シャロットの体は、サイコパワーによりほのかに光っていた。外は申し訳程度の光があるのだが本当にまっ暗闇の不思議なダンジョンの中、たいまつも何も必要としない彼女の道案内は重宝した。
普通の感覚で言えば頼りない光であったが、この未来世界のポケモンは皆一様に夜目が利き、光に対する感覚はこの世界の普通は過去の世界の普通とはかけ離れていると言ってよい。限界まで開き切った瞳孔で、コリン達一行は周囲に目を配りながら突き進む。
「そういえば、シデンさんって……太古の昔に滅びたはずの生物……ニンゲンなんですっけ?」
そんな折、不意にシャロットは口を開いた。
「うん、ちょっとばかし特殊で、格闘タイプの技ならば多少は心得があるんだけれど……後はいたって普通の人間なんじゃないかな?」
「はぁ……色んなポケモンを見てきましたが……その体形だとワンリキーみたいに戦うのですか?」
人間の戦い方と言うものを知らないシャロットはシデンの二足歩行を見てワンリキーと同類の戦い方をするのだと推察した。
「う~ん……そういう戦い方も相手によってはするのだけれど、それだけじゃなくってね……ん~~これは、見たほうが早いかなぁ。ねぇ、コリン?」
「まぁ、確かに見たほうが早いかもな……ちょっと刺激が強いが」
楽しげに語るシデンに対し、コリンは力なく笑いながら答えた。
「あら、二人の秘密って奴ですか? お熱いのですね」
「ふふ……」
「はは……」
シャロットの冷やかしに、二人は笑ってごまかす。
「さて、そんな話をしていたら……敵さんのお出ましだ。2匹だから……俺が1匹殺って、シデンはシャロットに戦い方を見せてやれ」
「分かったわ……」
向かってきたのはサンドパンとバンギラス。その内、二人は体のサイズを考慮した上で、申し合わせたように自分の相手へと向かっていく。
進化をすることは時の止まったこの世界では出来ない……が、不思議のダンジョンと呼ばれるこの場所はこの世界のルールが通用しないのだとか。
この世界をつかさどる時の神、空間の神、心の三神がその平安を維持する力が届かない場所で、時間も、空間も、心さえも無茶苦茶なのだ。
それゆえに理性もないし、繁殖の勢いもすさまじく、なおかつ入るごとにダンジョンの形が変わる。そんな場所だから、サンドというポケモンの進化系であるサンドパンも、ヨーギラスというポケモンの進化系であるバンギラスというポケモンも、進化が出来ないはずのこの世界に在りながら普通に進化してそこにいる。
コリンは鋭利で重厚な棘を背負い、二足歩行にも四足歩行にも臨機応変に対応できる形態のポケモン――サンドパンと対峙する。
この世界にはタイプという理が存在する。有り体に言ってしまえば属性のことで、すべての物質が持つという固有の波導と呼ばれるものの違いにより、攻撃や防御においての相性が変わるというモノである。
見た目や色合いからある程度判断することもでき、例えば紫色はゴーストや悪、白は氷、緑は草や虫とある程度相場も決まっている。エリックやシャロットとの初対面でコリンが虫・草だと推測したのもそのためだ。結局は、セレビィのタイプが草・エスパーという事は後になって知ったのだが。
さて、そのタイプというものだが、ポケモン同士で喧嘩・殺し合いなどレベルは様々だが戦う事になった際、普通に殴ったり引っ掻いたりしてももちろん痛いことは痛いが。
だが、直接的な動作に波導を付加した攻撃や波導を直接発射する攻撃は通常の攻撃に比べてその威力を格段に増し、また体が持っているタイプによって、その波導の攻撃を受けとめる時にも放つ時にもその出力に大きく影響が出る。
例えばサンドパンのタイプは地面。地面タイプの波導の鎧を纏い、地面タイプの放つ時にはその攻撃は他の16種のタイプの攻撃を放つ時に比べて強いという事になり、その地面タイプは炎・鋼・岩・毒・電気のタイプを持つ敵に対して強力に作用し、反面草・虫のタイプに対しては効果が弱く、飛行する敵にはそもそも物理的な衝撃のみしか効かない。
そして、受けに回れば氷・草・水と言ったタイプに弱く……都合のよい事にコリンのタイプは草だった。
サンドパンはバンギラスと比べれば小さいとはいえ、コリンにとってみれば倍ほど身長の差がある上に、敵のサンドパンは横幅も広い体形だけに威圧感は相当なもののはず。だが、この世界に生きる上では自分より大きな相手と戦うのは慣れたものであったし、相性も良い。
相手が距離を詰めて、ほどほどに間合いを詰めたところで、長く鋭い爪を振り上げた爪を振りおろした。
コリンは上体を逸らし半身*1になることで避けつつ、相手に肩からぶつかって仰け反らせる。
防御が甘くなったところで下腹部へ肘打ち、殴ってくれといわんばかりに前へと突き出された顎を
コリンは自身の足が地面に付いた所で距離をとって、倒れ付した敵に口から吐き出した種マシンガンで追撃し、サンドパンを撃破した。
対する、シデンはと言うと……シデンはぜい弱な人間である。人間とポケモンとの間で最も違うといえるのは波導の鎧。いわゆる『タイプ』を有するか否かである。彼女には鎧がないために、ポケモンの攻撃をまともに喰らえば致命傷は避けがたい……が、
「甘い!」
頭一個半ほどは大きく、恐らく体重は5倍以上はあるであろうバンギラスを相手取っていて、彼女は全く引けを取らない。バランスをとるための太い尻尾に、短い後ろ脚。鋭い爪を生やす腕は太く、巨大な顎を支える首は、樹齢10年を越す立木のよりもたくましい。
