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漆黒の双頭第7話:蒼の貴重な経験

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作者……リング


第一節 

「ふぅ……」
水浴びを終えた二人は今後のことを話し合うために、落ち付いて話の出来る地底湖の一室に場を移していた。地底湖に生える苔やキノコから作ったとかいう怪しい紅茶を注いだコップを傍らに、エレオスは客用の椅子で。レアスはアンナがそうしているようにテーブルに直接座って向き合った。

「今回ばかりはお勧めできない場所だったのだがな……言い出した私が悪いのか。巻き込んでしまうことになっても、本当にいいのだな?」
エレオスはこれで何度目かも分からないくらい念を押して危険を主張する。

「何度も言っているように……僕は問題ないよ。僕、死線は何度も越えてきたんだ。幼い時に病気にかかった時も、ソリッドに襲われた時も、そして今回のことも……僕は運がいいから大丈夫だよ」
レアスが絶対の自信を込めて言ったそのセリフに、目に、エレオスは釘付けになる。先ほどと同じく、およそ幼い者が出したとは思えない頼もしさが感じられ反論が出来なくなるのだ。
 海に住む物を問答無用で崇拝させるマナフィ特有のカリスマ性は長く陸で暮らしているうちに、陸でも発揮されるようになっていた。それは本人ですら意識していないことではある……が、確実に効果は持っているようだ。

「では、まずは……あの国の概要について説明しよう。
先程あげたエーフィとグレイシアのほかに……6つの国があり、それぞれ上からブースター、ブラッキー、リーフィア、サンダース、シャワーズ、カクレオン、エーフィ、グレイシア……」
エレオスは先程そうしたように、、幻で構成された地図を虚空に浮かべる。そうしてエレオスは説明を始める。

「きっとな……南にいくほど寒くなるせいもあるのだろう、そのせいか南へ行くほど国は荒んでいるんだ。だが、どの領地へ行っても最悪の扱いを受けているポケモンがいる……それが、ラルトス系統、つまりラルトス、キルリア、サーナイトだ」
ラルトス系統と聞いたレアスの脳裏に浮かんだポケモンはもう一人、エルレイドが足りない。

「ねぇ、エルレイドは?」

「最悪の扱いを受けている者に……目覚め石など誰が好き好んで渡すと思う?」
常識を知らない事を嘲るような口調でエレオスは言う。

「あ……」
エレオスの言葉に、レアスはグゥの音も出なくなり言葉を詰まらせた。普段のそれとは違うエレオスの口調に、レアスはエレオスの苦しい心情を心のどこかで察した。

「なるほど……」
レアスには最悪の扱い、というのがどのようなものかイメージしようにもできず、結局考えの纏まらないまま適当な相槌を打つことになった。

「一度だけ、それが改善される兆しもあったのだけれどな。だが、それも潰えてしまったんだ。まぁ、それを差し引いてもエーフィ領とグレイシア領は酷いものだがな……それで、お前が行くことを勧めた二つの領はだな……まぁ酷いぞ。どれほどひどいかと言うとな……」
エレオスの話は、飢えから始まり起こっている犯罪やら惨殺やら、平和を維持するはずの者たちの腐敗した質のことなど、様々だ。そうして話しているうちにいつの間にか空っぽになったコップに、エレオスは再び紅茶を注ぐ。

「これで……大体のことは話終わった。それで……だ、最後に一番大切なことを教える。それはだな……あっちでは異端の者は殺される危険性があるということだ。
 山脈の西側ではカラナクシやトリトドンは桃色……東では水色……西の探検隊が東へいって、そちらにも文化があることに驚きながら街を訪れた時のことだ。探検隊の中にトリトドンがいたのがまずかった……皆殺しさ。おかしな言動をしてしまった者や図鑑に載っていない者を含め半数くらいだがな。こちらについては、探検隊連盟の過去の記事を読めば載っている。
 重要なのは、その時東側の奴らが言っていたことだ……『こいつらは悪魔に乗り移られているんだ』とか、『穢らわしい、とっとと消え失せろ』とか……な。
 わかるか? お前も危ない……なぜなら、マナフィなどという種族は奴らの図鑑には載っていない。」
エレオスは最後の言葉を重苦しいほどに強調する。それこそが彼にとってもっとも心配しているところだ。

「僕も殺されるかもしれないってこと?」

「そうだ……怪しい奴は捕えられ、ポケモン図鑑へ記載されているかどうかを調べられる……そして載っていなければ悪魔扱いだ。……まぁ、もちろん例外はあるだろうがな。湖の三神とか、アルセウスの副神とか……そういうのならば、あるいは違うかも知れん。だが、私など一目見ただけでアウトだろう」
そう言って自嘲気味に笑うと、紅茶を口に含んで飲み下す。

「こちらでは、受け入れられてよかった……」
ぼそりと付け加えたその言葉は嬉しそうでもありさびしげな印象をレアスに与える。

「だからだ、もうお前を止めはしないものの、布か何かで姿を隠すなり、なんなり工夫して行った方がいい……そのための布は、トレジャータウンで調達していけ。お前が元気になったことをみんなに伝える必要もあるし……なにより、朗報と一緒に持ってくるものではないが……危険な場所に行くことも伝える必要があるだろうからな。
 それと……だそれをニュクスに見せてやれ。ああ、中は覗いても構わんが汚すなよ」
そう言ってエレオスは、取り出した紙に何事かを書いて、レアスに手渡した。

「うん。分かった」
レアスは自分の持ち物であるバッグの置く深くに大事にしまいこむ。

「あと……もう一つ。アンナは一人で暇だったから目的が何であれここに来てくれてうれしいと言ってくれてな……弱いとはいえよく熟成された酒だ。後で全員で飲む前に……二人だけで飲まないか?」
差し出された酒を目にして、レアスは小さく笑った。

