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揺れる一輪花

/揺れる一輪花

砂漠に舞う花びらの続編となっております。あと、純朴の地とも少しだけ関連してます。
いきなりこの話を読むと分かり辛い場面があるかもしれませんのでご注意を。

※触手成分が含まれます。

揺れる一輪花 

writer――――カゲフミ

―1―

「ねえ、ライア」
「…………」
「ライア? ライアってば!」
 ぼんやりしていたところに声を掛けられ、ライアははっと我に返る。慌てて声の方に視線を移した。
自分を見上げる大きな二つの瞳。両手両足に尖った爪を携え、背中には無数の棘を宿しているサンドパン、セルザだった。
やれやれ、と言った感じでセルザは小さくため息をつく。相手に話を聞いてもらえていなかったと分かれば、そういった態度も取りたくなるだろう。
彼女には申し訳なかったが、どんな話をしていたのか全く思い出せなかった。本格的に自分の世界へ入り込んでしまっていたらしい。
朝、オアシスにある湖へ水を飲みに来て、そこでセルザと会って、話し始めたまでははっきりしているのだが。
「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてて。何の話だったっけ?」
「別にいいわ。大した話じゃなかったし。……それよりもさ、あんた最近変じゃない?」
「えっ……?」
「さっきみたいにぼんやりしてること多いしさ、何か悩みでもあるの?」
 悩み、という言葉に思わずライアはどきりとする。セルザの話を聞いてる途中で、ふと考え込んでしまうくらいなのだ。
何か悩んでることがあるのだろうかと思われても仕方がない。どちらかといえばそういったことに鋭い彼女ならば尚更のこと。
悩み事なんてない、と言えば嘘になる。だが、これは他人には知られたくない事柄だ。知られたくないというよりは触れてほしくないと言った方が正しいか。
いくら気が置けない友達であるセルザにも、打ち明けることはできなかった。ライアはゆっくりと首を横に振る。
「ううん、大丈夫。そんなことないよ」
「……ほんとに?」
 出来るだけ違和感がないように言ってみたつもりだったのだが。まだ気になるのか、セルザは一歩こちらに踏み出し、顔を近づけてきた。
透き通った眼でじっと見つめらると、何となく後ろめたさを感じてしまう。自分を心配してくれている、セルザの心遣いを踏みにじっているように思えて。
それでも、このもやもやは自分の胸の内にしまっておきたい。外には出したくない。ライアの気持ちは揺るがなかった。
「ほんとだってば」
「そっか。ならいいんだけどね。もし何かあれば、相談に乗るわよ」
「うん……ありがと、セルザ」
 彼女の優しさが、今の自分には息苦しい。抱えているのが他の悩みなら、打ち明けられたかもしれないのに。
ごめんね、と心の中で謝ると同時に、その気持ちだけ懇切丁寧に受け取っておいた。彼女に対するありがとうは、心の底からの感謝。
セルザも完全に納得したわけではなさそうだったが、頑なに大丈夫だと言うライアを見て、あえて追及はしなかったのかもしれない。
「ん?」
 ライアから少し離れ、木々が立ち並ぶ林の方に目を向けるセルザ。
どうしたんだろうと見てみると、こちらに向かってくる紺色の大きな影、ガブリアスの姿が。
ちょうどオアシスの林から出てきたところで、まだ寝起きらしく足取りはのんびりしていた。
視線を感じたのか、ガブリアスの足がぴたりと止まる。そこから動こうとしない。どうやらこっちに来るべきかどうか迷っているようだ。
そんなガブリアスを見て、セルザは呆れたように息をつく。だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「何やってるのー? こっちに来なさいよ、ガリア!」
 ガリアと呼ばれたガブリアスは一瞬ぴくりと反応し、何だかばつが悪そうに肩をすくめると、心なしかさっきよりも重い足取りでこちらに歩いてきた。
だんだんと彼の姿が大きくなってくる。遠目に見た感じでは分からなかったけど、近くで見るとやっぱり迫力があるなとライアは感じた。
高さは自分とさほど変わらない。だが、その両腕に備わった鉤爪や、口元から垣間見える牙、そしてその鋭い目つきは彼の存在感を十分なまでに誇示している。
ギロリと睨まれたら、誰だって無条件で身をすくませてしまうのでは。セルザと一緒でなければ、こうやって彼と接する機会なんてなかっただろう。
「おはよ、ガリア」
「おはよう、セルザ。えっと……」
 セルザと軽く挨拶を交わしたあと、ガリアはライアの方を向く。彼の突き刺さるような視線を感じ、ライアの体にも僅かに緊張が走る。
「お、おはよう、ライア」
 若干強張りながらも、ライアに挨拶を持ちかけるガリア。確か、これで三回目だったかな。
前回と前々回に比べれば、かなりスムーズな言葉の流れだった。声も裏返ってない。
「……おはよう、ガリア」
 にこやかな笑顔で返すのはちょっと無理だったかも知れないけど、割と自然な感じで答えられたと思う。
少し緊張していたのは、別にガリアのことが怖かったわけではない。不安定な彼の挨拶の切り出しに、ちゃんとつっかえずに言えるのだろうかとライアの方まで心配になってしまっていたのだ。
強面な外見とは裏腹に、穏やかな物腰でちょっとおどおどしていて頼りない。内面が外見についていけていないようで、随分とちぐはぐな印象を受けてしまう。
今でこそガリアの言動を見守るくらいの余裕があるライアだったが、初めて会話したときはもちろんそうでなかった。
さっきのようにセルザと会話していたところ、彼女が彼を見つけて呼んだのがきっかけだった。ライアも砂漠に住むポケモンだ。恐いガブリアスがいるという噂はいろいろと聞いていた。
最初は本当にどうしようかとそわそわしていたライアだが、ガリアからぎくしゃくした挨拶を受け、自分の取り越し苦労に気づいたのだ。
彼は皆が言うような怖い存在じゃない。むしろ最初は、ガリアの方が自分のことを怖がっているようにさえ見えた。
何か話さねば、とは思っているが何を話していいか分からずに口ごもってしまう、そんな雰囲気。きっと彼は初対面の相手と話すことを大の苦手としているのだろう。
 だが、多少の交流があるとは言え、ライアはガリアと会ってから日が浅い。セルザがある程度仲介してくれなければ、気まずい空気になってしまう。
もう少し打ち解けられれば、もっと自然な感じで会話ができそうな気がする。ライアの方から積極的に話そうと思えば出来なくもないのだが、彼に無理をさせてしまいそうで何となく気が退けてしまうのだ。
ガリアに関してはまだよく知らない部分が多いが、セルザがあんなにも気を許しているのだ。悪いポケモンじゃないんだろう、きっと。
ポケモンを外見だけで判断してはいけない。ガリアと会うたび、ライアはこれでもかというくらいに実感するのであった。

