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求めし者の灯・下

/求めし者の灯・下

大会は終了しました。このプラグインは外していただいて構いません。
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 事務所に戻ると、アースは事務の服ではなく畜舎内での作業着に着替えていた。脇には畜舎内で着替える分もしっかり用意している。どうやら作業変更でリエンたちの代わりに畜舎に入るらしい。
「アース、戻った」
「ああ。リエン、ルナ。近辺のポケモンたちに出動要請が出た。お前たちも対象になったから、急いで向かってもらいたいんだ」
 どうやら周辺で何らかの事件事故の類が起こったらしい。しかも周辺のポケモンに応援要請しなければならないほどの事態らしい。地域に在住するポケモンの管理は役所とポケモンセンターで行っているのだが、一定以上の能力を持つポケモンは緊急出動の応援に登録することがある。これは参加形式ではあるが、プラネ畜産所のようにある程度以上の大きさの事業所は在籍ポケモンの登録は義務に近い形になっている。一応、登録すれば補助金は出るが。
「ちょっと待て。それだったらお前も付き添いに出ないと駄目だよな?」
「それは今回マズンさんにお願いする。もう呼び出しているから、すぐに戻ってくるはず」
 言い終わる頃には、事務所の扉が開いた。すぐにいつもの穏やかな顔が入ってくる。その手に携帯電話があるのを確認して、リエンは自分が使っていた方を充電台に戻す。付き添いのマズンが持っていくのであれば、自分まで携帯電話を持ち出す必要はない。
「戻りました所長。どうしたんですか?」
「はい。先ほど連絡が入ったのですが、この近辺にモノズを大量に引き連れたサザンドラが出現し、暴れまわっているそうなんです。それでリエンとルナにも出動要請がかかったので、付き添いをお願いしたいんです」
 穏やかな顔も、説明を聞きいている間は引き締まった表情になる。リエンもルナも険しい表情になる。モノズは畜舎内にはいるが、この辺で野生で生息しているわけではない。しかもその進化形のサザンドラまで一緒となると、それだけでただ事ではないのがわかる。
「わかりました。何か必要なものとかは?」
「いえ、リエンもルナも初めてではないんで付き添っていれば大丈夫です。二匹から離れないようにだけ気を付けてください。本当は直属の主人である俺が行かなければならないんですが、そうすると今日のメンバーは畜舎を見れる責任者がいなくなるので……」
 ポケモンの出動要請の際は、トレーナー等の主人から離れないようにというのがマニュアル化されている。ポケモンは負傷時にボールに回収されるのは常識だが、そのボールを持っている者がいないと困るからだ。他にもいろいろ理由はあるが、決まっているからにはそうするのが当然である。
「とりあえず、持ち物は倉庫にあるやつを自由に使っていい。気合のタスキでもオボンの実でも、自由に持って行け」
「これ回復薬ですね? ポケモンには扱えないものだって聞いていますけど」
 聞くが早いか、リエンもルナも倉庫に直行する。その後ろで、マズンはアースがおもむろに机の上に出した箱を覗き込む。
「あ、大丈夫です。リエンもルナも使い方覚えているんで」
「そうですか、流石ですね」
 マズンは感心した笑顔を見せる。リエンやルナはポケモンであるが、畜産所内での立ち位置はマズンよりも上である。マズン自身がまだ試用期間がわずかに残っている身であるというのもあるが、特にリエンに関しては畜舎の責任者に名前が入っているほどだ。まだ付き合いは短いが、マズンもリエンやルナのことを認めている。それがわかるのもあって、アースは彼を今回の付き添いに選んだのもある。



 ルナとマズンを背中に乗せ、リエンは伝えられた集合場所へ急いだ。一旦寮に戻ってボールを回収するタイムロスはあったが、集合時間には遅れずに済んだ。森の一角を切り開いた集会所の前の広場で、すでに結構な人数が集まっている。
「ふうっ。とりあえず、まだ動き始めてはいないようだな」
「それにしてもリエン君、俺はともかくルナちゃんはボールに入れていても良かったんじゃないかな?」
 いつになく重量を抱えて飛んだおかげで、リエンはだいぶ呼吸が荒くなっている。マズンが言うのももっともで、中のポケモンの重量を無効化するつくりのモンスターボールを利用すればリエンの飛行も今よりは楽だったのは明白である。
「まあ、つい勢いですね。帰りはそうしましょう」
 リエンは言いながら周囲を見回す。既にポケモンをボールから出している人もいれば、ボールからは出さずにいる人もいて。過去の出動要請で会った顔見知りも散見されるので、軽く会釈を交わす。会釈だけで言葉を出さないとリエンも見た目は「ただのリザードン」だが、大都市になっているような地域ではないため向こうも覚えてくれている。
『あ、リエンじゃないか』
「その声、ネプだな?」
 すぐに後ろから聞きなれた声のラプラスが近づいてきた。時たま電話で喋り合う仲ではあるが、直接会う機会はだいぶ減っている相手だ。緊急事態を前にしてはいるが、こういう再会は緊張をほぐしてくれる。
「ネプ君、久しぶり」
『ルナ! 君もこんなに喋れるようになっていたんだね』
 その一言で、ルナは「喋れるようになってから会ってなかったっけか?」と首をかしげる。他のメンバーも含めて一緒に旅をしていた間柄ではあるが、リエンと違って異性で電話をかけづらかった部分もあるのだろう、話すのも随分久しぶりかもしれない。
「とりあえず、次会ったわけだが今回は緊急対応だからな。火炎放射三回は別の機会にしておこう」
『ていうかそのカウントをいつまで残しておくの? もうちょっと穏やかにいこうよ?』
 リエンの一言に首をすくめるネプ。以前確かに茶化して、そのことに対してこんな答えを返されたのは思い出せる。ちょっと茶化しただけで大げさだというネプとそもそも茶化すなというリエン、せめぎあいなのだ。その後ろでマズンとルナは、ネプの今の主人とあいさつを交わしている。日に焼けたいかにも漁業関係者といった風貌だ。胸に「マーキュ水産」という会社名のワッペンをつけた健康そうな老人だ。
「お集まりくださった皆さん! 本日はありがとうございます!」
 広場の前に設置されている朝礼台の上に立つ男性が、拡声器で一同に声を掛ける。この地区の区長だ。リエンたちと同じように知り合いと他愛無く話していた者も、静まり返って一斉にそちらを向く。
「これよりサザンドラ集団の駆除作戦の連絡を行うわけですが、その前に本日特別に協力してくださる方がいらっしゃるのでご紹介したいと思います」
 区長が一歩脇に寄ると、その隣に一人の男性が上がってきた。黒を主体とした軽装で、細身で長身の男性だ。サングラスをかけてその表情を伺わせないものの、手足の動きから隙の無さが感じ取れる。
「近年各地の大会で活躍目覚ましい、エリートトレーナーのコラプサーさんです」
「よろしく」
 コラプサーと呼ばれた男の挨拶は素っ気ない。何となく気に入らないという様子の者も見受けられたが、ファンなのか嬉しそうに挨拶を返す者もそれなりにいた。
「有名だけど、俺はあんまり好きじゃないかな……なんて手伝ってくれるのに言っちゃ悪いか。リエン君たちは知ってる?」
「ええ。ネット上の評判は最悪ですね。実力の他に悪役キャラで売り込んでいるらしいですけど……ルナ、どんな波動を感じる?」
 リエンはルナの方を向くと、ルナはかなり怯えた表情を見せていた。リエンに言われるでもなく波導を読み解いていたか、読み解くまでもないほど強い波導だったのか。
「うん……人間的に相当汚い奴なのは間違いない。できるなら関わりたくない相手」
『なんか、見たままだね。俺でも何となく嫌なやつだってわかるよ』
 目元はサングラスで隠されているが、口元の表情は出ている。それだけでもネプの言う通り嫌な雰囲気がにじみ出ている。リエンが知るネット上の評判では、マスコミがその悪役キャラを持ち上げている部分が強いという話になっている。とはいってもマスコミに売り込ませるのは常套手段だろうから、それだけではそこまで汚い波導は出ないはず。彼らの警戒は強まるばかりだ。
「先日も地元の大会で圧倒的実力を示してくださっていました。ポケモンの調整のためにたまたまこちらにいらしていたそうで、ご協力に名乗りを上げてくださいました」
「御託はいいんで、はやく駆除にかかりましょう」