「つまみ食いだなんて子供じゃあるまいし。でも、たまにはいいかな……僕は子供だし」

「子供か、私はお前とこうして話すのが好きなだけなのだがな……まあ、童心に返るのも悪くない。紅茶のカップは開けて飲もう」
エレオスは二杯目を飲み下して、レアスと自分の身長差を考慮した相対的な中間の位置に酒瓶を置く。

「あはは……僕けっこう強いから覚悟してよね」
レアスも続いて、紅茶を飲み下すと、一緒に飲みこんだ空気を小さく吐き出して、彼にとっては抱けるほど大きな瓶の蓋を同時にテーブルに置かれていたコルク抜きを使ってこじ開けた。ふわりとした甘い香りの中に酸味を伴ったさわやかな香り。むせ返るようなアルコールの香りが鼻腔に触れる。
 それらに混じって、皮ごと絞られたが故の渋い香り。発酵させるための樽から与えられたかすかな木の香りや、木の加工に使われる資材の香りは長年の熟成によって得られたものであろう。
 空けた瞬間に立ち上るそれらの香りを存分に楽しみつつ、レアスは紅茶を飲み干して空けたコップを水で洗い流し、その中へ一滴もこぼさぬように慎重に液体を注ぐ。

「さて……僕はとりあえずこんなものでいいかな」
そういって覘かせるコップの内部は、エレオスにとって適量といったところか。レアスにとってはそれだけでも明らかな飲みすぎである。

「そんなに飲んでも大丈夫なのか?」
ゆっくりと返された酒瓶を手に、エレオスもその香りを楽しみつつ慎重に注ぐ。なにぶん、一滴でもこぼしたら罰当たりな酒を注ぐ以上、注がれる時は音がせず、また驚いて手元を狂わせたら大変でもあるので、無音であった。

「「乾杯」」
二人でコップ同士を合わせてぶつける。ガラス製では無いため透き通った心地よい音と言うわけではなく、乾いたコツンと言う音が二人の耳に響く。
 語り合う他愛もない話を肴に大いに語り合った。

「本当に強いな……」

「北の海では、火がつくようなとんでもないお酒飲まされていたもので……あはは。僕が潤いボディの特性を持っているから、少し目が回るような量を飲まされても海に入ればある程度は元通り……だからね」
結局エレオスには酔いが回ってきても、同じ量を飲んだはずのレアスには全く通じていない。水を飲むように酒を飲むレアスに苦笑しつつ、エレオスは酒瓶を持って立ち上がる。
「さて、独り占めはよくないな。クリスタルやアンナも誘って、飲みなおそうか」

「うん、楽しく飲もうね」


翌日、地底の湖から出て、流砂がそこら中に発生する砂漠の真ん中で再度の別れの時……

「……次に会う時は恐らく水晶の湖になるだろう。天国や地獄で再開などと言う事になるなよ? お前にはいつまでも生きていて欲しいからな」

「大丈夫、きっとまた会って見せるよ。その時はもう一回飲もうね♪」
嬉しそうにそういって、レアスは自身の小さな手を差し出す。エレオスは体を地面に触れないギリギリまで下げた状態で腰をかがめてその握手に応じる。

「あらら……すっかり仲良しね? 私より仲がいいんじゃないのかしら?」

「私以外と話す時だけ標準語になるのはやめてくれ……ほら、後数日もすれば水晶の洞窟付近でも皆既月食になるから」
「本当? 嬉しい!!」

皆既月食と言う言葉を聞いて、クリスタルは嬉しそうにパァッと明るい表情になり、レアスは頭上にクエスチョンマークを浮かべたような表情をする。

「いや、なんでもない」
聞かれては気まずい事であるということで、エレオスはレアスに対しそういって疑問を跳ね除ける。質問したそうなレアスと対照的にクリスタルは嬉しそうにエレオスの腕に抱きついている。

「お熱いね……僕は邪魔っぽいから、先に行くよ」
直視していられないような二人から目をそむけつつ、レアスは南にあるトレジャータウンを目指して力強く歩きだした。



一方、アグノムのいる水晶の洞窟へと向かう予定の二人はというと……

「ほうか……もうすぐ月食かぁ。久しぶりにわしの作った媚薬を飲んでくれる? 今回は知識ポケモン特製、科学的に正しい順番に効いてくる媚薬じゃよ♪」
相も変わらず物騒なことを考えているクリスタルの物騒な一言はエレオスの体を恐怖にひきつらせる。

「こ、こ、断る」
震えた声でエレオスが断る様は、二人の外見からみるに酷く滑稽だ。普通ならば逆の方……つまりラティアスが怯えダークライが脅している光景をを想像してしまうが、この夫婦に限っては、それが逆の立場で行われている。

「セイッ!!」
断るという選択肢は用意されていないとでも言いたげに、クリスタルの龍の波導がエレオスの全身を強かに貫いた。不意打ちを食らって盛大に唾を吐き出しながら倒れたエレオスに、クリスタルは手際よく縄をかける。

「ぐおぉぉぉぉぅ……何を……」
殴られたショックで完全に脱力した腕を縛られるがままに任せている。

「いや……砂漠で一日中日光にさらしておきゃぁ喉が渇くんのんじゃないかなゆぅて思うたばっかしで、特に何かするつもりゃぁないわ。のどが乾きゃぁ媚薬入りジュースも飲んでくれるじゃろうし、方法はこれしかんじゃろう? あ、最低限の水はちゃんと与えてあげるから気にせんでね」

