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崩れ去る生命

/崩れ去る生命

Writer:&fervor


身体を叩く風が心地いい。漆黒の毛が、一本一本揺さぶられていく。
闇を切り、再び現れた陽に照らされながら、僕は「あいつら」の住処をじっと見つめていた。

今日もまた、命は生まれる。今日もまた、命は消える。
自然と消えるんだったら、僕は決して怒りはしない。当たり前のことだから。
…だけど、「あいつら」は違った。

削り取られていく生命(いのち)。圧倒的な力の差に、なすすべも無く。

自然の輪廻を無理やり捻じ曲げ、直そうともしない。
植物たちの無言の悲鳴はおろか、ポケモン達の悲痛の叫びにすら耳を貸さない。

…「あいつら」って…ニンゲンって、「悪」そのものじゃないか。
…絶対的な力を持った、独裁主義者。言うなれば「魔王」。

…少なくとも僕には、そうとしか見えない。
…あんなやつら、居なくなればいいのに。
そうすれば、僕も、みんなも…隠れずに、逃げずに生活できるのに…。


まただ。また、あいつらはこの森に入ってくる。
…それを確認して、僕は森のみんなに知らせる。侵略の魔の手から、逃れるために。
『ニンゲンが入ってきた!…逃げろ!!!』

程なくして聞こえてくる破裂音。悲鳴。ニンゲンたちの叫び声。
その音とは反対側へと、ひたすら走り続ける。
周りの木々が流れていく。空気を切り裂いて、僕は必死で逃げる。
「いたぞ!…お目当てのものだ!逃がすなよ!!」
こいつらの目当ては僕だ。この森に住む、唯一のイーブイ属。どうやら、この辺では珍しいらしい。
それもそのはず、僕の父さんが来るまでは、イーブイ属なんかいなかったんだから。

父さんが此処に来て、住み着いて、母さんと出会って、僕を産んで。
…そのあと、あっけなく生命(いのち)を奪われて。父さんだって、強かった。
でも、ニンゲンなんかに敵うわけ無かった。ものの一発。あの、鉄の弾で貫かれて。

『何で僕は、イーブイとして産まれたんだろう?』何度思っただろう。
でも、それは神様が…自然が決めたこと。なら、従うしかない。
そして…その輪廻の輪に、最後まで乗っていたい。…生きたいんだ。

「待ちやがれ!!…くそっ、当たれよ!!!!」
幾多ものギラめく飛礫が、僕の横をかすめて、後ろの地面に刺さって。
『うぁぁっ!!!!!!!!』
その欠片が、僕の後ろ脚に当たって。…それでも、懸命に走り続けて。
「…弾切れ…逃がしたか…チッ………」
声が、足音がしなくなるまで、逃げ続けた。…森の奥地に。

もう誰も追いかけてくる様子はなかった。さすがに、森の奥地に踏み込む勇気はないみたいだ。
安心して気を抜いた瞬間、夢中で気づかなかった脚の痛みが僕を襲う。
今日は逃げ切れた。だけど、もし明日…いや、この後、あいつらが来たら…。

来るな、と願っていた僕の元へ、足音が再び近寄ってくる。
…それはだんだんと大きくなって、近くなっていく。

そんな…。もう、逃げられない…。
僕の前にニンゲンが歩み寄ってくる。木々の葉の隙間から漏れた光。影がそれを覆い隠す。
…最後まで、生きたかったのに…。…殺されたくなんて…無かったのに。
手が伸ばされた瞬間、僕は諦めを感じて、覚悟を携えて。
眼に映るすべてのものに別れを告げて。…まぶたをゆっくりと、閉じていった…。