―2―

 ひとまずガリアと挨拶を交わしたはいいものの、そこから言葉が続かない。やはりセルザと会話する時のようにはいかないか。彼と気兼ねなく会話できるようになるまでの道のりは遠いようだ。
このまま沈黙が流れるのも気まずい。ガリアの方から話しかけてくれたんだし、何か話題を振ってみようか。ライアは少し考えてみる。
「ガリアが挨拶できてほっとしたわ。いつ噛むか分からないから聞いてる方はハラハラするのよね」
 何がいいかな、と考え始めた所にセルザの突っ込みが入る。彼女の言葉はライアの気持ちも代弁してくれていた。
沈黙を見かねた彼女の助け船だったのか、あるいは思いついた率直な意見か。どちらかは分かりかねたけど、これで気まずい空気は去ってくれるはず。
「う、うるさいな。今日はそんなに引っかからずに言えたじゃないか」
「まあね。それだけでも結構な進歩か」
 今朝のガリアの挨拶は最初に比べれば随分と聞き取りやすかった。少しは、慣れてくれたんだろうか。
もっとも、ライアの方も初めのうちはまともに会話するのが難しいくらいに緊張してはいたのだが。
ガリアが怖いポケモンでないことはとりあえず分かったとは言え、よく知らないポケモンであることには変わりがなかったのだから。
何を話していいのか分からず、息がつまりそうになったところにセルザが絶妙なタイミングで割って入ってきてくれた。
あれほどまでに彼女の存在を大きく感じたことは今までになかった。そこから何とか勇気を振り絞って、拙くはあったが会話を繋げることができたのだ。
 今はそんなに神経を使わなくても大丈夫、だと思いたい。ガリアだけでなく、自分の方も進歩しなくては。
とりあえず、ガリアとのやり取りを会話と呼ぶにはもう少しスムーズな言葉の流れと量が必要なことは確かだ。
「別にライアとは初対面ってわけじゃないんだし。そんなに緊張しなくてもいいのに」
「それができれば苦労はしないよ……」
「そりゃそうだろうけど……。ライアだって、緊張されてると話しづらいでしょ?」
 ライアはそんなに会話が苦手というわけではなかったが、さっきのガリアのように緊張されると話しかけづらくなってしまう。
だが、ガリアの性格を考えると、それも仕方ないような気がする。どう見てもセルザのように誰にでも気さくに話せるような雰囲気ではない。
なかなか変えることが出来ない元来の気質を指摘してしまうのは些か酷な話だ。せっかく彼なりに話そうとしてくれているのだから。
「うーん、話しづらくないって言ったら嘘になるけど……。ガリアは慣れない相手と話すのが苦手なんでしょ?」
「苦手って言うよりも……怖いんだよね。知ってるとは思うけど、僕はこの砂漠じゃ恐がられてるから……。また怯えられたりしたらどうしようって、身構えちゃって」
 不釣り合いな外見と性格を併せ持ってしまったことによる苦労もいろいろとあるのだろう。
ライアもこの砂漠に住むポケモンの中では大きな方だ。ガリアのような鋭い爪も牙も持っていないが、その体格から小さなポケモンに恐がられたことはあった。
自分よりもずっと鋭い外見をしている彼が今までにその身に受けてきた心労は計り知れない。
「私はもう大丈夫だよ。ガリアは怖いポケモンじゃないって分かってる」
 最初の方こそ怖いと思っていたが、今はもう平気。ガリアの性格を知ってしまえば、どうということはなかった。
ただ、ぱっと見た時の彼の迫力は捨てきれないものがある。砂漠で紺色の体色は目立つから余計に。
何の前触れもなしにいきなりはち合わせたりすると、ちょっとびくっとしてしまうかもしれないけど。
「そんなに無理しなくてもいいんじゃないかな。ゆっくりでいいと思う。話せるポケモンが増えるのは私も嬉しいし」
「うん……ありがとう」
 ほっとしたような笑顔になるガリア。そういえば、笑っている彼を見るのは初めてだった。
今までは不安げな、怯えていると言ってもおかしくないくらいの表情しか見たことがなかったような。
目を細くし、つり上がった口元からは鋭い牙を覗かせていた。御世辞にも可愛いとは言えない笑顔だったけど、前向きな気持ちが感じ取れる、良い表情だ。
 今みたいにセルザが話を振ってくれれば、それなりに違和感のない流れでガリアと言葉を交わすことができる。
いてくれれば沈黙が訪れることはないだろうから安心はできるけど、いつかは彼女のサポートなしで彼と話せるようになるといいな。
「だけど……最初セルザとライアが話してる所に呼ばれた時は焦ったよ。話し終わるまで待ってようと思ってたのに」
「ああでもしないとガリアは自分から近づこうとしないじゃない」
「いや……僕にもさ、心の準備があるし……」
「あんたの準備期間はほっといたら永遠に続いちゃうでしょ」
 ずばりと言われ、がっくりと肩を落とすガリア。的を射ていた意見なため言い返すことができなかったように見える。
まあ、ガリアとセルザが口喧嘩をしたところで勝敗は目に見えているけれど。
「私以外にもちゃんと話せる相手を作らなきゃ」
「……う、うん。いや、分かってるんだけど、なかなかね」
 煮え切らないガリアの様子に頭を横に振りながら、ふうとため息をつくセルザ。
しかし、そんな彼に向けられるセルザの眼差しは不思議と温かさを感じさせる。まるで、ガリアをそっと包みこんでいるかのように。
そういえば、さっき彼女が口にした、私以外という言葉も気になる。セルザがガリアと親しいというのは、最初にガリアと会った時から分かっていたことだ。
ただ、彼らのやり取りを見ていると単なる友達以上の何かがあるのでは、と考えずにはいられない。異性同士だし、もしかしたら二匹はそういう関係、なのだろうか。
直接聞くような真似はしたくないけど、一度意識し始めると実際はどうなのだろうかと余計に気になってしまう。
それなりに太陽も昇ってきたみたいだし、帰るには悪くない時間帯だ。せっかくだから聞いてみようか。ライアは腰を上げる。
「さて。私はそろそろ戻るね。……なんか、邪魔しちゃ悪い気がするし」
 付け加えるように言った、最後の一言。はっきりとは言わなかったけど何を意味するかは伝わったはず。
どんな反応を示すかは、セルザとガリアの関係次第。二匹を試すようであまりいい気分はしなかったが、やっぱり気になるのだ。
セルザもガリアも、一瞬ちらりとお互いの目を見やる。心なしか、頬が赤くなったような気がしたのは自分の気のせいだろうか。
「……別に気を遣わなくてもいいのに。ねえ、ガリア?」
「えっ? えっと……う、うん……」
 別段戸惑ったり恥じらう様子もなく、あっさりと答えたセルザ。ガリアは少し照れくさそうに爪で頬を掻きながら、頷いてくれた。
もし違うのならば慌てて否定したり、軽く受け流すといった行動をとるだろう。
否定しないところを見ると、やっぱり二匹はそういった仲だと認識しても間違いなさそうだった。
ちょっと頼りないガリアをしっかり者のセルザが引っ張っていく感じだろうか。少々引っ張られ過ぎてガリアが振り回されているようにも見えるけど、それでバランスは取れているようだし、なかなかいい組み合わせなのかも。
「いいのよ。それじゃ、またね。セルザ、ガリア」
「うん、バイバイ、ライア」
「またね、ライア」
 若干ぎこちない動きだったけど、ガリアも手を振ってくれた。もちろんライアも微笑みながら手を振り返す。
そうか。二匹はそういう関係だったのか。別に驚くほどのことではない。仲が良いのは分かりきっていたこと。
憶測が確信に変わった瞬間、なんの抵抗もなくその事実を受け入れることができていたのだから。
 湖を後にし、林に差し掛かったところでライアはふと振り返る。畔ではセルザとガリアが楽しそうに談笑しているのが、ここからでも良く分かる。
異性、か。そこまで気にとめたことはなかったけど、あの二匹を見ていると自分にもそういった異性がいればいいなと思ってしまう。
刹那、ライアの頭の中に浮かんできたある姿。不気味に揺らめいている、緑色と黄色の模様のポケモン。
「……!」
 慌ててその考えを払いのけるかのように、頭を左右に振る。どうして、よりにもよって彼が出てくるんだ。
「……違うんだから。絶対に」
 呟くような声だったが、その中には大きく否定する感情が含まれている。
両手で頭を軽く叩いて、湧き上がったイメージをリセットしてから、ライアはオアシスを後にしたのだった。

―3―

 乾いた風が頬を、首筋を、尻尾をそっと撫でていく。細かい砂埃も地上に比べればずっと少ない。空気が澄んでいるようにさえ感じる。
羽を動かすたびに全身を包みこみ、そして瞬く間に流れていく風が何とも心地よかった。今日は天気も良いし、風も少ない。絶好の散歩日和というわけだ。
「ふうー、気持ちいい」
 背中の羽を羽ばたかせる速度を少し緩め、ライアはぴたりと宙に留まった。羽を小刻みに動かすことで、このように空中をふわふわと漂うこともできる。
もしスピードを出したいのならば、大きく、周囲の空気を巻き込むようにして羽ばたけばいい。だが、今日は緩やかな散歩。速さを求める必要はなかった。
鳥ポケモンのそれに比べれば若干頼りなさはあるものの、砂漠の空を飛ぶことにおいて、ライアはこの羽に不便さを感じたことはない。
雲の高さまで浮かびあがるような翼力は持ち合わせていなかったが、それなりの高度まで浮かびあがることは容易だ。
 朝訪れていたオアシスのおよそ半分くらいの姿を、ここから見渡すことができる。歩いているとその一本一本がとても大きく感じられる林の木々も、空から見ればまるで小枝のよう。
とはいえ、さすがにオアシスの湖はここからでも十分な貫禄があった。岸辺から沖へ向かうにつれて、だんだんと霞んで見えなくなってしまう。それだけの広さを、水源を湛えているのだ。
「やっぱり散歩は晴れた日に限るね」
 ぐるりと周辺を一望してから、ライアはしみじみと言った。
顔をしかめてしまうような強い日差しは勘弁だが、遠くの景色を見渡せるという点で晴れの日に勝るものはない。
風景が見られると言っても、砂ばかりで面白みがないように思えるかもしれない。だが、砂漠は日ごとに微妙に姿を変えつつある。
風によって描かれる風紋は毎日違った表情を見せてくれるし、吹き飛ばされた砂で昨日まではなかった砂の丘が現れていたりするのだ。
微々たる変化ではあるのもの、少しずつ、少しずつ移ろいゆく砂漠の様子がライアは大好きだった。晴れていると地表での影が色濃く映るので、細かい変化を見取るという面でも都合が良い。
 こうして空に赴くのは、やはり太陽の出ているときが一番だ。曇りの日も晴れの時にはない涼しさや独特の暗い雰囲気があって嫌いではなかったが。
絶え間なく砂塵が吹き荒れて、ひゅうひゅうと音を立てる砂嵐の中突き進んでいくのもなかなかに面白みがある。
ただ、あまりにも風が強すぎると、いくら砂に耐性のあるライアでも吹き飛ばされてしまう。以前砂嵐で飛ばされ、迷子になってしまってからは気を付けるようにしていた。
「…………」
 ライアはふと、思い出したかのように東の方角に目を向ける。前に飛ばされてしまったのはあちら側だった。
自分の住処からオアシスに向かう方向とは逆なので、ほとんど訪れる機会がない。迷ってしまったのはきっとそのせいだ。
右も左も分からないような状況で、道を聞こうと他のポケモンを探していて、そのときに彼を見つけて、その後……。忘れようとしていた光景が頭の中に浮かんできて、ライアは慌てて振り払う。
あの時は彼の策略に嵌ってしまっただけ、自分の不注意が招いたこと。そう割り切ったつもりだったのに。どうして、心の奥にはしっかりと根付いているんだろう。
嫌なことを思い出してしまった気分転換のつもりだったけど、散歩の途中にそれが自然と湧き上がってくるようでは全く意味を成していない。
 東側をじっと目を凝らしてみても、ここからでは距離がありすぎる。近くで見たときは、大きな岩が立ち並んでいて非常に目立っていた岩場も、地表を漂う砂煙の中に潜んでしまっていた。
自分を引き留めようとする意識が舞い降りてくる前に、ライアはふわりと羽を羽ばたかせて岩場の方角へと向かっていた。考えるよりも先に、体が動いていたのだ。
何のために向かうのか。行って何をするつもりなのか。自分でもよく分かっていなかった。心の中に巣くう何かが、彼女を突き動かしていたのかもしれない。
ぼんやりとした、まるで抜け殻のような状態のままライアは東へと向かっていった。

