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漆黒の双頭第1話:片割れの憂鬱なお仕事

/漆黒の双頭第1話:片割れの憂鬱なお仕事

作者……リング

プロローグ 

かつて、世界を暗黒へと変え自らが最も快適に過ごせる世界を作ろうという途方もない計画を実行せんとする者がいた。しかし、その野望はプクリンのギルドに籍を置く二人の勇敢な探検隊とそれを補佐する仲間たち。そして突然現れていいところを持っていった空間の神と、事件の首謀者の妹により阻止された。
 それから時は流れ、現在プクリンのギルドには海・闇の2つの頭がある。その二人は『漆黒の双頭』と呼ばれ、その片割れのレアスは……このギルドの親方を務めていた。
 ただしこの漆黒の双頭と呼ばれる二人。他人には言えない秘密があるのだが、それはまた後の御話。


「ただいま、レアス」
ギルドの親方の私室に響いたのは女性でありながら少々低めで凛々しい声。
三日月のような曲線を体の到る所に纏い、首筋から腹にかけては満月の輝き、うなじから背中にかけては青い輝きをもち、淡い赤紫色の双眸(そうぼう)をもったその女性の名は、ニュクス=クレセリア。もちろん女性である。
 何か特別なことをしなくとも美しいと称されるような種族がら、特に夜になると初めて見た人は一挙一投足に目が行ってしまうこともある。
 彼女は今は亡きプクリンに代わり、プクリンの探検隊ギルドを支えるメンバーの一人であり、現在は主にギルドの傍らに借金や資金稼ぎの末に開いた診療所で、医者として生計を立てている。

「おかえり~ニュクス」
その女性の帰還に答えるのは、青く丸っこい体をしていて、頭についた二本の触覚が特徴的。胸の赤と山吹色の2色のボタン模様や、目の上のぱっちりとした丸いアクセントが可愛らしい、この男の子の名前は、3代目の現役親方、レアス=マナフィ。
 ちなみに、生殖をおこなう直前に今後一生抱き続ける性別を決めるため、童貞とも処女ともいえ、彼とも彼女ともいえない――便宜上の“彼”には性別は無く、可愛らしい見た目もあいまってか男女を問わず人望も人気も高い。
 そんなレアスは手をつけていたデスクワークをひとまず休憩して、ニュクスに駆け寄る。

「どうだった? 例の病気の子は……」

「大丈夫です。満足して帰って行きましたよ」
体の周りに浮かぶ輪を内側に寄せて、得意そうなポーズをとって言った。

「そりゃそうだよね。で、そんなことよりアレのほうを……」
『アレ』と聞いてニュクスは思わずため息を漏らす。またその話か……と。

「はい、こちらに領収書と……現金がきちんとあります。これで文句はないでしょう? 慈善事業みたいなものですから銅貨一枚ですけどね……」
初代親方のプクリンは普段の温和そうな雰囲気からは想像できないほど強く、そして深い考えを持っていた。それゆえか、レアスはそんな親方が引退した時、それを真似をしようと頑張りすぎて、がめつく抜け目のないところも真似してしまった。他にも天性のおおらかさなども真似しているが……
 特にがめつさにおいては2代目親方だったペラップの影響によるところが大きい。

だからなのかは知らないが、ギルドに帰ると三~四言目には報酬の話になる。困った子(実際は子供と言う年齢でもなく、大体のポケモンが5歳で一人前なこの世界で二十歳どころの騒ぎではないが)だ。

「うん、バッチリだよ。 それじゃあ、仲介料及び税金込みで……しめて60%徴収するよ♪」
そして、徴収される額こそ少なくなったものの、徹底ぶりも似せている。ニュクスは、いくら親方の仕事をまねる必要があってもそういうところは真似する必要はないんじゃないか……と、こういう場面になるたびに思っている。

「それでは、もう真昼ですので水浴びでもしてからひと眠りしますね。助手のカイロが呼びに来たら、私は私室にいるといってください」
ニュクスが私室へ戻ろうとしたときレアスはそれを呼び止める。

「三日後あたりから、しばらく僕の代わりに親方代理やってもらえるかな? 僕に名指しで仕事が入ってきたんだ。病気の女の子の親御さんから……ハートスワップの依頼なんだけど……今回は常連さんじゃなくって新しい客なんだよね」
その言葉にニュクスが微笑む。

「そうですか。どちらにせよ、あなたが行くならばその子も喜ぶでしょうね。それでは……おやすみなさい」
基本的に夜行性なクレセリアのニュクスは、真昼のこの時間帯は睡眠時間だ。故に、私室に入ってすぐに寝入ってしまった。