「怖がるなって。大丈夫だからさ」
僕の顔にそっと触れた温もり。そこから伝わってきた温かな気持ちを感じて、僕はゆっくりと目を開けた。
目の前にいたのは、やっぱりニンゲン。だけど彼は、今までみてきたそれとは違った。
彼は持っていたものを僕の傷口に塗りつける。傷口から、突き刺すような小さな痛みが走る。
『――っっっっ!』
「確かにちょっと滲みるだろうけど…我慢してくれよ?」
痛みをこらえる僕をよそに、彼はテキパキとそれを塗り終え、今度は布をそこに巻き始めた。
…ひょっとして…手当て、してくれてるのかな?…ニンゲンが…?
「全く、ひどい奴らだよな。…此処のポケモンは、ただでさえ数が減ってきてるっていうのにさ。
 お前、此処らへんを守ってくれてるんだろ?…この森を。…ありがとな」
ニンゲンなんて信用できない。…僕はずっとそう思ってた。
だけど…このニンゲンは違う。ほんとに僕たちのことを思ってくれてる気がするんだ。
行動からも、話からも、そして、心からも、それが伝わってくるみたいで。
『あ、ありが……とう…………』
困惑しながらも、僕はそのニンゲンにお礼を言う。
ニンゲンに、僕たちの声が伝わらないのは分かってる。だけど、気持ちは伝わるはずだから。
「ははっ、なんだ、感謝の言葉、なのか?…この森を守ってくれてる、お前への恩返しだよ。気にするなって」
何でなのかは分からない。だけど、なんだか楽しく、嬉しくなって、僕は思わず笑顔になっていた。
…ニンゲンに助けられるなんて…。ましてや、ニンゲンと話すときが来るなんて、思わなかったから。
気持ちの整理がつかなかったのかもしれないけど。…とにかく、僕は笑っていたんだ。
「俺、フェリブっていうんだ。また何かあったら、いつでもここに来いよ。…もしお前が危なくなったら、絶対守ってやるからさ!」
僕の脚に布を巻き終えると、彼はすっと立ち上がり、街の方角へと消えていった。

…今までずっと、ニンゲンは卑怯で、悪者で、恐ろしいものだって思ってた。
でも…あのニンゲンは違う。彼は…優しかった。
…僕、あのニンゲンを…信じたい。…あのニンゲンは…信じてもいい、そう思うから。

きっと…あのニンゲンなら、森も、そして僕たちも守ってくれる、そう思うから、さ。


ニンゲン…か。
夜の闇に浮かぶささやかな光を遮って、地を這う痛烈な光。それぞれが織りなす輝きの舞に見とれながら、僕はただそれを考えていた。

ニンゲンなんて嫌いだ。僕らから全てを根こそぎ奪い、自分達だけのことを考える。
…そんな奴らばっかりだって思ってた。…でも…。
あのニンゲンは?…今まで思ってたニンゲンとは違った。初めて、ニンゲンを信じたい、って思えた。
…だけど、今までニンゲンのしてきたことを考えたら…やっぱり…。
頭がこんがらがって、色々な想いが絡み合って、たくさんの出来事が浮かんできて。
心のどこかではニンゲンを許せていないけど、心のどこかではニンゲンを信じてる。
戸惑ってるんだ。…初めて、ニンゲンの「優しさ」に触れて。

…もう一度、彼に会いたい。…もう一度だけ…彼の側に居たい。
彼の、ニンゲンの「優しさ」に、もう一度触れたい。
…本当のことが知りたいから。…ニンゲンって、いったいどんな生き物なのか。
…信じてみたいから。…ニンゲンのことを。

上と下の星々が、瞬く様を目に焼き付けながら。ニンゲンのことを思い浮かべながら。
明日の出会いを期待しながら。明日会うはずのニンゲンを信じながら。…フェリブに思いを馳せながら。

…僕は、次の日へと旅立っていった。


朝、目が覚めたのは一つの破裂音が原因だった。…そんな。こんな朝早くから…もう来るなんて…。
当然のように、複数の足音が次々とこちらに向かってくる。僕は自分の存在をみんなに知らせ、みんなを自分から遠ざける。
『急いで!…早く、逃げて!!!』

まただ。また…。また、生命(いのち)が消えていく。断絶の喘鳴さえもかき消すような、酷い爆音が弾け飛ぶ。
幾度も幾度も僕の側を掠め、森を、木を、植物達を壊していく。
それを横目で見ながらも、僕はひたすら前へ、前へ。…どこまでも走った。

