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漆黒の双頭“TGS”第6話:療法士と傀儡師・前編

/漆黒の双頭“TGS”第6話:療法士と傀儡師・前編

作者……リング
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第0節 


『もう同居し始めて2ヶ月以上経っているんでしょ? だったらきっとね……今君が抱きしめてあげたら、そのアサちゃんが目覚めていることを感じると思うよ。
 君に、フリックに、リムルに、シリア。漆黒の双頭じゃないけれど、エリンギ君とか言う子とも一緒に居るんだよね?
 目覚めている者たちが、アサちゃんの周りにそれだけいるんだ。きっと、もうそろそろ魅力やその他の能力に目覚めていてもおかしくないよ。
 だとすればそう……兵士は現地調達が基本って言う方針だったけれど、ちょっとばかし運命に身を任せてみるのもいいかもしれない。
 キール……スイクンタウンは、アルセウス教の革命部隊の拠点なんだ。それなら、ギラティナ様の思し召しってことで……アサちゃんは現地調達ってことにしようじゃない?
 もちろん、君や他のみんな……何よりアサちゃんがやる気になればの話だけれど

from--Reus』

「やっとレアスさんの許可が出たかぁ……でもね、レアスさん。もうアサは何と言うか……そろそろ僕から自立しようとしているし。出来れば、もうちょっと早めに許可を出してくれればうれしかったかなぁ……なんて……愚痴っても仕方がないか。
 疑ってしまうのは……もともとは、僕たちの存在を早く教えて仲間にしたいからって僕が招いた種なんだし……」

第1節 

 約束どおり俺は白いグミをごちそうされ、その後はレイザーに連れまわされることとなった。
 これまでフライ(Fri)だった名前をフリック(Frick)という名前に改名され、聖地だか不思議のダンジョンだとかいう場所を越えさせられ、アズレウスとか言うラティオスに乗せられてついた先。
 それは、ゆっくりした旅でありながら、旅を経験したことのない俺にとっては目の回るような忙しい日々で、優しく守ってくれたレイザーはなんだか父親のようにも見えていた。っていうか、こんな風に優しくされたのって本当に久しぶりだな……

 その旅の終着点は、プクリンのギルドとか言う怪しい建物。こっちの文化では、その家のある地のポケモンを模した建物を作ることで、その芸術性を競う風習があるのだとか。
 その文化の影響なのか、小高い丘に作られたプクリンのギルドは名前の通りプクリンの肩内をしていて、その丘から見下ろす家屋も集会でも行われているかのようにポケモンの意匠を施された家が並んでいる。

 レイザーからとりあえずな、飯食おうか――などと持ちかけられ、地下2階の食堂で食事をさせられた際、俺を物珍しそうな眼で見る視線に気が付く。
 何のことはない、ただレイザーが連れて来た子供だから、また何かすごい奴なのだろう、という目で見られているだけだ――なんて、レイザーは説明してくれた。けれどその視線に俺は値踏みされている時の気分が蘇り、食事が喉を通りにくくなる。憂鬱だ。
 食事を口に運ぶスプーンの動きが鈍ったのを見て、レイザーは違和感に気づき、料理のカスが付いてベトベトになったカマの先端を舐めとり、布巾で油を拭う。
 粗方カマが綺麗になったところで、レイザーはシフォンを取り出してカマに掛け、俺の視界を遮るように翳す。
「食事中は、よそ見しちゃ駄目だ」
 やさしく微笑んで、俺の頭を軽く叩くと、少し安心した。俯き気味に軽く頷いて食事を再開すると、心が温かくなった気がする。
 食事が終わってレイザーが思ったこと。この子は臆病すぎる――というのがレイザーの感想であった。と言うより、俺が警戒心をむき出しにし過ぎだと言って、それをいさめようとしての言葉らしい。
 ここでは、強盗もなにもめったに起こるじゃ無いのだから……と、優しく背中を押してはくれるけれど、どうにも警戒する癖を抜けと言われると難しい。

 ◇

「……と、言う訳だレアス。まずはこの子……すでに目覚めているようだが、修行云々よりも先に性病の治療と、精神的なケアが大事だと思う……」
 フリックにとっては雲の上の会話であるのだろう。俺とレアスの会話の中で自分の名前が出てもいまいち実感がわかないようで、キョトンとしている。

「そう……まぁ、別に問題ないんじゃない? この子の目覚めるパワーは……すでにのんびり生きているだけの伝説のポケモンに勝るとも劣らない水準だし、鍛えればいずれ……シリアちゃんみたく、僕達を越える目覚めを獲得することだってあるでしょ?
 それに、運がいいことに……ミミロップなら、ニュクスの近くに居るだけで簡単に『癒し』に目覚められるはず、それに……僕は目覚めるパワーが毒だったから、格闘タイプのニュクスへの魅力感じないけれど。フリック……その子の目覚めは鋼タイプだから、格闘タイプのニュクスとはすっごく相性がいいことだし、いいんじゃない?」
 相性がいいからすぐに仲良くなれるだろうし、仲良くなれればそれなりに心もほぐれていくだろう――レアスは言うが、どうだろう? 正直、占星術や八卦のような占いは余り魅力を感じない。
 目覚めルパワーの相性診断と言うのも、少し胡散臭い所があるのだが……レアスは、マナフィだ。ストライクの俺なんかよりもよっぽど長く生きている存在だ。そう言う年長者の言葉には、一応耳を傾けておくべきなのかもしれないな。

「とにかく……さ、話なら後でも出来る。ニュクスに会ってきなよ……フリック君。レイザーは案内したら、もうお役御免で大丈夫だけれど、まだフリック君を見守っていたかったらこの街にいなよ。この街は、いつでもレイザーを歓迎するからさ」
「ちょっと飯食って行ったら変えるつもりさ」
「そう、なんにせよ、休暇を楽しんできなよ。最近の君は優秀な人材をバンバン連れてきてくれるから……今まで2カ月だったけれど、特別に10ヶ月分休暇をあげちゃう。ヒューイともども楽しんでいきなよ」
 レアスはそう言って、報酬の白金塊を差し出す。俺は微笑みつつ、小さな見た目には考えられないほどの高密度な質量をもった金属片を受け取る。
「すっかりこの塊もらう事になれちまったな、金銭感覚がすっかり狂っちまった」
 苦笑いした俺は、バッグの奥深くにそれを入れて、フリックを手招きする。
「いこう、フリック」
「あ、はい」
 いずれ、これと同じものがフリックにも渡るのだと考えると、自分でさえ狂った金銭感覚がどうなってしまうのか非常に心配だった。
 そもそも、フリックの金銭感覚はその日暮らしだからな。この白金塊まで、その日の内とまではいかないまでもすぐに使ってしまいそうで怖いものだ。
 四足歩行のポケモンに優しくない梯子の隣には、現在大きな階段が作られており俺はカマだと上りづらいので、そっちを好んで登る際に利用している。下に降りるときは、普通に飛び降りているが、何せ梯子は狭いから羽根を使っての垂直上昇は出来ない。

 とにもかくにも、フリックと俺はそこを上り、崖から広大な海を見下ろすことのできる地上に出て、潮風の匂いを全身で感じる。
 振り返ってみれば、なんともコメントのしづらいセンスを醸し出すプクリンの意匠を施した建物の斜め左前にお目当ての建物はあった。
 木造の建物のそれは、東西と北の窓から朝日も昼日も夕日も存分に取り込めるようになっており、現在夏真っ盛りの10月では、日光がそんなに入り込むと暑いのではなかろうかと勘繰りたくもなる。
 しかし、高所に建設されたこともあって海岸から吹く潮風は常に強い。風通しを良くしておけば暑いという者などそうそういない、そんな診療所だ。

 ここのドアの構造は踏むことでもドアノブを操作できる四足のポケモンにも優しい設計になっている。レイザーは地面に近い場所にあるドアノブを踏み、体当たりをかますようにしてドアを押し、中へと入って行った。
 その中では、デンリュウの中年と言うべき年齢の女性、カイロが愛想よく応対をする。これでも昔は美人女医いという称号というか属性をもっていたのだが、今では美人熟女という称号になり下がって(人によってはなり上がって)いる。

