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月下翡翠 最終話 - 前編 -

/月下翡翠 最終話 - 前編 -

作者:28×1

爽快な風が吹き渡り、未だ涼やかな空気が朝露を齎す。草の上で滴る準備を整えている雫が、レンズのように太陽を拡大している。
闇の黒で塗りつぶされていた空はとうに天色に塗り替えられて、その上を白で汚すものなど何一つ無く。
快晴の下を陽光は照らし続ける。朝、活動を始める、あるいは眠りにつく時間帯がゆっくりと刻を刻んでいく。
朝靄を透かして眩く太陽は、静かにゆっくりと、だが確実に南に移動を始めた。
美しい緑の葉の陰影はことさら美しく、可憐な花は朝露に濡れ、潤いが艶を齎す。全てが生き生きとしている。
鳥たちは森という空間の中、自らの調べを奏で始める。自然の旋律が、柔らかな雰囲気に乗せられて流れた。
その調べの中では、どの鳥も知らず知らずのうちに演奏に加わっている。それがたとえ巧くなくとも、一向に気にせずに。
そう、騒がしいムックルも、喧しいペラップも、しわがれた声のオニスズメも、その壮大な音楽の中の演奏者なのだ。
何時も通りの、その中。西向きの窓からは一切の陽光も差さない影の空間で、薄明かりの中で栗色の瞳が開いた。
数度それを瞬かせた後、リーフィアはぼやけた視界の焦点を目の前の影――マグマラシに合わせる。
未だ、深い眠りから覚めていない。微笑さえ浮かべたその顔をじっくりと見つめた後、リーフィアも薄く笑った。
と、昨日の記憶を反芻する。幸せを繋ぎとめた絆、一つになった二人。結ばれた証の行為。一夜、枕を交わしたその時間。
あの後は、名残惜しくも繋がりを解いて、向かい合いながら眠りについた。彼女は幸福が唯、嬉しくて、その瞳を閉じる。
普段の生活もあるのだろうけれど、きっと疲れてしまったのだろう、安らかな寝息が伝わってくる。
と、彼女は下腹部に少しながら痛みを感じた。見つめた先、シーツに垂れた一滴の鮮血。
膣が摩擦によって裂傷した、その傷から染み出た血だ。けれどもリーフィアは、其れさえも微笑みを送る。
本望だった。彼に、純潔を授けること、つまり処女を破られるのなら。それを成し遂げた証拠が、何よりも嬉しくて。
彼女は足に力を入れて、マグマラシに近づいた。もともと体の小さなリーフィアはマグマラシより一回り小さいことが分かる。
彼の腕を取って、彼女は胸の中に額を押し当てた。確かな温もりと、生きている証拠の鼓動。生命に触れて、それが心地よい。
安堵した彼女は、四肢の力を抜いた。強くマグマラシを抱きしめて、柔らかな感触の胸に頭を埋める。
――ずっと、こうしていられたらいいな。
ただその言葉を胸に留めて、彼女はまたその瞼を閉じる。

漸くマグマラシが目を開いたのは、暁から随分と時が過ぎた後だった。木々の騒ぐ音が耳に涼しい。
うっすらと開いた目は明らかに眠気を訴えていたが、それを腕で擦り落としてマグマラシは一度瞬きをした。
と、胸に柔らかな、温かい感触を覚える、何か、と思ったところに緑の色が目に入った。手に触れる、柔らかな毛並みも。
彼はそれを見ると微笑み、リーフィアを毛並みに沿って撫でる。笑顔を浮かべて寝ている彼女からは、安らかな寝息。
同時にそれに安堵を覚えて、もう一度寝てしまおうかとも思ったが、やはり一度起きたからには起きるしかないだろう。
でも起きるためには彼女を起こさねばならない。彼は少し迷うが、直ぐに彼女の体を軽く揺すった。彼女も目を薄く開ける。
「おはよう」
それを確かめて、マグマラシは優しく声をかける。それは同時に挨拶でもあって。彼女はその声に耳を少し揺らす。
その栗色の深い目は数度瞬いて、マグマラシを見つめた。それも束の間、彼女はにっこりと笑って挨拶を返す。
「おはよう」
交わされた挨拶の後、彼女は足に力を入れて起き上がった。と、へたん、とその場に腰を下ろす。
嬉しげにその緑の尾を横に揺らし、リーフィアは彼を見つめた。瞳、潤った表面に、温かな顔が映し出される。
「今日は・・・どこかにいかなくていいのか?」
不意に、マグマラシはリーフィアにそう訊ねた。普段――いつもなら、この時間には彼女はどこかに出かけることを思い出して。
彼の期待に反して、リーフィアの顔が薄く曇る。俯いた顔には、笑顔とは対象の表情が浮かんでいた。
「・・・昨日までは友人のところに行っていたんだけど――その友人が引っ越しちゃったの」
やっとその口から溢れた言葉は、同時に彼女を苦しめる。憔悴したその顔に、マグマラシは少し後悔を覚える。
少々の静寂が訪れた。彼の中、何も言うべき言葉が見つからない。ただ透けた指の間から零れ落ちていく時間が静寂を導いていく。
その静か過ぎる時間を断ち切ったのは、他ならぬ彼女だった。
「でも、今はマグマラシさんがいるから――」
その顔に浮かんだ、何の誤魔化しもない笑顔。明るいその声に励まされるように、彼は顔を上げた。
茜の瞳に映ったそれを、確認するように見つめる。信頼の言葉。それは何よりも、彼が望んでいたこと。
優しく、ゆっくりと彼はリーフィアの体に手を回す。抱擁を交わした二人、互いの心に結ばれた絆は何よりも強く。
「ねぇ・・・」
長い抱擁の時の中、小さく、彼女は呟いた。その声に反応するように、マグマラシは手を離し、彼女の顔を見つめる。
「ずっと、一緒でいようね――」
真剣にそう告げたリーフィアを、ただただその深い胡桃色の瞳を、長い時間見つめていた。でも直ぐに、彼は彼女を抱きしめる。
さっきよりもずっと強く、ずっと深く。そして、深く目を閉じて答える。
「ああ――約束する」

