ポケモン小説wiki
求めし者の灯・上

/求めし者の灯・上

大会は終了しました。このプラグインは外していただいて構いません。
ご参加ありがとうございました。

エントリー作品一覧





求めし者の灯

 頑強な格子で区切られた枠の中で、丸々と太ったモノズが桶から餌を貪り食っている。そのモノズたちが並んでいる前の通路で、一匹のリザードンが舌打ちをして首を振る。
「まったく、この仕事もいい加減慣れちまったぜ」
 それぞれの桶に餌を落とすようにつながっている、リザードンの首ほどの太さのパイプ。その一カ所の繋ぎ目が外れ、周囲に粉状の餌が散乱している。人間でもある程度機械に慣れた者でないと手を出しづらいのだが、人間と比べると不器用な手だというのにこのリザードンは不承不承でも向かう。
「おい早くスパナとボルト! ナットもだ! 17!」
 リザードンは繋ぎ目に引っかかっていたボルトをつまみながら、若干八つ当たり気味に叫ぶ。二つの工具箱を左右の手にぶら下げて駆け付けたルカリオは、それらを床に置くと慣れない手つきながら急いで開く。片方はすでにリザードンが開いていた。
「ルナ、もう少し急げないか? 試運転とかいろいろな時間が込むから、給餌の時間を結構押してくれるんだ」
「人間の道具をここまで扱えるリエン君が別格なんだからね?」
 自覚と肯定を表に出すように、リエンと呼ばれたリザードンはふっと息を吹く。工具箱からお目当ての二本のスパナを取り出すとたばこよろしく口に咥え、次はボルトとナットだ。ルナと呼ばれたルカリオは工具の方も満足に理解できない。
「よっと。パイプ合わせてくれ」
「うん」
 ルナはリエンに合わせてパイプを持ち上げると、外れている口同士を合わせる。リエンはボルトにワッシャーを入れると、パイプのふちの接続のための穴に突っ込む。反対側から飛び出したボルトの頭に、こちらからもワッシャーとナットをかぶせて指で仮止めする。リザードンであるリエンの三つ指の手では、どうにもこの動作は慣れない。
「まだずらすなよ?」
 二か所、三ケ所。同じ要領でリエンはボルトを突っ込む。最後のボルトの仮止めが終わると、咥えていた二本のスパナを左右の手に構える。あとは締め上げるだけなので簡単だ。
「おけ、もう力抜いて大丈夫だ」
 リエンの終了の一言とともに、ルナはパイプにかけていた力を緩める。同時に吐く息はどこまでも不満気だ。
「所長も早く人間雇ってほしいよ。ポケモンの私たちが修理に入るなんて、うちの畜産所くらいのものだよ?」
「まあ俺らも俺らで生半可にできるようになっちまったからな。やれることをやりゃいいんだから、当分は問題ないだろ?」
 リエンの方はさばさばと答えながら、パイプのボルトナットの本締めにかかる。ボルトの方に口が開いたスパナをあてがい、ナットの方を厚手の環状のラチェットで締める。かちかちと音を立てながらねじを締めていくラチェットの仕組みは、正直なところリエンもよくわかってはいない。
「ほら、次は試運転だ。制御室!」
「楽しそうだね……」
 呆れと疲れ交じりのルナの声も届かない勢いで、リエンは制御室の方へと滑空する。太い腹や足は走るのには向かないが、これが走ることの代わりだ。それでもルナにはすぐに追いつかれてしまったが。



 ここはとある地方にある食用ポケモンの畜産所である。所長こそ人間だが、ポケモンであるリエンやルナも職員に名を連ねている状況だ。本来であれば現場責任者には人間が入るが、とある事情により長く勤められる者がなかなか入らないのだ。そしてこのプラネ畜産所の所長は今日もその事情のために奔走しているのだが……。
「アース……モノズ舎の給餌設備、また壊れたぞ? いい加減新調した方がいいんじゃねえか?」
「あー、またやらせちゃったか。すまないすまない」
 汚い字の報告書を差し出すリエンは、握る手はもとより全身粉まみれだ。所長のアースはまだ知る由もないが、あの後の試運転に失敗して全身に餌を浴びてしまったのだ。それについては報告書にも書かれているが、如何せん字も汚い。
「ルナの奴もいい加減人を入れろってよ。話は相変わらず進んじゃいねえんだろ?」
「本当にすまない。以前の事業者が上手くいかなかったわけだ。この地域の陸生ポケモンの食肉化は、相当に偏見が根強いからな」
 報告書を受け取りながらアースはため息一つ。それは報告書の字の汚さに対するものではない。この地域での偏見の根強さから、畜産所への様々な抗議がおこなわれているのだ。アースはそれに対して説明会を開いたりしているのだが、効果はあまり見られない。
「そしてその偏見にやられて、せっかく入ってもすぐにやめていくと」
「お前たちだってまともに襲われちゃっているからには、苦労を掛けてるよな」
 思い出し、リエンは舌打ちをする。いきなり「ポケモンたちを殺戮から救う!」と言ってフェンスを破壊して侵入してきた集団。相手集団は練度が低かったらしく、運良くリエン一匹で撃退できた。畜産所の警備こそが本業であるリエンにとっては、戦いでは後れは取らない。しかしリエンに対する「ポケモンの裏切り者」「殺戮者のペット」といった非難は今でも思い出すと腹立たしい。
「あいつらは本当に……自分たちで食べているものを見てから言えって話だ」
 リエンは傍らに置いてあるオボンの実を手に取る。負傷時の応急手当てのために常備しているものだが、食用としても使われる。ポケモンとも人間とも一線を隔す存在だが、それでも生きた存在であるのは間違いない。そもそも彼らの中には水棲ポケモンを食すことは是とする者もいる。
「言い出したら霞でも食ってろって話になるだろう。どうしようもないことだけど、なんで生き物は他の生き物を食うようにできているんだろうな?」
「他の生き物を殺すことを『可哀そう』って感じるように作ったってことの方が、よっぽど神様ってやつの悪意を感じるぜ」
 オボンの実を元の位置に戻しながら、リエンはもう一度舌打ち。らしくもなく『神様』などと語ってみる己に対してのものだ。自分の一言が引き金になったと感じたアースは苦笑を返す。
「っと、どれどれ」
 アースは汚い字の行列に目線を落とす。リエンと話しながらもチラ見はしていたのだが、如何せん字が汚い。ポケモンであるリエンが字を書けるだけでも貴重なので贅沢は言わないが、読むとなると慣れてきたはずの今でも本気でかからなければならない。
「うーん、そうか」
 しばらくぼーっとしていたリエンに、アースのため息が届く。いつの間にかパソコンの前に位置を移していた。リエンの汚い字の文章をパソコンに打ち込んでいたのだ。パソコンで打ち込む前に手書きで写す必要があるほどだった以前と比べると、読みながら直接打ち込めるようになっただけリエンの字も上達した。
「ところでリエンはさ」
「ん?」
「食用って目的でもポケモンを殺すのは可哀そうだって思う?」
 沈黙。唐突な質問に戸惑うリエンから、返事が来るタイミングを知らずにそのまま黙り込むアース。リエンは慌てて答えを考えようとするが、アースが何を思って訊いたのかがわからない。
「いきなり何を言い出すんだお前は?」
「や、なんとなく」
 実際のところ、リエンが食用のポケモンを殺したことは何度もある。この畜産所で飼育されている全ての種類ではないが、何種類か刃物を手に屠殺したことがあった。ちなみにこの畜産所にいるポケモンでは、それをしたことがあるのはリエンだけである。
「ん……でも実際『すまねえ』とか思いながら殺したことはあるな」
 リエンは刃物を握ったときの手つきに、そのまま目を落とす。一撃で仕留めた後に押さえる方の手の中でけいれんしながら動かなくなっていくモノズの姿には、初めての時は戦慄したのを覚えている。
「あんまり考えないようにしていたけど、実際俺が殺戮者なのは間違いないんだよな」
 屠殺されたモノズを押さえ込んでいた手。それを見つめるリエンの目には悲痛は感じられない。かといって殺戮を是とする様子でもなく、正当化できるほど考え込んだわけでもない。殺された側に対する「可哀そう」という感覚を、先程「神様の悪意」と揶揄したリエン。
「まあでも、たまにはその『神様の悪意』について考えてみるのもありかな?」
「あんまり考えすぎるなよお前は」
 またも自嘲気味に語ったリエンに対し、アースは若干厳しい口調で警告をする。リエンは結構考え込む性質があり、以前も何かを夜も寝ないで考えていたことがあった。次の日は居眠り交じりでの警備だったため、そこで侵入者が来たら危ないということがあった。自覚があるがゆえに、リエンは渋い顔を背けることしかできなかった。