 コラプサーの横柄な物言いに、区長も当惑を隠せない。勿論これは本人が売り込む「悪役キャラ」の一環でもあるだろう。だがリエンの頭にはネット上でのうわさがあり、そこをつつかれるのが嫌なのではないかという疑問が浮かんでいる。
「その大会のプレーもかなりのルール違反がもみ消されているって批判殺到なんだけどな」
『まあ同じグループに入らなければ心配ないよ』
 リエンの暗い表情をなだめるように、ネプはのんびりと答える。その間にも朝礼台の上では班分けが次々と発表されていく。基本的には連れられているポケモンのタイプバランスでメンバーが決まるが、コラプサーだけは「組めた人は幸運」としてくじで決まることになっているとの説明だ。
「そしてコラプサーさんと組んでもらうのは、プラネ畜産所さんと、マーキュ水産さんになります」
「……よりによってだな」
 リエンもルナもネプもため息をつく。その脇ではマズンが相手に頭を下げることで、その場を取り繕った。ネプと一緒という点ではリエンもルナも嬉しいはずなのだが、この相手で一瞬で吹っ飛ばされてしまった。説明の「組めた人は幸運」は区長の一方的な思い込みだと気づいていないのが頭の痛い話だ。
「この面子か。まあ下手を打って邪魔はするなよ?」
 腹立たしいものはあったが、リエンもルナも今は飲み込むことにした。マズンが巡回ルート指定の地図を受け取ってきたので、ただ黙ってそれを見ることにした。危ない相手がそばにいるとなると、自分たちが喋れるというのも下手には明かさない方がいいかもしれない。
「それでは、お願いしますね。まずはこの道を右ですね」
 こんな相手だというのに、マズンは穏やかに丁寧にあいさつする。このぶれない態度には驚かされるが、むしろ今は頼もしいくらいだ。辛辣な部分も多いアースだったらもめごとになっていたかもしれないと思うと、今回の代役は怪我の功名といったところかもしれない。



 歩き続けること一時間ほど。地図を手にルートを説明するマズン以外はみんな黙り込んでいる。リエンたちもそうだが、コラプサーもリエンたちから避けられているのを感じているのかもしれない。
「ん? どうしたんだい?」
 ルナは無言のままマズンの肩に触れ、傍らの斜面の上を指さす。全員がそちらを見上げるのに対して、ルナは静かにするようにという意味で鼻先に指を当てる。一同はゆっくりと斜面を登る。静かに動かなければならないので、リエンもここは飛ばずに歩く。
「……いたか、サザンドラ」
「ここからだと陰だけど、モノズたちもいる」
 小声で話しつつ、ルナは波導で読めている範囲のことを伝える。カーブするように気の陰を指差し、その辺にいるということを伝える。このやり取りで初めてコラプサーはリエンとルナが喋れることを知り、若干の驚きを顔に出す。しかしすぐに顔はサザンドラの方に戻し。
「駆除っては言われているけど、俺が人間の言葉を話せるってことで説得してみるか?」
「その必要などない」
 リエンの提案を一蹴し、モンスターボールを手に間合いに踏み込んでいく。サザンドラが気付き振り向いた時には、ボールから出されたサーナイトが戦う構えを見せていた。
『お前……頼む! あの子たちは……!』
「マジカルシャインだ! 早く片付けろ!」
 サザンドラは反撃も防御も構えようとはせず、何かを話しかけようとしてきた。しかしそんな無防備なサザンドラを飲み込むように、サーナイトはまばゆい光を放射する。サザンドラにとってはこのフェアリータイプの攻撃は弱点の中の弱点だ。鱗を裂き、肉を裂き、翼を裂き……リエンが気付いた時には、サザンドラは全身からだくだくと血を流して伏していた。
「もう一発だ! しっかり始末しろ!」
 言われるままに、サーナイトはもう一度同じ攻撃をサザンドラに叩き込む。既に地に伏し息も絶え絶えな相手に、更なる一撃を重ねる外道。サーナイトは悲痛な表情を浮かべるが、しかし容赦はしなかった。その状況に気付いて、ルナの示した木陰から数匹のモノズが顔を出した。リエンのようにモノズの成長過程を見ているものでなくても、一目でわかるくらい幼い。
「早いところ全部始末しろ!」
「おい! お前!」
 命令のままに、サーナイトはモノズたちの前に駆け下り。そのままマジカルシャインを放つ。四方八方に放射状に放つこの技は、放たれたら逃げようがない。木陰が見える位置へと踏み込んでいくコラプサー。その先で、サーナイトが繰り返しマジカルシャインを放つ音が響く。
「お前! 向こうにだって言い分があるとは思わないのか?」
「邪魔をするな。被害を出しているというのに今更だろう」
 リエンがコラプサーの後ろに入ると、そこは既に地獄だった。サーナイトのマジカルシャインでまだ弱いモノズたちの肉体は凄惨に血肉を飛び散らしていた。その光景が波導で見えるらしく、ルナは震え上がったまま動けない。ネプも続こうとはしているが、水棲の巨体とあっては山の中では動くこともままならない。
「やめろよ! そいつらはどう見てもろくに戦えない子供だろう!」
「邪魔をするなと言っている。こいつらに肩入れするんなら、お前も駆除しなければならなくなるが?」
 コラプサーはリエンを一睨みしながら、片手でボールを示す。それ以上はリエンも物を言うことはできなかった。周囲に被害を出しているポケモンの駆除を妨害したと理由付けられたら、ことは自分で終わる話ではなくなる。
「こいつ……!」
「理由までは辿れないけど、この人の頭にはサザンドラたちを殺すことしかないみたい……」
 せめて理由を辿れれば状況は変わっただろうか? 刹那、リエンの脳裏には畜舎での屠殺が蘇る。自分もモノズや他のポケモンたちを繰り返し屠殺してきた。数も今のコラプサーの比ではない。自分はこんな酷いことはしていないと言いたかったが、その違いがどこにあるのかが見えず……それは波導を通じてルナにも伝わり。
「まったく……変に楯突くからこうなるんだ」
「もう死んでます。死体の方は私たちが片づけますんで」
 リエンの逡巡を終わらせたのは、コラプサーの死にゆく者たちに吐き捨てた一言だった。意思を押し殺して返り血にまみれたサーナイトをボールに戻し、尻尾も翼もちぎれた無残なサザンドラの脇腹に蹴りを入れ。思わず手が出そうになったリエンを、即座にルナが手を示し制する。他の三人(二人と一匹)も唖然としているのだけは見えたが……。
『ルナ、何を言い出すんだ?』
「お手伝い、感謝します。とりあえず先に報告に戻ってゆっくりしていてください」
 リエンには即座に嘘だとわかった。尻尾が明らかに怒りに震えているし、互いに触れられるような距離にいるから漏れた波導でわかる。そんなのを見なくても、付き合いが長いリエンには一発でわかる。コラプサーも心にもない一言だというのはわかるだろうが、追及する価値もないと思ったのだろうか。
「ルカリオの方は物分かりがいいみたいだな。そうさせてもらおう」
 一言ルナを哂い捨て、サザンドラの顔面に唾を吐き捨てると。そのまま声を上げて笑うでもなく悠々とその場を後にした。他の三人も、唖然としながらもその背中を見送ることしかできなかった。
「……ルナ、どうしてあんなことを?」
「あいつがいたら……手当なんてできないから」
 ルナはしばらくはコラプサーを波導で追跡していたが、戻る意思が無いのを確認すると「神速」でサザンドラに駆け寄り。両手で出せる限りの「癒しの波導」をサザンドラに当てる。死者はどんな技を使おうと戻ることはない。波導で相手の生き死にがわかるルナが一度は「死んでいる」と言い切った相手だから、他の全員はルナが何をしようとしているのか一瞬わからなかった。
「あなただけでも! 死なないで!」
「ルナちゃん!」
 マズンはアースから持たされた救急箱を開く。ルナがサザンドラを「死んでいる」と言い、その後も心にもない言葉を続けた。コラプサーに一刻も早くこの場から離れさせ、サザンドラを治療するための嘘だったのだ。サザンドラたちを殺すことが前提のコラプサーの前で治療するなどできない……ルナの機転である。
『あいつは……コラプサーは私に、子供たちを殺せと……』
「お前は、あいつのポケモンだったのか?」
 ルナの波導で意識をわずかに取り戻したサザンドラは、求めてもいないのに話を始めた。サザンドラの方は既に蘇生は諦めているらしい。そんな結果にはさせないとルナは波導を出す手に力を込める。
『能力の高い個体のために子供を作らせ、生まれながらに必要のなくなった子たちはボールを解除して殺す……努力値とやらのためにな。他のポケモンの時は、私も散々協力してきた。その報いなのだろうな』