長い抱擁を終え、彼は手を離した。互いの柔らかな表情を一時見つめあい、軽く唇を重ねる。
確かに感じる、温もり。それは軽い接吻だったが、時間は何倍にも延びたかのようだった。蕩けた様な時間が、ゆったりと流れ行く。
二人の唇が離れて、薄く透明な橋が間に掛かる。それは窓からほんのりと入ってくる光に煌き、美しく透き通っていた。
それさえも消えて、二人は腰を降ろした。窓から見える、煌く葉が美しい。
「今日はどうしようかな・・・」
ふと、小さく彼女は呟き、そのまま顔を上げて宙を見つめる。尾を揺らしながら、ただそれだけを考えていた。
マグマラシもどうしようか考えるが、不意にあ、と声を漏らす。と、その声に気付いてリーフィアが彼の顔を覗き込む。
「そうだ、一緒に俺の友達のところに行かないか?」
彼は笑顔を作る。そんな言葉が出るとは思ってもいなかったリーフィアは、一度目を瞬かせ、すぐに満面の笑みを作った。
彼女は直ぐにベッドから飛び降りる。軽やかに着地して、マグマラシを見つめた。マグマラシも、ゆっくりとベッドを降りる。
二人で一緒に外に出ることなんて今まで無かった。――それが彼女には、嬉しくて。
ドアを潜り抜けた先、陽光が二人の目を刺す。眩きがまるで祝福するかのように、二人の上に降り注ぐ。
と、玄関をでれば、木漏れ日が柔らかく、温かな晴天だった。そう、まさに快晴。その空は澄み渡り、雲ひとつない。
その下を、彼についてリーフィアは歩いていく。彼の隣に沿うようにして、ゆっくりと林のほうに向かった。
林を抜けた先、視界いっぱいに広がったその壮大な街の光景に、彼女は思わず目を見張る。感嘆の声が、口から零れていた。
様々な色に彩られたその街は、いままで彼女が入り込んだことが無かった場所だった。
彼女は心に期待を抱きながら、マグマラシについていく。下に下りるための下り坂を一気に駆け下りれば、もう街はすぐそこだ。
柔らかい風が体を撫ぜ、それが快い。二人はゆっくりと、街へのゲートをくぐる。
先ほどとはまた違う種類の感嘆を、彼女は覚えた。喧騒というか、華やかというか。どちらにしろ、活気があることに変わりはない。
彼についていなければ、逸れてしまいそうだった。しっかりと前を見つめて、歩いていく。
初めての感覚に戸惑い、また、心を躍らせながら、街を歩き行く。マグマラシは慣れた道を歩いて、芝生の広がる公園に向かった。
広い空間と、その緑がとても彼女を導いていく。その顔に満面の笑みを浮かべて、彼女は地面踏みしめ、歩いていく。