 リエンは事務所から少し離れた寮に戻る。住み込みで働きたい職員たちのために用意したものであるが、職員の定着が悪いためリエンやルナにも個室を与える余裕ができてしまっている。リエンたちにも一応モンスターボールはあるのだが、自室の片隅に置きっぱなしだ。
「やれやれ、アースの奴が変なことを聞いてきたのは気になるが……」
 先程の「神様の悪意」談義はなおもリエンの胸中にまとわりついているらしく、事務所から離れた後もまだすっきりしない。食事や入浴も済ませてきたというのにだ。リエンは手提げ袋から鍵を取り出し、扉を解錠する。最初の頃は慣れない動作だったがすぐに慣れ、ルナや他の職員ポケモンにも覚えさせた過去がある。
「ひとまず、今日も無事に終わってくれてよかったぜ」
 若干雑然とした自室の扉を開くと、狭い空間だというのに正反対の解放感が生まれる。空間的には広い場所はもっとたくさんあるのだが、ここなら誰にも邪魔されないというのが大きい。いや……。
「ん? 誰だ?」
 リエンは扉を半開きにしたまま部屋に入っていく。タブレット式のスマートフォンが、手提げ袋の中で誰かからの連絡に騒いでいる。厳密なことを言えばこんな風に、邪魔されることが絶対にないわけではないのだ。リエンは指を丸めて、爪が当たらないように節で画面をタップする。画面には旧友の名前とラプラスの画像が表示される。アースが設定してくれたものだ。
「ネプじゃねえか! 久しぶり!」
『リエン、ひさしぶりー。人間の言葉ももうすっかりって感じだねー』
 電話口から聞こえてくる声は、完全にラプラスの鳴き声であり人間の言葉ではない。リエンやルナのように人間の言葉をしゃべることは、ポケモンにも不可能というほどではない。だが喋るポケモンが全くいなかった時代から作り上げられた社会では、無理に人間の言葉を喋れずともどうにでもなるところも多い。
「そう言うならお前もいい加減人間の言葉を覚えてやればいいだろ?」
『無理無理。漁も護衛だけじゃなくて網とか操る方に回ることもあってさ。忙しいって』
 悲鳴交じりのネプの声に、リエンも苦笑する。身体的にも知能的にもポケモンは不器用な部分が多いため、仕事を覚えることがあればそれだけでも消耗する。緊急時以外は暇が多い護衛だけであれば、まだ覚えるだけの余力もあるのだが。
「お前……俺なんて機械の修理もやらされるし、報告書だってちゃんと書いているんだぞ」
『いやいや、リエンは別格だよ。なんていうか、一緒にアースの手持ちで旅をしていたころとは全然違う感じだよね』
 リエンは喋りながら、扉を閉めて部屋の中へと進む。スマートフォンを抜かれてだいぶ軽くなった手提げ袋を、ベッドの脇の机に乗せる。そのままベッドに仰向けになる体は、もう粉まみれではない。共同浴場にある炎ポケモン用の高温のシャワーで落としてきたのだ。
「そんなに変わったかな、俺?」
『ジムバトルで緊張しまくって草タイプのポケモンに負けていたんだよ? あのメンタルの弱さにはルナも唖然だったよね』
 言われて即座に泣きたくなった。実力的にも相性的にも圧倒できる草タイプのポケモンに惨敗したトラウマである。この時にこれでもかというほどに緊張してしまったリエンは、普通に放てば当たるはずの火炎放射を十回も連続で外して負けたのだ。
「十年以上前のことを何度も引っ張り出しやがって。前に会ってからこれで三回目だからな?」
『え? あれ? 数えてたの?』
 さっさと忘却の彼方に押し飛ばしてしまいたいのだが、こうして定期的にアースやネプに思い出させられる。旅をしている間は、その時とのつながりもあってあまり反発できなかった。だが今はそれぞれに畜産や漁で別の仕事をしている身と、どこかリエンも吹っ切れているのだろうか。
「次会った時はまた火炎放射三回分だからな? 覚悟しておけよ?」
『あはは……相変わらず執念深いね』
 リエンはこういうところは脅しではなく、有言実行を身上としている。人間であるアースにも容赦がなく、別件でだがエアスラッシュで吹っ飛ばしたことがある。水だけでなく氷タイプの側面も持つラプラスのネプにとって、リエンの炎は結構に痛い。
『元気かどうか声を聴きたかっただけなのに、なんでこんなバイオレンスなことになるのかな?』
「自業自得だ。まったく……まあお前も元気そうなのはわかった」
 過去の一時期を共有する仲間との会話は現在から離れられる。リエンとネプの共通認識だ。言い合うことは他愛のないことや馬鹿げた内容であることが多いし、変な過去をつつきあったりするのが常だが。いつまた壊れるかもしれない機械や襲ってくるかもしれない暴徒、そんな現在を飛び越していけるところがいい。
『じゃあ、またねー』
「ああ、またな」
 リエンは操作画面を呼び出し、表示されている「通話終了」をタップする。気分のいいため息を漏らしながら、リエンはスマホを先ほどの手提げ袋の脇に置く。そして軽く机を傾け、隙間ができた裏に手を伸ばす。
「まったく、邪魔しやがってよ」
 本音には全く無い言葉。それと一緒に机の裏から出てきたのは、一冊の本。表紙には一匹のポケモンの姿が大きく載せられており、そのポケモンの姿で一目で内容は想像がつく。こちらに向けて大きく股を開く一匹の雌シャワーズ。秘所を晒して物欲しげな表情で……エロ本である。
「どいつにするかな?」
 ぱらぱらとめくっていくどのページにも、種族は様々だが雌のポケモンが大きく映っている。トレーナー等がポケモンの性処理を手助けすることはあるのだが、その時も本を使う例はあまりない。これはむしろポケモンを性癖とする人間が使うものだ。
「何度見てもいいが……」
 買い物とかも独りでできるリエンだが、それでもこのような本を買う勇気は持てない。ポケモンが独りで買い物をするだけでも目立つというのに、買うものがエロ本だなどと思われたら次の日から外に出られなくなる。何となく気になるのに手を出せない、そんなもどかしい日々は結構長かったと思う。ほんの偶然だった。
「アースには感謝だ」
 アースが私物を処分していた時、その中に混ざっていたのを見つけた時は狂喜しそうになった。なぜアースの私物にこういうものが混ざっていたのかだけは必死に考えないようにしつつ、こっそりと回収して部屋の奥に隠した。その後は毎晩お世話になっているし、日に数度ということもある。
「向こうは知らないだろうけどな」
 いつの間にか股の下は熱を帯びており、そこから吐き出せないでいるものを抱えて何かが飛び出している。リエンは本を閉じて、そのまま両手で雄を握りしめようと。中に溜まったものを上から揉み解し、絞り出さないといけない。
「リエン君?」
 夢中になっていたリエンの脇から、誰もいないはずの場所からの声にリエンは一瞬固まる。確か入るときに鍵は締めたはず、いや入った時にちょうどネプから電話が来たから……そういえば締め忘れていたかもしれない。リエンは恐る恐る振り向くと、そこには見慣れたルカリオの顔。
「ルナ! こ、これは!」
「あっ!」
 腿や翼に隠れて見えなかったリエンの腹の前で、溜まりに溜まったものを抱えてはち切れんばかりになっている肉棒。リエンが振り返るのに合わせてルナの目の前に突き付けられる。その強烈な姿は一発でルナの足腰から力を奪い、その場で尻餅をついて動けなくする。
「そ、その……」
 慌てて体をねじり、ルナの前に晒された雄槍は隠した。しかしなおも起き上がることすらできないでいるルナ。傍らには以前貸したような覚えのある数冊の漫画本。これを返そうと部屋の扉を開け、呼んでも返事が無かったのでここまで入ってきたのだろう。
「ご、ごめん……」
 思わず謝るルナだが、リエンからすれば謝られる理由が見つからない。ルカリオであれば波動を読んでここまで来ないうちに避けて欲しくなるかもしれないが、昼間ずっと張り続けている彼女にはそれは言えない。波動を読める状態を維持するのも負担がかかるものなのだ。
「こっちこそ、その……」
 尻餅をついたまま背中を壁に押し付け、秘所こそ上を向いている脛に隠れて見えないが。ルナに対して欲望を抱きそうになった自分を、リエンは慌てて戒める。ルナが波動を読む状態じゃなくて良かったと思った。