「あいつはボール解除のための装置を持っていて、そういう使い方をしているってことか?」
 ボール解除の装置について話をしていた直後だったので、リエンもルナもこれにはわずかながら反応するが。しかし今はそういう話ではない。サザンドラの言う「努力値」についてはリエンも大体はわかっている。戦闘で打ち勝った相手の種族に応じて得られるエネルギーで、違う種族に打ち勝つと違う能力のものが得られるという仕組みの話だ。特定の能力を集中的に鍛えたい場合、同じ種族と連続的に戦うと効率がいいとは聞いている。だがわざわざ自らのポケモンを「逃がし」て殺戮するという話は聞いたことがない。或いはこういうことを危惧して解除装置を厳密に扱っているのかもしれない。
『私を戻そうとしたボールを弾いてあいつを気絶させて……そうは言っても散々協力してきた主人だから殺せずに置き去りにだけして去ったのだが、甘かったようだな。殺しておくべきだった……』
 マズンが口元に近づけた「げんきのかたまり」に対しては、サザンドラは顔を背けて答える。同時に目線で強烈な恨みを叩き付け……詳しい理由まではわからなかったが、これではマズンは引き下がらざるを得なかった。
『私は子供たちに食べさせるものは求めたが、ごみをあさるだけで人に危害は加えなかった。はずだったのだが……いつの間にか被害を出していたって話になってた』
「身に覚えがないのか?」
 ルナは自分の波導だけでは着実に消えていっている生命力をどうにもできないと目線で訴えるが、サザンドラはどうでもいいとばかりに睨み返す。それすらも無茶だったのか、サザンドラは咳き込んで血を吐く。本来ならこれだけの怪我をする前に、最初の一撃の段階でモンスターボールの救出機能でポケモンはボールに戻される。コラプサーがボールの解除装置を持っているとも言っていたから、恐らくはそれでサザンドラのボールも解除したのだろう。
『大方、あいつが仲間を使って嘘を広めたんだろうな……』
「そういうわけか……。あいつは仕返しであなたたちを殺戮するために……。そして私たちはあいつのその仕返しの手伝いを……」
 サザンドラは自分が生んだ子供たちを守りたかっただけで、それを私欲私怨で破壊しようとした相手にまんまと手を貸してしまったことに歯噛みする。ルナの一言に、ネプもマズンも愕然とする。ルナが子供を切望していることを知るリエンにとっては、ルナの感じている苦痛だけで潰されそうだった。
『あいつの仲間も人間だ。お前たちも、人間など信じるな……!』
「お、おい! そんなこと……!」
 それでも最後の一言には、リエンも拒絶を叫びたかった。だがその前にサザンドラは猛然と起き上がり、リエンとルナを突き飛ばす。そこまでだった。サザンドラは激しく吐血し、わずかに塞がりかけた傷も一気に破裂させる。大量の血を飛び散らせ、そのまま地面に崩れ落ちた。ルナは一歩寄るが、そこで「癒しの波導」を使おうとすることはなかった。
『ルナ! PP切れなら……!』
「違う……もう……」
 それ以上は語るまでもなかった。サザンドラの言葉がわからないマズンやネプの主もその場で愕然とするばかりであったが、まともに全ての言葉を聞いてしまったリエンとルナとネプは、その場で泣き崩れる他なかった。



「リエン、ルナ、大丈夫か? ネプも、今回は……」
 リエンたちが気付いた時、場所が変わっていた。時刻も既に夕方になっていた。恐らくはあの後ボールに戻されて、アースが畜産所から帰る時間になったのでボールから出したのだろう。ここは……寮の駐車場兼庭だ。すぐに解散して休めるように、この場所まで車で来たらしい。
「アース、俺たち……」
「ある程度のことはマズンさんから聞いた。あとはお前たちからも話を聞きたいが、今すぐにとは言わない」
 サザンドラの死の後、マズンはひとまず事の次第をわかる範囲でアースに報告した。流石にサザンドラが話した内容まではわからなかったが、コラプサーという悪名高いトレーナーと組んでその殺戮を見せつけられただけで十分だった。その場ではひとまずリエンとルナとネプをボールに戻すことだけで話を進めた。
「俺もあいつの悪評は知っていたから、あいつが加わるって知っていたら組ませないように頼み込んでた。これは俺の情報不足だ。すまない」
 確かにリエンたちがコラプサーと組むことが無ければ、あんな虐殺劇を見せつけられることはなかった。コラプサーが参加するのであればうちは組ませないでくれと区長に頼んだだろう。その言い回しもいくらでもある。が、アースがここで謝るのはなんか違うというのは、リエンもルナもネプも感じていた。
「ネプも……二年ぶりくらいだな。久々の再会がこんなことになった直後ってのも残念だが……」
 かつての旅仲間だったのがこの地で畜産所を営む際には戦力性を欠くようになり、地元との友好関係のためにネプや他の旅仲間たちをそれぞれに適性のありそうな場所に派遣した過去がある。その後リエンと電話連絡したり会ったりしているという話はアースも聞いてはいたが、アース自身が直接会うのは本当に久々だ。
「あいつは……最悪だった」
「今、話せるのか?」
 いつまでも泣いているだけでは仕方ないと、リエンは顔を上げる。怒り、無力感、絶望、疑念……頭の中は巡るものに振り回されて苦しい。それがはっきり顔に現れており、アースとしては今無理に語らせるのも心配が尽きない。
「ああ……ルナはどうだ?」
「うん……あいつのこと、黙っておくわけにはいかない」
 だが、リエンもルナもまっすぐにアースに顔を向ける。それに対してアースはただうなずく。二匹にこの態度を取られると、アースとしては聞かないわけにはいかない。腹をくくったのだ。
 モノズたちを虐殺した目的、彼らを追い詰めるためにコラプサーは仲間に自作自演の被害で通報させていたかもしれないこと、仕返しで殺すためにサザンドラのボールも解除したこと、駆除を邪魔することで更なる駆除対象となると脅されたこと、その脅しに屈して虐殺をただ見ていることしかできなかったこと、そして最期のサザンドラの一言……。
「よくもまあ……そこまでの外道を重ねられたものだな」
 一つ一つの話に、アースの表情も暗澹の色が深まっていく。インターネット上の悪評にもここまで酷いことは書かれていなかった。区長はだいぶ年が行っているのでインターネット上の情報が無かったのは仕方ないとは思う。だがこのようなことをする……他でも重ねてすらいたかもしれない話には呆れるばかりだ。
「私たちは、サザンドラたちのために何もできませんでした……」
「いや、ひとまずこの話を人間である俺に持ってきた……それだけでもだいぶ違う」
 ルナが気付いた時には、アースの波導は「呆れ」から「怒り」に変わっていた。はっきりと言ってはいないが、自分の事業所の職員がこれだけ傷ついて帰ってくる結果にしたコラプサーへの怒りである。辛辣な一面を持ちながらも仲間を強く思う性格、これがアースを所長として立たせる一因となっている。
「とりあえず、休みたいだけ休んでいい。これからどうしたいかもおいおい決めていこう」
 言いながらアースは、リエン、ルナ、ネプと頭を順に撫でていく。こんなことは一緒に旅をしていた時以来だろうかと、わずかながら気分をこの場から離すことができた。
「とりあえず、ネプも落ち着いたらリエンかルナに電話してやってくれ」
 そこまで言うと今のネプの主に様々な意味を込めて頭を下げる。その後もう一度別れの挨拶という意味で下げ。そしてリエンとルナを導くように寮の二階への階段に上る。



 結局リエンは一週間もの間復帰できなかった。だが動けないなりにも、その間にある答えを求めていた。その日は午前中は雨だったが、午後になって雨が止んだのでリエンは久々に外に出た。畜産所の浴場に行き、次はショッピングモール。そして最後に向かったのは、時折雫が滴り落ちる木立の中。リエンはショッピングモールで買った花束を手に呆然と空を見上げていた。木立の外の道路で聞き慣れた車のエンジン音が止まる。
「リエン君!」
「ルナ! アースも! よくここがわかったな」
 リエンが手にする花束は白が主体で、死者を弔うためのものなのは一目でわかる。斜面を登った先の木立……この前の忌まわしい殺戮を見せつけられた場所だ。そこでこのような花束を手向ける相手は想像がつくが。
「一応な。浴場にお前が来たら俺に連絡するように受付に言っておいたんだ」
「まあ、何日も風呂に入ってないんじゃ真っ先に行くのがあそこだってわかるよな」
