SOSIA.Ⅳ
◇キャラ紹介◇
○シオン:エーフィ
主人公。見た目は美少女な
○フィオーナ:エネコロロ
ランナベールの権力保持者、ヴァンジェスティ家の
○
フィオーナの付き人。
○
孔雀の妹。シオンの付き人。
○アスペル&シャロン&キール&ラウジ
シオンの職場の同僚。
etc.
春の夜の夢は儚く、遠い。
――声が、聞こえる。
「僕で……いいの?」
「何をおっしゃいますかシオンさま。それはそれは、もう。わたしにとってシオンさま以上のポケモンはおられないのですよー」
草原に佇む白い影が、彼を抱き上げるところだった。
それはわたしの大事な――
「待ちなさい!」
わたしは駆ける。
孔雀。あなたは使用人でしょう。何を考えているのです。主人であるこのわたしの夫に手を出しますか。許しません。もう決めました。今度という今度こそ貴方を解雇してやりますわ。そうされたくなかったら離しなさい。返しなさい。早く。
「ふふ。わたしはフィオーナさまよりも優しいのですよー」
顔を胸に埋められて、わたしに気づかないシオン。必死に駆けるわたしに目をやりながら微笑む孔雀。
「孔雀――!」
そのまま飛び立った孔雀は、遥かな空へ。
吸い込まれて、消えてゆく。
「シオン……どうしてそのような
二匹は止まらない。振り返りもしない。
「――っ! ねえ! シオン! 帰ってきなさい! 帰って……きて、ください! わたしの所へ。どうしてなのですか? わたしの何がいけなかったのですか? シオン、お願い……です……」
ああ、どうして。
貴方がいれば地位も名誉も要らないとまで想ったのに。
貴方だって、わたしを愛していたのではなかったの?
それとも本当に、最初から――
「……フィオーナさま」
がっくりと項垂れるわたしの背に、誰かの手が触れた。
「……橄欖」
「わたしが……姉さんから……シオンさま、を……取り……戻して……」
普段見せることのない微笑みは、姉である孔雀に通じるものがあった。
橄欖が目を閉じて両手を広げると、風が吹き上げられたかのように橄欖の髪と衣が揺れ、やがて視界が真っ白になった。
眩しさに目を開けていられなくなった数秒か、数十秒か。
眼前の光景は一変し、豪奢な装飾を施された部屋の中。
――わたしの……部屋?
橄欖が差し向けた掌の先で倒れこむ孔雀。その傍らには彼がいる。
――シオン……!
戻ってきてくれた。橄欖がシオンを取り戻してくれた。
どうしてか、声が出ない。
橄欖が呆然と佇むシオンに歩み寄った。
「シオンさま……」
「橄欖……ふぁ、はむっ……!」
――なっ……そんな、莫迦な。
屈み込んだ橄欖が、信じられないことにシオンと口づけを交わしたのだ。軽く触れただけではない。彼の首に手を回して、舌を突き入れている。
「んっ……む……」
シオンの方も尾を橄欖の腰に回して、二匹は体を密着させた。
荒い呼吸音と、淫猥な水音が空間を満たす。
「……はっ、はぁ……ふぁ……シオンさま……」
声が出ない。体が地面に縛り付けられたように動かない。
目を閉じることも、背けることすらも許されない。耳を塞ぐこともできない。
――どうして。橄欖。あなたは忠実に仕事をこなす使用人だったはず……
二匹はそのまま天蓋付きのベッドへ。
布団を被ってしまって、姿は見えないけれど。
「橄欖……ふぁあっ……は、気持ち、いいよ……」
「……シオンさま、を……このように……この日を……待ち望んで……おりました……」
わたしのシオンが。目の前で。
「ひぁんっ……すごい、よ……橄欖っ……ふぃ、フィオーナより……ぁあんぅ……ふにゃぁ……」
「どうぞ……お好きな、ように……」
「ふぁっ、ん、きゅぅ……ひぁああっ、あぁぁあんっ……!」
「ぁあっ……シオンさまが……わたしの……中に……たくさん……ふぁ……熱い……です……」
目の前で。
使用人如きに。
寝取られてしまうなんて――
◇
「イヤぁぁぁぁっ――!」
「ふぇえっ!!?」
突然の悲鳴。意識が現実に引き戻されて、目の前のチョコレートケーキが消失した。
僕のケーキが……夢……? や、そんなことより。
「フィオーナ!? どうしたの?」
夜中にいきなり悲鳴を上げるなんて、フィオーナらしくもない。普段の彼女からするとありえないことだ。
「ひっ、く……シ、シオン……?」
――我が目を疑った。
フィオーナはまるで仔供みたいに涙を溢れさせて、泣いていたのだ。
「な……フィオーナ?」
窓からはまだ光は差し込んでおらず、フィオーナの部屋は静かだ。
抱き合っているとどうしてもそっちの方向にいってしまうから、仕事に支障が出ないよう普段は別々に眠ることにしていたのだけれど、最近は本当に添い寝だけでフィオーナのベッドで眠ることもある。というか、フィオーナたっての要望で、欲望は絶対に抑えるというので了承したのだけど。
「ふぇっ、く……ひぇっ……」
押し殺したように泣くフィオーナを前に、シオンはどうしていいのかわからなかった。
これは幻か、夢なのではないか?
本気でそう思った。
や。
僕の大切なひとが泣いてるんだ。
こういうときどうすればいいって?
――決まってるじゃない。
「フィオーナ……大丈夫だから。どうしたの? 嫌な夢でも見たの?」
前足で頭を胸にぐっと引き寄せて、尾で腰を抱いてあげた。
「シオン……っ、何処へも、ひくっ……行き、ませんよね……?」
「……当たり前じゃない。僕はずっとフィオーナと一緒にいるよ」
これじゃ立場が逆だよね。
や。僕は牡で、フィオーナは牝なんだから。
たまには、甘えさせてあげよう。僕が彼女を抱き締めてあげなきゃ。
そんなコトを思っていると、睡魔がまた襲ってきた。嗚咽を耳にしながら、フィオーナの体温を感じながら、優しく包み込んで――僕は眠りに落ちた。
◇
それから一度も、あの夜のことが彼女の口から出る事はなかった。
彼女は春休みの真っ最中。やっぱり学生は楽で良いな、とつくづく思う。
僕だってホントはこんなに卒業を急ぎたくなかった。
旧友達は今頃どうしているだろう。もうそろそろ卒業を考え始めているポケモンもいるかな。もしかすると、
ふとグヴィードのことが頭に浮かんだ。
さすがにこの歳になればドグロッグに進化してる。もう十九歳なんだ。成績は危なかったけど、ちゃんとついていけてるかな。僕がいなくても大丈夫かな。彼女はできたのかな。
「……シオンさま……考え事ですか……?」
「あ、橄欖」
進化といえば。
「お茶を……お持ち、しました……」
橄欖。二十歳。キルリア。
「ありがと」
ひとまずティーセットをトレイに載せてシオンの部屋まで運んできてくれた橄欖にお礼を云う。
彼女だって年齢から考えたら、いい加減サーナイトに進化していなくてはならないのに。
ティーポットから深めの小さな皿に注いでくれた紅茶は、舌先を直接つけても熱くないように温めに調節されているせいかあまり湯気が立たない。
孔雀さんが淹れてくれた時は、熱湯みたいに湯気が立っているのに飲んでみると熱くないという摩訶不思議な現象が発生するのだけど。
「……過去の回想……から……今度は……わたしのこと、ですか……?」
あれは二ヶ月ほど前、ちょうど黒薔薇事件が世間を騒がせていた頃だ。
シオンが一度倒れてから、橄欖はよく喋るようになった。いつもはシオンが話を振らないととだんまりだったのが、今では一緒にいる時は橄欖のほうから話しかけてくる。
「だーかーらー、僕の心読まないでって言ってるでしょ」
もっとも、橄欖が頭のツノで受信したシオンの感情の断片が話のきっかけになることが多く、実質シオンが話しかけているのと変わらないかもしれない。
「読まずとも……お顔を見れば……わかります……」
なんて云いながら、でも笑わない。
ま、橄欖の笑顔は一度だけ拝ませてもらったことがあるし、滅多に見せないからこそ価値があるんじゃないかなって――何考えてんだ僕。
でもたしかに、僕の顔を見て、表情や仕草から判断している部分も大いにあるのだろう。キルリアとしての能力だけではこうも的中するものではない。
「……それで、シオンさまは……何をご思案……されていたのですか……?」
「うん、えーとね、橄欖って二十歳だよね」
「はい……それが、どうか……なさいました……か……?」
「キルリアからなかなか進化しないんだなーって思って」
その時、橄欖の表情が一瞬固まったのをシオンは見逃さなかった。普段から無表情に近くて、それは本当に僅かな変化である。毎日一緒に過ごしているシオンだからこそ見抜くことができたのだ。
