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漆黒の双頭第2話:片割れの命拾い

/漆黒の双頭第2話:片割れの命拾い

作者……リング

プロローグ 


第1節 

エレオス……君は汚いことをたくさん知っていた。でも、世界が狭まったあの時は……確かに楽しかったはず。そうだよね?
世界が狭いときは、広がってゆく世界にワクワクしたものだよ……。
今は違う……汚い部分を知れば人は変わる。それなのに世界が再び広がった後でも変わらない君が……僕には尊敬できる。

レアスはそんなことを思いつつ、目を閉じると夢の世界へと旅立っていった。


 レアスが思いを馳せていた過去……始まりは、かつて世界を暗黒へと変え、自らが最も快適に過ごせる世界を作ろうとする者が無様に敗れたころのお話である。
 本来は彼が知りえないことも、彼が知っている理由は簡単なことである。元は人間であるという母親とハートスワップした際、何かに触れると過去や未来を知ることのできる能力『時空の叫び』が発動したことによる。
 精神的に疲弊したレアスは、そうして見た親友の記憶を夢の中に移しだす。


 溶岩の煮えたぎる火口。唯一涼しそうな顔をしているヒコザルと、熱そうな顔をしているクレセリアのニュクスとピカチュウ。そして、ダークライ。
 ダークライはピカチュウとヒコザルの二人を精神的に追い詰めパルキアに殺害を謀らせようとしたり、夢を見せて迷わせたところを殺害する姦計を立てたり、それすら絆の前に頓挫したときは大勢の兵隊を以って包囲戦をけしかけた。
 だが、それすら敗れたときは根極まって逃げを選び、過去へ続くか未来へ続くかも分からない時空の穴をあける。攻撃をしようとも届かない……3人があきらめかけたその時に、空間の神、パルキアが突如として現れた。

「空間の歪みを広げた罪は重いぞ、『黒いの』! 正義の鉄槌だ、喰らえっ!」
パルキアがうなりをあげて襲い掛かる。
白い巨体・パルキアがうなりをあげて襲い掛かる。

「『黒いの』って……名前覚えていないの!?」
黙って見守るべき場面でありながら、ヒコザルの男性はそこに冷静に突っ込みを入れた。

「グオオオオオオオォォォォォォォォッ!」
 パルキアの両肩に輝く珠から烈光が走り、そこから竜のように勢いよく湧き出た真珠色の液体が『黒いの』を襲う。
  液体は白い巨体と意思を疎通するように襲いかかり、黒い体に纏わり付き、その身に残る活力を根こそぎ奪っていった。

「うわ……うわあああああっ! くっ……こんなところで……冗談ではない」
 『黒いの』こと、ダークライは逃げ道として用意していた『時空の穴』に這うようにして向かっていく。

「逃すかぁっ! 俺を女の振りして騙しやがって……
 白い巨体は気合いの入った声と大声では口に出せないセリフとともに距離を一気に詰める。そして、満身創痍の『黒いの』に両手に溜めた闘気をほぼ零距離で撃ち出した。

「ガァッ!! クァ……ァ……」
 悪タイプの弱点であるそれを為すすべなく直撃させられた『黒いの』は、闘気に吹き飛ばされながら『時空の穴』へと堕ちていった。


こうして世界は二人の勇敢な探検隊とそれを補佐する仲間たち。そして突然現れていいところを持っていった空間の神により救われた……だが、無論のこと物語はそれで終わりではなかった。



 草花が生い茂り、レンガ造りの家並みが立ち並ぶ美しい街。太陽が顔を出してからまだ数十分しか時間を刻んでいない早朝の事。
 高くもなく低くもない煙突と、カーテンが閉められた窓。家と同じくらいの広さの庭に少しばかりの野菜が植えられている。

 少しばかり他の家より広いことを除いて、ごく一般的と呼べるその家から、二人の男女の元気な声が聞こえていた。

「姉さ~~ん。ちぃたぁ待ってくれよ~~」
男が叫ぶ。男の外見は、青と白を基調とした体色で、下半身と手の甲、顔面に刻まれた三角模様が青色をしている。
 足は立って休む程度のものでしかなく、歩いたり走ったりするのには明らかに向いていない。手は胸の部分に収納できるようになっていて、体はサイコパワーにより、常にふわふわと宙に浮いている。 この男性の種族はラティオスと呼ばれるものだ。

「はよぉしんさいやアズレウス。相変わらずアンタは準備がとろいんじゃけぇ」
 そしてこちらの種族はもちろんラティアス。外見はラティオスよりも二回りほど小さく、色は青い部分と赤い部分が逆になったくらいであり、体型には大きな違いは見受けられない。ちなみに、男の姉である。

「姉さんも化粧くらいすりゃぁいいんで。女の子なんじゃけぇさ。それに男だってわや大変(わや)なんじゃけぇ……ニキビの手入れとか」
ラティアスはアズレウスと呼ばれたラティオスに対し馬鹿馬鹿しいといった風に手を振る。

「化粧じゃのぉんて、あがぁな金も時間も無駄に使うもんを誰が好き好んでやるかっていうん?」

「村中の女性がやっとるよ……やっとらんのはワシのクリスタル姉さんくらいじゃ」
アズレウスはふうっと大きくため息を吐き出して囁く様にそう漏らした。バッグへ荷物を入れる手は止めていない。

「そがぁなこと知らんわのぉ。そがぁなもんはあんたの妄想の中のカノジョにでもやらせときゃええんよ。わしゃぁ化粧なんてせんでも十分美しいから問題ないわ」

「妄想って……どうせわしにカノジョなんとらんよ。でも、ワシは結構もてるんじゃぞ?」
アズレウスは、ようやく荷物を詰め終えたバッグを抱えて、ラティアス――クリスタルと呼ばれた彼女の隣に並んだ。

「女が苦手でまともに話しもでけん童貞がうるさいな」

「くっ……」
姉の言うことは図星である。アズレウスは反論したいが、出てくる言葉は『うるさい』や『黙れ』といった幼稚なものでしかなく、口げんかにも普通の喧嘩にも弱い自分に絶望しながら歯ぎしりするのが最も賢明な選択となる。
 それが、ただただ悔しかった。加えて、その女が苦手な理由が姉が原因だということもまた、悔しさを一掃倍増させる。

「くそ……姉さんだって処女のくせに」
アズレウスは聞こえないように言ったつもりだが……

「アズレウス、わしが一生童貞で困らん体にしてあげようか?」
その口には、すでに龍の波導の塊を放つ準備が出来ていて……

「やめ……グベラバッ!!」


 この二人が暮らす村はラティスガーデンと呼ばれている。
 空間の神、ソリッド=パルキアが居を構える『空の裂け目』の一角に生じた並行空間内に存在する街である。ここは現行世界との交流が無く、そのためここの存在も現行世界には知られておらず、またこちらの住人も現行世界の事情には疎かった。

 それでも、そこに社会があれば、ところどころで似たような構造が発達することもある。例えばこのラティスガーデンにも探検隊やギルド(協同組合)に似た概念はあった。


 この二人、まさしくその探検隊に当たる通称『ハンター』と呼ばれる職業についており、ダンジョン内での採取や狩猟を主としている。
 ラティスガーデンと言うだけあって、ラティアス・ラティオスの人口は多いのだが、この二人はその一族の中でも特に強い力を持っていることで、村では有名であり、村一番で頼りになる戦士である。
 その有能さを表す実績は、このラティスガーデンから近郊にあり難易度の高さも随一なダンジョン『空の裂け目』に、彼女らの(おさ)ともいえるパルキアが居を構えている。
 だが、パルキアの元へは普通は四人で行くもので、そこまで二人だけで行って無事でいられるハンターは街で唯一、彼女たちだけであるということだ。といえなその有能さも伝わるだろう。