「いいよ? 私に構わないで、続けて」
「見られながらって……無茶言うなよ」
 しばらく黙り込んだまま向かい合っていた二匹。沈黙を破ったルナの一言に対して、リエンは思わず吹き出す。この間にルナは自身に「男の子はこういうもの」と必死に言い聞かせていた。だが続けてもいいと言うのなら早く部屋から出てほしいと、リエンは目線で訴える。
「ごめん、動けなくて」
「生殺しか……」
 結構な時間が経った気がするのだが、いまだに動けないらしいルナ。その一言に、リエンの顔は絶望に彩られる。不可抗力で中断されたまま放置状態の雄は、徐々に勢いを落としつつある。
「じゃあ、本の代わりに私とかは?」
 言いながら、若干股を開き気味にするルナ。行為に使っていた本までは見られていないと思いたかったリエンだったが、自身をそのように使う提案はそれ以上の衝撃だった。ルナの正気を求めるリエンの目線は、物欲しげなルナの姿に縛り付けられる。
「……マジで言ってるのか?」
「動けないから、このまま無理やりなんてこともできるし」
 こうして見てしまったせいか、ルナもルナで異性の体に興味を持ってしまった。そこは雄であれ雌であれ誰それ構わず見せる場所ではないから、見るにも簡単にはいかないと思っている。リエンがどう思っているかはルナにはわからないが、ルナはこの際見せ合うくらいはいいと思っていた。下手に嫌がってレイプされるくらいなら……リエンがそこまでのことをするとは思っていなかったが。
「だからって……」
「子供ができないなら問題ないからね」
 下手に行為に及んで子供を孕んでは、周りに様々な手をかけることになりかねない。だが中に出すようなことをしなければ問題はないと、ルナはそういうつもりでの一言だった。この間で完全にルナによって出来上がっていたリエンは、おもむろに彼女の前に移動する。
「じゃあ、遠慮しないぞ?」
「うん」
 一物を晒すリエンに対し、秘所を開くルナ。向かい合うことでお互いにお互いを露わにする。リエンは両手をルナの割れ目に添え、さすりながら毛をまくる。
「ぁ……!」
「しっかり見せてもらおうか」
 二度、三度。秘所を隠す毛をまくった後もさらに広げるように、リエンは繰り返しルナのそこをさする。それに合わせてルナは体を震わせ、甘い声を漏らす。爪を立ててそこを傷つけるようなことはあってはならないが、スマホを指の節で扱うのと同じ要領でやれば簡単だ。提案された瞬間は酷くためらっていたリエンだったが、見せ合いの後は何かが吹っ切れたらしい。
「へへ、いい感じだな」
「ぅぅ……ひゃあっ!」
 入口がある程度広がってきたら、次は指を押し込み気味に。だらだらと蜜を垂らす秘所は、その押し込まれた指を食いつくように絞めている。見るだけじゃなかったのかと思いつつ、見るにもある程度でき上らせないといけないのかなどとも思ってみたり。突然に勢いをもって攻めに及ぶリエンに対し、ルナは快感と混乱で思考を揉みくちゃにされ。
「どんどんいくぜ?」
「ぁぁぁ……ぅあぁぁぁっ!」
 リエンは折り曲げた指をさらに深くねじ込み、割れ目の両端をも拡げようとゆっくり上下させる。異性との経験のない童貞のリエンだが、その攻め手はルナに呼吸の暇も与えないほどだ。やるにしてももう少し抑えて欲しいのがルナの本音だが、口からは嬌声ばかりで言葉をなさない。リエンがそういう本を読み込んだ成果もあるかもしれないが、ルナ自身自慰すらろくにしないできたのが大きい。
「さ、て。そろそろいいな?」
「え?」
 ルナがようやく薄目を開くと、リエンが自らのものを秘所にあてがっているのが見えた。しかし思考がついてこない。子供を孕むような行為は……中で出すようなことはしないという話だったはず。だというのにルナの目の前では、リエンのものがゆっくりと入り始めており。
「ぁあああっ! リエン君っ!」
 ようやくリエンの名を呼ぶことはできたが、その瞬間には全身の感覚がリエンのものに支配されていた。小刻みに体を前後させて、ルナの中を自分の形に拡げていくリエン。話が違うと静止をかけようとするルナだが、先ほど以上に言葉が体をなさない。どうにか片手でリエンの脇腹に触れることはできたものの、それで静止をかけられるわけもなく。
「いいぜっ! ルナ! いいぜっ!」
 中に押し込まれたルナの肉壁は、負けじとリエンの雄を絞り込む。リエンは腰を引き、勢いをつけて再び押し込む。再び引いて勢いで押し込み、より根元の方をルナに締め上げさせるように入っていく。
「リエン君っ!」
 身をひとしきり震わせやっとやっと瞼を開くと、すぐ上のリエンと見つめ合う格好となった。極上の獲物を前に欲望を押さえもせずに狂う……リエンとは長い付き合いで様々な表情を見てきたつもりだったが、こんな表情は見たことがなかった。
「んはあああぁぁぁ!」
 かすれたような声とともに、リエンは絶頂して果てる。びくびくと全身をけいれんさせて肉棒で奥深くまで突き込み。ルナの中を完全に染め上げてもなお足りない様子で、リエンの精液はルナの淵から派手に溢れ出す。飛び散った精液に滑らされてリエンの性器は止まるところを失い、いつの間にか外に飛び出していた。そのあとは大参事である。盛大に噴き出す反動で振り回されたリエンの雄は、ルナの胸から肩から顎から、腿から膝から尻尾まで汚していく。出せるものを出し切って力尽きた後は、重々しい残渣をぼたりぼたりとルナの内股に垂らしていく。
「あ……あ……!」
 その場に立ちすくみ、満足げな声を上げるリエン。全身を快楽で震わせ。ルナもルナで恍惚と酔いしれるが、徐々に現実にも戻ってくる。子供を孕まないようにするという話だったのに、ここまで派手に中を満たして。そもそも本の代わりに見て楽しむのではなかったのか。どこから言えばいいか、覚束ない頭を回す。
「子供ができないから安心してやれる……グループが違うってのもいいもんだな」
 リエンから見れば今のルナは荒く息をするだけの状態のため、今なお動けないのかはわからない。だが宙を泳ぐ潤んだ瞳に、このまま硬い床に転がしておく気にはなれなかった。脇に回って抱き上げ、そのままそっとベッドの上に寝かせる。体中に飛び散らせてしまった精液を拭うため、棚の上に畳んで置かれたタオルを手に取る。
「……グループって、何?」
 両手についた精液を拭い、疑問符を出すルナの口にタオルを近づける。言いたいことはあるのに、言おうにも言葉が決まらない。ようやく出たのがその疑問符だった。
「タマゴグループ。タマゴを作れる種類の区分……知らなかったか?」
「初めて聞いた」
 そうかそうかと呟くようなペースで、リエンはルナの体を拭いていく。はち切れんばかりのものが抜けて穏やかな表情に戻ると、その姿はまさに嫁を労う優しい雄だ。喉から肩を拭いて胸に触れようとした時、今度はリエンに疑問符が出る。
「ん? あれ? じゃあ子供ができないってどうやってわかったんだ?」
「中に出さなければできないじゃない」
 リエンは自身の頭上に岩石が落下してきたかのように。効果は抜群だ。自分は「グループが違うから子供はできない、だから中に出してもいい」という認識で遠慮せずにいったのだ。まさかルナはそんなつもりじゃなかったというのか?
「じゃあ……じゃあ本の代わりにお前ってのは?」
「……本の代わりに『見ながら』やればいいんじゃないって。そういうことだったんだね」
 ようやくルナの言った「本の代わり」というのがリエンに伝わった。そしてリエンは自分のしたことを恐怖し始めた。先ほど言われた「動けないから、そのまま無理やり」ということを本当にやってしまったのだ。お互いの言うことが中途半端であったが故の誤解はあった。だがリエンにとってはそれはもう言い訳でしかない。
「ルナ……すまない!」
 リエンはルナの隣に両手をつき鼻先をベッドに突っ込み土下座する。ルナは軽く頭を上げて、リエンの土下座を見る。どうやら腰が抜けて動けない方は落ち着いたようだ。おもむろに起き上がり、リエンの反対側に足を下す。別に嫌っていた相手でもないが、意識することもなかった相手。結果は強姦だが、最初に恥ずかしがって中途半端にしか言わなかった自分にも多少は非がある。そもそもリエンの自慰をまともに見るまで入り込んだこともある。
「二度と……しないで?」
 それ以上言う気にもなれなかった。徹底的に仕返しをしようとか何とかしてやろうとか、一つも考え付かない。あるのは言うべきことをしっかり言わなかったことによる後悔だけで、とにかく気まずい。一言残して逃げ出すようにその場から出ていくルナ。リエンはしばらくは自責と絶望に苛まれていたが、そのうちに仕事と射精での疲労で土下座のまま意識を失った。



 外は白み始めてきたが、まだ日差しが部屋に入るには早い時間。リエンは体の重苦しさを感じながら目を覚ます。いつもけたたましい目覚まし時計はまだ鳴っておらず、二度寝するか起きるか呆然とした頭を回し始める。
「昨日は……」
 徐々に昨日の記憶が甦り始める。帰宅したところにネプから電話が入り、少し談笑した直後にルナと……。リエンははっとして起き上がる。あれは夢……そうであって欲しい。そんなリエンの一瞬の願いは、自身とルナの混じり合った液に汚れる床が弾き飛ばす。
「ルナ……」
 流れのままに行為に及んでしまったリエン自身は、それまでは別にルナを意識したことはなかった。嫌っていたようなことは全くなく、仲間としてなら好意を持っていたくらいだ。そんなルナが傷つくことを、誤解とはいえしてしまったのは間違いない。
「畜生……」
 今日もこれから仕事が待っている。そして少なくとも事務所で、仕事の担当割によっては一日ルナと一緒だ。昨晩の時点ではルナはさして気にした様子ではなかったが、一晩明けて怒りが膨れ上がっているかもしれない。そうでなかったとしてもいずれにしても、どう接すればいいかわからない。
「とりあえず、飯と風呂だな……」
 ルナとの行為のおかげで下腹に乾いた精液がついている。どちらにしても畜産所という仕事柄、出社に当たっては体を清潔にしなければならない。もし体を洗わずに畜舎の中に入り、一緒に病原菌がついてきたら目も当てられない事態になる。生産効率のために家畜たちは密集しており数も多いため、大勢の医者を入れても死屍累々となりかねない。それは「可哀そう」というのもそうだが、畜産所の収益でもダメージになり誰も幸せにならない。そういう理由があり毎朝入浴することをルールで決められているのだ。なお今のリエンは、一夜越しでのしかかる重苦しさも含めて高温浴で流したいものにまみれている。
「行かないとな」
 いつもの出社時間にはまだ早いが、早く共同浴場に行きたい。リエンの部屋にもシャワーはあるが、あくまでも人間用のため高温には対応していない。早めに行けば他の利用者とはあまり会わないだろう。昨日が昨日だから、なるべく誰かに会うようなことは避けたいのだ。
「風呂で洗った後、コンビニだな」
 リエンは手提げ袋を手に取り、スマートフォンを入れる。基本的にスマホと財布と部屋の鍵しか入っていない袋のため、それさえ入れれば出かける準備は完了だ。部屋から出て扉に鍵をかけ、転落防止の安全柵を乗り越える。ここは二階だが、飛ぶことができるリエンには関係ない。一度ルナを背中に乗せてここから飛んだことをふと思い出す。あの時はお互い昨夜のようなことになるなんて思ってもみなかっただろう。どうにも何を思い出したところで昨日のルナとの行為につながってしまう頭になっている。流石に頼めるような勇気は持てないが、願わくばもう一度やりたいと思ってしまう自分は自覚できた。
「着いたか」
 プレハブをいくつかつなげたような簡素なつくりの建物。ここで畜産所をやるためにアースが設置を決めた浴場だ。職員であれば自由に使うことができるし、従業員以外も格安で使えるようにすることで地域とのコミュニケーションの場にもしようという狙いのものだ。ただし朝は従業員くらいしか来ないし、その朝でもかなり早い時間だから受付以外誰もいないだろう。
「よう」
「お、リエンか。随分早いな。今日も仕事か?」
 受付の男性と軽くあいさつを交わす時も、相手からは若干距離を取り気味である。気づかれたくない汚れがこびりついているのだから、多少失礼気味になるのは仕方ない。受付はリエンにロッカーのカギを渡す。
「ああ。今日は普通の日だけどな」
「一応、今日は祝日だ。まあ仕事柄関係なくなるけどよ」
 受付の冗談から逃げるように、足早に浴場に向かう。いつもだったらもう少し乗り良く対応していただけに、逃げる様で申し訳ないと感じるリエン。ちなみに生物を飼い続けていなければならない畜産所の宿命から、土日祝日でも常に誰かしらは出勤している必要がある。逆に平日でも休めるという部分もあるが、つまりは平日土日祝日の別が無くなる……男性の言う「仕事柄」である。
 受付を抜けるとすぐに、暖簾が下がった入口が「三つ」ある。手前の青い暖簾には「冷」と書かれてあり、その次の緑のものには「温」とある。ここから一番奥の赤い「熱」の暖簾までが長い。リザードンであるリエンは入ったことはないが、この「温」の部屋だけは人間が入る場所であるため他の二つとは違うと聞いている。話だと中で男女に分かれている上、さらに脱衣所も他より大きく備えている。そのためこの間だけどうしても広くなってしまうのである。
「うん、誰もいないな」
 従業員はルナも含めて全員が「温」であり、リエンのみが「熱」を使う。そして「冷」を使う従業員はおらず、どちらも畜産所にとっての必要性は非常に薄い。だがこの国の法令基準により結局は設置しなければいけないため、朝は基本リエンの貸し切り状態になっている。勿論気まぐれに早朝に来たい従業員以外の炎ポケモンに鉢合わせしないとも限らないが。
「006と」
 リエンは鍵のついたベルトを見て、ロッカーの番号を確認する。ここに入るのは限られた炎ポケモンと、たまに人間の付き添いのみ。そのためロッカーは小さい。リエンはロッカーに荷物を入れて鍵をかけると、ベルトを手首に巻いて浴場に向かう。
「とりあえず、早く流そう」
 出勤前の従業員は、必ず上がる前にもシャワーで体を洗う。浴槽に入る前は当然だが、これは「極力汚れを落とした状態で畜産所に入ってほしい」という目的で定められたルールである。ここの他にも汚れを落とす装置は畜産所内に点在している。
 シャワーのノズルを取って先を壁に向け、コックをひねる。出てくるのは一晩誰も使ってなかったのがわかるぬるま湯だ。浴槽に張られている湯等の影響でここの室温は他よりも高いが、それでも冷めるのは仕方ない。なおこのぬるま湯は「温」を使う者たちには「もうちょっと熱くてもいいかな?」程度の温度だが、リエンら「熱」を使う者たちにはとんでもない冷たさだ。指先で温度を確認して、熱湯に切り替わるのを待つ。
 いつも通りすぐに切り替わったので、ノズルを頭に向ける。上から順に流していき、首、次は胸だ。この辺から乾いた精液の汚れが出てくる。背中や翼の方も流しながら、胸や腹の汚れを落としていく。
 内股の汚れを流したところで、次は股間だ。スリットを指で開いて汚れきった逸物を取り出し、精液を丁寧に流していく。普段だったら慣れていてそこまで刺激にはならないが、今日だけは何となく気になる感覚があるのはしょうがない。そして尻尾。特段汚れているわけではないが丁寧に洗っていく。
 先端の炎だが、尾の方から燃料だけでなく「酸素」も供給されているのでまともにお湯をかぶせても消える心配はないらしい。リエンもアースから「燃焼の三要素」について聞いており、例えば「冷水を長時間浴びせ続ける」ような状況が無いようには気を付けている。
 一旦シャワーを止めて、次はボディソープだ。人間のように体毛の部分と肌の部分が分かれているような種族は、シャンプーとボディソープを使い分けなければならない。だがリエンの場合全身(鱗とは言っても)肌であるため、ボディソープオンリーでいける。
 表面に延ばして擦って落とした汚れと一緒に流す。今はどうも思わないが、初めて見た時はその仕組みに目を丸めた。ただしネット上で読んだ記事によると「体に必要なものまで落としてしまう」要素もあるので、ボディソープは使うのは朝のみにしている。夕方も昨日のように一日の汗と汚れを落としたいが、その時はシャワーだけにしている。体のためだから仕方ない。
 頭から肩から洗い終えると、次は翼だ。拡げたら先端に届かないし、畳んだらそれはそれで洗いづらい場所が出る、何より爪で翼膜を傷つけてしまわないように気を付けないといけない。骨の折れる部位である。
 翼さえ終われば後は楽である。手の届かない背中も尻尾を駆使すれば楽に終わる。衛生面についてはアースから厳しく指導されているが、それ抜きにしても慣れれば全身を一通り刺激しておく習慣は悪くないと思った。
「さて……今日も頑張るか」
 シャワーで流している間に昨晩のことは頭から消え、これから向かう仕事に気持ちが切り替わった。シャワーのコックを閉じてノズルをフックに引っ掛けると、ひとまず全身を震わせて水滴を払う。高温なのでこのまま拭かなくても浴室から出るまでに自然乾燥しそうだが、残っていたら後から冷えてくると気分が悪い。浴室から出た脇には共用のバスタオルが山にされているのだが、さっき体を洗ったのと同じ要領で頭から順に拭いていく。準備完了だ。



