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忠犬

/忠犬


※この作品には流血描写が含まれます。
苦手な描写がある方は注意下さい。

KEEPING HIS LIFE 

白い棒を突きながら蒼い帽子の青年が歩く。背中には大きめのリュックを背負い、傍らには黒く角の生えたポケモン。
二十歳に満たないであろうその容姿はどこか寂しげであり、両目が開かれる事はない。
全盲と医者が診断を下したのは、彼が世界に生まれて間も無くであった。
彼は光を知らない。色も感動的な景色も、彼の眼に映る事は無い。
それが彼に与えられた試練であり、彼が彼女と運命的に出会う赤い糸であった。

「おっと、ごめん。危ないんだね」
「……」

彼が彼女の頭を優しく撫でてやると、彼女は尻尾を軽く揺らしながらその感触を楽しんでいた。
暖かな手、といっても彼女ほど体温があるわけではない。それでも、彼女はその手が好きだった。
車道の流れが止まり、二人はまた歩き出す。彼が『見えていない』などと思う人は多くない。
街の流れから取り残されたかのようなゆっくりした速度で真っ直ぐに、迷うことなく歩き続ける彼と彼女。
町並みを楽しんでいるかのようなその歩調は、彼と彼女の絆。
決して速いとは言えないその歩調に、彼女は離れる事も走り出す事もせずに寄り添って歩く。

「……!」
「段差、だね。有り難う、綺羅」

ゆっくりと棒で段差との距離を確認して、彼は一歩、また一歩と足を踏み出す。
街行く人は彼らを見ては声を潜めて噂をしていた。
黒い犬を傍らに柔らかな微笑みを浮かべて会釈を交わす不審者と。
彼女は飛び掛りたい衝動を抑えて彼を安全に案内する。
駅へと続く大通りは、変わらずざわめきを湛えて流れていた。
日々の抑圧された陰鬱な暗い感情を湛えた人々の中を、光を知らない一人と一匹がただ歩いていく。
異質な空気を纏った青年は、明るく照らす太陽に面と向かっていく。
そんな流れに逆らいながら一歩一歩確実に進んでいく二人は、駅前の広場のベンチを見つけると歩を止めた。

「もう来てると思ったんだけど、早すぎたかな」

ベンチに座りながら、彼が小さく呟く。
―― そんな彼の膝に顔を乗せて、鼻からピスピスという音を立てて見つめる彼女。
普通の関係ならばそうしたことも許されただろう。彼女は生憎の仕事の最中なのだ。
隣で大人しく座っているだけの彼女を優しく撫でながら、彼は楽しそうに風に耳を傾ける。
澱みに満たされた都会の空気も、慣れてしまえば悪くないと思う彼。
雑踏は壮大な交響曲となって彼と彼女を包んでいく。天を仰ぐ彼は、どんなことを思うのだろうか。
彼女は彼を見ることも鳴くこともせず、ただ前を向いて流れていく時間に身を任せていた。

「お仕事、疲れるでしょ? 今くらい、甘えてもいいからね?」
「………」
「ふふ。ありがとう、綺羅」

彼は音声式の時計で時間を確認して小さく溜め息を吐く。
待ち合わせの場所は駅前の白いベンチ。座った彼の傍でじっと眼を凝らす彼女。
目的の誰かを見つけて、彼に少しでも早く教える為に。
しかし、雑踏は変化することも途切れることもなく流れ続ける。
取り残された二人を嘲笑うかのように、各々が目的を果たす為だけに流れの中を進む。
暫く、彼は彼女を撫でながら据わって待っていた。
いつものことだよね、と小さく呟いて溜息混じりに深呼吸をして立ち上がると、彼女が彼を引き止める。
雑踏の中を赤と黄色の帽子をかぶった、彼と同じくらいの青年たちがベンチを目指して真っ直ぐに歩いてくる。
彼もそのことに気づいた様子で、微かに微笑みを浮かべてベンチの傍を離れる。
二人の青年が手を振るが、彼は手を振ることは無い。

(あお)、元気やった?」
「うん。僕はいつも元気だよ、綺羅もね」

黄色い帽子の青年が楽しそうに彼の手を握る。
彼はその手をしっかり握り返して、微笑むと彼女の胴輪(ハーネス)をつかむ。
彼女はすぐに立ち上がると、彼を自宅へと案内し始める。
家に帰れば、彼女は彼を導く仕事から解放されて、甘えることもできる。彼女はそれを支えに生きていた。

