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日陰と月影 -Shade and Moonlight- 3

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SOSIA.Ⅵ

日陰と月影 -Shade and Moonlight- 

Written by March Hare

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19 


 僕が現れたのを見て、シャロンさんの瞳に迷いが生じているのは明らかだった。
 ばかげてる。
「いやー皆さん派手にやっておりますねー」
「感心してる場合じゃないでしょ!」
 孔雀さんに抱かれて飛んできたのはちょっと格好がつかないが、ラティアスのセルアナに僕が乗ってアスペル先輩を孔雀さんが連れてくるわけにもいかない。
「シオン君……ですか」
 クロバットのキャシーに乗ってアスペル先輩と戦っていたのはキールさんだった。シャロンさんとは違って、孔雀とシオンの姿を認めても、彼の瞳には迷いのない意志が見えた。
「キールさん……僕に休暇を取らせたのはこのためだったんですか」
「そうです。相手は君の肉親ですからね。正しい判断を狂わせてしまいます」
 ローレルの姿はここにはない。どこかへ逃げたのか、それともやられてしまったのか。気が気でないのは言うまでもないが、この(ポケモン)相手に冷静さを失うわけにはいかない。
「おかしいです」
「おかしい、とは。私の主張に矛盾があるということですか」
「ラウジの仇討ちだなんて、それこそ私情じゃないですか。こんなことに意味なんてあるの? 誰が喜ぶというんですか」
「……君の口からそのようなことを言われるとはね。ですが、シオン君の意見は憶測と感情論でしかありません。私はランナベールにとって必要だと思ったからこそこの作戦を動かしていたのですよ。ラウジの仇討ちなどはついでに過ぎません。主目的は、この国を跋扈するハンターへの牽制です。二度とあんな事件を起こしてはならない。相応の対価さえあればあらゆる仕事を請け負う……この国のルールに従えば、それは個人の自由です。ですが、国そのものへ牙を剥くことは許されてはならない。北凰騎士団に最も大きな被害を与えたグラティス・アレンザをその標的とし、ハンター達に知らしめるのです。自由の中にも決して侵してはならない領域があるということを」
「それは……」
 僕はセルアナに聞いて、勢いで飛び出してきただけだ。キールさんには信念がある。それでも、やっぱり彼は間違ってると思う。
「ランナベールの国は勝った。国中のハンターを雇っても国家には勝てなかった。それで十分じゃないんですか」
「幸運に味方されて掴み取った紙一重の勝利などでは次に続きません。あわやヴァンジェスティ夫人とフィオーナ嬢の命が奪われるところであったと言っていたのはシオン君でしょう。災いの芽は摘み取っておくべきです」
「……どうして、彼らなんですか」
「おいお前ら」
 目の前でそんな話を聞かされて、当人が黙っているはずがなかった。ルードは怒りに肩を震わせ、青い炎のような波導の光が全身を包んでいた。
「さっきから大人しく聞いてりゃ好き勝手言いやがって。オレらはてめえらの事情なんて知った事じゃねェんだよ。私兵団様がなんだってんだ。胸糞悪いったらありゃしねェ。まとめてぶっ殺しゃいいのか? そうなんだな?」
「待って、僕はきみ達を助けに……」
「余計なお世話だっつってんだ! わかんねェのか? そのお高くとまった態度がムカつくんだよ。なーにがきみ()だ? お前は弟の命が惜しいだけだろうが」
 弟の命、と聞いてはっとした。ローレルはどこにいるのか。
 洋上には筏らしきものの残骸が散らばっている。少し離れたところにリザードのセキイとチャーレムのロスティリーを背に乗せたオーダイル――進化したメントか。いくら見回してもローレルの姿はない。
「オレが代わりに言ってやる。お前に助けられるくらいなら仲間と死ぬことを選ぶってな。あいつはそういう奴だ」
 ローレルの映像がルードのバックにはっきりと見えた。彼の意見は、少なくともこの場にいる他の誰よりも的を射ていて、ローレルの意志を反映していた。
「アスペル先輩。わかっていなかったのは僕達の方だったみたいです」
「良いのですか、シオンさま?」
 沈黙を守っていた孔雀さんが初めて口を開いた。
「正しいことを望む必要はありません。シオンさまがお望みならば、力ずくにでもローレルさまのご友人の命を救いましょう」
「偉そうな口叩いてんじゃねェよ。ここで会ったが百年目だ。今度こそ決着をつけて――」
「周りが見えていらっしゃないようですね。この状況でわたしを敵に回したらあなたがたに勝ち目は万に一つもありませんよ? わたしはあなたの挑戦を受けてもよろしいのですが、そこの眼鏡の仔が正々堂々と戦う筈がありませんから」
 眼鏡の仔、という表現にキールさんは一瞬こめかみをピクンとさせた。一応孔雀さんより年上だから、当然の反応なのかもしれないが。
「よくわかっておいでのようですね。戦場では最後に立っていた者が勝ちです。私は自己の欲を満たすだけの戦闘狂(バトルマニア)ではありません。軍師として常に優先するものは損失をいかに少なく勝利を掴み取るかです」
 彼らに残された選択肢は、誇りを捨てて僕たちに助けを乞うか、戦って死ぬかの二択だ。そのどちらかしかなかった。そして、少なくともルードの中では――すでに答えは出ているのだ。ローレルの意志が宿っているならば。
「……仕方ねェな」
 ルードは構えていた腕をすっと下げた。
「オレを殺して終わりにしろ。だが、恥を忍んで頼む。あいつらだけは逃がしてやってくれねェか。ローレルとキアラは……」
 だから、ルードの口から紡がれる言葉が、シオンの耳にはすぐには入ってこなかった。ルードは暗い海を、バラバラになった筏を見回して、メントと顔を合わせた。メントは黙って首を左右に振った。
「……もう、死んだんだろ。ならいいじゃねェか。グラティス・アレンザはリーダーと、一番アタマの回るヤツを失った。もう終わりなんだよ。ただの戦闘バカのオレでもわかってんだよ」
「二匹が逃げたという可能性はないのですか? そのような茶番に私が惑わされるとでも――」
「それはありえない……と思います、キールさん」
 僕はルードに味方したわけじゃない。ただ、ローレルが仲間を置いて自分だけ逃げるような真似をするなんてあり得ない。あのキアラとかいうフローゼルは知らないが、いずれにしてもローレルが許すはずがない。
「ローレルはそういう仔です。ハンターになったとて、ローレルの心は変わりません」
 沈黙が、闇を深く、深く包み込んだ。
 海岸の方から絶壁に当たって砕ける波の音だけが響く。全ての視線は決定権を握っているキールに集まっている。
 キールはそっと眼鏡を外した。
「……わかりました」
「なっ、キール……!」
「キール隊長っ?」
 シャロンとキャシーは驚きを隠せずに声を上げた。シオンとて声こそ出さなかったが、あまりに意外な答えに息を呑んだ。
「まったく、士気が削がれましたよ。ルード……でしたか。貴方の身柄を拘束します。そちらの三匹は今すぐ、何処へなりとも消えるがよろしい。私の気が変わらぬうちにね。二度とこの国に姿を現さないことです」
「そんなっ……ローレルも、キアラも、る、ルードの兄貴もなしにおれたちどうやって――」
「グダグダ言ってんじゃねェ! 黙って行けメント!」
 ルードはメントの方を見ずに、片手で波導弾を投げつけた。
「うわわっ……! わ、わかった! お、おれたち、絶対助けに来るからっ!」
 固まって動けなかったメントも、波導弾を避けるのをきっかけに、弾かれたように泳ぎ出した。振り返らずに離れてゆく、リザードとチャーレムを背に乗せたオーダイルを追う者は誰もいない。それでも必死に、見えない何かから逃げるように。
 この結末に誰一匹(ひとり)、文句をつけられる者はいなかった。
 弟を失ったという現実は僕の心に重くのしかかることもなく、宙に浮いたまま漂っていた。それはきっと僕よりも目の前にいる彼の方がずっと辛そうだったからだ。
 孔雀さんが僕を抱く腕にぎゅっと力を込めた。そのあたたかさが嬉しかった。けれど今はそのあたたかさも、ローレルを誰よりも大切に思っていた無二の親友に、悲しみを背負うばかりのルードに悪いような気がした。

