冬の手触りが頬を撫でた。
急速に覚醒を促された脳の電気信号が全身を駆け巡り、起きたくもない早朝の一日が始まる。
記憶は有限であり、あらゆる情報を詰め込んだ上で円滑に処理するには何処かしかを省略する必要がある。
人は潜在的に効率化を求める生き物であり、それは病的と言っても差し支えない拘り方で私達人類を支配する。
起床して最初に取る行動は枕元に手を伸ばし、現在時刻を確認すること。
この一連の動きを止めたいと思っても止められない。
これを病気と言わずして何と言うのか。
ルーチンワークは平日も休日も関係なく体に行動を強制させる。
時刻を確認し、日付を確認し、曜日を確認し、休日を確認する。
休日くらいはその呪われたムーブメントを止めさせてくれないだろうかと、何度か自分の脳に懇願したが一向に直る見込みはなかった。
また半端な時間に目覚めてしまったと、覚醒独特の清々しさは憂鬱さによって雲散霧消し、その僅かな不快感でさえも脳は記録する。
そして記憶はそれすらも円滑化させるべく、更なるルーチンワークを組むのである。
自由とは何処に在るのか。
懐疑心を煽り立てる永遠のテーマだと思う。
画面上に指を走らせ、アプリの起動と観察と終了を無意味に繰り返す。
このやり取りこそ無駄なのでは無いかと我が脳に訴えたい。
ぼんやりとした意識が覚醒に至るまで繰り返される児戯の最中、新規の通知が入ってきた。
以前に彼氏とは何たるやを相談した女友達からだった。
この時刻に音を鳴らして覚醒に至らせる貴様は悪魔の手先かと猜疑心が芽生えた。
通知内容を見るついでに通知音の不許可を設定する。
私の自由を奪うんじゃない。
snsツール『POLINE』の画面が開かれ、友人の駄弁りが上から下へと噴き出しては流れていく。
対するこちらは特に反応は返さず、既読スルーを決め込んでいる。
ただ無味乾燥な会話の中の一部分に引っ掛かるものを覚えたのでそこだけは律儀に反応を返すことにした。
「当分彼氏はいいわ」
『また兎ちゃんといちゃついてんの?』
「またって何だよ。家族間のコミュニケーションは大事だろ」
『それは分かるけどさ~。○○のは何かそう見えないんだよな……距離感が近すぎっていうか、彼氏じゃないとそこまでやんなくない?』
「彼氏で思い出したけどさ」
『お、何?』
「別れた直後にファーストキス奪われたわ」
『は? 誰に?』
「兎に」
『お前らもう付き合えよ』
「彼氏じゃねーつってんだろ」
『うっせーわこの年中惚気頭が』
朝っぱらから無駄にテンションが高い友人に付き合いきれないので画面を閉じて電源も切り、定位置に放り投げると冷えた腕を毛布の中に戻す。
温い感触が瞬く間に広がる中、ほんの一瞬のやり取りだけで記憶された友人との会話に少し意識を割く。
彼氏ってそんなに身近に要るのだろうか。
どうにも友人と私の彼氏に関する観点が大いにずれている感じが否めない。
齟齬を正す為にちょっとシミュレートしてみようか。
兎を彼氏に置き換えて日常生活の在り方を模索するのだ。
Q.今兎は何してる?
A.私の腹にくっついて眠を貪っている。
より正確に表するなら私の股座に上半身を潜らせ、腹を抱いて眠っている。
兎がそこを定位置にするので片足は必然的に立ち絡み、片腕も兎が変な位置に転げ落ちないよう頭を添えて支えている。
……彼氏はここまでするだろうか。
毛布の中に長い事居るからか、時折内部の空気を入れ替えに頭側の方へ鼻先を突き出して外の空気を吸う。
その時の兎が可愛いので空いてる方の手指で鼻先にちょっかいをかけると舌ペロで鼻先を舐める。
それがまた一段と可愛いのだ。
……彼氏はそんな反応をするだろうか。
軽く毛布を押し上げると半目から覗く緋色の眼が私を覗いている。
おはようと挨拶を交わすと短く鳴き反し、こめかみ辺りを中指で弄くると自ら頭を押し上げてもっと強くと要求する。
……彼氏へここまでする事はあるだろうか。
やっぱり彼氏じゃないなと結論が出たので、毛布を埋め直して再び外へ腕を伸ばし、友人に事のあらましを報告した。
『一生やってろこの脳内お花畑!』
何でだよ。もう知らん。
あいつに頼ったのがそもそもの間違いだったのだ。
乱暴に放り投げたのが気になったのか、兎の頭が毛布の中から生えてきた。
ややご機嫌ななめな私を見てまたいつものの事だと判断したのか、私の頬に舌付きのキスをしてくれる。
本当に良い子だなぁお前は。
でも調子に乗って私の口にキスしようとするのは止めなさいね。
そこは彼氏ゾーンだぞ。
……まぁ今日はいいか。
寝直そうと兎を抱き締めると胸元で寝息を立て始め、そのリズムに揺られて私の意識も微睡みの中へと引き摺られていった。
後書
朝のだらだら時間が天恵にすり替えられたので『子離れ親離れ兎離れ』の続き物。
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