軽々とライズを抱えて隣に座らせた。
「ボ、ボクもライズのことは嫌いじゃないけどさ……」
「……好きでもない、のかな」
「違うよ、好きだよ! ……ぁ、そういう意味じゃなくてその」
 少し沈んだ声で呟いたら、慌てて否定された。
 ちゃんと好きって言ってもらえたのは初めてかもしれない。
「キスしてしまったら……拒否できなくなりそうで……」
「やっぱり僕じゃダメ……かな……?」
「……セリリを裏切ることになっちゃうから」
「キャスは真面目なんだね」
「ライズだって真面目な優等生じゃない」
 キャスは知らないのだ。ライズがキャミィと三ヶ月付き合っていたことも、昨年ロッコと関係を持ったことも。
 婚約者がいながらキャスを好きになってしまったことも、誰にも言わず隠していることも。
「僕はもうそんな綺麗なものじゃないよ。裏切り者なんだ。春休みに会う親戚って、又従姉のお姉さんなんだけど……実は、婚約者なんだ。それなのに僕はきみを好きになってしまって、きみを求めてる」
「婚約者がいたんだ……それじゃ尚更、その人のためにも」
 自分だけ隠し事をしているのは卑怯だと思った。だから、全部話してしまおう。
「それだけじゃない。去年の春休みにはロッコさんの部屋に行って……風紀委員になってからは、強引に誘われたとはいえ三ヶ月も委員長と付き合ってた」
「……ロッコさんとライズって、ただの友達にしてはおかしいと思ってたけど。やっぱり、あったんだ。そういうこと」
「キャス。さっきは僕のこと好きって言ってくれてありがとう。嬉しかった。でも、これでもまだ僕を好きでいられる?」
 我ながら、想い人のキャスを相手に、ここまで強気に出られることに驚いた。
 しかしライズには不思議な自信があった。キャスは僕のことが好きだって。それは変わらないって。
「ライズはライズだよ。ボクにはライズの感情が受信できるんだから……汚れてなんかないって、わかるから」
 キャスはベッドに肘をついて、ライズに目の高さを合わせた。
 顔を近づけてきたキャスは、大きな真紅の瞳を閉じた。
「……ボクも」
 そうして、軽いフレンチキス。
「ライズと一緒なら……裏切り者になっても、いいかな……」
 一度は拒否されたと思ったのに。
 キャスの方から、キスしてくれた。
 言葉を返せなかった。
 これは夢? それとも――