 岩場が見えてきた。砂と違って岩はそう簡単に風で動かされたりはしない。以前と変わりない姿だった。
いったいどれくらい飛び続けていたんだろう。ずいぶんと長い間、同じような砂の景色ばかりだったような気がするけど。
具体的な時間はよく分からないが、太陽の位置が大して変わっていないところを見ると、そんなに長い時間ではなかったらしい。
天気が良いとはいえ、地表付近は細かい砂が飛び交っていて視界の悪い場所もある。それに、岩と岩の間は風が吹き込みやすい。
岩場の近くはうっすらと砂が舞っていて、空からでは様子が分からなかった。地面に降りれば、もっとはっきりと見えるようになるだろうか。
高度を下げようとして、ライアは思いとどまる。降りて、どうするつもりなんだろう。彼を探そうとでもしているのか。
あの時、きっぱりと別れの言葉を吐き捨てたはずだ。なのに自分から会いに行こうだなんて。それこそ、彼の思うつぼじゃないか。
「はあ……」
 ここであれこれ葛藤している自分に嫌気がさす。思いだしたくない出来事のはずなのに、岩場にまで来て、傷口を広げるような真似をして、一体何をやっているんだろう。
たぶん、今日は疲れているんだ。朝もセルザと話しているときぼんやりしてしまったし、こんな行動を取ってしまったのもそのせい。
まだ早い時間だけど、住処に戻って休もう。ぐっすり眠れば、明日はすっきりと気分よく目覚められる。こんなもやもやした気持ちも、どこかへ行ってしまうはず。
そう、疲れているだけ。早めに休めば、きっと大丈夫。頭の中で何度も反芻して、ライアは自分に言い聞かせる。
「……戻ろう」
 ここで悶々としていても仕方がない。そもそも、自分はここにいるべきではないんだ。
心のどこかで名残惜しさを感じていたかもしれないが、それは極力考えないことにする。
また、別の感情が生まれる前に、早いところ去ってしまった方がいい。
宙で転回し、ライアはくるりと岩場に背を向けると、自分の住処へと向かったのだ。

―4―

 ぎし、と何かが揺れるような音がした。木々が風でざわめくような軽快な雰囲気ではない。もっと重苦しくて耳障りな。
しかしそれを聞いた時、不思議と苛立ちは感じなかった。むしろ気分が落ち着いたような感覚さえする。
どこから聞こえてくるのだろうと振り返ろうとして、ライアは首が動かないことに気がついた。
自分の首をぐるりと一周するように、桃色をした細長い触手が巻きついている。
締め付けられる感触はあるけど、痛みや苦しさは感じない。表面がぶにぶにとしていて程よい弾力だ。
それが絡みついていたのは首だけではなかった。両腕も、両足も触手に縛られて身動きがとれない。自分の体は宙吊りになっていた。
どう考えても只ならぬ状況。だが、この触手に抗おうという気持ちは湧き上がってこなかった。
ぼんやりとした表情で吊るされたまま、ゆらゆらと揺れるライア。編んだ木の蔦を寝床にしてくつろいでいるかのように。
 再び触手がぎし、と軋む。すると、ライアの前に新たな一本の触手が現れた。
どこにも巻きついていない、自由な触手。どこからともなく伸びてきて、ライアの目前でゆらゆらと揺れていた。
そのまますうっと彼女の顔を通り過ぎ、股ぐらの方へと向かっていく。この時点で自分が何をされようとしているのか、ライアは察していた。
明らかに異常な事態が自分の身に迫っている。しかしライアは抵抗するどころか、期待を含んだ眼差しでその触手を見つめている。微かに震える息を漏らしながら、その先を待ち望んでいるのだ。
両足に回された触手が動き、ライアの股をゆっくりと広げていく。より露わになった、見紛うことなき雌の部分。彼女の呼吸と同じように、僅かに震えていた。
その直前で進出を止めていた触手が、待ってましたと言わんばかりの勢いで伸び、彼女の割れ目にちょんと触れる。
「……!」
 敏感な部分だけに、刺激の伝達も早かった。ライアの首筋が、背中が、尻尾がぴくんと揺れた。
傍目では分からないような小さな動きだったが、体にぴったりと密着している触手に伝わらないはずはない。
彼女の全身での反応に味を占めたのか、ライアの雌に触れている触手はぐっと先端を押し付けてくる。
そしてその圧力を保ったまま、彼女の秘部をずりずりと撫で上げた。
触手によって、大切な場所が少しだけ左右に無理やり広げられる。ライアに訪れた衝撃は、ただ触れられていたときの比ではない。
「あぁっ……!」
 痙攣でも起こしたかのように背中を仰け反らせるライア。無意識のうちに艶のある声を上げてしまっていた。
焦点の合わなくなった目、荒くなった呼吸音。撫でられた面積はほんの一部だというのに、ライアは迫りくる快楽の虜になってしまっていた。
触手のふよふよとした感触が、締めつけられている束縛感が、心の奥底にじわじわと浸透していく。

『ライア……いい声だ』

 ふいに、声が聞こえた。聞き覚えのある声。雄を思わせる低めの、緩急がなくて淡々とした喋り。
全くと言っていいほど感情がこもっていないため、何を考えているのかさっぱりつかめない。
これは、この触手の主でもあるレイドの――――。

 