そんな二人が、最近毎日のように『空の裂け目』を散策している。最近、パルキアが姿を見せないのである。二人は、ここを見守るパルキアに対し、ガーデンの近況を伝えるべく新聞を届けたり手紙のやり取りをしたりする仕事についているのだが……最近はいつも置き手紙と、報酬として用意されている真珠が置かれているだけで本人は姿が見えない。
 おき手紙も、『いつも済まない。いまは忙しくて返事が出来ずに済まん』としか書かれていない。
 そんなある日のこと、その奇妙な現象は起こっていた。


「なんじゃろ……これ?」
そうアズレウスがつぶやいた。
切り取られた島が浮いているような外見で、その淵に立って崖から眼下を見下ろせば、歪んだ空間の虚空に浮かぶ自分たちを抱いた島が合わせ鏡のように無数に映る。そのくせ、上を見上げても島の下部は見えないのだから面白いというか、不思議と言うか。
 その島は岩と黒い土の二言で表すことができる不毛な島で、なかなかに味気のない景色である。

そんな場所――『空の裂け目』の14階層を歩いていると、闇に捕らわれた『ヤセイ』のポケモンたちが眠りながら苦しんでいる。ある者は自分の腕に噛みつき、またある者は胸のあたりを掻きむしり、どちらもその部位を鮮血で染めている。
 いままでみたことの無い異様かつ凄惨な光景に二人は戸惑った。

「なんだか分からんけど、こりゃぁ異常事態……ってゆぅんじゃないかしら?」

「違いないのぉ。何が起こったんか調べよう。悪いことが起こってからじゃいかんけぇのお」
 二人は外に露出していた手を収納して、保護色をまとって擬態しながら高速で飛び出し原因を……探す必要もなく、その異常事態の原因はすぐに見つかった。寝ているポケモンが点々と続いているのだ。まるでアリの行列のように。

その行列の先頭に異変の原因と思われる者がいた。そいつは白濁した液体にまみれた状態で苦しみながら、荒い呼吸をしている。見た目としては全体が黒いドレスのような外見で、スカートのように見える部分と肩の部分には布のようなものが風もないのにたなびいている。
 真っ白な髪の毛も同様で、空気より軽いかのように上へ向かってたなびいている。首にある牙の様な輪っかは鮮血を浴びたように真っ赤であり、性別はその顔の印象から察するに恐らく男性である。


「カッコエエ……」
クリスタルは消えそうなほど小さい声でそうつぶやいた。アズレウスには聞こえなかったようだ。

 慎重に近寄ったつもりであるが、その男は『誰も近寄るな』とでも言いたげな表情で二人を睨んだ。異常事態の様子から察する限り、こいつは眠りと混乱を合わせた技を使うようなので、二人はとりあえず『神秘の守り』で安全対策を行う。
『誰も近寄るな』とでも言いたげな表情でその男は二人を睨んだ。異常事態から察する限り、こいつは眠りと混乱を合わせた技を使うようなので、二人はとりあえず『神秘の守り』で安全対策を行う。
 これを使えば、余程強力なものでなければ状態異常から身を守ってくれる便利な技だ。

「なあ、あの白い液体……ソリッド様のパールブラストを喰ろぉたじゃなかろうか……」
アズレウスがその男の白濁液にまみれた見た目からそう推測する。

「みたいなぁ……あがぁな見た目になるなぁそれしかありゃぁせんし。だとしたら、力ぁ奪われて……もう技らしい技は使えんはずよの……ていうか、二日くらい放置されている見た目じゃのう……大丈夫じゃろうか? 普通なら心うしなっとるぞ……どがぁな精神力しとるんじゃろう?」
 クリスタルの言葉通りの状況で、その男は最早意識があることさえ不思議な見た目をしている。
 無数の引っかき傷や火傷(これを付けたポケモンは不明リザードンかゴウカザルあたりだろうか?)。
 ギザギザ模様の何か(形状からピカチュウの尻尾で間違いないだろう)で殴打された場所。
 酷い(アザ)になっている場所や、鋭利な刃物で切り裂かれた痕(エルレイドあたりだろうか?)。髪も布の様な部分もところどころ焼け焦げている。

 そんなただでさえ酷い状況なのに、これ以上あの活力を奪うパルキア特製の水をかぶっていたら命に関わりかねないため、早く洗い流してあげるべきだろう。とは言っても、二人が保護色を纏っているにもかかわらず、男は正確にこちらを睨んで警戒している。こんなボロボロの状態でも警戒心の強さは相当なものだ。
 これでは迂闊に近づけば攻撃されかねない。そのためクリスタルはゆっくりと正体を現し、次いで出来るだけゆっくりとその男に近づいて敵意が無いことをアピール。警戒を解くことを試みる。
 それでも、男はやはり警戒を続けているようで、腕には悪タイプの技を放つ準備がなされている。ダンジョン内という性質上、今まで近づいて来た者は男を見るなり襲ってきたはずだ。
 二人を警戒するのも当然だろう。

 ようやく肉薄したクリスタルは、男に付いた液体を水遊びをするように優しく洗い流す。霧状に噴出された水流に殺意はなく、男は呆然と体が濡れるに任せている。
 続いて、クリスタルは衰弱したその体を労わるように抱きしめた後、唇をかみしめ血を滴らせる。
 自身の血を犠牲にして発動するこの癒しの願いという技でエレオスの火傷や傷は幾許かなりをひそめていく。あまりやり過ぎればクリスタル自身の体力が持たないためにかなり力を抑えてはいるが、それでも効果は高いようだ。
 これにより、反応に困っていた男はさらに反応に困ってしまったようで、クリスタルが救世主にでも見えたのか、涙を流しながらクリスタルを抱き返した。

 すでに体力も気力も限界であったようで、抱き返したその腕の力は無いに等しく、男はクリスタルの肩に顔をうずめるとそのまま眠ってしまった。
 一人あんな状況に立たされ、いつ死んでもおかしくない状況だったが、思いもかけない助けが現れて安心して気が抜けたという事だろう。

「あらぁ……寝ちゃーたよ。一体なんなんよ……?」

「くぅ、ちぃと羨ましいのぅ」
 消えそうなほどに小さな声でアズレウスがそういったが……聞こえていたのか、クリスタルが白い眼差しでジロリと睨む。そのすさまじい殺気とさげすみの視線には、たまらずアズレウスはうつむいて目をそらした。

「さて、なんだか知らんのんじゃが、このまんま死なれちゃ困るわよのぉ。何か食べさせにゃぁいけんわの♪」
 異様なほど楽しそうにクリスタルが言う。

「ん? まあ……」
 その異様な雰囲気に気圧されたアズレウスが生返事で返すと、クリスタルは嬉々として男を地面に寝かせる。
 バッグの中からオレンの実を取り出し、実を口に含むと口の中でよく噛みほぐす。アズレウスはようやくクリスタルが何をしたいのかを察した。
 要するに姉がしたい事とは、口移しで食料を与えようと言う事だ。事実上、出会ってすぐにキスをしたいということであり、驚異的な手の速さである。
 
「ああ、姉さん……そうゆうなぁはわしがやるよ」
 その瞬間。『空気を読んで黙っていろ』と言わんばかりに、ドラゴンクローの要領で龍の波導を纏ったクリスタルの裏拳――いわゆるドラゴンナックルとでも呼ぶべき技がアズレウスのわき腹に飛ぶ。
 素早く、予備動作も少なく正確にヒットするその瞬間までアズレウスにその発動を知られることすらなく、アズレウスの体は無防備なままだった。