「そう……ですね……もう少し、は……」
「もう少し、って?」
何か事情があるんだ。
「わたしが、キルリアで……いられるのも……」
実は気になってはいたのだが、進化障害ではないらしい。かといって単に進化が遅いというわけでもないみたいで。
この時はまだ、彼女の心の裡など知る由もなかった。
◇
姉さんの手が背に触れている。
体の中を内側から弄りまわされているような、気持ちの悪い感覚が全身を駆け回る。
その感覚は、長くは続かない。姉さんの手が離れるや否や、何事もなかったのように消失する。
「はい。終わったわよ」
俯せになっていたベッドから顔を上げた。
姉さんの部屋は散らかっていて、何やら怪しい本やらグッズがそこら中に散乱してる。
「あら、橄欖ちゃんも興味あるの?」
姉さんが拾い上げた、橄欖の視線の先に落ちていた本の表紙には、かわいらしいロコンとガーディの男の子が描かれている。それを孔雀はパラパラとめくってみせた。
一ページをいくつかのコマと呼ばれるスペースに分割して、その中にポケモンの絵を描いて、吹き出しの中に台詞を書く――漫画というやつだ。陽州では文字媒体の物語しかなく、こういった形態のものはランナベールで初めて目にした。姉さんのお気に入りはどうやら美少年同士の恋愛を描いた漫画……
「わたしは……結構ですからっ……姉さんと……一緒に、しないで……くださいっ……!」
「なぁんだ、つまんない」
「……シオンさまに……言いつけますよ……」
「その口が動くのと橄欖ちゃんの首から上が体から離れるのとどっちが早いかしらね」
まあ、姉さんの趣味など別にどうでもいい。
互いに冗談だとわかっているので、橄欖はそのまま黙って部屋を後にし、孔雀も止めはしなかった。
シオンさまもフィオーナさまも寝静まった時間帯。橄欖は数日に一度、孔雀に
素質はわたしの方が上だった。橄欖が長女なら良かったのに。そう零す親戚もいた。血の継承は、伝統に法った命名の儀式により啓示された名を授かった者に為される。そして陽州では、一家の第一仔が家を受け継ぐのが慣わし。孔雀が生きている限り、橄欖が継承するわけにはいかなかったのだ。
姉さんは努力の
そのお陰で、わたしはこうして。
――安らかな眠り。でも互いに少しだけ疲れているようだ。愛情の高まり。安心感……
フィオーナの部屋の前を通るとき、二匹の感情が流れ込んできた。
覗いているみたいで少し後ろ暗いけれど、目的はそんなことじゃない。シオンさまの心が見える。その時のシオンさまのお気持ちに合わせて最善の対応を。それはシオンさまのためで、もう一つは自分のため。シオンさまの心が少しでもわたしに傾いてくれたら。そんな我が儘な欲求も相まって、わたしはキルリアという種族に執着している。はっきり伝えたわけではないが、姉さんはおそらくそれを知った上で力を貸してくれている。
わたしは妹で、姉さんは姉だから。
甘えっぱなしだ。昔も、今も。
「わたし……ダメな、妹……く、はぁあっ――!」
莫迦な。さっき触診してもらったばかりなのに……
橄欖はその場に膝をついて
体中の細胞がざわめき立つ。
幽体離脱したかのような浮遊感に襲われる。
五感を失って、
カラダ、が――
◇
「それで? 事情を説明してもらおうかしら、孔雀」
橄欖は一先ずフィオーナのベッドに寝かせてある。いいのか。や、まあいいか。
「はあ……」
孔雀さんは珍しく戸惑いというか躊躇というか、重苦しい顔つきをしていて、なかなか口を開かない。
シオン達が眠りについた後、夜も更けた頃。部屋の前から橄欖の悲鳴が聞こえたので驚いて目を覚まし、シオンとフィオーナは部屋を飛び出した。
蹲った橄欖が、ちょうど全身からフラッシュのような光を発し始めたところだった。
そこへ孔雀さんが文字通り飛んできて、橄欖の体に触れ――光が収まって、今に至る。
「ま、まあいいんじゃないかな。橄欖たちにもひとには言えない事情があるのかもしれないし」
「なりません。使用
たしかに、あんな倒れ方をしたら心配ではある。それに、一回目じゃない。夜中に橄欖の声が聞こえて、その後孔雀さんが――あの時は声を聞いただけだったけど。
「……わかりました。お話し致しましょう。フィオーナさま、シオンさま……驚かないで下さいね」
孔雀さんはそう前置きを述べると、ベッドに寝かされた橄欖を見つめながら言葉を紡ぎ始めた。
「橄欖ちゃんは二十歳……近々二十一歳になります。わたしがサーナイトに進化したのは十七の時ですが、サーナイトへの進化は通常、十六歳から十八歳の間に起こります」
バタフリーやスピアーなど、一度目の進化から二度目の進化までの間が非常に短いポケモンやドラゴンなど進化の遅いポケモンもいるが、大人になる頃にはだいたい最終進化系になっているものだ。
「橄欖ちゃんの場合、それが少し遅くて、十八を過ぎて十九になろうかという時……フィオーナさまがシオンさまとご婚約なされた頃です。進化の兆候が初めて表れたのは」
「初めてとは、どのような意味ですか」
当然の疑問だ。進化の兆候――つまり、体全体が真っ白に光り、様々な組織が急激に変化し始める。あとはそれに従って進化が起こる。それは一度しか起こらないもので、従って"初めて"などという修飾はそぐわない。
ただ、進化の途中で外因性の強いショックを受けると組織の変化が止まり、元の状態に引き戻されてしまうといった現象も確認されているという。
「ほ? 一度目、という意味ですが」
「……このような時までわたしを莫迦にしますか」
「あ、いえっ、申し訳ありません」
フィオーナは表情こそ変えなかったものの、声音が尋常じゃなく怖かった。直接自分に言葉が向けられたわけじゃないのに背筋が寒くなった。さしもの孔雀さんもすぐに謝るしかなかった。
だが、そこまで云われて事情が飲み込めないほどシオンは莫迦じゃないし、フィオーナなら尚更だ。
「その後、橄欖ちゃんは何度も進化の兆候が起こりました。先程のように」
だから孔雀さんがその事実を告げたとき、さして驚かなかった。謎が解けて安堵したような気さえして、ベッドの上の橄欖を見て考えを改める。
「わたしが止めているのです。橄欖ちゃんたっての要望でして」
止めている。普通ならその言葉に驚くところだろうが、孔雀には何でもできてしまいそうな所があって、ごく自然にその事実を受け止めることができた。
が、橄欖の望みでそうしているというのは。
「橄欖の? もしかして、進化したくない……みたいな?」
シオンが尋ねると、孔雀は一瞬非難するような目でシオンを見た。
すぐに柔らかい眼差しに変わったが。
「罪な方ですこと」
苦笑しながらそう告げた孔雀の姿に、既視感を覚えた。
以前にも、同じことを言われなかったか。
「貴方のためなのですよ、シオンさま。橄欖ちゃんがキルリアのままでいたいのは、感情受信能力を下げたくないからです。サーナイトに進化すると角が一本に減ってしまいますし、それも脳から離れた位置に移動しますから、感度は大幅に低下してしまいます」
孔雀は自分の胸の赤い角に手を当てながら言う。ラルトスは頭の中心に一本、キルリアは二本に増えて頭の両側に、そしてサーナイトになると胸を貫通する形でまた一本に戻る。
「もちろん、他のポケモンに比べると
それはあると思う。橄欖よりもむしろ孔雀さんの方が、僕の心の中を見透かしているような気さえするくらいだ。
「それで、シオンの世話をするためにはキルリアのままでいたいと? ああまで体に負担をかけて……随分と献身的ですね」
フィオーナは悲しげな溜息をついた。そこに僅かばかり橄欖を疑うような表情が見え隠れしていたのは、シオンの気のせいか。
「でもそんな無茶してまで僕に尽くしてくれる必要はないのに。どうして」
「シオンさま。お気づきになられていないのですか? 橄欖ちゃんは――」
「姉さん……何を、莫迦げた事を……」
ベッドの方から声がした。
「橄欖! 大丈夫?」
急いで駆け寄ると、橄欖は申し訳なさそうに目を泳がせた。迷惑を掛けたことを後ろ暗くでも思っているのだろうか。
「申し訳……」
「謝る必要などないわ。主人が侍女の体を心配するのは当然でしょう」
橄欖の言葉を遮ったのはフィオーナだった。少し冷たい声色だった。
「自然の摂理に逆らってまで無茶はしないことね。具合がよろしいのであれば部屋に戻りなさい」
「や、もうちょっとくらい……フィオーナ?」
フィオーナは犬歯を覗かせて下唇を噛み締め、複雑な表情をしていた。