死にたくない。こんなところで、消えたくない。…僕の生命(いのち)を、自然の輪から外したくはない。
誰か…誰か、助けてよ…。一人(一匹)で逃げて、一人(一匹)で走って、一人(一匹)で生きて…。もう、嫌だよ…。
『誰か…助けてよ………!!!!!!』

そんな中、僕の心に浮かんだ一つの像。そうだ。あのニンゲンなら…フェリブなら、きっと僕を守ってくれる。
…僕は信じてる。いつでも守ってやるって、絶対守ってやるって言ったこと。
必ず来てくれる。一つの希望だけを自らの糧に、身体の限界を超えて走り抜ける。
あの場所へ。…約束の場所へ。


『はぁ…はぁ……はぁ…………はぁ……』
約束の場所。昨日、彼と、フェリブと出会った場所。きっと来てくれる。絶対守るって言ったんだから。
僕を追っていたニンゲンたちは、いつの間にか遠く離れてしまったみたいだった。
あれほど執拗に追いかけてたにしては、諦めが早すぎる。
多分、そのうち此処まで来るのだろう。…でも、僕は死の覚悟なんてしていない。
フェリブは…もうすぐフェリブは来てくれる。僕を守りに。僕に会いに。
それを信じて、僕は暫しの休息に入っていた。

フェリブとの出会いを待っていた僕の元へ、足音が近寄ってくる。
…それはだんだんと大きくなって、近くなっていく。
…やっと、やっと来てくれた。…これでもう、大丈夫…。

――そんな。
木に倒れ込んでいた元へ歩み寄ってくる、一つの影。ゆらりと大きく揺らめいたそれは、より一層の恐怖をまとっていて。
…もう、逃げられない…。…どうして?…どうして…?
怒り、悲しみ、恐怖、当惑、絶望、失望。全部が一遍に集って、ぐちゃぐちゃになって、心にへばりついて。
『……どうして?………僕は…信じてたんだよ?………フェリブ……守るって…言ってくれたのに………どうして来てくれないの……?』
混ざり合った気持ちが、訳分からなくて。…でも、虚無の涙がこぼれ落ちてきて。
頬を伝って流れて、すぅっと落ちていって。
「勝負あったな。…邪魔も入ったが…これで、一気に大金ゲット、ってわけだ。…ありがとよ…!」

冷たく黒い、鉄の細長い棒。穴の開いたそれが、僕の頭にあてがわれた。
そのニンゲンの心を表しているかのように、無機質で、乾いたそれが。

最後の刹那。永遠で、不変のもののように感じられたその時間(とき)の中で。
僕は最後に、後悔し続けていた。悔やんでも悔やみきれないくらい、大きく、強く。
…何で僕は…ニンゲンなんかを信じたんだろう。…何で僕は…あんな奴を求めたんだろう…?
…僕は…嫌いだ。…大っ嫌いだ。…ニンゲン……なんて………。


少しだけ動かされた指とともに、一つの音が谺する。それが森を震わせて、まるで嘆き悲しんでいるかのようで。
生命(いのち)が消えてもなお残った遺恨の思慕は、その想いを受け取り、より一層膨らんで。

だが、その想いは知らないだろう。もう一つの悲しみの音。痛嘆の叫喚が、森の中で呻いていたことは。
そして、そのすれ違いが、それぞれの歩みを変化させたということは…。



最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • あなたのレベルうPには、目を見張るばかりです…

    旧wikiから応援してましたし(笑)
    これからも頑張って下さい〜 -- はつ ? 2008-10-19 (日) 18:31:31
  • >>はつさん
    長い間応援ありがとうございます!本当に嬉しいです。
    …レベルが上がったかは少々怪しいですが(汗
    どんどんがんばっていきたいと思います。コメントありがとうございました。 -- &fervor 2008-10-19 (日) 20:59:33
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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