20 


 ルードは旧保安庁北部署、現北凰騎士団保安隊に引き渡された。処分が決まるまでは地下牢に幽閉されることとなる。
「して、アスペル。何だこれは」
 総長室。翌朝、アスペルが一匹で総長室に現れた。キールは事の次第を報告に上がり、個人の判断で勝手に団の一部を動かしたことで一ヶ月の減給を言い渡されたところだった。
「見ての通りです」
 ボスコーン団長はドサイドンの巨体を収める大きくて頑丈な石製の椅子に座って、机の上に出された封筒を怪訝な顔で見つめていた。封筒には『辞表』の二文字。
「俺はどうも私兵団とは価値観が合わへんみたいですわ」
「お前は何を言っているんだ」
 団長は真顔でアスペルの顔を見返した。
「私兵団と価値観が合わんだと? それはこの私と馬が合わないということか?」
「いや……それは」
「フン。貴様のことだ、大方そこのキールと諍いでも起こしたのであろう」
 団長はのっしと立ち上がり、アスペルの首根っこを掴まえた。そのまま一歩こちらへ踏み込んで、同じようにキールの首を掴んで持ち上げた。ドサイドンの怪力の前ではキールもアスペルも赤子同然だった。二匹はそのまま、頭を思いきりぶつけられた。
「うおっ!」
「ひあっ」
 鋼タイプの私とて大顎型の角以外はそこまで硬いわけではない。首を離されてポトリと地面に落ちたキールは、頭を押さえてうずくまった。前を見るとアスペルは尻餅をついて団長を見上げていた。
「この阿呆どもが!」
 爆音。まさに空気を揺るがすような爆音が、頭上から降り注いだ。
「私という団長がありながら身勝手に動きおって、終いには団を辞めるだと!? 貴様らはそれでも隊長か? 一小隊をその手に預けられている自覚と責任感はあるのか?」
 不覚。何故私がこのような叱責を浴びねばならぬのですか。
 アスペルの所為だ。この直情径行男があんなことで辞表など出そうとするからではありませんか。
「先の反乱事件の事後処理! 構造改革により保安隊の統合! ただでさえ忙しいというのに内輪揉めなどしている場合か! 恥を知れ恥を!」
 団長は机の上の辞表をむんずと掴んで地面にたたきつけると、岩の足で踏み潰して散り散りに破いてしまった。
「わかったらさっさと訓練の準備を始めろ!」
「は、はひっ」「……はい」
 まったく、アスペル君の所為でとんだ災難です。この牡は本当に頭を使うことを知らない。うまく立ち回れば表向きは何も無かった事にさえできたというのに。
「失礼します」
 またとんでもないタイミングで。
「シオンか。キールの奴がお前には休暇を取らせろと提案していたはずだが……なるほど。私もこやつの掌の上だったというわけか」
 ボスコーン団長も団を一つ任せられるだけのことはあり、莫迦ではない。これだけのボロが出てしまうともはやキールの意図などお見通しなのだろう。
「それは……そんなことはありません、団長。キールさんのお陰で、また今日から頑張ろうって気になれました」
 だのにこの仔は、どうしてそこまでお人よしなのか。私は貴方を出し抜いて弟を殺してしまったというのに。
「ほう。では昨日までは腐っていたのか。莫迦者が。部下の死ごときでいちいち沈んでおっては隊長など務まらんぞ」
「申し訳ありません。仰る通りです」
「ふん。お前が心を清算したのだということは顔を見ればわかる。さっさと訓練準備を始めろ。ドルリが待っているぞ」
「はい!」
 つまるところ私もシャロンも、仇討ちに走っていたポケモン達は弱かったのだ。シオンは本当の意味でラウジの死を無駄にしなかった。
「アスペルさん、キールさん。行きましょう」
「おう」「はい」
 強さとはきっと、悲しみも憎しみも、全てのマイナスをプラスに変えてしまうことなのだろう。