そんな怪獣じみた風貌のポケモンが、跳躍から思い切り地団駄を踏みこんで地響きを起こそうとする動作を、シデンは重心の移動で見切る。
素早い跳躍で地面の隆起を避けたシデンは、地震を起こす動作で前かがみの体勢になって隙だらけなバンギラスの後頭部を踏みつける。
文字通り全体重をこめた一撃により、さすがのバンギラスも巨体が敢え無く崩れ、鋭い牙の並ぶ口に土の味が広がった。
シデンはうつ伏せになったバンギラスの背中に乗り、背中に生えた棘を股で挟み、ストッパーとしての役割にも使いつつ、バンギラスの腕を無造作につかんだ。
シデンは上体を反らす様にして掴んだ腕を力いっぱい引っぱる。ひねりながら、ひと思いに相手の抵抗を蹂躙し、鈍い音と共に容赦なく肩の関節を外した。
山を一つまたぐような大声が、叫び声となって密室で響いた。
「うるっさい……」
その五月蠅さは並大抵のものではなく、特にすぐそこで聞いていたシデンにはたまったものではないだろう、顔をしかめながら耳を塞いで居る。そうして喚きながらのたうちまわるバンギラスに対し、シデンは
「どうだったかしら? 私の戦い方……」
シデンは、まるでそれが当然であるかのようにシャロットの方に向き直る。
「かっこよかった……ですね」
どうと聞かれても、正直なところ首をすっぱりと切断するより酷い気がする――というのがシャロットの素直な感想だった。シデンは腰にエアームドの羽根で作ったナイフを差しているが、それも使わないであの強さ。
「ま、こういうことだ。秘密も何も……というか、腕がぶら下がって皮膚の下があり得ない形になるのはあまり見たくない」
苦笑いを浮かべてコリンはシャロットに語りかける。
「そんなこと言わないでよ。血で汚れないし、自分の拳を痛めることもない理想的な攻撃なんだから」
シデンは笑いながら空恐ろしいことを口にする。確かに、コリンよりもずっと穏やかな呼吸をしているシデンの戦いはコリンと比べ遥かにスマートであった。
「ああやって関節を折り易い体形の奴に対しては大抵あんなふうに攻撃するんだよ……」
「では、腰に差しているナイフは滅多に使わないのかしら?」
「素早い相手に対しては使うよ。でも、雑魚相手なら関節技で十分……切れ味落ちるの嫌だしね」
自分の安全よりも切れ味の方が大事だと、シデンは言いきって笑う。
「なら、昔みたいに石斧でも使えばいいじゃねーか」
「いやよ、あれ重いんだもの」
シデンがツンとした態度を取ると、三人は楽しそうに笑いあう。真っ暗な洞窟の中であっても、笑顔は明るく尽きなかった。
コリンは素早さで相手を掻きまわしながらの見事な体術。シャロットは伝説のポケモンに相応しい風格見せる強力な
「シャロットも強いんだな。やっぱり幻のポケモンって強いもんなのか?」
「いえ……まぁ、多少は生まれつきという面はあるでしょうが、結構努力しました。父さんの仕事を……手伝っておりましたので」
コリンに褒められると、シャロットは照れながらそう返した。
「仕事、と言うと交渉とか? 交渉に失敗した奴を返り討ちにするとかか?」
いえ、とシャロットは首を横に振る。
「暗殺です……」
まるで汚らわしい事であるかのようにシャロットは呟いた。いや、光ある世界の常識に照らしあわせていれば、確かに汚らわしい事なのだが。
「へぇ、そんな事をやっているんだ。しかし、何を殺しているんだ?」
シャロットの態度に疑問を持ちつつ、コリンは何の悪気も無くそう返した。
「『時の守人』……歴史を変える罪人を裁く者たちです……私達の敵です。その気配を敏感に察知しては、父さんが殺しているのです……こんな風に、時の歯車の探索を行えるのも、なんだかんだで父さんのおかげなのですよ……私もちょっと協力して……」
「その、時の守人の気配ってのはなんなんだ? 何か違うのかな?」
「時を司る神、ディアルガの匂いというか痕跡……とでも言いましょうか。セレビィにしか分かりませんが……その気配があれば、時の守人かどうかに関係なく……殺します。
ですから……もし敵じゃなかったらどうしようとか考えてしまうと……少し、罪悪感が湧きます」
先程までは、目的のためなら仕方がないと思っていたが、このシャロットの言葉を聞くと流石のコリン達もシャロットがあまり良い表情をしない理由を悟った。
「なるほど、確かにそれはなぁ……俺も、何の罪もない奴を殺すのはあまり気分良くないし……」
「あの、コリンさん……私は、いけない事をしているのでしょうか?」
すがるようなシャロットの視線。コリンは口を噤んでしまった。
「時の守人とやらが、俺等の邪魔をしなければそんな事にはならなかったんだ。原因を作った奴らが悪いだろ……?」
コリンは自分が言う事こそ間違いだとも気付かずに、シャロットを擁護した。『歴史の改編』は『邪魔』しなければならないのだから、元々の原因はコリン達にあるというにのに。一言で言うのならば、コリンは歴史の重みが分かっていない。だから何の悪気もなく、この世界を消すようなエリックの条件を飲めてしまう。
「それに、俺らが歴史を改編したら結局そいつら消えてしまうんだろう? それが少し早くなっただけだろうよ」
そしてコリンはこの台詞である。多少の義理人情の欠片は残っていても、彼の本性は何処までも自分勝手な思考に染まっていた。