「あぁ……レイザーさん。その子がフリック君ですね……話は伝わっております。今、ニュクスさんを呼んできます」
 カイロは、ミミズ腫れが毛皮の上から確認できるフリックの見た目に僅かばかり様子を見せる。驚かれた反応が、やはり自分の体は病魔に侵されているのだ――と、改めてフリックに自覚させたようだ。
 しばらくして、ニュクスがあらわれる。この診療所の主であり――この土地の風習に従うならば、この診療所にはクレセリアの意匠を施した見た目をする必要がある種族。つまりクレセリアだ。命にかかわることだから、文化以上に大事な要素を求めているとのこと。
 それでも、離れにある薬草類の地下倉庫にはクレセリアの意匠が施されているあたり、郷に入れば郷に従う適応力はあるようだ。

 ニュクスは、フリックの病状を確認しながら治療に入ったのもそこそこに、消毒用の酒なのだろう液体を脱地面のガーゼにつけ、フリックの腕に塗りつける。
 そこまでは、フリックも呆然と見つめているだけだったが、ニュクスが注射針に薬品を入れたと同時にフリックは酷く注射針に怯えた。

「そんな針……刺さないで」
「どうした?」
 また、苦い思い出がよみがえる。フリックは顔の前に腕をかざし、ニュクスの治療を拒絶していた。震えて縮こまる様は子供みたいで可愛らしいとも思えるが、それ以上に可哀想と言う感情が心を塗りつぶす
「……困りましたね。この子、針を使って何かされた経験があるのですか……?」
「ん、多分……」
 幼児売春など、俺には未知の世界であったがため詳しく話を聞いたことはない。怯えるフリックの方を見てみれば、フリックは腕や胸を押さえていた。もし、閉じ込められていた頃の記憶がよみがえってきてあのような行動をとるのだとしたら、それはそんなところを針で刺されたことがあるという事実に他ならない。
「刺されたんだよ……痛みに耐える様子がそそるって……」
「……なるほど」
 ひどい話だ――と、俺はフリックを閉じ込めていた奴らに対する呆れと蔑みをため息に乗せた吐き出した。

「わかりました……では、これは使いません。フリックさん……少し失礼しますよ」
 微笑んで言うなり、ニュクスは胸に密着させている手を開放し、ヴェールの腕でフリックのことを優しく抱きしめた。
「私たちクレセリアには、癒しの力がありましてね……こうして抱いているだけでも、病気は少しずつ治るんです」
 ニュクスのセリフは、フリックを安心させるための嘘である。自然治癒力を高めるクレセリアの力ならば、体力さえあれば自然に治る病気は治るだろう。もちろんちょっとしたキズや発熱くらいならばこれでも十分なのだが、不治の性病ともなれば無理だ。
 だからこれは、腕に注射しようと思った予定を変更して、首に注射をうつための演技である。ニュクスはフリックを抱き寄せたできた死角から注射針を、念力で手繰り寄せ、手に取る。

「フリックさん……絶対に動かないでください?」
 言うまでもなく、抱きしめられたらフリックは動けなかった。客に抱き締められた時、抵抗してはいけないという事が刷り込まれているのだろうか。今までの抱擁と、今のニュクスが行う抱擁の違いは何となくわかってはいても、長年染みついた癖だけは抜けない。ニュクスはそんなこと知る由もなく、ただ安心してくれただけと捉えていたが、結果は上々だ。
 チクリ――とでも表現できそうな小さな痛みが突然襲い掛かり、フリックは顔をしかめた。さらなる激痛を予想して歯を食いしばるも、それは空振りに終わる。
「どうでした?」
 抱擁を解いたニュクスが持っていたのは、注射針。騙されていたのだと分かったが、それ以上にフリックには痛みが少ない事が不思議でならなかった。
「首に……これを刺されたのですが……痛くなかったでしょう? ごめんなさいね……嘘をついてしまって。
 この薬を使わないと、病気が治らないので……でも、痛くないってことを教える必要がありましたもので……針はですね、苦痛を与えるためだけのものではなくって、こうやって役立てるためにも使うものなのですよ」
 安心させるように微笑んだニュクスの言葉に、フリックはうん――と、頷いた。

「さて……この病気、モモン毒と言いましてね……治療には複数の薬を注射しなきゃならないんですよ」
 ニュクスが改まって説明すると、フリックは首をかしげている。
「注射って……?」
「……えと、注射っていうのは、こうやって針から直接体の中の血管……ほら、このお肌の下にある青い色したのと赤い色をしたやつの中や、肌の下などに直接……薬を送り込むことです……で、ですね。
 一回だけ薬をうっただけでは……ダメなんです。でも、今は痛くなかった……だから、次は怖がらずに打たせてくれますかね?」
 フリックは頷いた。フリックは俺に助けられた時点から、すでに断るという行為を知っているはず。だから、今頷いたのは刷り込まれた無理やりではなく彼の本心であろう。ちょっと成長したんだな……俺はその成長を手放しで喜び、満足げに頷いた。

 ◇

 数ヵ月後
 『とにかく、性欲の処理に他人を使う事は禁止です』。ニュクス様からそう言われて、俺は自慰にふけっていた。
 『今みたいにただ生きているだけじゃない……考えて生きるって言うのは楽しいぞ、イイ気分だ』などと、レイザーに言われたはいいが、今のところ彼には快感以外の楽しみが無く、今も快感以外の楽しみが見つけられていない。
 モモン毒の治療が終わるまでは、誰かと交わることは絶対禁止!! 禁則事項を破ったら、その美しい耳を炒め物にして患者の食卓に出してやると、ニュクスに言われたので、流石の俺様も大人しくしたがって自慰だけで性欲の処理を済ませていた。
 レイザー所長のシザークロスには及ぶべくもないが、ニュクス様の見事な切れ味を誇るサイコカッターを見せつけられては逆らう気力もうせる。治療の始めの頃は高熱にうなされ、冷凍ビームで作られた氷と布を使って徹夜での看病をされたものだが、ニュクス様はむしろ昼に眠る口実が出来たと、嬉しそうに昼寝をしていた。
 本来夜行性のニュクス様には、恐らくそっちの方が都合が良いのだろう。

 そうして熱も収まって数日、俺は食事の最中、最初来た時よりもずっと速く、おいしく食べられるようになった事を感じる。
 それは徐々に調子が良くなっていった証拠であり、体の不調も段々消えていくのを感じて、自分の体が回復に向かっているのを自覚するようになった。入院してから以降、食事はニュクス様が作ってくれた栄養に配慮されている食事である。なんでも、医食同源という考えを元に、食生活から医者いらずな体を作れる食事なのだとか。
 その上、種族ごとに別々の献立を考えて、それを同時に全部調理するほどの超人的な調理風景が広がり、ニュクス様が改めて伝説のポケモンであることをうかがわせる実力だ。なんせ、カマドが10個。鍋やフライパンなどの熱を加える調理器具が計30個。切ったり砕いたり叩いたり剥いたりと、食材を変形させる調理器具は数え切れない。
 毎日大体その半分以上が使われる。それは少なくとも一人でどうにかする数ではないだろうが、『まぁ3~40年修行すればできるようになります』がニュクス様の言葉である。
 そんなすさまじい調理によって支えられている食事中、俺はなんとなしにぼやく。

「あの……私の病気は、神に見放された病気だって言われていたから……神じゃないと治せないなんて言っていたけれど……ニュクス様は治せるんですね」
「ふふ……注射が打てれば、誰でも治せますよ、この病気は……」
 ニュクス様は謙遜などしていない。事実だけしか言っていないそうで、自分が暮らしていた世界の狭さを思い知らされる。