第1節 

三日後、親方の仕事を開けるという予定通り、レアスはまとめた荷物を取って輸送ポケモンの待つ場所へと向かう。
バッグの中には依頼主へプレゼントするためのぬいぐるみも詰め込んでいる。

「じゃ、ニュクス。親方代理頼むよ」
 親方の私室を抜けるとき、一度振り返ってそう頼む。

「ええ、心配は無用ですよ。私がいる限りめったなことが起こってもいくらでも対処できます」
 ニュクスはヴェールを振って静かに送り出した。

 親方の私室を抜けて、地下二階から二つの階段を上り外に出る。昔は梯子(はしご)で上り下りしていたが、4足歩行のポケモンから明らかに不便がられていたので今は階段が併設されている。
 そうして、外で待っていた使いのもとに駆け寄って準備ができた旨を伝えると、早速背中に飛び乗った。

「さて、頼むよフェン。目的地まで送って頂戴」

「いえいえ、頼むだなんてとんでもない。レアスさん達を乗せられるなら大歓迎ですよ」
フェンという名の呼ばれたトロピウスを駆ってレアスは目的の街へと向かう。

「それは渡りにラプラス♪ それじゃあ、張り切っていくよ~~GOGO」
三人は意気揚々と目的地へと飛んで行った。


「う~ん、秋も深まる4月の空。日々深まる寒さの中、緑の体で夏を謳歌した銀杏の木は黄色の死装束をまとい、次の実に命を託す。
 その死装束の美しきは死を前にした美しき散り際に大爆発の精神を垣間見ることが出来るからか、死臭を放ち喰われることを断固として拒否せんとする木の実たちの命の輝きがなせる業か。
 ああ、実りの秋に命を託す木の実たちの、美しきかな美しきかな」
 レアスはよい風景で気分がよくなるとこうして謎の解説をしたくなる変わった癖を爆発させ、一通り言い終えて満足するとため息をついて下を向く。

「ねえ、フェンさん……」
しばらく空を飛びながら不意にレアスが話しかける。

「なんですか?」

「君の首の果実食べていい?」
フェンは空を飛びながらため息をついた。

「降りてからにしてください……さすがに飛びながらもぎ取るのは危ないですので」

「君……の果実を食べてみて思ったんだけど……君はカリウム不足だから。ちゃんとカリウムとらないと首の葉っぱが枯れちゃうよ? 今の健康状態調べるためにもさ~~♪」
フェンは思い当たる節があるといった風に顔を伏せ「気を付けます」と言ってそのまま飛び続ける。


トレジャータウンを北東へに言ったところへ目的の街があった。ここの治安はそこそこ、トレジャータウンほど良くはない。
ただどこにも負けない治安の良さを誇るのが……巨万の富を築くブルジョワたちが集う富裕街だ。

 ここの治安の良さは、ここで起こった犯罪者の末路によるものが大きい。ここに暮らす人々にある程度のちょっかいを出せば、保安隊に引き渡された後から、金で買われ道楽的として拷問による殺人と言う見世物が行われる……らしい。あくまで噂だ。
 また、富裕層が行う犯罪は金の力で闇に葬られる。それ故に、表に出るような犯罪はない。そう言う訳で表向きは治安が良いことこの上ないのだ。
 ただ、このように貧富の差はあるものの、貧しい者が飢えることが滅多なことではない。これは、この地域で信じられているホウオウ教の考えであり『世界は一つの生き物であり、人一人をホウオウの羽根の一本や、皮膚の一片に例える宗教感』によるものだ。
 『羽根の一枚一枚は大したことがなくとも、積み重ねれば体の内部まで被害が出る』・『傷一つから破傷風になって死にかける』という例えや考えには多くの共感を得られ、末端の者にも敬意を払うことにつながっている。


 ひときわ大きい建物に差し掛かり、その隣には比べると貧相に見えてしまうが、普通に考えれば十分すぎるほどに立派な豪邸である家が見える。そこがレアスの今回の目的地だ。
 そこの仰々しい門に差し掛かると、そこに立っていたウソッキーの門番に話しかける。