「おはようございます」
 事務所の入り口に入ろうとする年配の男性に、リエンはいつものように挨拶をする。向こうもいつものように笑顔を返す。
「おはようリエン君。今日は早いね」
「ちょっと早く目が覚めたんです。まあいきましょう」
 リエンと男性が入ると、そこは壁で密閉された通路だ。男性は靴を脱いでリエンは足をマットで拭うと、その瞬間通路中に風が吹きすさび始めた。いつの間にかセンサーで作動するのもリエンはもう慣れている。壁には何カ所にも空気の噴射孔がついており、この風で細かいごみを飛ばす。通路の奥にはもう一つ扉があるのだが、その手前で霧状の消毒薬の歓待を受ける。やや引火性らしく、リエンの尻尾の炎に反応して消毒薬は軽く音を立てる。
 疫病対策の一環でアースが設置したものであるが、風等のおかげで誰かと一緒にいてもこの間は会話ができないのがネックだ。とりあえず出勤時の朝の疫病対策セットはこれで終了。リエンは男性が扉に入ったのに続く。
「俺くらいの年になるとこういうのをやるにも抜け毛が心配になるんだよね。そういう意味では鱗肌のリエン君が羨ましいよ」
「いえ、マズンさんは全然禿げそうな気配無いじゃないですか。俺の方は毛の代わりに古い鱗が落ちることもありますけど、年寄りは再生する鱗の張りを気にするらしいですよ?」
 リエンはアースのトレーナーとしての旅立ちの仲間で、生まれて割とすぐ旅立ったので家族のことはあまり知らない。この話は旅の中で会った他のポケモンの話である。アースが他のトレーナー等と会話をしている間、リエンたちはリエンたちで相手のポケモンたちと会話したりしていた。野生でいたわけでもないので知る機会はそういう場面に限定されていたのだ。
「なるほどね。人間の言葉を話せるポケモンはいないから、こういう話は貴重だね」
「逆にポケモンの側ももう少し人間の言葉を覚える努力しろって思いますよ、まったく。いくら人間側が喋れなくても大丈夫な社会を築いているからって、それに甘えすぎてる連中多すぎです」
 リエンにしてみれば旅当時の仲間のネプですら人間の言葉を覚えようとしないのは若干呆れている。むしろ生まれ持った「声帯」で見ればラプラスであるネプの方が有利なくらいなのに。などというちょっとした私憤は、このマズンという男性職員相手だとついつい口から出てしまう。口出しするも反発するもないマズンの温和な人柄は、リエンにとっては癒しだ。
「まあ流石に畜舎のポケモンが話すようになられたら色々えげつないけどね」
「こ、怖いことを言わないでください! 出荷の時の罪悪感がさらに上がっちゃうじゃないですか!」
 ここで「出荷しないで飼い続ける」という選択が出ない点からも、彼らにとって「屠畜して肉を出荷する」という流れは当然のものになっているのはわかる。モノズはじめ畜舎のポケモンたちを殺すことには罪悪感はあるが、それでも店先で肉が並ぶのを待つ人のことを考えると手を止めるわけにはいかない。
「でもまあ、出荷までの日数を考えるとそこまで喋れるようになるとは考えづらいかな?」
「モノズで孵化から60日が出荷目安ですからね。その短期間で覚えられたら、何年もかけた俺の立場が無いですね」
 リエンは言いながらも、一方で「人間の言葉を数年で喋れるようになれた」ことには自負がある。種族的に見れば知能は高い方でも低い方でもないし、ラプラスのように歌の技を多く覚えたり細かい声を調整する能力に長けているわけでもない。リザードンでやるということが世間的にはどちらかというと無茶なのだ。リエンの場合はそれを認めてくれるアースがいたおかげというのも大きい。リエン自身が「リザードン」の枠で見れば頭がいいというのもあるが。
「でもまあリエン君が先生やればモノズたちももう少し早く覚えるかもしれないよ?」
「やめてくださいって。出荷の時に恨みが畜舎中にこだましますって」
 出荷の時は畜舎内は異様な雰囲気が充満することになる世界だ。出荷するポケモンを一匹ずつ引きずり出して、刃物を手に急所を突いて殺して回る。そんな阿鼻叫喚の世界で殺される側が言葉を放てるような状態だったらこちらまで死にたくなる。リエンは他のポケモンに言葉を教えたことはあるが、ここまで不毛な相手には教えたくない。
「やっぱりルナちゃんのようには教えないか」
「当たり前ですよ。ルナは……ん?」
 マズンがルナの名前を出したことで、一歩遅れて頭から消えていたことが再点火した。今日もこの後ルナが来る予定なので、当然昨晩の記憶を共有した状態で顔を合わせなければならない。今の今まで忘れていた自分の単純な頭が恨めしい。どんな顔でルナに会うべきか、周りにはどんな顔でふるまおうか。頭の血の気が引いている。
「リエン君? 何かあったのかい?」
「あ、あ……いえ。別に大したことじゃ」
 しどろもどろでひとまず平静を装うことにするが、全然装えてないとリエンも思った。マズンも何かがあったのは一目でわかったが、追及してはいけないという直感が働いたらしい。
「うん、そうだよね」
 その一言で終わらせて、さっさと自分の席に着くことにした。仕事の意見の違いで喧嘩になったとか私物の貸し借りでトラブルがあったとか、そんなところだろうと妥当に予想するにとどめた。実際にあった性行為など浮かびもしなかったくらい、リエンとルナの関係はそれまでは普通だったのだ。
「おはようございます」
「おはようルナちゃん」
「……おはよう」
 噂をすれば何とやら、機械の噴射の音に続いてルナが入ってきた。彼女もまたコンビニの袋を下げて挨拶の調子もいつも通りだったが、リエンの姿を見てわずかながら体を震わせた。それに対してリエンは目線も向けず、ただ罰が悪そうに挨拶を返すのみ。脇で見ていたマズンは「やっぱり何かあったか」とは思いながらも、それ以上追及しないのは性格ゆえである。