ぼうっと空を眺めていたボルトの青い瞳に、見慣れた姿が映った。そちらに焦点を合わせながら、彼は声をかける。
「よ・・・」
だがそれは、もうひとつの影によって遮られた。いつもなら単体で現れるはずのマグマラシと、もう一つ他の姿。
新緑の色と美しい毛並みのクリーム色。深い栗色の瞳に魅入られるかのように、彼は深くその顔を覗き込む。
「・・・おい。おーい」
マグマラシが声をかけなければ、そのまま蕩けてしまったかもしれない。でもその声で、やっとボルトは現実世界に戻る。
だがそれは何時ものような表情ではなく、どこかしら焦っているような、とにかくいつものボルトのものではない。
「え・・・おい、誰?」
確認するようにボルトはマグマラシに訊ねる。一方の彼はあきれたように答えた。
「俺の嫁。・・・おい、盗るなよ!」
改めて、彼女は彼のパートナーになったことを確信する。そしてその言葉に、心が温まる。
ボルトはその言葉に驚き、且つがっかりとしていた。一二度目を見開いては、直ぐに瞬きを繰り返す。
その様子がなんだか分からずに、リーフィアは耳をぴく、と動かす。困っていはいるのだが、どうすればいいのかが見つからない。
でもその彼女に食い入るように、ボルトは見つめ続ける。が、ふとマグマラシに視線を向けた。
「・・・お前にはもったいないな」
「俺のセリフだ」
マグマラシは呆れ返ってボルトにそう言い返す。でも相変わらず、リーフィアは困ったような表情で尾を揺らす。
褒められているような、違うような。不思議な雰囲気が流れて、それがなんだか彼女には分からない。
「こんな美人、ほんとお前にはもったいないぞ」
「あのなぁ・・・お前一応恋女房いるんだろ・・・」
ああそうか、と思い出したかのようにボルトは頷く。残念そうだが、逆にそのボルトのパートナーのほうが可哀想でもある。
と、ボルトが不意に立ち上がる。それに合わせるように、二人も顔を上げた。
「うちに来るか?ちょうどパートナーもいるし、ルイはいないし。」
一度顔を見合わせた二人は、同時に頷いた。

「おじゃましますね」
リーフィアは小さく呟いて、豪邸に入っていく。マグマラシには外見の立派さとは裏腹に、内側が混沌としているのは分かっていた。
ボルトに導かれて洋館の中に入ったとき、やはりそれは改善されていないことが露にされていた。
だがそれさえも気に留めず、ボルトの後ろを静かに歩いていく彼女に感心を覚えながら、彼は歩いていく。
前と同じ場所で、ボルトは横に回った。彼の部屋に案内されたリーフィアは、やはりカオスの部屋でも何一つ文句を言わない。
少しそこに乱雑に放り投げられていた本を重ね、そのあいたスペースに座る。マグマラシは普通に、その場に座った。
「・・・パートナー、いるんじゃないのか」
そう訊ねられ、ボルトは首をかしげる。だが疑問に思っているわけでもなく、淡々と答える。
「んー、まぁ活動的なやつだからなぁ。そのうち帰ってくるだろう」
リーフィアは、やはり都会がなれないのかきょろきょろと辺りを見回し、物珍しそうにいろいろなものを見ている。
大きな耳を持つリーフィアは結構雑音を聞き取るのだが、ここらでは一応静かなほうらしい。都会の喧騒とはそのようなものである。
「一昨日もルイいなかったようだが・・・どうしたんだ、最近?」
マグマラシは不意にそう呟く。と、ルイという聞き覚えのない単語に、リーフィアは一度耳を揺らす。
そういえば、先ほどもボルトが使っていた――。誰かの名前だろうとは予想がつくのだが、それ以上が分からない。
「ルイさんって――どなたですか?」
「ああ、ここの所有者。兼チャンピオン。兼俺の主人。兼元ブレ・・・マグマラシの主人。昨日、一昨日となんか昼間に用事があるらしい。仕事っぽいな」
元主人。ああ、とリーフィアは呟く。思い当たることがあった。
確か、マグマラシはその主人に捨てられたショックで放火をしていた、と――過去にそういう話を聴いたことがある。
でも。でも、それが切欠でマグマラシと出会えた・・・。そのことを考えれば、彼女は必然でもあったと思う。
そんなリーフィアの心内いざ知らず、ボルトの言葉にマグマラシは頷く。
「あんな奴にバトル以外の仕事があるのが不思議だが・・・まぁ、そんなものか」
「もしかしたら遠征して金稼ぎしてるのかもしれないがな・・・」
二人とも、それとなく呆れた口調でそう呟く。