孔雀と橄欖も何かを察したのか、孔雀が橄欖を支える格好ですぐに部屋から出て行った。
「ねえ、シオン」
二匹が出て行ったのを確認すると、フィオーナはさっさとベッドに入ってシオンに背を向けてしまった。その直後である。
「――貴方は、正夢を信じる?」
◇
「シオン、お早うさん!」
「……おはようございます、先輩」
いつもの如く元気の良いアスペルに挨拶を返す。
この先しばらくは任務も入っていなくて、当分は訓練が続く。機能のこともあって正直やる気はあまり起こらないが、国のためを思って頑張るしかあるまい。
「何や景気悪い返事やないか。なんか心配事でもあるんか?」
ただ元気が良いだけなら構わないのだが、アスペルは勘も鋭い。それとも僕が顔に出やすいのだろうか。
「いえ、べつに……」
「べつに、やあるかい。
あなたが元気過ぎるんです。
――と突っ込みたいところではあったが、そう、アスペル先輩といえばこう見えて物知りだった。彼に訊いてみるのも悪くないかもしれない。
シオンは一つ息をついた。
「――実は、僕の世話係の使用人さんのことで少し」
「ほう」
アスペルは、やっぱり、とでも言いたげに前足を組んだ。
「……えと、長くなるんでまたお昼休みにでも聞いていただけますか?」
「おお、構わんで。可愛い後輩の悩みや、俺が聞いてあげんでどうするっちゅうやっちゃ」
アスペルは爪の
◇
「……で、何や悩みっちゅうんは」
昼食の時間、食堂の席でシオンにアスペル、シャロン、ラウジといういつもの面々に、キールさんが加わって総勢五名。
「話せ。話して楽になってしまえ」
「そうっス! さあさあ隊長!」
「シオン君がアスペル君に悩みを打ち明けるなどという興味深いお話を耳にしましたので私も急遽参戦させていただきました」
皆の視線がシオンに集められている。
どうしてこうなるの。
「あのう……すっごく話しにくい雰囲気なんですけど。わざとやってません?」
ていうか、このひと達に話したところで解決しそうにないんだけど。
「ええから早よ話しぃや。モタモタしとったら昼休み終わってまうで」
「わかりましたよ……」
でもまあ、アスペルに相談を持ちかけたのは自分自身だし、こうも急かされると躊躇ってもいられない。
「アスペル先輩には今朝言いましたけど、僕の使用人さんのことで」
シオンが話し始めると、皆真剣な表情になって耳を傾けた。
これは緊張する。
「えと、あの、進化……や、その使用人さんなんですけど、
「たまにここに
そういえば、何かの時に一度だけ橄欖の話をしたことがあったっけか。記憶力の良いひとだ。
「あ、はい。それで――」
シオンは橄欖が進化を拒否していること、孔雀さんの力で
「進化を止める……? そんなことができるものなのか」
「実践する方がいようとは」
シャロンが目を丸くする一方で、キールは物知り顔で眼鏡の位置を修正した。
「キールさん、何かご存知なのですか?」
「進化の瞬間、外部から物理的に強いショックを与えると進化が停止することがあります」
そこまではシオンも知るところだった。
が、皆が瞠目する中、キールが続けた言葉はさらに深遠にまで踏み込むものだった。
「そもそも進化には、大きく分けて二つの変化があります。一つは生物学的変態。体の構造が短期間に変化すること。そしてもう一つ、時空変異と呼ばれる要因があります」
「時空……ですか?」
シオンが訊き返すと、キールは眼鏡の位置を直して一同を見回した。
動作自体はいかにも生真面目で謹厳実直な人物といった感じだが、キールさんがやるとどうにもアンバランスだ。何がって、顔つきの愛らしさが。
「……何ですかシオン君」
「いえ、だから時空って……」
まじまじと見つめていたのは良くなかったかな。これでも気にしているらしいし。
「まあいいでしょう。さて、その時空変異ですが――」
キールさん曰く、本来、変態とはいかに短期間とはいえ徐々に体の構造が変化するものであるという。虫ポケモンなどは、大昔の先祖にあたる昆虫の段階からすでに変態を獲得していて、ポケモンに進化*1してからもその形式は不変のまま。トランセルなどはバタフリーに進化する前から硬い殻の中で体の構造が少しずつ変わっていっているのだとか。そのような原始的な進化の形態をとるポケモンは例外だが、多くのポケモンは進化において、急激に体の構造を変化させる。これを変態だけで語る事は不可能だ。つまり、時間の神ディアルガと空間の神パルキアによって維持されているという僕らの世界の時空が、彼ら神々の住むと世界と繋がる――ようするに、ポケモンが進化する数秒の間、この世界の法則を無視して時間が速く流れる、というのである。
「――もし神界と正常に接続されなければ、進化は起こり得ません。我々が進化を経て正常に成長してゆけるのも神々の御陰というものなのですよ。進化をしない種族である私が言っても説得力に欠けるやも知れませんが」
長い話を終えて、キールはまた眼鏡の位置を直した。
「ほー……軍師っちゅうけど、戦争以外の事にも詳しいんやな」
「当然です。何が戦争に役立つかなど判りませんからね。知識は身につけておくに越した事はありません」
「でも思いっきり理系って感じのキールさんが神々とか言うと違和感ありますね」
「おや。シオン君は無神論者ですか? これも進化に関する立派な学説ですよ。この学説を発表したのは三界学の権威――」
「キール。話が長いのは結構だがそろそろ午後の訓練が始まるぞ。お前のほかは話を聞きながら昼食を済ませてしまったが」
と、シャロンがまだ八割方中身の詰まっているキールの弁当箱を顎で指した。
「――む? なんともうそんな時間でしたか。これからが本番なのですがね……ま、私と同じく進化をしないシャロンさんには少し退屈なお話でしたか。それに、腹が減っては戦は出来ぬと言いますし」
サンドウィッチを手に取り、ぱくぱくと口へ押し込むようにして片付けていくキール。喉がつまらないように珈琲牛乳を飲みながら、慌てて食事を進める姿は何だか仔供みたいで。
「……んぐ。だから何なのですかシオン君!」
「や、何でもありませんから……気にしないで下さい」
間違っても"可愛い"などと言ってはいけない。
「可愛いっスもんね」
って、この莫迦。
「おや? 何か場違いな単語が聞こえましたね。ラウジ君。シオン君がさっきから私の方ばかり見ていたのもそういうわけですか」
「ぼ、ぼぼぼ僕はべ、べつにそんな意味で見ていたわけじゃ……ただ、その、なんかかわいいなーと思って……あ」
「ふむ……」
キールがサンドウィッチを食べ終わったと同時に、集礼がかかる。
「……さて。今日も
うぇえ。
――その後、迂闊な隊長と副隊長のせいで、この日の訓練は九番隊が最下位、またしても清掃を任せられてしまった。
もちろん原因はキールさんの鬼採点による。隊員たちが少し気の毒だった。
「まったく。きみが余計なコト言うからじゃないっ」
「そういう隊長こそキールさんをまじまじと見つめちゃって。アンタ、女の子じゃないんスからそういう気持ち悪いことやめてくださいよ?」
「へー。気持ち悪い、ね……ふふふふ」
「な、なんスか……」
シオンは近くにいた隊員たちから箒を取り上げ、体の周りに四本ほど浮かばせた。
「わー、俺が悪かったっス! 調子に乗りすぎたっス!」
「……わかればよろしい。さ、みんな、早く片付けて帰ろ!」
キールさんからの情報を早く持って帰りたいし。
役に立つかどうかは分からないけれど。
◇
一方こちらはヴァンジェスティ家の書庫――シオンが仕事に行った後、フィオーナは進化に関連する資料を探していた。
午前中は孔雀も橄欖も雑務に忙しいので、今は書庫に
「ふぅ……」
書籍のジャンル毎に整理はされているが、何せ量が多い。進化に関する資料だけでも膨大で、どれから
『進化と系統』
『三界学からみた進化』
『幽界と進化』
一先ず読んではみたものの、進化が起こる仕組みや進化が起こる理由については書かれているがそれを止める方法に関しては触れられていなかった。
「別の方向から当たるべきですね」
歴史を紐解いてみることにしよう。
過去に最終進化形態まで達することなく大人になったポケモンはいなかったかどうか。古来より進化障害という先天性の病があるから、それを除いて、だ。
そうして書庫内を歩き回っていて――ふと、一冊の本に目が留まった。
『未来と夢』
想起されるあの夜のシオンの言葉。
――貴方は、正夢を信じる?