「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします」
 アースは今日のメンバーが並ぶ前に立ち、いつも通り朝礼を始める。ホワイトボードの脇で今日の作業の割り振りを説明する姿は、若いとはいっても堂に入っている。
「それで今日の作業、マズンさんは……」
 その一方で、リエンの頭には全く説明が入ってこない。時々ルナの方を見るが、ルナもルナでうつむいたままだ。とにかく気まずい。このまま一緒の作業に入れられたら真綿で首を絞められるような一日になる、せめて一緒の作業は外してくれと思いつつ。
「それでリエンは、ルナと一緒にモノズ舎で。後で詳しく説明する」
「……はい」
 意気消沈した声で綺麗に揃った返事のリエンとルナ。他のメンバーも雰囲気でリエンとルナの間に何かあったと感じていたらしく、しかしアースのこの無慈悲な指示に吹き出しそうになっていた。
「……何か連絡や質問等はありますか?」
 そんな様子に気付かないほどアースも鈍感ではない……のだが、リエンやルナが何も言わなければどうしようもない。この一言はいつも通りなのだが、若干強い口調で話すことを促してはいた。とはいえここでまさか「誤解から性行為に及んでしまい気まずいので」などと言えるはずもなく。
「……無いようでしたら、今日も一日よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします!」
 他のメンバーからも特に連絡が無かったので、アースはいつもの挨拶で朝礼を締める。ここからはそれぞれ慣れたもので、用意されていた着替えや軍手を手に三々五々作業現場へ向かう。アースも目くばせしつつ事務室へと向かったので、リエンとルナもそれに続く。
「……お前ら、大丈夫か?」
「ああ、問題なく……」
「別に、何てことは……」
 事務室に入るなりアースはリエンとルナを何度も見比べる。しかしその追及に関してはこの少しの間に気構えできていたらしく、リエンもルナも特に何を答えるでもない。アースからすればリエンに関しては昨日の夕方のやり取りがあるのでなんとなく理解できなくはないが、ルナまで揃ってということになると別の理由を心配せざるを得ない。
「まあ、それなら……だ」
 アースは手元の机に乗せた段ボール箱に目をやる。抱えないといけないような大きさの段ボール箱には、彼らにとっては見慣れたロゴが描かれている。主要な機材の取引先のものだ。
「給餌システムのパーツが届いた。モノズ舎のおかしくなっているやつを付け替えて欲しいんだ」
「あー……二つ。片方は予備か?」
 見れば段ボールは二個重なっており、それをフィルムで巻いてまとめられている。この時点でルナは気の抜けたような顔をしている。ついていける話からは若干遠ざかっているらしい。
「それは大丈夫か。このパーツの置き場はリエンはもうわかっていると思うから、片付けの方も頼むとして……取り付け作業の方だ。昨日の試運転の失敗も踏まえて……」
 説明しながら、アースはフィルムを破いていく。試運転の失敗に関してはリエンとしては若干悔しい内容の話ではあるが、今度は失敗は避けたい。確実にそうなるとは言えないが、真新しい部品を失敗で破壊まで至ってしまっては目も当てられない。それでも予備はあるのだが、その前に古い部品でも昨日は壊れなかったのだが……避けれるリスクはとにかく避けなければならないという話だ。
「なんか、ポケモンに出す指示じゃないよね?」
「……それに関しては、すまない」
 そんな指示が自分たちに来る理由はルナもよく分かってはいるが、それでもといういつもの不満を口にする。それをいうルナの表情がいつもの感じだったのを見て、リエンはこれには驚かされた。そこまで気にしてはいないのか、それとも水に流すことに努めているのか。いずれにせよ仕事はいつも通りにやらないといけないと、リエンもリエンで気を取り直すことにした。



「……そして、やっぱり出ているぜエラー」
 モノズ舎の入り口で出勤時と同じ風と消毒の待遇を受けると、まず最初に入るのは制御室。制御盤の様子は真っ先にチェックするようにアースには言われているのだが、普段は点いていない大きめな赤ランプの点灯が目立つため否が応でもわかる。
「昨日修理したところ?」
「ああ。どっちにしても付け替えだったからちょうどいいって言えばそうだが……」
 とは言いつつもリエンの気は重そうだ。中で餌が飛び散っている光景が目に浮かぶからだ。昨日の修理もあくまで今の部品が来るための繋ぎなのだが、それにしてももう少し持ってくれたっていいじゃないかと思えなくもない。
「とりあえず、気を取り直して始めるか。工具一式な?」
「うん、いつもの箱だよね?」
 ルナは制御室の片隅に置かれたケースに手を掛ける。ここで軽く引っ張ったところで一瞬だけ手を止める。以前ふたのロックがかかっていない時に引き上げようとしたため、そのまま工具をぶちまけたことがあるのだ。その反省としてこうして慎重に動くようになったのだ。アースに注意されたりしたポイントにしてもだが、畜舎の中は注意しなければならない場所が沢山である。ひとまず台車にかごを乗せ、籠の中に工具セットのケースを入れる。
「ブレイカーも切ったし、作業に移るぞ!」
「うん……相変わらず早いな」
 ルナが言い終わる頃には、リエンは部品をはじめ必要に「なりうるもの」を全部籠の中に突っ込んでいた。この辺の手順への慣れにはルナはいつも思い知らされるばかりである。
「よし、行くぞ!」
「待ってってば、リエン君!」
 リエンは台車を押して駆けだす。その後ろに続くルナ。お互いに気を取り直そうとしている部分はあるにしても、いつもと変わらない姿に落ち着いているのはその前の長い時間の方が大きいからだろう。
「そしてまあ、やっぱりだね」
「とりあえず、パイプの残りを外すか」
 リエンが予想した光景が広がっていた。ぶちまけられた餌は床もそうだが、近くのモノズたちも被っている。しかしモノズたちはそんなのお構いなしという様子で、桶の餌を平然とむさぼっている。この無神経さと餌への執着こそが肉体的な成長速度につながっており、それはイコール食肉の生成速度だ。生成速度が早ければそれだけ効率良く出荷できるということである。
「脚立だ。それと17のスパナ2本な?」
「わかった」
 場所は天井近いのだが、飛びながらやるという発想はリエンには無い。安定した高さでホバリングというのは難しく、スパナ等の作業と同時進行など困難を極める。周囲のモノズたちに風をまき散らすのも生育的にはストレスとなりあまり良くない。重いパイプの一辺がずり落ちるのに、踏ん張りが利きづらい空中というのもネックになる。
「はい」
「ああ。じゃあ押さえていてくれ」
 脚立を開いてスパナも受け取ると、リエンはパイプを押さえる残りのボルトに手を伸ばす。ルナは下からその様子を見ながら、外し終えたパイプが派手に倒れないように押さえている。
 今はリエンも、まっすぐに目の前の機械に向かっている。慣れた作業ではあっても表情は真剣だ。緩めていくボルトとナットを見つめるリエンの目に、ルナは少しずつ見入ってしまっていた。昨日のようなことをする相手には全く見てはいなかったが、それでもこういう姿は魅力あるものだというのはわかる。もし「もう一回」と訊かれたら首を振ろうと心には決めているが、それでも自分はリエンのことは嫌いにはなれない。昨日のことは……忘れてしまえ。そんなことが頭の中で延々と巡り続け……。
「ルナ! ルナってよ!」
「あ、うん!」
 すでにボルトを全部外し終え、何度も呼んでいるリエンに全く気付かなかった。パイプを支えながらもこちらを見るリエンの表情はかなり心配げだ。或いは昨日の件を許してもらえないんじゃないかという不安も見て取れる。ひとまず気を取り直し、声を掛け合いパイプを下すところだ。転落したりしないように気を付けなければならない。



「なんか、疲れたな……」
 一日の作業は無事に終え、ルナは自室のベッドに横になる。シャワーで一日の汗と汚れは流した。しかしそれでもリエンの顔だけは頭から消えなかった。一日中リエンの顔を見ては、妙な高揚を覚えることを繰り返していた。
「どうしよう……嫌いじゃなかったんだよな……」
 枕に顔を押し付ける。体中が熱いのはシャワーの熱のせいだけではない。普段の仕事でのリエンの真剣な表情と、昨夜の欲望に任せた表情。どちらも同じ相手のものだと繋がらないはずなのに、今は頭の中で綯い交ぜになっている。
「あんなこと言っちゃったよ……」
 昨晩リエンの部屋から出る際に放った「二度としないで」の一言。その場は勢いで放ってしまったが、ここまで後悔することになるとは思わなかった。自分も二度とできないということだ。リエンの顔の次は欲望のままに突き上がるそれが頭に浮かび。自然に股座に手が伸びそうになる。
「戻れなくなっちゃう……!」
 その手は寸でのところで止まり、どうしようもなく頭を掻きむしる方へと進む。リエンと違い自慰すらも徹底的に忌避してきたルナにとって、昨夜のリエンとの行為は強烈だった。まさか一晩経った今体が強烈に要求してくるなんて……。
「もう……どうすれば……うん?」
 聞きなれた携帯電話の着信音とバイブ音は、ベッドの脇から聞こえてきた。どうしようもなく悶えている間に蹴飛ばしたか何かで落としたらしい。ない物にすがるような思いで拾い上げた瞬間、呼び出し時間が切れたらしく鳴り止んだ。誰だろうかと起動した瞬間、まずは時刻に度肝を抜かれた。
「八時半? もうそんな時間?」
 特に残業も発生せずに帰ってこれたので、六時には部屋にいた。食欲は無かったにしてもシャワーだけは浴びた……その時間を差し引いても軽く一時間以上はベッドの上で悶えていたらしい。とりあえずスマホ画面をタップする。ルナはあずかり知らぬ話だが、リエンと違って爪が露出していない手であるためこの類のものは操作しやすい。
「で、誰だろう?」
 着信履歴をタップすると、そこにはリエンの名前が入っていた。しかも二度も。三十分ほど前にも一度電話して、今もう一度掛けなおしてきた格好だ。
「リエン君……どうしたんだろう?」
 以前であれば「夕食でも一緒に」なんて誘われたことはある。だが昨日のことがあるからまさかあんまり誘い出すことはできないだろうし、そもそも夕食に誘うには時間帯として若干遅い。
「とりあえず、出ないとわからないよね」
 想像してしまうものはあるが、まずは話を聞かないとわからない。単に昨日のことのお詫びかもしれないし、或いは誘い出して隙を見てレイプしに来るかもしれない。流石にそこまでは無いかもしれないと思いつつ、でもリエンのものに期待してしまう自分も自覚できた。ルナが発信すると数秒のコールの後にリエンとの通話がつながった。
「ああ、ルナ……何度も悪いな」
「ううん。それで、なに?」
 電話では波動は伝わってこない。隣の部屋だから波動は読めそうなようで、ルナでも全く歯が立たない。これもプライバシー等のためか法律により、寮とかで壁を作る際はそういったものはシャットアウトする素材を使うように決められているためである。どちらにしても今は気持ちが乱れきっていて、よっぽど目の前にいても波動を読む能力は使えないだろう。
「その、な……。ちょっと俺の部屋に来て欲しいんだが……」
 リエンの一言と同時に頭に浮かんだのは、欲望にいきり立ったリエンの雄のものであった。そのまま言葉を失うこと数秒、ルナは頭を振る。昨日の今日でまさかそんなことあるまいと、とりあえず自分に冷静になるように促す。単に改めて詫びるために呼び出すなら、そんなことになるなんて期待するわけにはいかない。もし部屋に入れて隙をついて手籠めにしようというなら……今度はどうしようか?
「うん、わかった」
 この悩む時間はかなり長かったような気がするが、その間リエンは一言も発さなかった。向こうとしても昨日のことがあるため、無理強いどころか最低限のことも言えないくらいだったのだろう。
「じゃあ、鍵は開けておくぜ?」
「うん」
 波動は読めないが、若干安心したのがその口調からは聞き取れた。話は成立し、どちらからともなく通話は切られた。表示された通話時間は10分を超えており、ルナは自分が無言のまま相当悩んだことに息を漏らす。ここでまたさらに待たせるのは悪いのでと、ルナはさっさと立ち上がる。
 まさか部屋に行ったらとんでもないことになった、なんてなったら今度は流石にどうにかしてくれようと思いつつ。そうなれば流石に今度は自分の気持ちも冷めるだろうと信じつつ。足早に部屋から出たのは決して期待からくるものではないと自分に言い聞かせて。部屋に鍵はかけるけど、この後が長くなるなんて思ってはいないと自分を信じ込ませ。自身が先走った頭になっている自覚は、全くなかった。