「……っ!」
 はっと目を覚まし、ライアは体を起こす。最初に目に飛び込んで来たのは見慣れた住処の洞穴の壁だった。
仄かな月明かりが入口から差し込み、洞内はひんやりとした空気が漂っている。もう外はすっかり夜になっていたようだ。
次に、両手を前に翳してみる。もう触手は巻き付いていない。引っ張られる感覚も、締め付けられる感覚もなく自由に動かすことができた。
ライアはほっと安堵のため息をつく。夢、だったのか。それにしては、自分の身に何が起こっていたのかありありと思い描くことができるくらいに生々しい。
まだ夢の中での気分の高揚が残っているらしく、胸に手を当てずとも、心臓の鼓動が早くなっていることが分かった。
「まさか……」
 自分の秘所を弄られる、淫夢と呼んでもおかしくない類の夢だった。事実を確かめてしまうのが怖い気持ちもあったのだが。
ライアは身を屈めて手を伸ばし、恐る恐る雌の部分に手を触れてみた。生暖かい感触が、ぴちゃりと自分の爪と指に広がる。
微々たる量ではあったが、濡れていた。レイドに弄ばれる夢を見て、興奮していたとでも言うのだろうか。
認めたくはなかったが、そんなはずはないと振り切ろうとしても、正直な反応を示してしまった自分の体からは目を背けられなかった。指先に付着した独特の粘りのある液体は、本物だ。
彼のことを考えてしまうのは疲れているからだと踏んで、早めに眠りについてみれば夢にまで出てくる始末。
寝ても覚めてもライアの頭の中には、レイドが絡みついて離れてくれない。
「……っ」
 最近ご無沙汰だったから、欲求不満になっているせいだ。きちんと処理をしてしまえば、あんな夢を見ることも、彼のことで思い悩むこともない。
半ば強引にそう決め付け、ライアは壁にもたれかかり尻尾と両足をだらりと地面に投げ出した。視線を少し下に向ければ、難なく雌の様子を確認できる体勢だ。
表面は夢のおかげですでに湿っている。下準備は整っていた。ライアは自分の指を割れ目にそっと侵入させる。小さな水音がして、同時に彼女の体が震えた。
大事な部分だ。爪で傷つけてしまわないように慎重に、入れた指を小刻みに動かしてみた。くちゅくちゅと洞内に湿った音が響く。
「あぁっ……」
 股間から少しずつ広がってきた快楽に、ライアは喘ぎ声を洩らしていた。
股から尻尾の方へ流れ落ちるくらいに、愛液が染み出している。滑りの良くなったそこは、彼女の全ての指を受け入れてくれた。
三本の指をぐにぐにと無造作に動かすと、さらなる刺激が拡散する。全身の力が抜けていくような心地よさ、確かに気持ちがよかった。
 だが、どうもこの動作を続けるだけでは満足しきれなくなってきているのだ。
無理して続けようとしても、どこかで興ざめしてしまい、結局絶頂を迎えることが出来ずじまいだった。
以前はそんなことはなかった。さっきのように手で弄ったり、時には尻尾を使ったりして、十分満ち足りた至福を得ることができていたのだ。しかし、今はそれに物足りなさを感じ始めている。
体中がひくひくと痙攣してしまうくらいの衝撃、そして快感。頭の中が真っ白に塗りつぶされ、何も考えられなくるような感覚。あの時の、レイドに襲われた時のような快楽は、自分で生み出すことはできなかった。
「…………」
 やはり、今回もだめだ。こんな想いを抱えたままじゃ、悦に浸ることなんてできない。ライアは黙ったまま、秘部から手を引き抜いた。
伝わってくる衝撃は微細なもの。達することができずに、濡れただけの割れ目や自分の手を見ても、虚しさが広がるだけだった。
一度身に刻みこまれた感覚は忘れようにも忘れられない。レイドの思惑通りになるまいと何度も抵抗してきたが、やはり自分は彼の技術を求めている。あのうねうねと蠢く、触手を。
「……行こう」
 ライアは立ち上がると、住処の外に出る。昼間の快晴がまだ続いているのか、月の光が夜の砂漠を照らし出していた。
この時間なら薄暗い。他のポケモンに見られる可能性は低いだろう。
完全に戸惑いがなくなったわけではない。この決断を必死で振り払おうとしている自分が、まだしっかりと潜伏している。
だが、こんな煮え切らない気持ちを抱えたまま過ごしていくのは、苦しかった。
レイドに会えばきっと、溜まった彼女の欲求をものの見事に発散させてくれることだろう。それを自身の口から言いだせるかどうかは自信がなかったけれど。
左右に大きく揺れる天秤を心に抱えたまま、ライアは地面を蹴って夜の砂漠に飛び立っていった。彼、レイドと出会った、東の岩場を目指して。

―5―

 今夜は月が出ているおかげで周辺の様子を認識しやすい。暗闇の中うっすらと見える砂山や岩石は、昼間とはまた違った雰囲気を作り出していた。
しかし、多少の明るさはあるとはいえ今は夜。こんな時間に外を出歩くポケモンは少ない。
まるでこの砂漠には自分だけしか存在しないのではないか。そう錯覚してしまいそうになるくらいの静けさだった。
だが、これから向かう場所を考えればその方が都合が良い。
暗ければ、徘徊するポケモンが少なければ、その分目撃される可能性は低くなる。
昼間岩場を訪れた時に、近づくことを躊躇ってしまったのは誰かの目を恐れてのことだったのかもしれない。
目的が目的だけに、彼と会っているところは見られたくなかった。

 夜のため外観の雰囲気は変わっていたが、昼間赴いたばかりの場所。迷うことなくライアは岩山までたどり着いた。
じっと目を凝らして岩場の周りを見渡してみるが、薄暗くて何も分からない。やはり地面に降りて、直接確かめなければならないようだ。
「…………」
 ここまで来ておきながら、すんなりと地面に降りられない自分がもどかしかった。
昼間踏み止まったにも関わらず、もう一度ここを訪ねたということは本心は決まっているはずなのに。
引き返すならば今のうちだと語りかけてくるもう一方の気持ちが、まだ心の奥で燻っている。
何を、今更。引き返して何になるというんだ。無理やり押さえつけてみても、結局は抗えない。
さっき見た夢はそれを物語っている。それならば、自ら彼のもとに。これが自分で出した答えなんだから。
ひたすら頭の中でそう繰り返しながら、ライアは羽の角度を変えゆっくりと下降していき、そっと地面に降り立った。
体重が掛かった足もとの砂が、少しだけ沈む。接近することで、空からではぼやけていた岩々も大分明瞭になっていた。
荒々しく地面から突き出ている岩石は、夜の暗さがあってもその迫力を失ってはいない。思わず息を呑んでしまうような荘厳さがそこにはあった。
「えっと……」
 以前、彼と会ったのはどこだったか。周辺の岩の形まで思い出そうとすると、さすがに記憶が曖昧になってくる。
確か大きな岩のすぐ傍で、ひっそりと静かに佇んでいたような覚えがある。自由には動けないと言っていたから、きっと同じ場所にいるはず。
ライアは岩石と砂漠の地面との境界を、じっくりと見渡していく。一つ一つ、しっかりと。
夜とは言え、幸いなことに月明かりがある。何かがいたのならば見落としてしまうことはないだろう。
「……!」
 一つ、二つと確認し終え、三つ目の岩に差し掛かった時だったか。岩陰で微かに揺れる、奇妙な形をした影がライアの目に飛び込んできた。
この暗さで色までは分からなかったが、おそらくレイドに間違いない。はやる気持ちを抑えながら、ライアは一歩一歩彼の元へ近づいていく。
輪郭が徐々にはっきりとしてきた。自分と同じ黄緑色の体に、黄色い模様が彩られている。
球形をした黄緑色が二つ、一本の細い茎で繋がっている。片方は地面に、もう片方は夜風を受けて小さくなびいていた。
目にするのは二度目だが、やっぱり変わった外見をしているなとライアは思った。ユレイドルというポケモンを知らなければ、初見で彼を生物だと判断するのは難しいだろう。
夜は眠っているのか、あの黒いくぼみに光が宿っていない。いや、前に会ったときは昼間だったが、同じように沈黙を保ったまま揺れていたような記憶がある。
きっと、誰かが近づいて来たときだけ活動するのだろう。無駄な労力は浪費しないのは、いつでも水分を得られるわけではない彼からすれば合理的だった。
もう少し、傍に行かなければ気づいてもらえないだろうか。胸に手を当て、深呼吸した後ライアはさらに一歩踏み出す。
もし、レイドが彼女に触手を伸ばせば容易に届いてしまう距離だった。だがそれでも彼は動く気配を見せない。
何か声をかけてみようか。だけど、なんて言えばいいんだろう。自分がここに来た目的なんて、とてもじゃないけど口に出して言う度胸がなかった。
どうしたものかと迷っていたところ、突然頭のくぼみにすっと光が宿り、ぐるりとライアの方を向く。
本当に何の前触れもなく、いきなりだから心臓に悪い。危うくびっくりして尻もちをついてしまうところだった。
「誰かと思えば……ライアか。久しぶりだな」
 レイドの声だ。抑揚のない淡白な喋り。独特の低い響き。
久しぶり、ということは自分のことを覚えていてくれたのか。素直に喜んでいいものか、微妙なところだったけど。
「え、ええ。久しぶりね、レイド」
 とりあえず無難に返事をしておく。だけど、本当はこんな他愛のない話をしにきたわけじゃない。
それはきっと彼も分かっているはずだ。あの時、さよならと言って別れた自分が、再びこうしてここに訪れているのだから。
「どうした。また迷子にでもなったのか?」
「ち、違う。そうじゃなくて、えっと……その」
 もし迷子になっていたとしても、レイドの所へ道を尋ねたりはしないだろう。
彼がどんなポケモンなのか分かっているとはいえ、不意をつかれれば身の安全は保障できない。
「冗談だ。俺の所に来てくれたってことは、何が目的なのか分かってるつもりだ。だが……」
 レイドは首を少し前に突き出し、ライアの顔を覗き込む。真っ黒なくぼみに揺れる彼の瞳は迫力があったが、恐ろしいとは感じなかった。
相変わらず何を考えているのか分からない顔だ。だが、その眼にじっと見つめられると、心の中まで見透かされてしまいそうに思える。
「色々と思う所があるみたいだな。とりあえず……全部吐き出せば、少しは楽になるんじゃないか?」
 言いたいことはあった。だけどどうやって伝えればいいのか分からなかったのだ。
声に出そうとはするのだが、奥歯に物が挟まったように言葉を紡げずにいたライア。
そんな彼女を見かねたのか、レイドの方から話を切り出してきた。心苦しそうな彼女の様子から、何か迷いがあることは察しがつく。
「話を聞くくらいなら、俺にもできるぜ。抱え込んだままじゃ、楽しめないだろ?」
 楽しめない、という言葉にライアはどきりとしてしまう。
身も蓋もない表現だけど、結論を言えばそのためにここに来たと言っても間違いではない。
そのことをどうやって話せばいいのか迷っていたところに、レイドはそっと背中を押してくれたのだ。
セルザには打ち明ることができなかった悩み。誰かに話すことで気持ちが落ち着くこともある。
まだ若干の抵抗はあったが、自分のあられもない姿を知っているレイドにならば、全部話してもいいかもしれない。
「うん……ありがとう、レイド」
 自分に必要だったのはきっと話を切り出すためのきっかけだろう。
いざ、話を始めてしまえば、案外躓くことなくすべてを伝えられるような気がしてきた。
彼が振ってくれた話すためのきっかけをありがたく拾い上げると、ライアは自分の胸の内を少しずつ語り始めた。