         ◇

 キャスの肩に前足を乗せて触角で首を抱いて、今度は自分から舌を入れた。
 たぶん、キャスはそんなに経験がなくて、ライズについてくるので精一杯だった。
「ん……は……ぁ、ふ……」
 みるみるうちにキャスの体から力が抜けて、ゆらゆらと揺れ始めた。いつもは自分がされる側だったから、新鮮だった。
 でも、キャスが心地良くなってくれていることが嬉しい。それがまた昂揚感を加速させて、求めたくなる。
「ふぁ……」
 本当に好きな相手とのキスって、こんなに満たされるものなんだ。
 体の快感とは比べ物にならない。精神的な快楽には勝らない。
「ん……ライズ……っ、変、だな……力が、抜けて……」
 支えを失ったかのように揺れるキャスの体を、優しくベッドに寝かせた。
「ほんと、夢みたい……」
 ライズ自身も、体にあまり力が入らなかった。 
 ロッコのときみたいにお漏らししてしまうほど、ではないけど。
 するすると触角をキャスの首に巻いて、胸に体を預けた。角を避けて、横から四肢で抱きつく格好だ。
「ライズ……柔らかい体……してる、よね……毛触りも……」
「ふふ。ニンフィアだからね。そのための体、らしいよ?」
「ずるいな……そんなの。ボク、もう……ひぁっ!?」
 三つに分かれた白い耳を甘噛みしたら、キャスは予想以上の声を上げて体をびくりと反応させた。
「み、耳はやめて……!」
「だめ? だってキャスの耳、すごく……食べたくなっちゃうんだもの」
 ふわふわしているのかと思ったら、絶妙な弾力のある柔らかさで。
「ぁ、ふぁ、ぅ……ひゃ……っ!」
 キャスの反応が明らかにさっきまでの穏やかな感じとは違う。どうやら耳が弱いらしい。
「んん……エルレイドになっても……んっ、可愛い、声、してるよね……」
 耳を甘噛みしながら、舌を這わせたり、吸いついてみたり。抱きついてそんなことをしていると、昂揚する気分に体が反応してしまう。キャスの脇腹に自分の固くなったものが当たっているのを感じて、それがまた余計に気持ちを昂らせた。
「はぁ、ふぅ……ライズったら……こんなに、積極的だなんて……思ってなかった」
「だって、キャスを前にしたら抑えられなくて……」
「もう……っ」
 キャスは荒い息を整えながら、ライズの腰に手を回して、体を起こした。
「いくらライズでも……あんまり調子に乗ってると……許さないからねっ」
 エルレイドになったキャスは以前の彼が嘘みたいに、驚くほど力強かった。瞬く間に体位をひっくり返された。
「わわっ……!」
 気がつくと仰向けにされていて、ライズの尻尾と後足の間に片膝を立てたキャスに見下ろされていた。
「ボクの憧れのライズも、こうなると女の子と一緒だね……」
 キャスは目を細めてライズの頬を撫でた。これからゆっくりと味わって食べちゃうよ、とでも言わんばかりに。
「僕は……女の子じゃ、な――ひぁぁっ!?」
 脇腹を触られて、変な声が出てしまった。ただでさえ敏感なのに、大好きなキャスに触られているんだって思うと、それだけで体が溶けそうになる。
「こんなに綺麗で、可愛くて……」
「や、やめ……やぁんっ……キャスぅ……!」
 腿や尻尾の付け根を撫でられているだけで、頭が真っ白になりそうだ。
 自分がやられると弱いのはわかっていたから、強気に攻めの姿勢に出たのに。キャスがその気になっただけで、立場が逆転してしまった。
「……憧れの君をこんな風に支配できるなんてね……」
 キャスは、笑っている、のか。彼らしくない、嗜虐的な笑み。
「ひぁ……ぅ、ぁあっ……!」
 よく見えない。目を開けられないくらいの快感で、でも目を閉じると余計に刺激が強くて頭がどうにかなりそうだったから、目を開けて何もない虚空に助けを求めて前足を伸ばす。キャスはその手を取り、どちらともつかず互いの体を引き寄せて、抱き合う格好になった。
「はぁ、ふぅ……こ、こんな……」
 無意識に触角を巻き付けて、キャスにしがみついていた。これ以上されたら、本当に壊れてしまいそうだ。
 キャスの前では強気で、憧れの優等生のままでいたかったのに。
「逃がさないよ、ライズ……んっ」
「んんぅっ……!」
 不意打ちだった。口を塞がれた。ディープキスのお返し。さっきとは違う。今度はキャスが舌を突き入れてくる。
「ぁ、ふ……ぇっ、らめ……んん……!」
 ライズがしたことを真似しているみたいで、少しぎこちなかったけれど、舌を絡め合い、歯の裏側まで舐められて、首から背中、下半身まで、全身をぞくぞくする快感が突き抜けた。
「ん、ちゅ……はぁ……ライズが、ボクのものに……ん……む……」
「……はぅ……んんっ……ゃ、やらっ、んあぁっ……!」
 キャスを相手にしたときは、絶対やりたくなかったのに。
「ぁふ……ん、ほぇ? えっ、ライズ……?」
 自分の下半身から溢れ出した熱い感覚が、飛びそうになった意識を繋ぎ止めた。
 漏らしてしまった。キャスと抱き合っているのに。
「ゃ、やだ……ぁ、ふぇぇん、ごめんなさぁい……」
「ライズ……」
 キャスは驚き、慌ててライズから体を離した。薄く黄色掛かった噴水が自分の目にも映って、心底恥ずかしくて死にたくなった。
「し、仕方ないよ! ボクなんてもっと……」
 キャスは昨年、虐めが原因とはいえ女子生徒三匹と先生の前でお漏らしをしてしまったことがあった。だから行為の最中にライズがお漏らしをしてしまったくらいで引いたりはしないだろう。
 なんて、冷静に頭が回るはずもなく、あろうことかライズは泣いてしまった。キャスは何も悪くないのに。おしっこだけじゃなく涙をこらえることもできないなんて。本当にそういうところに弱い自分が嫌になる。
「ボクは気にしないからさ? ほら、泣かないで」