「まー、私もそんな感じかなぁ?」
コリンの言葉にシデンも追従して頷く。
「……ありがとうございます」
その二人の言葉で、シャロットは救われた気がして、思わずお礼の言葉を口にした。
「なんだよ、俺らお礼言われるような事をしたか?」
そこで、コリンが首を傾げるとシデンは笑う。
「乙女心は複雑なのよ」
そんな風に茶化されて、シャロットは気分が楽になって笑う事の出来る気持ちになる。そこから先の足取りは少し軽くなった。
そうして突き進んだ先の奥地には、確かに昔時の歯車が輝いていたのであろう残骸が、音もなく横たわっていた。
「よし!! こりゃあいけるぞ……俺達であと一つ……霧の湖の謎も解明してやろうぜ!!」
コリンは『台風の目』と呼ばれる、不思議のダンジョンの中心にあるダンジョンを脱出するワープゾーンに足を踏み入れる。軽快な足取りで意気揚々とダンジョンを脱出し、一番乗りの報告で皆を沸かせた。
その後のリベラル・ユニオンは勢いに乗って遠方に存在する霧の湖にも手を伸ばそうという事で話がまとまった。次のシンポジウムが開かれる前に、歯車のすべてを集める準備を整える算段だ。
流砂の洞窟の探索を終えたコリンは、この場所を引き上げる前にぐっすり休む時間を与えられた。
次の場所でもどうにかしてはやる気持ちで興奮しているが、如何にせっかちなコリンでも休まなければいけないタイミングというのは分かっているつもりだ。
シャロットとは寝床を別にし、二人きりのテントで眠るコリンは、今宵(いつも夜なのでこういう言い方も変だが)シデンの胸に甘えるように抱きついた。シデンの纏う毛皮の中にするすると手を入れシデンの豊満な胸を揉む。
「なあ、シデン。さっきから俺、ちょっと興奮して眠れなくってな……」
「やっぱり? そう言う気分になるようにやったからね。それで、コリンはどうして欲しいの?」
「いつも通りでいい……」
初めてされた時は非常に恥ずかしかったものだが、今やもう慣れっこになってしまったこの行為は、コリンの欲求に合わせて行われる事が日常になっていた。
「それじゃ行くよ」
宣言してシデンは仰向けに寝たコリンの顔に舌を這わせる。小さい体ではあるが、口は構造上消して小さくない。コリンの細長い舌が収納された口を、シデンは短く小さな舌で開いて彼の口内を弄る。
花を愛でるように頬を撫でると、応えるようにコリンは細長い舌をシデンのそれに絡める。数十秒ほど静かにそうして口を離すと、すでにうっとりした潤んだ目で、シデンはコリンを見つめる。コリンの喉の下を撫でながら、シデンの舌はコリンの下腹部へ。
すでに僅かに顔を見せているヘミペニスの先端の一つを唇で包み、もう片方の先端は親指と人差し指と中指、3本の指を駆使して愛撫する。
二つ分の生殖器に満足のゆく刺激が行き渡り、コリンは思わず甘い声を漏らす。
敏感なコリンは体内の睾丸に縮むような感覚を感じ、せり上がってくる快感に応じて肛門も引き締める。コリンの腰も自然と浮き上がる。
そのままシデンが変わらず愛撫していると、コリンは耐えきれずに精を吐き出した。
小さな体に見合うだけの、非常に少量の精液であったが、さらさらとしたそれをシデンは苦もなく口の中で遊ばせ、飲みこんだ。
上等な血でも飲んだかのよう鼻で空気を吸って口でゆったりと吐き出すと、シデンは唇を拭ってから射精の余韻に浸るコリンに軽く口付けを交わす。
「……どうだった?」
「もちろん、気持ち良かったよ……いつもありがとう」
「じゃ、次はコリンがお願いね?」
シデンは長い髪を床に投げ出し御祈りを捧げるように胸の前で手を組んだ。最初こそ、コリンが一方的にシデンにやられる展開であったが、最近はシデンもコリンの愛撫を享受する形になっている。
「おう、任せとけ」
コリンはその細長い舌で以ってシデンの膣口を
利き腕の右腕では陰核を押し潰すように愛撫しそれなりに満足するまで付き合うのだ。シデンの下半身からはじんわりと愛液が漏れ、暖かい快感が下半身を包む。
シデンが徐々に甘い声を上げるようになるが、女性には快感の限界というのは中々訪れない。絶頂の先を見ないまま、コリンの舌が疲れたら付き合ってもらうのを止める。
この世界に来てから本格的な性交は一度も行った事が無いシデンだが、コリンのそれで一応満足していた。女性専用のコミュニティの住人ほどではないが、シデンもまた少々男性不信の気がある物で、コリン以外の男性に対しては臆病な所があった。何かほかにまともな男を見つけたいとも思ってはいたが、いつしかシデンは諦めてコリンで妥協するしかなかったとも言える。
「ごめん、もう舌が疲れて」
「自分は大丈夫だよ。コリンも疲れているんでしょ? 体を拭いたら一緒に寝ましょう?」
「あぁ……」
この世界は、何処へ行ってもいつ死ぬかもわからない環境だ。例え子供が出来ないと分かっていても、シデンは尚早に駆られるように子孫を残す行為に走らずにはいられなかった。
彼女が元いた世界でも、性交は恋人同士が行うべき行為だが、苦しい現実に苛まれるたびに擦れた心はその貞操観念も崩壊させた。
日々を過ごすうちに、少しでも好きという感情があるなら体を許しても良いんじゃないかという甘い甘い貞操観念へと変わって、母親のつもりだった自分がコリンに手を出してしまった時は後悔と自己嫌悪の念に苛まれたりもした。