―6―

 時々言葉を詰まらせながらも、ライアは今までに抱えてきたものを少しずつレイドに話していく。
話し始めるまでは心苦しかったのだが、いざ声に出して打ち明けてみれば想像していたよりも、躊躇いや恥ずかしさは抱かなかった。
やはり相手がレイドだから、というのが大きかったのかもしれない。レイドの方はと言えば、相変わらずの様子で彼女の話を聞いていた。
親身になって頷くわけでも、大きく感情表現して共感してくれるわけでもない。
ただ、ライアが途中でつかえてしまった時は、ゆっくりでいいと声を掛ける気遣いのようなものが見受けられたが。
 忘れたつもりになっていたが、あの時の感覚がしっかりと体に残ってしまっていたこと。
頭に浮かぶたびに、何度も何度も抗おうとしたが、それでもどこかでレイドの触手を望んでいる自分がいたこと。
そして、まだ揺れる想いを抱きながらも、結局はここに足を運んでしまったこと。一通り抱えていたものを話し終えて、ライアは小さく息をつく。
「……なるほどな」
「ただ気持ちよくなりたいから、って割り切ることができたらもっと楽だったかも知れない。でも、どうしてもそれができなくて。自分がとんでもなく恥ずかしいことやってるんじゃないかって思えて、すごく……すごく怖くて」
 求めようとする自分と、拒絶しようとする自分。どちらもが前に出てこようとしてぶつかり合ってしまっていた。
理性と本能の間で均衡が取れていなかったのだ。そのもやもやはやがて心苦しさとなって、胸に圧し掛かってくる。
話すうちに感情が昂ぶってしまったのか、ライアの目からつうっと一筋の涙が零れ落ちる。それは目を守る赤いカバーを経て、外に流れだした。
 ふいに頬に柔らかいものが当たる。気がつくと、レイドが頭の付け根から一本だけ触手を伸ばし涙を拭い取っていたのだ。
やはり彼にとって、砂漠での水分は貴重らしい。思わず涙を流してしまった自分を見かねての行動ではないだろう、きっと。
そういえば、前もこうして涙を触手で拭ってもらったことをライアは思いだした。
柔らかすぎず、硬すぎず、程よい弾力。頬を撫でたその触手の感覚が、なんだかとても懐かしかった。
「別にあんたが気に病む必要なんてないさ。気持ちいいことは何度も経験したくなるもんだろ?」
「……え、えっと」
 結論からすれば確かにそうなのだが。言葉がストレートすぎるというかなんと言うか。
ここですんなり頷いてしまうのは、まだライアには抵抗があったのだ。
だが、口ごもったところで彼女の答えが決まっていることはレイドも把握しているところだろう。
「本能に準じることは咎められることなんかじゃない。俺はライアの訪問を歓迎するぜ」
 レイドからすれば、貴重な水分を得られる機会なのだ。心なしか彼の声が嬉しそうに聞こえた気がした。
水分が欲しいから、言葉巧みに丸め込まれているのでは、と少し考えはしたのだ。
レイドのことだ。声の調子を繕って、さも説得力があるように見せていたとしても不思議ではない。
 だが、手を伸ばせばすぐそこに快楽があるのだ。自分の目の前で揺れている誘惑に逆らうことは難しい。
最近の欲求不満も手伝って、彼に身を任せてもいいのではないか、という想いがゆっくりと浮かび上がってくる。
「……これが恋しくなったんだろ?」
 そう言ってレイドはするりと一本だけ触手を伸ばし、ライアの目の前でくにくにと動かして見せた。
「……!」
 桃色の触手が揺れている。先端の方だけ器用に曲げてみたりと、やはり自由自在なようだ。
その用途を知らない者が見れば、何の事だか分からない。だが、知っているライアにとってはその動きがものすごく卑猥に思えて。
目前に触手を持ってくるという露骨な手段だったが、そのうねうねとした動きにライアは釘づけになってしまっていた。
そう、やっぱり自分はこれが欲しかったのだ。湧き出したつばをごくりと飲み込んで、ライアは無言で頷いた。
「いろいろと苦悩させちまったみたいだしな。あのときあんたを襲った俺にも責任がある。……楽にさせてやるよ」
「……き、期待しても、いい、かな」
 ゆらゆらと揺れる触手はライアの心までもまさぐっていく。
目の前で動かされるたびに、理性がゆっくりと崩壊していくような気さえする。
今はこれから訪れるであろう久々の感覚を待ちわびて、胸をときめかせているほどだった。
「任せとけ、ライア」
「う、うん」
 その気になった自分を見て、きっとレイドは心の中でほくそ笑んでいたはず。
それでもいい。お互いに得られるものがある。理由なんてそれだけで十分だった。
「だが……いきなりだとあんたも苦しいだろうから、頼まれてくれるか?」
 レイドは差し出していた触手を少しだけ下に移動させ、ライアの口の前で止める。
一瞬何の事だろうと思ったが、彼が何を求めていたのかやがて理解する。ライアは頷くと、両手でそっと触手を手に取った。
柔らかい感触だった。自分の手は小さいからちょっと手に余る感じだが、太さは丁度いいかもしれない。
でもまあ、伸縮自在だとすれば細かいことを考える必要もないかな。色々と頭の中で妄想しながら、ライアはそれを口に含む。
以前は無理やりだったが、今度は自分から。舌を触手の表面に這わせてゆっくりと自分の唾液を絡ませていく。
「ああ……いいぞ、ライア」
 どことなく恍惚とした声を上げるレイド。唾液も立派な水分。それを得ることで彼は心地よさを感じているのか。ならば、もっと。
吸湿のよい触手に自分の唾液が吸われていく感覚はあった。それでも、この行為に対する興奮からかじわじわと湧き出してくるようで、口の中は潤っている。
レイドのものだから丁寧に扱わなくてはならない。あんまり鋭くはないのだが牙を当てたり、爪を強く立てすぎてしまわないよう慎重に。
 舌で押し上げてみたり舌先でつんつんとつついてみたりすると、僅かに触手が震えるのがなんだか面白い。
もしかして、彼にとっては結構敏感な部分だったりするんだろうか。だけど、そうだとすれば表情一つ変えずにほとんど身動きしないのは妙だ。
それとも、自分をその気にさせるための巧みな演技か何かなのか。まあ、レイドの体のつくりは普通のポケモンとは相当違っているようだし、何ともいえないのだが。
「んっ……」
 動かし続けるうちに、くぐもった声まで出してしまっている。そうだ、演出かどうかなんて大した問題じゃない。
自分がそういう気分になっていくかどうかの方が今は大事だ。こうやって徐々に気分を高めていけば、きっと。
まだまだ留まるところを知らない唾液を目一杯触手の表面に撫でつけながら、ライアは無心に舌を動かした。