「おぉぁぁぇぁぉぉぉぉぅぅぅぅ……」
そんなものをそんな風に食らえば、当然こうなる。

「あんたは余計なことをゆわのぉてもええんよ、アズレウス♪」
 アズレウスは不意打ちによる激痛に耐えかね、浮遊していた体を地面に沈めるように横たわる。
 クリスタルはアズレウスのうめき声も苦しそうな様子も無視して、口移しで男の口にオレンの実を含ませようとするが、首周りの牙飾りが邪魔で正面から口を合わせることが出来ない。
 仕方がないので口を斜めに逸らして中に噛み砕いた食料を入れる。そうした後は、あごを上げて、気道を確保する要領で食道を確保する。最後に男の体を起こし、口をふさいで首から背中にかけてを軽くたたいて嚥下(えんか)させた。

それが済んだら、今度は脈拍と呼吸を確かめる。どちらとも弱々しいものの、リズムはしっかりしている。

「体力はこれでおおかた元に戻るはずじゃし、オレンの実は栄養も十分あるけぇ、これなら帰る(いぬる)まで大丈夫よの」
わき腹をさすっているアズレウスに確認するように問いかける。

「うぅぅ、うん……ああぁ、きっと大丈夫じゃあや」

「大丈夫じゃなかったらあんたの昼食抜きじゃけんね。覚悟しんさいや♪」
アズレウスは頭に手を当てながら大きくため息をつく。クリスタルはさっさと男を背負って、再度歩く速さで移動し始めた。

「なんでわしが……昼食抜かれなきゃならないんじゃ」
これから先、アズレウスの憂鬱な日々がしばらく続く。

第2節 


黒い男は目が覚める。
――此処は何処だろう? 確か……見覚えのあるダンジョンでラティアスに出会ってから記憶が無い。今の自分は毛布とベッドに包まれている。
  隣を覗いて見ればかわいらしいラティアスの女の子が毛布にくるまれながら小さな寝息を立てている……いや、こいつが(くだん)のラティアスか? こいつが私を助けてくれた者なのか?  いや、どちらでもよいこと……体がまともに動きそうにない今、誰かに頼るしか道はない……

「あの……」
眠っているラティアスに手を伸ばしながら問いかける。指先が顔に触れるとラティアスはハッとしたように目を開ける。
 そして目をパチクリとすると、まずは上機嫌で一言。

「おはよう。気分はどうじゃぁ?」

「あ、ああ……悪くは無いと思う」
そこまで言って、男は今の自分の腹に走り続ける耐え難い違和感にことに気が付く。

「だが、少し……いや、かなり腹が減っている」

「そぅかぁ……二日間すりおろした果実やお粥くらいしか口にしていなかったけぇのぉ……じゃぁ」
ラティアスは部屋のドアの方を向いて大声で叫ぶ。

「アズレウス~~! 今から大急ぎで食事を用意せー。三人分じゃけんね。足りなかったらあんたの分は無しや~!」

「わかりたんじゃ。わかりたんじゃ! ちゃんと三人分くらい余裕であるんよ」
寝ぼけた声であることから、寝起きだということが分かる。二度返事で返している辺り、こういう態度にうんざりしているようだ。

「アズレウスというのは……ラティオスの名前か? お前の名前は……?」

「ふふ、人に名前を尋ねるときにゃーまず自分から名乗るもんよ」
素直に教えてくれれば良いのに、と思いながらも男はしぶしぶ答える。

「私の名は……確か……エレオスだ。種族はダークライだったはずだが……よく覚えていない。記憶が……ずいぶん曖昧だ」
ラティアスは首をかしげる。

「自分の事思い出せんか?」
ラティアスの問いにエレオスは記憶を手繰り寄せようとして、出来ないことを再確認してうなずく。

「ああ、残念ながら……」

「ふ~ん、そう……貴方のこと、よう知りたかったのに残念のぉ。まあ、ええわ。わしの名前はクリスタル。種族はご存知んようにラティアスよ。クリスタルって呼んでぇな」

「はあ、クリスタル……とりあえず助けてくれてありがとう」
エレオスはベッドに座ったままお辞儀をした。

「ええんよ、お礼なんて。それよりアンタ、記憶が無いってこたぁ何処かにいくアテも無いんじゃろ?」

「ん……まぁ」

「なら、しばらくウチに住みな。歓迎するけんな」
エレオスは驚いたように目を瞬く。

「私なんかで良いのか?」

「質問に質問でか・え・さ・ん・で」
三本指の中の真ん中の指を眉間にくっつけるように近づけながらクリスタルは言った。

「アンタでいいから歓迎するんじゃろうが。くだらんこゆわせんの。その代り、いろいろ手伝ってもらうから覚悟しんさいや」
鼻に触れそうなほど近づけた指を丸めてクリスタルはデコピンをくわえた。エレオスは顔をしかめながら額を押さえている。

「……確かによく考えればそうだな。いつまでかは分からないが……お言葉に甘えさせていただく。」

「ふふ……若いスバメを囲っちゃった」
 誰にも気がつかれないような声でそういったクリスタルの顔には怪しい笑みが浮かんでいる。
 実は彼女……今までのアズレウスに対する扱いからもわかるとおり生粋のドSであり、自分より強い男性をMに調教するのが大好きで、一時期はパルキアすらも屈服させたいとすら思っていた。それは無理であると最近は思いなおしているが、『こがぁなぁが相手ならいける!!』と、クリスタルはそう確信してこの男を助けたのだ。
 それに気がつくものや、知る者は……誰もいない。


――はぁ……姉さんは同年代の男のたいがいに魅力を感じんって言っとったけど、その理由軒並みがひどいけぇ。

  ラティオスは『青白くって活力を感じないから』。同族なんに……
  エルレイドやサーナイトも同様に『体が細くって弱々しい上に、白くってダメ』
  ヨノワールなどは『一つ目は嫌い』
  そがぁなわけで、ドンカラスに一番魅力を感じるとかいっとったけど、弱いやっこに興味がないんだとか。

アズレウスは三人分の料理炒める大きなフライパンを軽々と振るいつつ、思案にふける。技術の未熟さゆえにフライパンからこぼれた具材は、地面との出会いを果たす前に念力がかっさらっていく。
 味付けに使う調味料も炎の下から離れることなく手元に引き寄せる。こういった作業は慣れたものだ。

――確かにあの男は赤黒い理想的な色。あんだけの攻撃を喰ろぉても雑魚を蹴散らして生き残るわけじゃけぇ、恐らく相当強い。強い相手を調教するのが趣味っちゅう姉さんの理想形じゃが……ほんに一目ぼれってあるもんじゃのぉぁ。
  姉さんがわしを虐めて楽しむことがなくなるけぇ、それについちゃぁちょうどええんかもしれなぁで。たぁいえ、これから先、姉さんにこき使われる回数がおゆぅなるかゆぅて思うと。ぶち気が重い……姉さんの性格はげにどうにかならんもんかのぅ?

今度は先ほどまで使っていた物とは別のフライパンを取り出す。卵料理を作るためだ。千切ったバターをフライパンに落とし、割った卵を一滴たりと無駄にしないよう、器用にも空中でとき卵にして、あらかじめ調合しておいた調味料と混ぜ合わせる。
 バターが解け、よい香りが漂い始めた。調味料と卵、両者が完全に混ざり合ったとき卵をフライパンに投入すると、卵が焼ける食欲を誘う音が家に響き渡る。

――ほんに……あの男のせいでわしゃあ二日前からソファーで寝させられるし、今日も今日とていきなり起こされて朝食を三人分作らんにゃぁいけんし。
  もしもこの料理があなぁ人の口に合わなけりゃぁ、わしが姉さんに殴られるんじゃろうな……そう思うと、ぶち気が重い。
  全くあの男んせいで……じゃのぉて姉さんの性格どうにかならんかな……

炉の中で燃え盛る薪の火力を調整するために、空気の入口を狭くして弱火にする。投入された卵は、念力を利用して焼けて固まったところを中へ、焼けていない卵液を外へを繰り返して半熟状にし。 あらかた固まり、形を帯びてきた時点で余熱のみでの調理に切り替える。

