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悪の饗宴 2

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悪の饗宴 


作者:COM

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三話 


 楽しい時ほど終わりが訪れるのは早いもの。
 だがそれは誰にとっても面白いとは限らない。

「ようお前ら。眠れたか?」
「無茶言うなよ……陽が暮れた辺りから夜通し歩哨やってて、右も左も分からん一般人の相手から御貴族様の相手までこなして、昼からはいつも通り兵士の仕事もこなさなくちゃならん。これなら行軍の方がまだマシだ」
「だよなぁ……。これがまだあと三日もあるのか……」

 そんなことをぼやきあっていたのは聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)のクシェルとアドルフの二人。
 普段から厳しい訓練に身をやつし、心身共に剣に捧げている彼等にとって、このような煌びやかな社交界の場での護衛任務や歩哨は慣れているものの、その内側で働くボーイのような仕事はてんで慣れていない。
 緊張感がないというのが寧ろ緊張になってしまっており、慣れない日々が続くことで精神面が大きく疲労していた。

「こんなところで油を売っているとは珍しいな。鍛練はしないのか?」

 兵舎内の食堂で駄弁っていた二人の元に一人のアブソルがそう言いながら近寄ってきた。

「ヴィルヘルムか、お前は相変わらずお堅いな」
「クシェル、お前は弛みすぎだ。とはいえ、俺も正直な所精神的にかなり疲弊している。今鍛練しても下手に怪我をしそうでな」

 クシェルはヴィルヘルムと呼ばれたそのアブソルの言葉に笑いながら言葉を返し、アドルフは正直に思っていることを伝えた。
 というのも、このヴィルヘルムも彼等と同じく今回の屋敷周辺の案内と護衛任務に就いているため、同じぐらい精神的に疲労しているはずなのだが、まだ時間でもないというのに鎧をしっかりと着込み、軽く鍛練を終えて食堂にやって来ているようだからだ。

「何時如何なる時も鍛練は決して怠らない。とはいえ、私もアドルフと同意見だ。だから軽めに済ませた」
「お前ら二人が日々の訓練メニューを変えるとはね。こりゃ明日は雨かね?」

 ヴィルヘルムも同じ席に着き、二人の雑談に加わったが、会話の内容は対して変わりもなくこの数日の特殊な護衛任務に関する愚痴だ。
 アドルフとヴィルヘルムは仲間内では知らぬ者が居ないほどお堅い人物であるため、彼等二人が口を揃えるということは余程のことだ。

「おっ、アドルフとヴィルヘルムまでこんな時間に食堂にいるのは珍しいな。休憩か?」
「おーベルンハルトじゃねーか! おーい! 悪いがエール追加でもう一杯だ!」
「昼から飲むなよ……」

 三人の元へ更に追加でやってきたのはタチフサグマのベルンハルト。
 アドルフとヴィルヘルムのお堅い二人とは対照的にクシェルとベルンハルトはお調子者コンビだ。
 とはいえ同じ騎士団に所属していることもあり、特に互いに仲が悪いというわけでもなく寧ろお互いがお互いの気をいい感じに調整してくれるためか、よく四人は飲みに行くこともある仲だ。
 彼等はそれぞれ小隊長を任されるだけの技量と地位があり、旧知ということもあって普段からこうしてよく情報交換のついでに愚痴混じりの雑談をするのが日課でもある。
 単純に気が合うというのもあるだろうが、互いの隊の状況や精神状況を知っておくことは戦場での連携に深く関わることをよく知っているため、大なり小なり有っても無くても必ず集まるようにはしている。
 全員があくタイプということもあって夜戦に駆り出されることも多く、今回のような社交界もほとんどの場合が護衛任務であるため全員が全くもって慣れていない。
 そのため飛び出す愚痴は大抵の事はあくまで護衛が主体である彼等まで、屋内の護衛に当たる場合はドレスコードを合わせなければならない窮屈さと、その面倒さの一点に集中している。

「今度はヴィルヘルムが裏門の歩哨だったか? 俺やアドルフみたいに厄介そうな事に巻き込まれないといいけどな」

 クシェルはそう言い、今日の歩哨を勤めるヴィルヘルムに自分達の経験則からアドバイスをした。

「面倒? ああ、前言っていた胡散臭い女性とガウナ様が密会していたということか。ただの妻の選定だろう? 気にしすぎだ」
「ゾロアークとフォクスライだったか? 種族で判断するのはよくねぇぞ。俺達だって嫌だろ?」

 しかしヴィルヘルムとベルンハルトは特に気にしている様子はなく、自分達もあくタイプであるがために時折あったタイプや種族による偏見の目を持つべきではないと窘める。

「いやいや、お前らは直接見てねーからそう言えるんだよ! あれはヤバいタイプだ。アドルフの方もそうだったろ?」
「ああ、どう見ても一般人とは目付きや所作が違う。ヴィルヘルムも念のため警戒はしておいた方がいい」

 しかしクシェルだけならまだしもアドルフも彼の言葉に同調し、警戒を強めることを勧めた。
 事実彼等の勘は当たっており、どうにも危険な女性達ばかりがガウナとの密会を行っているのだが、そうとも知らずに彼等の雑談はその後もあまり話題自体は変わらずに続いていった。
 一方、単に宴としての意味合いも強いが、町娘の大半は既にどれ程努力をしてもガウナの玉の輿に乗るなど夢のまた夢の話だと諦める者が多く現れ始めた五日目。
 今のところ町娘達の噂の中ではただの一人もガウナと良好な会話ができたという噂話は立っておらず、リオーニやミアのような上手くいっていた者達の凛とした佇まいを後ろから眺めていたという敗北宣言のような話が流れる程度だ。
 四日目の時点で会場に二度、三度と訪れる者の数は減り、多少なりは普通の晩餐会の会場のように空いてきてはいたが、それでも貴族同士の交流会としてみればかなり人は多い方だっただろう。
 こういった状況になれば本来の目的を達成できるであろう人物の内の一人、イゾルダは既に度重なるリオーニの妨害と、まさか抜け駆けをされると思っていなかったミアの参戦で随分とショックを受けたのか既に仕事どころではないといった様子だった。
 彼女の本業は詐欺師。
 それも豊富に身に付けた知識を使って一般的な商会相手や貴族御用達の店まで手広く相手取るかなりの切れ者である。
 一般的な物流から宝石までを熟知しているどころかそれの偽装方法や量増しの方法、本職の鑑定士も顔負けの審美眼も持ち合わせている。
 ならばそれを普通に生業にすればいいものの、どうにもそういう性分の者は真っ当に自分の能力を使って適正な金銭を得る労働というもの自体がいけ好かないらしい。
 イゾルダの場合は少しでも楽に稼ぎたい、というよりは『騙されていることにすら気が付いてない相手を見るのが楽しい』という理由でやっているらしく、そこまでくればもうある種の病気のようなものだろう。
 しかしそれならばそういった詐欺を生業とする徒党でも組めばいいものの、彼女は決してそうはしない。
 同じような一匹狼を気取っているリオーニやミアとは口では喧嘩をするものの何処か親近感のようなものは感じているらしく、そういった意味でよくつるむことはある。
 しかし今回ばかりはイゾルダもそうだが、リオーニもまさかミアが正面から喧嘩を吹っ掛けてくることは予想していなかったらしく、昼の時点で険悪な空気が流れていた。

「やってくれたわねこのちょび髭。まさか同じ手段を講じるとは思ってもみなかったわ」
「だまらっしゃい。貴方がそれほど必死なのがちょーっと気になってね。吃驚するほどあのガウナって新当主、チョロいわね。女性慣れしてないのが丸見えすぎてあんまり使わない私の色仕掛けですら簡単に引っ掛かったわよ」

 昼下がりの定食屋の片隅で方を並べる三人は先日までのやり取りを互いに罵りあっていた。
 リオーニの呆れたような感心したような声が聞こえ、その声に対して様々な嘲笑を含んだ声でミアが答える。
 とても日中からするような会話の内容ではないが、彼女達の話に耳を傾けるような暇人はいない。