わたしは柄にもなくシオンにそんな事を訊いてみた。
彼が返してきたのは、やはりつかみ所のない、間の抜けた答えだった。
「僕はエスパータイプだし、未来が見えたりするのかなーってたまに思うけどさ。フィオーナはそんな非科学的な、って信じないんでしょ?」
何が非科学的なものですか。確かにそう片付けてしまうのが一番楽な逃げ道だ。本当はそう思いたい。
だが、時間についてはよく解っていないというだけだ。この世界、少なくともわたし達の住む物質界に於いては時間をポケモンの意思で操作することはできない。時間は常に、一定の速度で過去から現在へと流れている。しかしそれを当たり前の事として受け入れるのは些か浅はかと云うものだ。時間がどのようにして、いかなる因果で以て、一定の速度で、一方向に流れ続けているのか。そもそも私たちが皆同じ時の流れの中にいるのだから、時の流れる速度が変化していたとしても認識することはできない。それを知る者は居らず、それを何らかの手段で以て解明することなど不可能だ。ならば、突然逆流したり、時の流れからはじき出されたり、現在と未来の時間が繋がって、未来の記憶の断片が現在の自分に流れ込む――そのようなことがあってもおかしくはない。なぜなら、時の流れる仕組みなど誰にも解らないからだ。これまでは同じように流れてきたという具体的事象、即ち経験の集まりに過ぎず、これが未来永劫、一般的に正しいということはできない。いつ反証されるやも知れない。
ポケモンの技の力の源、
ならば今はどうか――幻想に過ぎない仮説が、実は的を射ているということも有り得なくはない。
正夢だって、進化の停止だって。
「夢にはいつも、未来が付き纏うものですねー」
「わひっ!?」
突然の背後からの声に、素っ頓狂な叫びを上げてしまう。
「く、孔雀……気配を消して背後に現れるとは悪趣味ね、全く……」
我ながら今のはかなり情けなかった。
孔雀はそういう女なのだ。警戒していなかったフィオーナにも落ち度はある。
「あとはわたしが探しますよー。わたしの妹の問題で、フィオーナさまのお
「構わないわ。休暇中は退屈で仕方がないもの」
「そうですか。ありがとうございます」
孔雀は先ほどフィオーナが目をつけていた『未来と夢』という本を手に取った。
「しかしこの本はあまり関係がなさそうですねー」
「その本がどうしたというの?」
とぼけてみたが、視線の先まで見られていたのだろう。いつからわたしの行動を観察していたのやら知る由もないが、孔雀の前では隠し事など出来はしまい。もとよりわたしは表も裏もなく振舞っているつもりではあるが。
孔雀は本を棚に戻すと、神話や伝説について取り扱った書籍を所蔵している本棚まで進んだ。
「ここら辺りから当たってみますかっ♪」
「最初から伝説頼み……全く貴女というひとは。まあ、いいでしょう。わたしは歴史書でもあたってみるわ」
「ふふ、フィオーナさまが一番
成る程。
確かに、孔雀にはそういうところを担当してもらった方が効率が良さそうではある。
「……つくづく怖ろしいひと」
他人の粗探しをするつもりはないが、おそらくは探してもこの女に死角はないのだと思う。
◇
「本日の、メニューは……前菜が、鯛の……マリネと……旬の……若布の、サラダ……メインディッシュ……は、マナガツオの幽庵焼き……それから……」
陽州ではこういうのを和洋折衷、というらしい。
主に孔雀さんが作る料理は、ベール地方の調理法と陽州でのそれを融合したり、今日みたいに前菜が洋食でメインが和食、なんてこともよくある。
孔雀さんはこっちのポケモンの口に合うようにと陽州料理本来の味にアレンジを加えているらしく、フィオーナにも好評だ。
シオンも小さい頃母親がよく陽州料理を作っていたので和食は好きである。
それより、だ。
「橄欖、もう動いて大丈夫なの?」
「はい……いつもの、ことですから……」
そう言う橄欖だが、少し元気がないように見える。
本当にいつものことなのだとしても、シオンやフィオーナに知れたのは初めてなのだ。ということは、これまでは見つからないようにする余裕があったわけで。
少し前に、キルリアでいられるのももう少しだと言っていた。橄欖の身体はとうに限界を超えてしまっているのではないだろうか。
そこまでして僕に尽くすなんて。橄欖の中ではもしかして、僕の思っている以上に僕は大切な存在なのかもしれない。だって、そうだ。橄欖はずっとこの屋敷で住み込みで働いていて、外と交流がない。もとより故郷は遠く離れた場所にある。同年代の友人の
そんな中、姉である孔雀さんを除いて、彼女にとって今一番近い存在って?
――答えは一つしかない。
「……それに」
「え?」
「今日……フィオーナさまと、姉さんが……見つけて……くださいましたし……」
「見つけた? 何を?」
シオンはテーブルの対面に座っているフィオーナに視線をやった。
「食事の後にでも話すわ。シオン、貴方にも協力してもらうわね」
僕にも――いや、そうじゃない。
僕が彼女の為に動かないでどうするんだ。
◇
「や、それって……」
「何か問題でも?」
「……そんなに長い間仕事休めってことっ!?」
「ええ、そうです。私から伝えておきましょう」
「そんな僕にばかり特例認めちゃっていいの? 軍の最高指揮権はお義父さんにあるんだろうけど、僕にもメンツってものがさ……」
どうしてこんな話になったのか、というと――
「今日は暇を持て余していたから、書庫を漁ってみたのよ」
居間に入ると、中央のガラステーブルの上に
「うわ……何なの、これ」
「有用と思われる情報が記載された書籍を集めたのだけれど」
優雅な姿勢でソファに寝そべったフィオーナがそう微笑む。
思わずフィオーナは沢山の本と並べても絵になるな、なんて思ってしまった。
「はい、今日は三匹で探したのですよー」
「フィオーナさまと……姉さんには……ご迷惑を……」
「ですから、謝るようなことではないと何度言ったら……使用人の為にわたしが動くのは当たり前でしょう」
優しいのか厳しいのかよく解らない科白だけれど、そこがフィオーナの良い所なのかもしれない。
――なんて、見とれている場合ではない。
「あ、役に立たないかもしれないけど……一応、僕も職場の先輩から情報を仕入れてきたよ」
「まあ。シオンにしては上出来ね」
フィオーナは尾で口を押さえてふふっ、と笑った。
「や、そこ笑うところじゃないから。てかシオンにしてはって何」
「ああ、ごめんなさい……それでシオン、貴方はどんな情報を仕入れてきてくれたのかしら?」
しかも、その所作の一つ一つがいちいち優雅だから頭にくる。
「べつに……進化って生物学的な要因だけじゃなくて、時空が関わっているって話だけ。もう調べちゃったんでしょ?」
ややなげやりになってしまったシオンの返答に、しかしフィオーナは顔色一つ変えずに頷く。どうやら莫迦にされたわけではないらしい。
「そうね。しかし、紙の媒体だけを信憑するのもどうかとわたしは思うわ。貴方が同僚に聞いてきた事も、無駄ではありません。詳しく話して御覧なさい」
シオンも学生時代、教科書にはこう書いてある、と先生の講義内容に反する意見を述べたことがあった。『ああそれ誤植誤植』と一刀のもとに斬り捨てられ頭にきたが、よくよく聞いてみればその先生が著者本人だったというオチだった。確かに、目の前のポケモンが話した内容よりも、紙に書いてある事の方が絶対的に正しいと思いこんでしまうことは往々にしてある。生身のポケモンの話を蔑ろにして良いものではない。
「フィオーナにしては、僕の話を真剣に聞いてくれるんだね」
「ふふっ……フィオーナにしては、は余計だけれどね」
僕たちのやり取りを見てくすくすと笑う孔雀さんを横目に、シオンは今日キールさんから聞いた話をフィオーナに聞かせることにした。
◇
「……と、いうわけなんだけど」
「成程。時が速く流れると……益々期待が膨らむというものだわ」
「期待って……? 何のこと?」
フィオーナはこれまた珍しく、仔供みたいに目を輝かせている。
「それはね」
孔雀が一冊の古びた本を手に取り、フィオーナの前に進み出た。栞を挟んだページを開き、皆に見えるようにガラステーブルの上に広げる。
「何、これ」
そのページには、不思議な形をした石の写真と、古文字らしきもので説明文が書かれていた。
「変わらずの石……いわゆる呪石ですね」
「呪石?」
初めて耳にする言葉だったので、鸚鵡返しに聞き返すしかない。
「ええ。
「へー……」
前々から思っていたが、孔雀はフィオーナやキールに負けずとも劣らぬ博識家だ。その知識は生活に役立つ知恵からマニアックなものまで幅広い。
「あれ? でも有害って」
「この石は周囲の時空を歪め、時の神の干渉を完全に遮ってしまう……と書かれていました。そしてどういうわけかポケモンの進化をも止めてしまうと。先程のシオンさまのお話でその理由もおおかた判明しましたけれどね」
時の神の干渉。進化の瞬間に起こるという時の『加速』。それが止められてしまえば、即ち進化は起こりえない。
「ですが、
「伝説? じゃ、どこにあるかも判らないの?」
「それはこっちよ」
フィオーナが一冊の本を咥え、前足と口を使ってページを開いた。
「大陸縦断山脈の東側にある『メテオラの滝』は知っているかしら?」
「や、あまり聞いたことないけど」
東側というと、ランナベールは大陸縦断山脈よりはずっと西にあるから、山を越えなくちゃならない。
「まあ、そうでしょうね。観光地でもありませんから。ただ、一部の研究者の間ではそれなりに知られた場所なの」
「研究者?」
「実はこのメテオラの滝周辺で、ときに時空の歪みが生じると……そのような報告がされているの。歪みの中心は滝の裏側。わたしと孔雀で他様々な資料を当たった結果、ここに変わらずの石が埋まっているのではないかという推測が立ったわけ」
「なのですよー」
孔雀が満面の笑みでテーブルに積んである本を示す。
なるほど、フィオーナと孔雀さんが調査し思案した結果なら信用はできる。フィオーナも孔雀さんもシオンよりは頭が切れるし、知識量も数倍はある。でも、研究者が目をつけてるってコトは……
「そうだとしたら良いけど……それって、もうポケモンの足が入ってるんじゃないの?」
「それが、あまりにも危険で誰も近づけないのですよ」
孔雀が別の本を開き、メテオラの滝の写真を見せてくれた。
切り立った崖の真ん中あたりから噴き出す滝。切り立った崖、というよりもこれは渓谷だ。しかもかなり狭く、噴き出した水が崖の対面に当たってから下へ落ちている。その水圧で削れた対面の崖がは下部が凹んで上部が滝側の崖に向かって飛び出す形をしており、ポケモンが乗ると今にも崩れそうだ。かといってこの狭さでは、鳥ポケモンも簡単には入れない。
「ほんと……こんな滝見たことない。でも誰も入れないんじゃ、どうやってその変わらずの石を掘り出すのさ。滝の裏側ってコトは崖の下でしょ?」
「シオンさま。為せば為る為さねば為らぬと昔から云うではありませんか♪」
「や、だから何か考えないと……」
「こればかりは孔雀に任せるしかありませんわね。楽天的なようですが、孔雀なら何か出来てしまいそうな気がするのです」
「おやおや、これはまた……フィオーナさまがわたしを褒めてくださるなんて。明日は雨が降っちゃいますね」
フィオーナまで孔雀さん任せでいいの?