「じゃあ、俺にも治せるのか?」
 俺の問いかけに、ニュクスはふっと微笑む。
「そうですね……まずは注射の討ち方を覚えないとね……もちろん、本当にそれだけってわけじゃないけれど、意外と簡単に治せるものよ」
「なるほど……じゃあ、ホウオウ教はみんなが神だって聞いたけれど……病気を治せるから神様なの?」
 素朴な質問をぶつける俺に、ニュクスは首を横に振る。
「いいえ……『この世界を形作る物が神ならば、この世界に生きとし生けるもの、すべてがこの世界を形作るものであり、尊ぶべきものである』――というのが、ホウオウ教の考え方なのです。
 ですから……貴方も、誰にでも"様"とか付けないで……私を呼び捨てに……ニュクスって呼んでくれて構いませんよ。だって、その考えならば貴方も神様なんですから……神同士で様を付けるのも変でしょう?」
 言われて、俺は考え込んでしまった。顎に手を当てて俯く様は、いかにも考え事をしていると言った風の分かりやすい姿勢だ。
「でも……神には、様ってつけるものだしなぁ……」
 俺の言い分にニュクスは、口元を隠してくすくすと笑う。発想の出どころの違いが、なんだか子供らしくって笑えてしまったようだ。
「なら、そうですね……自分にも"様"を付けてみてはどうでしょうか? そうですね、今度から自分を指すときは『俺様』って……」
 何だか、それって面白いかもしれない……俺様かぁ。なんだか、自分を神様扱いするのは酷く不遜なことのように思えてしばらく考えていたが、悪くないかもしれない。

「それだ……ニュクス様、ありがとうな」
 これが、俺が誰にでも『様』を付けるようになる理由。


 こうして、紆余曲折を経ながら3週間ほどで俺の病気は完治した。
 ニュクスから受けた注意である『とにかく、性欲の処理に他人を使う事は禁止です』は『まぁ、節度を守ってお願いしますよ、フリックさん』に変わっている。
 とりあえず、交尾の許可は下りたが、どうすればいいのだろう? 第一、お礼代わりに相手をしてあげたいと思っていたレイザー所長*1はもうどこかへ帰ってしまっているし、ニュクスさんには『そもそもお礼に交尾という発想がおかしい』とまで言われて遠慮されてしまった。
 これからは、女性に対して体を撃って売って売りまくろうかな……?

 あと、性交云々の前に、病気が完治したらやる約束だという、トレーニングなる物が待ち構えているらしい。レアスとか言うマナフィ曰く、レイザー所長の恩に報いたいなら、漆黒の双頭云々は置いても強くなっておけば損はないとのこと。
 『強制ではないけれど、もし断るならば僕は君に対してひどく失望するだろうね』なんて言われては、やらないわけにはいかなかった。
 ついでに、俺様がスカウトされた理由は、何やら工作員として利用するとかどうとかなので、このトレーニングについてこれなければポポポーイと見捨てられるそうだ……軽い言い方が逆に怖いって奴なんだが。とにかく、恩に報いたり捨てられないようにするためには鍛える必要があるという事だ。その事実は変わらんのだから……俺様も頑張らなきゃって奴だな。


「おはよう、フリック君。この私が、今日からあなたの格闘技の訓練の相手よ。トリクシーって呼んでね」
 ニュクスに案内された先に待ち構えている、頭髪の燃え盛る自分と同じくらいの身長を持った二足歩行のポケモン――ゴウカザルで、どうやら名前はトリクシーと言うらしい。
 簡単な自己紹介によると、なんでも彼女は伝説の探検隊ディスカバーの直系の子孫なのだとか。俺は、自己紹介するのが躊躇われた。トリクシーは俺の事を特に何も聞かされていないらしく、身の上話を期待していたようだ。思いもよらず、トレーニングよりも先に親睦を深めるための座談会になってしまったが、俺様が語っているとトリクシーは話の途中で幾度となく苦い顔をする。
「なんか、苦労してきたんだねぇ……」
 トリクシーがいた言葉が、非常に簡潔だけれど全てを表していた。
「さ、いつまでも座っているわけにもいかないし……軽く走り込から始めちゃおう」
「お、おう。よろしくお願いするよ、トリクシー」
 まずは、走り込みから。トリクシー様が走る後を俺様が追って行く形レアス親方とか言うマナフィが、『バテてるね~、根性見せなさいな』とか言って、突然ハートスワップなる技を繰り出してくる。
 どうやら、お互いの心を入れ替えることで、他人の体を操るとかそういう技らしい。俺様の体に入ったレアス様は一歩目で転んだ。ダサい……
 レアス様と俺様が互いに自分の体に戻った時に、『根性見せすぎ!! なんなの君!?』などと言われてしまった。特に意識もしていなかったが、どうやら苦痛の限界を超えかけた訓練であるらしく、すぐさま休憩の指示が与えられた。
 他人にとってはそんなに、苦痛だったのか……

 次は、型に則ったパンチやキックの動きを、ゆったりとした動作で行う訓練。ミミロップの耳を使った攻撃はゴウカザルじゃ真似出来ないとかで、何やらまたハートスワップなる技を使われ、レアス親方自らが俺様の体を使い、お手本を見せると、俺様はそれをそっくり真似る。
 なんだ、簡単じゃないかと言ったら、レアスは『鋼の目覚め……【模倣】に覚醒しているんだね……』などと言ってきた。だからそれは何なんだろう?
「そうだねぇ……一口で言っちゃえば才能なんだよね。目覚めの力っていうのは。君の場合は、どんな苦痛だろうと衝撃だろうと軽く堪えてしまう【剛体】、どんな動作も一目見れば真似られる【模倣】とか。癒しや魅了なんてのにも目覚めているから、どれも伸ばしていこうね」
「う~ん……つまりは才能があるから頑張れってことか?」
「まぁ、そう言う感じかなぁ」
 その後、レアスが一通りミミロップの技を同様の手順で見せてくれたので、全部真似た。『あんまりにの見込みが速いからつい調子にのっちゃったけれど、ハートスワップのしすぎで頭が割れそうなくらいの頭痛がする』などと言って、レアスは私室へ帰って行った。
 確かに俺様も頭痛は酷いけれど、耐えられないほどじゃない。レアス様って親方の癖に以外と根性が無いような……

「……すごいわねフリック君」
 トリクシーを相手に技の練習をしていたのだが、どんな技も一発でほぼ完璧な型通りの動作を決められるようになっていたので、レアスが言うには今度は実戦形式で対戦しろとのことらしい。
 いきなりそんな事をやれと言われても、不意打ちでしか敵を倒した事の無い俺様には土台無理な事。対戦してみたところで、トリクシーには手も足も出なかった。

「全然ダメだ……俺様じゃとても勝てない……」
 世界を2度も救った英雄ディスカバー。そのリーダーであるシデンと言う名のライチュウは元人間だったらしく、人間だった頃は関節技が得意であったそうだ。
 その関節技をついでいるのがこのゴウカザルと言う事で……俺様、打撃技ならば耐えられても、関節技には全く耐性が付かなかった。
「ぐっ……痛い……」
 幼いころから苦痛に耐性があったおかげで根性だけはあったので、そこいらのポケモンならとっくに音を上げるような厳しい走り込みにもついてこれたし、鋼タイプの目覚めの力である『模倣』に目覚めたおかげで、どんな技も完璧にコピーできた。
 しかし、それでも俺様の基礎体力もまだまだで、戦闘への応用技術もお粗末。殴られるととりあえず伏せて丸くなることを最優先とするあたり、まだまだ娼館に閉じ込められていた頃の癖が抜けきっていないようだと言われた。
 まずは、敵の攻撃を恐れないようにすることから始めるべきだと言われ、仕方がないから――と、トリクシーは腕にクッションを巻き、いわゆるボクシンググローブ的な物を装着し、痛みを極力軽減して恐怖心を減らす。
 トリクシーは、グローブを装着して指をまともに動かせない状態であるにも拘らず、フリックは簡単に掴まれてしまい、そこから投げられたり、関節を極められたり、首を絞められたり。
 そんな絞め技や固め技をかけられると、フリックには抜けだす手段がなかった。
 抜けられねぇ……くそ、苦しい――と、何度も同じパターンにかけられては、意識が遠のき始めた頃に解放される。それでも、挑み続ける俺様の根性は、レアス親方曰く大したものだそうで、普通ならもうとっくに立つのも嫌になる程だという。
 それに自覚がない俺様は異端なのだと、めったに動揺しない親方が苦笑したとトリクシーが驚くほどだ。