支配する欲望 


 泣かないで、とは言ったものの。
 中等部の頃の自分の体験を思うと、ライズの気持ちもわかる。
 不思議なことに嫌ではなかった。ライズの体が発する花のような香りが広がっていた。たぶん、異性にとってはものすごく魅力的な匂いなんだ。
「……こんなところだけは……見られたくなかったのに……」
「気持ち良くなってくれたってことだし……ボクも最初は勢いでやられちゃったから、これくらいは仕返ししないとね?」
「……ぅう。キャスのいじわる」
「まだまだこれくらいじゃ足りない。ボクをこんな禁忌の遊びに……裏切りの沼に引きずり込んでおいて、これで済むと思わないでよ?」
 濡れてしまった掛布団を放り捨てて、ライズを再びベッドに押し倒した。
「っ……」
 ライズの脇に膝をついて、頬を撫でた。
「覚悟はいい?」
「……キャスになら……何されてもいい」
 ライズは少し怖がっていたけど、恐怖を越えて、何かを期待するような、物欲しそうな目をしている。
 キャスが憧れていた美少年のキャスはもうそこにはいない。ただ震えているだけの小さな子供だった。
「可愛いこと言うんだから」
 指を舐めて湿らせ、仰向けに倒したライズのお尻に近づけた。
「痛かったら言ってね……」
 三本の指のうち一本を挿れた。
「はぁぅっ……キャス……ぅ」
 意外にもすんなりと入って、驚いた。
「あれ? もしかして……ボク以外の男の子とも経験あったりする?」
「ち、ちがうよ……ロッコさんが、尻尾で……」
「ふーん。ライズを女の子にするのはボクが初めてだと思ったのに」
 ちょっとがっかりして、二本目の指を挿れた。今度はさすがに簡単ではなかったけれど、まだ余裕はありそうだ。
「っ……!」
「痛かった? でも、尻尾が入っちゃうならこれくらいなんともないよね」
 ライズを支配したい。征服したい。この気持ちは本当にライズへの愛なのか。ただ過去の自分の、弱くて自信がなかった頃の自分の憧れであるライズを超えたいだけなのかもしれない。
「僕……女の子、じゃ……ない……」
「君がいくら否定しても、もう女の子にしか思えないな」
 二本の指を動かすと、ライズは身を捩って喘いだ。
「ぁふ……んぅっ、やぁ……ん……!」
「ほらね……こんなに可愛い声出しちゃって」
「ふ、はぁ……でも、僕……きゃぅんっ!」
 三本目を挿れると、ライズが少し悲鳴に近い嬌声を上げた。さすがに少し痛かったかもしれない。
「でも、何? ねえ、ライズ。ボクのために女の子になって、って言ったら、どうする?」
「……そ、そんなの……決まって……」
「ん?」
「ふぅ……キャスの、ため、なら……はぁ、んっ……女の子に……なっても……いい」
「ふふ。やっと認めてくれた」
 挿れていた三本の指、というか右手を引き抜いて、後足を持ち上げ、大きく張り立った自分のモノをライズのお尻にあてがった。
「いくよ、ライズ……」
 すっ、と吸い込まれるように先端が入った。コジョンドの尻尾が入るくらいだからこれくらい何てことないはずだ。
「ぁ、ぁ……キャスぅ……!」
 ライズは虚空を掴むように前足とリボンの触角をバタバタさせた。キャスが左手を差し出すと、両足でがっちりと掴まれた。
「少ししか入れてないのに、大袈裟なんだから」
「だ、だって……キャスと一つになれるなんて……思ったら……もう、僕……ぁぁっ……!」
 少し体重を掛けて、奥へと突き入れた。
「んぁっ、く……も、もう最後まで……入っ、た……?」
「っ、まだ……半分、くらい……」