「やめ……私は黒いから日光には極端に弱いのに……」
エレオスは腹を抑えて咳き込みながら絶望の眼差しでクリスタルの笑顔を覗く。その数日後に渇きに耐えかね大量の媚薬を飲んだまま月食を迎え、大いに乱れながらエレオスが行為に及んでいたことは、レアスには知る由もなかった。
 とはいえそれは、縛り付けられながら口だけを自由にされ、血眼になって懇願しないと**の一つもさせてもらえないような辱めを受けつつも、欲望を高められたせいで普段の彼からは考えられないようなことを口走ってしまっていた姿であるから、きっとエレオスも知られたくはないだろうが……

第二節 

レアスは数か月前に心を完全に砕かれたような状態で、電磁波を喰らわされた後、睡眠の種で眠らされるという壮絶な方法で何も聞かされずに地底湖送りへされた。両親も医者もなかなか乱暴である。
 そして今、地底湖でもらったエレオスの地図を頼りに見知らぬ場所であった砂漠を抜け、トレジャータウンに帰還する。

 真冬の七月から数カ月の間に変わっていたのは季節くらいなもので、街もそこに暮らす人たちにも大きな変わりは少ない。ただ、季節感の乏しい地底湖で暮らしていた時と違う美しい風景。とりわけ、咲き乱れるサクラに出会えたことが、レアスにとっては新鮮に思える。
 十月……春真っ盛りのこの季節、咲き乱れる花の色と匂いに酔いしれながら、レアスはトレジャータウンの居住地も商店街もギルドも広場も横切って、自分の家であるサメハダ岩まで向かっていった。

「留守かぁ……仕事中かなぁ? ……まぁいいや」
アグニとシデンが暮らすサメ肌岩も同様に、周りに生える草花くらいしか変わっていない。帰りを待ちわびている彼女らの姿を期待していたレアスには残念なことに、入口は藁で簡易的にふさがれており、留守であることを示す札が付いている。

「なんにせよ……ただいま、みんな」
誰もいない家の内部に向かって、レアスは頭を下げる。

「ふぅ……ニュクスは……いるかな?」
一応の挨拶をしてみたものの、誰もいないのではこれ以上待っていても意味がないと、ニュクスの家へ行ってみたが、あいにくこちらも留守であった。

「仕方ないなぁ……」
諦めたレアスは、三人の居場所や近況を聞こうとギルドへと向かう。軽い気持ちで訪ねようとしたギルドで待っていたのは……。

 熱烈な歓迎だった。

「うわぁ……すごいや」
レアス帰り道を歩いていた時点ですでに誰かに目撃されていたのか、プクリンのギルドの前では親方の弟子として内部で寝泊まりをしている者たちが目のくらむような歓迎をしてくれる。
 そのあまりの激しさに少々顔を引きつらせつつも自分を心配してくれていた人たちへの申し訳なさと感謝とが綯い交ぜになって、僅かながらに涙がにじんでくる。
 即席で作られた簡素だがおいしい料理を楽しまされ、いろいろな質問攻めにたじろぐた。あまりの忙しさに目を回しながら、なんとか自分のしたい質問をして『ニュクスは街にいるはず』という情報とシデンやアグニが現在受注している仕事の内容を聞き出すと、レアスは逃げるようにお礼を言って立ち去っていった。
 その様子を見てギルドメンバーたちは無神経なことをしてしまったと思うのだが、それはレアスの知らないお話である。


「あ……お帰り」
ニュクスの家の前で春の風に吹かれウトウトとしながら座っていると、ニュクスは買い物帰りなのか保存の効く食料を大量に抱え、新鮮な春野菜を僅かに浮かせながら持っていた。
 『お帰り』といわれれば、『ただいま』と返すのが普通であるがこの時ばかりはニュクスも……

「お帰りなさい」
といって微笑んだ。レアスは内部に案内されて互いの近況や空白の時間についてを大いに語り合う。ニュクスは間はまだ資金の都合はついていないというが、探検隊の仕事を二人と協力せず個人で行う事により報酬の取り分を増やすことで今までよりも多くの報酬を得ているという。
 また、一国一城を手に入れることこそ出来なかったものの、物や依頼と同時に怪我人も集まるギルドの内部……トレード店の反対側にて怪我の適切な治療を行い、少しずつだが信用を取り戻しているという。
 レアスは、ニュクスがうれしそうに話すその内容を、黙って頷きながら、ようやく満足した様子のニュクスに質問を投げかけられる。

「それで……これからどうなさる予定でしょうか。再び親と一緒に探検を? それとも、私と同じように探検隊として独立でもしますか?」

「それなんだけれどね。僕を癒してくれたエレオスに何か頼みはないか聞いてみたらね……あっち側、アルセウス教の地域を今度こそどうにかしてみたいとかで……長い目でいいから協力してくれって言うんだ。

「それって……」

「うん、それでね……僕はエーフィ領に向かう事になったんだ。そこなら……何故エレオスが心を痛めたかも分かるって言われてね」

「危険ですよ?」
エレオスがそうしたように、ニュクスもまた警告をする。

「答えは変わらない……変えないよ」
ニュクスは案外すぐに折れて、首を縦に振る。

「私が決めるべきことではないですか……正直に言って、貴方は私なんかよりもアグニやシデン……それに、エレオスの方がよっぽど大事にしておりますからね。
 でしたらそう……私は危険であるということを再確認させるだけの役にとどまりましょうか。あとは……もう一度この料理を食べるまでは死ねないくらいおいしい料理でも食べさせてあげましょうか。シデン達が帰ってくるまでは……ね」