 今まで性的な快感にしか快楽を見いだせなかった俺様だけれど、やられ続けているうちに『闘い』という新たな楽しみが芽生え始めていた。今まで閉じ込められていた売春宿とは比べ物にならないそう快感が、言葉に出来ないほど気持ちいい。
 これでもう、何度目かも分からない。バランスを崩され、体を回されてから背後を折とられてバックチョーク*2
 今まで、この技を抜ける術を知らないフリックだったが、ここにきて乾坤一擲の策が彼の脳裏に思い浮かんだ。
 それが……例のアサをお人形様にさせるくらい強力なメロメロボディなわけで、戦闘中における初めての被害者がトリクシーとなる。

 彼はその時までメロメロが戦闘用の技として確立されていることを知らず、その上自身のメロメロの威力が、最早神懸かっていると言って差し支えないレベルである事を知らなかった。
 それで、油断と密着していたトリクシーは一呼吸でお人形様へと早変わり。フリックの首を絞めていた腕はするりと力が抜けていき、その体はフリックの背後に倒れる。
「あ……やっちまった」
 やってしまった。昔、売春宿にいた頃は、この技を乱用したせいで女性の相手が出来なくなってしまったことをようやく以って思い出す。
「でも、俺様の力って……戦闘にも使えるって奴かぁ……これはいい、これからは積極的に使っていこう」
 そして、初めてメロメロボディが"使える技"であることも知ってしまった。戦いに身を置くポケモン達の間では常識的な事ではあるが、今まで女性を誘う時にしか使う事は無かった俺様には、新鮮な発見であった。俺様の場合は威力が高すぎではあるのだと後になって分かるのだが。
 そのとき、人形のようになって動かないトリクシーの艶めかしい姿を見て……俺様は自身の雄が反応してしまったわけなのだが、深呼吸を繰り返して心を落ち着けることで、なんとか心を落ち着けた。
 いくら、性交を許可されたからと言って『まぁ、節度を守ってお願いしますよ、フリックさん』なのだから、節度を守る以上このまま欲に任せて襲う事なんて出来ない……と、一応は思っていた。

 とにもかくにも、深呼吸してこの場を取り繕うと、俺様ははプクリンのギルドの彼女が寝泊まりする弟子用の部屋にて、彼女が起き上がるまで介抱した。

第2節 

「ん……私、負けたの!?」
 ようやく気が付いたトリクシーは、自分がいる場所を見て酷く驚いた。部屋の天井……それが意味することは一つ。自分は何らかの形で倒れ伏し、ここまで連れてこられたということだ。
 それも、負けた瞬間すら悟らせないほど鮮やかに。それは、自分と俺様の実力の差を考えれば、決してあってはならないことのはずである。大体、フリックとて自分が勝てた事が信じられないくらいなのだから。
「あ、あぁ……俺様に絞め技をかけていた時に……俺様がちょっとメロメロをやったら……あぁなったって奴だ」
「メロメロ……? あれは、攻撃衝動を鈍らせたり痛みを感じやすくさせる技で……断じて気絶させる類のものではないはず。いくらあなたが……ミミロップでも……そんな効果は期待できません」
 明らかに胡散臭いといった表情は、キュウコンにつままれたようなという表情なのだろう。フリックも実践するしか信じてもらう道はないという事を悟り、メロメロへ着手した。

「俺様がちょっとばかし意識するとこう……こういう匂いが出始めて」
 メロメロをやっている時の匂いは、自分でもそうと分かるほど強い匂いがしていた。トリクシーは鼻をひくつかせ始め、起き上がらせた上半身を僅かにフリックの方へ傾ける。
 交尾というものは、臨戦状態――逃走と闘争と呼ばれる状態とは正反対の落ち着いた状態から始まって然るべきである。緊張して心臓がバクバクと波打っていれば男性器が使い物にならないのも、逆に朝起きた時に朝勃ちという生理現象が起きるのもこれが原因である。
 要はメロメロボディには強制的に交尾が出来る状態へと持ち込む効果がある。つまり、臨戦態勢では無い状態――痛みを感じやすく、息が切れやすく、臆病になりやすい状態に。
 その効果をひたすら高めたのがフリックのメロメロボディで、その匂いを嗅いでしまえば、結論……
「うぐ……初代親方*3のひ孫たちより遥かに強い……」
 という事である。トリクシーは思わずそんな言葉を口走りながら、もっとフリックの匂いを嗅いで居たくなったのかさらに俺様の方へと体を寄せる。
「で、それも慣れれば無意識的に日常生活で出せるようになるって奴だが。もっとこう、気合を入れてやると……まぁ、実際はこれよりも強いんだが、また気絶されても困るし……今回はこんなものって奴で」
 その香りがトリクシー様の鼻腔に届いた瞬間だった。
「はうぅぅぅ……」
 また、トリクシー様の頭が揺れ、起こしていた上半身はふらりと傾いていった。頭を打って瘤でも出来たら大変……と、フリックはすぐさま彼女をの体を支える。そうすると、その分体が密着して匂いは相対的に強くなる。これでは、トリクシーの子孫を残したいと言う雌の本能を呼び起こさずにはいられない。

「あ、済まない……やりすぎって奴か。トリクシー様……大丈夫?」
 支えたトリクシーの胸は静かに上下していて、それは明らかにいつもの彼女よりも呼吸数の少ない、落ちついた状態だった。メロメロがよく効いているというよりは効きすぎていて、しばらくはお腹いっぱい食べた後よりも、動くことが億劫になることだろう。
 呆然とした状態で、トリクシーはフリックの顔を見る。自分の体を支えていたフリックの顔は自分の肩に顎が乗りそうなくらいの距離にあって、その息が図らずも自分の顔に触れる。
 その息にメロメロ的な効果があるわけではないが、その口すらも美しく見えてしまう俺様(トリクシー談)の美形ぶりを覗き見てしまうことで、この口から覗く舌にかぶりついてみたいという衝動に駆られたようで。
 それどころか絞め技をした時の彼の毛皮――とりわけ耳の柔らかい感触を思い出し、それが生々しく全身で欲するような錯覚にとらわれてkた。
 特に気絶する直前に行った絞め技が、腕で首を絞め、脚を体に絡みつけてのバックチョークだったのがいけなかった。記憶が新しいせいもあってか、自分の股間にフリックの丸っこい尻尾が当たる感触まで鮮明に彼を覚えてしまっている。

 伝説の探検隊ディスカバーにおいて曽祖母の代から生まれ、その夫のゴウカザルの手により洗練され進化した――人間よりも器用にモノを掴める足を利用した人間には真似出来ない技法を駆使した寝技をフルに発揮され、フリックの体は瞬く間にギャロップ乗り(馬乗り)――いわゆるマウントポジションを取られてしまった。
 健康的なミミロップの典型的な体系である茄子のように膨らんだ肉体に、自分の尻が乗っかる感覚はいかなる敷物にも敵いそうにない至高の座り心地だ――と、トリクシーは尻でフリックを味わう。
「おや、ここから先は有料って奴だぜ?」
 対してフリックは、押さえつけられても、あわてるでも騒ぐでもなく、むしろ以前の癖が出てしまったのか、フリックは不敵に笑いながら言う。フリックにとっては性交渉は糧を得るための手段でしかなく、快感は2の次であったせいであろうか、だから自然とこんなセリフ。
 これで、トリクシーの昂ぶった気分も急に冷めてくれれば楽だったのだが、そう上手く(下手にかもしれない)はいかない。