「どっか寄る? 昔みたいに」
黄次(おうじ)君の遊び好きは変わっていないね。蒼汰(そうた)もそう思うよね?」

黄色い帽子の青年は彼ともう一人の赤い帽子の青年の前に出て笑いかける。
彼らは笑いながら、そして、傍らで付き従う彼女のことなど気にも留めずにただ歩き続ける。
彼女の仕事は彼を無事に家まで案内すること。勿論、彼の友人が何を思おうとも、職務に変わりは無い。
ふと、赤い帽子の青年がリュックから徐にボールを一つ取り出す。

「忘れていたよ。黄次君に言われて考えたのだけれど、目が見えなくても景色は見られるよね?」
「そうだね。エスパー……例えば、サーナイトとかの力を借りれば簡単だと思うよ」
「ちゃうちゃう。紅刃(くれは)さん、景色見れたかて、それ蒼の視力が戻ったわけちゃうやん」

彼女は背筋の凍る想いをしていた。彼が気持ちだけ貰っておくよと言わなければ泣き出してしまいそうになるほどの絶望感。
彼が見えるようになるということを全くと言っていいほど考えたことが無かったこともある。
それ以上に、また捨てられてしまうという感覚が彼女の心の奥底で燻ぶっていた。

INVISIBLE 

買い物をするからと、彼がいつも利用する百貨店に三人と一匹で立ち寄ると、思い思いの売り場へと散っていく。
彼はゆっくりと店内を彼女と歩く。彼の指示する商品を優しく銜えて、彼の持つ買い物籠へと投げ込む。
何度か繰り返した頃、彼は足を止めて彼女もそれに続く。

「なんだか、いつもと雰囲気が違うね」
「………」

清算場所が何者かに占拠されている光景が、そして、その周囲をポケモンが囲んでいる光景が彼には見えていないのだ。
彼女はその場から動こうとしない。彼は不思議に思ってその場にしゃがみ込んで、優しく彼女を撫でる。
指示しても彼女が頑なに動かない ―― 即ち、彼に対して危険が迫っているということに他ならない。
彼は彼女の行動を理解し、そっと彼女を抱き寄せる。彼自身が異変を恐れたことと彼女から離れたくないと思ったからだ。
見えないことで状況が把握できない。彼は見えない目を恨めしく思っていた。
彼女も微かに身体を震わせ、何者かが放つ異様な空気に怯えている。

「綺羅……大丈夫だよ。すぐにいつも通りに戻るよ」

彼がそう呟いた矢先、何かが弾ける音が店内に響き渡り何かが焼けた臭いと金属の臭い。そして、悲鳴と怒声が店内を包んだ。
彼と彼女は清算場所から少し離れたところに居たために、彼女も状況が分からない。
知ることができる事実は、誰かが負傷したことと何か彼を害することのできる脅威があることだった。
逃げなければという生存本能と彼を自宅まで安全に送るという職務の狭間で、彼女は揺らいでいた。
理解の範疇を超えた何かは、彼だけではなくて彼女にも脅威だと分かっているからだ。
彼が抱きしめていなければ彼女はその丈夫な足で逃げていたことだろう。
突然、足音が近付いてきたことに彼と彼女は身体を竦める。彼女が目にしたのは一人の男とその手に握られた猟銃。
その身体から放たれる血の臭いと赤く染まった上着。彼女は理解し、そして目を見開いた。
倒れている人間から溢れ出す赤い液体。彼女は炸裂音が何度も響いていたことを知った。

「顔を見たな? 死んで――」
「僕は目が見えません。綺羅……この子が居なければ、歩くことも出来ません」

男の問いかけを遮って彼が口を開く。どこにいるか分からない彼は、男の居る方向とは別の方向 ―― 虚空を見つめて言う。
その様子に納得した男は彼を放置してそのまま歩き出す。彼女はじっと男の行動を見つめた。
男は歩きながら懐からナイフを取り出すと、彼から少し離れた物陰で震えていた少年を掴み上げ、その首を掻っ切る。
首からは血が噴き出し、男は鮮血に染まると怪しく笑みを浮かべた。その目は獲物を狩る猛獣のそれであった。
彼女が息を飲むと彼も背後で何があったのか理解したようだった。
男が遠ざかり、彼と彼女が物陰で死角になると彼女は出口に向かって静かに彼を案内し始める。
男が姿を現すと二人は息を潜めてじっと隠れた。そうして、ゆっくりと歩を進めて出口へと手を掛ける。