 リエンの部屋のシャワーは高温に対応していないため、畜産所で運営する浴場に行くのは必定である。勿論リエンがぬるいのを我慢して自室のシャワーを浴びないとも考えられなくはないが、そのくらいまで気力が戻ったなら浴場に行く方が考えやすい。勿論何日も風呂に入らないでいた体で出歩く性格ではないのも知られている。
「あとは浴場から出る時に受付に死者に手向ける花のことも聞いてたからな。ここかサザンドラたちが埋葬された霊園かどっちかだとは思ったんだ」
「こっちにいなかったら次は向こうに行ってみようかなっては思ったけど、まずはなんとなくこっちかなって思ったんだ」
 一応リエンも死者に花を手向けるという行為は知っていたが、実際にやったことはなかった。手向ける相手が今までいなかったというのもあるし、人間がやる文化なのでポケモンであるリエンにはあまりなじまなかったというのもある。
「それで、ここに来たのは何でなんだ?」
「ああ。あいつの遺言に対する答えを伝えるためにな」
 言いながら、リエンは斜面の途中に花束を寝せる。サザンドラが息を引き取った場所だ。その場で手を合わせて目を閉じるのも、浴場の受付か花を買った店で聞いたのだろう。慣れない人間の文化を何故ここまで取り入れようとしたのかアースが聞こうとした瞬間、リエンは目を開けて口を開く。
「あいつの遺言は『人間など信じるな』だったけど、俺はそうはしない。アースやマズンさんや……人間のために生きるってことを伝えにな」
「リエン君……」
 それはこうして「花を手向ける」ということが何よりの答えなのだろう。ポケモンにはあまりなじみのない、人間の文化に従った行動をとる。その行為を見せることがサザンドラの言葉への決別なのだ。
「ポケモンにとっては裏切り者かもしれない。でも俺は人間の社会の中で生まれて、今までもこれからも人間の社会の中で生きていく。だから生きていく社会の中心である人間のことを考えるのは当然だ」
「それに対しては、俺はいいとも悪いとも言わないからな?」
 これはある意味人間に媚びる発言の部分もある。物事を公平に見たい考え方のアースとしては、それを喜ぶことも怒ることもしない……信条からの建前である。本音はルナの方には波導で読まれていた。リエンが出す答えなら、どんなものでも受け入れるつもりだった。それが仮に自分たちと決別するようなものであってもだ。
「俺も別に褒められたくて言ったわけじゃない。俺のたどり着いた結論っていう、それだけだ」
 ふっと軽く息を吐くと、リエンはうなずいて見せる。それに対してアースもうなずいて答える。これで万事解決、三者三様笑みがこぼれそうになった瞬間だった。ルナは感じ取った波導で、恐怖を顔に浮かべる。
「ちょっと待って? なんでいるの?」
「ん? さては『奴』か。ここに来れば会える気がしてたんだが、本当に会えるとは嬉しい限りだぜ」
 ルナはただただ怯え当惑する存在のはずなのに、リエンは会えることを待ち望んでいた様子だ。揃って斜面の下を見下ろすと、そこには黒を主体とした衣服をまとった男……コラプサーがこちらを見据えていた。
「俺のことを嗅ぎまわっている奴がいるって話を聞いたからな。どういう了見か聞かせてもらおうか、プラネ畜産所のアース所長?」
「仕方ない話だ。うちの従業員をあれだけボロボロにされた状態で返されて、その上司として黙っていくわけにはいかなくてね」
 アースは表情こそ崩していないが、目線を強烈な怒りの矛先としてコラプサーに突き付けている。これだけ仲間を大切にするからこそ、ついてくる仲間はアースの元で結果を出す。対戦的な要素は苦手だったのでトレーナーとして花咲くことはなかったが、アース自身はこれが上に立つものとしての資質と信じている。
「むしろなんでアースがあなたのことを調べているって把握できたの?」
「そりゃ俺にはマスコミのつてがある。そこから逆探知させるのはたやすいことだ。それより……」
 ルナの疑問に対し、コラプサーは鼻で笑って答える。人間性の方は欠片もないが、実力とマスコミと繋がるコネがこの男の武器らしい。それでここまで名を挙げたのだろうが、人間性を持っていたらもっと称えられる存在になれただろうに。アースはその点では無念の息を吐く。
「どうやらサザンドラの奴、息が残っていたんだな? よくも『もう死んでる』なんて嘘をつけたな」
 コラプサーはボールを構え、いざルナを殺さんとばかりに睨みつける。ルナもかつてはトレーナーのポケモンとして旅をしていた時期はあるが、もう何年も前の話だ。しかも相手が大会で活躍しているトレーナーとあっては勝ち目がなく、ただ怯える他にない。
「流石に今回のことが公になればお前はトレーナーとしておしまいだろうがな。流石に破れかぶれになるくらいならもう少し賢い道もあるはずだと思うが」
「トレーナーとしてはおしまいでも、ポケモンを殺戮する畜産所の一つを潰せば愛護団体が仕事の場を約束してくれる。あとは模範囚としての体裁を整えるだけだ」
 アースとしては「破れかぶれになるくらいなら大人しく自首する方が賢いのではないか」と提案するつもりだったが、この将来の計算には呆れて物が言えなくなった。名を馳せるトレーナーが自分たちに殺意を向けているのに、怯えたり逃げ出したりするわけではない点ではアースも肝が据わっている。
「こんな暴力的な手段に出る奴を抱えようって、愛護団体の掲げる『愛護』って何なんだろうな?」
「そんな実態は俺の知った話ではない。稼がせてもらえれば構わないし、掲げた『愛護』の名目で金を釣り上げる賢さは立派なものだと思うが?」
 分かり合えない……リエンもアースも同じ答えに行きついたのはお互いに理解していた。自分が対価を得る代わり求められるモノを提供する、それが「本来あるべき金の流れ」だと話したことがあった。目の前の相手は自分たちが金を得るためなら現実をいくら歪めても構わないという考えだ。分かり合えるはずがない。
「どうする、アース?」
「どうもこうもない。警察が来るまで生き残るしかないな」
 そしてため息の二重奏。大会で名を馳せる実力者を相手に、しかもこちらは手持ちポケモンを既に見せているハンデ。まともに打ち勝とうなどと考えないのはごく自然なことだ。リエンは何か言いたげな仕草は見せたが、その前にコラプサーはアースの胸ポケットにあるものに気付き声を上げた。
「待て! お前、さては撮っているな?」
「あ、やっぱりわかるか? 生放送なんだよな。視聴者数は……ここまで50か。豪華出演の割に少ないのはアカウントのせいだ、申し訳ない」
 アースはスマホを少しだけ引き出して画面をのぞき込む。良くも悪くも知名度の高いコラプサーが出演する放送とあっては、視聴者50人というのは確かに少ない。テレビなら1%の視聴率でも何万人も見ている計算になるから、悲惨なものだろう。もっとも、これから拡散されて視聴者が増えないとは限らないが。
「コケにしてくれる……! お前らまとめて命はない!」
「殺害予告か。まあ、できるかね?」
 リエンはアースを庇うようにコラプサーとの間に立ち、まっすぐに相手をにらみつける。アースは先の話ではまともに打ち勝とうなどと考えない方向に進めようとしていたが、リエンの答えは全く別だったらしい。敵の手の内もわからない状況だというのに、自分の手の内はだいぶ晒してしまっているというのに、である。
「リエン君……?」
「俺はさっきサザンドラに誓った。俺は『人間のために生きる』ってな」
 リエンはアースに向けて手提げ袋を差し出す。この中には鍵やスマホが入っており、戦っている中で壊されるかわからないから預かってもらいたいというのだ。つまり、本気で戦う気らしい。
「だが、人間である俺に刃向かおうとしているように見えるが?」
「お前を野放しにしていたら、次々に別な人間に被害を与えるからな」
 これについてはアースも「まあそうだが」くらいの意味で小さく頷いた。今回の件にしても、サザンドラたちを追跡する名分を作るために近隣住民の使うものを破壊した事実がある。将来的には愛護団体に協力して畜産所を襲撃して廻るのは目に見えてはいる。だがアースにとっては問題はそこではなかったが……。
「人間社会に生きる者の責任として、人間に被害を与える奴を俺は許さない! お前に被害を受ける全ての人間のために、俺はお前を打ち倒す!」
 アースは口を開けてしばし固まっていた。身じろぎ一つしていないというのに、全身で「言っちまったよこいつ」と呆れている。ルナもルナで呆然としている。何か勝算でもあるというのか?