「へぇ……有料? でも、それは貴方が私に気を使う場合じゃなくて? お互いに気を使うなら……金の動きはな・し・よ」
 トリクシーは話に聞いた分の限りとはいえ、フリックのセリフで彼のこれまでの生活に想いを馳せた。彼に対する好奇心も手伝って、どうやればこの男をその気にさせることが出来るのか――と考え始めた結論は、徹底的に攻め立てる事。
 トリクシーはフリックの鼻先に人差し指と親指を添え愛撫するようにそれをいじくる。
「ほほぅ……それはそれは……大した自信だ。それじゃあ、後払いって言うのもいいかもって奴だな、トリクシー様?」
 明らかにさっきまでの明るく、気さくな性格とは打って変わって妖艶な雰囲気を醸し出したフリックは、トリクシーに何かを言われる前に、正座の体勢で股を広げ、局部をあらわにする。
 トリクシーの顔は十人並だが、フリックはそれを抱く価値もない女と一蹴するほど目の肥えた男ではなく、むしろ昔の商売の影響か、女性の好みに関してはストライクゾーンが広すぎるほど広かった。
 そして、その気になってしまったフリックが繰り出すメロメロフレグランスによって、完全にトリクシーは欲情し――以下略。どうせ、ゴウカザルとミミロップの官能など興味のない輩が多いだろう*4

 ◇

 数か月後。
 リムルが、幸せ岬でエレオスの元での完全に目覚めるための覚醒研修を終え、健康診断のために帰ってきた*5のはフリックとトリクシーの一軒があってからしばらく後のことだだ。
 フリックが、誰かれ構わず性交渉を行う事を問題視したカイロが、それをリムルに伝えると
「……分かったわ。私が一肌脱ぐわね」
 リムルは相も変わらず、激しく踊っている鬣の炎の火力を得意げに激しくしながら、力強く答えた。二足歩行のポケモンが胸を叩いて自信をアピールするのに似たような行動なのだろう。

「うん……頼むわね」
 心配は拭えないといった様子で、カイロは力なく言った。


「ところで、彼はね……上手いのは性技だけじゃなくって、なんと言うか傷を塗ったり包帯を巻くのも上手いのよね。なんでも、模倣するのが人波は擦れて上手いとかで、他人の動きをそっくりそのまま真似を出来るんだって。それでもう、一度ニュクスさんの傷の縫い方を見たせいで、私よりも傷を縫うのが上手くなっちゃって立場ないのよね~。
 で、その時にニュクスさんから聞いたんだけれど、漆黒の双頭は皆、目覚めているんだって? 結局、目覚めってなんなのかしら?」
「う~ん……一言で言うなら、才能かな? 私は私で『傀儡』って言う悪タイプの才能に目覚めているから……他人を操り人形みたく好き勝手にさせることが出来るの。私が目覚めている能力って言えばそれくらいなんだけれどね……
 あと、誰しもがみんな持っている『魅力』もまた才能らしいわよ。17タイプのすべてに魅力があって、ノーマルの魅力はゴーストに対して全く魅力的じゃないとか、炎の魅力は草に対して魅力的にうつるとか、そう言う力関係があるそうよ」
「じゃあ私にも?」
 と、問いかけるカイロにリムルは笑顔で頷いた。
「えぇ。私の場合『君臨』っていう、悪タイプの魅力を持っているみたい。カイロさんはどこかで飛行タイプって聞いたから……ふむ、格闘のニュクスさんや虫のシリアちゃんと相性が……なんか、女の子とばっかり相性がいいわね……」
「あら、旦那や子供と相性が良ければ気にならないわ」
 もうカイロはチヤホヤされて嬉しい年頃でもなく落ち着いているせいか、リムルの不吉な呟きにもそれなりにいい顔をして返答する。
「でね、その魅力を極めた最たる存在のレアスさんは……プレイボーイって呼ばれるレベルの半分くらいの魅力を、すべてのタイプで持ち合わせているらしいわ。だから……普通のプレイボーイの8.5倍くらい魅力的なんだとか……」
 リムルの答えに納得したように、カイロはポンッと手を叩く。
「なるほど、どおりでレアス親方は皆に好かれると思ったわ……それに、フリック君はよっぽど才能に満ち溢れているのね。ハーレム、模倣、磁力、剛体って、4つの目覚めをもっている子だとか、レアスさんが漏らしていたわ。普通のポケモンじゃ相当珍しいって言っていたから」
 へぇ――とリムルが相槌を打つ。その後も、愚痴や他愛もない世間話を交えながら、健康診断は穏やかに過ぎて行った。

 ◇

「リムル……様? ほぉ、よろしく」
 中々美人だ、と俺様は思いながら、もうすっかり癖になった女性をモノにしようという欲求を滾らせる。同じ漆黒の双頭のメンバーとして、いろいろ思うところもあるだろうから――などと理由を付けて、俺様がリムル様を刺そうと、位置も似もなくリムル様は付いてきた。自分の部屋に誘い込むことに成功した。
 リムル自身、誘いこまれたフリをするつもりだったために好都合であったのだが。

「ふぅん……貴方も辛い思いをしていたのね?」
「あぁ……所長に助けてもらえなかったら三日で死んでいただろうよ。でも、羽交い絞めにされて生きる方法を教えてもらったおかげで……俺様、一人で逞しく生きていけるようになったって奴だ。
 その頃既に俺様、『模倣』に目覚めていたから……鮮やかなスリを真似できたって言うのもあるがな……あと『剛体』に目覚めていたおかげで根性も付いているらしい。
 それで、俺様は漆黒の双頭の一員に認められ……ニュクス様からモモン毒とやらを直してもらって今に至るって奴だ。

 基礎体力は、今までの誰よりも弱かったって言われたけれど、最近やっと俺様疲れずに走ることができるようになったし、重いものも持ち上げられるようになった。
 今じゃ、目覚めているおかげでそこいらの探検隊よりずっと強くなっているよ」
 言われて、リムル様は俺様の体をマジマジと見つめる。まだ冬は終わったばかりで俺様の体毛は濃い目である。その下についてきた確かな筋肉は、良く絞まっていて無駄を感じさせない。あり体に言ってしまえば肉体美を象徴するような体だ。
「ふぅん……それだけの美形なら、ギルド内でも人気が出るわけよねぇ。アルセウス教布教領域(あっち)でも人気だったからこそ、命を失いかけるほど体を酷使させられた」
「あぁ、代わりに生き残るために強力なメロメロボディを生み出したがな」
「逞しいのね……」
 リムルが微笑んで言うと、俺様も笑った。嫌な思い出も同時によみがえってきたので、少々無理して作ったせいか、リムルは失言だったな――と、ほぞをかむ。

「そういうこと。その逞しさこそが漆黒の双頭の必要条件だそうだしな……。そだ、リムル様はどうやって漆黒の双頭にスカウトされたんだ?」
「え~っと……私ね、スカウトされる前はライム(Lime)って名乗っていたんだけれど」
 リムルは、少し考え始め、考えがまとまったように話し始めた……が、その話と言うのが酷い。
「で、干草泥棒のリーダーのようなものをやっていたわけなんだけれど……でね、干し草泥棒と言えばそこを管理していたキマワリがね……」
 リムル様……どれだけ横道にそれれば気が済むんだ?――早くも横道にそれ出したリムルのお話を、俺様は眠気をこらえて聞いていた。
「……でもね、フィフィちゃんたら食べるの遅くって」
 リムルのお話は登場人物が不必要に多く、顔もしらない俺様にとっては全くは無しが伝わらない
「そしたら思わず一目ぼれ! ペグちゃんたらミーハーでね……」
 そうこうしている内にフリックは、ダメだ……だんだん眠く……――と、まぶたが下がるのを抑え切れない。
「そうそう……私の仲間の中ではバスター君もね……私が話をすると君と同じように眠そうな顔をするのよねぇ。
 でも、大丈夫。バスター君が言うには私の話だけは眠っていても聞こえるらしいから。
 バスター君はだんだん頭が重くなって首が上げられなくなるって言っていたし、きっとフリック君も……。
 瞼が重くなってあけられなくなるってバスター君が言っていたからきっとフリック君も……。
 そして、私の言うことしか聞こえなくなるってバスター君が言っていたから、きっとフリック君も……
 そして、バスター君はいつしか私の虜になって、私の言うことしか聞けなくなった。だから、きっとフリック君も……
 トリクシーさんやカイロさんから聞いたわよ。貴方って相当上手らしいわね……。そう、『フリックは今から死ぬほど私を愛する』の。
 私だけを……ね」
 目を瞑ってうつむいている俺様に、リムルは怪しく語りかけた。