「当たり前だろ? ガウナは元々私が取引相手として目を付けてたんだ! そのくせにお前らと来たら我先にと手を出しやがって!」

 軽く音が響くぐらいの勢いでイゾルダはテーブルを叩きつけてにやにやと笑いながら会話をする二人を睨み付ける。
 イゾルダの言う通り本来ラインハルト家を初めからマークしていたのはイゾルダで、ガードの固いハインリッヒが逝去し御曹司のガウナが新当主となったこの機会を見計らって真っ先に動き始めていたのはイゾルダだった。
 ラインハルト家の代々の家業を徹底的に調べ上げ、ガウナの趣味嗜好や人柄をリサーチし、ようやくガウナが引っ掛かりそうな商談が持ち込めると整った頃には既にリオーニが抜け駆けしていたのだから焦ったことだろう。
 それで見事リオーニのペースに持ち込まれてガウナの前で恥をかかされ、今のところも見事に妨害を続けられている。
 かといってミアのように狙う対象を金品からリオーニの狙っている婚姻の権利に変えるような裏をかく技術は持ち合わせておらず、色仕掛けなど生まれてこの方したこともない。
 どうにもこの状況はイゾルダだけに都合が悪いのだ。
 しかしここで引き下がるわけにはいかず、その日も陽が暮れると晩餐会へと足を運んだ。
 場内はラインハルト家と縁のある者達の方が多くなっており、外では護衛の兵士達によるそれ以外の一般客達の入場制限が設けられ、外の広場で立食だけは可能な状態にされている。
 多少なり訪れる人数が減ったことと、ある程度この騒動にも慣れたことで兵士達でも御しきれるようになったようだ。
 しかしそれで一人の女性の姿が彼女達の目に留まった。

「あなた……フランチェスカじゃない!! なんであなたまでここに居るのよ!?」

 そうリオーニが声を掛けたレパルダスはその声で気付いたのか振り返り、手に持っていたクラッカーを口に放り込みながらキョトンとした表情をみせた。

「あら、誰かと思えばいつもの面子じゃない」

 口に付いたクラッカーの欠片を落としながらフランチェスカと呼ばれたレパルダスはごく普通に答える。
 いつもの面子と言った通り彼女も前々からリオーニ達三人とは知り合いであり、同じくまともな人物ではない。
 といっても三人のように詐欺や窃盗を生業にしているというわけでもなく、どんな時も風の吹くまま気の向くまま生きているある意味で本当の自由人だ。
 しかしその自由さは留まるところを知らず、”泥棒猫のフランチェスカ”といえば裏の世界ではよく名の知れた厄介な人物でもある。
 柔軟で繊細な技術を持つミアの技術とは違い、フランチェスカはその気質が掴み所がない。
 何事にも本気を出すことはなく、着の身着のまま自由に生きているかと思えば、他人の仕事が順調に進んでいると横からちょっかいを加え、見事にその手柄だけをかっさらってゆく大胆さも持っている。
 奔放にも程のある自由奔放さは犯罪者達の間でも嫌われており、彼女とよくつるんだり話したりするのはリオーニ達ぐらいなものだろう。

「まさかあんたまでガウナ様に用があるって言うの!? これ以上私の心労を増やさないでほしいんだけど!?」
「心労も何も……私は元々タダ飯食べに来ただけよ。というかあなた達が気付いてないだけで、私初日から毎日来てるわよ?」
「嘘でしょ!?」

 どうにもフランチェスカの話を聞く所によると、誰よりも先にガウナ伯爵が晩餐会を開くことを情報として知り、婚姻話のような面倒事は一切関与せずにただただタダ飯を食いに来たのだという。
 確かに貴族が常日頃食べているような食事は一般階級の者からすればたとえ会食で出されるビュッフェ形式の小さな料理達だとしてもご馳走以外の何物でもない。
 更に普段から様々な形で領民と懇意にしていたラインハルトの領民達は特に税に対して不平不満もなかったため、出される料理の種類も豊富で一つたりともハズレがない。
 今も残っている一般の客や男性などはどちらかといえばこちらが目的の食い意地が張った奴らとも言えるだろう。
 それを知ってか知らずか、会食の主会場となる場所を屋敷の外にし、場内のメインホールを社交場としたことで綺麗にガウナに会いに来た者達とそうでない者達に別れたとも言える。

「ふーん。じゃあイゾルダが最初から目を付けてた相手に先にリオーニが手を出したってこと?」
「まあそうなるかしらね。ただ領主が変わっただけなら私も話は別だったけれど、まさか嫁探しまでするとは思わないじゃない? だから折角だし、玉の輿に乗って後は悠々自適な後宮ライフといきたかっただけよ♪」
「そういう問題じゃねぇだろ! ラインハルト家の収める領地は世界でも指折りの良質な鉱石の産地なんだ! ここの武器を安値で買い付けて高値で売り捌ければお前の言う悠々自適な生活はアタシが手に入れられてたんだよ!」
「だったら悪いのはイゾルダでしょ」

 リオーニとイゾルダの言い争いにさも当然といった表情でフランチェスカが横から口を挟んできた。
 元々は彼女達は誰が何処の誰を狙っているのかを先に言えば、他の皆は手を出さないのが一応のルールだったため、言ってしまえば先にルールを破ったのはリオーニの方だ。
 にも関わらずにフランチェスカはイゾルダを批難した。

「なんで!!」
「そりゃあ、だってあくまで今までもそうだけど、みんなただ口約束してただけだし、たまたま皆興味がなかっただけじゃない? それが状況が変わってリオーニも興味が出たから先に行動に出たってことでしょ? 後手に回ったイゾルダが悪いわよ」

 フランチェスカはあっさりとこの四人が今まで行っていたやり取りを根本から否定してしまったが、確かに盗人をやっている彼女達が律儀にお互いの口約束を守る義理はない。
 そういう意味ではイゾルダの無駄な頭の良さと思慮深さが裏目に出たとも取れる。

「だったらこの集まりも一体何なんだよ!」
「そりゃただの情報交換の場だものね。逆に今までが奇跡じゃない?」
「つい先日貴女に裏切られたばかりですからね。骨身に染みてるわ……」

 今一度イゾルダが苛立ちを募らせて地面を一つ踏みしめ、その横でミアがフランチェスカの言葉に賛成したが、確かに今まで守り通されていたという方が奇跡だろう。
 組織だった犯罪者同士ならば、互いに潰し合わないようにするためにそう言った暗黙の了解というものも大切かもしれないが、彼女達は所謂はぐれ者である以上守る道理がない。
 そう言った意味ではイゾルダの裏で自らの知識や技を真似されて綺麗に裏を書かれたリオーニはフランチェスカの言い分もイゾルダの言い分も分かるためか、特にどちらに賛同するでもなく首を振りながら一つ溜息を吐いていた。

「じゃ、私はもう少し美味しい物食べて帰るから。じゃあね~」

 そう言ってフランチェスカは嵐の如く現れて嵐の如く三人の元から離れていった。
 ……はずだったのだが、どういうわけかフランチェスカはそのまま料理の並ぶテーブルをぐるりと回って人混みの後ろを姿勢を低くして通り、屋敷内へと入っていった。
 屋敷内のエントランスホールは今までの人混みとは違いそれなりにゆとりがあったため、その屋敷の大きさが十分に理解できるような空間となっている。
 絵に書いたような煌びやかなシャンデリアに大きく湾曲した長い階段が両サイドにでんと構えており、中央では正装に身を包んだ見るからに身なりのいいポケモン達が立ち話をしており、その先の大扉は開け放たれたままとなっている。
 百余名が入った程度では足の踏み場など無くならないほどの広さがあるが、そこかしこに飾られた鎧やら美術品やらのおかげかただただ殺風景なだけの印象も受けないのが更に凄いところだろう。
 しかしそんなホールにもフランチェスカは用はなく、そのまま大扉を抜けてメインホールへと足を踏み入れる。
 そこには幾名かの着飾った町娘達と、チラホラと見受けられるどこかで顔か名前だけは聞いたことのある貴族が今か今かと待ちながら、互いに立ち話に耽っている。
 そしてそんなホールの少し奥、広い部屋内の奥にできた唯一の人だかりの中心にガウナの姿があった。

「初めまして。ラインハルト伯爵様」

 するりするりと人の間を抜けてゆき、フランチェスカは舌の根も乾かぬ内に言っていた事とは真反対の行動に出ていた。
 とても好感の持てる無垢な笑顔をガウナに向け、集まっている女性達の横からひょっこりと顔を出す。

「初めまして。晩餐会は楽しんでいただけていますか?」

 フランチェスカに気が付いたガウナは同じように爽やかな笑顔を返し、フランチェスカにこの会の感想を求めた。

「ええ、とても楽しませていただいております。名乗り遅れましたが、私はフランチェスカと申します」
「有り難い限りです。気が付けば残り二日、是非最後まで楽しんでいってください」
「勿論そのつもりです。ですが、その前に伝えるべき言葉は伝えておきましょう」

 ガウナの当たり障りのない言葉に対してフランチェスカは勿体ぶるようにそう言ってみせた後、顔だけを見せていた状態から真っ直ぐにガウナの前に体ごと向き直す。

「この度はお父上様の逝去への哀悼の意、そしてラインハルト家と聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)のどちらも継がれた上で立派にどちらもこなしているガウナ様に心からの祝福を述べさせていただきます」
「ありがとうございます。新当主として父上の築き上げた物の名にに恥じぬよう、尽力させていただくつもりです」
「ハインリッヒ様には良くしてもらった御恩があります故、返すことのできなかった恩は是非ガウナ様にお返しさせていただきたいのです」