 ルナはリエンの部屋の扉に手を掛ける。言われた通り鍵は開いており、扉は普通に開いた。
「リエン君……?」
 入るなり、リエンの尻尾の炎が目の前の床にあった。リエンはドアのすぐ先で背中を向けたまま立っていた。大丈夫、この位置関係ならまだ襲われる心配はないとルナは思いつつ。
「ルナ、来たか」
「うん……どうしたの?」
 ルナの問いが終わるのを待たず、リエンはこちらを振り向き。そのまま猛然とルナの足元で再び土下座する。その時には既に体の下に隠れて再び見えなくなっていたが、振り向きざまにリエンの雄がすっかり出来上がっているのははっきり見えた。
「頼む! もう一度、やらせてくれ!」
 ルナは絶句するほかなかった。やらせてくれに「何を」とは言わなかったが、ここでそれが何かわからない方があり得ない。欲望のままに襲ってくるようなことはしなかったが、それでもその欲望を隠すことはしなかった。
「……本で、どうにかできないの?」
「それが……頭がお前のことばっかりになって、本じゃどうしようもなくなっちまったんだ!」
 この瞬間には、ルナはリエンに哀れさすら感じてしまっていた。その「本じゃどうしようもなくなった」原因である行為は、リエンだけでなく自分にも原因がある誤解から始まったものだ。それをルナからは何も言ってないうちから土下座までしてしまっている。わずか一日しか経っていないというのにここまで追い込むほどになるなんて……。しかもそうはいっても頼む内容は内容なので、立場的にはルナは「変態」の一言で頭を蹴飛ばして出ていくこともできるのだ。ここまで哀れな姿を見たことがない。
「は、あははははは!」
 ごちゃごちゃと頭の中がかき回されているうちに、ルナはもうわけもわからず笑い声をあげるようになっていた。この上にガチガチな警戒感を持って入ってきた自分の姿まで思うと、笑わずにはいられなくなったのだ。だがリエンにはそんなルナの頭の中のやり取りなどわかるはずもなく。ただ頭上で笑われているのを必死に耐えるしかないのだ。
「ふう……ごめんね、いいよ」
「ルナ?」
 またも十分以上笑い続けた末に、ルナもようやく気持ちが固まったらしい。そもそも電話が入る前はリエンの体を求めて悶々としていたくらいなので、そんな自分に素直になることもできるようになっていた。リエンは何もわからないまま、ひとまず顔は上げた。
「やらせてあげるから。いつまでも土下座なんてしてないで」
 言い終わるのを待たずして、ルナは既にリエンに抱きかかえられていた。こうなると早いものだ。ルナにしてみればいきなりだったので、目を丸める。
「そう言ってくれるんなら、遠慮はしないぜ?」
「ちょっと! だからって早くない?」
 全身を両腕で包み込むように感じられ、ルナは気恥ずかしさに襲われる。リエンの締まった肉質から伝わってくる体温は、炎ポケモンであってもそこまで暑苦しい感じではない。この時点でルナ自身もリエンの体に吸い込まれていたのだ。
「よく見ると可愛いって、なんで今まで気づかなかったんだろうな?」
「リエン君、まるで恋人みたいなことを言わないでよ?」
 リエンは昨日の続きとばかりにルナの体をそっとベッドに仰向けに寝せる。そして優しく唇を合わせる。舌を絡ませるような激しいキスではなかったが、お互いの呼気がその場で入り混じって気恥ずかしくなるルナ。
「いいだろう? これから恋人同士じゃないとやらないようなことをするんだから」
「それは、そうだけど……」
 さっきまで土下座して、あらゆる選択権を握らせていたはずなのに。たった一つの回答で逆に完全にペースを握られるなんて。とはいえ自室にいた時から願い思っていたそれはもう目の前で隠れてもいないわけで。胸は高鳴るばかりである。そんなルナの股座にリエンはまずはほぐすために手を伸ばし。
「やんっ!」
「ん? だいぶ出来上がってないか?」
 自分では触ろうにも触れずにいたそこを触れられ、それだけで全ての意識を突き飛ばされる。何も知らないリエンにとっては「いきなりの頼み」だったので、挿れる前にそこを慣らさないといけないものだと思っていた。触ってみて蜜が溢れているだなんて思ってもみなかった。
「変なこと言ってないでよ……」
「ん、そうだったな」
 リエンはひとまず追及はやめにする。ここで追及して「リエン君と交尾したかったです」と認めさせるのも一つではあるが、欲望にはち切れんばかりの自身の雄を放置してまでやりたくはない。爪の立ってない指をゆっくりねじ込んで、ルナの膣を押し広げていく。
「うううぅん!」
「まだ指一本だぜ? これから入るのはもっと大きいものだって、昨日のでそれくらいはわかってるだろ?」
 言いながらリエンは二本目の指を入れていき、まずは割れ目を縦に拡げていく。ルナは下半身は抑えていたが、上半身は蛇か何かのようにくねらせて悶える。蜜がだくだくと溢れているが、リエンのものの大きさを考えるとまだ拡げ足りない。もう片方の手を使って左右にも広げている。
「ひゃあああぁぁぁ!」
 その攻め手でついに絶頂に達し、秘所から派手に蜜をまき散らすルナ。部屋は既にルナの香りで充満している。その前からはち切れんばかりだったリエンの雄は、既に痛みを感じるまでに力んでおり。
「さ、て……そろそろ挿れさせてもらうぜ?」
「うん、うん……」
 投げ出されたルナの両足をまたぎ、向き合う格好となるリエン。凶器と言わんばかりの状態となった逸物を突きつけられたルナ。昨日も同じ状態にはなっていたが、目を開けていられなかったため見れなかった。大きさ以上の圧倒的な存在感に、それを自分に受け入れ切れるのか不安になりそうだ。
「いくぞ……!」
「う……うぅん!」
 リエンの指が複雑に絡みついてきた時とはまた違い、一撃が強力だ。ルナに気遣いながらではあるが、リエンのものはどんどん奥へと進んでいく。ひと押しするたびにルナの口から漏れる声が、リエンの気をさらに高ぶらせていく。
「ほら、見ろ」
 視界に映るものが全て霞んでいる向こうからのリエンの声で、ルナは瞬きを繰り返し視界を取り戻す。リエンが結合部分に目を下しているので言われるがままに見ると、あれだけの存在であったはずのリエンのものが根っこまで入っている。
「お前、全部受け入れてくれたんだな」
「正直ちょっと不安だったけどね」
 あれだけのものがこの中に入っているのかと驚いたルナだが、考えてみたら赤ちゃんが通る場所だから当然と言えば当然かと納得する。リエンによって押し広げられた部分は膨らんでいるが、よく考えると妊娠している状態ほどではない。嬉々として語るリエンには若干呆れなくはないが。
「さて……」
 あとは中に出すために前後に動かしてくる、ルナがそう思った瞬間左右の胸に何かが当たる。毛並みの上から軽くさすられたと思うや、次の瞬間には両方を鷲掴みにされ。
「り、リエン君!」
「雌にはここもかなり効くって聞いてるけど、どうだ?」
 リエンは左右の手でそこも遠慮なくまさぐる。バトル等で活動的にしていたためかはわからないが、ルナ自身は胸の膨らみの小ささには密かに思い悩んできていた。そんな場所をいきなり触れられ、刺激よりも先行する羞恥心に困惑するばかり。
「そんな小さいの、触らないで!」
「ん? 変に膨らんでいるよりもこの方が可愛いと思うけどな? それに、そうは言っても柔らかいじゃねえか」
 揉み込むように立てたリエンの指は、無抵抗なルナの胸に食い込む。羞恥心が先行しているとは言っても、体は刺激の方には正直なわけで。揉まれるのに合わせてルナは全身を震わせる。その震えはルナの体深くまで入り込んだ雄槍を通じてリエンにも伝わり。
「うぐうううっ!」
「ひゃあああっ!」
 ここでリエンは絶頂を見た。精を吐き出し暴れまわろうとするリエンの雄は、しかし子種を搾り取ろうとするルナの体にしっかり抑え込まれ。どれほど続いたかもわからない射精の間も、リエンの雄が外れることはなかった。昨日のように外れなかったのは、リエンの方もあまり動いていない状態で達したのがあったからだろうか。
「くぅっ……ルナ、お前最高だ!」
「っ……。こういうことで褒められてもね……」
 リエンの絶賛に対して、ルナの返事は素っ気ない。野生でいたのは幼いうちだけですぐにアースに捕まり、その後の関心はバトルの勝敗から畜産所の安定に切り替わり。雄の関心を引くということには全く関心を持たずにきた。集中するために意図的に避けていた部分もあり、自慰すらも考えてもこなかったほどだ。自分が異性に惹かれる存在になる努力などしてこなかったのだから、ここで褒められてもまだピンとこないらしい。
「正直、これだと何発もいけそうだ」
「ちょっと……まだやるの?」
 リエンが足に力を込めたのがルナにもわかる。どうやらこの上でさらに昨日同様に前後ピストンするつもりらしい。実際蕩けそうなほどにルナの中を満たしたというのに、リエンの雄は全く萎えていない。
「せめてもう一発」
「勘弁してよ……」
 悪びれないリエンのおねだりにも、ルナははっきり断る。リエンは萎えていないどころか一度目のおかげで余計高揚しているくらいなのだが、相手が疲れ切っているとあっては無理させることはできない。
「仕方ないか……」
 両手をベッドに突くと、そのままゆっくりと雄を引き抜く。混ざり合った状態でまとわりついていたお互いの汁が、ベッドに音を立てて垂れる。リエンはとりあえずそれぞれの股についている汁をタオルケットの隅で拭い、その部分はルナには当たらないようにそっと被せる。
「リエン君……?」
「疲れたんだろ? 今日はここで休んで行けよ」
 言いながらリエンは、部屋の壁についたスイッチに手を伸ばし電気を消す。まだ尻尾の炎があって若干明るいが、それでもルナはすぐに寝れる気がしていた。その言葉に甘えて寝ようとしたその瞬間、リエンもルナの隣にそっと潜り込んだ。
「リエン君?」
「俺は明日は休みだから、気にするなよ?」
 それを言いたかったんじゃないと思ったが、もう言うのが面倒になった。結局最後までつながったのだから、もう今更恥ずかしがることもない。ちなみにリエンは休みだといったが、ルナの方は明日は出勤だ。畜産という仕事である以上休みが入れ替わりになるのは仕方ない。そうだ、明日があるのだからとも思い、ルナは残っていたわずかな意識もさっさと手放すことにした。