孔雀さんにかかればなんでも魔法みたいに解決してしまいそうだけど、彼女だってポケモンだ。できることとできないことがある。
「できないなんて考えるのは、できなかった後でよろしいのですよー」
「フフッ、前向きで宜しい事ですわ。ああそうそう、シオン、当然貴方にも彼女達に同行していただきますよ」
「や、それって……」
「何か問題でもお有りで?」
とまあ、こんな経緯で――
――僕は、橄欖と孔雀さんの護衛として、メテオラの滝へと旅立つコトになった。
◇
「というわけで九番隊をお願いね、ラウジ」
「お任せ下さいっス。シオン隊長の帰る場所が無くなる位に頑張るっス!」
「あはは……それはそれで困るんだけれどね」
今週いっぱいでシオンが一時的に団を離れる旨がフィオーナから伝えられた。ボスコーン総長は首を捻っていたが、いくら彼でも上の決定には逆らえない。
「申請書によると、団を離れ要
「それではまるで何かの口実みたいですよ、総長。まあいずれにしても……お嬢様が直々に動いたのですから、何か重大な理由があっての申請なのでしょう。私と致しましては、シオン君が団を離れるのは少々寂しいですが」
「あの莫迦にそこまで入れ込まずとも良かろうに。キール、お前はあやつに何を期待している?」
これで良かったのだろうか。
確かに孔雀さんや橄欖はフィオーナの側近ということになるだろうし、変わらずの石の入手は一刻を争う。しかし、あくまで国の為ではなく
「ふふっ、僕ってば何考えてるんだろ」
橄欖と仕事とどっちが大事?
その答えが全て。それでいいじゃない。
◇
いよいよ明日、シオンが橄欖、孔雀の二匹とメテオラの滝に向けて出発する。
でも、フィオーナには気にかかることがあった。実はシオンを同行させるのは本当は気が進まない。この程度の用件なら孔雀一匹で十分なのだ。橄欖は進化を唯一止められる孔雀についてゆく必要があるが、シオンはランナベールに残っても問題はない。橄欖だってあれでシオンと互角に戦える程度の能力はあるし、仮に戦闘能力を持たなかったとしても孔雀なら守り通せるだろう。
要するに、シオンに対する口実。理由はそれだけだ。
シオンにはまだ、孔雀と橄欖の秘密を明かすべきではない。彼女達自身にもそう頼まれている。
「フィオーナ、入るよ?」
「どうぞ」
浴室の扉が開かれ、タオルを咥えたシオンが入ってくる。
「一緒に入るの、久しぶりじゃない?」
「ふふっ、そうね。どちらにも世話係がついているものだから」
体を洗うのも拭くのも、両前足の自由な二足歩行型ポケモンに任せた方が楽なのだ。かといって四匹はさすがに入れないから、シオンと二匹で湯浴みする機会はあまりなかった。
尾やESPを使って体を軽く流したシオンがフィオーナの浸かる檜の浴槽に入ってくる。細くしなやかな毛が水の中で揺れる様子は何とも云えず綺麗だった。
「僕がしっかり孔雀さんと橄欖を守らなきゃね……」
この仔を欺いているのが後ろ暗い。本当に純粋で、清楚で。
「あっ、でもフィオーナも心配」
シオンは湯船の中に泳ぐように移動して顔を近づけてきた。
湯気の立つ浴室の中で見つめ合うのはどうにも気恥ずかしいものだ。
「安心なさい。貴方のいない間、私兵団に警護を要請してあるわ」
「そうなんだ。それならいいけど……」
母上の住む北館は私兵団から選りすぐった精鋭に警護させてあるのだが、南館は普段は巽丞姉妹に任せている。
「あれ? いつもはどうしてるの?」
「物々しい雰囲気に包まれていては生活もできないでしょう? あれでも館の周囲はきちんと守られているのよ」
「ふーん……ちょっと無用心な気もするけど」
「かもしれないわね」
正直、孔雀、橄欖を共に離すのは不安ではある。いくら頭数を集めたところで、あの姉妹に匹敵する護衛能力があるとは思えない。
それだけではない。孔雀や橄欖がその力をシオンの前で行使しなくてはならなくないような事態が旅の過程で発生する恐れがあること。これはわたしよりも彼女達自身が案じていることでもある。ただ、彼女たちの戦闘能力について隠した上でシオンを引き留める方がかえって不自然になってしまう。
「難しい顔」
「はい?」
「せっかく僕と二匹でお風呂に入ってるんだから……もっと楽しそうにしてよ」
一匹で物思いに耽ってしまっていたのが申し訳なくもあり、頬を膨らませるシオンが可愛くもあり。
どう答えて良いものやら。
「あら……私は十分楽しいわよ? 貴方の顔をこうして見ているだけで」
「うっわ気障」
「……わたしはこれでも牝なのだけど? ふふっ、それにしたって少し気障だったわね」
貴方があまり牡らしくないからだわ。まあ、そこが良いところでもあるのだけれど。
「あはは、顔が赤いよ」
「のっ、のぼせてしまっただけよ!」
フィオーナは急いで湯船から出た。たしかに我ながら少し恥ずかしかったけれど、そんなに顔に出ているなんて。
「フィオーナってそういうトコ可愛いよねー」
「あ、貴方に可愛いなどと褒められても嬉しくありませんわ! ほら、体を洗ってあげるからこっちにいらっしゃい!」
「はぁい」
シオンが浴槽から上がってくる。水を含んで毛が垂れ下がった姿は艶美で、そこから全身を震わせて水を落とす仕草も可愛らしい。
誰にも渡したくない。
あんなのは夢――そう、夢に過ぎないのだから。
前足で石鹸を泡立てて、タオルを咥える。少し苦い石鹸の味。誤って飲み込んでしまわないように気をつけて、まずは彼の胸に滑らせる。それから首、前足、背中と順に洗ってゆく。
「気持ちいいよ……橄欖より上手かも」
また見え透いたお世辞を。手を使えるキルリアの方が上手に決まっているでしょう。
タオルを咥えていて答えることはできないので、視線で伝えることにした。
「ああ、うん……僕はフィオーナの方がいいなって。これでいい?」
まったく、返しが上手くなったものですね。
尾と後足を洗った後、シオンの下に首を潜り込ませて、お腹の辺りへと移る。種族間の体の大きさの違いもあって、少し無理な体勢になってしまうけれど。
あとは、後足の付け根――
「どしたの? ――あ、フィオーナってばなんかえっちなこと考えてるでしょ」
「ふもっ――ふぇぐっ、ケフッケフッ」
いけない、泡が喉に。
フィオーナはタオルを離してシオンの下から出てシャワーのノズルを捻り、一旦口を漱いだ。
シオンが変な事を言うものだから、タオルを咥えているのも忘れて反論しようとしてしまった。
「そっ、そのようなことは微塵も考えていないわ! きゅ、急に何を言うの!」
「わ、わかったよ。からかってごめん」
「まったくもう……」
再度シオンの下へ潜ってタオルを口に。
ただ体を洗うだけではありませんか。この程度のことで私が興奮してどうするの。
………………反応がないわね。
「終わった? ありがと。あとは流してくれたら交代だね」
なっ――わたしが
莫迦莫迦しい。そして情けない。
そんな自分に居た堪れなくなりながらもシャワーの先を咥えてシオンの体を流してやった。
「じゃ今度は僕がフィオーナの体、洗ったげるね」
「ええ……お願いします」
◇
フィオーナってこんなに
なんだか今日は反応がいちいち面白い。
尾でタオルを巻いて、フィオーナの体を擦る。尾が二叉で少し巻きにくいので、落ちないように時々ESPで補助して。
「シオン貴方、洗い方が雑じゃないかしら? 孔雀はもう少し丁寧よ」
「えー、そうかな? ちゃんと全体に泡ついてるからだいじょーぶだよ。あとは下だけね、はい」
「え、ちょっと……くぁ……っ……!」
乳嘴の並ぶ辺りにタオルが触れると、フィオーナはぴくっと体を振るわせた。
「もう。やーらしい声出さないのっ」
「そのような声など出していません! 貴方の耳がおかし――きゃ、んっ……」
何考えてんだか。べつに物理的刺激だけでどうこうなるものでもないし。やっぱり好きなポケモンにされると違うんだろうか。とはいっても、何度も愛し合った仲なんだから今更こんなことくらいで気分が変に昂揚することもないと思うんだけど。
――って、僕の方こそ何考えてんだろ。
「あーもぉ、全部きみの所為なんだからね!」
「な、何の話よ……んっ……」
「ほら、やっぱり変な声出す」
「ち、違……はぁ、ふ……くっ、貴方の
「認めた」
「だからっ――」
何かいつもと逆で少し楽しい。こんなフィオーナをもう少し見ていたい気もするけど、たかが体を洗うくらいのコトにそんなに時間をかけてもいられない。
「なに後足閉じてんのさ。洗えないでしょ?」
「あ、貴方という
毒づきながらもフィオーナは少し足を開いて、と云っても普通の立ち姿勢よりは若干狭めだけど、とりあえず尾とタオルくらいは入る形になった。
「僕は極力事務的に洗ってるつもりだけどね?」
サッと後ろ足の間にタオルを差し込んだ。
「きゃうんっ!」
「はややっ……!」
――と、フィオーナが一際大きな悲鳴、というより嬌声を上げたので、シオンは驚いてタオルを取り落としてしまった。
「はややっ、じゃありませんはやや、じゃ! こっ、ここ、こーころのじゅーんびとゆーものがっ!」
「だっていきなりあんな声上げられたらびっくりするじゃない……てゆうかフィオーナ、イントネーションが変だけど? 顔真っ赤だし……くふふっ」
可笑しくてつい吹き出してしまう。なんだか今のフィオーナは、今までで一番女の子っぽい。いつもは大人の女性って感じなのに。明日から僕としばらく会えないものだから、きっとそういうところが前面に出ちゃってるんだね。
「くっ……今夜は覚えていらっしゃい! この借りは必ず返してあげるからっ」
「はいはい……僕は何か貸した覚えはないけど、返してくれるなら断る道理はないしね」
「口が減りませんこと……その言葉、後悔しても知らないわ!」
うわあ……これは本気かな?