「はっはっは! 一事業所の飼いポケモンごときが、大会で勝って廻っている実力者を『打ち倒す』と? 誇大妄想も甚だしい!」
「こっちは上手くかわして逃げ延びて、あとは警察に任せればいいって話だってのに……本当にお前は。まあいい」
 狂ったように笑い叫ぶコラプサーを尻目に、アースはまずはリエンの手提げ袋を受け取る。次に腰のポケットから、ハンカチを包まれた「何か」を取り出し差し出す。
「ほら、これがないと『お前じゃない』だろ? やれるだけやってみろ」
「アース……! 恩に着る」
 リエンはハンカチを引きはがし、中の「何か」を取り出す。これはコラプサーも何なのかと覗き込まずにはいられない。この対戦のプロであれば、正確に確認できなくても大きさだけである程度の目星はつけてはいるだろうが。リエンから数歩下がりながら、アースもヘルメットを被る。ここで「逃げない」と腹をくくるのは、部下の意思を尊重する彼らしさではある。危険すぎるが。
「ルナもいつまでも怯えているな。リエンの波導、乱れてないだろう?」
「え? ……あっ!」
 アースに言われるまで気付かなかった。過去のトレーナー時代の旅で行なった対戦は、リエンは要所要所で緊張して悲惨な姿を晒し続けていた。畜産所で何年もトラブル対応とかを続け、否が応でも本番に晒され続けた。その経験が吹けば消えるほどだったリエンの精神を強めたのだろう。勿論それだけでは勝算になるとは思えないが。
「こっちはもういいぜ? かかってこい!」
「お望みとあらばな! いくぞ!」
 コラプサーがボールを放つと同時に、アースもヘルメットのある部分に手を伸ばす。額にまるでヘッドライトのごとく埋め込まれているのは、よく見れば宝石のようなものになっている。それに指を当てると同時に、リエンの体も光に包まれだす。
「キーストーン! さっきのはやはりメガストーン!」
 ポケモンにメガシンカのエネルギーを与える、二つの宝石。コラプサーが持っているかはまだわからないが、対戦のプロであれば当然知識も対策もある。リザードンにはXとYの二つのメガシンカが確認されており、ふたを開けてみるまでどちらになるかはわからない。だがトレーナーのキーストーンとのつながりが必要であるため、アースがリエンを置いて逃げ出せばメガシンカは解除される。アースもリエンを信じ、完全にこの場で戦う意志を示したのである。
「どちらであれ……ストーンエッジだ!」
 球体に岩を組み合わせたボディに、両腕両足角二本。アローラという地で確認された形態のゴローニャは鈍い動きながらも、岩石で刃を生成する。それを叩き付ける攻撃は、どちらのメガリザードンも苦手とする攻撃だ。その時にはリエンも自らを包み込んでいた光を破り、メガシンカを完了させていた。背中には強い日差しを浴び、手にはそのエネルギーをため込んでいた。

――お前は「リエン」だ。アース……大地である俺を照らす太陽の、日の昇る場所「オリエンス」であって欲しいんだ。

 日差しを呼び起こす特性を持つメガリザードンYに憧れて、幼い日のアースがつけた名前。言われた「これがないとお前じゃない」というのはそういうことである。その手にため込んだ太陽の力を、リエンは惜しみなくゴローニャに叩き付ける。ソーラービーム。ゴローニャには効果は抜群だ。そして幾重もの光に惑わされたのか、ゴローニャのストーンエッジは虚しく空を切る。
「まあ体は『頑丈』みたいだが、これじゃあ仕方ないな!」
 リエンは二発目のソーラービームを叩き付け、ゴローニャをノックアウトする。ゴローニャはボールに回収され、コラプサーの方に戻る。コラプサーの軽い舌打ちが聞こえてくるが、それでも相手は対戦のプロである。一度不意を突けたくらいで喜んではいけない。リエンは相手の次の動きに構える。
「メガシンカが使えるとは思わなかったが……それで全滅まで運べるとは思うな!」
「ああ。そのくらいわかっているっての」
 リエンのその一言に、コラプサーは「まだ何かあるのか」と眉をひそめる。しかしその疑問に止まるだけの時間はない。既に場に現れたサーナイトは、リエンとじりじりと間合いを測りあっていた。
「そいつにやらされてきたことに疑問を持ったことは無いんだな?」
『残念ながら、コラプサー様の指示が私の全て』
 この前この場所でサザンドラたちに手を下した、因縁の相手だ。その時に見せたわずかばかりの悲痛は、今は表情には全くない。全ての情を押し殺した目つきには、リエンも一抹の恐怖は感じている。それでも言葉を掛けるのは、リエン自身の信念によるものだ。勿論ここで言われて止まるような者なら、そもそもサザンドラたちの時点で手を止めていただろうが。
「次はお前や、お前の子供が同じ目に遭うかもしれないとしてもか?」
『サザンドラの気持ちは理解できなくはないですがね。コラプサー様の元で生きてきた私に違う答えなどありません。人間のために戦うというあなたと同じです』
 リエンはその言葉に息を吞む。先の言葉を直接聞いていたのか、或いはエスパーで読み取ったのか。サーナイトの「コラプサーのために戦う」という意志は、リエンの「人間のために戦う」という宣言と同じということらしい。サーナイトの体は光に包まれる。コラプサーの掲げる腕輪とサーナイトの胸元の宝石の反応……これ以上の説明は要らないだろう。
「同じだと……」
 サーナイトを包む光は弾け、メガシンカした姿を現す。リエンは間合いを詰めながら、炎のエネルギーを体の奥底でチャージさせる。コラプサーがサーナイトに出した指示が遥か彼方で響いた気がするが、全く聞こえない。
「同じだと思うな!」
 オーバーヒート。体の奥底にため込んだエネルギーを、リエンは怒りとともに放出する。リエンは自らの信念を通じて人間のために戦うが、サーナイトは全ての信念を捨ててコラプサーに殉じる……それが同じだなどと思う気は全くない。オーバーヒートはサーナイトが放った電撃とすれ違い、それぞれが互いの相手に襲い掛かり。
「なっ? ソクノの実?」
 リエンの手元から電撃に吸い寄せられるように、黄色い木の実が飛び出す。木の実はリエンを襲うはずだった電撃の大半を吸収し、そのまま力なく地面に落ちる。それでも残った電撃はリエンに痛痒を与えるが、防ぐ手立てもなく日差しで強化された熱を浴びることになったサーナイトと比べると断然楽だ。サーナイトを回収したボールがコラプサーの元に戻っていく。
「馬鹿な! メガストーン以外にも、まだいくつも同時に道具を扱えるっていうのか?」
 言いながらリエンは「白いハーブ」を取り出し、口の中に放り込む。リエンが放ったオーバーヒートは体のバランスを一時的に奪う覚悟の技だが、この道具で失った均衡は元に戻る。コラプサーはこれには驚かざるを得なかった。普通であればポケモンが手元にキープできる道具は一つだけで、最初のメガシンカのためにメガストーンを持たせた時点で、ソクノの実や白いハーブが出てくることはないはずである。
「ポケモンの道具は扱い自体は簡単だからな。畜産所の機械相手なら、こんなのいくつでも扱えるくらいじゃなきゃ話にならない」
 機械の修理の際にはドライバーやらスパナやらを入れ代わり立ち代わり扱わないといけない。ポケモンの道具と比べたらずっと扱いづらいし、同じ形のようでも17とか19とか大きさが違ったりして紛らわしい。これらは当然ポケモンであれば普通は触ることすらない。リエンのこの技は習得する機会も無いし、苦労して習得したところで大会等の対戦ではルールの段階で弾かれてしまう。
「まあ、俺以外にできる奴が全くいないわけじゃねえけどな。トレーナーをやめて襲撃業務に従事するなら当然の知識だぜ?」
 この一言には「対戦の」プロも目を見開かずにはいられなかった。ここでもしリエンによって手持ちを殲滅させられるようなことがあったら……勝ててもギリギリぐらいの戦い方だったとしたら、先ほど得意げに語ったはずの「将来の計算」も相手方に白紙にされかねない。この戦いぶりが愛護団体の耳に入らなければ大丈夫かもしれないが、リエンの後ろで生放送しているアースが恨めしい。
「どうやら本気で俺を殺しにかかっていたんだな!」
「ん? 流石に殺すわけにはいかないぜ?」
 どんなに理由を並べても、コラプサーも人間なのは間違いない。それを殺してしまえば後に厄介ごとが残る。リエンの「人間のための戦い」の言葉も白い目で見られかねない。コラプサーを殺すことなく暴虐を止めるため……社会的価値だけを潰すのがリエンの狙いだったのだ。
「これで、終わると思うな!」
 コラプサーが投げたボールからは、ヤドランが現れた。本来であれば水属性で苦手な相手だが、日差しが強い状況ではそうはいかない。リエンにとって弱点であるはずの水技は軽減されるし、向こうの弱点であるソーラービームも放ちやすくなる。だがリエンが着目したのはそこではなかった。
「させるかよ!」
 コラプサーはヤドランへの指示ではなく、バッグに手を伸ばしていた。回復道具……恐らくはゴローニャに「げんきのかたまり」を使うのだろう。その間ヤドランへの指示は途絶えるが、特性に「頑丈」を持つゴローニャを復活させることは回復のための時間稼ぎに大きく働く。リエンが狙ったのはそんなコラプサーの方だった。
「ぐはあっ!」