それでも、シデンは回数を重ねるうちに感覚がマヒし、またコリンはそういうモノだとこの世界の貞操観念に順応していた。
興奮していたコリンも、射精の快感と後に残る落ち着いた時間のおかげで、だいぶ眠れない気分も収まった。
最後にもう一度シデンと口付けを交わすと、二人は静かに眠りにつくのであった。
それは、いつものように行われたいつものような行為なのだが。コリンを好きだという想いを告げられずに悶々とした気持ちを抱えていたシャロットにとっては、今日はいつものようにはいかなかったようだ。
コリンがどうしているのか気になって、ふと様子を覗きに来てみれば、シデンとセットでコリンが居ない。探しに来てみれば二人は絡み合っているという有様であった。
「コリンさん……私が貴方達との間に割って入られる余地はあるのでしょうかね? コリンさん……あんまり私の事なんて見ていないのに」
体を重ねることで幸せそうな二人。いつかシデンの位置を自分が取る事が出来るのかと、シャロットは不安に胸がざわつく。
コリンを独り占めにされているような嫉妬はもちろんあるが、シデンとコリンの付き合いの長さやこれまでの境遇。そして決して憎む事の出来ないシデンの人柄を考えれば、シデンに憤る事は出来なかった。シャロットは、自分のことなど見ていないコリンの顔を思い出し、俯きながらその場を去った。
そして、霧の湖にたどり着いた一行は、早速以って探索を開始する。案の定、時空の叫びの能力を駆使して、コリンとシデンは一番乗りでこの場所に仕掛けを解くのである。
この湖についての資料は極端に少なく、トレジャータウンに赴いた際に見つけたサニーと名乗るキマワリの女性の日記にその存在を確認したくらいであった。星の調査団の団員が偶然見つけたそれを、コリンは穴が開きそうなほど見つめて読みふけった。
そのサニーの日記によれば、夏真っ盛りの六月後半、プクリンのギルドなる者達が探検に赴き、そしてその際に湖を見つけたらしい。
当時は有名な作家であったらしい彼女、サニーは日記の中に『あっと、これ以上書くとテレス様に迷惑がかかりますから、この事はそっと胸にしまっておきますわー。世間にアレの所在が知れ渡ってしまえば大変な事になるから、本に出来ないのが残念極まりないですわー』とのこと。
テレスがユクシーというポケモンである事も、前のページの記述で明らかになっており、 別の資料のうちに、『時の歯車はユクシーが守っている』という記述があり、この場所に時の歯車の存在がある事は濃厚とされていた。
それだけなら、コリンもそこまで気にはしなかっただろうが、彼女の日記に気になる記述があったのだ。この日記、読んでいると彼女の色んな妄想や日々の感想がつづられていて面白いのだが、最後の記述は悲惨な物だ。
数ページ、星の停止により日にちが全く分からなくなって、日々不安に駆られた人たちの暴動や無茶な依頼についての記述が続いていた。食事の回数だけ記された日記の最後のページ。
『ついに、今日……親方と共に食料の独占を起こしている集団の鎮圧に向かう事が決定しましたわ。相手は有象無象の寄せ集めとは言え、600を超える数。戦い疲れて、この体にもボロが出ていますわ……友人のよしみでかまいたちを始め、無所属探検隊の皆さんも参加してくれるそうですが……それでもこの人数差は押しきれる気がしませんわ。
ごめんなさい、この混乱のさなかで生きているかどうかも分からないお母様、お父様。私は貴方達よりも先に死ぬかも知れません。……出来れば死ぬなら、光ある世界で死にたかったのは我がままでしょうかね?
あの日差しの下、また光合成をして……草の香りを嗅ぎたかったですわ。
例えば、国によっては愛する者同士以外での性交というのは邪道かもしれない。というより、シデンが実際にそうだったわけなのでその通りなのだが、この未来世界では軒並み貞操観念は低い傾向にあった。
流石に誰とでもというわけではないが、仲良くなったらお互い挨拶代わりに、というくらいに。
酒も無い、美食も無い、カードゲームも博打も無い。シデンが居た世界のように、ポケモンバトルなどという健全な競技も無い。と、なれば性交くらいしか娯楽と呼べるものが無いのも原因なのかもしれない。
この世界に訪れた当初のシデンの基準で言える『健全な趣味』と言える物は、ともすればコリンの絵画の他には、歌と癒しの鈴で皆の心を和ませようとしたシャロットくらいか。
そのシャロットもまた、この世界に迷い込んできた当初のシデンの基準で言えば、健全な貞操観念はもっていないわけで。ちょっとでも好きな相手が、適当な優男いたなら、処女をさっさとささげてしまおうなんて、ずっと条件に合う人物を心待ちに生きて来たものだ。
しかし、幻のポケモンだと崇められ、相手がなかなか見つからないとかそれだけならいいのだが、彼女自身自分の寿命が長い事がコンプレックスで中々友人を作れずにいた。流石に、容姿が良いだけで体を委ねるような事はしたくは無い。
老衰による衰えと、それによって必ず訪れてしまう別れの連続。シャロットは寂しくなって、大好きな父親に何度か夜伽を求めた事もあったが、もうそんな寂しいお別れもこれっきりだろう。
ここ最近コリンとシデンが破竹の勢いで調査を進めてくれただけあって、シャロットは自身に寿命とは無関係な死が訪れる事を感じていた。だから、今なら体を快感に委ねることになってもいいのではないか?