 それからというもの、リエンとルナは体を重ねることを繰り返すようになった。殆ど毎晩である。
「ルナ、孕んだ感じはあるか?」
 これで何度目の営みとなるかも数え切れなくなった夜、リエンは何となくルナに訊いてみた。もちろんそんなことがあれば、ルナは真っ先に教えてくるだろうとは思っていたが。
「うん、無いな……」
「まあ、グループが違うからな。でもやっぱりできないもんだったんだな」
 今しがた出したばっかりで、リエンは満足げだ。一方のルナは、答えの声のトーンが寂しげである。リエンは全く気付いていないが。
「リエン君……」
「なんだ?」
 リエンは自らの雄に絡みついている汁を布切れで拭いながら、ルナの声に答える。自分のを拭き終えたら次はルナの方だ。以前のようにタオルケットの端で拭くようなことは、流石にすぐにやめた。
「私……リエン君の子供、生みたくなっちゃった」
「えええ?」
 ルナの股を拭こうとした瞬間の一言に、リエンの手が止まった。今まではお互いに快楽目的だけで体を重ねていた関係で、少なくともリエンはこれからもそのつもりでいた。ルナもそのつもりだと思っていた、最初はそのつもりだったんだろうが気持ちが変わってきたのだろうか?
「ねえ、私とリエン君の間に子供を作る方法、ない?」
「そんなこと言われてもな。子供ってのも面倒だし……」
 そう言った瞬間、ルナの表情が変わったのがわかった。ルナ自身も無茶な要求だとは思っていたが、流石に「子供が面倒」という答えは落胆させるものらしい。これにはリエンも戸惑い、色々まごついた末に軽く息を吸い。
「面倒だから考えないようにはしてたけど、よく考えるとそれもありなのかな?」
 言いながらも取って付けたような自らの答えに呆れそうになっていたが、だがそれでもルナは嬉しそうにうなずいた。これだけ体を重ねて愛し合った相手に、落ち込んだ顔はして欲しくはない。
「まったく……まあだったら、俺の子を産ませるために俺だって何でもするぜ?」
「えー? でも交尾の回数を増やすとかそんなもんじゃないの?」
 リエンの言葉はルナにとっては嬉しいものだが、しかし「子を産ませるため」の方法での「何でもする」とあってはできることは限られそうだ。つい嬉しさのあまり調子に乗って出た言葉に、ルナは流石に手を合わせて詫びる。
「言ったな? だったらそうだな……ポケモンの生殖について徹底的に研究してやろうじゃないか。それを元にした方法を試して、お前に子供を産ませてやるよ」
「ええ? そんなことできるの?」
 リエン自身も言ってはみたが、本当に子供を産ませられるか自信はない。だがこのルナの喜ぶ顔を見たら、意地でもやらないといけない気がしてきた。人間でも研究なんてやるような者はなかなかいないというのに、ポケモンがそれをやるのだから余計大変なのは目に見えてはいるが……当然ルナもその一言にはびっくりしたが。
「大変だとは思うけどな。でも方法が見つかったら必ず協力しろよ? それと子供が生まれたら、ちゃんと育てろよ?」
 どうやら本気らしい。こうなると有言実行が身上のリエンは止めても聞かない。ルナも自分の一言でこうなるなんて思わなかったが、それでも素直に嬉しい。
「ありがとう、リエン君」
 リエンの後ろ頭に手を回し、そっと唇を重ねる。今のルナには「ありがとう」以外の言葉はなかったらしい。体を重ね続けていた関係だというのに、今更ながらにリエンは頬を染める。
「……とりあえず、基本的な知識からだな」
 ルナの体を拭くのもやめ、逃げるようにスマホに手を伸ばす。検索して知れるのであれば話は早いとかよりも、なんだか気恥ずかしくてルナの顔を直視できなかったのが実際らしい。



 次の日の休憩時間、リエンは事務室に足を入れる。アースが資料として購入し蔵書してあるものを読もうと思ったからだ。
「リエン? このタイミングで珍しいな」
「ああ。ちょっと本を読みたくなってな」
 いつもは休憩時間は休憩室で、他のメンバーと談笑したりのんびりしていることが主である。そんなリエンがこの時間に本を読みに入ってくるなど、今までなかった。
「そうか。勉強になるなら好きに読んで構わないが……いつも通り考え込みすぎるなよ?」
「……返す言葉もない」
 これに関してはリエンは閉口するほかない。困った事態になった例が多いので仕方ない。ちなみにアースにとっては直近の例は「神様の悪意」という話をして考え込んだ時になっている。実際には考え込んだのではなくルナと初めての交尾をしたからだが。あれから一か月以上は経っている。
「それと……来月の休み予定だけど、何かあったのか? 軒並みルナと被っているけど」
「い……いや、別に」
 畜産業の休みは土日祝日は関係ないため、出勤日と休日はそれぞれに違っている。このプラネ畜産所では全員で相談して休みが偏らないように入れていくのを基本としているため、同じ職員が連続して休みが被るというのはそうはない。勿論プライベートで同僚と遊びに行きたいなんてことで休みを重ねることもあるが、大抵の場合そう何度もは繰り返さない。リエンとルナの場合その「大抵の」関係ではないのだが、まだこの事実は誰にも話していない以上下手には言えない。
「今月分はまあ幸い出勤バランスから外れていないからいいけど、その辺はきちんと計算してくれよ?」
「ああ、ああ。それくらいはわかっているから」
 リエンは極力平静を装っていたが、背筋には冷汗がにじんでいた。ついつい休みの揃った日はデート気分で楽しんでしまっていたが、ここでばれたらどうなるだろうか? アースや他のメンバーを思うと少しからかわれる程度で済みそうな気がするが、それでもまだ関係を公表する気にはなれない。
「ま、まあ……とりあえず」
 リエンは頭(かぶり)を振り、気持ちを目の前の本に切り替える。何冊かタイトルを見ていくうちに「ポケモン畜産のための生態知識 親と卵孵化編」というものが見つかったので手に取って読むことにした。読み始めたリエンの本を見てアースは軽く息を漏らしたが、それ以上気にする様子はなく休憩の時間を過ごした。