今夜は覚悟しておいた方が良さそうだ……。
◇
庭に居並ぶ木々の隙間から覗く街。この家はもともとかなりの高所に建っているので、ランナベールの城下町が見渡せる。
春になったとはいえ、体を夜風に晒しているとまださすがに寒い。
それなのにどうしてわたしがこんな場所に立っているのか、というと。
「フィオーナさま、約束のお時間から三十分が経過しました」
「わかったわ」
シオンを部屋に呼んでおいて、わたしは遅れて登場する――いわゆる焦らしプレイと呼ばれるモノらしい。
「それにしてもフィオーナさま、こんな所に立っていてはお風邪を召してしまいますよ」
「これからシオンが暖めてもらうから」
「……なるほど納得です♪」
屋敷の中へ入り、部屋へ向かう途中で孔雀には自室に戻るように指示した。
一階まで降りて廊下を歩き、自分の部屋のドアを開ける。
「お待た……せ?」
シオンはたしかにいた。
が。
「ふみゅう……」
寝ている。
フィオーナのベッドに潜り込んで、一匹気持ち良さそうに。
「……まったく」
つかつかと歩み寄って頬を舐めてやると、シオンは体をもぞもぞと動かして半目をあけた。
「……ふにゃ?」
「私を待っている間に寝てしまうとはどういうつもり? 本当に仔供なのだから」
「……みゃ、ふぇえっ……と……あれ? 僕……」
シオンは一度周囲を見回して、状況を把握したらしい。
「ご、ごめん……きみが遅かったからつい」
「私の所為だと言うの。ま、今回は私にも非があったけれど……」
シオン相手にこの手法は少し失敗だったか。
寝起きを突然襲うというのも一興かもしれないけれど。前戯から激しく攻めてみることにしますか。
「な、何その笑い」
おっといけない。私ったらつい顔に出てしまっていたようで。
「先程の約束は覚えていて?」
「ふぇ……約束……?」
シオンはニ、三度、琥珀色の瞳を宙に泳がせた。
そしてはっとしたようにフィオーナの顔を見る。
「ああ、あれね……借りを返すって話」
「思い出したわね」
掛布団を取り払い、シオンを仰向けにして覆い被さるように唇を奪う。
「ふぁ……ん、ふ……む……」
舌で口を押し開き、彼の口腔へ侵入させる。
シオンはどうにかフィオーナの舌の動きについてきていたが、心の準備ができていない様子で必死だった。尻尾でぱたぱたと布団を打つ様子も可愛らしい。
「……ん……ぷはっ……い、いきなりだね……いつもはもっとムードを高めてからって感じじゃない?」
シオンはすでに息を荒げていた。下はまだ反応していないようだが、頬が上気している。
「明日から貴方と会うことができない……今夜はそれだけで、ムードとしては十分よ。寂しいけれど」
「そう……? じゃあ……今日は僕を、フィオーナのしたいようにさせてあげる」
艶麗な微笑みでそう告げられた。
これでスイッチの入らない牝がどこにいようか。今にも体が暴れ出してしまいそうだ。
「よろしくて? そのようなことを言われると……何をしてしまうか分からないわよ? ああ、もう抑えられなくなりそうだわ」
「抑えなくて良いじゃない。フィオーナになら僕、何されてもいいから」
その言葉で何かが吹っ切れた。
「ふふっ……ではまずうつ伏せになって」
「仰せのままに、女王様……なんてねっ」
「そう……前足は曲げて後足は伸ばす……尻尾も立てなさい」
「こ、こう……? な、なんだか恥ずかしいよこの体勢」
フィオーナの顔前に、臀部を突き出した彼の姿が露になる。
秘所はまだ体毛の中に隠れているが、フィオーナとしてはそれをこれから暴いてやるのだと思うと心が高鳴った。
「今更何を言いますか……んっ……ちゅ……」
「ひぁんっ!」
後の穴と秘所の中間の辺りをそっと舐めてやると、シオンはぴくんと体を振るわせて可愛い声を上げた。
「ふぁあっ……ん、はぁんっ……や、やめっ……フィオーナっ……ふぇっ……みゅ、んんっ……」
シオンの快感に喘ぐ声がフィオーナを興奮させて、舌先の動きをいっそう速める。
舌を滑らせながら、位置を少しずつ下げてゆく。
「ん……もっと可愛い声……聞かせて頂戴……」
少しずつ姿を見せ始めた秘所に触れる。
「ふみゃあぁっ……!」
同時にシオンは一際大きな嬌声を上げた。
「らめっ……フィオ……激しすぎる、よぉっ……きゃぁあんっ……」
「ふふ……激しいのは嫌……? 何をされても良いと言ったでしょうに……」
普段なら緩急をつけてやるところだけれど、今夜は本人に許可を頂いているのだから。
私の好きなように、と。
「ふみゃっ、んっ、はんっ……き、気持ち……良い、けどっ……きゃぁああっ、ふぁ……」
嬌声は徐々に甲高く、狂ったように高まってゆく。
襲い来る快感に耐えるため、シオンは前足の爪を立ててシーツに食い込ませていた。
このまま攻め続けるとどうなるのか見たい気持ちはあったが、やはり一旦止めることにした。
「ふぅ……どう? 今の気分は」
尤も、完全に壊れてしまう前に感想を聞きたかっただけなのだけれど。
「だめ……心臓が……耳もとでドキドキしてて……もう、僕……変になっちゃいそう……」
顔は枕に押し付けたままで、フィオーナの方へは振り向かない。いや、振り向けないのだろう。
「そう。それでは……変にしてあげるわ」
「そんな……はやああぁっ……!」
閉じかかっていた彼の後足を両の前足で開き、頭で尾を退けて股の間へ顔を突っ込むようにしてフェラチオを再開した。
口に含むほどの大きさもないが、周囲から先端へと舐め上げるように。
「きゃうんっ、くぁ……らめ、ぼ、僕ぅ……きゃぁああああ~~~~~っ!」
下半身への快感が頂点に達したシオンは一際激しく喘いで、フィオーナの顔に向かって勢い良く放尿した。
腰が砕けて自信の体を支えられなくなり、そのまま圧し掛かってくる。
「ちょっと、シオン……きゃっ」
体勢が崩れてフィオーナの首にシオンが跨る姿勢となり、フィオーナは濡れてしまったシーツへ顔を押し付けられ、首の後ろや
「シオン……かわいい……」
想定外の事態に戸惑ってはいたが、快感のあまり失禁してしまうシオンの姿があまりに可愛くて脳裏に焼きついていて、甘んじて浴びることも何ら不快には思わなかった。今回などはむしろ望むべき所だった。
「だめ、フィオーナ……そこ、退いてよ……」
「動けないわ。貴方が押さえていては……ふふっ」
「やぁっ……フィオーナのいじわる……恥ずかしいよぅ……」
このまま羞恥と快感の余韻に悶えるシオンを観察しているのも面白いとは思ったけれど、今日はあまり遅い時間まで長々と続ける時間もない。
フィオーナはぐったりと力の抜けたシオンをひとまず押しのけて、それから仰向けに寝かせた。
「ごめんなさいね。最初から飛ばしすぎたわ」
今度は柔らかに、肉球を彼の胸に這わせる。体毛に埋もれた乳嘴を肉球の感覚を頼りに探り当てると、シオンはぴくっと体を振るわせた。
「ふぁっ……そんなトコ……ぁっ、んっ……」
何でも良いから快感を与えればいいというものではない。射精してしまうと急激に快感が衰えてしまって、その後はしばらく感じなくなってしまうからだ。
「こちらの方が何度でも気持ち良くなれるそうではありませんか?」
「もう……十分……だって……ぁっ……」
「また見え透いた嘘を。ふふっ……貴方はこんなにも私を求めているのに?」
「はっ、やん、ふみゅぅ……くっ、らめっ、や……はぁああんっ!」
快感に喘ぐシオンが前足で抱きついてくるので、フィオーナはそれに任せて彼の上に伏せた。
「泣いているの? そんなに気持ち良かったのかしら?」
琥珀色の瞳からは涙がにじんでいる。フィオーナは今にも零れ落ちそうなその雫を舐めてやった。
「フィオーナ……ふえぇっ……ん……は、む……」
そうして何度目かのキスをする。
「ん……はっ……ふぅ……」
シオンは円らな瞳でただ見つめ返してくる。私の胸は高鳴りを覚え、いつもならそれで満足なのだが、今は少し不安だ。
孔雀と橄欖の二匹が脳裏に浮かんだ。あの夢の姿が。
「私をもっと……貴方の胸に刻んであげなくては……ね」
「フィオーナ……?」
「安心なさい。私を一日たりとも忘れられないようにしてあげる、と言っているの。その代わり、私の体にもシオンを刻んでもらうから」
フィオーナはシオンの背に四肢を回して、そのままひっくり返した。これでシオンが上に、フィオーナが下になる。