21 


 話は少し前に戻る――

 どれくらいの時間が経っただろう。目に映るのは星空をバックに、今にも泣きそうなキアラの顔――
「ローレル!」
 ああ、そうか。俺は助けられたのか。また彼女に。
「……良かった。貴方が無事で良かった」
「キアラ……」
 喉や鼻が痛い。ずいぶん海水を飲んでしまったようだ。ここは陸の上か――潮騒が聞こえる。海岸まで泳いで俺を運んでくれたのか。
「命に別状はないようで……一安心ですね」
 キアラの後ろから、聞き慣れない声がした。とても落ち着いた響きで優しく、それでいてどこか威厳を感じさせる女性(じょせい)の声。
「あなたは……」
 彼女の姿を視界に収めようと体を起こした。伸びた(たてがみ)が風に揺れるそのエネコロロは、一目でただ者ではないとわかる神秘的なオーラを纏っていた。背後に佇む大きなゴルーグがまるで背景にしか見えないくらい。
「私はフィオーナ=ヴァンジェスティ。あなたの御賢兄の婚約者……つまり、あなたの義姉(あね)となる者ですわ」
 それが、流れるような言葉遣いで、俺の義姉だと名乗るのだから、その意味を理解するのに数瞬の間を要した。ヴァンジェスティ……? ランナベールに住む者なら誰でも知っている。俺は一度だけ実際に見たこともある。昔、セーラリュートの学園祭で。如何なる縁か、兄ちゃんと恋仲になって。
「あ、あ、あなたが……フィオーナ……さ、さん?」
「はい」
 月に照らされた微笑みはもう美しいだとか優雅だとかの域を超えて幻想的で、ほんとうに空の上の月から降臨したと言われても疑えないくらいだった。
「あ、えっと、その……」
 まともに話ができない。言葉が紡げない。
「ふふ、シオンによく似ているわね」
「お、俺が兄ちゃ――兄に?」
「そう堅くならなくとも構いませんのに」
 フィオーナが歩み寄ってきた。あまりに突然で、けれど自然な動きだったから驚くこともできなかった。脳を揺るがすような色気のあるフェロモンの匂いが鼻をついた。犯しがたい神聖さを纏っているのに、その香りはあまりにも蠱惑的だった。
「自然体で良いのですよ。私達は姉弟も同然なのですから」
 そんなフィオーナに頭を撫でられて、緊張が解れる牡仔(だんし)などいるものか。発狂して叫んでしまいそうだ。
 キアラに小突かれていなければ正気を保てていなかった。今はフィオーナの魅力に取りつかれてくらくらしてる場合じゃない。
 それでなんとか落ち着きを取り戻して、頭の中を整理する。確認しなければならないことは何か。俺は、あの時――
 肺に水を流し込まれたような冷たさが広がった。
「みんなは? 他のみんなはどうなったの?」
 キアラは俯いて押し黙ったまま、フィオーナはそんなキアラを悼むように目を伏せていた。
「……ローレル、ごめん。私は……私は、貴方を助けるだけで精一杯だったの」
「な……」
 皆を見捨てたっていうのか。そうか、俺をあの時海に引きずり込んだのは。
「わかってる。貴方はこんなこと望んでないって。ローレルなら自分だけ助かるくらいなら最後まで皆と一緒に戦って死ぬことを選ぶって。それがわかっていたから、私はこうしたの。全部私のエゴでね」
「キアラ……自分が何を言ってるのかわかってるの? 俺が望まないってわかってるなら、どうして! 二匹だけ生き残って逃げ延びて何になるのさ!?」
「見損なったでしょう。けれど私は貴方が生きていればそれでいいの。貴方に嫌われても貴方が口をきいてくれなくなっても、この先二度と会えなくなってても……貴方が私に死んで詫びろというのなら喜んでそうするわ」
「ふざけるな! 俺を莫迦にしてるのか? ランナベールはどっちだ? 今すぐに戻って皆を――」
「落ち着きなさい」
 心に直接針を打ち込まれたみたいだった。それくらいフィオーナの言葉には有無を言わせないだけの威厳があった。
「ここはランナベールから随分と東に離れた海岸です……彼女がここまで貴方を連れて泳いできたのだとしたら、時間が経ちすぎていますわ」
「でも――」
「彼女の気持ちを無駄にするつもりですか? あなたの心に自分がいなくなってしまうことを覚悟で、なおあなたには生きていてほしいと願ったのです。私などには到底真似できるものではありません……」
 キアラの気持ち? 究極の愛とは何か、これがその答えだというのか。俺の怒りはキアラに向かうべきなのか?
 それは違う気がした。そうするのは簡単だ。キアラの所為にしてしまえばこれほど楽なことはない。キアラは、そこまで見越していた?
「フィオーナさんこそ、貴女の命を狙う者に加担した私達を見逃してくれるというのだから。それこそ私には真似できないわ。まあ、私は殺されても構わないけれど」
「キアラ……」
 皆が死んだと決まったわけじゃない。グラティス・アレンザはそんなに弱くない。あの状況ではもともと皆が助かる方法なんてなかったんだ。それぞれがそれぞれの身を助けるしか。
「二郎、あれを」
「イイノカ」
「私は間違っていました。キアラさんに思い知らされましたわ」
 フィオーナが二郎と呼ばれたゴルーグから受け取ったのは、まるで何の変哲もなさそうな鈴だった。フィオーナはその鈴を大事そうにローレルの首に掛けた。
「それはやすらぎの鈴。戦場で傷ついた者達の心を癒してきたという伝説があるの。いくつもの悲しみを乗り越えて戦った古の王たちの中には、この鈴を手にしていた者が多かったというわ」
 話には聞いたことがある。まるで魔法みたいな効果を本当に持った装飾品がこの世界にはいくつか存在する。ポケモンの進化を止めてしまう変わらずの石や、近づく者の魂を吸い取って装備者の生命力に変えてしまうという呪われた貝殻の鈴、持つとお金が貯まるという小判まで。その効果も存在も確かなものなのかどうかはわからない。そんな物の一つが、このやすらぎの鈴なのだという。
「行きなさい。あなたがたが生きていると知れたら、追手が差し向けられるでしょう。私兵団や保安隊の者に見つかってしまったら私はあなたの義姉としてではなく、ヴァンジェスティ当主の娘として、ランナベールの王女としての裁断を下さねばならなくなります」
 フィオーナは最後にもう一度だけ、瀟洒な満月の輝きのような笑顔を見せてくれた。
「ありがとうございます、フィオーナさん……いえ、お義姉(ねえ)様!」
 ローレルはジルベールの方へ駆け出した。キアラも一瞬逡巡したみたいだったけれど、すぐ後についてきた。
 もう振り向かない。走る度になるやすらぎの鈴の音は、まるで母のようなあたたかさで――母なる大地が、この世界そのものが俺を赦してくれるような、そんな心地がした。
 もうじき、日が昇る。