そうして、8日が過ぎるうち、ニュクスは宣言通りおいしい料理を作り続けた。本人は自分のことを医者などと言ってはいるが、医食同源とか言う考えのもとバランスのとれた食事をしていれば病気にはならないと、本当に多彩かつおいしい料理を作るのだから飽きが来ない。
 その期間おいしい料理を食べ続けていたレアスに一番心待ちにしていた訪問者、

「お帰り、シデン……アグニ……」
が、帰還した。感動の再会とでも言うべきか、食事とトレーニングの反復を繰り返す毎日に終止符を打ち、旅立ちを決める日はやってきた。

レアスは幾度となく繰り返されたこれまでと同じ説明を二人に対してもする。以外なことに二人は……

「うん、いいよ」
と、軽い返事をする。当然のように意外そうな顔をするレアスに対し、二人はあくまで大丈夫だ、心配するなと旅立ちを否定しない。

「ねぇ、どうしてなの?」

――危険なところだって説明したし、知っているはずなのに……自分は愛されていなかったのかなぁ?

レアスは不安になって、それがモロに表情に出ていることをシデンは笑っている。

「……これ」
シデンは腰をかがめて、ポンッとレアスの額に触れる。事情を知らない者には何が何だか分からない行動ではあるが、シデンだけが持つ『時空の叫び』という触れた物の未来や過去を見通す能力を使ったと言いたいのだろう。

「なるほど……」
その結果が良いものか悪いものかはわからないが、シデンが普通に送り出す以上は、生き残る未来でも見えたのではなかろうか。レアスはそう信じて一瞬躊躇いながら、俯く。

「それに、いくつもの死線を超えてきたオイラたちの育てた子だもん。こんなにちっちゃいのにもう二回も死線を超えているレアスならば……出来るさ」
 レアスがエレオスに自分から説明した事柄をまるで知っていたかのように話すアグニに、レアスは親の力の偉大さを感じた。感謝と畏敬の念をはらいつつ。二人に甘えるように抱きついて見せる。

「ありがとう……」
愛されているというのが何だかとても身近に感じられ、それがたまらなく嬉しかった。それをどこかで恥ずかしいと思う自分が客観的に見ていて、妙に冷めた気分に戻る為に、そのもう一人の自分が、体の(かじ)を取り始める。

「あ~あ……お母さんたちと同じで一線越える前に死線(四線)超えちゃったかぁ。僕婚期遅れるかもなぁ……」
 あまりの突拍子のない冗談に、二人は大いに笑う。笑い終えた二人は、澄ました表情をして、レアスの手を取った。
 レアスは数日の間、これまで通り大いに笑いあったり、修行に涙を流し弱音を吐きたくなる様な日々を両親と過ごした。


翌朝(もや)が立ち込めるトレジャータウンの街外れ。待ち構えていたニュクスの背中に乗りつけ、ニュクスの背中をつついて出発をアピールする。ふわりと地面から高く浮き上がったニュクスは目にも止まらないスピードで空を(はし)り地平線の彼方に消えて行った。
 高く飛びあがったニュクスの背中の上、レアスは一度、雲海のように映る街のサメ肌岩を振り返る。

――大丈夫さ。

心の中で何度もかみしめたその言葉を胸に、レアスはエレオスが心を痛めた場所へと旅立った。

第二節 


「ふう……ここがアルセウス教のエーフィ領?」
闇夜の中、町はずれに降り立ったニュクスとレアスは暗がりでわずかにその姿を確認できる街を見ながら話をしていた。

「ええ……兄さんと違って私は夜目立つので……とりあえずはここまでですね。では、私はミステリージャングルへと向かいますので、ひとまずお別れです」

「うん、ありがとう……」

「お気をつけて」
ニュクスは、そのまま街から離れたところを多周りにして飛んでいく。それを見送ったレアスは、眠りながらを朝を待つ。東をむきながら木に腰掛けて眠り、日の出とともに瞼の裏が紅に染まる時間帯に起床すると街へと向かって歩き出した。

――まずは……町はどんなだったっけか?

『まず、鼻が曲がる匂いだけはとりあえず覚悟しておけ』


――エレオスはそんなことを言ってたけれど……実際はどんな感じなんだろう? うわっ……何これ? 本当に……

そんなことを考えながら、レアスは街の入り口まで足を進めると、実際に鼻が曲がるような匂いがする。というか酷いのは汚物――要は排せつ物が散乱していることだ。
レアスはエレオスの言いつけどおり、身を隠すための布をかぶっているが……それはなんだかすぐに汚れてしまいそうで怖い。

『ああ、道を歩くときは上に気遣え。たまに窓からそれらを投げてくるから……まぁ、一応人に当たらないように注意はするがな』


 その言葉が脳裏に浮かぶと、レアスは上が怖くなった。願わくば、絶対に頭からかぶるなどということは無いようにしてほしい。

『だが、注目すべきはそう言ったところでも平然とみな暮らしている。水の流れが清いか否かで衛生に関する意識というのは面白いほど変わるのだな。
んまぁ……その光景は面白くは無いがな』


 トレジャータウンの小川は澄んでいて、底まで透き通って見える。だが、これまで幾度となくダンジョンもそうでない場所も巡ってきたレアスにとってはそれだけがすべてではないことは当然知っている。だからと言ってこういうところで暮らしている人たちがこういう生活をしていたのはいささか信じがたい。

『あと……それで室内もかなり不衛生でな……そこに暮らしていることですら信じられんのに、
さらに不衛生な外でもきちんとホームレスが生活するとか……正直絵空事にしか思えんだろうがな。
ああ、あれは想像するのが嫌だが……一応どんなものだか幻で見せようか?』