 リエンのエアスラッシュでコラプサーは怯み、持っていたげんきのかたまりはバッグごと道路際に吹っ飛ばされる。指示がないため動かず待機しているヤドランは放置し、コラプサーの道具を潰す方に動く。普通のポケモンであれば闘争本能といった精神的なものでポケモンの方に向かわざるを得ないのだが、現場のトラブル対応においてそんな近視眼的な行動は命取りだ。これもリエンだからできる行動である。
「くっそ! ヤドラン! 熱湯!」
 ヤドランの方はまだ無傷で残っているが、回復ができなくなったのは致命的だ。せめてもの一撃をヤドランに指示するが、この悪すぎる状況に結果は見えていた。リエンの方にはわずかなダメージが上乗せされるだけで、ヤドランがボールに戻されるのを悠々と見送れる状態だった。
「ここでコメントを紹介します! まず『リザードン3タテすげー』『この前の大会もやっぱり不正だったんじゃね?』と。あとは……」
「黙れ!」
 先程は戦いを避けるつもりでいたはずだというのに、今度はわざわざ聞かせるような声でコメントを読み上げるアース。この挑発にはリエンも思わず苦笑してしまう。向こうに残っているポケモンの数もわからないというのに、大した度胸である。
「ええい! もう是も非もあるか!」
 ヤドランがボールに戻るのと入れ替えで、コラプサーは二つのボールを投げる。先の「将来の計算」のために目論んでいた、圧倒的な差でのリエンたちの掃討。ところが通常の対戦から外れたリエンの戦い方とアースの生放送で確実に崩れだしている。こうなると道連れのために形振り構わなくなったというところか。
「ヘラクロスはロックブラスト! ギルガルドは諸刃の頭突きだ!」
 現れた二匹に即座に指示を出すコラプサー。どちらもリエンの炎の攻撃を苦手とする種族で、ここまで後回しにしたのも頷ける。それでもどちらもリエンの弱点を突ける攻撃手段は持っており、まだまだ油断はできない。
「ルナ、神速で飛び込め」
「あ、うん!」
 ようやくここでアースはルナの背中を押す。次の瞬間にはルナはヘラクロスの目の前まで踏み込んで、当て身の一撃を入れていた。その反動を利用して自身の体を弾き飛ばし、リエンを狙うギルガルドの間に割って入る。リエンにとっては弱点を突かれる「諸刃の頭突き」だが、ルカリオであるルナは耐性を持っている。
「いいタイミングだな!」
 ここで割って入らなかったとしても、リエンの頭には別の対策があったかもしれないが。この瞬間にはリエンのエアスラッシュでヘラクロスは吹っ飛ばされていた。ヘラクロスにとっては炎以上の弱点を突く一撃で、ついに4匹目のノックアウトとなった。
「来たな! 出てきたからにはわかってるだろうな!」
 いつの間にかダブルバトルとなった状況で、コラプサーは6匹目のボールを放つ。通常のトレーナーが連れているポケモンは基本的に最大6匹で、対戦でもその数をルールにすることが多い。コラプサーの最後のポケモンだろう。
「ギルガルドはルカリオに正義の剣! サザンドラはルカリオに火炎放射!」
 それは「ついに来たか」と言うべき相手だった。この場所で殺されたサザンドラの子供で、殺戮されたモノズたち兄弟の生き残りである。兄弟の中でも秀逸な先天性を持っていたために生き残ることができた、それだけでも強敵であることは伺えるが。兄弟たちを殺戮することにより分け与えられた「努力値」により、先鋭化した能力も確実に有しているだろう。
「リエン君! ギルガルドを!」
「わかってる!」
 日差しの強さは「あついいわ」の効果により長く続いてはいたが、それでも既に収まっていた。こうなると炎の威力は先程よりは目減りする。ギルガルド相手なら弱点は突けるが、防御態勢の「シールドフォルム」に戻られたら耐え切られるかもしれない。リエンはルナが二匹の攻撃を引き付けている隙を狙い、ギルガルドにオーバーヒートを浴びせる。
「くぅっ!」
「手こずらせやがって!」
 だがギルガルドを倒して「白いハーブ」を口にした時、リエンの目の前でルナは膝を突いていた。ルカリオは耐久力の高い種族ではないし、リザードンとは逆に炎は苦手としている。それでもルナはリエンの盾となることを選んだ。リエンの頭にはこの相手をも打ち倒す方法があると信じたからだ。
「あとはお前だけだな? もういい加減苦しくなっているんじゃねえか?」
「途中が苦しかったとしても、最後に勝つのはどっちだろうな?」
 リエンは余裕とばかりの笑みを見せつけるが、確かに見た限り状況は悪い。あの手この手で軽減してきたダメージもいい加減蓄積しており、それを回復できてはいなかったからだ。しかも相手は炎の攻撃に耐性のあるサザンドラ。一応「竜の波導」で弱点は突けるが、相手の能力の高さを思うと心許ない。
「それより、お前だ。親兄弟を皆殺しにされて、それでもこいつのために戦うのか?」
 サザンドラの目を見据え、リエンは聞くかどうかは別に説得を試みる。相手が動き出してからでは遅いが、その前であれば少しでも説得をしたい。そんなリエンに対し、サザンドラの反応は想像を上回っていた。
『うー?』
「……通じない?」
 通常であればポケモン同士であればある程度は話が通じるはず、そう思っていた。しかしその理由はすぐに直感した。相手が幼すぎるのだ。ポケモンは卵の中である程度成長した状態で生まれてくるのだが、それでもまだ話を通じるほどには「精神面は」成長していないらしい。戦闘能力の方は様々な形でエネルギーを与えられて成長していたが、この一貫性のない成長はあまりにも残酷だ。
「……そういうことか」
 この子供サザンドラに対しては、どこまでも哀れさを感じずにはいられなかった。ここで自分が止められなければ、自身がすることもわからないままアースにも手を掛けることになる。その後はコラプサーの持つ装置でボールを解除して、自分やルナにもとどめを刺しに来るだろう。勿論リエン自身としてもそれは望まないが、それ以上に何も知らないでいるこの子供が哀れでならなかった。
「無駄なあがきもここまでだ! サザンドラ、流星群!」
「終わりだと思うな!」
 子供サザンドラは何も知らない顔のまま、左右の頭を振り上げる。同時に中空からまさに流星のごとく降り注ぐエネルギーの塊。それに対してリエンも負けじと竜の波導を放つ。地力の差はあるが、相性の差はあるが。二つの力はぶつかり合い、はじけ飛び……。

 リエンは倒れた。その体がボールに回収されて消えたのが何よりの現実だ。一方のサザンドラの方もそれなりのダメージを受けてはいるが、まだまだ戦える。技の「流星群」はオーバーヒート同様に体の均衡を犠牲にする弊害はあるが、それでも残っているのがアース一人では戦える相手ではない。
「手こずらせやがって。まあ、頼みのポケモンはこれでいなくなったようだがな!」
「ん? そう思う?」
 悲願の成就とばかりに、コラプサーは狂ったような笑みを浮かべる。その笑みに対してもアースは何一つ動じる様子もなく。手持ちのポケモンがいないのであれば急いで逃げるべき状況であるにもかかわらずである。
「虚勢を張るな。お前の手持ちなど把握済みだ。こっちには便利な調査方法があるんでね」
「これは用意のいいこと。だがその調査結果が全てだと思うか?」
 言いながら、アースはボールを手に取る。勿論その動きの中でリエンやルナを回復させるそぶりを見せていたら即座に殺していただろうが。アースを確実に殺すため、コラプサーはサザンドラにじりじりと間合いを詰めさせる。それに対してアースは、逃げるそぶりすら見せない。
「諦めの悪い奴だ。それとも本気で阿呆なのか?」
「一応、どっちもよく言われるな」
 コラプサーとしては逃げ惑うでも命乞いをするでも、自らに勝利を味わわせる姿を見たかったらしい。しかしアースの態度からはそのどちらも望めそうにない。何かの下らない矜持なのか、或いはこれでもなお虚勢を張るのか。それならこれも「無様な姿」と受け取ることにした。
「だったらその二つを抱えて死ね!」
「残念だが……!」
 サザンドラが流星群の構えを見せると同時に、ボールが開く。出てきたのはリエンだった。飛び出すと同時にエアスラッシュを放ち、サザンドラの喉元に打ち付ける。メガシンカは解除されているが、それでもこの急所の一撃にサザンドラは怯み。追撃の竜の波導でコラプサーの方に吹っ飛ばされる。
「なっ!」
 サザンドラの体はすぐにボールに回収されたが、それにリエンが続いていた。リエンはコラプサーの胸ぐらを掴み、相手を抑え込む。たった今倒して回復する間もなかったのにと、コラプサーは声に出さずとも顔で訴える。
「口の中に『げんきのかたまり』を仕込んでおいたんだ」
 言いながらリエンは脇を向いて、使わずに済んだ「げんきのかたまり」を吐き出す。戦闘不能の状態で口の中に運ぶなんて芸当ができる者はいないが、その前から口の中に入れてあるなら話は別だ。そしてこの「げんきのかたまり」による復活は、一度目に限っては奇襲にもなる。二度目以降の備えもあったという徹底ぶりも驚きらしい。
「生放送もだいぶ視聴が増えていたからな。このやられようじゃ出所後の再就職も駄目だろうな」
「くっ……お前たちは、何故ここまで俺を潰しに来た?」
 ここでのリエンの戦いもそうだが、そもそもアースがコラプサーのことを調べた時点で事は始まっていたのだ。コラプサーの凶行を表に出せば、彼のトレーナーとしての立場が瓦解するのは目に見える話である。