「カマのギルドより紹介を受けて参ったプクリンのギルドトレジャータウン総合本部3代目親方のレアスです。話は伝わっていますか?」

「ああ、伝わっている。」
 ウソッキーはあくまで無表情のまま事務的にレアスを門の中へ入れ中で待ち構えていたルージュラの案内人へと任せる。
広く煌びやかな廊下を歩く途中、よく分からない彫像や絵画などが壁際を飾り、明かり用のランプや花瓶に至るまで調度品のすべてが豪華な装飾に覆われている。
 そして、まず最初に案内されたのは依頼人の夫婦奇麗に着飾ったアーマルドの母親とユレイドルの父親のいる部屋。豪勢な居間には白と金を基調とし、黒をアクセントとして添えられている、異国の創造神の名にちなんで『アルセウス装飾』と呼ばれる装飾を施されたた背もたれに、空に浮かんだ雲を敷いたようなふかふかなクッションを敷いた豪勢なソファがあった。
 レアスはそこに座らされ、これまたアルセウス装飾の脚にガラスをはめ込んだテーブルをはさんで、対面する方向に同じソファがあった。
 ティーカップやティースプーンに至るまでが金銀の装飾が施されて、漆塗りなどの渋いカラーの方が恋しくなってくるような眼の眩むまぶしさに、贅沢のいきつくところは趣味の悪さなのかと思うとレアスは苦笑する。

「あら、貴方がレアスさん。噂には聞いておりましたが、本当に可愛らしい見た目をしていらっしゃる」
と、ユレイドルが話しかけてくる。

「おっと申し遅れました。わたくしの名はヴァンサンド=レヴィアール=リグナ=ユレイドルです。よろしくお願いします。
さ、お前も自己紹介を……」

「私はマリアン=ケネル=リグナ=アーマルドでございます。本日は我がリグナ家の依頼をお受けいただきありがとうございました」

――ああ、ミドルネームが多くて覚えにくいことだね。とりあえず、無礼の無いようにこちらも自己紹介は必要かな?

「僕はレアス・マナフィです。依頼を受けるのが仕事ですから気にしないでください」
使用人がどうぞと言ってお茶を出す。客の好みに配慮しているのか、磯の香りが漂う変わったお茶を出してくれたようだ。

――青いグミもある……が、今食べるのはマナー違反かな?

「さて、今回の依頼なのですがハートスワップをさせる適当な相手が見つかりませんでしたので、レアスさんの体を使わせてもらうという、
事になっておりますが、そちらはよろしいのですね?」

――少し……覚悟いるが。二人での仕事ならば大丈夫だよね。僕は苦痛には慣れているから、あとは僕が入れ替わっている間に死なないように注意すればいい。

「ええ、はい。病気で苦しんでいる子供の体なんかに入りたくないって言うのは良くあることですよ。ですが、僕は慣れています。僕が入れ替わっている間に、死なないように注意すればいいだけのことですよね」

「頼もしいことですね。それでは……お願いいたします。娘の寝室には私達が案内いたしましょう」
 ヴァンサンドは触手を伸ばして握手を求めてくる。それに応えて僕は握手をする。悪い匂いではないようだ。
 握手を終えると、彼は手を離して娘の寝室に案内をする。案内をされていく間にも、家にはまだまだ見どころは多い。窓に描かれた色とりどりのガラスによる装飾は美しい色彩を誇っている。ようやく趣味の良いものが出たという感じである……相変わらず金はかかっているが。
 外の景色を見てみたいものの、残念ながら背が80cmくらいないと窓の外から見える景色は楽しめそうにない。
 さて、そうこうしているうちに目的地は迫っていた。目的地たる寝室には、小さな体には似つかわしくないキングサイズのベッドの中、顔色の悪いリリーラの子供がやることがなさそうに本を読んでいた。その顔には生きる気力が半ば消え失せていた。

「レノーラ、本を置きなさい。レアスさんが来てくれたわよ」
 そこに寝ていたレノーラと言う名前らしい彼女はレアスのいるのを向き直る。

「ああ、貴方がレアスさんですか? 私を遊ぶことのできる体にしてくれるって本当ですか?」

――そう、遊ぶことのできる体……僕の体と交換するという事。僕は病気のつらさを代わりに味わうことになる。けれど、この子がこれまでなめてきた辛酸に比べればなんてことないのだ。レノーラは僕を最後の希望とでも言いたげに嬉しそうな表情を浮かべている。

「そうだよ。ハートスワップって言う技を使って君と僕の心を入れ替えるんだ。ただ、人によっては心を入れ替えることで副作用が生じることもありますから契約の一週間のうち一日は様子見でこの家から出ないでください。
 三日目までは一日一回は様子を見なければいけませんけどね」