 絵空事と言われて信用ならず、つい幻として疑似体験することを拒否してしまったレアスだが、これは体験しておかなかかったせいで戸惑って怪しまれるんじゃないかと思われるほど自身の挙動が不審である。とはいえレアス以上に不審なものもいるが、レアスの場合は全く姿が見えないくらいの布をかぶっていることがその怪しさを助長している。

『ああ、貧民街を歩く場合は盗みには気をつけろ? 私はアレだ……夜、影にまぎれて見ていただけだから盗まれたことは一度もないが……
念のため言っておくが自慢ではないぞ? なにも物を持っていなければ盗まれないのは当たり前と言っているのと同じだから。
世間知らずな奴とでも言うのかな。金をもった奴が興味本位でここを訪れるとやれれる。強盗ならばおまえは問題ないだろうけれどな、
それでもスリってものがあるから油断ならない』


 レアスはそう言われて、きちんと警戒していた。それで、最初にあった盗みは要するにひったくり。レアスが纏っている布地は何気に綺麗だったおかげで、値打ちものかもしれないとでも思われたのだろうか?
 レアスは伝説のポケモン・マナフィの姿をさらすわけにもいかないので、絶対に剥ぎ取られるわけにはいかないと、物を盗もうとしたニューラの少年とハートスワップしてそのままガラの悪そうなライチュウにわざわざ勢いよくぶつかった状態で体を返した。
 案の定因縁をつけられているが、自業自得だと無視を決め込み、レアスはまた人込みの中を進む。

――さっきの子……ハートスワップして分かったけれど、ものすごく空腹で……体中が痒くって痛くって……あんな状態で生きていられるんだね

 レアスは、これまで感じたこともないハートスワップの感覚に感傷に浸ってみるが、その間隔を反芻しようとしても、どうにも周りの物乞いの声がうるさい。その物乞いの方法が欠けた手や足、そして真っ白に濁っている眼球やただれた顔をアピールして『かわいそうだろう? なにかよこせ』とでも言いたげなことだ。
 確かに、トレジャータウンでも貧富の差はあるし物乞いもある。だが、それでもあちらではきちんと生き生きとしていて、体を拭いたり、採集した薬草や木の実を売ったり、頼まれ屋――つまりは使いっぱしりや荷物持ちで生計を立てたりなど、やたらと活力がある。
 だが、ここにはそれらがない。全くではないが、それすら出来ないくらい目を覆いたくなる状態で生きているといった方が正しいか。衛生環境が悪すぎて感染症で失ってしまう四肢や器官というものの多さは、ニュクスが『私はあそこで医者をやっていく自信はありません』といっただけのことはある。
 衛生環境の悪いここじゃあ医療なんて何の意味をもつものかと言いたくもなりそうだ。どこを見ても須らく(すべからく)水は濁っていて傷口を洗う水も体を洗う水も食料を洗う水も食器を洗う水もない。
 そりゃ、下痢も起こせば炎症も起こすし壊死なんてのもあり得るだろう・。

『衛星環境とか、治安とかについてはまぁ……そんなところだ。それが分かったところで、どうしてそんなに貧困が進んでいるかだな。
あっちの領はほぼ全体が火山帯の黒い土で構成されている上に、度重なる土の酷使により土地は痩せてしまいっている……つまり食糧が足りないんだ。
それは、貧民層以外の平民層にも及んでいて……まぁ、富裕層以外は大体腹が減っているだろうな。』


 それはもう、あばら骨が浮き上がっているようなポケモンがほとんどである事から見てとれる。トレジャータウンでは、何気に食糧が足りないことは無い。もちろん不作の年もあるが、そうでもなければ民が飢えるなんて、とてもじゃないがあり得ないことだ。なにせ、まずしいものには分けてあげるだけの器量と余裕があるから。
 だがそれは、この状況では望めない。余裕なくして成り立つ器量なんてそうそうあったものではない。

『一応鉱物資源はあるんだ。あそこは昔海だったらしくてな……昔は海底火山だったから、土がアレな代わりに鉄は豊富だ。
だから食糧の輸入を行うには食糧が豊富なブラッキーやリーフィア領より輸入を行うしかないが……遠いから、輸入できないんだ。
穀物が安いブラッキーやリーフィアではどうともし難いから、値段の高いサンダースやカクレオン領から輸入するしかない。
それには奴隷貿易だけでは補いきれないから、奴隷を使って……貧民から搾取して……そうして国が成り立っているんだ。
体の一部がない者は、感染症だけじゃない。鉱山で事故や農場で破傷風というパターンはザラだ』


「そのための……貧富の差か。ひどいね……」
見つめていると訳もなく涙が出てくる光景に、レアスはをそむけたくなる。

『他にも幼児売春のための幼児狩りだとかそういうのもある……
お前は高く売れそうだから浚われるぞ。まぁ、表立っては行われないが裏通りに入ったら気をつけろ? 変な薬嗅がされるかも知れんからな』

 その言葉を思い出して、レアスは人通りの少ないところに……いくかどうか悩む。エレオスの気持ちを知るためには行くべきなのかもしれない。
 ホームレスたちにも縄張りというものがあるのか、やたらとレアスを睨み警戒している。周りではゴミ漁りや何やらをしていて、それの陣地……えさ場を横入りされるのが彼らにとっては死活問題なのだろう。

「くそ……こんなのって」
 トレジャータウンではゴミなんてほとんど出ない。灰だって藁屑だって商売になるからだ。それは回収される立場にとっては『どうぞもらって行ってくれ』なのだが、ここでは違う……違い過ぎる。
 ゴミを奪われたくないという世界がレアスにはたまらなく新鮮で……しかし、ショックだった。

 流石に人攫いに遇うというようなことは簡単にあるはずもなく(あっては困るが)、レアスは平穏無事に裏通りを抜ける。平民達が住む……と言われる区域は不衛生ではあるものの、そこまで酷くは無い。
 とはいえ、繰り返し言いたくなるほど不衛生で物乞いがここまで進出しているところを見ると、その貧窮ぶりがうかがえる。

――エレオスは、中間はあまり見る必要がないって言っていた。じゃあ、見るべきは……あっちか?