22 


 サボっていたせいで久しぶりの訓練は体に(こた)えるものがあったが、部下の手前泣き言も言っていられない。何とかいつも通りの内容を熟して、帰宅した。
「ただいま」
 迎えてくれる使用人も増えて、この家も賑やかになった。
「お帰りなさい、シオン」
 出迎えてくれたのは、使用人ではなかった。そこに立っているだけで優雅で、ロビーの雰囲気を一変させる。この家はそんじょそこらの金持ちの家なんかじゃなくて、この国随一の資産家にして支配者、ヴァンジェスティの家だということを改めて実感させられる。
「ぽかんと口を開けてどうしたのです? はしたないですわよ」
 フィオーナはすたすたと歩み寄ってきて、前足でシオンの口を閉じた。近づかれると、甘いような花のような、フェロモンの香りは脳天まで痺れそうになる。
「フィオーナ……」
「はい?」
 本物だ。本物のフィオーナだ。
「会いたかったよぉ……!」
 気づいたら体ごと、彼女に飛びついていた。
「ちょっと、シオン……!」
 二匹はもつれあうように倒れて、ロビーに転がった。何も考えられなかった。帰ってきてくれただけで何よりも嬉しかった。
「あらあら。やはりさすがの橄欖ちゃんもフィオーナさまには勝てませんねー」
「そのようなことをいちいち言われなくても、わかっています! 悔しいですが……」
「橄欖さん……ふぁいと! ですよぉ。僕はぁ、応援していますからぁ」
「執事やメイドってのはこんな不謹慎な発言を繰り返すヤツでも務まるのかい。主人も主人でとんだバカップルだよまったく」
「あははー! 一子姉さんが一番不謹慎だね!」
「三太・殺サレルゾ」
 いつの間にか、使用人一同がロビーに集まっていた。
「シオン! 皆さんの見ている前でこのようなことは……」
「だってずっとずーっといなかったじゃない! どこに行ってたのさ……寂しかったんだから」
「そのことはきちんと話しますから、今は落ち着きなさい? もう、恥ずかしいではありませんか!」
 この日、ようやく僕の日常が戻ってきた。私兵団に復帰して、フィオーナも帰ってきて。
 僕はいつから彼女なしで生きられなくなったんだろう。こんなに依存していたなんて、知らなかった。