 ◇

「カイロさ~ん。私、成功しましたよ。これでフリックはこれから節操なく女性に手を出すことはないでしょうね」
 私は至極嬉しそうな表情を浮かべて
「え? あ、あぁ……どうやったの? まるで魔法使いね……とりあえず、今は検診中だから用件が済んだら……あ、そうだ。
 お礼と言うにはあんまりにもお粗末かもだけれど、今日はウチに食べにいらっしゃい。ニュクスさんの料理は最高に美味なんだから」
「はい、ありがとうございます、カイロさん。んじゃ、フリックを待たせていますので……また、夕食時に」
「うん、じゃあまた」
 そうして、私はカイロと別れ、再度フリックの元へと向かっていった。ニュクスさんの料理は本当に美味しいから楽しみだな。

 そして、数時間後
 空も大分暗くなってきた頃に、ニュクスが入院患者及び、助手のカイロやフリックとリムルの分の食事を作り終えたので、周囲では思わず誘われてしまうようないい香りが漂っていた。
 いつもならフリックもその匂いで食事の時間を知って、呼ばずとも集まってくるのだが、今日ばかりは寄ってこない。

「リムルさん、フリックさん。食事が出来上がったからお喋りも切り上げてはぅぅ……」
 それに違和感を覚えつつ、カイロがフリックに割り当てられたプクリンのギルドの弟子の部屋へ赴き、扉を開いて室内に踏み込むと、案の定。

「カイロさん……戻ってきませんね。これはまさか……」
 ニュクスが呟く。
「ま、まだ食べちゃいけないの?」
 よほどのことでもない限り、ニュクスやカイロを含め患者全員が一緒に食べると言うルールになっているせいか、大食いで知られるゴンベの男の子はものすごく不満そうな顔でそういった。
 すでによだれがものすごい。
「いえ、お先にどうぞ……どうせ、今のカイロさんやフリックさんは揃った所ですぐに食べられる体調ではないでしょうし……」
 ニュクスはカイロの身に何が起こったかわかっていると言った態度で言い残し、部屋を出て行った。


「……何ですか、この匂い!? メロメロフレグランスがいつもの数倍強力なような……」
 扉を開けた瞬間に気絶したのであろうか、カイロは入口の前で倒れ伏していた。
「あら……これは酷い。リムルさんってば、フリックさんのことを甘く見ていたみたいね……全く、仕方がないですね」」
 ニュクスは呼吸をなるべくしないようにして、フリックにスキルスワップをかけて浮遊の特性とメロメロボディを交換する。クレセリアに浮遊の特性はなくなっても高度が下がるだけなので、戦闘時でない今は大した問題はない。
 そのまま、窓を開けて十分な換気をしてから、カイロを安全な所へ運び、レアスから与えられた部屋の中で、虚ろな眼をしながらリムルのXXXにXXXXXXXしている最中のフリックと、気絶しているリムルをどうするか? をとりあえず考える。

「……放って起きますか。どうせ、メロメロボディの効果が切れればその内リムルさんも目覚めるでしょうし……」


「はっ……俺様いったい何を……?」
 リムルの意識が戻り、暗示を解くことで正気に戻った頃にはもう深夜だった。そばでは、ニュクスが寄り添って介抱している。
「う~ん……なんて言うかねぇ。私をメロメロフレグランスで殺しかけていたみたいよ。まぁ、今はもう大丈夫みたいだけれど……死ぬほど愛するなんていうんじゃなかった……本当に死ぬかと思ったし」
「ついでに言うと……カイロさんも気絶させられました。貴方たちより早く回復したので、今は食事を暖めなおして食べているはずです……」
 カイロの恨み節を代弁するようにニュクスは付け加える。
「でね……フリック。私ね、貴方に死ぬほど愛されて気に入っちゃった♪ Un hechizo del amor(ウン ヘシソ デル アモール)……もう貴方は私の愛の魅力(Un hechizo del amor)の前にひれ伏すの。
 私以外の女の前では……貴方の雄は役に立たない。絶対にね」
「へ? つまりどういう事」
「私以外と性交渉は不可能と言う事よ」
「リムルさん……!? いや、確かにフリックさんの素行は医者として問題視しておりましたがそれは……」
「フリック……これからは、私だけを愛してね。死ぬまでずっと……ね♪」
 リムルは満面の笑みで、フリックに顔を寄せてキスをした。フリックは状況が飲み込めずに、キョトンとした顔で首をかしげる。
「役に立たないってもしや……もう、狙っていたニュクス様を相手に出来ないって奴かぁ!!」
「うん、そう言う事よ」
 ニュクスがお茶を吹き出す音に、物陰で覗き見をしていたレアスが唾液を噴き出す音が隠れた。
「ちょ、今すぐ戻せ。戻せ!! さもないと、首の骨を関節技で折りとはぅぅぅ……」
Un hechizo del amor.さ、私の前に跪いて♪」
 フリックは激昂して、リムルに襲いかかったが、そこはリムルもエレオスから直接指導を受けた身。催眠術にかけた後はなんら問題なくフリックを(しもべ)扱いをするように出来るのだ。
 術に掛けられたフリックは首から上以外がまるで石像になってしまったかのように動かず、ただただ声を出す以外の抵抗は封じられた。
「不純な動機で私を相手にしようとしたらきっと……兄さんに殺されますが……。もうその心配もありませんか……でもそれで、よかったのですかね? いや、やっぱりフリックさんが可愛そうな気が……」
 ニュクスはギャーギャーと五月蠅いフリックを意識の外に置いて、ほっと胸を撫でおろしていた。


 その晩のこと。リムルはニュクスの私室にため息交じりに入り込み、酷く不機嫌そうな顔でため息をつく。
「ニュクスさん。あんた、体の治療は一流でも心の治療は二流なのね」
 不躾で包み隠すことのない愚痴。心底、うんざりした様子のリムルに対し心当たりの乏しいニュクスはすっかり口が閉ざされてしまった。
「なん……でしょう?」
「私は……興味本位でフリックに対して手を出してみたけれど、その過程で分かったの。
 あいつ、すでに強い暗示にかけられている状態だわ……正確に言うと違うんだけれど……あんたの兄にすでに暗示をかけられた奴をさらに強い暗示でねじ伏せる時のような感覚に似てるの。
 つまりね、強迫観念で性交に走っている……」
 リムルの言葉に思い当たる節があるのか、ニュクスは顔を歪める。
「なぜ……そう思いましたか?」

「死ぬほど愛せ……とは催眠で命じたけれどね。確かに命じたけれど、本当に死ぬほど愛されるとは思っていなかったわ。あいつは……私が暗示にかけてやらせた以上のことをやっていた。
 アレは……私の暗示だけで出来ることじゃない。元からあったの別の暗示が手助けした結果としか思えないの。
 その暗示は、例えば私のような物とは違って、暗示にかかった日が明確に分からないくらいゆっくりと頭に浸食して言ったものだと思う。じゃないと、ああまで強い暗示にかけるのは相当な術者でもない限り無理。
 てか、私以上の術者なんて本当に数えるほどだと思うわ……そんな奴が、フリックの周りにホイホイいるとは思えないしね。刷り込み……そう呼ぶのがふさわしいほどに、強い暗示だったから……とにかく、正体は半分以上分かっている。
 フリックの過去に暗示のように言葉を繰り返し続けた奴がいるの。そして、それをやった奴はほぼ決まっている……フリックを閉じ込めていた奴ってね。そうでしょ?
 強迫観念から性交に走っているなら……その強迫を遂行できない場合……その正体が少しずつ表に出てくるはず。
 でね、ニュクスさん……物は相談なんだけれど……荒療治だけれど、ちょっとのまま様子を見させて下さい。多分、私の暗示がフリックの素行を治す最も有効な足がかりになるはず」