 レアスは富裕層が住むという区域を見る。こういう上流階級の住む場所は何度かは言ったことがあるが、その時はもちろん裸で行くことが多い。こんな布をかぶっていて大丈夫なのだろうかと不安に思いつつ、レアスは歩みを進めて行った。

第三節 

「ここはお前みたいなのが来る場所じゃないぜ?」
 道路の舗装が変わってから数百歩といったところだろうか、レアスは呼び止められた。貴族、豪商、教皇貴族……どういった階級のものかは知らないが、上流階級の者であることは間違いないであろう。
 高価そうな金品を纏い、香水で臭いを取り繕ってはいるものの、やはり不衛生なのが原因か魅力の源であるビロードのような美しい毛並みなどが壊滅的で、飽食なのか体型まで問題ありなエーフィ。と、その従者とみられる屈強そうなマリルリがそう話しかける。傍らには、もう一人これまた屈強そうなヤミラミがいる。

「道は皆の物なんだよ。僕が通って何が悪いのさ?」
むっとしたレアスはぶっきら棒にそう答える。

「シャン様の前で無礼な口を利くな!!」
どうやらシャンという名前らしいエーフィの名を傘に立てながら、水の波導を纏った尻尾を上方から見て反時計回りに回転させてレアスを一蹴……出来るはずもない。
 レアスは左前方から襲ってきた尻尾を、自身は右に移動してやわらかく勢いを受け流しつつ片手で受け止め、反撃として手加減したエナジーボールを高速で顔面にぶつける。
 探検隊で例えるならば、レアスがハートスワップを使わなくとも、相性が同等ならばウルトラランク程の探検隊でなければならない。ハートスワップを使っても良い場合ともなれば、例えマスターランクが3人束になってかかっても10回に1回は相手が不覚を取る。それがレアスの強さなのだからこのフローゼルも相手が悪い。

『ちなみに……向こうではな。王権神授説という考え方があって……神の子孫、アルセウスの力を受け継いだブイズ及びカクレオンを王として、
【王権は神から付与されたものであり、王は地上における神の代理人であるのだから、王は人民に拘束されることがなく、
王のなすことに対して人民はなんら反抗できない】という考え方がある』

 エレオスの言葉が脳裏に蘇ってくるが、レアスは感情の抑制が効かないとばかりに行動を続ける。

「シャンって……そのエーフィのこと? 何でその人の前じゃ無礼な口をきいたらいけないの? 頭湧いているの? 変なこと言わないでよ……子供じゃあるまいし」
 地面に伏せた相手すら見下ろすことが出来ない身長のレアスだが、口調は完全に見下している。その態度に激昂したのか、エーフィはレアスを睨む。

「この無礼者を血祭りに上げるぞ」
 レアスはこのエーフィの沸点の低さや浅墓さに呆れかえり、溜め息をつく。

『いいか? 貴族や教皇貴族と呼ばれる身分が与えられる種族はブイズとカクレオンのみではないが……
やはり、それらがそう言った役職についている比率はきわめて多い。それらは免税の上に税収で暮らすことだって出来る……
まぁ貴族の中でも下位であれば、そうとも限らんがな……そう言う奴らの圧政が貧窮の二番目の原因にして解決すべき事象だ。
貴族でなければ人にあらず……というような奴らだ。お前が尊大な態度を気に入らない確率はかなり大きいが、
そう言う奴らとは絶対にトラブルを起こすなよ? 絶対だ!! 死ぬかも知れんからな』

エレオスの言葉が次々と再生されるが、レアスには最早後戻りはできないようだ。

――なら、最後までやってやろうじゃない。王権神授説だか何だか知らないが、粋がりやがって……

 ハートスワップは、一日に何度も使えるものではない。まだ一回しか使ってはいないものの、そろそろ無駄遣いはやめようと正攻法で攻めることに決めたレアスは、襲い掛かる二人に真っ向から立ち向かう。
 マリルリの水を全身に纏い突撃する技――アクアジェットは、跳躍から踏み台にして地面に叩きつけつつ、自身は大きくジャンプしてヤミラミのシャドークローを避ける。

「うっ……」
 空中にいるレアスに追撃をしようと、ヤミラミも負けじと恐ろしい幻を見せようとしてきたが、レアスの親友であるエレオスの方がよっぽど恐ろしい幻を見せてくるせいで免疫は付いている。

「こんなの……大したこと」
 エレオスと比べればはるかに人生経験の少ないであろうヤミラミの見せる幻などたかが知れたもので、その程度に精神的なダメージを受けるほどレアスは弱くない。現実で恐ろしい体験をしたことがある事実も無視出来ないだろう。
 レアスはチャチな幻を一瞬で振りはらい、技に集中していた敵に生じるその隙をつく。頭への踏みつけから虫の波導を込めて最大限の力を込めて蹴り飛ばし、自身も反作用で後ろに吹っ飛ぶ。
 吹っ飛んだ先にいる、ようやく起き上がって振り向こうとしたフローゼルへと仰向けに突進、眼球をその腕で渾身の力を込めてはじきつつ、その攻撃で勢いを殺して着地。
 着地と同時に尻尾を掴んで逃げられない、かつお互い吹っ飛ばないようにしつつ、零距離で草の波導で球体を形成してエナジーボールを放つ。今度は手加減が一切なしで。
 レアスは身長が小さいためフローゼルの浮袋を利用すれば半身以上が隠れる。それを利用して、レアスは敵の体に隠れつつ呼吸を整える。
 一秒だけ深呼吸をしたレアスは、爪を構えて飛びかかってきたヤミラミに滝を登れるような勢いで突撃する。レアスは反作用で地面に急降下し、ヤミラミは鈍い音を立てながらふわりと舞って、意識が飛んだのか受け身をとることもなく地面に落ちる。