と、廊下で何か物音がする。大きなものを退かすような、重そうな鈍い音。それは大きなリーフィアの耳にはっきりと聞こえる。
その音が一度止み、こちらに向かう足音が段々と大きくなり、ドアノブが金属音を立てて回転した。
「ボルトったら片付けるの手伝いなさっ・・・」
威勢のいい、聞き覚えのある声。黄色い四肢にある黒い模様。額の紅玉、人懐こそうな黒い目。
それを目にした瞬間、リーフィアは目を見開き、直ぐにはじけたように立ち上がった。
「テイル!」
驚いた表情と感激した表情が混ざった、不思議な表情だった。相手、――テイルも、同じような顔をしている。
マグマラシは瞬時にあっ、と叫んだが、何のことだか分からないボルトはただ見つめることしか出来ない。
「な・・・なんでここに・・・?」
驚いた後の力の抜けたような感覚がリーフィアを襲う。とりあえず、とテイルは近くに座る。
「・・・簡単にいうとねー。ディアに彼氏が出来て、そのディアが彼氏紹介したいってんで街に降りてきたらなんかボルトが一目ぼれしてさ。で、めでたしめでたし」
テイルは笑顔でそう言うが、衝撃且つ唐突なことだったためにリーフィア、並びにマグマラシは何も言えない。
確かに、お似合いといえばお似合いの夫婦だろう。二人とも雷の力を持ち、其れに恥じない明るい性格で。
「いや、引っ越してきたはいいんだけども~片づけが大変でさ。ルイ、だっけ?が物凄く乱雑な性格だもんで・・・」
これを聞いたリーフィアは、マグマラシと顔を見合わせる。そのまま頷いて、テイルのほうを向いた。
「私たちも手伝うよ。一緒に片付けよう」
そういわれて、テイルは手を腰に入れて満面の笑みを浮かべる。そのままよしっ、と叫ぶ。
本の渦を書き分け、まとめるという仕事について少し説明をすると、この部屋を二人に任せるということを伝えた。
と、テイルは出て行こうとしたところで、隅で丸くなっているボルトを見つける。その後ろ首をむんずとつかむと、
「あんたはこっち手伝いなさい!」
といって、ドアの外まで引きずっていく。そのようすが余りにも可笑しくて、幸せで、リーフィアはくすっと笑った。

結局、片付ける作業は夕方頃までかかった。黄昏前の橙色が、まるでキャンバスに水を零したように天色の上に現れる。
屋敷から出たリーフィアは、その様子を一度仰ぐ。それから、もう一度屋敷のほうを見た。
「片付け手伝ってくれてありがとー!」
ディアが見送ってくれる。ボルトもテイルも。マグマラシとリーフィアは、それに答えるように笑顔を作っていた。
再会と、幸福。この二つが交じり合って、清清しいような気持ち。その象徴である空を見つめていたかったのかもしれない。
見送られて、帰ろうとしたとき――何か決心したように、リーフィアが振り返る。
「ねぇ、――再会と引越しと、私の家で祝わない?」
帰り際に伝えたその一言に、すぐさま返答が返ってくる。満面の笑みで、はっきりと。
「当たり前じゃないの!よーし、ディア!ボルト!行くわよ!」
その答えを聞いて、リーフィアは嬉しそうにマグマラシを見る。その顔も、満足したような、歓喜の顔だった。
陽気にやってきた三人と合流する。まだ日没には早い斜陽が、長い影を作っていた。五つの、違う形の影を。
それは唯、幸せという名の光を纏っていた。

丘を登り行けば上り行くほどに、空は紅蓮に染まり行く。逢禍時とも言える時間帯、空をヤミカラスが旋回している。
その黒い影が、リーフィアたちの直ぐ近くに堕ちていた。それは彼女たちを導くように移動していく。
もう林は目の前だ。赤い色が奥に見える。――家は、もうすぐそこだ。
「――焦げ臭い?」
不意にマグマラシが口を開く。その声の音色は――不安に満ちた、色だった。それまで幸せだったそれは急激に冷たくなる。
と、マグマラシが走り出した。電光石火の速さで、奥に向かっていく。誰も止める間もなく、林の奥に消えた。
「マグマラシさん!」
「っちょっ・・・リーフィア!」
心配は限度を超しきる。気付けばリーフィアは全力疾走を始めていた。そう――禍々しい赤の渦の中へ。
林を駆けきった彼女は、思わず目を見張り、言葉を失った。それは、不幸を導くヤミカラスが逢禍時に教えた、悲劇。
家は既に赤い炎に包まれていた。彼女の脳裏に蘇る、弾ける木々の音。
彼女は必死で家の近くまで走る。彼女にはとても耐えられないような高温だったが、それさえ彼女の意思を曲げることは出来ない。
薄く開いた栗色の目、映ったのは墨色の燃え跡、焦土と化した場所。
そして、マグマラシの優しい紅蓮の炎、命と同じ赤々と燃える炎とは全く正反対の、赤すぎる赤の火炎――
その中にマグマラシが駆けていくのを見つけ、リーフィアは叫ぼうとする。だが、それさえ、――時には打ち勝つことが出来なかった。
崩れ落ちる、墨。炎は木を断ち切り、枠組みもろとも崩した。そう、そのなかに彼を巻き込んで。
絶叫が轟く。救えぬ、その悲しさと怒りと、絶望とをその音に籠めて、その悲痛な叫びはただ空を満たす。
その声に反応するように、林を切り抜けたテイルたちは、その燃え盛る家を見る。
怒りは、絶望は唯生まれ行く。でもリーフィアを追うために駆け出そうとした先――新たな火炎の壁が生まれる。
「!」
リーフィアの下へと向かう道は炎によって閉ざされ、戻る道も行く道も、既に無い。
全ての出口は、多数のポケモンによって塞がれる。円形に囲まれ、その全ては悪タイプだった。
漆黒を身に持ち、闇に溶ける体――それぞれ形は違おうとも、意思は一つ。それは、頭がいなければ成りえぬ状況。
「ディアは街まで行って助けを呼んできて!ここは――あたしたちが、何とかする!」
その拳に雷を込め、テイルは叫ぶ。それを合図に――戦慄が、走った。