         ◇

「じゃあ、フィオーナは僕のために」
「やすらぎの鈴を探していたの。ですが……あなたの顔を見て確信しました。やはり私は間違っていたのだと」
「フィオーナさまの存在こそがシオンさまに一番のやすらぎになりますからねー」
 食後のティータイム。リビングルームには紅茶を淹れる孔雀さんと、フィオーナとシオンの三匹。
「おや?」
 孔雀さんの言葉に、二匹ともどう反応して良いやら戸惑っていた。
「これはこれは過ぎたことを申し上げました」
 体面こそ謝っているが、顔は笑っていて反省の色は全く見えない。
「……孔雀。貴女、大人しくなったのではなかったかしら?」
「はて、何のことでしょうか」
「孔雀さんも苦しみを乗り越えたんだよ。そこは訊いてあげない方がいいと思うな」
「……シオンさまのばか」
 シオンとフィオーナは二匹して固まった。
 孔雀さんの反応が意外すぎて。弱みなんて絶対に見せずに、あくまで白を切り通すと思っていたのに。
「と、とにかく。大事な話というのはこれからなのですわ」
「うん。それで、やすらぎの鈴はどうしたの」
 孔雀さんが黙り込んでしまったので、ひとまず彼女は置いておいて話を続けることにした。
「ランナベールに着く手前で、義弟(おとうと)に会いましたわ」
「おとうとって……」
 フィオーナは一人娘だ。だから彼女がおとうとと呼ぶ存在は、一匹しかいない。
「ローレルに!?」
「ええ。ブラッキーが海岸に倒れていたのでもしやと思って降りてみたのよ」
「そ、それで……ローレルは無事だったの?」
「連れ添っていたフローゼルのおかげで助かったみたい。少しお話もして、やすらぎの鈴は彼に渡してしまいました。きっと彼にはあの鈴が必要でしたから」
「僕にはきみがいてくれたら大丈夫だから……でも、ローレルの仲間は」
「帰ってすぐに調べました。私兵団の誰かが、先の内乱で命を落とした貴方の部下の仇を討つと……彼らを狙っていたのね。チームのナンバー2は捕まったと聞いたわ」
「そんな状態で……あのローレルが戻ってこないはずないよね? また危険なこの街に……」
「それはありません。想い人の心を無為にするものではないと……そして、仲間を信じて貴方は生き延びなさいと。私はそう言いました」
 フィオーナの言葉には有無を言わせぬものがある。全てを見透かしていて、全てを知っている。そんな眼差しを向けられたら誰も逆らえない。フィオーナがそう言ったということは、ローレルがそうしたということだ。
 うちに迎え入れられなかったのか、と思ったがフィオーナにも立場があるし、何よりローレルが受け入れないだろう。言いたいことはあるけど、やっぱり彼女は最善の選択をしてくれたんだと思う。
「そう、なんだ……ありがとう、フィオーナ」
「――?」
 フィオーナは首を傾げた。何もシオンにお礼を言われるようなことはしていないと言わんばかりに。
「私は自分の思ったことを言っただけよ。ローレルを助けたのは私ではありませんわ」
「それでも、ローレルはきみに出会っていなければ道を間違えていたと思うから」
「……変な言われようですね。彼には彼の道があり、私に会おうと会うまいと、そこに間違った道も正しい道もないでしょう」
「フィオーナさま。そのようなことはありませんよ」
 あれからだんまりだった孔雀さんがいつになく真剣な面持ちで口を挟んできた。
「わたしはあなたに出会っていなければ自分にとって大切なものが何なのかさえ気づきませんでした。たとえ気づいたとしても、取り返しのつかない結果を迎えてしまってからのこと……きっと手遅れになっていたと思います」
 フィオーナを利用するつもりで近づいた孔雀さん達姉妹は、フィオーナのおかげで仇討ちに生きることを思いとどまった。人生の意味を見失っていた彼女達に光を与えた。
「僕もだよ。きみが手を差し延べてくれて、導いてくれなかったら……僕は今頃生きていたかどうかさえわからないんだから」
「……あなた達ったら」
 フィオーナは目をそらして呟いた。
「ほんとうに莫迦ね。私など、独善の塊でしかないというのに」
 独り善がり、か。悪く言えばそうかもしれない。
「それでも、悪いことじゃないと思う。フィオーナのぶれない真っ直ぐさは僕にとって道標になってる」
「どんな状況であっても常識にとらわれずに自らの考えを信じ、信念を貫くことは誰にでもできるものではありませんよー」
「貴女が常識を語りますか貴女が……」
 たしかに、世間の常識などどこ吹く風の孔雀さんの口からそんな言葉を聞くと変な心地がする。
「おや。非常識なわたしの方がお好みですか、フィオーナさま?」
 孔雀さんはにこにこしながら――「つん」「ひゃっ――!」――フィオーナの頬をつっついた。
「主人に対して何をするのですか何を! 貴女というひとは――」
 その隙にシオンの後ろに回り込んだ孔雀さんは、シオンの首を抱きすくめて頬にキスをした。
「わわっ」「孔雀ッ!」
 フィオーナが烈火のごとき怒りを込めた顔で立ち上がる。同時に、浮遊感。シオンの体はフィオーナから離れていた。孔雀さんがシオンを抱いたまま、後ろにすうっと扉の前まで移動したのだ。
「うふふ、シオンさまはわたしが戴きますね」
「いい加減になさい!」
 フィオーナはこう見えても自分の身を守るために毎日の鍛練は怠っていない。床を蹴って跳んだフィオーナは、間合いを一気に詰めて孔雀さんにビンタを見舞おうとする――が。
「ほほーっ」
 などと謎の掛け声を出しながら倒れる寸前までスウェーバックしてフィオーナの前足を躱し、シオンの体を離した。
「わあぁっ」
 シオンがフィオーナの下敷きになる形で、二匹は縺れ合って倒れ込んだ。
「冗談ですよじょ・う・だ・ん。このあとはお二匹(ふたり)でお楽しみなのでしょう? 邪魔な使用人はこれにて退散させていただきますです、はい」
 孔雀さんはぺこりと頭を下げると、後ろ手に扉を開けてリビングから出ていってしまった。
「覚えてらっしゃい孔雀!」
 落ちかかる彼女のたてがみがくすぐったいし、ていうか重いし。
「えっと、フィオーナ……」
「――――ごめんなさい」
 フィオーナははっと気づいたようにシオンの上から離れた。
「……まったく、珍しく良いことを言ったと思うとすぐにあれなのだから」
 さっきまで上機嫌だったフィオーナをこうも一瞬で変えてしまうなんて、シオンにしてみてもいい迷惑だ。
「シオン」
「は、はいっ」
 なんだか響きが怖いし。
「私の部屋に行きますわよ」
 うわー。
 久しぶりの再会だから今夜は穏やかにと思っていたのに。孔雀さんのせいで、いきなり激しい一夜になりそうだ。