「わたしがもっと高等な性技でも身につけていれば良いのだけれど……」
「こうして抱き合ってるだけでも僕はいいよ……フィオーナを感じられるだけで」
シオンは目を閉じてフィオーナの胸に顔を伏せた。
「ふわふわしてる……それに、いい匂い……」
先程彼が失禁した際に鬣と背は濡れてしまったが、腹側はまだ無事だった。フィオーナは前足でシオンの頭をそっと抱いてやった。
「そのような言葉はわたしには勿体無いわ……貴方には
安らかなシオンの顔を見ているのも悪くはない。しかしなかなかどうして、すぐに悪戯を再開したくなってしまうものだ。
フィオーナは尾をシオンの後足の間へ差し入れた。
「ひにゃっ……」
「たったの二度達したくらいでは、貴方も足りないでしょう?」
「や……たったのって……ふぁっ、んっ……」
尾で腿を撫でているだけなのに、大げさな反応だ。普段はそうでもないのに、ムードが高まるととことんまで弱くなるのだ。
「い、一回だけだもんっ……ぁん、む、胸でなんて……僕、は……」
二度目のはさすがに認めたくない、といったところか。胸を肉球で弄られただけで達してしまったことが恥ずかしかったと見える。
「そう……では、これから二度目ね……!」
フィオーナは尾をシオンが跨っている部分、自分のお腹とシオンの体の間に滑り込ませた。そのモノ自体には触れないように、はじめと同じく、より下の部分を撫で上げる。
「はぅ……にゃんっ、ふぁああぁっ……!」
「ふふっ、本当は三度目だけれどね……ああ、私も胸が高鳴ってきたわ……」
「はぁ、はぁ……」
「はぁ……まだまだ私を楽しませて頂戴……」
自分の声まで変になってきたのがわかる。前に向けた尾を動かすたびに、自分の下半身も同時に刺激されてしまう。シオンの声と表情だけでも衝動を抑えられなくなりそうなのだが、それがまた一層彼への愛撫を加速させるのだった。
「ちょっ、くぁ、ふ……やぁん、フィオーナっ……らめぇ……まだっ……ぁああっ……」
「良いわシオン……その声……もっと……!」
「ぁっ、きゃぅんっ……らめらって……やぁぁっ……フィオーナっ……フィオーナぁああぁぁっ!」
シオンが体をビクンと跳ねさせたかと思うと、フィオーナの胸から後足の付け根にかけてを温かい奔流が襲った。
「シオン……ぁあ……わたしに頂戴、全部……!」
もう自分がどんな表情をしているのか判らない。きっとシオン以外の誰にも見せられないような顔……!
虚ろとも取れる表情で、また失禁してしまったシオンをぎゅっと抱いた。
「ふぅ、はぁ……先程はまだ全部は出ていなかったのね……ふふふっ」
「だから……だめだって言ったじゃない……もう……」
「その割には、わたしの名を叫びながら気持ち良さそうにしていたわね?」
「そ、そんなこと……! ふぃ、フィオーナこそっ、たぶんベッドがすごいことになっちゃってるよ……? 僕の尻尾にちょっとかかっちゃったし」
後足を動かすと、溢れ出してしまった愛液がベッドを湿らせてしまっているのに気づいた。
「あら、ごめんなさい……貴方の声が余りにも扇情的だから……」
シオンは四度だけれど、わたしは一度だけでもう我慢できなくなってしまった。
「ねえ……そろそろ、良いかしら?」
「うん……」
シオンは答えると体を少し下にずらした。エーフィとエネコロロでは少し体格差があるのでそうしないと
「じゃあ……いくから……」
「わたしはいつでも構わないわよ……」
シオンが後ろ足を大きく開いて腰を落としてくる。先端が触れ合って止まり、そこからは少しずつ。
「ふぁ、ぁ……入ってく……」
「良いわ、シオン……そのまま来て……もっと奥に……」
そこからは一気に入ってきた。
「んっ……はぁ、はぁ……動いて……いい?」
「どうぞ、わたしに溺れなさい……大丈夫、私は壊れたりなどしないから……」
「うん……ぁ……んっ……」
「ふぁあ……っ、シオン……!」
シオンがわたしの中で動いている。互いの熱を感じる。
背筋を突き上げてくるような快感にこのまま身を任せたい衝動にも駆られたが、フィオーナは寸での所でシオンを抱きしめようとした前足を止めた。
「ひぁっ……!」
シオンが一旦腰を上げてから、少し体をずらしてフィオーナのお腹の上に倒れこんできた。
「はぁ、んっ……ぁぅ……」
フィオーナの体毛がシオンを包み込むように。濡れた毛では些か心地が良くないかもしれないが、ぎゅっとシオンの体を抱いた。
「ほら、出しなさい……!」
「やぁんっ、ふぁ、ああぁああっ!」
先端から熱いものが放出された。お腹の辺りが熱い。とくん、とくんと脈打っているのが分かる。
「シオン……んっ……」
まだ涙ぐんでいるシオンにキスをした。
明日から会えなくても、この愛が揺らぐことの無いように祈りながら。
◇
「シオン様ですね? 話は聞いております。どうぞお気をつけて」
すでに話は通っているようで、門番のカビゴンはすんなり道を開けてくれた。
「あ、はい……あなた方も、お勤めご苦労さまです」
これは任務だ。従って給料も支払われるし、特別手当まで出る。
難しいこと考えるのはやめにしよう。兵を所有しているのはヴァンジェスティ家だ。帰ってきたら、フィオーナとお義母さまに何か贈り物でもしてあげよう。手当はそれでチャラ、っと。
カビゴンの護る東門をくぐると、見渡す限りの草原――ここからジルベールとの国境までは、この世で最も治安が悪いと云われるベール半島横断道を徃かなければならない。
今朝はフィオーナとお義母さまが二匹で見送ってくれた。
「二匹は僕がしっかり守ります」
「シオンちゃん……貴方も怪我しちゃ嫌よ?」
フィオーナの母親――ブニャットのマフィナは屋敷の北館の方に住んでいて、何しろ敷地が広いものだからシオン達とあまり顔を合わせることはない。
「ふふっ、もう……お母様ったら。シオンなら大丈夫ですよ」
「僕もそう思いますよ~。奥様はぁ、シオン様を溺愛していらっしゃいますからねぇ」
無駄に間延びした口調でフィオーナに相槌を打った若いトゲチックは、マフィナの執事を務めるラクート。シオンとは滅多に会わないが、同じ地位にある孔雀さんや橄欖とは交友もあるらしい。
「孔雀さん、どうかご無事で……シオン様ぁ、しっかり守って下さいよ~」
「きみに言われなくてもわかってるよ。任せて」
ラクートはどうも少し、シオンを信用していない節がある。悪いポケモンではないと思うのだが、シオンとしても、どうしてか彼の放つオーラは少し肌に合わない。
「ふふ。ラクートこそわたし達のいない間、しっかりフィオーナさまを守ってね」
「はぁい、僕にお任せ下さ~いっ」
孔雀さんに答えを返す時、ラクートは途端にビシッと首を伸ばし翼を立てた。口調が口調なので見ていると調子が狂うが、何にしてもあからさまに相手によって態度を変えるのはいかがなものか。
「安心なさい。南館の方は警備の増員をお願いしてあるから。貴方はお母様をしっかり警護なさいな」
「じゃあ、そろそろ行くね」
「ええ……行ってらっしゃい」
「行ってきます」
「帰ってきたらぁ、『お帰りなさい』と言ってあげますよ~」
「ラクート、その発言は問題が――」
「ていうかラクートに言ってもらってもね……」
舗装された道が地平線まで伸びている。建造物が一切ないので見通しは良いが、低木やその辺に転がっている岩の影には注意しなくてはならない。保安隊の目も届かぬ場所ともあれば、旅人を狙った略奪など日常茶飯事だ。
「こうしてシオンさまと遠出できるなんて夢みたいなのですよー」
それを知ってか知らずか、孔雀は呑気にそんなことを言いながらシオンの隣を歩いている。
や、毎日フィオーナをジルベールまで送り迎えしている孔雀が知らない筈はない。まあ彼女の飛行スピードなら大抵の危険は回避できるだろうから、いざとなれば橄欖を連れて逃げてもらえばいい。
「現実だし……この辺り、結構危ないって知ってるでしょ」
「姉さん……いくら何でも……緊張感がなさすぎます……」
「うーん? シオンさまもそう思われますですかー? わたしと致しましてはこれといって自覚はないのですけれど――っ!?」
や、自覚がないのが問題なんだってば。
そう告げようとした時、孔雀の背後の低木の影から何かが飛び出してきた。
シオンの前に出て、踊るような仕草で手を広げて後ろ向きに歩いていた孔雀は完全に無防備だった。
「孔雀さん、危ない!」