「マグマラシさん!返事をしてーっ!」
悲痛な声で、火の粉が舞い散る中をリーフィアは叫び続ける。すでにその美しい四肢は煤で汚されていた。
熱によって歪められた空気は彼女の体力を奪っていくが、そんなことを気にしている場合などではない。
当て所なく、唯探し続ける。火炎の渦、塞がれた出口。でも、彼を、マグマラシを助け出したいという一心で、彼女は突き進む。
上空、不幸を嘆くか、嘲笑うか。皴枯れた大きな声でヤミカラスが鳴く。そう、まるで更なる災いを呼ぶかのように――。
灼熱、赤すぎる赤。それをより夕日が紅く染め、緋色、血の色の如く辺りに燃え広がる。
普通のポケモンなら、諦めてしまっただろう。でも、彼女は約束していた。だからこそ、その強い意志は彼女を進ませる。
しかし――そこに、壁が立ちはだかった。
大きな漆黒の影、赤々と燃える悪の意思と同じ瞳、照らされて鈍く光る鉛色――
「待ってたぜ」
熱い筈の彼女の体が、凍りつく。不幸は、放火でもなく、マグマラシのことでもなく――彼女の、ことだった。
彼女は後ずさる。いや、後ずさろうとしている。だが、竦んだ体は動かず、震える瞳はただ其れを見つめるのみ。
一方の彼・・・ヘルガーは、対格差の大きい彼女を上から見つめ、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
彼女は悟る。この放火は、彼によるものだと。彼が、自分を手に入れるために行った行為であると。
けれども、怒りに身を任せて彼に立ち向かえば、その炎で甚振られ、痛めつけられることは確実だった。
だとすれば――
彼女は渾身の力を振り絞り、踵を返して駆け始めた。今までにないほどの足の躍動、それは本能的な恐怖によるもの。
「逃がすかっ!」
だが、それさえも彼の前では無駄に過ぎなかった。狩猟に長けたその健脚は直ぐに彼女に追いつき、その後肢に牙を突き刺す。
獅子が最初にその牙を用いるのは、急所ではなく、足。逃げられなくなったそれを、嬲るという。
まさに、彼女はそれだった。痛みによって動かなくなった足は縺れ、その場に勢い良く倒れ臥す。その場に、ゆっくりと歩み来る。
「お楽しみの始まりだ」
空気を切り裂いたような細い音、それは唯炎にかき消され行く。

逃げ出そうと必死でもがくが、深く噛まれた足は言うことを効かない。それでも何とか立ちあがり、弾みをつける。
――しかし、もはや無意味に過ぎなかった。
体力が奪われた彼女は一瞬出遅れる。その一瞬の間に、ヘルガーは動き出していた。
影が瞬時に軽く飛躍する。それはそのままリーフィアの上に伸しかかる形となり、彼女は軽く金切り声を上げた。
一回り大きなヘルガーは彼女に口を近づける。逃れようとした彼女の唇を捕らえ、無理矢理接吻を交わす。
硬く閉じた彼女の唇を舌で抉じ開け、そのまま口膣内に潜り込ませた。気味の悪い感触が彼女の舌を撫ぜていく。
いやらしい、クチュクチュという音が炎の中に消えていく。その直ぐ側に、彼女の涙が零れ落ちる。
ヘルガーはその舌で口の隅々を舐めあげていく。最後に嫌がるリーフィアの舌を絡め、漸く口を離した。
卑猥な音がして、二人の間には気味悪く光る涎の橋。それを否定するように、彼女は首を振った。だが彼は、離そうとはしない。
「これくらいで逃げるなんて言わないよなぁ?これからが本番だぜ?」
本番、という言葉に彼女は動揺する。びくっ、と体が硬直し、ヘルガーの体に痙攣特有の振動が伝わってきた。
真っ赤に染めた顔に、また一粒透明な液が走る。それを、あの汚らしい舌が舐めとった。その感触に、もう一度彼女はびくつく。
甚振るように、ヘルガーは彼女の上半身を舌でなぞって行く。首筋からゆっくりとうなじを経て、上へ上り詰めて・・・
「ぃっ!」
彼女の体が一度仰け反る。その反応を楽しむように、ヘルガーは彼女の耳を舐めていた。その歪んだ口端から涎が垂れていく。
葉脈に沿って舌を動かし、先端を攀じる。その度に彼女は息を荒くし、秘所を湿らせていく。
逃げることも出来ず、ただ彼女は嬲られ続ける。その体の震えは、もはや恐怖一色ではない。
嫌がるリーフィアの気持ちと反比例して彼の興奮は高まっていく。彼の体と接触している彼女は、その早鐘を打つ音が聞こえていた。
「っぁ!!」
ヘルガーは不意に彼女の額から生えている甘噛みする。彼女は腰を浮かせて、声にならない嬌声を上げた。
その声に満足したかのように、ヘルガーは行為を止める。涙の浮かんだ彼女の顔は、一瞬疑問の表情を浮かべた。
が、すぐにそれは冷める。その、彼の一言で。
「本番にいくぞ?」
歪んだ笑いを浮かべ、勝ち誇った笑い声が彼女の中に繰り返される。