『貴族とトラブルを起こしてしまった場合は……すぐに逃げろ。出来れば最寄りの不思議のダンジョンをあらかじめ把握しておけ。
不思議のダンジョンは聖地……そこにホイホイと入れるものはいない。
というか、許される許されないないを抜きにして入ることが出来るのは……アルセウス教の教えに少なからず疑いを持てている者だけだ。
貴族がそんなことをしたら権利は剥奪されるだろうから、存分に逃げても大丈夫だぞ。って、逃げ道を教えてどうするんだ私は……
こんなこと言ったら逆にお前が実行してしまいそうで怖い……』

 エレオスがそんなことを言うからレアスにはどこか『逃げれば良いや』などと楽観的に考えていた部分もあるのだろう。
 それに、レアスには圧倒的な勝算がある。ハートスワップの能力は突然味方が襲いかかってくるという恐怖を演出できるため、レアスは傍目から見れば人の心を操る悪鬼である。
 特に可愛らしい見た目を隠し布に包んでいると正体が分からないだけに恐怖は増大する。正体が見えていればアンバランスすぎて逆に怖いかもしれないが。とにもかくにも、その恐怖は相手の抵抗する気概を根こそぎ奪うのだ。

「さて、いきなり暴力的なお兄さんをけしかけてくる君と、ただ道を通る権利を主張したか弱い僕。無礼者はどっちかな?」
「そ、それは……」
 レアスはエーフィを睨みつつ、あざ笑うように問いかける。その視線は水に濡れた布の下に隠れていて見えないが、威圧感は確かに伝わってくる。
 その威圧感にたじろぐエーフィにじり寄りながら、レアスはバッグの中から、ちょっとした技では解毒出来ない強力な毒薬を取り出す。

「答えられないの? もういいや、君は不快だから……僕の前に立たないで……」
 そう言って気絶しているフローゼルの体に腰掛けると同時に、水溶性の被覆材に覆われた毒薬を放り投げハートスワップでエーフィの体を強奪。放り投げた薬をのみこんだ。

「な、今何が……うぐっ舌が……」

「それ、毒薬だよ……飲んだら死ぬけれど、被覆材が解ける前にこれ飲めば死なないよ」
 そう言って、レアスが解毒剤を提示すると、エーフィは耳や尻尾を垂れ下げ、血の気の引いたような表情をする。レアスの言葉だけでは何をされたかも分からないが、被覆材にあらかじめつけておいたマトマの実の辛味や、喉の奥まで続くヒリヒリと焼けつくような感覚が何かを飲まされたというのは把握できる。

「でも、タダじゃ上げないよ。地面に鼻面くっつけて謝ってよ。僕に無礼を働いた(カド)についてさ」
 冷たく、有無を言わせない口調でレアスは言い終える。前述したとおり、ここの衛生環境は非常に悪く地面には排泄物が公然と転がっている。そこに鼻面をこすりつけるという意味は、改めて説明する必要もないだろう。

「な、貴様……私を愚弄するか? 今すぐそれをよこせ。さもなければ神罰が下るぞ!!」
なおも往生際が悪く神の子孫という威光にすがりつこうとするエーフィに対し、レアスは哀れだと同情すら覚えそうになる。そのあまりの滑稽さにハハッと小さく笑い、口を開く。

「そう……神罰下してもいいよ? 僕、皇子だから多分大丈夫だし。
 それにしても、神の子孫は僕が見ている前じゃそんなこと出来ないみたいだね。ならいいよ……解毒剤はここに置いていくから。ご自由にどうぞ」
 レアスは排せつ物が水たまり状になっている場所に解毒剤を投げいて鼻で笑う。

「な……」
 このようなことをされた経験は当然ないのだろう、怒りを上手く表わすことすらできずにエーフィは硬直する。
 レアスはそれを見ると、飽きたように後ろへ向き直った。

「どうやら無礼者は僕みたい……帰るね」
 レアスは歩き出す。

「ふ、ふざけ……」
 何か言いたげだが、恐らくこいつは従者より弱いのだろう。頼りになる二人がいなければ満足に文句すら言う事が出来ないようだ。そんな腑抜けが人の上に立っているかと思うと反吐がでそうだと、レアスは心の中で何度も毒づいていた。
 そうして、表面上平静は装いつつも長居していたら何か報復のようなものでもあるのではないかと恐れて、若干早足で十字路を左に曲がってエーフィ死角に入ると、そのまま屋根や塀伝いに飛び、足早に街を脱出する。


 さっきのエーフィと出会う前にも、ここの住人には良い顔はされていない。富裕層達のさげすむような視線が痛かった。見下して……苦しむ立場の者たちに対しては、無関心で蔑に(ないがしろ)して、正直吐き気がする。
 追手らしきものが付いているのだろうか、足跡から外れた道を歩けばばれそうなので、途中までは道に沿って歩いてきたし、そもそもレアスの体重や体の大きさでは草の跡ははっきりと残らない。
 それでも、匂いを辿られたりとか、空から探されて偶然……といった可能性は捨てきれず、近くのダンジョンに逃げ込むまではレアスは安心できなかった。これがもしホウオウ教の――西側であれば、ダンジョンに逃げ込んだからと言って決して安心は出来ないが、こちらでは安心できるというのが簡単でいい。