 フランチェスカがそう口にした瞬間、ガウナの表情はそれまでの軟らかな笑顔からぱあと晴れるような無垢な笑顔に変わる。

「父上のお知り合いだったのですね! 父上の急逝は私も未だに胸が苦しくなることもあります。ですが、こうして父上の知り合いと話させていただけるほどに偉大さを思い知らされてしまいます」
「もしよろしければ、私の知る限りでお話致しましょうか?」

 フランチェスカの申し出を聞くとガウナはとても嬉しそうに快諾し、あっという間に後から割り込んだフランチェスカがガウナと二人きりになることを果たしてしまった。
 ホール内からテラスへと移動し、心地よい夜風に吹かれながらガウナとフランチェスカは少しばかり談笑しだした。
 意外にもフランチェスカが言い出したハインリッヒへの恩というのは嘘ではなく、過去にこの地に訪れた際に色々と良くしてもらった思い出をガウナへと語り聞かせてゆく。
 ……のだが、これも別にフランチェスカ自身の思い出ではなく、初日から会場内の様々な会話に耳を傾けていたが為に仕入れた、自分に当てはめても何ら不自然さのない他人の経験談である。
 げに恐ろしきは経験すらしたことのない他人の思い出話をまるで自らが本当にその場にいたかのように語れるフランチェスカの胆力と相手の反応を読む機転だろう。
 その甲斐もあってガウナは完全にフランチェスカのことを気に入っていた。
 気が付けば今までの誰よりも巧く取り入り、程よく酒を進ませたこともあっていい感じに気分を作り上げていた。

「ありがとうございます、ガウナ様」
「どうしたんだい? 急に改まって」
「ガウナ様がこのような場を設けてくれなければ、私はきっと挨拶には来てもこんな風に楽しくお話しすることはできなかったと思います」

 そう言ってフランチェスカは何処か悲しげな表情を見せて切なく微笑む。
 当然意味など無い。
 だがその表情はこれまでの楽しげな雰囲気の彼女を見ていれば、かなり意味深に見えたことだろう。

「何かあったのですか?」
「もう……三年前になりますが、夫が戦禍で先立ちまして。それ以来、誰かとこうして楽しく話すことはあまりなかったので……」
「そんな経験が……」
「だからこそ、今日はとても楽しかったです。私も何時までも立ち止まったままではいけません。もうそろそろ前を向いて生きるべきでしょう」

 フランチェスカはそう言ってからガウナに礼を言い、他の女性達とは違い自らその場を去ろうとした。
 当然彼女は未亡人などではない。
 しかし彼女の醸し出す雰囲気はある意味で素晴らしく、時が時なら女優の道もあっただろうと思えるほどの熱演だった。

「待ってください。それでしたら、これをお渡しいたします」

 そう言ってフランチェスカの読み通り、ガウナは招待状を手渡してきた。
 既にリオーニ達の会話と行動をつぶさに見ていたフランチェスカはそれがどういった物かも知っていながら、まるで今初めて見たかのように不思議そうな表情を浮かべる。

「そちらは……お手紙でしょうか?」
「いえ、私が妻にしたいと思えた女性にだけお渡ししている、謂わば招待状です。これを持って今夜、晩餐会の終わった後に裏口から訪れてください」
「それは……告白、と受け取って宜しいのでしょうか?」
「いえ、あくまで候補です。私が数多いる女性の中から選ぶように、フランチェスカさんにも選ぶ権利はあります。差し出がましいかもしれませんが、もし貴方が私を選んでいただけるのならいらしてください。そうでなければ、そちらは破り捨てていただいて構いません」

 ガウナはそう言って本気の眼差しでフランチェスカを見つめる。
 あくまでガウナはその膨大な資産と地位をもってしても女性を選ぶ立場ではなく、対等な立場であると言いたかったのだろう。
 だからこそその意図を感じ取ったフランチェスカは少しの間手紙とガウナを見つめ、そして受け取った。

「少し……考えてみます」

 そう言って招待状を受け取り、小さく頭を下げてからその場を後にした。
 突如舞い降りた婚姻の話にフランチェスカはまだ迷い、その場を後にする後ろ姿は何処か憂いを秘めている……ように見えるのだからある意味、他の三人と比べると最も恐ろしいとも言える。
 自然体にそれだけの嘘を気取られることなくやってのけ、自分から持ちかけるのではなく唯一ガウナの方から妻にしたいと思えるように差し向けた。
 そうして見事にフランチェスカはガウナと接触する機会を手に入れた。
 リオーニ達にも悟られぬままフランチェスカは晩餐会の料理を最後まで楽しみ、さも当然のように閉会と共に会場を後にし、一度町へと戻ってから改めてガウナの屋敷を訪れる。

「止まれ。こんな時間に裏口から何の用だ」

 裏門へと訪れたフランチェスカを迎えたのはヴィルヘルムだった。
 フランチェスカとしてはてっきりガウナが既にここで迎えるものだとばかりに思っていたため少々驚きはしたが、特に動じることはなくそのまま普通に会話をした。

「あら? ガウナ様にこちらへいらすように伝えられたのですが……」
「ガウナ様に? そんな話は……なるほどそういうことか。招待状は持っているのか?」
「はい、こちらに」

 ヴィルヘルムの方も昼にクシェル達から先に話を聞いていたお陰でスムーズに事を進めることができた。
 後は単にフランチェスカには本来、ガウナに会う別の目的が無いため胡散臭さを感じなかったことも大きかっただろう。
 事前にこういう状況に出くわすと分かっていても、アドルフの時のようにあからさまに怪しい女性が訪れればこうすんなりとは話が進まないものだ。
 そのお陰もあってヴィルヘルムも招待状を彼女から受け取り、その筆跡がガウナのものであると分かると手紙を返し、少しばかりその場に彼女を待たせてガウナを呼びに行った。
 前二人よりも更にスムーズに事が運んだのはフランチェスカとしても好都合だった。
 あまり面倒事が絡むことは彼女としては避けたい。
 自由人である彼女は全ての面倒事を避けて、ただ楽しく生きることに注力していたからだ。
 ならばわざわざ他人の手柄を横取りするような真似などしなければいいのだが、彼女としてはそれが人生の刺激として楽しいのだという。

「お待たせしました。私についてきてください」

 ガウナも慣れてきていたのか、数分と待たずにヴィルヘルムとガウナが裏口へと戻り、そして今度はフランチェスカを連れて屋敷の中へと入ってゆく。
 暗い廊下をガウナの持つカンテラの明かりを頼りに進んで行き、ガウナの私室へ招かれると同じようにガウナとの婚姻相手としての様々な話をした。
 大まかな内容としては前二人と同じような説明だが、妻として選ぶ女性はただ一人であり、側室や後妻のような形でそれ以外の女性を招き入れるつもりは今のところ無いと付け加えた。

「どうしてですか? ガウナ様程の地位の御方ならば、後妻の一人や二人居たところで何の問題でも無いでしょう」
「確かにその通りです。経済的にも地位的にも私には多くの女性を養えるだけの能力はあります。ですが愛情までもがそう上手くいくとはどうしても私には思えないのです」

 フランチェスカはガウナのその提案が純粋に気になり、そう質問したところ、以外にも純粋な思いによる答えが返ってきた。
 ハーレムを形成する。
 それは生物として至極全うな在り方だろう。
 だがそれはあくまで生殖としての在り方であり、ガウナとしてはそういった本能と離れた所、もっと理性的な部分にこそ愛があるのではないかと力弁した。
 既得権益者であり、まだ短いながらも高潔な理想を掲げ、それを体現せんとするガウナならばそれを行使することを許さぬような者はいないだろう。
 だがその権利を使わないこともまた一つの権利。
 故にこのような場を設けたのかもしれないが、些か女性を見る目が無い。

「それにしては……こんな夜遅くに殿方の寝室へ女性を招き入れるのはあまり感心できませんね」
「そ、それに関しては申し訳ないと思っています。ですが! 勘違いしないでください。決してそのような下心があるわけでは……!」
「そのようですね。ただその……なんと申し上げるべきか……ガウナ様の本心の方は期待されているようでしたので……」

 フランチェスカの言葉に慌てふためき弁明するガウナだったが、彼女が下の方へ視線を落としてゆくと既にそこには膨らみを持つ股間がある。
 男女二人、密室、夜の密会。何も起きないはずもなく……と有り体に言ってしまえばそれまでだが、先程まで論理だなんだを力説していた者がそうなっているのでは格好がつかない。
 それはガウナ自信もよく分かっているのか、顔を真っ赤にして視線を斜め下に落としている。