「リムル……貴方はそのために、あなた以外の女性と性交出来なくなるような暗示をかけたのですか?」
 疑念と尊敬をないまぜにした瞳で、ニュクスはリムルと目を合わせた。リムルは目を逸らすことなく、不敵な笑みを浮かべる。
「そうね……下心が3割。後の7割は……思いやりよ。思いやりはね……シリアから教わった感情よ。シリアちゃんに感謝しなくっちゃね」
 ふふ――と一瞬笑った見せた後、リムルはニュクスへ背中を向けて歩きながら言う。
「ニュクスさん。種族柄、夜更かしは得意でしょう? 医者としてフリックの様子を観察してもらえるかしら? 彼の強迫観念は……恐らく危険だわ。強迫観念を解消できないとなれば何しでかすか分からないから」
 まるで、アブソルのように不吉なことを告げて、リムルはその場を去っていった。彼女の周囲の空間が歪んで見えたのは、温度差によるものなのかニュクスの不安が募る精神状態によるものなのかは定かでは無い。


 そうして様子を見ていた。フリックの雄は本当に役立たずで、トリクシーを誘ってみたが、ついに勃起することはなかった。その日の夜、勃たなかった時に肛門を弄られたことで勃ったを思い出し、一人弄っていた。
 しかし、それも結局は無駄。欲求不満のまま眠りについた。
 二日目。リムルの催眠術は強力で、フリックは自慰すら出来ないままに二日間を過ごしていた。二日目ともなってかなりの欲求不満のままフリックは眠りについたわけだが、その日は酷い悪夢を見てまともに眠ることが出来なかった。
 予想通りね――と言うリムルと、こんなことあるのですか……――と戸惑うニュクスは好対照で、リムルはそこか遠くから傍観するようにフリックを観察している。
 悪夢を見るのが一日限りの出来事ならともかく、二日も続き明らかに調子が悪いと言うことで、ニュクスのドクターストップがかかり、フリックの修行は御休みとなる。
 病室にて、強引にでも眠るようにニュクスに言われたフリックだが、眠りたいはずなのにどうにも眠れない。

 ◇

 原因は分かっている。勃たないせいだ……欲求不満なせいだ。俺様の生きている価値はヤること……快感を得るだけしか生きている価値はないのに、なんでそのすべてを奪われなきゃならない?
 俺様は頭を抱えて吐き気を抑える。本当は性交以外の楽しみを見つけているのに、それに気づくことをせず強い思い込みから、ヤらなきゃ――と、そればかりを考える。
 『恐らく危険だわ』。アブソルのように不吉なリムルの予言は、早くも的中した。
「なん……ですか?」
 その晩ニュクスの私室を訪れたフリックは、何かを恐れるように目を泳がせ続けていた。
「ニュクス様……催眠術のせいで……勃たなくなって……このままじゃ俺様、ダメだ。何か薬……勃たせるための薬をくれ、ニュクス様……頼む」
 リムルに何度頼んでも暗示を解いてもらえなかったのだろう。欲求不満でそれを頼む……というのは分からなくもない。
 女性のニュクスには男の気持ちは分かりにくいが、性的なことに関心が無いわけでもないので、一応自慰だって経験している。しかし、子供が出来ないと相談するならともかく、ただ性交をしたいというだけでニュクスにしがみついての懇願。
 フリックは、断れば自分で薬になりそうなものを探すか、今すぐにでも発狂してしまいそうな血走った表情をしている。

「このままじゃ俺様眠れないし、眠っても悪夢ばっかり見て……。ほら……あそこ。エリーも薬よこせって……だから早く」
 血走った表情とか、懇願とか、それだけならまだ可愛いものだった。ひどく怯えた目でフリックが指差した方向には誰もいないし何もない。幻覚まで見てしまったら、ニュクスの管轄では手に負えない。不意に、レアスが幻覚を見るようになってしまった時の事が思い起こされ、あの時とった方法*6も合わせて頭に去来する。

「わかりました……」
 それは、眠らせること。つまり『わかりました』と言って渡した薬は睡眠薬ということ。とにかく、眠らせているうちにリムルと対策を立てようと考えて選んだ薬であった。

 ◇

 薬の影響なのか、フリックは落ち着いて眠っていた。呼吸のたびに上下する膨らんだお腹は可愛らしく、それだけで魅力的だ。
 思わず飛び付きたくなる様な衝動を抑えつつ、リムルはフリックに寄り添って彼の意識が戻り始めるのを待つ。

「うぐっ……」
 睡眠薬の効果が切れているのか、フリックは段々と苦しみ始める。
「来たか……さらに深い催眠にかけるためにも……薬の効果が残っている今の機会を逃しちゃいけないわ」
 リムルは深呼吸し、抑揚を付けない声で淡々と語り始める。
「フリック……いまどんな夢を見ているのか、私に教えてもらえる?」
 これ以上ないくらい直球の質問だった。
「怖い……」
 うわごとのようなかすれた口調であいまいな答えを出され、リムルはこりゃ簡単にはいかないな――と、舌打ちをする。
「わかった……今の君は、フリックって呼ばれているの? それとも、フライって呼ばれているの?」
「フライ……」
「なるほど……ま、予想通り過去の出来事が原因と……」
「近くには誰がいるの?」
「エリー……」
「エリーって言うのはどんな奴?」
「キュウコン……」
「貴方はそのエリーってキュウコンに何をされたの?」
「俺様を……暗い所に閉じ込めて……」
 フリックは、体を丸めて震えだす。意識が夢の中だとは思えないほどに怯えている様子は、見ていて哀れになってくるほどだ。
「それで、毎日俺様に対して『お前には、ヤる以外生きている価値はないんだ』って……俺様、このままじゃ捨てられる、殴られる……早く何とかしなきゃ……」
 ついに耳まで総動員してすっかり丸くなってしまったフリックに、リムルは耳元でぼそりと呟いた。
「今の貴方は、フリック。フライじゃないの……フリックだから、安心しなさい。はい、3・2・1・で貴方はエリーのことを忘れて眠る……と」
 最後の方は、淡々とした口調ではなく思わず微笑みかけるように柔らかな口調でフリックを諭した。
 リムルの言葉を以って、ようやくをもってフリックは何とか落ち着いて眠ってくれたが、それはきっと一時しのぎにすぎない。
 ニュクスの服薬も、自分の催眠術もいつまで続けるわけにはいけない。かと言って今までのように節操無く交尾に精を出すのもバツが悪い。
 根底にある、キュウコンの言葉を反故させねば、解決にはなりはしない。


「ニュクスさん……すみません、私達1ヵ月ほど旅に出ます……」
 まず、原因と向き合わせてやるべきだ――と、毅然とした態度でリムルは言った。そこら辺はどうしてもというならばニュクスの兄や、知り合いのエムリットに頼むとニュクスは言うが、やはり自分たちで解決した方がいいとも、リムルは言う。
 リムルは加えて、心の奥底にまで記憶をしまい込ませれば、多分悪夢を見ることはないだろうとも言うが、やはりそれでは再発した時が心配だとも。

「いや、悪夢の原因を解消するのはいいのですが……いきなり1ヶ月はないでしょう」
 全く……と、ニュクスはぼやきつつ、金庫のようなものに入っていた探検隊要の丈夫な道具入れ――トレジャーバッグを取り出した。