「いや!!離してっ!やめて!!」
彼女は精一杯の抵抗をした。だが、上から被さるようにのしかかられた状態で彼女が出来ることなど、無いに等しい。
それでも彼女はその状態から脱出しようと、もがいて足の間から出ようとする。軋む足を無理に足掻かせて。
だが、ヘルガーは見通したかのように、今まで甚振っていた箇所――的確な場所に牙を当て、少し力を入れる。
「きゃあぁっ!!」
『性感帯でもあり、急所でもある』――彼は悲鳴を上げたリーフィアを嘲笑うかのように見つめる。
彼女は愕然とした。逃げられぬこの状態で彼に犯されない可能性は、皆無。それを悟った彼女は唯、震えるしかない。
動かなくなったことを確かめると、彼は腰を前にずらす。と、彼女は硬直した。彼女の秘裂に、汚らしいヘルガーのモノが宛がわれる。
ひっ、と彼女は声を漏らす。その声にさえかまわず、ヘルガーは容赦なく腰を落としていく。
「あ゙あ゙ぁあ!!いやああぁぁ!!」
昨日初体験を迎えたばかりの彼女の膣に、何の躊躇も無くヘルガーは奥まで突き刺した。
余りにも強い摩擦で裂傷した膣から、少量の鮮血が滲む。それを見て彼は一度笑い、彼女を見た。
涙は溢れ、止め処も無く流れる。その顔は怒りと屈辱と、痛みに歪んでいた。だが、気も払わずに彼は腰を動かす。
「あ゙っ・・!」
肉の擦れる音と、確かに聞こえる水音。興奮した彼のモノは既に固く、暑く滾っている。
直ぐにまた腰を沈め、彼女は悲鳴を上げる。彼女には痛みをも与える摩擦は、彼には悦びと快感を与えていた。
体がぶつかる音と感触を確かめ、彼は一度彼女の顔を覗き込んだ。その顔には心配な一欠けらも無く、興奮に酔った表情。
いやらしい顔で彼女とまた接吻を交わす。今度こそはと堅く閉じた唇も、あっけなく舌の介入を許してしまう。
絡められた彼女の舌を伝って、汚らわしい唾液が口に流れ込む。おぞましいほどのそれを吐き出すことも出来ず、喉を伝っていく。
憎悪さえ抱いた相手の唾液は粘質で、不味い。それでも執拗に彼は舌を絡め続ける。
漸く離したと思えば、彼は腰を降り始める。快楽の波に彼女は突き落とされるが、それを快感とは信じまいと、彼女は固く目を瞑る。
二つの喘ぎ声は炎の爆ぜる音に消え、またその行為も、燃え盛る炎に隠される。


「はっはっ・・・あっ!うあっ!!」
ヘルガーは唯腰を振り続ける。彼女は既に、それに合わせて喘ぐことしかできなくなっていた。
貫かれては引き抜かれ、そしてまた貫く。繰り返し繰り返し攻め立てられて抵抗など出来ぬことは分かりきっている。
その苦痛に満ちた表情とは全く逆の、嘲笑うような顔がその上にあった。歪んだ口端からは、喘ぎ声。
そしてその彼は、絶頂が近いことを感じる。と同時に、腰の動きも早めていく。
段々と高潮していく中で、彼女は痛めつけられた体の内側で、ドクン、と脈打ったのを感じた。
自分のものではない――繋がった相手から伝わる、鼓動。それは幾度と無く続き、その度に彼女は生暖かいものが伝うのを感じる。
が、それは彼女を貶めた。強姦された末、穢された――その事実が、痛々しいほどに彼女に突きつけられる。
その表情を見て、ヘルガーは大口を空けて高らかに笑った。まさに勝者ようだ。敗者を痛めつける、その様は。
しかし、それは長い時ではなかった。それは彼が笑うのを止めたわけでもなく、――第三者の、介入。
聳え立っていた紅い壁、それを膨大な量の水が薙ぎ倒す。それまで勝ち誇った表情を浮かべていたそれは、瞬時に凍りついた。
「な・・・?!」
その紅玉は顔を上げる。そして同時に、その下敷きとされて喜ばれていた、栗色の玉も。
炎を今も尚消し止めているそれは、青い体に紅い突起、逞しい体を持つ。その色は、水色。炎をも消し止める色。
「逃げられると思ったかー!いいかげんリーちゃんを離しなさい!今離すなら許してあげてもいいけど?」
その下、緑色。マントのような緑、華麗な紅と藍の花。高らかに叫んだそれは、彼女の見覚えのある姿だった。
リーフィアと同じ自然の力。薔薇を象ったその腕を真っ直ぐに黒い影に伸ばしたディアは、今までに無く殺気を帯びている。
が、相手が草タイプだと分かった途端に、ヘルガーは笑い始めた。しかし今尚動き出そうとはせず、彼女と繋がったままだ。
「草タイプのお前に何が出来る!こっちには人質だっている!」
それを聞いた彼女は、ふっ、と口元を歪める。その瞳、まるで陽光に煌くルピーのような。
「あっはっは!あたしがタダの草タイプだとおもっちゃいけないよ?交渉決裂ハイ残念。強行突破でいくよ?」
彼女の藍色の腕、それが天を仰ぐ。そこから通じる、藍色の光。閃光が天空を貫き、――そこに、雨雲が作り出される。
しとどと、雨が降り注ぎ始めた。