23 


 フィオーナは彼の変化に気づいていた。
「シオンは随分と男の子らしくなりましたね。以前はそんなに凛々しくはなかったもの」
「そ、そうかな」
 信頼する部下の死。そして仲間と肉親の狭間で苦しみ、悲しみを乗り越えた彼は立派な男の子の顔をしていた。
 種族こそ違うが、顔立ちは母にそっくりだったと聞く。成長しても声も変わらぬまま、牝と見紛うような容姿を維持しつづけたのは母の霊が宿っているからではないか、とは孔雀の言。
「フィオーナは、前みたいな僕の方がよかった?」
「いいえ。今のシオンも可愛いことに変わりはないわ。それに、何か勘違いをしているのではないかしら。この私とベッドに入るのだから、そんな後付けの凛々しさなどすぐに剥がれて落ちてしまうでしょう?」
「もう、ばかにしてっ……随分と間が空いたし、今日はフィオーナを泣かせるくらい――」
 その強気な唇を、軽いキスで塞いだ。まったく、始めるまでは威勢が良いのだから。
 そのまま数秒。
 フィオーナが口先を離すと、まだ舌を入れてもいないのに、シオンは今にもとろけそうな目をしていた。
「キスだけでこんなになっているのに、私を泣かせることなどできるのですか?」
「…………」
 シオンは頬を染めて、無言のまま俯いている。抵抗する気もないらしい。
「久しぶりだから楽しめそうだわ」
 フィオーナはシオンを下から持ち上げて、ベッドに投げ倒した。
 お腹を上にして服従のポーズになったシオンの胸に覆いかぶさるように、その胸元に舌を這わせる。それだけでぴくんとシオンが反応するのがわかった。
「ふぁ、あ……あんっ」
「あら。今日は随分と敏感なのですね」
 フィオーナは少しずつ舌をシオンのお腹へ、腿の付け根へと移動させていく。シオンは小さく声を上げながら後足をきゅっと閉じたりばたついたり、いつになく激しく反応する。
「フィ……オーナっ、は……ぅうんっ……!」
「まだ始めたばかりですのに……シオン、お手洗いは済ませましたか?」
 フィオーナにとってはもう楽しみの一つとなっているが、男の子は上手に刺激してあげるとおもらしをしてしまうらしい。シオンはとりわけ弱くて、一番敏感な性器には直接触らず、こうやって周りを愛撫してあげると。
「ふぇっ、えっ……ぃ、いっ……っれ、な……っ……ん……ぁああっ!」
「行っていないの。では私がさせてあげなくてはいけませんね……しょうがない仔なのだから」
 フィオーナはトドメとばかりに、その可愛らしいものを根元から、つつっと舐め上げた。
「ひぁああああぁぁ……っ!」
「ん……っ」
 瞬間、フィオーナの顔めがけて勢いよくしゃあああっと温かい水が放出された。
「ふふ……シオンの匂い……」
 シオンのおしっこは本当に嫌な臭いはしなくて、甘い体臭をそのまま濃くしたみたいで。
「フィ、オーナぁ……き、きもちいいよぉ……」
 シオンの後足がするりと首に巻きついてくる。放尿の勢いは弱まる気配を見せない。
「ちょっと、もう……シオンったら……っ」
 フィオーナの体はすぐに濡れそぼってしまうが、止まらない。いったいどれだけ我慢していたのか。
「ふぇえ……フィオーナぁ……」
「仕方のない仔ね」
 そのまま彼の体を抱きしめた。ベッドも体もめちゃくちゃだけれど、これくらい激しくないとお互いにもう満足できなくなってしまっている。シオンの声と匂いとかわいらしい仕種で、もう自分を抑えきれない。貴方が、欲しい。
「ふぁ、あっ……ひっ!? ふぃお……なっ」
 まだおしっこが止まらない彼のものを包み込むように、秘裂を合わせた。
「シオン……はぁあっ、いいわぁ……」
 水流がそこに浴びせかけられたとき、全身が痺れるくらいの快感が襲った。情けなく声を上げてしまったが、それを恥ずかしいとも思わない自分がいる。
「は、ふ……ふぁああっ、は、入ってく……っ」
「ん、もう……くぁ、っ……お、大人しくなさい!」
 ようやく奔流も止まり、ずぶずぶと互いの生殖器が重なっていく。こつん、と子宮の奥まで突き上げてくる感覚が、彼との一体感を伴ってまた背骨を走り抜けた。シオンはぴくぴくと体を震わせている。
「これからが本番よ……っ」
 後足が絡まり合って動きづらいけれど、どうにか前足を支えに体を起こした。それだけで熱いような冷たいような快感が胸まで昇ってくる。
「ほら、動かないの? それとも、私がしてあげましょうか?」
「こ、この体勢じゃムリだよぉ……ふあ、ひゃあんっ……」
 もとより選択権などない。フィオーナは包み込んだ彼を愛撫するように、動き始めた。
「んっ、ぁっ……ひぅんっ……」
「ふ……ひゅぅ……きゃ……はぅ……シオン……っ」
 どちらの声なのかもうわからない。体を少し動かすたびにとろとろしたゼリーみたいな快感が全身をかけめぐって、まともな思考が奪われていく。
「フィオーナぁ……は、はげし、すぎ、うああ……んんっ」
「ん、ふっ……が、我慢なさい、ひぁっ……男の子、でしょう……?」
 夜目の利く種族なのに、視界もなくなっていく。真っ黒だか真っ白だか。
「ぁ、だめ、っ……そんな……シオンより、きゃぅんっ、先に……ふぁあっ!」
 大きな耳ももう意味を為さない。
 部屋に響いているはずの軋みや、美しくも淫靡な水音も聞こえない。
「ぼ、僕も……そろそろ……っ、ぁ、あああっ……」
 あるのは彼の体だけ。心だけ。
 世界が自分の頭の中に広がるものにすぎないのだとしたら。
「もう、何、も……はわぅ……」
 私の世界は彼がすべてだった。
「フィオーナぁ……っ、ダメっ……」
 波のようにうねっていた感覚が、波と波がぶつかって大きくなるように。
 私は限界を超えた。
「は、ぁ、あ、シオンっ……んんっ……ひぁああああああっ――!!」
 頭の中が爆発したみたいだ。
「フィオーナぁ……ぁ、ああぁぁ……っ!」
 とくん、とくんとお腹の中が熱くなっているのにもしばらく気づかなかった。
 何もわからなくなって、自分の世界に埋もれてしまったのは初めてだった。
 ぺたり、と。
「ぁ、あ……フィオーナ……かわいい……」
 何か屈辱的なことを言われている気がするのだけれど、頭はその意味を捉えてくれない。
 どうしてこんなに近くから聞こえるのか。
 力尽きて自分の体がシオンの上に倒れていることも、遅れて理解するのだった。
「しばらくこのまま……いいでしょう?」
「僕が嫌だって言ったことなんてないでしょ? 僕はいつでもきみの王子様でお姫様なんだから」
 彼は太陽で私は月。
 私が輝いていられるのはいつだって貴方がいるからよ。