「まず、地図。それに、フリックが住んでいた場所の情報はレアスが把握しているはずです。
 それから移動手段……これが、リムルさんの健脚ならば確かに申し分ないですが……私の目覚めの力:『光』を利用したライトパワーならば……月齢によっては大陸の端から端までひとっ飛びです。
 今日は十六夜月……80%ほどの力を扱えます……フリックは私の、新しい弟子にする予定なんです。リムルさんばかりに頼らせていては、フリックが私から離れてしまいます。私にもフリックの世話を焼かせてください」
 時には手で、時にはサイコキネシスで棚やらなんやらから必要な物を取り出しつつ、ニュクスは言う。
「えっと……つまりそれって……」
「私も行きます。その間、診療所はカイロに任せようかと思います」
「あぁ、そう……仕事い大丈夫なの」
 それじゃ、フリックが私の体を求めてきたらどうするんだ。今まで、フリックの強迫観念の理由を知るために、したい性交を我慢してきたんだぞコンチクショー ――と内心叫びたいのをこらえつつ、リムルはニュクスの提案を受け入れた。


 『診療所を任せます』。カイロは尻尾が垂れ下がり、体毛も完全に萎れていた。それでも、任せて下さいとかろうじて言うこの助手は偉大である。
 そしてその夜のこと。一行は本当にひとっ飛びでアルセウス教の区域、それもフリックが住んでいた町の近くまで、移動してしまった。
 時間帯は月の輝く夜。場所は人目の少ない、町から地平線二つ分ほど離れた海岸の崖海岸で、丁度身を隠しやすい岩陰だ。
「私は目立つので……ここまでです。申し訳ございません」
 ニュクスは付いていくと申し出ながら、その実は街には入れないという。
「なるほど……ここじゃ、まだ伝説のポケモンは怪しまれるだけなのよね」
「そっか、ニュクス様は……」
 ニュクスは旅してきた地域で当たり障りなく伝説のポケモンとして顔を出せるようであったらそうする。しかし、アルセウス教において伝説のポケモンへの風当たりは厳しい。ニュクスはその地域性を『怖い』と認識していた。まだ姿を表すには早すぎる――と。
 レアスは、確かに今の政治体制を変えてやろうという思いもあるようだが、最終目的はそこにると言っている、ニュクスがレアスについていく理由の一つである。

「えぇ、すみません……脚の代わりくらいにしかなれなくって……」
 いや、とリムルは否定した。
「私は川を越えるのが苦手だから……そういうところを越えないで済んだのも嬉しいし、それにこれならパッとやってパッと帰れますから」
「ん、あぁ……俺様も……ありがとう」
 フリックは、明らかにいつもの元気を失っている。寝不足なのもあるのだろうが、自分がフライであった時代を見つめたくはないのであろうか、リムルやシリアとは少々事情の違う過去を背負っているだけに、その可能性はある。
「フリック……お前はこれから交尾が出来なくなるたびに悪夢に魘されてもいいのか?」
 リムルは、厳しめに言いながらフリックを睨む。
「リムル様が……催眠を解けばいいだけだろう?」
「解くにしても……今みたいに淫乱エロ兎のままじゃ、解くに解けない……ニュクスさんもカイロさんも……心配しているんだぞ」
 フリックは押し黙ってしまった。いつまでたっても返答しない、フリックに業を煮やし、よそ見をやめて前を向いて歩くことにする。
「フリック。背中に乗って頂戴……私が運んであげるから」
 泣く子をなだめるような表情をして、リムルはフリックの耳に触れる。
「あぁ……」
 フリックはそれっきり何も言わなくなってしまった。町に入ってからは、道案内が必要な場面で自分が閉じ込められていた場所への案内をはじめ、そして眼前に来てしまった頃には首を曲げられるだけ曲げて顔をそむけている。
 呼吸は不規則。痙攣したような呼吸は、性質の悪いしゃっくりを引き起こしている。胃までせり上げて今にでも嘔吐しそうだ。

「ここなのね?」
 リムルが尋ねると、フリックはかろうじて頷いた。
「分かった……ニュクスさんのところに一緒にいなさい。私が、貴方に『ヤる以外の生きる価値』を与える方法を考えておいたから……」
 炎タイプだとか、そんなものは関係ない。ただ冷たい視線を浴びせるだけならば、それはどんなタイプにでもできるという事をフリックは改めて知る。
 もし視線が熱を持つならば、それは冬より寒くなりそうなうな視線をして、リムルはフリックが閉じ込められていた娼館を見る。
「無茶するな……俺様、リムル様に迷惑はかけたくないって奴で……」
「みなまで言わないの」
 リムルは、折れた跡の残る角をフリックの前にかざして言葉をさえぎる。
「迷惑かけるのなんて、お互い様。あとで、私が迷惑かけた時に手伝ってくれればいいから」
「……分かった」
 諭すような口調で、フリックに言い聞かせ、リムル自身も自分に言い聞かすように誰へともなく頷いた。
 フリックは大人しくその場を去り、そして闇夜の海岸へ飛び跳ねて行った。
「そう……これが、本能、なのね」
 シリアに言われた、思いやりという名の本能。
 腹が満ちている間は、餌が死なないようにするための肉食獣の思いやり。同族や配偶者が死なないようにするための、種の保存の思いやり。ひいては生態系の保存のための思いやり。
 そして、相手に欠如しているのは復讐を防ぐための思いやり。
「ありがとう、シリア……わたし、本能の意味が少しわかったわ」
『本能のままに生きられないポケモン何て、可哀想以外のなんだって言うんだか?』――ああ、これがそう。フリックのためになるって少し大変だけれど少し嬉しいから。
 今の私は、可哀想じゃないって自信を持って言える。今まで感じたことのない……幸せ!!――リムルは、前脚を振り上げて嘶き(いななき)たい気分をぐっとこらえ、心の中で強く叫ぶ。

 周囲の衛生状況は不潔で、吸い込む域には悪臭が混じっている。それでも、フリックの言っていたキュウコンを見て、リムルは思わず深呼吸をする。
 そのとき漂った悪臭に懐かしさと嗚咽を感じつつ、リムルはキュウコンへと声を掛けた。
「あのぅ、少しお話よろしいでしょうか?」
 そしてキュウコンは術中に嵌る。

後篇へ

感想・コメント 


コメントなどは大歓迎でございます。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 相変わらず更新が速いですね。復讐と言うか過去のトラウマを乗り越えるお話はちょっと怖い雰囲気でしたが、うって変って現在の時間軸はほのぼのとしたお話でよかったです^^。
     こんなに可愛い子なら私もキール君を弄ってみたいですね、切実に。キールの名前……恐るべし……
    ――アーツ ? 2009-08-24 (月) 22:04:55
  • >アーツ様
    更新が速いのは三月兎様とのg(ry
    あと、書きためていたのもあるのですがねw

     フリックのお話については、ちょっとばかし狂気と言うか猟奇的要素を入れたかったのもありますが……今回の話は本当にほのぼのでw。
     ヘタレな雄を弄るのは楽しいと思いますよ~~w 私の願望も結構入っている気がします。出来ることならキール君のことは気が済むまで弄って欲しいところです。

     それでは、次回の更新も楽しみに待っていてください。『キールの名前恐るべし』ってクチートのキールも入っているのかw
    ――リング 2009-08-24 (月) 22:22:59
  • キールって意外に他人のペースになるともろいんですね。
    ―― ? 2009-08-26 (水) 15:43:43
  • >R様
     貴方の言うとおりキール君は言葉攻めにはかなり脆いと思います、キャラを診断に掛けてみた結果が『*けリバ系』らしいのでw。
     元から形成された性格もあるのでしょうけれど、むしろ相手のなすがままになっていた方が角はよい感情を受けられるという計算も入っているのかもしれません。
    ――リング 2009-08-26 (水) 23:26:01
  • ゴウカザルとミミロップ興味あるから!
    ―― 2009-12-09 (水) 01:58:23
  • あるのですかw それなら、気が向いたら書いてみることにします。
    ――リング 2009-12-11 (金) 15:49:13
お名前:

*1 レイザー所長はノンケの上に卵グループ虫以外には興味ありません
*2 後ろから首絞め
*3 プクリンのこと。プクリンもメロメロボディの特性がある
*4 と言うことにしておいてください
*5 漆黒の双頭"TGS"第4話第4節参照
*6 漆黒の双頭第6話参照。その時、シデンとアグニが睡眠の種で眠らせて、エムリットのアンナの元にレアスを運んだ

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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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