ラッタか――孔雀の背後に迫るポケモンの種族を確認したのとほぼ同時だった。近くの木や岩の影から地面の中から、数匹のポケモンが姿を現した。
今は数を確認している場合ではない。牙を剥いて孔雀さんに襲い掛かるラッタを何とかしなければ。
「ほ?」
ほ、じゃない。後ろ。
二度目も叫ぶほどの間は相手も与えてくれない。しかも孔雀を挟んで直線上に三者が並んだこの位置関係は非常によろしくない。シオンは孔雀を突き飛ばしてラッタの攻撃を代わりに受けようとした――が。
スルリ。結果的には、シオンの体当たりは外れた。シオンが攻撃を受けることもなかった。
「ぐげっ」
飛び掛かってきたラッタは空中で地面に叩き落とされてしまったのだ。
「姉さん……!」
橄欖の声は孔雀への心配というよりは、焦燥。そんな色を含んでいた。
「あらら……今のは仕方な――いえいえ、まさか偶然こんなコトが起ころうとはっ」
今の瞬間、何があったのか。シオンに確認できるかぎりではこうだ。
シオンは斜めに跳び、孔雀の向かって左側から体当たりするつもりだった。実際その通りの軌道で体が動いた。
しかし、孔雀がそこで向こう側へ振り返ったのだ。左足を軸に、右足を上げて、少し不安定とも取れる回れ右だった。とにもかくにも、それで孔雀は体一つ分右へ移動したので、体当たりが外れてしまったのだ。
そこからはこの目で確認したわけではないが、状況から判断するに、孔雀の右足がラッタに当たったものだと思われる。
「ジョン! てめえこのアマ、よくも俺の弟をやりやがったな!」
あとから出てきたラッタその二が顔を真っ赤にして怒鳴る。
「許さんッ!」
まだ体の半分を地中に埋めたままのイワークも、
「なんとこの方は貴方の弟さんだったのですか。これは気の毒なことを致しました。ですがわたし、後ろから飛び掛かられたものですからつい蹴――いえ、驚いて振り返ってしまったのですよ」
二匹をあしらうように、孔雀は涼しい笑顔で返した。
「舐めてんのかウルァ!」
「わたくし孔雀と申しまして、ウルァと申す者ではございませんよー。
ていうか、明らかに相手をからかってるんですけど。怖がらないのは勝手だけどもうちょっと空気読まないかな?
戦うのは僕なわけだし。
「ウォrrrrるァアアッ! おちょくってんのか!」
あ、ラッタ兄がキレた。
弟と同じように牙を剥いて孔雀に飛び掛かる。
莫迦じゃないの。弟はそれでやられたんだって――や。何考えてんだ僕。あれは偶然で、偶然なんてのはそう二度も三度も起こるものじゃない。
でも、何故だかまた同じ結果になるような気がした。
「孔雀さん――!」
そんな気持ちで見ていたものだから、反応が遅れてしまった。
「はーいシオンさま、」孔雀は
まただ。しかも今度は偶然じゃない。孔雀は明らかに自らの意思で身を躱した。
しかし驚いてもいられない。立て続けにイワークが襲ってきたからだ。
イワークが天を仰いで吠えた。瞬間、中空に岩の塊が次々と現れる。
「岩雪崩……!
まずい。まさか街を出てすぐにいきなり襲われるなんて思っていなかったのだ。シオンも彼女達も、まだ心構えができていなかった。相手が仕掛けてくる前に下がらせておくべきだったのに、これでは間に合わない。
シオンはサイコキネシスで防げるだけの岩を防いだ。橄欖と孔雀の頭上を優先的に。岩は四方八方に飛散し、落下後に消えてゆく。イワークが大地の
「うぁっ……!」
「シオンさまっ……!」
かといって、出現している間は本物と同じだ。横っ跳びで避け損なった岩が後ろ脚に当たって負傷してしまう。
「くっ……」
ふと、イワークの尾の先に
最近の盗賊は
これで条件は同じ――と云っても、相手は一匹倒れて三匹、こちらは一匹。しかも非戦闘員を二匹抱えているので不利といえば不利だ。向こうは生業でやっているのだから自分有利な状況でしか襲ったりはしないだろうけど。
ただし、ただのポケモンと北凰騎士団の一個小隊を任されている僕を一緒にしてもらっては困る。
シオンは負傷していない三本の足で着地し、イワークと起き上がったばかりのラッタ兄へと岩雪崩を防ぐのに展開していた不可視の糸を伸ばした。
「うおおっ……!」
イワークの尾とラッタの胴に絡み付いた
通常、少し心得がある者なら
糸に絡み付かれた二匹は、神秘のエレメントの青白い燐光を放ちながら浮き上がってゆく。
「このままきみ達を絞め殺すのは簡単なんだけどさ。何か言い遺すことある?」
「あああう……! わ、わかった、俺達が悪かった!」
「や、盗賊が悪いのは最初から判りきったことでしょ?」
簡単に解放はしない。シオンは糸の力をぐっと強めた。
「うぐぁあ……! し、死ぬ……!」
「死んじゃえ。えいっ」
ひとしきり強く締め付けたところで二匹を放り投げた。
「るおおおおォッ――! ぬへっ、ぐふぁっ、どはッ」
吹っ飛ばされた二匹は何度か地面を跳ね、だらしの無い格好で倒れた。イワークは体のジョイントが少し壊れたか、ラッタ兄は肋骨の一本くらい折れたかもしれないけれど、死にはしないだろう。
二匹をやっつけている間に、もう一匹いたポケモンは逃げおおせてしまったらしい。薄情なやつだ。
「えと……行こっか、橄欖、孔雀さん」
少し心配だったけれど、目の前で繰り広げられた慣れない戦闘の光景に恐怖したりはしていないようだ。孔雀などは倒れた三匹を眺めて楽しそうですらある。
「最初のラッタさん、大丈夫なのでしょうかねえ……」
そういえば、偶然孔雀に倒されたラッタ弟は失神したまま、まだ動く気配がない。
「姉さん……それよりシオンさまですっ……! 後足にお怪我を……!」
「あ……大丈夫だよこれくらい。朝の陽射しを浴びていれば治るからさ」
「しかし……シオンさまは……わたし達を庇って……」
このままでは埒があかないので、シオンはとりあえず歩き出した。そうすれば橄欖も孔雀も続けて歩きだすしかない。
イワーク達の横を通り過ぎる時に言ってやった。
「ここはランナベールだから盗賊をやるなとは言わないけどさ。相手はよく選んだ方がいいと思うよ?」
「うぐぐ……牝三匹……楽に殺れると思ったのに……」
「自信がないポケモンはもっと大仰に護衛を引き連れて歩くと思うし……たった三匹で歩いてるのって、そんなにぞろぞろ護衛を引き連れる必要がないってことでしょ?」
「だそうですよー」
「あ、それと僕、男の子だからね」
「なのですよー」
「な、んだと……? クソ、騙された……」
「残念無念なのですよー」
「……?」
シオンは振り向きもせず、歩きながら話していた。孔雀の声はやけに後ろから聞こえる。それも少しずつ遠ざかっている、というか、要するに向こうは動いていない。
シオンと橄欖が振り向くと、なんと孔雀はラッタ弟の側にしゃがみ込んでそのヒゲをぴんぴんと弾いていた。
「って孔雀さん、何やってんの……!」
「いえいえ、この方があまりにも動かないものですから」
楽しそうな孔雀を見て、橄欖は無言で頭を抱えている。あんな姉を持った妹も大変だ。
「実は死んだフリをしてるだけで、いきなり襲ってくるかもしれないでしょ! もう行くよ、ホントに……」
「はーい」
孔雀の返事を確認して前を向いた、次の瞬間。
「うるァ引っかか」ボコンッ!
ラッタのものらしき声と、何かをぶっ叩いたと思しき鈍い音がほとんど同時に耳に飛び込んできた。
「何なのっ……!?」
「はて何でしょう?」
振り返ると、孔雀がニコニコ顔で小走りに駆けてくる所だった。後ろのラッタの倒れている場所から土煙が上がっているような、いないような。
橄欖は抱えた頭を今度はぶんぶん振っている。感情を表に出さない彼女にしては珍しい仕種だ。
「行きましょう、シオンさま♪」
「わわっ……」
呆気に取られていると、素早くシオンの腹に手を回した孔雀さんに抱き上げられた。それだけでは飽き足らず、孔雀はそのまま猛然とダッシュし始めた。
「ちょっ……! 橄欖置いてっちゃダ……メ?」
しかも橄欖の手を引いて。
てゆうか橄欖浮いてるんですけど。
「うふふっ、なかなか順調な滑り出しですねー」
や、順調じゃないし。
いきなり襲われちゃったし。
その前に、これ……
「こっちの方が速いってどゆことなの――っ……!」
愛と、石と。 -2-へ続く
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