24 


 キアラと共にジルベールにたどりつき一泊したが、この国にもランナベールの臭いはそこかしこにあった。法治国家だから大人しくはしていても、通りを行き来するポケモンがジルベールの住人なのかランナベールの住人なのかは見ればすぐにわかる。
「やっぱり、もっと遠くに行こう」
「私はどこまでもローレルについていくけど……行くあてはあるの?」
 ランナベールの通貨ディルはジルベールの通貨とは簡単に交換できるが、世界に通用するものではない。ローレルの持っていた鞄の中身は大半が海に流れてしまったようで、わずかな額しか残っていなかったが、ひとまず全額ジルベール通貨に交換しておいた。安宿をみつけてギリギリの生活を送ったとして一週間程度だろう。すぐにでも仕事を見つけないとどうしようもない。
「縦断山脈の山奥に……俺がまだ小さい子供の頃、住んでた村があるんだ」
 野宿を繰り返して進めば食料以外のお金はそうかからないし、サバイバルもできなくはない。あの村は外界との接触もほとんどないし、どこから来たとも知れぬ家族を受け入れてくれるあたたかさがあった。
 村人達が俺のことを忘れていなければ、もう一度あの場所で暮らすのも難しい話ではないはずだ。
「わかったわ。じゃあ少し保存食を買って行きましょうか」
「うん」
 ルード。セキイ。メント。ロスティリー。
 どんな形でもいい。俺は生きてる。だから、きみ達も生きていてほしい。
 いつかまた会えるって信じてるから。

         ◇

 ――あれから一週間後のこと。
「ふえぇ、やっと着いたあ」
 セキイ、メント、ロスティリーの三匹は迷いに迷ったあげくの果てに、ジルベールと思しき場所にたどり着いた。
 堅牢な城壁に囲まれているが、開かれた門から覗くのは尖塔のそびえ立つ城。ジルベール城は丸みを帯びた宮殿といったイメージだと聞いていたが、改築でもしたのだろうか。
「そこの三匹、止まりなさい」
 門に近づくと、門番のハハコモリが立ち塞がった。
「私達のコーネリアス帝国は旅人に開かれていますが、ここ南東の関所は敵国ランナベール、ジルベール連合と戦争状態にあるため警戒を強めているの。君達はどこから来たの?」
 ハハコモリの女性兵士はあくまで優しい口調でロスティリー達に話しかけてきた。
 ――コーネリアス帝国、だと。
 どういう道を来たのか自分でも検討がつかないが、ベール半島のからに広がる土地を治めているコーネリアス帝国に着いてしまったようだ。
 先頭にいたメントの馬鹿は明らかに狼狽しているし、セキイの阿呆などはやる気満々といった視線でハハコモリを睨みつけている。
「俺達は東国の小さな村から山脈を越えて来た」
 セキイの視線を隠しつつメントを押さえる形で、ロスティリーは前に進み出た。ジルベールと間違えました、などとは口が裂けても言えない。
 このメンツでは頭を使えるのは俺だけだ。
「あらボウヤ。そんな小さな村から何をしに来たのかしら。相手が仔共だからといって油断はしないわよ。あの国には英才教育を施す兵士要請学校があるのだし」
 ハハコモリは明らかにロスティリー達を疑っている。それもこれも進化して完全に図体しか取り柄のなくなった顎野郎といつまで経ってもチンピラの色が抜けないピアストカゲ野郎の所為だ。何故俺が内心ビビリながら必死に対応しなければならないのか。
「先進国家じゃ知らんが、俺達は村ではもう立派な働き手なんだ。仔供扱いしないでくれないか。三匹で出稼ぎに来た」
 出たとこ勝負の口から出まかせだが、いつもメントと言い合いをしているせいか、言葉を返すのに言い淀んだり噛んだりはしなかった。
 ハハコモリはロスティリー、メント、セキイの顔を順番に見て、首を捻ったが、なんとか納得してくれたらしい。
「ま、スパイには見えないわね。君はともかくあとの二匹は頭悪そうだし」
「てめ――ぶへっ」
 セキイがキレかけたところをメントがぶん殴って止めた。
「やめなよセキイ! おれ達の頭があんまりよくないのは本当だし」
 こういうのはいつもルード兄貴の役割だった。それをメントが埋めてくれた。
「いい判断ね。私に喧嘩を売るのは賢い選択じゃないわ」
「申し訳ない。仲間が失礼なことをした」
 しかも、何故俺が謝らなければならんのだ。
 ――そうか。ローレルやキアラはいつもこんな気持ちで。
 俺がどれだけ迷惑をかけていたのかが身に染みてわかる。
「出稼ぎに来るポケモンは多いからね。街の中心に仕事を仲介してくれたり、住む場所を探してくれるところがあるわ。門を入ったらまっすぐ行きなさい」
 詫びる相手はここにはいない。
 俺達にできることは、これ以上ローレルやルード兄貴の手をわずらわせないように。自分の力で生きて、いつか再会した時には今度は俺達が助けられるように。
 ローレルやキアラがそう簡単に死ぬわけない。ルードの兄貴が大人しく捕まってそのままだなんてことはありえない。何も持たない今の俺達がランナベールに戻ったところで、足を引っ張るだけだ。
 今まで彼らを疑ったことなんて一度もなかったのだ。だから、こんな状況になっても信じよう。この俺でさえ生きているのだ。ならば、俺に生きる力をくれた者達が生き延びられないはずはあるまい――