「そんなの……遊ぶことのできる嬉しさに比べたら何ともありませんよ。早速やってもらえますか?」
それを聞いたレアスは微笑んで両親にお伺いを立てる。

「だ、そうですが……早速始めてイイかな?」
両親は頷いた。腕を広げて精神統一して触角に精神を集中する。前方に居るレノーラに意識を向けて心を開放する。同時に心を抜き取るように念じると、一瞬レノーラとレアスの両方の顔から生気が抜ける。世界が自分の手を離れた……? (いな)、自分の心が体から、世界から離れる不思議な感覚。
 暑くもない、寒くもない、痛くもない、気持ち良くもない、見えない、聞こえない……一切の感覚が消え失せ、自分が存在するのかどうかさえ危うく、儚くなる刹那の時。ただ漠然とした意識だけで存在した時間は数える間もない一瞬ですぐに消え去り、景色が変わる。
 色がつく、音が聞こえる、地面にふれている……感覚が宿る。入れ替わったのだ。
 だが、入れ替わったはいいが、レアスの体に入ったレノーラは立っていられない。突然他人の体に慣れるなど土台無理ということである。

「体の構造が全く違うから上手く動けないでしょ? でも、それは当然のこと……今日は体に慣れることと、異常がないかどうかを調べることに終始するだろうから、そのつもりでね」
 レノーラの体からはレアスの口調で言葉が紡がれ、それは心が入れ替わったという事を意味している。
両親は「オオ!」と言葉を上げ、レアスの体に入り込んだレノーラを見る。

 レノーラは起き上がろうとするも、体の動きがついていかないようだ
「あえ? えんえんうろけなあ」
恐らく、『アレ? 全然動けない』と言いたかったのだろう。赤ん坊が喋るような不明瞭な声をあげてしまって、彼女は自分の声にまできょとんとしていた。

「無理無理。初めてのハートスワップじゃあ普通に喋ることすら難しいってば。その証拠に目だって中々焦点が合わないでしょ?
 これでも常連さんは結構慣れっこなんだけどね~。ブーバーンの常連さんは泳ぎが大好きなんだよね、これが」
 コクコクとレノーラは頷くそれぐらいの単純な動作はさすがにできるようだ。

レアスはもう、数えきれない回数のハートスワップを経験しているからこそ速攻で話すこともできるし、マナフィとして生まれ持った本能だけで体を動かせる能力もある。しかし、初心者には到底無理だ。だから、レアスを見て両親は……

「慣れってすごいですね」
 と褒めてくる。レアス自身も戸惑って赤ん坊のような動きしかできない初心者を見るたびにしみじみと思う。

「とにかく、最初は立ち上がることから始めてください。それが出来ないと始まりませんから」
そう言われて、レノーラは立ち上がる練習から始める。四苦八苦しながらも、普通にしていれば息苦しくないその体が気に入ったようで、終始笑顔だ。
やがて、立ち上がり、歩き、バブル光線のような簡単な技を放てるようになる。

――ふむ、順調だね……

レノーラは庭にプールがあるとかでそこへ行きたいと言ってきた。レアスは一人病室に取り残され、使用人がその部屋の端で静かに指示を待つのみだった。

――娘さんの体だからもてなすべき客と言えども豪勢な食事を与えられないと言うのはいいとして、扱いがぞんざい過ぎないかな? まあ、この体じゃ無理しちゃいけないもんね、無理しちゃ……


第2節 

次の日、ようやく外出の許可を与えると言う事で僕は用意しておいた小さなジラーチのぬいぐるみのストラップを差し上げる。
「これ、お守りだよ。願い事ポケモンジラーチのぬいぐるみ。僕が大切にしているものだからなくさないでね。
と言うか……むしろなくしたら不幸な出来事が起こるから気をつけて。なくしたらすぐ探しに行くんだよ。約束してね?」

「あ、はい分かりました。ありがとうございます。絶対無くしませんよ~~」
そう言ってレノーラは元気に駆けだしていった。

――なくさないでよね……本当に酷い目に遭うからさ。まあなくすかどうかは、君達次第だよ。

「そのお守り……ずっと持っていればお願い事がかなうかもよ」
そう声をかけると昨日とは打って変わって、レアスの体で生き生きとした表情を浮かべているレノーラは手を振って駆け出して行った。

――今日も今日とて部屋の前に使用人一人のさびしい状態。僕の体の方には、お譲さまになにかあってはいけないと護衛が付いているようだけど……
  ふう、客人と言えど金を払っているんだからそれぐらい我慢しろと言うわけか。世知辛いねぇ。