―7―

「もう……十分だ」
 すっとライアの口から触手を引っ込めるレイド。どれくらい舐め続けていたのだろうか、時間の経過を忘れるくらいその行為に没頭していたような気がする。
自分の口の中は空っぽだ。まだ湧き出してくる唾液だけが、虚しく溜まっていく。
口内があの柔らかい触手で満たされていた感覚に、名残惜しさを覚えてしまったほど。
「……良かったぞ、ライア。いい具合に潤った」
 レイドは再び触手をライアの前に差し出す。表面が彼女の唾液でぬらぬらと妖しく光っている。
ゆらり、と触手が動くたびに月明かりを反射して、この上ない厭らしさを見せつけていた。
再び手を伸ばしてぎゅっと掴みたく、咥えたくなるくらいに。今の自分は、それを欲しているのだ。
「さあて、そろそろ行くか。あんたの方の準備は……聞くまでもないか」
「ええ。頼むわ……」
 催促したりはしなかったが、ライアが触手を食い入るように見つめていればどう構えているかぐらいは分かることだ。
レイドは黙ったまま頷いた後、ふと目を閉じる。彼の頭からぎし、と軋んだ音が聞こえたような気がした。
刹那、彼が目をかっと見開いたかと思うと、無数の触手が頭の付け根からうねうねと顔を覗かせていた。
一度見たことがあっても、触手がぐわっと四方に伸びる様子は言葉にならない迫力がある。
細長い彼の体が何倍にも広がったかのよう。思わずライアは身を震わせていた。
しかし、以前感じたような恐ろしさからくる薄ら寒いものではない。触手を前にして心が奮い立つ、武者震いのような。
ライアが気圧されているうちに、触手は彼女の体にするりと巻きついていく。首、腰、両足を拘束され、ふわりと体が宙に浮いた。
体重は結構あったような気がするのだが、難なくあっさりと持ち上げられてしまう。あんなに細身なのに、一体どこにこんな力があるのか。彼の体は不思議なことだらけだ。
爪のある両腕を自由にさせているのは、前と違ってライアが抵抗しないことを知っているからだろう。
締めつけられているという圧力はしっかりと伝わってくるのだが、苦痛は感じない。絶妙な力加減、夢で感じたのと相違ない。
しかし、当然のことながら拘束されていることを実感させるその感触は夢よりもずっと克明で、生々しくて。体に纏わりつく触手の感覚に、笑みすら浮かんでくる。
「どうだ。縛り付けられるってのも、案外悪くないもんだろ?」
「う、うん……」
 ここで同意してしまうのはとても危険なことのように思えたライアだったが、実際そう感じてしまっているのだから否定できない。 
もう少し強く締めつけられても、レイドならば許せてしまえそうなくらいに。
やはりあのとき彼に捕らえられてから、自分はどこかで目覚めてしまったのか。もう後戻りは出来ないのかもしれない。
「さて……要望があるなら、俺に出来る範囲ならば応えるが、どうする?」
「要望って?」
「激しいのがお好みならいきなり入れて動かしてももいいし、逆に焦らされるのが好きならたっぷりと表面を撫でまわしてやってもいいが……」
「あ、ああ……そういうこと」
 表情は当然と言えば当然なのだが、口調も変えずにぺらぺらと身も蓋もないことを口走るレイド。
声だけが先にライアの耳に入ってきて、その意味を理解するのに少し時間を要した。単刀直入に言うならば、どのように弄られたいか、ということだ。
今までにもさまざまなポケモンを相手にしてきたであろうレイドならば、結構な数のレパートリーがあるのだろう。
何らかの注文をしてみることに、もちろん興味はあったのだが。ライアはそういったことに関する知識が乏しく、今一つぴんとこなかったのだ。
相手もおらず、せいぜい自分で弄るのが関の山。そのやり方も至極一般的なもの、だとライアは勝手に思っていた。
「えっと、私、そういうのはよく分からないから……前と同じように、やってくれない?」
「普通のでいいんだな」
 触手を使っている時点で、もう普通でも何でもないような気がするのだが。
彼自身としては普通の刺激、と位置付けているものがあるらしい。以前やられたのは、レイド曰く普通のやり方とのこと。それで、あの衝撃。
もしここで激しいのを頼んだりしたらどうなるんだろう、という考えが頭を掠めた。前よりももっと、強烈な快楽が訪れたりするんだろうか。
考えただけでドキドキしてきそうだったが、慣れていない自分には刺激が強すぎて楽しむどころじゃないかもしれない。
とりあえず、普通で答えておくことにしよう。あれでも、気を失ってしまいそうなほど気持ちが良かったのは確かなのだから。
「君の言う普通ってのがよく分からないけど……それで」
「分かった。……それじゃあ、行きますか」
 さっきライアの唾液で湿った触手をレイドはゆっくりと彼女の下半身の方へと近づけていく。最初に腹部にそっと触れ、つうっと撫でながら割れ目の入り口まで持っていった。
お腹はそんなに敏感な場所ではないはずなのに。ライアの背筋にぞわりと心地よい震えのようなものが走る。
彼の触手を舐めて、そして縛られて。準備段階を経ることにより、いい具合に昂ぶってきているようだ。
「……ほう」
 レイドは巻きつけた触手を動かし、ライアの股を開いていく。彼の黄色い丸い瞳がぎょろりと動き、その目線はある一点に。
触れられる前だというのに、じっとりと湿り気を帯びた雌。何もせずとも水音が聞こえてきそうなくらいに、表面に蜜が染み出ている。
最近ご無沙汰だったのと、再び触手を前にしたことによる興奮か。口に含んで舐めていた時から、下半身が熱くなっていくのを感じていたのだ。
じっとりと濡れた雌は目をなかなか見張るものがあったのか、舐めまわすかのようにレイドが視線を注いでいる。
「いい具合だな、さて」
 直前で止めていた触手をレイドは下へずらし、ライアの割れ目にぴとりと触れる。
やはり、直に当てられれば刺激は強かった。だらりと垂れさがっていた羽や尻尾を、思わずぴんと伸ばしてしまうくらいに。
来るぞ、と心構えはできていたから声は上げなかったものの、以前のように前触れもなく突然触れられていたら、間違いなく甘い声を漏らしていたことだろう。
きっとこの先はじっとしてなんかいられない。背中を仰け反らせて、悲鳴にも近い声を上げてしまうような快楽が待ち構えているはず。
何しろ、まだ、始まったばかりなのだから。