ヘルガーは一度絶句する。炎タイプの彼にとっては、雨粒を受けることさえ体力を奪っていく。
しかし、もう一度その口は笑い声を上げた。今度こそいける、とそう思い込んだ顔。
「雨ぐらいで俺が倒れると思ったか?水の力を操れなければ無駄なことだ!」
「水の力を操れればいいんだよね?」
ハッと、彼の紅玉の瞳がすぅっと窄む。刹那、ディアはニッコリと笑った。合わせた掌を開いて、間に灰白色の玉を作り出し行く。
その玉は雨を吸い取り、膨張していった。はち切れそうになるまで膨らんだそれを、華麗に舞い上がり、勢い良くディアは投げる。
ヘルガーは必死の思いで回避しようと目論む。が、彼女と繋がった体は逃げることがままならず、見開いた目に、灰色。
漆黒に叩きつけられて破裂したその玉から、群青の光が迸った。雨の力、ウェザーボール。水の力は彼に襲い掛かる。
だがそれにも耐えた彼は、荒い息で、殺気を込めた視線を送る。それに対して余裕の表情で、ディアは笑っていた。
と、急に彼女は振り返り、頷く。合図を受け取ったさき、そこにいたのは――
「!!」
シアンブルーのそれは、反動を付けてその口をあけた。その奥から、恐ろしく強い圧力の、水。
ハイドロカノンは空気を切り裂き、真っ直ぐに彼に向かう。そしてそのまま、大量の水が体に突き当たる。
衝撃でもんどりうって彼は横に倒れた。と、ねじられた体に悲鳴をあげ、リーフィアも共倒れとなる。
「もう逃がさん!ま、ポケモンセンターくらいになら送っておいてあげるよ。ありがたく思いなさい!・・・オーダイル、こいつ街まで連れてって」
「あいよ。・・・といいたいところだが、時に御仁、この乙女は如何にすれば・・・」
オーダイルは困ったようにディアを見る。と、ディアははっとしてリーフィアのところに駆け寄った。
倒れた衝撃で離れたのだろう、彼女の膣からは白濁した液が染み出している。それすら雨に打たれ、流れていく。
嗚呼、見るだにおぞましい。嫌いな相手に犯された証が、今尚彼女の内側から染み出している。
「リーちゃん!リーちゃん、起きて!」
失神していたようだった。彼女は目を見開き、立ち上がる。オーダイルが殆ど消した筈の炎が燃えている。その方向を、見つめた。
「マグマラシさんっ!」
と、彼女は急に悲痛な声で叫び、走り出した。痛いはずの足をも躍動させ、まだ炎が燃える中へかけていく。
それを見て、既にディアも体が動き出していた。紅すぎる赤ではなく、――紅蓮の、炎の中へ。