25 


 バルコニーで月を見上げる(みどり)の影がふたつ。
 風がサーナイトの衣をはためかせ、キルリアの髪は流れるように揺らめく。
「どれだけ近づいても……彼の目にあなたは映っていない。橄欖ちゃんは、本当にそれでいいの?」
「わたしが望むのはあの方の幸せだけです」
 主人の帰ってきた屋敷は活気を取り戻したが、妹はどこか寂しそうだ。
 フィオーナがいる限り、橄欖の想いが報われることはない。
「男心というものはわからないわ。身内びいきを抜きにしても、橄欖ちゃんの方が絶対にいい牝だとわたしは思うけど」
「女心も同じだと思いますよ? 一般的な評価よりも自分の好みの方が大事でしょう。姉さんみたいなポケモンを好く方もいらっしゃるくらいですし」
「……それはラクートのこと?」
 橄欖が攻めに転じるとは思わなかったので虚をつかれる形になった。
 あの夜、彼との間には何もなかった。
 わたしを立ち直らせてくれたラクートに感謝はしているけれど。
「姉さんは彼をどう思っているのですか?」
「どうも何も……彼はわたしの誘いを断ったのよ。据え膳食わぬは牡の恥という言葉を知らないのかしら」
「女の身で据えられてもいない膳をかっさらっていく姉さんを基準にしたら、世の男の子たちはみんなそうです」
「……わたしだって考えてるわよ。いつまでもシオンさまにいたずらばかりしている場合じゃないって」
「そうですか。ラクートのことをちゃんと考えてあげているのですね。安心しました」
 橄欖はそう言って微笑む。昔と同じ笑顔が月を反射して輝いているが、物淋しげな憂いを帯びていた。
「話をごまかさないの。橄欖ちゃんはその気持ちを一生抱えて生きていくつもりなの?」
「わたしはちゃんと気持ちを伝えましたから。隣にいられるのなら剣でも盾でも構いません」
「……そこまできたら、呆れを通り越して尊敬するしかないわね」
 ひと(ポケモン)はそれぞれの道を歩いてゆく。
 その先に何が待っているかなんて関係ない。
 目的地に意味があるのではなく。
「はい。これがわたしの正直な生き方です」
 今この道を歩くことこそが、人生そのものなのだから。


 -Fin-



あとがき 


書き始めてからものすごく時間がかかってしまいましたが、このお話もなんとか幕を迎えることができました!

亀みたいに筆が遅いこんな私にお付き合いいただいたみなさま、ほんとうにありがとうございます(*^_^*)

物語はそろそろ終盤に入るかも。。。

ついに卒業して私兵団入りしたグヴィードたち!

今度は対外戦争?

陽州の謎?

Ⅹくらいまではかかるのかな。。。

サブキャラクターたちの過去のお話も書きたいですし(^q^)

私が書けるうちにちゃんと終わらせたいのでがんばります!!

これからも応援してくださるとうれしいです(*´∀`*)

by 三月兎







最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • フィオーナ!ふぃおぉなぁぁあ!
    やはりメインヒロインですね!!
    ―― 2012-07-08 (日) 19:56:02
  • 続きが気になります!
    執筆頑張ってください
    ――ポケモン小説 ? 2012-07-08 (日) 22:16:54
  • 更新嬉しすぎて手の震えが止まらないです。
    ルードの男気に惚れました(
    ―― 2012-07-08 (日) 22:27:12
  • >名無しさん
    メインヒロインです!(*^^*)

    >ポケモン小説さん
    ありがとうございます!
    なんとか完成までこぎつけました。。。

    >名無しさん
    震えないでー><
    待っていてくださって嬉しいです!
    ――三月兎 2012-07-26 (木) 23:20:33
  • ようやく弟さんのお話にも、区切りが付きましたね。思えばここまで長かった。
    なんだか、いつ踏み潰されるかもわからないようなはかない印象しかなかったローレルが、仲間と一緒にいることで少しずつ成長し、最終的に自分の幸福を追求できる道を探せるまでになるまでよくぞこじつけたものです。

    今まで自己犠牲精神が少々勝り気味だった彼ですが、何よりも仲間が信頼できるようになったということが、これからの前向きな展望への後押しとなったのでしょう。
    これからの未来で全員が全員上手く行くわけではないですが、出来る限りの幸福を探した結論としてこの話がいったん収束出来たことに、安堵と満足を感じられました。

    これからのお話の続きも頑張ってくださいな!
    ――リング 2012-07-27 (金) 00:05:45
  • 完結までは毎日欠かさず更新をちぇっくしたいとおもいます!
    応援してますー!
    ―― 2012-07-27 (金) 00:15:42
  • おお、グヴィードたちくるんですか!
    これは更新を定期的にチェックせざるを得ない

    何はともあれ頑張ってください!
    ―― 2012-07-28 (土) 01:07:14
  • >リングさん
    じつはわたしも迷ってたんです(蹴)
    なんかこう、キャラクターが勝手に動いてくれてこんな形になりました(*^^)

    >上の名無しさん
    更新は亀なのでひまなときにちょこっと覗いてもらえたらそれで十分ですよ!(*^_^*)
    応援ありがとうございます!

    >下の名無しさん
    先に過去のお話を書きはじめてしまったので、グヴィードたちはもう少し先になりそうです。。。
    何はともあれがんばります!!(^o^)丿
    ――三月兎 2012-09-19 (水) 12:10:01
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Last-modified: 2012-07-26 (木) 00:00:00
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