「いくよ……綺羅」
「………」

二人は勢いよく出口から飛び出すが、飛び出した先でポケモンに取り囲まれてしまう。
男が連れてきたのか、それとも男の服に付いた血の臭いに誘われたのか。
数体の鋭い牙を輝かせた黒蛇(ハブネーク)や目を光らせて白猫(ペルシアン)黒猫(ニューラ)が睨み付ける。
彼は腰に提げた青いボールに手を掛けると手元で開く。

「お願い、鼎。手加減して、傷つけすぎないように」

ボールから飛び出して二本足で立つ、青と黒の毛並みと胸の突起が特徴的な仔だった。
周囲のポケモンを敵と認識すると彼と彼女を庇うように身構える。その手には青い光が集まっていく。
彼女は彼を引っ張って安全な場所に誘導すると、その場に腰を下ろす。
彼は彼女を抱き寄せて身体を震わせた。見えないために彼は手持ちの仔たちに指示が出来ない。
だから彼は待つしかないのだ。自分の大切な仔たちが勝つと信じて。
先に動いたのは黒蛇の一体だった。
毒の力を持った尾撃を繰り出して彼のポケモンに迫るが、避けようとしない。
迫る尻尾を掴むとそのまま地面にたたき付け、目にも止まらぬ速さで拳を叩き込んだ。
土煙が晴れると、立っていたのは彼のポケモン。仲間を倒された怒りか、凶暴化したポケモンが一斉に襲い掛かる。
蛇同士を念力で叩き付けると、白猫の鳩尾に素早く掌底を入れる。
最早乱闘と化したその中を舞うように動き回り、素早く敵を無力化していく。
最後に残った黒猫に波動を打ち込むと、彼の目の前に着地した。
掠り傷を負ってはいるが誰も殺さず、ただ戦意だけを挫いた彼のポケモンは強いと言えよう。
程なくして、拍手がどこからか送られる。

「いやぁ。助けよう思ったんやけど、流石やなぁ」
「黄次。見てたの?」

彼はボールに戻しながら立ち上がる。彼女はもう一人の友人も見ていることに気づいたが、無視することにした。

「中のオッサン、怖いだけちゃうねん。元々軍隊におったんか知らんけど、あれは危ないで」
「でも、倒した。そうですよね? 紅刃さん」

笑顔を浮かべて赤い帽子の青年が手を振ると、腰のところにいくつもボールを提げているのが見えた。

RUN AROUND AND AROUND 

自宅につく頃にはもう、すっかりと日も暮れてしまっていた。
ただの買い物のはずが事件に巻き込まれ、警察で事情聴取を受けることになってしまった。
目が見えないこと、彼の服に血痕がなかったこと、現場で待っていたことなどから被害者であることは明白だったのだが。
そこで彼は知り得た限りを話していた。

「生きて帰ってこれただけでも良しとしなきゃね」

遅くなったからと赤い帽子と黄色い帽子の友人たちとは帰る道で別れた。
暫くは旅行で泊まるという話だったが、彼の家はその宿泊場所から少し離れていた。
事件はすぐに周囲の住人の話題になるだろうが彼はそういう細かいことは気にしない。

「目が見えないことも珍しければ、事件に巻き込まれることも珍しいよね」

彼は彼女に部屋まで案内してもらうと、手持ちのポケモンを全て室内に放つ。
そして、彼女の胴輪を優しく外すと手探りで台所まで歩いていく。
その姿をずっと見つめながら、彼女は小さく溜め息をついた。
彼の手持ちは皆、彼にどう甘えていいのか、どう付き合えばいいのかをずっと悩んでいた。
目が見えないということは彼自身の行動や言葉から分かる。だからこそ、各々が出来ることをしている。
しかし、彼女だけはそれが出来ない。

「最初は傷だらけになったのに怖くないのかってよく言われたけど、慣れれば何でも出来るよね」

野菜を切りながら、彼は手持ちで調理の手伝える仔と雑談していた。
目、という役割を与えられた彼女だが、時々必要ないのではないかと思うときがある。
だけれど、彼の隣に立つ青と黒の毛並みのポケモンと違って話すことはできない。
ボールに戻されなくなって、彼女は彼のポケモン(手持ち)という感覚も薄れてしまった。
主従関係が希薄になってくると、彼女は恐怖を覚える。
元々の主人に捨てられるも同然に施設に預けられ、ようやく手に入れた安らぎなのだから。