―8―

 ぴたりと密着させた触手をレイドは筋に沿ってそっと動かしていく。
まずは上から下へゆっくりと。レイドの触手と、ライアの雌が擦れる音が聞こえてきそうなくらいに。
以前触れられた時よりも、心なしか触手の動きが緩やかに感じられた。
まだ大した刺激を与えていないと言うのに、溢れんばかりの蜜を湛えたライアの雌を味わっているかのよう。
だが、動きが穏やかとは言っても敏感な場所。それに行為に及ぶ前の興奮もあった。
割れ目に触手を這わされるだけで、ライアの体はぴくぴくと小刻みに震えていた。
「あぁっ……」
 口元から声が漏れる。目はとろりと虚ろになり、無意識のうちにこの感覚に身を任せ、悦に浸りながらうっすらと笑みを浮かべていた。
秘部の下まで到達したら上へ、上まで到達したら再び下へ。一気にするりと滑らせることもあれば、最初のようにじわじわと進めていくことも。
滑らせたときは背中をぴんと伸ばしてしまうような、深く短い刺激。緩慢な動きで這わせたときは、鋭さはないが刺激の持続時間が長い。
緩急の付け方が本当に絶妙でバリエーションに富んでいる。さすがはレイド、と感服せざるを得なかった。
それでも徐々に、這わせる力が強まっているのが分かる。最初は表面を撫でまわしているだけだった。だが、今は少しではあったが内部にまで浸食してきている。
まるで、次から次へと湧き出してくるライアの蜜を外へと掻き出すかのように。行き場を失った愛液が、彼女の尻尾の付け根を伝って地面に染みを作っていった。
「あ……はあ、はあっ」
 ふと、レイドが触手を離した。断続的な刺激はゆっくりと息継ぎをする間もなかなか与えてくれない。
ライアの肺が足りなくなった酸素を求めて、反射的な深呼吸を促す。自分のお腹が目に見えるくらい激しく上下しているのが分かった。
「次に俺が何をするかは……もう分かってるよな?」
 何度か瞬きをして乾いた瞳を潤してから、ライアはレイドと目を合わせる。
彼が動きを中断させたのは、別の刺激に切り替えると言う合図だったらしい。
以前やられた時と同じならば、この後に何が来るのか。しっかりと覚えている。忘れることなんてできなかった。
「……ええ」
「それじゃ……行くぞ」
 首と腰に巻き付いた触手がそれぞれ、ライアの胸に向かって伸びていく。
小さな突起で膨らみもないというのに、ピンポイントで彼はその場所を探り当てる。二本の触手がほぼ同時に、彼女の胸の突起に触れた。
月明かりがあるとはいえ薄暗い中、どうしてここが分かるのだろうかというぐらい狙いは的確で。
「ふあっ」
 雌を撫でられるのとは、また違った感触。それでもやはり敏感な箇所であることには変わりない。再び甘い声を上げてしまう。
胸に密着させた触手を僅かに動かし、ライアの突起をゆっくりと愛撫していく。触手の弾力性が乳首をすっぽりと飲み込み、擦れていく。
摩擦による刺激は秘部を弄られるよりは微弱ではあった。それでも確実に、ライアの快感を貪ろうとする本能に働きかけてくる。
「あっ……あっ……」
 途切れ途切れに細い声を上げるライア。触手の先端はくにくにと彼女の突起を弄る。小さな石を転がして遊ぶかのように。
じわじわと胸からの刺激がライアの体に浸透し始めたその時だった。突然、別の快楽が股ぐらから伝わってきたのは。
「ひゃん!」
 胸の方ばかりに意識を寄せていたため、そこからの刺激は予想外だ。今までにない嬌声を上げてしまうライア。
前にやられた時は胸を弄っているときは胸だけに焦点を当てていた。隙を見て割れ目に触手を這わせたりはしなかったのに。
話が違うじゃないと、少し恨めしそうにライアはレイドの方を見る。
「あんまりいい声だったから、つい、な」
 そう言って頭を小さく揺らすレイドはまるで笑っているかのよう。別の個所に触れられた時のライアの反応は、彼の予想通りだったらしい。
水分を得る以外の場面でも楽しみたいという、彼のちょっとしたいたずら心か。そんな無邪気なものではないような気がしたのだが、ライアの方から彼を求めたのだ。
奉仕される側の身としては、おいそれと文句も言えない。不意打ちの衝撃は大きかったが、もちろん快感も強かったため悪くはなかったのだ。
「さてと。ライア……覚悟はいいか?」
 レイドはライアの胸にあてがっていた触手をすっと離し、さっきまで雌を弄っていた触手に動きを切り替える。
そのままするりと伸ばしていき、彼女の雌に触れるか触れないかと言ったところでぴたりと動きを止めた。
黄色い瞳でじいっとライアの目を捉えている。彼なりの真剣な眼差しなのだろう、たぶん。
直接入れられるとなればもちろん快楽だけでなく衝撃も大きくなってくる。だからこそ、心の準備ができているかどうかを彼は聞いたのだ。
「大丈夫。お願い……レイド」
 一度は有無を言わさず無理やり体験させられたことだ。これから訪れることが、どんな感覚なのかは知っている。
知ってしまったがために、再びこうして彼の元へ来て求めているのだから。恐れなんてなかった。
それどころか。久々のあのうねうねとした動きが待ち遠しくて。湧き上がってきた唾をライアはごくりと飲み込んだほど。
「分かった」
 両足に巻きつけた触手を動かし、レイドはライアの股を徐々に開いていく。
度重なる全身への愛撫により、たっぷりと湿り気を帯びた彼女の雌。
直接手を加えずとも、蜜が流れ出しても不思議ではないくらいに。この調子ならば難なくことは進みそうだった。
レイドは直前で制止させていた触手を前に出し、彼女の割れ目にぴとりと添える。そしてそのまま、ずぶりと内部へ侵入させた。

―9―

「あぁっ……!」
 悲鳴にも似た声を上げ、ライアは体を仰け反らせる。首や腰、両足に巻きついている触手がぎし、と軋む音がした。
雌の中に触手の存在をありありと感じる。表面だけでなく、内部にまでレイドが浸食してきていることがしっかりと伝わってきた。
レイドが侵入させたのは先端だけだったというのもあるが、大した抵抗もなくするりと触手を受け入れていた。
いくら蜜で濡れていたとはいえ、こんなにもあっさりと。以前と違ってお互いに了承しあっているという、精神的なものもあったのかもしれない。
「進めるぞ……」
 いざ挿入、という場面になってもレイドは顔色一つ変えていない。声の調子も淡々とした、普段のまま。
一匹の雌を思うままに弄んでいるというのに、気分の高揚といった様子も見受けられない。まあ、レイドらしいと言えばそうなのだが。
頬を紅潮させて息を荒げているレイド、というのも想像がつかない。ライアにも彼を観察するぐらいの余裕はできたらしい。
「え……ええ」
 本当に久々の感覚だ。どんなものだろうか、とドキドキしながらライアはゆっくりと頷いた。
彼女の返事を確認すると、レイドは侵入させていた触手を軽く揺さぶるかのように動かす。
中に入っていた触手がどくん、どくんと脈動するかのように奥へ奥へと進出してくる。
触手が彼女の中へと進むたびに、ライアの体がそれに呼応するかのように、びくんと揺れた。
首が、腰が、尻尾が、膣内を蠢く触手によって反射的に動かされる。もう悲鳴なのかどうかも分からない、細い声のようなものしか上げられなかった。
ライアが激しく動いても、巻き付いた触手は軋んだ音を立てるだけで拘束の力は緩まらない。すごい耐久力だな、と霞みつつある意識の中ライアはふと思った。
「動かすぞ。身を任せてろ。すぐ、楽になれる」
 今回は抵抗する気などなかったし、ここまで快感を刻まれてしまったらそんな気持ちも浮かび上がってはこない。
もう、好きにして、と頷こうという意思はあったのだが。頷いたのかどうかは記憶がはっきりしなかった。
どうやらライアは頷いていたらしく、レイドは奥まで進めた触手を動かし始める。仮にここで同意しなかったとしても、彼は先に進めていたとは思うが。
「あっ……うああっ!」
 じっとりと湿った淫らな音が、夜の砂漠に響く。外へ溢れ出した愛液が、尻尾の付け根を伝ってさらに流れ落ちていくのが分かった。
表面を撫でまわしていた時と同じように、緩急をつけながらじっくりと。レイドは前後に触手を動かし、彼女の内部を攻めたてる。
もう、そう長くは耐えられそうになかった。限界はすぐ近くまで迫ってきている。このまま刺激を与えられ続ければ間違いなく。
激しく喘ぐライアの様子から、それを感じ取ったらしい。相手の果てるタイミングを見計らうのは、やはり今までの経験のなせる技。
レイドは彼女に巻きつけていた触手を動かし、ライアの股ぐらを自分のすぐ前まで持ってくる。
そして最後は前と同じようにというライアの注文通り、そっと胸へと触手を伸ばして。前後の運動はつづけながら、優しく乳首をくりくりと弄んだ。
「ひゃああああっ!」
 夜だから出来るだけ声を上げないようにしよう、と思っていたのだが。もうそんなことに気を使っている余裕などなかった。
そうだ、これだ。きっと自分はこの刺激をずっと求めていたんだ。いくら自分で弄って見ても、こんな快感は訪れない。
以前三か所を弄られた時に、心の奥に根付いてしまった快楽。再び味わってしまった。きっともう、逃れることなんてできない。
 本能的な悲鳴とともに、ひときわびくんと体を仰け反らせてライアは果てた。堰を切ったように溢れ出した大量の愛液がぴちゃり、ぴちゃりとレイドの体を濡らしていく。
何度か下半身をひくひくとさせて愛液を外へと押し出していたライアの雌も、やがて勢いを失って静かになってくる。
触手をゆっくりと外へ抜き出すと、レイドは秘所の周辺を拭っていく。取れるだけ水分は取っておくつもりなのだろう。
ライアの体に付着した愛液を一通り拭き終えた後、ぐったりと力なく息を荒げている彼女を砂の上にそっと横たえた。
「あぁっ……はぁっ……」
 やはり、レイドのテクニックは素晴らしかった。一瞬気を失うかと思うくらいに、頭の中が真っ白になって。
だらしなく口を開けたままライアは快楽の余韻に浸る。頭がくらくらしてまだ焦点が合わない。
夜空に輝いている月が、霞んで揺らめいている。体と心が落ち着くまで、もうしばらく掛かりそうだった。