 本に頭を悩まされながらも数日。その日は揃って休んだリエンとルナ。一緒に外を歩いているところを下手に見られたらこの関係がばれかねないと思い、リエンは一緒に外出するのは少し渋っていた。しかし一緒に外に出たいとせがむルナの目線には勝てず、結局近所のショッピングモールに飛ぶことにした。
「まあ流石に……目立つよな?」
「いいじゃない。気にしないで行こうよ」
 人間に連れられているわけでもないリザードンとルカリオが、しかも人間の言葉を交わしながらショッピングモールを歩く。目立たない要素が皆無のためリエンはかなりたじろいでいる。一方のルナは周囲の目線などお構いなしに歩いている。かなり嬉しそうだ。
「とりあえず、まずは朝ごはんかな?」
「ああ……この時間に安いやつ出てるかな?」
 休みということで少し寝過ごしたため、彼らはまだ朝食をとっていない。食材売り場に向かおうとするリエンの腕をつかみ、ルナはまだ客の少ないフードコートを指差す。ノリは完全にデートだ。リエンはたじろぐ一方だが、ルナの目を見るだけで選択肢はなくなる。
「ココアとチョコクレープお願いします」
「俺はノメルティーとホットドッグで」
 ルナの選んだ組み合わせには若干苦笑するリエン。食べ物も飲み物もカカオで揃えていることに、しかし突っ込みたい気持ちは飲み込んだ。それぞれに支払いを済ませ、適当なテーブルに陣取る。スマホのカメラの音が時折聞こえる気がするが、それはもう気にしないことにした。
「やってることはもう完全に人間だよな、俺ら」
「今会ったら、私の家族はなんて言うかな?」
 ルナの一言に、リエンは何となく「家族」というものに思いを巡らせてみる。研究施設で生まれてすぐにトレーナーになるアースに引き取られて、血の繋がった家族というものは知らない。アースやその一家に迎えられて、そこにあった関係がずっとリエンの中の「家族」像であった。もしルナが自分の子供を産めば、リエンにとっては初めての「血のつながった家族」になるのだが……。
「んー? ルナに会ったハクダンの東……あそこにルナの家族はいるのか?」
「うん。もうどういう家族状況になっているかはわからないけどね」
 リエンもなんとなく、野生の寿命や世代交代のスパンは人間社会で暮らす場合と比べて圧倒的に短いとは想像している。勿論食肉として出荷される家畜ポケモンたちを計算に入れたら話はまた変わるだろうが。聞いたリエンには若干重い話だったが、ルナの方はそこまで気にせず語っていたのが救いか。
「私が生まれた時家族で一緒だったリオルはみんな雌だった。雄も生まれてくるんだけど、最後はみんな人間の前に飛び出していってそれっきり。雄と雌の気質の違いだろうって、お母さんも呆れてた」
「ん? ちょっと待て? ルカリオが生むリオルっては、殆どが雄で雌は八分の一だぞ?」
 何となくルナが語った家族構成に、リエンは首をかしげる。リエンたちが来るまでは客がほとんどいないフードコートだったが、会話ができる珍しいポケモン二匹に釣られて野次馬だらけとなった。そこに店員が「お食事のお客様の迷惑になりますので」と野次馬たちに解散を掛けたのだが、それでも一部は食べ物を注文することで「客」として残った。リエンたちの周りの席は完全に埋め尽くされているのだが、リエンはその光景を必死に見ないようにしている。
「なにそれ? 私はお兄ちゃん五匹でお姉ちゃん六匹だったけど? まあその五匹のお兄ちゃんみんな人間のところに出ていっていなくなっちゃったけど。でもその数字は流石に冗談でしょ?」
 ルナの家族構成はリエンの言った数字からは程遠い。そもそも種族の特性で「雌が異様に少ない」なんてあった場合、代を経るごとに個体数が激減していずれは野生絶滅となるだろう。もちろんリオルが八倍の繁殖速度をもつのであればこの限りではないが、そういう種族ではない。ヤトウモリやミツハニーのような種族とは話が違う。
「いや、育て屋で生まれた相当数のポケモンを追跡して取ったデータだし、野生での出現数も統計取っているから間違いはないはず……どういうことだ?」
 リエンが言った数字はあくまでも「確率」であるから、偶然に偶然が重なってルナの言うような家族構成になるというのも考えられなくはない。だがリエンはもう一歩ひっくり返しても考えた。この兄弟で人間の前に姿を現した結果を見ると、ルナを含めると雄が五匹で雌が一匹。あくまでも「人間側から見れば」リエンが言った確率に近いだけで、ルナの言う「気質の違い」から野生には人間には見えない雌が存在しているという話になる。
「よくわからないけど、野生のポケモンと人の社会のポケモンとで生まれる性別の比率は変わるってこと?」
「もしそれが正しいとしたら、何が原因でそうなるんだ? 野生にあって人間社会にないものって……」
 そんなものあるのだろうかと思い、勢いヒントを求めて周囲を見回す。野生にしかないものなどこんなところにあるはずがないかと思い目線を下げたその時、あるものがリエンの目に留まった。注文を受け取りに行った野次馬の一人の腰に下がっている球体。発想とは逆の「人間社会にあり野生にはないもの」だった。
「モンスターボール……! 人間社会にいるポケモンは、基本的にモンスターボールに捕まっている!」
「え? でもそれって野生出身で捕まったポケモンの話で、育て屋とかで生まれたポケモンはボールは無いんじゃ?」
 この瞬間には、リエンも若干テンションが上がりだしていた。野次馬たちも最初は「ポケモンが話せるなんて珍しいから」程度の感覚で聞いていたため、何やら考察をし始めたことで表情が変わりつつある。リエンにとっては遠い外界の話となっているが。
「お前、知らなかったか。育て屋とかで見つかった卵が孵ると、割れて飛び散ったはずの殻は自然と集まってボールになるんだ。そしてそのボールの種類は、親のものと同じになる。俺の場合親が通常ボールだったから、俺も通常ボールを受け継いだらしい」
 これはリエン自身の経験ではなく、読んでいた本から引っ張ってきた話である。ちなみに本には「トレーナーの中にはポケモンが入っているボールに拘る者もいるため、このボール遺伝も無視できない話ではある」という記述もあったのだが。
「でもそれ、卵で生まれる種類の話だよね? 私たちは『胎生』ってやつだから卵じゃないよ?」
「マジかよお前! 育て屋とかではリオルも卵から孵るんだぞ! ちょっと待て……野生と人間社会でこんなに体質が変わるのか?」
 育て屋等で生まれるポケモンについては、ルナはここまで知らなかったのかというのが最初の驚き。だがその次に「ルナの場合野生で見た別の条件下での知識が邪魔しているのでは」というブレーキがかかると、今度は野生と人間社会との差に驚かされる。
「でもそんな体質の変化があったら、普通に気付くよね?」
「ポケモンの方はな。だがそれを人間に伝える機会がなかったとしたら? 人間の言葉を話せるポケモンが珍しいってのは、この通りよくわかるだろ?」
 ここで今更ながら、リエンは周囲の聴衆をルナに指差し示す。リエンに言われて野次馬たちも若干罰の悪そうな様子を見せ、何人かは撮影に使っていたスマホをしまうのも見えた。しかしここまで聞いてしまっては、彼らも立ち去るに立ち去れない。
「それで、だ。これだけの体質の変化が起こるってことは、他の変化も起こっているかもしれない。例えば俺らの願いの障害になっているやつも、そのせいかもしれない」
「タマゴグループ……!」
 ルナが口走った単語に、何人かが吹き出したのが聞こえた。リエンはそれには若干申し訳なさそうな顔をする。聴衆のど真ん中で自分たちが性行為をすることを想像させる単語を出せばこうなると、リエンの方はわかっていた。だからわざわざ「願いの障害」などと遠回しな表現をしたのだが。勿論全ての人間が聞いて吹き出すとは思っていない、吹き出すのは「そういう方向に」想像力が豊かな者だけだとは思っているが。それでもこれだけ数がいるのだ、その想像力豊かな者がいるのも当然である。
「……グループが違っていても、性別に関する技や特性は有効だからな。俺らのような『子供はできないけど仲良くなる組み合わせ』も、前例はあると思うぜ?」
「そういえば確かにね。リエン君……昔のジムバトルでメロメロを使われた時も、緊張もプラスしてボロボロにされるまで動けなかったよね」
 周りの野次馬の反応に囚われていても仕方ないと、リエンは気を取り直して話を続けた矢先の一言だった。ルナの今の一言で噴出した被害者は、先ほどよりもさらに多い。しかもルナは二度にわたる野次馬たちの被害を気にしないばかりか、もう終わった話の方に気持ちが入り込んでリエンに冷たい目線を浴びせるほどだ。とにかく話は切り換えないといけない。
「……で、それを証明するためにどうするかだ」
「アースが私とリエン君を『逃が』せばいいんじゃないの?」
 ここからの行動をどうするかであれば、これ以上ルナも踏み抜くことはないと考えて話を切り替える。今度は変なことにならないまともな答えだったのに安心しつつも、リエンはあっさりと首を振る。この辺はリエンがアースから聞いた法関連の話である。
「一応……所謂『逃がす』ってやつはあくまで『そのトレーナーが』所有権を捨てるだけで、次の引き取り先を探すためにお役所に移されるだけだ。当然ボールも解除されない」
 さらに言えば、この「次の引き取り先」の中にはプラネ畜産所も含まれている。病気等一通りのチェックを受けた後ボールの状態で食肉用ポケモンたちが搬入され、ボールは役所に返却してそちらの方で解除されるのだが。この辺は業務に関わることでもあるので流石に聴衆が集まる中では言えない。
「ボールの解除のための装置は特殊だから、個人のトレーナーが持つことはそうそうない。アースの知り合いを相当辿っても無理だろうな。そうなると、俺らのボール解除には役所を動かさないといけない」
「ちょっと待って? その役所を動かすために頑張っても、タマゴグループに関しては外れってことも考えられるんだよね?」
 ルナの疑問にリエンは頷く。それどころか、最初に出た「体質の変化」「モンスターボール」等も仮説の域を出ないとすら思っているくらいだ。ルナの「野生でいる間の経験」だけでは、話としては弱い。
「しかもこういう新しい考えで動くとあれば、役所の動きは滅茶苦茶鈍い。まあ発見は沢山あるかもだけど、俺らの望む成果じゃなければ徒労だからな」
「もうちょっと決定的なものが欲しいんだ?」
 何故モンスターボールの解除をここまで厳密に扱わなければならないのかはリエンにとっては疑問だが、そちらも過去に必要があってのことだったと考えると簡単に変更を訴えることはできない。その辺の事情についても調べてからだ。
「とはいえ、これはまとめておかないとな。アースの立場ならもっと決定的なものにつなげられるかもしれない」
 アースには畜産所の所長という立場があり、当然相応の人脈もある。そうでなくても人間社会の主体である「人間」のため、いくら喋れるとは言っても「ポケモン」のリエンやルナとは立場が違う。自分たちだけでとやかく考えるよりも、こちらに頼るのが筋だとリエンは思った。
 とにかくここまでの話をまとめたいとスマホを取り出そうとしたところで、リエンは店員からの目線に気付く。既に食べ物は平らげており、野次馬を大量に呼び込んでいるとあってはあんまり長居はできない。その野次馬たちに二度も吹き出させてしまっている今尚更に肩身が狭いのもある。リエンはルナに目線を送りつつおもむろに席を立った。



「それで、まとまったの?」
「ああ。昨日の夕方には終わった。スマホに入力したから、アースが読めないなんて心配もねえ」
 フードコートでの談義から一昼夜。リエンとルナはいつも通り畜舎の中にいる。朝一の基本業務を終え、この後の予定の相談を兼ねた休憩を入れる。昨日リエンが言っていたまとめの方は、リエンも胸を張って答える。
「じゃあ早速相談しないとね」
 ルナは目を輝かせる。余程子供を待ち焦がれているのがわかる。それに対してリエンは仕方なさそうに息を漏らす。
「あー、待て。相談するのにも言葉を選ばなきゃだからよ」
 リエンは渋い表情である。昨日のフードコートでの発言の件で、ルナが周囲に気を遣わない発言をすることが思い知らされた。以前はここまで酷くはなかったような気がするが、毎日狂わんばかりに体を重ねるようになって変わってしまったのかもしれない。
「えー? そんなに気にする?」
「まさか『俺たち今まで交尾しまくっていました、子供も欲しくなりました。子づくりできるか実験のためにポール解除してください』なんて言い回しはできねえ」
 言いながらリエンは自分の言葉に嫌気が差す。わざと「これでもか」という表現をしてみたのだが、今度は自己ダメージが大きい。いくら今のルナでもいきなりこんな言い方をするとは思いたくはないが、どういう踏み抜き方をするかわからない以上慎重にならざるを得ない。
「確かに、それは微妙かも」
「そもそもアースを動かすんだから、畜産所への利益が見つかる何かがなきゃいけない。あいつも『所長』って肩書で動くんだからな」
 ルナの回答の「微妙」は聞かなかったことにしたくなったリエン。この「これでもか」という表現にも「微妙」くらいにしか思わなくなるなんて……ここまで彼女を変えた原因が自分にあると思えるから余計に切ない。
「そっか。私たちの交尾だけじゃなくて、畜産所の利益も考える必要があるわけか」
「……まあ。ああ……そういうことだ」
 自分たちの交尾を恥ずかしげもなく言及するルナに対し、リエンは暗澹たる気分になった。考えてみればリエンと交尾に及ぶようになるまでは自慰すらしない純粋な娘だったルナ。それが一変毎晩交尾するようになればいろいろ壊れるものがあるかもしれないと、納得するほかない。
「で……ん?」
 とりあえず話を変えようとしたその時、リエンが腰のベルトに下げていた携帯電話が振動する。こういう時の連絡用なので今時ながらのガラケーを用いている。畜舎の中には私物持ち込み厳禁である。
「アースか……もしもし?」
「もしもしリエン。ルナと一緒に事務所に戻ってくれ」
 電話口のアースの口調は若干早く、何やら急いでいることが感じられる。どうしたのか理由を聞く間もなく通話が切られたので、かなりの急ぎなのは感じられた。
「アースは何て?」
「俺とルナで事務所に戻れと。なんか急いだほうがいい雰囲気だったぜ?」
 当然まっすぐ畜舎の入口へと向かう二匹だったが、リエンの方は気が気でならなくなった。まさか自分たちの関係がばれた上で、なにかまずいこともあって𠮟られるのではないか。不安ばかりが先行していた。




トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2017-06-16 (金) 18:52:17
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.