 セリリが相手のときとはぜんぜん違った。包み込まれるような感覚ではなく、ライズを征服して、自分の領域に取り込んでしまうかのような快感。もうライズはボクのものだ。ボクがライズを支配している。
「ぁふぅ……キャス……僕、もうどうなってもいい……」
「奥まで……いくよ、ライズ……っ」
 ライズの体を抱いて、一気に押し込んだ。さすがに根本まで入ると少しきつくて、締め付けられる。
「ぁ、ぁあぁぁっ……!」
「ごめん、痛かった……?」
「ふ、ぇっ……だ、大丈、夫……これくらい……」
 抱きしめると、すべすべした毛触りとふわふわした体、それから甘い花の香りがして、何ともいえない心地良さに包まれる。これはきっと女性にとっては情感を高める効果があるのだろうけど、キャスにはただの良い香りにしか感じない。それでもライズを抱きたいと思えるには十分だった。
「顔、見せて」
 リボンの触角で隠していて、ライズの顔を見ることができない。
「だ、だめ……見せられ、ないよぉ……」
「そう? でも、いつまでそうしていられるかな」 
 さっきは先端を挿れただけで触角をばたつかせていたライズが、耐えられるとは思えない。
 腰を動かし始めると、案の定大きく身を捩って、前足でキャスの体にぎゅっとしがみついてきた。
「ひぁ、ぁ、んぁぁっ……! ふ、ぁぅ……ま、待っ……はわぅぅっ……!」
「ん、ふぁ……ライズ……っ、く……ボクも……ぁあ……すごくいいよ……ライズ……」
 あのライズを抱いている。犯している。そのことを意識すると、ある意味暴力的な快感が背筋を突き上げてくる。
「やぁっ……ん……だめぇっ、も、もっと……んふぅ、ぁ、ああっ……や、優し……ひぁんっ……!」
 いよいよ顔を隠す余裕もなくなったか、ライズはリボンの触角もキャスに巻きつけてきた。
「あはは……っ、ライズ、そんな顔しちゃって……!」
 口はだらりと開いていて涎を垂らしている。目はどこを見つめているのか、虚空へと向けられていて、もうキャスの姿も映っていないだろう。快感に支配されて、理性の欠片も残っていない表情だった。
「このまま、ボクに抱かれて……もっと遠くへ行っちゃおう?」
 奥を突くたびに、ライズが嬌声を上げて体を跳ねさせる。頼りなくキャスに縋って、抱きついてくる。
 ライズ。君はもうボクの支配の下だ。ボクは君に憧れていた。でも、今はこれが答え。
 君はボクに憧れて、ボクのされるがままになって喘いでいる。
「ぁ、ふぁ、ぁ、ひ……ぁ、あ、ひぁああぁっ……!」
「ん、く……ふぁっ、は、ぁぁぁっ……!」
 どちらが先だったか、わからない。ライズの中に思い切り精液を注ぎ込んだ。
 キャスのお腹に接していたライズのものから、熱い精液が溢れだして、二匹の体を汚した。
「はぁ、はぁ……キャス……ぅ……」
「ライズ……」
 ライズは心ここに在らずといった様子で、しばらくは正気を取り戻せそうにない。
 一方で、キャスはひどく冷静になっていた。性欲を解放してしまって我に返るこの感覚は、どうにも心地の良いものではない。
 ライズを犯してしまった。誘われたとはいえ。自分も認めたとはいえ。
 本当にこれは自分が望んだことなのか。
 ボクはただライズを――
「キャス……ふぅ……はぁ……もう、少し……このまま……」
 ――今は、君の望みを叶えてあげよう。
 憧れの君はもう、憧れの存在ではなくなってしまったけれど。
 ただボクを純粋に愛してくれた親友として。
 今夜限りの過ち。君がもしこれ以上を望むなら、そのときはもう、友達ではいられなくなるかもしれない。
 無言でライズの体を抱きしめた。
「……ありがとう……キャス……僕はやっぱり……きみが好き」
 ボクは何も答えることができなかった。