――姉さんは、あの男関係で一昨日5回、昨日は3回もわしを殴ってきたけぇのぉ。姉さんにとっちゃぁあの男は理想の相手だとして、わしにとってこれ以上の厄病神はなかろう。今日は殴られる回数をゼロにしたいもんじゃ……

アズレウスは思案の果てに導き出された情けなく暗い結論に、全身全霊のため息をつきつつ、完成したオムレツを皿に盛った


そういうわけで、エレオスが『口に合わない』などということは許されない。それが意味することは姉の理不尽な攻撃であるからだ

「うまい……」
エレオスの言葉を聞いて、アズレウスはほっと胸をなでおろす。エレオスは相当お腹が減っていたようで、ふたまわり体の大きいアズレウスが食べる分と、ほぼ同じくらい盛って置いた食事もペロリと平らげてしまう。
食事の間にお互いの自己紹介も済ませて、エレオスは弟の名前がアズレウスであることを。アズレウスは男の名前がエレオスであることを互いに認識しあった。

「ハンター……?」
エレオスは彼らが生業にしているという耳慣れない職業に疑問符を掲げる。

「ああ、わしらの食いぶちを得る手段の名前じゃ。わしら姉弟は、このハンターじゃぁ町一番の実力を誇っとるんじゃよ。つまりゃぁ、わし達は喧嘩の腕でも一番っちゅう事じゃ。つまりは弱いもんが出来る職業じゃぁないわけよ。
 あんたはわしらしか足を踏み入れらりゃぁせんような最高難易度のダンジョンに、一人で遭難しょぉったわけ。わしらが仕事で来とってげによかったわのぉ。
 あのまま同じ階層におったらわしらの正気を失わせる力のある『ナニか』が徐々に徐々にあんたの心を侵し、ほいであんたが必死で退けてきた『敵』たちへ『仲間』入りしょぉったところよ。わしら姉弟に感謝してよの」
クリスタルが得意げに身の上と、これまでの経緯を語る。クリスタルが告げたことはエレオスにとっては背筋の凍るような事実であった。ただ、詳しく聞いてみれば同じ階層に居続ければ半日もたたずに正気を失う場所にいたらしい。エレオスは二日ほどいたというのだから、相当精神力が強いということになる。
 とはいえ、いくら精神力が強くてもあのままでは自力で助かる術は無かった。難易度が高くあの姉弟しか踏み入れられないような場所に来てくれたのであれば、もはや偶然にも感謝せねばなるまい。

「それはもちろん……感謝している。こうして温かい食事まで世話してもらい、何もできないのが本当に心苦しい。
 して、その偶然の出会いをくれた仕事というのは?」

「ああ、そりゃぁとあるお人にこの街の近況を届けに……きょうびやたらゆぅて近況聞くようになったし、今日も何やら留守にしよってたけど、なにをやってきたんじゃろうね?」
クリスタルが、仕事についての概要と近況を口にする。

「さぁ? 直前まで『女装した男にだまされた』とか、わけぇわからんこと口走っておっとったし、あがぁなぁはわしらじゃぁ測りきれんところがあるからなぁ」
よくわからない人物像ではあるが、エレオスはアズレウスの言う『女装した男にだまされた』というフレーズを聞いて思わず笑ってしまう。

「ふふっ……とんでもないバカ者だなそれは」

「「違いないけぇ」」
クリスタルとアズレウス。二人の声が重なり、ひとしきり笑い合ったのち、クリスタルが今後の話を切り出した。

「そんでなぁ……あんたはわしら二人しか踏み入れらりゃぁせん場所に一人で、しかも傷を負ぉた状態で生き残っとったんじゃ。その実力を生かして恩返ししてみんか?
 さっき話したテゴ(手伝い)っちゅうなぁこれのことなんよ」
エレオスの目が丸くなる。

「願ってもない事だ……寝どこも、食事も、仕事も……至れり尽くせりで。本当になんといってよいのやら……」

「そりゃぁ今考える必要はないけぇ。これからの行動で感謝を示せばいいことよの」

――どうやら……私は運が良いようだ。

エレオスは自分の巡り合いに感謝しつつ、クリスタルの目をまっすぐと見た。

「そうさせてもらう……誠心誠意返させてもらおう」

「歓迎するけぇ」
二人は、エレオスの手を取って固く握手し、匂いを教え合うことで応える。ここに、世界最強と言えるような探検隊が突然誕生した。

第3節 

不思議のダンジョン、『空の裂け目』の最上階の一室……巨大な白い体躯の神と呼ばれるポケモン、パルキアが自分の住処に帰還する。
 暫しの休息のお共に、クリスタルから受け取った街の近況報告を手に取った。

『ソリッドさんお久しぶりじゃ。街の近況を報告しに来ましたんじゃ。きょうび留守にすることが多いけど何かあったのじゃろぉか?
 報告をくださると嬉しぃんじゃ。
 街の方じゃぁ、日増しに強くなる暑さのせいで日射病になる人がちらほら見かけられしたが、それも大分収まって今は順風満帆じゃ。
 農作物の方も、今年は冷夏も日照りものぉて、虫がいっぺんだけ大量発生したのを除いて問題なぁよ。
 火をたいたり嫌いな臭いの植物と一緒に植えることであらかた食害を防ぐことができたけぇ、今年は飢餓の心配もなさそうじゃ。
 ソリッドさんも暑さに負けず、お体の方に気をつけるようお願いするんじゃ。 

 クリスタル=ラティアスより』

「ふん……俺は空間のゆがみを修復して回っているというのに、ラティスガーデンの者は暢気(のんき)なものだ。
 だが、何もなくて安心だな……奴らには空間を修復するだとか、そんな重荷など無い方がいい……」
ソリッドという名のパルキアは、穏やかな表情を浮かべて呟くと、手紙の下の方に書かれていた続きを読む。

『PS.わしゃぁ空の裂け目のダンジョン内で運命的な出会いをしちゃいましたんじゃ。その人すごくかっこいいんじゃ。
 それこそ街の男の誰を出しても比較にならんくらい。もしかすっとソリッドさんよりカッコいいかも♪
 その人の見た目は、ドレスみとぉな……』
 
「なんだ……のろけ話か。しかも長すぎる……。悪いが、今のおれはのろけ話に付き合っている暇はない。さて……」
ソリッドはのろけ話しか書いていない"下半分"を見て、その手紙を放る。
 自身は巨大な白い紙の下に黒い紙を合わせたものを用意して、上の方に張り付けられた白い紙を切り刻み、切り絵の要領で文字を形作る。

『今の用が片付くまでの時間は2ヶ月半は必要だろう。その間、俺はしばらく留守にすることが多くなるが心配はするな。
 あと、のろけ話はいらないから、今度は収穫祭の様子でも書いてくれ』」
ソリッドはクリスタル宛ての返信を書き終えると、その手紙に一粒の真珠を添える。

「しかし……あの黒いのはどこにいるのやら……」
 一度だけ独り言をつぶやくと、ソリッドはひと時の眠りについた。のろけ話を最後まで見ればすぐ近くに黒いのがいたことも知らずに



最初こそ、その黒い見た目を気味悪がられていたエレオスだが、今では街のものにも受け入れられる。子供に怖がられていたのも過去のことで、悪戯をしても大して怒らないからと、今では子供たちからは絶大な人にを誇っている。
 そして仕事の方も順調だ。2カ月たったいまとなってはハンターにエレオスありと呼ばれるほどの信頼を勝ち得ている。

「『収穫祭の様子はきかせてもらった。おれにも野菜を送ってくれたようだが、もう少し保存のきく物を送ってほしかったものだな』……か。そういえば……ずっと留守だな……お前らの主とやらは」