「い、いやその……それはその……」

 それを見てフランチェスカは少しだけ口に出して微笑み、そっと掛けていた椅子から腰を下ろしてガウナの方へと歩み寄る。

「確かにガウナ様は知的で理性的な御方だと思います。ですが、本能を押さえ込みすぎるのも問題ですよ? こんな風に説得力を失ってしまいますから」
「め、面目ないです」
「いいじゃないですか。時には本能的になっても……。例えるなら、一夜の過ちも……」

 そう言いながら顔を赤らめるガウナへと少しずつ距離を詰めて行き、彼の座る椅子に前足を乗せて顔を伸ばしてゆき、そのまま彼の唇に自らの唇を重ね合わせた。
 官能的な台詞と共に重ね合わされた彼女の唇はとても柔らかく、思わずガウナの鼓動は高まってゆく。
 嫌でも本能を刺激されるような言葉と口付けだったが、そのまま彼女の柔らかな唇は勿体振ることなくガウナの唇から離れてゆく。

「如何です? 今日一日だけは、私を一人の女として扱って頂けないでしょうか?」
「そ、それは!」
「私もただの女、あなたもただの男、対等な関係に違いはありませんよ」

 彼女は間近の距離でガウナにそう告げるとするりと彼の元を離れ、尾を揺らし、腰を揺らし、艶かしい足取りで彼のベッドへ上半身を預け、月光を受けて妖しく輝く瞳で彼の方へ視線を流す。
 それはまさに夢魔(サキュバス)が聖職者を誘惑するかの如く、彼女がその権利を握るのではなくあくまでガウナ自身に選ばせるかのような悪魔の誘惑。
 この誘惑に抗える者はそれこそ天国へと行けるような聖人君主だけだろう。
 ガウナは優れた治世者ではあるかもしれないが、得てして治世者は聖人ではない。
 清濁併せ呑む器量がなければ様々な人種を統治することなど到底敵わないからだ。
 それとこれとは違うかもしれないが、ガウナもこの誘惑に負けて蠱惑の坩堝へ誘い込まれていった。
 蛇のように高く鎌首をもたげる彼女の尻尾は誘惑に負けたガウナを誘うようにゆらりゆらりと揺れる。
 胸の高鳴りを抑えながらガウナは彼女の靭やかながらも魅惑の柔らかさを持つ彼女の尻に両手が吸い寄せられ、がしりと掴む。
 僅かに嬌声が聞こえ、軟らかな肌が揺れる。
 豊満な胸の柔らかさとはまた違う、尻特有の独特な感触と張りにガウナは暫しの間虜になり、揉みしだいていた。

「そんなにお尻がお好きなのですか?」
「い、いえ……。その、あまりにも素敵だったので……」
「フフ……二足のポケモンに胸は負けてしまいますが、こちらならいい勝負でしょう?」

 嫌がるわけでもなくフランチェスカは自慢するように腰を浮かせてガウナの手へ押し付けてみせる。
 そのままガウナの腕に尻尾を巻き付け、尻尾の先で腕をさすってみせた。
 彼女の尾はまるで知恵の実へと誘った蛇の如くうねり、ガウナもその誘いを断らずに柔らかく撫で回す。
 撫でるだけでは飽き足らず、ふと気が付けばガウナは自然と自らの顔を彼女の尻へと近付けており、そっと頬ずりをしてみせた。
 同じ肌であるはずなのにも関わらず、そこの絨毛だけはまるで別の物体であるかのように柔らかい。
 両手で持ち上げるように彼女の尻を引き寄せ、できた谷間へガウナは自らのマズルを挟み込む。
 僅かな臭気すらも芳しく、同時に胸の谷間では表現できないような短くも清潔で整った体毛と柔肉の感触をひたすらに味わう。

「流石に殿方にこれほど執拗に尻を愛でられたことはないですね。そんなに気に入ってくれました?」
「す、すまない。あまりにも魅力的で……。思わず顔を埋めたくなってしまった」
「褒め言葉として受け取っておきましょう。ただ、これ以上は焦らされたくないですね。できることなら早くガウナ様の立派なモノをください」

 誘うような視線を向けてフランチェスカはそう言い、挑発するように腕から離した尻尾をガウナの顎に触れさせる。
 その動きに誘われるようにガウナは彼女の軟らかな股ぐらの谷間へ顔を近付け、美しい割れ目へ舌を寄せてゆく。
 桃色の美しいヴァギナに舌が触れると、そこには既に彼女が我慢できないと告げるように仄かな塩味を帯びた透明の液が溢れていた。
 これ以上待たせるのは誘惑に乗った身としては許されない行為だろう。
 誘われるままにガウナはもう一度優しく尻を一度ぐるりと回し、優しく押し拡げながら自らの怒張したモノを押し付ける。
 ぬるりとした感触と共にペニスに快感が伝わり、その快感が全体を包むように広がってゆく。
 漏れ出すようなガウナの嬌声と共にフランチェスカも女としての悦びを享受するような湿った息を吐き出す。
 尻へと当てられたガウナの手が滑るようにフランチェスカの腰骨へと回され、彼女の中へとペニスが沈んでゆく。

「どうです? 一級品なのはお尻だけじゃありませんよ?」
「す、凄い……です。とてもではないですが、そう長くは持ちそうにありません」

 フランチェスカの膣内はまるで絡みつくようにガウナの竿を圧迫しており、しかし満ちた愛液がそのキツさを感じさせないほどに滑らかで心地良い刺激を与えてくれる。
 ただ挿れているだけでも彼女の熱く感じるほどだったためか、じわじわと射精感が増していたこともあり、そのまま果ててしまうものかとガウナは腰を振り始めた。
 根元まで押し込むたびにフランチェスカの豊満な尻が波打ち、乾いた打撃音は次第に水泡の弾ける音の方が大きくなってゆき、かき消してゆく。
 グチュグチュと卑猥な音が響くたびにガウナは吐き出す息を荒くしながら全力で彼女の腰を抱き寄せ、グリグリと自らのモノを最奥まで押し付けながらペニスの全体を使って彼女のヴァギナを愉しみ、触れ合う腰から彼女の尻の柔らかさを堪能する。
 そうしてペニスを押し当て続けられたからか、次第に夢魔のように妖艶な笑顔を浮かべ余裕を見せていたフランチェスカの表情から余裕が消え失せており、必死にシーツに爪を立て、歯を食いしばって声を押し殺す程に快感を感じていた。
 完全に密着した状態でも水音は激しく響き渡り、熱い肉棒は彼女の坩堝を溶かすようにかき混ぜてゆく。
 叫びのような激しい息が吐き出され、彼女は必死に自分の方が感じていることを隠していたが身体はいつまでも耐えることは許さない。
 激しい責めに遂にフランチェスカはガウナが絶頂を迎えるよりも先に体を大きく震わせながら絶頂を迎えた。
 必死に歯を噛み締め声を押し殺したが、彼女のヴァギナは堪えることなくガウナの子種を欲するように絞り上げる。

「あぁっ!! そ、そんな……の!?」

 彼女の絶頂により収縮した膣内がもたらす快楽に耐え切れなくなり、ガウナもその言葉を言い切ることなく全身を反らせながら彼女の中へと望まれるままに子種を放出してゆく。
 たった一度の射精だったがその快楽は凄まじく、何も考えることのできないままガウナのペニスは脈動を止めずに次々と精を放っていった。
 やっと射精が収まった頃には彼女も遂に快楽に耐え切れなくなったのか、涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔で恍惚とした表情を浮かべ、息を荒げていた。
 射精後の虚脱感から暫くガウナはそのまま動けずにいたが、ようやくゆっくりとフランチェスカの膣から自らの萎んだペニスを引き抜くと、ドロリと彼の白濁した液体と彼女の愛液が混ざりあった半透明の白い液体が溢れ出し、蜘蛛の糸のようにつうと伸びてゆく。

「意外と……容赦が無いんですね……」
「す、すみません。あまりにも気持ちよすぎて……」
「構いませんよ。レパルダス(わたしたち)はちょっと苦しいぐらいが丁度いいんです」

 荒い息を整えながらフランチェスカは今一度瞳を妖しく輝かせながら首だけで振り返ってガウナに視線を送りながらそう言うと、ガウナも息を整えながら素直に謝罪した。
 その後はガウナもフランチェスカも一度の射精で満足しきったからか特に二回戦はなく、そのまま飲み物と拭く物を渡してピロートークがてらの会話となる。
 残り二日間も変わらず嫁候補は探し続けることと、既に目星を付けた者がフランチェスカを除いて二名居る事を包み隠さず話し、そんな立場でありながら安易に行為に及んだことも改めて謝ったが、彼女としてはこれで何の問題もないため特に言葉を返すような真似はしなかった。
 終始ガウナの掲げる理想も、この密会が原因で説得力のないものとなってしまっているが、それはフランチェスカ達にとっては好都合だ。
 ピロートークも終わり、そのままガウナに見送られてフランチェスカは裏門へと送り出された。