「遅くなってごめんね、みんな。ご飯にしよう」

彼の心を読む力があれば、彼に感じている恐怖を伝えることができれば、彼女もきっと甘えることが出来るかもしれない。
夕食の後片付けを珍しく彼が誰かに頼んでまで彼女の許に来て、優しく身体に触れる。
艶やかな毛並みの感触を楽しむように、毛並みを乱さないように撫でながら微笑む。
彼女はただ目を閉じてその感触にだけ意識を研ぎ澄ませる。

「今日もお疲れ様。ありがとう」
「……」

鳴くことすらしない彼女を抱きしめて彼は身体を震わせた。
理由の分からない彼女はただただ困惑するしかなく、彼の頬を舐めるのが精一杯だった。
どうしたの、と言葉をかけられたらいいのにと彼女は自分自身を恨めしく思い始めていた。

「甘えても、いいんだよ? 鼎も始めは甘えてくれなかったけれどね」

彼は静かに昔話をし始めた。嬉しそうとも悲しそうともとれる表情のままで。

初めて鼎と出会ったのは、僕が話せるようになってすぐだった。
卵を受け取ったのはいいけれど引き取り手が無くて困ってる。
そう言ってた人から、技マシンと共に父さんが譲り受けたんだって。
それが紅刃さんだったらしいけれどね。
鼎が卵から孵ったのがちょうど僕の誕生日でね、凄くうれしかった。
けれど、僕は目が見えないから……鼎に酷いことをしてね……。
怖がって近付いてすらくれなくなったんだ。
逃げるうちに僕の目が見えないことを悟ったんだって後で教えてくれたよ。
それからは僕を支えてくれるようになったんだけれどね、鼎は紅刃さんに鍛えてもらうことになったんだ。
僕のボディガードとして。
だから鼎はとっても強いんだよ?
その間、僕の目の代わりをしてくれる仔が必要になったんだ。
それが先々代の騎羅。僕の不注意で進化させてしまったから、今は父さんが面倒見てくれてる。
先代は闘哉。僕を庇って代わりに車に……。
それで僕は絶対に二度と盲導ポケモンは持たないって決めてたんだけどね……。

彼は彼女を身体から離して向き合い、深呼吸してから告げた。

「気味悪がって引き取り手が付かない、訓練の終わった優秀な個体がいるって聞いたんだ」

それが君なんだよ、と彼女を優しく撫でながら彼は微笑む。
彼女はそれでもまだ納得できていなかった。鼎が戻ってくるまでなら、もう鼎は手持ちにいるはずだと。
彼はそんな気持ちを察してか、近くに置いてある胴輪を掴んで引き寄せる。
仕事をしなければならないのかと彼女が身体を強張らせると、彼は少し笑う。

「違う違う。これはね、僕が知らない場所で唯一頼れるものなんだ」

笑いを抑えて彼が真剣に彼女に話しかける。

「知っている場所でも、今日みたいに危ないことがある。だから、信頼できる仔じゃなきゃダメなんだ。鼎は兄妹みたいなものだからもう、歩くことまで面倒を見てくれないから」

事件の日から数日後。彼の家では新たな音が増えていた。
楽しそうにはしゃぐ彼と彼の手持ちのポケモンの他に、大切なパートナーの鳴き声が。

ATOGAKI 

ポケモンの種族名を極力使わないで描写をするとどうなるか、という訓練も兼ねて。
流石に全てには適用できなかったが、彼の手持ちに関してはうまく出来たと思いたい。
一応、ヘルガー(綺羅)とルカリオ(鼎)の二体だけ分かってもらえれば、残りは話には関係ありませんので大丈夫です。
事件に巻き込まれて、友人の二人が何かしてますがここでは語られない話と言うことで省略。

作中でも彼が言葉にしていますが。
盲目の方にとって、導いてくれる存在は凄く大きいものだと思う。
頼りにしているけれど、いざというときやつらいときには抱きしめてあげたい。
互いに失うことは出来ないという感覚を知ることはきっと難しい。

勝ち負けや作者が誰ということは別に考えず、純粋に読んでもらえたら幸い。
正直な所、こんなギリギリに投稿することになるなんて思っても見なかったけどね!

副題が縦読みであったことに気付いた方は居たのでしょうか。
あとがきを ATOGAKI にした理由もそこにあります。
実は、あとがきはあとがきと書くつもりだったのですが、時間が足りなくて今の形にしました。
A からはじまるタイトルがついた話は、また、書き終えたら更新してみようかと思います。

それでは、読んで下さった皆様に感謝を述べつつ、作者公開、及び、御礼とさせて頂きます。
有り難う御座いました!

written by 慧



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Last-modified: 2010-04-11 (日) 00:00:00
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