濁った大河の支流に形成された不思議のダンジョン内部にて、ヌマクローやナマズン等を草の力で蹴散らしつつ、レアスは悩んでいた。

――あぁ……エレオスになんて言おうかな? 今回のこと……。

こういったどうでもよいことが考えられるのも安心できた証拠かもしれない。


レアスはその後もいくつか街を回るとともに、奴隷たちが強制労働をさせられているという場所を見た。奴隷の主な構成はサーナイト等、ラルトス系統。これもエレオスの言ったとおりであり……実情が予想を超えて酷いものであった。
 流石に働いている場所まで潜入することはできなかったが、宿舎――といえるかどうか、雨風さえしのげるかどうか怪しい掘っ建て小屋に眠る彼・彼女らを見れば一目瞭然だ。眠っている場所が遠目からでも見えるのだから、雨風はしのげないとはっきり言っても差支えがないのかもしれない。


――エレオスが悲しんだ理由はわかった……さげすむ心や憎しみ、悲しみ、そう言った物を結晶に吸収してあの状況を変えようと思ったのも頷ける。
  でも甘い……綺麗事だけじゃあれは変えられないと思う。エレオスの能力は誰よりも何よりも優れていると、贔屓(ひいき)目かもしれないが僕は認めている。
 でも、『誰よりも優れている≠全能』なのだ。エレオスは、いい人すぎる……誰にも傷つかないで世界は平和になって貰いたいとか思っている……
  もちろん、それは素晴らしいことだとは思うけれど……それじゃ何も変わらないんだ。汚いことだってやってのけなきゃいけない。汚れない掃除用具など無いのだから。
  なんにせよ、あんなひどい事がまかり通るなんて許せやしない。
  それだけではない。経験・人望・知能・カリスマ・能力・力……一緒くたに含めたとき、僕より劣る者に僕の上に立たれるのは我慢ならない。
  そんな奴ら、全部潰してやろうじゃないか。蒼海の皇子(うみのおうじ)を差し置いて上に立つなんて誰が許容してやるものか。

 レアスは、人生において2回目に死にかけた経験で、他人を殺すことに対するためらいが薄れ始め、反面教師的な支配者たちを見てマナフィの種族としての血が騒ぎ始めた。それを本人自身が意識することは無く、表面に出すこともないために誰にも疑問を持たれることがない。
 ただ、その心情の変化は結果的に多くの利益をこの国にもたらすことになるのは、幸福なことだという他ない。


 ダンジョンを抜けたレアスは、ニュクスを乗り回してきた前半と違い、徒歩での道中となる。ただ、西北西にあるトレジャータウンに帰るわけではなく、今回は北北西に歩みを進めている。今度は、エレオスに宿った負の感情から生まれた悪しき人格を消し去る為、最後に訪れているはずの地である水晶の洞窟を目指すためである。
 もちろん、再びエレオスと落ち合うためだ。

 ニュクスが空を飛ぶスピードとは30倍ほど、時には100倍ほどスピードに開きがあるのんびりした旅ではあるが、すでに不衛生な場所を抜けたから匂いやら何やらが染み付いてしまった布は捨てていて、とても快適だ。
 誰も話しかける者のいない旅は少し寂しくもある、だが、海にいるものを統べる時とは違う顔として、悠々自適に海を旅するマナフィの血なのだろうか、こういうのが妙に性にあっているのも事実で、一人旅の気楽さは普段のそれとは違った楽しさがある。
 それに、仕事ではなくただの旅人としていろんな村に訪れ、春先ということで農作業を手伝ったり草を刈り取って干し草を作る作業を手伝ったりなどしてその見返りに食事にありつくというのもレアスは好きなのだ。
 銅貨を見せるよりもずっと大変なことなのに、それを楽しみに変えられるのは最近産声を上げた黒いレアスと無邪気なレアスの二面性によるものであろう。

そうしていくつか村を渡り歩き、レアスは山頂から俯瞰(ふかん)する。

――ここから先はしばらく川かぁ……遠回りになるけれど、こっちの方が速いし……楽だから泳いで行こうかな。

 レアスが好きな雨――にわか雨の降り注ぐ中、急流と化したV字状に削り取られた谷の流れを苦もなく泳ぎ、温かい北へと向かっていく。
 見下ろす斜面を覆う緑が、遠くに行くほど雨に遮られ白に霞み、グラデーションが形成されていた。


 レアスが黒くなった理由その2……ようやく欝展開もひと段落。したいのですが……次回はどうだろう? 鬱にはならなくとも、悲しいお話になってしまいそうです。
 レアス君は黒い方も無邪気な方も好きなのですが、使い分け難しいです。

 最後に……エーフィが嫌いなわけではありません。この作品でも喫茶店でもひどいことになっていますけれど……


コメント・感想 

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お名前:
  • 早く次の話し読みたい。 -- 2009-03-14 (土) 19:32:16
  • なんかひどい話ですよね。頑張って下さい。 -- XZ ? 2009-03-14 (土) 19:31:05
  • >2月18日の名無し様コメント返すの忘れていました。
    エーフィはまぁ……色んなエーフィがいますので、ここの世界では最悪の存在なのですよ。権力を傘に偉ぶっているような……
    そんなエーフィだからこそレアスも支配者として君臨しているのが許せないのでしょう。
    >X様
    ただいま製作中です。少々お待ちください。 -- リング 2009-03-14 (土) 01:50:09
  • 次の話はあるの? -- ? 2009-03-14 (土) 00:56:40
  • エーフィ好きだけどあんなエーフィはきらーい。 まぁ、がんばってください。 -- 2009-02-18 (水) 16:49:29

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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