「でも、近況はちゃんと読んどるし、返信もされとるけぇ。心配はないじゃろ?」

「ま、確かに言う通りなんじゃけど、こうも顔見とらんと心配じゃぁ」
と、アズレウスが締める。

 今日はエレオスたちがハンターとしての仕事がオフである日。クリスタル達の&ruby(あるじ){主}だという者からの手紙の話題で語り合いながら街の広い空き地にたどりつく。ここでは、オフの日に時折アズレウスとエレオスの模擬戦が行われるのだ。

 この街でのハンターとしてのエレオスの強さは言わずもがな。街の中でもダンジョンでも、その勝率は10割を誇っている。しかも、その勝利の内容はほとんどが無傷での勝利な上に、相手に無駄な傷を負わせないことでも知れわたっている。

「行くぞ……アズレウス」

「望むところじゃ」
アズレウスは戦いが始まると同時に砂嵐を引き起こして、体に保護色を纏い姿を消す。
 そうして神秘の守りも合わせて安全対策を行った後、攻撃や移動を行う大事な部分だけでも砂嵐から守るように、翼を鋼のように硬質化させ、一気に勝負をかける。

 エレオスは天に手をかざす。そこにはプクリンが戦闘時に膨らむように、だが比べ物にならない速さで黒い球体が広がり、大量の黒い弾を飛ばす。

 エレオス曰く、スリープホールという技らしいが、神秘の守りに守られている上に、保護色のせいで姿を捉える事もまともに出来ないため、多くの当たりを望めない。
 そんな状況である以上、アズレウスにはスリープホールは通じないようだ。

エレオスの攻撃かいくぐりながらアズレウスの攻撃がエレオスに当たる。鈍い音はするが出血させない。
 返り血で保護色を見破られては意味が無いことを数々の経験で知り、痛い目に会ってきたから多くの修業を積んで出血させない攻撃を身につけている。

 一方のエレオスは、砂嵐のせいで命中率は予想以上に悪い。スリープホールが無駄と分かると、エレオスは腕の構えを変えた。
 胸の前に手を置いて生卵を包み込むように手のひらを脱力して両手を合わせる。

 エレオスは風を切る音でアズレウスが近づいていることを感じると、手の間の空間から虚無のような『黒』を広げる。
 地形も遮蔽物も無視して広がるそのエレオスの領域に入り込んだアズレウスは、神秘の守りを突破されて、その精神を眠気で侵される。
 神秘の守りのお陰で完全に眠らされることこそ無かったものの、その一瞬意識は朦朧とし不明瞭な視界も手伝い、飛行していた方向がぶれて勢いよく地面に激突する。

 地面への激突で目もすっかり覚め、慌てて退避しようとした時にはもう遅かった。
 エレオスに直接頭をつかまれる。ダークライにおいて厳しい修練を積んだ者だけが使える最強の催眠技『永遠の闇』だ。この技の前には『不眠』や『やる気』の特性も、神秘の守りも何ら意味をなさなずに悪夢の世界に引きずり込まれる。
 その分、近付いて掴まなければいけないリスクを負うが、それは利点と比べれば有り余るほど安いものである。

 夢に引きずり込まれたアズレウスは真っ暗な空間の中、何も見えないのに不思議と自分の体だけはくっきりと見える。
 不意に感じた気配に振り返ってみれば、そこには別段変った様子のないエレオスがいる。何をする気かと思ってエレオスをみていれば眉一つ動かさずに語りかける。

「まだ続けるか?」
その台詞をきっかけに、アズレウスはエレオスと初めて戦ったときのことを思い出す。
 地面に貼り付けられてゴキゴキ虫やらムカムカ虫やらカマウマ虫など、俗に言う不快害虫が満載された大きな瓶を頭上でひっくり返された……。
 その後どうなったかというと……言うまでもなく虫まみれである。あの時ほど素直に降参しておけばよかったと思ったことは無い。
 本来は、極楽のような夢を見せ二人に一人は永遠に目覚めないことからこの名前が付いたのだが、こういうときは普通に悪夢を見せてくるあたり、エレオスが現実を大切にしていることがうかがえる。

「はい……」
どうするったって、答えは決まっている……夢とはいえ、あんなものを見せられて、その後を正気で過ごせる自身はアズレウスには無い。
 しかも、エレオス曰くあれで『控えめ』だというのだから、始末が悪い。あのまま降参せずに続けていたらどんな夢を見せられていたのか、アズレウスは想像したくも無い。

 本気の夢と言う得体のしれないモノのことでただ一つだけ分かるのは、初めて彼とあったとき見た『ヤセイ』の者と同様に、胸や首をかきむしって血まみれになる可能性もあるということだ。
 総合的に判断して『降参』の二文字しか浮かんでこないアズレウスの降参を認めたエレオスが両手を虚空に掲げる。
 すると、アズレウスがいた黒い世界が分厚いカーテンを取り除いたように一変する。アズレウスが目を開けばラティスガーデンの空が見える。どうやら悪夢から醒められたようだ。

「また負けた……」

「たまには実践で使う夢を見せないと、想像力が鈍りそうだな……」
エレオスは恐ろしいことをボソリとつぶやく。『実戦で使う夢』というあたり、エレオスは今回の夢をさらに悪化させたものを見せることも出来るのだろう。
 アズレウスはそんなものは一生勘弁して欲しいと切に願う。

「エレオス、流石じゃけんのぉ。アズレウスより強いやっこはわしとソリッド様以外で初めて見たけんのう。
 やっぱりあんたは最高にカッコエエわ……」
そういってクリスタルはベタベタとくっついてはエレオスを困らせている。抱きつかれたエレオスはクリスタルのほうをなるべく見ないようにしながらカリカリと頭を掻く。

「はあ……まだ月はほぼまん丸なんに、負けるじゃのぉんて……わしゃぁなんて情けなん」
自分の実力の無さに少々がっかりして息をつくアズレウスの肩をポンとたたき、エレオスは優しく語り掛ける。

「少しアドバイスをさせてもらおうか?」
エレオスの問いかけに対し、アズレウスは

「おねがいするわぁ」
と答える。エレオスは軽くうなずいて

「あまり神秘の守りを過信しすぎない方がいい。アレは強力な障壁だが、壁である以上崩れるから、一時しのぎに過ぎないし、私なら簡単に破ることが出来る。
 そうなる前に重ねて張りなおすか、私の技を避けるかしなければ眠りに誘われるのは当然のこと。
一気に決めようと力みすぎたこともマイナスだ。そのせいで地面に激突したときダメージが大きかったろう?
 当たって砕けろではなく、砕けないように当たることを肝に銘じろ」

「はい……」

「だが、今回から使い出した砂嵐と保護色を合わせるのは見事だ。視力は良い方だと思っていたが、全くといっていいほど姿を捉えられないし、鋼の翼で自分が食らうダメージを最小限にして攻撃するのも良く出来た作戦だ。
 まだまだ荒削り……しかし磨けば光るだろう。きっと、お前はもっと強くなるはずだ」
『強くなる』、という言葉を聞いて少しばかり希望の光がさしたような気になり、アズレウスは笑顔に変わって「ありがとう」とお礼を言う。

幼いころから自分より強い者を見たことが無いようなクリスタルは二人の戦いを見てさらにエレオスを気に入ってしまう。
その数日後にクリスタルとエレオスの二人が戦い、エレオスが勝つ(クリスタルは虫をぶっ掛けようとされた時点で降参した)ことで、彼女の恋心は収まりが付かないものになっているのだ。


その夜のこと……
「姉さん……わしゃぁいつになりゃぁベッドで眠れるんさ?」

「うふふ、アンタが自腹でベッドを買うまでよ」
――とても(ぶち)美しいといえる姉さんの笑顔も、こういった台詞に合わせて発揮されるとげんなりする。もう、姉さんは完全にエレオスさんのモノじゃ。ついでにゆぅとわしのベッドもエレオスさんのモノじゃ。
実のところ、わしゃぁベッドで眠るんをすでに(はぁ)諦めとったが……そろそろ一人暮らしもまじめに考えておくかぁ……