「知れたことだ。リエンもルナも俺のところの従業員で、仲間だ。そいつらが謂れのない苦痛を受けたことを許すわけにはいかなかった。こいつらが休まなければならない結果になった分は、きっちり賠償してもらう」
 話の殆どは、コラプサーにとっては理解できるものではなかったらしい。相手がポケモンだろうと人間だろうと、まずは仲間意識というものが信じられないようである。賠償目的という点には若干納得したが、そもそもリエンやルナを休ませることの必要性を理解していないのだろう。
「俺からも言わせてもらう」
「なんだ、リエン?」
 コラプサーを締め上げるリエンの目にあるのは怒りではない。社会に生きながら社会の相互関係を信じずに孤立してただ暴れていた、そんな姿への哀れみだ。暴れ狂うだけのこの、人間に生まれながら人間になれなかった存在。虜となった凶獣は、どのような末路を辿るのか。
「以前アースと話したんだ。他の生き物を殺して食わないと生きていけない俺らが、生き物を殺すことを『可哀そう』『残酷』と感じる感覚を持たせる……これが『神様の悪意』なんじゃないかってな」
 勿論、この感覚も人間やポケモンの全てが持ち合わせているわけではないとはわかった。だがそれでも愛護団体の甘言に支持が集まるくらいには、多くの人間が持ち合わせている。思えばこうしてコラプサーの凶行を見せつけられて苦しむ結果になったのは、あの「神様の悪意」などと斜に構えた言い方をした天罰かもしれない。だが。それならとリエンは答えを求めた。
「お前のお陰で結論が見えた。意味のない加虐や殺戮を良しとする考え方の持ち主は、最後は往々にして人間に牙を剥く」
 今回のコラプサーの件もそうだが、サザンドラたちによる被害の捏造のために周辺に様々な破壊を行なった。そうでなくとも小型の野生ポケモンの首を晒したり虐殺がエスカレートしていき、最後は人間を殺した例も数多ある。
「お前のように人間に被害を出すようなやつは、ことが『ポケモンで済んでいる』内に処分を下さなければいけない。だから俺はお前を倒さなければならないと誓っていた」
 リエンとしては自身がポケモンであるため、この言い回しをするのに若干複雑な気持ちはある。だが言葉自体は本気で、人間社会の中心が人間である以上人間の被害は絶対に止めないといけない。リエンの言う通り「ことがポケモンで済んでいる内」に、犯罪者としての監視や更生に身を置くようにすべきだという話だ。
「だが、お前の後ろにいるそいつも……畜産所でポケモンを殺しまくっていただろう? 人間に被害を出す心配はないのか?」
「……アースだけじゃなくて俺も、畜舎の中で相当な数のポケモンを殺した。だがな……」
 嘲笑とともに語るコラプサーの顔には、ありありと「この者たちを道連れにしたい」という態度が見えていた。リエンは一瞬であるが、歯を食いしばり息を呑む。その態度に怒りは再燃し始めてはいたが、まだそれをぶつけたりはしない。
「確かに俺たちの産業を批判する奴はいる。だが別の場所では、俺たちの生産した肉を心待ちにしている客がいる」
 まずはきっちりと自分の考えを説明してから……それまでは堪えることを決めて。リエンは腕を伸ばして首を下げ、自分の目線をコラプサーの顔の正面に合わせる。
「そうして客が食って喜ぶ姿を願って、俺たちは自らの手を血に汚している。自身の力や快感だけのために殺すお前とは……」
 そこまで言ったところでゆっくりと息を吸う。尻尾の炎は自然と強まっており、瞳の奥からも炎が見えそうだ。そんな両目に一気に力を込め。
「根本的に違うんだ!」
 コラプサーの全てを拒絶すべく、胸の奥からの声で絶叫する。その一声に残っていた何かが崩れたのだろうか、コラプサーの足の力は抜けていく。へなへなと座り込むコラプサーを見て、リエンもこれ以上締め上げは不要だと思い。そのまま手を放し地面に座らせてやった。
「リエン……お前はそういう風に考えていたんだな?」
「まあ、こいつにいろいろ見せつけられて冷静になれない頭で考えた結果だ。どこまでも正しいなんて言える練度はねえ」
 実際のところ、考えれば考えるほど新しい謎とも矛盾とも言えないものが湧き出してくる。そんな感じがリエンにはあった。もっと徹底的に考え込んでみたい部分はあるが、それには時間も体力も足りないだろう。そんなことを思っているところに、警察車両のサイレンとエンジン音が近づいてきた。
「……おいでなさったか。まあ、反省することだな。反省できるんならな」
 アースが冷たく言い放った一言に、コラプサーは何も答えない。近づいてきた警察車両はアースの車を囲うように止まり、中から警察官やポケモンが一斉に飛び出してくる。彼らの目線と銃口はアースとリエンに向かった。もはや抵抗のできないコラプサーが襲う側だったとはすぐに判別できなかったのだ。
「待て! 所長さん! これ、どういうことですか?」
「ああ。リエンとルナの二匹だけで、こいつのポケモンを全部片付けたんだ」
 リーダーとみられる警察官は仲間に制止を掛ける。過去にも繰り返し襲撃があったため、この警察官はアースとは顔見知りだったらしい。こうなると話は早い。
「それは……どうやって? あ、先に連れて行ってくれ」
「詳しくは動画にしているので、後ほど見ていただきましょう」
 警察官が他のメンバーに声をかけると、メンバーのうちの数名がコラプサーを取り囲んで抱える。そしてコラプサーを車両へと連れ込み、何人かを残して出発する。リエンもアースもここでようやく「一段落ついた」と感じた。そして動画があることを示すためにスマホを取り出したところで……。
「と、コメント『俺も全く考えなかったこと、ポケモンなのに考えてるなんてな』『リエン君強いイケメン抱かれたい』それから……」
「コメントはもういい! てかもう放送切れ!」
 このアースのノリには呆れずにはいられなかった。アースもいたずらをした子供のような笑みを浮かべながらも、画面をタップして放送を終了させる。最後に紹介したコメントのチョイスもまた、アースの悪意によるものだろう。
「ひとまず、所長さんもご無事で何より。大会で名を馳せている実力者と戦うなど、なかなか無茶をなさいますね」
「ええ。俺は反対したんですがね、こいつが……」
 そういえばその件についてはかなりわがままを押し通したと思い出す。ここで嫌味でも延々と聞かされるかと思い、ばつの悪い顔でアースの方を振り向いた瞬間。いつの間に拾ったのだろうか太めの木の枝を、アースはリエンの顔面に叩き付けていた。
「痛ってーーー! 何するん……」
「無茶を言うんでわがままに付き合わされて」
 その一撃で枝の棍棒は折れる。それだけの威力で殴りつけたことに、リエンは抗議の目を向けようとした。しかし跳ね返ってきたのは全てを悟ったようなアースの笑顔。この笑顔の裏から漏れている強烈な怒りに絶句するリエン。しかし逃げる間もなく。折れてとげだらけとなった棍棒の先端で思いっきりリエンの背中を突く。一応植物を利用した攻撃のため効果は今一つだが、それがなくなるくらいアースは手に力を込めている。
「何するやめろこっちは寿命が思いっきり縮んだのわかってるのかぎゃあああとげが痛い痛い効果は今一つだろ少しは大人しくしろお前だって乗り気で挑発しまくってたろああなったら乗るしかないだろうが痛い腹は蹴らないで駆け付けた警官に顔見知りがいなかったら最悪撃たれてたんだからな俺らわかったわかったからやめてえええ!」
 警察官はその光景をただ茫然と見ているほかなかった。



 色々悶着はあったが、リエンもルナもアースも事情聴取を終え。近くの食堂で夕食を済ませ、寮についた時にはもう暗くなっていた。
「さて、明日からまた仕事だな。久しぶりでちょっと申し訳ないか?」
「これに関してはお互い様だ。まあそう思うなら頑張ってくれよ?」
 流石に一週間も休んでしまうと最後の日に何をやったかも思い出せなくなってくる。予定されていた休暇ならまだともかく、突発的な事態だったから余計難しい。とは言えいつまでも休んでいても仕方ない。ルナの方は既に復帰しているから尚更である。
「ああ、とりあえずこれな? ボールの解除装置」
「アース? それ、どこから?」
 片手に握って使うフックのような、大きく湾曲した形の器具。リエンも話には聞いていたが、直接見るのは初めてだ。役所などに置いてあるという話は聞くが、畜産所ですら用意していないくらいの代物だ。コラプサーが持っているとは聞いていたが、いくら相手が相手でもまさか勝手に盗んでくるわけにはいかない。
「コラプサーが落としていった荷物にあったから、事情聴取の時に訊いた。そしたらコラプサーの奴もう全部くれてやるって。投げ遣りになってたわけだ」
「そうか。でも、なんで俺らにそれを渡すんだ?」
 流石に無許可で持ち出すような非常識はいないが、これから法手続き次第で変わるかもしれない。それこそ盗品とかだったら返却を要求されるかもしれないので、今は借りるだけの感覚らしい。そこまで理解したところで、次にもう一つ思い出す。確かこの前のルナとの談義の後のまとめは、アースに見せただろうか。
「試してみたいんだろう? インターネットって怖いね」
 ひょっとしたら見せてなかったかもしれないと思った時には、アースはスマホを取り出して画面を開いていた。表示されていたのは動画で、リエンとルナがフードコートで談義していた時のものだ。その日はアースは出勤だったので自身で撮ったものではないだろうが、さっきのアースのように生中継をしたものが拡散されてアースの方にも流れてきたらしい。ルナの口から飛び出した発言を思うと、リエンの背筋に冷たいものが走る。本当にインターネットは怖い。