果てない空へ 


「それで、どうだった?」
 翌朝、中庭の広場でロッコと顔を合わせた。約束していたわけでもないのに、どちらともなく、あのベンチで。
「うん……想いは遂げた……ってところかな……あはは」
 恥ずかしくて大きな声では言えないけれど。
「本当? それは良かった……」
 ロッコは自分のことのように喜んでくれた。感情をあまり表に出さない彼女が、珍しく笑顔を見せてくれた。
「ロッコさんのおかげ……だよ。ロッコさんの後押しがなかったら、僕はずっと勇気が持てなかった。告白することだって……キャミィ先輩と別れることだってできなかった」
「ライズを守るのがわたしの使命だから。ライズが困っていたら助けたい。わたしはいつでもライズの味方」
「ロッコさん……」
 ここまで言い切ってしまえる彼女は、本当にライズにはもったいない。どうして僕なんかを好きになってしまったのか。
「迷惑なら、わたしは身を引こうと思う。ライズとキャスの邪魔はしたくないから」
「そんなこと……ないよ」
 キャスの部屋に泊まって。
 朝目が覚めると、まだ夢見心地で、やっと想いを遂げられた満足感とその余韻に浸っていた。
 でも、キャスの様子に違和感があった。べつに、昨日までと変わらないのに。
 そうなんだ。昨日までと変わらなかった。
 まるで何事もなかったみたいに。
 昨夜の出来事には触れようともせず、今までどおり友達として振る舞うキャスからは、後悔の念が感じられた。
 わかってた。ライズがキャスに抱いてる気持ちと、キャスがライズに抱く気持ちは違うんだってこと。
「体を重ねて……たぶん、キャスは気づいちゃったんだ。そういう"好き"じゃないって。こんなことに身を許すくらいには僕を好きでいてくれた。けど、許せるっていうのと、そうしたいと願うのは、違うよね」
「わたしたちと同じ」
「……僕は自分に甘いから、ロッコさんと一夜を過ごしたことも……後悔してないけど」
「っ……期待させるようなこと言って」
「えっ? や、べつに深い意味はなくて……節操のない自分を許しちゃってるところがあるっていうか。でも、キャスは真面目だから。キャスも僕のことはただの友達以上に想ってくれてて……だからその気になっちゃったけど、本当はこんなことしちゃいけないんだって、後悔してると思う」
「後悔くらいしてもいいじゃない」
「でも……」
「キャスがその気になったのなら、きちんと合意が成立したのなら、ライズが後ろめたさを感じる必要なんてない。中等部の頃からライズはキャスのために頑張ってた。今度はライズがキャスの優しさに甘えたって、何も悪いことなんてない」
「……そう、かな」
「そう。わたしも……ライズの優しさに甘えさせてもらったのだし」
 いつも心強い味方でいてくれる。
 そんなロッコに甘えているのは僕の方なのに。
 ふと、果てない空を見上げた。
 そこにあるのが当たり前だけど、ずっと美しいものとして目に映る青空と雲と太陽みたいな、ふわふわと心地良く長く続く関係。
 夜空に流れる星みたいに、それを望んで、探して、ようやく見ることができる刹那の輝きと感動。そんな短い夢のようだけれど、強く思い出に残る関係。
 ロッコとはこの先も、学園を卒業しても、セルネーゼさんと結婚しても、ずっと一緒にいる気がした。
 でも、キャスとは――
「僕は後悔はしないよ。でも、キャスとはこれっきり……思い出は僕の中だけにしまっておいて、キャスは忘れたほうがいいと思うんだ」
「もう、これ以上は望まないと?」
「僕にとってはこれ以上ないってくらいの結末だから」
 これからは日常としてここにある彼女との関係をもっと大切にしたい。
「恩返しをさせてほしいんだ。ロッコさんとはきっと、ゴールのない関係をずっと続けていくことになるから」
「ライズがわたしに恩を感じることなんてない……けど。ライズさえ許してくれるなら、わたしはあなたの側を離れない」
「……嬉しいな。こんな僕で良かったら――」
 本当に僕という人間(ポケモン)は、他人(ひと)の気持ちに甘えてばかりでひどい人間(ポケモン)だと思う。
「――婚約者がいるから……卒業まで、ってことになるけど……僕と、付き合って――ください」
 それでも今の気持ちを正直に伝えた。
 まさか、ロッコが失神するとは思わなかった。


 -Fin-

あとがき 


 これにてライズ君の恋の物語は完結であります(o・ω・o)
 メロメロボディの特性で異性をわざわざ引き寄せるポケモンならきっと性欲も強いはず(^q^)
 ……なんて妄想しながら、ライズというキャラクターは"恋多きニンフィアの男の子"として描くつもりでした。
 男の子も女の子もいけるけど本当は男の子のほうが好き。
 おまけに根っこのところは色を好む性質なので、そんなライズの波乱のストーリーをこの先も描けたらと考えています。
 
 次はSOSIA最終章深海の影の女神のコメントでリクエストのあった橄欖とシオンのちょっとあれなお話を書きます←



To be continued...


コメント欄 

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 自分の気持ちが分からなかったライズくん、
    手に入れたいという強い欲求まで手に入れられたのは
    成長ですね。
    大人っぽいロッコと
    子供っぽい芹ちゃんが
    いい具合に物語を彩ってます。

    続きもますます楽しみにっ
    応援しています
    ――名無し ? 2015-10-31 (土) 21:58:23
  • >名無しさん
    コメントありがとうございます!
    ライズの恋の物語はいよいよ終章となりますがどうか最後まで見守ってあげてください(*´∀`*)
    ――三月兎 2015-11-05 (木) 19:58:53
  • 完結お疲れさまです! クールに振る舞ってたロッコが告白されて失神してしまうのかわいすぎる…

    橄欖とシオンの話も楽しみにしてます
    ―― 2015-12-18 (金) 21:07:35
  • 感想ありがとうございます!
    キャラクターを気に入ってもらえるのは作者としてとても嬉しいです。
    この先の物語もどうかよろしくお願いします(*´∀`*)
    ――三月兎 2015-12-22 (火) 21:05:50
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Last-modified: 2015-12-18 (金) 01:20:58
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