第4節 

 ベッドが二つ並べられた寝室に白と赤と黒の色、アズレウスが部屋にいたころは隙間が開いていたベッドだが、今は……というよりはエレオスを初めてこの部屋に泊めた日から、寝返りをうつだけで隣のベッドへ移動できるように、ベッド同士がくっ付けられている。

 日も沈んでしばらく時間が過ぎた。もうそろそろ起きるのか眠りの浅まってきたエレオスの元へ、ふわふわと浮き上がりながらクリスタルは向かっていく。持ってきた飲み物は床に置き、ベッドがきしむ音などの雑音は一切立てずに彼の真上まで移動して、息使いで存在がばれないように自分の口にハンカチを当てる。

 悪夢を操る力を持っていながら、穏やかにすやすやと眠る寝顔は普段の凛々しい顔とは印象が一味も二味も違う。彼の寝顔は凛々しさとは無縁の顔であっても、端正な顔立ちである彼の顔は魅力を失うことは無く、起きている時とは違った美しさがある。

 ハンカチを当てたまま手を伸ばして深呼吸を始める。少しずつ彼の呼吸と合わせていく。彼の胸がしぼむことで、息を吐いたことが分かる。

次に息を吸ったらわしの唇を……などと考えているうちに、徐々にエレオスの胸が呼吸により膨らんできた。


 クリスタルは心の中でエイッ等とつぶやきながらハンカチを放り捨てて、彼の唇を首周りの牙飾りで隠されない方向にずらして自分の唇を合わせる。
 突然口がふさがれたことで何事かと目をあけたエレオスは驚愕する。緊張と興奮のせいか白い部分まで少ほのかに赤く染まったクリスタルの顔が間近に在った。

 エレオスは目を大きく見開き、口も大きく開いて顔を横に背けることで突然のキスを振りはらい、腕を使いスカートの中に収納していた足も使ってベッドの端の壁際まで這うようにしてあとずさった。

「ななな、なん、なん、何だ!? いきなり」
 いきなりのことに目を白黒させるようにして反応する。その右手はさりげなくキスされた口を拭っていた。

「あら、何よぉ。わしの唇はきしゃないもんじゃないわよ?」

「そう言う問題か? "いきなり"寝ている私に"いきなり"キスを"いきなり"することが問題なのだろう」
 あまりの慌てぶりに言葉もめちゃくちゃになり、『いきなり』を連呼しながらエレオスは反論する。この二人、仲は親密になったものの、交わることまでは“当然”まだである。

「ふふ……動揺しちゃってかわいい」
 クリスタルはゆっくりと近寄りスカート部分からたなびく尻尾の様な部分を掴む。

「待て、お前一体何を考えている?」

「ふふ……アンタが居候してからずっと狙っとったんだ……貞操(ていそう)奪っちゃおうかなぁて。いいじゃろ?」

「断る! 夜這いなど女のすることか!? 大体、ダークライの伝統的な求愛法も知らんでそれは無いだろうに?」
 そう言い捨ててエレオスは逃げようとするが、尻尾を捕まれていて逃げられない。

――く、こうなったらどうやってクリスタルを眠らそうか……?
早速以って眠らせる算段をしているエレオスをよそに、クリスタルはあやしい笑みを浮かべることを止めて、高らかに笑い始める。

「ふふ……冗談じゃぁよぉ。夜這いだなんて、そがぁなこと乙女にできるわけんじゃろ?」
クリスタルはエレオスの尻尾をつかんでいた手を離す。
――なんだ……冗談か。
 エレオスはひとまず安心する事にした。

「二人で話す時間がほしかっただけじゃけぇ……それに、わしの気持も伝えたかったんじゃ」
 彼女は自在に色を変える羽毛を赤く染めて上気した頬をのぞかせながら照れくさそうにそう言って目をそらす。いつも強気な彼女にもこんな一面があるかと思うと少し微笑ましくも思い、先ほど夜這いまがいのキスをしてきた者とはどうしても同一人物に思えない。

「気持ち……とはさっきのキスのことか? 拭って悪かったな……口のまわりについた唾液が痒くて不快だったのだ。
 べつに、お前の唾液ならば汚いなんて思いはしない。ただ、びっくりさせるのは心臓に良くないから……よしてくれ」

「わかったわぁ。さっきはごめん。でもなぁ、わしはあんたが如何しょうもなく好きなんよ。でも、わしゃぁそれを器用に伝える方法を知らんかった。
 だから、あがぁな方法でその気持ちを伝えたんじゃ」
そう言ってクリスタルはエレオスの隣に座りベッドのふちに寄りかかる。

「全く……お前は人騒がせだな」
 エレオスに言われると、クリスタルは少し顔を赤らめた。

「否定できんのぅ……」
 クリスタルは恥ずかしそうに顔をそらしたが、すぐにエレオスの方へ向き直った。

「ちぃと……なごぉなるかもしれんから飲み物はいるけぇ?」
 エレオスがこくりとうなずいたのを確認すると、クリスタルは「よかった……」とつぶやき、ベッドの下に置いてきた飲み物をトレーごとベッドの上に引き寄せる。その中身をコップに注いで一つをエレオスに差し出した。

「酒ではない……か? まあ、私も起きたばかりで酔うわけにはいかんからな。そちらの方が助かる」
 受け取った飲み物の匂いを嗅ぐと、いろいろな果実を混ぜ合わせて味を調節したジュースだということがわかる。

「そういうこと。それにわし、酒は苦手じゃけぇ。」

「なるほど、納得だ」

「それじゃぁ、乾杯ってことで」

「あぁ」
 二人同時に口に含んだ。甘い果実の中にわずかに隠された苦い果実や酸っぱい果実の香りが何の矛盾もすることなく調和のとれた形で鼻孔を満たし、後に残るさわやかな果実の後味がサッパリと心地よい。何より、二人が好きな渋い味が全面に押し出されており、ジュースの調合のセンスが感じられる。

「お前に拾われて……2か月が過ぎたな。いろいろ世話になった……」

「そりゃぁ気にせんでええんよ。わしが好きでやったことじゃけぇ。それに、お礼代わりってわけでもないんじゃが、実は……キスをしたなぁ今回が初めてじゃぁないんじゃ」
 それを聞いたエレオスは驚くでもなく、何かに納得した風であった。

「やはりな……最初に出会ったとき薄れた意識の中で唇に温かい感触を覚えた……今思えば……あれはお前が口移しで食料を与えてくれたものだったのだな。
 フッ……ずいぶんと手が早い事だ」
 エレオスは下唇に人差し指を当ててしみじみとつぶやいた。

「やっぱり、気が付いとったのなぁ。勘がいいたぁ思うとったけどまさかそこまでたぁ思わんかったわぁ。
 今わかったと思うけど、わしは初対面の時から唇奪うような最低の女じゃけぇ。それを聞いてもまだこの家にいてくれるかのぅ?」
と、クリスタルが言ってそれを聞いたエレオスは笑っていた。黒い顔をわずかばかりに赤に染めながら。

「嫌だったら、それが分かった時点で怒っている。まあ、初対面の時に起こる気力があったならば怒っていたかも知れんが、今となっては……な。
 私は一目惚れなどできる性格ではないが、この二ヶ月の間、お前のすぐ近くで暮していればわかる。
 お前がたった一人の家族を守るために苦労していたことも、不器用ながら弟を愛していることも……お前は面倒見がよいからな。
 それをさらけ出すのが恥ずかしいのと、そろそろ弟には自立してほしい。だから弟にはあんな風に厳しい態度をとるのだろう?」
エレオスがクリスタルの心の内を指摘すると。

「ちょっと違うけど。大体正解じゃけぇ……わしも弟から自立できてなかったから、ってゆうんが正解じゃ」
そう言ってクリスタルは訂正する。

「なるほど、兄弟一緒に暮らしてきたら愛着もわく……ということか。私も、記憶を失う前はそうだったのだろうかな?
 お前ら二人を見ていると、何故か……無性に懐かしい気分になってくる」