「ではまた。その招待状は大切に持っておいてください。八日目に改めてその招待状を持っていらしてください」
「分かりました。三日後を楽しみに待っていますね」

 ガウナとフランチェスカはそう言って別れたが、その様子を見ていたヴィルヘルムは彼女を出迎えた時よりも随分と険しい表情でその二人を見ていた。
 しかし特に声を掛けるわけでもなく、フランチェスカの姿が見えなくなると屋敷へと戻ろうとしているガウナを呼び止め、その表情のまま話し始めた。

「ガウナ様。あの女性、間違いなく怪しいです。屋敷に入る前と入った後で全く雰囲気が違います」
「そ、そうなのか? ま、まあほら色々と説明したからそれで考えが変わったのだろう」

 ヴィルヘルムの忠告を聞いた途端、思い当たる節のあるガウナは明らかに狼狽していたが、その様子自体には特に疑問は持たなかったのか、ヴィルヘルムはそのまま言葉を続けた。

「いえ……多分そういった類の変化ではありません。何かの確証を得たような、盗賊やらの下調べに来た奴等と似た雰囲気の変わり方です。恐らくあいつは盗賊の偵察隊の可能性があります」
「いや、多分そういうのじゃないと思う。うん、違うはず。大丈夫!」
「? よく分かりませんが、ガウナ様がそういうのであれば自分の思い過ごしでしょう。余計なお言葉でした。申し訳ありません」

 ヴィルヘルムの感は微妙にズレてはいるものの、その直感そのものは当たっている。
 しかしガウナの言葉で否定されるとヴィルヘルムはその直感を簡単に捨て去ってしまう。
 良くも悪くもヴィルヘルムはガウナに対する高い忠誠心がある。
 それが今回は裏目に出てしまうのだが、そうとは知らないまま五日目の夜も終わりを迎えた。

四話 [#5ee41IO] 


 長い夏休みが終わるように、どれほど楽しい時間も終わる時は静かに訪れる。
 六日目になる頃には大半の町娘達は叶わぬ夢と現実を見るようになり、近々の町や村はいつもの情景へと戻りつつあった。
 聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)の面々もようやく面倒な仕事から解放されると愚痴を漏らしつつも仕事には従事していた。
 遠方から訪れていた各地方の領主や将軍なども日に日に足が遠のき、会場の整理は未だチャンスを狙っている女性達か、繋がりを作りたいあまり力のない地方領主、それかタダ飯を喰らいに来た者ばかりになり随分と仕事も楽になったことだろう。
 そして迎えた七日目の朝。
 誰の表情にも余裕や諦めの表情が戻りつつあった中でただ一人、凄まじい焦燥を顔に貼り付けて飲み物を口へと流し込む者が、楽しそうにする円卓に座っている。
 場違い感も凄まじいものだがその表情には鬼気迫るものがある。
 無にも近い表情で自分の持っているコップに視線を落としているが、無理もないだろう。

「で、これまでのいざこざを全部まとめると……。最初に私が仕掛けて、次に私への当て付けでミアが婚姻争奪戦に参戦して、貴女は面白そうだからという理由だけで私に喧嘩を売ってきたわけね」
「興味があるのは勿論タダで食べられる美味しい物よ。でもそうねぇ……。すっっっっっごく遠い目線で見ればお嫁さんになっちゃえばそれはそれでタダ飯よね。違うかしら?」
「もう今更理由のこじつけとかいいわよ。貴女の性格上、仕掛けてくるなら最終日だと思って油断したのが間違いだったわ……」

 そう言ってリオーニとフランチェスカは溜め息を交えながら状況を話していくのだが、それを聞いていたイゾルダがテーブルを叩き付けて怒りを顕にする。

「どいつもこいつもフザけた真似をしやがってぇ……! そもそもあたしの獲物だって言っただろうがぁ……!」
「ちょ、ちょっとイゾルダ! 抑えて! 仮にもここはお店の中だから!」

 そう言ってミアが今にも怒りに任せて暴れだしそうな表情のイゾルダを宥めるが、こうなると後が怖いことを知っているリオーニとフランチェスカも全力でイゾルダに謝っていた。
 とはいっても既に後の祭り。
 ヤることはヤっている以上、もう後戻りも取り返しもつかない。
 リオーニのやり口を知っている知っていないに拘わらず、既成事実での強請(ゆすり)方などちょっと悪知恵の働く女性ならば誰でも思い付く。
 故に問題があるのは、既にイゾルダただ一人が立っている壇上が変わってしまっていること。
 彼女本来の目的である『この地方の特産品を安く売らせる商談』が成立しても残り三人の強請があれば、最悪商談そのものが無かったことにされかねない。
 このまま本来の目的を達成したとしても一人だけ完遂することが叶わない。
 形は変わったとしても安くこの地の商材を手に入れるには領主の一族に取り入ることだろう。
 そうなれば本来の目的が違う形で達成はできるが、そうして手に入れたところで今度はその手に入れた全てを大切に扱わなければ利益を上げられなくなるため、このままではどう足掻いても考古学者がデスカーンに成り果ててしまう。

「と、とりあえずね。私達三人全員手を出しちゃったわけじゃない? だから、ここはフェアにね? イゾルダの色仕掛け(ハニートラップ)には私達は口出ししないから!」
「そういう問題じゃねぇだろうが!! 全員ボロ雑巾にしてやろうかぁ!? あぁ!?」

 日に何度も卓を叩き付けては大声を上げていれば流石に嫌でも目立つわけで、リオーニ達が懸念していた通り四人は周囲の奇異の視線を引き付けてしまい、なんとかイゾルダを納得させて店を出ることとなった。
 四人の中で人一倍慎重の低いイゾルダだったが、怒らせたならば誰よりも恐ろしいのは彼女であると知っている面々はなんとか彼女の溜飲を下げつつ、今一度今夜の晩餐会では決して邪魔をしないことをきちんと約束した。
 しかしイゾルダの顔から苛立ちは消えておらず、少々軽蔑したような表情を覗かせている。

「お前らとつるんでた理由の半分は嘘だけは吐かないことだったんだがな!」
「嘘じゃないわよ。状況が変わって私も頑張らないといけなくなっちゃっただけ」
「だからそういう屁理屈を聞きたい訳じゃ……もういい。というかあたしはそもそもあんた達みたいに股は緩くない。色仕掛けなんか専門外もいいところだ」

 そう言って遂にイゾルダは言い返す気力も失ったが、彼女の皮肉は聞き捨てならなかったのかムッとした表情でリオーニが言い返す。

「女を武器にすることの何が悪いの? 誰もが貴女みたいに男相手に立ち向かえるような力は持ってないのよ」
「……悪かった。というかこれでおあいこだろ? 本気で悪いと思っているならもうちょっと心の籠った謝罪の一つでも欲しいもんだよ」

 リオーニの言葉に対してイゾルダは少し間を置き、一つ鼻から息を吐いて言葉を返した。
 この言葉に対してリオーニはまた屁理屈を返すのかと思われたが、以外とそこは素直に受け取り、ミアとフランチェスカを含めて全員で深く頭を下げてきちんと心の籠った謝罪をした。
 それで多少は納得したのかイゾルダは鼻で笑うように口角を少しだけ上げて息を吐き、言葉を続けた。

「んでさ、言った通り、私はあんた達と違って色仕掛けなんざ生まれてこの方やったことがない。あたしも切羽詰まってるんだ。少しはそっちの手の内を教えてくれ」
「あら意外。特に難しくもないわよ。意中でもない相手を単に好きになってもらえるように女性らしさをアピールすればいいだけよ? それ位なら経験あるでしょ?」
「……残念ながら恋愛もしたことがない」
「ちょっとちょっと! 色恋沙汰に疎いとは思ってはいたけれど、貴女喪女なの!?」

 イゾルダの言葉を聞いてリオーニ達はこの世ならざるものを見るかのような表情で驚いて見せたが、その反応が正しいだろう。
 裏の世界に身を置く女性は少なからず何者かに取り入る際に女性を武器にするものだ。
 そうでもしなければ最強の切り札を持ちながら出しあぐねているようなものだと分かっているからこそ、そんな勿体無いことをするような者はいない。
 だからこそ驚いて見せたが、それは単純に婚期を逃すまいと急いでいたリオーニの老婆心かはたまたただのお節介か、リオーニが親身になって彼女に意中の男性を落とす方法を伝授しだし、その日の昼は緩やかに流れていった。
 一方の聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)の面々だったが、こちらもヴィルヘルムすらフランチェスカに出会ったことでより一層主の身を案じていたのだが、同時にもう一人警戒しているものがいたため、食堂にて早々と話し合っていた。
 彼等が案じていたのは言うまでもなくベルンハルトのことだ。
 元々酒癖と女癖が悪く、簡単な色仕掛けにすら引っ掛かる危なっかしい一面がある。
 最悪ガウナの婚姻話は兵士達が全員で引き留めれば思い止まってくれる可能性はあるものの、ベルンハルトがこの女に引っ掛かってしまった場合、止めようがない。