その夕方……

「レアスさん。もう最高でしたよ……この体で川を泳いだり追いかけっこしたり……話でしか聞くことが出来なかった物って本当に楽しいんですね」
 嬉しそうに話すレノーラの体には、今日一日だけでずいぶん転んで擦り剥いたり引っ掻いたりしたようで、体中に生傷が出来ている。レアスの体で精いっぱい遊んだことが見て取れる。どうやら長いこと病床に伏していたことが原因で苦痛にはかなりの耐性があるようで、擦り傷なといたいとも思っていないらしい。

「そう、それは良かったね僕も君に喜んで貰えるならば嬉しいよ。貸してあげられる時間は短いけれど、その分一生分楽しんでいってね。でも、一生分使いきって僕の体を殺しちゃダメだよ?」
 こういう子は本当に無茶をしてそんなことになりかねない。とはいえ、自らの体が伝説のポケモンであるという特権は大きい。腕がすっぱり切れてもいずれ再生するからよほどのことがなければ問題ない。

「分かってま~す。必ず無事にお返ししますからね」
 僕は首にかけたぬいぐるみのストラップをちらりと見る。

――よかった、ちゃんとつけているみたい。

「じゃ、くれぐれも無理しないこととそのぬいぐるみを無くさないこと。それだけ守っていれば、僕と君は友達だから」

「うん、友達だね。うふふ、友達がいるって嬉しいなぁ」
レノーラは嬉しそうに笑って生き生きとしていた。二日前は生きる気力が感じられないような少女だったのは信じがたい。
こういった瞬間はハートスワップを覚えられてよかったと思える瞬間だ。

――そう、この病気の苦痛だって報酬金よりもこっちの笑顔の方がよっぽど嬉しく感じられる。ただ、問題なのは……こんな依頼をしてくるのは本当に恵まれた階級のものでないと出来ないと言う事。
  この少女は、一見不幸に見えなくもないが、アルセウス教が信じられている地域で下痢になって死ぬ貧民街の子供よりかは幸せだ。こういった場所やプランテーションに拘束されて強制労働をさせられる子供たちよりは幸せだ。
  そう思うとやるせないものだね。結局、『この笑顔を世界のすべての者たちへ』と言う願いがあったとしても無理なのだ。だから僕はお金を集める。その金を目的のための手段として有効に役立てるために。
  この仕事の報酬は割高……収入としては悪くないはず……この家が新たな常連となるならばそれもよし……ならないならば骨までしゃぶってやる。
  僕の目的のために……


さて、一日一回の様子見をしなければいけない三日間は終わった。ここから先は少しくらい遠出しても大丈夫と言う手はずになっているが……その日のレノーラは何故か、外出どころか部屋から出ることすら許されなかった。


「出して、母さん出して。どうしてレアスさんの体を奪わなきゃいけないの?」
 レアスの体で血が出るほどドアを叩く。しかし立派な作りのドアは傷が付きこそすれ、出れる気配や壊れる気配など微塵も感じさせない。もちろん叩いても無駄だと分かると、水鉄砲のような技を使ってみるのだがそれすらも無駄だった。

「私たちは貴方に長生きしてほしいのよ。そのためならば、一介の探検隊員などどうにでもしましょう」

「レアスさんは友達なんだよ? お願い……考え直して」
 その日告げられた計画……それはレアスの心が入ったままのレノーラの体を処分して、貴金属や宝石など、もてるだけの財産を詰め込み遠くへ逃亡すると言うものである。もちろんレノーラはそれに反対をしたのだ……が、『両親はあなたもいずれ分かるから』の一点張りで意見を曲げようとはしなかった。
 どうしようと思いながらレノーラはその場にヘタレこんだその時、見てはならないものを見てしまう。いや、見えるべきものが見えないと言うべきか。ジラーチのぬいぐるみのストラップが忽然と消えていた。さっきまであったはずなのに。

――いや、不幸なことが起こるなんて迷信だろう。とは思いながらも何故かその台詞を言う時のレアスさんは真に迫っていた。なんだかものすごく嫌な予感がしたのか、レノーラは再度扉に立って出すように懇願する。

「ねぇ出して。出してよ……大切なものを無くしちゃったの。探しにいかなきゃいけないの」
 だが、この状況では何を言っても出してもらうための嘘や出鱈目にしか聞こえやしない。無論、レノーラが部屋から出してもらえることはなかった。


 レノーラの体に入ったままのレアスは貴族御用達の処刑人によって縛られている。無論その処刑執行人はハートスワップをはじめとする、憑依や入れ替わりを防ぐための霊界布を纏っている。そしてレアスもきちんとその布で縛られている