「でも、今はさらにもう一つ理由があるんじゃ」

「それはなんだ?」

「あんたと二人きりになるために、弟を追い出そうってな」
 エレオスは口に含んだジュースを噴き出しそうになりながら必死で抑え込む。

「アズレウスがお前のことを鬼姉と言いたくなるわけだ。追い出したいなら、少しは引っ越しの斡旋でもしてやれ」

「鬼姉てぇ……アズレウスってそがぁこと言っとんたんか。後でシメるかのぉ?」

「やめておけ」
しばし沈黙を挟む……話す話題を見つけようとして顔を見ようとした二人は、不意にお互いの目が合う。酒を飲んでいるわけでもないのにどこか心が別の場所にあるような、浮遊感にも似た幸福の光が、互いの目に宿っていた。お互いが、お互いの心を温めっていた。

「私は……記憶が戻ったらどうなるのだろうな?」

「わしはあんたの記憶が戻るなら、大歓迎じゃ……」

「例えば私が変わってしまってもか? 悪人になっても……もしくは記憶を戻ったらお前を嫌いになってもよいのか? 
 そうなったら私は辛い。想像したくもない」
クリスタルはしばらく答えられなかった。それでも、なんとか答えを絞り出すことはできたようだ。

「賭ける価値は……あるけぇ。今より良くなるとしても、悪くなるとしても。きっと今までより素晴らしいアンタになると信じて」

「フッ……そうか。なら、私も記憶を取り戻したいな」
クリスタルはエレオスを見て微笑むと、ジュースを一口飲み、コップのすべてを飲み干した。
エレオスは、クリスタルの容器にそそがれたジュースが空になったのを確認すると、自分の容器にあるジュースの量を確認する。

「飲み干してしまったか?」

「のど乾いとったけぇねぇ」
もう一杯を注ごうと思ったクリスタルの手をエレオスは止める。

「まぁ、待て……寝ている間にも何回も私に初対面の時と同じ方法で食料を口に含ませてくれたのだろう? たまには私からも……な?」
そう言ってエレオスは自分のコップの中にある少なくなったジュースの残りを口に含んで顔を寄せる。

「ん……」
 その予想外の行動に目を見開いて驚くクリアの顔を両手で優しく包み込み、赤い牙のような飾りが邪魔をせぬように首を精いっぱい曲げながらキスをする。
 相も変わらずこういうことに向いていないからだの構造を鬱陶しく思いながら唇同士を合わせて果実と唾液が混ざりあった液体をクリスタルの口へと送る。クリスタルのラティアスと言う口の構造の関係で、すこし口の端から漏れた分もふわふわと空中で浮かばせて再び口の中にとんぼ返りする。
 まだ口の周りの羽毛に阻まれたままの水気は手の甲で拭って、手の甲をなめる……飲める分は無駄にせず飲めるだけ飲むつもり……のようだ。

「ふふ……ありがとう。以外と積極的で驚いたわぁ……」

「たまには……私の方が積極的でもよいだろう?」

「ああ、ずっとそうしてほしいと願っていたけんのぉ、わしの願いが一つかなったわぁ」
顔の周りの羽毛を赤く染めて上気したような印象を受ける顔に笑顔が輝いた。不覚にもエレオスはその表情(かお)に心奪われる。

「そうか……」
再びの沈黙……だが、クリスタルは話したい話題がそろそろなくなった。エレオスは……ジュースをコップに注ぎ足しながら話題をまとめている。

「なぁ、私の記憶を……取り戻してみる価値があるとお前は言ったな? もし、それに付き合ってくれるというのならば……
 ここを、空の裂け目(並行世界)を出て、外の世界を旅をしてみないか?
 最近お前とふれあって思い出してきたんだ。私には、大切な人がいたということを。それが……エスパータイプだということを……旅に出て、いろいろなものに触れればもっと思い出すかもしれない」
エレオスにとっては軽く言ったつもりの言葉に、クリスタルの顔は怪訝な表情をしている

「その大切な人ってゆぅなぁ女じゃないじゃろうね?」
 嫉妬深いのであろうか、クリスタルは女の事が気になって仕方が無いようだ。

「たぶん女だ……だが、母親かもしれないし姉妹かもしれない」

「う~~~……本当じゃろうな?」

「フッ……本当じゃなかったら確かに酷な三角関係になるだろうな」
 そう言ったエレオスの言葉に、クリスタルは笑う。

「大丈夫よ。一番乗りかどうかが問題なばっかしで、一夫多妻制も許容するんがわしらの意向じゃけぇたいした問題じゃぁ……」

「一番乗り……一夫多妻……ま、まぁそれを差し引いても外の世界にはいろいろな場所がある。
 鬱蒼と木が生い茂るために常に夜の帳が下りる森……通称『暗夜の森』。美しい花畑が広がり、見る者を幸福な気分にさせる『幸せ岬』。目が覚めるような発見がたくさんだ」

「外の……世界かぁ。ソリッドさんのお膝元を離れても大丈夫なんじゃろうか?」

「問題ない。他のポケモンは……パルキアなんぞいなくとも、つつがなく暮らして……ソリッドォ!?」
「ひゃわう!!」

「お膝元とはどういうことだ? なぜそんな恐ろしい所に私はいるのだ?」
『ソリッド』という名前を聞いてそれがパルキアであることを知っていて、さらにそれを"危険"な存在とみなすエレオスに、クリスタルは盛大に驚いてジュースをぶちまけらる。
 飛び散った液体がベッドのシーツも壁も、自分の体も汚している。

「それがわかりゃぁ記憶喪失に苦しむこたぁないと思うのじゃが……そういえば、わしらの主の名前、まだ教えとらんかったのぉ。
 というかぁ、ソリッド様は乱暴なところもあるけど決して危険な方じゃぁないけぇ。そういう言い方はいかんじゃないかぁ?」

「いや、あいつは恐ろしい……私が夢の中で女に化けて騙したことに対する恨み節を最後の決め台詞にボソリと乗せて波導弾を放ってきた……」

「女装して騙した男ってあんただったんか? あんたぁ記憶失う前は何やっとったん?」
 沈黙……今度ばかりはエレオスも気まずくて方がない。

「わからない……本当に。いや、とにかくこの町を出る。とにかく早急(さっきゅう)に旅に出よう」
応答も、取り乱していることが見て取れる支離滅裂なものであった。

「あんたそりゃぁかりじゃのぉ……でも、今のであんたの過去のことぬんじゃます興味がわいてきたよ。さっきの引越しの話、本気で考えてみるわ……」
 興奮しているのか、感情に応じてクリスタルの羽毛は、全身が淡くかわいらしい桜色に色づいている。

「うぐっ……なるべく早めに……頼むぞ」
 先ほどのやり取りでやたらと興奮したのか、エレオスの息使いは荒くなっていたが、ややもするうちにそれは収まる。

「ところでエレオス……。さっき言っとったダークライの伝統的な求愛方法ってなんじゃ?」
 さっきまでの気分を変えるためか、クリスタルは努めて話題を変える。

「夢を見せる……現実と見分けが付かず、なおかつ幸せな気分になるほど効果的だ」
 エレオスもそれを感じ取ったのか、もしくはただ単に意識が別の話題へ向いてしまったのかは知るところではないが、落ち着いた様子で答える。

「ふ~ん……じゃあ、ちぃと待ちょぉって」
 そう言ってクリスタルはどこかへ消えて行き、なにやら立方体の箱を持ち出してきた。

「お待たせ、こがぁなんはどうかしら?」
 クリスタルは、祈りをささげるように短い指先をあわせて、エスパータイプのポケモンがPSIを使うとき特有の眼光を光らせる。その刹那、周りの景色は春。
 空の裂け目でその生を謳歌するツバキの花が咲き乱れ、春風に揺れる。