シデンとコリンの情事を見ているうちに、シャロットはついに決意した。
「あの、コリンさん」
「ん、どうした?」
時計の短針があと一周したらこの場所、霧の湖を引き上げるという時間帯。シャロットは荷物をまとめて寝る準備をしているコリンの元を訪れ、平静を装いながら笑って見せる。
「ちょっと、お話があるんですけれど……二人きりでいいかしら?」
「あら、自分が居たらまずいこと?」
シャロットの改まった頼みを茶化すように、シデンは肩をすくめて笑う。
「いえ、それほど困りませんが……シデンさんが眠れないと思って」
「そうね、お話されたら眠れないわね」
クスクスと笑ってシデンはシャロットの目的を確信した。実年齢は自分よりも年上かもしれないけれど、恐らくシャロットは身も心も老いてはいない、少女のままなのだろう。
若いのならば、そういう事になっても仕方ないわねと、シデンは邪魔をしないよう素直に眠ってあげることにする。
「じゃ、行ってらっしゃい。私は一足先に眠ることにするわ」
「分かったシデン。お休み」
「お休みなさい」
シデンとシャロット、互いに手を振ってその場は別れた。
人気のない所にたどり着くと、シャロットはもじもじとしながらコリンを見つめる。
「あの、コリンさん……」
「あぁ……話ってなんだ?」
「あ、その……私とセックスしてください」
シャロットにとっては初めての誘いである。心臓がわしづかみにされているような、そんな鼓動に息が荒くなる中で勇気を振り絞り、言った言葉のはずだ。平静を装ってこそいるものの、目が泳いでいるとか、そういうことには気づいて欲しかったのだが。
だが、哀しいかな。シャロットとて洞窟の中のような完全な暗闇でもなければ辺りを照らす光も出さない。如何に夜目の利くコリンとはいえ見えないのは仕方がないと擁護してあげるべきか。
「いいよ。そういや最近、探索に夢中でずっとしてなかったもんな」
もじもじとしながら、勇気を振りしぼって性交を要求したシャロットに対する返答は、拍子抜けするほど非常に軽いコリンの返事。
「それじゃ、どうする? シデンはいつも俺を先に気持ち良くしてくれるんだけれど……色々好みってあるでしょ?」
微笑みながらコリンは言った。彼は、強さや絵の腕前のおかげもあってか、非常に人気があるのかもしれない。性交に手慣れた様子の態度がシャロットにはショックであった。
「えと、その……父親以外とは初めてなので、コリンさんの好きにしてください……」
「分かった。それじゃあ、まずは俺がやる。仰向けになってくれ」
コリンは微笑みながらシャロットに性交の手ほどきをする。シデンにそうしたように、丹念にシャロットの体を愛撫して、シャロットの口から甘い息を漏らさせて。
父親と違って、舌の自由度が比べ物にならないコリンの攻めは父親のとは違ってまた新鮮だった。しかもそれだけではない。
「サイズも丁度いいし……よければ挿れちゃっても良いかな?」
親子の間で子供が生まれるのはちょっと……と、父親との情事の間では忌避していた本番の申し入れ。コリンの申し出が嬉しかったシャロットは、二つ返事でOKしたのだが、何の事無いコリンの一言はシャロットの心を抉る事となる。
「あー……俺も進化すればシデンに同じ事出来るんだけれどなー」
何の気ない、悪気のない一言だったのだろう。しかし、シャロットは大きく心を抉られた気分であった。今はサイズがちょうどいいからシャロットとしているが、進化したらもうシャロットは用済みだとでも言いたげなその言葉。
無理もない、コリンは絵画とシデンにしか興味がない。コリンにとって女なんて、コリンが狩った食料を譲って欲しくて自分から体を売ってくるような奴らばかり。黙っていても女に寄りつかれるコリンは、女性の気持ちなんて理解できるはずもなかった。
「あ、そ、そうですよね」
コリンの仲間達から話を聞けば、コリンはすでに何人も子供が生ませているくらい回数を重ねているらしい。その子供のキモリも現在すくすくと成長中だとも。
そうやって多くの女性に子供を孕ませてなおでも、本命は今も昔もシデンであることには変わりないらしく、先程の言葉は本当に悪気のない一言だったのだろう。誰だって、一番好きな人と性交する方が楽しいに決まっている。シデンとは疑似性交しかしていないのが、彼にとって不満なのも仕方のないことだ。
性交の楽しさは性技の良し悪しや相性も関わるだろうが、相手への好意だって大きくかかわるはずだ。コリンの様子を見るにシャロットとの性交は、性技も好意もシデンと比べてはるかに劣るであろうという事は明らかだ。それを理解して、シャロットは思う。
コリンさんは目の前に居る私のことすら見ていないんだ――そう思うと、シャロットは切なかった。涙こそ流さなかったが、コリンに好意を抱いてもらえていないのは、目をそむけたい事実だ。
コリンに抱かれてその快感を貪るよりも先に、シャロットはただ悲しかった。
「ふぅ……中々良かったよ、シャロット。結構経験積んでる?」
何の悪気も無いコリンのセリフ。中々良かったというのは、良くも悪くもコリンは女性との沢山経験を積んでいるという事で、その上で特別な存在とは思われていないという事。