――どうやら、今すぐに殺されると言う事はなさそうだな、オイラは様子を見ることにするか。ホウオウ教では朝方に人を殺すと、魂は霊界への道が探しにくく、その結果夜になる前に暴れまわって悪さをするという話がある。
 もとは罪人たちにたっぷり後悔させる時間を与えるため……というのが起源らしいがそんなことはどうでもいい。
 とにかく、夜になったら危ないという事だが、逆に言えばそれまで時間があると言う事。ケケケ……毎回毎回噂やジンクス、迷信や伝説……そんなものに助けられるとはなかなかおもしれえじゃねえか。

 居間で休んでいる母親に不意に金縛りが襲う。他に待ち構えていた使用人たちもだ。強い金縛りにあって声も出せない状況の中、ただ一人だけ動けたのは……ジラーチのぬいぐるみに憑依していたジュペッタだけであった。

「なくしたら不幸な目に遭う。早く探しにいかないといけない。レアスはちゃんと注意したよな……さて、オイラは貴方の体を貸してもらうぜ」
 眼を閉じることすらできない母親――アーマルドに怪しい光を存分に浴びせかけ、入り口近くで待っていた使用人にも同じことをする。そして、精神が錯乱して憑依しやすくなったその体に取り付き、取り付いたその体で何食わぬ顔をしながら部屋を出る。

「最後に娘の体に入った探検隊に挨拶をしておきますわ。お前らも付いてくるなんて無粋なことはしないで頂戴。わかったわね?」
 と、マリアン――の中に入ったジュペッタは、部屋を出たところに待ち構えていた使用人たちに釘を刺す。

――だが、その言葉を発していたのは、ほかでもないオイラ。リーベルト・ジュペッタ様だって事。そんな事実には誰も気が付きはしなかった。気が付いてもらわないようにしているからだが。

さて、レアスが拘束されている部屋にたどり着き、そこに立って番をしているノクタスにハートスワップを封じるための布は、剥がさないようにしてくださいとマリアンの体に入ったリーベルトは注意をされた。

 『誰がそんな注意守るか?』などと思いながら、リーベルトは中に入る。

――さぁてと……ここから先は怪しまれないために自分の正体は告げないで猿轡(さるぐつわ)を外す。レアスが自分をののしる言葉が大音量かつ無限に放たれて聞き苦しいが、すでにレアスはオイラの正体……というか憑依に気が付いているのだろう。


第3節 

 一通り罵詈雑言を聞いたやったあと。レノーラの体を覆っていた霊界布を剥がす。これでハートスワップが可能になったわけだ。
リーベルトが憑依を解くと、マリアンの体は支えを失って倒れる。レアスは口の中の布と目隠しと拘束具だけをそのままにして、ハートスワップをする。

 これで、レアスはマリアンの体に入り、今のレノーラの体にはマリアンが入っていることになる。リーベルトはもちろんジラーチのぬいぐるみの中だ。
 マリアンは暴れられない……何を言おうとしても何も言えない……アイコンタクトもとれない。ジェスチャーなどもちろん無理。

――まあ、自業自得って奴だな。とはいえせめてもの慈悲として、部屋を出る時に番をしているノクタスに伝えておく。

「一応娘の恩人ですから、殺す時は一撃で楽にしてあげてください。ですが、最後に言い残すこととか聞いちゃだめですよ? どうせ出てくるのは呪いの言葉だけですから」
と……

――オイラはこの実力を認められ、水晶の洞窟でジュペッタの至福を味わい、さらに力を強化することを許された。他の者はそう言った事情とは違うが……レアスは何人もの子供たちを救い、そして育て上げている。
  そんなこの世で最も尊敬するべき人物の一人にして、オイラ達にとって大事な大事なれあす親方を手にかけようとした罪は……どんな金を積まれようと決して拭う事の出来ない罪。
  それを犯したお前には……かける言葉は一つだけ。『さよなら』


 ここに住む富裕層が行う犯罪は金の力で闇に葬られる。だからこそ、レアスは自分の体が奪われる危険性を注意しなければならない。
 マナフィの実質老衰で死ぬことはない健康的な体。マナフィの腕が吹っ飛んでも腹に穴があいても失血死しなければ、いずれ再生する強靭な生命力。
 こんないい性質を持つマナフィの体は引く手あまたなのだ。