四肢の躍動に合わせて、乱れた息の音が続く。一心不乱に、リーフィアはマグマラシを探し続ける。
彼女の心の中に渦巻く不安。それは黒い染みのように、じわりじわりと彼女の心を蝕んでいく。
その胡桃色の瞳には、炎が煌くばかりだった。そう、黒い墨の中、紺色――
「!!」
見つけた。何時もとは全く違う形相の、腰と頭部に火炎を纏ったマグマラシ。だが、その表情は殺気を帯びていた。
その理由を、辛うじて捕らえる。純白に毛に身を包んだ、墨色の体。体の横から突き出た刃に、赤。――災いポケモン、アブソル。
二匹は対峙している。じりじりと間合いを計り、その間に交わされた視線は、殺気。
良く見れば二人とも傷だらけだった。アブソルの純白の体毛はあちこちが縮れ、火傷を痛々しく見せ付けている。
が、それと同じくらいにマグマラシも傷ついていた。アブソルの刃で切り裂かれた傷からは、赤黒い、緋色の液体。
緊迫した空気、戦慄が張り詰める。リーフィアはその中を静かに走り行く。だがその心は、心配でいっぱいだった。
それが彼が辺りをうかがった瞳に映る。叫ぼうとした彼女の目の前、引き止める彼の腕が振り下ろされた。
「下がっていて。――これは命に関わる」
それを聴いた瞬間、アブソルの顔の刃がギラン、と鈍く光った。赤黒く汚れたそれは、瞳と同じ色。
「命を計ってまで儂に立ち向かおうとするか・・・良かろう」
マグマラシのその腕に、炎が点った。命を天秤にかけ、二人は見つめあい、そこで動きを止める。一瞬の静寂が、全てを止めた。
降りしきる雨、勢いを弱めぬ火焔。全ては一瞬の間、時を止める。そしてそれは、長い時間に思えた――が。
次の瞬間、だった。二匹は駆け出す。それは目にも留まらぬ速さで交わり、砂煙を立てて随分と元の位置から離れた場所で止まる。
何があったか、彼女には全く理解できなかった。それほどまでに、早すぎた決戦。
勝負は――決まっていた。
アブソルは震える体を振り向かせる。相当の火傷を負っているのだろう、苦渋の表情を浮かべて。
「――負けた、な。ここで甚振られて死ぬのは儂の本望では無い・・・。さらば、だ」
足を引きずり、二度と振り返らずにアブソルはどこかへ消え行く。また、静寂は切れた。炎の爆ぜる音がする。
が、彼女は目の前にいる彼の異変に気付いていた。炎はすぐに消え去り、がっくりと膝を突く。
「マグマラシさん・・・?」
駆け寄った彼女は、何もいえなかった。絶叫は声にならず、唯彼女の脳裏を駆け巡る。

彼の体はそのまま、倒れ臥す。その柔らかな胸毛は真紅に染まり、足元にまで広がっていった。
鋭い、大きな一条の傷。その巨大な傷は、胸から縦に一直線に入っている。そう・・・心臓、生きるための臓器に。
鋭利な傷跡。信じられずに、彼女はそれをひとなでする。きめ細かい毛は、あっという間に鮮血に染まった。
何の、何の反応も無い。横を向いた彼の顔、段々と逃げていく暖気。
負けなんかじゃない。相打ちだった。その一瞬のうちに、アブソルの鋭い刃はマグマラシの胸を抉っていた。
その状態で、彼が生きていられる可能性は――
「マグマラシさん・・・!」
彼女は泣き叫ぶ。だが、既に彼のその紅蓮の瞳は生気を失い、虚ろな瞳は彼女を見ているのかさえ分からない。
冷たさが彼を蝕んでいく。命の色をしたそれも、彼の体から流れ出し、もう元に戻すことなんて出来ない。
それでも、彼女は叫び続けた。何度も、何度も、返信を待って。その開きかけた口が何か離すのを待って。
ただ、揺さぶり続ける。涙は止め処なく流れ、彼女の足元は赤く染まっていく。それでも、彼は二度と動こうとはしなかった。
約束。ずっと一緒にいるって。なのに、こんな形で。いとも簡単に、赤い鮮血で彩られて。
「どうして・・・いつも先にいっちゃうの・・・」
もう声も枯れ果てて、彼女は静かに彼が息絶えるのを見つめているしかなかった。一人残されて、孤独な彼女は。
死んだことなんて、信じられずに、彼女は呼びかける。彼女は揺する。彼女は覗き込む。
冷たくなったその体が、もう動かないなんて信じられなくて。
ただそれが、悲しくて、切なくて、――
零れ落ちた涙が滴った先、もうすでに温もりをとどめていないその赤く染まった手を、彼女はそっと、抱擁するように握る。
もう、会うことなんてできない。抱きしめることも、話すことも。閉じた優しい目は二度と開かない。慰めてくれた温もりも、もう、無い。
生き返って欲しい。叶わないのに、ただそれを願い続けた。叶わないのに、ただそれを信じ続けた。
と、彼女は不思議な光に目を開く。淡い、でも温かい、黄色い光。
それは、彼の腕を受け止めた自分の手から発されていた。それは彼女の体中を包んでいくと同時に、キラキラと光る。
嗚呼、いつだったか。両親に与えられた技。でもこれまで、まったく使わなかった、忘れられていた――技。
そのことに気付いて、彼女はゆっくりと彼の手を下に下ろす。ひた、と音を立てて染まった血の色さえ、もう哀しくは無い。
その光は彼女の腕から彼の元へと伸びていき、彼の体を包んでいく。と、同時に、彼女の背後に薄い翼のような光が現れた。
「――ごめんね」
雨雲の割れ目から光のカーテンが注ぐ。それはまるで彼女を迎えるように、壮大な光景を表していた。
自然は、何よりも美しい。そしてまた、残酷。彼の体は光り始め、彼女の翼ははっきりと形を現していく。
そしてそれが――一度羽ばたいたとき。音も無く彼の光はすぅっと消える。その中に、彼女の小さな声――
「マグマラシさん
      さよなら――」


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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