「ええ……といっても相手は父さんとだけですが。本番は今回が初めてだから経験が無いって言った方が正しいですが……あと、コリンさんに対しての勝手が分からないので少し戸惑ってしまいました……」
特別な存在とは認識されていないのだから、シャロットもコリンに対してなんの好意も無い風に言葉を返すしかなかった。ゴーストタウンとなった書斎の戯曲で見たような、甘い恋愛はこの世界に無いのだと、理解せざるを得なかった。
「そっか―。それじゃあ、これからどんどん上手くなっていくんだろうな。期待してるよ」
コリンは自分とシャロットの体を拭くと、すっと立ち上がる。
「それじゃ、シャロットはもう大丈夫だな?」
「ええ、問題ありませんわ」
軽く二言三言交わしただけとはいえ、きちんと後処理をやってから退散するあたり、コリンは性格も悪いわけではない。けれど、その後一緒に寝るのはやっぱりシデンと一緒なんだと思うとやるせない。
後処理をして、口付けを交わして、最後に添い寝をする。そんな、二人にとっては当たり前の事が自分には入る余地が無い。
コリンの好意が全く受けられていない事が寂しくなって、シャロットは一人動かない空を見つめていた。
◇
「さて、全員そろったな」
大量のコミュニティの連合となった、<星の調査団>のメンバーを見回し、エリックは嬉しそうな表情を見せる。
「今回のシンポジウムでは、皆に良い知らせがある」
そう言ったエリックの話の腰を折るようにして、エイパムの青年が尻尾を高々と掲げる。
「はいはい、その前に注目……」
そして、この場にふさわしくない、軽い口調でエイパムは言った。そのふざけたような物言いの口調に加えて、上空に放つ眩いばかりのスピードスター。その不快な態度に対して次々と野次が飛ぶ中、悪びれる様子も無くエイパムは続ける。
「このコミュニティ連合、『星の調査団』……この集団は危険因子と見做され……俺達『時の守り人』の前に処断されることが決定しました……と、お伝えしますよ。みなさん、大人しく死んでくれないかな?」
言い終える前に、ざわめきがその場を支配したが、彼の所属するコミュニティのみが整然とした様子で立ちあがった。
「ドゥーン様……後はいかようにもお任せいたします」
そのコミュニティのリーダーらしいエイパムが大げさに跪いて見せると、虚空から巨大な体躯のポケモンが現れる。全身が灰色。腹に顔のような模様が刻まれ、巨大な5本の指を持つ。
下半身は煙が立ち上っているように途切れて上半身しか存在せず。地上から数十cmのところで浮かんでいて、足は無い。顔にある大きな一つ目は、漆黒に赤という警戒色のカラーリング。
要は、見るからに恐ろしいポケモン――ヨノワールだった。
「あのヨノワール……ディアルガの匂い……? まさか、そんなのありえるの? いや、あいつだけじゃない……遠くからだけれど、完全に囲まれている」
シャロットが驚きながら身をすくめるのをコリンは聞いた。
「聞いてのとおりだ」
そして、恐ろしいのは見た目ばかりではなく、その体から伝わってくる圧倒的な威圧感だった。他の者たちより頭一つどころか四つは抜けて強いコリンやシデンでさえも畏怖するほどだ。
「て、てめぇ……何を言ってやがるんだ」
そう言って、アブソルの男がドゥーンという名前らしいヨノワールに食ってかかるが……
ドンッ……と、小突く音が鈍く響き渡ると、それ一発だった。通常、攻撃をする時には肉体であろうと息であろうと声であろうと、その部位に波導――タイプに応じた力を付加する物だ。例えば炎タイプの攻撃ならば『炎のパンチ』のように呼称する。
だが、そのヨノワールは波導を込めた様子もないパンチ一発でアブソルを突き飛ばし、昏倒させた。
「話を聞けない者、抵抗する者は例外なく……こうだ」
それに、彼の周りを囲んでいるポケモン――瞳が宝石で構成され、体のいたるところにも色とりどりの結晶が析出している、紫色の2速歩行型のポケモン――ヤミラミも、戦力としては悪く無く、むしろ優れた力をもっている。
更には、少数だがドータクンやガブリアス。ルナトーンやソルロックなども連れており、そのどれもが屈強で鍛え上げられていることを感じさせる。
「歴史を変えると言う行為は、大罪だ……まぁ、なんというのだ? 多くの者が騙されているので、丁寧に教えてやろうか」
先程のアブソルの犠牲は、非常に有効であった。あそこまで見事に力の差を見せつけられては、もはや誰も逆らう気など起きず。逆らう気が起きたとしても、コリン等の『星の調査団』きっての強者が動かない以上、今はまだその時じゃないと誰もが感じていた。
「過去に行って歴史を変えるという事はだ……即ち、未来を変えるという事。お前らの計画が成功してこの世界が光ある世界になったとしよう……。
この世界が本来のように闇の世界になった時は暴動・殺し合い・自殺などで多くの罪の無い物が犠牲となった……が、逆に言えばその犠牲というものがあったおかげで、くっついた