「それと……本、返せよ? お前にはもう要らないだろう?」
 装置を渡して空になった手を、そのまま要求として差し出す。リエンも「本」と言われて一瞬は通じなかったが、複雑そうなアースの表情を見るうちにつながった。ルナとの最初のきっかけとなった、ポケモンのエロ本である。今ではルナという相手がいるため確かに不要になってはいるが、そもそも自分のところにあるのを知っていたというのか。
「……あれ、捨てたんじゃなかったのか?」
「なんかそう思わせるような分け方だったのかは知らんが……あんな上物、そうやすやすと捨てると思うか?」
 言いながらも表情が徐々に安らかなものになっていく。それは押し寄せる怒りの表れで、恐ろしさは先ほど痛感した。リエンは猛然と扉を開けて、ダッシュで部屋の奥から本を回収して出てきた。途中二度ほど鈍い激突の音が響き、ルナもアースもこれには苦笑した。
「……ちなみに、あの中だとアースの押しは?」
「……やっぱルカリオだな」
 息を切らして戻ってきたリエンは、アースにぎりぎりまで近づく。物が物だけにルナには見られないようにという配慮だが、こういう接近をされると今度はアースにとって気持ち悪い。悪かったとばかりに本を差し出しつつ、リエンは開き直って本の中身の話をする。ここまで来るとアースも開き直っていたようで、割と乗り気で答えた。
「そうか。俺も同じだ!」
「……聞こえてるんだけど?」
 そしてそれは後ろにいる同じルカリオにも聞かれ。両者ともその冷ややかな目線に罰の悪さを示す。ちなみに本の中にはリエンとタマゴグループを共有している雌ポケモンもかなりいたが、結局そちらでもルカリオが一番だったらしい。こうしてルナと交わるのはある意味決まっていた未来だったのかもしれない。
「……まあ、明日からも頼むな。お休み」
「あ、ああ」
 アースはルナの視線から逃げるようにしつつも、本はしっかりと抱えて自分の部屋に入る。しっかり鍵をかけた音もしたので、これからすぐにでも久しぶりのお楽しみに取り掛かるのだろう。リエンもリエンで久しぶりに動いたとあって疲労感がだいぶきている。
「それじゃあルナも、また明日……」
「待って」
 ルナはリエンの腕に手を回し、リエンと部屋の入口の間に入り込む。先程出入りしたのでドアは開いており、むしろルナが連れ込まんとする勢いだ。
「ルナ?」
「リエン君が動けないでいた間、ずっと我慢してたんだからね? もう今日はいいでしょ?」
 ルナの頬の毛は若干逆立っているが、リエンの顔を見つめて遠慮はない。リエンはこのいきなりの行動にたじろぐ間もなく、ルナはそのまま部屋に引っ張り込みしっかり鍵もかける。これではどちらの部屋かわからなくなりそうだ。



「とりあえず、解除してからな?」
「うん、そうだったね」
 リエンは先程アースから受け取った装置を、自身のボールに宛がおうとする。しかしそこではじめて使い方がわからないことに気付く。一瞬手を止めて首を傾げた瞬間、ルナから早くしてという無言の圧力がのしかかってくる。
「……使い方を調べないとな」
「早くね」
 ルナは既にリエンのベッドの上で仰向けになっており、準備とばかりに股座を撫でまわしていた。いそいそとスマホを取り出し調べようとしていたリエンにとって、その姿は非常に毒である。必死に見ないようにしつつ、徐々に大きくなっていく息遣いや水音は聞かないようにしつつ。
「まだぁ?」
「待ってろっての」
 ルナの強請る声はトーンが上がっており、これにはリエンも色々と焦らされる。リエンは必死にスマホを操作し、検索でヒットしたページを開く。リエンも既に股の間のものは表に飛び出しており、ボール解除など後回しにしてルナの中に飛び込みたい衝動が起こり始めている。それでもなんとか画像を順に見ていき、解除手順を頭に入れた。
「とりあえず装置の軌道だな」
「早くね?」
 一挙手一投足に対してまで急かされて、それでも追い込まれそうになる気持ちは押さえて。リエンは装置のスイッチをまとめサイトの画像の通りに入れていき、まずは自分のボールに引っ掛けるようにフックを掛ける。そしてフックのカーブ部分をボールのスイッチに当てると、装置とボールはそれぞれに電子音を出し始める。
「うぅん!」
 ルナは一しきり嬌声を上げ、体を震わせる。それと同じタイミングで、リエンの手元のボールが半開きになる。まとめサイトによるとこれで解除完了らしいが、実感できるほどの変化は起きない。とりあえずルナのボールの方も解除にかかる。考えてみれば生まれてから十何年来自分の一部であったモンスターボール。それが解除されることに感慨が無いかと言われたら……。
「あぁあんっ!」
 そちらに関しては隣で遠慮なく喘ぎまくっているルナが台無しにしてくれている。自分も早くそこに飛び込みたいのを我慢して頭を回しているというのにと、若干苛立ちはするが。それは行為の時にぶつけることにしよう。軽い音とともにルナのボールの方も解除が終わる。
「終わったぞ」
「うん、待ってたよ」
 リエンの声にルナも上体を起こし、待ち望んでいたことを全身で示す。ルナの声のお陰でリエンのものも既にはち切れんばかりにでき上っており、いつでも行為は望めそうだ。
「それじゃあ、やるか」
「うん!」
 ルナはリエンが入りやすいように股は開き気味に。それに向き合うようにリエンがベッドに乗った瞬間、ベッドは大きく軋む。毎日のように繰り返してきたが、一週間で随分久しぶりになった気がする。すでにルナは自分で出来上がらせていたみたいだが、一応確認のためにそこに手を伸ばす。
「……完全に出来上がっているな」
「この何日も、ずっと待ってたんだからね」
 リエンの指が抵抗なく入っていくそこの具合には、リエンも呆れるしかなかった。これからさらに太いものを入れることにはなるが、いつもの感じだと余裕で入りそうだ。
「早く、入れて?」
「まったく……俺よりも壊れやがって」
 言いながらも、リエンは自らのものをルナの中に一気に入れる。その侵入を感じた瞬間、ルナの内側には一気に力が入り。待ち望んでいたものを早く搾り取ろうとばかりに、苦しいくらいに締め上げる。
「……動くぞ!」
「ぅん!」
 リエンは腰を引き上げ、一気に落とし込む。二度、三度。ルナも迎えるように体をのけぞらせ、お互いの勢いはどんどん上がっていく。そしてリエンの奥に生まれた熱が一気に膨らんでいき。
「ぅぐふぅっ!」
「ぁあああぁぁぁっ!」
 リエンの絶頂で吐き出した熱に当てられ、ルナも全ての意識を焼き切られる。リエンもこの一週間以上溜め込んでいたため、全身は想像以上の虚脱感に包まれていた。
「リエン君……」
「なんだ?」
 ルナの体を脇に寄せ、リエンはそれに寄り添うように横になる。久々だったのもありこの一発の暴発で出し尽くしてしまった。股間のものもゆっくり元の位置に戻ろうとしており。
「今度こそ、赤ちゃんできるかな?」
「……あれもあくまで仮説だしな。お互いの体のタイミングもあるし、すぐにできる保証はねえな」
 頑張って答えたが、既に頭の中もどうしようもないくらいに蕩けている。もうこのまま意識を投げ出したいというのがリエンの本音だ。だが……。
「だったら、もっとたくさんやらないとね?」
「待て……! 今日はもう無理だ!」
 リエンの返答などどこ吹く風で、ルナは起き上がりリエンのものを擦り始めていた。それでも感覚は死に切っており、リエンの雄は縮んで収まっていこうとする一方。それを見たルナは悪意の笑みを浮かべ。
「えい!」
「ぎゃあああっ!」
 リエンの雄槍と肛門の間を指先で思いっきり突く。その瞬間濡れ場には相応しからざる声が上がり、リエンを覆っていた倦怠感も一気に消し飛ぶ。
「ほら。目を覚まして?」
 再びルナが撫で始めると、少し感覚が戻っていたリエンの雄は徐々に膨らみ始める。この瞬間には、リエンは自分の死を覚悟した。逃げ出したいが体の方は全く言うことを聞かず。待ち受ける快楽地獄に吸い尽くされる以外の道は無くなっていたのだ。



 リエンとルナの関係は変わったが、結局プラネ畜産所の仕事はいつもの姿に戻っていった。今回の戦いの生放送でリエンへのスカウトもいくらか来たが、リエンは特に気にすることなく畜産所の仕事に戻る。ルナの妊娠はそれから二年以上先だった。リエンの見立てが間違っていたのか、それとも体の周期的なものだったのかはわからないが。
「それじゃあルナ、行ってくる」
「二人とも、気を付けてね」
 そしてリエンの隣には子供たちの他に、一匹のサザンドラがいた。コラプサーの元にいた時はろくな意思疎通もできないほど幼かったが、今では畜産所の一員として成長した。
「リエンおじさん、今日の仕事は?」
「多分草刈りじゃねえかな? 病原体を持つ野生ポケモンが畜舎に近づけるもの陰を無くすためだ。しっかり頼むぞ」
 こうして今日も一日が始まるのであった。


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Last-modified: 2017-06-16 (金) 18:53:23
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