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消え行く朧月

/消え行く朧月

Writer:&fervor


太陽は既に地に飲み込まれた。ようやく開放された月も、灰色のレースのカーテンに覆われている。
無数の光の(つぶて)たちも、巨大な闇の前には無力だ。

レースの織り目からすっと抜け出してくる微かな白金色も、地の輝きの前では雀の涙。
それをただ、じっと眺める俺。時折吹き抜けてくる涼しい風が、季節の変化を知らせに走る。
俺が昔、兄弟と見つけたこの丘。…ここまで来る道は、恐らくほかの誰も知らない。

こうして見下ろすと、改めて世界の小ささを感じざるを得ない。
昔、ここら一体が全部森だった頃は、そんなこと考えもしなかったのに。
…人間は、やっぱり嫌いだ。…人間に飼われている俺がそう思うんだ、ここに住む野生のポケモン達も、勿論そうだろう。

昔は、もっと綺麗な場所だった。だが人間は、それを無残に破壊して、醜い建物を造って。
唯一、夜だけがこの醜い風景を隠してくれる。…残るのは、無数の煌き。

…だけど、俺は好きじゃない。この夜景ってやつが。
だってそうだろう?…結局は人間の作り出したもの。まがい物の光でしかない。
自然に光る空の星々のほうが、やわらかくて、暖かくて。…本物だ。
地で煌くあの星々は、犠牲になった命の断末魔。…そう見えて仕方が無い。

…少なくとも、俺はそう思うんだがな。


人間達が言うには、今日は「十五夜」とかいう、満月を楽しむ日、らしい。
どうやら世間では休日のようで、珍しく主人が俺達に自由な時間をくれた。
ほかの奴らは野生の雌を襲いに行くとか計画していたみたいだが。
俺は一人、この「故郷」に戻ってきていた。かつて兄弟達と暮らした、懐かしの場所。
もっとも、昔の面影はほとんど壊されてしまっている。残っているのは、この丘の周りのほんの一部だ。

…あいつら、どっかで元気にしてるんだろうか?

そんなことを想いながら、ぼーっと月の光を眺める。
今日の月には靄がかかり、ぼやけた輪郭だけが映し出されている。朗らかな光が闇を溶かす。
その不思議な魅力に、思わず見とれてしまう。
…やっぱり綺麗だ。…「自然」は。

「あれ、君は誰?」
ふと後ろから聞こえた声。振り返ると、奇妙な黄色い輪が数個、宙に浮かんでいる。
素早く後ろに振り返り、戦闘体制をとった。
「ひどいなぁ、そんなことしないって。ただ、お話したいだけだよ、君と」

「…俺と?」
…その黄色が、すうっと俺のそばに寄ってきた。月明かりと街の明かりに照らされて、その正体がようやく分かる。
「こんな場所、誰も来ないと思ってたから、ちょっとうれしくってね。…ねえ、君はどうしてここに?」
隣に座った黄色い輪、ブラッキーがにこやかに話しかけてくる。恐らくは、ずっと一人だったんだろう。
「いや、別に…。ただ、ちょっと懐かしの景色を眺めに、な」
「そっか…がっかりしたでしょ?…こんなに変わっちゃって…」
こいつもやはり、昔のほうが好きらしい。…当たり前だが。
「いや、変わっていくのは俺も見てたし。…残念だけどな」
「そうだね。…ニンゲン、か。…全部、あいつらのせいだ…。森が無くなったのも、みんながいなくなったのも、それに…」

人間のせい…か。あいつらさえいなければ、何もなかったはずだ。
それでも、それを止められなかった俺達の弱さにも、責任はあるんじゃないだろうか?
…弱い奴が負けて、強い奴が勝つ。それがバトルのすべてで…自然の摂理だ。
「でも、あいつらは強かった。俺達は弱かった。…俺達が弱かったからでもあると思う。…こんなことになったのは…」
こいつの表情が一変する。その目には怒りが見え隠れしていた。
「そんなことない!全部…全部あいつらが悪い!…命をあんなに簡単に消すなんて…許されるわけないよ!」
許されない?…強いものがすべてだ。…強いものが…正義なんだ。
「…許されるさ。今の正義は…あいつらだ」
ますます激昂するこいつ。…当然だ、俺は人間を…敵を擁護してるわけだからな。
嫌いとはいったが…人間に飼われている俺だ。人間は…味方だ。
「君は…ニンゲンを許すの?あいつらを認めるの?…嫌いじゃないの?!」
「嫌いだよ。…だけど、仕方ないんだよ!あいつらは…強いんだから」
思わずカッとなってしまう俺。さすがに応えたのか、こいつはうつむいてしまった。

暫くの沈黙の後に、ポツリとつぶやかれた一言。
「君、ひょっとして…ニンゲンのポケモン?」
「…ああ。…そうだ」
「そっか…君とは友達になれると思ったのに…そうははならないんだね」
再び顔を上げたこいつは、真剣な目で俺を見る。
得体の知れない恐怖が、俺の心に突き刺さる。…感じが…変わった?
彼の姿は、…そう、空に浮かんでいる朧月のように、どんどんとぼやけて…消えていった。
最後の一言を残して。

「僕を殺したニンゲンも…そしてあいつらを認めた君も…許さない。…じゃあね」
その言葉の意味に気づいたのは…それからまもなくだった。

朧月が、闇に飲まれて消えようとしている。それを見ながら…俺は、地面へと堕ちていった。

…最後に飛び散る赤色の中に、唯一違う…もう一つの(あか)を見つけた。
その紅の持ち主、「朧月」がゆっくりと俺に近づいてくる。俺の最期を嘲うために。
「ニンゲンに味方するからだよ…?馬鹿だなぁ…。じゃ、さようなら」




――二つの朧月は、黒の中へと消えていった。



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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