要は、闇の世界があったからこそ、今ここにいるお前らが生まれたわけだ。では、光のある世界ではお前らが生まれるか? 答えはNOだ……お前らは生まれない。だから消滅する……そういう単純な話だ」
そこまで演説のように喋り、ドゥーンと名乗るヨノワールは溜め息をつく。
「……そこまでは、エリックもこいつらに説明したと聞いている。過去を変えるには必然的に過去の世界に行かなければならない。
過去の世界に行けるという事がそもそもの報酬であるため、『歴史改編によって消滅の憂き目にあっても構わない』……とする者が、その事情を説明されている……と、このエイパム、ケビンから聞いている」
ドゥーンはきつい眼差しでエリックを睨む。実際に、コリンもそこまでは聞いていた。歴史が変われば自分も消える、だがそれでいいとも思えた。
反面、ドゥーンが今さっき確認した事実すら教えられていない末端構成員は、自身が消滅するという事実にどよめいてしまう。自分達が消えてしまう事を知らないもの達は、過去へ送り届ける目処が立っていない、いわゆる居残り組。
居残りの上に、自分達が消えるという事実を改めて説明されたとあれば、『ならば何のために歴史を変えるのか?』と、恨み事も言いたくなる。逆に、過去の歴史を変えれば自分も消滅する事実を知っているコリンはドゥーンの語る言葉を冷静に受け止めていた。
「だがな、セレビィは時渡りポケモンと言う肩書を持つだけに、実の所事情は別だ……その二人のセレビィだけは、『光ある世界でも生き残る事が出来る』のだ。羨ましいことだな、いい身分だな。エリック=セレビィ?」
「何を言っている……そんな事はない!! 歴史を変えれば私だって消滅するぞ!?」
エリックは必死になって否定するが、それをケビンは嘲笑った。コミュニティの眼の殆どが、疑心暗鬼なものに変わる
「いやいや、お前さん頑張っている奴には話していたじゃないのかよ? 世界が光を取り戻しても自分達は救われないってさ。お前が生き残る、という事は否定出来ても……消滅する事は否定できないんだよな? 過去へ行って仕事を行うだけの素養が無いものには、嘘をついていた事は否定しないんだろう?」
ケラケラと耳障りな笑い声を上げてケビンは笑う。
「俺達は生き残れないっていうのは聞いたけれど、お前らは生き残るのかよ……エリック」
誰かが声を上げる。その『誰か』は、コリン程ではないが情報収集に尽力してくれたクヌギダマの青年であった。ドゥーンの言葉は嘘であるが、騙されてしまえば『エリックだけ生き残るなんて不公平だ』と、誰もが思わずにはいられない。
コリンはドゥーンの言葉は話半分に受け止めていただけに騙される事はなかったが、そういう者たちばかりではない。後出しされたドゥーンの言葉を真に受けてしまうものだっている。
「おい……シャロット。あいつの話、本当なのか?」
「いや、私たちだって生き残らないはずよ……だから、これは……奴らが皆に反感を買わせるための出まかせ……って言って、信じてもらえればいいんだけれど……」
非常に動揺した様子で、シャロットは周囲の視線から眼を逸らす。
「そうだ。エリックは二重の嘘をついていたんだ……まず、やる気の乏しい隊員に対しては何も教えない。やる気の満ちた者達には、この世界を救っても自分達は生きられないという事を教えていたのは……まぁ、一部の者達は知っていたと思う。
しかし、最後の秘密……歴史を改編してもセレビィだけは生き残るという事を教えることもせず……私利私欲のために歴史の改編を実行しようとした罪は重い」
ドゥーンはそうやって、演説のように罪状を述べ続ける。
「何故だ……何故貴様らがここにいるのだ!! 星の調査団の団員に時の守り人がいない事は……きちんと確認したというのに」
その眼前で、エリックは、ありえないといった風にうろたえた。確かに、彼はシャロットと一緒に時の守人の手の物を暗殺してきた……はず。
「ディアルガに近しくした者の匂いは、少年が老いる時間を経ようと、そう簡単に消えるものではないはず……そんな匂いがする者は仲間にした覚えはない……」
独り言を喋りながらエリックは首を振って、この状況に苦虫をかみつぶした表情をする。
「『独断で新しい仲間をコミュニティに迎えるのは禁止』だったっけか、エリックさん? すまんね、俺達のコミュニティは、それ自体がディアルガ様とは遠いところで育てられた時の守人の構成員。お前を殺すためだけに、わざわざ結成させられた集団だよ。
だからあんたの言うようなディアルガの匂いとやらもしないから警戒もされない。神であるディアルガ様の御尊顔を賜る事はまだ叶わないのが残念だけれど……お前ら星の調査団を潰すきっかけとなった以上、出世も進化も思いのままだね。
いよいよもってさようなら、そして御苦労さま、さらに加えてありがとう」
先ほどのエイパムが、神経を逆なでするような挑発的な口調で、エリックに言って嘲笑う。
「さて、どうするよ皆さん? 怒ったドゥーン様は怖いよ……おまけに、手下も有能な子達がずらり揃っているときたものだ。逆らえば、嬲り殺し……でも、逆らわなくても皆殺しかね?