――そのせいで一度体を奪われそうになってからは安全対策及び報復の準備はちゃんとしている。舐めるな。
  『さて、今回の依頼なのですがハートスワップをさせる適当な相手が見つかりませんでしたので、レアスさんの体を使わせてもらうという、
事になっておりますが、そちらはよろしいのですね?』
  特にこういうセリフが気に障るのだ。本当に見つける気があるならば貧民街の子供でも何でも金で買えるはずだ。
  また、最終日にハートスワップを解除しようとする際、『実は……公にするとまずいので』などと言って、買ってきた子供と永遠にに入れ替えようとする者もいる。それに抗議して殺されかけたこともあった。返り討ちにしたけどね。
  だからこの仕事をする時には、少し……『殺される』覚悟がいる。一度危ない目に会って、依頼人の体を噛み千切って激痛に苦しみながら戒めから脱出したことがある。今となってはエレオスが造った闇の結晶を好きなだけ喰わせたリーベルトをボディーガードとして引き入れて、二人三脚で危機を乗り越えてきた。
  後は病気で死なないように注意すればいい。入れ替わった体に与えられる食事に毒を混ぜられて殺されることもあるからね。そういうときは耳ざといリーベルトに事前に伝えてもらうよう頼んでいる。
  今回の依頼も……僕の体を交換させろと言って来るあたり、僕の体を盗む計画でいるだろうという事を視野に入れざるを得ない。そう考えていたら、案の定これだ。需要の少なさも相まって、たった一人しかいない常連さんの第2号はなかなか現れないものだね。

 ひとしきり考え事をしながら歩いて、居間に戻る。さて、今日の夜……マリアンの心とレノーラの体は死ぬ。当初の予定とは大きく違ったことだろう。

――でも、契約違反をしたのは貴方達だから……僕は知らないよ。僕は……一度出会った人はみんな友達。ただし友達じゃなくなった人には厳しいのさ。だから友達は大事だよね?

「それで、本当にレノーラちゃんは僕の体を奪う事に反対していたの?」
 首に下げたジラーチのぬいぐるみに、レアスは話しかける。

「ああ、オイラが見る限りではかなり本気だったぜ。手から血が流れるまでドアをたたいたり、扉に技を放ったりしてどうにか抜け出そうとしていたぜ。
 ケケケ……さすがは友達ってわけだ。ただ、さすがに窓から飛び降りることはできなかったみたいだが、そこは許してやれよな……そんな無茶はできねぇんだろうよ」
 レアスはその対応を聞いてちょっとだけ嬉しくなった。

――やっぱり、絆って言うものはいいよね。でも、僕と彼女との絆がこれから先にも続くことはないだろう……彼女がまともな精神をしている限りは……


目が覚めると、マリアンは目隠しをされ、口に布を詰められ、拘束された状態でベッドに張り付いていた。

――体の感覚が変だ……これは触手があって変なものが付いていて……分からない、分からないけど多分……レノーラの体の中に入り込んでいる? そんな、嘘でしょ? どうして私が?
  確か……突然金縛りが襲って来て……そのまま……そこから先が思い出せない。

 ただ、分かることはこの状況が絶望的であるという事……マリアンは何が起こったのかも正確にわからない状態で全く動くこともできず、なにか動きがあるのを待つしかなかった。

 そして、その時がきた……

「ひゅう、やっぱり中身は探検隊とはいえ女の子を殺るってのはぞくぞくするなぁ」

――この下品な声は……私が雇った処刑人の声……やっぱり私は殺される……

「じっくり時間をかけて殺りたいところだが、マリアン様が恩人だから一撃で決めてやれって言うんだ。運がよかったなぁ……レアスさん」

――私はそんなこと言っていない……殺さないで殺さないで殺さないで!

「しかも、『最後に言い残す言葉は?』 とかそういうメンドクサイことは一切無しだとよ。どうせ呪いの言葉しか出ないからってよぉ。図星だろ?」

――やめてやめてやめてやめて……

「暴れるんじゃねえ。手元が狂って余計苦しむ羽目になるぜ? さ、お祈りでも済ませろよ。0をカウントした時に振り下ろすからな……首の力を抜いておけばその分苦しまずに逝けるぜ」

――ああ、気がつけ! 私はレアスじゃない! 気が付いて! お願いだから……

「3・2・1・0!」
ッ~~~~~~~~~胴体を処刑刀が深々と切り裂いた……痛い……これが死の痛み……

「おい、だから暴れたり力入れたりするんじゃねぇっていっただろう? そら、もう一度だ」
胴体の痛みが消え代わり体の細い部分に痛みが走る。

――いやだ、死にたくない。こんな風に死んでいいのは金のない奴らだけ…………………………………………………………………
  …………………………………………………………………
  …………………………………………………
  ………………………………
  ……………
  …