「どうする? お前らが会ったガウナ様の婚約者候補、どんな感じだったよ?」
「見るからに胡散臭い。流石にその方向性までは分からんが、まず間違いなく他人の良心につけ入るタイプの者で間違いない」
「やはり二人ともそう思うか。最悪ガウナ様はああ言っている以上大丈夫だとして、もしも聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)に取り入る事が目的だとすればベルンハルトは……怪しいと思う」

 ベルンハルトを除いた三人は各々自分の感じている事を口にしていたが、最も懸念しているのはベルンハルトであるという一点は変わらない。
 もしも何処かの盗賊やらが聖十字騎士団(ロイヤルナイツ)の内部腐敗を目論んでいるのならば間違いなく一大事だ。
 何だかんだ抜け目無いガウナの事は彼等は気にしていなかったが、かなりヤバめの女性であってもホイホイと釣られる危険性のあるベルンハルトならば容易に内部の情報を引き抜くことだろう。

「おっ! 珍しいな。お前らがそんな真剣な表情で何か話してるなんて。何の話だ?」

 そこへ何も知らないベルンハルトが楽しそうにやって来たが、彼の顔を見るなり三人は少し考えた後、全員が深く溜め息を吐いた。

「ベルンハルト。悪いことは言わん。今日の警備俺に変われ。その代わり後で奢れ」
「おっ? アドルフがそんなこと言い出すなんて珍しいな。まあいいや。かったるい警備変わってくれるんなら好きなだけ奢ってやるよ」

 事情を知らないベルンハルトは元々乗り気ではなかった仕事をアドルフが変わってくれるという申し出を快諾したが、その裏で全員が『こいつにだけは任せられん』と思われていたとは微塵も考えていなかっただろう。
 こうして最終日の夜は双方共に様々な動きと思惑があり、イゾルダは色仕掛けを何とかして覚え、逆にベルンハルトは彼女と鉢合わせ無いように根回しされた。

「思えばこの一週間もあっという間の出来事でした。父上を想う方々が様々な言葉を投げ掛けてくれたこと、そして私の新党首就任の賛辞を送って頂いた皆様、最後に私との出会いを真剣に考えてくださった皆様、最後のこの場を借りて私から感謝の言葉を送らせていただきます。それでは皆様グラスを」

 最終日の晩餐会。
 そこには町娘の姿は殆どなく、身だしなみの整った上流階級のみが集うあるべき社交界の場となっていた。
 今までならば服を着ていなくても目立たなかったかもしれないが、こうなればフォーマルな服装でなければ目立ってしまう。
 それを見越していたリオーニは自分以外の全員にも服を用意し、この場に溶け込めるようにしていた。
 といってもその中で行動するのはイゾルダただ一人のみ。
 他のリオーニ、ミア、フランチェスカは約束通りただ見守るのみだ。

「リオーニ……本当にこれで大丈夫なのか? 絶対に似合ってないと思うんだが……」
「大丈夫よ。貴女は自分が思っているよりも女性的な魅力も持ってるの。ドレスぐらい着こなしてみせなさい」

 普段ならばこういった場にも慣れているはずのイゾルダはリオーニ達の影に隠れて少々恥ずかしそうにしている。
 というのも普段の彼女ならばもっとボディラインを強調しない、ビジネスの場で着ることのできる正装を好んでいるため、リオーニから渡された服は似合う似合わない以前に苦手なのだ。
 その服とは紺の体色と紅の頭飾りが映えるように選ばれた対照的な白のドレス。
 しかも飾り気も少なく、金の刺繍が多少施されている程度で、腕や胸元は大きく開けているため自らの首元の飾り毛が映えており、足元はしっかりと隠れるほどの丈だ。
 慣れない衣装にずっともじもじとしていたが、このままでは埒が明かないと踏まれ、イゾルダを残してリオーニ達は早々に会場を後にした。

「できる限りの譲歩はしたわ。あとは貴女がどうにかしなさい」

 その言葉を受けてイゾルダもガウナの元へと向かうが、心の中は不安で一杯だった。
 慣れない格好に慣れない仕事、全てがよく見慣れた風景のはずなのに全く違う世界に見える。

「ガウナ様、お初にお目に掛かります。私、エレイントの方から訪れたスカーレットという者です」
「初めましてスカーレットさん。今夜が最後となりますが、是非楽しんでいかれてください」

 ここでイゾルダは内心しまったと思った。
 普段通りいこうと考えすぎ、思わず偽名を使ってしまったのだ。
 リオーニもそうだが基本的に他人に名乗らなければならない場合、後々の煩わしさを無くすために偽名を名乗る。
 そうすれば最悪、自分の悪行がばれたとしても追っ手を逃れやすくなるからだ。
 しかし今回ばかりはそうもいかない。
 もしもこの婚姻競争に勝った場合、彼女は常に偽名で通さなければならなくなる。
 これはまず間違いなく何処かでボロが出るだろう。
 しかし名乗ってしまったものはもう取り返せない。
 幸いガウナの回りには特に人だかりもできていなかったため、そのまま彼女はスカーレットとしてガウナと会話を続けた。

「風の噂でハインリッヒ伯が逝去されたと聞きました。嘆かわしいことですが、一つ恵まれている事があったとすればガウナ様のような聡明な跡継ぎが既にいたということでしょうね」
「そのように誉められるのにはあまり慣れていません。父上からはまだ未熟だとよく諭されていましたので」

 会話さえ始まってしまえばイゾルダの調子は戻り、本来想定していたガウナとの会話と、彼を立てつつかといって悪い気分にさせない言葉をうまく選んでゆく。
 本来は商人を相手取った詐欺師であるためその言葉選びはまさに職人技であり、うまくガウナに気に入られつつあったが、そこから先がうまく話が進まない。

「えっと……なんだったっけ? もし、ガウナ様がよろしければ、今晩……そのしていただきたい、なんてね~……」
「? 一曲お手合わせですか?」
「いえ、ダンスは嗜んでいないので……」

 話が進まないというよりは、慣れていないがためにリオーニから教えてもらった流れがうまく作り出せずにいた。
 当然と言えば当然だが、たった一日の付け焼き刃が練習ならまだしも本番で役に立つはずもなく、うまく最後の一言が引っ張り出せない。
 そのためイゾルダはリオーニから聞いていた最後の切り札を使った。

「出来ることなら私、ガウナ様のような逞しい殿方に抱いていただきたいのです」

 イゾルダはおもわず吐き出しそうになりながらそんな言葉をガウナに投げ掛け、そっと自分の身体をガウナ触れられるように腕を引き寄せた。
 色仕掛けにおいてボディータッチは最早使い古された常套手段だが、女性慣れしていないガウナには効果覿面だったらしく一瞬で顔を赤らめた。
 だが顔を赤らめても彼女のイゾルダの積極的すぎるアピールも決して拒否しないところを見る限り、ガウナは始めからその気ではあるようだ。

「そ、そういうことでしたら……。もしも貴女が本気で私の事を好いてくれるというのであれば、こちらをお渡しします」

 たった一度のにわか仕込みの色仕掛けが面白いぐらい見事に決まり、イゾルダもガウナとの婚姻の権利を得てしまった。
 その後は目的が達成できたということもあり、軽く会話を続けてからすぐにその場を去ったが、あまりにもあっさりと目的を達成できたことに驚いていた。

「どうだったの?」
「バッチリさ。この通りあたしも手に入れた」

 場外で落ち合ったイゾルダ達は正真正銘ガウナから送られた招待状であることを確認すると、おーと声を上げながら盛大に拍手を送る。
 これで一先ず全員の立場は対等になったわけだが、ここで今一度イゾルダは不安に表情を曇らせていた。

「……適当に会話してさ、それで終わりって訳にはいかないのかい?」
「貴女がそれでいいならいいでしょうけど、既成事実を作っている私達と貴女とでは保険の掛け方が段違いになるわよ?」

 不安を抱いていたのは何もリオーニ達に対してではなく、これから臨むであろう逢瀬に繋がるであろう密会のことだ。
 彼女が騙し騙されの汚い世界でそれでも処女を守り続けていたのは、なにもプライドだけではない。