「ん……」
 更にクリスタルが気合をこめると、春風や日差しまでもが肌に感じられ、日差しを受けているエレオスの左半身のみが温かく感じられる。唯一香りが無かったのは残念なことだが、風に飛ばされた種子がエレオスの首の周りの赤い牙飾りと首との間に落ちてくすぐったい。

「ふぅ……」
 やがて、その幻は消えて普段の景色に戻っていた。

「ラティオスの能力の夢映しじゃ。普通はラティオスにしか使えん能力じゃが、おとんの形見のキューブ*1がありゃぁ……わしにも使えるん。
 一応、何かに使えるかもゆぅて思うて猛練習したら……こがぁな風に使うなんてね……思いもせんかったんじゃ。ねぇ、わしって魅力的な女性かしら?」
 先ほどの光景に息を呑んでいたエレオスは、迷うことなく答えた。

「ああ、想像以上だ。これだけで判断するわけじゃないが……性格には少し難があるとは言え、総合的に見ればすごいのではないかな」
 夢映しの間中、呼吸をほとんど止めていたせいかエレオスは息切れしていたようだが、数秒後には呼吸が収まったのを見て、訝しげにクリスタルは尋ねる。

「なぁ、エレオス……あんたは何にも感じんのか?」

「何をだ? 幸福か? それとも……愛だとでもいうつもりか? それなら、十分感じている気がするが……」

「いや、そういうんじゃなくって……体が熱いとか、疼くとか……果実ジュースの効果で……なぁ?」

「確かに体は温まっているな。これは果実の効果か?」
言われてみれば、胃の部分が熱くなっていると感じたエレオスはそう言ってみるのだが……

「どちらにせよ、体の疼きといわれてもピンとこないのだが……?」

「ああん、もう鈍いのぉ。ジュースにはあんたを積極的にさせる効果があるんよ」
何か聞いてはいけないものを聞いてしまった気がして……

「積極的にさせる効果……とは? 具体的に何を積極的にするというのだ?」
こう聞き返したのだ。

「酸味をつけるために使ったイアの実……性的な興奮を促す効果があってのぉ……今回はそれを使わせてもらったんじゃけぇ」
さっきよりも興奮しているのか、クリスタルの体の色は目まぐるしく変わっていて、その様子は脈打っているようにすら見える。

「でも……なんだかアンタはぁ何ともないように見えるけぇ……我慢しとるんか?」

「…………私は皆既月食の日以外はそういう気分にならないだけだ。我慢とかそういうのは微塵もない」
――嗚呼、こいつを信用した私が馬鹿だった。夜這いまがいの行為は冗談だと言ったから信じることにしたのだが、もし応じなかった場合はこういった手段に出るつもりだったということか。
  今回は私が特殊な生態でよかった

「えぇ!? そがぁなんありえんって。わしはわざわざ新月に近い月齢を選んだってゆぅのに、わしをヘビの(ハブネーク)生殺しにする気か?」

「そうは言われても……生殺しがどうとかは私が知ったことではないだろうに? どうしても生殺しが嫌なら、皆既月食の日でも待ってもらうしかないぞ?
 もしくは……近々皆既月食の起こる場所に旅するとか……」
 そう言われて見ると徐々に効いてきた媚薬の効果で、クリスタルは動悸や息遣いが荒くなり、目が泳ぎ始めている。対面するエレオスは胃の部分がぼうっと熱い以外はいたって普通だ。
――そんなところまで冷静に見ていられるくらい、二人の生態に相違があるということか。相手は知ったことではないと思うが……

「そんなこと言ってもほら……体の方は正直に反応しとるんじゃないんか?」

「いや、まったく以って……正直というのならば平常というのが正直だと思うが……」

「あんたぁ雄として間違っとらんか? ほら、『据え膳食わぬは男の恥』ゆうじゃろう?」
 クリスタルはエレオスの肩を掴んで説得を試みる。

「知ったことか! いや、だから……あのな……ハァ。最早何と説明すればいいのか」

「もうええわ! あんたがその気になるまで犯らせてもらうけんのぉ!」
クリスタルはエレオスに飛びかかろうとするが、エレオスは『断る!』の一言とともにクリスタルの頭を掴んで直接眠りへと導いた。

――はぁ……一瞬でも気を許した私が馬鹿だった。
額に手を当てため息をつくエレオスの横、すやすや寝息を立ててと眠るクリスタルの顔は憎らしくもかわいらしくもあった。
 ふと、先ほどこぼしたジュースのシミが目についた。
――仕方がない。シーツは取り換えて、汚れた体を拭いてやるか。

 そう思って居間を抜けようとすると、そこで見かけたアズレウスは睡眠薬でも盛られていたのか、若しくは催眠波導でも使われたのか台所付近で唾液を流しながら、泥のように床にへたって眠っていた。
――クリスタルが秘め事を落ち着いて行うために、こういったことをされたのであればつくづく不憫な弟だな。
  ……本当は弟に優しいという前言を撤回しようか?

 エレオスはアズレウスを彼が寝るべきソファーまで運び、毛布を掛けてやる。きちんとアズレウスが眠っているのを確認すると、剥ぎ取ったシーツを脱衣かごに突っ込み、タオルを固く絞る。
 ベッドルームへ行き、一通り体をクリスタルの体を拭き終わると、外で(たま)の暗い夜を満喫するのも悪くないと散歩に出かける。
 エレオスは外へ出て、夜の闇に解けながら、どこへともなく消えていった。
――今日は27日月……もうすぐ新月か……

空を見上げれば月は三日月形(クレセント)にやせ細っている。もうすぐ夜道を歩くには星を頼りにする必要のある日がやってくる。ふと、大切な人の顔が浮かんだような気がして、天を仰ぎ見る目を閉じて呟くのだ。

「私の記憶よ……今一度、目覚めてはくれないか?」
エレオスは顔を忘れたエスパータイプの女性に思いをはせた。

第3話へ


【すれ違~いや 回り道~を あと何回 過ぎたら 二人(ソリッド&エレオス)は触れ合うの~~?】
ソリッド様とエレオスを壮大なすれ違いをさせてみました。
ポケダンではあまり神様らしいところを見せられなかったパルキアには少しばかり神様らしくふるまわせてみましたが……こんなんでよかったのだろうか?

コメント・感想 

コメント、感想は大歓迎です。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • こ、ここここれはっw なんか色々と分かってはいけない裏話ばかりw
    やはり空間神の扱いはこうなるのねー。(しみじみ -- 2008-09-04 (木) 01:44:45
  • おお、この小説も復活しましたか。広島弁ラティ兄弟が実に感慨深いです(大袈裟)。
    ついでと言ってはなんなのですが、姉さんのセリフの「体力はこれでおおかた元に戻るはずだし、栄養も十分あるから、これなら帰る(いぬる)まで大丈夫よの」が、広島弁になりきっていないのが残念です。
    「体力はこれでおおかた元に戻るはずじゃし、栄養も十分あるけぇ、……」となるのですが……差し出がましくてごめんなさい。 -- XENO ? 2008-09-04 (木) 01:56:39
  • >↑↑
    裏話ですか? 既存の設定に矛盾しない程度の妄想補完が多いお話になりますが、それで満足していただけるのならば光栄です。
    パルキアの扱いは……完全に道化ですかね。小声でクレセリアに化けて騙されたことを怒ったりなどお茶目な一面も加わっています。

    >XENO様
    おおっと! 直し忘れていましたね。確かにそういう風に修正するべきでした。
    この方言丸出しの姉弟のことは末永く愛してやってください。 -- リング 2008-09-04 (木) 16:52:42
お名前:

*1 アルトマーレキューブのこと。アルトマーレと言う地名が存在しないのでここでは『キューブ』のみ呼称

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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