「ああ、終わりましたか? それでは、家族旅行に出かけるとしますか。ね、レノーラ」

「ああ、奴らギルドの手が届かないところまでな。」
ヴァンサンドが、レアスの顔で泣きじゃくるレノーラの手を取って馬車まで引っ張って行く……その旅の間、終始レノーラは涙を流していた。

励ますために僕が言わなきゃいけないセリフ、『金がない奴らは~~』『貧乏人は~~』そんなものを自分が出していると思うと、レアスは反吐が出そうになる。
そして、4日目の朝。僕はレノーラとヴァンサンドの二人に話をしたいと言って、川辺に並んで座る。

「貴方、レノーラちゃん……」

「お母さんなんて大っ嫌いだよ……話すことなんて何もない」
レノーラはプイッとそっぽを向く。それをヴァンサンドはなだめるように声をかける。

――だがもう、そんな必要はない……もう、この家族は崩壊するだろうから。

「二人への話って言うのはね……」
ここで口調を本来のレアスのものへと戻す。

「僕、本当はレアスなんだ。母さんが僕を殺そうとしたのを知ってから、仲間に頼んでいれ替わらせてもらった」
嘘は一切ない。

「なぁ……!」
「うそ……でしょ?」
まるで信じられないといった様子でレノーラは僕の方を見る。ヴァンサンドは開いた口がふさがらないといった様子だ。

――クスッ……二人ともやっぱり親子だ……驚き方は良く似ている。

「本当だよ……証拠として、今からハートスワップするから。とにかく、君達に伝えたいことはこれだけ。
 母さんの心はレノーラの体に入ったまま死んだ。そして僕は……レノーラに体を返してもらって……そのままギルドへ帰る。そしてさよならだ……今回も気分が悪くなる依頼だったよ。でも、君だけは最後まで僕の身を案じてくれたみたいだから手出しはしないであげる。
 それにね、ヴァンサンドさんも奥さんを失ってさぞ悲しいだろうから、今日は追い打ちをかけることはやめてあげるね。
 でも、君たちがこの件で何か文句をつけてくるような動きがあったならば……僕たちはプクリンのギルド及び、姉妹ギルド総出で抹殺する。数の力を、僕の力をなめない方がいいよ。ギルドを舐めるとどういう目に遭うかは……君の母さんが証明してくれたから分かったでしょ?
 それじゃあ、あとはお母さんの体の中でお元気で、僕の友達……って言いたいところだけど、レノーラは僕のぬいぐるみを無くしちゃったから友達でも何でもないね」
 淡々とした物言いを終えたレアスは、呆然として全く言葉を発しようとしないレノーラと自分の心を入れ替える。これで、マリアンさんの体にはレノーラで、レアスの体にはレアスだ。

「君たちは不快だから……僕の前に立たないで」

――僕の体には僕の心が戻ったというわけだ。これですべて元通り……一件落着だね♪

そのあと、さっきまで僕が使っていたマリアンの殻に身を潜めていたリーベルトを取り出し、レアスたちは川からギルドへ戻る。
湧き上がる憎しみの感情をあらかたリーベルトに喰われて抜け殻になったような二人を尻目に僕は川を上って行った

 一個で何十万ポケという金品をいくつも付けられていたレノーラの体は体一つだけで一つの財産になる。加えて、馬車に積み込まれた金品ももてる限りくすねておいた。袋に入った宝石は見るからに贅沢だ。
 まだ契約終了日ではないために、迎えは無し。だからその荷物を持ったまま徒歩でプクリンのギルドに戻るのだ。
その後、レノーラ達がどうなったかなどレアスは知らない。

――だって、友達じゃないんだもんね。
  病気の少女は動けるようになった……悪い人は死んだ……これって、物語としてはハッピーエンドだよね?


最終節 

レアスはげんなりした様子でギルドに帰り、ニュクスへ『ただいま』のあいさつをするとさっさと私室のベッドに横たわった。

――世界が狭かった昔は……こんな釈然としない思いをしなくってもよかったのにな。どこから間違っちゃったんだろう? 世界が広がって楽しかったのも事実だけど……その先には闇が待っていた……

「エレオス……君は今の世界をどう思っているのかな?」
レアスは漆黒の双頭と呼ばれる自分の片割れの名を呼び、その者と、自らの過去に思いを馳せる。

――君は……そう。あの事件の後、真っ先にあのラティアスに助けられたんだよね……

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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