「いい? 相手が処女で喜ぶような男性はまだ青春を謳歌している子達だけよ。そうでなければ女遊びに慣れてる男ほど処女は面倒が多いから嫌うものなの」

 先日、リオーニにそう諭されていたイゾルダは言葉に従い既に破瓜だけは済ませていた。
 痛みと出血がある以上、大抵のただ遊びたいだけの男性にとってはそれは重いものでしかない以上、相手にこれから色仕掛けを仕掛けようという者が処女なのはただ重いだけだ。
 そう言われてわざわざ守り続けてきた処女をこんなことで喪失するのか、とイゾルダも自分がガウナに固執しすぎていただけだということを思い知ったが、決して口には出さなかった。
 ただの協力してくれていることに対する思いやりなのか、はたまた別の想いなのかは彼女にしか分からないが、それでも彼女は自分を曲げることを選び、そして屋敷の灯りが殆ど無くなるとイゾルダは今一度屋敷へと訪れる。

「止まれ。何者だ」

 裏口で彼女を出迎えたのはアドルフだった。
 以前同様特に警戒は緩めずにイゾルダを睨み付け、そう問うた。

「ガウナ様からこちらへ来るように言われていたのですが……」
「……またか。なら招待状を持っているだろう? 見せてくれ」

 アドルフの言葉に従い、イゾルダはすぐに招待状を見せると、すぐさまガウナを呼びに行くと言って屋敷へと入ろうとする。

「あの、もしかして他にもいらした方がいらっしゃるのでしょうか?」
「ん? ああ、さっきのことか。独り言だから気にするな。そのまま大人しく待っていろ」

 アドルフのまたかという言葉を聞いて、イゾルダは他にもここへ訪れた者がいるのかと内心焦ったが、当然誰も訪れてはいない。
 彼の漏らした言葉は、二人目の来訪者に対する言葉ではなく、またあからさまに怪しい人物がやって来たことに対する口だった。
 そうとは知らぬイゾルダは待っている間中、アドルフの言葉の意味を考えていたが、とうとう答えが出る前にガウナが現れた。

「お待たせしましたスカーレットさん。どうぞこちらへ」

 ガウナに導かれるままに屋敷の中へと進み、そして私室へと移動しテーブルを挟んで向かい合わせに座る。
 卓上に置かれたランプの灯りだけが周囲を照らすなか、ガウナは他の三人へもしたようにイゾルダにもこの婚姻話の条件等を説明してゆく。

「……です。本日が晩餐会の最終日なのでこれ以上候補が増えることはありませんが、それでも公平性のために明日の昼に今一度裏口から私を訪ねてきてください。その時に正式にお答えさせていただきます。なにか質問や分からなかったことはありますか?」

 ガウナは一通り説明を終えるとイゾルダに質問をする時間を与えたが、等のイゾルダは随分と浮かない顔をしていた。

「つまり、七日間も開いておいて選ぶ女性はたったの一人……ということなんですね」
「申し訳ありません。愛を等分することはできても、全員に一人を愛する気持ちと同じ熱量を与えられることはできない。それが私の持論ですので」
「愛……とはそういうものなのでしょうか?」

 ガウナの持論に対してイゾルダはそう質問を投げ返した。
 その言葉はガウナにとっては意外だったのか、少々目を丸くして考えた後、ガウナはゆっくりと口を開いた。

「私にも分かりません。だからこその持論です。逆にスカーレットさんはどう思いますか?」
「私は……愛には熱量も何も無いと思います。愛しいという思いを伝えてくれた相手に、自分もただ愛しいと応える。例えるならば手紙のようなものだと私は思います」

 イゾルダの悩み抜いたような顔から出た言葉を聞き、ガウナは先程答えた自分の答えとは正反対の言葉に対してあまり表情を変えず、しかし随分と感心した様子で何度か頷く。

「スカーレットさんは、私よりもとてもロマンチックな人なのですね」
「そ、そうでしょうか?」

 ガウナは不意に優しい笑顔を投げかけながらそう口にしたが、まさかロマンチストなどと言われるとは思っていなかったから、イゾルダは少々気恥ずかしそうに顔をにやけさせた。

「ええ、とても優しい人なのだろうというのがよく分かります」

 そう言ってガウナが言葉を返すと二人はリオーニ達とは違い、長い間自分の思う恋愛観を語り合っていた。
 人を愛するという思いには大きく差はないが、それでもそこにある価値観の差というものは単純に語り合っていて楽しいものだ。
 そして長く語り合っているうちに、イゾルダの心境に一つ変化が現れる。

『この人となら、本当に結婚できるんじゃないのか』

 まだ決まった話ではない。
 だがそれでもイゾルダの中ではガウナと身体を重ねあうことの意味は、単なる色仕掛けからもっと特別な意味を持った行為に昇華していた。
 もっと単純な話、ガウナの事を心底好いたのだ。

「ガウナ様、もしよろしければ……その……私と」

 その言葉は先までの不純な動機から出た言葉ではなく、本心からガウナを求める女としての本当の言葉だった。
 ガウナと同じように顔を赤らめながら、机の上に乗せてあったガウナの手に自らの手を重ね合わせる。
 本当に純情な乙女心から出たその行動にはそういった言葉は一切無い。
 しかしその思いは伝わったのか、少しの間二人はお互いの瞳を見つめた後、どちらから求めるでもなくそっと顔を近づけてゆき、唇をそっと重ね合わせる。
 お互いの温度を交換するような淡く切ない、イゾルダにとってのファーストキス。
 それはとても穏やかに交わされ、静かに終わる。
 たったそれだけの行為だったのにも拘わらず、イゾルダの心臓はこれまで経験したこともないほどに鼓動を早めていた。
 初めて他人を騙した時の比ではないほど彼女は緊張していただろう。
 一通りの流れはリオーニから教えられていたが、それをゆっくりと思い出すように自らのドレスのホックに手を掛け、ゆっくりと服を脱いでゆく。
 これまでと違いガウナも自らの服をすぐに脱ぎ、お互いあるべき姿で向き合う。
 ガウナの肉体はそこらの同年代のルカリオと比べてもかなり引き締まった身体をしていたことだろう。
 雄々しく雌の本能として素晴らしい肉体を持つガウナの腹筋にイゾルダはそっと自らの手を添え、彫刻のように美しい輪郭を撫で上げ、その肉体を堪能するが、それは同時にガウナの雄を目覚めさせる。
 硬い胸板を堪能して今一度腕を撫で下ろすとそこには雄々しくそびえる雄の象徴が待ち構えていた。
 それを見てイゾルダが最初に感じたのは雌としての本能ではなく、危機感だった。

『でっか……! こんなものが私の中に入るのか?』

 演じてはいても所詮は処女。
 初めての経験には不安しかないのだが、ここまで遊び慣れた女性を演じていたがためにその衝撃を表情に出すことはできない。
 そうしているうちにガウナは当然ながらその気になっているため次の段階へ踏み出そうとしているが、おぼこの彼女は氷タイプだが完全に思考がフリーズしている。

「もしかして……嫌でしたか?」
「ち、違っ! その、ちょっと大きいなぁ……なんて」

 思考が止まった状態でガウナがそんな言葉を掛けてくるものだから、イゾルダは思わず演じていた言葉遣いが一瞬元に戻ってしまったが、今はスカーレットとして清楚でなければならないと我に帰り、今さら退けぬとガウナの手を引いて彼のベッドへと移動した。
 イゾルダの手に余るほどの大きさの逸物を前にして一度彼女は唾を飲み込み、そっと両手で傷付けぬように注意しながら包み込み、先端を自らの口へと運ぶ。
 ひんやりとした爪と手の内側の柔らかく整った毛並みの刺激という二重の贅沢を味わせつつ、それでいて痛みやあまりにもひんやりとした刺激で萎えさせぬようにゆっくりと八の字を描くように揉みしだく。
 根元から男根の中腹ぐらいまでを柔らかく持ち上げるように軽く絞り、その動きで少しずつ上がってくるガウナの先走りを舌先で味わう。
 雄独特の匂いと味は彼女としては然程嫌いではなく、寧ろ自らが初めて誰かと性行為に及んでいるのだと分かることで少しずつ鼓動が早まってゆく。
 牙が当たれば雄は萎えるとリオーニから教わっていたため、慣れぬ手つきでガウナのモノを口に咥えながら舌を滑らせて裏筋を沿わせるように舐め、そして先端を口の中で飴でも舐めるように舌先で転がす。
 初めてにしては上出来だが、リオーニのように慣れた女性を経験した後ではイゾルダの前戯はそれこそ拙いものだろう。
 しかしイゾルダは必死にそれを悟られまいと、ガウナのぺニスに一意専心し少しでも快感を与えようとゆっくり確実に舐めあげた。
 彼女にとって男根とは舐めていて心地のいいものではなかったが、そんなことは今はどうでもいい。
 気に入られたいという思いもあったが、単純に今だけは自分の小さな恋心を信じたかった。
 そうしているうちに彼女の想いが伝わったのか、ガウナは湿った吐息を声を押し殺しながら漏らしていた。
 これでもかというほど丁寧なフェラチオはもう充分とでもいわんばかりの快感をガウナに与えることができたようだ。