さあさあ、これは愉快。楽に死んでしまった方がいいんじゃないのかな……? ほら、エリックさん。貴方が私利私欲のために皆を利用したとわかったら、味方も見限ってしまったみたいだね。皆が皆、あんたのために爪や牙を振るってはくれなさそうじゃないか。
皆裏切られたって感じているんだろうね……エリックさんを護ろうという気は薄まっている……」
ここでケビンは口調を変える。
「当然だよ。俺だったら、そんな嘘をつかれたらとっくに襲いかかっている……こんな屑、殺しちまえばいい……」
憎しみを込めた口調であった。憎しみを伝播させる口調であった。演技なのか本気なのかは伺い知れないが、少なくともこれだけの人数が居れば騙される人はいるくらいの演技力はある。
そんなどこか演技がかった口調のケビンを、ドゥーンは困り顔で見て溜め息をつく。
「先程はケビンが皆殺しにするべきだと言ったが、その必要は無い。要は……歴史を変えることの罪深さを知りつつ、その計画に参加した者を見せしめに殺せばいいのだ。だが、我らにも慈悲はある……罪人エリックと罪人シャロットを捉え、殺すのに協力したものには恩赦を与えて特別に逃そう」
『皆殺し』……と言う言葉を聞いて、誰もが恐れおののき、ある者はこの時点で悲鳴をあげながら逃げ出すものもいれば、コリンやシデンのように自身の牙を研ぎ澄まして戦闘の準備を始める者もいた。
「全員静まれ!! 逃げる必要も戦う必要も無い」
ドゥーンに答えを求められたエリックは大声を張り上げる。
「父……さん?」
「歴史の改編が罪だというのは、私だけが知っていた事実……娘にすら教えてはいない」
エリックのそれは嘘である。それに加えて、知らなかったから許せというのは何とも虫の良い話し。エリックは幾度となく時の守人を暗殺してきたが、それ程の実力者であっても
「他の者は無知なだけだ……それを責めてくれるな」
我ながら苦しい言い訳であるとエリック自身も自覚していた。情に訴えて聞くような相手であれば、これでも通じる……が、それは何の根拠も無い淡い期待でしかない。
この泣き落としが通じないのであれば、大量の人員を巻き込んでしまうかもしれないが、なんとか娘だけでも助けなければとエリックは最終手段への準備は怠らない。
セレビィの最強最後のフォルムチェンジ、ゴーレムフォルムならば、娘を守ることくらいならば難しくないはず。
「いや、いくらなんでも無理があるだろ。ドゥーンとかいう奴はそんな事に騙される奴じゃないだろ……」
「うん……」
コリンとシデンも、エリックの言葉に何らかの効果など期待してはおらず、最初からあきらめて戦う準備をした。全員が戦う気になれば、あるいは勝てるであろう戦いだが、一斉に逃げるようなことがあれば、半数以上が追撃の餌食になるであろう。
ならば先陣を切って戦い、皆の火付け役になる者たちが必要だと、二人の意見は一致している。
戦いになれば、勝利と敗北どちらの可能性も捨てきれないということだろうか、敵の大将と思われるドゥーンは意外な反応を見せた。
「ほう……エリック。お前は『歴史の改編が罪だとわかっていて』、それなのに『罪である事を部下達には教えなかった』。そう言うのだな?」
「あ、あぁ……」
淡い期待が、何故だか現実のものになりそうなので、予想外の事にエリックは驚きながら頷いた。
「ふむ……ならばお前の罪はそれだけ重い事になるな。故に、刑罰も楽なものではない……と言う事になるが、それでもいいというのならばその言葉を信じよう」
一瞬、腹にある顔の模様を笑わせたかと思うと、ドゥーンはエリックに対し試すような口調で問いかける。
「……構わん」
絞り出すような口調で、エリックは覚悟を極める。
「ドゥーン様!? こんな御託を鵜呑みにするのですか? それではあまりに軽率すぎま……」
「ならば後々、もしこの者の言う事が真実だった場合は、お前も斬首刑に処される覚悟……と言うのならば考えよう。例えば、このセレビィの娘……シャロットとか言ったかな? 罪の無いこいつをを無為に殺す必要もないだろう?」
ドゥーンはケビンの言葉を遮って諌める。
「全く……気にいらないねぇ。ドゥーン様はもっとサディストになってもいいと思うよ。徹底的にやらなきゃ、また同じ事をやる奴が現れるでしょ?」
「ほざいていろ。お前の手柄は認めるが、この場を収める権限は私のものだ、ケビン」
ケビンはドゥーンに対して毒づくが、出来るのはそこまでであって、それ以上の口出しは出来ず、唾を吐いて舌打ちした。
「それで、他の者は……どうなる?」
エリックにとって、自分の身に起こるであろう恐怖は相当なものであるだろう。しかし、それをまるで他人事のように意識の外に追いやり、ドゥーンに尋ねた。ドゥーンもそれなりに評価するような目でエリックを見て、言った。
「お前の処刑の風景を見せ、怖気づけさせたところで……反抗しない者は目印を付けて開放する。だが、反抗した者は構わん……その者も容赦なくお前と同じ末路をたどらされると思え」
冷たく冷やかに。だが、どこかに温かみを感じる――哀れむ口調でドゥーンは言い放った。
「……ふん。エリックを殺すのは胸糞が悪いってか。ならやるんじゃねえよ……過去へ行けるチャンスが消されるなんて……」
ドゥーンの哀れむような口調を聞いて、コリンは思わず独り言を漏らした。その言葉通りに思うと、コリンは完全にドゥーンと名乗るヨノワールが憎くてたまらない。
それより大変なのはシャロットだった。恐らくコリンより遥かに長い間過去を夢見てきたであろうし、その夢を絶たれた上に父親を失いかねない状況。シャロットの精神年齢が見た目どおり幼かろうと、本当は大人びていようと、今から目の前で父親を失うのだ。平気で居られるはずがない。
シデンは地面に伏して押し殺すように泣いているシャロットを黙って抱きしめる。シャロットは目から溢れる涙を押さえようともせず、抱かれたその腕に応え、シデンの胸に顔を埋めた。
ドゥーンたちに連行されるその間、シャロットはずっと泣いていた。コリンもシデンもかける言葉を見つけることが出来ず、沈黙した。
シデン「ところで、シャロットってラッキョウって意味のエシャロットから来ているのよね?」
シャロット「エシャロットはラッキョウも含まれますが……ユリ科の植物の球根全般です」
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