「大丈夫か?」
 レイドの声で、ライアはゆっくりと体を起こす。視界も意識もはっきりしていた。レイドの緑色の体も、黄色い瞳もしっかり見える。
羽根や背中に付着した砂を軽く手で払う。ぱらぱらと乾いた音を立てて落ちていく。体が濡れているような感覚はどこにも残っていなかった。
余すところなく、レイドが拭き取ってくれたようだ。なるほど。残った水気も無駄にしない、後処理もちゃんとしてくれるというわけか。 
「何とか、ね」
 まだ胸の鼓動は普段より早かったが、呼吸はかなり整ってきた。羽ばたけば飛べるくらいには回復している。
「なかなか良かったぞ、ライア。あんたのおかげで当分は大丈夫だ」
「そ、それなら……よかった」
 半ば気持ちが冷静になりつつある所に、そういうことを言われると戸惑ってしまうというか、恥ずかしいというか。
随分と出してしまったような気がしていたのだが、レイドの体にそういった痕跡は見られない。
自分が横になっている間にすべて触手に吸収されてしまったのだろうか。
瞬く間に水気を吸い取ってしまう触手。一体何でできているのやら。彼の体の謎は深まるばかり。
「私の方こそ……その。す、すごくよかった。あ……ありがと、レイド」
 頬を赤らめながらも、ライアはレイドに感謝の言葉を伝える。やはりあの心地よさは尋常ではなかった。
直接口にするのは確かに恥ずかしい。だが、恥ずかしさを差し置いて、お礼を言わなければという気持ちが先行するほど、彼の技術は素晴らしかったのだ。
「礼を言われるようなことじゃないさ。俺は水分を得られた。ライアは気持ち良くなれた。お互い様だろ?」
「そう……かな」
 レイドの感情の変化が乏しいせいなのだろうけれど。
快楽に喘いでいた自分と、終始淡々としていた彼の様子がひどく対照的に思えて。
なんだか自分だけがとてつもなく大きな施しを受けたような気がしてならなかった。
「ああ。あれだけあれば結構持つ。相当溜まってたんだな、ライア」
「う、うるさいな……」
 首を小さく揺らしておどけたように言うレイド。なんだか茶化されているようにも思えたが、事実なだけあって何も言い返せない。
彼が出てくる夢を見てしまったくらいなのだ。かなり欲求不満だったことは自分も承知の上。
だけど、夢のことはレイドに言わなくてよかった。言っていたら、きっとそのことをおちょくられていたにちがいない。
「……気分はどうだ」
「え?」
「もう胸は苦しくないか?」
 そういえば。ここに来たときにずっと感じていた、心に重くのしかかっていた靄はもう感じなかった。
目の前が晴れて、まるで視界が広がったかのような清々しい気分。こんな晴れ晴れとした感覚は、なんだか久しぶりだった。
再びレイドと会う決意をして、その触手を受け入れて。いろいろと抱えていたものを吐き出せた気がする。
「うん、大丈夫」
「ならいい」
 レイドの瞳がわずかに揺れた。それが何を意味していたのかはライアには分からない。
ひょっとしたら、彼は自分のことを心配してくれていたりしたのだろうか。やはり表情が掴めないから憶測でしかないのだが。
ほんの少しだけ揺れた彼の眼は、安堵の気持ちを含んでいたような、そんな気がした。
「あ、あのさ、レイド。ええと……」
 これはわざわざ言わなくても、レイドは分かってくれているかもしれないが。やっぱり伝えておいた方が安心できる。
しかし、ついさっきそういった感情は見事に消え去ってしまったところ。冷静になればなるほど尋ねにくくなってくる。
このごに及んで何を躊躇っているのか、と言い聞かせてみてもライアの口はなかなか言うことを聞いてくれない。
こんなことなら、もっと余韻の残っているうちに聞いておいた方がよかったか。
「前にも言っただろ?」
「え……?」
「いつでも来てくれていい、ってな」
 聞こうとしていたことを先に言われ、ちょっと悔しかった反面、どこかほっとしていた。
レイドのように何の躊躇もなしに身も蓋もない物言いをするのは、正直ライアには荷が重い。
彼のように包み隠さず言えるようになってしまったらしまったで、それは問題がありそうだったが。
「ばれてたか」
「あんたの態度は分かりやすい。見てればすぐに分かる」
「うーん……そうかもね」
 言われてみれば、何も話していないセルザにも顔を見ただけで悩みがあるんじゃないかと心配された所だ。
どうやら、自分では意識していなくても考えていることが顔や態度に出てしまいやすい性質なのだろう。
レイドは相手の気持ちを察することに長けていそうな雰囲気があるし、ライアが何を思っているのか手に取るように分かっていても不思議ではない。
「次にライアと会えるのを楽しみにしてるぜ」
「え、えっと……」
 楽しみにしている、と言えばそうだったかもしれないが、ライアに堂々と頷くことができるはずもなく。
答えに困ったように視線を泳がせて、頬を赤くする彼女を見て、レイドは小刻みに頭を揺らす。これはきっと笑っているのだ。
からかわれていたのだ、と気がついてライアは小さく肩を落とす。やれやれ。相変わらずレイドには敵わない。
話しているといつの間にか彼のペースに乗せられて、振り回されてしまう。変に目くじらを立てても、レイドを喜ばせるだけだろう。ライアは何も言わないでおいた。
「それじゃ、私はそろそろ行くね」
 もう事は済んだ。夜間とはいえ、誰かに目撃される可能性は無きにしも非ず。あまり長居はしない方がいい。
自分でここへ来ることを決めたライアだったが、やはりそういった恥ずかしさは捨てきれない。
「ああ。またな、ライア」
 以前と同じように頭の付け根から触手を一本だけ伸ばし、ゆらゆらと左右に振ってみせるレイド。彼なりの挨拶だ。
互いに手を振り合って別れるような、親密な関係とはやっぱり何かがずれているように思えたが。前よりはその行為に不自然さを抱かなかった。
「……うん、またね、レイド」  
 さよなら、ではなく。また会うことを想定して。ライアは微笑みながら手を振り返した。
いつになるかは分からないが、いつの日かまた自分はレイドの元を訪れるのだろう。あの怪しく蠢く触手を求めて。
一線を越えてしまったのだという自覚は多少なりともあった。それでも構わない。
彼の元に赴いたのも、再び会うことを望んだのも、すべては自分で決めたことなのだから。もう、後悔はしていなかった。

 END



何かあればお気軽にどうぞ

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  • ピカピカさん>
    ありがとうございます。より多くの人からそう思われるような文章を書いていきたいですね。
    これからも頑張ります。
    ダフネンさん>
    そうですねえ。すっかり虜になってしまったようで。
    徐々に傾いていくライアの心情を感じていただければ幸いです。

    お二方、レスありがとうございました。 -- カゲフミ 2009-01-20 (火) 20:51:59
  • キャラの再登場はやっぱり良いですね。ザブ・メインに関わらずキャラが濃い・・・と、言いますか 続き期待してます。 -- ? 2009-02-07 (土) 14:07:55
  • ガリアもセルザもあまり本編には絡んできませんが、出してみたくなったのです。
    少し間が空いてしまってますが、近いうちに続きを執筆したいと思っております。
    レスありがとうございました。頑張りますね。 -- カゲフミ 2009-02-10 (火) 19:22:55
  • うぉほ~ぅ。ついに完結!最初のテンション的には、ガリアとセルザ(とライア)が…………っ!?、っと思ってましたが、ライア、レイドの第二回戦でしたね。なんかこの二匹の関係もなんか面白いもんですね。 では。次回作も期待してます! -- beita 2009-02-21 (土) 21:13:39
  • ×小さく方を落とす
    〇小さく肩を落とす -- 2009-02-25 (水) 00:59:11
  • beitaさん>
    ああ、ガリアとセルザはちょっとしたおまけみたいな感じで登場させてみたのです。
    それはそれで面白い展開になっていたかもしれませんがw
    今回はライアとレイドがメインのお話でしたので、こういった展開に。
    レスありがとうございました。
    二番目の名無しさん>
    指摘どうもです。修正しておきました。 -- カゲフミ 2009-02-25 (水) 21:59:22
  • 何回読んでもおもしろい!ってことで読み返し
    二十回目に突入しました、これからも、新作、旧作共に
    、楽しく読ませていただきます。
    ところで半分リクエストになってしまいますが、
    ガリア君とレイド君の絡みを作ってもらいたいです。
    時間が余ったらでいいので、ぜひ制作お願いできないでしょうか?
    ――チャボ 2009-11-22 (日) 17:51:37
  • 何度も読んでいただきありがとうございます。
    ガリアとレイドですか。あったらあったでなかなか面白いことになりそうな気はしますが……。
    あいにくこの二匹を絡ませる予定はないのです。
    ガリアはセルザと一緒であってほしいというか、そこにレイドを介入させたくないんですよね。
    私の勝手な妄想なんですけど。申し訳ない。レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2009-11-24 (火) 23:59:26
  • 文中のライアの嬌声がエロ過ぎる!個人的に触手や拘束は大好物なので美味しく頂いちゃいましたw こんなに優しくて高度な技術をお持ちのポケが相手して下さるのなら、この後週1ぐらいのペースでラブホ感覚で通い詰めてるのかもしれませんね。
    ――might ? 2009-12-06 (日) 12:51:32
  • こう、触手の雰囲気とかどれだけエロくできるか気を使って書いた覚えがあります。
    大好物でしたらどうぞおいしく頂いちゃってくださいw
    そうかもしれませんねえ。今回で完全にレイドの虜になってしまったようですから。
    今度訪れた時は触手の動きにいろいろと注文をつけてたりするのかもしれません。
    レスありがとうございました。
    ――カゲフミ 2009-12-06 (日) 18:09:40
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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