「ス、スカーレットさん……もう、出てしまいそうです」

 そう言うガウナは恍惚とした表情で少し息を荒くしているため、決して彼女を傷付けないための嘘ではないのだろう。
 彼の言葉を聞いてイゾルダは彼の逸物からそっと口を離し、身体をベッドへと預ける。

「でしたら、最後はこちらに……」

 そう言って自らの穢れを知らない美しい花弁をそっと拡げた。
 だがその花弁は本当にただの一度も交わっていないため、拡げてもとても狭い上にまだ愛液すら滲んでいない。
 まだ準備のできていないヴァギナへ無理に自らのぺニスを押し込めばどうなるか位の知識は持ち合わせていたガウナは、自らのぺニスを宛がうよりも先にそっと自らの顔を彼女の恥丘へ寄せ、舌を使ってそっと舐めてゆく。
 輪郭をなぞるようにゆっくりと舐め、クリトリスを刺激しすぎないようにそっと舐めると初めての刺激にイゾルダは身体を思わず縮こまらせていた。
 感じたことのない刺激はまだ彼女の体には刺激が強すぎたのか、快楽というよりは痛みのようにすら感じられる。
 なんの凹凸もなく、十分に唾液を含んだ舌先ですらおろし金を当てられたかのように鮮明に、そして強烈な刺激として彼女へ送られた。
 思わず突き放したくなるほどだったが、それだけはできぬと耐えるうちにようやく彼女からも甘い吐息が漏れ出すようになっていった。
 漸く快感としてその刺激を味わえるようになったことで、彼女の膣は漸く愛液を蓄えるようになり、雄を受け入れられるようになったのだとガウナにサインを送るようにピンク色を通り越して、殆ど白かった彼女の花弁は漸く美しい淡い赤色に熟してゆく。

「挿れますね」

 そう宣言してからガウナが自らのぺニスを彼女のヴァギナに宛がったのは、イゾルダが初めてだ。
 イゾルダはただ息を荒くしながら目元と口元を腕で隠しながら頷いていたが、それは同時にガウナにはイゾルダが遊び慣れていないことがばれていると言っているようなもの。
 それでもガウナは決して口には出さず、余計な詮索もせずにただその逢瀬を二人で楽しむことに専心してくれたのだろう。
 ゆっくりと入り口がガウナのモノの形状に拡がり、互いの粘液が触れ合うことで生まれるにちゃりという小さな卑猥な水音をたてる。
 十分に愛液で満たされていたイゾルダの膣は彼を受け入れていったが、彼女の初めてにはガウナは少々大きすぎたようだ。
 内蔵を内側から無理矢理押し拡げられるような異様な感覚に強烈な違和感を覚え、同時に激しい痛みが彼女を襲い、荒かった息遣いは最早獣の威嚇のような、狭い口腔の隙間から吐き出される素早く長い呼吸に変わる。
 ガウナのぺニスは彼女の中へ半分も入ってはいなかったが、彼女の余裕の無い表情と潤沢な愛液ですら滑らぬほどギチギチと締め上げるその膣圧でそれ以上無理に押し入れる気にはなれなかった。
 痛みに耐えるために腹に変な力が加わっているせいで、今無理に突き入れれば確実に怪我をするだろう。
 そうしてゆっくりと慣らしながら挿入してゆき、彼女も気付かぬうちに彼のモノ全体が彼女の中へとすっぽり収まっていた。

「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。寧ろ早く早く続きを……」

 ガウナが長い時間を掛けてゆっくりゆっくり慣らしてくれたお陰でイゾルダは漸く痛みも無くなっていたのだが、自分が演じていることがばれぬようにと必死に強がることしかできない。
 だがその顔は泣き腫らし、獣のように息を吐いていたせいで涙と涎でとてもではないが余裕のある表情ではない。
 とはいえこれ以上彼女の強がりを否定すればそれはそれで彼女を傷付けることになる。
 そう考えガウナはゆっくりと彼女の中に留めていたぺニスを動かし始めた。
 ぴったり収まったというよりは滑りで無理矢理びっちりと収まっていたガウナのぺニスは、前後する度に彼女の内蔵を内側から前後に引っ張ってしまう。
 それは快感とは遠く離れた例えようもない強烈な違和感でしかない。
 臓腑を抉られるような動きにイゾルダは思わず呻き声を出しそうになるが、それも必死に腕で押さえ込む。
 しかしそれすらガウナがかなり気を遣って僅かにしか動かしていなくても起きている状況だ。
 無遠慮な男性だったのならば、性行為そのものがトラウマになるレベルだっただろう。
 その後も少しずつ慣らしてゆき、漸く彼女の変に加わっていた力が疲れからか慣れからか弱まり、密着している二人の性器にも余裕ができた。
 緩やかなストロークで腰を動かしてゆくうちにガウナのぺニスの先端が彼女の敏感な部分に当たり、彼女にもそれを楽しむ余裕ができたことでやっと普通の性行為らしい嬌声や荒い息遣いが聞こえ始めた。
 ストロークの距離も少しずつ長くしてゆき、彼女の秘部の入り口をガウナのモノが擦れる度に更に心地よい刺激を与えてゆく。
 そうしてガウナがピストン運動ができるようになった時には、もうイゾルダは限界が近付いていた。
 身体全体を覆う心地よい痺れと浮遊感で声も押し殺さずに善がっていたイゾルダの膣内は、獲物を呑み込む蛇のように蠕動しガウナの男根に食らい付いて離さず、これまでの初々しさが嘘のような名器へと豹変し一気に射精感を高めてゆく。
 初めの内はなんの音も高揚感もなかったはずの行為は、いつの間にかぐちゅぐちゅと卑猥な水音と二人分の嬌声で部屋を埋め尽くすほどにまで発展し、リードしていたはずのガウナはただ目の前の彼女と同じように獣の如く快楽を求めるだけになっていた。

「ス、スカーレット……さん! もうっ……!」

 返事などできぬほどの快楽を味わっているイゾルダにガウナは声を掛けようとしたが、それよりも早く彼女が絶頂を迎えて膣内をぐねぐねと収縮させたことで言葉が出終わるよりも先に互いに絶頂を迎え、次々に精液を解き放ってゆく。
 暴発というよりはダムの決壊とでも呼んだ方がいいだろうほどの射精は、食い付くほどの締め付けも相まってか、ぶぴゅりと音を立てて二人の性器の繋がっている境目から溢れだしていった。
 イゾルダとの行為が恐らく四人の中で最も時間も手間も掛かっただろう。
 しかしその労力に見合うほどの疲労感と多幸感、そして恐ろしいほどの射精量をガウナにもたらしてくれた。
 それからは他の三人と同じく二人で飲み物を飲みながらピロートークを行い、全ての答えを明日の昼までに必ず決めると約束し、最後の密会も終わりを迎えた。

「それでは、また明日」
「え、ええ……また明日」

 そう言ってイゾルダとガウナは互いに手を振りあって別れ、イゾルダは暗い夜道を一人ふらふらと帰っていった。

「……ガウナ様、差し支えなければ彼女となにかあったのか教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「え!? いや! 何も!?」

 アドルフもイゾルダを見送ったわけだが、あまりにも気になったためガウナに問いかけたが、その反応を見て確信したのか深い溜め息を吐いて、みせた。

「大体察しがつきましたよ……。大丈夫なんですか? 来た時の彼女は間違いなくヤバイ奴の雰囲気でしたが、今の彼女はどう見ても貴方に惚れてますよ」
「大丈夫だよ。ちゃんと全部考えてある」

 そう言ってガウナは先程の焦りようとはうってかわって、随分と落ち着いた様子で返事をしたが、アドルフはその表情を見て何故か尚更嫌そうな表情を見せた。

「貴方がそう言うなら大丈夫でしょうけど、お願いですから面倒事に巻き込まないでくださいね」

 一つ長い息を吐いてアドルフはそう言葉を返したが、どうにもアドルフの願いは天には届かなかったらしい。


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  • 思わず一気読みしました。
    生き生きとしたキャラクター達やラストの展開など、見どころが多く非常に読み応えのある作品でした。
    これは(自分みたいな)悪タイプ好きにはたまらない作品です -- 慧斗
  • >>慧斗さん
    コメントありがとうございます!
    自分も悪タイプが大好きなので、生き生きとしていると言っていただけるとありがたい限りです。
    読んでいただきありがとうございました。 -- COM

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Last-modified: 2020-05-16 (土) 20:24:37
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